男は思う。
なぜ『強姦は罪』なのだろう?と。
自然界を見渡した時、雄が雌を組み伏し強引に性交を行うことは決して珍しいことではない。
むしろそれは雄の力の証明であり、種の存続という観点からすればより強い雄が子孫を残すことに繋がるその行為は理に適っているはずだ。
なのに人間は性交に至るまでの道筋に、愛だの恋だのといった障害物をさも素晴らしいもののようにせっせと建築し、それらを無視した性交はまるで汚物のように嫌悪する。
ましてや強姦などは人でなしの行為であり重犯罪として裁かれているのが現状だ。
「はぁ~~~」
男は深いため息をつきながら夜の街を歩く。
獣臭いその匂いにすれ違う水商売らしき女性が顔をしかめるのもお構いなしだ。
なぜ『強姦は罪』なのだろう?
何千と反復したその思考のまま、しかしその目はぎょろぎょろと獲物を探し、求め、律動していた。
不意に男の目が一点で止まった。
その視線をたどった先には一人の少女、濡れたように美しく光る黒い長髪を揺らし夜の街を蝶が舞うように軽やかに歩いている。
髪と同じ黒色のワンピースから伸びる手足は白く細く、それでいてどこか艶めかしい肉感がある。
「はぁ~~~」
男が再び息をつく。
しかしそれは先程までの不合理な社会を嘆くため息ではなく、至上の獲物を見つけた喜びの吐息だった。
残り香をたどるように男は少女の後をつける。
今すぐ飛び掛かり、組み伏し、蹂躙したい衝動を抑えながら。
冷静さが大切だ、と男は自分に語り掛ける。
強姦は罪とされているからこそ、それを繰り返すためには細心の注意が必要なのだ。
ターゲットを見つけたならば、まずその身辺を徹底的に調べ上げる。
住所家族構成友人関係はもちろん、何時に寝て何時に起きるか、お気に入りの店はどこで入る頻度に至るまで。
その上で最も危険が少なく、邪魔が入らないタイミングを見つけ『事』を行う。
何日でも何週間でも、時には数か月であっても男はそれを待つ。
だからこそ数十人の女――下は一桁から上は還暦まで――を犯してなお、捕まることなくこうして新たな獲物を探すことが出来ているのだ。
しかし運のいい日も時にはある。
どこを目指すのか、黒の蝶は大通りを外れ狭い路地から路地へ、どんどん人気の少ない方へと進んでいった。
少女が6本目の路地を曲がっていったあと、男は顔だけ出してその先の様子をうかがった。
ビルとビルの狭間、一本の消えかけの電灯が照らすだけの薄暗い路地の奥、様々なガラクタが廃棄された中にあるソファに少女は腰かけ空を仰いでいた。
――静寂。
辺りに人の気配は無く、車のクラクションの音がどこか遠くから霧笛のように一瞬聞こえ、また静かになった。
「神様、ありがとう……!」
信じられない幸運への感謝を小さくつぶやくと、男は少女のいる路地奥へと歩んでいく。
じゅる、と無意識の舌なめずりが停滞した路地の空気を震わせ異様に大きな音となって響いた。
「うん?」
その音の方向へ少女が顔をゆっくりと向けた時、男はすでに少女の目の前に迫っていた。
驚きに息をのむ音、しかしそれは少女のものではなかった。
「はっ、あ……う」
男は硬直していた。
有無を言わさず少女に襲い掛かるはずであったのに、その顔を正面から見た時、男の体は金縛りにあったように動かなくなってしまっていたのだ。
「なんじゃ、お前?」
突然現れた男に特に驚きもせず、けだるそうに少女が尋ねる。
意志の強そうな濃い眉にやや吊り気味な大きな目、形の良い鼻の下には小さなピンクの蕾のような口。
精巧につくられた人形のように美しい少女の顔、なのになぜか得体の知れない恐怖のようなものを男は感じていた。
「お、俺は……」
搾りだすように声を出すと、不思議と身体の硬直がやわらいだ。
「……俺は、この地域の防犯パトロールをしている者なんだけど、君ひとり?まだ中学生ぐらいに見えるけどこんな夜遅く出歩くのは――」
口から出まかせがスラスラとこぼれるのに従い硬直が消えていく。
替わるように劣情と暴力的な衝動が再び体を満たし、少女に感じていた恐怖を馬鹿げた錯覚だと塗りつぶしていく。
「くふっ」
小ばかにしたような少女の嗤い。
古ぼけたソファに身を沈めたまま、片足を男の顔に差し出すように大きく持ち上げ足を組む。
黒いワンピースの裾がまくれ、対照的な白い太ももが露わになる。
「パトロールとな、とてもそんなことするような顔に見えんが……で?わしをどうす――」
最後まで言い切るより早く、男の骨ばった手が少女の口を塞ぐように顔をわしづかみにする。
「どうするかって?教育してあげるんだよ……」
口の端を歪めるような笑み。
男は少女の顔を掴んだまま、もう片方の手で黒いワンピースの首元を掴むと、それを思い切り引き裂いた。
悲鳴のような音とともに黒い布は破れ、そこから少女の白い肢体が露わになる。
なにゆえか、少女は下着の類を身に着けていなかった。
小ぶりな双丘。先端にはピンクの乳首がツンと上向きにその存在を主張し、なめらかな曲線を描く腹部のその下には淡い陰毛とぴったりと閉じられた性器。
「ははっ、何だよ!?せっかく楽しい保健体育の授業をしてあげようと思ったのに、もしかしてとっくに実習済みか?よくないなぁ君みたいな子供がさぁ!」
もはや微塵もその本性を隠すことなく、男は唾をまき散らしながら吠える。
興奮のせいか、あるいは嗜虐的な思考によるものか、少女の顔を掴む男の腕には血管が脈立ちその力の強さを物語っていた。
少女が男の手首を掴む。
当然の抵抗。だが、男の半分程度の太さしかないその細腕の力はあまりにか弱く、かえって男の興奮を高めるだけ――
「は?」
――の筈だった。
「やれやれ、躾のなってない猿じゃのう」