※【破壊】(別に農村の娘である必要はないと言う…



 『 1万倍 農村の娘 』



とある豊かな国。
その頂は100mにもなるという巨大な城を中心に城下の街並みが広がるそこは一帯を支配する大国の王都であった。
街の周囲を高い城壁に覆われあらゆる外敵に備える堅牢な造りでありながらその入り口は行商人や武芸者達が大勢出入りする開放的な雰囲気を醸していた。
豊かな国である証拠。
人々は今日も仕事に精を出している。

ズシン。
だが次の瞬間、王都の上にあり得ないほど巨大なサンダルが踏み下ろされ街は壊滅してしまった。
あの超巨大な城も、綺麗な街並みも、今やすべてがその足の下敷きである。

そのサンダルを踏み下ろした巨人。今しがた踏み潰した国の人々の1万倍もの大きさの少女は笑いながら街を踏み潰した自分の左足を見下ろした。

「あはは。ごめんね、ホントは手前で止まるつもりだったんだけど、小さすぎてうっかりと距離間違えちゃった」

まるで悪びれた風もなく笑う少女はその左足をぐりぐりと動かす。
先ほどまでそこにあった国は最早跡形も無かった。
サンダルの下敷きになったものは地下数十mにまでうずめられ、直撃を免れた街の外枠部分もその途方も無いサンダルの落下の衝撃で吹き飛ばされていた。
更にはダメ押しの踏みにじりのせいで大地がゴリゴリと削られ、少女の足の周辺は山さえも更地にされてしまうほどの大地震に見舞われた。

少女の恰好は木製のサンダルに草臥れた布の服を着、頭にはボロの頭巾をかぶっていた。
たった今 少女に踏み潰された人々の格好と比べれば酷く質素でボロ臭いものである。
だがそのボロ臭い恰好の少女は人々よりもすべてが大きかった。
サンダルのつま先に覗くその足の指ですら、踏み潰されたあの巨大な城と同じくらいの大きさがある。
豊かな国の大きな王都は、草臥れた衣服に身を包む少女の足にも及ばない存在だった。

王都を踏みにじり終えた少女はその足をどけ自分が穿った足跡を見つめ満足そうに笑った。
もう王都の名残はどこにも残っていない。
家の1件も残していないつもりだった。

腰に手を当てた少女は辺りをぐるりと見渡した。
少女は最早雲さえも見下ろせる存在だった。
周囲にある山々は少女の膝にも届かない。
すべてが眼下に見下ろせる小さく脆い存在になっていた。

なんの変哲もない山奥の村で質素に暮らしていた少女にもたらされた奇妙な能力。
これもすべて山の神の悪戯か。
これまで少女の世界のすべてであった村は小さすぎた。
村は貧しく、少女は村の手伝いをする以外の事を考えることすら許されてこなかった。
だが今は何物にも彼女を束縛することは出来ない。
彼女より優位なものはなく、彼女こそがすべての頂点に立っていた。

だからこそ、少女は大きな都は残らず消してやろうと思う。
今まで自分はとてもみじめな思いをしてきたのに、その間その都の人々は何不自由なく暮らしてきたのだ。
今や神である自分よりも裕福な生活を送っていた者など許せない。
少女はくすくすと笑った。
自分の考えがあまりに的外れだったからだ。
別に都の連中に嫉妬や憎悪など覚えはしない。
これらはすべて、神となった自分のただのいたずらに過ぎないのだから。
さぁて、次の都はどこだろうか。
少女は当ても無く歩き始めた。

 ずしぃぃぃいいいん!

  ずしぃぃぃいいいん!

長さ2400mにもなる足が、その歩幅6000m近い勢いで歩き始めた。
山さえもひょいと跨いで通り、振り返れば周囲の自然と比較してあまりに巨大な足跡が規則的な感覚で残されていた。
サンダル型の足跡はその底面は究極的に圧縮され、最早少女以外何人の手で以てしても掘り返すことは出来ない。
少女の膨大な体重を乗せて下されたサンダルは大地に100mほどもめり込み、ただの土を鋼よりも硬く押し固めてしまう。
草木さえも育てぬ巨大な靴型の穴。
やがて雨が降り水が溜まればそこは巨大な湖となるだろう。
少女が歩くたびに、湖が一つずつ増えてゆく。

「都ってなかなか無いものね。もっと足の踏み場に困るくらいあると思ってたのに」

愚痴りながら雲をかき分け歩く少女。
高い雲の高度を仮に1万mとしても、少女の胸にも届かない高さ。
疎らに飛んでいるので視界を遮ることはないが、地上を見渡すには邪魔だった。

そして少女は足の踏み場に困るくらいを所望しているようだが、本当なら少女の足の踏み場はなかった。
先の都は国一番の都、王都であったからこそそれなりの大きさだった。交易などが盛んな貿易の街ならともかく、普通の村や里などは小さくこじんまりとしたものだ。少女の村だってそうである。
大地にはそんな小さな村や里がそれこそ足の踏み場もないほど点在していた。少女が、それに気づいていないだけである。
少女はこれまで何十と言う村を踏み潰していた。
時にはたった一歩の内に3つの村を足の下敷きにした。
村の建物など今の少女から見れば0.5mmも無い。村全体の面積で見ても1cmにもならないだろう。
1mmも無い家が数件密集していたところで少女にとっては地面との見分けなど着かない。全く気が付かないうちに、いくつもの村を踏み潰していたのだ。
少女の履く巨大なサンダルは、村を踏みつけたところでその感触を少女の足にまで届けはしない。
先の城ですらほんの僅か、くしゃ…という感触を伝えた程度。
そもそもこんな小さな村など例え素足で踏んだところでその存在には気づけまい。
少女は今、その足の指だけで村を丸ごと踏み潰せる大きさである。
今の少女の足の指は太さ100mを超え、これは周囲の低い山よりも大きな値だった。
そんな足の指が5本と連なり顔を出しているサンダルの先はまるで足指の山脈が居並ぶような光景だ。
そしてその巨大な足を乗せたサンダルは少女の途方も無い体重を乗せて山も何も関係なく真っ平らに踏み潰してしまう。
標高1000mの山も少女にとっては10cmの盛り上がった砂程度の存在でしかなく、歩く過程で気づかぬうちに踏み潰していた。
恐ろしく巨大で凄まじい重量を乗せたサンダルは山をゴリゴリと押し潰し、そこに綺麗な足跡を残す。
山がサンダルの形にざっくりと穴をあけられていた。

更にいくつもの山と無数の村を踏み潰しながら歩いた後でようやくお目当てとも言える大きな都を見つけた。
と言っても少女にとってそれは直径10cmほどの地面の白い模様でしかない。
実際は1000mにも及ぶその町の中は石だったり煉瓦だったりの家がびっしりと並ぶ堅牢でありながら美しい作りだった。

「ふふ、み~つけた」

にやりと笑った少女はその都に数歩で近寄った。
町の周囲にはその都の恩恵を受けるそれなりに大きな村などがあったのだが、少女はそれらに気付きもせず足を踏み下ろしていた。
ズシンズシン!
その小さな都を足のつま先の間に挟むような形で腰に手を当て立つ少女。

「くくく、おチビちゃん達には私の姿が見えるのかしら。大きすぎて理解できない?」

少女は感覚を研ぎ澄ました。
神となって得られた力。
こんな小さな都に暮らしている微細な人間達の様子が手に取るようにわかる。
みんな慌てている。どうやら私の事は大きすぎてよくわかっていないようだ。ただ町の左右に下された私の足だけはわかるみたい。ふふ、そうよね、こんな小さな町からすれば私の足はとっても大きいものね。そんな足が下されたら大変なことになるわよね。
少女は人々の考えている事を読み取ってくすくすと笑った。
こうしている間にも人々は町から脱出していたが、少女は気にしないでいた。
ちっぽけな人間は、恐らく一時間待ってあげても私の足元の範囲内にいるだろう。
なら、好きなだけ逃げさせてやればいい。
どうせ、一人も逃すつもりはないのだ。

「ふ~ん、私に踏まれちゃうのが恐ろしいのね。くく、わかったわ、リクエストに応えてあげる」

言うと少女は山脈を踏み潰していた右足を町の上に翳した。
ただし、サンダルを脱いでだ。
町の上空には、そのすべてを覆う事の出来るほど巨大な素足の裏が現れていた。
町が一瞬で薄暗くなる。
町のどこにいても、少女の足の裏が上にあった。

「ほら、あなた達の恐れた神様の足よ。早く逃げないと踏み潰しちゃうからね」

少女は笑いながらゆっくりと足を下していった。
人々の考えを掬い取ると、彼らが先ほどよりも遙かに絶望を抱いているのが感じられてきた。
みんなが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
それは少女の足が街に近づくほどに強くなっていった。

「そろそろ足が着いちゃうわね。残念でした、逃げられなかった人は踏み潰しちゃいます。言っとくけど私を恨んだらダメよ? 私は神様なんだから。これはあなた達への天罰なの。神様よりも裕福な生活を送ってた罪深いあなた達への裁きなのよ」

そして逃げ惑う人々の恐怖が最高潮に達したとき、
ずしん。
少女の足は踏み下ろされた。
ゆっくりと下されたのでそれまでの足跡のように周辺の大破壊とはならなかったが、それでもその凄まじい大きさの足が下されたことによる衝撃は恐ろしいものだった。
少女の足は幅900mほどで町の全体を踏み潰すには至らず、少女の足から僅かにはみ出た街だけがギリギリ原形を保っていた。
少女の足は地面にずっしりと沈み込み、そこにくっきりと足跡を残していた。これまでのモノとは違う、ちゃんとした足の形をした足跡だ。
少女は先ほどまで感じていた無数の恐怖が一気に少なくなったのを感じていた。
少なくなったのはそれを感じていた人々が足の下で踏み潰されたからだろう。
一瞬で数千分の1くらいにまで減ってしまった。

「あらら、もうちょっとは残しとくつもりだったのに。あなた達が小さすぎるから潰しすぎちゃったわ」

少女は生き残ってた人々の意識を掬い取ってみた。
先ほどまでよりも随分と希薄になってしまっていたが。
生き残った人々は、ついさっきまで自分が住んでいた町をズンと踏みしめる自分の足に恐怖しているようだ。
山のように巨大な足が街を踏み潰している。
まさに神の御業と祈りを捧げる者すらもいた。
自分の足に向かって必死に祈る人々を見下ろして少女は噴き出しそうだった。

「まぁ、神様に祈るなんてあなた達は素晴らしいですね。わかりました。神様は平等です」

少女はにっこりと笑って足の周辺にいる生き残っている人々を見下ろした。
人々は雲よりも高い位置にある巨大な笑顔の美しさに神の慈悲を見た。
人々は涙を流しながら慈悲深い神に祈りを捧げた。

 ゴリッ!

少女は足をぐりぐりと動かし町とその周辺を踏みにじった。
僅かに感じられていた意識がプツンと途切れ一つも感じられなくなった。
町の住民が全滅した証拠だった。

「あれ? 言いませんでしたか? あなた達は神よりも裕福な生活を送った大罪人です。私はそんな大罪人であるあなた達の懺悔したいという祈りを聞き届けて、他の方々と同じように天国へ送って差し上げました。天国へと昇ったことであなた達の罪は許されました。よかったですね」

少女はくすくすと笑っていたが今しがた自分の言った言葉のあまりのバカらしさに自分で拭きだしていた。
実に滑稽だ。小さな小さな人間達は私の足を神のようにあがめ恐れる。
そして本来の神である私は彼らの恐れた足を自由に操って彼らを踏みにじることができる。
自分の足の下で何万という人々が昇天するのはとても心地よかった。
彼らの無数の魂が足の裏にべっとりとこびりつくような感触だった。
気持ちいい。
彼らがこれまで過ごしてきた人生の詰まった魂を足の裏で吸収するような感覚。
何万もの人々の意識が自分の中に溶け込んでくるような気がした。
それはとても甘美なもので、少女はぺろりと舌なめずりをしていた。

「……そっか。サンダルなんていらなかったのね」

言うと少女はもう片方の足もサンダルを脱いで地面へと下した。
自身を支える大地のぬくもりを足の裏に感じる。
その大地と足の間には数万の人々とその人々が暮らしていた町があるはずだ。
だがそれは、自分にとっては地面となんら変わらない存在。
ただ、罪深い存在だった。

「そう、私は神になったんだから罪深い人々を昇天させてあげなきゃね」

少女はくすくすと笑った。
最早自分こそが神。神はこれまで自分の事を見放していた。だが自分が神になった以上、間違った神の寵愛を受けていた人々に裁きを与えてやらねばならない。
それはとても心が躍る事だった。
そしてもう一度早く、あの数万の人々を踏み潰す感触を味わいたい。
魂が自分の中に溶けてくる感触は自身を湧き立たせる。
ああ早く踏み潰したい。踏み潰して踏み潰してぐしゃぐしゃに踏みにじりたい。

神となった少女は地響きをたてながら歩き始めた。
その巨大な足で山を踏み潰し都よりも大きな足跡を残しながら。