※【破壊】系



  『 アイドルの世界ツアー 』



今や世界的アイドルと言っても過言ではないアイドル『アイ』。
最初はただのネットアイドルとして一部のファンの中だけで有名だったがネットの公開性と情報の拡散性のおかげで一気にテレビ出演。そして世界へ進出した。
歌と踊りとグラビアと、そして流暢な外国語を武器に、あっという間に日本を飛び出していった。
むしろ今では日本で活躍する事の方が少ないくらいであり、今の彼女を日本で見られるのはネットだけという奇妙な逆行が発生していた。

学校。
休み時間の男子達の話題は決まってアイドル『アイ』の事である。
ケータイの画面に映し出された『アイ』の動画を見て盛り上がっている。

「うおお! やっぱ『アイ』はかわいいぜ!」
「歌も踊りも上手いし、何よりこの胸だろ! ヤベェww揺れすぎww」
「だよなww! …つーか、何でいつも背景が空なんだろ」

沸き立つ男子。
確か最近公開された動画は「『アイ』がブラジルのリオでビキニ姿で踊りながら歌う」というものだったはず。
南米の暑い日差しの下、肌を晒し激しく踊るその体は若い男子には昇天もののインパクトだろう。

…ただ、南米を謳ってはいるがそれらしいものは動画内には写っていない。
これまでもロシア、アメリカ、メキシコなどで行われたツアーなどの動画も公開されているが、国が分かるようなものはほとんど動画には入ってこなかった。
大体が空や海を背景に『アイ』が歌ったり踊ったりするものだった。
が、若い男子にはその辺のことはどうでも良いらしく、新しい動画が公開されるたびに、踊る『アイ』の踊る胸に心を躍らせた。

そんな盛り上がる男子達を少し離れた席で頬杖を付きながら眺める男子。
不意にその男子のケータイが鳴り、取り出して画面を見れば着信を知らせる表示が出ていた。
『通話』のところをタップし耳に当てる。

「…もしもし?」
『やっほー! ヒロくん、動画見てくれた?』

電話の向こうからは女の子の声が聞こえてきた。
聞きなれた声だ。

「見たよ。今クラスの男子達もそれ見て盛り上がってる」
『おー! えへへ、大人気だー』

嬉しそうな笑い声が電話越しに聞こえた。
俺はその嬉しそうな声にため息を漏らす。

「…なぁ『愛』、そろそろ戻ってこないか? クラスの連中がお前のこと忘れ始めてるぞ」
『えーもっと色んな所行きたいしー。それにクラスのみんなだって私が『アイ』って気づいてないでしょ? 私、地味だったし』
「そうじゃなくて、大切な学生時代に友達も作らないでだな…―」
『ああもー、そう言う暗い話は無しー! それに引きこもりがちだった私にネット教えてくれたのヒロくんじゃん!』
「……まさかそれでネットアイドルになって世界に飛び出すなんて思ってなかったんだよ…」
『へへー、それは私のこと「かわいい」って言ってくれたヒロくんの目が正しかったって事だね! で? どうだった? 今回の動画』
「……………今回は何倍だったんだ?」
『ん、ブラジルの気候がとても気持ち良かったから、つい100万倍で撮っちゃいました』

電話の先から『てへっ』という声が聞こえてきて俺は頭を抱えた。


  *


『アイ』こと『愛』の撮影は常に1万倍以上の大きさで行われる。
故に背景はほとんどが空。たまに大海原が広がる。街なども映るが、『アイ』の足元の地面が街や山などと、動画を見ている人間には分からない。
何故そんな事をするのかと聞けば、最初は大勢の人の前に立つのが恥ずかして人の目が気にならなくなる大きさまで巨大化していたと言うのだが、後々はそうやって大きくなることが快感になってしまったからだそうだ。
1万倍ともなれば身長160cmの愛も身長16000mという途方もない大きさになってしまう。16kmの身長。
相対的に1万分の1サイズに見える周囲のものは、高さ100mの超高層ビルでさえ1cmの大きさに見えるようになり、あの標高3776mの富士山ですら高々40cm弱の砂山に見えてしまう。いいとこ、愛の膝くらいの高さだろう。両足を広げれば、脚の間に跨いでしまうことも可能だ。

そんな大巨人となった愛が踊るとなれば、足元の大惨事は絶対に免れない。
全長2400mの足の華麗なステップは隕石のような破壊力を持って足元の大地に振り下ろされる。
大半が100mにも満たないビルの密集する街などそのたった1回のステップで壊滅である。ズシンと振り下ろされた足の直撃を受けた部分はコンマ1秒の間に100mほど深くまで圧縮され、ギリギリで直撃を避けた部分は衝撃波と振動で一瞬で粉砕され、それより僅かに遠い場所にあった部分はその衝撃波で自分達が消し飛ぶことを理解する時間が与えられた。
一歩ごとにおよそ半径5km県内の建物が消滅もしくは倒壊し、それに巻き込まれ犠牲となる人々は数千から数万に上った。
1万倍の愛から見れば100mの超高層ビルなど1cmにしか見えず、それらより離れた住宅街にある一般的な家屋など1mmに満たず、それらの中や周囲を逃げ惑う人々など0.2mmにもならない。
目に見えないほど小さな人々なのだから、その視線を気にせず自由に踊れるというものである。
激しいステップを要するダンスでは周辺の被害も甚大となり、動画の撮影が終わる頃には五つ以上の町が消え去っていることも珍しくなかった。

撮影する動画によって衣装も違う。
煌びやかなワンピースドレスを身に纏うこともあればメイド服のようなマニアックなものを着ることもある。
服によって履く靴の種類も変わり、ハイヒールタイプのサンダルやメイド靴など衣装に合わせた専用の靴やサンダルが選ばれる。
しかしそれは足元の街の人々から見れば大した違いは無かった。
振り下ろされる隕石の形が多少変わったところで結果は変わらないからだ。
ハイヒールサンダルが振り下ろされ街が消え去り、メイド靴の一撃で山が消滅した。
まるで兵器のように人々を次々と虐殺するそれは兵器と呼ぶにはあまりにもかわいらしすぎた。

あらゆる言語に対応した歌唱力。
あらゆる文化に対応したダンスのセンス。
魅力的な体。
セクシーな仕草。
そしてその太陽のようにまぶしい笑顔は画面の向こうにいる世界中の人々を魅了した。
その動画を撮影した場所に住んでいた現地の人々以外は。
動画の撮影に選ばれた場所は撮影が終了したあとには廃墟になっている。
時にいくつもの隕石が落下したかのような無数のクレーターが残り、そこには草木一本残らぬ荒野が広がっているのだ。
町や村など跡形も無く消し飛んでいる。大きな都市ともなればボロボロになりながらもなんとか原型を保っているビルが残っていたりもするが、それでも、そこに住んでいた人々は一人も生き残ってはいなかった。



水着を着てビーチで歌う動画を撮影したこともあった。
メキシコでのことである。
が、ビーチと言っても、全長2400m幅900mの足を乗せた巨大ビーチサンダルを縦に揃えられるほど広大な砂浜が存在するはずもなく、その足のほとんどがビーチを踏み尽くし、海か、海岸沿いの町へと侵入していた。
海沿い、もしくは浅瀬で軽快なステップでダンスを踊る愛。
しかしその一歩一歩が大地を大きく揺るがし、ビーチサンダルを履いた足が地面をズシンと踏みしめると、その平らな底のビーチサンダルによって圧縮された突風が台風さえも消し飛ばせそうな瞬間風速で足の周囲に押し出され、落下地点の周囲の家々をまるで砂粒のように吹っ飛ばした。
それだけでなく、沿岸部で踏み下ろされる足の衝撃は地震のような大揺れを生じさせ、海に津波を発生させ。
ズシン! ズシン! 交互に振り下ろされる左右の足によって規則的に何度も生じさせられる地震によって海の水はうねり、相乗効果でより巨大な津波となって少しはなれた海岸や遠く沖合いに襲い掛からせた。
特にそれが海の浅瀬で撮影しているときのものだったら津波の威力は更に高まる。
巨大なビーチサンダルに直接跳ね除けられた海水は発生した瞬間から高さ1000mを超える大津波となって沖合いに向かって走り出すのだ。
それは途中で多少の威力減衰をしながらもその巨大さを保ったまま海の向こうの陸地に襲い掛かる。
1000m弱の大津波の襲撃を受けたその陸地は内側に向かって数kmに渡り津波の被害を受けた。しかもそれは一度ではなく、足が海に下ろされるたびに何度も発生して襲い掛かってくるのだ。
愛にとっては浅瀬でも、実際にその深さは数百mから1000mにまで及ぶ。足のくるぶしを濡らす程度の浅瀬は人々にとって十分に沖合いで深海である。
撮影はメキシコ湾に面したビーチの一つで行われたが、このたった一回の撮影で、湾に面した州はほぼ全滅してしまった。
襲い掛かる津波の巨大さゆえに、そのまま水没し消えてしまった島もある。
漁船、タンカー、客船、戦艦、湾にあったすべての船が沈没し海の藻屑となった。
また、何度も発生させられた地震と大津波のせいで湾内の生命体が全滅していた。
動画撮影が終了し、愛がメキシコを離れる頃には、メキシコ湾は死の海になっていた。



なお、すでにアメリカのニューヨーク州は消滅している。
カナダでのツアーを終えた愛がそのまま徒歩でニューヨークに入りそのままダンスを行ったからである。
気温の低いカナダでの動画撮影に耐えるため、愛はダウンのジャケットやイヤーマッフル、そして膝下まで届くブラウンのブーツを履いていた。それでもミニスカを穿いて太ももを露出させるのは仮にもアイドルである意地だろうか。

問題はカナダの寒冷な気候に耐えるために愛が取ったもう一つ手段が10万倍までの巨大化だったこと。
巨大化すると体組織が丈夫になり寒暖の気候だけでなく耐圧対衝撃にまで強くなる。これによって世界中の如何なる環境でも最良のコンディションで動画撮影の望むことができるのである。
身長160kmと化した愛からすれば世界最高の山ですら10cm未満の大きさである。1kmが1cmとなる世界。100mの超高層ビルが1mmになる世界である。

そしてそんな大巨人となった愛は国境を軽々と跨いでアメリカのニューヨーク州に進入。ブーツを履いた全長24kmの足をズシンと踏み入れたのである。
この一歩で周辺にあったいくつもの街が消滅。ニューヨーク州の土地を大きく消し飛ばすこととなった。
すでに雲ですら愛の足のくるぶしを漂う程度の高さとなる大きさ。ブーツの中には、小さな山よりも巨大な足の指たちが山脈のように居並んでいることだろう。一つ一つが太さ1kmを超える足の指だ。
小さな町程度なら足の指の爪の上に収まってしまう大きさである。最早、その町などで生活する人々などどれだけ目を凝らしても見ることはできなかった。

ニューヨーク州にしてからしばらく歩き動画を撮影する場所を探す愛。
当然、道中何度と無く踏み下ろされたブーツによって壊滅的な被害が出ているのは想像するまでもない。
最早愛から見れば世界など平坦な地面だ。どこを見ても、平らな地面しかない。それが国か町かなんて、地面の模様を見て判断することしか出来ない。

適当な位置に場所を決め撮影が開始された。
偶然だが足元にはあの有名な自由の女神像があったが、愛は気が付かなかった。
100mに満たない女神像は愛からすれば1mmに満たない砂粒のようなものだった。

寒さ対策のための重ね着と重厚なブーツを身に纏いながらも、愛は軽やかにステップを踏み始めた。
この瞬間に、ニューヨークはほぼ壊滅していた。
勢いと体重の乗せられて地面に踏み下ろされるその巨大なブーツの破壊力は、これまでのただの歩行とは桁違いの破壊力だった。
およそ500億ギガトンの体重を乗せて落下したブーツはたった一歩でこのニューヨーク州の総面積の数%を消し飛ばした。その際の衝撃は震度100などというありえない値を計測したかも知れない。
ブーツが着地した瞬間、周辺の大地は上下に1000m以上もの幅で揺れたのだ。地表のすべてのものが消し飛ぶ衝撃だった。それは地表だけでなく地下深くの地殻、更にはマントルにまで多大なダメージを与え、次々と繰り出されるステップはそのダメージを致命的なものにしていった。
ブーツが振り下ろされる瞬間、その刹那の時間に人々が見たものは、雲よりも高いところから、空を覆い尽くすほど巨大な何かが落下してきたことだった。そんな人々にとっては巨大にして壮大な大絶景も、愛にとってはブーツの底のほんの僅かな一部分でしかなかっただろう。
人々の空をブーツの底のほんの一部分で埋め尽くして愛は彼らの上に足を踏み下ろした。
頑丈なブーツは最早愛に何かを踏みしめたという感触を与えてはくれない。いくつもの街も、数万数十万の人々も、ブーツの中の愛の足の裏に何かを感じさせる前にはこの世から消滅していた。
唯一愛が感じられるのは『地面』を踏みしめたという感触だけだった。
柔らかな地面は勢い良くブーツを踏み下ろせばその周囲の土が僅かに吹っ飛ぶ。そして足を持ち上げてみればそこにはくっきりとブーツの靴跡が残る。
その靴跡のどこにも、人々の痕跡も町の痕跡も残ってはない。極限まで圧縮された大地があるのみだった。
人も街も森も山も大地も雲も消し飛ばしながら愛は踊る。
すでに彼女の踊るニューヨーク州の住民は一人も残ってはいなかったが彼女は最後まで笑顔で踊り続けた。
愛が踊り終わったときにはニューヨーク州そのものが消滅しかけていた。それだけ愛のステップは激しく、そして破壊的だった。
見ればニューヨークだけでなく周辺の州にも被害が出ていたがそれは愛には関係の無いこと。ニューヨークでダンスの動画を撮影するという事だけが目的であり、それ以外のことは二の次である。

動画の撮影を終えた愛は充実感と共にその場を去り、次の撮影に向けて移動していった。
愛が去り、ニューヨーク州だった場所に静寂が戻る。
そしてそこには奇跡的に原型をとどめた自由の女神像が僅かに傾きながらもたたずんでいたが、彼女以外に何も存在しない荒野で、彼女は何を思って右手にたいまつを掲げ続けるのだろうか。


  *


愛から動画撮影の現場の話を聞いて、実際にはこうなっているのだろうと男子は予想していた。
愛はほとんど「撮影が楽しかった」とか「面白かった」などの感想しか話さない。足元のことなどまったく気にしていないのだろう。
これまでに公開された動画に映る愛の足元の地面。その実態に気づいているのはこの男子だけだった。

そして今回公開されたブラジルのリオでの撮影は100万倍だという。男子は頭が痛くなった。
100万倍ということは愛の身長は1600kmにもなったということだ。日本の全長がおよそ3000kmだから、日本の半分以上の長さの身長だったことになる。
1600kmの大巨人となった愛からすれば最早地球上のすべての存在が地表の僅かな模様程度の存在に過ぎないだろう。
雲ですら高さ1cmを浮かぶ。山ですら1cm以下の高さだ。逆にそんな愛を見上げる人々からすれば、愛はその足の指だけでも高さ10kmを遥かに超える。世界最高の山よりも巨大な足の指がずらりと山脈のように居並んでいるのだ。
全長240km幅90kmの足。それは、下手をすれば一つの島に片足を乗せることも出来ないほど巨大だった。
超広大な範囲をずっしりと踏みしめる恐ろしく巨大な足。
動画を見る限り、今回の撮影はビーチを舞台としているようだったがビーチサンダルは履いていなかった。
つまりこの素足で以って、南国のリオの街々を踏みつくしたのだ。
公開された動画で男子が見ていたのは、他の男子が注視する愛の顔や胸ではなく、その足元だった。
一見、複雑な模様の書かれているようにしか見えないこの地面も、それを理解する男子にはそこにある町並みが脳裏にはっきりと思い浮かべられた。
青いビキニに胸と股間を覆うのみとなった愛がその豊満な胸をゆっさゆっさと激しく揺らしながら笑顔で踊る。
そしてステップのたびに足が地面に踏み下ろされ、足が持ち上がると、その足を下ろした部分の模様が変わっているのに男子は気づいていた。
それまでの緑や灰色から茶色に変わったのに気づいていた。
つまりは、それまでそこにあった森や街などは愛によって地中深くまで踏み潰され土が露出したということだろう。
見た限り結構大きな街があったようだが、次の瞬間にはそれはただの足跡に変わってしまっていた。
いくつもの街が、愛のたったひとつの足跡の中に消えていた。
そして愛が動画が終わるまでの数分間を踊り終わった後には、足元に広がっていた緑色や白色の模様はほとんどなくなっていた。
地表にいくつも作られた愛の足跡。中には何度も何度も同じところを踏みしめられ硬く圧縮されてしまった部分まである。

これが、愛が動画を撮影するという事の実態である。
愛が動画の撮影に選んだ場所は、その撮影が終了したときにはこの世から消滅しているのである。
このリオの地にいた人々は、頭上から全長240kmの足裏が次々と落下してくる様をどれほどの絶望を抱きながら見上げていたのだろうか。
しかしそんなリオは最早消えてしまった。そこに住んでいた全住人と、周辺の地域にいた人々と一緒に。



その人々が感じた恐怖と、その国の負った壊滅的な被害を考えると心臓が握りつぶされるような気持ちになる男子だった。

しかしそんな男子の気持ちなどまるで気づかぬように、電話の向こうからは愛の能天気な声が聞こえてくる。

『で? で? どうだった今回の動画。今回はちょっぴり水着とか気合入れたんだよ』

自身の引き起こした大災害など全く眼中にない愛の言葉。
そんな愛の明るさが、余計に男子に罪悪感を募らせる。

『あ。そだ』

ふと、電話の向こうで愛が言った。

『見て見て。今回公開した動画とは別にグラビアの撮影もしたの』

すると通話中だった画面に動画が再生された。
内容はこれまで同様巨大化した愛を映しているものだが、内容は歌を歌ったりダンスを踊ったりするものではなく、水着姿の愛が浜辺を歩いているものだった。
浜辺と水着を用いてのグラビア撮影はよくあるものだ。
だがしかし、やはり動画に映る浜辺はただの浜辺ではない。
先ほどのリオでのダンスの動画の後に撮影したものなのだろう。同じく青いビキニを身に着けた愛が100万倍の姿で散歩している。

ただ、ほとんど同じシチュエーションのはずなのに、画面から醸し出される空気はまるで違った。
ダンスの動画の時には感じられなかった色気が、今は男子のオスの本能を刺激せんばかりにあふれ出ている。
この動画が、それを意図して撮影されているのが分かる。
動画内の愛も、ただ歩いているだけなのに明らかに男を意識しての動き方だった。
足の動かし方、手の動かし方、腰のひねり方から身の屈め方。ひいては髪の掻き上げ方までもすべてが男を、男子を悩殺する。
その官能的な動きでゆっくりと下ろされる足の下には先の動画同様無数の人々が犠牲になっているはずなのに、それを忘れてしまいそうになるほどに、むしろ何十万という人々を踏み潰しながらもそれに気づいたそぶりすら見せず自分を魅了してくる動画の中の愛に男子は思わず生唾を飲み込んだ。
動画の中の愛がカメラに向かってにっこりと微笑んだ。しかしその笑みは、明らかに画面の向こうにいる男子に向けられたものであることに男子も気づいていた。

波打ち際をゆっくりと歩く動画の中の愛。
時にカメラを振り返り、僅かに前かがみになると両手を両膝につける。するとその両腕の間で愛の大きな胸がぎゅっと寄せられそこに深い谷間を作り出した。大きな乳房が愛の小さな仕草でたわわに形を変える。それは、小さな水着の布から今にも零れ落ちてしまいそうだった。

そしてそうやって愛がカメラの向こうにいる男子を悩殺している間にも、足元の状況は何も変わらない。
全長240kmの足は波打ち際という海沿いの陸地を次々と踏みしめていった。さりとて大きくもない街は、愛の足の指の太さほどの大きさもない。つまりその柔らかな肉球の下に数万の人々が暮らす町を押し潰すことが出来た。親指にいたっては幅20kmほどもあり、大型の船舶の出入りする埠頭をあっさりと押し潰し、そこのそれまであった埠頭以上に巨大な運河を形成した。

人々は泣き叫び悲鳴を上げることしか出来なかった。
逃げるという選択肢を選ぶ前に、人々の頭上は愛の恐ろしく巨大な足の裏で覆われ一瞬で夜に変えられてしまった。
そして次の瞬間には頭上にあった雲ともども数十万の人々が踏み潰される。
人々の痕跡はミンチすら残っていなかった。
男子一人を魅了するこの行動のためだけに、すでに数百万の人々が犠牲になっていた。

やがて愛は波打ち際を散歩するのをやめ、その場にゆっくりと四つんばいになった。
両膝を着き、両手を着いた。
その過程でまた多くの街と人々が愛の両手と膝で押しつぶされたが、最早男子にすらそれを考える余裕はなくなっていた。

愛が四つんばいになったことで、その胸板からぶら下がる二つの大きな胸が愛の動きに合わせてゆさゆさと前後左右に揺れ動く。
時に左右の乳房はぶつかり合い、時に離れあう。四つんばいの愛が前に進むとその動作で乳房が楽しそうに弾んだ。
それは愛が100万倍の大きさであることとはまるで関係なく男子をとりこにした。
今やバスト1000km近い愛の胸はその大きさ相応の重々しさで胸元に揺れている。世界最高の山ですら、今の愛の乳房の前には比べ物にもならない。
世界最高の山はエベレストの標高およそ10000m。しかし仮に愛が仰向けに寝転がり、その胸の谷間にエベレストを置いてみれば、その差は簡単に明らかになる。
如何にエベレストと言えど、今の愛から見れば1cmに満たない大きさである。谷間に乗せられれば、そこには愛の巨大な乳房の間にちょこんと乗せられた標高数mmの小さな小山を見ることが出来るだろう。愛の巨大な乳房とは比べ物にもならない。むしろ乳首にすらその大きさで負けてしまう。男子が乳首の上に立てば、エベレストの頂上を見下ろせてしまうということだ。世界最高の山は愛の乳頭にすら劣る大きさだった。
そして谷間にエベレストを置いたまま愛がちょっと胸を寄せればエベレストは愛の乳房の間でクシャッと簡単に潰れてしまうだろう。寄せた乳房を開いてみれば、その谷間の中央部と左右の乳房のふもとが僅かに砂で汚れているのが見えるはずだ。

それほどまでに大きな乳房が愛の小さな動きによってゆさゆさと揺れている。今や小惑星サイズとなった愛の胸である。
不意に愛は四つんばいになっていた上半身をゆっくりと伏せさせ始めた。地面に、愛の胸が押し付けられた。地面にぶつかり、二つの乳房は自重を支えきれずむにゅうと変形した。柔らかくも張りのある乳房は原型を保とうとするが上からのしかかってくる愛の上半身の重量に耐え切れないのだ。
そしてこのとき、男子には愛が上半身を押し付ける際に、その大きな胸の下にいくつもの街が巻き込まれたのを見ていた。地面にあった白い模様たちは上からのしかかってきた愛の胸に隠れあっという間に見えなくなってしまったが、その場にいた人々の見た光景を想像することが出来た。
街の上空から空を埋め尽くすほども巨大な乳房が降下してくるのだ。青いビキニに包まれた乳房は途中に浮いていた雲を押しのけ無数の人々が悲鳴を上げ逃げ惑う街達の上にずっしりとのしかかった。
乳房は原形を保とうとしながらも重量に負けて変形。その際、押し付けられた乳房はより強く地面を圧迫し大地をめり込ませた。何十万という人々が愛の胸の下に消えたのだ。おそらく世界中に無数にいる彼女のファンなら誰もがうらやましがる彼女の胸に触れるという行為を体感したのに、それを喜んだものは一人もいないだろう。むしろ胸に触れたことを実感する時間が与えられたかどうかである。
押し付けられた胸は変形しハミ乳になり更に多くの街と人々を巻き込んだ。その上、愛は押し付けた胸をぐりぐりと揺すったのだから万が一にも生存できる人間は存在しない。

押し付けていた上半身を持ち上げると、ついで乳房も地表から持ち上がった。
押し付けられ変形していた乳房が元の形に戻りながら持ち上がってゆく。
乳房がどけられてみれば、そこには二つの超巨大なクレーターが出来上がっていた。直径はそれぞれ200kmほどはあるかもしれない。まさに隕石が衝突して出来るクレーターの大きさだ。それほどの現象を、愛は胸を押し付けるだけでやって見せた。生存者が皆無であることは男子にも容易に想像できた。それほどまでに強く深く圧縮されてしまっていた。
再び四つんばいの状態に戻った愛が胸をぷるぷる揺すると、その大きな乳房の表面に着いていた土などがパラパラと振り落とされていった。それら土の一つ一つが街の一区画ほどもある巨大さである。中にはビルが原形を保ったままくっついた土などもあったかもしれない。しかしそれらは愛が胸を揺すったことでゴミの様に払い落とされた。
あの柔らかそうな乳房の引き起こした大災害に男子は興奮を隠せなかった。
本来赤子を育むための乳房が未曾有の大災害を引き起こしたのである。慈悲のかけらもない。非常に残酷な光景だった。

ふと画面の中の愛が「にやり」といたずらっぽく笑った。
すると愛はビキニのトップに指をかけ、なんとそれを取っ払ってしまったのだ。
思わず目を丸くする男子。
画面の中の愛は、上半身を一糸纏わぬ姿であらわにしていた。
そしてまた四つんばいになる。今度はビキニという覆いがない分、乳房は激しく揺れ動いた。
そのまま、また上半身を伏せてゆく。胸板からぶら下がる、惜しげもなく公開された巨大な乳房がその動きに伴って地表に降下して行く。

ここで動画の画像がズームされた。愛の胸下の地面がアップになる。ここでようやく地面の白い模様が街であることがうっすらとであるが画面上で確認できるようになった。
そんな街の周囲が薄暗くなった。次いで画面の上部から画面に収まりきらないほど巨大な愛の乳房が現れる。最早画面には乳房の先端、乳首とその周辺位しか収まっていなかった。
その乳首が、直下にある街にゆっくりと接近してゆく。街である白い模様は乳首の先にツンと飛び出る乳頭の直径よりも少し大きい程度だった。
ここで更に画面がアップになる。白い点々がビルであると視認できるようになる。が、直後、画面の上から画面の幅に収まりきらないピンク色の物体が降下してきた。愛の乳頭だ。直下の街の点にしか見えないビルと相まって凄まじい大きさである。ビルの大きさが約100m。乳頭の直径が10kmとなれば当然だが。直径1cmの乳頭の真下に、高さ0.1mmのビルの街があるようなものなのだから。
男子がじっと見つめる画面の先で、やがて乳頭は直下の街にそっと触れた。様に見えるも乳頭はそのまま更に降下し続けた。愛の乳房のあまりの重さに、地面が乳頭を支えることが出来ないのだ。
しかしそのまま乳房が押し付けられ、その街を乳首で押しつぶしてしまう前に、愛の乳房は降下するのをやめた。
画面には街のほとんどを押し潰してその中に突き刺さる乳頭が映っていた。街は、もうほとんど突き刺さった乳頭の周辺に白い点々が見えるほどしか残っていない。大半が乳頭の下に収められてしまったのだ。
そして今度は乳頭が上昇し始めた。愛が乳房を持ち上げ始めたのだ。ゆっくりと街から引き抜かれ上空に上がってゆく乳頭。乳頭がどけられた後、そこには街のほとんどを押し潰した直径10kmにもなる巨大な穴が穿たれていた。深さは5000mにもなるだろうか。うっすらと見える白い街の中にぽっかりと丸く穴が開いている。穴の周囲にほんの僅かに白く残る模様。乳頭の直径を1cmとすれば、その穴の輪郭のように残る街の部分の厚さは0.5mmも無いのではないか。簡単に言えば直径11mmの円に直径10mmの穴を開けたのだ。穴をあけられた円の輪郭のように残る部分はどこも0.5mmしかない。そんな感じに、街は乳頭によって穴を開けられていた。
カメラが更にズームされた。これまでビルが点にしか見えなかった倍率がより鮮明により詳細に見えるようにどんどんズームされてゆく。
やがてそこには普通に街として見えるほどまで拡大された映像が現れた。ビルも窓や看板からその間にある道路を走る車や歩く人が見えるほどにまで。確かに街と確認できるほどにまで映像が拡大されていた。
が、同時に見えるようになったのは、その街に残された恐ろしい破壊の後だった。
ほんの少し残っていた街の輪郭部分。その部分から少しでも中に映像が向けられたとき、そこには途方も無く巨大な穴が穿たれていた。穴の直径は10km対岸となる反対側はうっすらとかすんでいた。そしてその穴の底は目眩まいがするほど深かった。底は薄暗く土がむき出しになっていた。穴の輪郭となった街からは断崖絶壁となる超巨大な穴を見下ろすことが出来た。
男子はあまりの恐ろしさに体が震えた。これが愛が乳頭をほんのちょっと押し付けたために起きたことなのだ。それはちょっとしたイタズラと言うにはあまりにも破壊的だった。穴の輪郭であるギリギリ生き残った街の人々の様子が画面に映っていた。みなが余りに突然で、あまりに理不尽で、あまりに破滅的なその現象に恐怖していた。泣き叫ぶもの。狂ったように笑うもの。親しいものを失ったのか、その絶壁の前に跪いて名前を呼び続けるもの。生き残った人々はみなが絶望を口にしていた。
更にその輪郭部にあってギリギリ乳頭の直撃を免れていたビルの土台が崩れその穴の中に落下していったりもしていた。ブレーキの壊れた車が止まることができず、穴の中に飛び込んでゆくシーンもあった。運転手の恐怖に叫ぶ運転手が車と共に深さ5000mの穴の底に消えていった。
それらの似たようなことが穴の輪郭の町で次々と発生している。まだこの街の絶望は終わっていないのだ。次々と発生する二次災害。紙一重で生き残った街の輪郭も、その穿たれた穴に呑み込まれようとしていた。

画面が変わった。今度は地面の上に座り込んだ愛が映し出された。
未だに上半身はビキニを着けられず陽に晒されたままだった。
くすくすと笑う愛の胸元のずっしりと大きな乳房。陽光の下で張りのあるそれは陶器のように輝いている。
不意に愛が自分の乳首を指差し、カメラがその乳首によってゆく。どんどんアップになる乳首。どんどん、どんどん、それは乳首が画面に収まりきらなくなっても続いた。どんどん、どんどん、更にアップになる画面は最早乳頭さえも収まりきらなくなり画面はピンク色一色で埋め尽くされている。
更にズームが続いたところでようやく画面にピンク色以外のものが現れ始めた。白っぽい何か。更に更にズームされたことで、男子にもそれが何であるかようやく理解できた。
ピンク色の表面に見えてきたその白いものは僅かに原型を保ったビルだった。ほとんどが一部分だったり上層部だけだったりと完全な形を保っているものは無かったが、それでも一目でビルと判断できるものが無数にあった。
しかしここは何倍にもズームをかけた愛の乳頭の表面。つまりこれらのビルは愛が乳頭を街に押し付けたときに奇跡的に押し潰されず、そのままくっついて持ち去られてしまったものだ。
結構いくつものビルが乳頭のシワなどの隙間に挟まって残っている。今の愛の乳頭には巨大建造物であるビルが原形を保ったまま入ってしまう隙間があるということだ。土台ごと残っているものまであった。

だがそれらがほんの一部であることを、画面が乳腺を映し出したときに男子は知ることとなる。
乳頭の正面にあるメインとなる乳腺にはそれこそ無数のビルが挟まっていた。挟まっていたというよりも押し付けられた故にそこに押し込まれてしまったような状態だった。いくつものビルが折り重なりながらそこに詰まっていた。ここにははっきりと原形を保ったものさえあった。それ以外にも車や普通の家屋など見慣れたものがぎっしりとあった。中には街の一区画がそのまま地面から抜き取られたようにはっきりと残っているものさえある。家と庭とそこに生える木や花が乗った地面が乳腺の奥に押し込められていた。あまりにも小さすぎて、あまりにも細かすぎて潰されることすら出来なかったのだ。愛の乳頭があまりにも巨大で強大すぎたのだ。このまま街に戻せば使えそうなものもあった。
しかしさすがに人間は残っていなかった。座っているとはいえ、今の愛の乳首の高さは地上400kmの高さなのだ。それは、所謂大気圏と呼ばれる大気の層のほぼ限界の高度だった。人間が何の装備もせずに生きていられる高さではない。仮に愛が乳頭を押し付けたときに奇跡的に潰されずにビルや建物と一緒に乳腺に囚われてしまった人々がいたとしても、愛が乳頭を街から引き抜いた瞬間にその高度は一気に1万mを突破し人体に異常を起こす。そのまま愛が上半身を起こす過程で超高速で凄まじい高度まで連れ去られ人間の体などは気圧の急激な変化に耐え切れず弾け飛んでしまうだろう。最早宇宙に飛び出ている愛の乳頭に生存者はいなかった。

そうやって動画に映っていた乳首を、愛が指でピンと弾いた。
それだけで乳頭やその周辺にくっついていたビルは一つ残らず宇宙に放り出されるか衝撃で粉々に粉砕された。
更にその指を例の街に近づけるとその街にそっと押し付けた。ギリギリ輪郭だけ残っていた街は、今度はそれ以上に巨大な穴に変えられた。あの絶望に震えていた人々も、もう一人も残ってはいまい。

そして、その巨大な胸をゆさゆさ揺らしながら立ち上がった愛はカメラに向かって投げキッスをし、そのまま愛が手を振りながら画面はフェードアウトして終了した。


  *


『ほら、どうだった?』

動画が終わり愛の言葉が聞こえてきたことで男子ことヒロはハッと我に返った。
あまりの恐ろしさと魅力に集中しすぎてしまっていた。

『結構かわいく撮れてたでしょ。んふふー、コーフンしちゃった?』

電話の向こうから聞こえてくる愛のからかうような声が、あまりに衝撃的な映像に実際興奮していたヒロの意識を落ち着かせる。

「こ、興奮なんかしてないよ…」
『えー? がんばったのにー』

愛のぶーぶー言う声が聞こえてくる。

「それより愛、この動画はさすがに公開しないほうが…」
『あは、大丈夫だよ。これはヒロくんのためだけに撮ったんだもん。ヒロくん以外に見せるつもりはないよ。「私、がんばってるよ」っていう証拠の動画』

愛が笑うのが分かった。
あの動画が世に出ないと分かったことがせめてもの救いだ。あれは、常軌を逸している。アイドルのグラビアで、たった一人に向けて公開されるなんて許されるものじゃない。

『それじゃああと何本か撮影したら帰るよ。そうだ、帰ったら動画じゃなくて生でグラビア見せてあげよっか。今度こそコーフンさせてやるんだから! あははは! じゃまたね』

そう言って愛は笑いながら電話を切った。

ヒロはしばらく真っ暗になった画面を見つめていたが、やがてケータイをしまって窓の外へと視線を向けた。
窓の外には青空が広がっている。アイドルの『アイ』をやっている『愛』も、今もこの同じ空の下のどこかでがんばっているのだろう。それとも空さえも見下ろせるほど巨大になっているのだろうか。

「はぁ…まったく…」

ヒロは苦笑しながらため息をついた。
引きこもりだった愛は、最初は自分だけのアイドルだった。
しかしネットアイドルとしてデビューし、今は文字通り世界を股にかけるアイドルとして世界中を飛び回っている。最初は自分にだけ向けてくれていた笑顔を、今は世界中の人に向けている。
その事実は少し寂しかったが、本当の笑顔だけは自分に向けてくれている気がした。
さっきの動画には、他の公開されている動画にはない何かがあった。
それが、ちょっとだけ嬉しかった。

「やれやれ…あいつが撮影終えて帰ってくるまでに、いったいいくつの国が無くなってるのかな…」

ヒロは窓の外の空を見上げながら呟いた。
最早愛は世界的なアイドル。考え方も価値観も違う。その存在は世間からすればテレビの向こうの存在だ。リアリティが欠如していた。こうして彼女がアイドルとして活動するたびに確実に一つ以上の街がこの世から消滅している。誰もこの事に、気づいていない。

「……まいっか」

ヒロは考えるのをやめた。考えたところであいつがアイドルを辞めるわけでも世界が気づくわけでも無い。
そう考える自分自身も、考え方が変わってきていることにヒロは気づいた。
もう慣れてしまったのだ。
あいつがネットアイドルだった頃は日本のどこかの街を舞台に踊っていた。今はそれが世界に移ったというだけの話だ。
世間がアイドルのあいつを求める以上、あいつがどこかの街を舞台に踊るのも終わらない。
だったら俺は、あいつがアイドルに飽きるか、世界から舞台となる街が一つ残らず無くなるか、そのどちらかを待てばいい。

ヒロは机に突っ伏した。
そしてまもなく授業が始まる時間だというのに、すーすーと寝息を立て始めた。