※蹂躙・破壊。 ノリって大事だけど、ノリだけだとダメだね。



 『 諦めた人類 』



人類は、生きることを諦め始めていた。
生存競争に勝ち、地球の生態系の頂点にいたはずの人類は、やがて宇宙へと進出し新しい世界をと夢に見ていたが、今はそれらの活気はかけらもない。
世界中の人間が毎日を怠惰に過ごし、未来の見えなくなった人類は少しずつ死滅し数を減らしていった。
最早国同士のいさかいや、文明の発展競争など過去のもの。
すべての人間が無気力に時を過ごし、ただ死を待つだけの日々を送っていた。

すべては数年前、それが現れてから。
そしてそれは今も、そこに悠然と構えている。

突然、宇宙の彼方からやってきた来訪者が残していった落し物。
ユーラシア大陸の上にゴロンと転がる、全長7200kmにもなる巨大な上履き。

白地を基調とし、ゴム底はワインレッド。
女の子用の上履きだ。足の甲の部分には名前が書かれていたが、地球人には読めない文字だった。
全体的に草臥れていて薄汚れている。汚いのではない、使い込まれているのだ。
つま先の親指側を地面にして、横に倒れるようにしてそこに鎮座している。
幅2700kmにもなるその超巨大な小惑星サイズの上履きは、日本からでも見る事が出来た。
地球の丸みの向こうに、隠れきらない大きさだった。

これが落下してきたときの地球のダメージは計り知れないものだった。
ユーラシア大陸上のすべての国が消滅し、地球全土を襲った大地震と大津波は人類を元の10%以下の数にまで減らした。
あらゆる文明が崩壊し、そしてほんの一握り残った人々は、変わり果てた地球の上で呆然としていた。

生き残った学者が計算したところによるとその上履きの全長は7200km幅は2700km。
地球人の使用するそれの、3000万倍の大きさだった。
導き出されてしまった答えに、人々は改めて、この超巨大な上履きに恐怖した。
だが更に恐怖したのは、こんなに巨大な上履きを使用する存在がいるということだ。

全長7200kmの上履き。
それは日本が縦に二つ入ってしまう大きさだ。
国ひとつが、片足分の上履きの中にまるまる納まってしまうのだ。
この上履きを使用する存在は、いったいどれほど巨大な存在なのだろう。

女の子用の上履き。
地球人から見るそれは国を収めてしまうほど大きい。
それは逆に、おそらく女の子であろうこの上履きの持ち主から見る国は、上履きに収まってしまうほど小さいということだ。
日本など、女の子から見れば長さ10cmほどでしかない。
同じ上履きを履く存在である人間は、頑張っても0.0006mm。
それは髪の毛の太さの100分の1の大きさ以下である。
そして我らが地球は、女の子から見ればわずか40cm強の球だ。
バランスボールほどの大きさも無い。
いや、こんな大きな上履きを履くほど大きな女の子が座ったら、地球はたまらず潰れてしまうだろう。

宇宙にはこんな大きな人間が存在するのか…。
その認識は、これまで生物の頂点に立ち、天敵の存在を知らなかった人類に途方も無い絶望を植え付けた。
僅かに生き残った人類から、生きる希望さえ奪った。

しかし希望があったとしても、それからの生活は苦しいものとなっただろう。
すべての文明が滅び、これまでのような生活はおくれない。
親しいものもいない。
環境は破壊され尽くした。

そしてなにより、空気が臭う。
あの横を向いて倒れている超巨大な上履きから、ゴムと布とその持ち主の女の子のものであろう足の臭いと汗の臭いがブレンドされ溢れてくるのだ。
それらは大気を渦巻く風に乗り、世界中へと流れて行った。
地球上のどこにいてもその異臭が鼻をつく。
落下してきてからすでに数年経つというのに、未だその臭いは健在だった。
無造作に落ちている片足分の上履きから醸す臭いはそれだけで生き残っている全人類を苦しめた。

たった一つの上履きが落ちてきただけで、地球は壊滅してしまったのだ。


  *


そして更に数年後、

「あー! こんなところに落ちてたー」

地球全土に轟く声。
その声だけで地球が震え、世界中が地震に襲われていた。

数年前よりさらに少なくなった人類は、その声を聴いて空を見上げた。
そこには空の遥か遥か彼方から、一人の少女が近づいてくるのが見えた。
近づいてくるほどにその姿は大きく大きくなる、やがて空を埋め尽くさんばかりの存在となっていた。

「も~、探したよ~」

苦笑した少女がそのまま白いソックスを履いた片足を地球に伸ばしてきた。
一帯が、一瞬にして闇に包まれた。
あの超巨大な上履きの持ち主が、その足を近づけてきたからだ。
恐らくあのソックスを履いた足で上履きを起こし、そこに足をねじ込むのだろう。
このときすでに、上履き付近の国の人々は空を見る事が出来なくなっていた。
空は真っ白に埋め尽くされていたからだ。

少女は地表に降り立ち、ソックスの足で靴をコツンと蹴って起こし、中に足を入れた。
そして慣らすようにつま先をトントンと鳴らすと地表を蹴って飛び上がり、再び宇宙の彼方へ消えていった。

全人類は絶滅していた。