「アニキー。ねーアニキってばー」

部屋で本を読んでいたら隣の部屋から妹が呼んできた。
ったく…。
本をたたんで部屋を出た兄は廊下を経て妹の部屋の前へと行く。
ガチャリ。ドアを開いた。
そこは、廊下までとはまるで景観が違っていた。
あらゆるものが10倍サイズ。
転がっているぬいぐるみも怪獣のような大きさだ。

で、部屋の中を見渡すと、前方に視界を遮るぬいぐるみの向こうで、柱のように巨大な脚が立てられていた。

「こっちこっち~」

声とともに脚が動く。
ため息をつき、ぬいぐるみを迂回して脚の柱の方へと向かう。
ぬいぐるみと脱ぎ捨てられた衣服の谷間を越えると、やがてそこにカーペットの上にうつ伏せで寝そべる身長15mにもなる巨大な妹の姿が現れた。
雑誌を広げ、お菓子をポリポリと食べている。

「で…なんだよ?」
「そうそう」

妹は兄の方を見もせず、代わりに兄の前に巨大な足が下りてきた。
その長さ2.3mもある素足だ。

「ちょっと足 揉んで欲しいの。なんか凝ってるみたいなんだ」
「…お前なぁ…」
「えーいいじゃん、どうせ暇なんでしょ。ほら、お金あげるから」

言うと妹は雑誌を見ながら部屋の一角を指した。
そこには札束が山のように積み上げられていた。巨大な金庫をひっくり返したようになっている。恐らくは何億という額にのぼるのだろう。
政府が『配慮』したとのことらしいが、妹には無用なもののようで、まるでごみの様に無造作にまとめられている。

「金なんかいらん。はぁ…少しだけだぞ」
「えへへ、ありがと」

兄は目の前の妹の足を見た。
伸びる妹を真後ろから見る形になり、足はこちらにつま先を向け足の裏を見せていた。
タンクトップに短パンで他にはなにも身に着けていない。長い髪が背中と床に広げられている。
こちらに向けて揃えられた足は、どちらも兄の身長よりも大きい。
肌色の肉。流線型の形は女の子らしさを表していた。
兄は靴下を脱いで妹の足に近づいていった。
足元に並ぶ大きな足の指はそれぞれが15cmほどの太さがあり、両手でも掴めるかどうか。
その足の指の上に足を下ろす兄。
するとその巨大な足が動いた。

「あは、くすぐったいよー」
「じっとしてろ」

指の腹に足を乗せ足がかりにして足に乗る。
かなりの傾斜がありバランスをとるのは難しかった。
足の裏に感じる妹の足は暖かく弾力があった。
乗ればヘコむほどに柔らかく、それでいてしっかりと兄の体を支えていた。
きめ細かい肌はしっとりとしていて吸い付くように足の裏にフィットした。

足の裏に手を添えながら拇指球の上まで上がったら、つま先の方を振り向きかかとで妹の足の裏をぐりぐりと踏み込む。
かかとは柔らかい肉に食い込みその動きに合わせて足元がびくびくと震える。
自分の足の裏の上で小さな兄が動くのをくすぐったがっているのだろう。
実際、たいした重さなど感じずただ触れられている程度にしかその存在を感じていないはずだ。
妹の感じる兄の重さは、せいぜい70gぐらいだろう。
自分の指で押し込んだ方が遥かに力強く効率的にできるだろうに。

もう片方の足へと移る兄。
妹は脚を軽く開いていたのでもう片足へ向かうためには一度 足を降りて歩かねばならない。
その間に兄は妹がお菓子を食べながら雑誌を読んでいるのに気づいた。
見上げた脚の谷間の向こう、尻の山の遥か先に見える頭の後ろ、その更に向こうからサクサクというスナック菓子を食べる音とペラッという雑誌を捲る音が聞こえてきたからだ。
どちらも10倍の大きさのものである。特注で作られたものだった。

「人に働かせておいてこいつは」

ため息をつく兄。
脚の前に来てまた同じようにのぼり、かかとをぐりぐりとねじり込む。
すでに慣れたものだが、改めてその大きさを感じさせられる。
自分が両足で立っているのが妹の片足の裏の上なのである。
その足の長さは自分の身長以上であり、例えばこの足が立てられたとき自分の背丈は足の指の付け根にも届かないだろう。手を伸ばしても指先には触れられない。
こうして踏んでいる足のその指だけでも自分の足そのものより大きいのだ。
今 自分はかなりの力を込め本気で足を踏んでいる。
普通なら悲鳴のひとつも聞こえるはずだが、聞こえるのは調子のずれた鼻歌のみ。
実際、これをマッサージとして受け止められるほどの刺激として感じているのだろうか。
額の汗をぬぐい息を切らす兄はいつもそれを疑問に思う。
っていうか嫌がらせだろ。
兄は悪態をつきながらその分 余計に力を込めて踏み込むが、当の妹からは大した反応は無かった。

5分も続けた頃だった。
いい加減疲れたので終わりにしてもいいか問おうと思い妹に注意を向けたとき、兄は妹の状態に気づいた。

「すぅ…すぅ…」

風の通るような小さな音。
先ほどまでのスナックを食べる音と雑誌を捲る音は聞こえず、この広大な部屋には妹の寝息だけが聞こえていた。
床にうつぶせたまま眠ってしまったのである。

足の上でポカンとしていた兄は盛大に息を吐き出した。

「ったくよぉ…」

兄は足から降りそのまま足の指の上にドサッと腰を下ろし足の裏に背中を預けた。

「でかくなってもちっとも変わらねー…。こっちは息切らしてるってのに…」

ふぅ。息を整える。
そう、大きくなっても何も変わらない。
妹は妹だった。

足の裏にもたれかかり息を整えていた兄は背中に感じるそのぬくもりの心地よさに身を任せていた。
疲れたこともあり瞼が重くなった。
やがて兄は妹の足の裏にもたれたまま寝息を立てていた。



「ん…寝ちゃった…」

ハッと目を覚ました妹。
兄に足の裏を揉んでもらってたのに。

と、その足の裏に先ほどまでのプニプニという感触は無く、別に何かが乗っているような感触を感じた。
何かと思い身をひねって振り返ると、兄が自分の足の裏にもたれて眠っているのが視界に入ってきた。

「へ? アニキも寝ちゃったの?」

声をかけてみるも反応は無い。
そっと足を動かしてみたが同じだった。
妹は腕がツらんばかりにぐぐぐと伸ばし、兄の体を掴んで持ち上げ体を起こした。
手の中には体を掴まれだらんとしたまま眠っている兄。疲れているのか起きる様子は無い。まるで人形のようだった。

「…」

妹はそんな兄の顔をそっと上に向けて覗き込んでみた。
すかーと寝息を立てて眠っている兄の寝顔が見えた。

今、妹は兄の体を簡単に掴み持ち上げている。
兄が小さいのではない。自分が大きいのだ。
この部屋は自分の大きさに合わせて作られているので違和感を感じないが、ひとたび外に出ればすべてのものが小さくなり自分がとても大きいことを実感させられる。
車も、家も、自分より小さいのだ。
いつの間にか世界が小さくなった。
友人も家族も小さくなってなんとなく疎遠になった。
他人を気にかけるのも自分を気にかけられるのも煩わしくなって距離を置いた。
でも兄だけでは近くにいてくれた。
こんな自分を真正面から見てくれる。
妹として見てくれる。
人間として見てくれる。
たったひとりの兄だった。

「…」

そんな兄を持ち上げ寝顔を見つめたまま動かなくなる妹。
目は真剣。頬が赤く染まる。
そして唇を少しだけ尖らせ、寝ている兄の顔に近づけていった。
兄の頭は小さく丸いロリポップのような大きさだ。
ちょっと口を大きく開ければ本当に飴玉のようにしゃぶることも出来る。
でも、そんなことはしない。
少なくとも、今からしようとしていることは違うことだった。

ゆっくりゆっくりと唇が近付けられる。
それに伴い鼓動が早くなった。もしも兄が起きていたら聞こえてしまうのではないかと言うほどの音が鳴っていた。
緊張から兄を握る手にも力が込められてしまう。
それをなんとか戒めながら、妹は更に唇を兄の顔に寄せた。
妹の感覚で、もう1cmの距離も無いだろう。
すぼめられた口から漏れる吐息が兄の髪を揺らした。
意を決し、兄の顔に口づけをする。
その瞬間、

「う~ん…」

兄が唸る。
それでハッと我に返った妹は慌てて顔を兄から離した。
真っ赤な顔。高鳴る鼓動。切れる息。
起きた? ばれた!?
恥ずかしさに熱くなる。
だが、

「…ぐー」

兄は起きていなかった。
ただ唸っただけか。

「…ふぅ~…」

妹は盛大に息を吐き出しそれがまた兄の髪を揺らした。

「ハァ~…あたしってば何やってんだろ…」

顔を赤らめたまま苦笑する妹。
ぶんぶんと頭を振って熱を冷まし息を整える。

とりあえず眠った兄をどうにかしたい。だが兄の部屋には当然入れない。
手だけなら何とか入りそうだがそれでは部屋を滅茶苦茶にしてしまって怒られる。
なので妹は机の上に兄を寝かせハンカチをかけることにした。
まさしくお人形の状態。兄は知らずにすやすやと寝息を立てている。
そんな兄を椅子に座り両手で頬杖を突きながら見下ろす妹。

「ありがとうアニキ。いつもそばにいてくれて」

指を伸ばし兄の頬に触る。
頬はぷにぷにしてとても柔らかかった。
寝ている兄はそれを嫌がるように寝返りを打つ。
その様に笑いながら 妹は兄が目覚めるまでずっとその寝顔を見下ろしていた。