第9話 〜 今日も100000倍 〜


あの巨人が帰ってきた。
しかも今度は眠ってなどいない。
完全に覚醒し、どこかの学校の制服を身に纏い、両の足(素足)で大地を踏みしめこちらを見下ろしている。

「はぁい。前は眠っちゃってたけど、今回はちゃんと遊びに来たよ」

少女のかわいらしい、絶大な音量の声が日本中、いや世界中に轟いた。
頭部は宇宙に飛び出ているはずなのに、何故声が聞こえるのか?
というか彼女は呼吸できるのか?
今回も目の前の謎に首をひねる者もいたが、結果も前回と同じだった。
あの超巨大な少女がまた現れたのだ。
前回、国連の力を借りて編成した空軍をあっという間に全滅させてしまった巨人が。
しかもあの時はそれを眠ったままやってのけたのに今度は眠気など微塵も感じられない。
つまり起きる災害も比べ物にならないということだ。
二本の巨大な足は大地を、そこにあった幾つもの街をしっかりと踏みしめている。
あり得ない。彼女は山の向こうに足を着いているのだろう。
なのになぜ足の指が見えるのだ?
山の尾根の向こうにさらに巨大な指が鎮座している。
山が山に見えない。
少女の足指の半分の高さにも満ちていないのだから。
そして指があるということは足全体もあるということで。
目の前の山を、少し動くだけで潰してしまえる足指の、更に何倍も巨大な足全体がそこにある。
あの足の甲のなんと広大なことか。
つま先から足首まで歩くとしたらいったい何時間かかるだろう。
何時間少女の足の上を歩かなければならないのだろう。
巨大な足の踝の高さを雲が漂っている。雲の高さでさえも、彼女にとってみれば「足下」なのだ。

突然、彼女は片足を浮かせ左右に振り始めたのだ。
どうやら足の周囲にできた雲が邪魔になったらしい。
ブンブンと左右に振られる長さ23キロメートル幅8キロメートルの足。
その足の動きに伴って雲が次々と散らされていく。
それと同時に周囲の街は巨大な足の起こす凄まじい強風に襲われ皆壊滅していた。
風は足の動きに同調して右に向かって吹いたあとすぐに左に向かって吹き返す。
日本では、台風などの自然現象からはあり得ない現象だ。
風速も台風のそれなど遙かに超えている。
足が通過したら、その下の地面がまるで津波の様に宙に剥ぎ取られてゆくのだ。
街など丸ごとさらわれてしまった。
そして足が反転してくることによって宙に投げ出されたものはその突風に巻かれ粉々にされて地面に降り注いだ。
周囲の雲を完全に散らされたあと、少女の足は元あった位置に戻された。
周辺は少女が足を振る前とは大分様変わりしていた。

「これでちゃんと見えるね。じゃあ何して遊ぼうか?」

妹の声に日本中の人々が悲鳴をあげて逃げ惑った。
遊ぶ?
空軍を壊滅させ、雲さえも簡単に蹴散らしてしまうような大巨人といったい何をして遊ぶというのか。
どんな遊びであるにせよ、我々の命などでは万も億もあっても足りないだろう。
少女が動き出す前に、少しでも遠くに逃げるのが良策だ。
だが、逃げ出した人々の大半が逃げ切れるとは思っていなかった。

「…」

いくら待ってみても人々から返事は返ってこない。
今の妹に微生物サイズの人々の声が聞こえるはずなどないのだ。
兄の声は別だ。

「そっか、こんなに離れてたら聞こえないよね」

妹はしゃがみこみ、両手をついて四つんばいの格好になった。
そして顔を横に向け耳を地面ギリギリまで近付けたのだ。

「はい、これで多分みんなの声も聞こえるよ」

妹はクスリと笑った。

だが周辺にいた人々にとっては決して笑えることではなかった。
突然しゃがみこんだ巨大な妹。
彼女の足下では、その巨体に圧迫されて急激に気圧が上がったことによって人々が体中の穴から体液を噴出して倒れた。
そして人はしゃがむとき必然的にかかとを浮かせ足の指に体重をかける。
この巨大な妹とて例外ではない。
巨大なかかとが空へと浮かび上がり、そこにできた空間に流れ込もうとする空気が突風を巻き起こし、
周囲の街から剥ぎ取られた家などがその空間に向かって飛んでいった。
妹の全体重がかけられたつま先は音を立てて沈下していった。
足指の前にあった山もその地面の沈下に引きずられるように傾き、沈んでいった。
つま先周辺だけではない。
急激な体重の移動により、妹を中心とした半径数十㎞の大地が一気に2000メートルほども沈み込んだのだ。
人々は、まるで沈下する地面においてかれたように宙に放り出された後、2000メートルも下の地面に叩きつけられた。
妹の動きはそれにとどまらず、さらに体を前に移動させてくる。
巨大な腕が動き出した。
手のひらが地面に向けられている。
少女の正面、足下からやや離れた場所にいた人々は少女が体をこちらに向けて倒してくる事実に気が付いた。
全景を見渡すことも難しい巨大な少女の上半身が迫ってくる。
雲よりも遙か上空から超巨大な手のひらがこちらに向かって降りてくる。
途中にあった雲を一瞬でかき消して迫ってくる。
逃げられない。
街なんかよりも遙かに大きいのだから。
そして…

    ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおんんん!!!!

巨大な手はそこにあった街を遙か地面の彼方に押し潰してそこに降り立った。
着地したあと、地面の沈下が止まるまでのわずかな間、手は着地地点から若干前進した。

ギリギリ手のひらの直撃を避けた周辺の街では、
その衝撃や突風にさらされ多くの住民が吹き飛んでいたが、奇跡的に生き残っていた人々がいた。
だが隕石の衝突にも匹敵する衝撃に重傷を負い、満足に体を動かせない者がほとんどであった。
だが彼等はあの絶体絶命の衝撃に耐えられたことに心から神に感謝していた。
だがそれはすぐに呪いに変わった。
手が着地したあともその動きを止めなかったのだ。
巨大な指が前進してくる。
まるで地面を貪る龍のようだ。
巨大な爪が大地を砕きながら迫ってくる。
逃げようにも体を動かすことが出来ない。
家やビルが次々と巨大な爪に触れ砕け散っていく。
この時、その指の近くにいた人々は自分の体が砕け散るまでの一瞬に、
少女のその巨大さを間近で見ることで、この少女が如何に巨大であるかを理解した。
目の前を埋め尽くす超巨大な爪。
既に視界は彼女の巨大な爪で埋め尽くされ、正面には空を拝むことも出来ない。
陽光に照らされて美しく輝いている。
だがその美しい爪は無数の家や高層ビルを砕きながら前進してくる。
巨大な爪に触れた瞬間、まるで砂細工かのように粉々に砕かれていく。
そしてその光景を見ることで彼等はその妹の爪の大きさを測ることができた。
100メートル以上あるビルでさえ爪の地面の沈んでいない部分の半分にも満たない。
これまでの目算、報道などから察するに、あの爪の長さだけでも1000メートルを越えるに違いない。
とするとあの巨大な少女から見たあのビルは1ミリほど大きさなのだろう。
まるで砂粒のような大きさだ。
では普段その中に何百人と入り込んで仕事をしている我々の大きさはどうなのだ?
あまりの大きさの違いに最早希望を抱く気持ちすらなかった。
無数のビルが砕かれ、ときに宙に放り出され、爪はこちらに向かってくる。
彼は考えることをやめ、迫ってくる肌色のガラスの様な壁に身を任せた。
別の街にいた人々は少女の小指が山を砕きながら迫ってくる様子を見た。
あまりにもあっさりと山は砕かれた。
砂浜で作る砂の山でもこんな簡単に崩されはしない。
だがそれも仕方のないことなのだろう。
あの山の標高は1000メートル弱、彼女の爪と同じ程度の大きさなのだ。
彼らが名前をつけ、先祖代々親しんできたその山は、少女の小指によって一瞬にしてすり潰された。
その光景を眺めていた人々も一緒に。
そしてこの大災害は、もう片方の手でもしっかりと行われていた。

巨大な腕が地面に固定された。
だが上半身の降下は止まらなかった。
途方もない大きさの肢体が迫ってくる。
いくつかの県全体が少女の上半身の作る影に飲み込まれた。
まるで突然夜が訪れたようだ。
遙か彼方から超巨大な顔が迫ってくる。
その顔は微笑んでいた。
なかなかの美少女と言っていいだろう。
もしも彼女からラブレターをもらったら断ることなどできない。
というかそれ以前に攫ってしまいたくなる。そんな美少女だ。
少女の顔がどんどん大きくなる。
どんどんどんどん大きくなる。
もう既に顔の全体を見渡すことも出来ない。
人々からは顔のパーツ1つがかろうじて見える程度だった。
人々は高くなった気圧に耳を押さえたが、降りてくる速度はそれほど速くなく、少女がしゃがんだときほどの事態にはならなかった。
だが、それとは別の物理的災害が彼等を襲った。
妹の髪の毛である。
顔を地面に近付ければ当然髪は重力に引かれ地面の方向に垂れ下がる。
無数の髪の毛が、上空から街に降り注いだ。
人々は空から降り注ぐ巨大な黒い物体から逃げ回った。
もちろん上空に少女の顔がある以上、それが髪の毛であることは理解している。
だが彼等から見れば、直径8メートルもある巨大な物体なのだ。
そこいらの家よりも大きい。
長さはその何万倍もある。
それが降りてきて、しかも先端が着地したあとにまだ地面に触れていない部分が降りてこようとするのだ。
つまりはその直径8メートルの髪の毛があとから来る髪の中間部分に押しのけられ、地面の上を暴れ回るのである。
普通の家は髪の毛が上に降りてきただけでその重量に押し潰された。
その長さもあって、たった一本の髪の毛で何十もの家が倒壊していく。
さらにそれが動き回るのだ。
髪の毛1本だけで、住宅街、街の一区画が壊滅した。
動いてきた髪の毛に押され、並んでいた住宅がきれいに横薙ぎに倒壊した。
ビルも根元を折られ、簡単に解体されてしまった。
車は跳ね回る髪の毛に弾き飛ばされ、おはじきのように道路の上を滑ってゆく。
運の良い人間も同様だ。
高速で動く、自身の身長の4倍以上もある大きさの髪の毛に弾き飛ばされ、全身の骨を粉々に砕かれたあと、
数百メートルをふっ飛ばされて地面に激突した。
運の悪い人間は、髪の毛に激突した瞬間破裂して赤いシミになった。
道路や地面は巨大な髪の毛の重量に負けて、何十メートルも沈没していった。
たった1本の髪の毛がこれだけの被害をもたらしたのだ。
つまり、全体ではこれの何百倍という被害がもたらされたということになる。
ほんの数本の髪の毛だけで森を薙ぎ払い、山を削り、川にかかった橋を絡め取り、
高速道路を寸断し、ビル群を宙に跳ね飛ばし、住宅街を更地に変えたのだ。
ひどいところではたった1本の髪の毛の為に街一つが壊滅したりもした。
更に、被害はこれだけにとどまらなかった。
少女が顔を横に向けたのだ。
当然、大地を荒らし尽くした無数の髪の毛も、それに連動して引っ張られる。
彼女の髪の毛は高さ数千メートルの黒い津波と化して幾つもの街を飲み込んでいった。
街も山もビルも橋も家も学校も病院も車も人もペットも何もかもが、髪の毛の津波と地面の間ですり潰されていった。

傍若無人に暴れまわる無数の髪の毛から奇跡的にも逃げ伸びた人々は皆一様に空を仰いだ。
先ほどまで空を支配していた少女の顔、はもうそこにはなく、代わりに巨大な耳が空を埋め尽くしていた。
なんて巨大な耳だ。
全体の大きさは8キロメートル近くあるのではないか。
中央付近には巨大な穴も見える。
あれが耳の穴か。
直径は何百メートルあるんだ?
まるでブラックホールの様だ。
あれだけ大きければどんなに遠くの小さな音でも聞き取ることが出来るのではないか?
一部の者がその考えに望みを託して巨大な耳に向かって大声を張り上げた。
耳はどんどん降りてくる。
チャンスだ。
あの巨大な少女に声を伝えるには今しかない。
人々は喉がはちきれんばかりに声を発した。
その間にも巨大な耳は近付いてきた。
耳の真下の人々からは耳の穴しか見えないほどだ。
それに伴って髪の毛も動いたのでまた多くの被害が出たが。
突然、耳を劈く巨大な声が発せられ、生き残った人々の必死の罵声をあっさりとかき消した。
少女が喋ったのだ。何万人と集まって叫んでも、彼女の声には敵わないことが証明された。
少女の口の方向にあった街では、街中のガラスが粉々に割れ、振動と突風によって家は粉々に吹き飛び、
そこにいた人々は、少女の声の起こした振動によって粉々にすり潰され、血煙となって消えた。
耳の下にいた人々もその爆音に耐え切れず、耳と顔から血を噴き出して倒れた。

「…」

耳を近付けてはみたものの、結局声は聞こえなかった。

「こんなに近付いても聞こえないんだ…。いったいどれくらい小さいんだろ?」

その街から顔を離した妹は別の街にめぼしをつけ、今度はそちらに顔を近付けていった。

「どこまで近付ければ見えるのかな」

妹は顔を自分の感覚で1センチもないほど街に近付けた。
そうするとようやくそこにあるものがはっきりと見えてくる。
そこには幅0.5ミリもないような小さな建物が無数に並んでいた。
糸のように細い道路が縦横無尽に走っている。
あまりの精巧さに妹は目を奪われていた。

「綺麗…」

その美しさの前に声も失われ、しばらく妹はその小さな街に釘付けになっていた。


その街の人々は、遙か遠方、少女の姿がかすんで見えるほどの遠くから、彼女の行動の一部始終を見つめていた。
四つんばいになった彼女はその巨大なお尻を高く高く突き出して、地面に顔を近付けていた。
ミニスカートから伸びるその生足と美尻に、健全な男子諸君はため息を漏らした。
さらに健全な一部の男子は自慰行動まで始めてしまった。
そんなことになど気付きもせず、妹はお尻をぐいと突き上げている。
だがやがて上体を起こして、キョロキョロと周囲を見渡し始めた。
何を探しているのだろうか。
ふと彼女の目がこちらを捕らえた。
街の人々全員が彼女と目が合った気がした。
彼女は四つんばいのままこちらに近付いてくる。
どんどん顔を近付けてくる。
かすんで見えていたはずなのに、あっという間に目の前が彼女の顔で埋め尽くされた。
この間、彼女は一歩たりとも移動していない。
彼女にとって、視界がかすむほどの距離も上体を倒すだけで到達できる距離なのだ。
どんどん顔が近付いてくる。
最早逃げ出そうという者はいなかった。
これまでの事から逃げることなど出来ないと悟ったのだ。
だから、先ほどの一部の男子諸君のように、残りの時間はこの美しい少女をおかずに過ごそうという者が大量に現れた。
巨大な顔の接近は止まらない。
既に彼等の視界は彼女の顔のパーツひとつで埋め尽くされるほどになっている。
にも関わらず少女は顔を近付けることを止めようとはしなかった。
まさか顔面で押し潰そうというのか?
そんなばかな。
実際に巨大な鼻は地面に触れた。
そこまで近付いてやっと接近は止まったのだ。
彼等の視界はパーツどころではなく、近すぎてなんだか分からないものによって埋め尽くされた。
口と鼻の下周辺は彼女のひと呼吸で一瞬にして塵になった。
もとより、妹はそんなところのことなど気にも留めていない。
今はそこにあるものを見ることだけに集中していた。
妹の目の下に捕らわれた彼等の視界は、最早瞳が見えるのみとなった。
でかい。なんて大きさだ。
恐らくまだ1000メートルほどの高みに存在するのだろうが、まるで手を伸ばせば触れられる距離にあるかのような錯覚に陥る。
遠近感が完全に狂っている。
今この街の一区画は彼女の片目の下に捕らわれてしまったのだ。
巨大な眼球でギョロリとこの街を見下ろしている。
ときおり、まばたきによって長さ数百メートルの睫毛が地表すれすれを超高速で移動していく。
そしてその睫毛とまぶたの動きに伴った強風が街の上を駆け抜けるのだ。
信じられない光景だ。
自分の視界全てを一人の女の子の片目が占領しているなんて。
彼女はいったいなぜこの街を見下ろしているのだろう。
彼女の目に止まるようなものがこの街にあるとは思えない。
何か目的があるにしても、大巨人である彼女の何かを満たせるようなものがこの小さな街にあるとは思えない。
なのに、何故この超巨大な眼球はこの街を見つめているのか。
その時、少女はさらに顔を近付けてきた。
街の人々は一瞬、この眼球によって潰されるのではないかと恐怖した。
だがいかに巨大な彼女といえど、街を目に入れるなどということにはためらうだろう。
そうだ。痛くないはずがない。
彼女は単にこの小さな街を見つめているだけなのだ。
ただそれだけのことだ。
この街をどうこうしようなんて考えてはいまい。
我々はこの少女が、この吸い込まれそうなほど澄んだ巨大な瞳をどかしてくれるのをただじっと待っていればいいのだ。
だがその予想は外れた。
妹があまりにも顔を近付けすぎてしまったために、まばたきしたとき睫毛が街に触れてしまったのだ。
もちろん妹にそんなつもりはなかった。
ただもっと近くで見ようと思って顔を更に近付けただけなのだ。
だが妹がまばたきをしたとき、長さ数百メートルの睫毛は唸りをあげながら街に襲い掛かってしまった。
家が何十棟も縦に削り取られ、ビルは粉々に叩き割られ、
人々は、自分がまばたきをしている間に、少女のまばたきによって砕け散った。
数十本の睫毛は、地面に同じ数だけの溝を残した。
妹がまばたきをし終えると、目の前の景色は変わっていたのだ。

「あぁ…」

妹は自分のまばたきによって起こされた惨劇を文字通り目の前で見てしまった。
まぶたを閉じていた一瞬のことではあるが、その瞬間に起きた現実をこれまでで一番はっきりと見てしまったのだ。

「せっかく綺麗だったのに…」

だがそんなことは気にもとめていないようだ。

上体を起こした妹は再び周囲を見渡した。
これほどまで大きくなってしまうと最早人々の声を聞くことも出来ないし楽しい遊びも思いつかない。
大きくなっていいことなんてたいしてない。
はぁ。ため息をもらす妹であった。
ふと視界に小さな(妹の視点で)雲の塊を捕らえた。
ふわふわと、座っている自分の足の高さもないところを漂っている。
まるで綿飴の様だ。
思えば小さい頃は雲が綿飴に見えて兄に「食べたいからを取ってきて」と無理を言ったものだ。

「クス」

懐かしい思い出に顔もほころぶ。
そして思いついた。
確かに昔は無理だったが今なら簡単に雲に手が届く。
幼い頃の夢が叶えられるのだ。
妹は手近な雲に手を伸ばした。
だが妹の手が触れた瞬間、雲はさらりと霧散してしまった。
妹は再び四つんばいになり、今度は直接顔を雲に近付けていった。
ふよふよとひとつの雲が顔の前を浮かんでいる。
妹から見ればその雲はほんの一つまみの綿だ。
小さい頃、お祭りで買った綿菓子を、「お前に任せると食べ過ぎるから」と兄が一口分ずつつまんで食べさせてくれたのを思い出す。
そんな思い出の懐かしさにひたりながら妹は更に顔を近付けていく。
そして口を開けた。

「あ〜ん」

口は漂う雲よりも大きく開けられ、食べられまいと流れてゆく雲を追いかけた。
妹は、昔の様に兄が綿菓子を一つまみ食べさせてくれているところを想像しながら雲に迫ってゆく。
うっすらと頬が赤く染まった。
そしてついに雲は巨大な口に追いつかれ、その口内へ姿を消していった。

    パク

ひとつの雲塊は、本当に綿菓子のように食べられてしまった。
だが実際に綿菓子の様に甘いはずがなく妹の口の中には一瞬だけ舌に何かが触れたような感触だけが残った。
妹はため息をついて——。

「夢は叶ってみるとこんなものなのかな…」

ちょっと寂しげな表情を浮かべてながら言った。


ところが、この妹のほんの気まぐれに巻き込まれた一団がいた。
その雲の中を飛行していた数百人乗りのジャンボジェット旅客機である。
妹にしてみれば一口サイズの綿菓子かも知れないが、彼等にとってすれば巨大な雲塊なのだ。
雲に入ってしまって周囲の状況も分からないまま白い闇の間を飛んでいたら、突然陽光が遮られ周囲が本当の闇に包まれたのだ。
乗組員がおや?と思った瞬間には突然真下から迫ってきた真っ赤な地面に激突して粉々に砕け散ってしまった。
彼等は巨大な妹の存在を、その妹の舌にぶつかって砕けることで、身をもって理解したのだ。
もっとも妹は舌に触れた雲の水分の感触を感じるのに精一杯で、
自分がジャンボジェット機を口に入れていたことになど全く気が付かなかった。

「さぁて、どうしようかな〜」

再び思考をめぐらせる妹。せっかくこんなに大きくなったんだから普段は出来ないようなことをしたい。

「あ、そういえば前にお兄ちゃんが———(
    兄「GTSが好きな人たちはね、街が踏み潰されるのに快感を覚えるんだよ」
    妹「どうしてなの?」
    兄「詳しい事は俺にも筆者にもわからないけどね。まぁ暇だったら試してみなよ。」
 )———って言ってたっけ。丁度暇だし、試してみよっと」

兄の戯言を真に受けた妹は街の一つに狙いを定め、体育座りに座りなおした。
自分のつま先の前には自分の足の幅もない小さな街がある。
妹は片足を振り上げた。

「えい」

    ずしん

街は踏み潰された。

「…」

自分の足の周囲にうっすらと砂煙が舞い上がっている。

「…なんか、違う気がする…」

妹はもう一度チャレンジすることにした。
まためぼしい街を見つけてつま先をそちらの方向に向ける。
今度はもう少しゆっくりとやってみよう。
妹は足指を街に触れるギリギリまで前進させた。
街の幅はまた足の幅よりも小さかった。
その気になれば、さっきみたいに簡単に踏み潰せてしまうだろう。
でもそれじゃあダメなんだって。
しばらくこのまま眺めてみることにした。


    * * *


妹の足指の前の街は、恐慌状態に陥っていた。
目の前には山よりも巨大な5つの足指が。
その向こうにはその指よりもさらに巨大な足があった。
そしてその向こうにはその足よりも何倍も高い脚の山があった。
その頂点、膝小僧の上には巨大な手が置かれ、その上からは巨大な顔がこの街を見下ろしている。
この大きさから察するに顔付近は成層圏を突破しているほどの高さのはずだが、
実際に彼女の足下からでも彼女の顔を見る事ができている。
それほどまでに巨大なのか。
今この街は彼女の片足のつま先の、足指の前にある。
そして先ほど彼女は、この街の隣の隣の街を一瞬で踏み潰してしまった。
躊躇などなかった。
本当にあっという間だった。
あの街にいた誰にも悲鳴を上げる暇すらなかっただろう。
で、今あの街を踏み潰した足が目の前にあるのだ。
いつ自分たちも踏み潰されるかわからない。
逃げよう。
あの巨大な指とは反対の方向へ。
あの大きさから考えて何処へ逃げても無駄かも知れないが、何もしないまま踏み潰されたくなどない。
人々は悲鳴を上げながら一斉に指とは反対の方向へ駆け出した。そのときだった。

    ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

地面が激しく上下した。
立っている事など出来ないほどの振動だ。
人や車が地面から放り出され、家さえもが浮き上がった。
同時に目の前にあった巨大な足指が更に大きくなる感覚があった。
実際はそうではない。
足指がさらに近付いてきたのだ。
途中にあった森や郊外の家屋をその指の腹と地面との間ですり潰しながら迫ってくる。
森の中からはたくさんの鳥や動物が逃げ出してきたが10万倍の少女の動きから逃げられるはずもなく、
鳥は後ろから高速で迫ってきた足指に追突され粉々になり、動物は森と同様に指と地面の間ですり潰された。
潰される瞬間真っ赤な鮮血撒き散らした。それは断末魔をあげる暇すらも無かった動物たちの最後の足掻きだったのかも知れない。
もっともそれすらもコンマ1秒後には巨大な指にかき消されてしまったが。
街の人々はうねる大地に体をしこたまぶつけながらも必死に迫る足指から離れようとしていた。
だが足指の方が遙かに速い。
例え満足に走ることが出来ても逃げ切る事は不可能だろう。
彼女の足の幅はこの街よりも大きいのだ。
まぁ1秒で街の外に逃げ出すことができれば話は別だが、ただの人間である以上できるはずがない。
足指はすぐそこまで迫ってきている。
数秒後にはこの街はあの巨大な足指の下に飲み込まれていることだろう。
人々は地面を跳ね回りながら頭を抱えた。
ところがである。

    ピタッ

足指が止まった。
街のほんの数百メートル手前で。
あと1秒止まるのが遅ければ街の一区画がすり潰されていたことだろう。
もっともすでに街全体があの足が移動するときに起こした振動によって壊滅寸前であったが。
指はさきほどよりも遙かに大きくはっきりと見える。
その爪を見るだけでも人々は空を仰がなければならなかった。
指はピクリとも動かずその場に鎮座している。
以前遙か高みからは巨人がこちらを見つめているが、足が動く様子はない。
まさか踏み潰すことをやめたのか?
何が起こっているかはわからなかったが、これはチャンスだ。
人々は街の外に向かって走り出した。


    * * *


妹は自分の足の指先の街を見つめていた。
兄が言うにはこうやって間を置いてみるのもいいそうなのだ。

「さぁて、どうしようかな〜」

さっきみたいに足全体を使って潰してもいいんだけど、どうせなら違う方法のほうがいいよね。

妹は足の親指だけを持ち上げた。


    * * *


「キャーーーーーーーー」

どこからか悲鳴が聞こえた。
何事だ。
街から逃げ出す準備をしていた人々が声のした方を振り返ってみると、なんとそこには遙か大空に浮き上がった巨大な親指があった。
数千メートルも浮き上がり、その広大な指の腹が視界を支配している。
指の腹からは先ほどすり潰した森や動物たちの破片がパラパラと地面に降り注いだ。
なんて大きさだ。
あの親指だけでこの街の大半を埋め尽くしてしまえる。
少女がその気になればわざわざ足全体を使う必要などないのだ。
そうだ。
何故あの親指は持ち上げられた?
何故あの足は未だに街の前に鎮座している?
顔を上げてみるとあの巨人と目が合った気がした。
この街を見下ろしている。
口元がかすかに緩んでいる。
やはりだ。
彼女はこの街を潰すことをやめたわけじゃなかった。
巨大な足が動き出した。

    ゴゴゴ…ゴゴ…ゴ…!!!

先ほどよりは幾分緩やかだが、それでも人はその振動に両足で立つことが出来なかった。
指が前進してくる。
あの親指がこの街の上に移動してくる。
段々と街があの巨大な親指の作る影に飲み込まれてゆく。
この影がやがてあの親指が降りてくる範囲だ。
街のほとんどを覆っている。
つまり街の中にいては助からないということだ。
早く脱出しなければ。
だがこの振動に足を取られ人は地面を這いずることもできない。
やがて地震は収まり、あたりは先ほどの喧騒が嘘の様に静まり返った。
だがそこには街全体を覆ってしまうほど巨大な親指が浮かんでいる。
事態は何一つ好転していない。
に、逃げなければ! 早く!
人々は一瞬の静寂に今起きていることが幻であるかの様な錯覚を覚えた。
だが次の瞬間には我先にと街の外へと向かって駆け出していた。
だがさらに次の瞬間には親指が振り下ろされた。
凄まじい速度である。
一瞬にして影は闇へと変わった。
人々は街の外に出るための次の一歩を踏み出した。
しかしそのときには親指は彼等の頭の高さにまで降りてきていた。

    ずどおおおおおおおおおおおんんんんんん

親指は街に叩きつけられた。
一瞬にして街の大半を押し潰し、さらにその衝撃でわずかに直撃をそれた家々を吹き飛ばした。
人々は満足に悲鳴を上げることすら出来なかった。
妹の感覚で1ミリメートルほどのビルやその10分の1にも満たない家屋が宙を舞っている。
街あとからは親指の半分の高さにも届かない砂煙が舞い上がり、周囲に降り注いだ。
親指がどけられたあと、そこには綺麗な指の形をした盆地が出来ていた。
雨が降れば大きな池が出来上がることだろう。


    * * *


あっという間だった。
指を下ろしただけで街は消えてしまったのだ。

「なんでこんなことに快感を覚えるのかな。でもお兄ちゃんが言ってたんだから本当だよね」

そして妹は立ち上がった。
立ち上がるときにお尻をはたいたので、
そこにあった街や山の破片がまるで流星群の様に大気との摩擦で赤い尾を引きながら地上に落下していったが、
そんなものには目もくれず妹は歩き出した。

    ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんん

    ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんん

一歩歩くごとに街や山や森が踏み潰され新たに何十万人という犠牲者を生み出した。
雲を蹴散らし、大気を切り裂き、音速を超える速度で歩行する妹。
地表は竜巻などとは比べ物にならない突風による災害を被った。
とその時、突然妹は体をブルッと振るわせた。
そして立ち止まると、太さ何十キロメートルもある健康的な太ももすり合わせた。

「ど、どうしよう…おしっこしたくなってきちゃった…」

辺りを見渡してみるが当然今の妹の使えるトイレなんてあるはずもない。
以前の様に木陰(山陰?)で済まそうにも妹より高い山なんて存在しない。
何度見てもあるのは自分の足指と同程度の高さの山ばかりだった。

「うう…、仕方がないよね…」

妹はしゃがみながらパンティを下ろし、そして体を安定させ下腹部に力を込めた。

    シャーーーーーーーーーー

股間から放たれた一筋の尿は地面へと振り注いだ。

「あぅ、きっと皆見てるよ…」

妹の顔はどんどん赤く染まってゆく。
それでも尿は止まることなく放たれている。
そこで妹は気付いた。

「あ、もしかしたらここには人がいるかも…」

妹は用を足しながら体の向きを変え、尿は海にすることにした。

    ジョボボボボボボ…

軽快な音が周囲に響き渡る。
妹はますます頬を赤くした。

「でもこれなら大丈夫だよね」

ほっと安堵の表情を浮かべた妹は下腹部にさらに力を込め、尿の勢いを増した。


もちろん大丈夫なはずなどなかった。


    * * *


巨大な少女が無数の街を蹂躙しながら近付いてくる。
これは例え数百キロ離れていても確認できた。
地球上に彼女より高いものはない。
彼女の体を遮るものなど何もないのだ。

    ずどぉ……ん

    ずどおおおおお……ん!!

    ずどおおおおおおおおおおおおおおおおんんん!!!!

一歩ごとに飛躍的に巨大化してくる少女。
実際には超高速で近付いてきているで大きくなっているように見えるだけなのだが。
彼女の一歩はそこにあるものを全て圧縮して何千メートルも地中深く埋葬した。
そして今度その足が大地を離れるときは周囲のものを何千メートルも宙に引っ張り上げるのだ。
奇跡的に生き残った人は一瞬にして雲の高さまでも巻き上げられ、急激な気圧の変化に耐え切れず絶命してから地面に激突し砕け散った。
馬鹿な! なんて大きさだ!
あと数歩も歩けば我々のいる街に到達するだろう。
そうなれば今彼女の足下で潰されたり吹き飛ばされたりしている連中と同じように全く抗うこともできずに消えてゆくのだろう。
地面が波を打っている。
周囲でガラスがわれ始めた。
もうだめだ。
この街は踏み潰される。
目の前は天まで延びる巨大な少女の生足によって占領されている。
終わりだ。

だが、予想に反して終わりはやってこなかった。
街まであと一歩というところで少女が進行をやめたのだ。
なんだ?
見上げていると彼女は巨大な太ももをすり合わせ始めた。
その動きに合わせて大地がぐらんぐらんと揺れ動く。
その後彼女はあたりをキョロキョロと見渡している。
なにやら切羽詰ったような表情だ。
心なしか頬も赤く染まってきている気がする。
と、突然彼女がしゃがみこんできた。
同時にパンティもずり下げている。
まさか! そうじゃないだろうな!?
住民は顔を引きつらせて彼女を見上げた。
しゃがみ終えた彼女は、両足を開いた。
その脚の結合点には長さ何千メートルもある巨大な性器があった。
あまりの高さにかすんで見える。
やはりか! 間違いない!! 彼女はここで用を足すつもりなんだ!
人々はこれから起きる現象を予想して、しかしあまりの大きさの違いに逃げることすら諦めた。
そして、その時はやってきた。

    ジュゴゴゴゴゴッゴゴ…ゴゴッゴゴゴッゴ…!!!

少女の性器というダムが決壊し、大量の水があふれ出来たのだ。
10000メートル以上の高みから降り注ぐそれは途中で雲を薙ぎ払いながら街へと着弾した。

    ドゴオオオオオオオオンン…ゴゴゴッゴゴオゴオゴ…!!

街は一瞬で砕かれ、住民は尿の激流に飲み込まれバラバラに引き裂かれてしまった。
その程度で威力を弱めることも無く、尿は八方へと散り、周辺の街や山さえも飲み込んだ。
高さ1000メートルもの黄金の津波が発生した。
飛び散る水滴だけでもビルより巨大なのだ。
ある街では飛び散った1粒の水滴によって街の一区画が壊滅してしまった。
多くの住民が尿の中溺れていった。
山の陰にあった学校は、その山を砕いて現れた尿の津波に飲み込まれ、一瞬にして天然のダムが作り出した尿の湖の底に沈んでしまった。
学校にいた教師や生徒はわけもわからぬまま水深100メートルの学校に取り残され、教室を満たす尿の中で溺れ湖底に沈んでいった。
溺れた学生たちのいったい何人が自分たちを包み込み溺れさせようとしているこの尿が同年代の少女のものだと気付いただろうか。
最初の街があった場所はしばらく狙われ続けたせいで4000メートル以上も掘り下げられていた。
その後、そこには尿による黄金の小さな海が出来たのだ。
既にこのとき、十を越える街が妹の尿に飲み込まれていた。
だがこのあと突然尿の放たれる方向が変わった。
少女が体の向きを変えたのだ。
片足を軸にしてぐるりと体の向きを変え、少女は海のほうに向き直った。

    ずうううううううううううううんんん

軸とは別の、移動した足のしたでまた幾つもの街が踏み潰されたが、
その他の街の住民にも妹にもそんなことを気にかけている余裕はなかった。
そしてその方向転換は用を足しながら行われたのだ。
尿の直径は1000メートル近くある。
まるで衛星軌道上から撃つレーザーの様に、地面をなぎ払いながら着弾点を移動させていった。
お陰で途中でまた5つもの街が尿に飲み込まれた。
その後、向きを変え終えた尿は海にへと放たれた。

    ドボボボッボボボボボッドボボボボボボボボ!!

総量何万トンとも知れない尿が海に落とされている。
10000メートル超からの落下によって尿は海底にまでも潜って行った。
周辺を航行していた船は尿やその水滴の直撃を受けてバラバラになって沈没した。
直撃を受けなくとも、水滴1滴でさえ大波を巻き起こすのだ。
波に飲み込まれるしかない。
泳ぎのエキスパートである魚たちも、尿の着弾によって発生した激流に耐え切れず、千切られていった。
尿は海流にも影響を及ぼし、その流れを変化させた。
その流れに乗って遙か遠方の海にも尿は行き届き、大災害を与えていた。
尿の分水嵩を増した海は近隣の海辺に大津波を引き起こした。
海の青と尿の黄色の入り混じった津波は、工場地帯、浜辺、養殖場等々かまわず、何千メートルにも渡って洗い流してゆく。
その直後、尿は急激に威力を増した。
着水した尿は海を割り、一瞬だけ海底を露出させた。
それでも威力を減じない尿は海底を貪り、付近の最高深度を2000メートル近くも更新した。
晴天に訪れた非現実的な大シケにもまれながらも奇跡的に生きていた人々は、漂流物につかまりながら、その巨大な少女を仰いだ。

笑っている。

巨人の少女は自分の放尿によって起こされた大災害を見て笑っている。
尿で、何十万もの魚たちを絶滅し近隣の何万人も住民たちが溺れていく様を見て楽しんでいるのだ。
馬鹿げている。
我々がいったい何をした。
何故こんな屈辱的な仕打ちを受けなければならない。
何故あんな小娘の尿で殺されなければならないのか。
生存者の誰もが巨人を呪った。
そんな彼等の思いを感じ取ったのか、
巨大な性器が彼等の方を向いたのだ。

    ドボボボボボボボボボボボボボボ……!!

直径1000メートルもの尿の爆流に飲み込まれ、彼等の体は一瞬にして砕け散った。
四肢どころではない。
腕が、指が引きちぎられ、目は潰され、腹には大穴が穿たれ、最終的には、顕微鏡を使わねば見えぬほど粉々に粉砕されてしまった。
妹は自分に向けられていた呪いの元を断ったのだ。
もっとも、この一連の行動がそんな大災害を引き起こしているとは気付いていなかったが。


    * * *


「はぁ、すっきり」

出る分も出し、かつて勢いもどこへやら。
あの大量の尿もすでに妹の性器を濡らす程度に納まっていた。
妹はポケットからティッシュを取り出し、股間をきれいに拭った。

「どうしよう、これ」

妹は手に持っているティッシュを見つめた。
普通サイズならばトイレに流してしまえるところだが、周辺にはトイレもゴミ箱もない。
かといって持って帰るのも気が引ける。

「……。まいっか」

    ポイッ

妹は今しがた自分が用を足したばかりの海に捨てることにした。
直径6000メートルほどの紙の塊だが、海水に触れるとその水を吸収しながらずぶずぶと沈んでいった。
それを見届けた妹はパンティを穿き立ち上がると、地響きをたてながら何処かへと立ち去っていった。

そこに残されたのは尿によって粉砕された無数の街と、そこに出来た大きな尿の湖。
そして破壊しつくされた海である。
広大な範囲が強烈なアンモニア臭に包まれ、その黄色い海の上では無数の魚の死骸とどざえもんが波間を漂い、
見れば鯨までもが腹を上にして死んでいた。
アンモニアの中で泳げる動物などいない。
何万平方メートルという範囲で海の生物は死滅したのだ。
今、衛星から見れば日本の周辺の海の一部が黄金色に染まっていることが分かっただろう。
その後この尿は海流に乗り世界中をめぐるはずだ。
そして行く先々で、ここと同じようにそこに住む生物を死滅させるだろう。
この尿が薄まり、生物が生きることが出来る海が取り戻されるまで、いったいどれほどの生物が死滅するのだろうか。
また大量の尿が放たれたことによって世界中の海面が上昇し多くの浜辺と少数の国が海の中に消えた。
更に尿は妹の体温とほぼ同じ温度だったので、海面の温度上昇、ひいては温暖化に繋がり、南北極の氷の融解させ、海面上昇を手伝った。
妹の知らぬところで更に何千万という人が息絶えたのだ。


    (ここから大分ネタ入ります。着いていけないと感じた方はここで読むのを止めていただいても結構ッス)

そんなことえは本当に知らない妹は再び本州の上を闊歩していた。
もちろんその足の下に何百万人と踏み潰しながら。
とその時、妹の顔のなにやら光に包まれた人影が現れた。
マニアの方にはわかるだろう。
○○○○マンです。
…伏字多すぎ。
彼は妹に向かって言った。

「止まりたまえ! 今君はこの星の民に大変な被害を与えている!!」

だが妹は止まらない。
当然だ。
見えていないのだから。
彼の大きさを40メートルとしても、100000倍の妹から見れば大きさ0.4ミリメートルである。
砂粒サイズの人間が目の前に現れたところで分かるはずがない。
妹は目の前に光の国の方がいることになど気付きもせず、歩を一歩進めた。
超音速で距離を詰めてきた巨大な顔に○○○○マンは距離をとろうとしたが間に合わずその目と目の間に激突した。
まるで小惑星が激突したような衝撃であった。
四肢が折れ曲がり、体中の骨が砕けたが、彼はまだ生きていた。
だがその衝撃だけでは終わらなかった。
妹は彼を顔に押し付けたまま歩き続けたのである。
小惑星ほどの質量の顔面に押し付けられたまま超音速で移動されれば、そこにかかるGはとんでもないものになる。
全快時ならまだしも、今の消耗した状態ではこの強烈なGは耐えられるものではない。
なまじ頑丈な身体が災いして、じわじわと顔に向かって押し付けられ潰されてゆく光の巨人。
そして妹の次の一歩でついに耐え切れなくなり、妹の眉間でプチュリと潰れてしまった。
体液だけがそこに残ったが、それさえも次の一歩までの間に、強烈なGによって引き伸ばされ、剥がされた。
この光の巨人の一件は、先ほどまでのおしっことは違い、完全に妹の意識外で行われている。
その後、一報を聞きつけた巨人の一団が数百に及ぶ100メートル級の戦闘機と、2000メートルもある巨大戦艦で駆けつけたが、
戦闘機の一団は妹の片手で振り払われ、巨大戦艦はデコピンよって弾き飛ばされてしまった。
宇宙の平和を守ってきた光の巨人の一族はここに全滅した。


妹は用を足してから数歩の歩行を終え(途中、砂粒ほどの大きさのゴミの一団をなぎ払って、石ころようなものを弾き飛ばした)、
再び最初にいた場所へと戻ってきた。

「う〜ん、どうしよっかな〜」

辺りを見渡してみればそこいらは自分の作った足跡でボコボコであった。
緑と灰色の入り混じる大地に、大きな茶色い足跡が残されているのだ。

「はじっこから踏み固めてみようかな。そうすれば全部茶色になるからすっきりするよね」

つまりそれは本州の人間の全滅を意味するわけだが。
だがこの案は疲れるし時間もかかるという理由でボツになった。

「ん〜」

考える妹。
そしてその様子をモニター越しに眺めている人々がいた。
地球連合軍その人たちである。
地球連合軍とは地球圏の保安を目的として作られた国連以上の連合軍なのである。
本部を日本のどこか(未定)に構え、日夜地球の安全の為に目を光らせている。
そして目下、彼等の頭をを悩ませているのは、世界中に大災害を巻き起こしているあの巨大な少女である。
立派なあごひげを蓄えた初老の男性が歯を食いしばりながら唸る。
軍の総司令官である。

「うぬぬ、好き勝手に暴れおって…! 貴様の行いにいったいどれほどの人が命を落としたと思っているのだ…!」
「司令、どうします? 空軍も核ミサイルも大して効果がありませんが…」
「…。仕方ない。最終兵器を使用しよう」
「最終…兵器ですか?」
「うむ。秘密裏に開発させておいた衛星軌道上からのレーザーによる地表攻撃装置だ。
 誤射してしまうと地表に大打撃を与えてしまうので今まで使わずにいたが、最早そんなことを言っている場合ではない!」
「はっ! してその兵器どこに?」
「小型衛星”たけのこ”の中に格納してある。すぐに”たけのこ”を移動させよ! 衛星軌道上からから奴を狙い撃ちにしてやれ!!」
「…」
「…どうした?」
「…”たけのこ”は既に撃墜されております…」
「な、なんだとっ!?」
「先刻あの巨人が背伸びをしたとき手のひらに激突してそのまま…」
「…」
「司令…」
「……」
「…」
「くくく…」
「し、司令!?」
「こうなったら最後の手段だ。人権もクソも関係あるか!!」

バサリとマント?を翻し、周囲の人間を見渡して、司令は言った。

「コロニー落しを敢行する!」

「ええええええええええええええええっ!!!???」


   『コロニー落し』
    某SFロボットアニメーションにおいて”禁じ手”と称される凶悪な地表攻撃方法である。
    詳しい説明は割愛するが、その実態は廃棄されたスペースコロニーを目的地に落すだけというなんとも単純な攻撃方法である。
    しかしながら全長数キロメートルからなる物体が直撃する威力は核ミサイルのそれを遙かに超え、地表と、そして人々の精神に
    計り知れないダメージを与える。


「すぐに準備に取り掛かるのだ!」
「いや、でもですね司令…、この世界にそんなほいほい落せるようなコロニーが存在するんですか?」
「サイド七から持ってくればよい」
「サイド七ってどこだよ!! マニアックなネタ引っ張ってくるんじゃねえ!!」
「ふ、知らんのか長官。サイド七と言えばあの『ガン○ム』が作られたところで有名な…」
「そんな話してねえよ!! それにコロニーがあったとしても廃棄されているような古いものは存在しません。
 使用中のコロニーを使うにしても、コロニーの住民を移住させるだけでもエライ時間がかかりますよ。やはり別の作戦を…」

そこまで言って不意に押し黙る長官。司令の顔にただならぬ気配を感じたからだ。

「長官、私は先ほど『人権もクソも関係ない』と言ったはずだ」

「………まさか…」

「その通り。住民を移動させぬままコロニーを落す!!」

「なんだとおおおおおおおおおおおおおおお!?」

現在、コロニー1基につき平均して約1200万人ほどの住民が居住している。
これを落すということは内部に住む1200万の人々を犠牲にするということだ。

「そんなことをしたら世界中から大批判を喰らいますよ! 世論を敵に回すおつもりですか!?」
「だがこのまま手をこまねいていては人類の存亡に関わる。誰かがやらねばならないことなのだ! なぜそれが分からん!!」
「し、司令……わかりました……」
「うむ…。コロニーのエンジン起動! 目標、巨大娘!!」

    ゴウン ゴウン

妹に向かって動き出す円筒形のコロニー。
内部にいた人々は突然の移動に首をかしげた。

「あれ? 今日コロニーを移動させるなんて話あったっけ?」
「さぁ…。なにかあったんじゃないのか」

連合軍総司令官の思惑など知る由もない住民たちを乗せたコロニーは、着実に地球へと向かっていった。


    *****


くるくると足指で山を弄んでいた妹。
その時上から何かが自分に近付いてくるのに気付いた。

「なんだろう、コレ」

妹は自分の感覚で10センチもないその細長い円筒形のものを手にとってみる。
まるで缶ジュースの缶のようだ。
だが灰色とガラスで覆われたそれはどう見てもジュースの缶ではない。
底の部分とその反対側には妙な突起物があり、片方からはなにやら青白い光が放たれていた。
だが指先でちょっと触っただけでその青白い光は消えてしまった。

「?」

きょとんとした顔で頭の上に疑問符を浮かべながら妹はガラスの部分から内部を覗き込んでみた。
中は緑や灰色の迷彩色の模様が描かれていた。
今自分が立っている地面の模様によく似ている。

「振ったらジュースが出てくるのかな」

シャカシャカと縦に振ってみる。
だが中に液体が入っている感じはしない。
もう一度中を覗き込んでみると先ほどの内部の迷彩色はなんだかよくわからないものになっていた。
よく見れば外部の表面もボロボロになってしまっている。
指が食い込み、表面には無数のヒビが走り、ガラスの部分は粉々に砕け散ってしまった。

「な〜んだ、ジュースじゃないのか。がっかり〜」

妹はその灰色のボロボロになった空き缶を空へと放り投げた。


    *****


移動するコロニーの住人たちは、このコロニーが地球に向かっていることに気が付いた。

「おい、どうすんだ!! このままだと地球に落ちるぞ!!」
「でも制御室でもコントロール出来ないんだよ!! どこか別のところからのコントロールで動いてるらしいんだ」
「じゃ、じゃあ俺たちはこのまま地球に落ちていくしかないのか!?」

内部の1200万人が悲鳴をあげた。
脱出しようにも、移動中のコロニーから飛び出すのは飛行中の飛行機から飛び出すのと同意だ。
逃げる場所などない。人々は慌てふためいて走り回った。
とその時、強烈な揺れとGが彼等を襲った。

    ガシャーーーーーーーーーーーン!! ゴゴゴゴ…ゴゴゴ……!!!

たくさんの住民が一瞬の無重力を体感したあと、強烈な速度で内壁に叩きつけられた。
倒壊している家まである。
人々は傷口を押さえながらこの現象について考えていた。
地球に落ちたわけではない。
もしそうならば、この程度の衝撃で済むはずなどあり得ないのだから。
人々が疑問の解明に頭をめぐらせていると、とつぜん陽光が遮られた。
このタイプのコロニーは、壁面に付けられた巨大なガラスを日の光を取り入れる窓としている。
その状態を「昼」、シャッターが閉じ陽光が入らなくなった状態を「夜」とするのだが、今はシャッターが閉じるような時間ではない。
人々は窓を見上げた。
するとそこには窓いっぱいに広がる巨大な目があったのだ!
ばかな!! 
あの窓の幅は1キロメートル近くある。
それを埋め尽くすほどの目だと!? 
巨大な目はクルクルと動き回って窓の内部を観察している。
住民たちは、先ほどの衝撃は、コロニーがこの巨大な目の持ち主に捕らえられたのだと理解した。
人々は先ほどよりもさらに大きな悲鳴を上げた。
逃げ場などない。
悲鳴を上げることしか出来ないのだ。
だが次の瞬間、住民の誰もが悲鳴をあげることができなくなってしまった。
突然、全長8キロメートルのコロニーが、その倍以上の距離を猛烈な速度で反復したのだ。
音速を超える速度で毎秒数回上下に反復運動を繰り返した。
住民は壁面に叩きつけられ一瞬にして赤いシミとなった。
一回目の往復で80万人もの人々が砕け散り、次の往復では生き残っていた住民30万人が壁面に叩きつけられた。
人口の大地や建築物も飛び交い、内部は地獄絵図と化していた。
その後数回の反復運動を経て、ようやくその動きは収まった。
奇跡的にも生き残った十数名は、満足に機能しなくなった身体を引きずりながら辺りを見渡した。
人口の大地はひっくり返され、粉々になった建築物の欠片が飛び散っていた。
なによりそれら全部がやや赤黒く染まっているのだ。
それが何であるか、あの惨状を生き残った人々には容易に想像できた。
壁面には亀裂が走り、窓には大穴が開いてしまっている。
ゴウゴウと音を立てて酸素が逃げてゆく。
このコロニーはもうだめだ。
生き残った人々は、結局自分も助からないことを悟った。
その時、再び内部に夜が訪れた。
巨大な目が再び内部を覗き込んだのだ。
ところどころ穴が空き、無数の赤黒いシミが張り付いたガラスの向こうから内部を見渡している。
なんて大きさだ。
まるで桁が違う。
あの目の覗き込んでいる窓以外を覆っているのは恐らく指なのだろう。
このコロニーは大巨人の手の中に捉えられてしまっているのだ。
それもあっさりと。
この長さ8000メートルの中で暮らす1200万の人々は、あの巨人にとって砂粒のようなものなのだろう。
なんて卑小なんだ。
もう生きるのに疲れた。
考えるのに疲れた。
早くみんなのところへ行きたい。
生き残った人々は目を閉じた。

その願いはすぐに叶えられた。
コロニーが強烈なGとともに移動を開始したのだ。
生き残っていた人間は壁面に押し付けられて潰れた。
その後このコロニーは宇宙の果てまで飛んでいったのだ。


    *****


司令「…」
長官「…」

司令は、落とすはずだったコロニーがあっさりと捕らえられ弄ばれた挙句捨て去られた光景を見て、口をあんぐりと開けながら唖然としていた。

「し、司令…、どうしますか…?」
「………………もう一度だ…」
「え……?」
「もう一度コロニーを落とす!! 今度こそ彼奴にぶつけてやる!!」
「し、しかし!! そんなことをすれば合計で2400万もの人々を犠牲にすることに…!!!」
「やかましい!!! そうだ! 一基では生ぬるい!! 残る全てのコロニーを落としてやる!!!」
「し、司令ええええええええええええええええええええ!!! それは宇宙に住む人口の半数を死に至らしめることになりますよ!!!」
「核の冬だ!! 彼奴に核の冬を味わわせてやる!!! フハハハハハハハハ!!!」
「……」


前代未聞。
原作でもあり得なかった『宇宙に浮かぶ全てのコロニーを落とす』作戦が敢行された。

…んなアホな。


    *****


変な空き缶を放り投げた妹。
しかしまたすぐ同じような缶がこちら向かってきた。

「あ、また来た。こんどはジュースだといいな」

妹は缶を手に取ると壁面に指を突き刺した。
指先を動かしてみるが液体に触れる感じはない。
どうやらこれもはずれのようだ。

「もう! ほんとにジュースが入ってるの?」

言いながら指を引き抜いて、その穴から内部を覗く妹。
誰も中にジュースが入っていると言った覚えはない。
いや普通のサイズの缶ジュースなら何百万本とあるとは思うが。
と、手に持っているハズレの缶から目を外せは周囲にたくさんの同じような缶が漂っていることに気付いた。

「そっか。このたくさんの缶の中のどれかにジュースが入ってるやつがあるんだね」

…いやだから誰もそんなことを言った覚えはない。

「よ〜し、がんばって探すぞ〜」

…。頼む妹よ、筆者の声を聞いてくれ。

妹は手に持っていた缶を投げ捨てると、次の缶に手を伸ばした。
ある缶は指でぺりぺりとフタを剥がして中を確認して、またある缶は実際にかぶりついて確認してみた。
アルミ缶より柔らかいのだ。
歯を立てるとなんの抵抗も無く外壁は崩れた。
妹はペッと破片を吐き出してコロニーの中を確認する。
だがかれこれ10個以上の缶を確認したが未だに当たりは出てこない。
妹の心に苛立ちが募る。
形のいい眉が寄せられ、ほっぺをぷうっと膨らませた。

「も〜う!! いったいどれが本物なの!!」

    ジュース入ってる  = 本物
    ジュース入ってない = 偽者

妹は次の缶に手を伸ばすと中身を確認せずそのままグシャリと握り潰した。
さらに次の缶を拳で叩き壊し、次の缶は平手で弾き飛ばした。
ある缶は真っ二つにねじり切られ、
ある缶は筒の両端にある底部分を手のひらで押さえられたまま、手のひらと手のひらの間で挟み潰され、
ある缶は地面に叩きつけられた(オイ!)。
だが苛立ちから暴れまわっていた妹は、いつしかその行動に快感を覚えるようになっていた。

「なんかだんだん楽しくなってきちゃった。次はどうしようかな〜」

妹は目の前を漂っていた缶に手を伸ばすとそれを手に取った。
缶のフタのような部分には円筒形の突起物が見える。
その中は空洞になっていてまるでストローの様だ。
きっと缶の中に繋がっているのだろう。
妹はその部分をくわえるとおもむろに息を吹き込んだ。

「ふぅ」

次の瞬間、缶は破裂した。
コロニーが吹き込まれた膨大な量の空気に耐える事が出来ず破裂したのだ。
ケラケラと笑う妹。

「おもしろーい。じゃあ次は…」

別のコロニーを手に取り、再び突起物を口にくわえた。
しかし今度は息を吸い込んだのだ。

「すぅ」

すると今度は缶が内側に向かってひしゃげた。
凶悪な吸引力にコロニーの強度は耐えられなかったのだ。

「あははははは!」

真空の大宇宙に妹の笑い声が響いた。


    *****


コロニーに住んでいた人々は突然の天変地異になす術も無く息絶えていった。
『全コロニー落とし』作戦発動後、
最初の標的となったコロニーでは突然内部に突っ込んできた幅1000メートルもの巨大な指によって多くの住民が殺された。
内壁を突き破って侵入してきた瞬間、まったく準備の出来ていなかった住民たちは、
突然地面から現れた巨大な指先と爪に激突して砕け散るか、弾き飛ばされ反対の内壁に叩きつけられた。
その後、巨大な指先は相対的に見て狭いコロニー内を縦横無尽に暴れ周り、ずたずたに破壊した。
そして突然指は引っこ抜かれた。
それはそこにできている直径1000メートル以上の大穴を開放することになった。
内部のありとあらゆるものが穴に向かって吸い出されてゆく。
外は全くの真空だ。
助かるはずがない。
多くの住民が悲鳴を上げながら穴に向かって飛んでいった。
その時ある者が気付いた。
穴の向こうに、その大きさ以上の巨大な目が存在していることを。
黒い瞳の径だけで1000メートル以上ある。
開いた穴から内部を見つめているのだ。
人々や車、家の破片は巨大な瞳に向かって飛ばされていった。

    ボチャン ボチャン ボチャン

彼等は巨人の瞳に着水した。
第8話のときとは違い、完全に瞳の前だ。
人々は溺れまいと必死に水面に顔を出した。
しかしここは宇宙である。
酸素などあるはずがない。
妹の瞳の前には次々とどざえもんが出来上がっていった。
その後痒みを感じた妹のまぶたと巨大な指によって擦り取られ、彼等の欠片は宇宙の散りとなった。
コロニーもいずこかへと放り投げられてしまった。

次のコロニーは巨大な指でフタをこじ開けられた。
まるでプリンのふたを剥がすように。
出来た大穴から全住民が宇宙に放り出される。
その時彼等は見た。
巨大な穴を覆いつくすさらに巨大な顔が美少女のそれであったことを。
その顔が微笑んでいることを。
そして物欲しそうな目でこちらを見つめていることを。
そうか。
彼女はこのコロニーを破壊することが目的じゃあないんだ。
コロニーを破壊することはその過程に過ぎない。
1200万人の住人を真空の宇宙に放り出すことも、全ては求める事の為に起きた行為の副産物に過ぎないのだ。
宇宙に放り出された彼等は体中から体液を噴出して破裂した。

その次のコロニーは巨人にかぶりつかれた。
内部では、突然壁面を砕いてから800メートルほどもある真っ白な巨大な歯が現れたのだ。
上下から現れたそれは無数の人間をその真っ白な歯にへばりつく赤いシミに変えながら、やがてお互いに噛み合わさった。
居住区の一区画をその口内に捉えたままそれは遙か遠くへ去っていった。
コロニーには超巨大な歯型が付けられ、開いた大穴からはあの巨大な口に捕らえられなかった残りの住民が宇宙に放り出された。
口内に閉じ込められた者たちは、波打つ幅4000メートルもある巨大な舌の上にコロニーの一区画ごと捉えれ、
大津波となって襲い掛かる唾液と戦っていた。
地面が何百メートルも上下に動く。
最悪だ。
光もまったくない。
ここは地獄だろうか。
突然口内が強烈な唾液の嵐に見舞われた。
地球上でもあり得ない規模の嵐だ。
実態は、妹が口内に取り込んだ異物を唾液で洗い出しているのだ。
凄まじいジェットストリームに無数の住民が引きちぎられ肉の塊へと変わっていった。
なんとか生存している者も、粘っこい唾液に絡め取られ満足に身体を動かすことも出来ない。
やがて…。

    ぺっ

生き残っていた人々はコロニーの破片と共に巨大な唾液に包まれたまま超音速で吐き出され、やがて地上のある国に墜落した。
着弾点には巨大なクレーターが出来たが、その中央には着弾した物の欠片も残っていなかった。

ここから先はこれまでの様な時間的な余裕はコンマ数秒も無かった。
彼等が揺れに対応する前にコロニーは巨大な手によって握り潰された。
またあるコロニーはそのコロニーの直径よりも大きな拳によって粉砕され、
別のコロニーは引きちぎられて崩壊、また別のコロニーは手のひらの間で一枚の金属板に変えられてしまった。

だが次のコロニーは扱いが違った。
これまでのような暴力的な扱いではなく、まるで慈しむかのように優しく巨大な指に包み込まれた。
妹は彼等から見れば幅5000メートル近くもある唇をすぼめ、優しくコロニーの宇宙港をくわえた。
宇宙船に乗り込み、なんとかコロニーからの脱出に成功した人々は、
眼前に迫ってくる、視界を埋め尽くす巨大なピンク色の唇を見て悲鳴を上げた。
その後彼等はその柔らかい壁面に激突して宇宙船ごと砕け散った。
妹は自分の唇に宇宙船が触れたなどとは気付いてもいなかった。
そしてその巨大な唇はしっかりと宇宙港を固定し、息を吹き込んだ。
内部にいた人々は突然吹き込んできた突風によって壁面に叩きつけられ飛び散った。
なんとか耐えた人間も急激な気圧の上昇に耐え切れず、体中から血を噴出して倒れた。
家やビルや車や人やその残骸が高速でコロニー内を飛びまわった。
これらは全てコンマ数秒の間に行われている。
次の0.01秒後には、コロニーが膨大な量の空気に耐え切れなくなり破片を撒き散らしながら破裂した。
残ったのはくわえられていた宇宙港の突起部分だけであった。

次のコロニーも同じようなものであった。
唇は宇宙港をくわえ息を吸い込んだのであった。
全ての住民と車が一瞬で宇宙港を通り抜け巨大な口の中へと吸い込まれていった。
ビルや家なども内壁から剥がされて飛んでいったほどだ。
最後はコロニーの隔壁すらも内側に向かって吸い込まれ、グシャリとひしゃげてしまった。


    *****


気付けば周囲に浮いている缶も残り少なくなり、妹は不満げに声を漏らした。

「当たりなんて全然出てこないじゃない。ジュースが入ってるってのは嘘だったの?」

いやだから最初からジュースなんて———

「あ! あった〜!!」

筆者の抗議を遮って妹が声を上げた。
見れば残り少ないコロニーの一番奥に、オレンジ色で彩られたコロニーがあった。
表面には「ファン夕(←夕日の夕)」と書かれている。
このコロニーは「ファン夕(←夕日の夕)オレンジ」を作るためだけに作られたコロニーで、
内部には製品を作る工場と作業員の居住区しかない。

…まさか本当にあったとは。筆者ビックリ。

「わ〜い、ジュースだぁ」

妹はうれしそうに駆け出した。
途中のコロニーたちはみんなその巨体に弾き飛ばされ砕け散った。
そしてそのコロニーに近付くと優しく手を触れ、表面を眺めた。
明るいオレンジ色がいかにもおいしいジュースですといわんばかりに輝いている。
妹はそれをキラキラした瞳で見つめた。
ちなみにここに来るまでに地上の多くの街を踏み潰したのだが、まぁいつもどおり妹が気付く事はなかった。

「おいしそ〜♪」

ゴクリとつばを飲み込む妹。
そしてそのコロニーをシャカシャカと振り出す。
さっきみたいに潰してしまわないよう丁寧に。
無論中にいる作業員たちにとってみればたまったものではないが。
作業員は皆砕け散り、工場も全てバラバラに破壊され、大量の「ファン夕(←夕日の夕)オレンジ」が流れ出た。
工場の数も多く、大規模であったので、ジュースの総量はなんとコロニーの1/3にもなった。
そして妹は宇宙港に口を当て、コロニーをあおった。
津波を引き起こせるほどの大量のジュースが妹の口に向かって流れ込む。
一緒に工場の破片や、もと作業員だったものとかも流れ込んだが妹は気付かなかった。

    ゴクッ ゴクッ

一飲みごとにコロニー内のジュースは1000メートルほど深度が下がっていった。
いったい何万リットルのジュースが飲み込まれているのだろう。
もっともその大量のジュースも喉があと2回音を立てたときにはすでに空になっていたが。
ジュースを飲み干されたあと、コロニーの中にはそこに工場があったことを臭わせる土台が残っているのみだった。
妹は「けぽっ」というなんとも妙な音のゲップしながら、コロニーから口を離した。

「もう終わりか〜…。でもおいしかった〜♪」

妹は満面の笑みを浮かべてコロニーを放り投げた。



    *****


「…」

無数のコロニーがあっという間に全滅する様を見ていた司令は、
口を地面につくのではないかというほどあんぐりと開け目を点にしていた。

「ば、ばかな…、そんな馬鹿な!」

司令は椅子から立ち上がり震えながら後ずさった。

「ちょ、長官! 長ーー官!!」

叫ぶ司令。
しかし、長官は現れない。
それどころか先ほどまで周りで作業していた他の隊員までいなくなっている。

「な、なんだ…、皆どこに行ったのだ……!」

その時、館内にノイズ交じりの放送が流れた。
その声は長官のものだった。

「ザ……ザザー……令……司令…」
「ちょ、長官! 貴様どこにいるのだ!!」
「司令。聞こえていたら自分の無能さを呪うがいい」
「な、なに!? 無能だと!?」

見ればモニターには先ほど妹の投げた「ファン夕(←夕日の夕)」と書かれたコロニーが、
この基地に向かって落ちてくる様子が映し出されていた。
それは赤い尾を引きながらどんどん迫ってくる。

「あなたはいい上官………いや、本当に駄目な上官であったが、結局、駄目なあなた自身がいけないのだよ。ハハハハ…」
「長官!! 謀ったな、 長官!!!」

直後、コロニーは連合軍の本部に直撃した。
だが幸いにも周囲の避難は完了していて被害にあったのは司令ただ一人だった…。


    *****


さて、放り投げた空き缶が地球最強の軍の本部を直撃したことなど露とも知らず、妹は散歩を続行した。

「ふふ〜ん、次は何をしようかな〜♪」

と、その時であった。
ピロリロリン♪とまるで携帯ゲームの電子音のような着メロが辺りに響き渡った。
取り出した電話のディスプレイには「お兄ちゃん」と出ている。

「あ、お兄ちゃんだ!」

妹はすぐさま通話ボタンを押して電話を耳に当てた。

「もしもし、お兄ちゃん?」
『おう、今何処にいるんだ』
「う〜ん…」

辺りを見渡してみる。
もともと地理に疎いうえに、このサイズではどこにいるか漠然としか分からない。

「……知らないとこ!」
『知らないとこぉ? はぁ、帰れないんだったら迎えに行ってやろうか?』
「ううん大丈夫だよ。家の場所は分かるから」
『そっか。じゃあすぐ帰って来れるか? 今ニュースで面白いことやってるからそれ見に行くぞ』
「えっ! それってデート!?」
『激しく違うと思うが……まぁデートみたいなもんだな』
「わ〜い! わかった、すぐ帰る!」
『待ってるぞ』

    ツー ツー

電話は切れた。
妹はふるふる身体を震わせて、

「やった〜! お兄ちゃんとデートだ〜!!」

妹はルンルン気分でスキップをしながら家に帰っていった。
スキップによって歩数が増えた分足元の被害は拡大したが…。






その後、妹は100倍まで縮んで兄を胸ポケットに入れて歩き出した。

「それでどこに行くの?」
「地球連合軍の本部だ。なんでも「ファン夕(←夕日の夕)」って書かれたコロニーが落ちてきて壊滅したらしい」
「そうなんだ〜」



言いながら二人は夕日に向かって歩いていった。
一連の事件で億の人間が命を落としたのだが、二人は何処吹く風であった。



「お兄ちゃん、ジュース飲みたい…」
「わかったわかった。途中で「ファン夕(←夕日の夕)」買ってやるから」
「わ〜い♪」


                  ちゃんちゃん。