第10話 〜 今日は1000倍 〜


にっこりと街を見下ろす妹。
制服姿にミニスカートから生足ニョッキリ。たまりませんな。
今日はニーソもローファーもはかずに素足。
そして本日の大きさは基本の1000倍。
身長は約1400メートル。
足のサイズは230メートル。
その幅は80メートル。
足の親指の高さが20メートルで、幅は25メートル。
普通の家の大きさを高めに見積もってざっと7メートル(妹の感覚で7ミリ)。
親指の高さはその倍あることになる。
小指の高さでさえ家より高い。
そして人間の大きさを平均170㎝とすると、妹の感覚では1.7ミリとなる。
大半の人が2ミリもない。
妹の睫毛の長さもないのだ。


そんな巨大な妹は今、街の外からその中を見下ろしていた。
自分の足の小指ほどの高さもない家や親指ほどはある低層ビル。
小さな公園や図書館、学校、駅、ラブホテル(笑)が細い道に囲まれてぎっしりと敷き詰められている。
ちょっと先のほうには自分の膝下くらいまでには届くような高層ビルが見える。
兄は「今日はこの街で遊んで来い」と言った。
なんでかは知らないけど、お兄ちゃんが言うならそうしたいと思う。

「さぁ、思いっきり遊ぶぞ〜」

妹は「ん〜っ」と背伸びをしてから再び街を見下ろす。
思いっきり遊ぶと言ってもあっという間に終わらせたら詰まらない。
とりあえず足下を見下ろしてみる。
自分の足は街の郊外を踏みしめているようで、足の周囲にはちらほら家が見える。
きっと足の下にも幾つかあるんだろう。
そしてつま先の先からはたくさんの家が並んでいて街もよく整備されている。
その細い道の上を車や人が我先にと逃げていく様子も分かる。
なんとも遅い。
蟻でももっと速く動くだろう。
でもこれも当然だ。
仮に彼らが100メートルを10秒で走れるとしよう。
だが妹から見ればそれは10㎝を10秒で走っているということだ。
妹の一歩に追いつくのに、彼らはどれだけ時間を費やさねばならないのか。
チマチマと動く2ミリメートルの集団はそれが虫であればさぞ気色悪いものであろうが、
同じ人間だと思うとなんともほほえましい。妹はそんな彼らににっこりと微笑みかけた。
もちろん彼らの恐怖は増すばかりだったが。
そして妹は笑顔のままゆっくりと片足を前に出した。
その足の影にたくさんの家や車、今しがた微笑みかけていた人々の集団が飲み込まれる。
彼らは更に悲鳴を上げた。
上空から巨大な足裏が迫ってくる。
逃げられない。
すでに逃げているのだから。
影が一段と濃くなってゆく。
人々は最後まで足掻いた。
足掻いたが、無駄だった。

 ずうううううううううううううん!

彼らは巨大な足によって踏み潰された。
家や、小さなビルさえも関係ない。
圧倒的な重量の前に何もかもがペチャンコにされたのだ。


 **********


妹は歩を進めた。
街に、侵入を果たしたのだ。
記念すべき第一歩は住宅が多い場所に踏み降ろされたらしい。
足の裏にクシャッという感触がした。
妹は足を持ち上げて、足の裏を見てみた。
色々なゴミが着いて少々汚れていたが、綺麗な足であった。
前に兄が褒めてくれたことがある。
その時は嬉しくて街中を走り回ってしまったほどだ。(←注:10000倍時)
今その足裏にはたくさんのゴミがついていた。
そのゴミが何であるかは容易に分かる。
ボロボロに潰された家。展開図の様にきれいに潰れているものもある。
この白くて粉々な砂みたいなのはビルであろう。この足裏にへばりついている無数のカラフルな金属の板は車だ。
車の列を踏み潰したのか、一直線にきれいに並んでへばりついている。クスリと笑いもこみ上げてくる。
そして、汚れてしまってよくわからないがこの赤黒いシミは恐らく人間であろう。
でもこんな小さな人間を踏み潰したところでなんとも思わない。
兄以外の人間に価値はない。
とそのとき、妹は足の指の間に生存者がいるのを見つけた。
彼から見ればとても大きなその親指と人差し指の間に挟まれこちらを見上げている。
妹は噴き出してしまった。
彼らは指の間にチンマリとはさまれてしまうほど小さいのだ。
声を上げて笑ってしまう。
きっと彼は今、必死の思いで命乞いをしていることだろう。
だが妹は彼に笑顔を向けたまま、指の間を締めた。
彼は指の間に消えてしまった。
その後指を開いてみれば、親指と人差し指の脇に小さな赤いシミが着いていた。


 **********


彼はまさに必死だった。
これまでないほどに必死で走っていたのだ。
後ろからは巨大な足裏が迫ってくる。
逃げなければ踏み潰される。
急げ! 急げ!! 急げ!!!
彼の死に物狂いの走りは逃亡する市民の集団から一歩抜きん出た。
誰よりも前に飛び出たのだ。
だが上からは巨大な足裏、足の指が迫って来る。
周囲が影に包まれた。
この影から出なければ助からない。
彼は更に速度をあげた。だが…。

 ずううううううううううううううん!

恐ろしい衝撃が走る。
あたりは一瞬にして闇に包まれた。
今の爆音で、どうやら耳をやられたらしい。
光も見えない。
音も聞こえない。
彼は、自分が踏み潰されたのだと確信した。
しかし考えてみれば踏み潰されて何故こうやって自意識を保つことが出来るのだ。
ちゃんと手足の感覚も残っている。
なぜか窮屈だが、周囲に触れることも出来る。
そうか、俺は生きているのか!
どんな状況にあるかは分からないが、彼は自分が生きていることが分かって心から喜んだ。
突然世界が動き出した。
急激な上昇とそれによるG。
彼は一瞬意識が飛んだ。
あの闇はすぐさま光に包まれ周囲の景色を見せてくれた。
これはどういうことだ?
周囲の家々が、あの巨大な足跡が、何故下に見える?
その答えが出る前に彼は、彼を圧迫している両脇の壁と共に、大空を仰がされた。
するとそこにはあの巨人がいた。
その顔は微笑んでいるが、なんともはしたない格好だ。
先端までは見えないが、その巨大なふとももの片方はまっすぐ下に向かっていた。
恐らく地面に着いているのだろう。
しかしもう片方のふとももはほとんど真横に向かって伸びていた。
そのお陰であの短いスカートはおおっぴらに広げられ、その中の脚の付け根と如何にも少女らしいかわいいパンティが見えた。
彼は場違いにも、巨人とはいえ女の子なのだからもっと恥じらいを持てとか思ってしまっていた。
いや待てよ?
その真横に向かっている脚は、地面でないのなら何処に向かって伸びている?
そういえば自分を挟んでいるこの壁は柔らかく、肌色だ。
見れば巨人の片手もこちらの方に向かって伸びているではないか。
…。
まさか…。
自分はこの巨人の足の指の間に挟まれているのだろうか。
そんな、いったいどれほどの大きさがというのか!?
彼は自分の足の爪を爪きりで切ったことがある。
この巨人も当然あるだろう。

彼は想像した。
少女がその綺麗な生脚を自分の下に手繰り寄せ、膝を立て、そこから自分のつま先を見下ろし、その先にある足の指に手を伸ばして爪を切る様を。
なんのことはない。当たり前の光景だ。
だがちょっと待て。
その足の指の間には自分という一人の人間が挟まれているのだ。
例え挟まれておらず、地面に立っていたとしても、そこは高さ20メートルの巨大な足指という肌色の壁に囲まれた空間なのだ。
光さえも若干遮られ薄暗い。
少女の足の指の間とはこんなにも暗い世界なのか。
彼はその巨大な指に触れてみる。
本来、常に地面を踏みしめている人間の足の裏は皮が硬くなる。
だがこの少女のそれはすべすべで柔らかく、押せばわずかにへこみ、弾力と共にぬくもりを与えてくれる。
なんという感触か。その肌に触れるだけで彼は自分の中に込み上げてくるものを感じた。
目の前の指の、なんと巨大なことか。
普通の家など話にならない。
この親指をのせるだけでも、瞬く間に潰れてしまうだろう。
小さなビルほどの大きさだ。
自分がビルの屋上に立って、やっとその指の上の爪を見ることが出来るのだ。
まして今、自分は地面に立ってその指を見上げているのだ。
大きい。本当にこれが少女の足指なのか。少女の体の、たった一部分に過ぎないのか。
ならば地面でその指と並んで立つ俺は、自分はなんだ。
手を伸ばしたところで指の5分の1の高さにも届かない。
上ろうにも20メートルもの大きさ、しかも若干丸みを帯びていてはクライミングも出来ない。
自分は少女の足の指にも登れないほど小さいのか。
自分という存在が少女から見れば、虫よりも卑小な存在であることが理解できた。

ここで彼は想像の自分の居る場所を変えた。
先ほどのビルの屋上から彼女の足指を見ていた。
ビルの屋上に立っているにも関わらず、その巨大な爪は彼の視線よりもやや上に位置していた。
彼はビルから飛び、この巨大な爪に取り付いた。
肌色のガラスの様に輝いていたが、それは滑ることもなく彼は自分の身体を爪の頂点に移動させた。そして彼はそこから周囲を見渡したのだ。
やや丸みを帯びた肌色のガラスの大地が自分の周囲に10メートルほど展開されている。
横を見ればそれは等間隔に間をおいて、段々とその大きさを小さくしていきながら遙か向こうへと続いている。
これはすべて少女の足の指なのだろう。
遠い。この親指からあの小指まで行くのに、全力で走っても何秒かはかかる。
彼女の足の幅を走るだけでも、軽いマラソンをしなくてはいけないのだ。
そして指の付け根の方を見る。
広大な足の甲がまるで山の斜面の様に上へと上ってゆく。
しかしその頂点では更に上へと向かう巨大な肌色の柱が立っている。
少女の足だ。そして脚だ。
少女は2本の脚でしゃんと立っている。
視線を上へと向ける。くるぶしが見えた。
更に上へと向ける。すねが見えた。
更に更に上へと向ける。ふくらはぎが見えた。
更に更に更に上へと向ける。膝が見えた。
更に更に更に更に上へと向ける。太ももが見えた。
更に更に更に更に更に上へと向ける。しかしそこから上はあのミニスカートに遮られ見えなかった。
太ももはスカートの中に吸い込まれるように伸びている。
そしてもうひとつの巨大な太ももと重なる接合点には、薄暗く、遠くてよく見えないが白いパンティの様なものが見えた。
見えるのはこれが限界だった。
自分は、彼女の下半身を見上げるだけで精一杯だった。
巨大だ。あり得ないほど巨大だ。だが、美しい。
自分は足フェチなどではないはずだったが、ここまで美しく、壮大な光景に下っ腹が熱くなるのを感じた。
彼は走り出した。
途中、その巨大な爪の上で足を滑らしたが、走った。
爪を越え、巨大な指へ。
そして指を越え、広大な足の甲へ。
彼はひたすらに上った。登った。昇った。
少女の足を大の大人が駆け上がっているのだ。
なんと気持ちのいいことか。
普通の山とは全く違う。
この軽い勾配の山はただの少女の足なのだ。
その少女の足を、彼は息を切らして登っているのだ。
自分はなんて小さい、そして彼女はなんて大きいんだ。
惨めだ。だがそれも一周回って逆に気持ちがいい。
この足の山を登りきったとき、自分は周囲を見下せる。
もちろん高層ビルを見下すのは無理だ。
だが低層のビルやただの家なら可能だ。
少女の足首から見下ろせば、彼はその大半を見下すことか出来るだろう。
そう足首だけでそれだけのものを見下せるのだ。
ならその本体である少女はいったいどれだけのものを見下しているのだろうか。
自分が見下そうとしているものは、彼女にとってほんの一部に過ぎないのだ。
それでも彼は走った。
走って、足の甲の坂の終盤に差し掛かったときだった。

突然、自分が登っている足とは別の、もう一つの足が動き出したのだ。
宙に浮き上がり、ゆっくりとこちらに向かって移動してくる。
恐らくこの少女は、何かが自分の足を登ってくることに気付いたのだ。
小さな痒みを感じたのかも知れない。
そしてその痒みの原因を取り除くために、もう片足をこちらに差し向けたのだ。
空が、巨大な足裏に覆い尽くされてゆく。
彼を、踏み潰すために。
彼は走った。今まで登ってきた道を逆に。転がるように少女の足の甲を下っていった。
だが足裏は、それを追いかけるように迫ってくる。
周囲が影に覆われた。空が落ちてくる。
彼は走った。だがダメだった。

 プ

それが彼の肉体が潰されたときに発した音であった。
巨大な親指は彼を捉えると、その場所からつま先の方向に向かって30メートル近くも引きずったのだ。
指に潰された瞬間、彼の肉体は瞬時に赤い肉片に変わったが、その巨大な指に引き伸ばされすぐさま赤いシミのすじへと変えられた。
それだけで彼を分子にまですり潰した指だが、痒みを駆逐するために、その向きを変え、今度は足の甲を上がった。
彼だった赤いシミは、少女の足指が一往復する間に作られ、消えたのだった。


 **********


妹は暫くその指の間の赤いシミを眺めていたが、やがて指をこすり合わせた。
再び開かれた指の間には、もう赤いシミは残っていなかった。

指の間の彼は最後まで想像の中にいたが、結果は現実も想像の中もまったく変わらなかった。

たった一歩の前進だったが、予想外の面白いものを見ることが出来た。
きっとこれからもっと楽しいものが見れるだろう。
妹は再び歩を進めた。
そして住宅街の一画に狙いを定め、その上に足を掲げながら言った。

「はぁい、それじゃあ次はここら辺を踏み潰しま〜す。潰されなかったら逃げてくださいね〜」

妹の足の影になっている家々から、わらわらと人が出てくる。
誰しもが悲鳴を上げ、ある者は涙を浮かべ逃げていく。

「じゃあ行きま〜す」

妹は足を踏み降ろした。
そこはビルなどがなく、民家だけが立ち並ぶ完全な住宅街だった。

 ずうううううううううううううん!

たくさんの民家が踏み潰された。
あの短期間では、逃げられなかった人もいるだろう。
もうもうと立ち込める砂煙が晴れたあと、生き残った人々が見たのは我が家を踏み潰して鎮座する巨大な指だった。

「えへへ、見てみて。みんなのお家はあたしの小指より小さいんだよ」

確かに巨大な小指の前には民家が一軒建っているが、その家の高さも幅も、妹の足の小指のそれには敵っていない。
妹は足を少しだけ動かし、小指でその民家を小突いてみた。
民家は突然突っ込んできた巨大な小指の衝撃に耐え切れず、当たった瞬間バラバラになって反対方向に吹っ飛ばされた。
それらは呆然としていた人々の上に降り注ぎ、人々に再び逃げ出すことを促した。

「逃げちゃうの? じゃあこの辺のお家はあたしがもらっちゃうね」

妹は片足を上げるとつま先を下にし、近くの民家の上にその親指を持ってきた。
そして、それを押し付けたのだ。

 ずどおおおおん!

親指は、その民家と周辺の幾棟かを巻き込んでそこに大穴を穿った。
次に妹は、今度は小指でそれをやってのけた。
そして何のゲームか、一軒ごとに間隔を空けてやったのだ。

 ずどん! ずどん! ずどん! すどん!

まるでミシン針の様に正確に、しかしサイズは桁違いの巨大な小指は民家を次々と潰していった。
次、今度は足をそのまま下ろした。もちろん幾つもの民家を踏み潰して。
そして足を小指方向に思いっきりひねったのだ。
かかとを軸に、地面を滑るように移動した足は周辺にあった建物を一瞬で倒壊、もしくはその勢いで地面から跳ね飛ばしていた。
奇跡的な強度で原型を保ったまま宙に舞う民家。
しかしそれさえも、妹の脛の高さに届くこともなく、落ちて砕け散った。
妹が足を動かした範囲は、あっという間に更地になったのだ。

「わぁ! なんにもなくなっちゃった!」

破顔一笑。
あまりにもあっさりと家がなくなってしまった様子にだいぶ満足した様子だ。
その後、暫くは指の間で家を挟み潰したり、がんばって足の指でデコピンしようとしていたりしたのだが、ふと住宅街の一画に目が止まる。
住宅街の真ん中にある20メートル無いような小さな公園に人がひしめき合っているのだ。
妹はそちらに近付き、その公園の少し前に足を下ろした。

「どうしたの? 逃げたんじゃなかったの?」

きょとんとした顔で足元の公園に話しかける妹。
妹のつま先の少し先には、妹の親指の幅もない小さな公園がある。
もちろん彼らは逃げ出した。
しかしこれ以上遠くに行くことが出来なかったのだ。
体力のない小さな子どもやお年寄りを連れてでは、近くの学校に避難することも出来ない。
しかたなくこの公園に集まったのだ。

「ねぇ、なんで逃げないの?」

妹は首を傾げてみせる。
だが、そんな少女の可愛げな仕草も今や人々の恐怖をあおるものでしかない。
目の前の足指は、公園と足指との間に民家を数棟挟んだ向かいにあるにも関わらず、公園からその姿を見ることが出来るのだ。
家々の向こう、屋根の上に見えるのは巨大な足指とその爪である。
そしてこの巨大な少女はたった今まで無数の民家を踏み潰して回っていたのだ。
どんな美少女であるにせよ、恐怖を抱かずにはいられない。
妹は、未だにそこから逃げ出さない人々に興味を抱き、すこし屈んで公園を覗き込んでみた。
そのとき、わずかに重心が前にずれたのか、公園の前に差し出している足指がピクリと動いたのだ。
突然動いた足指に人々は悲鳴を上げた。
その様子を見ていた妹は、自分の指を見つめたあと、再び公園を見下ろした。

「もしかして、あたしの指が怖かったの?」

妹は再び公園の人々に話しかけた。
公園にひしめく人々はゴマ粒の様に小さかったが、彼らが自分の足指を見て恐怖を抱いているのはなんとなく分かった。
妹は笑ってしまった。

「なんで? なんで指なんかが怖いの?」

人々に嘲笑ともとれる笑い声が降り注いだ。
妹はもう少し身体を倒すと前屈の様な体勢になって、手で足指に触れた。

「ほら、こんなにちっちゃいんだよ? 指で簡単に触れちゃうし、柔らかいし」

言いながら妹は自分の足指を撫でたりつついたりした。
だが人々にとってみれば、あの足指よりもさらに長い手の指がやってき、巨大な足指を小突き回しているのだ。
自分が恐怖を抱いたのは、あの巨大な少女のたった一部分であったことに改めて気付かされた。
妹は姿勢を治すと再び天空から彼らを見下ろした。

「ふ〜ん、足の指が怖いのか〜。じゃあこんなのはどう?」

妹は足を地面につけたまま、指だけを上げた。
人々の悲鳴は一層大きくなった。
家の向こうに鎮座していた家よりも大きな指が、突然持ち上がったのだ。
まるでつま先という巨大な怪獣が口を開けたかのように。
その巨大な指の腹はやや汚れていた。
地面を裸足で歩いているのだから当然だが、そこについているゴミは我々の足に付くそれとは桁が違う。
あの指の腹についているのは家の破片なのだ。
パラパラと砂の様に剥がれ落ちているが、それらはさっきまで自分たちが暮らしていた家の亡骸なのだ。
今あの足が前進すれば、我々はあっという間に死ぬだろう。
目の前の家など何の防壁にもならない。それはあの指にくっついた家の破片が証明している。

妹は彼らが慌てる様を見て笑いながら言った。

「どう? 怖かった?」

にっこりと微笑む妹。
だが彼らはもう恐怖に心臓を握り潰されそうだった。
既にお年寄りの何人かは気を失い、子どもは断末魔のような泣き声をあげている。
子どもの母と姉はその子どもに抱きついて一緒に泣き、父と兄は恐怖に震えながら毅然と巨大な少女を見上げている。
誰もがこれまで感じたことのない命の危機を、恐怖として感じていた。
だが妹は彼らを嬲るのをやめなかった。

「じゃあ次はね…」

言うと妹はその上げていた指を小指から順に地面につけたのだ。
それはつたないが、人がウェーブをするような様だった。
妹はその動作を反復させず、一度、浮かせていた指を地面につけて終えた。
それだけである。
しかしたったこれだけの仕草でさえ、人々にとっては爆撃を受けたような衝撃だったのだ。
小指が地面着いた瞬間に彼らは立っていることが出来なくなり、その後の指の衝撃だ地面を跳ね回り、
最後の親指の衝撃で3メートルは宙に投げ出された。
妹には、まとまっていたゴマ粒がその振動で散らばったように見えた。

「あはは! みんなかわいい! こんなので倒れちゃうの?」

笑う妹の足下で人々は地面にうずくまった。
立っていては、またいつこの大振動で地面をのたうちまわされるか分かったもんじゃない。
彼らには地べたを這いずり、彼女を見上げることしか出来なかった。

「こんな簡単に倒れちゃうのか〜。ちっちゃいって大変だね」

さも他人事の様に言う妹。
妹が何もしなければ、彼らが地面を転がる必要はないのだ。
先ほどの振動で何人かのお年よりが身体をしこたま打ち付けて動けなくなってしまった。
その他の人々も擦り剥いたり切ったりと小さなケガを負っていた。
ただあの少女が地面に指を下ろしただけで。
圧倒的な敗北感であった。
彼女の仕草ひとつに我々は生命の危機にさらされている。
その気になれば我々など公園ごと簡単に踏み潰せるはずだ。
なにせ、あの親指だけでさえ、この公園より大きいのだから。
だが一向にその気配がないのは彼女が楽しんでいるからだろう。
自分の何気ない仕草に、多くの人々が翻弄されるのを楽しんで見ているのだ。
そう、単純に楽しんでいるのだ。
彼女の笑いの端に、嘲りとも取れる節はある。が、目は決して我々を見下してはいない。
彼女はただ楽しんでいる。
家を踏み潰すのも、我々を翻弄するのも、全て楽しく、面白いからだ。
我々を馬鹿にするつもりなど毛頭無い。ただ楽しくて笑っているに過ぎないのだ。
無邪気と言ってもいい。彼女は幼子のそれの様に、楽しいか楽しくないかで行動を起こしている。
そこに善も悪も無い。小さな子が、虫を嬲るように、この巨人の少女も我々を嬲っているのだ。
死ぬも死なぬもこの少女次第。
我々が虫の様に潰されるか否かは、この少女の気分一つなのだ。

突然、巨人がにっこりと笑った。
そして我々のいる公園を見下ろし、口を開いた。

「みんな見てて楽しかったよ。でもあんまり驚かすのもかわいそうだから、次で最後にするね」

最後?
最後だと?
つまり次こそは我々を殺すというのだろうか。
そうだ。
幼子が飽きたおもちゃには容赦が無いように、この少女ももう我々のことなどなんとも思ってはいまい。
先ほどまでは楽しむために生かされていたに過ぎなかったのだ。しかし、それも終わりだ。
再びあの巨大な足指が持ち上げられた。
そしてそのまま足がゆっくり前進してきた。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…!

恐ろしい地響きだ。立っていられない。
我々に向かってあの巨大な足指と足が迫ってくる。
彼女から見れば、つま先とこの公園の距離など足指の長さ程度でしかないのだろう。
ゆっくりと迫ってくる。
我々を喰らわんと迫ってくる、巨大なつま先。
だが、突然足は進行を止めた。
人々は、あの地響きから解放され、目の前にある巨大なつま先を見つめた。
未だに足指は上げられたままだ。
その下にはさっきまでその足指の前にあった民家が並んでいる。
我々は呆けてしまった。
いったい何をしようと言うのか。
すると天から再び声が降ってきた。

「それじゃあ降ろすよ〜」

声が響くとほぼ同時に、あの足指が降下し始めた。
下には民家が並んでいる。つまりあのままではあの民家は皆潰されてしまう。
しかし、我々にはどうすることも出来なかった。
ゆっくりと降りてきたそれは、やがて民家に触れた。

 メキメキ! バキバキバキ!

屋根が潰れ、窓ガラスが砕け、外壁が吹き飛んだ。
巨大な5つの指はゆっくりとその下にあるたくさんの民家を押し潰してゆく。
まるで巨大な化け物に食われてゆくようだ。
壊れた壁の穴から、大黒柱が家を支えようと必死にその重みに耐えている姿が見えたが、
やがて「バキィッ!」と一際大きな音を立てて砕けていった。
そこにあった民家全てが、巨大なプレス機に潰されるように、それよりも更に巨大な少女の5つの足指によって潰された。
暫くの轟音のあと、そこには薄い砂煙を纏いながら、民家を完全に飲み込んだ巨大なつま先の姿があった。
しかし、それで終わりではなかった。
民家を押し潰したあと、巨大な指が地面に付いたまま握ったり開いたりを繰り返したのだ。
恐ろしい光景だった。
つま先が、まるで大地を貪る化け物のようであった。5つの指という巨大な牙で地面を削り家の残骸を更に細かく砕いてゆく。
そしてなんと、指が開いたまま地面に喰らいついたとき、巨大な足の人差し指が公園にまで侵入してきたのだ。
幸いにも、誰もその巨大な指に巻き込まれる事はなかったが、
彼らは、彼らの感覚でほんの2メートル先を巨大な指が削り取って行く様を見せ付けられた。
指は、硬い地面を、ジャングルジムを、花壇を、木を、アスファルトをいとも簡単に砕いた。
まさに大地を貪った化け物。その指が握ったり開いたりする様は、民家を喰らいそれを咀嚼する化け物そのものであった。
幾度目かの行為の後、化け物はおとなしくなり、やがてもとの巨大な足指へと戻っていった。

「はい終わり。楽しかった? 一回あたしの指が公園まで入っちゃったけど大丈夫?」

妹は公園を覗き込んでみた。
見ればその公園の幅とほぼ同じくらいの幅が丸く削り取られている。自分の人差し指がやったのだ。
だがその削り後周辺に赤いシミは見られない。
どうやら誰も潰されたりはしていないらしい。

「そっか、よかった。みんなありがと。とても楽しかったよ。じゃあね〜」

妹は笑顔で足下の人々に手を振ると、その公園を跨ぎ、その先へ歩いていった。
人々は暫く呆けていたが、やがて誰もが助かったことに喜び抱き合って涙を流した。


 **********


公園を跨いでから十数歩といったところか。
妹は小さな学校を見つけた。
近付き覗き込んで見ると、グラウンドには数十人ほどの人がいる。
小さくてよく見えないが、格好からして恐らくこの学校の生徒であろう。
学校を見下ろしている自分の事を見上げているようだ。

「みんな走る練習してるの? えらいね〜」

声をかける妹。
だが、立ったままなので見えづらいが、誰一人動こうとしない。
突然の出来事に竦んでしまったのだ。当然だ。
いきなり目の前に、マンガでも見たことの無い様な大巨人が現れたのだから。
このグラウンドには、その大きな素足の片足さえも入らないだろう。
普段我々が陸上競技の練習で走り回っているこのグラウンドは、あの巨人の1足にも満たないのだ。
あまりの大きさに思考が停止してしまった。
目の前の現象が夢か現実かも理解できなかった。
不意に周囲が暗くなった。
あの巨大な足の裏が、この学校を覆ったのだ。

「じゃああたしも手伝ってあげるよ」

広大な範囲を持った足の裏が、陽光を遮り、学校の空を占領した。
そのかかとは、多くの民家を押し潰し学校の敷地の外に着いているにも関わらず、グラウンドを越え、つま先は校舎の上空にさえも届いている。
あの足が降りて来るだけで、この学校は周囲諸共踏み潰されてしまうのか。
空を覆うあの足裏にはたくさんの汚れやゴミが付いていた。
その足の下にいる生徒達には、そのゴミがここに来るまでこの巨人が踏み潰してきたものの成れの果てであることは簡単に想像できた。
家の破片にビルの瓦礫、車なんかそのままペチャンコにされ張り付いている。指の間には小さな家が半ば原形を保ったまま挟まっていた。
家を指の間に挟んでしまうほど大きいのか。
彼等の思考は、一層考えることをやめてしまった。
だが、妹の次の言葉で彼等の脳は再び思考を取り戻した。

「あたしの足が地面に着く前にそこから逃げられたら、みんなはとっても足が速いって事だよ。がんばってね〜」

足裏が降下し始めた。
巨人が話し終える前に思考を取り戻し動き始めた者。
聞き終えてからすぐにその意味を理解し走り出した者。
未だに現実を理解出来ずに立ち尽くす者。
三者三様という奴だが、そんな事にはまるで構わず、足裏は降下してくる。

「じゅ〜う、きゅ〜う…」

楽しそうにカウントダウンする声まで聞こえる。
10から始まったという事は十秒以内にこの足裏の下から逃げなくてはいけないのか。
無理だ。
あの足裏は校舎さえもその射程に収めている。
だが校門は校舎の前にしかないのだ。
たった十秒で辿り着ける距離ではない。
生徒達は絶望的な気分になりながらひたすらに校門に向かって走った。
一部の天恵を受けた者だけが、足裏の横に向かって逃げるという名案に辿り着いたが、あとの者は皆校門に向かった。

「は〜ち、な〜な…」

足裏はまだ天高くにあるが、皆がその先にある運命からは逃れられないと感じていた。
もとより、10秒で逃げろというのが無理な話なのだから。
グラウンドから逃げるだけでも、その大半の時間を要する。
例え一直線に抜ける道があったとしても、あの足裏は長さ200メートル以上はある。
土踏まずよりもやや後ろ部分の下から走り出したという事は、逃げ切るのに必要な距離は明らかに100メートル以上ある。
たかが十秒で、人間の走れる距離ではない。
だが彼等は走った。走って走って、心臓が破れるのでないかというほど走った。
しかし彼等は自分が全く進んでいない様な気がした。
残り時間の減少する速度と走って進む距離が全く釣り合っていないのだ。

「ろ〜く、ご〜お…」

ただただ時間だけが減ってゆく。走っていても止まっていても、大差無い程に。
その悲鳴も、開始当初に比べればだいぶ小さくなった。
あまりの緊張と疲労に息切れを起こす者や、諦める者が続出したからだ。
無情のカウントダウンの声だけが辺りに響いていた。

「よ〜ん、さ〜ん…」

足裏が校舎に触れた。
彼等が数年間勉学に励んだ学び舎は、巨人の足の途方も無い重量に押されガラガラと崩れていった。
それでも足裏は止まらない。
生徒達はまだ誰一人として校門に辿り着いてはいなかった。
そこへ一人の生徒がやってきた。
陸上部のエースである生徒だ。
彼は日頃の訓練の賜物で、誰よりも早くここへ辿り着いたのだ。

「もう少しだ! もう少しで…!!」

彼は力の限り走った。
そして遂にあの校門を走り抜けたのだ。

「やった! やったぞ!! これで…!!」

彼の顔は、汗まみれではあったが、安堵と達成感による満面の笑みで包まれた。
だがすぐにそれは絶望の表情へと変わった。
校門を抜けて見上げた空には、まだあの巨大なつま先が展開していたからだ。
見上げればそこには巨大な指が存在していた。
まだここは指の付け根の部分の下に過ぎないのだ。
どんどん迫ってくる足裏。
しかしもう、彼に走る力は残っていなかった。
膝を折った彼を、影が包み始めた。

「に〜い、い〜ち、ゼ〜〜…………ロッ!」


 ずううううううううううううううううううううんん


足裏が接地した。
足は校舎を完全に呑み込み、つま先は校門を越えて、いくつかの民家を押し潰した。
妹は、ゆっくりとその足をどけてみた。
そこにはくっきりと自分の足跡が残り、内部には10メートルも沈み込んだグラウンド、同時にひしゃげ潰れたサッカーゴール。
そして粉々に砕かれた校舎があった。
自分の足跡の中に学校が一つ入っているというのはなんとも滑稽だった。
妹は笑いがこみ上げてきた。

「あはは! どうだったみんな? ちゃんと逃げられた?」

妹はしゃがみこみ、自分の足跡に向かって話しかけた。
足跡の左右にはちらほら粒の様なものが見えるが、つま先の方には一つも見えない。
誰も自分の足の距離を走りぬける事が出来なかったのだろうか。
ふと見れば足跡の中にも動く人影があった。
土踏まずの中に逃れなんとか一命を取り止めた生徒である。

「へ〜、運がいいんだね〜」

立ち上がる妹。
そして学校を見下ろし、生き残った生徒達に声をかけた。

「じゃああたしもう行かなきゃ。練習がんばってね〜」

妹は住宅街の方に向かって歩き始めた。

潰される直前、そこにいた生徒達は皆自分の自己ベストを更新した。
誰もが助かりたい一心で走っていたのだ。
そういう点では確かに妹は彼等の手伝いをした。
しかし潰れてしまった彼等の自己ベストが記録されることは無かった。


 **********


住宅街をうろうろする妹。
1センチも無い建物は踏み潰すとサクサクとした感触がしてとても楽しい。
妹はお尻の後ろで手を組みながらルンルン気分で住宅街の上を散歩していた。

すると突然、足に何かが当たった様な感触があった。

「?」

覗き込んでみると足の上でポツポツと赤い光の様なものが輝いている。
その光が放たれている方を見ると、そこにはたくさんの小さな緑色の何かが並んでいた。

「なんだろ?」

妹はしゃがみこんでそれを見てみた。
するとその動きに反応してか、赤い光は一段と多く飛んでくるようになった。

「あ、もしかしてこれ、戦車かな?」

妹はその緑色のてんとう虫に手を伸ばしていった。
手に攻撃が集中するが痛みはない。
かまわず伸ばし続け先頭にいた一両を摘み上げた。


 **********


戦車隊は目を疑った。
どこかの学校の制服姿の少女がお尻の後ろで手を組み鼻歌交じりに散歩している。
今時あんな可憐な少女は見たことが無い。ウチの娘にも見習わせてやりたいくらいだ。
戦車に乗る、年頃の娘を持つのおじさんたちは心からそう思った。
しかしおかしい。
あの少女はただの可憐な少女ではない、超巨大な少女なのだ。
先ほどから住宅街の上を歩き回っているが、そのたびにたくさんの民家が踏み潰されている。
民家があの巨大な小指の高さにも達していない。なんて大きさだ。
まるでそこには何も無いかのように散歩している。
無数の家を意にも介していないのか。
まだ住民は避難が完了していないという。ならば今も多くの住民があの少女に踏み潰されているということになる。
我々は国民を守る義務がある。
どんな敵が相手でも逃げるわけにはいかない。
例えそれがあどけない少女でも。
例えそれが大巨人でも。
見た限り、大きさ以外の姿形は我々と同じだ。
ならば我々の武器で傷つけられない道理はない。少女を撃つというのは気が引けるが、これも国民を守るため。
巨人はどんどんこちらに近付いてくる。
その度にまた新たに多くの民家が押し潰されている。


 ずうううううううううううん


 ずうううううううううううううううううううん!


 ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!


足はもう目の前だ。
隊長は通信機に向かって叫んだ。

「撃てぇ!!」

住宅街の細い道に並んだ戦車は、その巨大な足に向かって砲撃を開始した。
放たれる無数の弾丸はそのほとんどが命中した。
突如その巨大な足は進行を止めた。
これは我々の攻撃が効いている証拠だ。
戦車は攻撃を続けた。
すると巨人はしゃがみこんできた。
展開していた戦車隊の視界を、しゃがみこんだ巨大な少女が埋め尽くしたのだ。
巨大な脚を折りたたみ、膝の上に手を置いてこちらを見下ろしている。
先ほども思ったとおりあどけない顔だ。隊員達はみな自分の娘の幼かった頃を思い出して涙した。
だがそれとは別にこみ上げるものもあった。
スカートから伸びた脚はおじさんの心をがっちりと掴んだ。
あどけない顔は男心をくすぐられる。
何より、今彼女はしゃがんでいる。ミニスカートでしゃがむということはその中にあるものが正面にいる我々には丸見えだということだ。
パンティだ。純白のパンティが我々の視界の大半を埋め尽くした。
おじさん鼻血が滝の様です。
しかしだ。
彼らの知るそれとは大きさが違いすぎる。
うっすらとその少女のすじが見て取れるが、それは長さ何十メートルだ!?
我々の戦車はこの少女の指先ほどもない。と言う事はあのパンティはこの戦車など比べ物にならないほど大きいということだ。
隊の数人は自分の戦車があのパンティの中に閉じ込められたり、そのパンティの向こうにある少女の秘所にあっさりと挿入される様を想像
して吐いた。
兎に角だ。
少女がしゃがんだことで、こちらは的が狙い易くなった。
今のうちに攻撃してダメージを与えなければ。
無数の砲弾が少女に襲い掛かった。
だが少女は、戦車隊の攻撃などまるで眼中に無い様だった。
先ほどからたくさんの砲弾が命中しているのに、顔色ひとつ変えない。というより身じろぎひとつ見せない。
のほほんとした顔と、クリクリッとした目でこちらを見下ろしている。
まるで効いていない。
だが攻撃をやめるわけにはいかない。
戦車は攻撃を続けた。
とその時、巨大な少女が手を伸ばしてきたのだ。
まっすぐ我々戦車隊を目指してくる。
すぐに視界は巨大な手で埋め尽くされた。
我々の戦車など、あの少女の指先ほども無い。
小指の爪の上にちょんと乗ってしまうほどだ。
戦車たちは恐怖から、上官の命令など聞かずに大砲を乱射しまくった。
無数の弾丸の雨にさらされながらも、巨大な手はひるむことなく迫ってくる。

「止まれ! 止まれ!! 止まってくれえ!!!」

狙われた戦車の隊員は死に物狂いで弾を連射した。すでに視界は手のひらで埋め尽くされ、この戦車には陽光すらも届かない。
突如、強烈な揺れがこの戦車を襲った。同時に急激なGが搭乗員を床に貼り付けた。
一瞬の間のことであったが、その間に搭乗員は胃の中のものをすべて吐き出した。
すぐに超重力からは解放されたが身体を強く打ちつけ、満足に動くこともできない。
しかしまずは現状を確認しなければならない。
彼は天井部分のハッチを開けようとした。しかしなにか強い力で押さえつけられているようで扉はびくともしない。
仕方ないので彼は砲身の横にある緊急用のハッチから外に出ることにした。
そしてハッチを開け、外に出た。
すると目の前は巨大な目によって埋め尽くされていた。
この戦車は、あの巨大な少女に摘み上げられて、目の前に持ち上げられていたのか。
ぱちくりとまばたきをしながら指先に挟まれたこの戦車を見つめている。
俺はまるで金縛りにあったように体が動かなくなってしまった。
すると巨大な目はハッチから顔を出している俺に気付いたのか一段と目を近付けてきた。
まるで触れることが出来るのではないかという距離だ。
俺は恐怖に駆られ、わけもわからぬままその巨大な目に向かって手を振っていた。
俺はいったい何をやっているんだ。完全に気が動転してしまっていた。
ところがその様が見えたのか、その巨大な顔がにっこりと微笑んだ気がした。
段々とその巨大な顔は遠ざかってゆき、戦車は、やがて広大な手のひらの上に降ろされた。
なんて広さだ。指まであわせれば150メートル近い広さがあるのではないか?
そんな手のひらの上にぽつんと置かれた俺の戦車はいったい何だ? 虫か?
そう、虫だ。最初はあの指の間で虫のように潰されるかと思ったが、今はこうして手のひらの上にいる。
見上げれば巨大な少女の顔が微笑みながらこちらを見下ろしている。
その少女が話しかけてきた。

「大丈夫? ちっちゃな戦車に乗ってるけど、潰れてない?」

笑いながら恐ろしいことを言う。それはこの戦車など簡単に潰せると言っているのと同じだ。
だが今もすぐにそうされる可能性は残っているのだ。
生きるためには、そしていつか勝つためには、ここで彼女を怒らせてはいけない。
俺は戦車から手のひらに降り、見えないかも知れないが再び手を振ってみた。
すると今度も見えたのか、再びにっこりと笑うと言葉を返してきた。

「よかった。でもおじさん、とっても小さいね」

言うともう片方の巨大な手が迫ってきた。
その手は小指を差し出すと、自分と戦車の横に突き立てた。
俺の目の前には巨大な小指の指先が現れたのだ。
そこにある巨大な爪は、10メートル以上の長さがある。
俺が乗っていた戦車よりも大きい。
というより、この小指の指先だけで簡単に潰せてしまえるほどだ。
もし今、この指が戦車の上に降りていたら、この戦車はあっという間にスクラップになっていただろう。
30ミリの弾丸さえ跳ね返す装甲も、この巨人の前にはまるで意味が無い。
俺はそのつき立てられた小指の腹に触れてみた。
柔らかく、ぬくもりもある。少女の指だ。この巨人は、大きさ以外は本当にただの少女なのだ。

「俺は生身の少女に、戦車の大砲を打ち込んでいたのか…」

俺は命令や任務よりも、少女を撃ったという自責の念に駆られた。この少女がまったくこたえていないにしろ、この事実は変わらなかった。
見上げれば、彼女は楽しそうに俺のことを見つめている。

「わぁ! あたしの小指と比べてもほんとに小さい! かわいい」

まるで小動物を愛でる様な声だ。
だが俺は小動物などではない。その通りだ。彼女から見れば小動物以下、虫けらなのだから。
自分は人間だと、胸を張って主張することも出来ない。
手のひらにポツンと乗せられた戦車、それにちょこんと乗っていた俺は最早人間ではないのだ。
大きさの違いはここまで価値観を変えるものなのか。
俺の目の前にある小指の先でも幅は10メートルはある。俺が横になったとしても5倍以上の大きさなのだ。
これだけの大きさの違いがあっては、お互いを人間と意識する事は出来ないだろう。
俺は再び指に触れてみる。
柔らかい。押せばへこむ。確かに人間だ。俺の半分も生きていない少女のものだ。
だがその少女の小指も俺がいくら手を伸ばしたところで腕を回すことも出来ない。抱きしめることも出来ない。
出来る事はせいぜいへばりつく程度。それ程までの大きさの差だ。

「やぁん、おじさん、くすぐったいよぉ」

突然巨大な指が動き、俺を弾き飛ばした。
だが柔らかい手のひらのお陰でケガはしなかった。

「この少女が身震いしただけで、俺は地面に押し倒されたのか…」

恐ろしいまでの力の差だ。
俺はさっきまでこんな巨大な力をもった少女と戦っていたのか。

そういえば他の連中はどうなった?
まだ攻撃を続けているのだろうか。


 **********


戦車隊の必死の攻撃もむなしく、隊長の乗っていた戦車は巨人の手によって攫われた。
その後の巨人の行動を見ると、あの手のひらの上で嬲り弄ばれているに違いない。
だがあの高度では救助に行くことも出来ない。
それに隊長が攫われた後も攻撃しているが、まるで効果が無い。
弾幕を受けながら、笑って手の上の隊長を辱めている。
いつしかその弾幕も止んでいた。
勝てるはずがない。
まるで相手にされていないのだ。
戦車の中には逃げ出すものさえ現れた。
だがそんな中、一両の戦車が巨人に向かって猛スピードで突進していった。

「上官殿ー! 今自分が助けに行きますぞーっ!!」

彼は軍曹。
軍の長きをこの戦車隊隊長の下で働いてきた彼の右腕である。
これまでも数々の戦場で幾度と無く彼を助け、彼に助けられた無二のパートナーである。

「巨人め! 上官殿を放せ!!」

砲身が炎を巻き上げながら彼は突進した。
が、突然視界が闇に包まれた。
それを疑問に思った瞬間強力な下方向へのGが働き彼は椅子に貼り付けられた。
自分の体が椅子に食い込むような感覚さえする強力なGだ。
体中がメキメキと悲鳴を上げたが、やがてその超重力も治まり、なんとか骨が折れるまでには至らなかった。
そして、暫くの平穏が訪れた。

「…な、何がどうなった?」

辺りが突然の静寂に包まれた。
まるで先ほどの喧騒など嘘の様に。
彼は意を決し、ハッチを開け、外を確認した。
するとそこには、かつて彼の上官が見たときと同じ様に、巨大な顔が空を埋め尽くしていた。


 **********


手のひらの上の小人を小突き回していたら、ふとこちらに向かって猛スピード(人間感覚)で進んでくる戦車が見えた。
そういえばもう戦車からの攻撃がない。今近付いてくる戦車以外の戦車隊は皆おとなしくなっている。
では何故この戦車は近付いてくるのだろう。
ポンポンと弾を撃ちながら、まるで昔お兄ちゃんが持ってたおもちゃみたい。壊して怒られたけど…。
妹は家の瓦礫を踏み越えながら走ってくるその小さな戦車を摘み上げた。
またさっきみたいに中の人がひょっこり顔を出すかも知れない。
今度はハッチを塞いでしまわないように摘み、顔の前まで持ち上げ、その時を待った。
そしてパカッと天蓋が開き、中から人が出てきた。

「あ、出てきた出てきた」

思い通りの光景と、まるで動物の子どもの様にチンマリと出てきた人の姿を見て妹は笑顔になる。
だが人は自分の顔を見るなりすぐさま中に引き返してしまった。
そして…。

 ドォン! ドォン! ドォン!

戦車から自分の顔目掛けて大砲が放たれ、それらは鼻や頬に命中して一瞬だけ赤い炎を巻き上げた。
民家程度なら1発で粉々に出来る威力の砲弾だが、当の妹は僅かな痛みも感じていなかった。

「くすくす、かわいいね」

小さな虫が必死に抵抗するかの様なその砲弾の嵐を、妹は笑顔で受け止めていた。


 **********


視界を埋め尽くす巨大な顔。
笑みすら浮かべてそれは自分を見下ろしている。
自分はこの巨人の手に、指先に捕らわれたのだ。
いつ潰されるか分かったものではない。すぐに脱出しなければ。
混乱したまま冷静に対策を練った彼は巨人の手から逃れる事を望んだ。
ここが高度300メートル以上の高みであることなど忘れて。
彼は内部に転がり込むと桿を握り、砲撃を開始した。
彼等の乗る戦車は一人乗りで、機体の操縦から弾丸の装填・発射までを全て自分で行う。
弾丸の装填は自動。搭乗者はコックピットに座してただ桿を握っていればよい。
更に弾丸は連射が可能で、陸戦において敵うものはない。

 ドォオオオン! ドォオオオン! ドォオオオン!

爆音と共に放たれる火薬を詰め込まれた高速の弾丸。
彼はこの弾丸の威力を知っている。
遠距離では効果が薄かったかも知れないが、この至近距離ならば…。
怯える巨人の顔を拝んでやる。
彼はほくそ笑んでスコープを覗き込んだ。

笑っている。

スコープ内を埋め尽くす巨大な顔は笑っている。
あの巨人の少女は笑っている。
幾つもの弾丸が顔面に直撃しているのにニッコリと微笑んでいた。
まるで効いていないのか…。
彼は深い絶望に駆られながらも撃ち続けた。
巨人の笑みは崩れない。
やがて搭載していた弾も切れ、戦車は咆哮を上げる事を止めた。
巨人の顔の周囲には、爆発で発生した煙がうっすらとかかっている。
だがそれも巨人の、

「ふぅっ」

という吐息で全て吹き払われてしまった。
ありったけの弾丸を撃ち込んだのに、巨人は結局最後まで笑顔だった。
自分の攻撃は、全く意味の無い行動だったのか…。
彼が絶望に浸っていると突然機体が動き出した。どこかに運ばれている様だ。
先刻ほどの強力なGはなく、苦痛なく何処かへと降ろされた。
暫く待ってみたが、それ以上の何かは起こらない。
彼はゆっくりとハッチを開け、周囲を見渡してみた。
そこには肌色の平原が広がり、少し先には巨大な柱が数本。
振り返ればそこには、先程と同じ巨大な顔があった。

「ここは、手のひらの上か…」


 **********


自分の指に摘まれ、もがく様に弾を撃っていたやがて戦車も、やがて大人しくなった。
無数の弾丸のお陰で自分の顔の周りにうっすらと煙がかかっている。
だがそれも少し息を吹きかけてやればすぐになくなった。
指の間の戦車は本当に大人しくなってしまった。

「あ、もしかしたらこっちの戦車の人とお友達かも」

妹は摘んでいた戦車をもう片方の手の上に降ろした。
暫くすると中の人がその小さなハッチを開いて顔を出した。
キョロキョロと辺りを見渡す様は何度見てもほほえましい。
妹は笑顔のまま彼の行いを見守った。


 **********


巨大な顔を見上げ、呆けてしまっていた彼。
彼は、そんな自分に向かって走り寄ってくる人影がある事に気付いた。
この肌色の平原を走ってくる?
ここは巨人の手のひらの上だ。人がいるはずない。
いるとすればそれは…。

「上官殿!」

彼の思ったとおり、それは彼より先に摘み上げられた戦車隊隊長であった。
彼はすぐさま戦車を降り隊長の下へと走った。

「上官殿、御無事で!」
「ああ。軍曹、貴様も無事の様だな」
「はい。ですが、こうして捕らわれの身に…」

見上げれば彼等を巨大な顔が笑顔で見下ろしていた。

「いいんだ、無事でさえあれば。それに俺は…、もうあの巨人と戦うつもりはない」
「…!? 何故でありますか上官殿! 奴は何千もの民間人を虐殺したのでありますぞ!」
「軍曹、先ほどの貴様の戦いは見せてもらったが、あの近距離からの顔面への砲撃にも関わらず、彼女は全く傷ついていない。
 いや、気にも留めていない。我々陸軍の最強の戦車をもってしても、彼女にダメージを与える事は出来ないのだ」
「しかし、だからと言ってこのまま民間人を見殺しにするなど…!」
「命令に殉じるのも良い。だがあの巨人の顔を見れば分かるだろう。これは国同士のプライドと命を懸けた戦争でもなければ、
 テロリスト供の身勝手な抗争でもない。彼女は遊んでいるだけだ。たかが遊びに命を懸けて、死ぬ事はない」
「ですが…」
「軍曹。貴様、子どもはいるか?」
「は? いませんが…」
「俺にはいる。ロクデナシの娘がひとりな。あんな娘でも昔は可愛かったんだが、だからかな、
 あの巨人と娘の小さかった頃がダブっちまってな」
「上官殿、私情は…」
「分かってる。だが現実として我々の持っている兵器で傷つけられない以上倒す事は出来ない。ならば己の保身に走るのも良いだろう。
 どの道、手のひらの上にいる我々には何も出来ないんだ」

二人は空を仰いだ。
見上げれば先ほどと同じく巨大な笑顔が彼等を見下ろしていた。

「やっぱりおじさん達お友達だったの? 会えてよかったね」

妹は手のひらの上の二人に話しかけた。

「あたしにもたくさん友達がいるよ。みんなとっても優しいんだ。お弁当のおかずを分けてくれたりするし」
「…ッ!!」

二人は耳を押さえた。
巨人は先ほどまでは声を抑えて喋っていたのに、突然リミッターを解除したのだ。
まるで自分のすぐ横に爆弾が落ちているかの様な爆音が、彼女が口を開くたびに発せられる。
死ぬ! このままでは死んでしまう!
目が眩む。
腹に、まるで車が衝突した様な衝撃が襲ってくる。
地面がビリビリと震えている。
苦しい。息をすることも出来ない。
三半規管がやられかけているのか、立っている事も出来なかった。
ただ少女が喋っているだけで。
もしも彼女が大声を出そうものなら、我々は耳から血を噴いて倒れるだろう。
拷問に対する訓練を受けていたので、二人はギリギリのところで意識を保っていた。
その時である。

「それでね、あたしのお兄ちゃんは————」

 ドォオオン!! ドォオオン!! ドオオオオオン!!

再び彼女の顔に攻撃が開始された。
雷鳴の様な轟音に耐えられなくなった隊員達が、巨人が喋るのを止める為に弾を放ったのだ。
着弾と同時に巨人は喋るのを止めた。思惑通りにいった。
地上の隊員達も、手のひらの上の二人も安堵の吐息を漏らした。
巨人の顔は爆煙によって包まれていたが、煙が風に流されると再び彼等の前に姿を現した。
だがその表情は先ほどまでの笑顔ではなかった。
形の良い眉はつり上がり、口はピッタリと閉じられ、目は地上の隊員達を見下ろしている。
誰が見ても明らかだ。
怒っている。
二つの目には明らかに侮蔑の色が見える。
隊員達はまるで蛇に睨まれた蛙の様に動くことが出来なくなってしまった。
妹は静かに口を開いた。

「お兄ちゃんが言ってたよ。人が喋ってるときは、邪魔しちゃいけないって…」

言いながら妹は空いている手を先頭の戦車に近付けていった。
軽く拳を握るかの様な巨大な手は戦車の前で動きを止めた。
遠くからその様を見ていた隊員にはその手の意味が分かった。

デコピンである。

次の瞬間にはそれは放たれていた。
亜音速で放たれた指はその戦車に向かって迫っていった。
戦車の隊員は、自分が爆ぜるまでの一瞬、この戦車よりも大きな爪が襲ってくるのを見た。
弾かれた戦車は潰れながらにも何とか原形を保ち、後続の戦車達にまるでおはじきの様にぶつかって砕けた。
生き残った隊員達は我先にと逃げ出した。
誰もが理解したのだ。自分たちがとんでもないことを仕出かしたと。
先ほど隊長が危惧した「彼女を怒らせてはいけない」は見事に破られた。
さっきまでの彼女は遊んでいた。
では怒らせたらどうなるか。
彼等は身を持って知ることとなった。

妹は立ち上がった。
足下にいた隊員達から見れば、更に巨大化した様に見えただろう。
手のひらの上にいた二人は、その急速な上昇に伴って手のひらに押し付けられた。
そのまま潰れるのではないかというGだった。
立ち上がった妹は逃げる戦車達をゆっくりと追いかけ始めた。
そして最後尾の戦車に向かって思い切り足を振り下ろしたのだ。

 ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!

足は民家もアスファルトも戦車も砕いて地面を陥没させた。
その衝撃で周辺にあった民家は吹き飛び、戦車隊の一部も、横転したり出来た溝にはまったりして動けなくなってしまった。
走行不可能になってしまった戦車から這い出してきた隊員たちは一目散に逃げ出した。
妹は今度は逃げ出した隊員達の目掛けて足を下ろしていった。
隊員達は背後から迫る巨大な足裏から必死に逃げていた。
しかし、先ほどの巨人の一歩の所為で地面はボコボコであり、満足に走ることが出来ない。
上空から巨大な指が迫って来る。家よりも大きな親指だ。それが我々の上空から降りてくる。

「う、うわあああああああああああああああああ!!」

逃げ出す者もいたが、隊員達は腰から拳銃を抜き、迫る親指の腹に向けて撃ちまくった。

 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!

十数人もの隊員が弾を乱射しているにも関わらず、親指は全くひるまない。
当然だ。戦車の乱射も効いていないのだから。
だが彼らは最後まで諦めなかった。
目の前が巨大な指の腹に支配されようとも決して撃つ事をやめようとはしなかった。
結局は指とアスファルトの間で潰され、指はそれでも降下をやめなかったので、彼らは地下十数メートルまで埋葬された。
生き残っていた戦車達はひたすらに逃亡していた。
仲間達があっさりと潰されるのを見た。
あっという間だった。
あまりにも簡単に彼等は潰された。
戦車に乗っていた隊員は、こちらに向かって逃げてくる隊員が必死の形相で手を伸ばしているのを見た。
だが何も出来なかった。
彼等は最後まで助けを求めながらあの親指に潰されていった。
足は浮き上がり、今度は我々の上にあの親指がかざされた。

「見える? 今この親指であなたたちのお仲間を踏み潰したの。もしかしたら肉片がこびりついてるかもね」

言いながら妹は親指を、踏み潰さない程度まで近付けて見せた。
隊員達はスコープ越しに指の腹を見た。
そこには赤黒いモノが点々と点在していた。
人型の服のようなものあった。あれは隊員達が着ていた服だ。
それは間違いなく彼等の仲間があそこで踏み潰されたということだった。
彼等は恐怖した。そして涙した。
仲間が殺されたのだ。それはプライドを懸けた決闘でも何でもなく、ただ気まぐれで。
彼等は逃げるのをやめ、残っている弾丸を乱射し始めた。
それらは全て彼等を覆う巨大な足裏に命中した。
妹もそれを感じてはいたが、痛みは感じなかった。
そして徐々に足裏を降下させていった。

「どうしたの? 全然痛くないよ? そんなことしてないで早く逃げた方がいいと思うな〜」

妹はせせら笑った。
彼等の必死の抵抗もまるで痛くない。
自分は足を降ろすだけだ。それだけで彼等は虫の様に潰れる。
でもそれもしょうがない。小さいくせに自分の邪魔をした彼等がいけないのだ。

「えい」

 ずううううんん!!

足裏が踏み下ろされた。
周辺の建物も巻き込んだそれは辺りに砂煙を巻き上げ、戦車隊を全滅させた。
だがその時、つま先方向の砂煙を突き破って出てくるものがあった。

「?」

それは一両の戦車だった。
いち早く砲撃を止め、逃げに転じたので生き残ることが出来たのだ。戦車隊は全滅していなかった。
妹はその足を動かして、逃げる戦車の上に親指をズンと置いた。
戦車は上から凄い重量をかけられ前に進むことが出来なくなった。
キャタピラだけがアスファルトを削りながら空転していた。

「残念でした〜。それじゃあどこまで耐えられるかな」

妹は親指を押し付ける力を強めた。
小さな戦車はミシミシと悲鳴を上げている。
中に乗っている隊員は泣き叫んでいた。小便も漏らしていた。体がガタガタ震えている。
怖い! 潰される! 嫌だ!!
彼は必死に戦車を走らせようとしていた。
だが戦車は進まない。
やがて天井がへこんだ。重量に負け潰れたのだ。
壁もメキメキと音を立て、天井も段々と降りてくる。
計器が煙を上げ始めた。無理をさせすぎたのだ。もう動かすこともできない。
彼は操縦桿の下で頭を抱えうずくまった。
これは夢だ。目が覚めればいつもの日常が始まるはず。
そんな彼の現実逃避もうずくまった彼の背中に触れた、押し潰されてきた天井が打ち砕いた。
最早彼は身動きが取れなかった。それでも天井はゆっくりと降りてくることをやめない。
床と天井に挟まれ、彼は自分の体が潰れてゆくのを実感した。
バキバキと体中の骨が折れてゆく。痛い。苦しい。
どうせ殺すならすぐに殺せ。
これ…じゃあ…生…殺…し……だ。

 バコッ

彼が最後に聞いた音は自分の頭蓋骨が砕ける音だった。

 ズン!!

その後すぐ親指は戦車を押し潰し地面に着いた。
ひとにじりしたあと親指をどけてみればそこには何も無く、一両の虫の様な戦車が親指の裏に張り付いていた。

「人の話を邪魔した罰だね」

地上の戦車隊は今度こそ全滅した。


 **********


隊長と軍曹は指の間からその光景を見ていた。
まるで戦いになってない。1分経たぬうちに戦車隊は全滅した。

「じ、上官殿! 仲間が…!」
「…」
「上官殿!!」
「…貴様はどうしたいのだ?」
「仲間の仇を…」
「どうやって?」
「そ、それは…、ですが倒せずとも一矢報いて…! 自分だけがおめおめと生き恥をさらすなど! 自分は彼等と共に殉じたい!」
「…ふぅ、貴様とは長い付き合いだが初めて会ったときから近年稀に見る漢と思っていた」
「上官殿?」
「貴様、子どもはいないと言ったな。では親はどうだ?」
「は、いますが…」
「なら生き残る事を考えろ。特攻などしても喜ぶのは頭の固い上の連中ばかりだ。生きて両親に美味いものでも食わせてやれ」
「上官殿は諦めろと!?」
「そうだ。今俺たちの持っている武器などせいぜい拳銃程度。大砲の効かない相手に銃が通じるわけがない。
 それは下での戦闘でも証明された」

言いながら隊長は指の間から、巨人の足下にある巨大な足跡を見下ろした。

「しかし、自分は納得出来ません…」
「なら好きにするといい。俺はもう仲間が死ぬのに慣れちまった。仇討ちなんて、割に合わねえのさ」
「…」

その時、軍曹の視界の先に何かが映った。

「上官殿、あれを!」
「!?」

見れば空の先に、何かが飛んでくるのが見える。
それはあっという間に距離を詰め、彼らにもそれが何であるか分かった。

「あれは空軍の…!」


 **********


足元の連中は全滅させた。
すっきり。
さぁて、また手のひらのおじさん達とお喋りしよ〜っと。
とか考えていたときだった。
正面から何かが飛んできたのだ。

「?」

それらは自分の近くまで来ると何かを放った。

 ドォン! ドォン! ドォン!

放たれたものは自分の身体に触れると小さな炎を巻き上げて爆発した。
ミサイルである。
という事はこの小さな蝿の様なものは戦闘機だ。
無数の戦闘機が次々とミサイルを放ってくる。
体中でポンポンポンポン光が爆ぜる。無論、痛みなどない。
効果が無いことは先ほどの戦車隊との戦いで分かってるはずなのに。

「なんで意味の無い事をするのかな?」

妹は頬に人差し指を当て首を捻った。
ふと気付く。
確かに自分は痛くない。でも手のひらの上の小人は違う。
妹は慌てて手のひらの二人に話しかけた。

「あ! おじさん達、大丈夫!?」


 **********


「あれは空軍の…!」

二人にはそれがなんであるか分かった。
そしてそれから放たれたものが何であるかも分かっていた。

 ドォオオオオン!!

ミサイルの一機が自分達の乗っている巨人の手の端に着弾した。
二人は爆風と爆音に手のひらの上を転がされた。

「そ、そんな! 自分たちがまだここにいるのに撃ってくるなんて…」
「げほっ…! 上の連中はそんなこと考えちゃいねえさ。とにかくこいつを倒したいんだろうよ。
 その為にたかが兵士が何人死のうが構いやしないだろう」
「わ、我々は国の為に…」
「だが上の連中は自分の名誉の為だ。自分たちは必死に戦っていると表明して、万が一の時の責任逃れをしたいのさ」
「そ、その為に死ぬのは彼らではなく現場の我々ではありませんか!」
「連中から見れば俺たちなんざ備品のボールペンと同じだよ。代えはいくらでもいるんだからな」
「そんな…」
「戦車には発信機が付いてるから、連中が俺たちのいる場所を知らないはずはない。なのに空軍はしっかり手え狙ってきやがったからな。 いい証拠だ。さて、どうするか…。飛び降りるにもこの高さは…」
「…上官殿はまだ諦めないのですか?」
「生き残る事はな。家にゃ嫁と娘がいるんだ。稼ぎ頭の俺が死ぬわけにはいかねえさ」
「…」

その時だった。
ミサイルの爆音すらもかき消すような音量の声が降り注いできた。

「あ! おじさん達、大丈夫!?」

二人は耳を押さえた。
あと少し押さえるのが遅かったら確実に聴覚を失っていただろう。

「ねぇ大丈夫? ケガしてない?」

畳み掛けるように発せられる言葉に二人は苦悶の表情を浮かべた。
空は巨人の顔で埋め尽くされている。
我々の様子を見ようと近付いてきたのだ。
眉根を寄せ、心配そうな顔が手のひらを覗き込んでいる。
隊長は言葉が途切れたのを見計らって手を振って見せた。
すると巨人の表情が少し緩んだものになった。
そして声量を落として再び話しかけてきた。

「よかった。おじさん達は戦車の中に隠れてて」

笑顔で話しかけてくる巨人の少女。
先ほどからその頬などにミサイルが直撃しているがまるで気にしていない。
現状、他に出来る事がない二人はその指示に従う事にした。
万一に備え、1つの戦車に二人で乗り込む。

二人が乗り込むのを確認したら、妹は手をゆっくりと握り始めた。

「これから手を握るよ。しっかりつかまっててね」

手は、その中にある1㎝に満たない小さな戦車を抱擁するように優しく包み込んでいった。
ぐらぐらと揺れる戦車の中で軍曹は悲鳴を上げた。

「に、握るって…まさか握り潰すつもりか!」
「いや、今までの巨人の仕草からするとあの巨人は俺たちには友好的だ。
 おそらく戦車を手で握ることでミサイルから守ろうとしてくれてるんじゃないか」
「しかし、もしもそうでなかったら…」
「そんときゃ握り潰されるだけだ」
「じ、上官殿は何故そんなに落ち着いていられるのですか!?」
「他に選択肢がないなら慌てようがない。俺達があの巨人に捕まった時点で、俺たちの運命はあの巨人に握られたんだからな」

やがてぐらぐら揺れていた車体がミシミシと悲鳴を上げ始めた。
だがそれだけで、それ以上の内壁の破壊などには至らなかった。
そして揺れも収まった。恐らく拳の中に固定したのだろう。


ゆっくりと手を握った妹。
指と手のひらの間に小さな戦車を感じる。

「大丈夫かな? 潰れてないかな?」

先ほど足の親指で踏み潰した時の様なプチッという感触も無かったので多分大丈夫だろう。

「よかった」

妹はホッと息を漏らした。
その時だ。

 ドォオオオン!

顔面にミサイルが直撃した。
見れば自分の周囲には本当にたくさんの戦闘機が飛んでいる。
皆、蝿の様に小さくて、まるで自分が蝿の群れの中にいる様だ。

「気持ち悪いなぁ。でもあんまり動くとおじさん達がケガしちゃうし…」

とりあえず妹は空いている片手で正面から飛んできた戦闘機の一団を払った。
それだけでその数機はその場から消えてしまった。一瞬何かに触れた感触はあったが。
戦闘機は突然横から現れた肌色の壁に激突して粉々に砕け散った。

「あ、こんなに簡単に墜ちちゃうんだ」

あまりのあっけなさに思わず声が漏れる。
なんだ。こんなに簡単に墜ちるのなら別に全身を使う必要はない。おじさん達にケガさせることもない。片手で十分なのだから。
妹はヒラヒラと手の平を動かした。
それだけで次々と戦闘機は落ちてゆく。
ある戦闘機は上から手のひらを叩きつけて。
またある戦闘機は後ろから手のひらで追いかけて。
またまたある戦闘機は握り潰し。
またまたまたある戦闘機は進行方向に手のひらを出しておくだけ。
戦闘機は手のひらを避ける事が出来ず、自らその巨大な壁に突っ込んで大破した。

「あはは、楽しい〜」

妹は周囲を飛ぶ戦闘機をペシペシ落としていった。


 **********


空軍は飛び立った。
先に戦場に到達していた戦車隊は既に全滅しているそうだ。
敵は馬鹿みたいに巨大な少女だと言うが、誰もそんな話は信じていなかった。
しかし、まるで平原にひとりで立つ様なその少女の様を見て、空軍のパイロット達も現実を認めなければならなかった。
そこは平原等ではない。足下には無数の建物がある。だがその家には彼女の足の小指すら入ることは出来ない。大きい。
確かに可憐な少女だが、こうなると最早怪獣である。
ためらう必要はない。ありったけのミサイルを叩き込んでやる。

巨人が射程に入ったら、空軍は攻撃を開始した。
あれだけ大きな的なのだ。外すはずがない。
無数のミサイルが叩き込まれた。それらは身体のいたるところに命中している。
顔、髪、頬、耳、喉、胸、腕、手、腹、背中、脚。
巨人の片手に何かが乗っている様な気がしたが、気のせいだろう。
奴の体中で爆煙が上がる。しかし、その巨大な顔はまるで意に介していないという様子だ。
巨大な指を手のひらに当て首をかしげている。
我々を馬鹿にしているのか。
すると突然巨人は手のひらに向かって何か話し始めた。
話の内容は理解できなかったが、あそこに人間でもいるのか?
そんなはずがあるまい。とにかく今はチャンスだ。ミサイルを叩き込め!!

 ドドドドドドドドドドドドドドド!!

再び巨人の体中から爆煙が上がった。しかし巨人は手のひらに向かって話し続けている。
よく見ればその顔は笑顔だ。
我々の攻撃など完全に眼中に無いというのか。
パイロット達は頭に血が上るのが分かった。
自分たちの必死の攻撃を、あの巨人は完全に無視している。
笑顔で手のひらに話しかけ続けている。
我々の攻撃よりも、手のひらに話しかける事の方が大事なのか。
これは兵士たる自分たちにとって耐え難い侮辱である。
パイロット達は最早自分の怒りを晴らす為だけにミサイルを放っていた。
その時、巨人は話すのを止め上体を起こした。
周囲を飛ぶ、我々を見回している。
すると突然、その一団を片手でなぎ払った。

 ブオオオオオオオオオオオオオオオン!!

恐ろしい強風を巻き起こしながら動いた腕は、その数機をまるで虫の様に叩き落した。
粉々に砕かれた彼等は無数の破片となって地面に降り注いだ。
一瞬の事だった。
一瞬で数人の仲間が殺されたのだ。
だがそんな事を考えている間にも行為は続いていた。
まるで仰ぐかの様にヒラヒラと動かされた手は、機体を手のひらと手の甲で次々と落としてゆく。
その度に巨大な手の周辺で小さな爆発が起こり、自分の計器に表示されている味方の信号が消失していく。
次の一機は高速で振り下ろされた手で粉砕され爆発すら起こらなかった。
巨人は目の前を飛んでいった一機に目をつけ、その後ろから手を伸ばしていった。
その時、通信が入ってきた。

「た、隊長! 助けてください! 手が、巨大な手が!!」

その通信は今まさにその手に追いかけられている機体のパイロットからのものだった。
戦闘機は高速で飛行しているにも関わらず、手はその後ろから更に速い速度で追いかけていった。

「桿を切れ! ミサイルを振り切る時と同じ要領だ! 急旋回しろ!」

パイロットは指示通り、機体の向きを変えた。しかし手はそれでも追いかけてきたのだ。

「だ、ダメです! 振り切れません!」

どんどん詰まる機体と手の差。
やがて…。

「隊長! 隊長おおおおおおおお—————ブツン」

手は機体に追いつき、それでもその勢いを緩めることなく振り切った。
戦闘機は後ろから迫ってきた手のひらに追突され砕けた。

「…ぐ……すまぬ…」

隊長は、部下に助けを求められながら見殺しにしてしまった自分を呪った。
そしてまた通信が入る。

「うわああああああああああああああああ!」

隊長がその方向を見ると、今まさにその巨大な手に追いつかれ握り潰されんとしている機体がいた。
隊長は声を荒げていった。

「加速だ! 加速して振り切れ!!」
「む、無理です! これ以上加速は…うわ!」

 グシャ

通信していた機体はその巨大な手によって握り潰された。

「…く、くそおおおおおおおおおおおお!!」

隊長は咆哮した。


 *****


別の位置から攻撃を仕掛けようとしていた一団。

「ここからなら…!」

彼等は巨人に近付いていった。
すると突然目の前に巨大な手のひらが現れたのだ。

「う! か、回避…!」
「だめだ! 近すぎて間に合わ…」

 グシャ グシャ グシャ

彼等は自らその肌色の壁に激突して死んでいった。


 *****


「あはは、楽しい〜」

巨人の声と共に生き残っている彼等に、巨大な手が迫ってくる。
その手が動くたびに空軍は次々と数を減らしていった。

「う、うわあああああああああああ!」

 ペシッ

「ぎゃああああああああああああ」

 ペシッ

「だ、誰か! 助け」

 ペシッ

どんどんその数は減っていく。

「あはははははははははは!」

巨人の笑い声が周囲に響いた。


 **********


気が付けば周囲に飛んでいる機体もあとわずかとなっていた。
その数機も、必死にこの場から逃げ出そうとしている。
しかし、隊長もそれを咎めるつもりはなかった。

「この化け物があ!!」

隊長は自らその巨人の顔に突っ込んでいった。
巨人もそれに気付いたのか、こちらを見つめた。
目が合ったかの様な気さえした。

「至近距離で打ち込んでやる! 例え効果が無くても、あいつらの死を無駄に出来るか!」

ゼロ距離から打ち込めばいかに巨人だって。
隊長はスコープを覗き込んだ。
巨人の顔がどんどん大きく、近くなってくる。
巨人はきょとんとした顔でこちらを見ている。
ところが突然にっこりと微笑んだ。
そしてその口がゆっくりと開かれてゆく。
なんだ? 何をするつもりだ? まさか…。
そのまさかであった。

「あ〜ん」

巨人の口がぽっかりと開けられた。
スコープ越しに見えるそこはまるで洞窟のようであった。
ピンク色の唇に縁取られた洞窟は、家と同じくらいの大きさの真っ白な歯が立ち並び、内壁は光に照らされキラキラと輝いている。
そしてその中央にはビクンビクンと蠢く赤い舌という怪物がいた。
間違いない。あの巨人は俺を食らおうとしている。
この機体ごと、口腔に入れようとしている。
覚悟を決めた彼であっても食われて死ぬのはゴメンであった。
スコープから目を外し回避旋回に移ろうとしたのだが、その速度があだとなり、もう洞窟は目の前であった。

「う、う、うわあああああああああああ!!」

彼は巨大な口のつくる深い闇へと飲み込まれていった。

 パクン

闇の中。
しかし彼の機体は内壁にぶつかって砕ける、ということはなく、その巨大な舌に絡め取られていた。
まるで飴玉の様に舌の上を転がされ、翼は折れ、大量の唾液が津波の様に襲い掛かった。
計器は壊れ、すでにミサイルを発射することも出来ず、コックピットを開けることも出来ない。
彼はシートに貼り付けられたまま天地がひっくり返る様を体感していた。
時折巨大な歯に激突したり、上あごに押し付けられたりして機体も限界が近付いている。
各所の亀裂から唾液が侵入し始めた。

「くそ! クソッ!! せめて一矢報いてやりたかった…」

やがて彼の機体は奥歯の上に固定された。
彼はわずかな明かりの中、自分の上の方にある白いものを見た。
あれは歯だ。という事は自分は歯の上に乗っているのだろう。
彼の上にあった、彼の乗っている戦闘機よりも大きな歯は突然降下するとその小さな戦闘機を一瞬で噛み潰したのだ。


 **********


ころころと戦闘機を口の中で転がしていた妹だが、口の中にあるもの噛みたいという衝動に耐え切れず、遂にそれを噛んでしまった。

 くしゃ

戦闘機はなんの抵抗もなく潰れてしまった。
妹は歯にくっついた機体の破片を舌で舐め取るとそれを飲み込んだ。

「あ〜あ、噛んじゃった。あんまりおいしくなかったけどもうちょっと舐めてたかったのに…」

妹は戦車を握っていた手を開いた。
そこにはやや変形してしまったが、形を保っている小さな戦車があった。

「おじさん達、大丈夫だった?」

…。返事が無い。

「あれ? もしかして潰れちゃったかな…」

ちょっと悲しくなる。
だが暫くしたらハッチが開き、中から二人の人影が現れた。

「あ、よかった」

ホッと一息。
二人はと言えば車内に入ってベルトで身体を固定したまではいいが、その後の揺れに耐え切れず船酔い状態だったのだ。
妹は慎重に動いていたつもりでも、彼らにしてみれば、妹がピクリと動いただけでも地震に匹敵するのだ。
あれだけ妹が動き回ったのだ。絶叫マシーンに乗っている様なものだ。
彼等は吐き気を抑えながら、よろよろと戦車から降りた。
妹は彼等が無事な様子に満足した。
でももう戦車隊はいないし、戦闘機もいなくなってしまった。
彼等はこれからどうするんだろう。
妹は訊いてみた。

「ねぇねぇ、おじさん達はこれからどうするの?」


 *****


あの地獄の様な絶叫タイムがやっと終わり、彼等はのろのろと外へと這いずり出た。
そしてそんな二人にかけられた言葉。彼等は考えた。

「どうする、か。確かにもう隊もない。このまま戻っても、敵前逃亡で罰が言い渡されるのは明白だ。貴様はどうする?」
「自分は…、自分は今度の事で軍が嫌になりました…。もうあそこに戻りたくはない」
「決まりだな。このままトンズラしよう。俺は家族連れてどこか山にでも引っ込むかね」
「自分も、そうしようと思います」
「なら一緒に来るか? 貴様にだったらあのじゃじゃ馬を任せてもいいぞ」
「じゃじゃ馬って…。いったいどんな娘さんなんですか?」
「それは会ってからのお楽しみだな。とりあえず今は地上に降ろしてもらうのが先決だ」

隊長は空を占めるその巨大な顔に向かって手を振った。
それに気付いた妹は耳を出来るだけ彼等の近くに持っていった。
戦車から拡声器を取り出した隊長は拡声器に口を当てると自分たちの旨を伝えた。

「地上に降ろしてくれるか? 俺達はもう家に帰る。軍の事なんか知らん。あと、酷いことして悪かったな」

巨人は耳を遠ざけ再び顔を見せた。
その顔は笑顔だった。

「ううん、気にしてないよ。それよりあたしもおじさん達のお友達をたくさん落としちゃって…」
「俺たちを切り捨てるような連中だ。お前さんが気にする必要はねえよ」
「ありがとう。おじさん達は優しいね」

突然巨人は顔を近付けてきた。
いや、性格には口を近付けてきたのだ。
二人の視界が巨大なピンク色の唇で埋め尽くされた。
そしてそれは自分たちに触れた。

 チュッ

それはキスだった。
かわいらしい唇は、自分たちの触れたその上側の部分だけでも自分たちの身長の数倍はある。
だがそれはとても柔らかく、淡い温もりを与えてくれた。
妹からしてみれば自分の手にキスをしている様なものだったが、唇には確かに二人の触れた感触があった。
そして妹は顔を離して言った。

「じゃあおじさん達は戦車の中に入って。そうしたら地面に降ろすよ」

二人は戦車に乗った。
暫くすると車体がきしみ始めた。だがかつて程の恐怖は感じなかった。
そしてゆったりとした浮遊感のあと、摘み上げられたときとは比べ物にならないほどゆっくり移動された。
ハッチから外を覗いてみればそこには展望台など比べ物にならないパノラマが広がっていた。
車体は巨大な指に摘まれ、横を巨大な脚が立っている。
見上げればそこには巨大な手と、さらに巨大な巨人の全身があった。
恐ろしく巨大であったが、たしかの少女であった。
軍は一人の少女に敗北したのだ。
やがて二人を乗せた戦車は地面へと着いた。指は戦車を離すと空へと昇っていった。
左右には巨大な脚が立っている。ということはここは脚の間だ。
上を仰ぐと二本の肌色の柱が空へと続き、スカートの中へと続いている。
そのスカートの向こうから、彼女が前のめりになりこちらを笑顔で見下ろしているのが見えた。
彼女は手を振りながら言った。

「じゃあねおじさん達。元気でね」

彼女は都心の方に向かって歩き出した。
二人は暫くの間、その後ろ姿を見つめていた。


 **********


高層ビルが立ち並び、道路が網の目の様に張り巡らされているここ都心。
まだ住民が避難を始めていなかった都心では大騒ぎだった。
ビルよりも大きな女の子がこちらに向かってくるというのだから。
だが未だ大半の者がテレビやラジオで見聞きしながらもそれは眉唾の話だと思っていた。
しかし…。

 ズゥン… ズゥウン… ズゥウン…!

先ほどからなにやら規則的な地震が続いている。しかも段々と大きくなっている様な。
人々は顔を見合わせた。すると突然彼等は影に包まれた。
見上げればそこには高層ビルよりも遙かに高い巨大な少女が自分たちを見下ろしていた。
100階建てのビルが彼女の膝にさえ届いていない。
人々は悲鳴を上げて逃げ出した。

そんな様子を見守っていた妹。
踏み入ってみた都心は思っていたよりも狭かった。
高層ビルがそこらじゅうにニョキニョキと生えており、地面は無数の低層ビルと道路と車と人がごった返していて足の踏み場がない。
もっとも足を踏み降ろそうと思えばいくらでも踏み降ろせるのだが。
ビルも膝ほどの高さもない。その気になれば折ることも蹴飛ばすことも踏み潰すことも出来るだろう。

「狭くて歩くのが大変だよ〜」

妹は自分の足を見下ろしてみた。
既に幾つもの小さなビルを踏み潰しており、何本もの道路を寸断している。
脚の横のビルはガラスが鏡の様になっており自分の脚を映し出している。
高さは300メートルといったところか。幅も100メートル四方ありなかなかに大きいビルと言える。
妹はややかがんでそのビルを見下ろした。

「キレイ〜」

まるで鏡の様に磨かれた碧く光るその壁面に妹は目を惹かれた。
そしてそっとその壁面に触れてみたのだが、妹の指が触れた瞬間ガラスは粉々に砕け散り下の道路に降り注いだ。

「あぅ…」

もったいない。折角キレイだったのに。
だが砕け散ったガラスが陽光を跳ね返すその様はまるで雪の様でそちらもまたキレイだった。
都会は面白い。キレイなものがたくさんある。
妹は更に内部へと足を踏み入れた。
その衝撃で周辺のビルのガラスは砕け散ってしまったが。

数歩の前進の後、妹の目に止まったのは道ではない地面に伸びる無数の線だった。
幾つものそれはそれぞれが並行するように地面の上を走っている。

「線路かな?」

小さくてよくわからないが、周辺の電線や設備を見るとそうなのだろう。
足下を見ると、自分がその線路の束を踏み潰しているのに気付いた。
一本の線路は指の幅よりも細い。片足で7本以上の線路を踏みしめていた。
すると…。

 プァアーーーーーーーーン!!

列車の警笛の音がした。
見ればビルの影からこちらに向かって電車が走ってくる。十両編成だろうか。
ビルの陰だったので妹の存在に気付かなかったようだ。
速度を全く落とさずにやってきたそれは線路を踏みしめている巨大な素足を見て急ブレーキをかけた。
乗客たちは皆が前へと倒れこみ車内はドミノ倒し状態である。

妹はその様子をじっと眺めていた。
このまま行けばこの電車は自分の足の人差し指にぶつかるだろう。
ぶつかったらどうなるのか少し楽しみだった。

運転手は目の前に迫ってくる指に怯えながらひたすらにブレーキバーを引っ張っていた。
が、速度を殺しきる事が出来ず善戦むなしく、電車は指に衝突した。

 ドガシャアアアアアアアアアアン!!

先頭車両は潰れ、次の車両は拉げ、後続の車両は大きく脱線した。
潰れた車両は炎を巻き上げ火事になった。後続に乗っていた客以外は全員死亡、後続の客もみな大怪我した。

妹は自分の指に電車がぶつかるのを感じていた。
しかし痛みなど全くなく、指が傷付く事も無く、ただ電車だけがその車体よりも大きな指にぶつかって潰れていった。
後続の車両も先頭車両に引っ張られるように次々自分の指にぶつかってくる。そして形を変え、大きく脱線していった。

「くすくす、かわいい」

自分の足にぶつかったくらいで潰れてしまう電車。
自分は何もやっていないのに勝手に壊れてしまったのだ。まるで動物だ。
そしてその動物の先頭車両から火が上がった。

「あ、大変! 火事だ!」

火はどんどん燃え盛ってゆく。
このまま周囲に広がったら大変だ。

「消防車はすぐにはこれないから、あたしが消してあげるよ」

妹は今電車がぶつかった片足を上げた。
その影に、全ての車両を納めるとゆっくりとその足を降ろしていった。
火事を起こしている電車をまるごと踏み潰してしまおうというのだ。
後続の車両の中で大怪我をしながらもまだ生きている人々も一緒に。

「えい」

 ズゥウウウウウウウウウウン!!

電車は地下数十メートルも圧縮され、火は完全に消された。

「ふぅ、あぶなかった〜。ちゃんと前見て運転しなきゃだめだよ」

妹は自分の足跡の中で潰れた金属板になってしまった電車に向かって言った。
この一歩のお陰で線路は完全に歪み、事実上電車は走ることが出来なくなってしまった。
故に駅には幾つものの電車が止まったまま動けなくなってしまっていたのだが、妹はそれに目を付けた。
そのうちの1本を掴もうとしゃがみ指を伸ばす。
しかし大きな駅の屋根に遮られて上手く電車まで手を伸ばすことが出来ない。

「もう、邪魔だな〜」

 ペチ

駅はデコピンによって吹き飛ばされた。
妹は守るものが無くなった電車をゆっくりと摘み上げた。
自分の指より細いのだ。慎重に摘まなくては。
先頭車両と最後尾の車両を摘み、目の前まで持ってくる。
目を凝らしてみればその細い車内にたくさんの人が乗っているのが見えた。
自分の指よりも細いその車内でたくさんの人々が慌てふためいている。
知らずうちに笑顔になる妹。
さて、どうしようか。
こんなに細くては何の使い道も無い。
とりあえず妹は最後尾を掴んでいた指を放し、先頭車両だけを持って振り回してみた。
だが…、

 プツン

「あ、切れちゃった」

一周もしないうちに先頭車両の次の車両からちぎれ、近くの高層ビルに突っ込んだ。
先端だった最後尾車両はビルを貫通し、残った車両はまるで時計の振り子の様にビルの壁面にぶら下がっていた。

「弱いな〜。別の遊び方を考えないと」

言いながら妹は次の電車を手に取っていた。これは新幹線か。
流線型の先端に愛くるしさを覚える。
窓が小さくてよく見えないが、おそらくこれにもたくさんの人が乗っているのだろう。
鉛筆の様に細いこれをいったい何に使うか。
その新幹線の先頭車両を、人差し指の様に唇に当てて考える仕草をする妹。
すると妹にひとつの案が浮かんだ。

「あ、そうだ。ちょっと恥ずかしいけど…これでオナニーの練習しよ」

前に兄に求めたとき、忙しいから今は一人でオナニーしててくれと言われたが、最初はそれが何なのかさえ知らなかった。
普段そういうことをやっていなかった自分は友達に訊いてやっとその意味を理解したのだ。
本当ならお兄ちゃんにやってもらいたいんだけど、忙しいなら仕方が無い。
お兄ちゃんの為にも一人で出来るようになろうといざやってみたはいいが、友達の言う様な快感は得られなかった。
一人でくちゅくちゅやって何が楽しいんだろう。
お兄ちゃんに見ててもらった方がずっと興奮する。
それとも自分が何か間違っているのだろうか。
検証の意味も込めて、妹はこの新幹線でオナニーすることにした。

ゆっくりとパンティをずらす妹。
たくさんの知らない人に見られているのは恥ずかしいが、これもお兄ちゃんの為だ。
ちゃんと出来るようになればお兄ちゃんも喜んでくれるだろう。
妹は兄が褒めてくれる様を想像して興奮した。
パンティがずらされ終えるとそこにはキレイだが巨大なマン○が現れた。
50メートルはあるのではないだろうか。
妹はマン○の前に新幹線の先頭車両をあてがった。
新幹線を真横においてみてもその大きさの違いは明らかだ。
電車など何本も差し込んでしまえるだろう。それこそビルでも入る大きさだ。
駅周辺にいた人々は目の前で行われる超特大オナニーを固唾を呑んで見守った。
新幹線に乗っていた人々は泣き叫んだ。
自分たちの乗っている電車が、その何倍もの大きさの少女の性器に挿入されようとしている。
人間としての尊厳が破壊されようとしている。
我々は決してオナニーの道具などではない!
乗客の誰もが叫び倒していたが、それが妹の耳に届く事はなかった。
やがて車体はその肉の穴にヌプリと飲み込まれていった。
車内は侵入してくる液体で浸水状態にあった。
何人もの乗客がその液体の中で溺れていた。
妹は車体を更に奥へ奥へと押し込んでいった。
そして全体の3分の1ほど差し込んだところで手を止めた。
正面のビルの鏡面の様なガラスに自分の姿が映っているのに気付いたのだ。
その股間には電車が差し込まれている。
悪戯心を起こした妹は、電車から手を放し立ち上がった。
そしてゆっくりとスカートをめくってみると、自分のマン○から電車が垂れ下がっていたのだ。
妹は笑ってしまった。
交通の便として常にたくさんの人を乗せて走っている電車が、自分の股間にぶら下がっている。
妹は少し腰を振ってみた。すると股間の電車も左右にプラプラと揺れた。

「あははははは! おかしい〜!」

その笑い声で足下のビルのガラスは砕け散ってしまった。
妹が笑ったときに身をよじったので、電車はその動きにつられるように左右に揺さぶられ、妹の太ももにぶつかっていた。
ひとしきり笑ったあと、妹は再び座りなおしオナニーを再開したのであった。

「え〜と、確か入れたり出したりするといいんだよね」

妹は途中の車両の摘むと、電車を出したり入れたりした。
人々には、まるで巨大な性器という怪物が電車をしゃぶっている様に見えた。

しばらく続けてみたが全く気持ちよくならない。
いい加減手を動かすのも疲れてきた。

「なんでみんなこんなことで気持ちよくなれるのかな〜…」

言いながら手を動かす妹。
既に新幹線の中の人間は激しく前後に動く車内の中でミンチにされてしまっていた。
ふと妹は、しゃがんだ自分の真下でパシャパシャと自分の股間の写真を撮っている人がいる事に気付いた。
割り切っていた事だが、なんだか猛烈に恥ずかしくなってきた。

「もう! 写真とっちゃダメ!!」

妹は声を荒げながら、その写真を撮っていた人を目掛けて拳を振り下ろした。
妹の発した大声と拳の大振動で半径300メートル内の全てのガラスが砕けた。一部ではビルそのものが崩れるところもあった。
至近距離にた人々は耳から血を噴出し倒れ、遠くにいた人々は空から降り注ぐガラスとビルの破片で生き埋めとなっていった。
振動で車は地面から跳ね飛ばされ、駅に停車していた電車はみなひっくり返り脱線した。
乗客はすでの声の爆音を受け絶命していた。
あっという間に妹の周囲に生存者はいなくなった。

「恥ずかしいんだから…!」

妹は頬を赤く染めながらぽつりと漏らした。
とその時背筋がブルリと震えた。同時に股間になにやらもにょもにょした感じが溜まってくる気がした。
間違いない。尿意であった。

「どうしよう…トイレなんかないよぅ…」

こんなところでして誰かに見られるのは嫌だ。それに飛び散って自分にかかってしまうかも知れない。
キョロキョロと辺りを見渡す。もう生きている人はいなそうだ。
そんな妹の目に地下鉄への入り口が入ってきた。
そうだ。あの穴の中にすればまわりに飛び散らないで済むかも。
妹は股間に刺さっていた新幹線を引っこ抜くと遠くへ放り投げた。
そしてその地下鉄の入り口に指を突っ込んだのだ。その指をグリグリと動かす。
指を抜いてみると先ほどよりも桁違いに広くなった地下鉄の入り口が姿を現した。
妹はその穴ににじり寄る。

「よ〜く狙って…」

そして、ソレを放った。
尿は狙い違わずゴボゴボと音を立てながら穴の中へと流れていった。


トンネル内を走っていた電車は正面から迫ってきた突然の洪水によって押し戻された。
尿は地下鉄のホームにいた人々を飲み込みながら鉄砲水となりその狭いトンネル内を駆け抜けていった。
やがて別の地下鉄の出口から噴水の様に尿が飛び出た。
妹の目にもそれは見えた。
自分の正面の道にある地下鉄の出口からピューと尿が飛び出ているのだ。
段々と遠くの出口もそうなってゆく。これは面白い。
だが尿の威力に負けたのか、出口のいくつかが吹き飛んでしまった。
気付けば自分の使っている穴の周囲からも水が漏れている。
このままでは自分にかかってしまうだろう。
妹は身体の向きを変え、線路の向こうに尿を落とすことにした。
黄金のアーチは線路を越え正面の高層ビルに直撃した。
ガラスの壁面には穴が空き、尿はビルの内部をどんどん削っていった。
やがて、低層を破壊されたビルはぐらりと傾き、音を立てて倒壊した。
高さ200メートルはあるビルが、尿の直撃を受けて倒れてしまったのだ。
妹は妙な優越感を覚えた。
まだ勢いの衰えない尿は周辺にある低層ビルや車を呑み込みながら周囲に広がっていった。
そしていつしか尿も治まった。
股間を拭き、立ち上がった妹が見たものは尿によって浸水した街並みであった。

「あ〜あ。ま、いっか」

妹は尿に犯されていない場所へと移動した。



暫くの歩行のあと妹はまだ綺麗な場所へと辿り着いた。
一歩ごとに小さなビルがサクッサクッと潰れてなんか気持ちがいい。
ふと目をやるとそこには40㎝ほどの高さのビルが建っていた。
周囲は広い庭園の様になっていて、いかにも「自分たちの企業は大きいです」と主張しているようだった。

「あたしから見て40㎝って事は本当は400メートルかな」

妹はそのビルに近付き、横に立ってみる。
ビルの高さは自分の膝の高さとどっこいだった。
ふふん。なんだ。あたしの膝と同じ程度の高さじゃない。この程度の高さで自分たちの企業が大きいと言い張るなんてバカみたい。
妹は腰に手をあて、そのビルを見下ろした。

「その程度の大きさで自慢するの? あたしの膝にも満たないじゃない」

妹は片足を持ち上げ、そのビルの上に持ってきた。そして、

「あなたたちの見栄なんか、片足で簡単に潰せちゃうんだよ?」

足を踏み降ろした。

 ずううううううううううううううううんん!!

足は屋上から1階までを一気に踏み抜いた。
ビルは一瞬にして瓦礫の山に変わり、中央には大きな足跡が残された。

「今度からはもっと謙虚になろうね〜」

妹はそのビルがあった場所を踏み固めると次のビルへと向かった。
次のビルはまるでサッカーボールを蹴る様に蹴り壊された。
超音速で迫る巨大な足によって蹴られた瞬間粉々に砕かれたのだ。瓦礫の一部は10キロ以上はなれた郊外に着弾した。
その次のビルは地面から引っこ抜かれると空高く放り投げられた。
雲よりも高く飛んだビルはやがて落ちて砕け散った。

やりたい様にやっていた妹だが、ふと自分の足下に大勢の人が集まっていることに気が付いた。
市民たちが妹の一連の行動に抗議するために集まったのだ。だが…、

「邪魔だよ」

 ズン!

あっけなく踏み潰されてしまった。

数百人の市民を地面にめり込ませた妹は次なる獲物を求めてビル群を歩き回った。
お陰で地面には無数の足跡が残り、その中では無数の建物が踏み潰されていた。
そしてビル群から少し離れたところ。海に面した公園のような場所に1本のタワーが建っているのを見つけた。
高さは200メートルほどか。その頂点は丸くなり周囲を展望出来るようになっている様だ。
妹はそれの前に跪き、顔を近付けてそれを覗いてみた。
まるで飴玉の様なその展望台にはたくさんの人がいるのが見えた。
皆が我先にとエレベーターに向かっているのが分かった。
妹はそのタワーの壁面を軽く指で弾いた。
するとタワーは激しく揺れ、地震を感知したエレベーターは途中で止まってしまった。

「これで誰も逃げられないね。えへへ」

妹は改めてその展望台を覗き込む。
展望台の直径は約2㎝程だろう。
中の人々はその展望台よりも遙かに巨大な自分の顔を見て慌てふためいている。
そんな様を見ているともっと驚かしてやりたくなってきた。
妹はタワーを掴むとそれをポキリと折ってしまった。
それを目の前に持ってくる。
展望台はまさに、棒の先に付いた飴玉の様だった。
妹はにっこりと微笑んだままその口を展望台に近付けていった。
すると中の人々がどたばたと走り出したのだ。
これは楽しい。なら口の中に入れたらもっと楽しいことをしてくれるのだろうか。

 パクリ

妹は展望台を口に含んだ。そして本当に飴玉の様に舌でペロペロ舐めまわしたのだ。
人々は突然訪れた暗黒と、わずかな光の中、展望台の外を動き回る巨大な舌に恐怖していた。
この展望台を包み込んでしまえるほどに大きいのだ。それが獲物である自分たちを食らわんと四方八方から攻めてくる。
これは恐怖だ。今まで宇宙人ものの映画で似たような場面は見たことがあったが、現実に見るとその恐ろしさは桁違いだ。
死が目の前にある。このガラス一枚の向こうに、死が待っているのだ。
もしもこのガラスが破れようものなら、すぐさまあの化け物は我々全員を舐めとって己の養分とするだろう。
彼ら全員が恐怖に縛られていた。だがまだなんとか理性は保っていたのだ。
だが…。

 バキィ!

甲高い音がした。それと同時にこの展望台が突然上下を失ったのだ。
先ほどまで展望台を支えていた柱が、あの巨大な舌によって折られてしまったようだ。
鉄とコンクリートで作られた柱でさえ折ってしまうのか。なんと恐ろしい。
人々は飴玉の様に転がされる展望台の中で、球の中を転がる粒の様に転がされていた。

ペロペロと展望台を舐めていた妹。
なんだか段々味が出てきたような気がする。
クスリと笑みをもらす。
しかし舌に力を入れすぎたのか、展望台を支えている支柱を折ってしまった。

「あ…」

暫く妹は折れた柱を見つめていたが、やがて海に向かって放り投げてしまった。
あの中にはまだ人を乗せたエレベーターが取り残されていたはずだが。
妹は棒の取れた飴玉を舐め続けることにした。

うねる赤い舌。巧みに自分たちの入っている展望台を転がしている。
すでに中に乗っている人の何人かは怪我をしている。いったいいつになったらこの絶叫マシーンは終わるのだろうか。
人々が憔悴し始めた頃、舌がこの展望台にギュウッと巻きついてきたのだ。
ガラスにビシィッと亀裂が入る。
まずい。このままではガラスが割れる。そうなればもうあの舌から自分たちを守るものがなくなってしまう。
人々は祈るようにそのガラスを見た。
だがヒビは大きくなるばかり。やがて…。

 バリィン!

ガラスは割れた。
その瞬間、勢いよく侵入してきた舌は彼等を床や壁に押し付けた。
ギュウギュウと押し付けてくる舌。
く、苦しい、このままだと潰される…。
人々は力を合わせてその舌を押し返そうとしたが、表面がヌルヌルするし、なにより圧倒的な力でびくともしない。
もうダメか。そう思われたときだった。
突然舌は引っ込み、そして口が開かれたのだ。

妹は調子に乗って少し力を込めてしまった。
するとガラスはあっさりと割れ、舌が展望台の内部に侵入したのが分かった。
舌先には人々がチロチロと動く感触があった。
妹はすぐさま舌を引っ込めると、口の中から展望台を出したのだ。
唾液まみれのそれには最初の半分の人も乗っていなかった。
みんな自分の口の中に取り残されてしまったのだ。

「みんな、口を開けておくから出てきて!」

妹は出来るだけ声を抑えて言った。
そして妹は暫く口を開けっ放しにしたのだ。
口の中のいたるところでムズムズと何かが動く感触がする。これが全部、人なのだろう。
妹はそのむず痒い場所に向かって舌を動かしたい衝動に耐えながら、彼等が口から出てくるのを待った。
口の先には手を置いてある。そこまで来てくれれば。
そしてついに一人が唇の裏まで辿り着いた。
なんとかその唇を登ろうとしている様だが上手くいかないようだ。
その人は滑らないように唇をその小さな手で掴んだのだが、それは妹の耐えられるむず痒さの限界を超えてしまった。

(も、もうダメ〜…)

舌が動いてしまった。
舌はその唇のところにいた人間のところまで行くと、その人間を唇との間ですり潰してしまったのだ。
痒みをとるためのその場所を掻いたのだ。
それを見ていた口内の他の人々は、恐怖に駆られ我先にと口に向かい始めた。
するとその動きがまた痒みを生み、舌を呼び込むはめになった。

「ぎゃああああああ!」
「うわあああああ!」
「や、やめてえええええええ!」

舌はうねりながら口内を動き回り、次々と人を駆逐していった。
歯の裏に隠れていた人も。
舌の影に隠れていた人も。
どこに隠れていようともその巨大な舌に絡め取られすり潰された。

やがて妹の口内からは悲鳴が聞こえなくなった。



「あ…」

妹は呆然としたまま手に持っている展望台を見つめた。
まだそこには10人ほどの人が残っていた。

「…」

人々は巨人がとろんとした目で自分たちを見つめているのが分かった。
いったいあの目は何を訴えているのか。

妹は暫くその展望台を見つめていたが、やがて笑顔で言った。

「こうなったら最後までやっちゃってもいいよね」

妹はぺろりと舌なめずりをすると、展望台を宙に放り投げた。
そして…。

「あ〜ん」

 パクッ

落ちて来た展望台をキャッチした。

 サクッ サクッ

まるでスナック菓子のような感触だった。
大しておいしくはないが、まぁ仕方ないだろう。

 ゴクン

妹はそれを飲み込んだ。

「ごめんね。ご馳走様でした」

妹はペロッと舌を出して自分の腹の中の人々に謝った。


 **********


それから暫く、妹はタワーがあった公園に面している海で足をチャプチャプさせて遊んでいた。
と言っても、長さ230メートルもある足でチャプチャプすれば小さな津波くらいは発生する。
公園はあっという間に波に呑まれた。

「あ! お船だ!」

妹の視線の先にはタンカー等の貨物船が停泊する工場地帯の港があった。
そこにはたくさんの貨物船やら輸送船やらが止まっていた。
ザブザブと波を立てながら近寄ってゆく妹。水深は妹の足指よりもやや上といったところか。
蹴り退けられた水は再び津波となってこんどは周辺の工場に襲い掛かった。
そんなものなど見もせず妹は港に近付いていく。
妹の接近に気付いた作業員や乗組員達は大慌てで船から降り、内陸へと避難して行った。
妹は自分の起こしている波で転覆しそうになっている一隻のタンカーを摘み上げた。
だが目の前に持ってくるまでに指の力に負けて拉げてしまった。

「へ? 壊れちゃったの?」

予想外にあっけなく潰れてしまったので妹は拍子抜けしてしまった。
妹は壊れた船を放り投げると、別の船に手を伸ばした。
今度は指の間で潰さぬよう、手をすぼめ下からすくい上げる様にした。
小さな船は、妹の手の中の小さな海の上を漂いながら目の前まで持ち上げられた。
近くで覗き込んでみるととても細々としていて良くできている。

「人は乗ってないのかな?」

甲板を余すところ無く覗いてみたが何処にも人のいる気配はしなかった。

「残念。じゃあ潰しちゃお」

妹はもう片方の手を、その船の上に持ってきた。
そして船を両手で包み込んだのだが、実はこの時、まだこの船には人が乗っていたのだ。

彼等は船内の清掃を命じられていた。内部は外の様子を窺い知る事が出来ないので、妹の接近に気付かなかったのだ。
だが先ほどから船が激しく揺れている。別に船酔いはしないが、嵐でもないのにこの揺れはおかしい。
船員の一人が甲板に様子を見に行った。
船は何か巨大なものに包まれていた。
なんだろう?
疑問の答えが出る前に事態は動き始めた。

 ギギギギギギ…!

その船を包んでいるものがどんどん狭まってきたのだ。
船首と船尾はその肌色の壁に押され拉げ始めている。
彼は慌てて船内の仲間たちに報告しに行った。
仲間達はその船員の話を聞いても信じられなかった。
だが船体各所が悲鳴を上げ始めたのだ。
さすがにただ事ではないと判断し動き出した仲間達だったが、遅かった。
既に潰れた通路が出来始め、船内を自由に移動する事が出来ない。
甲板に出る事が出来ないのだ。狭い船内を右往左往する船員達。
その間にも船内はどんどん狭くなってくる。
やがて彼らは突然狭くなった通路や部屋に挟まれ身動きが取れなくなった。

妹は手でおにぎりを握るように船を包み込んでいた。
手をどけてみると船は船首と船尾が折れ曲がり間抜けな形になっていた。
今度はその船を手のひらで挟み、お団子を作るようにそれをこねくりまわした。
グチャグチャと金属の潰れる音がするが気にしない。ぐるぐると船をこねる。
やがて、突起の多かったそれもスムーズに転がるようになり、段々と小さくなっていった。
その後暫くこねくり回した後、手をどけてみるとそこにはパチンコ玉の様に小さな鉄製の玉があった。

「くすくす、こんなにかわいくなっちゃった」

妹はその玉を目の前まで摘みあげるとそれをひねり潰した。
鉄製の玉はただの鉄板となって海の中に消えて行った。
もちろんこの時には船内に居た船員はみなこの世にはいなかった。


次は小さな船を足の指の間に挟んでそのまま挟み潰した。
その次の船は中央からねじり切ってみた(中から大量の石油が漏れてきたので、すぐに地面に叩きつけられたが)
更にその次はそこに工場に腰を下ろし、足で港の水面をバシャバシャ叩いたのだ。
発生した津波は全ての船を飲み込み、爆弾に匹敵する衝撃波は港をボロボロに破壊した。

港を後にした妹は工場地帯に足を踏み入れ、無数の工場を蹂躙していった。
目に止まった工場の屋根をぺりぺりと剥がしてみる。
金属を扱う工場なのか、熱い熔けた金属の入ったタンクと、湯気を噴きながら、流れてくる金属の成型加工を行っている機械が目に入った。
そしてその周囲では大勢の人が自分を見て逃げ出していた。

「わぁ〜、熱いところなのに大変だね〜」

言いながら妹は適当な物を摘み上げる為に工場の中に手を伸ばした。
すると指がタンクに当たり、タンクが倒れてしまったのだ。
タンクから超高温の熔けた金属が流れ出し、周辺で作業していた人を呑みこみ始めた。

「ぎ、ぎゃあああああああああああ」
「熱いいいいいいいい」

溶岩にも似たそれに触れた人々は一瞬で燃え上がりその金属の海の中に沈んでいった。

「あー、大変!」

妹は周辺の工場を地面ごと持ち上げると、その流れ出た金属の上に被せた。
何度か繰り返すとようやくその金属の流れは治まった。

「よかった〜」

ふぅっと息を漏らす妹。
そして海で手を洗うと次の場所へと向かったのだった。
そこにあった製鉄工場は、高さ100メートル以上ある金属と土の小山に変わっていた。


次に目に付いたのは広い敷地にずらーーっと並べられている無数の車だった。
輸出用に置いてあるのだが、その輸出する為の船は既に波に呑まれて沈んでいる。
妹はその駐車場(?)の横に跪き、思い切り顔を近付けた。
指先ほどもない車が100も200も集まって規則的に並べられている様は人工物にしてはなかなかに壮大で美しかった。
しかしそうやってキレイに並んでいるものは崩したくなるものである。
妹は思い切り息を吸い込み、そしてその車達に吹き付けた。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオ!

台風にも勝るその強烈な風速の吐息は、並んでいた車だけでなく、地面と周辺の建物もえぐり取り吹き飛ばした。
まるで紙くずか木の葉の様に宙を舞い300メートルも飛ばされた車達はやがて別の工場か海の上へと落ちていった。
駐車場は、そこだけひっくり返された様にごっそりと地面がむき出しになっていた。
もちろん車など一台も残っていない。みなどこかに墜落してゴミになっていることだろう。
顔を上げて妹は言った。

「あ〜あ、なんか飽きて来ちゃった」

立ち上がり、あの飴玉の展望台があった元公園だった場所まで戻ってきた妹は、倒れるように勢いよく座り込んだ。

 ずううううううううううううううううううううううううんんん!!!

歩行などとは比べ物にならない大地震が埠頭を襲った。
お陰で公園は完全に破壊され、大きなお尻型のくぼみを残すのみとなった。
ゆっくりと首を回してみる。
公園周辺の建物は今の大地震でほぼ完全に倒壊していた。
奇跡的にまだ形を保っていた隣接した3件のビルも、脚を伸ばした妹がその上にかかとを乗せたので潰されてしまった。
今妹は両足をハの字に開脚している状態である。正面に立てばそのミニスカートの中を余すとこなく覗くことが出来るだろう。
しかし、覗かれる心配はない。すでに妹の周囲、公園の近辺には生存者はいないのだから。
妹は無事なビルの上からかかとを叩き落してその衝撃で周囲の建物が吹き飛ぶ様を見て気晴らしをしていた。
ビルはなんて脆いんだろう。
別に押し潰すつもりが無くても、ただ足を乗せるだけで潰れてしまう。
足だけではない。
自分のお尻や太ももの下でも色々なものが潰れている。
全てのものがとても脆くて柔らかい。
恐らくアスファルトの上に自分の足を降ろせばキレイな足の形のくぼみが出来る事だろう。
ちょっと試してみたい気もするが、自分の足が入るような広いアスファルトの地面はそうそうない。
ふぅ。妹はため息を漏らした。
その時だった。
街の方から自分に向かって3つの小さなヘリコプターが飛んできたのだ。
先ほどの戦闘機とは違い、ゆっくりと進んでくるのでなんともかわいらしい。
その3機のヘリコプターは自分の顔の前で静止した。
そしてその内の一機から、声が発せられたのだ。

「あ、えー、あーー、き、聞こえますか?」

やや怯えたような声がヘリのスピーカーから聞こえてきた。

「なぁに?」

首をかしげて聞き返す妹。
1機のヘリがその声の爆音に吹き飛ばされ墜落した。
激しく機体を揺さぶられながらもなんとか耐えたヘリは再び話しかけた。

「じ、実はお願いがあって来たのですが…」
「お願い?」

再び首をかしげる妹。
そしてまたヘリはその爆音に機体を翻弄された。

「す、すみません。もう少し声を小さくして頂けませんか!? でないとヘリが落ちてしまいます!」
「あ、ごめんね」

妹は声量を落として言った。
ヘリに乗っている声の主は安堵の息を漏らした。

「私はこの街の政を補佐する者なのですが、あ、あなた手伝って頂きたい事がありまして…」
「いいよ。何を手伝えばいいの?」
「そ、それは現場に着いたら分かると思います。では我々の後を着いて来て頂けますか?」
「うん、わかった」

妹は立ち上がった。
ヘリに乗っていた補佐は愕然とした。
たった今まで目の前には巨人の顔があったのだが、彼女が立ち上がったらヘリの前には彼女の膝が現れたのだ。
乗員達は突然彼女が更に巨大化したのではないかと錯覚した程だった。
先ほどでも十分に高所だったのに、その顔は遙か上空に行ってしまった。
改めて自分達が彼女と比べてどれだけ小さいか思い知らされた。

妹は、いつまでもパタパタと足下を飛んでいるヘリに話しかけた。

「どうしたの? そんな高さで飛んでたら見えにくいよ。もっと上がって来て」

その言葉に彼等は我に返り、慌ててヘリを急上昇させた。
そして妹の顔の高さまで来ると、補佐はスピーカーで話しかけた。

「そ、それではこのヘリの後を着いて来て下さい。あ、あと、なるべく足下に注意して頂けると助かります」
「は〜い」

妹は笑顔で返事をした。
彼等は移動を開始した。


 *****


巨大な妹の目の前を蝿みたいに小さな2機のヘリコプターが先導している。
ヘリは、なるべく妹の歩行による被害を出さないよう街の郊外を誘導しているのだが、それでも周辺は大災害を被っていた。

 ズウウウウウウウン!! ズウウウウウウウウウン!!

妹が一歩歩くたびにたくさんの家や畑が踏み潰されているのだ。
あの巨体で踏みしめられてしまったら、もう畑など使いものにならないだろう。
1倍時の妹の体重を40㎏として1000倍である今の体重は40000000トン(4千万トン)である。
地面は何万倍にも圧縮され、その密度から、鋼の様な硬度になってしまう。
桑だろうとトラクターだろうとユンボだろうと簡単には耕すことが出来なくなるのだ。
広大な土地を開発不能にしながら妹は進んだ。
いつしか周辺は山に囲まれた山岳地帯になっていた。妹の足下は広大な森に覆われている。
が、所詮妹の足指と同じ程度の高さの木の集まりである。
森はサクサクと踏みにじられ、それと同時に動物たちもその足の下に消えて行った。
妹は、歩いただけで森の生態系を狂わせ、加速度的に森林の減少を手伝った。

「ね〜、どこまで行くの〜? それにもっと速く進んでよ〜。追い抜いちゃうよ?」
「も、もうすぐ! すぐそこです! だからそのまま我々の後を着いてきて下さい」

補佐は慌てて答えた。
何故ならばこの一連の事柄は全てこの巨人を退治せんが為の作戦だからだ。
ここからもう少し進んだところに大量の地雷を埋めていて、今はこの巨人をそこまで誘導している途中なのだ。
今巨人に勝手な行動を取られて作戦が失敗したら我々の命が危ない。なんとしても計画を成功させる必要があった。

いくつかの山を越えた後、目の前には周辺とは違い木が一本も存在しない、地面をひっくり返した様な場所が現れた。
そこに大量の地雷が埋まっているのだ。
巨人は山を一跨ぎで越えながら後を着いてくる。

「さ、ささ、こちらです」

もうすぐだ。あと数歩…。2…1…。

妹はその地面を踏みしめた。

 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!

地面が大爆発を起こした。
国連の協力で何十万トンもの火薬を準備できたのだ。これだけの威力なら例えこの巨人でも…。
補佐は巨人の顔を見た。
その顔は爆発の巻き起こっている自分の足元を見てキョトンとしていた。
足が恐ろしいほどの爆発に巻き込まれているのに、まったく苦痛の色が見られない。
だがやがてこちらを見つめると、その巨大な目をすぅっと細めていった。

「…もしかして最初からこれが目的だったの?」

補佐は自分の顔からサーっと血の気が引くのが分かった。
巨人を怒らせてしまったのだ。
慌ててヘリを加速させる。
すると巨人は後を追ってきた。
黒煙を巻き上げる爆心地から足を引き抜き、前に進めた。
その足は全く傷ついていなかった。
ややすす汚れてはいたものの、傷らしい傷は何処にもない。
あれだけの地雷で火傷ひとつしていない。
その巨人が迫ってくる。

「どうなの?」

声には明らかに怒気が含まれている。
その声を聞いたもう一機のヘリは大慌てで逃走しようとした。
だが…。

 ペシ

横から現れた巨大な手に叩き落されてしまった。
粉々になったヘリの破片は煙を引きながら地面へと降り注いだ。
残っているのは補佐の乗っているヘリだけになってしまった。

「うそつきはドロボウの始まりなんだよ」

妹は最後のヘリに手を伸ばした。
補佐は逃亡を試みたが、この巨体から逃げられるはずもない。
ヘリは巨大な指に上下から摘まれてしまった。
バキバキとプロペラが砕け散った。
続いて機体がギシギシと軋み始めた。

「悪い人は潰しちゃうから」

 メキメキメキ…

「う、うわああああああああ!」

とその時であった。
軍から通信が入ったのだ。

「補佐! 軍から緊急の連絡です!」
「そんな事言ってる場合か! このままじゃ潰され…」
「あの巨人を倒す為、某国がこの街に向かって核ミサイルを発射したとの事です!」
「か、核ミサイルだと!?」

 ピタッ

指の動きが止まった。
拡声器を持って喋っていた補佐の声が妹にも聞こえたのだ。
補佐はその通信を受けた乗員に詰め寄った。

「馬鹿な! それでは市民はどうなる!! 何十万もの人間も巻き込むつもりか!?」
「巨人を倒せるなら、仕方のない犠牲だと」
「ふざけるな!
 対岸の火事を決め込んで援軍すら寄越さない国が自分たちの保身の為にミサイル叩き込んでその国の人間の犠牲は仕方ないだと!?」

補佐は息巻いて口調を荒立てた。
突然ヘリは巨人の目の前まで持っていかれた。

「ねぇ、どうしたの?」

このヘリより大きな瞳が覗き込んでくる。
圧倒的な力を持つ巨人の目の前だが、補佐はやや投げやり答えた。
どうせもう助かるものでもないのだ。わざわざ下手に出ることはない。
やり場の無い怒りをこめながら口を開いた。

「お前を殺す為にどっかの馬鹿な国がこの街に核を撃ったんだとよ! もう住民を避難させてる暇もない! この街の人間の大半が死ぬ」
「そんな…」
「ちぃ! 折角こんな山奥まで来たのに…」
「……もしかして、その為にあたしをここに連れてきたの?」
「…え?」
「万が一あたしを狙ってミサイルが飛んできたとき、少しでも被害を減らすためにあたしをここに連れてきたんでしょ?」
「ん? んん…」

補佐はなんと返答していいものか困った。
どうやら潰されるのを回避できるような…。
妹は続けた。

「さっきの地面の爆発もその国がやった事なんでしょ? 手伝ってもらいたい事って、あの地面の爆弾を取り除くことだったんだよね?」

これは…好機だ。

「…ああ、そうなんだ。あんな大量の地雷が仕掛けられていたら危険だろう? しかし我々には取り除くことが出来なくてね。
 そこで君に手伝ってもらったんだ。教えてなくてすまなかった。しかしまさか本当にミサイルが発射されるとは思わなかった」
「じゃあやっぱり一番悪いのはその国の人なんだ」
「ああ。人の命をなんとも思わないひどい連中さ」

補佐は心の中でガッツポーズをした。

(よし! 切り抜けた!! なんとか潰されるのは回避したぞ!!)

だがすぐにそのガッツポーズは折れた。

「補佐! ミサイルが視認出来ました!」
「なんだとぉ!?」

見上げれば空の彼方から、陽光を受けて光るものが接近してくる。
間違いない。核ミサイルである。

(くそぉ! このままミサイルが巨人に命中したらその手に捕まってる自分が助かるはずなんかない!
 でもこの短時間じゃあ逃げることも出来ない…)

ミサイルはどんどん近付いてくる。
妹もそれを視認出来た様だ。
乗員達は頭を抱えて蹲った。
すると巨人から声がかけられた。

「しっかりつかまっててね」

(え? 何をする気だ?)

補佐達は壁やパイプにつかまりながら巨人の行動を見守った。
すでにミサイルは目の前だ。あと数秒で命中する。
もうダメだ。

とヘリの乗員達が諦めたときだった。


「えい」


ヘリを持っていない方の手でそのミサイルをむんずと掴みとったのだ。
妹はそのミサイルをしげしげと観察した。

「これが核ミサイルか〜…」

妹の手の中には、白煙を噴きながら飛ぼうとしている、妹の感覚で鉛筆よりも一回り細い長さ3㎝ほどのミサイルがあった。
妹はミサイルの飛んできた方の空を見つめた。

「あっちから飛んできたんだから、あっちに返せばいいよね」

妹はミサイルを摘むとその手を後ろに振りかぶり、まるで紙飛行機を投げるようにミサイルを投げた。
ミサイルは空の彼方に消えていった。

 * * *

某国ミサイル発射基地。
モニターを見つめながら数人の研究員が話しをしていた。

「そろそろ目標にミサイルが命中する頃ではないか?」
「は、しかし未だその反応はありません」
「外れたのか?」
「いえ、ミサイルの反応は健在ですからそれはないと思うのですが…」

と、そこへ別の研究員が駆け込んできた。

「た、大変です局長!」
「どうした?」
「ミ、ミサイルが! ミサイルがこの基地に向か———」


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!


某国のミサイル発射基地は消滅した。
妹の投げたミサイルは見事にその発射場所に着弾したのだ。

 * * *

その報告を軍から受けた補佐。

「何!? 本当か!」
「はい、その後ミサイルはその発射基地に着弾したと」
「よっしゃああああ!」

歓声を上げる補佐。
そんな補佐を妹は笑顔で見ていた。

「よかったね」
「ああ、全て君のお陰だ。ありがとう!」
「ううん、いいよ。あたしも悪い人をやっつけられてすっきりしたから」

妹はヘリを足下に下ろした。
そして手を振って分かれたのだ。

「それじゃあね」
「ありがとーー!!」

補佐達は去り行く巨人に手を振った。
そしてふと気付く。

「…あれ? 何か間違ってないか?」

人気の無い山奥に、壊れたヘリだけが取り残された。


 **********


妹は街に戻ってきた。

「さ〜て、次は何しよっかな〜」

ん〜っと伸びをする妹。すると目の前を旅客機が通り過ぎていった。

「飛行機だ!」

妹はそれを追いかけ始めた。
足元の事など、まるで眼中に無い。

 * * *

「き、機長! 何故我々はこんな目に遭っているのですか!?」
「私だって知らん! とにかく上昇だ! 上昇するんだ!」

機内は大慌てであった。
着陸しようと高度を下げてきたら、突然巨大な少女に追いかけられ始めたのだ。
巨人は笑顔のまま追いかけてくる。
その走り方も、走っているというよりも歩いているのに近い。全然本気を出していないと言う事だ。
客席は大パニックになっておりその対応にスチュワーデスもてんやわんやである。
巨人の顔が一段と近付いてきた。そして段々とその口が開かれてゆく。

「き、機長おおー!!」
「か、加速だああああ!」

飛行機は速度を上げた。


 ガチン!!


するとその尾翼のすぐ後ろで巨大な歯が噛み合わさった。

「あはっ、失敗失敗。次は成功させるからね〜」

にこやかに言う巨人。
あと少し加速が遅ければ、この機体は半分に噛み千切られていた事だろう。
更に速度を上げる飛行機。
しかし巨人との差は全く開かない。
当然だ。もともと歩いている様なものなのだから、相手が加速するならそれに合わせてほんの少し歩く速度を速くすればいいだけなのだ。
再び迫る巨大な顔。その口もまた開いてきた。
だがこちらの速度は最早限界なのだ。これ以上の加速は出来ない。
次は確実にその口に捕らわれてしまうだろう。
口が迫って来る。開かれたそれはこの飛行機を簡単にその中に納めてしまえるのではないだろうか。
もうダメだ。逃げ切れない。
客席では、乗客たちが悲鳴を上げていた。
すでに尾翼がその唇に触れん距離まで近付いている。
だが今度は、その中から舌が現れた。

(噛んじゃったらそれで終わりだもんね。もうちょっと遊ぼ)

妹はその舌で、尾翼をつついた。
すると飛行機は乱気流に巻き込まれたかの様な大揺れに襲われた。
乗客の悲鳴は更に大きくなり、機長は機体を立て直そうと必死に操縦桿を握っていた。
そんな彼等の苦労など全く気付かず、妹は飛行機を嬲り続けた。
舌を左の主翼に近付けてゆく。
乗客からは巨大な舌が飛行機に迫ってくる様が見えた。
そして舌は左翼を舐め上げた。
機体は大きくバランスを崩し、右へと旋回した。
今度は右翼をつついた。すると機体は左へ旋回した。
飛行機が自分の思い通りになる事に満足する妹。
次は機体の上半分を舐めてみた。
舌で押すと、まるで沈み込む様に機体の高度が下がった。
そしてひと舐めで機体の上半分、全ての客席の窓を舐め上げたのだ。

「くすくす、中の人にはどんな風に見えたのかな〜」

ただ一言、化け物である。
失神する者や、なんとパラシュートを背負って飛び降りようとする者もいた。
しかし飛び降りたところで後ろからは妹が追いかけて来ているのだから、高速でせまるその顔に触れて砕け散るのがオチだ。
更に事態は悪い方へ転がった。

「こ、これは! 機長、大変です! 燃料タンクに異常が!」

一連の急激な揺れで機体に無理がかかったのか、タンクから大量の燃料が漏れていた。
もともと残りの燃料も少なかったので、もうあと何分も飛んでいられないだろう。

「…止むを得ない。緊急着陸をする」
「し、しかし、こんな住宅街の真ん中で…」

パイロットは地面を見下ろした。
そこには無数の住宅が見える。なにやらたくさんの大穴も開いているが。

「だがこの高度のまま燃料が切れれば、最後は地面に衝突する事になる。
 それを避けるためには今から高度を落とし、緊急着陸の準備をするしかない」
「は、はい…」

機体は高度を落とし始めた。

 * * *

妹は、飛行機が段々と降下し始めたのに気付いた。
周囲には飛行場も無い。いったいどうしたというのだろうか。
妹の疑問を他所に、飛行機は降下し続けた。
既に自分の腰ほどまで降下している。
そうか。きっと何かトラブルがあったのだ。だからもう飛び続けることが出来なくなったのだろう。
ということはもう遊ぶ事は出来ないという事だ。

「なんだ、詰まんないの」

妹は冷めた目で自分のすね程まで降下した飛行機を見下ろした。
遊べないなら飛ばしておく意味はない。

妹は足を飛行機の上にかかげた。

 * * *

もう地面も目の前だ。
乗員達はシートベルトを着用してその衝撃が来るときを待っていた。

「着陸の衝撃は想像以上のものだろう。覚悟しておきたまえ」
「は、はい」

機長とパイロットはシートにしがみついた。
その時突然、空がかげったのだ。

「?」

だが二人が疑問を抱いた瞬間、飛行機はとてつもない衝撃を受けて大破した。
まだ地面には着いていないはずだが…。

それが彼等の最後の思考だった。

 * * *

妹は飛行機の上に掲げた足を踏み降ろした。

 ズウウウウウウウウウウウウウウウウンン!!

その振動で周囲の住宅は粉々に倒壊した。
足をどけてみると、そこには足跡の中で紙の様にペラペラの金属の板になった哀れな飛行機あった。
だが潰れてしまった物に興味は無い。
それよりも別の楽しいことを探さなければ。
そういえば、飛行機が飛んでいたという事は近くに空港があると言う事ではないか。
キョロキョロと辺りを見渡してみる。
すると住宅街の向こう、やや都心よりの郊外にそれはあった。
妹は空港に向かって歩いていった。


 **********


空港に着いた妹。
そこにはたくさんの飛行機があった。
さっきは動いていたのでよく分からなかったが、今なら存分に観察する事が出来そうだ。
妹は空港内に足を踏み入れた。
アスファルトの地面は足の重量に耐え切れず無数のヒビを走らせながら陥没した。
ターミナルや飛行機内は大パニックであった。
ダイヤを無視して飛び立とうとする飛行機まで出てきた。
妹はその動き出した飛行機に近寄るとその上から足を乗せた。

 ズン!

その重量に押され地面に押さえつけられた飛行機。
機体は拉げ、もう飛ぶことが出来なくなってしまった。

「残念、逃がさないよ」

少しずつその足に体重をかけてゆく妹。
機体が段々と潰れ変形していく。
妹は、その感触を楽しんだ。
人々はなんとか飛行機から脱出しようと試みたが、ドアは変形して開くことが出来ない。
どんどん天井が低くなる。
みな叫び声を上げたが、無駄だった。

 ズシン!!

足をどけてみる妹。
するとそこには、先ほどと同じ様に足跡の中で飛行機がペチャンコになっていた。

「女の子に踏まれて潰れちゃうの? あたしってそんなに重いかな〜?」

妹はくすくす笑った。
分かり切っている事だが、あえて口にする事で彼等の恐怖心を煽ろうとしたのだ。
それは見事に成功した。
ターミナルから次々と人が逃げ出していくのだ。
妹はその逃げる人々の上から足を近付けていった。

「ほ〜ら潰れちゃうよ〜? あたしは飛行機が潰れちゃうくらい重いから、みんななんか一瞬でプチッだね」

ゆっくりゆっくりと近付けてゆく。
やがて足裏に車らしきものが触れるのがわかった。そこで足を止める。
足裏のいたるところでチマチマと何かが触れる感触がする。きっと逃げるために必死に頭を低くして足の下を移動しているのだろう。
それが1000人以上となればその感触も大きくなる。

「やぁん、くすぐったいよ〜」

妹は痒みを駆除するため、足を地面に降ろした。
その下にいた千人では妹の足を受け止めることは出来なかった。

「あ、ごめんね」

今は亡き人々に謝った。
その間にも人はどんどん逃げてゆく。
でもどうにかすればその流れもコントロール出来そうだ。
そうだ。ちょっと遊んでみよう。

「みんな〜、逃げないであたしの足の指に登った人にはご褒美あげるよ〜。でも逃げた人は…」

妹は立っていた状態から上体を倒し、ターミナルの横にあった飛行機を拳で殴った。

 ドゴオオオオオン!!

拳の4本の指が作った溝の中に、その形に潰された飛行機があった。

「…こうだからね」

笑顔で語り終えた。
その瞬間、人々は踵を返し妹の足に向かって走り出した。

「くすくす、たった今まで逃げてたのに。みんな単純だね」

妹は足元の彼らには聞こえないような小さな声で呟いた。
すでに足の周囲には何千人と人が集まっている。うじゃうじゃと気持ち悪いが、ここで踏み潰してしまったら面白くない。
しかし彼等は集まるだけで、まだ誰一人自分の足には登ってこない。

「どうしたの? 遠慮しなくていいんだよ?」

それでも誰一人登ってこない。正確には登れないのである。
小指でさえ家より大きいのだ。道具を使わずに登るのは難しい。
さらに、本人は気付いていないのかも知れないが、指がピクピク動いているのだ。
恐らく足の周囲に集まった自分たちを見るために前かがみになっているから重心が安定しないのだろう。
無意識にバランスを取るために足指が動いているのだ。
その所為で組み付いても跳ね飛ばされてしまうのである。
そして極めつけはその匂いだ。
指の間から強烈な甘ったるい少女の匂いが漂ってくる。これは厄介だ。
男は力が別のところに働いてしまうのだ。指に登るどころではない。

何人かは、飛行機に乗降するために使う車を持ってきて指の上に登ろうとしたのだが、

「ずるはダメだよ」

という声と共に降りてきた人差し指で車ごと地面にめり込まされてしまったのだ。

妹は暫く待ってみたが、それでもまだ誰も登っては来なかった。
というか先ほどから彼等の様子がおかしい。
先ほどまでは全員があわただしく動きまわっていたのだが、指の周辺の集団がその場所にとどまって動かなくなってしまったのだ。

「?」

妹は足を地面につけたまましゃがみこみ、彼等を覗いてみた。
指の周辺に集まっているのはどうやら男性の様だ。
いったい何をやっているのだろう。
妹は目を凝らして見た。
なんと彼等はオナニーをしていたのだ。指の間から発せられた匂いに欲情した彼等は妹の指に向かって射精していた。
指の間でも何百と言う人が同じ事をしている。
ここからではよく見えないが、恐らく指の表面と指の間は1000人以上の男の精液でドロドロであろう。
妹の怒りは一気に臨界点に達した。
立ち上がった妹は周辺の人間を巻き上げながら足を振り上げ、思い切り彼等を踏みつけた。

「この! この!! 汚い!! チビの! くせに!!!」


 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


         ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


    ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


              ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


 ズゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!


何度も何度も踏みつけた。
その威力は爆弾にも隕石にも負けなかった。
最初の一発で人々は全滅。
衝撃でバラバラになるか粉々になるか千切れるか、足の下敷きになって踏み潰された。
その後の踏み付けで空港内の路面には地割れが出来、ターミナルは半壊。空港周辺の建物にも被害が出た。
怒りの収まらない妹は、まだ壊れていない飛行機を掴み上げ思い切り地面に叩きつけたり、踏み潰したりした。
ターミナルを蹴り壊し、大量の破片が都心部に降り注ぎ、ビル群をなぎ払った。
更に妹は空港の敷地内に残っていた全ての施設と物品を踏み潰して回った。
燃料が燃えたのか、廃墟からは黒い煙がもうもうと立ち上っている。
すでに空港は跡形も無く、瓦礫の山とクレーターの様な無数の足跡だけが点在するのみとなった。

そしてその地獄の様な場所にひとりたたずむ妹。

両の拳は硬く握られ、足はアスファルトを踏み砕き、肩はふるふると震え、
口は堅く閉じられ、眉はきつく吊り上げられ、そして目には涙が溜まっていた。


「チビ共の…チビ共の…」


妹は嗚咽を堪える様にポツリポツリと喋りだした。

そして…。




「バカ————————————————————————————————————————————————————ッ!!!!!!」




これまでに無い大声で叫んだ。
この声で街中の全てのガラスというガラスが割れた。
都心部では高層ビルが声の振動に耐え切れず倒れた。
住宅街では民家が崩れ落ちた。
海は大津波を、山は土石流を巻き起こした。
森の木々は全ての葉が吹き飛ばされた。
鳥達は飛んだまま宙で爆散した。
動物達は手が脚が体中がバラバラになった。
そして、まだ生き残っていた人々は、その音量に耐え切れず肉片すら残さず弾け飛んだ。

妹を中心に発生した衝撃波は放射状に展開し、家もビルも木も山も海も橋も車も人も何もかも全てを吹き飛ばした。

あとに残ったのは無人の荒野。
かつてそこに家やビルがあったことを臭わす程度に残った土台。
振動で削られ大分標高が低くなった山。
そして吹き飛ばされ、山のふもとにまるで箒で集められたゴミの様に積もった無数の家とビルの瓦礫だった。

妹の大声で、街がひとつ消し飛んだのだ。


「うわーん! あーん!」


妹は泣きながら走り去った。

直径5メートルもの大粒の涙が、何も無くなった大地に雨の様に降り注いだ。











後日談

 その後 妹は家に帰り、兄に頭を撫でてもらい慰めてもらったとさ。

                               ちゃんちゃん。