第13話 〜 今日は1000倍 〜


広大な敷地。
陸軍基地である。
そしてそこには数十両の戦車が展開し、その目の前では妹が体育座りしていた。
妹の格好は制服に素足。最早鉄板。
その巨大なお尻は司令塔上に降ろされたのですでに建物は瓦礫である。
両手は膝を抱え込み、膝の山の向こうからそこに展開する戦車達を見下ろす。

「じゃあ始めて」

妹の号令で戦車達は一斉に砲撃を始める。
狙うは目の前のつま先、太さ10mほどの指々である。
幅にいたっては両足合わせて160mにもなる。
その前に展開した全長10mほどの戦車達は相対的にとても小さく感じられる。
ズドン! ズドン!
次々と砲弾が足に命中してゆく。
指に当たるたびに閃光が爆発し、少々の煙を撒き散らす。
だがその向こうから現れる指には損傷らしきものは見られない。
更に無数の砲弾が叩き込まれる。
すると大地がグラグラと揺れ始めた。
指がもぞもぞと動き出したのだ。
ゴゴゴゴゴゴ…! 砲弾の爆音をかき消すほどの轟音だった。

「あはは、くすぐった〜い」

必殺の砲弾を雨霰とぶつけてもこの巨大少女にはくすぐったさを感じるほどでしかない。
もぞもぞもぞもぞ、指が動きまくり地面もガリガリと削られている。
あれに巻き込まれレばこの戦車などあっという間にスクラップにされてしまうだろう。
指と地面の間で押し潰されるか、指と指の間で捻り潰されるか。とにかく一瞬だ。
そしてその足が今こちらに襲い掛かってこないという保証は無い。
少女の指はつやつやで触ればきっとぷにぷにするだろう。
だが今触れば間違いなく潰される。
少女の足の指1本は戦車を楽にガラクタに変えられるのだ。

「ぷはぁ、もういいよ」

笑いながら終了の号令を出す妹。
戦車達はそれに従う。
逆らえばどんな目に遭わされるか分かったのではないからだ。

「ちょっと待ってて」

言うと妹は立ち上がった。
そして一歩ほど後ろにさがるとまた座り込んだ。
だが今度は体育座りではなく、足を前にのばした。
戦車達の前に巨大な足がズドンと降ろされる。
先程までつま先があった場所に足がつま先を真上に向けて降ろされたのだ。
戦車達から見たら高さ230mの巨大な足の裏の壁が現れたに等しい。
さっき巨大少女が一歩後ろにさがった時、その恐ろしい一歩の距離に驚いた。
たった一歩歩いただけで圧倒的に距離が開き、目に見えて巨大少女が遠くへ行ったのだ。
小さくなったかと錯覚するほどだった。
600mほどは移動しただろうか。
だが巨大少女が座り込み脚を伸ばしてみると足は先程のつま先と同じくらいまで近づいてきた。
つまり脚の長さは600m以上あるということだろう。
とんでもないサイズだ。
自分達を影に包む巨大な足の裏の向こうから声がかけられる。

「はい、次はここを狙ってね」

戦車達は若干後退し砲身を上に向けたあとその足裏を狙って砲撃し始めた。
ドンドン!
足裏で砲弾が爆ぜる。
今度はつま先と違ってすぐに効果が現れた。
両足のつま先が前後左右に暴れだしたのだ。
その動きにあわせて大地がぐわんぐわんと揺れる。
物凄くくすぐったいのだろう。

「あ〜ん、やだやだ〜」

とは言いつつも顔は楽しそうだ。
若干身体を後ろに倒しそれを両の腕で支えている。
暴れまわる所為でなかなか砲弾が命中しない。
はずれた砲弾が胴体に命中することもあるが妹は気にしていなかった。
くすぐったさのために足を動かしていたがかかとを地面から離すつもりは無かった。
それでは完全に狙うが定められなくなってしまうだろう。
ちゃんと配慮していた。
しかしそのせいで満足にくすぐったさを軽減出来ないのでつま先部分は余計に動いてしまうわけだが。
実際戦車達は足裏がこちらに向かって倒れてくるとき踏み潰されるのではないかと懸念したほどだ。
更にその動きによる振動ものっぴきならない。
震度計に記録されそうな振動は超重量の戦車の車体を揺るがし狙いを定めさせない。
更に乗っている人間の中にはその揺れによってしまう者さえ現れた。
一人の少女が足を動かしているだけで何十もの戦車が翻弄されていた。

冷静な何人かはその足裏を観察していた。
動き回る肌色の壁。塔や建物と変わらない。
通常のビルよりも大きいのだ。
その高さは東京タワーの2/3。展望台の高さよりも高い。
つまり展望台に登ってもそこには足の裏の肌色の壁。
指を見上げるためにはその展望台からさらに上を見上げなければならないのだ。
それほどまでの高層建築物相当の高さをほこる足裏なのだ。
今は高さだが本来は長さ。長さ230mの足裏だ。幅は80mほどか。
広大な範囲だ。
幾つもの住宅が入ってしまう。
足の指ですら家より大きいのだ。
ただの住宅地など、その巨大な足を降ろされて抵抗できるはずが無い。
そう普段この巨大少女はこの二本の足で立っている。
この足はあの巨体を支えているのだ。
一体どれほどの重さがかかっているのだろうか。
それは地面に残された巨大な足跡が物語っていた。
この陸軍基地の地面は強固な舗装が施されており戦車はおろか飛行機がこの上を装甲したとしても1㎜も地面に沈むことは無い。
なのにこの巨大少女がここに来たとき、この地面にくっきりと足跡を残しながら歩いてきた。
最後の数歩は我々に配慮したのかゆっくりと降ろされたが、その時地面がバリィッと悲鳴を上げコンクリをめくりあがらせるのを見た。
陸軍の誇る強固な地面も巨大少女にとっては薄い氷とかわらないのだ。
やがて少女が停止の合図を出した。

「あははは…はぁはぁ、楽しかった」

笑いすぎて出てきた目元の涙を拭った巨大少女が座ったまま近づいてきた。
単純にのばしていた足をまた体育座りに変えただけなのだが。
そのせいで妹の臀部が例の強固な地面をゴリゴリと削った。
妹は座ったまま戦車達を見渡した。

「ありがとうみんな。それじゃあ次が最後、みんな、戦車から出てきて」

暫く。
ちらほらと戦車から人が降りてくる。
1㎝ほどの戦車から降りてくる人間は2㎜も無い。
この距離ではほとんど点の様なものだった。

戦車から降りた隊員達は不安そうにその巨大な笑顔を見つめていた。
その笑顔が一際ニッコリしたあと巨大少女が言った。

「今から戦車を踏むよ。ちゃんと逃げてね」

え…。
そう、問答する暇も無かった。
巨大少女の言葉が切れた瞬間、最初の様に地面にぴったりと着いていた足が持ち上がりこの戦車達の上にかざされたからだ。
戦車の大半がその巨大な足の作る影に包まれた。
人々は悲鳴を上げて逃げ始めた。
たかだか2㎜の人間がその230mの足裏の下から逃げ出すのは容易ではない。
だが足がゆっくり降ろされたお陰もあって大半の人が脱出することが出来ていた。
やがて足は10mも無いほどまで降下した。
足の下はもはや夜の様に暗い。
そこをまだ何人かが走っていた。
逃げ遅れていたのだ。
やがて足は放置されている戦車達に触れ始めた。
ミシリ。
巨大少女の足を乗せられ車体が軋み悲鳴を上げる。
その戦車達の間を走っている人は気が気でなかった。
今はなんとかギリギリ戦車達が時間を稼いでくれているがいつまでももつものじゃない。
早くこの足の下から脱出しなければ。
そうこうしている間にも戦車の装甲はどんどん歪んでゆく。
ミシ…ミシミシ…メキメキメキ…。
足の下には戦車達の悲鳴が木霊していた。
逃げ遅れていた人々は次々と外へと脱出してゆく。
そして最後の一人が脱出するという瞬間だった。

 ズゥウウウウウウウンン!!

足が地に着いた。
振動で人々は皆地面に放り出され、周辺を砂煙が舞った。

「ふぅっ」

砂煙は巨大少女の息の吹きつけですぐに取り払われた。
皆地に伏せていたお陰で誰もその吐息で飛ばされたりはしなかった。
視界が開けた後何人かがその指先に最後の脱出者の姿を確認しようとしたがそこに彼の姿は無かった。

「残念だったね〜。もう少しで抜けられると思ったのにね」

くすくすと笑う巨大少女。
人一人を踏み潰したというのに。

「でも今回は特別だよ」

言うと妹はその巨大な足指をくいっと上げた。
するとそこには最後の脱出者が横たわっていた。

「踏んでないと思うけどギリギリだったから気を失っちゃってるかも。誰か助けてあげて」

暫く、顔を見合わせていた隊員たちだがやがて数人がその脱出者に駆け寄っていった。
恐ろしく覚悟のいる行為だった。
なぜなら彼の身体があるのは明らかに指の下になる場所なのだ。
あの指もいつ降りてくるか分からない。
そんな場所に行けというのだから。
身体が震えるのを抑えながらやっとそこにたどり着く。
彼の身体を調べてみるがどこにも外傷らしきものはない。
恐らく指の関節の下に入り助かったのだろう。
二人が肩を貸して立ち上がらせる。
長居はしたくない。すぐに走り出した。時だった。
ズン!
突然指が降りてきた。
そこにいた数人全員が1本の指の腹の下敷きになる。
とっさに受身を取れたので大怪我に至る事は無かったが。

「えへへ、捕まえた」

妹は指の下に数人の存在を感じていた。
自分の指が重いのだろう。
ピクピクと動いているのが分かる。

「ふんふ〜ん♪」

鼻歌を歌いながら指を動かし彼等を転がす。
彼等は小さすぎる。
大の大人が数人集まっても自分の指の下に捕まえられてしまうのだから。
彼等はその重量に悲鳴を上げることも出来ずうめき声だけが喉から漏れた。
周辺の人々もその光景を心配そうに見守ることしか出来なかった。
もうちょっと転がしていたいがこれ以上転がしていたら潰してしまうかも知れない。
妹は指を上げ、彼等を解放した。

「ごめんね。はい、もう行っていいよ」

隊員達はフラフラと立ち上がるとゆっくりと離れていった。
くすくす。
その光景を笑顔で見つめていた。

すると突然止まっていた戦車が1両走り出した。
恐怖に耐えかねた隊員達が乗り込み逃走を図ったのだ。

「あれー? 戦車に乗っていいなんて言ってないよー?」

少し上体を前かがみに倒し手を伸ばした妹は猛スピードで走り去る戦車を簡単に捕まえた。
指先に捕らえた戦車を目の前に持ってくる。

「なんで言うことが聞けないのかな?」

指の間の摘ままれた小さな戦車は身をよじるかのようにキャタピラや砲台を動かそうとしているが左右から指に挟まれてしまって動くことが出来ない。
するとその砲身から妹に向かって砲弾が放たれた。
それは目と目の間に着弾する。

「あー、撃っていいって言ってないのに撃ったー。もしかして悪い人が乗ってるのかな?」

妹は少しだけ指に力を込めた。
メキョ。
瞬間、車体が歪んだ。
両サイドから半ばまで潰されてしまったのだ。

「悪い人にはお仕置きが必要だよね」

言うと妹はペロリと舌を出し小さな戦車を舐め回し始めた。
ペロペロペロペロ。
余すところ無く舌を走らせる。
戦車に乗っている隊員からはピンク色の怪物がこの戦車を嘗め回しているのが見えていた。
恐怖だった。
さらには出来た亀裂から唾液がジュルジュルと入ってくるのだ。

ひとしきり舐め回したあと、妹は戦車を口に放り込んだ。
もごもご。
小さな戦車を口の中で弄ぶ。
舌でポイと放り投げ歯にぶつけるのだ。
中の隊員たちは身体をしこたまぶつけていた。
すでに戦車の中は浸水状態。
ジャブジャブとあふれ出してくる唾液が酸素を奪う。
外の隊員たちからは巨大少女が飴玉をしゃぶっているようにもごもご口を動かすのが見えていた。
だが次の瞬間。

 ゴクン。

呑み込んだ。
つまりは戦車を、その中の生きてる人間を丸呑みにしたのだ。
なんということを…。
だが妹は笑った。

「くすくす、ちゃんと反省したかな〜」

ペロリと舌を出す。
するとなんとその舌先には戦車に乗っていたはずの隊員たちがくっついていた。
全員が憔悴しきっていた。

「これからは人の言う事は聞かなきゃダメだよ」

妹の声はまさに口元にいる彼等にとっては大音量で内容を理解するどころか意識を保つことが出来ないほどの振動の連続だった。
彼等は気絶していた。
妹はそんな彼等を指で摘まむと地面へと降ろした。

「でも戦車呑んじゃったよ。小さいんだね、お豆みたい」

先程踏み潰さなかった戦車の一つに目を向けるとその戦車に足を伸ばし、そして親指と人差し指の間に挟みこんだ。

「わぁ小さ〜い、足の指に挟めちゃったよ。かわいい〜」

ふにふにと指の間で転がしてみる。
隊員たちは自分達が乗っていた無敵の戦車がこうも弄ばれてしまうことに妙な無力感を覚えた。

 クチャ

「あ」

力加減を間違った。
戦車は指の間で潰れてしまった。
その時漏れ出した油が指を滴る。

「あ〜ん、汚れちゃったー」

ジロリと足元の隊員たちを見下ろす妹。
隊員たちは背筋の凍るような思いだった。
だが妹はすぐに彼等から視線を外しキョロキョロと辺りを見渡した。
そしてこの広大な敷地の一角に司令塔とは別の建物を見つける。
倉庫の様だ。
今回使用しなかった戦車もある。
という事は洗うための装置もあるはずだ。

「そうだ。あれであたしの足洗ってよ」

立ち上がった妹はその建物の元まで歩いてゆく。
だが戦車を潰されてしまった隊員たちは妹にとっては数歩、彼等にとっては2㎞近い距離を走らされた。

「もう、遅いな〜」

体育座りをしてプンプンと怒る妹だが彼等は全員が疲れて地に大の字になっていた。
そんな彼等に妹は容赦なく言う。

「ほらほら、早く洗ってくれないと踏んじゃうよ」

言うと妹は先程戦車を踏み潰した足を彼等の上に持っていった。
その巨大な足の裏にはいくつかの戦車がペシャンコになって張り付いてた。
それを見た隊員たちは慌てて起き上がるとホースや台を用意しにかかった。
その様子を見た妹は笑顔で足を元に位置に戻した。

暫くして放水は開始された。
無数のホースから大量の水が妹の足の指に向かってかけられる。
だがその高さは10mを越える。
親指にいたっては20mだ。
ホースで水をかけられる高さにも限界がある。
そこにある汚れを落とすのは難しかった。
仕方ない。
隊員たちははしご車を持ち出すと妹の指にハシゴをかけ、足の指にのぼり、そこから水をかけ始めたのだ。
何十人もの隊員が妹の足の上に登り、方々へ散って汚れを落としにかかった。

妹はその光景がとても面白かった。
何十人もの大人が自分の足を洗うためにはしご車を持ち出し、そのハシゴを使って足に登ってきているのだ。
たった片足のつま先を洗うだけなのに。
なんて可愛いんだろう。
妹は立てた膝の上に手を置くとその上に顎を載せ彼等を楽に見下ろせる体勢を取った。
暫く、妹は彼等を笑顔で見降ろしていた。

方々に散った彼等は手に箒や雑巾を持ち汚れを落としていった。
妹にとって小さな汚れでも彼等にとっては目に余る大きさだった。
見つけるのは容易かった。
5人ほどがならんで小指の爪に雑巾をかけている。
小さな部屋の雑巾崖をしているようなものだった。
親指はもっと大変だった。
十数人で雑巾をかけたのだ。
その広さは学校の教室よりも広いのだから。
キュッキュ、キュッキュ。
すべての指の爪が磨かれていく。陽光に当たってキラリと光るくらいに。

別に隊員たちは腰にロープを巻いて指の間に下りていき、そこについた汚れを落としにかかった。
親指以外は家の2階程度の高さだがそれでも落ちれば危険だった。
多少足の匂いが充満しているがさほどキツイ臭いではなかったのでマスクを持ち出すほどでもなかった。
そうして何人もの隊員たちが指の間を降りてゆく。
降りるときはまるで岩肌を降りるときの様に岸壁を蹴って降りてゆく。
ほとんどの隊員が問題なく降りて行けたのだが数人が失敗した。
指の肌を降りていくのではなく、指と指の間、股になっている部分を降りてしまったのだ。
降りるときにその部分を蹴ってしまったのだ。
失策。彼等はそこが妹の弱点だとは知らなかったのだ。
ビクン!
突然のくすぐったさに妹は震えてしまった。

「あ!」

慌てて足を見下ろしてみると自分の足に乗っていた全員が転び倒れていた。
何人かは転落してしまった様だ。

「ごめんね。大丈夫?」

覗き込んでみるが小さ過ぎてよく見えない。
だが下手に動けば足の上の彼等を地面に放り出してしまうことになる。
なので妹は動かずにじっと彼等を見つめていた。
するとやがて彼等は作業を再開し始めた。
落ちた人達も暫くしてから作業に戻っていた。
良かった。ホッと息をもらす。

やがて足はキレイに洗われ終えた。

「ありがとう、とてもキレイになったよ」

妹は膝の上から彼等を見下ろしながら言う。
そんな彼等は今足の指の付け根の前に整列していた。
その様がとてもおかしかった妹は最後の悪戯にとつま先を少しだけ上げた。
すると整列していた彼等は皆足の甲の方へと転がった。
同時に足の指にかけられていたはしごが跳ね除けられはしご車は倒れてしまった。

「あははは。ごめんね、ちょっと遊んでみたくなっちゃった」

倒れたはしご車を摘まみ上げ自分の指に立てかけると隊員たちに降りるように言う。
全員が降り終えたのを確認した妹はゆっくり立ち上がった。

「みんな今日はありがとうね。とっても楽しかったよ。また今度遊びに来るね」

妹は足元の隊員たちに手を振るとくるりと踵を返して歩き始めた。
あとに残された隊員達は、できればその『今度』は永遠に来ないで欲しいと願った。


その『今度』は次の日だったのだが(涙)


 完