第14話 〜 今日も1000倍 〜


バルコニー。
バサリと新聞を開く兄。
たくさんの記事が載っているが中でも一番目を引いたのは『犯罪テロ組織、日本侵攻準備か!?』の文字。
凶悪なテロ組織が武器兵器満載で日本を攻撃するらしい。
現在は隣国に潜伏しその時を待っているとか。
自衛隊も派遣されて対応に当たっているらしいが…。

「ふむ…」

コーヒーをひとすすり。
そして妹を呼ぶ。

「なぁ我が妹よ」
「な〜にお兄ちゃん?」

 ズズン!

1000倍の妹が家の前に座り込んだ。
正確には女の子座りした太ももの間に家を挟んでいるような格好だが。

「お前ちょっと外国行って自衛隊助けて来いよ」
「うん、わかった!」

立ち上がった妹は外国目指して走り出す。

日本の誇る天災娘が戦場へと投入された。


 *
 *
 *


外国。
荒野。

無数の戦車や砲台が立ち並び弾幕戦を続けている。
航空機の編隊が空を飛びそれを迎え撃つ装甲車群。対地ミサイルと対空ミサイルが入り乱れる。
日本含む各国の連合でテロ組織とぶつかっているが、組織の軍事力は連合軍のそれを超えていた。
戦闘が長引くにつれ、じりじりと連合軍は追い詰められてゆく。
この区域を任された連合軍の生き残りもあとわずかになっていた。
そんな血煙舞う戦場に残る自衛隊士官。

「……本当か!? 本当にあの巨大娘が…」
「はい。援軍としてこちらに向かっている様です」
「まさかそんなことが…。なんとかこの戦況を巻き返す事が出来そうだ…」

 ドガーーーーン!

近くに砲弾が着弾する。
見ればすでに周囲はテロ組織保有の戦車歩兵に囲まれていた。
限界だ。これ以上継戦する事は出来ない。
援軍は間に合わなかったか。
周囲を取り囲む戦車の1両から砲弾が放たれた瞬間だった。


 ドスゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウン!!


巨大な足がその砲弾と砲弾を放った戦車、そしてその周囲にいた別の戦車と歩兵達を踏み潰した。
その振動は先程の砲弾着弾よりも凄まじい者だった。

「とうちゃ〜く。おまたせ」

自衛隊士官が見上げると、そこにはにっこりと笑いながらこちらを見下ろす普段の宿敵の姿。
組織の兵士達は突然の乱入者に混乱していた。
妹は足元の自衛隊戦車に話しかける。

「この戦車達を倒せばいいの?」
「う、うむ…」
「は〜い」

返事をして足を持ち上げた妹は自衛隊戦車周辺に展開していた組織戦車隊の一画を踏み潰す。
踏み降ろした足はすぐに持ち上がってまた別の一画を踏み潰す。
そしてまたすぐに別の一画を踏み潰す。
ぺったんぺったん。
ものの数秒で自衛隊戦車を包囲していたテロ組織戦車隊は全滅した。
歩兵達もついでに全滅していた。
その間自衛隊戦車はその大地震の連続で地面を転がり続けていた。

「終わったよ。次は?」
「こ、この地に残っているのは我々だけだ。あとはみなテロ組織のものだ…」
「そっか。じゃあ他のはみんな潰しちゃっていいんだね」

 ズズン!

歩を進める妹。
戦場への進入を果たす。
自衛隊士官は、それを複雑な気持ちで見送っていた。


 *


 ズズン! ズズン!

恐ろしく巨大な人間が近づいてくる様にテロ組織兵士達は恐怖していた。
仲間達が次々と潰されてゆく。
砲弾さえ跳ね返す重装甲の戦車があっさりと潰されスクラップに変えられている。
百人の歩兵の仲間がたった1歩で踏み潰された。
ただの歩行で兵器以上の殺戮を行っている。
にも関わらずあの巨人は笑顔のままだ。むしろ楽しんでいる様にも見える。
我々とて人を殺すときには躊躇するし覚悟も決める。
だがあの巨人は人の命を奪うことに憂いが無い。
実に楽しそうに、のびのびと人を殺している。
恐ろしい。
敵に銃口を突きつけられるのとは違う、捕食者に食されるような感覚。
そう、あの巨人は我々を人とは思っていないのだ。
自分となんの関係もない、ただそこにいただけの虫を潰すように、気まぐれな殺戮なのだ。

とうとう巨人はこの第二戦線まで侵攻して来た。
ここに来るまでに展開していた戦車達はみな踏み潰された。
だた1人の歩兵さえ見逃してはもらえなかった。
地面に掘られた塹壕に一人の歩兵が隠れていたのだが、巨人はそれを見つけるとにっこりと笑って塹壕を踏み潰した。
足がどけられるとそこには塹壕など比べ物にならない深く巨大な足跡が残された。
1人の兵士の成れの果てなど、どこにも残っていなかった。
更に別の戦車達が踏み潰された。
もちろん抵抗もしているが、砲弾がいくらあたってもあの巨大な足はひるみもしない。傷一つつけられない。
爆煙のすすで汚すことしかできていなかった。
クシャリ。また戦車が踏み潰された。
巨人は潰すときは狙いを定めるが潰した後には見向きもしない。興味が失せているのだ。我々の死に興味が無いと言っている。
踏まれた戦車が巨大な指の間に挟まっていた。
中の人間は生きているのだろうか。
それに気付いた巨人が指の間をキュッと閉じた。
それだけで戦車は潰れてしまった。
我々の兵器では巨人の気まぐれにすら太刀打ち出来ないのだ。

航空機部隊も攻撃はしていた。
しかし巨人は無数の弾幕とミサイルの着弾にさらされながら払うそぶりすら見せなかった。
航空機と攻撃を無視して笑顔のまま地面に展開する同胞の戦車達を踏み潰し続けている。
それは航空機のパイロット達にとって物凄い屈辱と無力感であった。
とにかくより効果的に攻撃をとピンポイントでのヒットを狙う。
もっと近距離から狙えば必ずダメージのある部分へと当たるはずだと。
そしてその圏内に入ったときだった。
彼等は巨大な手によってなぎ払われたのだ。
そう、巨人にとって我々は虫のようなものだ。
遠くを飛んでいる分には無視するが、近くに来たら払い落とす。
それに気付くのが遅れた航空機たちは瞬く間に叩き落とされていった。

戦線の最終防衛ラインである。
無数の戦車が横一文字に展開し、さらにはミサイル車、砲台、そして地の模様を変えるほどに配置された無数の歩兵。
妹はその前で立ち止まった。

「わぁいっぱいいるー。ここが最後だもんね」

そして組織からの攻撃が始まった。
戦車からの攻撃が足に命中する。
同時に駆け出した歩兵達が足へと突き進む。
砲台からの攻撃がふとももに命中し、ミサイルは上半身へと昇ってゆく。
妹の全身が攻撃にさらされていた。

「くすくす、かわいいなぁ」

歩兵隊もほとんどが妹の足元に集まり手に持った銃で攻撃を行っている。
砲弾を放ちながら移動していた戦車隊も妹を包囲するように移動していた。
つまり妹は今無数の歩兵と、無数の戦車が描く円によって囲まれていたのだ。
妹の全身で火花が爆ぜる。
パチパチパチパチと小さな破裂音を立てて。
だが妹は終始笑顔だった。
その笑顔のまま足元を見下ろしていると自分の足の周辺はもう兵士で埋め尽くされていた。
足や足の指に刀剣で直接攻撃している者もいる。
無数の兵士の攻撃にさらされていたが、妹は何も感じていなかった。
逆にその必死さのあまりからかいたくなった。
妹は足の指だけをくいっと持ち上げてみた。
すると指周辺に展開していた兵士達が悲鳴を上げて逃げ出したのだ。
とても面白かった。
指に直接攻撃した人は指が動いたときに跳ね飛ばされて飛んでしまったかもしれない。
そう考えるとまた一段と面白い。
だが楽しんでばかりもいられない。
彼等を倒すことが兄と自衛隊士官から言われたことだ。
妹は彼等を見下ろし言った。

「じゃあもう終わりにするよ。みんなご苦労様。バイバイ」

笑顔で彼等に手を振った。
そして片足を持ち上げると歩兵の密集していた場所へと踏み降ろしたのだ。

 ズズン!

別に強く踏みつけたつもりは無かった。
ただそこに足を降ろしただけだ。体重もかけたつもりはない。
それでもそこにいた何千人という歩兵がその重量に耐え切れずに踏み潰された。
そしてその足を持ち上げまた別の集団の上へと踏み降ろす。
彼等からは同胞の血で赤黒くそまった広大な足の裏を見ることが出来た。
踏んだ足をまたすぐ持ち上げて別の場所に踏み降ろす。
最初の戦車と同じだ。
ぺったんぺったん。
数万の兵士が踏み潰された。
次は戦車だ。
戦車に視線を向けるとその弾幕が一段と激しくなった。
だが同時に逃走を図るものも現れ始めた。

「ひとりも逃がさないよ。そういう約束だもん」

妹はその逃走を図った戦車の近くに足を思い切り踏み降ろした。
その振動で戦車は吹っ飛び地面をコロコロと転がっていった。
そうして全ての戦車が翻弄されている内に、妹は彼等を囲むように指で線を引いて歩いて回った。
妹を包囲するために集中していたのが仇になった。
あっという間に彼等はひとつの円に囲われてしまった。
妹の指の太さは10m以上ある。
つまりは円を描くその溝の幅も10m以上あるということだ。
戦車が本気を出せば飛び越えることも不可能ではないが、その深さは20m以上あるのだ。落ちたときが怖い。それに例え飛び越えたとしても、それをこの巨人が許してくれるとは思えなかった。
妹は全ての戦車が円の中に入ったことに満足した。
そして足元にいた戦車を何両か捕まえるとそれを持ってそこにあったテロ組織キャンプ地に腰を下ろした。
無数のテントとなかで情報通信を行っていた兵士達が妹の巨大なお尻で潰された。
そこが若干高台になっていたこともあり妹としてもわりと楽な体勢を取ることが出来た。
妹にとって、大体階段一段分だろうか。
座った妹は掌の上の戦車達に話しかける。

「はい、戦車の中にいる人は出てきてね」

 シーン

反応は無い。
だが暫くして何両かの戦車から人が出てきた。
結局、4両を残して全ての戦車から人が降りてきた。

「ふーん、言うこと聞けない人がいるんだー…」

言うと妹はまだ人が乗っている戦車を摘まみ上げ、それを足の指の間に挟んだ。
4両すべての戦車が片足の指の間に挟まれた。
高台に座っている妹の足は先程描いた円の中に伸ばされていたので、まだそこに残っている戦車達からは少女の足の指の間に挟まれた戦車の情けない姿がはっきりと見えた。
戦車が指の間にしっかりと挟まったのを確認した妹は足の指をキュッと握った。
クシャリ。
指の間の4両の戦車は簡単に捻り潰された。
その後、指が開いてもじもじと動くとそこにへばりついていた戦車だった鉄くずが地面へと落ちた。
それを無視して妹は掌の上の兵士達に話しかける。

「君達はあたしの言うこと聞いてくれるんでしょ? 誰かひとり前に出てきて」

すると掌の上の兵士達の間で乱闘が始まった。
誰も前になど出たくはなかった。
その乱闘は暫く続く。
見かねた妹は頬を膨らませた。

「もう! じゃあいいよ、もう用はないから」

そして人差し指を彼等の上に持ってくる。
すると慌てた兵士の一人が別の一人を思い切り遠くに突き飛ばした。

「あ、その人に決まったの? じゃあその人はこっちに来て」

突き飛ばされた兵士は慌てて仲間を見たが仲間はすでに逃げるように走り出していた。

「何しているの? 早くこっちに来て」

兵士は諦めて妹の顔がある方向に歩き出した。
これ以上待たせても潰されるに決まっているからだ。
大体掌の淵くらいまで来た。

「うん、おりこうさん。はい、次はここに乗って」

そして先程の人差し指を突き出す妹。
兵士は目の前に現れた直径10m巨大な指におののいたが、恐る恐るそれに近づくとそれに触れた。
それには確かなぬくもりを感じる。これが人間の指である事に、間違いはなさそうだ。
そして巨人はこれに登れと言った。
手をかけ足をかけ登ろうとするが10mは素手で登るには高すぎる。
駆け上ろう飛びつこうとしている間にまた巨人が話しかけてきた。

「早くして。…それとも登れないの?」

いつまでも登ってこない兵士に焦れた。

「もう…じゃああたしが摘まんであげる」

言うと妹は人差し指を掌から離し彼を親指と人差し指で摘まむと目の前に持ってきた。

「いったいどんな人がこんなことしてるのか見ておきたかったんだ〜」

そして指の間に摘ままれた彼を見た。
しかしその時はもう、そこに彼の姿は無く、かわりに赤いシミだけがそこに残っていた。

「あれ? 潰れちゃったの?」

妹としては力を込めたつもりなど微塵も無かったのだが。
納得のいかない妹は掌の上の別の兵士を摘まみ上げた。
兵士は泣きながら逃げていたがあっさりと摘ままれてしまった。
そしてその兵士も目の前に持ってこられたときには潰れていた。

「弱いなぁ。それで本当に兵士なの?」

浴びせかけられる侮辱も、今は震えて我慢するしかない。
我々の命は無意識の内に消されてしまうほどはかないものなのだ。
ふぅ、妹はため息をついた。

「はぁ、なんでこんなことするのか理由聞いてみたかったんだけど、もういいや」

妹は掌に乗っていた兵士や戦車達を放り投げると足元の戦車達を踏み潰し始めた。

「早く終わりにして帰ろうっと」

 ズズン! ズズン! ズズン!

無数に残っていたはずの戦車はあっという間に数を減らしていった。
抵抗も逃走もこの区切られた世界ではどうしようもない。潰されるのを待つしか出来なかった。
ものの十数秒で残りは数両に減らされた。

「あとは君達だけだね。最後だからゆっくりやってあげるよ」

 ズシリ

その数量の戦車の上に足を乗せる。
潰してしまわないように身長に。
ある戦車は指の下に。ある戦車はかかとの下に。足のいたるところで戦車が足を支えていた。
こうなるともう戦車は動くことも出来ない。ハッチも閉じられて脱出も出来無い。
メキメキメキ…。
車体がゆがみ始めた。驚異的な加重を与えられているのだ。
この時、かかとの下の戦車は潰れていた。体重がもっともかかりやすかったからだ。
次に指の付け根の下にいた戦車と指の腹の下にいた戦車が。
最後まで残っていたのは土踏まずの下にいた戦車だった。
だが最後まで残るというのは幸運ではない。
その生き地獄とも言える恐怖と苦痛に長い長い時間耐えなければならないからだ。
すでに身体を動かせるスペースすらない。
そして更にかけられる体重で車体はより変形し四肢を押し潰しにかかる。
腕が、脚が、下半身が潰されてゆく。
それでも意識を保っている自分の身体を兵士は呪った。
ガシ。
頭部が鉄と鉄の間に挟まれた。
頭蓋骨がミシミシメキメキと音を立てる。
苦痛だった。額に苦痛が集中する。
恐らく頭蓋骨が割れるときはそこから色々なものが飛び出すのだろう。
出口が作られている証拠だ。
眼球が、舌が、色々なものが外に飛び出そうとする。
もう、耐えられない…。

 バキョ

妹に踏み潰される前の一瞬、戦車の中に小さな破裂音が響いた。


 *


テロ組織は全滅した。
辺りには無数の足跡とその中の潰れた戦車達、そして赤いシミだけが残されていた。

「う〜ん、終わった終わったぁ〜」

両手を上に突き出し、背伸びをして思い切り伸びをする妹。
爪先立ちになり、その指の下にあった潰れた戦車はより地中へと沈み込まされた。
そんな妹に1機のヘリが近づいてきた。

「あ、まだ残ってた」

払い落とそうと手を伸ばしたときそれが自衛隊のヘリである事に気付く。
ぶつかる寸前で止める事はできたが手が起こした風の所為でヘリは墜落しそうになっていた。

「だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫だ…。どうやら、鎮圧には成功したようだな…」

言いながら当たりを見下ろす自衛隊士官は複雑だった。
地面に残された無数の潰れた戦車は、普段この巨人が自分達にやっていることなのだから。
そんな士官の気持ちに気付かず、妹は笑顔で答えた。

「うん、とっても楽しかったよ! これで終わりなんでしょ?」
「いや、まだ市街地に潜伏している集団がいると言うが、そっちは我々がなんとかしよう」
「へ? まだ残っているの?」
「うむ。だが問題な———」
「じゃああたしがやってあげるよ」
「な、なに!? いやしかし住民の避難もまだ———」
「市街地ってどっち? あ。あっちだね?」
「ま、待て!」

士官が止めるのも聞かず妹は走り出した。
士官は顔から血の気が引いていた。


 *
 *
 *


市街地。
テロ組織の潜伏の情報が流れたが混乱を避けるため住民は家の中から出ないように勧告されていた。
今、通りにはひとっこひとり姿は見えない。
そんな市街地がグラグラと揺れ始める。

「ここかな。えーと、テロ組織の人はどこに隠れてるんだろう…」

妹の到着である。
窓などからこっそり妹の姿を伺い見た人は驚愕した。
大巨人が降臨したのだ。
その巨人は、足元の民家など気にもせず住宅街に侵入してきた。

 グシャァ! グシャァ!

民家が、中にいた住民ともども潰されていく。
あまりの恐怖に耐えかねた住民達は勧告を無視して家を飛び出し逃走を図り始めた。
だが軍もそれを止めることが出来ないでいた。
外国のこの町はテロの所為ではなく妹の所為で阿鼻叫喚轟く地獄へと変わった。

「いないな〜…」

 ズシン! ズシン!

石造りの家々とその間の道を逃げる人波を踏み潰しながら、妹はキョロキョロと視線を足元に走らせる。
先程までの荒野と違って何も無い地面に戦車がいるわけではない。
ごみごみした住宅地の人々が逃げ惑う中にテロ組織が潜伏しているのだ。
まるで見分けがつかない。
妹はその逃げる人々を睨みつけた。

「もう! 邪魔だなぁ! どっかに隠れててよ!!」

そして逃げる人々の上に足を思い切り踏み降ろした。


 ズズゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!


その衝撃波で足が踏み降ろされた場所周辺の家々が粉々に吹っ飛ばされ、そこはさながら荒野だった。
小さな人々など粉々だった。
妹の足の指先ほども無い小さな家々が無数にちりばめられているそこは、テロ組織を捜す妹にとって邪魔者以外に何者でもなかった。
ズンズンと進んでゆく。そこに人がいようが家があろうが関係ない。
めぼしいものを見つけてはそれを踏み潰し、また逃げる人の集団を見つけてはその中にテロ組織の兵士がまぎれていると予測して踏み潰す。
人間は小さすぎるのだ。兵士だか民間人だか見分けがつかない。
妹は四つんばいになった。
こうすれば近くで見られるだろうという考えだった。
妹は逃げる一団に顔を近づけていった。
近づいてくる巨大な顔を見て人々は悲鳴を上げた。
顔が地面に着くのではないかと言うほどにまで近づいて妹はその集団を調べる。
小さ過ぎて見えにくいのは変わらないがそれでも兵士が居ないのは服装を見てなんとなく分かった。
判別がついたらもうこの一団に用は無い。
妹は息を吸い込んだ。
何人かがその風に巻き上げられ妹の口の中に消えて行った。
そして十分に息を吸い込んだ後、それを逃げる一団に向かって吹き付けたのだ。

「ふぅー」

たった今までそこで逃げていた一団は一人残らず吹き飛ばされた。
何百mも空を飛んだあと、硬い地面に激突するのだろう。
妹の凄まじい吹きつけは石造りの家さえ地盤から剥がし吹き飛ばした。

暫くそうやって四つんばいのまま探していた。
一団を見つけては調べ、調べ終わった一団には息を吹きつけたり手でなぎ払ったりした。
手でなぎ払うとその人間たちだけではなく家も大量に処理できることに気づいた。

だが調べても調べてもテロ組織の手がかりは出てこない。
成果があるのは民間人の減少のみ。
妹が調査をするたびに調査された人々は処理されるのだから。
段々と妹の苛立ちも募ってくる。

「ああもう! どこにいるの!?」

言い放ちながら手で家々をなぎ払う。
無数の家が砕かれ瓦礫となって宙を舞った。
拳を握り別のところに振り下ろす。
ズシンと立ち上がり足を思い切り踏み降ろしながら歩く。
調べる必要などない。
街中を吹き飛ばしてしまえばテロ組織もいなくなる。
暴れまわってやった。

そこへ自衛隊のヘリがやってきた。

「や、止めろ! それ以上街を破壊するな!」
「テロ組織なんてどこにもいないじゃない! おじさん、嘘ついたでしょ!!」

ガバッと手をヘリに向かって伸ばす。
ヘリの視界が開かれた巨大な手で埋め尽くされた。
それが指を折り曲げながら近づいてくる。
握り潰そうとしているのだ。

「待て! や、奴等がここにいるのは本当だ! 今さっきどこにいるかの情報も入った!」

それを聞いて今まさにヘリを握ろうとしていた手が離れていく。
士官は盛大に息を漏らした。
妹はヘリに顔を寄せる。

「それ本当?」
「ほ、本当だ。別国の調査員が侵入して確認した」
「どこなの?」
「あの街の外れにある聖堂だ。中に組織の主犯格が集まっているらしい」
「そっか、ありがと!」

妹は笑顔で駆け出した。
無数の家々と人々を踏み潰して。


 *


聖堂。
四方100mの大宮殿。
普段は参拝者の集まるここには今テロリスト達が集まっていた。
世界の狂ったバランスに楔を打つために。
今の国の首脳共は世界の狂わせそれをコントロール出来ないでいる。
ならば今こそ我等が立ちこの世界を正しき方向に導くべきだ。
そのためにはこの狂った世界をコントロールしているものを排除しなければならない。
この戦いはそのための聖戦だった。
彼等はそんな野望、ある種、夢と言い換えても言い。
世界の有様に憂いを感じた者達が集い、結成されたのがこの組織。
世界を救いたいという意志は本物だ。
その狂った世界の連合軍などに、我々の意志が負けるはずが無い。


  ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


そんな彼等の隠れる聖堂が突然大揺れに見舞われた。
そして傾く大宮殿。
何があった。
何人かが辛くも窓辺へと駆け寄るとその窓を開き外を見た。
するとそこには恐ろしく巨大な人間がいた。
同時に地面がはるか下方にある事にも気付いた。
この聖堂は今高度1000m超の上空にあったのだ。


「やっとつかまえたよ」

妹は手の上の大聖堂を持っていた。
聖堂の前に立った妹は大聖堂の下へと手をもぐりこませ、100m四方の聖堂を持ち上げてしまったのだ。
100m四方とっても妹にとっては10㎝程度。小さな置物に他ならない。
妹の胸ほどの高さだがそれは人間にしてみれば山よりも高い位置だった。

「見つけるの苦労したんだからね」

手の中の大聖堂を見る。
何人かがたくさんある窓からこちらを見上げているのに気付き妹は笑顔を返した。
さて、これをどうしようか。
投げ捨てようか。
きっと放物線を描いた後に地面に落ちてクシャリと砕けるだろう。
それともこのまま落とそうか。
それでも同じ様にクシャリと砕けるはずだ。
う〜ん、いや面倒くさい。
このまま握り潰すことにしよう。
妹は聖堂を上下から、まるでおにぎりでも握るように包むとそっと力を込めた。

 ギュッ

手を開いてみるとそこには瓦礫と砂しか残っていなかった。
手から零れ落ちた瓦礫がサラサラと風に流されている。
世界の行く末を憂い集った夢多い者達は自分達の存在と意思を表明することも無く皆この世を旅立った。
手を傾け瓦礫を落とす。
そして手をパンパンと払った。

するとそこへ自衛隊のヘリがやってきた。

「…終わったようだな」
「うん。これでもう大丈夫だよ」
「…そうか、ご苦労だった。あとは我々が引き継ごう」
「でもまだ組織の人が隠れてるかも知れないでしょ? あたしが片付けてあげるよ」
「い、いや、そこまでやってもらうわけには…」
「だーいじょうぶ、任せて。…それにもう我慢出来ないの…」

言いながらもじもじと太ももを動かす妹。
まさか…。士官は顔が青くなった。
そんな士官が乗っているヘリを上目遣いで見ながら言った。

「おじさん達はいい人だから巻き込みたくないな。早く逃げてね」

 ピカッ!

妹が言い終わると同時にその身体は閃光に包まれ、そしてその輝きが収まったときそこのその巨体は無かった。
これまで何度も妹と相対してきた士官にはそれが何を意味するのかすぐに分かった。
唸り震えながら空を見上げる。
するとあの巨人が更に巨大になってそこに仁王立ちしていた。
この街を楽に跨いでいる。
先程までこのヘリはあの巨人の目線よりも少し高い位置を飛んでいたのに、今では足の指の高さもない位置だった。
そんな大巨人となった妹はそこにいるであろうヘリに話しかける。

「さぁ早く逃げて。今からあたし、おしっこするから」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

地鳴りがする。
妹がしゃがみこんでいるのだ。

「退避だ! 退避しろ! 全速力でこの街から…いや、この国から脱出するんだ!!」

士官の大声が響き、ヘリは慌てて飛び去った。


 ズズズウウウウウウウンン!

しっかりと腰を降ろし終えた妹は穿いていたパンティを脱ぐ。
まだ避難し終えていない住民や別国の軍隊などは長さ数千mの少女の性器を見上げた。

「あぅ…」

妹の小さな声が国中に轟く。
我慢していた所為もあって、それを排出するまでに時間はかからなかった。

 チョロ

少量が漏れ出し、さきほどまで妹が立っていた街を押し流した。そして。


 ジュドドドオオオオオオドドォォォオオォォオオ!!!


本気のおしっこが放たれた。
押し流された街を更に大波が押し流し、山も大地も削る。
太さ数千mのおしっこだった。
山が砕かれ押し流された。
最初の荒野も押し流された。
一秒も経たぬうちに先程まで戦闘していた区域は尿の海に沈んだ。
そこに居た住民や軍隊などその激流の直撃を受けてバラバラにされていた。
自衛隊のヘリはといえば、その轟音を背後に全速力で非難していた。
途中、無数に飛び掛ってくる直径数百mはあるおしっこのしぶきを避けながら。
あっという間に狙うものが無くなった妹は身体の向きを変え、別の街へと狙いを定める。

 シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

今回の事件にまったく関係のなかった街であるが、それもあっという間に流された。
高さ4千mほどの山脈の向こうに会ったのだが、1万mの高みから放出されるおしっこの前にはなんの意味も成さない。

「ん…っ」

ちょっと力を入れて放出してみた。

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

すると勢いを増した尿は今街を洗い流した場所にゴリゴリと大穴を穿った。
その勢いのままに身体の向きを変えると、大地にグレートキャニオンのような大渓谷が出来上がった。
大自然が長い年月をかけてつくる自然の彫刻を、妹は数秒の放尿だけでやってしまった。
地面に着弾したおしっこは尿の大津波となって更に遠くの街々を襲った。
国中の人が妹のおしっこで溺れたのだ。

暫くしてその激流も勢いを衰えさせやがて雫が滴る程度になった。
それでも直径は300mはある雫だが。
それをポケットから取り出したティッシュでふき取ると、そのティッシュは街があったところに置いた。
直径数千mの丸めた白いティッシュだった。

パンティを穿き、立ち上がった妹はまたおおきく伸びをした。

「う〜ん、終わったぁー。おじさん達はちゃんと逃げられたかな?」

足元を見渡してみるがたかだか数mのヘリなどもう妹には見えなかった。

「…でもきっと大丈夫だよね。さぁおうちに帰ろ〜」

妹は日本に向かって歩き出した。

今回テロ組織が展開していた国はほとんどが妹のおしっこに沈んでしまい国として機能を果たさなくなった。
世界をテロの脅威から救った代償としては大きいのか小さいのか。
そんな事は妹の頭にはない。
今日は兄と自衛隊のおじさんの役に立つことが出来た。
それだけで満足だった。
妹はルンルン気分で日本へと帰っていった。

途中、自衛隊のヘリを追い越したことには気付かなかった。


 *
 *
 *


翌日。

バルコニー。
バサリと新聞を開く兄。
たくさんの記事が載っているが中でも一番目を引いたのは『犯罪テロ組織、連合軍の力で壊滅か!?』の文字。
ではなく、アジアの一国が巨大少女によって蹂躙されたらしいという記事。
記事では詳細な説明は省かれていたが、そこに映る航空写真のその国を覆い尽くす黄色い海、そしてそこに残る巨大なティッシュを見れば何があったかなど一目瞭然だった。
更に記事にはテロ組織と連合軍、両軍の壊滅とも書かれている。

「ふむ…」

コーヒーをひとすすり。

「たしかにあいつには『自衛隊を助けて来い』と言ったが、やっぱり自衛隊以外は無視したか」

連合軍で生き残ったのは日本の自衛隊のみ。
素直と言うか抜けてると言うか。
パラリ。新聞をめくる。
するとそこにはまた『別の犯罪テロ組織が日本国家転覆を狙う!?』という記事が書かれていた。


「ふむ…」


もう一度コーヒーをひとすすりした後、兄は妹を呼んだ。




FIN