**  注意事項  **

18禁ではありませんし過激な表現もありませんが有害っちゃあ有害なのでその辺は御自身の責任で。



**  備考  **

1.試験的にキャラクターの台詞を

    名前:セリフ。

  から

    名前「セリフ」

  に変えています。

2.タイトルの通り前回と同じ日常生活をメインにしております。
  今回は前回書けなかった平凡なイベントを詰め合わせました。

3.今後の展開のために意図的に盛り上がりを少なくしております。ご了承ください。

4.二人だけの世界展開中。




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 〜 魔王クラナ 〜


第3話 「続・魔王との生活」

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  起床
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ダイン「ふぁ〜あ…」

 布団をどけ、大きな欠伸をしながら身体を伸ばすダイン。
 カーテンから漏れる光は弱々しくまだ陽が出てから間もない様だ。
 騎士として早朝の訓練が身についているダインは雨の日でも風の日でもとりあえずこの時間に起きる。
 目を擦りながら見た横には丘の様に大きなクラナの頭。
 小さな寝息を立て幸せそうに眠っているその顔は少女のそれだった。

ダイン「ふぅ…起きてる時もこんなにおとなしかったらなぁ…」

 もう一度欠伸をしたらそのままベッドの脇へと向かう。
 そこにはロープとハシゴがかけられておりベッドから自力で昇降出来るようになっているのだがその高さたるや40メートル超。
 城下町にあった展望塔よりも高い。

 降りるときはロープを滑り降り上るときはひたすらハシゴを使う。
 命綱なんか無い。落ちれば大怪我だ。
 更に時間も相当かかるので非常に効率が悪いが基本的に昇降はクラナが手伝ってくれるからこの朝ベッドから降りる時以外は問題ない。
 それにこのロープを滑り降りるのも、エリクサのお陰で身体能力が上がっている今はそれほど苦ではなかった。
 王宮で騎士だった頃より1.15倍くらい楽だ。
 
ダイン「よっと」

 ロープに掴まりサーッと下まで降りる。
 握り加減を調節すれば手に負担もかからない。
 あとコツは下を見ないことだ。慣れてきたとは言え怖いものは怖い。
 
 そしてやっとこさその断崖を下り終える。
 地面の感覚が懐かしい。両の足が地面に着いた瞬間、心の底からほっとする。
 
ダイン「…さて、行くか」

 そして部屋の入り口を目指すダイン。
 朝の鍛錬も兼ねた散歩の為、城の外へ出るのだ。
 部屋の中でも十分に可能だがやはりちゃんと外に出て冷たい空気に触れ景色を見ながらする方が良い。
 なお、この部屋の入り口にはダイン様の小さな入り口が別に設けられ、
 城の入り口の巨大な門はなんと自動で開けることが出来るのでダイン一人でも城の外へ出ることが出来る。
 外へ出るだけでもそれなりの時間がかかるが、それも散歩の延長だ。

 と、ダインが広すぎる部屋を入口に向かって横断している時だった。
 

クラナ「ん……う〜ん……」

   ゴゴゴ…ゴゴゴゴゴゴ…

 部屋に唸り声の様な音と地鳴りの様な音が轟いた。
 後ろを振り返ってみればクラナが掛け布団をどけゆっくりと身体を起こしていた。

ダイン「起きたのか? いつもならまだ寝てる時間なのに…」

 クラナはベッドの淵まで移動するとそこに腰掛け大欠伸をしたあと目を擦っていた。
 その目は未だに眠たげだ。
 なるほど。起床ではなくただトイレに起きただけか。
 クラナが部屋の入口に向かって歩き出す。
 さてと、俺も散歩に…とダインが入り口の方に向き直ろうとした時だった。

   ペタン  ペタン

 クラナの履いたスリッパの音が響く。
 バッと後ろを振り返るダイン。

   ペタン  ドスン…

 真っ直ぐに入り口を目指して歩いてくるクラナ。
 ダインは間違いなくその進路上にいる。
 クラナの顔を見上げると目は虚ろで眠たげで、明らかにダインに気付いていない。

ダイン「やばい…!」

 急ぎダインはクラナの進路からそれるため走った。

   ドスン…!  ドスン!


  ………ドスウウウウウウウウウウウウウウウウウン!


 直後、さっきまでダインが立っていた場所に踏み降ろされる巨大なスリッパ。
 その振動と跳ね除けられた突風に宙を舞うダイン。

ダイン「うわぁ!」

 やがて地面へと墜落し転がるダインはしこたま打ち付けた身体をさすりながら離れていくその足音とクラナの後姿を見送った。
 
ダイン「いてて…! …寝起きももう少し足下に注意してくれよ…」

 はぁ。ため息を一つ。
 そしてダインは自分用の入り口ではなく、開け放たれた巨大な扉から部屋を出て行った。



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  朝食
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 キッチンにて朝食を取る二人。
 大皿が何十枚も載りそうな広大なテーブル。
 クラナはテーブルの横の椅子に腰掛け、ダインはテーブルの上の小さなテーブルの横に腰掛けた。
 そしてダインは今自分の目の前に置かれた朝食を見て呆然としていた。

ダイン「…」
 
 ダインの目の前で香ばしい匂いをさせているのは牛の丸焼き。
 テーブルの上にドンと置かれたそれが今日の朝食だった。

ダイン「…」

 いつまでも箸をつけないダインにクラナが話しかける。

クラナ「どうした? 食べないのか?」
ダイン「いや…その……朝から重すぎるだろ…。第一こんな量食べられないって…」
クラナ「そうか?」

 首を傾げるクラナの前には大皿の上に山盛りになった数十頭分の牛の丸焼き。
 先程からクラナはその一頭分を一口二口で平らげている。

ダイン「…」

 仕方なし是非もなし。
 ダインは自分よりも大きな牛の丸焼きに箸を伸ばした。
 胃がもたれるのは覚悟の上だった。

 当然、全部食べきれるはずなんてなかった。



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  昼寝
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クラナ「ふぁ〜あ…。食ったら眠くなった。昼寝でもするか」

 今起きたばかりじゃないか…。
 そんなダインの呟きをよそにクラナに連れられたダインは玉座の間に来ていた。
 そして玉座に深く腰掛けたクラナ。

クラナ「さて…」
ダイン「ちょっと待て」
クラナ「なんだ?」
ダイン「何で俺まで?」
クラナ「昼寝は嫌いか?」
ダイン「そうじゃなくて…食べたから腹ごなしの運動でもしようかと思ってたんだけど」
クラナ「私は眠いから寝る。お前も寝ろ」
ダイン「いやだから俺は運動を…」
クラナ「しつこいな…それ」

 手の上から転げ落とされたダイン。
 そこは寄せられたクラナの胸、谷間の上だった。

ダイン「あいたッ! って何してるんだ!」
クラナ「そこで寝ていろ。落ちることもあるまい」
ダイン「こ、こんなとこで眠れるわけ…(赤面)」
クラナ「寝られないなら好きにしていろ。なめまわしてもいいぞ」
ダイン「な、なめ…!? ばか! そんなことするわけ無いだろ!」
クラナ「くく…では私は寝る。後は好きにしろ」
ダイン「おい! ちょっと待…」
クラナ「…zzZ」
ダイン「早ッ!」

 クラナは頬杖をついて眠ってしまった。

ダイン「ったく勝手な奴だよ! ほんと」

 ため息をつきながら立ち上がったダイン。
 ところが柔らかい地面に足をとられまた転がった。
 図らずも谷間に顔をうずめることとなった。

ダイン「うわッ!(転んで) うわッ!!(恥ずかしくて) ……ほんっとによ〜…恥ずかしいとか思わないのか…」

 またため息をひとつついてクラナの顔を見上げる。
 平和そうな寝顔だった。

ダイン「はぁぁ…。まぁいいや。とりあえず降りるか」

 と、辺りを見渡してダインは気付く。
 ここはクラナの胸の上。下に降りるハシゴなんか無い。
 どこに移動するにしても10メートル以上の上り下りが必要だった。
 もちろん飛び降りれば無事では済むまい。胸の上の牢獄だ。

ダイン「………。はぁぁぁぁぁあああ…」

 盛大にため息をついたダインはがっくりと肩を落とした。

 それからクラナが目覚めるまでの2時間、ダインはずーっとクラナの胸の上をうろうろしていた。



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  トイレ
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   ブルリ

 身体を震わせたダイン。

ダイン「う、トイレに行きたくなった…」
クラナ「そうか。では私も付き合うとしよう」

 ひょいとダインを摘んで歩きだすクラナ。


***


 で、トイレの前。
 クラナ用のトイレのドアの横に小さな仮設トイレの様なダインのトイレがある。
 この仮設トイレは城中に設置されておりダインが何処でトイレに行きたくなっても大丈夫なのだ。
 …申し訳ないと思う。

 で、トイレの前。
 クラナはダインを小さなトイレの前に降ろすと自分のトイレのドアに手をかけた。

クラナ「ではな。終わったらそこで待っていろ」
ダイン「ああ」

   パタン

 二つのトイレのドアが閉められた。

 専用のトイレの中、ダインは用を足していた。
 仮設ながら設備はしっかりしたものでファンタジーウォシュレットも装備していた。
 
「ファンタジーウォシュレット」
 ・人力で水が出る。

 …とトイレの解説をしている間にダインは用を足し終えた。
 ズボンを直して手を洗っていると、その水の音を掻き消すほど大きな、大量の水の流れる音が聞こえてきた。

ダイン「………聞こえてる、とは言えないよな…」

 ダインは訊かれたら手を洗っている音で何も聞こえなかったと言う事にした。
 そしてトイレを出てクラナを待つ。

 やがてその大きな扉が開かれてクラナが出てきた。
 
クラナ「お、ダイン。音は聞こえていたか?」
ダイン「うん、ばっちり。…………………って、聞こえてない聞こえてない! 手を洗ってる音で聞こえませんでした!」
クラナ「くくく…! 正直者め。お前、そんな事では女に引っ叩かれるぞ」
ダイン「うるさい! お前が開口一番「聞こえたか?」なんて訊くからだろ!」
クラナ「私は別に気にせんからな。もとよりただの生理現象に羞恥を覚えるのはお前等人間だけだ」
ダイン「そ、そうなの!? 魔王は恥ずかしくないのか?」
クラナ「それぞれ、と言ったところか。恥ずかしがる奴もいれば全く恥ずかしがらない奴もいる」
ダイン「でも…、魔王にもトイレがあるのな」
クラナ「何も無いよりは便利だからな。では戻るか」

 そしてクラナはダインを摘み上げると部屋へと戻っていった。



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  昼食
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 キッチンにて昼食を取る二人。
 大皿が何十枚も載りそうな広大なテーブル。
 クラナはテーブルの横の椅子に腰掛け、ダインはテーブルの上の小さなテーブルの横に腰掛けた。
 そしてダインは今自分の目の前に置かれた昼食を見て呆然としていた。

ダイン「……またかよ…」
 
 ダインの目の前で香ばしい匂いをさせているのは『豚』の丸焼き。
 テーブルの上にドンと置かれたそれが今日の昼食だった。

ダイン「…」

 いつまでも箸をつけないダインにクラナが話しかける。

クラナ「どうした? 食べないのか?」
ダイン「食べられるか! 朝からあの重い牛の丸焼き食べたのに昼は豚だと!? 肉しか食べてないぞ!!」
クラナ「肉は美味いぞ。肉を食べねば己の血肉は作られまい」
ダイン「でももうちょっとバランスの取れた食事をだな」
クラナ「野菜は嫌いだ」

 プイと顔を背けるクラナ。
 あ、今なんかクラナの人間っぽさみたいなのが見えた。魔王だけど。
 その仕草に見とれていたダインはハッと我を取り戻すと再び抗議した。

ダイン「いやしかしこんな偏った食事の取り方してたら身体に悪いだろ。量だって多いし…」

 その時、すぅっとクラナの目が細めらた。

クラナ「…お前、私の料理が食えんと言うのか?」
ダイン「うっ…」

 それはダインであってもたじろぐほど冷たい視線だった。

クラナ「どうなんだ? ダイン」
ダイン「…」

 魔王から放たれる言葉。
 返事しだいでは生死を分ける。
 たらり。ダインの頬を汗が流れる。
 正直…怖い。
 が、思う。

ダイン「(クラナは俺の事を認めてくれている…。なら俺もクラナの為に言うべき事は言わないと…)」

 よし! ダインは深呼吸をして言った。

ダイン「あのな…」
クラナ「まぁお前の言うことが正しいな」

 突然ダインの言葉を肯定するクラナ。
 先程の冷酷なオーラは何処へやら。
 ダインの言葉を遮ったクラナはほぅっと息を漏らした。
 …あれ? 俺せっかく覚悟決めたのに…。

クラナ「私は別に肉だけだろうと気にしないがな。今までもそうだったのだから。
    だがその所為でお前が病になってしまったらかなわんし…何か手を講じてみるか」

 腕を組んで考えるクラナをダインは見つめていた。

ダイン「(クラナも…俺の事考えててくれてるんだな)」

 ちょっと照れくさくてはにかむダイン。
 んでクラナは言う。

クラナ「とりあえず、こいつらを食ってしまうか。作ったからには残さず食べるのが常だ」

 ぽいと丸焼き一個を口に放り込んだ。
 ダインは自分の分の丸焼きを見て胸焼けがした。

クラナ「食えないか?」
ダイン「…ああ、胃がむかむかするよ…」
クラナ「そうか…。では少し演出を加えよう」
ダイン「演出?」

 首を傾げるダイン。
 クラナはスプーンでダインの分の丸焼きをすくい上げそれをほぐすとそのスプーンをダインの前に差し出して言った。

クラナ「ほれ、口を開けろ」
ダイン「えぁ!?」
クラナ「何を驚いている?」
ダイン「く、口を開けろって…食べさせてくれるって事?」
クラナ「そうだ。お前の性格からして、女に差し出されたものは受け取らずにはいられまい?」
ダイン「そ、そうかも知れないけど…。でもこれを食べるのは無理だよ。俺よりスプーンの方が大きいんだぞ」
クラナ「それもそうだな。だが肉はすり潰しておいた。全部は無理にしろ一口くらいは食べておけ」
ダイン「…そうだな。でなきゃこの豚に悪いもんな」

 スプーンに近寄ったダインは自分のスプーンでそこに乗っている丸焼きだったこんがり肉を食べた。
 クラナは頬杖をついていた。
 その光景はまるで少女がペットにエサをあげるような…。

ダイン「ペットだとぉ!?」
クラナ「似たようなものだろう。お前は私の暇つぶしの為にここにいるのだからな」

 ニヤリと笑みを浮かべるクラナ。
 ダインは腕を振り回しながら抗議した。

ダイン「ふざけるな! 俺は人間だぞ! いくら魔王でも人間をペットだなんて…」
クラナ「肉が冷めるぞ」
ダイン「あ、うん…」

 もそもそと食べ始めるダイン。
 くっく…。クラナはこみ上げる笑いを抑えられなかった。

クラナ「安心しろ。お前をペットだなどと思ってはいない。お前は私が信の置く唯一の人間だからな」
ダイン「…ありがとう。でも二度とペットとか言わないでくれよ」

 もぐもぐ。食べながらクラナを睨むダインだった。
 クラナは笑いながら肯いた。
 
 そして暫く。

ダイン「ダメだ…。もう食べられない…」

 スプーンの上の肉はほとんど減っていなかったが。
 クラナはそのスプーンを口に運んだ。

クラナ「ふむ、まだ足りないような気がするな…」

 自分の分も食べ終えたクラナがポツリと呟く。
 いつの間にか豚の丸焼きの山は消えていた。
 
ダイン「まだ足りないのか。何十頭いたと思ってるんだ。…この辺りの動物がいなくなるのも肯けるよ」 
クラナ「どうするか…」

 と、考えていたクラナが何かを思いついたようだ。
 おもむろに水で口をすすぐとニヤリと笑ってダインを見下ろした。

クラナ「まだ一匹残っていたな…」
ダイン「え?」

   ドテッ

 ダインは突然後ろから来た何かに足下をすくわれ尻餅を着いた。
 ところがそこはテーブルではなかった。

ダイン「いたっ。…なんだこれ」

 倒れこんでいたのは銀色の擂鉢。
 首を傾げるダイン。
 そしてその擂鉢の先の部分にはクラナの指があった。

ダイン「……まさか」

 そこはスプーンの上であった。
 それがゆっくりとクラナの顔の前に持っていかれる。
 そして目の前の大きな口が開いた。

クラナ「さて、じっくり味わわせてもらおうか」
ダイン「ちょっ! クラナ!?」

 たじろぐダインをよそに開かれた洞窟の様に大きな口。
 ピンク色の唇に縁取られ内部には岩のような白い歯が並びその中央で蠢く巨大な舌。
 洞窟からは生暖かい空気が吹き付けられる。
 ダインは逃げようとしたがここはスプーンの上、逃げる場所なんかない。
 唇の入り口を通り抜け歯の門を通り抜け奥へと進む。
 
   フッ…

 光が消えた。
 唇が閉じられたのだ。
 闇の中、見えるものは何も無い。
 しかし口の中に入れられたものがたどる道は一つだ。
 何故? 何故こんな事を。

ダイン「クラナ! クラナーーー!!」

   スポ

 スプーンとその上に乗っているダインは口の外へ出された。
 目の前にはニヤニヤ笑うクラナの顔。

クラナ「どうだ? 驚いたか?」
ダイン「お、お、お、驚いたか、じゃないよ! 何するんだ突然!」
クラナ「くくく…予想通りの反応だな。その顔が見たかったんだ」
ダイン「このぉ…! …もう止めてくれよ。驚きすぎて身が持たないよ…」
クラナ「すまんすまん。だが、これからやる事はふざけてやるわけではないからな。勘弁しろよ」
ダイン「え…?」

 と、クラナの顔を見上げたダインを口の中から出てきた舌が押し倒した。

ダイン「うわっ!」

 倒れたダインをなめまわす舌。
 押し返そうにもヌルヌルしていてうまく力が伝わらない。
 厚みだけでもダインの大きさと同じくらいはある舌は柔らかくも強力な力でダインを押さえ込んでいた。
 
ダイン「や、やめろクラナ! いったい何を…うぷ」

 ダインの顔が舌で覆われ、それは激しく動いた。
 ペロペロとなめ回しているのだろう。
 暖かくて柔らかい感触だ。
 ダインの鼻の穴や口の中にクラナの唾液が入ってくる。
 吐き出そうにも舌が動くたびに大量のそれが押し込まれてくるのだ。
 酸素を求めていた身体はそれ飲み込んで口に空間を作ろうとした。
 
ダイン「……! ……ゴクン…。…ッ!!」

 飲んでしまった。
 クラナの唾液を。
 ダインの顔が真っ赤になる。
 相手の唾を飲むなんて…そんなのディープキスの…恋人同士でやるもの…。
 ダインは友人から聞いた話や本から得た知識を思い出していた。

 やがて舌はダインの全身をペロリとひとなめした後、口の中に戻っていった。

クラナ「ふむ、これでいいだろう」
ダイン「…」

 得心がいったようなクラナ。
 だがダインはうつむいて黙り込んだままだった。

クラナ「どうしたダイン? やはり怒っているのか…?」

 心配そうな瞳がダインの顔を覗き込んでくる。

ダイン「クラナ…?」
クラナ「今のはお前の顔に食べかすが付いていたからそれを取ろうとしてやったのであって、
    決してお前をからかおうとしてやったわけではないのだ。だからあまり怒るなよ…」
ダイン「…だったら言ってくれれば自分でやるよ。お陰で全身びしょびしょ…お風呂入らないと…。
    …そんな事よりもクラナ、あまりこういう事はしない方がいいと思うよ」
クラナ「何故だ?」
ダイン「何故って…、まぁ人の身体をなめるってのがすでに尋常じゃないけどさ…。ええと…」

 ダインは先程思い出した本の内容を頭の中で整理した。

ダイン「お前が俺の顔をなめたとき俺の口とお前の舌が触れ合ったんだ。これはなんて言うか…キスみたいなものだろ?
    こういう事はやっぱり恋人同士でやるものであってだな…」
クラナ「なんだ…そんなことか…」

 ほうっと息を漏らすクラナ。
 ダインは首をかしげた。
 あれ? 安堵してるの?

ダイン「クラナ?」
クラナ「てっきりお前の逆鱗に触れたのかと思って内心震えていたのだが…。
    …そんなことなら問題ない。人間の倫理でこの私を縛ることなど出来ないのだから。
    何をしたところで咎められることも後ろめたく思うことも無い」
ダイン「いや、でもだな…」
クラナ「お前ももう少し度量の大きな人間になれ。小さなことをいちいち気にしていたら器は大きくならんぞ」
ダイン「しかし…」
クラナ「…まだ分からんようだな。いいだろう。言いたい事があるなら言ってみろ」

 言いながらクラナは先程ダインをなめまわした舌で舌なめずりをした。

ダイン「…なんでもありません…」
クラナ「分かればいい」

 フン。クラナが鼻を鳴らした。



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  買い物
*******



  玉座の間


 テーブルの上のダインは椅子に腰掛けたクラナに問う。

ダイン「ねぇクラナ。買い物に行きたいんだけどここから一番近い街って歩いてどのくらいかかる?」
クラナ「そうだな…。2時間弱といったところか」
ダイン「そっか。じゃあ俺ちょっと行って来るよ」

 そこでクラナはニヤリと笑った。

クラナ「ただし…、私の感覚でな」
ダイン「え…。じゃあ俺の感覚だと…?」
クラナ「一週間」
ダイン「げ…」

 悩むダイン。
 片道一週間ということは往復で二週間と言う事だ。
 ちょっとの買い物とはまるで割に合わない。
 が、行かないわけにもいかないし…。

 と悩んでいるダインを巨大な指が小突いた。

ダイン「あいた!」
クラナ「いちいち悩むな。私が送ってやれば済む事だろう」
ダイン「え!? でも、俺の用事にお前をつき合わせるわけには…」
クラナ「良いと言っている。お前はもう少し私を頼れ。お前では面倒なことも私がやればあっという間に終わるものもある」
ダイン「気持ちは嬉しいけどさ…。そうなると俺の用事に毎回つき合わせることになるし…」
クラナ「頼られて嬉しくない奴はいない。私はお前に手を貸してやりたいのだ。
    女を引っ掛けに行くのも世界征服をしに行くのも手伝ってやる」
ダイン「ど、どっちもしないから! …ホントにいいのか?」
クラナ「くどい奴め。そら、今から出ないと帰ってくるのが私の足でも夕刻になるぞ」

 言いながらクラナはダインを掌に乗せた。

ダイン「うわ! 悪いな…クラナ」
クラナ「いらんいらん。好きでやっているのだ」

 笑いながら部屋を出て行くクラナ。


***


 2時間後
 二人は街まで山一つというところに着いていた。

クラナ「この山を越えればすぐだ。送ってやれるのはここまでだな」
ダイン「十分だよ。ありがと」
クラナ「フフ、さぁさっさと行って来い。私はここで昼寝をしているからな」
ダイン「ああ、すぐ帰ってくるよ」

 ダインは山を越えていった。


***


 そして今は買い物を済ませた帰り道。
 急いだつもりだったがそれでも陽が沈みかけていた。
 ダインは来る時越えた山を登っていた。

ダイン「すっかり遅くなった…。怒ってなきゃいいけど」

 ふぅ。背負子に大量の荷物を背負い込んだダインは汗を拭って息を吐いた。
 長い長い山道。辺りの森からは動物の鳴き声が聞こえる。
 
 と、その時、その森から何人もの人影が飛び出してきた。

ダイン「!?」

 背負子を降ろし剣を構えたダインはその人間達の顔を見回した。

ダイン「……どいつもこいつも悪そうな顔…。山賊、盗賊、夜盗、それともただ人をボコボコにしたいだけの馬鹿の集まりか?」

 リーダーらしき男が号令を発した。
 その動きに合わせて周辺の男達は剣を振りかぶってダインに襲い掛かり、また別の男はダインの降ろした荷物へと手を伸ばした。

ダイン「なるほど…全部か」

 ダインは斬り込んで来た男の剣を弾き落とすと剣の腹で男の顔を思い切り叩いた。
 ゴーン! という鐘を鳴らしたような音を響かせて男はぱったりと倒れた。
 返す刃で荷物に手を伸ばしていた男の後頭部を同じ様に叩く。
 あっという間に二人の仲間が倒れたのを見て男達の足が止まった。
 だがそこはリーダーの出番。再びその怒声が発せられると今度は全員がダインに向かってきた。
 荷物を取る前にこいつをたたんでしまおうという考えだ。
 柄を握りなおし迎え撃つダインだが流石に多勢に無勢。
 身体能力が強化されて攻めるも避けるも容易いが、四八方を囲まれれば一撃二撃は食らってしまう。
 剣を振るうたびに向かってくる男の数は減っていくがしんどくてたまらない。
 やがて見かねたリーダーが両手に剣を持って斬り込んで来た。
 剣を合わせた瞬間ダインは悟る。こいつは強い。
 腹で戦えば不利は必至。ダインは刃を立てた。
 大柄のリーダーの太い腕から繰り出される一撃一撃は体躯的に劣るダインには受け止めるだけで精一杯。
 二刀流は技と技の隙が少なく斬り込むのも難しい上に周囲の雑魚も残っているから下手に攻勢に出るわけにもいかなかった。
 故に今は考え無しに斬り込んでくる雑魚を叩き伏せるだけにとどめ、守勢を維持して敵を減らす。
 だがダインの思惑を見抜いたリーダーが攻めに出た。
 そうなるとダインはリーダーに意識を向けなくてはならず雑魚に気を回すことができなくなる。数を減らすことができない。
 周りの雑魚もリーダーを筆頭に攻めてきた。
 前後左右共に死角無し。
 さてどうするか…。

 と、ダインが今後の展開の仕方を考えたときだった。


   ズドォォォオン!!


 その場にいる全員が地面に投げ出された。
 ぶつけた頭を抑えて周りを見るダイン。
 すると夕闇に染まる森の向こう、腕を組んで仁王立ちするクラナの姿が見えた。

クラナ「ダイン…。これはどういうことだ…?」

 口の端は歪められ、その顔は笑っている様に見えたのだが、ギラついた目と額の青筋がそれを否定した。

ダイン「げっ…怒ってる…」

 冷や汗が流れる。
 夜盗たちはみな目を丸くして呆然とクラナを見上げていた。

クラナ「どうした…? 答えろ」

 トントンと指を動かしながらクラナは言った。
 流石に何時間も待たされればそりゃ怒る。

ダイン「い、いやぁ…帰り道でいきなり襲われちゃって…」

 ハハ…ひきつった笑みを浮かべるダイン。
 怒っているというよりイラついてるな…。
 暴走はなさそうだけどなんかネチネチしたことされそうだ。

クラナ「そうか…」

 ジロリとその双眸に見渡された夜盗たちは気の弱いものからバタバタと倒れていった。

クラナ「私達はこれから家に帰らなければならないのであまり時間は無いんだ。だからとりあえず皆殺しで勘弁してやる」

 全然勘弁してない…。
 あ〜あ…とダインは思った。

ダイン「あのさクラナ…」
クラナ「分かっている。もうお前の前で人間は殺さん」
ダイン「え…?」
クラナ「一応は同胞だからな。憎い奴であろうと死ねば寝覚めが悪かろう。手加減はしてやるつもりだ」

 言いながら手を伸ばすクラナ。
 ダインはその言葉に感動を覚えていた。

ダイン「クラナ……ありがとう」

 そんなダインをよそに、クラナの伸ばされた手は夜盗のリーダーをつまみ上げていた。
 呆けていたリーダーは指先につままれると思い出したように暴れだした。

クラナ「無駄だ。人間如きがいくら足掻いたところで抗う事はできん」

 言いながらクラナはリーダーを掌の上に乗せ、もう片方の手をゆるく丸め人差し指を親指で押さえた。デコピンだ。

   ペシ

 放たれた指はリーダーを捕らえると彼を空の彼方へ弾き飛ばした。
 滝のような鼻血を噴き出しながら飛んでいく様はまるで箒星の様だった。

 リーダーが星になったのを見届けたクラナはそこに残っている雑魚達を見下ろす。
 全員がビクリと肩を震わせたがその場から動く事は出来なかった。
 クラナは足下に落ちていた岩を拾いながら言う。

クラナ「虫けら共。今日見た事は死ぬまで口外にしない事だ。でなければ…」

 バコッ! という音を立てて岩がクラナの手の中で砕け散った。

クラナ「…こうなるぞ」

 クラナは手に付いた砂を夜盗達の上で払い落とした。
 それを契機にしたように夜盗たちは散らされた蜘蛛の子の如く森の中へと消えて行った。

 フン。鼻を鳴らしてパンパンと手をはたくクラナ。
 そしてダインと荷物をつまみ上げると城に向かって歩き出した。

クラナ「まったく…。いつまでも帰ってこないと思えばあんな奴等とじゃれあっていたとは」
ダイン「じゃれあってなんかないよ。一歩間違えば死ぬところだったんだぞ」
クラナ「修行が足りんな。たかが十数人、一撃で屠れるようになれ」
ダイン「そんなの人間業じゃない…」

 二人の姿は夜闇の中に消えて行った。



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  夕食
******

  
 
 キッチンのテーブルの上で買ってきた荷物を広げるダイン。
 クラナはそれを興味深そうに見つめていた。

クラナ「それはなんだ?」
ダイン「携帯用の調理器具だよ」
クラナ「調理器具?」
ダイン「そう」

 ダインはそれを組み立てる手を止めて立ち上がった。

ダイン「いつまでもお前にご飯を作ってもらうのは申し訳ないからさ。自分の分くらいは自分で作ろうと思って」
クラナ「お前、料理が作れたのか」
ダイン「ほんの少しだけどね。騎士団にいた頃、野営とかやるときは自炊だから」

 えーと、と取説を読む。

ダイン「……このシートを敷いておけば火が飛んでも火事にはならなそうだ。…これで完成」

 ダインの目の前には即席のキッチンが出来上がっていた。
 用意すれば水も火も出る、普通のキッチンとなんらかわりの無いものだ。

ダイン「じゃあ夕飯の準備をしようか。クラナはどうする?」
クラナ「私はもう少しお前を見ていよう。夕餉は鳥の丸焼きにするつもりだからすぐ出来る」
ダイン「また丸焼き…」

 ふとダインの脳裏をよぎる予感。
 ダインはクラナに尋ねた。

ダイン「ねぇクラナ…」
クラナ「なんだ?」
ダイン「あのさ……違ったら謝るけど…………もしかして、丸焼き以外の料理が作れないの…?」

 その瞬間、ビシッと音を立ててクラナの表情にヒビが入った。
 身体がプルプルと震え、頬がどんどん真っ赤に染まっていく。

ダイン「(やば! 怒らせたか!?)」

 ダインはきたる災厄に身構えた。
 が、特に何もされなかった。
 顔を真っ赤にしたクラナはプイとそっぽを向いてポツリと言った。

クラナ「ああ…そうだ…」
ダイン「…」

 腕を組み、身体を震わせ、そっぽを向いた顔は怒りではなく恥ずかしさから赤く染まっている魔王。
 人知を超越したその存在は意外、料理が不得手だった。

ダイン「…そっか」

 知らず内にダインの顔が笑顔になる。
 それに気付いたクラナがダインに食って掛かる。

クラナ「何故笑う! 馬鹿にしているのかダイン!」
ダイン「いやいや違うよ。到底敵わない魔王だけどさ、完璧じゃないんだなと思って。その方が親近感を感じるよ」
クラナ「む…、そ、そうか? ならば良しとしよう」

 ほっ、と息を漏らすクラナ。
 心無しか顔も笑っているような。

ダイン「——…さて、じゃあ作るとするか。記念すべきキッチン創設1回目のお題はカレー」

 そして調理に取り掛かるダイン。
 まな板と包丁がトントンと小気味良い音を立て、具が次々と鍋の中に入れられていく。
 着々とカレーが作られていく様を、椅子に座ってテーブルに肘を着いたクラナは感心したように見つめていた。


***


 暫くしてカレーは完成した。
 鍋のふたを開ければ白い湯気と共に食欲をそそる美味しそうな匂いが立ち上る。

ダイン「うん、いい感じかな」

 ダインは買ってきた皿に釜で温めておいたご飯を乗せ、カレーをかけた。
 ほっかほっかの白いご飯とアツアツのカレーのコラボレーション、カレーライスの完成である。

ダイン「よし出来た」

 ダインがそのお皿を自分サイズのテーブルの上に置いたところでクラナが話しかけてきた。

クラナ「…なぁ、ダイン…」
ダイン「ん?」
クラナ「私にも…少しもらえないか?」
ダイン「えぇ!?」

 驚くダイン。
 クラナは人差し指をくわえてこちらを見ていた。
 
クラナ「ダメか…?」
ダイン「いやダメって事は無いが…こんな量じゃ足りないだろ…」

 ダインはカレーの入っている鍋を見る。
 この小さな鍋のカレーではクラナのスプーン1杯分にもならないだろう。

クラナ「…」
ダイン「……まぁ今回はそれでもしょうがないか。クラナ、スプーン貸して」

 言われたとおりスプーンを差し出すクラナ。
 ダインはその上にありったけのご飯と鍋の中のカレー全部を乗せた。

ダイン「…よし、と。いいよ」

 クラナはスプーンを持ち上げその先にちょこんと乗っているカレーライスを見た。
 しばらくそれを見つめていたがおもむろに口を開けるとゆっくりとそれを口の中に持っていった。

   もぐもぐ…

 スプーンの大きさから見ても寂しいくらいに少量のカレーを長い時間吟味しているクラナ。
 そして…。

   ゴクン

 飲み込んだ。
 そして閉じていた目をゆっくりと開けた。
 その先でダインが笑う。

ダイン「お味は?」
クラナ「美味い…」

 ポツリと呟くように言った。

ダイン「アハハ、それは良かった」
クラナ「もっと食べたいのだが、本当にもう無いのか?」
ダイン「残念だけど今回はあれだけだよ」
クラナ「そうか…」

 とクラナは小さなテーブルの上に乗っている皿に目を向ける。

クラナ「…」
ダイン「ってこれは俺のだからな! 流石にこれはやれないぞ!」
クラナ「分かっている。私も人の飯を食い尽くすほど落ちぶれては…」

 その時、部屋に雷鳴が鳴り響いた。
 何かと思ってダインがキョロキョロとあたりを見回すとクラナがお腹をさすっているのが分かった。

ダイン「……もしかして、お腹の音?」

 コクンと肯くクラナ。

ダイン「…」

 ふぅ、一息ついて苦笑するダイン。

ダイン「まぁしょうがないか。食べてもいいよ」
クラナ「馬鹿を言うな。それはお前のだろう」
ダイン「でも目の前でお腹を鳴らしてる奴がいるのに自分だけ食べられないよ。こんな量じゃ食べても足しにはならないだろうけど」
クラナ「ダイン…。…いや、ちょっと待っていろ」

 突然立ち上がったクラナは何かを念じ始めた。

ダイン「?」

 するとクラナの全身が光に包まれ、ダインはその光に遮られクラナの姿を見ることが出来なくなった。

ダイン「な、なんだ!?」

 やがて光が収まり、光を遮るために掲げていた手をどけるとそこにクラナの姿は無かった。

ダイン「き、消えた!? いったいどこに…」
クラナ「待たせたな」
ダイン「ん?」

 クラナの声が聞こえた。が、どこにもその姿は見えない。
 どこだ…?
 ダインがあたりを見渡しているとテーブルの向こうから歩いてくる人影が見えた。

ダイン「えっ!?」

 近づいて来てようやくそれがクラナであると分かった。

クラナ「どうした? そんな顔をして」
ダイン「ど、どうしたって…! お前の方こそどうしたんだ!? なんでこんな小さく…」

 ダインの目の前に立っているクラナは人間と同じサイズだった。
 ダインよりも若干背が低いといったところか。

クラナ「魔力で身体を縮小したのだ。前に巨大化して見せただろう? あれの逆だ」
ダイン「ち、小さくもなれたのか…」
クラナ「ああ。巨大化は秘める魔力の最大値までだが縮小化はどこまでも自在に行える。
    だが縮小は自らを弱くするという事だから好んでやる魔王はあまりいないがな」
ダイン「…だったら、なんで小さくなったんだ?」
クラナ「……ダイン…」

 なんとクラナは手を合わせて頭を下げた。

クラナ「半分でいい! 分けてくれ!」
ダイン「へ…?」

 両の眼をぎゅっと閉じ懇願するクラナ。
 あのクラナが頭を下げるなんて…と思いながらダインは気になったことを訊く。

ダイン「…もしかして、その為に小さくなったの?」
クラナ「そうだ」

 …。
 カレーを食べるためには弱くなることも辞さないとは…。
 でもそこまで望んでくれるとこちらも凄く嬉しいのは事実だ。

ダイン「分かったよ。お皿に分けるからちょっと待ってて」
クラナ「すまん。感謝する」


 そして二人はテーブルの上のテーブルでお互い半分になったカレーを食べたのだった。




ダイン「でもさ、小さくなれるなら最初の一口も小さくなって食べればよかったんじゃない?」
クラナ「は!」


***


 食後

 カチャカチャと食器を洗う音が響く。
 その横のテーブルでダインの入れたお茶を飲むクラナが言った。

クラナ「馳走になったな、ダイン。あんな美味いものを食べたのは初めてだ」
ダイン「ありがと。喜んでくれて俺も嬉しいよ。でもありきたりのカレーなんだよね」

 食器を片付けながらダインが答える。
 ずず…クラナがお茶を飲んだ。

クラナ「ありきたりと馬鹿にするものではない。現に私は飯を食べてこれほど感動した事は無いぞ」
ダイン「…今までの食事がみんな動物の丸焼きならそうかもね…」

   キュッ

 蛇口を閉め手を拭いたあとダインもテーブルについて一服。お茶を飲む。
 その時クラナがダインに問うた。

クラナ「ところでダイン。今の私のカラダはどうだ?」
ダイン「ぶほぉッ!!」(←噴き出した)
クラナ「どうした?」
ダイン「ゲホッ! ゲホォッ! ど、どうしたじゃないだろ! いきなり何言い出すんだ!」
クラナ「今の私はお前達人間と同じ大きさなのだ。人間の女と比べてどうだ?」
ダイン「ど、どうだと言われても…」

 と、ダインはクラナを見る。
 異性にあまり興味が無かったダインから見てもクラナは綺麗だと思う。
 長い髪はサラサラだし、肌はツヤツヤで、目はくりくりっとしてて、仕草には威厳とも取れる気品さがある。
 正直、今まで自分が会った異性の中で一番だろう。
 いたずらっぽいところもあるけどいつも俺の事を気にかけてくれているし、俺の作った普通のカレーをあそこまで喜んでくれた。
 可愛いよな。目の前の胸も大きいし。……って目の前!?

 気付けばほとんど目と鼻の先の距離にクラナの胸があった。

ダイン「な、な、なぁ!?」
クラナ「やっと気付いたか。さっきからずっと私の身体を見ていたからどこを見ているのかと思ったのだが、やはり胸だったか」
ダイン「ば、馬鹿! お前、人をからかうのもいい加減にしろよ!」
クラナ「くくく…この大きさだとお前の驚いた顔が良く見える。暫くこの大きさでいようか」
ダイン「え…!?」

 心臓のバクバクが止まらない。
 小さくなったクラナはもう人間と変わらない。
 その異性の胸が目の前に迫ると今までとは違うリアルな衝動が身体を駆け巡る。

クラナ「顔が赤いぞダイン」

 ニヤニヤ笑いながらクラナが更に上体を乗り出してくる。
 すると腕で胸が寄せられてその谷間がより一層深くなって…。

ダイン「わわ! 待て! 待てクラナ!」
クラナ「くく…触ってもいいぞ。人間の女の胸なんて触ったこと無いだろう」

 ぐい、と胸を突き出してくるクラナ。
 慌てて離れようとしてダインは椅子ごと倒れそうになっていた。

ダイン「う、うわっと! も、もうやめてくれよ…。俺はなんか越えちゃいけない一線を越えそうで怖いよ…」
クラナ「む…、そうか。ならやめよう」

 ストンと自分の座っていた椅子に戻る。
 あれ? もっとからかわれると思ったけど…。
 あっさりと身を引いたクラナに驚くダイン。

 その後クラナはテーブルから降りるために元の大きさに戻るまで一度もからかってはこなかった。

ダイン「…どうしたんだろ。まぁ助かったんだけど…」

 ダインは首を傾げながらお茶をひとすすりした。



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  就寝
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 いつの頃からかダインの寝る場所はクラナの枕の横となった。
 幸いにもクラナは寝相が良かったので今のところ潰されるといった事態には至っていない。
 蝋燭の明かりも消され光源はカーテンの開けられた窓から入ってくる月と星の光だけ。
 ダインの布団の上にはいつものようにクラナの手が添えられていた。
 重くは無い。むしろそのぬくもりのお陰でぐっすりと眠れる。
 まぶたを閉じ、夢の中に入るのを待っていたダインにクラナが話しかけてきた。

クラナ「…ダイン……」
ダイン「…なんだ?」
クラナ「お前は…私が好きか?」
ダイン「へぁ!?」
クラナ「どうなんだ…?」

 ダインは目を開いてクラナ顔を覗きこんでみたがその顔はからかっているようには見えなかった。
 ふぅ、ダインは一呼吸おいてから答えた。

ダイン「…好きだよ」
クラナ「それはどういう『好き』だ?」
ダイン「わ、分からないよそんなの。…いつもお前がからかってる通り、俺は女の子を好きになったことが無いんだから」
クラナ「そうか…。…いや、どんな『好き』でも構わない、ずっと私を好きでいてくれ」
ダイン「…? …クラナ、どうしたの…?」

 ダインはもう一度クラナの顔を見た。
 月明かりの逆光で良くは見えないが、その頬は紅潮していた。

クラナ「…私は、お前が好きだ」
ダイン「え…」
クラナ「本当なら胸にお前を押し付けてこの高鳴りを聞かせてやりたいが、お前は嫌がるだろう?」

 くくく…と笑うクラナ。

ダイン「…いつから?」
クラナ「初めてお前を見たときからだ。あの時、身体に衝撃が走ったのだ。理由など分からん。理屈など無いのだ。
    倒れていたお前を拾い上げその顔を見たときから、私はお前が好きになったのだ。一目惚れ…という奴だな」
ダイン「…クラナ…」
クラナ「まさか魔王たる私が人間如きにと思ったが、なるほど、納得も出来る。
    お前はきっと誰にでも好かれるのだな。たった数日の付き合いだが、それは分かった。
    お前ほど真っ直ぐな人間はそうはいまい。私の心はそんなお前の虜になってしまったのだ」
ダイン「…」
クラナ「言っておくが、普通、魔王は恋などしないぞ。男がいないのだ。恋愛感情など芽生えるはずも無い。
    今こうして胸を高鳴らせている魔王は私だけだろう」
ダイン「…なんで、俺なんかを…?」
クラナ「言っただろう、理由なんか分からん。気付いたらすでに恋に落ちていたのだ」
ダイン「…。でも…」
クラナ「そんな気持ちは迷惑か?」
ダイン「そんなことない! ないけど…、俺がその気持ちに答えられるかどうか…」
クラナ「お前が気にする必要は無い。私が勝手に恋に落ちたのだ。お前はお前のままでいてくれればいい」

 クラナの指がダインの頬を撫でる。
 …うん。ダインの返事は消え入りそうなほどか細かった。

クラナ「やはり恋愛の経験の無いお前にこの告白は重すぎたか…。どうしようか迷っていたのだが、気持ちを抑えられなくてな…」
ダイン「大丈夫だよ、うん…。ありがとう、クラナ。俺の気持ちもそういう『好き』だといいな…」
クラナ「ならそういう『好き』にしてやろうか?」
ダイン「え?」

 ? ダインが首をかしげていると掛け布団を肌蹴たクラナが身を乗り出してきた。
 ダインの上をクラナの顔が埋め尽くす。
 ワインレッドの髪が赤いカーテンの様に垂れ下がり、二人を世界から隔離した。
 カーテンの中にはダインとクラナの顔のみ。その顔はニヤリと笑っている。
 そしてその顔がダインに向かって下りてきた。
 ダインは自らの状況を整理出来ずにただ呆けていた。
 やがてそんなダインの目と鼻の先に来ていたのは、クラナの唇だった。


   チュッ


 それはダインの顔に触れたあとゆっくりとまた空へと上っていった。
 呆けていたダインの顔が、ボッ! と真っ赤になる。

ダイン「な、な、な、な、なななななぁぁぁああ!?」

 ダインは両手で自分の顔を押さえた。

クラナ「どうだった? 私のキスの感触は。顔にするつもりだったのにほとんど全身を覆ってしまったがな」
ダイン「ななななななにをををを…」
クラナ「くくく…坊やには刺激が強すぎたか」
ダイン「…。スー…ハー…スー…ハー…。何やってんだよ!」
クラナ「なんだ、もう一度言わせるつもりか?」
ダイン「い、言わなくていいから! てかこんな事は恋人同士でやるもんだって昼間言っただろうがよぉ!」
クラナ「なら恋人同士になればいい。そら、次はお前からだ」
ダイン「えっ!?」

 寝ているダインの真上に再びあの唇が現れる。
 手を伸ばせば手が届く距離。上体を起こせば唇が届く距離だ。

ダイン「…う……」

 だがダインは手を出せないでいた。
 視界を埋め尽くすピンク色の唇。
 先程の感触が身体中に残ってる。
 とても、柔らかかった。
 柔らかく、美しく、穢れない唇。
 だがダインは手を出せないでいた。
 触れてしまえばそれを穢してしまうような気がしたから。
 触れてしまえばもう戻れないような気がしたから。

ダイン「…」

 その時、目の前の唇がかすかに動いた。

クラナ「どうした? まだなのか?」

 唇から吹き付ける吐息が心地良い。
 だけど触れるわけにはいかない。
 自分の気持ちも分からないのにそれに触れるのはクラナに申し訳ない。

ダイン「…」

 だが、ダインの触れまいとする決意はあっさりと砕かれた。
 突然クラナが息を吸い込んだのだ。
 それに引っ張り上げられたダインは図らずもその唇にキスすることになった。

ダイン「あイタ! ……あ!」

 顔が上空へと上っていく。

クラナ「フフ…まったく、誘ってやらねばキスもできんか」
ダイン「お、お前なぁ!」
クラナ「何故拒む。私では不満か?」
ダイン「そんなわけあるか! …あ、いや、そういう事じゃなくてだな…やっぱりこう…こういう事はちゃんと気持ちを理解してから…」
クラナ「私がそれを望んでいると言ってもか?」
ダイン「う…、いや、例え頼まれてもダメだ…。そんな風に簡単に扱っていいものじゃないんだよ…」
 
 ブンブンとかぶりを振るダインにクラナは鼻を鳴らして笑う。

クラナ「女が望んでいるというのにな…。この頑固者め」
ダイン「なんと言われようとダメだからな」
クラナ「わかったわかった。ではもう寝るとしよう。…その前に…—」

 ん? とダインがクラナの顔を仰ぎ見たらまたあの唇が下りてきた。

ダイン「うわ! お前、今分かったって言ったじゃないかよ!」
クラナ「ああ、そういうキスはお前の気持ちが整理できてからにしよう。だから今は寝る前のキスという事で我慢してやる」
ダイン「全然分かってないだろうが! ここでしたら俺が拒んだ意味がないだろ!」
クラナ「これはスキンシップだ。いわば挨拶の延長だろう。お前は挨拶もろくに出来ん愚か者なのか?」
ダイン「ぐ…! 確かにこのキスはそうかも知れないが…」
クラナ「だろう? ほれ」

 ずいと唇を近づけてくるクラナ。
 このままではクラナはいつまでたってもやめそうに無い。
 ダインは真っ赤になって震えながら答えた。

ダイン「………わかったよ…」

 ダインは両手をその唇に添える。
 柔らかくて暖かいそれはダインの手が少し触れるとゆっくりと下りてきた。
 ダインも上体を起こしその唇に顔を近づけていった。


 そして、ダインのそれはクラナのそれにかすかに触れた。


 顔はすぐに去って行き、ダインは顔を真っ赤に染めたままうつむいた。

クラナ「ククク…もっと余韻を楽しめばいいものを。私の唇はどんな味がした?」
ダイン「も、もういいだろ! とっとと寝ろ!!」

 ガバッと布団を頭まで被ったダインはクラナに背を向けた。
 クスクス…。暫くダインの唇が触れたところを触っていたクラナはやがて布団を整えて横になった。


 その手はダインの布団に添えて。



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 〜 魔王クラナ 〜


第3話 「続・魔王との生活」 終わり

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