**  注意事項  **

18禁とか過激な表現とかの基準が分からなくなってきたので、何かあっても自分の責任と割り切れる方のみ読んでください。
まぁでも十六夜の作品の中では優しい方かな。

**  備考  **

たじろぐ事も無く普通に会話しているダインに乾杯。
最初はダインをボコボコにいじめてもらうつもりだったんだけどいつの間にか脱線し、前回以上の盛り下がりを見せる。すまん。

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 〜 魔王クラナ 〜


第4話 「青い魔王」

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 玉座の間。

ダイン 「ふぅ…」

 玉座の前の段差に腰掛けるダインは頬杖をついたまま息を漏らした。

ダイン 「一人になると暇だな〜…」

 そう、今はその玉座にも部屋の中にもクラナの姿は無い。
 と言うのも今朝…


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 回想


 目の周りにクマを作ったクラナが言う。

クラナ 「…昨日、夕餉にデッドペッパー(めちゃ辛い唐辛子)を食べ過ぎたせいか夜一睡も出来なかったのだ…。
     すまんが今日は夕刻まで寝かせてくれ…」


 回想終わり
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 …なので、ダインはこの広い部屋に一人っきりなのである。

ダイン 「はぁ…さて、今日はどうしようかな〜…」

 食事もトイレも困らないが一日を特訓だけで過ごすのはあまりにも寂しい。
 普段はクラナにからかわれっぱなしだったからこんな暇になる事なんて無かった。

ダイン 「…。クラナはこんな退屈な毎日を過ごしてきたのか…」

 前にクラナに聞いた話。
 何百年を一人で過ごしたと言う。
 まだ半日と経っていないのにダインは完全に時間を持て余していた。
 
ダイン 「俺も昼寝して過ごすか…」

 欠伸のあとゴロリと横になる。
 そしてもう一度欠伸をしたあとまぶたを閉じた。

 するとその時…。

   ズン…

    ズン…

 足音が聞こえてきた。

ダイン 「…なんだ、クラナの奴起きたのか」

 ダインは身体を起こして部屋の入り口の方を見つめた。


   ズン

    ズズン

 眠たげな目を擦りながらその足音の主が来るのを待った。
 やがてその主が入り口の向こうから姿を現した。


「やっほー。遊びに来たよ〜」


 だがそれはクラナではなかった。
 
ダイン 「げっ! エリーゼ!」

 ダインの表情がビシッと固まる。
 そう、部屋に入ってきたのはクラナではなくエリーゼ。
 エリーゼは部屋を覗き込むとそこにクラナがいないことに首を傾げながら部屋に入ってきた。

エリーゼ「あれ? クラナちゃんいないの〜?」

 キョロキョロと部屋の中を見渡しながら歩いてくるエリーゼ。
 ダインはどうしたらいいか分からず動けないでいた。
 よりにもよって一人の時に出会うとは。
 この部屋に隠れる場所なんか無い。
部屋から出る? それとも玉座の後ろに隠れるか? どちらも遠すぎる。
 なら玉座の横のテーブルの足下だ。
 隠れ切る事は出来ないが、目には付きにくいはず。
 とにかくここでジッとしていたら見つかる。
 バッと立ち上がったダインが走り出そうとした時だった。

エリーゼ「あ! 人間だ!」

   ズズゥン!

 あっさりと見つかり、あっという間に目の前に来られた。
 その振動で足下をすくわれたダインはその場にこけた。

ダイン 「うぉっ! と…」

 見上げた先には山の様に巨大なエリーゼの身体。
 膝を曲げ、しゃがみこんでダインを見下ろしている。
 てかその服は目のやりどころに困る。
 膝に押し当てられた胸が変形してはみ乳となっていた。

 と、へたり込んでいたダインはエリーゼに摘み上げられた。
 顔の前まで持ち上げられたダイン。
 クラナならこういう事をされても安心できるが今は全く安心出来ない。生命の危機だった。
 摘まむ指の力にも加減が無く、ぎゅうぎゅうと挟まれて身体が痛い。
 そんな俺を無視してエリーゼは言う。

エリーゼ「もうクラナちゃんったら。
     人間は見つけたらすぐ殺しておかないとあっという間に増えちゃうんだよ。
     あたしが潰しておいてあげる」

   メリメリメリ…

ダイン 「ぐぅ…!」

 身体を摘まむ指に更に力が込められる。
 骨が軋む。肉が裂けそうだ。
 だがその気があれば一瞬で潰せるのに、こうやってじわじわと力を込めているのは遊んでいるからだろう。
 目の前の楽しそうな目を見れば分かる。
 クラナを呼ぶか? いや呼んだところで聞こえる距離ではないし、まして今あいつは寝ている。
 どうしたら、どうしたらいい。
 だが今は痛みに耐えるので精一杯でそれを考える事すら出来なかった。

 苦痛を堪えながら睨み見たエリーゼの顔は笑っていた。
 無邪気に笑っている。それは人間の命なんてなんとも思っていないという事だ。
 クラナと暮らしていて忘れてた。
 これが魔王だ。
 
 一段と指に込められる力が強くなってきた。
 そろそろ終わりにする気だろうか。
 だがどうする事も出来ない。
 クラナと出会って以降一日も特訓を欠かさなかったが、そんなのこの指の前にはなんの役にも立たなかった。
 魔王と人間の力の差。埋めることの出来ない差。
 身体の感覚がなくなってきた。
 絶大な力で挟まれて血が通っていないのだ。

ダイン 「くそ…、こんなところで……クラナ……」

 ダインの意識が途切れる寸前だった。
 その指の圧力が弱められたのだ。それでもまだ苦しい事に違いは無かったが。
 何かと思っていると目の前に巨大な鼻の穴が現れた。
 くんくんという音と共に空気がその穴の中に吸い込まれていく。
 ダインなんてすっぽりと入ってしまいそうな穴だ。

 やがてその穴から離されるとまた顔の前に持って行かれ、エリーゼが口を開いた。

エリーゼ「あれ〜? 人間からクラナちゃんの匂いがする」

 首を傾げるエリーゼ。
 さっきの行動は匂いを嗅いでたのか。
 ダインはぜぇぜぇ息を切らしながら言った。

ダイン 「そ、そりゃ…一緒に暮らしてるんだからな…」
エリーゼ「一緒に?」

 また首を傾げるエリーゼ。
 見てくれと仕草は可愛い。…その性格を除けば。
 ダインは答える。

ダイン 「そうだよ…。俺はクラナと一緒にここに住んでる。クラナは今部屋で寝てるよ」
エリーゼ「え〜うそ〜。あのクラナちゃんが人間と暮らすはずがないよ」
ダイン 「でも暮らしてるから俺はここにいるんだ。何週間か前からね。あの時お前もいただろ」
エリーゼ「あの時? いつ?」
ダイン 「えーと…確かお前が300年振りにクラナんとこに遊びに来た日だったか…」
エリーゼ「あの日? う〜ん……………………………………………………あ! あの時クラナちゃんのおっぱいに挟まってた人間だ!」
ダイン 「お、おっぱい…!?」

 思い出したダイン。
 それを他人の口から言われると非常に恥ずかしい。

エリーゼ「そっか〜。あの時の人間か〜」
ダイン 「…遊びに来たんだろうけど、今日はクラナも寝てるからこのまま帰った方がいいんじゃないか」

 こっそりと帰る方向に誘導するダイン。
 このままでは自分の命が危ないのだ。

エリーゼ「えー、せっかく遊びに来たのに」
ダイン 「でも寝てたらしょうがないだろ。また今度遊びに来ればいいさ」

 その時は、俺はどこかに隠れさせてもらおう。
 そう考えていたダインだった。

エリーゼ「う〜……。わかった、今日はこの人間で遊ぶ!」
ダイン 「え゛…」

 ダインは自分の顔から血の気が引くのが分かった。
 
エリーゼ「鬼ごっこしようよ。あたしが鬼ね」

 それはほとんど潰される事が確定したようなものだ。
 なんとかやめさせようと話を逸らす。

ダイン 「いやでもクラナも眠ってるしあんまり騒ぐと…」
エリーゼ「ダ〜メ。鬼ごっこするの。……はい」

 床近くまで近づいた手はその指に摘まんでいた俺を解放した。
 ただし高さは3メートル以上あったのでダインは落ちた時の衝撃に暫く身体を起こす事が出来なかった。
 そんなダインにエリーゼは言う。

エリーゼ「なんで寝てるの? 早く起きてよ」
ダイン 「ぐぅ…! ば、馬鹿野郎が…。頭から落ちてたら死んでたぞ…」
エリーゼ「もう、のろまなんだから。なんで人間ってみんなそうやってのろまなの〜?」
ダイン 「うるさい…! それにさっきから人間人間って…、俺にはダインってちゃんとした名前があるんだ!」
エリーゼ「いいよ別に人間の名前なんか。どうせすぐ死んじゃうし」

 あっけらかんと言い放つエリーゼ。
 名前を一蹴され歯を食いしばるダインだったが、それ以上何も言えなかった。
 地面に這い蹲る自分と俺を降ろすためにしゃがんだのに俺を見下ろしている魔王。
 今のこの光景が、人間と魔王の優劣関係だった。
 
 ふぅ、ため息をつくダイン。
 そういえばクラナにもはじめて会った時は色々されたな。
 指で弾き飛ばされてテーブルから落とされたり胸の間に挟まれたり…。
 魔王ってのはみんなこうなのかね。

 ふぅ、またため息をひとつ。
 そしてゆっくりケガをしていないか確かめながら立ち上がる。
 なんとか逃げ切ろう。修行で体力はそれなりに鍛えられてるし、クラナとの特訓のお陰で足腰だって鍛えられてる。
 遊ぶと言うくらいだ。すぐに潰される事は無いだろう。
 時間を稼いで…。

 とダインは立ち上がったエリーゼを見上げて気付く。
 その布袋の様な靴を履いている足が大きなケガをしている事に。
 足首よりも少し上の部分の肉が焼けただれ白い肌に真っ赤な血を流している。

ダイン 「お、お前! その足…」

 まさか、魔王が傷を付けられるとは…!
 いったい何が…魔王に匹敵する何があったというのか。
 恐々とするダインだがエリーゼは笑いながら言った。

エリーゼ「えへへ、ここに来る途中で見つけた人間の巣を燃やす時に火加減間違えちゃったの」
ダイン 「…」

 自業自得か…。
 どうやら魔王の力なら魔王を傷つけられるらしい。
 …しかし、また街が一つ滅ぼされたのか…。それもただ見つけたからという理由で。
 そこに住んでいた人たちもまさか自分達がそんな理不尽な理由で殺されたとは思っていないだろう。
 
ダイン 「…」
エリーゼ「じゃあ始めよっか」
ダイン 「って待て! お前その足で歩くつもりか!?」
エリーゼ「このくらい平気だよ」
ダイン 「何を…」

 ふと思う。
 何故、俺はこいつの事を心配している?
 俺を弄ぼうとするこいつを?
 クラナの友達だから?
 いや…単純にケガしてる奴を歩き回らせたくないだけか。
 火傷は放っておくと面倒な事になる。
 それもあんな大きな——エリーゼにとっては大した事のないケガでもダインから見れば身体より一回りも二回りも大きい——傷は、
 取り返しのつかなくなってしまうかもしれない。
 
 ダインは息を整えたあとエリーゼの目を見上げて言った。

ダイン 「いいから治療しておけ。歩けなくなったら大変だろ」
エリーゼ「は〜い。じゃあ薬箱持って来るね」

 と、走り出し部屋を去ったエリーゼ。

ダイン 「………………………え?」

 あとに残されたダインは呆然としてしまった。

ダイン 「…何? 俺の言うこと聞いたの…?」

 立ち尽くすダイン。
 まさかこうも素直に言うことに従うとは思っていなかった。
 もっと色々あると予想していたのだが。
 
 ここで逃げればいいものを、ダインは自分の指示で薬箱を取りに行ったエリーゼを律儀に待っていた。

ダイン 「…ここに残ってたらあいつに酷い目に遭わされるに決まってるのに…。律儀な俺の馬鹿…」

 はぁ。ため息を一つ。

ダイン 「最近ため息つく事が増えたな…」

 はぁ。また一つ。
 やがてまたあの規則正しい振動と足音が近づいてきた。
 入り口からひょっこりと顔を出したエリーゼはダインの前まで来ると座って薬箱を床に置いた。

エリーゼ「はい、持って来たよ」

   ドスウウウウウウウウウウウウウウン!!

 ダインの感覚で1メートル手前に家よりも3倍くらい大きい薬箱が下ろされた。
 その振動と風圧と衝撃で吹っ飛ばされ絨毯の上を転がるダイン。

ダイン 「……いたたた…。もう少し考えて——」
エリーゼ「それでどうすればいいの?」

 ダインの言葉を遮ったエリーゼは薬箱を開けるとそれをひっくり返した。
 たくさんの薬の入ったビンや包帯、絆創膏、その他もろもろの薬品が散らばる。
 ダインはその薬品の雪崩に巻き込まれまた吹っ飛ばされた。

ダイン 「だからもっと考えろって! 俺がここにいるんだぞ!」
エリーゼ「ねぇねぇどうすればいいの?」

 再びエリーゼはダインの言葉を無視して問いかけた。
 手に適当な薬ビンを取ってそれを眺めている。

ダイン 「…」

 その手にある薬ビンが転がって来ようものなら自分はひき肉にされてしまうだろう。
 先程の薬の雪崩は本当に危ないところだったのだ。
 ダインは今自分が如何に危険な状況に置かれているか再確認した。
 この巨大な魔王の動作一つ一つが自分の命を脅かすという事を。
 そして同時にこの魔王の性格も理解できてきた。

ダイン 「お前は子どもかよ…」

 そう。
 エリーゼの性格は子どもだった。
 人の話を聞かないかと思えば言うことに従ったり薬箱をひっくり返したり物事の加減を知らなかったりものを考えなかったり。
 …街を破壊した事をあっけらかんと無邪気に言い放ったり…。
 それらは全て子どものそれと同じなのだ。
 仕草にしてもそう。
 今エリーゼは足をハの字に伸ばして座りその間に薬箱をひっくり返した。
 まるで子どもがおもちゃ箱をひっくり返した時の様に。

 しかしその身体は大人だった。
 すらりと伸びた手足に引き締まったボディ。
 くびれたウエストに豊満なバスト。
 ダインから見て巨大過ぎるその胸はエリーゼの子どもっぽい仕草にあわせてブルンブルン揺れている。
 左右を見ればエリーゼの長い脚の作った壁が遙か後方まで続いていた。
 
 見た目はオトナ、頭脳は子ども。逆コ○ンの女の子はエロい。
 
ダイン 「えーと、どれだったかな…」

 ダインはエリクサの入ったビンを探していた。
 ビンに書かれている文字はどれも読めなかったがエリクサのビンの文字の形は覚えているから見つける事は出来る。
 しかしこんなに散らかっていては。
 無数のビンや薬が転がるそこはさながら薬品の迷路の様だ。
 どれもこれも自分より大きい。
 たった一種類の薬を探すだけでもえらい苦労する。

 そんなダインを見下ろしていたエリーゼ。

エリーゼ「なに探してるの?」
ダイン 「エリクサだよ。あれ使えば治るだろ」
エリーゼ「エリクサ!?」

 突然発せられたエリーゼの大声にダインは物理的に吹っ飛ばされた。
 耳鳴りがする。

ダイン 「うぅ〜〜〜〜…み…耳が…。…なんだよ突然……」
エリーゼ「使う薬ってエリクサなの?」
ダイン 「そうだよ。とりあえずあれがあれば大丈夫なんだろう?」
エリーゼ「アレしみるからやだー」

 ぶーたれるエリーゼ。
 …ほんとに子どもだよ…。
 ダインはまたまたため息をついた。

ダイン 「いいから。あれ使わないと治らないぞ」
エリーゼ「ヤなのはヤなのー!」

 その声に、今度は吹っ飛ばされるだけでなく眩暈まで引き起こしたダイン。

ダイン 「くぅ……! …あ、あー……あーッ……片耳が聞こえない…マヒしたな…。暫く戻らないぞ…」

 ブンブンと頭を振って立ち上がってエリーゼを見上げると、エリーゼは薬のビンをとっかえひっかえ覗いていた。
 やがてその内の1本に目をとどめダインに差し出してきた。

エリーゼ「あ! あたしこれがいい。だってあたしの髪と同じ色だもん」

 その手の中のビンには綺麗な青色をした液体が入っていた。
 まるで深い海の様な色だ。

ダイン 「それはどんな薬なんだ?」
エリーゼ「分かんない」
ダイン 「わ、分かんないって……なんて書いてあるかちゃんと読めよ!」
エリーゼ「大丈夫だも〜ん」

 ダインの言葉を聞かず、エリーゼはビンのふたを開け手繰り寄せた足の傷口にその薬をドバドバとかけた。
 小さな泉の水ほどの量がある薬が傷口に触れたあと絨毯へと落ちてそこに青いしみを作る。

ダイン 「ちゃ、ちゃんと読んでから使えよ! しかもそんないっぱい! ああもう絨毯がしみになってるし…」
エリーゼ「わぁ〜この薬全然痛くないよ。すご〜い」

 空になったビンを床に転がしてエリーゼは立ち上がった。

エリーゼ「これで鬼ごっこが出来るね。いくよー」
ダイン 「え…? ま、待て、まだ準備が…」

 とダインの声を遮るようにダインの上空にエリーゼの靴の裏がかかげられた。

   ズズウウウウウウウウン

 薬のビンを跳ね除け、包帯やら薬草やらを踏み潰し、その巨大な足が散らばった薬品達の上に踏み降ろされた。
 間一髪その下から逃れたダインだったが振動で足をすくわれ、同時に跳ね回る薬品にぶつかられ吹っ飛ぶ。

ダイン 「ゲホッ! ゲホッ! 痛…」

 苦痛に顔を歪めながらエリーゼの顔を見ようと上を仰いだらすでにもう片方の靴の裏が自分に向かってきているところだった。

ダイン 「…ッ!」

   ズズウウウウウウウウン

 今度は本当にギリギリだった。
 その影から飛び出す瞬間、身体が靴に触れたような気がした。
 爆風で薬の密林から吹っ飛ばされたダイン。
 辺りは何も無い平野だった。隠れるところなど無い。だが…。

ダイン 「振動で薬たちが暴れないだけマシか…クソ!」

 悲鳴を上げる身体を叩きながら立ち上がり、ダインは駆け出した。
 直後その場所に足が踏み降ろされた。

エリーゼ「すご〜い、ちゃんとよけた〜!」

 喜色満面と言った感じで笑うエリーゼ。
 その一歩一歩は確実にダインを捉えていた。
 遊ぶとか言いながら、潰す気満々だった。
 無邪気とは、必ずしも良い事だと限らない。
 ダインは、それを命懸けで体感した。

 そしてまた当然の様に振り上げられる足。
 その靴の裏を見上げながら考える。

 このままでは埒が明かない。
 そう遠くない未来に自分は踏み潰されるだろう。
 何かしらの手を講じなければ。

 思考の時間は一瞬だった。
 足を踏み降ろそうとするエリーゼ。
 そのエリーゼに向かってダインは走った。

エリーゼ「あれ?」

   ズズウウウウウウウウン

 足が踏み降ろされ、圧縮され押し退けられた空気が作り出した突風に乗り、ダインはエリーゼの足の間を潜り抜けた。
 逃げ回っていたはずの人間が突然自分に向かってきて自分の股の下を通ったと言う事実にエリーゼの思考が一瞬止まる。
 作戦は功を奏した。
 エリーゼが固まっている一瞬の間にダインは次の策を考える。
 今のでも分かったが、子ども並の思考力のエリーゼなら、理解出来ない現象を目の当たりにした時必ず動きが止まる。
 儚く短い時間だったが、子どもの考えを超える作戦を思い付くには充分な時間だ。
 ヒット・アンド・アウェイ。
 普通に逃げ回ったり今みたいに股の間を潜ったりフェイントを交えながら繰り返せば、
 エリーゼはこちらの行動が読めずに全ての手において一歩遅れるはずだ。

 と、ダインはエリーゼの顔を見るために上を見上げた。

ダイン 「…」

 そこから見えるのは二本の肌色の塔と、その頂点の交わりし場所の巨大な臀部と青い服。
 服とは名ばかり、それはほとんど水着ほどの面積しか持ち合わせていない布だ。
 その布に収まらない形の良いお尻がダインの空を支配していた。
 二本の脚に支えられたそれはさながら空中に支えられた大陸の様だった。

 これらのダインの思考は、全て、ダインが宙を仰ぎエリーゼの顔を見上げるまでの一瞬の間に考えられていたものだ。
 その即興だが対子ども用のあしらい方としては及第点以上の成果を見せるであろう作戦も、エリーゼの顔を見た時に脆くも崩れ去った。
 
 そのエリーゼの顔がニコッと笑ったかと思うと、空を飛ぶ空中大陸のお尻がまるで突然重力に掴まった様に急速に落下してきた。
 空気が押し潰され悲鳴を上げている。
 あっという間にダインの視界は迫り来るお尻と服で埋め尽くされた。
 そして次の思考は先程の作戦考案よりも遙かに速かった。

 お尻が落ちてくる。
 エリーゼが後ろに尻餅を着こうとしている。
 このままお尻の方に逃げれば潰される。
 なら…。

 突風で飛ばされた身体を起こしてエリーゼの背中方向に走ろうとしていたダインは、急遽踵を返しエリーゼのお腹方向へ跳んだ。

   ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

 これまでの振動や突風とは比べ物にならないほど強力なそれが辺りに走った。
 ダインの身体はゴミの様に飛ばされ床の上を転がっていく。
 床に打ち付けられる度に身体の各所に鈍い痛みが走る。が、大事はなさそうだ。

 身体の回転が止まり、見渡して見たそこは、座り込んだエリーゼの股の間だった。
 先程薬箱をひっくり返した時と同じくハの字に伸ばされた脚の間にいたのだ。

 目の前には家の屋根よりも高いエリーゼの股間。
 見上げた先、その豊満な胸の谷間の向こうからエリーゼが見下ろしていた。

エリーゼ「すごいすご〜い、まだ生きてる〜」

 エリーゼは笑いながら手を振り上げ、その後その手をダインに向かって振り下ろした。

   バァァァァアアアアアン!

 巨大な掌が床の広大な範囲を叩いた。
 その振動は足を踏み降ろされた時程では無いが、足よりも正確にそれでいて高速にダインを狙う。
 ダインは避けるも、連続的に振り下ろされる手を避け続けるのは不可能だと感じていた。
 今の一撃だって正に間一髪だった。ギリギリ、指と指の間に脱出できたに過ぎない。運が良かったのだ。
 掌ではなくあの指に触れただけでもこの鬼ごっこは終わりを迎えてしまう。
 息が切れる。心臓がはち切れそうだ。
 毛程のミスが命運を左右するのだ。体力の消耗は尋常ではない。
 そして、その酸素の足りていない頭でダインは思う。

ダイン 「掌でバチンか…。本当に虫けらだな…」

 自分達人間なんて魔王から見ればそんなものだ。
 今までの鬼ごっこは、それを見事に表現していた。

 駆け出したダイン。
 目指すは唯一壁の存在方向、エリーゼのつま先の方へ。
 幸いにもエリーゼが尻餅を着いた時、ダインはかなりの距離を飛ばされていた。 
 エリーゼの膝上くらいの位置だろうか。
 ここからならば少し走れば手は届かなくなるし出口も近い。
 無論その出口も手が届かないと言う距離もまやかしに過ぎないが、この場にただ留まっても潰されるだけだ。
 手を避けながらダインは走った。
 
 その時だった。
 手から逃げる途中、ダインは足を絡ませて転んでしまった。
 すぐに立ち上がろうとしたが足が震えて動かない。
 極限の状態まで酷使したので限界が来てしまったのだ。

ダイン 「くそっ…」

 そんな悪態を着いている間にダインの上空には掌が迫っていた。
 大きく、力強い、魔王の掌。
 あれにあの速度で叩かれれば人間の身体なんて簡単に飛び散ってしまう。それこそ葡萄の実の様に。
 ダインの身長の数倍の長さがある五本の指がピンと伸ばされて準備は万端だ。

 先程エリーゼに慈悲をかけたダインはそのエリーゼに無慈悲に潰されようとしていた。
 ダインは先刻の自分を呪った。情けをかける暇があったら逃げる手のひとつでも考えておけと。
 高速で向かってくる掌を見上げながらダインはクラナの事を思った。

 もう一度、会いたかったな…。

 そう思いながらも逃げる事を諦めたわけではない。
 足は動かなかったが手の力で少しでも身体を先に進めようとしていた。
 亀にも劣る速度だが、0と1では1の方がマシだ。
 既に手は目の前だ。
 それでもダインは逃げる事を諦めようとはしなかった。

 ところが突然その手が止まったのだ。
 そして震えだしたかと思うとすぐに離れていった。
 双璧を成していた倒れた塔のよりも巨大な両脚も動いた。

 なんだ?
 ダインは座り込んだままその動作を見守っていた。

 やがて、いわゆる体育座りみたいな座り方に変わったエリーゼは右足の足首へと視線を注いでいた。
 その瞳には動揺が走っている。
 何かと思い、立ち上がったダインはエリーゼの見ている部分が見える位置まで移動した。

ダイン 「う…」

 そこには青黒く変色し大きく腫れ上がった足があった。
 ロクな治療もせず動き回り、あげく効能の分からない薬のせいで傷が酷く悪化したのだ。
 それも尋常な悪化の仕方ではない。
 足首から拳の半分程の大きさまで肉が盛り上がっている。
 その質量はダインの肉を何人分用意すれば釣り合うと言うのか。
 思わず口を押さえるダイン。

 動揺に揺らいでいたエリーゼの双眸に涙が溢れる。
 身体を脈打つように震わせて、エリーゼは泣き出した。

エリーゼ「あーん! あーん!」

 大粒の涙がその頬を伝う。
 その一粒一粒がバケツ一杯にもなるのだ。

 ダインはそんなエリーゼを見上げながら呟いていた。

ダイン 「…ろ」

 立ち尽くしたまま呟く。

ダイン 「逃げろ…」

 身体は震えているのにそのまま立ち尽くしている。

ダイン 「逃げろよ俺! 今がチャンスだろ!」

 逃げるなら今しかない。
 エリーゼが動けない今しか、人間が魔王から逃れる機会はない。
 今ならかなり遠くまで逃げ仰せ、隠れる事が出来るだろう。
 ダインの本能がそう告げていた。
 逃げるなら、生き残りたいのなら、今しか無いのだ、と。
 ダインの理性もそれを理解していた。
 だからこそダインはその言葉を口にして改めて自らに言い聞かせた。
 
 しかし、身体は動かない。
 どんなに足を動かそうとしても、本能が危機回避の瞬間を告げても、理性が生存の可能性を導き出しても、身体は動かなかった。

 『 泣き叫ぶ女の子を放り出して逃げる? 』

 そんな事は許さないと、騎士としての誇りが、魂が、ダインの身体を縛る。

 ダインの心の中で本能と魂が衝突した。

 逃げるなら今しかない。
 お前は女の子を見捨てて逃げるのか。

 今逃げなければ命は無い。
 今逃げればお前は一生後悔するぞ。

 俺は心配したのにそれで暴れ回ったあいつが悪いんだ。
 他人の身を守る事こそ騎士の本望だろう。

 騎士だって人間だ。他人より自分の命を守ろうとして何が悪い。
 騎士として生きてきたお前が騎士にあるまじき事をすればそれは今までの己を否定すると言う事。お前の人生に価値は無くなる。

 死ぬよりはマシだ!
 誇りを失った騎士は死んでいるのと同じだ。お前は守りたくて騎士になったのだろう。
 なのにお前は他人の身はおろか、交わした約束まで守れないと言うのか。

 約束…?

 ふと、脳裏に思い出されるのはかつてクラナと交わした約束。
 あの時クラナは言った。


 「私の期待を裏切るような人間にはなるなよ」


 絶対の魔王が卑小な人間にかけた言葉。
 人間の俺を認めてくれて好いてくれた魔王の言葉。
 クラナは俺の事を真っ直ぐな心の持ち主だと言ってくれた。
 そしてその時、俺はずっとそういう人間であり続けると約束した。誓ったんだ。
 今ここでエリーゼを放り出せばそれは約束を破る事になる。
 破ればクラナが悲しい思いをする事になる。

 そうだ。

 そう言う事だ。

 物心ついてからずっと騎士だった俺が今更生き方を変えられるものか。
 

ダイン 「あーもうっ! なんで俺ってこうなんだろうな!」


 ダインは自分の頭を掻き毟りながら自嘲気味に笑い、エリーゼに近づいていった。
 
エリーゼ「あーん! あーん!」
ダイン 「…」

 今のエリーゼは残酷な魔王ではなく、ただの泣き叫ぶ少女だった。
 その少女に、一瞬でも背中を向けようとした自分が情けない。
 
 エリーゼの足下。
 ダインは大きく腫れ上がった足を見上げた。
 傷の状態は最悪だ。
 確かにあれだけの火傷で暴れ回れば傷も悪化するだろうがこの状態は異常だった。

ダイン 「なんでこんなに……あの薬のせいなのか…?」

 ダインがエリーゼが放り出した薬のビンへ近づいていった。
 ビンは倒れており、わずかに残っていた薬が周囲にこぼれている。
 その薬を調べようとして近づいたダインだが、思わず自分の鼻と口を塞いだ。

ダイン 「う…! これは…」

 強烈な異臭。
 それは薬のもたらす良薬故の匂い、ではなく、明らかに害をなすものの臭いだった。

ダイン 「毒…」

 鼻と口を塞ぎ、その一帯の空気を吸い込まないようにしていたダインだが、自分の意識が遠くなるのを感じた。
 それほどに強力な毒の様だ。
 すぐにその場を離れる。

 とにかく治療しなくては。
 ダインはエリクサを探す。

 エリーゼが暴れまわったせいで薬が広範囲に散らばってしまい一種類の薬を見つけるのは容易ではなかったが、
 幸いにもエリクサの入ったビンはエリーゼの真横に転がっていた。

 ダインはエリーゼに話しかけた。

ダイン 「おい! おーい、エリーゼ!」
エリーゼ「あーん! あーん! …ぐす、うっ…うっ…」

 嗚咽を漏らすエリーゼは目を擦りながら足元のダインを見下ろした。
 エリーゼは体育座りを解き足を伸ばして座り込んでいる。

ダイン 「治療するよ。そこにエリクサがあるからそれを…—」
エリーゼ「エリクサ…? エリクサは沁みるから嫌…!」
ダイン 「!?」

   ズゥゥウウウウウウウウウウン!

 泣きながら振り降ろされたエリーゼの手を避けるダイン。

ダイン 「くっ…! おい、エリーゼ…!」
エリーゼ「嫌ぁ! 嫌なのーっ!」

   ズゥゥウウウウウウウウウウン!

      ズゥゥウウウウウウウウウウン!

 次々と叩きつけられる手。
 遠慮なんかまるで無い。
 癇癪を起こした子どもは容赦なんかしなかった。

   ズゥゥウウウウウウウウウウン!

 ズシャッ!
 今の手を避けた時にダインは膝を擦り剥いてしまった様だ。
 苦痛に顔を歪める。
 そしてダインはあらん限りの声で叫んだ。

ダイン 「いい加減にしろ!!」
エリーゼ「えぅっ…!」

 その怒声にビクつくエリーゼ。

ダイン 「そんな事言ってる場合じゃないだろ! 歩けなくなってもいいのか!?」
エリーゼ「うぅ……やだ…」
ダイン 「だったら大人しくしてろ。そうすればすぐ治るよ…」

 とは言ってもダインはエリクサのビンを開ける事は出来ないのでエリーゼに使ってもらった。
 エリーゼは高見櫓ほどの大きさがあるそのビンを手に取るとふたを開け震える手で傷口に近づけていった。
 ゆっくりと傾けられたビンからエリクサが傷へとかかり、その痛みに顔をしかめるエリーゼ。

エリーゼ「あぅ…っ」

 それでもとりあえずは傷全体にエリクサを当てた。
 あとは傷を清潔な布で押さえておけばいい。

ダイン 「…これでもう大丈夫だろう」
エリーゼ「でもまだ痛いよ…」
ダイン 「薬だってそんなすぐ効くわけじゃないさ。暫くすればちゃんと治…—」
エリーゼ「違うの…。あの青い薬を使ってから感じるようになった凄い痛みが全然消えないの…」
ダイン 「だから薬は…………待てよ……もしかして、エリクサって毒には効果無いのか…?」

 ダインはエリーゼの傷の下、エリクサがこぼれた場所へ近づいてみる。
 そこにもあの青い毒が染み込んでいるのだが、エリクサがこぼれたにも関わらずあの異臭が放たれ続けている。

ダイン 「マジか…、どうしたら……」
エリーゼ「…治らないの……?」

 しゃがみこんでエリクサのこぼれた場所を覗き込んでいたダインが、覗き込んできたエリーゼの顔の作る影に包まれた。
 その顔は今にもまた泣き出しそうだった。

ダイン 「う…、な、治らないなんて事ないさ。毒があるんだから解毒薬だってあるはず…—」
エリーゼ「どこに…?」

 う…。
 ダインは辺りを見渡す。
 散乱するビンや薬。
 どこに何があるかなんてまったく分からなかった。ましてダインはビンの文字が読めないのだから。

ダイン 「…」
エリーゼ「うぅ……あーん! あーん!」

 再びエリーゼは泣き出した。
 ダインはその泣き声から逃げるように解毒薬を探しに走り出す。
 
 しかし、走り出したものの解毒薬がどれか分からない。
 なんとかしてそれを判別しなくてはエリーゼはいつまでも泣いたままだ。

ダイン 「あーくそ! いったいどうすればいいんだ!」

 と、またあの鼻をつく異臭がたちこめてきた。
 いつの間にかあの毒の染み込んだ辺りの上を通過していたようだ。
 長時間この場にいれば自分の命も危ない。
 ダインは口元に布を当て、出来る限り毒を吸い込まないようにして、その毒の沼地を走り抜けていった。

ダイン 「なんとかして…、なんとかして解毒薬を見つけないと…」

 とにかくそれらしい薬を見つけようと走っていたダインだが、足下への注意が疎かになり、その毒の染み込んだ絨毯に転んでしまう。

ダイン 「うぐっ……! ……………………………………………………あれ?」

 違和感を感じた。
 今ダインの目の前には、それこそ目と鼻の先の距離には、あの毒の絨毯があるのに、ダインは息苦しさを覚えなかった。
 起き上がり、大きく息を吸ってみても身体に異常が見られない。
 
 なんだ…? 何が…。
 辺りを見渡したダインは、足下に植物が潰れているのに気付いた。
 その植物を手に取ってみる。

ダイン 「これは…………毒消し草か?」

 それは先程エリーゼが踏み潰した薬草のひとつだった。
 すり潰された毒消し草からにじみ出た成分が気化し周囲の毒を中和しているようだ。
 
 これさえあれば、と思ったところで辺りを見渡してみる。
 一帯が清浄な空気に包まれ、足下は絨毯の上に押し花の様になった大量の薬草。

 毒消し草は全滅していた。

ダイン 「…。…いや、まだだ! 前に薬草学をかじった時、生息域の項を見たぞ…」

 えー…。
 額に手を当てて考える。

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  基本的に薬草は何処にでも生息する。
  種によって生息域は違い、良く陽の当たる崖を生息域とするものもあれば、その逆に陽の当たらない森の奥深くを生息域とするものもある。

  種類を問わなければ、ほとんどの土地に薬として使用できる植物が生息しており、より適した環境であれば群生する事もあるとか。


  毒消し草の類には大きく分けて二つの種類があり、それを心得ておけば特定の毒消し草を探す事も出来る。 
  1.毒を中和して毒を消す種類。
  2.毒に耐性を持っていて毒の効かない種類。

  1は、周囲に毒を持った果実を実らせる植物などが生息している場合が多い。
     理由は、毒の実を食べた動物達に解毒作用のある葉や実を食べさせ、同時に自分の種子を遠方へ運ばせるためである。

  2は、毒性の強い環境に生息している場合が多い。
     理由は、耐性によって劣悪な環境へ適応し、天敵の少ない場所を生息域とするためである。

  どちらの種類であっても煎じれば解毒薬として活用する事が出来るので、
  周辺の環境からどの様な薬草が生息している可能性があるか察せられるようになれば旅先などでも役に立つだろう。 〜

                               ハーブ・セージ氏著 「スライムでもわかる薬草学」 より抜粋 

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ダイン 「この薬草は毒を中和する種類だから、きっとどこかに毒の実をつける木とかがあるはずなんだ。その近くにこの薬草も…」

 ダインは泣きじゃくるエリーゼを振り返った。
 ぐしぐしと真っ赤な目を擦り、今も大粒の涙を流し続けている。
 
ダイン 「少しだけ待っててくれよ。すぐ帰ってくるから!」

 そしてダインは城の外へ走り出した。



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 城を出てから約30分、思いのほか早く毒の実をつける木は見つかった。
 城から少し離れた森の奥、木が鬱蒼と生い茂り、陽の光も満足に届かない場所で、毒々しい色の沼地の横にそれは生えていた。

ダイン 「なんで森に入ってすぐにこんな人外魔境になるんだろう…」

 辺りを埋め尽くす木々は異常なほど健やかに育ち、その無数の葉で天を覆っている。
 普通の木の倍は大きかった。

 さてと、と薬草を探し始めたダイン。
 地面を埋め尽くす植物に、足下も満足に確認出来ない。
 じゃぶじゃぶと水気を帯びた地面が不快だった。

 やがて草を掻き分けた先にそれを見つけた。
 先程見た押し花の様になったそれと同じもの、同じ薬草だ。
 見渡す限り一面に群生しているので、少し多めに持って帰っても問題無いだろう。

ダイン 「ふぅ、これでなんとかなるかな」

 ダインは持ってきていた袋を取り出し、中に薬草を入れていく。
 人ひとりが入れるほどに大きな袋を持ってきたつもりだが、それでも足りないかも知れないと、三つの袋を用意していた。

 すぐにひとつの袋がいっぱいになり、次の袋を準備する。
 せっせと薬草を詰めるダインの頭の中には大泣きするエリーゼの顔が浮かんでいた。

ダイン 「魔王にボコボコにされて、その魔王のためにドブさらいみたいな事やって…。まったく何やってるんだか」

 ハハ。
 苦笑しながら薬草を集めるダイン。

 そのダインの背後。
 草の生い茂る沼から覗いた顔が音も無く近寄ってきていた。
 草を掻き分ける時も水中を行く時も全くの無音。その縦に割れた爬虫類の目はしっかりとダインの姿を捉えている。
 そしてダインまで数メートルというところまで近づくと、その巨大な口をガバっと開けダインに飛び掛った。

   バグンッ!

 その身体に噛み付き、服を引き裂き、肉を食い破る。
 ガブガブと強靭なアゴが動くたびにハラワタが周囲に撒き散らされる。
 緑色の薬草と言うハラワタが。

ダイン 「ふー…、間一髪だったな…」

 近くの木の上からダインがその捕食者を見下ろしていた。
 捕食者が口にくわえていたのは薬草の詰め込まれた布袋だった。
 その捕食者を見てダインはポツリと呟く。

ダイン 「……ワニ…だよな? なんだこれ…」

 7メートルを超える巨体。強靭なアゴ。鉄の様に硬い外皮。
 だけではなく、背中から突き出た無数の突起。刃の様に鋭く研ぎ澄まされた背ビレ。そして、三つの頭。
 眼下のそれは明らかに異常だった。

ダイン 「突然変異か? 毒のせいってわけでもなさそうだけど………何ッ!?」

 その時、袋を食い破ったワニが木を登りダインに襲い掛かってきた。
 別の木へと飛び移ったダインだが、ワニは身体を回転させながら更に迫ってくる。
 それを避けるダイン。回転したワニが木に触れるとその木はバラバラに砕けた。

ダイン 「な、なんだ!? ただの突然変異じゃない…? ………魔物化!?」

 魔物化。
 動物が体内に多量の魔力を取り込むと起きる現象。
 自我を失い、変質した身体を使って本能のみで生きる化け物と化す。

 その化け物は地面に降り立つと再びダインのいる木に向かって走ってきた。

ダイン 「化け物が…!」

 しかしダインは自分がそれほど恐怖を感じていない事に気付いていた。
 目の前の尋常では無い化け物と相対しても、生き抜く事が出来ると。
 ダインは腰の剣を抜き放つと木を登ってくるそれを待ち構えた。
 そして、襲い掛かってくる三つの巨大な口のひとつを横薙ぎにし、その口を前足の肩ぐらいにまで切り裂く。

 ワニの身体は血を撒き散らしながら地面に落ちた。
 無論それで終わるほど脆弱な生物ではないが。

 ダインは実感していた。
 襲い掛かるワニの攻撃を見切れた事。
 口の端からとは言え、あの強靭な鱗を斬れた事。
 エリクサのお陰もあるだろう。自分は確実に強くなっている。

ダイン 「…よし、勝てる!」

 ダインは再び襲い掛かってきたワニへと向かって飛び降りた。
 跳びはね、身体を回転させて体当たりをしてくるワニに、冷静に剣を振り下ろすダイン。

   ズバン

 スタッと地面に降りたダインと、空中で回転しながら血を撒き散らすワニ。
 その巨体が沼へと落ちて水柱を立てた。
 今の一撃でもうひとつの頭を潰せたはずだ。
 だがまだ終わりではない。頭がひとつ残っている。
 いや、あいつなら全ての頭を潰しても向かってくるかもしれない。

ダイン 「でもなんで魔物化して…—」

 と、ダインは近くに巨大な魔王が住んでいる事を思い出した。

ダイン 「はた迷惑な奴…」

 大方あいつの魔力に中(あ)てられて魔物化したのだろう。
 はぁ、ため息を一つ。
 ふと気付く。

ダイン 「ん? 襲ってこないな…」

 辺りには物音一つ響いていない。
 沼の水面にも不自然な波をうっていたりもしない。
 逃げた? いや、そんなはずはない。
 ダインは神経を研ぎ澄ませて周囲を探った。

 その時、上から聞こえてきた風切り音。
 バッと上を仰ぎ見ると、回転しながら真っ逆さまに落ちてくる奴が見えた。
 横っ飛びで避けるダイン。ダインの立っていた場所に激突したワニは再び巨大な水柱を立てた。
 避けはしたものの着水の衝撃を受け切れなかったダインは沼の上に叩きつけられた。

ダイン 「ゲホッ! …だが、直撃に比べれば安いもんだ……。…ッ!!」

   ズキン!

 ダインは片足に激痛を感じた。
 見れば膝の傷に沼の水がかかり色が変色していた。先程エリーゼから逃げる時につくった傷だ。
 その傷が毒の沼に触れて悪化したのだ。

ダイン 「…毒消し草は山ほどあるから大丈夫だけど、なんでこんな時に…ッ…しまった!!」

 ハッと思ってダインはワニの方を見たが、その時すでにワニは目の前まで迫っていた。
 回転するその巨体。強靭な鱗と刃の様な背ビレのついたそれは触れたものを切り刻む凶暴なのこぎりの様なものだ。
 一瞬の対応が遅れ宙へと弾き飛ばされるダイン。
 直撃を受けた身体は無数の刃で切り刻まれた様な傷がついていた。

ダイン 「ぐはッ!!」

 血反吐がこぼれる。強烈な一撃であった。
 沼に向かって落下していくダインにワニが飛び掛ってきた。
 回転はせず、大きく開けられた口は獲物に食らいつくため。

 身動きの取れない空中で、向かってくる獰猛な捕食者の口を見据えて、ダインはニヤリと笑った。

ダイン 「でもクラナのデコピンほどじゃないな」

 噛み付かれる直前のその口を掴み、口の上に馬乗りになるダイン。
 そして目の前の、自分を見つめる両目の間、その脳天に、剣を突き刺した。

   ドスッ!

 剣は鱗も頭蓋も貫いた。
 そして地面に激突する前にダインはワニの身体から飛び降りる。
 盛大な水柱を立てて墜落したその巨体は、二度と立ち上がる事は無かった。

 木の枝の上に降り立ったダイン。

ダイン 「ふぅ、なんとかなったか…」

 言いながら膝の傷口に毒消し草を当てる。

ダイン 「膝の傷はOK。他にも身体中傷だらけだけど…、まぁそっちはエリクサがあるしな」

 そしてダインは残った二つの袋に薬草を詰め込むと、城へと向かったのだった。



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 時は既に夕刻。
 灯りも灯されていない薄暗い部屋の中にはエリーゼの泣き声だけが響いていた。

エリーゼ「痛いよぅ……痛いよぅ……ぐす…」

 そこに入り口の方から小さな影が現れた。

ダイン 「待たせたな」
エリーゼ「あ…」

 ドサッと布袋を下ろすダイン。

ダイン 「あとはこれを煎じればいいんだろ。もうちょっとだけ待ってろ」

 ダインは大きなタライに袋の中身をあけそれを潰し始めた。
 着々と、着々と、薬をしたてていく。
 エリーゼはその様を涙を溜めた目でじっと見つめていた。

 やがて…。

ダイン 「…これでよし。これを傷口に塗れば毒は消えるはずだ。その前に傷口の消毒を……エリクサって消毒出来ないんだよな…?」

 少し考えたが、とりあえずエリクサを使う事にする。

ダイン 「ま、無いよりはマシか。エリーゼ、また傷口にエリクサかけて」

 エリーゼはダインの言う事に従い傷口をエリクサで消毒し、そのあとタライの解毒薬を指でとって傷口に塗りこんだ。
 震える指が恐る恐る動く。
 薬が沁みて痛いし、傷口に触れるのは怖い。
 それでもエリーゼは最後まで薬を塗り続けた。

 ふぅ。ダインは息をついた。

ダイン 「これでもう大丈夫だな」
エリーゼ「すごい……もう全然痛くない…」
ダイン 「はは、まさか。そりゃ煎じたばかりで新鮮(?)かも知れないけど薬はそんなにはやく効くものじゃ…—」
エリーゼ「ほんとだよ、もう痛くないの。触っても大丈夫だよ」

 言いながらエリーゼは傷口を触って見せた。

ダイン 「本当に? ただの毒消し草なんだけどなぁ…。………エリクサ?」

 魔力を濃縮した霊薬、エリクサ。
 魔族にとっては普遍的な薬の一つだが、魔力を持たない人間などには無類の万能薬となる。
 しかしその魔力に取り込まれれば使用した者は魔物になってしまう。
 が、取り込まれなければ限界を超越した力を得る事もある。

ダイン 「俺の様に…」

 ダインは自分の手を見つめた。

 そしてもしもあの毒消し草もエリクサの力を取り込んで強化されていたのだとしたら、毒を一瞬で消し去る事も可能なのかもしれない。
 生物でなくとも魔力を取り込むと強化される様だ。

ダイン 「……なんか、とんでもない事を知っちゃった様な気もするな…」

 だがそれも、嬉しそうに笑うエリーゼを見てるとどうでも良く思えてくる。
 その安堵の気持ちを抱きながらも、ダインは盛大にため息をついた。

ダイン 「これであいつは全快だ…。鬼ごっこ再開だよ……」

 はぁぁぁあ…。
 またため息をついた。
 もう逃げ続けるのは無理だろう。こちらは手負いなのだ。
 エリクサを使っても、すぐに回復するわけじゃないし。

 このあと、クラナが起きるまでをどう逃げ延びるかを考えていたダインを、巨大な指が摘み上げた。

ダイン 「うぉ! もう捕まった!」

 エリーゼの目の前まで連れて来られたダインだが、座ってるエリーゼの目の高さでも城の城壁よりも遙かに高い。
 まして足が着かないのだ。
 今、この指が俺を解放すれば、俺は地面の赤いシミになる。
 触れていたくは無い指だが、今だけは、その指が離れてしまう事を恐れた。

 だが突然足場が出来た。
 指から解放されたダインが辺りを見渡してみると、そこはエリーゼの掌の上の様だ。
 クラナとは違う、青い二つの瞳がこちらを見下ろしている。

エリーゼ「ありがとー。もう大丈夫だよ」
ダイン 「はは、それはよかったな…」

 ダインは内心ビクビクものだった。
 いつなんときなにがあるか分からないのだ。
 このまま掌を握られれば逃げられないし、もう片方の手を乗せられても逃げられない。
 飛び降りる? 自殺もいいとこだ。

 どうするか。
 脱出の術を思案するダイン。
 そのダインにエリーゼが問う。

エリーゼ「でも、なんで助けてくれたの? 人間なのに」
ダイン 「なんで…。あー、ほら、やっぱり女の子が泣いてると放っておけないだろ」
エリーゼ「あたしは人間じゃないよ」
ダイン 「こういうのは人間とか関係ないんだ。いや、俺だけかも知れないけど。やっぱ助け合うのが世の常っていうか…」

 説明に困る。
 騎士の誇りだの魂だの、そういったのもは価値観の違う他人には理解し難いものだろうし、
 結局のところは感情で動いているのだから、こうだと言う理由は無い。
 あえて言うならば…。

ダイン 「…約束だからかな」
エリーゼ「約束?」
ダイン 「クラナとな、自分の正しいと思う事は曲げないって約束したんだ。俺はお前を助けたいと思ったから助けただけだよ」

 いざとなればさらりと出た説明。
 ま、これからその助けた相手に弄ばれるとなれば、自分のやってる事なんて茶番と変わらないけどな。
 ははは、はぁ…。
 ため息の尽きないダイン。

 さて、お話も終わってそろそろ鬼ごっこ再開かな…。

 …。

 …。

 …。

 ん?
 何もしてこないな…。

 と、ダインの見上げたエリーゼの顔は赤く染まり、目の中には星が輝いていた。

ダイン 「……え?」
エリーゼ「かっこいい…」

 熱い吐息(?)がダインに吹きかけられる。

ダイン 「……へ?」
エリーゼ「ねぇねぇ、クラナちゃんと友達なんでしょ? あたしとも友達になってよ!」
ダイン 「……えぇぇぇぇぇぇぇえええええ!?」
エリーゼ「いいでしょ? いいでしょ?」

 詰め寄るエリーゼ。
 え? え? え? へ? なんで? なんでーーーーーーーーーーっ!?

ダイン 「え? へ? い、いや、いいはいいけど…」
エリーゼ「やったー!!」

   ズン!

 ダインの乗っている掌を顔に押し付けて頬ずりをするエリーゼ。

ダイン 「ぎゅむ…! く、苦し……やめ…」

 そんなダインに構わず、エリーゼは頬を動かした。

   スリスリ

ダイン 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!」


 薄暗い部屋に、ダインの悲鳴が響く。



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 ふぁ〜あ…。

 家さえも呑み込めそうな口で大欠伸をするクラナ。
 やっとこさ眠気もおさまったので部屋から出てきたのだ。

クラナ 「こんな事で一日を無駄にしてしまうとは…ダインにも悪い事をしたな。どこにいるんだ」

 と、玉座の間の方から気配を感じた。
 クラナはそこにいるであろうダインに話し掛けながら部屋に入る。

クラナ 「すまなかったなダイン。やっと目も覚めた。退屈な思いをさせて悪かっ…」

 部屋の中で座り込んだエリーゼと、そのエリーゼに頬ずりをされているダインを見て言葉が止まる。

エリーゼ「ん〜♪」
ダイン 「だ、だから苦しいって………あ、クラナ!」

 クラナの姿に気付いたダインは助けを求める様にそちらを見つめた。
 だが、クラナはアゴに手を当て考える様な仕草をしたあと、ニヤリと笑って言った。

クラナ 「ほう、エリーゼを手懐けたか。流石だな」
ダイン 「て、手懐けたって…ち、違うから、俺何もしてないから!」
クラナ 「何を言っても無駄だぞ。今お前のおかれている状況がお前の行動の結果だ」

 フンと鼻で笑ったクラナは次にエリーゼに話しかけた。

クラナ 「どうしたエリーゼ? 人間とふれあうのは嫌なんじゃなかったか?」
エリーゼ「この人間は特別なの。すごいかっこよかったんだよ〜」
クラナ 「くくく…、ああ、私も良く知っている。せいぜい可愛がってやれ」
エリーゼ「うん!」

 そしてクラナは玉座に座った。
 エリーゼの手と頬の間からダインが手を伸ばしている様な気がするが、それはガン無視だ。
 ん〜♪ 子猫の様に頬を摺り寄せるエリーゼ。

エリーゼ「あぅ〜、かっこいいだけじゃなくて、ちっちゃくて可愛い〜♪」
ダイン 「ああもう…! いい加減放してくれよエリーゼ」
エリーゼ「ダメ〜。…あれ? そう言えばなんて名前なんだっけ。もう一回教えて」

 頬を離したエリーゼが笑顔でダインに問う。
 そんな笑顔を見せられては怒る気もなくなってしまうではないか。
 はぁ。
 本日何度目かも分からないため息をついて、ダインは答えた。

ダイン 「ダインだよ…。ダイン・シュレーフド」
エリーゼ「あたしエリーゼ。エリーゼ・パーティクル・ミネルヴァだよ。よろしくね、ダイン♪」

 そしてまた頬ずりを再開するエリーゼ。
 ダインはすり潰されないよう必死に抗った。


 そしてクラナはそんな二人の様を見て笑っていた。



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 〜 魔王クラナ 〜


第4話 「青い魔王」 おわり

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エリーゼ、GETだZE!