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 〜 魔王クラナ 〜


第5話 「平和って命懸け」

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 太陽もどっぷり沈んだ頃の玉座の間。
 
エリーゼ 「じゃあまたね〜」
クラナ 「ああ」

 遊びに来たエリーゼが家へと帰りクラナはそれを見送った。

ダイン 「…」

 ダインは玉座の横のテーブルの上でボロクズの様になっていた。

クラナ 「あの程度で音を上げたのか。情けないぞダイン」
ダイン 「う、うるさい…。おもちゃにされるのがどれだけ大変なのか分かってるのか…」

 あの日以来、エリーゼは毎日の様に遊びに来てはダインをもみくちゃにしていた。

クラナ 「やれやれ、これからの事を思うと頭が痛くなるだろう」
ダイン 「うぁぁあぁあ……。……俺、次にエリーゼが来たらどこかに隠れてるよ………ガクッ」

 言うとダインは疲労困憊の極限状態を通り越しパタリと眠ってしまった。
 そのダインを見下ろしながらクラナはニヤリと笑う。

クラナ 「隠れる…か。フフ、果たしてあのエリーゼから隠れる事が出来るかな」

 重々しい笑い声が薄暗い玉座の間に響き、やがてその元凶たる魔王はダインを摘み上げると寝室へと歩いていった。



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 翌日。
 ダインはテーブルの上でストレッチ。クラナは玉座からその光景を眺めていた。

 そんな二人のいる部屋に轟く声。

エリーゼ 「やっほー! 遊びに来たよ〜」
ダイン 「!?」
クラナ 「お、来たか」

 今日も今日とてエリーゼは遊びに来た。
 全身で震えるダイン。
 規則的な地響きがこの玉座の前と近づいてくる。

   ズゥン

    ズゥン

 急ぎダインは辺りを見渡して隠れる場所を探した、が。

ダイン 「…ッ!」

 このテーブルの上にそんな場所があるはずもない。

ダイン 「し、しまった! どうしよう!」

   ズゥン

    ズゥン

 その間にもエリーゼの足音はどんどん近づいてくる。
 なまじ近づいてくるのが分かるばかりにその恐怖はじわじわと増してきて、もうダインは泣きそうだった。
 キョロキョロと何度見渡しても隠れる場所は見えない。
 というより今このテーブルの上にはダインしかいないうえに、一人ではここから降りる事も出来ないのだ。
 テーブルの上にポツンと立つダインは、捕食者が来ると分かっているにも関わらずそこから動けない獲物だ。
 皿の上に載せられた食べ物だった。
 
ダイン 「うぅ…。く、クラナ! 俺をどこかに隠してくれ!」
クラナ 「どこにだ。言っておくがこの部屋にはお前の隠れられる様な小さな隙間などないぞ」

 部屋の中には棚も無ければ机も無い。
 あるのは玉座と、今ダインの立っているテーブルのみ。
 例えこのテーブルから降りられたとしても隠れる場所は無かった。

ダイン 「そ、そんな…」

   ズゥン

    ズゥン

 近づいて来ている足音はもう部屋のすぐ前だ。
 ダインは、クラナにすがる他無かった。

ダイン 「た、頼む! 俺を隠してくれよ!」
クラナ 「だから隠す場所など無いと言っただろう」
ダイン 「お願いだ! どこでも良いから!」
クラナ 「言ったな。くく…文句は言うなよ」

 言うとクラナはダインを摘まみ上げ、そこへと挟み込んだ。

ダイン 「むぎゅ……!」

 小山を成す巨大な乳房の間。
 クラナの胸の谷間だった。

ダイン 「お、お前…! ここは…!」
クラナ 「文句は言うなと言ったはずだ。そら、もっと奥に入っているがいい」

 クラナははみ出ていたダインの頭を谷間の奥に押し込んだ。
 押し込まれた後もダインはもぞもぞと抵抗していたが、それもクラナが胸を寄せ直すと大人しくなった。
 フン、鼻で笑いながらダインの消えた胸元を見下ろすクラナ。

クラナ 「やれやれ、エリーゼも嫌われたものだ。…まぁ、こんな事をしたところで無駄なんだがな」

 そしてクラナは頬杖をつき、部屋の入り口を見つめた。
 何秒と間を置く事もなく、その入り口からエリーゼが姿を現す。

エリーゼ 「おはようクラナちゃん。ダインは〜?」
クラナ 「くく、あいつはお前に会いたくないからと隠れたぞ」
エリーゼ 「かくれんぼ? どこに隠れたの?」
クラナ 「さぁな、それは教えられんさ。探したければ好きに探せ」

 言いながら笑うクラナ。
 その様子をぽけーっと見ていたエリーゼは、やがて部屋の中を見渡しながら歩き出した。
 テーブルの足の下。
 玉座の後ろ。
 部屋の隅々まで歩いて回っている。

エリーゼ 「いないよ〜。どこ〜? ダイ〜ン」

 きょろきょろと辺りを見渡したり、テーブルを持ち上げてみたり、クラナのスカートを少しめくってみたりしていたエリーゼだが、
 ダインは見つからない。
 その様子を見ながらクラナはニヤニヤと笑い、当のダインは乳房の圧力に潰されかけながら耳に響くその声におののいていた。

 うろうろうろうろ。
 部屋の中を歩き回るエリーゼ。
 ふと今しがた持ち上げたテーブルの前で立ち止まる。

エリーゼ 「あ、今ダインの匂いがした」

 くんくんと鼻を鳴らしその顔をテーブルに近づける。
 
エリーゼ 「やっぱりここダインの匂いがするよ。うーん…」

   くんくん 
    
    くんくん

 見えない何かをたどる様にエリーゼの顔がクラナへと近づいていく。
 顔はクラナの手へと近寄ると暫くその匂いを嗅ぎ、やがて嗅ぎ分け終えたのか次の場所へと向かった。

   ぽふ 

 エリーゼはクラナの胸の谷間に顔を突っ込んだ。
 くんくんとその匂いを嗅いでいる。
 クラナはニヤニヤ笑ったままだ。

   くんくん

    くんくん

 ぐりぐりと谷間に顔をうずめていくエリーゼ。

エリーゼ 「どんどん匂いが強くなってる。ここかな〜」

   くんくん

    くんくん



     すぽっ

エリーゼ 「!」

 ガバッ! エリーゼはクラナの胸の谷間から顔を離した。
 キョトンとした顔のエリーゼ。
 そしてその鼻の穴から飛び出しぱたぱたと暴れる二本の小さな脚。
 クラナは噴き出した。

クラナ 「ぷっ…ははははっ! あーっはっはっはっは!!」
エリーゼ 「ふぇ?」

 エリーゼは首を傾げた。
 鼻がくすぐったい。

エリーゼ 「あぅ……ふぁ……ふぁっ…」
クラナ 「くくく…おっと」

 クラナは笑いを堪えながら、息を吸い込んで今まさにそれを放たんとするエリーゼの顔をくいっと横に向けた。

エリーゼ 「はっくしゅ!!」

 盛大なくしゃみ。

   ゴーーーーーーーーーーーーー

 それと同時に弾丸の様に発射されて何百メートルも飛んだダイン。

   ズザザザザザザザザザザザザザ

 絨毯に激突し何十メートル地面を転がっていくダイン。 
 やがてその回転が止まったあと、エリーゼの鼻水まみれのダインはポツリと呟いた。

ダイン 「俺………生きてる……?」

 そんなダインを暗い影が包み込む。
 それはエリーゼが四つんばいになってダインを見下ろしたからだった。
 エリーゼはにっこりと微笑んで言った。

エリーゼ 「ダインみ〜っけた!」
ダイン 「…」

 今日もダインの辛い一日が始まる。
 


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 鼻水を洗い流されたダインはクラナの炎で乾かされ、その後ずーっと頬ずりの刑に処されていた。

エリーゼ 「ん〜♪」
ダイン 「う…ぐ…」

 ニコニコ顔のエリーゼだがダインの方はすでに限界。
 巨大な頬の壁が動くたびに身体の肉が千切れんばかりの悲鳴を上げる。
 その力も強大で、ダインに出来る事はなんとか窒息しない程度の呼吸だけだった。
 クラナもそれを見ながら笑うだけで止めようとはしない。あんちくしょうめ。

クラナ 「そう言うな。なかなか楽しそうじゃないか」
ダイン 「こ……これの…どこが楽しそうなんだ…よ…! ってか心の中を読むな」
クラナ 「フン、心を読まずとも顔を見ずとも、今のお前が考えてる事など簡単に予想できるさ。
     そもそもエリーゼから隠れるというのが無駄だったな。こいつの鼻は犬より利くのだ。
     だからお前がそうなるのは必然なのだよ。死なないよう、精々頑張るんだな」
ダイン 「こんの……」

 抗いようは無い。
 というより最初から必死に抵抗しているのにリアクションのひとつも無いのはやはり何も感じていないからなのだろう。
 人間の全力は魔王にそれの存在を感じさせる事も出来ないのだ。

 圧力もさる事ながら密閉されていて蒸し暑い。
 摩擦熱も加わってこの狭い空間はサウナの様だった。

 
 ところが突然ダインはその密室から解放された。
 足りなくなった酸素を供給するために咳き込みながら、ダインはエリーゼの掌の上からその顔を見上げる。
 エリーゼはもうニッコニコだ。

エリーゼ 「ダインかわいい〜♪ ギュ〜ってやりたい。い〜い?」
ダイン 「げほっ…だ、ダメだダメだ! 今でさえキツイのにこれ以上やられたら本当に…」
クラナ 「別にいいじゃないか。例え身体中の骨がバキバキに折れたとしても、エリクサを使えば3日で治るだろう?」
ダイン 「お前、他人事だと思って勝手な事言うな!」
クラナ 「他人事だから言うのだ。くくく…やはり私も魔王だな。人間が苦痛に苛まれ絶望していく表情を見ると心が躍る」
ダイン 「…ッ」

 クラナの瞳の奥に黒い光がギラつく。
 ダインは背筋が凍った。
 目を合わせただけで、脳の奥で生物的な本能が死を告げたのだ。
 目の前にいるのはクラナだと分かってる。自分にそんな事はしないと分かっている。分かっているが、身体の震えが止まらない。
 全身から汗が噴きだす。
 歯がガチガチと音を立てる。
 瞳孔は開き、呼吸は乱れ、脳裏を埋め尽くした恐怖に心臓さえも止まってしまいそうだった。
 
クラナ 「……ふん」

 とクラナが鼻で笑うと同時だった。
 ダインを縛っていた死のイメージが霧散し、呪縛から解き放たれた。

ダイン 「……ップハァ! ハァッ! …ッ! …ッ!」

 思い出したかのように身体が酸素を要求する。
 まるで雑巾を絞った様な量の噴き出した汗が着ていた服をびしょびしょに濡らしていた。

クラナ 「悪かったな。お前をそんな目に遭わせるつもりはなかったんだが」
ダイン 「ハァ…ハァ……本当に死ぬのかと思った…」
クラナ 「目を合わせただけで死んでくれるなよ。とは言っても今のは私のせいだがな」
エリーゼ 「もう! ダメだよクラナちゃん。人間は弱いんだからいじめちゃダメなんだよ」
クラナ 「くくく…お前に言われたらおしまいだな。だが、悪かったなダイン」
ダイン 「ハァ……ふぅ…。……ただ目を合わせただけなのに怯えて…。俺って弱いな…」
クラナ 「弱い? お前が本当に弱い奴だったら今こうして我々と会話する事などできん。
     今お前がそこにそうしているのはお前の強さだ。気合や力だけが強さではないぞ」
ダイン 「そうだけど……睨まれただけで死にそうなんて…」
クラナ 「死なないだけ十分だ。他の奴等なら死ぬか…気絶くらいはしているだろう」
エリーゼ 「そうなの? ん〜〜〜…!」
ダイン 「うん?」

 エリーゼはダインを睨んだ。

エリーゼ 「ん〜〜〜……!」
ダイン  「…」

 大岩よりも大きなエリーゼの頭が寄って来て、二つの青い瞳がダインを射抜く。
 眉を吊り上げ、頬も膨らませて。

エリーゼ 「ん〜〜〜……どうダイン、怖い?」
ダイン  「いや全然…」

 しかし如何せん迫力が無い。
 子どもが頬を膨らませているだけだった。
 死をどころか恐怖の欠片も感じない。
 
 ぷぅ〜と息を吐き出したエリーゼは肩を落として言った。

エリーゼ 「え〜、あたしもやってみたかったのに…」
クラナ 「ははは、まぁエリーゼには向かんな。怒気殺気覇気はお前とは縁遠いものだ」
ダイン 「怒気殺気…」
クラナ 「そうだ。剣を振ってきたお前には大した説明はいらんだろうが、要は威圧だな。
     更に噛み砕いて言えば迫力で相手を脅かす事だ。
     と言ってもさっきのは私が油断して漏らした気にお前が勝手に呑みこまれたわけだが」
ダイン 「漏らした?」
クラナ 「あぁ、普段は抑えているんだが最近はどうも気が抜けてな。ついつい…人間を殺したくなる」
ダイン 「何っ…!?」

 その時、またクラナから殺気が漏れる。
 ダインは見えない何かに首を絞められるのを感じた。
 身体が金縛りにあった様に動かず、それでも顔だけがゆっくりと動く。
 自分の意思とは関係なくゆっくりと、クラナの顔を見上げようとしていた。
 だがダインの本能は理解していた。
 今、クラナと目を合わせたら死ぬ。
 分かっているのに、顔は止まらない。
 視界にクラナの顔が入ってきた。
 あの目にピントが合わさったら、俺は…。

 ふいにクラナが目を閉じた。
 その瞬間金縛りも解けダインはエリーゼの掌の上に転がった。

クラナ 「っとと。すまんな、また気が緩んだ様だ」
ダイン 「ハッ…ハッ……ハァ…、いや、大丈夫だよ…」
クラナ 「ふむ…」

 クラナは自分の手を見つめながら呟く。

クラナ 「どうにも最近は気が緩み易いな。気にしてはいるのだが…」
ダイン 「それよりお前、人間を殺したくなるって…」
クラナ 「うん? ああ、事実だ。心の中に殺したいという衝動が湧き上がる。私も魔王だからな、殺戮には愉悦を覚えるのだ」
ダイン 「…」
クラナ 「くくく、そんな顔をするな。言ってみれば弱肉強食。力有る者が自分よりも力の無い者を甚振るのは当然の事だ。
     我々魔王が人間を弄ぶように、お前達も悪戯に動物を狩るだろう?」
ダイン 「だからって人間を…!」
クラナ 「怒るな。言い方が悪かったな。つまりは私も欲求不満なわけだ。抑えている感情が顔を出そうとする」
ダイン 「…でも…」
クラナ 「だからそんな顔をするなと言っただろう。それに前に言ったはずだ、もう人間は殺さんとな」
ダイン 「それは…そうだけど…」
クラナ 「さて、最近はどうしたものか…」

 ふぅ、とため息をつくクラナ。
 それを見たエリーゼはニッコリと笑った。

エリーゼ 「えへへ、あたしわかるよ。クラナちゃんが気が抜けちゃってる理由」
クラナ 「ん?」
ダイン 「本当か!!」

 身を乗り出して問うダインにエリーゼは大きく肯いて見せた。

エリーゼ 「うん。それはね、ダインがいるからなんだよ」
ダイン 「…へ? 俺…?」

 間の抜けた声を出すダインを他所に、頬杖をついたクラナはにやりと笑いながら返す。

クラナ 「くくく、お前もそう思うか?」
エリーゼ 「うん。だってダインと一緒にいる時のクラナちゃん嬉しそうだもん。気が緩みっぱなしだよ」
クラナ 「だろうな。くくくく…」

 笑い合う二人の魔王の間で、ダインは会話の内容をいまいち理解出来ていなかった。

ダイン 「なぁ、なんで俺のせいなんだ?」
エリーゼ 「クラナちゃんはダインといるのが楽しくて楽しくて気が緩んじゃうんだよ。凄い事なんだよ?
      クラナちゃん、あたしや他の魔王といる時はいつも気ー張ってるのにダインといる時だけ全然気ー張ってないの」
クラナ 「こいつといる時はそんな必要は微塵も無いんでな。気を許せるとはこういう事を言うのだろう」
ダイン 「そ、そうなのか? そう言ってもらえるとなんか嬉しいな…」

 アハハ…。
 照れ笑いを浮かべながら頭を掻くダイン。
 だがすぐにその笑顔をおさめてため息をついた。

ダイン 「はぁ…。でも、その俺のせいでお前は苦しんでるんだよな…」
クラナ 「苦しむ、というほどのものでもないがな。というかどちらかと言えば苦しんだのはお前だ」
ダイン 「俺のせいで欲求不満になってるのは変わらないだろ。なんとかしてあげたいけども…」

「ほう?」
 クラナの目がギラリと光った。

クラナ 「そうか、私の欲求不満を解消してくれるか」
ダイン 「当たり前だろ。俺のせいでそうなってるんだから」
クラナ 「うむうむ、その通りだ。では早速手をかしてもらおう。お前の言い出した事だ。二言は無いな」
ダイン 「へ?」

 言うや否やエリーゼの手に乗っていたダインを摘み上げたクラナ。
 
ダイン 「な、何をするんだ…?」
クラナ 「今回は見て楽しませてもらうとしよう。エリーゼ、ちょっと来い」
エリーゼ 「な〜に?」

 立ち上がって、玉座に座るクラナに近寄るエリーゼ。
 するとクラナはエリーゼの胸を覆っていた布をグイと引っ張った。

エリーゼ 「?」
ダイン 「え゛ッ!? く、クラナ! お前何やってんだよ!」

 布がずらされた事で、エリーゼの胸がブルンとこぼれおちた。
 完全にあらわになっていた。
 慌てて目をそらすダイン。

ダイン 「わわ…ッ!」

 だが、当のエリーゼはきょとんとしたままだった。

エリーゼ 「どうしたの、クラナちゃん?」
クラナ 「くく、まぁ見てろ」

 そしてクラナは、もう片方の手に摘まんでいたダインを、あらわになったエリーゼの乳首の上に降ろした。

ダイン 「い゛…!?」

 ダインは、エリーゼの乳首の上にちょこんと乗ってしまった。

クラナ 「ほれ、どうだダイン? その感触は」
エリーゼ 「わ〜かわいい〜♪」

 エリーゼの乳首に抱きつく格好になってるダインを、二つの巨大な顔が見下ろしていた。

ダイン 「な、な、な、な………何やってんだーーーーーーーー!!」
クラナ 「お前が私の欲求不満を手伝うと言ったのだろう」
ダイン 「言ったけど、これがそれとなんの関係がある!!」
クラナ 「なに、見て楽しませてもらおうと言うだけだ」

 言うとクラナは布を元に戻し始めた。

ダイン 「ちょ、ちょっと待て! 俺は!? このままなのか!?」

 叫ぶダインだが、ニヤリと笑うクラナの顔は、やがてその青い布に遮られて見えなくなってしまった。

ダイン 「む…、…ぎゅぅ……」

 背中から布に押され、エリーゼの乳首に押し付けられる。
 一方。
 クラナは、エリーゼの乳首部分の布が人間の形にやや盛り上がっているのを見て肯いた。

クラナ 「これでいい。さぁ、せいぜい楽しませてもらおうか」
エリーゼ 「クラナちゃん、それでどうすればいいの?」
クラナ 「ククク、そうだな…、ちょっと胸を揺らしてみろ」
エリーゼ 「? こう?」

 エリーゼは少しだけ上半身を動かしてみた。
 エリーゼの胸が上下に弾む。
 するとエリーゼは乳首になにやら感触を覚えた。

エリーゼ 「あ、今ダインが動いた!」
クラナ 「ああ、突然の大揺れに驚いたのだろう」
エリーゼ 「そうなんだ〜。おもしろ〜い」

 エリーゼは更に胸をゆすった。
 二つの巨大な乳房がポヨンポヨンと揺れ動く。
 その度にエリーゼは乳首にダインが動くのを感じた。

エリーゼ 「あははは♪」

 ダインにしてみれば、押し付けられている胸が上下左右に恐ろしい速度で動くのだ。
 その身にかかる重力は呼吸すら阻害する。
 船酔いなんて比べ物にならないような吐き気がダインを襲っていた。
 そもそも自分をそんな目に遭わせているのが女の子の胸だと思うととんでもない無力感につつまれる。
 抱きつく乳首は、両手を伸ばしてもそのふちには届かない。
 この閉鎖された空間にエリーゼの笑い声が響いていた。

エリーゼ 「たのし〜い! さっきからダインがね、おっぱいをぎゅ〜って触ってくるの」
クラナ 「そうか。くくくく…いや、楽しんでくれているようでなによりだ。さて、そろそろダインも飽きた頃だろう。
     エリーゼ、ちょっと上半身を倒してみろ」
エリーゼ 「こんな感じ?」

 エリーゼは前かがみになった。
 二つの巨大な乳房が胸板から垂れ下がるように下を向く。
 するとエリーゼは胸に先程より強い感触を覚えた。

エリーゼ 「あ、また触ってくる! なんか今度はペチペチ叩いてるよ!」
クラナ 「だろうな。じゃあ身体を戻してくれ」

 言われたとおり上半身を起こすエリーゼ。
 同時に胸を叩く感触もなくなる。

エリーゼ 「あれ? ダイン叩くのやめちゃった」
クラナ 「苦しくなくなったからだな。もう一回やってみろ」

 エリーゼはまた前かがみになった。
 するとまたダインが暴れて胸をペチペチと叩く。

エリーゼ 「かわいい〜♪ でもなんで苦しいの?」
クラナ 「ぶら下がったお前の胸の全重量を受け止める事になるからな。布と乳首との間に挟まれて息が出来ないんだろう」
エリーゼ 「ふ〜ん。でもダインなら大丈夫だよね。えい、えい」

 前かがみになったまま胸を揺らす。
 ただでさえ重い胸に遠心力が加わって、ダインは暴れる事さえ出来なくなっていた。

エリーゼ 「あ、動かなくなっちゃった。ちょっと苦しすぎたかな?」

 上体を元に戻すエリーゼ。


 ***


ダイン 「ゼェ…ハァ…ゼェ…ハァ……死ぬ…」

 ダインはその乳首に押し付けられているようなものだが、今は押し付けられているというよりも寄りかかっていると言った方が正しかった。
 満身創痍。
 重いわ苦しいわ辛いわ潰れそうだわで疲弊しきっていた。

ダイン 「クラナの奴…手伝わせるって……さては俺が苦しんでる状況を目の前で見て楽しんでるな…」

 きっと今頃ニヤニヤ笑っているのだろう。
 背面は青い布に覆われてしまっていたのでそれを確かめる事は出来なかったが。
 これで少しでもあいつの欲求不満が解消されるなら…とは思わなくもないが、もっと別の方法はなかったのだろうか。

ダイン 「はぁ…」

 ダインはエリーゼの乳首にもたれかかった。


 ***


エリーゼ 「ダイン、随分とおとなしくなっちゃったね…」
クラナ 「流石に疲れたんだろう。ま、死なないだけ上等だ。
     …さて、そろそろ終わりにするとしようか。最後だ。エリーゼ、思いっきり胸を反らせ」
エリーゼ 「反らす? こうかな?」

 エリーゼは天井を仰ぎ見るような格好になった。
 大きな乳房がグイと突き出される。
 すると辺りにダインの悲鳴が響き渡った。

エリーゼ 「? ダインどうしたの?」
クラナ 「突き出されたお前の胸と巻いてる布の間で潰されそうになったんだ。
     大木程度ならへし折れる圧力だとは思うが、ダインなら大丈夫だろう」
エリーゼ 「そっか。じゃあもう一回だけ……えい!」

 エリーゼは再び、先程より勢いよく胸を反らした。


  プチュ


 妙な感触を感じた。

エリーゼ 「あれー?」

 エリーゼは布をずらし中を覗いた。
 ダインは乳首から落ちて布へと転がった。
 
 エリーゼはダインの足を摘まんで持ち上げる。
 目の高さまで持ち上げてブラブラと少し揺さぶってみたが反応は無い。

エリーゼ 「ダイン動かないよ?」
クラナ 「フフン、死んだか? 女の胸に潰されて死ぬのなら、童貞のこいつも本望だろう」

 笑いながらクラナは指でダインの胸に触れる。

クラナ 「…心臓は動いてるから気絶しただけだ。じきに目を覚ます」
エリーゼ 「そう? よかった〜…。ダイン殺しちゃったかと思った〜…」

 ほっと息を漏らすエリーゼ。
 それを見てまたクラナは笑う。

クラナ 「エリーゼに好かれるとはな。私が認めただけの事はある」

 クラナはエリーゼとその指につままれてぶら下げられたダインを見る。

エリーゼ 「でもこれじゃ遊べないよ。まだまだ遊びたかったのに〜」
クラナ 「それは仕方が無い。…ふむ、丁度いい。ダインが目を覚ますまで、私達も昼寝でもするとしようか」
エリーゼ 「そうだね」

 ふぁ〜。
 エリーゼは欠伸をした。



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ダイン 「う、う〜ん……」

 死にかけたダイン、目を覚ます。

ダイン 「イタタタ…ひどい目に遭った……」

 最後のは本当に死んだと思った。
 自分の耳で自分の潰れる音を聞いた気がした。
 圧力がかかったと思った瞬間、一瞬で気が飛んだのだ。
 それほどの圧力。
 身体中の骨が砕けたんじゃないか。
 内臓が破裂しているんじゃないか。
 実は死んでるとか。
 死んでいないまでも、あまりの激痛に脳が痛覚を遮断して今痛みを感じていないのであって、実は全身ミンチになりかけているとか。
 恐る恐る身体を動かしてみる。が、身体が動かない。
 気付けば全身が何かに包まれ非常に窮屈だ。
 光も完全に遮断されているのでエリーゼの布と胸の間ではない事は分かる。
 
ダイン 「ここは…」

 顔も動かせないほどの密閉感だ。
 湿気を帯びた空気が漂いじんわりと暑い。

 と、ダインは自分を包んでいるこの物体の向こうから重々しい音が聞こえてくる事に気付いた。

   どくん

    どくん
 
ダイン 「…」

 その音と、変な言い方だが嗅ぎなれたこの匂いが、ここがどこであるか教えてくれた。

ダイン 「クラナの奴……また俺を胸の間に……まったく」

 ダインはクラナに自分を解放させるべく身体を動かした。
 自分が目を覚ました事に気付けばすぐにでも巨大な指がこの谷間に進入してくるだろう。

 …。

 ところがいつまで経っても指が現れる気配はない。
 再度身体を動かしてみたが反応は同じだった。

ダイン 「もしかしてあいつ寝てるのか?」

 寝ているとなるとややこしい。
 眠ったクラナを起こすのは大変なのだから。
 巨大なクラナの前に人間の自分などがどれほど暴れたところで意味は無い。
 クラナの手助けが望めないとなると自力脱出しかない。
 ダインはなんとか身体を動かし、上への移動を開始した。

 胸の間は汗ばんでいた。
 最近は暑い上に湿度も高い。
 その上でこの密閉空間はキツ過ぎる。
 すべすべの肌と汗に足をとられながらその肌を上っていく。
 足をかける場所など無い。
 胸と胸に足を押し付けてグリップ力を確保したあと上の肉を掴む。
 今その手で掴んだ肉がクラナの胸だと思うと恥ずかしくなるが、そもそもここに閉じ込めたのはあいつだ。文句はあるまい。
 もともと文句を言うような奴ではないが。むしろ積極的にこういった事で俺を弄ぶくらいなんだから。
 また一段上の肉を掴む。
 肉は柔らかいが張りがあり、日々鍛錬を行っているダインの握力を持ってしても全力を出し切らなければ万足に手がかりにする事も出来ない。

「…なんでこんなに柔らかいのに、剣で傷つかないんだろう…」

 指だけではない。
 ダインはこれまで身体の色々な所を斬りつけさせられた。
 掌に乗せられ剣を突き立てさせられた事もあった。
 胸の上に乗せられ、そこに突き立てるよう言われた事も。
 二の腕の上。腹。背中、太もも、膝の裏。
 寝る前、ベッドの上でうつぶせになったクラナの足の裏に突き立てた事もあった。
 突き立てた瞬間くすぐったさを感じた脚がビクンと折り曲げられ、その勢いで足の裏に乗っていたダインは放り投げられてしまった。
 その後、横になったクラナの身体の長さを越える程の距離を飛ぶと、枕の上に乗せられていたクラナの顔の目の前に墜落した。
 他には頬を斬り付けた事もあった。
 あれはとてもじゃないが気なんて乗らなかった。
 目の前にあるのはクラナの顔なのだ。
 そのすべすべの頬は目の前から見上げるとほぼ肌色の壁のようなものだ。
 肌色の壁の上からはクラナの目が見下ろしている。
 剣の柄を握る手に力がまるで入らなかった。
 女の顔を斬りつけろと? そんな事は出来ない!
 が、その後、指先の間でこねくり回されたダインは結局折れてクラナの頬に斬りかかった。
 もちろん頬は無傷だった。
 次にクラナが斬れと命じたのは唇だった。
 流石にそれは…と思う。
 唇の皮は薄い。
 如何に魔王と言えど唇を剣で斬りつけられれば傷はつく。
 こればっかりは出来ないと抗議しようとした。が、目の前でその大きな口に舌なめずりされれば誰だって従順に成り下がる。
 言われるまま斬りつけたが、剣は多少唇に食い込んだかと思うとぼよんと跳ね返された。
 結局ピンク色の唇には傷一つつかず。
 ダイン vs. クラナの掌   
 ダイン vs. クラナの胸   
 ダイン vs. クラナの二の腕 
 ダイン vs. クラナの腹   
 ダイン vs. クラナの背中  
 ダイン vs. クラナの太もも 
 ダイン vs. クラナの膝の裏 
 ダイン vs. クラナの足の裏 
 ダイン vs. クラナの頬   
 ダイン vs. クラナの唇   
 全てにおいてダインの敗北であった。
 あと風呂に入る前、クラナの足の小指に斬りかかった事もあった。
 その時は剣が小指の爪を斬り付けて折れてしまった。
 騎士の誇りの一つである剣が小指の爪に折られてしまうとは。
 あの時ダインは落ち込んだ。クラナは大笑いしていたが。

 ダイン vs. クラナの足の小指

 完敗。

 クラナの胸の谷間を這い上がっていたダインはその時の事を思い出して少し落ち込んだ。
 人間と魔王の力の差は大きい。
 現にこうして胸に谷間から這い出すだけでえらい手間取るくらいには。
 上っているつもりだが、この圧迫された空間では距離も何もまるで分からないのだ。
 いったいいつまでこの肉の間を行かねばならないのか。

 とその時だった。
 突然ダインの周囲の肉が動く。
 もともと身動きの取れないダイン。
 起きたのか? ならばとっととここから出して欲しい。
 期待し上を仰いだが、どうやらそうではないようだ。
 肉の壁がぎゅうぎゅうと押し迫ってくる。
 巨大な乳房が寄せられているのだ。
 クラナは椅子にもたれかかって昼寝をするのだが頬杖をついて船を漕いでいるうちに胸の位置が少しずれてしまうらしい。
 何度か、眠りながらか寝ぼけているのか、胸を寄せなおしているところを見た事がある。
 今回もそれだとすると…。
 ぎゅぅ……ぎゅぎゅ……。
 ダインは全方から肉に迫られてもう指1本動かせない状態だった。
 顔面はすでに乳房に埋まり、呼吸さえも出来ない。
 すでに潰れかねない圧力なのに胸はズレを直そうと動く。
 別方向に動こうとする乳房の間でダインは身体が千切れそうだった。

ダイン 「(こ………し、……死ぬ………)」

 圧死か窒息死か。
 どちらにせよ変わりは無い。
 ダインは気を失う直前だった。
 だがすぐにダインの苦難は解消された。
 悪い方向に。

  きゅ

 胸がしゃんと寄せなおされ、その圧力はダインを再び気絶させるには十分だった。


  ***


 暫く。

クラナ 「…ん……ふぁ……」

 目を覚ましたクラナは欠伸をしながら目を擦る。
 見下ろせば自分の脚を枕がわりに眠っているエリーゼの姿。
 クラナはその頬を優しく撫でた。

 ふとダインを胸の間に入れていた事を思い出す。
 谷間に指をいれ、その身体を摘まみ出した。

クラナ 「ん? なんだ、まだ眠っているのか?」

 摘み上げたダインに反応が無い。
 揺さぶってみる。
 放り投げてみる。
 それでもダインは起きなかった。

クラナ 「やれやれ…そんなにエリーゼの胸は苦しかったのか? あの程度でこの様では先が思いやられるな」

 例えここでダインが意識を取り戻し気絶の原因はクラナだと告げてもむしろ喜ばせるだけで結果は変わるまい。
 クラナは再びダインを胸の谷間に下ろした。
 ただし今度は乳房の間に挟むのではなく、寄せられた乳房の上、まさに谷間の上に。
 クラナの胸の谷間で眠るダイン。
 そこは転げ落ちる心配が無く暖かい温もりに包まれた揺籠の様だった。


  ***


ダイン 「…というわけで俺を胸で遊ぶのは禁止」

 玉座の横のテーブルの上。
 仁王立ちしたダインは言った。

エリーゼ 「え〜、面白かったのに〜…」
ダイン 「俺を殺す気か! 大体お前等には羞恥心とかそういうのは無いのか!」
エリーゼ 「羞恥心? なんで?」
ダイン 「なんでって…こう、女が人前で、男の前でむ…胸を晒すなんて…」

 しどろもどろ顔が赤くなっていくダインを見ながらニヤニヤ笑っていたクラナが玉座から立ち上がる。

クラナ 「そうか、胸で遊ぶのは禁止か。せっかくいい欲求不満解消だったのだが」
ダイン 「そりゃ協力はしたいけど、命を危険に晒してまでするつもりはない」
クラナ 「残念だ。ああ、解消出来ないと思うと急に肩がこってきたな。少し胸を休めるとするか」

 首を回しながらテーブルへと近づいてきたクラナ。
 そして腰を落とすとそのテーブルの上に片方の乳房をズンと乗せた。

ダイン 「わぁっ! な、何するんだ!」

 乗せられた乳房はテーブルの半分以上を陣取った。
 ダインは目の前に現れた小山に後ずさる。

クラナ 「くくく…何とはなんだ。お前が解消の手伝いをしないというから肩が重くて仕方ないのだ。
     だからこうして胸を乗せて休ませているんじゃないか」
ダイン 「り、理由になってないだろ! だいだい今潰されかけたぞ!」
クラナ 「今更この程度で潰れるわけがないだろう。さて、それはそれとして胸が重いな。もう少し寄りかかるとするか」

 ズイと迫るクラナの胸。
 片方しか乗せられていないのにすでにテーブルのほとんどはその乳房の下だ。
 つまりダインの立っていられる場所も少なくなるわけで。

ダイン 「わわ!」
クラナ 「さぁどこかにこの肩こりと欲求不満を解消してくれる男はいないものか。でなければもっと寄りかからねばならん」
ダイン 「ふざけ…—!」

 とダインが叫ぼうとしたときだった。
 ダインの背後からズンと地響きが轟き、見れば後ろにはエリーゼが立っていた。
 エリーゼはニッコリと笑いダインを見下ろしていた。

ダイン 「え、エリーゼ…」
エリーゼ 「えへへ、なんかあたしも疲れちゃったみたいなの。だからここでおっぱいを休める事にするね」

 言うとダインの見上げていたエリーゼの胸が下りてきた。
 が、既にこのテーブルの上はクラナの胸が大半を占めており、エリーゼの胸の下ろせるスペースなどない。
 つまりはダインの逃げる場所も無いと言う事だ。
 とにかくと、エリーゼとは反対方向へと走ったダイン。
 少しでもエリーゼから離れるためだ。
 目の前にはクラナの胸。
 高すぎる小山は登れない。
 登ろうと試みはしたがその傾斜は急すぎる。
 そんなこんなクラナの胸に飛びついていたダインの上空背後からエリーゼの片方の乳房が下りてきて…。

   むぎゅ!

 ダインは狭いテーブルの上、クラナとエリーゼの胸の間で挟まれた。

ダイン 「う…ぐ…」

 服越しだが柔らかさは感じられる。
 その力強さも十二分に。

クラナ 「なんだ、自分で遊ぶのを禁止しておきながらしっかり遊んでいるではないか。
     私達はただ胸を休めているだけであって遊ぶつもりは無い。そこにいたお前が悪いのだ」
エリーゼ 「ふふ、ダイン大丈夫〜?」

 にやにやと笑うクラナとにこにこと笑うエリーゼ。
 その二人の乳房の間でダインはもみくちゃにされていた。

エリーゼ 「ねぇクラナちゃんもうちょっとそっちに行ってよ。あたしのおっぱい、半分もテーブルに乗れてないよ」
クラナ 「お前こそ近寄りすぎだ。このテーブルは私のものだぞ。私が優先だろう」

 二人の胸が相手の胸を押し出そうとぐいぐいと押し合っている。
 ダインは悲鳴を上げていた。

クラナ 「そもそも何故お前が胸を休める必要がある。欲求不満なんて感じた事もないだろうに」(グイと胸を押し出す)
ダイン 「ギャー!」
エリーゼ 「クラナちゃんこそ! 肩がこってるなら肩を揉めばいいじゃない!」(グイと胸を押し出す)
ダイン 「アーー!」
クラナ 「ほう、私に意見するのか。今みたいに「疲れた」だけではすまなくなるぞ?」(グイ)
ダイン 「ぐ…っ!」
エリーゼ 「むぅー! あたしだって本気出せば負けないんだよー!」(グイ)
ダイン 「うげぇ!」
クラナ 「…やるのか?」(グイ)
ダイン 「ぐ、ぐぉ…」
エリーゼ「やるの!?」(グイ)
ダイン 「ぐふ…」

 おしあいへしあい。
 二人の巨人の巨大な乳房に挟まれて、ダインは静かに息を引き取りそうになった。
 気付けばいつの間にかダインは二人の乳首の間に挟まれており、身長と大差無い大きさの乳首にグリグリと挟まれていた。
 片方の乳首がダインの上半身を相手の乳輪に押し付け、もう片方の乳首がダインの下半身を相手の乳輪に押し付ける。
 つーかもう乳首と乳首の間で潰れそうなダインだった。
 
エリーゼ 「あれ? またダイン動かなくなっちゃったよ」
クラナ 「くく…少し遊びすぎたか」

 二人はテーブルから胸を離した。
 その中央で、手足が有り得ない方向に曲がってもおかしくないほどの重圧で気を失ったダインは死体の様に倒れていた。


  ***


ダイン 「…もうやめてくれ…」

 テーブルの上、憔悴したダインは言った。

クラナ 「確かに少しやりすぎたな。今後はもう少し控えめにいくとしよう」
ダイン 「いや、だからやめてくれと」
エリーゼ 「でもダインってすぐ気絶しちゃうんだね。あたしもっと遊んでたいよ」
ダイン 「すぐって…むしろ俺はあんな目に遭っても未だケガ一つしてない自分が不思議だよ。これもエリクサの力なのか?」
クラナ 「さて。お前のような突然変異は見た事が無いからな、そうとも言い切れん。…では続きといこうか」

 ズイとダインの目の前に胸を突き出すクラナ。

ダイン 「お前もう少し俺を労われよ!」
クラナ 「ならお前からもっと積極的に触って来い。それなら少しは考えよう」
ダイン 「さ、触るってお前…」
クラナ 「くくく…その顔がいかんのだ。そういう顔をされるとついつい嬲りたくなる」

  ズン!

 クラナはテーブルの上に胸を下ろした。
 ダインは頭と手を残して胸の下敷きになった。

ダイン 「ぎゃー! お、重い…」

 唯一出ている手をパタパタと動かす。

クラナ 「重いとは失礼だな。お前が非力なだけだろう」
ダイン 「バカ言え! こんなでかいもの持ち上げられるか!」
クラナ 「私の胸が大きいと認めるか。くく、嬉しいよダイン」
ダイン 「え…? いや…その…」
クラナ 「そら、隙が出来たぞ」

 クラナは胸を少し動かした。

ダイン 「アーーッ! 重い重い重い重いーーッ!」
クラナ 「ははは、なかなかいい声で鳴くじゃないか。ゾクゾクするぞ」
ダイン 「この…」

 そんな二人にエリーゼが話しかける。

エリーゼ 「クラナちゃんてそんなにストレスたまってるの?」
クラナ 「ストレス、というほどのものでもないがな。まぁ人間を弄びたくなるのは事実だ」
エリーゼ 「ふーん、それなら人間の街に遊びに行こうよ」
ダイン 「何!?」
クラナ 「む…」
エリーゼ 「そうすればいっぱい人間を殺せるよ。ダインは死んじゃったら困るけど他の人間は別にいいでしょ。
      いっぱい殺せば、クラナちゃんもスッキリするよ?」
クラナ 「…」

 クラナは黙って上体を起こしダインを解放した。

クラナ 「それはダメだなエリーゼ」
エリーゼ 「なんで?」
クラナ 「私はもう人間は殺さないとダインと約束した。約束を交わした以上そんな事はしない」
エリーゼ 「でもストレスたまってるんでしょ?」
クラナ 「大したほどじゃない。それに欲求不満を感じていられるのもダインがいるお陰だ。安らいでいる証拠だな」
ダイン 「クラナ…」
エリーゼ 「ふーん」
クラナ 「…フン、興が冷めたな。丁度いい、昼餉にしてしまおう」
ダイン 「…そうだな。気付けばお腹ぺこぺこだよ」

 ダインを手に乗せそそくさと部屋を出て行くクラナ。
 あとに残されたエリーゼは「?」と首を傾げた。



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 昼。

 ダインはテーブルの上に降ろされた。

クラナ 「さて、頼むぞ」
ダイン 「ああ。何かリクエストはあるかな?」
クラナ 「そうだな…いや、お前が作るものならなんだっていい」
ダイン 「照れるな…。期待に沿えるようがんばるよ」

 そんな二人の会話を横で見ていたエリーゼが疑問符を浮かべながら問う。

エリーゼ 「何してるの?」
クラナ 「ダインに昼餉を作ってもらうのさ」
エリーゼ 「え? ダインお料理作れるの?」
ダイン 「そんな大したものは無理だけど…。まぁ普通な奴なら」
エリーゼ 「すご〜い!」

 エリーゼがキラキラした目でダインを見下ろす。
 その横で念じるクラナ。
 一瞬、キッチンが光に包まれたかと思うと、テーブルの上に人間サイズのクラナが立っていた。

クラナ 「これでよし。では行くか」
ダイン 「ああ」
エリーゼ 「え!? なんでクラナちゃん小さくなってるの!?」

 人間サイズのキッチンに向かおうとする二人に小山の様なエリーゼの顔が迫る。

クラナ 「元の大きさのまま食べたら一口で食べ終わってしまうだろう?
     だから小さくなって心行くまで堪能したいのだ」
エリーゼ 「いいないいな〜。あたしも食べていい?」
ダイン 「はは、そりゃもちろん」
エリーゼ 「やったー!」

 ポン という音と共に煙に包まれたエリーゼ。
 その煙が掻き消えると、テーブルの上に小さくなったエリーゼが立っていた。

エリーゼ 「これでいいかな?」
クラナ 「ああ」
ダイン 「じゃあ今日は三人分だな」

 ダインが腕まくりをしてキッチンに向かおうとしたときだった。
 エリーゼがダインを指差しながら叫んだ。

エリーゼ 「あーっ! ダインが大きくなってる!」
ダイン 「え!? あ…まぁお前から見たらそうかな」
エリーゼ 「わーい!」

  ドフッ!

 突然走り出したエリーゼのタックルにも似た抱擁を受けて地面へと押し倒されるダイン。

ダイン 「グハァ!」
エリーゼ 「ダイン〜♪ ダイン〜♪」

 ゴロゴロとダインの胸に顔をこすり付けるエリーゼ。
 その度に小さくなっても豊満なエリーゼの胸が押し当てられ、ダインの中にザワリと何かが湧き上がる。

ダイン 「わわっ! ちょ…ちょ、エリーゼ! 離れろ! 離れろって!!」

 自分の上に乗るエリーゼを見ながら引き剥がそうとするダイン。
 だが普段はどれだけ力を振り絞っても毛ほども抵抗出来ないエリーゼも、今はただの女の子と変わらなく見えた。
 無理に引き剥がせばケガをさせてしまうのではないかと、ダインは手を出せずにいた。
 そんなエリーゼの身体が、グイと後ろに引っ張られた。

クラナ 「何をやっている。ダインを押さえ込んでは昼餉にありつけないではないか」
エリーゼ 「だってだってダインが大きくて逞しくて〜。もっとスリスリする〜」
クラナ 「そんな事を言ってるとダインに襲われるぞ。今のお前に抵抗できるのか?」
ダイン 「お、襲わないよ!」

 身体を起こしたダインは真っ赤になって抗議した。
 クラナは掴んでいたエリーゼの胸巻きを離しエリーゼを解放した。

エリーゼ 「あぅ」
クラナ 「さて、では席につかせてもらおうか」

 言いながらテーブルに添えられた椅子に座るクラナ。
 そんなクラナをダインはジト目で見つめる。

ダイン 「お前は少しは手伝おうとか思わないのか」
クラナ 「無いな。ここはお前のキッチンだ。いわば私はお前に家に招待された客だぞ。お前は客に手伝いをさせるのか?」
ダイン 「どちらかと言えば俺の方が客じゃないのか? お前の城に来てる客」
クラナ 「そうだ、お前は居候だったな。ならば居候は居候らしく家の主人の言う事に従え」
ダイン 「こいつ…」

 ニヤリと言ってのけるクラナに、ダインは自分の口元がヒクつくのが分かった。
 が、世話になってるのは事実だし、もともとそこまで強要するつもりはなかった。
 ふぅ。と息を吐いて調理に取り掛かる。
 そんなダインの後ろ姿を、二人の魔王は見つめていた。


  ***


 程なくしてテーブルの上にいくつもの皿が並べられる。

ダイン 「あいよ、おまたせ」
クラナ 「うむ、ご苦労」
エリーゼ 「うわぁすご〜い!」

 エリーゼは目の前に並べられた料理の数々に目をキラキラ光らせた。

ダイン 「そんなに驚く事なのか?」
エリーゼ 「うん! あたしこんなに凄い料理見た事もないよ!」
ダイン 「…いたって普通の料理なんだが…」
クラナ 「我々ほどの体躯だと料理などしないからな。みんな丸焼きで済む」
ダイン 「そりゃお前だろ。じゃあ食べるか」
エリーゼ 「いただきま〜す」

 フォークを手に料理を食べるエリーゼ。
 普段料理をしないと言うエリーゼだが、しっかりと食器を使いこなしていた。

ダイン 「ちゃんと食器使えるじゃないか。あまり料理しないんだろ?」
エリーゼ 「うん。でもクラナちゃんにご馳走になる時もあるし、使い方覚えたの」
ダイン 「なるほど。…丸焼きを素手で食べると手が臭ったりするもんな」
クラナ 「それは私へのあてつけか?」

 横で丁度フォークを咥えたところのクラナがジロリと睨みつけてきた。
 ダインは大げさに頭を振って言う。

ダイン 「別に。ただの事実さ」
クラナ 「くく…言うようになったな、ダイン」
エリーゼ 「おいし〜♪」

 フォークを咥えて「ん〜っ」と震えるエリーゼ。
 お気に召したようでよかったよかった。

クラナ 「ダイン…私は野菜が嫌いだと言ったはずだ」
ダイン 「好き嫌いするなよ。大きくなれないぞ…ってもうすでに大きいよな」
クラナ 「うむ、だからこの野菜を食べなくてもなんの問題もない」
ダイン 「ダメ」


 ***


 ほどなく。
 実に平和な昼食を過ごし、3人は一服をしていた。

エリーゼ 「はぁ、おいしかった〜」
ダイン 「喜んでもらえてよかったよ」
クラナ 「嫌いだと言ったのに…。この恨みは必ず晴らすからな」
ダイン 「んなことしたらお前の分は野菜だけにするぞ」
クラナ 「…。…すまん」

 食後の団欒は実に平穏なものだった。
 それを世に君臨する魔王と共に味わうのはやや違和感を感じるが。

ダイン 「はぁ…いつもこれだけ平和だったらいいのにな」
クラナ 「その言い方は普段が地獄の様に聞こえるぞ」
ダイン 「事実だよチクショー」

 苦虫を噛み潰した様な顔をするダインを見てくすくすと笑うクラナ。

クラナ 「だったら今のうちに仕返しでもするがいい」
ダイン 「斬っても叩いても全然効かない相手にどう仕返しするってんだよ」
クラナ 「今なら効く。お前ほどの腕なら楽々と私の身体に剣を突き立てられよう」
ダイン 「何っ!?」

 ダインは目を見開いて茶をすするクラナを見た。

ダイン 「ど、どういう事だよ!」
クラナ 「ズズズズ……ふぅ、…前に言ったな、縮小化は弱くなると。今の私は人間と変わらん」
ダイン 「そんなに…でも魔力があるだろ?」
クラナ 「身体が小さくなると内包できる魔力も少なくなるのだ。例えば今の私が火を放ったところで、鍋の水を沸かす事も出来ん」
ダイン 「な…」

 力無く椅子に持たれかかるダイン。
 そんなダインを見てクラナはニヤリと笑った。

クラナ 「くくく、衝撃が大きかったようだな。
     私も、エリーゼも、今は人間の娘ほどの力しか無い。男のお前に力で迫られれば太刀打ちなどできん。
     すべてが思い通りになるぞ。殴る事も、犯す事も、それこそ首を刎ねるも簡単にな…」

  ドン!
 
 挑発的な笑みを浮かべるクラナの言葉を遮るようにダインは拳をテーブルに振り下ろした。

エリーゼ 「はぅ!?」
ダイン 「馬鹿野郎! 誰がそんな事するか!
     てかお前そこまで弱くなると分かっててなんで小さくなるんだよ! 何かあったらどうするんだ!!」
クラナ 「小さくならねば料理が食べられないだろう。それに何かするほどの甲斐性がお前にあるのか? ん?」

 身を乗り出し見上げるように覗き込む。

ダイン 「う…。無いけど…でも…」
クラナ 「そう心配してくれるな。何があっても私は構わない。
     こうして得られる至福と引き換えにならこの身を危機にさらしても良いと本当に思っているのだ。
     だがそんなにも私達の事を思っていてくれているのは嬉しいぞ」
ダイン 「…まぁ当然だろ」

 はぁ。
 ダインはため息をついて椅子に深くもたれかかった。
 
ダイン 「…からかったのか?」
クラナ 「事実だ」
ダイン 「…もうやめてくれ、心配のし過ぎで心臓が潰れそうだ」
クラナ 「人間に心配されるとは情けない。が、悪い気もしないな」
ダイン 「だからやめれって」

 はぁ〜…。
 毎度毎度クラナにはヒヤヒヤさせられる…。
 そこまでして俺の作った料理を食べてくれるのは嬉しいけど、お陰で心労が絶えない。
 普段は身体が疲弊して小さくなったときは心労。心身の休まるときがないな。

 ダインは椅子にもたれかかったまま遙か天空の天井を見上げながら、自分は過労的ななにかで倒れるんじゃないかと考えていた。
 そしてそれも覗き込んできたエリーゼの顔で遮られる。

エリーゼ 「もう難しいお話は終わったの?」
ダイン 「何も聞いてなかったのか…」
エリーゼ 「ねぇねぇ、外に遊びに行こうよ」
ダイン 「外?」
クラナ 「そうだな…。たまには思い切り羽を伸ばすのもいいだろう」
ダイン 「いいな。……ただし、俺に危害をくわえない事が条件だけど」
エリーゼ 「えーダインと遊びたい〜」
クラナ 「そう言うなエリーゼ。午前中に散々ダインと遊んだだろう。午後位のんびりさせてやれ」
エリーゼ 「う〜…」
ダイン 「そりゃ助かる。やっと休めるのか…」

 
 渋るエリーゼとエリーゼの頭を撫でるクラナと思い切りのびをするダイン。
 食卓用テーブルを離れたダイン達は現大地でもある巨大なテーブルの端まで来ていた。
 見下ろすのが怖い。高さは数十メートルもあるのだから。

クラナ 「さて、この辺でいいだろう」
ダイン 「ああ、とっとと元の大きさに戻ってくれ」
クラナ 「分かっているさ。だがその前に…」
ダイン 「ん?」

 ダインはクラナの手が自分の背中に触れるのが分かった。
 その手はトンと自分の背中を押したのだ。
 テーブルの外に向かって。

ダイン 「な…!」

 先程見下ろすのが怖いと思ったその断崖へと落ちていくダイン。
 落ちる瞬間に見たクラナの顔は笑っていた。その顔もどんどん遠ざかってもう見えない。
 
 そして床に激突するというところで割り込んできた巨大な手にすくわれた。
 手の主、元の巨大な大きさに戻ったクラナがニヤニヤと見下ろしていた。

ダイン 「……なんのつもりだ?」
クラナ 「クク…仕返しだよ、野菜を入れた事へのな」
ダイン 「…次も入れてやる」
クラナ 「かかって来い。何度でも突き落としてやるぞ」

 やがて、エリーゼも元の大きさに戻り、3人は城の外へと出て行った。



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 夜。
 玉座の間にて。

 玉座に腰掛けるクラナ。
 床で眠りこけるエリーゼ。
 そしてその手に握り締められるダイン。

 三者三様である。

クラナ 「流石に疲れたようだな」
ダイン 「……あ、当たり前だ……休ませてくれるって言ったくせに…」
クラナ 「別にお前は動いていないだろう?」
ダイン 「キャッチボールみたいに投げられて休めるはず無いだろ! しかも何回か落としかけたじゃないか!」
クラナ 「あれはエリーゼだ。私ではない」

 「よいしょっと…」

 意識が無くなり、緩くなった手の牢獄から脱出したダイン。
 ふぅと息を付いて床へとへたり込む。
 そしてクラナは、そのダインがエリーゼを見つめて笑っているのに気付いた。

クラナ 「どうした?」
ダイン 「ん? いや、なんでもないよ」

 そう言うダインの顔は晴れやかだった。
 まるで何かが成功したように。

クラナ 「ふむ…。……ダイン、ひとつ聞いていいか?」
ダイン 「なんだ?」
クラナ 「何故お前はエリーゼに付き合う?」
ダイン 「ん?」
クラナ 「人間のお前がエリーゼに抗えない事は分かってる。エリーゼから隠れようとするのもな。
     だが本気で隠れようとするならば見つかりやすいこの部屋の中ではなく別の場所に隠れるだろう。
     それに口では嫌といいながらもエリーゼのしたいようにさせている。私も一緒にな。何故だ?
     苦痛と疲労が待ち受けていると分かっていて、何故結果としてエリーゼに付き合っているんだ?」

 クラナの問いにダインは自嘲的に笑って言った。

ダイン 「だってこいつはここで俺と遊んでれば街を襲いにはいかないだろう?」
クラナ 「なんだと?」
ダイン 「ここでこうして遊んでれば、人間に被害は出ないんだ。だから…」
クラナ 「そのためにわざわざ連日のエリーゼに付き合っていたのか?」
ダイン 「ああ、だってここでこいつを遊ばせとけば誰も死なないんだぜ?
     こいつの気まぐれで死ぬ人がいなくなる。誰も理不尽に殺されなくて済むんだ」
クラナ 「…自分が死ぬほどの苦痛を味わってもか?」
ダイン 「でも俺は死んでないだろ。俺一人ががんばれば済む事なんだよ。それで大勢の人が救われるんだ」

 そういうダインの顔は覚悟を決めた笑顔だった。
 守るためには自分を犠牲にする事も辞さないと。騎士としての誇り。

クラナ 「…人間と、魔王との種族の差の犠牲になるか…」
ダイン 「俺じゃあそうでもしないと魔王から人々を守れないからな…。
     一番なのはエリーゼにそれをやめてもらう事なんだけど…魔王が人間をいたぶるのは魔王にとっては常識なんだろ?
     常識を覆すのは無理だ…」

 落ち込むダインを見ていたクラナの眉がピクリと動いた。
 そしてかすかに笑みを浮かべるとダインへと話しかけた。

クラナ 「フフ、ならエリーゼに言えばいいだろう? もう人間は殺すな、と」
ダイン 「だから無理だって…。当たり前の事をするなって言うんだぞ。
     お前が人間を殺さないって言ってくれてるだけでも凄い事なんだ。
     これ以上は望んでも叶いそうにないよ…」
クラナ 「どうかな…案外聞き入れるかも知れんぞ。なぁエリーゼ」
ダイン 「え!?」

 振り返ったダイン。
 その視線の先で寝ていたはずのエリーゼがゆっくりと身体を起こした。
 眉をハの字に寄せるエリーゼ。

エリーゼ 「ダイン…」
ダイン 「起きてたのか…」
エリーゼ 「あたし…迷惑かけてたんだね…」
ダイン 「…」
エリーゼ 「それは分かってたけど…でも…ダインがそこまで考えてるなんて思わなかった…」
ダイン 「エリーゼ…」

 シュンとするエリーゼに、玉座に座ったクラナが口を開いた。

クラナ 「なぁエリーゼ、ダインはもうお前に人間を殺さないで欲しいと言っている。どうする?」
エリーゼ 「クラナちゃん…」
クラナ 「ダインはお人好しだ。自分の同胞も大切だし、私達も大切だと言う。
     その相容れない二つの大切なものを守るために出した答えは自分を犠牲にする事だ。
     たったひとりで全部背負おうとしたのだよ」
エリーゼ 「…」
クラナ 「人間を殺す必要などないのだ。ならそんな事はやめてダインの苦労を減らしてやってもいいんじゃないか」
ダイン 「クラナ…」

 ダインはクラナを見上げた。
 クラナもダインを見下ろした。

 クラナも、ダインのために出来る事をと考えていたのだ。

エリーゼ 「ダイン…ごめんね…。あたし、もう人間は殺さないよ…」
ダイン 「えッ!? …いいのか?」
エリーゼ 「うん…。ダインと遊んでる方が楽しいもん…」

 同じ様に床に座るダインとエリーゼ。
 それは二つの種族が悲しいほどに大きさが違う事を分かり易く表していた。
 大きさの違いは価値観を変え、生きる世界の違いは相手への感動を失わせていく。
 人間は虫けら。魔王は化け物。
 双方が双方への侮蔑を示し、共助の道を閉ざす。
 それは遙か昔から続く、種族の差という壁。

クラナ 「フフ…よかったなダイン」
ダイン 「…ああ、ありがとうエリーゼ」

 しかしその壁を乗り越えて、大きさの違いすぎるその手を取り合う事が出来れば、お互いが心を許せるようになれば、
 それは万難をも覆す力となるはずだ。

クラナ 「さて、これでお前は何をされようと文句は言えなくなったわけだ。自分から言い出した話なのだからな」
ダイン 「そ、そうだな…」

 人と魔。
 共に歩む事は難しい。
 だが決して不可能ではない。
 それを彼等は見せてくれるはずだ。
 
クラナ 「と言うわけだ。エリーゼ、風呂に入るぞ。ダインが背中を流してくれるそうだ」
エリーゼ 「ホント!?」
ダイン 「えぇええッ!? む、無理無理! 広すぎて終わらないよ!」
クラナ 「ならばタオルと一緒にお前を使って身体を洗うのとどっちがいい?」
ダイン 「…。…俺が背中を流す方で…」


 見せてくれるはずだ……きっと。




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 〜 魔王クラナ 〜


第5話 「平和って命懸け」 おわり

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