※備考
 背景や演出を描画するのに疲れました。
 なのでキャラクターのセリフがメインです。
 あと、巨大娘分が少なめです。ご了承ください。
 ご了承いただけない人、勘弁してください。



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〜 魔王クラナ 〜


第6話 「みんなで買い物」

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 ダイン 「もう食材が無いぞ」
 クラナ 「では買いに行くとしよう」

それはある日の昼食後の事だった。
気が付けば倉庫の食材もあとわずかになっていたのだ。

 ダイン 「ふむ…」

キッチンの大テーブルの上に置かれた人間サイズの倉庫。
そこに顔を突っ込んだダインが唸る。
クラナとエリーゼはその様子を大テーブルの椅子に座りながら見つめていた。

 ダイン 「急いだ方がいいな。最近はエリーゼの分もあるから量が必要だし」
 クラナ 「確かにエリーゼの食いっぷりは並外れているからな」

クラナが笑いながら見やったエリーゼはきょとんとした表情で首をかしげた。

 エリーゼ 「あたしってそんなに食べてるの?」
 クラナ 「二桁のおかわりする奴が何をぬかすか」

ぎゅ〜。
エリーゼの頬をつねる。

 エリーゼ 「いふぁいよ〜(痛いよ〜)」
 クラナ 「まぁいい。行くならすぐに出発するぞ。でないと帰りは夜だ」
 ダイン 「ああ。早いとこ行ってこよう」


そして3人は町へと向かった。



 ***



道中。


  ズシン!

     ズシン!

   ズシン!  ズシン!

岩よりも大きな四つの足が足元の木々も岩も関係なく踏み砕きながら一直線に町へと向かう。

 ダイン 「…もう少し足下に気を配ったらどうだ」
 クラナ 「配ろうが配らなかろうが踏み降ろす場所に違いは無い。もとよりこんな山奥に私達が足を踏み下ろせるほどの空き地があるはずないだろう」
 エリーゼ 「そうそう。気にしてもしょうがないよ」
 ダイン 「…。せめて誰もいないことを祈るか…」

現在森を横断中。
クラナとエリーゼが通ったあとはなぎ倒された木が一本の道の様に続いていた。
 
山脈通過中。
クラナの身長よりも少し高い程度の岩山が並び、三人はその谷間を歩いている。
やがてその谷間も行き詰まった。
クラナ山脈の山頂部、尾根に手をかけるとそれを手がかりにぴょんと飛び越えた。

 クラナ 「ハッ!」

綺麗に山を飛び越えその向こうに着地する。


  ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!


その振動で山が崩れた。

 ダイン 「…」
 クラナ 「なんだダイン。その『私が重たかったから山が崩れた』とでも言いたげな目は」
 ダイン 「…別に」
 エリーゼ 「よーし、あたしもー!!」

エリーゼは少し戻って助走をつけてきた。
跳び越えようというのか。
ところがいざ跳ぼうというところで山の手前の岩に蹴躓いてしまった。

 エリーゼ 「え!? わぁあ!!」

  ドカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

目の前にあった山に激突。
ダイン達の後ろの山を粉砕して、その向こうからエリーゼが現れた。
 
 エリーゼ 「いったーい」

ガラガラと山の瓦礫から身を起こしブルブルと身体を震わせるエリーゼ。
 
 ダイン 「地形が変わった…」

ポツリと、ダインが呟いた。



 ***



道中2。
クラナたちの足であと数分も歩けば街に到着するであろう距離。

 ダイン 「…ここら辺でいいだろ。降ろしてくれ、あとは俺一人で行くよ」
 クラナ 「いや、今回は私も付き合おう」
 ダイン 「え?」

掌の上からクラナの顔を見上げる。

 ダイン 「付き合うって、一緒に行くのか?」
 クラナ 「ああ、普段お前が街でどんなことをしているのか見てみたくなってな」
 ダイン 「どんなことって買い物に決まってるじゃないか」
 クラナ 「くくく、と言いながら実はいかがわしい店に出入りでもしているんじゃないか? 男のやることなんて透けて見える」
 ダイン 「ハイハイ、どうせ俺は女を待たせたままいかがわしい店に行く勇気もない男ですよ」
 クラナ 「そのくらいの甲斐性は欲しいものだ」
 ダイン 「これ以上女に振り回されるのはゴメンだね。…で、ホントに行くのか?」
 クラナ 「まぁな。たまには人間の街を見るのもいいだろう」
 エリーゼ 「あ。あたしも行くー」
 クラナ 「というわけだ。別にかまわんな?」
 ダイン 「いいよ。俺も待たせてるよりは気が楽だし」
 
地面へと降ろされたダイン。
ダインが離れたのを見届けると二人は縮小化した。

 クラナ 「これでいい」
 エリーゼ 「わーい人間の街に遊びに行けるー! 楽しみー」

わいわいと楽しげな二人だったが、沈痛な面持ちのダインはそんな二人を見据えて言った。

 ダイン 「…やっぱり却下」
 クラナ 「お?」
 エリーゼ 「えー! なんでー!?」

あっけに取られたクラナと驚愕の表情で抗議するエリーゼ。
頭に手を当てるダイン。

 ダイン 「お前等の着てる服…エリーゼの服はダメだ」
 エリーゼ 「なんでよー!」
 ダイン 「そんな露出の高い服で街中を歩いてみろ。大騒ぎになるし下手したら逮捕されるぞ。ったく、来るって分かってたらもう少しまともな格好させたのに」
 クラナ 「それも難しいぞ」
 ダイン 「なんでだ?」
 クラナ 「本来衣服など身に着けているものは巨大化縮小化時、一緒に大きさが変わるものではない。私達の服がそうでないのは普段から着用してて魔力が染み込んでいるからなのだ」
 ダイン 「へぇ。ならせめて城でエリーゼにクラナの服をかしてからにすればまだマシだったかな…」
 クラナ 「それもダメだ。服に染み付いている魔力が使用者と同じものでなければ縮小は出来ない。つまりエリーゼは自分の服しか縮小させる事は出来ん」
 ダイン 「ならお前が自分の服を着て小さくなって、それをエリーゼに渡せば良いんじゃないか?」
 クラナ 「…」
 ダイン 「…」
 クラナ 「むぅ…盲点だった」

唸るクラナ。
ダインの肩がガクっと落ちる。

 ダイン 「…とにかく今日は諦めてくれ。また今度来たときに一緒に行こう」
 エリーゼ 「やだー! 今日行くのー!」
 ダイン 「だからその服じゃ…」
 エリーゼ 「大丈夫だってばー!」
 ダイン 「あのなぁ…」

駄々をこねるエリーゼを前にダインは進退窮まっていた。
そんなダインの横腹をクラナがつついてきた。

 クラナ 「そこらへんにしておけ。エリーゼは怒らせると手がつけられないからな。諦めろ」
 ダイン 「……。はぁ…」

仕方なし。
3人はそのまま街へ向かった。



 ***



そして暫く。
街へ到着した3人。

普段と変わらぬクラナ。
ものめずらしさにキョロキョロと周りを見渡すエリーゼ。
そして頭を抱えるダイン。

ダインの考えは遠からず当たっていた。
道を行く3人に周囲の視線が集まる。
奇異の視線や好機の視線、侮蔑の視線など様々だが、大半は健全なる男性諸君のだらしない視線だった。

 ダイン 「…こうなる気はしてたんだ…」
 クラナ 「そう構うことでもないだろう」
 ダイン 「ゆっくり買い物もできやしないよ…」

横目に見たエリーゼは相変わらずせわしなく動き回っている。
そんなに人間の街が珍しいのだろうか。

 エリーゼ 「すごーい! こんなにちっちゃい家なのに中までちゃんと出来てるー! あ、人間が何匹も集まってるよ! 何やってるのかな? 見て見て! あの建物、あたしの膝くらいの高さがあるよ!」
 ダイン 「…。まぁ魔王だからな…」

キャッキャキャッキャと楽しそうに動き回るエリーゼとそれに伴って弾むバディ。
なんか男連中が増えてるような。鼻の下伸ばしてるよ。

ため息をついていたダインだが、ふとその人ごみの中から人相の悪い男達が近づいてくるのに気付いた。

 男A 「ようおねーちゃん達、観光かい」
 男B 「なんだったら俺達が案内してやるぜ」

どいつもこいつも悪そうな顔。
気付けば十数人の男達に囲まれていた。
先程まで鼻の穴をぷくぷく膨らませていた連中は目を逸らしながらこそこそと離れていった。

 ダイン 「…こうなる気もしてたんだ…」
 クラナ 「ゴロツキか。私達に目をつけるとは趣味がいいな。くくく」
 エリーゼ 「ダイン、この人間達だ〜れ?」

額に手を当てるダインの後ろで二人が勝手な事を言う。
またため息が出る。
ゴロツキの一人が話しかけてきた。

 ゴロツキA 「にいちゃんの連れかい? 独り占めしないで俺達にも分けてくれよ」
 ゴロツキB 「そうそう、悪いようにはしねーからさ」
 クラナ 「…だそうだ。どうするダイン」
 ダイン 「当事者のくせに…。…とにかく、とっとと消えろよ」

腰の剣に手をかけるダイン。
その様を見てニヤニヤと笑いながら得物を抜くゴロツキ達。

 ガキィン!

剣劇の音が響く。
ダインに襲い掛かったのは二人。
ショーテルを振り回しダインへと飛び掛かった。
ダインは一方の攻撃を剣で受け止め、もう一方の攻撃は身を反らしてかわし、一瞬動きの止まった二人を蹴り飛ばす。
吹っ飛ばされた二人は近くの店に突っ込み、辺りには売り物だった果物が散らばった。
横から飛び掛ってきた別のゴロツキの顔面に剣の腹による一撃を叩き込み、その背後からの襲撃者は襟首を掴んで地面へと投げ落とす。
更に斬りかかってきたゴロツキのショーテルを根元から叩き折り腹に正拳、数人を巻き込んで壁にたたきつけた。
その様子を見ていたクラナ達は満足そうに頷いた。

 クラナ 「フフン、修行の成果だな。一挙動で多数を落とす戦法も悪くない。もっともこんなゴロツキ相手にもたつかれても困るが」
 エリーゼ 「すごーい! ダイン強ーい!」

傍観を決め込んだ二人。
突然二人は背後から羽交い絞めにされた。

 クラナ 「ん?」
 エリーゼ 「あれ?」

気付けばゴロツキの残りが二人の背後へと回りこんでいた。

 ゴロツキC 「よっしゃ捕まえたぜ。これでこの女達は俺達のもんだ!」
 ゴロツキD 「上玉だぜ。たぁのしみだぁ!」

二人を捕らえたまま下卑た笑い声をあげるゴロツキ達。
それに気付いたダインが振り返る。

 ダイン 「しまった……! クラナ! エリーゼ!」

だが眼前の敵から目を離したのは失策。
足を取られ、バランスを崩したまま一瞬、中空に浮く。
そして後頭部を掴まれ、顔面から地面に叩きつけられた。

 クラナ 「ほう…」
 エリーゼ 「だ、ダイン!」

捕らわれながらも様子を見ていた二人、クラナはニヤリと笑いエリーゼは悲鳴を上げた。
倒れたダインを跨いでゴロツキ達が二人に近づく。

 ゴロツキE 「ち…あの野郎なんて強さだ。8人もやられちまった」
 ゴロツキF 「死んだわけじゃねーんだ。連れ帰って水かければ目を覚ますだろ。あの野郎が目を覚まさねぇうちに行こうぜ」
 ゴロツキE 「そうだな。(クラナとエリーゼに視線を向ける)悪かったなおねーちゃんよぉ。お前等の男はのしちまったぜ」
 クラナ 「いやかまわん。あいつが這い蹲っているのは戦いの最中に余計な事を考えたせいだからな。自業自得だ」
 ゴロツキE 「おもしれぇねーちゃんだな。気に入ったぜ」
 クラナ 「私は気に入らん。あまり顔を近づけてくれるな。息が臭くて鼻が曲がりそうだ」
 ゴロツキE 「ハッハ! 気の強ぇ女は好きだぜぇ? その鼻っ柱を折るのは格別だからな」
 クラナ 「フン、私の鼻をへし折る前に、まずそこの地面に這い蹲っている男の鼻を折ったらどうだ?」
 ゴロツキE 「ハ! あいつの鼻なんざもう粉々よ。顔なんざぐちゃぐちゃさ。死んじゃあいねぇと思うがよ」

と、笑いながらゴロツキはダインを見下ろした。
するとその身体がムクリと起き上がった。

 ゴロツキE 「うわぁ!」

たじろぐゴロツキ。
思い切り地面に叩きつけたはずなのにケロリと戻ってきやがった。
てかケガらしいケガが鼻血しかない。

 ダイン 「はぁー…やられたのか…」

ボケーッとした表情のまま固まっているダインにクラナが話しかける。

 クラナ 「納得がいかないという顔だな」
 ダイン 「だって今まで盗賊やらワニやらと戦ったときはあんな攻撃簡単に避けられたんたぞ。なのに今回は簡単に足を取られて…。魔力だってあるのに…」
 クラナ 「修行が足りんな。それに魔力とは意思の力で効果を発揮するものだ。今みたいに別の事に気を取られていたり、意思が介入する隙の無い不意打ちなどには作用しないのだ」
 ダイン 「そうなのか…」
 クラナ 「まぁ魔力は無くとも身体はそれなりに鍛えられているからな。鼻血で済むなら安いものだ」
 ダイン 「そっか。いやぁびびったびびった」

ハハハ。笑う二人。
そんな二人の様子に置いてけぼりを食らっていたゴロツキ達は再び武器を構えた。

 ゴロツキE 「なんなんだコイツは! ばけもんか!?」
 ゴロツキF 「もう殺っちまおうぜ! こっちには人質だっているんだ!」
 クラナ 「…だ、そうだが、問題ないな?」
 ダイン 「ああ……ちょっとは本気を出そうかな」

鼻血を拭き、剣を構えるダイン。
ゴロツキ達は後ずさりながらも武器をダインに向ける。

 クラナ 「ふん、まぁこの程度の連中にダインが負けるはずもないか。エリーゼ、お前はどう思…」

と、横で同じ様に捕らわれているエリーゼを見たクラナの眉がピクリと跳ね上がる。
エリーゼの瞳にはギラリとした光が宿っていた。

 エリーゼ 「よくも……よくも……よくもよくもよくもよくもよくも…」
 クラナ 「まずいな…」

ブツブツと呟くエリーゼに不穏を感じ取ったクラナは後ろに向かって思い切り足を蹴り上げ、自分を羽交い絞めにしている男の急所を打った。
途端に緩くなった牢獄から抜け出し、ダインの元へと走り寄りながら叫ぶ。

 クラナ 「逃げろダイン!」
 ダイン 「へ…?」

クラナの言葉に疑問符を浮かべるダイン。
そしてそれはゴロツキ達も同じだった。
やがてその呟きは周囲の人間に聞こえるほど大きくなっていた。

 エリーゼ 「よくもよくも……よくもダインをーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

  ボン!

爆風と爆音に周囲に居た者は軒並み吹き飛ばされた。
ダインとクラナはその爆風に乗ってその場を離脱。近くの建物の上に着地する。
そこから二人が見上げた先には通常の大きさに戻ったエリーゼがいた。

 ダイン 「え、エリーゼ!?」
 クラナ 「馬鹿共が。怒ったあいつがダインとの約束など覚えてるはずなかろうに」
 ダイン 「え゛…」

家よりも大きな巨大な足が先程まで3人が歩いてた商店街を跨ぎ住宅の密集地帯に降ろされている。
足の周辺では幾つもの家が瓦礫、木屑と化し、さらにその周辺では住民達がガタガタと震えていた。
彼等が見上げた巨人の眉はつりあがり頬は赤く染まっていた。
その視線は足元の商店街に向けられ、そこには何が起こったのか理解できていないゴロツキ達が呆然とエリーゼを見上げていた。

巨大な片足が持ち上げられた。
何かの動物の皮で作られた靴の裏から家の屑バラバラとはがれて落ちる。
その足は高く高く持ち上げられた。商店街がその影で暗くなる。
そして…。

  ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

足は思い切り踏み降ろされた。



 ***



 エリーゼ 「ごめんなさい…」

しょぼんと謝るエリーゼ。
3人は今、カフェで一服していた。

 ダイン 「…。まぁケガ人が出なかっただけマシかな…」
 クラナ 「かなりギリギリだったがな」

エリーゼが足を踏み降ろす瞬間、元の大きさに戻ったクラナが周辺に居た人間を皆回収し避難させたのだ。
その後エリーゼと共に縮小し、今こうしてカフェの店内へと逃げ込んだのだった。
現在商店街は爆弾でも爆発したかのように瓦礫と化しており復旧には何週間かかるだろうか。

 エリーゼ 「ダインと約束してたのに…」
 クラナ 「お前は怒ると見境が無くなるのが欠点だ。もう少し平静を保てるようになれ」
 ダイン 「しかしこれじゃあもう街中を歩けないぞ…」

神妙な面持ちのダインは周囲の客の会話に耳を傾けた。

 「巨人の襲撃だってよ。南の商店街はボロボロだぜ」
 「俺は見てないから分からないが女だったらしいな」
 「でもなんで巨人がこの街に?」
 「さぁ…」

 ダイン 「…」
 クラナ 「まぁ顔も割れていると見ていいだろう。一瞬だったのが幸いだな」
 ダイン 「でもこの格好で出歩けば目立つ上に一発でばれるよ…。ふむ…そうだな……ちょっと着いてきて」
 クラナ・エリーゼ 「?」

3人は席を立った。



 ***



 エリーゼ 「わぁ〜、服がいっぱ〜い!」

通りの服屋。
人の多い表を避け裏路地方面の入り口から店内に入り現在服を物色中。
エリーゼは目をキラキラ光らせ首をグルグル回して店内を見回している。

 クラナ 「とりあえず服を着替えさせて眩まそうというわけか」
 ダイン 「まぁな。着替えりゃエリーゼやお前ががさっきの犯人だとは気付かないだろ、大きさだって全然違うんだから。ゴロツキはお前が口止めしたしな」

ダインが笑って見せるとクラナは鼻を鳴らした。

 クラナ 「あの程度の連中なら脅かしておけば一生喋りはするまい」
 ダイン 「頼もしいね」

そしてダインはエリーゼに視線を戻した。
エリーゼは今も店内を走り回り服を手にとっては騒いでいる。
店員や他の客が何か言いたそうにしているがエリーゼの異質なナリに出来ないでいた。

 ダイン 「はは、エリーゼ楽しそうだな」
 クラナ 「服屋など…いや、そもそも店というものは私達には縁のないものだったからな」
 ダイン 「そうなのか? でもお前等だって服を着てるじゃないか」
 クラナ 「こういうものを仕立てるのが好きな奴がいるのだ。魔王達が着ているものは大抵そいつが作っている。自分で作る者もいるがな。…もっとも、エリーゼのはただ布を巻いているだけだが」
 ダイン 「へぇ、魔王の中にも家庭的なのがいるんだな」
 クラナ 「変な奴さ」
 ダイン 「ふーん、まぁいいさ。それよりも、お前も服見て来いよ」
 クラナ 「なに?」
 ダイン 「お前だって見られてるだろ」
 クラナ 「それはそうだが…」
 ダイン 「いつも世話になってるからな。そのお礼だよ。好きな服を選んでおいで」
 クラナ 「しかし…」
 ダイン 「プレゼントさ、気にするな。あ、でもあまり持ち合わせないから1着だけな」

苦笑しながら手をヒラヒラとさせるダイン。

 クラナ 「…いいのか?」
 ダイン 「ああ。ほら、エリーゼにも伝えてきてくれ」
 クラナ 「そうだな…」

タタタタと走り出したクラナ。
ところがすぐに走るのをやめた。

 ダイン 「ん?」

ダインが首をひねるのと同時にクラナが呟いた。

 クラナ 「…ありがとう」

ダインがそのぽつりと呟いた言葉の意味を伺うようにクラナの顔を見ようとしたとき、クラナは足早に走り去ってしまった。
かろうじて見えた横顔は赤く染まっていた。
クラナがエリーゼのもとへと行き何事か話すとエリーゼはぴょんと跳ね今まで以上の速さで店内を走り回り始めた。

残されたダインはひとり微笑む。

 ダイン 「『ありがとう』か…。初めてじゃないか? あいつがそんな事言うの。よっぽど嬉しかったんだな」

ダインは一枚一枚服をあてがっているクラナを見ながら呟いた。
エリーゼと二人、楽しそうだ。



 ***



それから暫く。
クラナたちが服を選んでいる間自分も服を物色するダインに後ろから声がかけられる。

 エリーゼ 「ダイ〜ン、決まったよ〜」
 クラナ 「私もだ」
 ダイン 「それでいいのか? じゃあ会計済ませたら着替えておいでよ」

そして会計を済ませ二人は試着室へ。
店の前で待っていたダインに着替えてきた二人が話しかける。

 エリーゼ 「おまたせ〜」
 クラナ 「…」
 ダイン 「お、よく似合ってるじゃん」

そこにいたのは新しい服に着替えたクラナとエリーゼ。
詳細はイラストで。
エリーゼはその場でくるくると回って見せた。

 エリーゼ 「えへへ、そうかな〜」
 ダイン 「ああ。…? クラナ?」

ダインはエリーゼの横のクラナに視線をうつす。
クラナはうつむいたまま立ち尽くしていた。

 ダイン 「どうした? 気分が悪いのか?」
 クラナ 「…」
 エリーゼ 「違うよ。クラナちゃん恥ずかしいんだよね」
 ダイン 「え?」
 クラナ 「う、うるさい…」

ポツリと呟いてうつむいたまま視線をそらす。
指でもじもじしながら。
ダインはくすりと笑った。
いつものクラナとはえらい違いだ。

 ダイン 「似合ってるよ、クラナ」
 クラナ 「そ、そうか…?」
 ダイン 「とってもな」
 クラナ 「そうか…。……そうか」

はぁっと息を吐くクラナ。
随分と息溜めてたんだな。

 ダイン 「そんなに息詰めなくても」
 クラナ 「う、嬉しすぎてな。普段身嗜みも気にしないし、こう…緊張して…」
 ダイン 「はは、気に入ってもらえてよかったよ。じゃあとりあえず食品買いに行こうか」
 エリーゼ 「しゅっぱーつ!」

オー、とエリーゼが手を振り上げた。



 ***
 

 
市場。

肉魚野菜。 
食べられるものなら何でも揃いそうなほどの景気に包まれたこの街最大の市場。
威勢の良い八百屋の店主と魚屋の店長が声高らかに自分の店の食材をアピールしていたり、「安売り」と掲げられた看板の前には主婦らしき年配の女性が群れを成しそのさながらはまるで獲物に群がるハイエryの様であったり、ひたすらに試食品を食べ歩く集団があったりと実に活気に満ちていた。
そんな中を行く3人。
人は多いが迷子になるほどじゃあない。
店々の品々をキョロキョロと見渡しながら進んでいく。

 エリーゼ 「人間がたくさんだね〜…」
 ダイン 「市場ってのは大体そうだよ。でもこれが夕飯時になるともっとすごいんだぞ」
 エリーゼ 「えぇ〜! …足の踏み場に困りそ〜…」
 ダイン 「…。ああ、そういえばクラナさ」
 クラナ 「なんだ?」
 ダイン 「お前達が選んだ服を見て思ったんだけど、お前は露出の少ない服が好みでエリーゼは多い服が好き?」
 クラナ 「そうだ。正確には、私はスカートの丈の長いのが好きなのだ。上半身の露出は興味ない」
 ダイン 「そうなのか。次、服を買うときには参考にさせてもらうよ」
 クラナ 「まだ買ってくれるつもりなのか?」
 ダイン 「お金が溜まったらね」
 クラナ 「良い。この服だけでも感謝し切れないほどに感謝している。今お前に世界を滅ぼせと言われたら喜んで7回滅ぼせるぞ」
 エリーゼ 「あ。あたしもあたしも〜」
 ダイン 「いらん。それにこれは世話になってるお礼だからそんなに恩に着なくて良いよ」
 クラナ 「それを言うなら私達の方こそ世話になっているのに…。お前がいなくては満足な料理も食べられないのだからな」
 ダイン 「それには同意するよ…。ま、気にすんなって」
 クラナ 「むぅ…」

腕を組んで悩むクラナ。
服を買ってあげたのがそんなに難しい問題なのだろうか。
と、思案をめぐらせていたダインの視界に八百屋が入る。
丁度良い、野菜類はここで買ってしまおう。

 ダイン 「すいません、これとこれとこれと、あとこれを4つ下さい」
 店主 「まいど。オオ、兄ちゃん、後ろのベッピンさんは二人とも兄ちゃんの連れかい?」

頭にねじり鉢巻を巻いた八百屋の店主は笑いながら言った。

 ダイン 「ええまぁ」
 店主 「くぁー若いってのはいいねぇ! 夜の方も随分お盛んなんだろ? え?」
 ダイン 「え…? ……え゛!? な、ない! ないですから!」
 店主 「照れるこたぁねぇだろ色男。どっちか飽きたらよう、うちの女房と取りかえねぇか? なんだったらホレ、キャベツも付けるぜ?」
 ダイン 「い、いや…あの……」
 クラナ 「どうしたダイン?」

野菜を買うだけで何故かまごまごしているダインに首をかしげたクラナが話しかけてきた。

 ダイン 「な、なんでもない! なんでもないよ」
 店主 「おっとこいつぁいけねぇ。兄ちゃん、女は大事にしろよ。キャベツはおまけだ、もってけ」

手渡されたキャベツを手に八百屋を去る一同。

 ダイン 「…まったく…」(赤面)
 クラナ 「ふむ、なぁダイン、ふと気になったのだがお前はどこから金をひねりだしているのだ?」
 ダイン 「城の近くに岩山があるだろ。あそこに銀の鉱脈があってさ、そこから銀を掘り出して街の換金所でお金に換えてもらうんだ」
 クラナ 「そうだったのか…。言えば金塊くらい渡したものを」
 ダイン 「自分で手に入れたお金じゃないとどうもね。それにそういうの買うときも自分のお金の方が気持ち良いだろ」

言いながらダインはクラナの服を指差した。

 クラナ 「そうだな…確かにその通りだ」

ダインの回答にクラナも満足したようだ。
それから3人は次々と食材を買い込んで行く。

 クラナ 「しかしダイン、少し買いすぎではないか?」

いつの間にか購入していた荷車の荷台はすでに食材でいっぱいだった。

 ダイン 「最近はエリーゼの分もあるから多めに買ってるんだ。肉類は狩りで獲れるからいいけど、野菜や穀物は買わないと手に入らないからな」

と、ダインはエリーゼの方を見ようとしたが、そこにエリーゼはいなかった。

 ダイン 「あれ? エリーゼ?」

少しあたりを見渡してみれば市場の裏通りの本屋の前に立っているエリーゼの姿が見えた。

 ダイン 「どうした?」
 エリーゼ 「ダインここは何?」
 ダイン 「本屋だけど」
 エリーゼ 「本屋か〜。ここならあたしの読める本もあるかな」
 ダイン 「え? それってどういう…」
 クラナ 「エリーゼは文字が読めないのだ。魔族の文字も、お前達人間の文字もな」
 ダイン 「……それは学が足りないとかそういうことじゃなくて?」
 クラナ 「人間の文字はそうやって覚えるのだろうが魔族の文字は違う。魔族ならば生まれた瞬間から無意識に読み解き理解できるものなのだ」
 エリーゼ 「じゃあエリーゼはなんで…」
 クラナ 「くくく…さぁな。まぁ無意識にも読めるが勉学を重ねればより精密に理解できるようになるものなのだが…お前はこいつが本を持って机に向かう様が想像できるか?」
 ダイン 「……ないな」
 クラナ 「くく…つまり読める読めないにも個体差はあると言うことだ。エリーゼとて字が全く読めないわけではない。が、少しでも高度になるともうだめなのだ」
 ダイン 「そうなのか…」
 エリーゼ 「そっか…ここにもあたしの読める本はないんだね…」
 ダイン 「…」

落ち込むエリーゼの肩をポンと叩いたダイン。

 ダイン 「じゃあ俺が読んであげるよ。面白そうな本を探そうか」
 エリーゼ 「いいの!?」
 ダイン 「ああ」
 エリーゼ 「わーい!」

本屋へと突入するエリーゼ。
それを暖かい目で見守る二人。

 ダイン 「嬉しそうだなエリーゼ」
 クラナ 「だろうな。あいつが本を読む、か。くく…これで少しはおとなしくなるんじゃないか。良かったな」
 ダイン 「別にそんな事考えてないぞ」
 クラナ 「そんな打算を打ち出すほどの頭も腹黒さも持っていないことぐらいわかっているさ。そらとっとといけ、エリーゼが待ってるぞ。私はここで荷物番をしててやる」
 ダイン 「ありがとうクラナ」

本屋へと入っていくダインを見送ったクラナは呟く。

 クラナ 「ありがとう、か…。それは私が言う言葉だ。あのエリーゼがな…」

フンと鼻を鳴らすクラナの顔は感慨深げだった。



 ***



本屋の中でエリーゼは行ったり来たり。
本を手に取ったりパラパラめくったり忙しそうだ。

 ダイン 「さっきから何やってるんだ? お前文字読めないんだろ?」
 エリーゼ 「うん。だから絵のかわいい本を探してるんだ〜」
 ダイン 「なるほどな」

見れば周りは児童書の本が陳列されている。
かわいいイラストはなるほど、たしかに子供向けの本だ。

 エリーゼ 「ダイン〜、これがいい」

エリーゼが手に持ってきたのはどこにでもありそうな昔話の絵本。
それにはダインも見覚えがあった。

 ダイン 「へぇ、この絵本まだ売られてたのか」
 エリーゼ 「知ってるの?」
 ダイン 「俺が子どもの頃よく親に読んでもらったよ。懐かしいな」
 エリーゼ 「そうなんだ〜。…じゃあこれにする」
 ダイン 「いいのか?」
 エリーゼ 「うん。ダインが読んだのだったらあたしも読んでみたいな〜」
 ダイン 「そっか」

そして絵本を手にエリーゼと共に会計を済ませる。

 ダイン 「おまたせ」
 クラナ 「問題ない。そろそろ帰るか、夕飯の仕度もあるだろう」
 ダイン 「そうだな」
 エリーゼ 「ダイン、ありがとうね〜」
 ダイン 「気にすんなよ」


3人は家路へと着いた。



 ***
 


のだが、帰る途中に通った広場でなにやら騒ぎが起きていた。

 ダイン 「なんだ?」
 クラナ 「あの慌てようからするとただ事ではなさそうだな」

 ダイン 「何かあったんですか?」
 町人 「大変なんだ! 西の村が魔物の群れに襲われたらしい」
 ダイン 「魔物!?」
 クラナ 「…ほう」
 町人 「今その村人がこの街に逃げ込んで来てる。このままだと魔物がこの街にも攻め込んでくる可能性があるんだ。人が集まり次第、救助隊がその村へ出立する」
 ダイン 「そうなんですか…。わかりました、俺も参加させ…—」
 クラナ 「ダイン、ちょっと来い」
 ダイン 「え!?」

襟首をつかまれたダインはずるずると引きずられ路地裏へと連れ込まれた。

 ダイン 「ゲホッゲホ…、なんだよ、早く救助に行かないと魔物が…」
 クラナ 「集まるのを待っていたらいつになるかわからんし、その前に連中が攻めて来るだろう。だから私が行ってやる」
 ダイン 「え?」
 クラナ 「その方が遙かに早い。…そ、それに、服の礼もしたいしな…こんなことで返せるとも思ってないが…」

頬を赤らめながら言うクラナ。
ダインは再度問い直した。

 ダイン 「いいのか? …同じ魔族なんだろ?」
 クラナ 「魔族と魔物は違う。魔族は生まれたときから魔力を持っている種族の事で、魔物は魔力に飲み込まれた動物の事を言うのだ。魔物を殺すことに躊躇など無い。もっとも、相手が魔族であっても関係ないがな…」

フフンと鼻を鳴らすクラナの顔は貫禄に溢れていた。
同族を討つことに躊躇しないのは王たる気風故なのか。

 ダイン 「…本当にいいのか」
 クラナ 「安いことだ。さて、まずは街を出るぞ。ここでは元の大きさに戻ることも出来ん」
 ダイン 「ありがとうな、クラナ」
 クラナ 「礼を言うのは私だ。お前ではない」



***



街の外の森の中。

 クラナ 「ここまでくれば人目にもつかないだろう」
 ダイン 「そうだな。じゃあ元の大きさに戻ってくれ」
 クラナ 「ああ。…だがその前に…」

「?」
首をかしげたダインの前でゴソゴソと服を脱ぎ始めるクラナとエリーゼ。

 ダイン 「わわっ!(手で目を覆う) な、なんで服脱いでるんだよ!」
 クラナ 「この服はまだ巨大化させられん。今元の大きさに戻れば破れ千切れてしまう。だから元の服に着替えるだけだ」
 エリーゼ 「ねぇねぇクラナちゃん、あたしの服とって〜」
 クラナ 「お前はスカートを脱いで胸の布を取り替えるだけで済むだろう。何故下も脱いでるんだ?」
 エリーゼ 「あ、そっか」
 ダイン 「…」

下も…って、今裸かよ!
目を開くまい。開けばクラナになんて言われるかわかったもんじゃない。いや、逆にわかりきってるような。
ダインは二人に背中を向けてギュッと目を閉じていた。

 クラナ 「終わったぞ」
 ダイン 「ふぅ…それじゃあ行こうか」
 クラナ 「うむ」

ボン! という音と共に二人は巨大化。
しゃがみこんだクラナはダインと荷物をつまみ上げた。
荷物は手に、ダインはクラナの肩に下ろされる。

 ダイン 「へ? 俺ここ?」
 クラナ 「手を使うこともあるかも知れないからな」
 ダイン 「でもここだと落ちやすいような…」
 クラナ 「髪にでも掴まっていれば大丈夫だろう。ほれ」

クラナは髪の一房を手に取ってダインに渡した。

 ダイン 「…持ちにくい」
 クラナ 「身体に巻いておけ。いくぞ、エリーゼ」
 エリーゼ 「うん!」

  ズシン!

    ズシン!

西へと向かう一行。



 ***



村。

それなりに大きな村だったらしい。
何十もの民家が見える。
そしてその村には村人ではなく異形の動物達が徘徊していた。
5本足の狼。目が三つある熊。いずれも有り得ない奇形だ。
突然周囲に地響きが響き渡り、魔物たちは一斉に音のした方を見た。
そこには二つに巨人の姿があった。

 クラナ 「ここだな」
 ダイン 「ひどい…」

クラナの肩から見下ろせる村はほとんどの民家が倒壊していたりばらばらの屑になっていたり、中には火の点いている家まである。
そして村のいたるところには村人であろう人間の亡骸が転がっている。

 ダイン 「なんでこんな…」
 クラナ 「魔物が人間の里を襲うことはたまにある。だが、ここまで異種族が徒党を組む事はまずない。…裏で魔族が操っているな」
 ダイン 「なんだと!?」
 クラナ 「かつてお前の国の大臣になりすまし国を混乱させたように、魔族は人間を堕落させたり恐怖する様を見ることを愉悦とする。今回も魔物を操って人間を恐怖に陥れようとした魔族の仕業だろう」
 ダイン 「…くそ! いったいどこにいるんだ!!」
 クラナ 「そう遠くにはいまい。恐らくすぐ近くに…」

ジロリと周囲を見渡してみると、村のハズレからこちらに背を向けて飛び立っていくひとつの影が見えた。

 クラナ 「…あれか」

クラナは足元の石を拾い、それをその魔族に向かって投げつけた。
もっとも、石というのはクラナにとってであって、ダインやその魔族から見ればそれは6mの大岩であった。
魔族は高速で飛来する大岩にぶつかった瞬間に潰れ、そのまま岩と共に地面へと激突した。

 クラナ 「これであとは残った魔物共をなぎ払うだけだな。…くく、久しぶりに肉を潰せると思うと身体が疼く」
 ダイン 「く、クラナ…」
 クラナ 「フン、だが今回は荷物も持っているし肩にはお前も乗せているからな。エリーゼ、お前がやっていいぞ」
 エリーゼ 「え!? あたしがやっていいの〜!?」

キラキラと目を輝かせるエリーゼ。

 クラナ 「ああ。残す理由もないから皆殺しにしておけ」
 エリーゼ 「うん!」

ズシンと一歩前に踏み出すエリーゼ。
嬉々とした表情でなんとも嬉しそうだ。
聳え立つエリーゼの姿を目にしても魔物たちはひるまない。
魔力に侵され、殺すことのみの闘争本能に支配された魔物に畏怖を感じる心などないのだ。

狼の魔物の群れがエリーゼに向かって飛び掛った。
その一団の上に、エリーゼは足を踏み降ろす。

  ズシィィイン!

その振動で足周辺のまだ形を保っていた民家は倒壊して吹き飛ばされた。
持ち上げられた靴裏についている赤黒いしみは魔物の群れの成れの果てだ。
その足でまた次の魔物を踏み潰す。家を巻き込むことも多々あった。
魔物を潰すために足を動かすときにいくつもの民家を蹴り飛ばす。人踏みで5つ踏み潰すこともあった。
魔物も抵抗していた。
だがその爪も牙も、エリーゼの脚にはとどかない。
その前に飛来する足に蹴り飛ばされるか踏み潰されるかしてしまうからだ。

 エリーゼ 「あははは、それそれ〜」

  グシャリ!  ビチャリ!

次々と魔物が消えてゆく。
すでに村のいたるところに赤黒いシミができていた。

 ダイン 「…」
 クラナ 「複雑か? あいつが潰した人間の街を思えばそうだろうな」
 ダイン 「…いや、あいつは約束してくれたんだ。その言葉を信じるよ」
 クラナ 「くく…そうか」
 ダイン 「ああ。…って、ん? おいクラナ! あそこにいるの人間じゃないか!?」

ダインの視線の先、エリーゼの足元でうろうろしている人間がいた。

 ダイン 「ヤバイ! 早くエリーゼに教えないと潰される!」
 クラナ 「落ち着けダイン。…あれは人間ではない」
 ダイン 「…え?」
 クラナ 「魔力に侵され、すでに理性を失った人形だ。あれの頭の中には他者を殺すことしかなく、魔力に支配されたらもう二度と元には戻らん。今消さねばいずれ別の人間を手にかけるぞ」
 ダイン 「そんな…」
 エリーゼ 「あ、ここにもいた〜」

エリーゼは足元にいた人間の魔物を見つけるとその上に足を踏み降ろした。
その瞬間、足と地面の間から鮮血が飛び出る。

 ダイン 「う…」

思わず目を背けるダイン。
ダインをクラナの手が覆う。

 クラナ 「魔物化していても人間が潰されるのは辛いか…。ままならぬことはあるものだが、すまんな…」
 ダイン 「…いや、大丈夫さ…」
 クラナ 「そうか……む?」

視線の端、クラナに向かって飛んでくる物体。
魔物化した鳥であった。
怪鳥音と共に襲い来る鷲の魔物。

 ペチン

ダインを覆っていた手でそれを払い落とす。

 クラナ 「数が多いな。街の人間にまかせていたら返り討ちにあっていたかも知れん」

言いながらクラナは足元に集まっていた魔物を踏み潰す。
踏みにじったあとには赤いスジが出来ていた。
鳥の魔物ははたきおとし、つまみ潰し、数を減らす。
クラナもダインに気遣って小さな動作でしとめてはいるが、それでもダインにとっては大揺れだった。
巻きつけ握り締めているクラナの髪に、必死にしがみついていた。
しかしクラナの髪はサラサラで、掴んではいるものの、その動きに合わせて徐々に滑っている。
そして、ふとクラナが横を向いたときだった。
それに合わせて引っ張られた髪に振り回されたダインはその勢いで放り出されてしまう。

 ダイン 「…げ!」
 クラナ 「しまった!」

慌てて空いている手でダインを受け止めるクラナ。

 クラナ 「ふぅ、すまなかった。大丈夫か」
 ダイン 「ああ、大丈夫…。…ッ!? クラナ、横!」
 クラナ 「!?」

ダインの声に横を振り向いたクラナの視線の先、迫る嘴鋭い鳥の魔物。
それがその勢いのままクラナの眼にぶつかってしまった。

 ダイン 「く、クラナーーーーーーーーーッ!!」
 クラナ 「なんだ?」
 ダイン 「…え?」

その鳥を叩き落とし、ダインへと向き直ったクラナだがその眼に傷は無い。
大きな目をぱちくりとさせながら言う。

 クラナ 「どうした?」
 ダイン 「ど、どうしたって…今、目に鳥がぶつかっただろう!」
 クラナ 「ああ、ぶつかったが」
 ダイン 「な、なんともないのかよ…」
 クラナ 「別にないな。もしかして私の目が潰れたと思ったのか? そんなやわな目玉ではないぞ」

ニヤリと笑うクラナだがダインは開いた口が塞がらなかった。

 ダイン 「んなバカな…」
 クラナ 「なんだったらその剣でつついて確かめてみるか? ほれ」

クラナは顔をダインの乗っている掌に近づけた。

 ダイン 「い、いいよ! わかったよ! …はぁ、圧倒的な力の差になんだか生きる気力が…」
 クラナ 「今更何を言っている。そら、そうこうしているうちに終わった様だぞ」

クラナの視線をたどれば満足げな顔をしたエリーゼが近づいてくるところだった。

 エリーゼ 「はぁ、スッキリした〜♪」
 クラナ 「生きている奴はいないか?」
 エリーゼ 「うん、ちゃんと全部の家の中も確かめたし、周りの森も確かめたから間違いないよ」

その言葉にダインが街を見てみると倒壊していなかった家々は皆ひっくり返され、周囲の森の木は根こそぎ引っこ抜かれていた。

 ダイン 「…。村人の財産だってあっただろうに…」
 クラナ 「命あってのものだねと思って今日は勘弁しておけ。さて、そろそろ日が暮れるな」

見れば夕日が傾きかけていた。
じきに街の人間達が来るだろう。
説明するのも面倒と、3人は城へと戻った。


数時間後、武器を手にやってきた街人達が見たのは、魔物の影は無いが同時に見る影もなくなった村の成れの果てだった。
いったいここでなにがあったのか知る者はいない。



 ***



夜。
城。

城へ帰ったクラナとエリーゼは縮小化するといそいそと服を着替え始めた。

 ダイン 「…なんで?」
 クラナ 「早く私の魔力に馴染ませなければ外に着て行くこともできないではないか。私はこの服を着て残りの一生を過ごすのだ」
 ダイン 「残りの一生って…。魔王が何年生きるのかは知らないけど人間の寿命でも一生は持たないと思うぞ」
 エリーゼ 「ねぇねぇダイン、なんかスースーするんだけど」
 ダイン 「だからなんで下まで脱ぐんだよ! いつもの服の上に穿けばいいだろ!」
 クラナ 「ぐぐ、服の劣化を防ぐにはいったいどうしたら…。魔王の力をもってしても不可能なのか…」
 エリーゼ 「あ、ねぇダイン、スカートの後ろがパンツに入ってめくれちゃってるみたい。なおしてなおして〜」
 ダイン 「…」

はぁ。盛大にため息をついたダインは思う。

 ダイン 「もしかして、服を買ってあげるたびにこうなるのかな…」

喜んでくれるのは嬉しいけど行過ぎるのも考え物かも。
プレゼントは慎重にね。

こうして夜は更けてゆく。




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〜 魔王クラナ 〜


第6話 「みんなで買い物」 完

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