説明的内容。
巨大娘分低下。



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 〜 魔王クラナ 〜


第7話 「魔力ってなにさ」

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 ダイン 「む〜…」

薄暗い玉座の間。
そのテーブルの上にてひとり唸るダイン。

 クラナ 「何を呻いている。腹でも痛いのか?」
 ダイン 「違うよ。俺も、魔法が使えないかと思って」
 クラナ 「魔法だと?」
 ダイン 「魔力を使う事だよ。俺の中にも魔力があるんだから少しくらい使えたって…」
 クラナ 「くくく…なるほど、魔力を使う事は魔法か。しかし残念だがお前が魔力を扱う事はできまい」
 ダイン 「なんで?」
 クラナ 「お前はまばたきのしかたを知っているか? 指の動かし方を理解しているか?」
 ダイン 「え? え?」
 クラナ 「魔力を扱うという事はそれほどまでに自然なものだという事だ。我等魔族は生まれた瞬間に魔力を操る事が出来る。呼吸と同じだ。お前が理解できる事ではない。できたとしてもそれには何十年もの精神の修行が必要だろう。仙人にでもなろうというものだな」
 ダイン 「…じゃあ俺はお前みたいに火を出したり雷を出したりは出来ないわけか…便利になると思ったのに」
 クラナ 「はは、そう気を落とすな。魔力はそんな便利なものでは無いぞ。行使するにも理がある。万能ではない」
 ダイン 「理?」
 クラナ 「そうだ」

クラナは人差し指を立てた。
その瞬間、その指先に炎が灯される。

 クラナ 「今、こうして私の指には炎が出ているわけだ。だが、どうして魔力は火を起こせると思う?」
 ダイン 「へ? 魔力を火に変えるとか…」
 クラナ 「くく…まぁ間違ってはいない」

フッ
灯されていた炎が消された。

 クラナ 「火を起こすのは簡単だ。強く『燃えろ』と念じれば魔力はそれに応え炎となる。だが、その炎を維持するためには常に魔力を消費し続けなくてはならないのだ」

ボゥ!
ダインの目の前に突然炎が巻き起こる。

 ダイン 「わぁっ!」
 クラナ 「お前の身体ほどの大きさの炎。お前がその炎を1秒維持しようとしたら、今の10倍の魔力が必要だ」
 ダイン 「い、1秒に10倍…!?」
 クラナ 「そうだ。電光に至っては更に10倍の魔力がいる。燃費が悪いのだ」

フッ
ダインの目の前の炎も消えた。

 ダイン 「10倍…」
 クラナ 「少しはわかったか? 魔力はお前が思うような便利なだけのものではない。もちろん応用は利く。例えばだ…」

クラナは何故かそこにあった紙切れを手に取り、その端に火を灯した。

 クラナ 「この紙は魔力で火を付けたが魔力を消費したのは着火のときだけだ。一度燃え移ってしまえばあとは魔力を消費する必要はない。ただ火をつけるだけなら魔力の量はいくらでも抑える事ができるのだ。まぁ燃え移らせるだけの炎を維持できなければ意味は無いが」
 ダイン 「く…、やっぱダメなのか…」
 クラナ 「それに魔力で火を起こす事はできても水を生み出す事は難しい」
 ダイン 「なんで?」
 クラナ 「この世界は霊素と魔素という二つの要素で構成されている。火は魔素、水は霊素をもととしており魔力で生み出せるのは魔素を元としているものだけなのだ」
 ダイン 「魔素と霊素…へぇ、そんなものがあるのか」
 クラナ 「更に言えばお前達人間は霊素、我々魔族は魔素で出来ている。故に霊素で出来た人間が魔力など魔素を取り込んでしまうとその存在のバランスが崩れ魔物と化す」
 ダイン 「な、なるほど…」
 クラナ 「我々が魔力を扱えお前達が扱えないのは修行素質云々ではなく、存在そのものが違うのだ。だが本来なら不可能であるところをお前は可能とした。それだけでも十分理を超えた事だ。それ以上を望まなくてもいいだろう」

チラリとクラナは手に持っている紙を見た。
すると紙に灯っていた炎が大きくなり、紙は一瞬で灰になった。

小さなテーブルの上、ダインはペタリと座り込む。

 ダイン 「でも…せっかく魔力を持ってるんだからもっと凄い事がしたいよな…」
 クラナ 「凄い事? くく、それだけの力を持ってまだ足りないか?」
 ダイン 「っても俺が魔力でしてる事って身体の機能の強化ぐらい………ッ!?」

突然クラナが軽いデコピンでダインを弾いた。
眼前に迫る巨大な爪が身体に触れる刹那、ダインは腕を身体の前で交差、更に後ろに飛んで衝突の威力の軽減を図る。

 ペチン

弾かれたダインは数m吹っ飛び、ギリギリテーブルの端、断崖の手前で止まった。

 ダイン 「つぅ…! い、いきなり何するのさ!」
 
突然のクラナの行動に吼えるダイン。
だがクラナは笑ったままだ。

 クラナ 「フフフ、今私はテーブルの外まで弾き飛ばすつもりだった。だがお前はその威力を殺し、このテーブルにとどまっているではないか。あの刹那に指の威力と後ろの距離を思考しテーブル内に留まれる威力にまで軽減する行動にうつれたのも、お前のとっさの集中に研ぎ澄まされた魔力で強化された身体があってこそのものだ」
 ダイン 「そ、そうなのかな…」
 クラナ 「それに並の人間ならぶつかった瞬間に絶命するなり全身の骨が砕けるなりしていただろう。下手したらただのシミになっていたかも知れないな」
 ダイン 「…げ」
 クラナ 「それを考えれば今のお前は大したものだ。実際、大したケガはしていないだろう?」
 ダイン 「そ、そうだな…。これといってケガは……」

と、その時。

 ダバーーーーーーーーーーーー!

ダインの鼻から鼻血が滝の様に噴き出した。

 ダイン 「あ」
 クラナ 「ッ!?」
 
ダインは自分の鼻に触ってみる。

 ダイン 「ふむ…鼻の骨が折れてる。いやまいったな」
 クラナ 「すすすスマン、ダイン!」

飛び上がるように玉座から立ち上がったクラナはテーブルへと掴みかかった。

 ダイン 「大丈夫だよ。骨折はエリクサつかえばすぐに治るからさ」
 クラナ 「わ、私が悪かった。私がお前を弾いたりしなければこんな事には…」
 ダイン 「とりあえずティッシュ詰めとけばいつか止まると思うし、気にするなよ」
 クラナ 「…スマン」

はぁ。
クラナのついたため息がダインの髪を揺らす。
立ち上がったクラナは部屋を出て救急箱を持って戻ってきた。
ダインがエリクサを湿らせた布を鼻に当てたのを見てゆっくりと玉座に座る。
その姿に覇気はなく、消沈していた。

 クラナ 「はぁ…」
 ダイン 「随分と落ち込んだな」
 クラナ 「当たり前だ。私はお前を…」
 ダイン 「確かに驚いたけど、まぁこうしてエリクサもあるわけだしさ」
 クラナ 「…。…今回は大丈夫だと思うが、今後エリクサの使用は控えたほうがいいぞ」
 ダイン 「なんで?」
 クラナ 「エリクサは本来我等魔族用の薬だ。前に話したな、エリクサは高密度の魔力を調合した液体だと。高い魔力を持つ魔族の傷を治すためには更に高い魔力を練りこむ必要があるのだ。つまり本来魔力を持たない人間が使えばたちどころに魔物化する可能性が高いところを、お前はそれで3度目の使用だ。これ以上使用すればまず間違いなく魔物化するだろう」
 ダイン 「そ、そうか……今後は気をつけよう」
 クラナ 「スマンなダイン…」
 ダイン 「だから気にするなって。しかし魔力ってほんと使いどころが難しいな。傷だって、魔力を使えばすぐに治るものだと思ってたけど」
 クラナ 「そんなものゲームとマンガの中だけの話だ。実際、我々はエリクサの様に高密度の魔力を使用しなければ自然治癒以外に傷の治療などできん。さらにそれらの薬は作るまでに長い時間と大量の魔力を要する貴重なものでな、滅多に手に入らないんだ」
 ダイン 「そ、そんな貴重なものを俺の鼻血とめるのに使って良いのか!?」
 クラナ 「かまわん。もともと魔王は滅多な事でケガはせん。そのエリクサも万が一のために置いてあるに過ぎなかったものだ。ならば使ってやった方がよかろう」
 ダイン 「ありがとう。…はぁ、しかし少しつつかれて鼻折れてちゃ世話無いよな。やっぱりもっと上手く魔力を使える様になりたいよ」
 クラナ 「なるほど、お前は自分の凄さに気付いていないのだな」
 ダイン 「ん?」
 クラナ 「お前の身体能力は魔力により格段に強化されている。敏捷力然り肉体の強度然り、ほぼあらゆる能力が…だ。望む限りいつでもな。そしてそのために魔力を消費する事は一切無く、能力を望まないときは魔力は内に眠る。何かを起こすために魔力を消費しないなど、本来有り得ない事だぞ。お前の身体からは、魔力が一切出て行かないのだ。凄い事なのだ」
 ダイン 「そうなのか…よくわかんないけど」
 クラナ 「それに魔力で身体能力の強化が出来るのはお前だけだ。我々には出来ん」
 ダイン 「へ? 魔王なのに?」
 クラナ 「だからこそだ。魔素で構成されている身体を魔力で揺り動かしても何も起きん。だが身体が霊素で構成されている人間が魔力で強化されると霊素と魔素が入り混じり爆発的な力を生み出すのだ。………………………と、思う」
 ダイン 「…………は?」
 クラナ 「お前の様な奴は見た事がないのだ。だからいずれの事も予想に過ぎん」
 ダイン 「なんだ、随分とはっきり言うもんだからそういう定説でもあるもんかと思ったのにただそう感じてただけか」
 クラナ 「なんなら今この場でお前を掻っ捌いて調べてもいいが」
 ダイン 「そ、それはもうエリクサでもな治らなそうだから遠慮しておく…」
 クラナ 「そうだ。いくらエリクサといってもそこまでの効果はない。折れた骨くっつけたり傷口を塞いだりは出来るが失った部位を再生したり死者を蘇らせる力は無い。出来るのはあくまで治癒の延長だ」
 ダイン 「万能薬も結局はただの薬か」
 クラナ 「奇跡などそうそうないという事だ」 


暫く。
ダインの鼻血が止まった。


 ダイン 「これでやっと詰め物が取れる。ガーゼは骨が治るまでだな」
 クラナ 「スマン…」
 ダイン 「だからいいって。しかし魔力か〜。大体どのくらい取り込んだら魔物化するんだ?」
 クラナ 「個体によって大きく違うからなんとも言えんな。少量で魔物化するものもいれば、稀だがお前みたいにある程度は大丈夫なものもいる」
 ダイン 「ふーん…でも魔力ってそうそうあるものじゃないだろ? 魔物が発生する…特に人間が魔物化するなんて、やっぱり魔族が手を引いてるのか?」
 クラナ 「いや、そうとも言い切れん。この世界は基本、霊素によって構成されているが、少ないながら魔力も入り混じっていてな、動物が気付かぬうちに魔力を取り込んでいる可能性は十分にあるのだ。とはいえ、それでも極少量。普通は魔物化にいたる事はない。しかし時に高濃度の魔力が溜まっていたり噴き出していたりする場所もあり、そんな場所に踏みこんでしまえば並の生物などあっという間に魔物化するだろう」
 ダイン 「し、知らないうちに魔物になってる場合もあるのか…なんだか怖いな」
 クラナ 「案ずるな。そういった場所は大抵秘境や辺境といった僻地にしかない。それで魔物化するというのはそんなところにいた奴が悪いのだ」
 ダイン 「そうか………ん? でもそれをお前が言うのはおかしいだろ」
 クラナ 「なに?」
 ダイン 「魔物化になった奴の自業自得って言うけど魔物化させてるのはお前なんだから悪いのはお前なんじゃないのか」
 クラナ 「なんの事だ?」
 ダイン 「魔物化させてるのはお前なんだろ? 魔王の身体から溢れる魔力なら普通の動物なんかあっという間に魔物化しちゃうよな。あのワニなんかもう別物だったし」
 クラナ 「…なんだと…!」
 ダイン 「うわっ!」

グワッと椅子から立ち上がったクラナ。
突然の行動にダインは思わずひっくり返った。
立ち上がったクラナはダインを見下ろした。

 クラナ 「ワニ…前にお前が話したワニは魔物化していたのか…。くそ! その可能性にもう少し早く気付いていれば」
 ダイン 「なに驚いてるんだよ。お前の魔力だろ」
 クラナ 「この私が魔力を垂れ流すなどと阿呆な真似をするはずがないだろう。もしそうならばお前などとっくに魔物化している」
 ダイン 「そ、そういえば…」
 クラナ 「いくぞダイン。予想が正しければワニ一匹などではない、更に多くの動物が魔物と化している」
 ダイン 「な、なんだって!?」

ダインを摘まみ上げその手に握り締めたクラナは足早に部屋を出て行った。



 ***



ダインの案内で着いたのはあのワニと遭遇した毒の沼。
今もなお鼻と口を覆いたくなる腐臭と悪臭に満ちており実に近寄りがたい。

 クラナ 「ここがその魔物と戦ったところか」
 ダイン 「ああ、薬草をとりに来たときに」
 クラナ 「…たしかに、微かだが魔力を感じる」

沼の上に手をかざす。
魔力を感じているのだろうか。
その手はやがて沼に入る水道へと向けられた。

 クラナ 「こっちの水道に続いている。魔力の元はこっちか。恐らくそのワニもこの水道を通ってきたのだろう」
 ダイン 「でもなんでこんな…。魔力の吹き溜まりとかそんなんだとしても、発生するのは極稀なんだろ!?」
 クラナ 「自然発生するのは極稀だが、何者かが手を出しているとなれば話は別だ」
 ダイン 「まさか魔族が…」

恐々となるダインにクラナは首を振って見せる。

 クラナ 「その可能性もあるが今回は違うだろう。いわば今回は自然発生するはずの吹き溜まりが半ば意図的に発生したようなものだ」
 ダイン 「どういう事だ」
 クラナ 「行けばわかる。いくぞ」

再び歩き出したクラナ。
何時間経っただろうか、日が暮れ始めている。

 ダイン 「…まだ着かないのか」
 クラナ 「さぁな。だがそろそろだろう」
 ダイン 「お前は…疲れないのか」
 クラナ 「心配するな、どうという事は無い」

  ズズン  ズズン

一歩一歩大地を行くクラナ。
既に辺りは人外魔境であるクラナの城周辺よりもさらに魔境と化していた。
これまで一度も人間が足を踏み入れた事が無く、これからも無いであろう地。
日が暮れ、闇に包まれつつあるそこはまさに魔境だった。
人間などあっという間に魔に取り込まれこの森の中に横たわる躯となるだろう。
そんな黄泉路へと続く森をクラナは一直線に突き進む。
魔王が魔に取り込まれるはずもなかった。

 クラナ 「…見えた」
 ダイン 「なに?」

立ち止まったクラナが指を指した方向、周辺の木よりも抜きんで高い木が一つ。
その異容は普通の植物ではなかった。
数本の伸びた蔓が周囲の森へと下ろされぐねぐねと曲がった茎の上部はつぼみとも実ともつかず腫れ上がっている。
そしてなにより、その木はビクンビクンと脈動しているのだ。

 ダイン 「な、なんだあれ…」
 クラナ 「大地より霊素を吸収し体内で魔素を生み出す植物だ。ある植物が魔物化したものだとも言うが、そんな事はどうでもいい。ここら一帯が魔力に侵されているのはこれのせいだな」
 ダイン 「一帯が…」
 クラナ 「ああ。だが貴重な植物でな、魔族の間では重宝しているものだ。栽培は難しく手に入れるには採取しかないが発生するのは吹き溜まりの中でも数百年に一度というところだな。ここに発生したのは必然と言うか、運が悪かったと言うか」

クラナの言葉に周囲を見渡す。
確かに、生い茂る木々に包まれたこの神秘の森からはパワーのようなものを感じる。
これが、この植物の生まれる原因となってしまったのか。

 ダイン 「…どうするんだ、これ」
 クラナ 「持ってかえって煎ずるとしよう。エリクサほどではないが薬になる」
 ダイン 「そうか」
 クラナ 「それに…この場に置いといては森の動物が絶滅してしまうかも知れん」
 ダイン 「え…?」

ギャーギャーという鳴き声が聞こえる。
見下ろしてみるとクラナの足元の木々の間には無数の動物達が集まっていた。
しかしどれもが異様な体つきをしている。魔物化しているのだ。
それが見渡す限りの木々の間すべてに見える。

 ダイン 「こ、これ全部…!」
 クラナ 「だな。放っておけばさらに増えただろう。やがては森からあふれ出し人間の街などを襲ったはずだ。…秘境なのが災いしたな。魔族の目に止まらず刈り取られなかった故にここまで大きくなるとは。本来はお前の腕ほどもない大きさだ」
 ダイン 「それがここまで大きくなるのか…怖いな。どうするんだ?」
 クラナ 「フン、所詮は植物、引っこ抜いてしまえばそれで終わりだ」

周辺を飛ぶ鳥の魔物を落とし終えたクラナはダインを肩に乗せるとその植物へと手を伸ばした。
すると敵への抵抗で近づいた手に蔓が絡み付いてきた。

 ダイン 「く、クラナ!」
 クラナ 「案ずるな、かわいいものだ」

絡みつく蔓に構う事なく手は本体を掴み、それを地面から引っこ抜く。
地面から引き抜かれた根に引っ張られ大量の土が掘り返され、根が絡まった周辺の木も一緒にひっくり返された。

 クラナ 「やれやれ、迷惑な植物だな。さて、とっとと帰るとするか」

と、ブンブンと根についた土を振り払っていたときだった。
植物の花のような部分がすぼんだと思うと、突然液体を吐き出したのだ。

 ダイン 「うわっ!」

本当はクラナの顔を狙ったのだろうが、揺さぶられる中狙いがはずれ肩のダインへと命中する。

 クラナ 「大丈夫か?」
 ダイン 「ああ…なんだこれ…」
 クラナ 「ただの水だ、安心しろ。本来は虫や動物を驚かして撃退するものだからな」
 ダイン 「そっか…でも変な臭いだ…」

鼻を摘まむダイン。
その様子を見てクラナはくすりと笑った。

 クラナ 「…とはいえ、植物の分際でダインに手を出すとは……煎ずる価値もないな」

その時ダインはクラナの目に黒い光が宿ったのを見た。

 ボゥッ!!

突然の猛火に包まれる植物。
炎の中に影が見えたのは一瞬だった。
数秒。ほんの数秒で植物は灰になった。

手についた灰を落とすクラナ。

 クラナ 「余計な事をしなければもっと価値ある死が迎えられただろうに。魔物化しても植物は植物か」
 ダイン 「燃やさなくてもよかったんじゃないか? 薬の材料になったんだろう」
 クラナ 「あれにこれ以上形を留めさせる必要はない。お前に手を出したのだ。動物なら生きたまま八つ裂きにしたいくらいだ」
 ダイン 「…」

俺の為にしくれるのはありがたい、けどね…。
やり過ぎって気がしないでもないよ。
動物じゃなくてよかった。

 ダイン 「とにかく、これで終わったんだな。帰ろうか」
 クラナ 「いや、まだ終わってはいない」
 ダイン 「え?」
 クラナ 「『奴』め、相当長い間ここにいついていたらしいな。すでにこの森は魔素に侵されきっている。このまま放っておけば今の魔物を全滅させても別の動物が魔物と化すだろう。また新たな『奴』が発生しないとも限らない」
 ダイン 「え!? ど、どうすれば…」

ふむ。とアゴに手を当てるクラナ。
その間魔物達はクラナの靴に噛み付いたり上ろうとしていたが皆適当にあしらわれていた。

 クラナ 「…まぁいいか」
 ダイン 「? 何がだ?」
 クラナ 「森だ。最早手遅れ、仕方ない。しっかりと掴まっていろ」

クラナの手に魔力が集中する。
ダインは言われたとおりクラナの髪に掴まろうとしたのだが。

 クラナ 「何をやっている」
 ダイン 「で、でも、俺汚れて…」
 クラナ 「そんな事気にするな。吹き飛ばされたくなければ掴まれ」

クラナの髪の一房を掴み、身体に巻きつけて固定する。
それを見届けたクラナはその手を上に上げた。

 ボンッ!!

クラナの手に眩いばかりに光を放つ赤い火球が現れた。
それはまるで太陽。
夕闇に染まりつつあった森が真昼の如く明るくなる。
あまりの光にダインは目を背けた。

 ダイン 「うわぁ…」
 クラナ 「フフ…丁度良い、そのまま目を閉じていろ。場合によっては光を失うぞ」

ダインは硬く目を閉じた。
クラナは空いている手でダインを覆う。
森の魔物達は呆然とクラナの握る太陽を見上げていた。
フン。
クラナは大して力を入れた風もなく、それを地面へと投げつけた。


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッツ!!

 
太陽が地に触れた瞬間それは大きく膨れ上がった。
爆発したのだ。
あらゆるものが爆光と暴熱に包まれたかに見えたのはほんの一瞬刹那の間。
ダインはクラナの手越しに来る衝撃波に身体中を打ちのめされていた。
見えない壁がぶつかってきたようなものだった。

 ゴゴゴゴ…

それから数秒。
なにかが鳴動する音が聞こえる。
大気の喘ぎか。大地の悲鳴か。
しかしやがてそれも聞こえなくなり、その後、あの魔物達の声も聞こえない事に気付いた。
静寂が訪れていた。
どうなったのかと恐る恐る目を開けるダイン。
それを察したかの様にクラナの手もどけられ、ダインの目に飛び込んできた光景は一面の砂漠だった。

 ダイン 「な…」

見渡せど見渡せど砂の海。
街よりも広い。
先程まで大地を覆っていた神秘の森など影も形もなくなっていた。

 ダイン 「なにを…」
 クラナ 「一帯を焼き尽くした。これでもう、魔物は生まれまい」
 ダイン 「……森が…」
 クラナ 「なに、一万年もすればもっと大きな森が広がっているさ。さぁウチへ戻るとするか。腹が減った。今日は前に街で食べた『おむらいす』というのを食べたいな」
 
ルンルンと踵を返したクラナはたった今出現した砂漠をザクザクと横断してゆく。
砂漠と言うがそこには砂丘も風紋もなく、ただ一面が砂なだけ。
恐ろしい熱で木々は灰も残らぬほど焼失、岩や土だけが消滅を免れ乾いた砂になるだけで済んだ。
動物など、考えるまでも無い。
全てが影も残さずして消えたのだ。
これが魔力と、魔王の実力か。
そういえば前にエリーゼが街を燃やしたと言っていたが、それも同じ様な方法だったのだろうか。
だとしたら、いったい何万人が消えてしまったというのか。
出来たばかりの砂漠に大きな足跡を残しながら歩くクラナが肩のダインに問う。

 クラナ 「元気がないな。そんなに臭いが気になるか?」
 ダイン 「臭いだけじゃないさ…」
 クラナ 「ふむ、さっきも言ったがあの森はもうダメだった。魔物が溢れ出す前に潰さねば被害は鼠算だったぞ。まぁ今回の様な事は本当に稀な事だ。仕方ないと思って諦めろ」

若干的外れな方向で気遣うクラナ。
ダインもそれをどうこう言うつもりもないが。

やがて砂漠を抜け、わずかに残った森も木々をへし折りながら通過して、気付けば周囲は岩山のようだった。
山の間の谷をずんずんと進み歩く。跨ぎ、飛び越え、ときに邪魔なものは蹴飛ばして。
見上げれば空には大輪の満月。
雲ひとつかかっていないそれのおかげで光に困る事はなかった。

ふとクラナが鼻をひくつかせる。

 クラナ 「? このにおいは…」
 ダイン 「…温泉だな」

二人はにおいのする方へと歩いていった。
三つの岩山を越えたあたりの頃、目の前に岩山に囲まれた広大な温泉が広がっていた。

 ダイン 「でかい…。これが温泉か…」
 クラナ 「…。よし、今日はここで湯浴みをしよう」
 ダイン 「え?」

クラナは温泉へと近づき、その水面を覗き込んだ。
いたるところでぽこぽ事泡が出て、同時に煙の様なものが吹き出ている。
クラナは水に指を入れてみた。

 クラナ 「お、丁度良い湯加減だ」
 ダイン 「ほ、本当か…? 明らかに沸騰してるぞ…」
 クラナ 「問題ない。そら、お前も確かめてみろ」

肩の上のダインを摘み上げて温泉に近づける。

 ダイン 「あ、熱い熱い! 戻せ! 死ぬ! 死ぬ!!」
 クラナ 「なさけない。この程度の湯にも入れないのか」

ダインは肩の上に戻された。

 ダイン 「そんな事言ったって、あれに落ちたら俺死ぬぞ! 入るならお前だけ入ってくれ」
 クラナ 「臭いを気にしているのはお前だろうに。ふ〜む…」

立ち上がったクラナは辺りを見渡してみる。
何か良い方法は無いものか。
すると温泉とは山を挟んだ反対側に小さな川が流れていた。
近寄って温度を測ってみたが温泉ほどには暖かくない。これならダインも入れるだろう。

 ダイン 「確かに熱くはないけど…ほとんど水だよ。これに入ったら風邪引くぞ」
 クラナ 「ふふ、まぁ任せておけ」

言うとクラナはダインを近くの岩山の上に降ろし、着ている服をバサリと脱いだ。
いい加減見慣れたダインだが背徳感故か目を逸らしてしまう。
脱いだ服を近くの山に被せたクラナは川の水をひとすくいし、ダインの元へと持ってゆく。

 クラナ 「さぁ、入れ」
 ダイン 「だから水に入るのは嫌だって」
 クラナ 「くくく、なら触って確かめてみろ」
 ダイン 「?」

言われたダインはクラナの手によじ登りそこにすくわれた水に手を付けてみる。

 ダイン 「あれ? 温かい…」

その水は温かかった。
熱過ぎず、入るには丁度良い値だ。

 ダイン 「なんで…」
 クラナ 「魔力で熱を加えた。これなら入れるだろう」
 ダイン 「そんな事も出来るのか…」
 クラナ 「火を起こすのと同じだ。さぁ、入るといい」
 ダイン 「そうだな…」

ダインは服を脱ぎ始めた。
タオルは無いので腰に巻くものはないが…それは下着を穿いたままでいいだろう。
クラナもこちらを見ているし、脱いでいくのは恥ずかしい。

 クラナ 「今更気にする仲か?」
 ダイン 「う、うるさいな。恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ」

下着一枚になったダインはゆっくりとクラナの手の中にできた小さな温泉へと入ってゆく。
湯加減も深さも丁度良い。
ダインが湯に浸かったのを確認するとクラナも巨大な温泉へと足を入れた。

  ザバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

すると大量の湯が湖面から溢れ岩山を下り周囲へと流れ出していった。

 クラナ 「狭いな。半身浸かるだけで精一杯か」

クラナがゆっくりと身体を沈めると先程の数倍の量の湯があふれ出し、さながら滝の様に岩山を流れていった。

 ダイン 「だ、大丈夫か? 沸騰してるお湯が山を下って行ったぞ」
 クラナ 「すぐに冷えて水になる。誰も火傷などしやしないさ」
 ダイン 「その前に凄い鉄砲水が走って行ったんだが」
 クラナ 「やれやれうるさい奴め。黙って空を見上げてみろ。いい月だ…」

空を見上げるクラナを追ってダインも空を見上げてみた。
温泉に浸かりながら見上げる月とはいいものだ。
心も身体も洗われる様だった。
だがダインの心は晴れない。

 クラナ 「どうした? まだ森の事を気にしているのか?」
 ダイン 「…それもあるけど、やっぱり魔力って恐ろしいものなんだなって思ってさ。街一つ簡単に消せたりするし…」
 クラナ 「む…」

クラナはダインがどういった状況を想像しているのか理解した。
先程自分がやってみせた事は、人間の街でも可能なのだ。
ダインは過去に消された街の事を思っているのだろう。

 クラナ 「…」
 ダイン 「はぁ…」
 クラナ 「…くく、だがなダイン、魔力にだって素晴らしい事ができるんだぞ」
 ダイン 「え? どんな事?」
 クラナ 「いい湯だろ」

ニヤリと笑うクラナ。
呆けて固まるダイン。
暫く、どちらからと言わず笑い出した。

 ダイン 「ははは、そうだな。こんな気持ちの良いお風呂に入れるのも魔力のお陰なんだよな」
 クラナ 「そうだ。何事も使いようなのだ」

そしてダインはもう一度空を見上げた。
そこには大きな月がある。
誰かが言った。月には魔力があると。
満月の晩には月の魔力に魅せられた者たちが現れると。
狼男とかも、その類なのだろうか。
人が月の魔力で魔物化して半狼の様な容貌に化けたのがそういう伝説になったのだろうか。
もしそうだとしたら月は恐ろしいものだ。
でも、こうして見上げる月は本当にきれいだ。
いつまでも見ていたくなる。これは月の魔力に魅せられてるからなのか。
それなら魔力も悪くない。

 クラナ 「ははは、狼男だと? 月に人間を魔物化させるほどの魔力なんかあるはずないだろう。もしもそうなら人間はみな魔物化しているぞ。そういった伝説はたまたま満月の晩に人間が魔物化したのを月の所為だと勘違いして出来たのだ」
 ダイン 「やっぱり?」
 クラナ 「月に魔力があるというのは本当だがたいしたほどじゃない。肌にうるさい魔王が月光浴を楽しむ程度か」
 ダイン 「そんな奴もいるのか」

月に魔力があると言われても驚かなかった。
それらも含めて世界は今までと変わらない世界なのだ。

 クラナ 「……大分長湯したな。そろそろ上がるか?」
 ダイン 「そうだな…。…いや、もう少しこのまま月を見上げてたいよ」
 クラナ 「そうか。それもいい」

月の放つ淡い光は世界を優しく覆っている。



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 〜 魔王クラナ 〜


第7話 「魔力ってなにさ」 完

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