タイトル付けられるほど内容が安定しなかった。

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 〜 魔王クラナ 〜


第8話 「絵本 × 過去 × かわいそうなダイン」

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広い広い玉座の間。
その玉座の手前の段差で、ダインはひとりため息をついた。

 ダイン 「はぁ」

いつもならこの玉座に腰掛ける魔王の姿が今はない。
広大すぎる部屋、ダインは一人だった。

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 回想


 目の周りにクマを作ったクラナが言う。

 クラナ 「…昨日、夕餉にデッドペッパーを食べ過ぎたせいか夜一睡も出来なかったのだ…。だから今日は寝てる…」


 回想終わり
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 ダイン 「またかよ…」

クラナは辛いものが好きなくせに辛いものに弱い。
それはダインが見ても多すぎる量の唐辛子だった。
皿の上に唐辛子の粉末の山が出来ていたのだ。

 ダイン 「あ〜あ、暇だ」

ゴロンと横になるダインだったが、突如として襲ってきた規則的な地響きにすぐ身体を起こすことになる。
地響きの正体なんて決まってる。

 ダイン 「お、丁度良い。今日はエリーゼの相手でもするか」

コキッコキッと首を鳴らして入り口の向こうのから来る来訪者を待つ。

 エリーゼ 「やっほー!」

ひょこっと顔を出すエリーゼ。
キョロキョロと部屋の中を見渡している。

 エリーゼ 「あれ? ダイン? クラナちゃん?」

誰もいなかったとは予想していなかったのだろう。
頭の上に疑問符を浮かべている。

 ダイン 「よう、エリーゼ」
 エリーゼ 「あ、ダイン!」

  ズン! ズズン! ズドォン!

小走りで近づいてくるエリーゼ。
その振動で段差から転げ落ちることとなった。

 ダイン 「あイタ!」

  ズドォオォオオオオン!!

一際大きい振動と共に目の前に来たエリーゼはしゃがみこんだ。

 エリーゼ 「おはようダイン♪」
 ダイン 「いたたた…ああ、おはようさん」

しゃがみこんだエリーゼを見上げると相変わらず凄い光景だがもうそれも慣れた。
やや打ち付けた身体を起こし立ち上がる。

 エリーゼ 「クラナちゃんは?」
 ダイン 「寝てるよ。今日は起きてこないんじゃないかな」
 エリーゼ 「そっかー。ねぇダイン遊ぼー」
 ダイン 「いいよ。俺も暇だったんだ。でも痛いのはなし」
 エリーゼ 「うん! …あ、そうだ。あたし、ダインにやってもらいたい事があったのー」
 ダイン 「ん? なんだ?」
 エリーゼ 「えっとね〜…—」

胸の布を引っ張って手を入れごそごそと何かを探すエリーゼ。
…物入れ?

 エリーゼ 「あ、あった」

何かをつまみ出しそれをダインの元へ持ってゆく。
その大きな指につままれた小さなものは以前ダインが買った絵本だった。
子ども受けしそうなほのぼのとした絵が描かれている。
…ほんのり暖かいのがちょっと困る。

 ダイン 「ああ、これか」
 エリーゼ 「うん、読んで読んで〜」
 ダイン 「わかった。じゃあ俺をテーブルに乗せてくれ。丁度そこに椅子があるからお前も小さくなって…」

と、ダインが小さくなる事を勧めたのだがエリーゼは首を振った。

 エリーゼ 「ううん、あたしこのままでいいの」
 ダイン 「お? でもそれだと絵が見えないだろ」
 エリーゼ 「大丈夫だよ。…はい、乗って」

エリーゼは手を差し出してきた。
ふむ。首をかしげながらその手に乗る。
ダインが掌に乗ったのを確認するとエリーゼは部屋の壁にもたれかかり膝を抱えた。
そしてその膝の上にダインを降ろす。

 エリーゼ 「これでいいよ」
 ダイン 「いや、やっぱりさ…」
 エリーゼ 「いいのいいの、ん〜」
 ダイン 「むぐ…」

すりすりとダインに頬を擦り付けるエリーゼ。
なるほど、これがやりたかったのか。
エリーゼの膝小僧と柔らかい頬に挟まれて。

 ダイン 「く、苦しい…。そういうのは無しって言っただろ!」
 エリーゼ 「でもでも、やっぱりかわいいの」
 ダイン 「…はいはい、はぁ…大の男が女の子にかわいいとか言われてさ…自信なくすよ」
 エリーゼ 「なんでー?」

エリーゼはかくんと首を傾げた。
ダインはその顔を睨み上げ文句の一つでも言ってやろうかと思ったが視界を埋め尽くすほどの巨大な顔に見下ろされその気も失せた。
目や鼻や口、個々のパーツでも自分より大きいのだ。
更にその口からは呼吸による吐息がそよ風の様に吹き付けている。
そして今自分がうつ伏せているのはその巨人の膝の上だ。
皿の上にちょこんといるに過ぎない。
かわいいと言われてもしょうがない事だった。
そんなダインを二本の巨大な指がひょいと摘まみ上げ座りなおさせた。

 ダイン 「はぁ、じゃあ読むから邪魔するなよ」
 エリーゼ 「うん!」

ふぅと息を吐いてから絵本をめくる。
開かれたページには笑顔のおじいさんとおばあさんが描かれていた。
ひとつ咳払いをしたあと綴られている文章を読んだ。

 ダイン 「『むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました』」
 エリーゼ 「むかしむかし?」

エリーゼが首をかしげた。

 エリーゼ 「ねぇダイン、『むかしむかし』ってどのくらい昔なの?」
 ダイン 「ん?」

問われたダインもこれには返答に困ってしまった。

 ダイン 「そ、そうだな…。むかしむかしか…絵本の年代とか考えたことなかったけど…う〜ん………せ、1000年…くらいじゃないかな…」

そんなもんだろうかとダインは思った。
少し昔過ぎたか?
だがエリーゼはきょとんとした顔で言った。

 エリーゼ 「え? たった1000年なの?」
 ダイン 「なに?」
 エリーゼ 「1000年なんてあっという間だよ。全然昔じゃないよ」
 ダイン 「…。…お前何歳だ」

えーっとねぇ。
エリーゼは両手の指を使って数え始めた。
何度も何度も指が折れたり立ったりしている。

 エリーゼ 「う〜……わかんない」
 ダイン 「…」

まぁそうだろう。
仮に1000だとしても10本の指を100回は使わなくてはならないのだ。
が、言い方から察するに1000年を軽く見られるほどの歳を重ねているのだろう。

 ダイン 「…まぁいい。じゃあ続きな」
 エリーゼ 「うん♪」

ダインは絵本の続きを読み始め、エリーゼはそれを後ろから見下ろしていた。


 ***


暫く。
絵本のストーリーも佳境に入ろうというところだった。
ふとダインはエリーゼの顔を見上げた。
それはエリーゼが先程からこっくりこっくり船を漕いでいたからだ。

 ダイン 「少し休憩しようか」
 エリーゼ 「…うん」

ふわ〜と大欠伸。そして眠たげに目を擦る。

 エリーゼ 「…ふみゅう…」

ダインはそんな光景を微笑みながら見つめていた。
同時に懐かしさに包まれながら。
手にした絵本。よく母が読んでくれたものだ。
胸に覚える一抹の寂しさは追憶から来るのだろうか。

そんなダインにエリーゼの指先が触れてきた。

 エリーゼ 「ダイン〜…♪」

指がダインの頭を撫でる。
本当は遊びたいのだろうがどうやら眠気が勝っているようだ。

 ダイン 「…寝て良いぞ。続きは起きたら読んでやるから」
 エリーゼ 「うん…ありがとう…ダイン…」

エリーゼは優しくダインを摘み上げると床に降ろした。
降ろすと同時に手はパタリと床に落ちて、玉座の間に小さな寝息が聞こえ始めた。
それを見届けたダインはエリーゼから少し離れた壁際に座り、絵本を開いた。
一枚一枚ページをめくるたびに記憶の底に埋もれていた景色が鮮明に浮かび上がってくる。
孝行は何も出来なかったけど、感謝はしてもし足りない。
俺が今ほどに強かったならあの時両親を守れたのだろうか。
…いや、それは考えても仕方の無い事だ。
パタンの絵本を閉じる。
そしてふぅと息を吐き出し、高すぎる天井を見上げた。

 ダイン 「俺も随分とセンチだな…」

力が無かったことを悔いて泣き叫ぶのはやめた。
これからはひたすらに強くなると決めたのだ。
そしていっぱしの剣士を名乗れるまでには修行も積んだ。

 ダイン 「…でも、クラナとエリーゼを相手にするとまるで意味無いんだよね」

そう、魔王の力は到底人間の敵うものではなかった。
それにドラゴンも魔物も、みな人間より強い。それは修行が足りない云々ではなく、種族の根本からして存在する絶対の壁だ。
人間が血の滲む様な努力を重ねたくらいでは相対する事は出来ない存在だ。
世界は、ずっとずっと広かった。
しかし、だからって全てを投げ出したりはしない。
投げ出すと言う事はそれまでの自分を否定すると言うこと。
それだけはしたくなかった。
きっと今の俺にも守れるものはあるはずだから。

 ダイン 「守りたいものが自分より強いってのもあれだけど」

壁にもたれかかったダインは横で同じ様に壁にもたれかかり眠る巨大な少女を見上げた。
そう、少女だった。

 ダイン 「なんで魔王と人間の姿が似てるんだろう…」

前に見た魔族は一目見て人外だと分かった。
しかし同じ魔族であるはずの魔王が人間に似ているのは何故だろうか。
…。
考えたところでダインひとりの頭で答えが出るはずも無かった。
ふぅ。エリーゼと暇を潰そうと思ったがこうなってはまた暇だ。
俺も昼寝でもするか。
もたれかかったまま欠伸を一つ。
ダインは瞳を閉じた。


 ***


夢を見ていた。

空から大岩が降ってくる夢だった。

俺は大岩に潰された。

そのあと雨が降って俺はその水底に沈んでいった。


 ***


意識が戻ってくる。
俺は壁にもたれて寝ていたはずだ。うん。
で、何故今こうも全身に痛みを覚える?
何故今こうも溺れそうになっている?
まどろみから覚醒しだんだんと五感を取り戻しつつ、最初に飛び込んできたのは聴覚こと耳を劈くような大泣き声だった。

 エリーゼ 「あ〜ん!! あ〜ん!!」

エリーゼ、泣いているのか?
なんで? 何がエリーゼを泣かした?
身体が動かない。この塩気のある水は…涙か?

ダインはエリーゼの両掌に乗せられていた。
その上から大粒の涙がぽろぽろと降り注ぐ。

どうやらエリーゼは俺の事で泣いているらしい。
よく分からないがそれは心が痛む。身体も痛いが。

軋む身体をなんとか起こしエリーゼに話しかける。

 ダイン 「つつ……エリーゼ、何泣いてんだ…?」
 エリーゼ 「ッ…!」

エリーゼが目を丸くして泣き止んだ。
俺が身体を起こしたことに驚いたらしい。
暫く呆然と俺を見つめていたが、再び大粒の涙を流して泣き出した。

 エリーゼ 「うぅ…あ〜ん! あ〜ん!」

脳に響くような大声だ。
身体がビリビリと震える。
視界が揺らぐほどに。

 ダイン 「ぐ…え、エリーゼ、やめてくれ。なんで泣いてんだよ」
 エリーゼ 「えぐ…だ、だって…だって…ダイン…殺しちゃったかと思ったんだもん…」
 ダイン 「はぁ?」

ひっく、ひっくと嗚咽を堪えながらエリーゼはぽつりぽつりと呟いた。
どうやら寝てるときに体勢が崩れ横に倒れ込みそこに寝ていた俺を押し潰してしまったらしい。
エリーゼはその時に目が覚め、そして身体を起こしてみるとなんとそこには自分の下敷きになっていた俺の身体が。
慌てて声をかけたり揺さぶったりしてみるも返事が無く、死んでしまったものと思ったそうな。

 ダイン 「…で身体が痛いはずだ。でもよく生きてたな、俺…」
 エリーゼ 「ぐす……おっぱいで潰してたから…助かったのかな…」
 ダイン 「お……、……まぁ、故意じゃないし……」

パタンとダインはエリーゼの掌に倒れこんだ。
なるほど、さっきの夢はそれを示唆してたのか。
まったく嫌になるぜ。

 ダイン 「ふぅ……生きてて良かった…」
 エリーゼ 「ぐす…ダイン、ダイン!」

ズンとエリーゼがダインを乗せた掌に頬ずりをしてくる。
が、抵抗する気力もないのでしたいようにさせておく。

 エリーゼ 「あ〜ん! ごめんね、ごめんねダイン!」
 ダイン 「…正直もう慣れたよ、こういうの。俺が魔力をもらって一番感謝するのはこの治癒能力だな…」
 エリーゼ 「あ〜ん! あ〜ん!」

暫く、玉座の間にエリーゼの泣き声が響き続けた。
泣きじゃくるエリーゼの近くの床では小さな絵本が涙の海に沈んでいた。


 ***


ややあってエリーゼは落ち着きを取り戻した。
身体の動きそうに無いダインは女の子座りをしたエリーゼの腿の上に寝かされていた。

 ダイン 「…すっごい恥ずかしい気がするけどなんの抵抗も出来ん」

ダインの身体にエリーゼの指が触れてくる。
指先の太さだけでもダインの身体の大半を覆ってしまえる大きな指だ。
同時に少女の指でもある。
ダインから見上げるエリーゼの顔はその大半を大きな乳房によって遮られていた。
しかしかろうじて見えるその青い瞳に覇気が無いのはわかった。

 エリーゼ 「…」

泣いた後のエリーゼは凄いおとなしくなる。
普段の元気な姿を見ているだけ余計に心配になるくらいに。
しかられた後の子どもの様に。
…かわいそうなくらいに。

 ダイン 「そんな顔するなよ、俺はまだ生きてるだろ」
 エリーゼ 「…うん」

本当なら立ち上がって励ましてやりたいところだけども、残念ながら動けない。
いくら柔らかい乳房だからってこの巨体の上半身の体重を乗せてのしかかられて、潰れていないのは奇跡だった。
眠ってる、つまり意識の無い魔力の使えない状態でよく生き残ったものだ。
ヒビくらいは入ってるかもしれないが骨にも異常はなさそうだ。
今は単純に受けた痛みが大きすぎて身体が麻痺しているのだろう。

 ダイン 「(ほんと、俺の命がこいつ等の前だと塵の様だよ)」

はは、苦笑する。
しかしまぁ実際のところ殺されずに魔王と一緒にいることがすでに奇跡的な事なんだよな。
本当なら敵対してるはずなんだから。
そしてこういう目に遭っても怒る気にはならなかった。
きっとこいつらにとって俺と一緒にいるのは凄く大変な事なんだ。
自分達にとって何気ない動きでも俺を傷付けてしまう。
それを避けるために常に気を配り続けなくてはならない。
普段俺を持ち上げるときだって少し力の入れ方を誤れば結果は最悪のものになるだろう。
だから多少の苦痛があっても今もこうして命があるのは二人が細心の注意を払い続けてくれているからだ。
迷惑をかけているな。と思いつつもう少し労わって欲しいとも思う。
そろそろ腕の1本くらいなくなりそうだ。
と、腕に意識をめぐらせると動かすことが出来た。
身体が麻痺から解放され始めたらしい。

 ダイン 「…よいっしょ! ふぅ、やっと動かせるよ」

上半身を起こし各部の動きを確認してみる。
するとそれに気付いたエリーゼに持ち上げられ、その後折り曲げられた膝の上に降ろされた。
最初と同じ格好だった。

 ダイン 「どうした?」
 エリーゼ 「ダインは優しいね…」

うん?
見上げたエリーゼの顔は未だに生気が薄かった。
寄せられた眉が、エリーゼの罪悪感を感じさせる。

 エリーゼ 「あたし、酷い事したのに…許してくれるの…」
 ダイン 「んー…だって大変だろ、お前も。俺ってほら、小さいからさ」

エリーゼの膝の上で頭を掻くダインは比べれば確かに小さい。
身体の質量はエリーゼの小指の指先よりも少ないのだ。
人間はその小指を持ち上げることすら出来ないのだ。

 エリーゼ 「ダイン…。…うん…大好き…」

ダインはエリーゼに頬ずりされた。
とても優しくだ。苦しくは感じなかった。
涙で冷えた頬だった。


 ***


暫く。
お喋りをしているうちにエリーゼも生気を取り戻してきた。
やはりエリーゼは元気のある方が似合う。

 エリーゼ 「やっぱりダインは優しいよね〜」
 ダイン 「かな?」
 エリーゼ 「うん、きっとクラナちゃんもそう言うと思うよ」

やはり面と向かって言われると気恥ずかしい。
ぽりぽりと頭を掻いていたらエリーゼに頭を撫でられた。

 エリーゼ 「えへへ、ダインかわいい」
 ダイン 「…面と向かって言われながら頭を撫でられると余計に恥ずかしいな…」

振り払うつもりも無いのでしたいようにさせておく。
指先で撫でているのだけども俺から見ればその撫でる距離はかなりのものがあり頭が禿げるのではないかと若干心配。
ひとしきり撫でたあとエリーゼは膝の上のダインを見下ろしながら話す。

 エリーゼ 「でも、ダインも優しいけど、クラナちゃんも最近は優しくなったよね〜」
 ダイン 「…まぁ優しいところもあるけど憎たらしいところもあるからな…」

はは…と苦笑するダインにエリーゼは首を振った。

 エリーゼ 「ううん、クラナちゃんは凄くやさしくなったよ。ダインが来る前は笑う事なんてほとんどなかったんだもん。人間嫌いのクラナちゃんに好かれるなんてダインは凄いな〜」
 ダイン 「…前にもチラっと聞いたけど、クラナって人間嫌いなのか?」
 エリーゼ 「うん。昔のクラナちゃんは凄かったよ。目に付く人間は皆殺してたし街を見つけたら吹き飛ばしちゃったし、もう1日に何万人も殺しちゃうの」
 ダイン 「うぇっ!? そ、それ本当なのか!?」

突然の告白に驚愕した。
あのクラナが!?
ダインの驚きように気付いたのか気付いていないのか、エリーゼは続ける。

 エリーゼ 「本当だよ。他にも同じ様な事する魔王はいっぱいいたけど、クラナちゃんが一番凄かったの。えーっと…国…だったっけ? それをもう何十個も焼いたんだよ」
 ダイン 「く、クラナが…?」
 エリーゼ 「うん。でもね、5万年くらい前に突然人間殺すのやめて今みたいにぼーっと過ごすようになっちゃったの」
 ダイン 「…」
 エリーゼ 「なんで人間嫌いなのかはわかんないな〜。魔王ってみんな人間を殺したりするけどクラナちゃんはそれだけじゃない様に見えたよ。よくわかんないけど」
 ダイン 「クラナが…そんなに人間を…」
 エリーゼ 「それからずーっとぼーっとしてていつも詰まらなそうだったけど、ダインが来てからは毎日凄い楽しそうだよ」

ケラケラと笑うエリーゼだがダインの心境は複雑だった。
まさかクラナがそこまでの人を殺していたとは…。
確かにクラナだって魔王だからそういう事は十分に有り得る。それは実際この目で見たし…でも5万年以上も昔の話なんだ。
昔は知らないが今のクラナは知っている。
少なくとも俺の知っているクラナはそんな酷い奴じゃあない。
そこまで考えると大分落ち着く事が出来た
遙か昔の話だ。今考えたところで仕方が無い。
でも、その5万年前に何があったのだろうか。

 ダイン 「…っていうか、お前等5万年以上昔から生きてるのか」 
 エリーゼ 「え? あ、うんそうだね」
 ダイン 「…天敵らしい天敵もいないし、のびのび生きてるのな…」

呆れてため息をついたダインだが、ふと絵本の事を思い出す。

 ダイン 「あ、本を読んでる途中だったっけ」

だが床に降ろしてもらったダインが見たのはエリーゼの涙でふやけてぶよぶよになってしまった本だった。
いくら紙の厚い絵本でも長時間水に浸ってはもう読めたものではない。

 エリーゼ 「あぅ…」
 ダイン 「しょうがないさ。また買いに行こう」

泣きそうになるエリーゼの脚を撫でながらダインは慰める。
エリーゼはうん、と肯いた。

 エリーゼ 「あ〜でもダインが潰れてなくてよかった〜。やわらかいおっぱいでよかったねダイン」
 ダイン 「い、いや、その…ま、まぁ生きてて良かったよ…」

ぎゅ。

 ダイン 「?」

摘ままれたダインはエリーゼの胸に押し付けられた。

 ダイン 「え゛ッ!?」
 エリーゼ 「わぁほんとにやわらかいや。ダイン埋まっちゃってる」

押し付けられる肌色の小山。
背中から押されるダインはそれに抱きつく様な格好のまま沈められた。
しかしそれも——内に秘めるそれの力なのか——力強い弾力で押し返してくる。
そして先程深刻なダメージを受けた身体は更なる悲鳴を上げ始めた。
 メキメキメキメキ…
軋む。折れる。
後ろから大木の様な指に押される背骨がボキッといきそうである。
てかなんでこんな目に遭ってる?

 エリーゼ 「クラナちゃんがね、ダインはおっぱいを触るのが上手いって言ってたから」

 ぎゅっ ぎゅっ

押し付けて押し付けて。
その度にダインは気の飛びそうな圧力を受ける。

エリーゼはダインで自分の胸を押したり擦ったり。
でもクラナちゃんが言うほど気持ち良くは無い。

 エリーゼ 「やっぱりちゃんとダインに触ってもらわないとダメなのかな。触ってよダイン」
 ダイン 「はぁ…はぁ……、え、え、え、エリーゼぇぇぇぇぇぇぇえええええええええッ!!」
 エリーゼ 「なぁに?」
 ダイン 「お、お前は…! お前はッ!!」

押し付けられながらも真っ赤な顔で抗議するダインだがエリーゼは涼しげに首を傾げるだけだ。
指先に摘まんだ人間が暴れるのを気にも留めず、次々と胸のいたるところでダインの効能を試してゆく。
乳をダインを使って下から押し上げてみたり、小さなダインの更に小さな手を摘まんで無理矢理撫でさせてみたり。
しかしどれも期待するほどのものじゃない。
ダインはといえば押し付けられたり擦られたりで身体中がひりひりしていた。
精神はぼろ雑巾の様にボロボロだった。
そんなダインだが、次の押し付けのとき今までとは違う感触を感じた。
すでに考えることを放棄していた脳だがその感触の違いの理由を探るため虚ろな目を今しがた触れたものへと向ける。
そこには青い壁。
エリーゼの胸を覆う布だ。
大きすぎる胸を支えているためパツンパツンに張っている。
だが今の感触は単に触れたものが布であったためだけではなかった。
何が…と視点の先にピントを合わせる。
そこは青い布が少しだけ盛り上がっていた。

 ダイン 「…ッ!!」

理解は一瞬だった。
布がどこを覆っているかを考えるまでもない事だ。
感触の違う場所などそこしかない。
ダインは、かつてそれを跨がされ圧死する寸前まで弄ばれたのを思い出した。
同時にエリーゼから反応があった。

 エリーゼ 「あ、今少しだけ気持ちよかったな」

再びダインはそれに押し付けられる。
布越しとは言えそれの感触ははっきりと感じられた。
くりくりと押し付けられるだびにそこにそれが在る事を明確に…—。

 ダイン 「や、やめろ!!」

思わずダインは叫んでいた。
ピタリと手の動きが止まる。
少しそれから離され、上からエリーゼが覗き込んできた。

 エリーゼ 「どうしたの?」
 ダイン 「お前、自分が何やってるのかわかってるのか!?」
 エリーゼ 「え? 気持ちよくなろうとしてるだけだよ?」
 ダイン 「それはいけない事なんだよ! お前等羞恥心とか無いからわかんないかも知れないけど、そういう行為は本来背徳的な事なんだ! しちゃいけない事なんだ!」
 エリーゼ 「そうなの?」
 ダイン 「そうなんだよ! だからすぐにやめろ! やめて俺を降ろせ!」

大声を出したダインはハァハァと息を切らす。
だがダインがこんな大声を出したのは単にエリーゼの行為を止めさせるためだけではなく自分自身の中にこみ上げてくるものを抑え込む意味もあった。
魔王とは言え女性の乳房に当てられて、その身体から立ち昇る女の香りを嗅がされて、身体が疼いてしまったから。
ダインは自分の不甲斐無さを呪っていた。
確かにクラナもエリーゼも女であり、自分は男である。
だが二人を、そんな対象として見たくはなかった。
大切だと思う。守りたいと思う。一線は超えたくなかった。

 エリーゼ 「…なんでそんなに必死なの?」
 ダイン 「……え?」

見上げたエリーゼの顔は無邪気だった。
ダインの苦悩など知りもしないだろう。

 エリーゼ 「あたしの乳首に触ったからだよね。つまりここなら触ってくれるのかな」

エリーゼは空いている手でダインの目の前の青い布を摘まみそっとずらし始めた。
ゆっくりとずらされてゆく布。
やがてそこからピンク色の…。

 ダイン 「やめろエリーゼ!」

ダインは再び叫んだ。
すると布はすぐに元に戻された。
見るとエリーゼはぷんぷん怒っていた。

 エリーゼ 「もう! つまんないの〜。クラナちゃんのは触ってるのに〜! あたしも気持ちよくなりたかったー!」
 ダイン 「さ、触りたくて触ってるわけじゃない! それに…その、気持ちよくなるってのもクラナの嘘だから!」
 エリーゼ 「えー、でも前にダインが乳首を触ったときは気持ちよかったよ。ペチペチってちっちゃい手なんだけどね、なんかあったかくなってくるの」
 ダイン 「………やばかったんだなぁ…」

ダインは脱力した。
なんでこいつらは、というかこいつはこんなにも無邪気なんだろう。
それとも俺が気にしすぎてるだけなのか。
もう嫌。

エリーゼはダインを掌の上に戻した。

 エリーゼ 「クラナちゃんが男は女の胸を触りたいんだーって言ってたんだけどなぁ」
 ダイン 「…あんにゃろう、今度寝てるとき鼻にカラシでも塗ってやろうか…」

大の字に倒れこむダイン。
はぁ、疲れた。
というかさっきから身体が痛いな。
もしかして骨が折れたか。
もうエリクサは使えないから自然治癒しかないってのに。

 エリーゼ 「ダイン、疲れたの?」
 ダイン 「当たり前だこの野郎」
 エリーゼ 「そっか、じゃあもう一回お昼寝しようよ。途中で起きちゃったからまだ眠いの」
 ダイン 「昼寝か…。もう休めるならなんでもいいよ。ただし今度は潰さないでくれよ」
 エリーゼ 「うん、大丈夫。ちゃんと考えたよ」
 ダイン 「え…?」

寝転がったまま見上げてくるダインにエリーゼはにっこりと笑い返した。
巨大な指が近づいてきた。
それはダインの身体を摘み上げると、そっとそこへ降ろした。
エリーゼの、胸の谷間へ。

 ダイン 「はぃ!?」
 エリーゼ 「ね、ここなら安全でしょ」
 ダイン 「安全なわけあるか! むしろ逆! 潰される!」
 エリーゼ 「大丈夫。さっきおっぱいでは潰れないってわかったから」

動くエリーゼの身体。
ダインは両脇の乳が近づいてくるのがわかった。
それとエリーゼの胸板とは反対方向から近づいてくる肌色の山。膝?
エリーゼは膝を抱え込もうとしているのか。
もしそうならば膝を抱えたときに胸は圧迫されその谷間内の圧力は膨張する。
完全に動けない肉の檻が出来上がってしまう。
ダインは上に向かって叫んだ。

 ダイン 「ま、待てエリーゼ! 俺はテーブルの上で寝るから!」

だがエリーゼはとろんとした瞳で見下ろすだけでダインを谷間から取り出そうとはしなかった。

 エリーゼ 「おやすみダイン。今度は潰さないからね…」
 
言いながら膝を抱え込んでゆく。

 ダイン 「つ、潰す気満々じゃないかぁあああああぁぁぁぁぁ……………」

ダインの悲鳴は挟み込む二つの乳房の間に消えていった。
しっかりと膝を抱え込んだエリーゼはその上に頭を置いた。
胸の間にダインがもぞもぞと動くのを感じる。

 エリーゼ 「気持ち良い……あ、これがクラナちゃんの言ってた事なのかな…」

欲しかったものを感じて笑顔になるエリーゼ。
そしてその幸せそうな顔のまま、いつしか寝息を立てていた。
広い玉座の間にはエリーゼの寝息だけが響いていた。



その後、ダインは目を覚ましたクラナによって無事救出された。
エリーゼの胸から解放されたダインは、まだ命ある事に涙していた。




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 〜 魔王クラナ 〜


第8話 「絵本 × 過去 × かわいそうなダイン」 FIN

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