−−−−−−−−−−−

 〜 魔王クラナ 〜


 第9話 「朝」

−−−−−−−−−−−


------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------



 ダイン 「ふぁ〜あ…」

朝。
起床するダイン。
眠たげな目を擦り、欠伸をしながら布団をどけ、身体を起こす。
横を見ればこちらを向いて眠るクラナの顔。
スースーという寝息と共に微かな風が吹きつけてくる。
丘ほどに大きな顔。上ることはできまい。それ以前にあの頭のある枕にも上れないのだ。

 ダイン 「ほんと、デカイよなぁ…」

少女の寝顔を見上げる。
もう慣れたものだ。

 ダイン 「さてと」

ダインはベッドの淵へと向かう。
着替えも何もここにはないので下に行って着替えなければ。
そして淵まで来たその時だった。

 クラナ 「う、う〜ん…」

唸り声のような欠伸のようなそんな声が轟く。
どうやらクラナが目を覚ましたようだ。
振り向いてみればクラナは目を擦りながら身体を起こし布団をどけているときだった。
ダインが赤面し硬直したのは覗く胸元から二つの巨大な乳房がぶるんと揺れたからだ。
そのせいで来たる振動と風圧に抗えず足を取られ、ベッドから落ちたダイン。
この高さから落ちれば命は無い。
だが全神経と魔力を集中すればこの高度でも受身は取れる。最悪でも致命傷は避けられる。
今までも何度か同じ目には遭って来たし、さほど心配はしていなかった。
迫るカーペットの大地。
それに触れた瞬間、ダインは衝撃を軽減するためくるりと転がった。
くるくると地面を転がりバッと飛び起きて華麗に着地。
ふぅ。無事成功。
若干ダメージを受けたが40m超から飛び降りてコレだけの損傷で済んだのは僥倖だ。
息を整えて立ち上がり、ふと辺りを見渡してみるとそこはカーペットの上ではなかった。
同じ様な材質だが別のものだ。上は半分のドームで覆われ高さは5〜6m。
それは後方に向かって降りておりそこに壁を作っている。前にはベッドの下部が見えていた。
「?」
よくわからないがまぁ別にいいだろう。
クラナも起きたようだ。朝ごはんの仕度もしなくては。
肩を回しながらドームの中から出たダインだが上方に光が無い事に気付いた。
見上げてみるとなんと上から巨大な足が降りてきていた。
もちろんそれはクラナのものである以外には有り得ない。
が、このままではその下敷きだ。
全く注意せずに降ろされればただの人間の身体などどうなるかは火を見るより明らか。
ダインは本能の訴える『とにかく危険なものから少しでも遠くに』に従って踵を返したのだが、3歩前進したとき、その先がドームの作る壁であることを思い出した。
判断ミスだった。
だが既に足は目の前。ドームの外に出ている余裕は無かった。
眼前には、自分の身長と同じくらいの高さの指があった。クラナの足の指だ。
ほとんどそれに追突されるような勢いでダインはドームの壁に叩きつけられた。

 ダイン 「ぐぅ…!」

ミシリ。
骨が悲鳴を上げたのを聞いた。
指はそのまま仰向けに倒れたダインの上にのしかかるように覆いかぶさった。
正直、物凄い重量だった。
大木のような指はただのしかかるだけでも呼吸を許さぬほどに。
指の一本に抗えない。
もしも今クラナが前進するためつま先に重心を移そうものならダインの身体はあっという間にジャムになるだろう。
ダインは戦慄した。


 ***


起きたクラナ。
ベッドの上に膝を折り曲げて座り眠たげに目を擦る。
チラリと枕横のダインの布団を除いてみるとそこにダインの姿は無く、クラナは朝の散歩に出ているのだろうと思った。

 クラナ 「ふわぁ〜…」

手で口を覆いながら大欠伸。
ずりずりとベッドの上を移動し、ベッド横に置いてあったスリッパに足を突っ込み立ち上がろうとしたときだった。
片足の指先に何かを感じた。

 クラナ 「ん…?」

何かあるのだろうか。
未だまどろみに包まれつつあるボーっとした思考のまま、クラナはそれを確認しようと足指で触れた。
それは小さいものの様だ。
更にぐいぐい触れてみる。
細長いものの様で指の間に挟むことが出来た。
こねくりまわしてみる。
ただのゴミだろうか。
ならば指に少し力を入れれば砕けて消えてしまうのではないだろうか。
覚醒していないクラナは半開きの眠たげな目のままそのスリッパを見つめその中の出来事を想像していた。


 ***


それは絶体絶命の連続だった。
のしかかっていた指が持ち上がったと思ったらまたすぐに降りてきて自分をスリッパとの間にズンと挟み込む。
それが何度も何度も。
指だけが持ち上げられ何度もダインの身体へと触れてくるのだ。
だがダインから見ればそれは身体の上に大岩を叩き落されているようなものだった。
 ズン! ズン!!
いつまでも続く責め苦。ダインは身体中に力を漲らせてそれに耐えることしか出来なかった。
次に指は再びダインへとのしかかってきた。
しかし先程よりも強く力を込めて。
ダインは大の字になってスリッパと指の間に挟まれた。
見ようによっては指に抱きつく様な格好であろうが、指は人間が数人がかりでやっと腕をまわせるほどの太さであり長さは人間の伸長よりも遙かに長いのだ。
指の腹にぐいぐいとのしかかられる。
肺も腹も押し付けられ身体中の酸素が外へ搾り出されていくようだ。
自分を押し付けるそれから伝わる確かなぬくもりがそれがクラナの足指であることを明確に告げている。
そんな状態のまま指が、足が左右に動き出した。
その動きに合わせてダインはスリッパと指の間をごろごろと転がされた。
何回転したかもわからない。天地がどちらかもわからない。
酔って気持ち悪くなったところでダインは今自分が指と指の間に倒れていることに気付いた。
だが既に身体は疲労と痛みで指1本動かせない。
壁の様に聳える二つの指を見上げることしか出来なかった。
その壁が動いた。
突き立てるようにダインの左右に爪を立てると、その間の小さな身体をガシッと挟み込んだ。
ぎゅうぎゅうと締め付けてくる。本当に身体が潰れそうだ。メリメリと音を立てているのは骨か。
身体全体が指と指の間に挟まれている。それほどに俺の身体は小さいのか。
更に挟んでいる指が動き出した。
強大な力はそのままにぐりぐりと身体が回転させられている。
先程までの猛烈な吐き気もこの激痛の前には霞む。
身体の全感覚が痛みを感じるためだけに働いていた。
いったいクラナは何がしたいんだ。俺を弄んでいるのか。…それとも、本当に俺だと気付いていないのか。
だとしたらなんとしても気付いてもらわねば命に関わる。だが、伝えられるほどの行動を起こせる様な体力は残されておらず、またこの状況では残されていたとしても無意味だった。
やがて指の動きは止まったがダインはまだ指に挟まれたままだった。
ダインはすでに意識も朦朧として焦点も合わない虚ろな状態だ。
そんな状態でも今指に力が込められ始めているのはわかった。
これから先程までとは比較にならない力がこの巨大な指に込められるのだろう。
そうなれば脆弱な人間である俺の身体などあっという間に破裂する。
はは、魔王を相手にすればこんなもんか。
すでに正常な思考が出来なくなったダインは息を切らし力無く挟まれていた。
そしてその時は来た。
両の指に瞬間的に巨大な力が込められたのだ。
ダインは自分の感じる空間が圧縮されるような錯覚を覚えた。
それほどまでに圧倒的な力でダインの身体は挟み潰された。
 メキメキメキメキメキ!
自分の意識が途切れるのを感じた。
魂まで搾り出されたような感覚だった。
目の前が真っ白になったのだ。
だがすぐに指は開きダインは解放された。
ドサリとスリッパの上に落ちるダインの身体。
遠くなる意識の中ダインは再び指が降りてくるのを見た。
最後はあの指で踏み潰されるのか。
そこまで考えてダインの意識は失われた。
そして動かなくなったダインの身体に指が触れた。
だがそれはこれまでの動きとは比べ物にならないほどに優しい動きだった。
その後、指はスリッパから出て行き、代わりに手の指が入ってきた。
指はダインの身体をそっと摘まむとゆっくりと持ち上げスリッパから出て行った。
そして外で待っていた巨大な掌の上でダインを解放した。
手はゆっくりと持ち上げられ、やがて巨大な顔の前で止まった。


 ***


 クラナ 「やはりお前だったか…」

クラナは自分の掌の上に横たわる小さな人間に呟きかけた。

 クラナ 「いったいどうしてこんなとこにいたのかは知らんが、私の覚醒があと少し遅かったらお前を潰していたかも知れなかったぞ」

突きつけるように話しかけるがその身体はピクリとも動かない。
当然だ。自分が気を失うまでに痛めつけてしまったのだから。
はぁ。クラナは大きなため息をついた。

 クラナ 「…すまなかったな。お前がいるのだから、もう少し注意を払えばよかったのだ…」

クラナは空いている手の指でダインの身体を撫でた。
小さな身体だ。そして触った限り、どこも大事には至っていなさそうだった。
クラナの口から安堵の吐息が漏れる。

 クラナ 「お前の目が覚めたらいくらでも恨み言を聞こう。それまでは、せめて安らかに眠ってくれ」

ダインの身体を摘まみ上げダイン用の布団へと寝かせる。
そして自身もベッドに横になり、ダインの布団の上から優しく手を置いた。
クラナはダインが目覚めるまでずっとその寝顔を見つめていた。



------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------

−−−−−−−−−−−

 〜 魔王クラナ 〜


 第9話 「朝」 完

−−−−−−−−−−−