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 〜 魔王クラナ 〜


第13話 「誰が為に」

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 ダイン 「フン! フンッ!」

城の前。
今ダインは背中に小さな岩を乗せて腕立て伏せをしていた。
その光景を城にもたれかかって見ていたクラナ。

 クラナ 「随分続くようになってきたな」
 ダイン 「ああ! このくらいの! 岩なら! まだまだ! いけるよ!」
 クラナ 「そうか。では次はこっちを使ったどうだ?」
 ダイン 「え?」

クラナは近くにあった岩を手に取るとダインに向かって放り投げた。
飛んでくるものを見たダインは背中の岩を放り出し慌てて逃げ出した。
ドスーーーン! 直後、ダインのいた場所に10m近くはある大岩が落ちた。

 ダイン 「はぁ…はぁ…、ば、馬鹿野郎! あんなもん持ち上げられるわけないだろ!」
 クラナ 「あんな小さなものでもダメなのか…」
 ダイン 「でかいよ! 何トンもあるよ!!」

と、ダインがクラナの足元で抗議していたときだった。
バサリ。
羽音が聞こえた。

 ダイン 「え?」
 クラナ 「ん?」

二人は空を見上げた。
すると太陽の光の中から一羽の鳥が降りてきた。

 ダイン 「な…!」

ダインは絶句した。
その鳥は通常の鳥と比べて遙かに巨大だったのだから。
両翼の長さは30mを超えるだろう。
怪鳥だった。

  バサッ! バサッ!

その巨大な怪鳥が先程クラナの投げた大岩の上に降り立った。
ダインはその鳥が作り出す影に入ってしまっていた。

 ダイン 「な、なんだこのでかい鳥は…!!」
 クラナ 「こいつはルフだ」
 ダイン 「ルフ?」
 クラナ 「見たとおり鳥の化け物さ。ロックと呼ばれる事もあるが…」
 ダイン 「そ、その化け物が、なんでここに…」

ふむ。
クラナはルフの足元に何かが括り付けられているのに気付いた。
取ってみるとそれには文字か書いてあった。

 クラナ 「手紙か。なるほど、こいつは伝書ルフだな」
 ダイン 「伝書鳩みたいなもんか?」
 クラナ 「ああ。魔王が連絡を取り合うときによく使うものだ」
 ダイン 「…てことはその手紙を差し出したのは魔王か!?」
 クラナ 「そういう事だ。…もっとも、私に手紙を送ってくる魔王などひとりしかいないが…」

クラナは手紙を読む。
ダインはクラナの目が文面を追って動くのを見ていた。
…同時に、ジーっと自分を見下ろすルフの視線が気になる。…エサと思われてる!?
ズン! 
ルフが目の前に飛び降りてきた。
滝の様な汗が出る。

 ダイン 「う……わぁぁぁぁああああああ!!」

走り出したダイン。
その後ろを鶏の様に走って追いかけるルフ。
ズン! ズン!
案外走るのが速い。
そしてダイン目掛けて嘴が振り落とされていた。
先程からダインの後ろに穴が穿たれ続けている。
ズドン! ズドン!
つつかれれば身体に穴が空く威力だ。
嘴ではやにえ状態だ。
ダインは力いっぱい逃げていた。
だが圧倒的な大きさの違いがある。
ルフ。
クラナから見れば鳩のような大きさだがダインから見れば高さ20m以上ある鳥だ。
もともと歩幅がまるで違う。
今逃げられているのはこれまでに培われた読みの力だった。
巨大なピッケルの如く振り下ろされる嘴が落ちる場所を予想し避ける。
戦いの経験から得た力だった。だが。
 バサリ
ルフが飛んだ。
ダインの後方から暴風が襲う。
だがそれよりも早く飛翔し加速したルフの爪がダインを狙う。
逃げる。
逃げている。
最初から逃げているけど相手は鳥。交渉も遠慮も無い。狩るか狩られるか。生か死か。
悲鳴が、断末魔へと変わろうとした瞬間、

  パシ

クラナに拾われた。

 クラナ 「何を遊んでるんだお前は」

ダインを掌に乗せたクラナはきょとんとしていた。

 クラナ 「そら、お前ももう帰れ。手紙はしかと受け取った」

クラナの言葉を理解したのかルフは先程ダインに飛び掛るときに飛び上がったいきおいそのままに空へと消えていった。
それを見送ってダインは盛大に安堵の息をもらした。

 ダイン 「た、助かったー…」
 クラナ 「ふむ…」

ばさりと手に持っている手紙のたるみを直す。
ふぅ。
クラナがため息を漏らした。

 クラナ 「面倒な…」
 ダイン 「どうしたクラナ。その手紙、なんて?」
 クラナ 「魔王の一人が開くパーティの招待状だ」
 ダイン 「パーティ!?」
 クラナ 「そうだ。…やれやれ、こんなもの送ってきたところで私が参加するはずなかろうに」
 ダイン 「へー、パーティかぁ」
 クラナ 「ん?」

手紙から視線を逸らし見下ろしたダインの目はキラキラと輝いていた。

 クラナ 「興味があるのか?」
 ダイン 「ちょっとね。パーティってのは貴族しか参加出来ないものだからなぁ。王宮警護の頃にも参加した事無いよ」
 クラナ 「そうか」
 ダイン 「あ、でもクラナ行かないんだよな。残念、パーティ見られるかもって少し期待したんだけど」

照れくさそうに頭をかくダインを見たクラナは珍しいものを見たという顔をした。

 クラナ 「意外だな。お前が何かを求めるなんて」
 ダイン 「え? そうかな」
 クラナ 「そうか、行きたいか…」

ふむ、考え込むクラナ。
ダインは慌てて首を振った。

 ダイン 「でもクラナが嫌ならいいよ。俺もそこまで行きたいわけじゃ…—」
 クラナ 「いや、行こう。私も別に嫌なわけではない。ただ面倒だっただけだ。それに、お前がそうやって何かをねだる事なんて珍しいからな」
 ダイン 「…いいのか?」

首を傾げながら(クラナから見れば)上目遣い。
クラナは小動物のそれの様な愛くるしさを覚えた。

 クラナ 「ああ、世話になってる礼だと思え」
 ダイン 「やった!」

クラナの手の上で飛び跳ねるダイン。
クラナはこんなに喜ぶダインを見た事が無いかも知れない。

 クラナ 「…さて、では準備でもするかな」
 ダイン 「俺は…隠れてるだけだからいいや」

立ち上がったクラナは城の中へと入っていった。


 *
 *
 *


準備が整い、城を出発した二人。
もう少し準備に時間がかかるものと思っていたがクラナは割とあっさり出発した。
持って行くものなど何も無いとの事だ。
普段のままだった。

風を切りながら進むクラナ。
何故か胸の間に挟まれているダインは思った。
クラナはどこへ行くにも歩きだ。
不便だと感じた事はないのだろうか。

 クラナ 「くくく、仮に感じていたとしてどうする? 馬にでも乗るか? 片足乗せただけでぺしゃんこだぞ。それに歩けば良い運動になる」

笑い飛ばすクラナの顔にはアシが無い事への不満など微塵も感じられなかった。
本当に運動なるとも思っているのだろう。
それにきっとクラナは散歩するのが好きなのだ。
一陣の風が吹きぬけ、クラナの長い髪を靡かせる。
顔にかかった前髪を掻き揚げたクラナの顔は嬉しそうだった。

 クラナ 「いい風だな。心の中まで清々しい…」

クラナは太陽に向かって大きく伸びをした。
まるで温もりを与えてくれるあの太陽に少しでも近づこうとしている様だ。
そのせいで若干胸が寄せられて苦しかったのは内緒だ。どうせクラナは気付いてない。

 ダイン 「散歩好きなくせに、いつも家の中にいるよな」
 クラナ 「散歩も好きだが、昼寝はもっと好きなんだ」

クラナが笑った。


 *
 *
 *


夕日もどっぷり暮れた宵の口。
空にはやや欠けた月が輝いている。
その月光の下、クラナは歩き続けていた。

 ダイン 「大丈夫かクラナ。疲れてないか?」
 クラナ 「フフ、心配するな。なんて事ない」
 ダイン 「でももう何時間も歩きっぱなしじゃないか」
 クラナ 「大丈夫だよダイン。それにもう着く」


と、クラナが言った先にはダインが今までに聞いた事も無いような巨大な山脈が行く手を遮っていた。
高さは数万mか。

 ダイン 「すごい…」
 クラナ 「くくく、だろうな。お前達人間が影も形もない頃から存在しているのだ」

言うとクラナは山脈の麓まで歩いていった。
その先、ダインは今までに見た事のない巨大な絶壁を見た。
麓から見上げる山脈はまさに壁だった。

 ダイン 「すごい…」
 クラナ 「さぁいくぞ」
 ダイン 「いくって…まさかこれを登るのか!?」
 クラナ 「ははは、そんな面倒な事、誰がするか。前をよく見ろ」
 ダイン 「…へ?」

言われたとおりその壁のふもとを見てみると小さな亀裂が入っている。
小さいと言うのはこの絶壁全体を見て言ったもので実際はクラナが楽に通れるほどに大きかった。

 ダイン 「なんだ、ちゃんと通るところがあるのか」
 クラナ 「当然だ」

再びクラナは歩き出した。
その亀裂の中を進んでゆく。
穴の中は月明かりも届かず完全に真っ暗だ。
いくら夜目の利くクラナでも灯りに頼らざるを得ない。
指先に炎を灯した。

 ダイン 「随分と暗いな…」
 クラナ 「すぐに抜けるさ」

  ズズン ズズン

巨大な洞窟内にクラナの足音が響く。
むしろ音はそれ以外に無い。

やがてその薄暗い洞窟を抜けた。
そこには月明かりに照らされた大地が広がっていた。
自然が豊かなのだと、一目で分かる。

 ダイン 「いいところだな」
 クラナ 「あいつは土地の手入れにうるさいからな」
 ダイン 「…それが今から会いに行く魔王か?」
 クラナ 「そうだ」
 
月下に照らされた草原を行く。
気温も風も草の匂いも、みんな自分の知っているそれと同じだ。
魔王のいる土地と聞いてもっと醜悪な光景を思い浮かべていたのだが。
思い描いていたような世界でなく、ダインは安心感を得ていた。

 クラナ 「その言い方だとまるで私の城の周りがダメみたいではないか」
 ダイン 「…俺が最初に来たときは山も森もズタズタ、そこらじゅう足跡の穴だらけで大変だったんだけど」
 クラナ 「足元の事になどいちいち構っていられるか。どう歩こうと私の勝手だ」
 ダイン 「人間は自然を壊すとか言いながら、一番壊してるのはお前じゃないか…」
 クラナ 「フン。…さてと」

クラナは持ってきていたネックレスを取り出した。
先端には装飾の施された綺麗な宝石がついている。大きさはクラナの指先ほどだ。
クラナの指はその上下を摘まみクイっと捻った。すると宝石はパカリと割れた。
ダインをその割れたペンダントの乗っている掌に乗せる。

 クラナ 「さぁ入れ」
 ダイン 「…やっぱり入らなきゃダメかな…」
 クラナ 「会場にはたくさんの魔族や魔王が来る。肩や胸の間に入れといて落ちたり見つかったりしたらどうする? 魔王に踏み潰されるか、それ以外の魔族に殺されるか。たかが一匹の人間のなどあっという間だな」
 ダイン 「う…」
 クラナ 「おとなしく入っておけ。通気性も確保してあるし外から中は見えん。お前のためにつくったんだぞ」
 ダイン 「そ、それを言われると…」
 クラナ 「くく、だから言うんだ。まぁ悪い事は言わんから入れ。それが一番安全だ」

ダインは目の前の宝石と言うカプセルを見た。
これはクラナが自前の宝石を加工し作ってくれたものだ。
ありがたい。
ここはせっかくの厚意に甘えるとしよう。

 ダイン 「…わかったよ」

ダインはカプセルの中へ入った。
それを見たクラナはカプセルの上半分とダインの乗っている下半分をつなぎ合わせ首へぶら下げた。
最初は長さの調節を間違えて宝石が胸の谷間まで降りてしまったが。

 クラナ 「む、長すぎたか」

すぐに長さは調節され、ネックレスは首に余裕を残さないほどまで締められた。
ここからなら、ダインはクラナの胸に邪魔されること無く広い視界を臨む事ができる。
ちなみに最初谷間まで下ろされたとき、現在の閉塞感もあってなかなかの恐怖だった。

 クラナ 「どうだ? ちゃんと見えるか?」

ダインはクラナの顔を見上げたがそこからはクラナの顎しか見えなかった。
クラナが口を開くたびに動く。

 ダイン 「うん、大丈夫。クラナこそ首苦しくないか?」
 クラナ 「苦しかったら緩めるさ」

再びクラナは歩き出した。
歩を進めるたびに宝石が左右に揺れ更に月明かりに照らされてキラキラと光る。
ただちょっとダインは酔いそうで心配だった。


 *
 *
 *


煌びやかな装飾を施され、陳列されたいずれもこの世に二つと無いような品々を抱えた豪奢な部屋。
その部屋の一角にある高さ300mにもなる巨大な鏡のついたドレッサーの前で髪を整える少女がひとり。
それは目の前の鏡と釣り合うほどの巨体であった。

とその時、ドレッサーのテーブルに小さな影が降り立った。
影は燕尾服に身を包み、ドレッサーの前の椅子に座る少女に向かって恭しく頭を下げる。
良く出来た召使の動きだった。しかしその背中にある蝙蝠のそれに似た黒い翼が、彼が人外である事を主張していた。

 「失礼致します」
 「なんですの? 今忙しいのですけれど」

頭を下げる燕尾服を一瞥もせず巨大な少女は髪を直している。
そしてその少女の頭の周辺を飛ぶ幾つかの小さな影。
彼女等は皆燕尾服と同じ様に背中の翼で空を飛び、少女の手伝いをしている。
自身の身体の大きさと比べても長すぎる髪の束を数人掛りで抱え上げ櫛を入れる。
燕尾服は巨大な少女の態度を気にもせず話を続けた。

 「ベリアル様がお目見えになりました」
 「え! クラナが!?」

少女の目が見開かれ、初めて燕尾服を捉える。
燕尾服は上げた頭をもう一度下げた。

 「はい、現在は正門前にいらっしゃいます」

聞いた少女の顔は見る間ににんまりとしていった。

 「こうしてはいられませんわ!」

少女は髪を整えていた召使達をさがらせ立ち上がると早足で部屋を出て行った。


 *
 *
 *


城の入口の前で立ち尽くすクラナ。
正確には立ち尽くすほど呆然としているのはダインなのだが。

 ダイン 「…」

ダインは開いた口が塞がらなかった。
目の前の城の大きさに、心底度肝を抜かれたからである。
城。頂点は低めの雲よりも高い。
横。城の端を目視出来ない。
クラナの城でさえ山の様に大きかった。
しかしこの城はクラナの城より一回りも二回りも大きい。
クラナの城が数個は中に入ってしまいそうだ。

 ダイン 「…」
 クラナ 「阿呆みたいな顔をしてるぞ」
 ダイン 「…は、はぁ…」

今クラナは城の扉の前に立っている。
そこにはクラナと見比べても大きな扉。クラナの三倍近い大きさがある。
そしてその両脇。
巨大すぎる扉の左右には、比べても小さすぎる扉がある。
魔王以外の魔族用の扉だ。
小さな扉には魔族が長蛇の列を作っている。
いずれも、それなりの位に着いている者なのだろう。
纏う衣服や仕草に気品の様なものが感じられた。
列を成す者ばかりではなく、翼を持つ者が周囲を飛んでいたりする。
その数は数千に上る。
この無数の魔族の中に、人間はダインひとり。
完全なアウェーだった。

 クラナ 「やれやれ、パーティに来たいと言ったのはお前だろう。気後れしてどうする」

クラナは城に向かって歩き始めた。
ここは魔王専用の道で、迷い出てくる魔族はいない。
空を飛ぶ魔族もそうそう入ってこない。
万が一潰されようと叩き落とされようと文句は言えないからだ。
その王の道を歩くクラナは威風堂々という感じで周囲の魔族も一歩退いてその姿を見つめている。
宝石の中のダインからもそれは分かった。
ある者は尊敬。ある者は畏怖。
様々な感情の篭った視線が向けられる。
ざわついているのが分かる。
先程までのパーティ会場へとなだれ込む騒がしさではなく、驚愕に震える騒がしさ。

 「まさかベリアル様がいらっしゃるとは…」
 「人間界に行かれて久しいと言うが…」

  ザワザワ

この距離ではその内容までは聞き取れないが皆がクラナに敬意を示しているのがわかる。

 ダイン 「やっぱすごいんだなぁ…」

普段城で見る悪戯心満載のクラナを思うと想像もつかない。
ここにいる魔族のすべてが魔王の持つ絶対的な力に服従しているのだ。

  ガコン

何かが外れるような音。
その後、あの目の前の超巨大な扉が開き始めた。

 ダイン 「あ…」
 クラナ 「出迎えの様だな」

扉が開いた後、そこにはクラナと同じ様に巨大な女性が立っていた。
つまりは、魔王。
しかし身に纏う衣服は豪奢に飾られたドレス。それも貴族華族王族の着る本物のそれの様だ。
まさに魔族の王が着るに相応しい。
その魔王がこちらに歩いてきた。

 魔王 「ようこそ、私(わたくし)の城へ」

一歩一歩ごとにヒールの音が辺りに響く。
同時にその長い金髪が風に揺れ、月明かりに照らされて光る。
フン。クラナは挑発的な笑みを浮かべて魔王の到着を待った。
クラナの目の前まで来た金髪の魔王が口を開く。

 魔王 「まさか貴女が来て下さるとは思いませんでしたわ」
 クラナ 「来ると思わないなら手紙なんかよこすな。いちいち読むのが面倒だ」
 魔王 「あら、数百年ぶりに会うと言うのに。無礼は変わりませんのね」
 クラナ 「フン、お前こそその言葉遣いはどうにかならんのか? 相変わらず変な趣味をしている」
 魔王 「そ、そんな事私の勝手ですわ! まったく久しぶりに会ったというのに…」

金髪の魔王はブツブツと呟きながらクラナを睨み、クラナはそれを平然と受け流した。
いがみ合うようにも見えるが、そのやり取りの端にも楽しさが垣間見える。
結局二人とも、久しぶりに友人と会えて嬉しいのだろう。
二人の会話をクラナの胸元で聞いていたダインはそう思った。
そして間近から見上げるこの金髪の魔王もクラナに負けないくらい綺麗だと思う。
軽い仕草のたびに揺ら揺らと揺れる金髪の縦ロールはまるで金色の竜巻にも見えた。
クラナやこの金髪の魔王、エリーゼもそうだけど、魔王はみな器量が良いのだろうか。

金髪の魔王はコホンと咳払いするとスカートの端を摘まんで頭を下げた。

 魔王 「今宵は存分にお楽しみ下さいませ」
 クラナ 「くくく、ああそうさせてもらおう」
 魔王 「ふふ、それにしても良い日にいらっしゃいましたわね。今日は私の新しいペットを披露しようと思っていたのですわ」
 クラナ 「やれやれ、多趣味な奴だ。服作りや人間の真似事以外に、動物まで飼い始めたのか」
 魔王 「ただの動物ではありません事よ。改良に改良を重ねて強く美しく育てましたの。是非見て行って下さいな」
 クラナ 「気が向いたらな」
 魔王 「では、私はこれで。またのちほど」

言うと金髪の魔王はくるりと踵を返し城に向かって歩き始めた。
黄金の髪がばさりと翻り月光を返す鏡の様だ。
残されたクラナはため息をついた。

 クラナ 「まったくあいつは。会うたびに趣味が増えてるな」
 ダイン 「クラナ、今のが…」
 クラナ 「手紙をよこした奴だ。名はシャル。ミリシャリオット・スカルミリオーネという。人間の貴族かぶれの変な魔王さ」
 ダイン 「貴族かぶれ?」
 クラナ 「貴族の娘を真似するのが趣味なのだ。ところどころ違和感があるがな」
 ダイン 「へ、へぇ、そんな魔王もいるのか」
 クラナ 「そんなのあいつ一人さ。昔見た貴族の娘に感動したんだとかなんとか。ただの物好きだ」
 ダイン 「ふーん」
 クラナ 「くく、まあ人間をそばに置く私も十分物好きだがな。では行くか」


歩を進めるクラナ。
二人はついに超巨大な城へと足を踏み入れた。


 *
 *
 *


巨大な扉を潜り抜けた先にはまさに超広大なホールがあった。
四方何千mあるというのか。
部屋の隅がかすんで見える。
それがダインの抱いた感想だった。声も出ない。
ただ今まで見てきた部屋という常識が覆される広さだった。
部屋の中央付近にはいくつかのテーブルが並びその上には無数の魔族と食器が並んでおり、そのテーブルの周辺には十数の魔王が立っていた。
ある程度場所は区切られているようだ。
一つのテーブルの前で椅子に座りに魔族たちと談笑している魔王も居れば、それとは別、魔王サイズの大きさの食器の並べられた魔王専用のテーブル付近で他の魔王とおしゃべりをしている魔王も居る。

 クラナ 「なかなかの盛況具合だな」
 ダイン 「す、すごい…。……なぁ、あの大きいのって魔王だよな?」
 クラナ 「ああ、シャルに呼び出された暇な連中だ」
 ダイン 「魔王がたくさん……。でも十数人か。他の魔王はパーティには参加しないのか」
 クラナ 「いや、ほとんどここに来てるぞ」
 ダイン 「え? 十数人しかいないけど?」
 クラナ 「それがすべてだという事だ。私の覚えてる限り今残ってる魔王は20人くらいのはずだ」
 ダイン 「に、20人!? そんなに少ないのか!?」
 クラナ 「仮にごまんといたらお前達人間などこの世にいられんだろう」
 ダイン 「そ、そんなに少なかったのか……」
 クラナ 「くくく、お陰で顔を見ればすぐに誰かわかるというものだ。さて、とりあえず何か食おうか」

テーブルへと近づいてゆくクラナ。
その胸元でダインは魔王という存在について思う。

魔王はたった20人しかいない。
ダインの知る限り、最強の生物は魔王だ。
食物連鎖。
生物として強く永く繁栄するためにはそれらの頂点に位置する必要がある。
しかしその強さゆえに種の存続が困難になっているとはなんという皮肉だろうか。
いくら魔王の寿命が長いと言っても、それではやがて絶滅してしまうではないか。
魔王に捕食される立場の人間であるダインだが、自分の知る種族が絶滅の危機に瀕していると思うと悲しくなった。
当のクラナはお構い無しのようだが。

スタスタとディナーの並べられたテーブルの一つに歩いてゆく。
テーブルに近寄るとそのテーブルの上で小さなテーブルを囲んでいた魔族たちがクラナに話しかけてきた。

 魔族A 「おおベリアル様、お久しゅうございます」
 クラナ 「ああ、そっちも変わり無さそうでなによりだ」
 魔族B 「私の牧場がヘルハウンドに襲われまして…」
 クラナ 「それは災難だな。奴等は水を嫌うと言うから今後は牧場の周りを堀で囲んでみてはどうだ」

尽きぬ話題にクラナは丁寧に答えている。
なんとなく楽しそうだ。
やはり同族だからだろう。
クラナが楽しいとこっちも楽しくなってくる。
一通り話し終えたあとクラナはその場を離れトレイを手にしてディナーを物色し始めた。
ダインの眼下に広がるのはまさに最高級の料理の数々。
警護の際に見た事がある王族の料理のようだ。
そして桁違いの大きさであるその料理が広大なテーブルに無数に並べられまるで食べ物の迷宮だった。
そこに降ろされればきっと迷ってしまうだろう。
それほどな広さだった。

 クラナ 「これくらいでいいだろう」

トレイの上に幾つもの料理が取られている。
クラナはその広大なテーブルから少し離れたところにある小さめの丸テーブルに寄った。
そしてネックレスをはずすと円卓の上で開ける。

 クラナ 「そら、お前も食え」
 ダイン 「やった! もうはらぺこだったよ」
 クラナ 「ナイフもフォークも無いが、そこは自分でなんとかしろよ」
 ダイン 「ああ、分かってる」

言うとダインは料理のひとかけらを手に取り口に運んだ。
それを見届けたクラナも別の料理にフォークを刺した。

 ダイン 「もぐもぐ…。しかし、イメージしてたのとは違うな…」
 クラナ 「思っていたよりも楽しくないか?」
 ダイン 「いやいやそうじゃなくて…。…ここにいる魔族は俺が今まで見てきた魔族とは大分違うなと思ってさ」
 クラナ 「ああ、ここにいる連中は上級魔族だからな。人間を陥れる事に愉悦を感じる一部の下級魔族とは違うさ。何も魔族全てが人間を堕とそうとしているわけではなく、むしろ争いを嫌い平穏を好む者の方が多いのだ」
 ダイン 「そ、そうだったのか…。俺は誤解してたんだな」
 クラナ 「…まぁお前は自分の国を滅ぼされたり村が滅ぼされる様を見ているからな。そういう印象を抱くのも無理はない。…もっとも、平穏を好むといっても人間に友好的なわけではないから見つかれば殺されるのは変わらないがな」
 ダイン 「ハ、ハハ…そっか…」

苦笑いしながら手に持っていた料理にかじりつくダイン。
どうやら料理はダインサイズの食材を使っているらしい。
先程から見た事のある形の食材が目に入る。
まぁ上級魔族たちの大きさも人間のダインと同じだから必然的にそうなるのだろうか。

 ダイン 「そういえばクラナは他の魔王と話したりしないのか?」
 クラナ 「別に話す事などない」
 ダイン 「でもさっきからこっちをちらちら見てる魔王たちがいるぞ」
 クラナ 「くくく、もともと顔を出す事が稀だからな。それに人間界に来る前もそう交流が深かったわけではない」
 ダイン 「…友達少ないの?」
 クラナ 「泣かすぞ」

ムッとしたクラナはダインの近くにあった豚の丸焼きらしきものにフォークを刺すとそれを一口で頬張った。
ダインも別の料理を手に取り口に持っていった。
そして、ふと、見知ったいつもの顔がどこにも見当たらない事に気付く。

 ダイン 「あれ? エリーゼは?」
 クラナ 「あいつが招待されるはずなかろう」
 ダイン 「え、なんで?」
 クラナ 「ふむ……。…嫌われ者だからな」
 ダイン 「え!?」

思いがけない返答に口の中のものを飛ばしてしまいながら振り返るダイン。

 ダイン 「き、嫌われ者って!?」
 クラナ 「あいつは他の魔王や魔族から憎まれているのだ。こんなところへ呼ばれるわけがない」
 ダイン 「そんな、どうして…」
 クラナ 「お前達人間が生まれる前の話だ。知ったところでどうする事もできん」

そういうクラナの口ぶりには特別な感情は感じられなかった。
ただ事実を話しているだけ。
エリーゼの事を想うような口調ではなく、だが逆に憎しみを募らせるようなものでもない。
ダインの知るエリーゼは子どもっぽくて落ち着きが無く何かをやらかす事が多いが、決して憎まれるような存在ではなかった。
かつて、いったい何があったのだろう。
いつの間にかダインは食事の手も止めて考え込んでいた。
そんなときである。

  パンパン

手を叩く音。
見ればそこにはさっき見た金髪の魔王・シャルが立っていた。

 シャル 「皆様楽しんでいただけていますか? これより私のペットを披露したいと思うのですがご覧になりたい方は是非こちらのテーブルへ」

数人の魔王と無数の魔族がぞろぞろとそのテーブルに集まってゆく。
テーブルの上には何か大きなものが置かれているがここからでは良く見えない。

 ダイン 「なんだ? 何が始まるんだ?」
 クラナ 「あいつのペット自慢さ。魔界は娯楽が少ないからな、みな集まってゆく。お前も見ていくか?」
 ダイン 「…そうだな、折角だし」

ダインをペンダントにしまったクラナもその円卓に近寄っていく。
円卓の近くまで来て、ダインにもやっと円卓に乗っていたものがなんであるか分かった。
擂鉢状の物体。
その中央の空間。
周囲の擂鉢には無数の魔族が座っている。
ダインも見た事がある。
これはコロシアムだ。

 ダイン 「こ、コロシアムがこんなテーブルの上に…」
 クラナ 「大方人間界のどこかから拾ってきたのだろう。超満員だな、この暇人どもめ」

円卓のクラナの対面でシャルが言う。

 シャル 「では皆様、私のペットをご覧下さい」

  ギイィ…

コロシアムの中にある門が開かれる。
するとそこから大型の虎ほどの大きさの動物が現れた。
しかし狼の様にしなやかな肉体。
真っ黒な体毛。
眉間と鼻先から伸びる鋭い角。
更には身体の回りを黒い電光が爆ぜている。
一目見てそれが通常の動物では無い事が理解できる。

ペンダントの中でダインは驚愕していた。

 ダイン 「な、なんだあれは!」
 クラナ 「ほう…ブラックドッグの亜種か」
 ダイン 「あれも…魔物なのか?」
 クラナ 「違う、あれは魔獣だ。動物が魔力に呑み込まれて生まれる魔物と違い、最初から魔力を取り込んでいる。ただの魔物など比べ物にならない強さを持っているぞ」
 ダイン 「ま、魔獣…!?」

と、ダインが再びそれを見下ろしたときだった。
その魔獣がまるで狼のそれの様に力強く吼えたのだ。
瞬間、身体を覆っていた黒い電光が周囲へと拡散する。
同時に、開けられた門の中から更に2体の魔獣が現れる。

3体の黒い魔獣が闘技場に解き放たれた。

 「ワアァァアアアアアアア!!」

大歓声である。
黒く異質な魔獣の登場に会場の魔族たちのテンションも上がる。
クラナが感心した風に肯いているのを見たシャルはフフンと鼻を鳴らした。

 シャル 「この子たちは普通のブラックドッグよりも大きく逞しいですわ。群れになれば、恐らくはドラゴンであっても仕留める事が出来るでしょう」

感嘆と動揺。
その強さに会場がざわつく。

 クラナ 「やれやれ、調子に乗りおって。いくら強いからと言ってドラゴンに勝てるはずがなかろうに」
 ダイン 「あいつ等はそんなに強いのか…?」
 クラナ 「さぁな。恐らくこれから、その強さとやらを披露してくれるはずだが…」

チラリと覗き見たシャルの顔はキラキラと輝いていた。
珍しいペットを自慢できる喜びで、クラナの視線になど気付いた様子はまるで無い。
と、そのシャルが闘技場の魔族たちと周囲の魔王たちを見渡して言った。

 シャル 「…さて皆さん、最近血をご覧になりましたか? ドラゴンには物足りませんが、先日偶然捕まえたこれで、その血の乾きを潤してくださいませ」

 カシャン!

闘技場の別の格子が開けられそこから数人の魔族が何かを抱えて出てきた。
なんだ?
遠目のダインからでは良く見えないそれは鉄製の檻の様にも見えた。
魔族たちはそれを闘技場内に置いてその扉を開け中のものを放り出すと一目散に闘技場から出て行った。
放り出されたものはパタリと地面に倒れる。

 ダイン 「なんだあれ?」
 クラナ 「…人間の、女だな」
 ダイン 「なんだと!?」

闘技場で地に伏せるのは人間の娘だった。
薄い布を纏うだけの着衣。
足に残る枷の跡は、元奴隷であった事を示している。
娘は顔を上げ、自分の目の前にいる怪物を認めると震えながら後ずさった。
同時に怪物たちは自分達の前の放り出されたものを認めて喉を鳴らした。

 ダイン 「お、おい…まさか…」
 クラナ 「腹を空かした獣の前に放り出されるものが何かなど決まってる」

フン。
鼻をならしたクラナが見たシャルは手を広げ言った。

 シャル 「ではこれよりこの闘技場に血の華を咲かせましょう。一瞬ですわ、見逃さないで下さいまし」

  グルルル…

3体の化け物が娘にゆっくりと歩み寄る。
娘はもう恐怖で身動きも取れず、出来るのはただただ震える事のみ。

  ドン!

その光景を見ていたダインはペンダントの壁を叩いた。

 ダイン 「くそ! どうしたら…!」
 クラナ 「止める者などいないぞ。魔族にとって人間の一匹など虫に劣る」
 ダイン 「ぐぅ……!」

ダインは理性が飛びそうだった。
目の前で人間が化け物に殺されそうになっているのに、ただ見ている事しか出来ない事に。
見殺ししか出来ない事に。

そんなダインをよそに、シャルは命を下す。

 シャル 「さぁ、フォブ! レイ! カーラ! やってしまいなさい!」

瞬間、黒い獣達は走り出した。



  バキィン!


突如ペンダントが砕ける。

 クラナ 「!?」

そこから剣を抜き放ったダインが飛び出した。
下は魔族満員のコロシアム。
人間のいる世界ではない。
考えてなどいなかった。ただ助けるためだけに飛び出したのだ。

 クラナ 「やれやれまったく、お前と言う男は…」

笑いながらクラナは片手でダインを受け止めた。
クラナの手を足場として更に前へと飛ぶダイン。

  スタン

 魔族 「ぶっ」

観客席の魔族の頭の上に着地したダインは無数の魔族の頭を足場にして闘技場へと突き進む。
突然の侵入者に魔族や魔王たちが気付き声を発する前に、ダインは闘技場へと飛び込んでいた。

黒い獣の1匹が娘に飛び掛る。
全身黒い毛の獣の中で唯一白い牙がギラリと剥かれる。
娘は顔を背けた。

牙がその柔らかい肉体に届こうかと言うときだった。


  ドゴォッ!


その横っ面にダインの飛び蹴りが炸裂する。

 シャル 「な…っ!?」

吹っ飛ばされ闘技場の地面を転がる黒い獣。
この瞬間、すべての魔族たちが侵入者の存在を確認した。

 魔族 「な、なんだあれは…」
 魔族 「…人間だ、人間が現れたぞ!」
 魔王 「いったいどこから…」

  ザワザワ

会場全体がざわつく。
獣達も突然攻撃を受けた事で警戒し距離をとった。

いつまでもあの牙が届かない事をおかしく思った娘が恐る恐る顔を上げてみるとそこには自分を背に立つ一人の男の姿。

 娘 「あ…」
 ダイン 「もう大丈夫だ。少し下がってて」

再び剣を構えなおすダイン。
娘の視線はその背中に釘付けになっていた。

突然の侵入者に自分のショーを邪魔されたシャルは憤慨した。

 シャル 「なんですのこの人間は!? よくも私の自慢のペットを…」
 クラナ 「まぁそう怒るな」
 シャル 「!?」

シャルが見た先ではクラナがにやにや笑っていた。

 シャル 「…ッ! まさか、この人間は…」
 クラナ 「くく…そう、私の連れだ」

シャルの目が驚愕に見開かれる。
魔王が人間を? いや、クラナが人間を!?
クラナはやはりにやにや笑いながら言う。

 クラナ 「なぁシャル、ひとつ賭けをしないか?」
 シャル 「賭けですって?」
 クラナ 「ああ、私の人間とお前のペットを戦わせ、私の人間が勝ったら今お前が餌にしようとしていた人間は私がもらう。お前のペットが勝ったらお前の言う事を何でも聞いてやる。どうだ?」

突然の事に動揺していたシャルだが、バサリと前髪を掻き上げて挑戦的な目を向ける。

 シャル 「あらよろしくて? 人間如きが私のペットに勝てると思いますの?」
 クラナ 「やってみるまではわからん」
 シャル 「フフフ、大した自信がありますのね」
 クラナ 「フン。……というわけだ、いいなダイン」
 ダイン 「ああ…、望むところだ」

答えたダインの身体に闘気が満ちる。
内に眠る魔力がダインの意志に呼応して高まっているのだ。
騎士たるダインの本領は護る時にこそ発揮される。

人間の侵入という予想だにしなかった事態にざわついていた魔族たちだが、それが二人の魔王の勝負へと変わりテンションは急激に上がった。
観客が観衆へと、スリルを楽しむ飽食者へと変わった。



ダインは娘との距離を保つため数歩前へと進み出た。
同時に警戒していた獣達も臨戦態勢に入る。

 シャル 「さぁ行きなさい!」

発せられた号令が闘技場内に響き渡る。
瞬間駆け出した3匹。
ダインもその内の1匹に向かって走りだす。
反応したその魔獣は鋭い爪のついた前足を振り下ろし、目の前の標的を引き裂こうとした。

  ビュン!

風を切る音が聞こえそうなほどに鋭い一撃を、ダインは身を捻ってかわし勢いのままにその獣の胴体を斬りつけた。
瞬間、

  バチィィン!

ダインの身体を電撃が貫いた。
ブラックドッグは電光を纏う魔獣。
それを剣で斬り付ければどうなるかは明白。だがこの亜種は体毛も電光も黒色で、ダインは反撃の刹那その事実を失念していたのだ。迂闊。

見ていたシャルは高らかに笑う。

 シャル 「ホホホ、ブラックドッグの纏う電光は強力ですわ。たかが人間なんて触れたら即感電死してしまいますわよ」

だがシャルの予想に反して、電撃を受けたはずのダインはすぐに体勢を立て直し剣を構えた。

 シャル 「えっ!?」
 クラナ 「くくく…」

再び目を見開いたシャルに対しクラナが笑う。

 クラナ 「あいつは魔力を取り込んでいるからな。魔素が元の電光も威力は落ちる」
 シャル 「人間が魔力を!?」
 クラナ 「ほんの少しだがな。それに今のあいつには負けられない理由もある」

手を振って痺れを払い再び走り出すダイン。
魔獣も電光で防ぎはしたものの剣のダメージはあったらしく距離を取っていた。

 ダイン 「くぅ、電撃の事忘れてた…。あれを避けながら攻撃する方法を考えないと…」

飛び掛ってくる牙をかわし地面に転がる。
そこに振り下ろされる爪を身を跳ね起こして避ける。
四八方から襲い来る獣の武器だがダインはそれをすべてかわし続けた。
それぞれが当たれば致命傷の威力だが、魔獣とは言え獣の攻撃は単調で動きを読んでかわすの難しい事ではなかった。
そうこうしながら有効打の方法を考えていたダインは思い出す。

 ダイン 「そういえば最初の一撃は…」

最初。
娘に飛び掛る魔獣に飛び蹴りを入れたときだ。
あの時は電撃を食らわなかった。
何故?
攻撃を避けながら周囲の魔獣を観察する。
すると顔面周辺はあの電撃を纏っていない事が分かった。

 ダイン 「……よし!」

次の爪の一撃を避けたときだ。
ダインは避けた先の地面を思い切り踏み切って飛び上がり、魔獣の横っ面に剣を突き立てた。
ドシュ! 剣は深々と突き刺さる。
魔獣は断末魔の悲鳴を上げながらその場に倒れた。

 シャル 「まさか! 人間が魔獣を…ッ!?」
 クラナ 「フフ…」

無数の魔族の視線が集まる中、奮闘を続けるダイン。
1体は沈めたが、それでおとなしくなるような魔獣共ではない。
次々と爪と牙と角でダインの命を狙う。
それをダインはかわし、よけて、時に剣で弾きながら反撃を狙う。
お互いが相手の命に狙いを付けている。
正真正銘の命のやり取りだった。

それをもっとも身近で見ている娘は、自分のために戦ってくれている男を見つめ、知らぬうちに頬を染めていた。


  バキィン!

1体の魔獣の角が、ダインの一撃を食らって折れた。
その頭を蹴って距離を取りダインは地面へと着地する。
しかしその背後には鋭い角を突き出した魔獣が走ってきていた。
貫かれれば一瞬でハヤニエに変えられるだろう必殺の角。
だがダインはニヤリと笑った。
そして角が刺さる瞬間、後方へ跳び上がった。
命中する寸前で目標を見失った角は勢いを殺す事が出来ず、目の前にいたもう1体の魔獣に突き刺さった。
その長い角は急所を貫いたのだろう。
突き飛ばされた魔獣は起き上がってこなかった。

 ダイン 「…あと1匹!!」

タン! 地面に降り立ったダインは魔獣に向かって走り出す。
だが魔獣もすでにダインに向かって走り出していた。
その目は怒りに染まっており、それを表すかの様に身に纏う電光の威力を増す。
バチバチと音が鳴り、黒い雷が地面に触れるとそれを抉る。
纏う電光が強く光ると同時に放たれる殺気もおぞましく鋭くなる。
その殺気にあてられて一瞬身体が震え背筋が寒くなった。
死への恐怖だ。
眼前の敵の放つ死のビジョンが身体を突き抜けたのだ。
圧倒的な敵を前にした時に感じる感覚。
それはかつてアークシードで黒鎧の親衛隊、黒曜から感じた様に…。
今は横にリックスは居ない。
戦うのは一人だ。
でも、自分の後ろには護らなければならないものがある。
負けるわけにはいかない。
恐怖を振り払い力強く前へと飛び込む。
黒い魔獣も牙を剥きダインへと飛び掛る。
交錯する剣と牙。
飛び込むのが一瞬早かったダインが初速で押した。
魔獣の速度が乗る前にダインの剣は角を砕きその眉間に突き刺さった。
だが体格は魔獣が上。
衝突した時の反動はダインを大きく突き飛ばした。
宙を舞うダインの身体。数回転した後地面に叩きつけられる。
魔獣の身体も地面を転がったあとそのまま動かなかった。

だがそれでも、人間と魔獣の勝敗は決した。

  ワァァァッァァアアアアアアアアアアアアッ!!!

コロシアムを埋め尽くす魔族たちが大歓声を上げる。
そこには人間が勝ったからどうだ、などという感情は無く、ただ手に汗握る壮大な決闘を見る事が出来た事への喝采だった。
魔王たちも驚き拍手している。
そんな中で一人、信じられないといった顔で立ち尽くす魔王が一人。

 シャル 「ま、ま、まさか…私のペット達が…」
 クラナ 「悪いなシャル、勝負は私の勝ちだ」
 シャル 「……そうですわね。勝負は勝負、二言はありませんことよ。でも次に勝負するときには絶対負けませんわ!」

キーッと悔しそうに唇を噛むシャルにクラナは鼻で笑って見せた。
そんな魔王魔族をよそに一人倒れたダインに駆け寄る娘。

 娘 「だ、大丈夫ですか!?」
 ダイン 「つつ…ああ、大丈夫だ。こんなの、普段クラナたちにされてる事に比べればなんて事ない」
 娘 「よかった…」

ほぅっと息を漏らす娘。
その目には安堵からか涙が溜まっている。
それを見たダインは慌てた。

 ダイン 「ど、どうした!? どこか痛むのか!?」
 娘 「ぐす…違うんです、あなたが無事で良かったと思ったら自然に…」
 クラナ 「くくく、なんだダイン、初対面の女をもう泣かしているのか?」
 ダイン 「ば、バカ野郎! そんなんじゃない!!」
 娘 「あ、あの…」
 ダイン 「え…?」
 娘 「…ありがとうございました……」

娘は笑顔で礼を言った。
ダインは、照れくさそうに笑うだけだった。
護る事が出来た。やっと。
あの時。そう、王国の間違いを正し国民と国の行く末を守る事が出来なかったあの時からダインの胸にあった後悔の念。
心のわだかまりがゆっくりと溶けてゆく。
自分の剣で、やっと誰かを守る事が出来た。
騎士たる本懐を遂げる事が出来たのだ。
ダインの心に光が満ちる。


そんなダインは気付けなかった。
闘気を消してしまったから。緊張を解いてしまったから。
それはクラナもシャルも、周囲の魔王も魔族たちもみな同じだった。
だから倒したはずの魔獣が起き上がり、猛スピードでダインの背後から飛び掛ってくるのに気付けたのは、ダインの正面からその光景を見ていた娘だけだったのだ。

ダインに漆黒の角が迫る。

 クラナ 「む!」
 シャル 「な…!」
 ダイン 「…ッ!?」

3人が気付いたときにはその鋭い角はダインの背中に突き立てられる寸前だった。

  ドン

瞬間、ダインは突き飛ばされた。娘に。
突き飛ばされた一瞬、ダインは娘の顔を見た。
娘は、笑顔だった。

  ドスゥッ!!

角が娘の胸を貫く。
真っ赤に染まった角が娘の背中から飛び出した。
だがすぐにその勢いで娘の身体は角から抜け放たれ地面をごろごろと転がった。

 ダイン 「あ…、あぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」

全てから一瞬遅れて立ち上がったダインは血の海に沈む娘に駆け寄った。
そんなダインに再び魔獣が飛び掛る。が。

  ドスウウウウウウウウウウウウウウン!!  ブチャッ!

振り下ろされた魔王の拳によって叩き潰された。
魔獣を叩き潰した魔王、シャルの顔は怒りに染まっていた。

娘の身体を起こすダイン。

 ダイン 「おい! しっかり!」

ゴフッ! 大量の血を吐き出す娘。
当然。胸に穴が開いているのだから。
抱きかかえているダインの腕もすぐに真っ赤になる。
口と傷口から血を流しながらも娘は笑顔だった。

 娘 「よ、よかった……無事だった…ん…ですね…」
 ダイン 「なんでこんな事…」
 娘 「……私…、小さな頃…に…奴隷商に売ら…れて……それから…なんども…違う人に…売られて……」
 ダイン 「…ッ!」
 クラナ 「…」
 娘 「今まで会った誰もが…私を…道具としてしか…見てくれ……なくて…………ゴフッ!」
 ダイン 「喋るな! もう喋らないでくれ…」

それはダインの悲鳴だった。
それでも娘は喋る事をやめない。笑顔のままだ。

 娘 「だから……こんな…風に…誰かに…何かをして…もらったのは…初めてだったんです………うれしかった…」
 ダイン 「…」
 娘 「せっかく…護ってもらった命…ですけど……あなたのために…使いたかったから……」
 ダイン 「…俺は、…俺はこんな事をさせるためにあんたを護ったんじゃない!」

目を背けるダイン。
そのダインの頬に娘の血まみれの手が触れた。
赤い血のスジが頬に残る。

 ダイン 「ぅ…」
 娘 「…ありがとう……」

そしてパタリ。娘の手は地に落ちた。

 ダイン 「…」

暫し、その亡骸を抱いて呆然のしていたダイン目から涙が流れ、その血に染まった頬を洗い流した。

 ダイン 「…くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

コロシアムに響くダインの絶叫。
大粒の涙は動かなくなった娘の頬に落ちた。
観衆達も、それを見守っていた。
野次を飛ばすものなど誰もいない。
それは、同胞のために魔獣の中に飛び降りたひとりの人間への敬意であった。 

見下ろすクラナの顔にも、暗い影が落ちていた。

 シャル 「クラナ…」
 クラナ 「…」
 シャル 「ごめん…。賭けはあなたの勝ちだった…。だからあの人間はあなたのものだったはずなのに…」
 クラナ 「…お前のせいじゃない…」
 シャル 「でも…」
 クラナ 「…ふふふ、口調が地に戻ってるぞ。それよりも、部屋をひとつ貸してくれないか」

シャルに言ったクラナはダインへと声をかける。

 クラナ 「ダイン…」
 ダイン 「…護れなかった……。結局俺はたった一人護れなかった!!」

ダインの拳がきつく握られている。
手から血が滴っているのが、拳に込められたダインの無情を語っていた。
クラナにはダインの気持ちが理解できた。
想像を絶する絶望が押し寄せている事だろう。
そのダインの気持ちを思うだけで、クラナは自分の胸も締め付けられるような感覚を覚えていた。
ふぅ…。息を吐き、少し心を落ち着かせてから、クラナは手を差し伸べた。

 クラナ 「乗れ、ダイン。…その娘も一緒にだ」
 ダイン 「え…」

ダインはクラナの顔を見上げた。
クラナは無言で自分が乗るのを待っている。

 ダイン 「…」

ダインは娘の亡骸をそっと抱えあげ、クラナの掌に上った。
それを確認したクラナはゆっくりと手を持ち上げ、そしてこのホールから出て行った。

残された魔族魔王たちは、ただ呆然とその様を見守っていた。


 *
 *
 *


やがてクラナとダインはあてがわれた個室へと来ていた。
個室と言っても様々な家具が完備されており、クラナの城の寝室くらいの広さがある。
クラナは椅子に座り、ダインはその前のテーブルの上で横たわる娘の亡骸を見下ろしていた。
シャルは他の客の相手へと戻っていった。というより、クラナが追い出したようなものだ。

 ダイン 「…」

すでにダインは消沈してしまっていた。
助けにきたはずの娘に命を救われ、そのせいで娘は命を落とした。
俺は…いったい何をやっているんだ。
いったいなんのための修行だったのか。
後悔ばかりが湧き上がる。

そのダインを見つめるクラナも気持ちは同じだった。
普段から血の滲むような修行をしているダインを知っているのだ。

 クラナ 「ダイン…」
 ダイン 「…」

ダインの身体に生気が感じられない。
完全に覇気を失ってしまっていた。

 ダイン 「俺…強くなんかなってなかったんだな…」
 クラナ 「…」
 ダイン 「修行して…魔力も扱えるようになって、これでもう誰でも護れるって自惚れてたんだ…。だから止めも刺さないうちに油断して……。そのせいでこの娘が死んだ。俺が殺したんだ…」
 クラナ 「…下級魔族が人間を攫い上級魔族に売るという事はままある事だ。恐らく、その娘は奴隷商人に連れられていたところを攫われたのだろう…」
 ダイン 「なんで…なんでだ! なんでこんな若い娘がそんな辛い人生を歩まなきゃいけないんだ!」
 クラナ 「誰にでも背負う運命というものがある…」
 ダイン 「でも! …俺なら救えたかもしれないのに…。俺があのとき、気さえ抜かなければ…辛い人生から解放して上げられたかもしれないのに…」
 クラナ 「そういう人生だったからこそ、お前を助けられたのかも知れないな。自分のすべてをなげうってでも助けたいという思いが、あの刹那、お前の盾とさせたのだ」
 ダイン 「俺があのとき…油断さえしなければ……!!」
 クラナ 「あまり自分を責めるな。その娘も、お前を苦しめたくて命を落としたのでは無いぞ」
 ダイン 「………俺に、守る価値なんかなかった…」
 クラナ 「…」

そしてまたダインは口を閉じてしまった。
抱いてしまった絶望が受け止めきれないのだ。
これまでの努力はすべて無駄だった。
助けるはずだった娘を、結局死なせてしまった。
それはダインの、騎士としての人生を挫くのに十分な衝撃だった。
何故、見ず知らずの人間が死んで、そんなにも落胆するのか。
それをわざわざ問いただすほど、クラナも愚かではない。理解もしているつもりだった。
ダインは、他人だからと切り捨てない。誰にでも手を差し伸べる。
笑うときは一緒に笑い、泣くときは一緒に泣ける男だった。
そんなダインだから、クラナもそばにいるのだ。
そのダインが、絶望に打ちひしがれるのは見たくない。
ふぅ…。
ひとつ、息を吐いたクラナの瞳には意志が宿っていた。

クラナはダインの前に手を差し出した。

 クラナ 「その娘を乗せろ」
 ダイン 「…?」

クラナの言葉にその意味を問いたかったが今はそんな気力もなかった。
ダインは言われるままにクラナの手の上に娘の遺体を乗せた。

 クラナ 「お前は降りろ」
 ダイン 「何を…」
 クラナ 「時間が無い」

半ば振り落とす形でダインをテーブルに降ろしたクラナは椅子から立ち上がりベッドの上に娘の遺体を寝かせた。
しばしその身体を見つめたあと、娘の身体の上に手をかざした。
ダインは、かざされた手が淡く光るのを感じていた。

 ダイン 「クラナ…?」
 クラナ 「話し掛けるな。…集中させろ。万が一という事もあるんだ」
 ダイン 「…」

普段、物事に集中するという様を見せないクラナが視線も向けずに言い放った言葉に、ダインは問いの言葉を飲み込まされた。
テーブルの上のダインからはそのベッドの全景を見る事ができる。
広大なベッドの上に横になった娘の遺体。
そしてベッドの上に乗り、手をその娘の上にかざすクラナ。
クラナの横顔はこれまでに見た事の無いほどに真剣だった。
やや前かがみになり、顔に掛かる前髪を払おうともしない。
不乱に手をかざし続けている。
ダインには、その手に凄まじい量の魔力が集中しているのが分かった。
威圧感を感じるのだ。魔力が渦巻いていると言っても良い。
テーブルからベッドまでの距離は100m以上あるが、ダインは、まるで向かい風にさらされている様にそこから一歩も前に進めなかった。
いったい何をしているんだ。
あれほどの魔力を近づけたら魔物化してしまうのではないか。
しかし、クラナがそんな事をするはずも無いが。それにもう彼女は命が潰えており、魔物化したところで蘇る事は無い…。
死。
思い返すたびに湧き上がる死の実感と己の無力への怒り。そしてそれ以上の絶望が、ダインから覇気を奪う。
すべては、自分が弱かったから。
自分さえ、しっかりしていたならば…。

 クラナ 「ダイン」

クラナの呼びかけに、ハッと顔を上げる。
視線の先ではクラナが顔をこちらに向けていた。
その顔には、玉の様な汗が浮かんでいる。汗の一粒が、鼻先から滴り落ちた。
凄まじい疲労が目に見えて分かる。
かつてこれまで、クラナがここまでの疲労を感じさせる事は無かった。
今クラナが行っている事は、それほどまでに辛い事なのだろう。
そんな苦行に身を置きながらも、クラナは強気な笑みを浮かべていた。

 クラナ 「酷い顔だな。いつもの勇猛な顔はどうした」
 ダイン 「…」
 クラナ 「くくく、安心しろ。もうお前にそんな顔はさせん」
 ダイン 「クラナ…?」

フン。
ダインにニヤリと笑って見せると、クラナは顔を向きなおしてしまった。
クラナは、本当に、いったい何をやっているのだろう。
滝の様に汗を流しながら手に魔力を集中させているが、それは、そんなにも辛い事なのだろうか。
手を貸したい。
だが、テーブルからベッドまでは100mもの谷間があり、とてもじゃないが人間が自力で超えられる距離ではない。
更に今のダインは消沈していることもあり魔力を上手く扱うことが出来ない。故に先ほどペンダントを破り闘技場に突入するときに見せたように数十mの超落下をすることも出来ないのだ。
ダインは一人ではこのテーブルから降りることすら不可能なのである。
あまりにも、無力だった。
それを改めて悟り、自分の非力さに絶望する。
そのときである。

 クラナ 「…応えた」

クラナがポツリと呟いた。
その意図を探るようにダインは顔をあげる。
すると、あの娘の身体が淡く輝いていたのだ。

 ダイン 「…ッ!?」
 クラナ 「ふぅ…なんとかなったな」

クラナは額の汗を拭いベッドの淵へと腰掛ける。

 ダイン 「クラナ、何を…」
 クラナ 「見てれば分かる」

それだけを言い、クラナはにやりと笑った。
その後暫く、遠巻きに見ていたダインだが、ふと違和感を覚えた。

 ダイン 「…あれ?」

少し目を擦り、もう一度見直してみるも違和感は拭えない。
明らかに娘の身体は少しずつ、しかし確実に大きくなっていた。
身に纏うボロボロの血に染まった奴隷服がパンパンに張り詰めている。
最初は服が小さくなったのかと思ったが、そのベッドも小さくなるような感覚を覚えたのでそうでは無かった。
クラナは、いったい何をしたのだろうか。
娘の身体はどんどん大きくなり、やがて奴隷服はその膨張する身体を覆う事が出来なくなってビリビリと千切れ飛んだ。
一瞬にして娘の身体は全裸になる。
ダインもそれを見つめていたが、今はその事実に顔を赤らめるより、起きている現象を凝視することに意識が注がれていた。
身体を包んでいた服が破れたのを機に娘の巨大化は加速し、遠方のダインから見てもその変化の著しさを見て取れた。

 ダイン 「な…」

ダインの目は見開かれ、口からはただ一言の吐息が漏れた。
ベッドの平原に寝かせられていた娘の身体は、あっという間に、そこに横たわる肉の山脈へと変わったのだ。
その大きさは恐らく百数十m。クラナたちと同じくらいの大きさだ。

 ダイン 「…」

呆けるダインを尻目にクラナはふぅと吐息を漏らす。
見れば巨大化した娘の身体には、あの魔獣によって穿たれた傷が見当たらない。綺麗な肌をしていた。

 ダイン 「い、いったい何を…」
 クラナ 「魔力を注ぎ込み、傷を癒した。霊素で構成される人間を魔力で癒すのは難しいのだが…」
 ダイン 「ど、どういうことだ? 何が起きたんだ!?」

驚愕するダインにクラナは笑って見せた。

 クラナ 「傷つくか心に大きな衝撃を受けたとき、人は死に至る。では、傷も無く心にも支障が無ければどうだ?」
 ダイン 「…………まさか…」

恐る恐る尋ねるダイン。
クラナは力強く肯いた。

 クラナ 「ああ、この娘は生きている。じきに目を覚ますだろう」

クラナの言葉を聞いたダインは暫く呆けた。
頭の中でその言葉の意味を何度も何度も吟味し、やがてその場へと座り込んでいた。

 ダイン 「よ、よかったぁ〜…。クラナ、ありがとう! この恩は一生忘れないよ!」

居住まいを正したダインはクラナに向かって頭を下げた。
クラナは笑いながらテーブル横の椅子へと戻ってきた。

 クラナ 「よせよせ、私が勝手にやっただけだ」
 ダイン 「そんな事ない。感謝してるよ!」
 クラナ 「もちろんリスクも高かった。魔力を注ぎ込んでいる途中、この娘が魔物化する可能性もあった。お前も知ってる通り、霊素と魔素のバランスが崩れた人間は瞬く間に魔物化する。もしそうなっていたら、今度は私の手でこの娘に止めを刺さねばならなかった。お前も、この娘も運がいい」
 ダイン 「そっか…、よかった…」
 クラナ 「それと、何かを蘇生するのは今のが最後だぞ。本来死に逝く生命を無理矢理に呼び戻すなど有り得ない事だ。世の理に反する」
 ダイン 「そうか、済まない…」
 クラナ 「まぁそれを承知で蘇生させたわけだが。…お前の泣き顔など、見たくは無いからな」
 ダイン 「え…?」

ダインはそのとき初めて自分の頬を無数の涙が流れていた事に気付き慌ててそれを拭った。

 ダイン 「(ゴシゴシ)…情けないな」
 クラナ 「お前はがんばったさ。あの時の凛とした横顔は格好良かったぞ」

クラナは手を伸ばし指先でダインの頭を撫でた。
ダインもはにかみながらそれを受け止めた。

 ダイン 「ありがとう。俺、もっと強くなるから」
 クラナ 「ああ。もう何人にも奪われないくらいに強くなれ」

二人は笑顔で誓い合った。
そこでダインが笑顔のまま尋ねる。

 ダイン 「でもなんか身体が魔王みたいに大きくなっちゃってるんだけど、治療の副作用か? いつになったら戻るんだ?」
 クラナ 「…」

クラナは苦笑しながら目を逸らした。
たらり。ダインの頬を一筋の汗が流れる。

 ダイン 「……ま、まさか…」
 クラナ 「すまん。完璧には成功しなかったのだ。この娘の大きさはずっとこのままだ」
 ダイン 「な、なにぃ!?」
 クラナ 「先ほど私がやった事はコップと水で例えられる。例として魔族化を説明するぞ。コップがあり、それに初めから入っている水、そしてそれと違う色の水を入れるとコップの中の水は大きく変色するだろう? これが魔物化だ。コップを人間、初めから入っているを霊素、後から入れる違う色の水を魔素として考えろ」
 ダイン 「ああ…なんとなくわかるけど、それが今回の事にどう関係するんだ?」
 クラナ 「先ほどまでの娘の身体は、いわゆる穴の空いたコップだ。私はその穴に魔力を詰め込んで塞ごうとしたのだが制御が甘く、魔力がコップの中に漏れてしまっていたのだ。結果この娘は…」
 ダイン 「魔物化!?」
 クラナ 「いや、さっきも言ったがそれはない。むしろそれ以上、強いて言うとするならば魔王化といったところか」
 ダイン 「ま、魔王化だと!?」
 クラナ 「青い水の入っているコップに赤い水を入れると水は紫色になる。が、今回は赤い水を大量に注ぎ込んでしまったのでコップの中の水が真っ赤になってしまったのだ。そして元のコップではあふれ出してしまうほどの大量の魔力を受け入れるためにコップは巨大化した。すなわち、今の娘の身体だ」
 ダイン 「な……」
 クラナ 「もともと魔王の魔力は通常の魔力よりも遙かに大きい密度を持つから魔物も魔族も通り越し、一気に魔王に並ぶ魔力を身につけてしまったことになる。…魔力の操作には自信があったのだが、やはりそれでも、人間の治療は難しかった。すまん」
 ダイン 「…で、でも! 傷は治ったんだから生きるのに問題は無いんだろ? なら大丈夫じゃないか!?」
 クラナ 「くくくく、ダイン。お前はこの娘がこんな異形の姿にされて喜ぶと思うか?」
 ダイン 「それは…」
 クラナ 「ふふ、慰めるな。私が悪いのだ。魔王などと自惚れていた私がな」

自嘲気味に笑うクラナ。
それは自信の喪失と、ダインを失望させた自分に対する侮蔑の笑みだった。
結局のところ、この娘を救うことも出来ず、ダインの為に何かをする事も出来なかったのだから。
所詮は魔王か。
災厄の権化である自分が、人間の為に何かをするなど不可能だったのだ。
クラナの顔に影が落ちる。
が。

 ダイン 「クラナ、そんな顔しないでくれよ」
 クラナ 「ダイン…」
 ダイン 「俺はお前がここまでしてくれたことに本当に感謝してるんだ。あんなに汗を流してるお前も初めて見たし」

ははは、と頭をかきながら笑うダイン。

 ダイン 「だから落ち込まないでくれ。この娘だってきっと分かってくれるよ…」
 クラナ 「…」

空いている手を伸ばしたクラナはその指先でダインの頭をグリグリと撫でる。

 クラナ 「…まったくお前は。どこまでお人好しなんだか」
 ダイン 「そうかな。まぁそれでお前が立ち直るなら良い事だろ」
 クラナ 「ああ。そういえば、そもそもこの娘が死に至った原因はお前にあったんだったな。私が落ち込む理由も無いか」
 ダイン 「ひ、酷い! お前、それは酷すぎる…」
 クラナ 「こらこら、落ち込むな。その娘も、今はちゃんと生きている。それに身体の大きさを元に戻す方法も、無いわけではない」
 ダイン 「ほ、本当か!? 嘘じゃないな!?」
 クラナ 「こんな嘘などつくものか。つまりその事は心配しなくていい」
 ダイン 「やった! なんだ、じゃあ心配することなんか一つもないじゃないか!」
 クラナ 「まあな。あとは娘の心次第だ」
 ダイン 「そうだな」

ふぅ。ダインは大きく息を吐き胸を撫で下ろした。
懸念は無い。あとはこの娘次第。
ダインは安堵していた。
そして同時に、クラナも安堵していた。
自分の行いでダインを落胆させたと思い、自分の過信に沈み、それでも最後は共に安堵できる今この時に。
やはり、ダインはいい。だからこそ、こうして簡単に倫理に背くことが出来る。
お前のためなら惜しむことなど何も無い。
クラナは愛おしそうに手の上のダインを見つめていた。
そのとき、娘の目がうっすらと開かれた。

 娘 「う、うん…」
 ダイン 「あ!」
 クラナ 「気が付いたか」

娘の未だ虚ろな瞳が宙を追う。

 娘 「ここは…私…」
 クラナ 「まだ寝てていいぞ。身体も馴染んでいないだろう」
 娘 「あなたは…」
 クラナ 「さて、説明するのも面倒なのだがな」

娘はゆっくりと身体を起こし、クラナを見据えた。

 娘 「ここはいったい…私は何を…。…そういえば、貴女の顔を見た覚えが…」
 クラナ 「目に見えるものの大きさが突然変わると認識し辛いものだ、仕方が無い。…覚えているか? お前はダインを庇って、ブラックドッグの角に貫かれたのだ」
 娘 「え…?」
 クラナ 「そして、胸に穴を穿たれて、—死んだ」

一瞬、呆ける娘の顔。
手が無意識のうちに胸に添えられるが、そこには穴など無い。
だが、思い起こせば、確かにこの胸に、鋭い角を突き立てられた記憶がある。
緩慢としていた思考が、靄が晴れるように明確になっていく。

そうだ。あの時自分は、あの男の人を突き飛ばして—。

思考が進み、死を思い出し、娘の身体ががたがたと震え始める。
が。

  ポン

 娘 「っ!」

娘の肩に、近づいてきたクラナの手が添えられ娘はビクリと震えた。

 クラナ 「もう大丈夫だ。怯えることは無い」
 娘 「…私はいったいどうなったんです? それに貴女は…」
 クラナ 「私の事などいい。それより、お前の事を死にそうなほどに案じてた男がいるぞ」
 娘 「え? それって…—」
 クラナ 「ほれ、お前の命の恩人になるはずだった男だ」(掌にダインを乗せて差し出す)
 ダイン 「よかった、もう大丈夫なんだな」
 娘 「きゃっ! 虫がしゃべった!」

目の前に差し出されたダインを見て思わずのけぞる娘。
その娘の口から放たれた痛恨の一言を受けてダインはズ〜ン…と落ち込んだ。

 ダイン 「虫…」
 クラナ 「ハッハッハ! 命を助け、助けられ合った仲に虫ケラ呼ばわりされるとは中々皮肉が利いているじゃないか」
 ダイン 「やかましい! 今、すんごいショックだったんだぞ! つーかお前も嫌味しか言えなかったのか!?」
 娘 「え? え? す、すごいしゃべってるけど、これって…」
 クラナ 「くくく、小さ過ぎて分からんと思うが、先ほどお前を助けるために化け物どもと戦った男さ」
 娘 「う、うそ! そんな事があるなんて…」
 クラナ 「顔を近づけてよく見てみろ。…こいつの身体が、お前が流した血で真っ赤に染まっているのがわかるはずだ」
 ダイン 「…」

娘は、ダインの乗せられたクラナの掌に顔を近づけ、その掌の上にちょこんと乗っている小さなもの見つめた。
その小さなものが人の形をしていることと、その衣服と両手が真っ赤に染まっているのが見えた。
ダインには、掌の上から見える視界の大半を娘の顔が埋め尽くして見えた。

 娘 「まさか、本当に…でも、なんでそんなに小さくなって…」
 クラナ 「あの時、お前がいた闘技場を見下ろす一人に私もいたのだが、流石に覚えてはいないだろう。どうでもいい事だ」
 ダイン 「こいつが君を生き返らせてくれたんだ。まぁ、ちょっとした手違いがあって身体は大きくなっちゃったけど」
 娘 「…わ、私が大きくなっちゃったんですか…!?」
 クラナ 「ここは魔王の城だから大きさを比較できるものが無くて理解し難いと思うが、お前の本来の大きさは、こいつと同じくらいだ」(言いながらダインを指差す)
 ダイン 「…色々とすぐに理解出来ないことだらけだと思うけど、これだけは言わせてくれ。———すまなかった」

ダインはクラナの掌の上で、娘に向かって土下座をした。

 娘 「あ…っ」
 クラナ 「…」
 ダイン 「俺があの時油断しなければ、君をこんな目に遭わせずに済んだんだ。俺のせいだ」

クラナの掌に付くほどに下げられた頭。
今ダインに出来る、最大の謝罪だった。
娘は慌てて首を振る。

 娘 「そ、そんな! あなたはあの時、私を背に戦ってくれたじゃないですか!」
 ダイン 「だが俺は君を守りきれなかった。死なせてしまったんだ」
 娘 「…。…でも…今は生きてるんですよね。だったら…そんな悔やまないで下さい」
 ダイン 「…」
 娘 「あの時、私は本当に嬉しかったんです。私のために誰かが戦ってくれるなんて…初めてでした。私もあなたに何かしてあげたいと思ってあの時は無我夢中で、気付いたらこうなっちゃってました」
 ダイン 「しかし…」

と、娘がクラナの手に自分の手をあてがってきた。
その意を察したクラナは、手の上のダインを娘の手の方に移した。

ダインが、娘の手の上から見上げる娘の顔は笑っていた。 

 娘 「謝るのは私の方です。私がした事で、あなたに頭を下げさせてしまいました。お礼は、いくら言っても足りないくらいなんですよ。だから…改めてお礼を言わせてください」
 ダイン 「…」
 娘 「助けていただいてありがとうございます。この御恩は一生忘れません。…って、私、一度死んじゃってるんでしたね」

掌の上のダインに頭を下げた娘だが、頭を上げるとてへへと笑った。
それにつられてダインも笑った。
暫く二人の笑い声が部屋に聞こえる。
それだけで、重い空気は払拭された。
そうだ。そんな深く、重く考える必要なんて無い。

今、みんな生きている。それだけで十分だった。

 ダイン 「ははは。…なんだか救われた気分だよ」
 娘 「ふふふ。いいえ、命を救われたのは私です」
 ダイン 「そういえばそうだったね。はは」
 クラナ 「くく、楽しそうで何よりだ」
 ダイン 「ああ。お前もありがとうな」
 クラナ 「気にするなと言ったぞ。…それはそうと、二人とも忘れてはいないか?」
 ダイン・娘 「え?」

呆ける二人に、クラナはにやにやと笑いながら言った。
問いの意味をはかりかねたダインが尋ねる。

 ダイン 「何のことだ?」
 クラナ 「その娘の格好さ」

クラナに言われて、二人は改めてそれを見る。
瞬間、二人の顔が真っ赤になった。
ダインも、普段の生活の慣れと、娘の蘇生の喜びに忘れてしまっていた。
娘は、巨大化の際に衣服が千切れ飛んでしまい、文字通り一糸纏わぬ姿であった。
娘の掌の上のダインからは、何にも覆われない二つの丸っこい巨大な乳房を余すところ無く見ることができた。
自分の置かれている状況を理解し、娘は悲鳴をあげた。

 娘 「きゃ、きゃーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

娘はもともと普通の人間である。
クラナやエリーゼのように、ずれた価値観を持ってはいない。当然、羞恥心も持っている。
娘は、恥じらい、悲鳴をあげながら自分の胸を抱き寄せ隠した。

だが、その間髪入れさせぬ刹那の動きは、ダインに、そこから降りることすら許さず、娘はダインを掌に乗せられたまま胸を抱き寄せてしまった。
つまり今、ダインは娘の胸と掌の間に挟まれているのである。

 ダイン 「むぐ…ッ!」

娘はダインの扱い方を知らず、さらに恥ずかしさのあまり手加減もせず思い切り抱き寄せた。
それはダインにとって、潰されんばかりの圧力である。
その様を見たクラナが笑いを堪えながら言う。

 クラナ 「くッくく、いいのか? 手の上にはダインがいたのだぞ?」
 娘 「あ! う…うぅ…」

事実を確認し、だが逆に抱き寄せる力が強くなる。
異性を胸に押し付けるなどという恥ずかしい事をしているのだから。
しかし彼を解放するには自分の胸を晒さなければならないという、ジレンマに陥ってしまっていた。

 娘 「…ッ」

しばし娘の視線が宙をさまよったかと思うと、娘は意を決したかのように顔を真っ赤にしながらゆっくりと手をどけていった。
胸を晒す覚悟を決めたのである。
胸を拘束していた腕がある程度ほどかれると、その間からぽろりとダインが落ちてきた。
パシッ。それをクラナが受け止める。

 クラナ 「生きてるか?」
 ダイン 「…実際、死ぬかと思った…」
 クラナ 「命の恩人に今度は殺されるか。いい興だ。お前にとってはブラックドッグ3匹よりも、この娘の乳の方が強敵だっただろう」
 ダイン 「…」
 娘 「…」

娘はさらに顔を赤くした。
ふぅ、クラナも一息つく。

 クラナ 「だがこれでよくわかった。お前は生き返ったことを後悔はしていないのだな?」
 娘 「はい。むしろ感謝しています」
 クラナ 「そうか。…もしも後悔しているならば、私はお前を殺すつもりだった」
 娘 「ッ!」
 ダイン 「なんだって!?」

娘の表情が引きつり、ダインも驚き声を荒げる。
そのダインをクラナは静かに見下ろした。

 クラナ 「ここはお前の出る幕では無いぞダイン。これはこの娘の意思次第だ。さっきも説明したように、人間なら死んでいたところを無理矢理蘇らせたのだ。もしも蘇ったことに不満を感じているのなら、今この場でもう一度殺してやる」
 娘 「…」
 ダイン 「クラナ…」
 クラナ 「自然の理を捻じ曲げたのだ。それに蘇ったと言え、本来人間として歩むはずだった人生を失ったことに変わりは無い。人間に戻る事はできないのだ。それでも、後悔の念はないのだな?」
 娘 「…それは」
 ダイン 「何も今ここで、…もう少し落ち着いてから考えさせてあげれば…」
 クラナ 「時間が過ぎれば代償の大きさが分かるぞ。その時、後悔に心を潰されるくらいなら今この場で諦めたほうがいい」
 ダイン 「しかし…」

ダインとて分かっている。
クラナが悪意を持ってその言葉を口にしているのでは無いことくらい。
本来有り得ない事象に対しての責任を果たそうとしているのだ。
倫理を捻じ曲げ、娘を蘇らせた。今は見えなくとも、あとで必ず蘇りの代価を支払うときが来る、と。
だからクラナは娘の真意を問う。
しかし、分かってはいても「自分を殺せ」とは言い出せるものではない。

 ダイン 「やっぱりさ、クラナ。もう少し時間を…」
 娘 「…いえ、大丈夫です」

え?
疑問符とともに振り向いたダインの視線の先の娘は笑顔だった。
あの時、血にまみれていたときの笑顔と同じ、しかし後悔の色が見られないのも同じだった。

 娘 「私、後悔なんてしていません。生きていられるならそれ以上のことはありませんし、それに、お二人にお礼を言うことも出来るんですから」

娘は手をそろえて、二人に頭を下げた。

 娘 「生き返らせて頂いて、ありがとうございました」

その様に、クラナは苦笑した。

 クラナ 「正確にはお前のためではなく、ダインのためを思ってやったのだがな」
 娘 「それでも、私にお礼を言う機会を与えてくれたことに、感謝しています」
 クラナ 「やれやれ」
 ダイン 「…、そっか」

クラナは苦笑したまま、ダインは笑顔で肯いた。
この娘が後悔していないなら良い。
本当に良かったと思う。
そしてクラナは、ダインが笑顔を取り戻しているのを見てひそかに安堵していた。

  コンコン

そのとき、部屋のドアがノックされた。
部屋の中の一同がドアの方を見る。

 シャル 「クラナ、入りますわよ」

声の主はシャルだった。
クラナは立ち上がりダインをテーブルの上に降ろすとドアの方へと歩いていった。
カチャリという音と共にドアがゆっくりと開かれ、その向こうから浮かない顔をしたシャルが現れる。

 シャル 「気分はいかが…?」
 クラナ 「どちらかと言うとお前の気分を伺いたいがな」
 シャル 「だって私は…」
 クラナ 「もう気にしなくていい。それよりも服を一着見繕ってくれないか?」
 シャル 「気にしなくていい…ってどういうことですの? それに服なんて…」

と、言いかけて、シャルは室内に見知らぬ顔があることに気付いた。
その娘もシャルの顔に気付く。自分を、あの化け物の前に放り出させた巨人の顔だった。
目の合った娘は、慌ててテーブルの上のダインの背中の後ろに隠れるようにして身を縮こまらせた。
シャルはその娘に話し掛ける。

 シャル 「見ない方ですわね? 魔王の顔なら皆知っているはずなのですけれど…あら、どこかでお会いしたような……」

と、数秒の思考の末行き着いた結果にシャルは顔を引きつらせた。

 シャル 「…ッ!? まさか!!」

シャルはクラナの顔を振り返りその顔を見据えた。
クラナはにやにやと笑っていた。

 シャル 「まさかとは思いますけど…あなた…」
 クラナ 「くく…ああ、あの死んだ娘を生き返らせた」
 シャル 「しょ、正気ですの!?」

クラナの服を掴み引き寄せるシャル。
ダインと娘の顔は緊張で引きつるが、当のクラナは涼しい顔だ。
そのクラナの態度に激昂し更に声を張り上げシャルは怒鳴った。

 シャル 「人間を生き返らせるなんて、あんたなんて事してんのよ!!」
 クラナ 「今お前の言ったとおりのことさ」
 シャル 「ふざけないで!! まさか、魔力を分け与えたんじゃないでしょうね!?」

シャルはクラナの胸ぐらを掴み射抜くような鋭い眼光でクラナを見上げる。
その瞳には、まだ一縷の望みを期待するかのような色が混じっていた。
暫し二人の視線が交錯するが、やがてクラナはにやりと笑って言った。

 クラナ 「ああ、その通りだ」
 シャル 「…ッ!!」

その言葉を聞いた瞬間、シャルの顔が動揺に揺らぐ。
瞳の光は揺れ、まるで今にも泣き出してしまいそうな感じだった。

 シャル 「そんな…」

手を放し、数歩後ずさりするシャル。
だが最後の一歩を踏みとどまると歯を食いしばり、思い切り振りかぶった平手をクラナに放つ。
が、クラナもそれが頬を打つ手前でパシリと受け止めた。
ダインが物を言おうとしたが、それはシャルの言葉に遮られた。

 シャル 「クラナ、あんた死ぬつもりなの!?」

その言葉に揺らいだのはクラナでは無く、ダインと娘だった。
死ぬ!?
あの行為には死の危険があったのか!?
その疑問の答えを求めるように、ダインと娘は二人の魔王を見守った。
クラナは静かに、しかし挑発的な笑みを消さぬまま言う。

 クラナ 「死ぬつもりなどないさ。ただあの娘を生き返らせるにはそれしか方法が無かっただけだ」
 シャル 「たかが1匹の人間じゃない! あんな虫けら、あなたが危険を冒してまで生き返らせる価値なんて無いわ!!」

何の迷いも揺らぎも無く、鋭く言い放たれた言葉はダイン達を貫いた。
今の言葉は偽りでは無い。感情と共に放たれた言葉に布が被せられるはずもない。
魔王にとって人間は虫けらに同意。道端を這いずる虫けらと同じだと言い放ったのだ。
それが彼女達にとっての人間という存在。例え踏み潰し、無意識にその命を奪うことになろうとも心を痛めることなど無い。
まして、それを蘇らせるなど有り得ない話だった。
突きつけられた事実が、ダイン達の心を揺るがす。
ダインの中には人間としての尊厳から来る憤りが。
娘の中には自分の無価値と圧倒的差別から怯えが。
だが、何も出来ない。
そこには、反意の言葉を放つことも、激昂に身を動かすことも許されない絶対的な壁が存在していた。

彼女達が、魔王であるということ。

種族の壁は意思を表明することすらも阻み押さえつける。
右には生死を分ける問題でも、左には指を動かす程度の事でしかない。
存在の次元が違うのである。

居竦む二人を他所に、二人の魔王はお互いを睨みつけた。
その一方、クラナが言う。

 クラナ 「生き返らせる必要はあった…」
 シャル 「何故!?」

詰め寄るシャルにクラナは笑って見せた。

 クラナ 「そうすれば、ダインが絶望せずに済むからさ」
 ダイン 「!!」

クラナの言葉に驚いたのはシャルではなくダインだった。
自分のために、クラナはそんな危険を冒してくれたのか。
シャルは言葉の意味をはかりかねていた。

 シャル 「ダイン…あんたが連れてきた人間のことね!? あの人間は何? 何で人間なんか飼ってるのよ!?」
 クラナ 「ダインは私のすべてだ。あいつが悲しむ顔など見たくない。だから生き返らせたのさ」
 シャル 「ッ…!!」

今度はシャルの顔が驚愕のそれに変えられる。
魔王が、人間に、そこまでの感情を…。
いや、その前に、あのクラナが人間を傍に置いていることの方が信じられない。
いったいあの人間との間に何があったのだ。

 ダイン 「く、クラナ…」

そのとき、疑問の大きさに耐えかねたダインがクラナに問う。

 ダイン 「さっき、死ぬかも知れなかったって…」

だが、その問いに振り向いたのはシャルであった。
シャルは例の人間を今初めてテーブルの上に認めていた。小さ過ぎて目に入っていなかったのだ。
ダインは、その双眸から放たれる凄まじい怒気にその後の言葉を飲み込まされた。

 シャル 「お前が…クラナを…!」

シャルの瞳には、大切な友人を命の危険に晒させた下劣な人間に対する憎悪が宿っていた。
ダインでも気を失いそうなほどに凄まじい気迫、そして想いだった。
だがその怒気はすぐにその友人の手で遮られる。

 クラナ 「手は出させんぞ」
 シャル 「クラナ……。なんで! なんでよ!?」
 クラナ 「大切な者が傷付けられるのを黙って見ていられないことを、分からないお前じゃないだろう?」
 シャル 「あれは人間なのよ!」
 クラナ 「だからなんだ?」

問われるクラナは終始笑顔である。
シャルは自身の中に小さな絶望が芽生えるのを感じた。
友人の堕落。こんな事になるなんて…。

 シャル 「…」
 クラナ 「ふぅ、やれやれ。シャル、言っておくが私は欠片も後悔していないからな。人間も、中には良い奴がいるものだ。さっきお前も見たとおり、こいつはこの娘を助けるためあの魔獣の中にたった一人で飛び込んだのだぞ。危険を顧みず同胞を救おうというその心意気に、打たれるものはないか?」
 シャル 「でも…あなたが…」
 クラナ 「大した事じゃない。今もこうして生きているだろう?」

 ダイン 「クラナ…いったい…」

テーブルの上のダインはふらふらとクラナに近づいて行く。
クラナは笑顔のまま答える。

 クラナ 「お前達小さな人間でも、蘇生させるためには大量の魔力を必要とする。蘇生のためでなくとも、傷を癒すにもそれなりの量がいるしな。だから魔族にはエリクサなどの薬が存在するのだ。長期的に魔力を凝縮することで一度に多量消費するのを抑えるためにな」
 ダイン 「…つまり……」
 クラナ 「くく、まぁそういうことだ。我々魔王や魔族にとって、魔力は生命力そのものだ。過度に消費すれば命に関わる。特に今回は私の失敗で魔王に匹敵するほどの魔力が流れ込んでしまったしな」
 ダイン 「そ、それで大丈夫なのか…?」
 シャル 「大丈夫なわけないでしょう!!」

ギロリとダインを睨んだシャルはその拳をテーブルの上に振り下ろした。
その振動と衝撃でダインは吹っ飛ばされ、娘の前まで転がされた。
それでも怒り収まらず肩で息をするシャル。
娘が慌ててダインに手を伸ばす。

 娘 「だ、ダインさん!」
 ダイン 「く…っ」
 クラナ 「シャル…」

クラナが諌めようとするがシャルはそれを振り切ってテーブルの上のダインに詰め寄った。

 シャル 「お前のせいでクラナが死ぬかもしれなかったのよ!! それを大丈夫なんて軽々しく…!!」

シャルの拳が怒りに震える。
本来白い頬は炎の様に赤く染まり、その碧い両目からは大粒の涙がこぼれている。
友人を失うかも知れなかった恐怖が怒りとなってそうさせた者に向けられる。
しかもそれが、脆弱な人間であるなんて。
こんなものの為にクラナが…!
湧き上がる怒りでもう一度振り上げられた拳をクラナが止める。

 クラナ 「落ち着けシャル」
 シャル 「なんであんたはそんなに落ち着いてられるのよ! 死ぬかも知れなかったのよ!?」
 クラナ 「だから後悔していないと言うに。まったく、昔から面倒な奴だ」
 シャル 「あんたねぇ!」

 ダイン 「いや、その通りだ…」

言い合う二人の魔王がその言葉に振り返ると、テーブルの上で小さな人間がよろよろと立ち上がっていた。

 娘 「だ、ダインさん…大丈夫ですか?」
 ダイン 「ああ、大丈夫だ…」

ダインは足を引きずりながら二人に近づいてゆく。
決して大丈夫ではない。あの至近距離で魔王の拳の衝撃を受けたのだ。
実際、彼女達の拳の大きさは大岩に匹敵する。
それが凄まじい速度で振り下ろされればその威力は落石の比ではない。
更に今のダインは魔力で強化されていないので受ける衝撃は計り知れない。
重傷は無いが、全身に激痛を覚えていた。
闘技場でのダメージも、回復しきってはいないのだ。

そのダインはテーブルの中ほどまで歩いてきた。
それを見下ろす二人の魔王。

 シャル 「…」
 クラナ 「ダイン…」
 ダイン 「俺のせいでお前を危険にさらしたんだ。俺が…」
 シャル 「! そうよ! 全部お前が悪いのよ! 大体さっきからクラナに馴れ馴れしいわよ! 本来私達はお前達人間如きが容易く口を利けるような存在じゃブッ!」(後頭部をはたかれる)
 クラナ 「少し黙ってろ。(ダインの方を向いて)ダイン、私は気にするなと言ったじゃないか」
 ダイン 「でも!」
 クラナ 「何度も言ってるだろう。私は私の意思でやったのだ。後悔などしていない。ましてやお前のせいなどと欠片も思っていないぞ。というか、誰が悪いかと言えば悪いのは全部こいつだ」

指差された魔王シャルは先ほどとは別の意味で涙目になりながらクラナに訴えた。

 シャル 「いったいわね! 何するのよ!」
 クラナ 「だからお前が気に病む必要は無いのだ」
 ダイン 「クラナ…」
 クラナ 「ほらほら、そんな顔をするな。第一今、私はピンピンしているぞ。魔王ともあろうものが、たかが人間の一人や二人生き返らせたくらいで死んでたまるか」

笑いながらクラナはダインを手に乗せ持ち上げる。

 クラナ 「お前は気にしすぎなのだ。過程がどうであろうと、今はお前もこの娘も私もこうして生きている。それでいいじゃないか。まぁ娘は一度死んだがな」
 ダイン 「…あぁ」
 クラナ 「やれやれ」

それでも落ち込んだままのダイン。
クラナは苦笑した。

 クラナ 「さて、私達はそろそろ帰る」
 シャル 「ちょ、ちょっと! まだ話は終わってないわよ!」
 クラナ 「もともとお前と話すことなどないが」
 シャル 「何よその言い方! 大体何であんた人間なんか飼ってるわけ!?」
 クラナ 「飼ってなどいない。ともに認め合って暮らしているだけだ。エリーゼのお気に入りでもあるしな」
 シャル 「あいつの!?」

思いがけない名前に怯むシャル。
クラナはフフンと鼻で笑ってシャルに背を向けた。

 シャル 「あんた、あいつとも付き合ってるの!?」
 クラナ 「さぁな。お前、さっきから地が出っ放しだぞ。お嬢様はどうした?」
 シャル 「う、うるさいわね! そんな事より質問に答えなさいよ!」
 クラナ 「答える義務はない」
 シャル 「きーっ! あんたって昔っからそうよね!」
 クラナ 「いいからほれ、とっとと服を頼む」
 シャル 「…。…ふぅ、わかったわよ。ううん、わかりましたわ。とりあえず500着くらいでよろしいかしら?」
 クラナ 「いや1着でいい」
 シャル 「はぁ…まったくあなたは…」

シャルはぶつぶつと文句を言いながら部屋を出て行った。
残されたクラナにおどおどと話しかける娘。

 娘 「あ、あの…」
 クラナ 「さて、無駄にダインを落ち込ませてしまったな。やっと立ち直らせたというのに」
 娘 「大丈夫なんですか…?」
 クラナ 「何がだ?」
 娘 「さっきの方、すごく怒ってらしたようですけど…」
 クラナ 「気にするな、あいつはいつもあんな感じだ。ダイン、落ち着いたか?」
 ダイン 「…」
 クラナ 「ふぅ。まったく、私もこいつも何も後悔していないと言っているのに何故お前が落ち込むか」
 娘 「そ、そうですよ。私は生きていられて嬉しいですよ」
 クラナ 「私だって生きている。というか普段一番死に瀕しているくせに他人の死となると敏感になりおって」
 娘 「し、死に瀕しているって!?」
 クラナ 「ああ。例えばな…」

言うとクラナは落ち込んだダインを胸の間に挟みこんだ。

 娘 「…ッ!」
 ダイン 「うぉ! いきなり何するんだよ!」
 クラナ 「で、だ。こう胸を寄せると…」

クラナの巨大な乳房がキュッ寄せられる。
その間に降ろされていたダインは、二つの肉の球体に挟みこまれ見えなくなってしまった。

 クラナ 「こうなるわけだ」
 娘 「…(赤面)」

ふっと胸を解放するとその間にダインが転がっていた。

 ダイン 「げほっ! げほっ! こ、こらー!」
 クラナ 「そういえば今のお前は魔力で強化されていないんだったな。これはこれで新鮮な感覚だ」

クラナはダインを拳の上に乗せると、まるでコインの様にその身体を打ち上げた。

 ダイン 「う、うわぁぁぁぁぁぁああああ!」
 娘 「あぁ!」

やがて自由落下が始まりクラナの胸の高さまで落ちてきたダイン。
そのダインをクラナの両手が交差するようにキャッチする。

 クラナ 「さぁ、ダインはどっちの手にいると思う?」

クラナはにやにや笑いながら両の拳を娘に突き出した。

 娘 「あわわわわ…」
 クラナ 「くくく、正解は…こっちだ」

片方の拳が開かれると、そこにはぐったりと横たわるダインがいた。

 娘 「だ、ダインさん…」
 クラナ 「まぁ普段こんな感じで遊んでいるわけだ。お前も来るか? ダインが好きなんだろう?」
 娘 「え? えぇ!?(赤面)」
 クラナ 「お前の顔を見ればわかる。私も同じ様なものだ。こいつの傍にいたいのさ」
 ダイン 「だったらもっと優しく扱ってくれ…」
 クラナ 「それはまた別の問題だ。…まぁそうでなくとも、連れて帰るつもりだが」
 娘 「え?」
 クラナ 「今のお前は人では無い。このまま人間の世界に戻る事は不可能だ。だから私のところで暫く預かろうと思うのだが、どうする? こいつもいるぞ?」
 娘 「う…」
 クラナ 「そうでなくともお前の身体が魔力に慣れるまで様子を見たいというのもある。何より、このままではこの男が放っておかせん」
 ダイン 「そりゃ俺のせいでこうなったわけだから…」
 クラナ 「だーから落ち込むなと言うんだ。それ以上落ち込むようならこの娘の胸の谷間に挟ませるぞ。中々の大きさだからな、問題ないはずだ」
 娘 「えぇぇ!?」

娘は真っ赤になって両胸を隠した。

 クラナ 「ふふ、お前もダインと同じでからかいがいがありそうだ」
 ダイン 「いじめてやるなよ。…でも、私情を抜きにしても俺もそうした方がいいと思うな。俺の大きさを見てもらえば分かると思うけど、今の君は凄く大きくなってるから街で暮らす事はできないよ」
 娘 「そうですね…わかりました。暫くお世話になります」

娘はペコリと頭を下げた。

 ダイン 「うん、よろしく」
 クラナ 「だがその前にひとつ大きな問題がある。これを解決しない事には今後の生活に支障が出る恐れもあるぞ」
 ダイン 「な、なんだって!?」
 娘 「えぇ!?」
 
驚く二人。

 ダイン 「その問題ってのは!?」
 クラナ 「うむ。こうして話をしているわけだが、娘、私達はお前の名前を知らん」
 ダイン 「は…?」
 娘 「え…?」

呆ける二人にクラナはにやりと笑いながら言った 

 クラナ 「だからせめて名前ぐらい名乗り合え」

言いながらクラナはダインを乗せた掌を差し出した。

 ダイン 「…そういえばまだ自己紹介もしてなかったな…」
 娘 「色々、ごたごたしちゃいましたからね」

ダインと娘は苦笑した。
そしてゴホンと咳払いをひとつ。

 ダイン 「ダイン・シュレーフドだ。よろしくな」
 娘 「マウです。ファミリーネームは捨ててしまったので…」
 ダイン 「…気にするなよ。俺も国を捨ててここにいるんだし。こう言っちゃ失礼かもしれないけど、似たもの同士だろ」
 マウ 「くす、そうですね。これからよろしくお願いします」
 ダイン 「こちらこそ」

片方は床に座り、片方は掌の上からと奇妙は挨拶を済まし二人は笑った。
笑い合えたのは、未来に、これまでのすべての不幸をふきとばせるほどの大きな幸せを感じたからだろうか。
世界は常に平等では無いが、誰にでも幸せになる権利はある。
何かの為、誰かの為に願うとき、幸せは必ずやって来る。
独りじゃない。
笑うときも泣くときも、決して人は独りじゃない。
数奇な運命に巻き込まれた二人だが、独りじゃなければ歩いてゆける。
人間、魔王、そして人間から転生した魔王。
立場は違えど心の底から笑い合える。
笑い合い幸せになる事に、種族の壁は存在しないのだから。



挨拶を終えた二人は照れくさそうに笑いあっていた。が。


 クラナ 「マウ、胸を隠さないのか?」
 ダイン 「あ…!」
 マウ 「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


マウを連れ帰ることによりクラナはからかいに事欠かなくなった。
これからは一段と騒がしくなりそうだ。



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 〜 魔王クラナ 〜


第13話 「誰が為に」 END

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