−−−−−−−−−−−

 〜 魔王クラナ 〜


第14話 「新しい一日」

−−−−−−−−−−−


------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------



朝。
わずかに開いたカーテンから朝陽が差し込んでいる。
そして広大なベッドの上の小さな布団の上で眠るダイン。
そんなダインを囁く様にして起こそうとする声が。

 マウ 「あの…朝ですよ…」
 ダイン 「ぐー…」
 マウ 「ダインさん…起きてください…」
 ダイン 「んー……ん…?」

自分を呼ぶ声にうっすらと目を開けてみるとそこには視界を埋め尽くすほどに巨大な顔があった。

 ダイン 「うぇ!?」

寝ぼけ眼が一発で覚める。
それはマウの顔だった。
その顔が「あっ」という顔になる。

 マウ 「驚かせちゃいましたか?」
 ダイン 「い、いや大丈夫大丈夫…。……ちょっとだけね」

マウがクラナのところに来て一日目の朝。
なかなかのサプライズだった。

 ダイン 「でもなんでここに?」
 マウ 「ダインさん達を起こそうと思って。すみません」
 ダイン 「いやいや、謝らなくていいから。そっか助かるよ。誰かに起こされるなんて久しぶりのことだね」

ははは、と笑いながらポリポリと頭をかく。
見上げるマウは女中服を来た上半身だけが見えていた。
おそらく床に膝立ちになってこちらを見下ろしているのだろうとダインは思った。
そのダインに、マウが神妙な面持ちで尋ねてきた。

 マウ 「…あ、あの」
 ダイン 「ん?」
 マウ 「ダインさんて…いつも…その…クラナ様と一緒に寝てるんですか?」
 ダイン 「そうだよ」
 マウ 「そ、そうなんですか…」

マウの顔が赤く染まりダインから背けられる。
? ダインは首を捻った。

 ダイン 「ど、どうしたの?」
 マウ 「いえ、クラナ様はこんなに挑発的ですから…」

尻すぼみになるマウの言葉の意味を探るためにクラナの方を振り向いてみると、そこにはクラナの胸がパジャマから盛大にはみ出ているのが見えた。
ボタンがはずれ、肌蹴られた胸はまるで横になった肌色の小山のようだ。
ダインもマウと同じく真っ赤になり首をぶんぶんと振って否定した。

 ダイン 「うぇぇえ!? ち、違う! 違うから! これは俺とは何にも関係ないから!」
 マウ 「そうなんですか…?」
 ダイン 「そうなんです! これはこいつの寝相のせい!」
 マウ 「でも一緒に寝てるんですよね…」
 ダイン 「うぐ…! それは…」
 マウ 「昨日のお二人を見ていても思ったんですけど、やっぱり私の入る隙間なんか無いんですね…」(ず〜ん)
 ダイン 「そ、それは…」
 マウ 「で、でも! 私諦めませんからね! ダインさんに助けてもらったこの命で精一杯がんばりますからね!」
 ダイン 「お、おう。がんばれ。……なに言ってんだ俺」

勇気付ける。
クラナは昨日、マウに「お前は奴隷ではない」と言った。友であり仲間であり、この城に暮らす家族であると。
それは今まで奴隷と言う社会の最下層に置かれていたマウにとって初めてのことであった。
その時クラナは自分の思うとおりに生きたらいいと教えた。もう、自分の人生は他人に縛られてはいないのだと教えた。
同時に、

 クラナ 「この男が好きなら私から奪ってみろ。従者だからと言って遠慮はするなよ。私に対して一歩引く必要は無い。欲しいものは手段を選ばす掻っ攫え」

と言った。
なのでマウのこの行動も俺を想ってのことなのだろう。
…なんかむず痒いよな、この立場。
と、そんなことをしていたときだった。

 クラナ 「ん……やかましいな…」

クラナが起きて来た。
あくびをしながら目を擦っている。

 ダイン 「あ、おはようクラ…ナ…」

上体を起こしたクラナを見てダインは固まる。
先ほどまでパジャマのボタンがはずれそこから胸が肌蹴けていたというのにそのまま起き上がればどうなるかはまさに一目瞭然。
クラナが起き上がるに伴ってその豊かな胸がぶるんと揺れた。
思わずダインとマウの頬が赤くなる。

 ダイン 「…」
 マウ 「あ…」
 クラナ 「ん? なんだ二人とも固まって。それにダイン、顔が赤いぞ? ははぁ、そうか、早速マウがアタックを始めたのだな。初々しい奴め、朝起こされたくらいで赤くなりおって。まったくお前と言う奴は——」
 ダイン 「胸をしまえぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええ!!」

朝の澄んだ空気は声が良く通る。
そんな気がした。
 
 
  *
 
  *
 
  *
 
 
着替えを終えたダインとクラナ。

 クラナ 「なんだ、私の胸を見て赤くなっていたのか。期待して損した」
 ダイン 「もうちょっと気を使えよ! 俺の身がもたん!」
 クラナ 「今更何を言っている。散々見てきただろうに」
 マウ 「えぇ!? そうなんですか!?」
 ダイン 「クラナぁ! 余計な事を!」
 クラナ 「事実だ。ん?」

てくてくと歩く三人の先、キッチン兼食堂(?)内に灯りが灯されているのを感じた。
入ってみれば案の定、鍋やオーブンに火が入っていた。

 クラナ 「これは…」
 マウ 「すみません。一応お世話になる身として、勝手ながら朝食の準備をさせていただいてます」
 ダイン 「へぇ」
 クラナ 「準備が…出来たのか?」
 マウ 「はい。ただ食材があまりにも少なかったのでお味噌汁しかできていないのです。食材はどこか別の場所にしまってあるんですか?」
 クラナ 「いや…」
 ダイン 「というか、なぁ…」

クラナとダインは顔を見合わせた。

 マウ 「?」
 クラナ 「普段この厨房は使わないのだ。別のところで食事にするからな。まさか味噌汁の具になるようなものが残っているとは…」

言いながら鍋のそばへと歩いてゆくクラナ。
鍋からは食欲をそそるいいにおいが漂ってくる。

 ダイン 「はぁ…おなか空いてくるな…」
 クラナ 「うむ」
 マウ 「他のところで食事するって…もしかしてご迷惑でしたか? それでしたらすみません…」
 ダイン 「いやいや、そんな事ないよ」
 クラナ 「その通りだ。馳走になるぞ」

言うとクラナは鍋をテーブルの上に持っていった。

 マウ 「どうするんですか?」
 クラナ 「頂くに決まってるさ。人の好意を無駄にするほどひねくれてもいない」
 ダイン 「人じゃないけどな」
 クラナ 「うるさいぞ。では行くか」

   ピカッ

瞬間、クラナの身体が光を放つ。
そしていつものようにテーブルの上に。

 マウ 「え!?」
 クラナ 「これでよし。ダイン、味噌汁をよそってくれ」
 ダイン 「へいへい」
 マウ 「ち、小さくなってる!」
 クラナ 「お前も早く来い」
 マウ 「え? え? でも、どうやって…」
 クラナ 「どうもこうも…」

ハッと気付く。

 クラナ 「忘れていた。こいつは魔力を扱えないんだった」
 ダイン 「なんでだ? だって魔王並みの魔力を持ってるんだろ?」
 クラナ 「前にも説明しただろう、魔力を扱う術は呼吸をするぐらい無意識のものだと。生まれたときから無意識に使えるはずのものを、魔力を持ったからと言ってすぐ使えるようにはならん。お前と同じだ」
 ダイン 「じゃ、じゃああの強大な魔力も…」
 クラナ 「うむ。使えなければ無いに等しい」
 ダイン 「…」

マウの持つ魔王に匹敵するほどの大魔力。
だが扱い方を知らないマウはそれを使うことが出来ない。
完全に持ち腐れ状態だった。

 ダイン 「どうするんだ…?」
 クラナ 「何、簡単だ。もともと私の魔力なのだから私が扱えばいい。触れていれば可能だ」

言うとクラナは巨大化。
そしてマウの肩に触れると再び縮小化した。
今度はマウの身体も一緒に小さくなっている。

 クラナ 「これでいい」
 ダイン 「よかった…ぁぁああああああああああ!?」
 マウ 「え? きゃぁああああああああああああ!!」

マウは全裸になっていた。
自分の身体を抱きかかえるようにして蹲るマウ。
ダインは慌てて背を向けた。

 ダイン 「いったいなんで…」
 クラナ 「(ポンと手を打つ)そうか。あのシャルからもらった服には私の魔力が染み込んでいないから一緒に縮小出来なかったのか」
 ダイン 「じゃあどうするんだよ」
 クラナ 「私が自分の服をもう一着持ってくる。それなら縮小できるからな」

クラナは再び巨大化し、地響きを立てながらキッチンから出て行った。
あとにはダインと、全裸で蹲るマウだけが残された。

 ダイン 「気まずい…」
 
 
  *
 
  *
 
  *
 
 
クラナの持ってきた服を急いで着込み、マウはなんとか息を整える。
同時にダインも息を整える。

 ダイン 「ふぅ…」
 クラナ 「白々しいぞ。本当は見たかったんだろう?」
 ダイン 「こらぁ!!」

テーブルの上を行く道中、クラナの冗談にぶつくさと文句を言いながら歩くダイン。
マウも顔を真っ赤にしてしまっていた。

やがていつもの食事用の小テーブルなどなどが見えてくる。
その横には山の様に巨大な味噌汁の入った鍋。
ホカホカと湯気を立ておいしそうなにおいを放っているが、明らかによそれそうにない。
まぁそれはクラナかマウに頼めばよいのだけれども。

即席小キッチン兼小リビングに着いた3人。
クラナはドカッと椅子に座った。

 クラナ 「じゃあ頼むぞ」
 ダイン 「だからたまには手伝えって」
 クラナ 「良いからほれ、とっとと動け」
 ダイン 「へいへい」

ダインはかまどに火を入れ、倉庫の中から食材を取り出した。
その様を見ていたマウが驚く。

 マウ 「え! ダインさんが作るんですか!?」
 クラナ 「ああ。居候が家の為に何かするのは当然の事だろう」
 ダイン 「クラナが料理を作れないからしょうがないんだよ」
 クラナ 「うるさい」

ふん、とそっぽを向くクラナ。
その横からマウが一歩踏み出てくる。

 マウ 「わ、私が作ります!」
 ダイン 「え?」

振り返り見たマウの顔はやる気満々。
両の拳も握られていた。
ほう。楽しそうな顔で見上げるクラナ。
ダインも笑顔で答えた。

 ダイン 「手伝ってくれるの? 助かるよ」
 マウ 「いえ、私が全部やります。ダインさんは座って待っていてくださいな」
 ダイン 「え、でも…」
 マウ 「料理は得意なので大丈夫です。それに私は使用人でもありますから家事全般はお任せください」
 ダイン 「…いいのか?」
 マウ 「はい。腕によりをかけて作らせていただきます」
 ダイン 「そっか。ありがとう」

場所をマウに譲り椅子に座るダイン。
キッチンに立ったマウは食材を一瞥すると包丁を手に取りそれら切り始めた。
トントンと軽快で規則正しい音が聞こえる。
同時に周辺の鍋にも火が灯され、なんとも手際よく料理が開始された。

 ダイン 「へぇ、凄いな」
 クラナ 「お前もこのくらい出来たらよかったんだがな」
 ダイン 「良いからお前は早く味噌汁よそって来いよ。冷めちゃうだろ」
 クラナ 「…。持ってこないで火にかけたままにすれば良かった…」
 ダイン 「それでもお前が取りに行くのはかわらないけどな」
 クラナ 「ダインのくせに」

クラナは巨大化し、結局鍋をかまどの上に戻した。
そして人間用サイズの鍋を摘み上げるとその中に味噌汁を入れた。
そうこうしている間にも食卓の上に朝食が次々と並べられてゆく。
最後に、どこから持ってきたのか食卓の中央に花瓶と花が添えられた。

 マウ 「はい、できました」
 クラナ 「ほぉ」
 ダイン 「すごい…」

そこには、かつてダインがシャルのパーティ会場で見た食事に引けを取らないほど豪奢な料理の数々が並べられていた。
しかしいずれの品も、まず身体を動かすためのエネルギーの摂取、を重視された朝食として当然であり最高のものだった。
いつの間にかテーブルクロスまで敷かれ、まるでこのテーブルだけ別の世界に来ている様だった。

 ダイン 「これが朝食か…?」
 クラナ 「なんという…」

二人はあっけに取られていた。
まるでその食卓は、それ自身が光を放つかのようにキラキラと輝いて見えるのだ。
完成された食卓とはこうも美しいものなのか。

 マウ 「さぁどうぞ、召し上がってください」
 クラナ 「うむ」
 ダイン 「ああ…」

二人は料理のひとつを手に取り口へと運んだ。
そして咀嚼し、味を吟味するまでも無く、その美味しさがわかった。

 クラナ 「美味い…」
 ダイン 「凄く美味しいよ!」
 マウ 「そ、そうですか? ありがとうございます」

照れくさそうに顔を赤らめるマウ。
ダインとクラナは動かす箸を止められなかった。

 ダイン 「おいしい…俺こんなおいしい料理食べたこと無いよ」
 クラナ 「ダインの料理よりもうまいな」
 ダイン 「俺のと比べたら失礼だろ。いやしかし本当に…」

ぱくぱくもぐもぐ。
朝食だと言うのに豪快な速度でそれらを口に詰め込む。
感動するほどの美味。
あれほどの量があっという間に無くなった。
自分の料理を一心不乱に食べる二人を見てマウは笑顔になっていた。


  *


食後。
腹を膨らませたダインとクラナが椅子にもたれかかって一服中。

 ダイン 「はぁ…おいしかった」
 クラナ 「うむ。…これは思っていた以上にいいものを拾ったかもしれん…」
 ダイン 「ご馳走様な、マウ」
 マウ 「いえ、ダインさんとクラナ様に喜んでいただけて嬉しいです」

にっこりと笑うマウだが、クラナはマウの言葉の中の単語に苦笑した。

 クラナ 「なぁマウ、そのクラナ『様』というのをやめてくれないか? 私はそんなガラじゃない」
 マウ 「え、ですが、この城の主であり私の主人ですから…」
 クラナ 「確かにお前を従者としたが、そんな下に置くつもりはないぞ。『様』なんていらん。何より、こう、むず痒いのだ」

言いながらクラナは身体をブルリと振るわせた。

 ダイン 「もしかして照れてるのか?」
 クラナ 「少しな。─だから私を呼ぶときは『クラナ』でいい」
 マウ 「そんな、ご主人様を呼び捨てにだなんて…」
 クラナ 「私が良いと言っているんだぞ。…ああ、ならこうしよう。主人として命ずる、『様』付けをやめろ」
 ダイン 「こどもかお前…」

いい案とばかりに得意な顔になるクラナに対しダインは呆れ顔になった。
フフン、とばかりに胸を張っている。

 マウ 「…。わかりました、ではクラナ『さん』と呼ばせていただきますね」
 クラナ 「…」
 ダイン 「確かに『様』付けじゃあないな」
 クラナ 「やれやれ、まぁいいか」

ずず…。
クラナは差し出されたコーヒーをすすった。


  *


 マウ 「お二人はいつもこうやって?」
 ダイン 「まぁ大体ね」
 クラナ 「適当に寛いだあとは玉座で昼寝だ」
 ダイン 「お前だけだろ」
 クラナ 「ダインを胸に挟んだままな」
 マウ 「えぇ!?」
 ダイン 「違ぁぁぁぁああう!!」


  *


食事の後片付けを終えた3人は玉座の間へと来ていた。
が、玉座の間には椅子と呼べるものは玉座しかなくダインがマウの椅子になるものを探したがマウは立ったままでいいと言った。慣れているんだそうだ。
その時、玉座に座り、頬杖をついていたクラナが大あくびをした。

 クラナ 「ふぁ〜あ……本当に眠たくなってきたな」
 ダイン 「ね、寝るならひとりで寝てくれよ…」
 クラナ 「今日はお前を挟むつもりは無い。そんな事より、マウにお前で遊ばせたほうが楽しそうだ」
 マウ 「えぇっ!?」

ニヤリと笑ったクラナが意味ありげにマウに目配せするとマウは顔を真っ赤にして否定した。
同時にダインも真っ赤になった。

 マウ 「く、クラナさん!」
 ダイン 「な、何言ってんだ!」
 クラナ 「この城に住むためにはダインで遊ばねばならないのだ」
 ダイン 「アホかぁ!」
 クラナ 「ふふ、それはそうとそろそろ自分の変化が呑みこめて来たか?」

怒鳴るダインを鼻で笑いながらクラナはマウに話しかける。
マウは暫し考え、やがて首を横に振った。

 マウ 「いえ、まだなんの実感も…」
 クラナ 「まぁそうだろうな。実際人間と魔王の違いは、魔力を持っているか否かだけなのだから」
 ダイン 「そ、そうだったのか!?」
 クラナ 「細かく分ければ違うところも多いが、概ね同じと見ていい。お前は私達を見て人間とそっくりだと思った事は無いか?」
 ダイン 「…」

確かに思ったことはある。
違う種族が、これほどまで似るものだろうか。と。
だが言われて見れば、違うところといえば身体の大きさと魔力を持っていることくらいでそれ以外に大差を感じたことは無い。
いったいどういうことなのだろう。
まさか、人間は魔王の子孫だとか!?

 クラナ 「んなわけあるか」
 ダイン 「だよなぁ」
 クラナ 「人間と魔王は別種の生き物だ。これは断言できる。なぜ似ているかは…まぁ数万年前のことだからな」
 ダイン 「でも、人間と魔王は似てるけど、魔族とは似てないよな。あいつら角生えてたりするし」
 クラナ 「上級は人間に近しいがな。下級になるほど歪な形容を取るようになる。魔素の結合が歪んだのか、あるいは…」
 ダイン 「…」
 クラナ 「…」
 ダイン 「…知らないのか?」
 クラナ 「私は百科事典ではない。万理全てを知るわけでは無いぞ。それはともかく、実感が無いからと言って気にするな。変化が無いのは安定している証拠だ。過ぎた魔力が身を滅ぼすことにならなくて良かった」
 マウ 「そうですね。もっと苦しくなると思ってました」
 クラナ 「顕著な変化は大きさだけだが、それも縮小化すればなくなる」
 マウ 「私って本当に大きくなっちゃってるんですね…」
 クラナ 「今のところ比較できる対象がダインしか居ないから難しいと思うが…」
 ダイン 「ぬおっ!?」
 マウ 「あっ!」

クラナは喋りながら横の小テーブルの上にいたダインを摘み上げると足元に下ろした。
放り出されて転がるダイン。

 ダイン 「いたた…いきなり何するんだよ…ッぐぁ!!」

  ドスン!

床の上のダインのすぐ目の前にクラナの足が踏み降ろされた。
やはり吹っ飛ばされて転がるダイン。
そんなダインを見もせずにマウに話しかけるクラナ。

 クラナ 「これが私達と人間の大きさの違いだ。靴の高さほども無い。いや、私達の靴は人間の家よりもでかいぞ」
 マウ 「あわわわ…! だ、ダインさんが…」
 ダイン 「こらぁ! クラナぁ!」

両手を振り上げ怒鳴るダインだが、椅子に座るクラナの足元からはクラナの顔は見えない。
脚の膝から下がいいとこだった。

 クラナ 「そこからだと私のスカートの中が見えるだろう?」
 ダイン 「見ないわぁーーーーー!」

そのあと拾われたダインはテーブルの上に戻された。

 ダイン 「いい加減にしろ! お前はもっと羞恥心を持て! だいたい女がそんな意味も無く男を胸に挟んだりスカートの下に置いてからかったりするもんじゃないんだよ! いいか! 世の中には常識ってものがあってなその中で人は己を抑え堕落しないために日々切磋琢磨してムグッ!」

怒鳴るダインの上にクラナの手が乗せられ声は封じ込められた。

 クラナ 「説教は聞きたくない」
 ダイン 「もごもご(クラナぁー!!)」

暫く暴れていたダインがおさまったころにようやく手はどかされた。
その下からは息を切らし疲労の極みにあるダインが出てきた。

 ダイン 「はぁ…はぁ…この野郎…」
 クラナ 「説教するならせめて私の手を持ち上げてからにしてもらいたいな。そんな事も出来ん奴が説教しても説得力、というか言葉の威圧感に欠ける」
 ダイン 「無茶言いやがって…!」
 クラナ 「ふふ、なぁマウ、お前もそう思わないか?」
 マウ 「私ですか!?」
 クラナ 「今のお前はダインよりも強いんだ。弱い男の意見など聞けんと言ってやれ」
 マウ 「わ、私がダインさんより!?」
 ダイン 「うぇ!?」

目を見開くマウ。
驚愕のダイン。
にやにや笑うクラナ。
ダインとマウはお互い見つめあった。

 ダイン 「…」
 マウ 「…」
 クラナ 「たとえダインが全力で剣を振るったとしてもお前には傷一つつけられまい。髪の毛くらいは切れるかも知れないが」
 ダイン 「…ヘコむ……」

落ち込むダイン。
マウは慌ててフォローする。

 マウ 「だ、ダインさん! 私そんなつもりありませんから!」
 クラナ 「ほれ」

クラナはマウの手をぐいと引っ張りテーブルの上に降ろさせる。

 クラナ 「ダイン、こいつの指を持ち上げられるか?」
 ダイン 「…」

虚ろな瞳のダインが見た先にはマウの人差し指があった。
ふらふらとそれに近寄ったダインは、マウがおろおろと、そして赤くなりながら見守る中、それに手をかけた。
人間の頃は奴隷として酷使されながらも細く綺麗なままの指であったが、今はまるで肌色の大木が横たわるかのようだ。
指先の下に手を入れ、一気に力を込める。
が、ビクともしない。
本来華奢なマウの指はダインの全力を以てしてもそこに鎮座したままだった。

 ダイン 「ぐぉぉお…!」

  ぐぐぐぐ…

指が動く。
ダインはマウの指を持ち上げた。
肉体の限界を悟った意思が魔力による筋力の強化を命じたのだ。
指はゆっくりと持ち上がり、ダインは身体をその下に入れると両手を上にし掲げるようにして伸ばした。
完全に指を持ち上げることが出来ていた。
それを見たマウの顔がパッと明るくなった。
これでダインが自信を取り戻してくれると思ったからだ。
ついでに頬が赤いのは、彼と触れ合っていることと、彼の勇ましさを見ることができたからである。
ところが─

 クラナ 「くくく、随分必死そうだな。女の指1本持ち上げるのに」
 ダイン 「…」

必死の向こうに忘れ去ろうとしていた現実を突きつけられてダインの身体から力が抜けた。
するとその上にマウの指がズズンとのしかかった。
指先の下に仰向けになって潰されるダイン。

 ダイン 「ぐ…!」
 マウ 「あ! す、すみません!」

マウは慌てて手をどけた。
そこには、倒れたまま動かないダインの姿。
マウの顔が青くなる。

 マウ 「だ、ダインさん! ど、どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」
 クラナ 「ただ落ち込んでいるだけさ。すぐに立ち直る」
 マウ 「クラナさん、今のは酷すぎますよ…」
 クラナ 「ふふ。だがダインだからこそこうやって遊ぶことができるんだ。普通の人間だったら今の瞬間に全身の骨が砕けているからな。お前がその華奢な指を乗せるだけでも、男共は泣き叫んで命乞いするだろう」
 マウ 「ッ…!」
 クラナ 「なんならお前の親や奴隷商人に復讐でもしに行くか? お前が拳を目の前に振り下ろしさえすれば、そいつらは馬鹿みたいに狂って頭を地面にこすり付けるぞ。いい暇つぶしになりそうだ」
 マウ 「し、しません! しませんよ復讐なんて! …私はもう、昔の事は忘れるんです」
 クラナ 「そうか、それは悪かった」
 ダイン 「不幸を憎しみにかえない。君は強い子だよ…」
 クラナ 「お、立ち直ったのかダイン。確かにお前よりは強いな」
 ダイン 「…」

また落ち込んだ。
それから暫くは肉体的にも精神的にもダインが傷つくような事は無く、おしゃべりの時間となっていた。

 クラナ 「…でだ、マウ、お前はダインが好きなのだろう? 今ここで好きと言ってしまえ」
 マウ 「えぇぇ!?」
 クラナ 「ダインも、マウのことをどう思っているんだ? ちゃんと伝えてやれ」
 ダイン 「えぇぇ!?」
 クラナ 「声をそろえるな」
 ダイン 「く、クラナ、そんないきなり…」
 マウ 「そ、そうですよ…」
 クラナ 「お前達人間は奥手でいかん。チャンスはいつでもあると思っているのか? 一歩を踏み出さねば明日は無いぞ」
 ダイン 「無粋過ぎるとは思わんのかお前は…」
 マウ 「でも…ダインさんはクラナさんが好きなんですよね…」
 ダイン 「ぬぉ!?」
 クラナ 「ほう…」

ダイン驚愕。
クラナにやり。

 クラナ 「どうしてそう思う?」
 マウ 「だってやはりお二人は楽しそうですよ。ダインさんも、心の底から笑ってるように見えますし…」
 ダイン 「そ…」
 クラナ 「くくく、まぁそうだとしても、奪っていいぞ。自分に嘘をついて生きるなよ」
 マウ 「でも、それでしたらクラナさんの気持ちも…」
 クラナ 「私はいい。私はこうしてダインと一緒にいられるだけでな。ああ、もちろんお前達の仲に邪魔だったら消えるから安心しろ」
 ダイン 「だ、誰もそんなこと言ってないだろ!」
 クラナ 「わかってる。マウ、お前の自由だ。キスでも何でも好きにやれ。結ばれたいなら引くなよ」
 マウ 「クラナさん…」
 クラナ 「なんだその顔は。私は別に無理をしているわけではない。本当に一緒に居られればいいと思っている。そしてそこにお前が居ても一向に構わん」

当たり前に様に淡々と語るクラナ。
これは、クラナさんの本心なのだろう。マウはそう思った。
この人は、本当にダインさんと一緒にいられるだけで良いと思ってる。
例えダインさんが、他の誰かに振り向いたとしても。
それは、全てを許容するほどの深い想いの証だった。
私の想いよりもずっと深い…。
この人からダインさんを奪うことなんて出来ない。
でも私も、もっとダインさんと一緒にいたいから。

 マウ 「…いえ、クラナさん。私、ダインさんに告白はしません」
 クラナ 「む?」
 ダイン 「…?」

本心だった。
笑顔でそう言えた。

 マウ 「私も、ダインさんと一緒にいられるだけで十分ですから」

聞いたダインは顔を赤くしてしまった。
クラナも苦笑していた。

 クラナ 「やれやれ、それはもう告白したのと同じじゃないか」
 マウ 「くす、そうですね」
 クラナ 「ふふ。…さすがダインだ、女の心を掌握するのが上手いな」
 ダイン 「う、うるさい」
 クラナ 「照れるな照れるな。……お、そうだ、何をしても良いと言ったが、性交だけはやめておけ」
 マウ 「せ……せっ!?」

その言葉を口にする前に意味を理解したマウは声が裏返ってしまった。
動揺のあまりその頭文字ばかり繰り返してしまっている。

 マウ 「せ…っ、せ…っ」
 ダイン 「い、いきなり何言い出すんだ」
 クラナ 「一応の忠告だ。マウ、その辺は、悪いが諦めてくれ」
 マウ 「せ…」

顔を真っ赤にしてうつむくマウ。

 ダイン 「でもなんでいきなり…」
 クラナ 「前にも言ったが、魔王と人間が契りを結べば人間は死ぬ。あとから魔王となったマウも、例外ではない」
 ダイン 「そ、そっか。確か魂を吸われて死ぬんだったな…」
 クラナ 「くくく、あの時は感情にまかせてああ言ったがな、実際は魂ではなく精を吸収するのだ。いや、結果は変わらないが。『淫魔』というのを知ってるか?」
 ダイン 「あー…前になんか本で読んだことがある気がする。実在するのか?」
 クラナ 「魔族の一種だ。サキュバス、インキュバスと呼ばれる種族でな、人間の精を吸い取り糧とする。魔王のは、淫魔のそれをはるかに強力にしたものと思っておけ」
 ダイン 「精か…。でも魔王の場合のそれは生命力…『気』ってことだよな?」
 クラナ 「そうだ。淫魔の貪る、性行為の際に発せられる液とは違う」
 ダイン 「そ、そんな妙な言い方しなくたって…」
 クラナ 「多少は言葉を濁さねばマウの居心地が悪いだろう?」
 ダイン 「…そうだな」
 マウ 「せ…」
 クラナ 「つまりそういうことだ。性交はダインを死なすことになるから止めておけ。…と、言うまでもなくやらなそうだな」

いつのまにかマウは真っ赤にした顔を両手で覆って座り込んでしまっていた。

 クラナ 「まったくダインめ」
 ダイン 「俺のせいか!?」


  *

  *

  *


それからマウが復活するまでまた暫く。
そのあとダインはマウから簡単な料理のコツを教わっていた。

 マウ 「そういうものは強火で短時間で焼くんですよ。そうすれば表面だけがカリッと仕上がりますから」
 ダイン 「なるほど…。調味料はいつ入れればいい?」
 マウ 「アリアー草の粉はこね始めたときに、ヌールの水は生地を固まらせるので暫くこねた後に入れた方が混ぜ易いと思いますよ」
 ダイン 「そうだよな。前に先輩からもらったレシピじゃちっとも上手くできなくてさ」
 クラナ 「つまらん…」

一人話題に取り残されたクラナは大あくびをしていた。

 クラナ 「眠くなってきた…」
 ダイン 「寝てても良いぞ」
 クラナ 「お前を胸に挟まんと寝た気がせん…」
 ダイン 「迷惑な奴だな…」

と、そのときであった。

 エリーゼ 「ダイ〜ン、クラナちゃ〜ん、遊びに来たよー」

エリーゼがやってきた。
声の方を振り向くダインとクラナ。
マウは緊張した。

 マウ 「だ、誰ですか…!?」
 ダイン 「エリーゼっていう魔王だよ。害は無い奴だから」
 クラナ 「くくく」

声があってから暫くして、玉座の入口からエリーゼがひょこっと顔を出した。

 エリーゼ 「やっほー、ダイン遊ぼ〜♪」
 ダイン 「おっす、エリーゼ」
 エリーゼ 「……あれ?」

部屋を覗き込んでダインを見つけるも、そこに見慣れない顔も見つけたエリーゼ。
その瞬間エリーゼが頬をぷぅ〜っと膨らませてその人物を睨みつけた。
睨まれたマウはビクリと震えてしまった。
だが、同時にダインも寒気を覚え震えていた。
エリーゼのそれはこどもっぽい怒り方だが、その目には凄まじいほどの負の感情が滾っていたのだ。
憎悪だった。
青い双眸に暗い光がギラつく。
ダインは、エリーゼがこんなにも負の感情を表すところを見たことが無い。
かつてクラナは、エリーゼに怒気覇気殺気は無いと言ったが、今のエリーゼからは、ダインでさえ冷や汗をかくほどの鋭い怒気が迸っていた。
そのエリーゼが、唸るような低い声で言う。

 エリーゼ 「誰…? それ…」

ひっ!
言葉を向けられたマウが小さく悲鳴を上げる。
向けられる視線は氷の様に冷たく宿る憎しみは炎の様に燃え盛っていた。
ダインもエリーゼに声をかけようとしたが、口を開くどころか、指一本動かすことが出来なかった。
そんなエリーゼにクラナが言う。

 クラナ 「安心しろ、こいつは他の魔王とは違う」
 エリーゼ 「…ほんと?」

マウから視線を外さぬまま低い声で返すエリーゼ。
クラナはそんなエリーゼの様子にくすくすと小さく笑いながら答えた。

 クラナ 「くく…ああ本当だ。さっきまで一緒にダインで遊んでてな」
 エリーゼ 「そうなんだ!」

パッとエリーゼの顔が笑顔になる。
瞬間、あの凄まじい怒気が一瞬にして霧散していた。
そして、まるで何事も無かったかのようにスタタタと走ってきたエリーゼはマウに話しかけた。

 エリーゼ 「あたしエリーゼ。あなたの名前は?」

笑顔のままマウの顔を覗きこむエリーゼ。
マウはやや混乱していた。
今、目の前に居るのが、先ほどまで自分を鋭い目で睨んでいた娘なのか?
くりくりっとした瞳がキラキラと輝きながら自分を見ている。そこに、あの憎悪の気配は欠片も見られなかった。
マウは気圧されながらも答えた。

 マウ 「ま、マウです…」
 エリーゼ 「ふーん、マウちゃんかぁ。よろしくね〜」

にっこりと微笑むエリーゼ。
その横、テーブルの上でひとり唖然とするダイン。

 ダイン 「い、いったい何だったんだ…」
 クラナ 「前に話しただろう、あいつは魔王から嫌われていると。同じ様に、あいつも他の魔王を嫌っている」
 ダイン 「何で…」
 クラナ 「それも言っただろう、お前等人間の生まれる前の話だ。知ったところで意味は無い」
 ダイン 「でも、お前だって魔王なのに…」
 クラナ 「くく、最初に会ったときに懐かれてな、それ以来ずっとこの様だ」

笑いを噛み殺すクラナ。
ダインはその答えに首を捻るばかり。
そしてその横では、エリーゼがマウの周りをくるくると回っていた。

 エリーゼ 「へぇ〜、かわいいね〜」
 マウ 「あ、ありがとう…」
 エリーゼ 「どこから来たの? なんでクラナちゃんと一緒にいるの? ダインとどんなことして遊んだの?」
 マウ 「え、え、えーと…」

質問攻めにおろおろとするマウにクラナが言う。

 クラナ 「そいつはこどもだから適当にあしらっておけばいい。エリーゼ、こいつは昨日からここに住むことになった。仲良くしろよ」
 エリーゼ 「は〜い!」

手を大きく上げて返事をするエリーゼ。
そのせいで胸がぷるんと揺れ、それを見たマウは顔を赤らめた。

 マウ 「あ、あの…エリーゼさん…」
 エリーゼ 「エリーゼでいいよー」
 マウ 「じゃ、じゃあエリーゼちゃん、なんでそんな格好しているの…?」
 エリーゼ 「ふぇ?」
 マウ 「そんな水着みたいな格好で恥ずかしくないの?」
 エリーゼ 「全然恥ずかしくないよ」
 マウ 「そ、そうなんだ…」
 ダイン 「マウ…、それは俺も散々問い詰めたが無駄だった。俺達とは価値観が全然違うんだよ…」

横からダインがため息混じりに口を挟んだ。
その横でまた笑うクラナ。
やがてマウの周りを回っていたエリーゼがダインの方を振り向いた。

 エリーゼ 「あ、ダイン、今日はこれ読んでほしいの」

例の如く胸の布から絵本を取り出しダインに手渡す。
指先の間につままれた絵本を受け取ったダインはあぐらをかいて座りなおした。

 ダイン 「わかったよ。じゃあここに来い」
 エリーゼ 「うん!」

ポン! という音と共に縮小したエリーゼはテーブルの上のダインの元へ行くと、そのあぐらの上に腰を降ろした。

 マウ 「え!」
 ダイン 「クラナ、頼むよ」
 クラナ 「ふふ、ああ」

クラナはダインの後ろに指が来るようにテーブルに手を降ろし、ダインはそれにもたれかかった。

 ダイン 「さんきゅ。…えーっと、『むかしむかし、あるところに…』」

エリーゼを後ろから抱くような格好で手を回し、エリーゼの前に絵本を持ってきて読む。
エリーゼが大きなままがいいと言わない限り、いつもこの格好である。
マウは、ダインとエリーゼのその当たり前の行動に驚いていた。
男女が、身体を密着させて抱いているのだ。

 マウ 「…」
 クラナ 「フフフフ、マウ、こいつはライバルにしなくてもいいぞ」
 マウ 「え?」
 クラナ 「こいつ等の関係は父と子か、兄と妹の関係に近い。…いや、主人とペットか? くく、この場合、主人はダインな」
 マウ 「そうなんですか」
 クラナ 「一人前に女のなりをしているが、中身はこどもだ。こうしてダインに懐いているが、この『好き』具合がどういったものか、お前ならわかるだろう?」
 マウ 「はい、なんとなくですが」
 クラナ 「だからお前もそういうつもりで接してやればいい。気負わず、こどもにするようにな」
 マウ 「くす、わかりました」
 クラナ 「まぁこどもと言ったが、すでに数万年の年月を生きているがな。実際はお前より遙かに年上だ」
 マウ 「そ、そうなんですか。 とてもそんな風には…」
 クラナ 「私も同じ様なものだ。私達の成長は、お前達から見れば止まっているように見えるだろう。さて、どうするか。こいつらが本を読んでいる間は暇だ」
 マウ 「私はこのままで。やっぱりダインさんはいい方ですね」
 クラナ 「クックック、お前も心底惚れている様だな」

にやにやと笑いながら言うクラナ。
マウはまた顔を赤らめてしまった。


  *


ダインがエリーゼの持ってきた絵本を12〜3周した頃、時はお昼となっていた。

 ダイン 「疲れた…」
 クラナ 「ご苦労だったな」

4人はキッチンへと向かっていた。
ダインとクラナの後ろではエリーゼがマウにキラキラとした目を向けていた。

 エリーゼ 「マウちゃんってお料理つくれるのー!?」
 マウ 「大したものじゃないけど…」
 ダイン 「そんなことないよ。とておいしかったよ」
 クラナ 「ああ、あれほどの美味は初めて味わったな」
 エリーゼ 「わぁ〜楽しみ〜♪」

ルンルン気分のエリーゼはスキップを始めていた。

やがて4人は縮小してテーブルの上へ。
3人は席に着きマウは小さなキッチンへと向かった。
ダインが手伝おうとしたがマウはまたそれを断った。

 マウ 「わ、私の作った料理を食べてください…」(赤面)
 ダイン 「…」(赤面)

とのこと。
結局マウが一人で手がけることとなった。

暫くしてそこには4人分の昼食が並んだ。
それは朝食の美しさにより彩が加えられ、見る者の食欲をそそった。
目の前に並べられた食卓を見てエリーゼの目がキラキラと輝く。

 エリーゼ 「すごーい! きれい〜…」
 ダイン 「あの朝食でも十分だったのにこれは…」

まさにパーティの食卓。
二食続けてこんな豪華なメニューなど経験したことが無い。

 ダイン 「倉庫の中、もうほとんど材料残ってなかっただろ? よくこれだけのものが…」
 マウ 「はい、だからあり合わせで簡単なものになってしまったんですけど…すいません」
 ダイン 「これで…? いやいや、十分過ぎるって…じゃあありがたく頂きます」
 マウ 「はい、召し上がってください」

手を合わせ、料理に手をつけるダイン。
あの少ない食材がどうしたらこんなたくさんの料理になるのかわからない。
まるで魔法だった。
ダインが感慨にふけっている頃、エリーゼは片っ端から料理に手をつけていた。

 エリーゼ 「おいしい〜! あれもこれもみんなおいしい〜!」
 マウ 「ありがとう」

エリーゼの純粋な感想にマウの顔も笑顔になる。
確かに美味い。ありきたりの食材しかなかったはずなのに、味わったことの無い味だ。
すごい。
ダインは一口一口吟味し、その味の奥深さを体感していた。
感動が口元から広がり、それが喉を下って腹に収まる。
やがてこの感動は身体中を巡るだろう。
食べることと味わうことの幸福感が心と腹を満たす。

と、ダインがあまりの感動に涙しそうになっている横で、クラナは自分の前に置かれたサラダをじーっと睨んでいた。まるで親の仇を見る様に眉を吊り上げて。
ああ、クラナは野菜が嫌いだったな。
そんなことを思うダイン。
それに気付いたマウがクラナに話しかける。

 マウ 「どうなされました? お口に合いませんでしたか?」
 クラナ 「…私は野菜が嫌いなのだ。だからこのサラダはどけてもらえるとありがたいのだが…」
 マウ 「ダメです」

きっぱりと言い切るマウ。
おお、ダインは少し驚いた。
クラナも、バツが悪そうにマウの顔を上目遣いで睨む。

 マウ 「お野菜は身体に良いんですよ。好き嫌いを言ってはいけません」
 クラナ 「しかし嫌いなものは嫌いで…」
 マウ 「この野菜を育てるのに沢山の人が汗を流し苦労しているんです。彼等の努力を無駄にするんですか?」
 クラナ 「わ、私は魔王なん…」
 マウ 「魔王も人間も関係ありません。私達はみんな彼等に感謝し野菜を食べなくてはいけないんです。こうして毎日おいしい野菜が食べられるのも、彼等が常にがんばってくれているからなんですよ。魔王だからって我が侭は許されません」
 クラナ 「う…」

椅子に座るクラナを、腰に手を当て上から顔を覗き込み人差し指を立てて言うマウ。
俗に言う「めっ」のポーズだった。
上から覗き込まれているクラナの顔にはマウの作り出す影が落ちている。
クラナは狼狽していた。
ダインは手を動かすのも忘れてそれを見ていた。

しばし二人は見つめ合っていたが、やがてクラナがマウから視線を外した。
敗北の証だった。
そしてフォークで目の前のサラダを取ると目をギュッと閉じあーんと口を開けて口に入れた。
その様に唖然とするダイン。

 ダイン 「すごい…クラナを屈服させた…」

  もぐもぐ

クラナはまるで何かの苦行に耐える修験者の様な顔でそれを食べていた。
ところが。

 クラナ 「…お?」

その苦々しい顔が段々と和らいでゆく。
そして。

  ごくん

口の中の野菜を飲み込んだ。
それを見たマウも笑顔になった。
唖然としていたクラナの口から一言。

 クラナ 「うまい…」
 マウ 「ありがとうございます」

にっこりと微笑むマウ。
クラナはまたサラダに手を伸ばしそれを口に運んだ。
次々と、次々と。
あっという間に皿が空になる。
それにはダインも手からフォークを落とし、呆然としていた。
空になった皿を見つめてクラナが呟く。

 クラナ 「馬鹿な…野菜がこんなにうまいはずが…」
 マウ 「野菜はおいしいんですよ。土の栄養を吸って育つ野菜には大地のエネルギーがいっぱい詰まっているんです。野菜を食べることによって私達はいつまでも健やかに過ごすことが出来るんですから」

笑うマウの前で呆然と皿を見つめていたクラナが別のサラダの皿に手を伸ばした。
そして次々とサラダを平らげてゆく。
まるで最高の好物のように。
その様にダインは開いた口が塞がらなかった。

 ダイン 「…く、クラナが…野菜を…」
 マウ 「どうしました?」
 ダイン 「クラナの野菜嫌いは筋金入りでさ、俺が今まで何度も食べさせようとしたけどほとんど駄目だったんだよ。それがこうもあっさり…」
 マウ 「野菜にはそれぞれ適した調理法があります。それに野菜が苦手な方ってやはり味や食感で忌避されてることが多いのですが、別の野菜と混ぜたりドレッシングを使い分けたりすればそれらを調和で包み込むことが出来るので苦手な方でも大丈夫なんですよ」
 ダイン 「さすが…」

これらは全て、奴隷時代…に培われた経験なのだろうか。
とすれば全部が全部喜ばしいものでは無いが、これからの彼女にとってプラスになるはずだ。
彼女が、その暗い経験をプラスと思えればだが…。

 マウ 「大丈夫ですよ。お料理は好きですし、私の料理を食べて喜んでくれる人がいるのは嬉しいですから」
 ダイン 「あれ? 俺、口にしてた…?」
 マウ 「いえ、お顔を見て。ダインさんて、顔に出やすい方なんですね」
 ダイン 「そうかな…、それはまいった」

笑い合うダインとマウ。

 ダイン 「じゃあ俺達も食べようか」
 マウ 「はい」

と、ダインがテーブルの上を見ると、そこにあったサラダ類はクラナに、それ以外の料理はエリーゼに食べつくされ、ダイン達に残っていたのは自分の目の前のおかずだけだった。
特にエリーゼの食べた量は凄まじく、クラナが3、ダインとマウが1とすればエリーゼは10の量を食べていた。

 ダイン 「…」
 マウ 「くすくす、エリーゼちゃんってたくさん食べる子なんですね」
 ダイン 「食べすぎだろ…」

ダインはションボリしながら目の前の皿を手に取った。


  *

  *

  *


昼食も済ましひと心地ついた頃。
ダインは空っぽになった倉庫を見つめていた。
そんなダインを見下ろす、元のサイズに戻った3人。

 ダイン 「ほんとエリーゼが来ると回転速いよな」
 エリーゼ 「褒められたの!?」
 クラナ 「そう思うか?」
 マウ 「すいません、私が作りすぎたせいで…」
 ダイン 「いや、もともと少なかったのにあれだけの料理が作れたんだ。お陰でエリーゼも満腹になれたしな」
 エリーゼ 「うん、おなかいっぱ〜い」
 マウ 「でもどうしましょう…」
 クラナ 「無いなら調達するしかない。だろう?」
 ダイン 「だな。買い物行くか」

倉庫の脇に置いてあった布袋を持ち立ち上がるダイン。
クラナも腰を上げ、エリーゼも両手を挙げて喜んだ。
マウだけが、椅子に座ったままだった。

 マウ 「あれ? みなさんどちらに?」
 クラナ 「町に買出しだ」
 マウ 「お買い物に行くんですか!?」
 クラナ 「まさかあれほどの食材を自分で育てていると思ったか? まぁ小さな畑はあるが、それだけでは賄い切れないからな」
 ダイン 「だから定期的にね、近くの町に食材を買いに行くんだよ。いや、近いって言っても歩いて2時間くらいかかるんだけど」
 クラナ 「お前も来るといい。もともと人間のお前ならエリーゼよりは馴染めるだろう」
 エリーゼ 「あたしは?」
 ダイン 「ま、まぁそうだな。どんなところか見ておけばこれからの生活で役に立つかも知れないし」
 マウ 「そうですね、ご一緒させていただきます」

ペコリ、頭を下げるマウ。
さてと…と、クラナは伸びをしたあとダインを手のひらに乗せて歩き出した。

 クラナ 「そうだ。ダイン、マウにも服を買ってやったらどうだ? お前はそうやって私達の心を釣ったじゃないか」
 ダイン 「人聞きの悪い事言うな! あれは本当に善意で…!」
 クラナ 「わかってる。言ってみただけだ」

言いながらクラナはダインの頭を撫でる。

 ダイン 「撫でれば俺が落ち着くとでも…?」
 クラナ 「そうか。なら…」

むぎゅ。
ダインはクラナの指で掌に押し付けられた。

 クラナ 「こうやって黙らせるだけだ」
 マウ 「だ、ダインさん!」
 ダイン 「だ、大丈夫…いつものこと…それよりも服かぁ、ちょっと待ってろ、持ち合わせを確認…」
 マウ 「い、いいですから、いいですから! そんな私なんかのために…」
 クラナ 「こいつはこう見えて金持ちだから安心して良いぞ」
 ダイン 「銀は安価だけどアクセサリから武具まで需要は広いからね。査定も速いし、うまく行けば高値で買い取ってもらえるから」
 クラナ 「銀とは鉱石に魔力が混ざったものだ。その純度が高いものは『ミスリル』と呼ばれ上級魔族の間でも重宝されている。まぁ見つけるのは困難だが」
 マウ 「でも、やっぱり遠慮します。いえ、とても嬉しいんですけど、私のために何かを支払うなんて…」
 クラナ 「普通だと思うが」
 マウ 「はい…。でもやっぱり、その…心が落ち着かないんです。申し訳ないと言うか…すみません…」
 ダイン 「ま、まぁ無理にとは言わないから落ち着いて…」
 クラナ 「くくく、男の貢物を断るとはな」
 ダイン 「クラナもすぐそんな言い方をする。マウ、俺は気にしてないよ。でも何かして欲しいことがあったらその時は遠慮しないで言ってくれ」
 マウ 「はい、ありがとうございます」

ダインの言葉に顔を赤らめるマウ。
そしてマウに顔を赤らめられると自分も照れくさくなるダイン。
くッく…。クラナはそんな二人を笑いながら見ていた。

 エリーゼ 「早くいこうよ〜」


  *


城を出て人外魔境を行く一行。
魔境とは言うもののそれはやはり人間にとってであって、ダイン以外の3人にとってはただの平野と変わらなかった。
山に森に湖に。沢山の自然の象徴があつまったここはある種天然の楽園と言えるだろう。
だがクラナの存在を恐れてか城周辺に動物はほとんどおらず、その姿を見かけられることは滅多に無い。
そんな人も獣もいない時間から取り残された魔境を抜けて、今は緩やかな平野を歩いている。
青空から降り注ぐ温もりは安らぎと安心を与えてくれる。
散歩をするのにピッタリの陽気だった。
日光を全身に浴びて気持ち良さそうにズンズンと進んでゆくクラナとエリーゼ。
そしてその後ろを、おろおろしながらついてゆくマウ。

 クラナ 「どうした? そんなことでは日が暮れてしまうぞ」
 マウ 「だ、だって…まさかこんなに大きくなってるとは思わなかったんです…」

マウは足元を一歩一歩確認しながら歩いていた。
今3人は小さな森の中を進んでいるのだが、マウは自分が足元の木々よりも遙かに大きくなっていることに動揺していた。
小さな木は足の踏み場がないほどに乱立していて、足を降ろせるところを探すのに時間が掛かっているのだ。
ようやくその場所を見つけゆっくりと足を降ろしたはずなのに自分が足を降ろしたせいで周辺の木々が揺れざわめくのはある種恐怖にも近い罪悪感を感じた。
あまりにも大きすぎる自分とその力に、マウ自身が怯えていた。
ふぅ、とため息をつくクラナ。

 クラナ 「そんなことを気にしていたらもうどこも歩けなくなるぞ。そこにあるのが悪いと思って割り切れ」
 マウ 「そ、そんな! 木がかわいそうですよ…」
 クラナ 「どうせ数百年後には今以上に成長しているさ」
 マウ 「でも…」
 ダイン 「こいつらとは時間の感覚が違うからな。難しいところだ…」
 クラナ 「それに、そういうことはまずあいつに言ってやれ」

クラナが指差した先ではエリーゼがスキップをしながら進んでいた。
エリーゼが通ったあとは、木々がまるで竜巻が通過したかの如く薙ぎ倒されへし折られていた。
ここまでしっかり折れてしまえばもう再生は不可能だろうというくらい。
マウは悲鳴を上げていた。

 マウ 「え、エリーゼちゃん! そんな歩き方しちゃダメ!」
 エリーゼ 「? なんで〜?」

くるりとマウを振り返るエリーゼ。
そのせいでまた足元の木がねじ切られた。

 マウ 「木がかわいそうだよ。木だって生きてるんだから!」
 エリーゼ 「へ? 木って生きてるの?」

言うとエリーゼは屈みこんで足元にあった木の1本を摘むとクイッと引っこ抜いた。

 マウ 「あぁ!」
 エリーゼ 「動かないよ。本当に生きてるの?」

摘んだ木ををぶらぶらと揺らすエリーゼ。
それを見たマウは泣きそうだった。
そのマウの顔を見たダインも胸が締め付けられる思いだった。
気持ちは同じだ。
圧倒的な力が、大自然の中に懸命に生きる命を無作為に摘み取る。
あの木の生命は、意味もなく刈り取られたのだ。
そしてそのマウの顔を見たエリーゼも動揺した。

 エリーゼ 「え? え? マウちゃん、なんで泣きそうなの? あたし何か悪いことしたかな…?」

エリーゼの眉が寄せられハの字になる。
自分がマウを傷つけた。理由はわからなくともそれが事実であることはわかる。
マウとエリーゼ、二人の魔王が胸が痛むほどの苦しさを覚えていた。
ふぅと息を漏らしたクラナが掌のダインを見下ろすとダインもクラナを見上げていた。
二人とも思いは同じ様だ。
顔を上げたクラナがエリーゼに言う。

 クラナ 「エリーゼ、こっちに来い」
 エリーゼ 「クラナちゃん…」
 クラナ 「お前がこっちに来ればマウは悲しまない。足元の木に注意しろよ」
 エリーゼ 「うん…、わかった」

エリーゼはそろそろと木々の間に足を降ろしながら歩いてくる。
すでに森を抜けていたクラナはマウの手を取って引っ張り寄せた。
寄せられたマウはそのまま地面に座りこんでしまった。

 マウ 「…」
 クラナ 「やれやれ」

苦笑しながらしゃがみこみ、マウの肩に手を置くクラナ。

 クラナ 「お前は優しいな。数万年と生きてきたが、私はお前ほど命を想う奴を見たことが無い。ダイン以上だ」
 マウ 「クラナさん…」
 クラナ 「悪かったな。私達とお前達の価値観の違いを軽く見ていて、そのせいでお前を傷つけてしまった。許してくれ」
 マウ 「…」

そこへズズンと森を抜けてきたエリーゼがやってくる。

 エリーゼ 「マウちゃん…ごめんね」

そのエリーゼの顔は泣きそうだった。
マウを悲しませてしまったことによる自責の念がそうさせるのだ。
それを見たマウはゆっくり立ち上がると首を横に振った。

 マウ 「ううん、いいの…。でもわかって、木もがんばって生きてるの。だから大切にしてあげて」
 エリーゼ 「うん…今度からは気をつける…」
 マウ 「ありがとう」

マウは笑顔で言った。
その笑顔を見たエリーゼは泣き出しそうになるのを堪えながらマウに抱きついた。

横から見ていたダインとクラナ。

 ダイン 「よかったな」
 クラナ 「価値観の違いとは難しいものだな。やってはいけないこと、その理由を理解出来ないのだから」
 ダイン 「常識をひっくり返すようなものだからな…」
 クラナ 「極端に言い換えればそれは今までの人生を否定する事になる。自分の生きてきた道には無い答えなんだ。理解するのは難しい」
 ダイン 「人間と、魔王の違いか…」
 クラナ 「私も久しぶりに、種族の差を感じた」

それから一向はエリーゼが落ち着くのを待ってから進行を再開した。
今度はなるべく平野を。
見通しの聞く場所を歩いていった。


  *


やがて山一つ越えれば町、というところまで来た。

 クラナ 「さて、ここまでだな」
 マウ 「?」
 クラナ 「ここから先は小さくなって進むぞ。この大きさでは町に入ることはできん」

言うとクラナはダインを地面に降ろし、マウの肩に手を置いて一緒に縮小した。
エリーゼも同時に小さくなる。
そして徒歩4人となった一行は山を登り始めた。

 クラナ 「ダイン、待て。速過ぎる…」
 エリーゼ 「待ってよ〜」

絶対的な力を持つ魔王も、縮小すればただの人間の娘と変わらない。
魔力で強化されている男のダインについていけるはずが無い。

 ダイン 「あ、悪い」
 クラナ 「やれやれ、小さくなるとお前の超人っぷりがよくわかる」
 マウ 「やっぱりダインさんは凄いんですね」

通いなれた道でもあるので進むのに苦労は無い。
険しいわけでもないのであっという間に越えることができた。


町。
いつもダイン達3人がお世話になっている町である。
ダインはメモを片手に店を回る順序を考える。

 ダイン 「氷も買わなきゃならないから生モノは最後だな」
 クラナ 「野菜もちゃんと買えよ」
 ダイン 「お、いいのか?」
 クラナ 「ああ。マウがつくるのなら食べてもいい」
 ダイン 「確かにマウのは絶品だ」
 マウ 「ありがとうございます。…と、ところでダインさん…」
 ダイン 「なに?」

ダインが振り向いた先ではマウが顔を赤らめていた。

 マウ 「その…エリーゼちゃんの格好は…」
 ダイン 「…」

エリーゼはいつもの胸と腰元のみを布で覆う格好、踊り子のそれだった。
若い娘がそんな格好で歩けば健全な男性諸君の目が集まってしまうわけで。

 エリーゼ 「? どうしたのダイン?」

当の本人は気にしていないようだが。

 ダイン 「まぁ…いつものことだから…」

と、ダインがため息をついたときだった。

 ゴロツキ 「よう兄ちゃん、またいい女はべらせてるな」

ダイン達の周りをゴロツキ達が取り囲んだ。
マウはビクリと震えあとずさるが他の三人はいつもどおりだった。
ダインがまたため息をついた。

 ダイン 「またか…」

彼等はダイン達が待ちに来るたびに絡んできてその度にボコボコにされて帰ってゆく。
妙の顔馴染みになっているのだった。

 ダイン 「お前達も懲りないな」
 ゴロツキ 「けっ! そうやって強がっていられるのも今のうちよ。今日は俺達には強い味方がついてるんだぜ」

ダインが「?」と首を傾げるとゴロツキは得意そうな顔で言う。

 ゴロツキ 「じゃあ先生、お願いします!」

するとゴロツキの輪が割れて、そこから一人の男が歩いてくる。
ガッチリとした身体は全身に無数の傷痕を残し腰には業物らしき一振りを提げ粗野な人相、無精ひげを生やしぼさぼさの髪の毛に隠れかかっている鋭い隻眼。
それらは百戦練磨に相応しい。
わかり易く腕が立ちそうだ。
先生と呼ばれた男はダインを見下ろしながら言う。

 用心棒 「この小僧がそうなのか?」
 ゴロツキ 「へい、でも腕が滅法立つんですぁ」
 用心棒 「フン、まぁいい。とにかく払われた金の分は働かなくてはな」

スラリ。
抜かれた腰の一振りはギラリと鈍く光る。
数多の敵を切り伏せてきたまさに名刀だった。
マウは悲鳴を上げた。

 マウ 「だ、ダインさん!」
 クラナ 「心配するな。あんな奴にダインが負けるはずが無かろう」
 エリーゼ 「そうだよ。ダイン強いもん」

観戦を決め込む2人はマウをなだめていた。
先生改め用心棒から鋭い気が放たれる。
達人の放つ気にはそれだけで相手を圧倒できるだけの迫力が込められている。
ダインはそれを真正面から受け止めていた。
暫しの静寂。
クラナ達3人と、20人ばかりのゴロツキ達が見守る中、一枚の木の葉が二人の間を飛び去った。
瞬間、用心棒の気が膨れ上がった。

 用心棒 「かぁっ!」

一足飛びでダインに詰め寄り、刃が袈裟斬りにダインに迫った。

  ドス

 用心棒 「ごふ!」

だがそのときにはダインの拳が用心棒の腹に突き刺さっていた。
パタリと倒れる用心棒。

 ゴロツキ 「せ、先生!」

慌てて駆け寄るゴロツキ達をフフンと鼻で笑ったのはクラナだった。
そのクラナの後ろから出てきたマウがダインに駆け寄る。

 マウ 「ダインさん! 大丈夫ですか!?」
 ダイン 「ん? ああ、なんともないよ」
 クラナ 「多少腕が立つくらいではダインには勝てんさ。魔獣3体を相手に出来るくらいで無ければな」
 マウ 「よかった…」

マウはほっと胸を撫で下ろした。
そこにパタパタと警察隊が集まってきた。

 警察隊 「やぁダインさん。いつもすみません」
 ダイン 「いえいえ、大したことじゃないです」
 警察隊 「じゃあ彼等は連れて行きますんで。ご協力感謝します」

警察隊はゴロツキ達と用心棒をふんじばると去っていった。
それを見ながらダインは思う。

 ダイン 「でも今度町に来たときもまた絡まれるんだろうな」
 クラナ 「恒例だからな」


  *


レンタルの荷馬を借り生活必需品をそろえてゆく一同。
昼間なのでまだ人はそれほど多くないが、それでもその活気は凄まじい。いたるところで店長や店員が客の呼び込みをかけている。
そう、活気がある店には客が集まる。この町では昼間の内から客を集めておかねば夕方のラッシュに乗り暮れることを彼等は経験で知っているのだ。
威勢のいい声が飛び交う中を歩いてゆく。

 マウ 「わぁ! 活気がありますね」
 ダイン 「この町の商人さんは逞しいからね。さて、とりあえず端の店から顔出して行こうかな。何か買いたいものは?」
 クラナ 「私は無い」
 エリーゼ 「あたしも今日はいいや」

特別な希望も無いのでとりあえず生活必需品の調達だけを考えよう。
だが現状を見るに必要なのは食材だけだ。
なら市場を回るだけで事足りるかな。
ふむ。
そんなことを考えて市場を物色していると八百屋の店主が呼び込みをかけてきた。

 店主 「らっしゃい! おお、兄ちゃんじゃねぇか! 白菜どうだ? 大量に仕入れちまって急いで売りさばかにゃあならんのよ」
 ダイン 「はは、じゃあいただきます」
 店主 「まいどありぃ! …うん? 兄ちゃん、またベッピンさんが増えてるじゃねぇか。憎いねこの色男!」
 ダイン 「え!?」
 マウ 「ふぇ!?」
 店主 「夜の方はどうなんだい? 女を満足させられるかどうかはすべて男の腕とモノ次第だぜ」
 ダイン 「な、何を言ってるんですか!」
 クラナ 「いや全くその通りだ」

否定しに掛かるダインの横でクラナがあっさり肯定した。

 クラナ 「こいつと来たら夜な夜な私達のベッドに潜り込んでは求めてきてな。いい加減こちらの身がもたんというものだ」
 ダイン 「クラナッ!?」
 店主 「おお! この兄ちゃんはそんなにやり手なのかい?」
 クラナ 「くく、こうして清純そうな顔を装っているが実はかなりのむっつりなのだ。いったいどうしたらあんな趣向を凝らした行為の数々を思いつくのか不思議でならん」
 ダイン 「クラナぁ! お前…!」
 マウ 「ダインさん!?」
 ダイン 「嘘だ! 全部嘘だから!」
 店主 「くぅ兄ちゃん流石だねぇ! 女を飽きさせないために努力するってか。男じゃねぇか!」
 ダイン 「違います! そんなんじゃありません!」
 店主 「だったらホレ、肉にも負けないウチの野菜でスタミナつけて、夜の方もがんばってくれ!」
 ダイン 「…。………もういいです…。白菜下さい…」

気の抜けたダインが白菜と幾つかの野菜を注文し、店主は笑いながらそれを包んでくれる。
が、そこでマウのストップがかかった。

 マウ 「あ、待ってください」
 店主 「へ?」

ぽかんとして手を止める店主を置いて、マウは並べられた野菜を見渡した。

 マウ 「白菜はこれと、これと、これをお願いします。この野菜はこれを。その野菜はこれと、これをください」

たくさんの野菜の中から幾つかを指すマウ。
更に店内の野菜の品定めまで始めた。
店主を含めその場にいる全員がマウの行動に唖然としていた。

 ダイン 「ど、どうしたんだ?」
 マウ 「あの野菜には傷がついていました。もちろん味や健康面に問題は無いと思いますが、傷があるものは傷が無いものと比べると保存しておける期間が少し短いんです。また味が悪くなるのも無いものに比べて速いので、なるべく傷の無いものを選びたいですね。あ、でもこの野菜はこの傷のあるのを下さい。この野菜は高価なので、傷などがついて少しでも値段の安いものが欲しいです。早めに食べてしまえば期限は関係ありませんから。よくなんでも傷がある安いもの優先して買う方がいますけど、それも野菜によりけりなんですよ」

言いながらも野菜を選別してゆくマウの後ろで。3人は「おおー」と拍手をしていた。
店主もうぅむと唸った。

 店主 「いやぁ…まいったね。若いのに大したもんだ」
 マウ 「一家の食卓を預かる者として当然のことです」
 店主 「くぅー気に入ったぜ! よっしゃ! 嬢ちゃんには全部半額で売ってやる! じゃんじゃん選びな!」
 マウ 「えぇ!? そんな、悪いですよ!」
 店主 「気にすんない! そんかわり、いいお嫁さんになれよ」
 マウ 「お、お、お嫁さん!?」

ボン! と真っ赤になるマウの顔。

 店主 「おっと。そういやまだ兄ちゃんには二人も女がいるんだよなぁ。でも俺は嬢ちゃんを応援してるからな」
 マウ 「お、お…!」
 ダイン 「な…っ!」
 クラナ 「くくく、私も応援してるぞ」
 エリーゼ 「よくわかんないけどあたしもー」
 店主 「なんでぇ、円満だったのかい。こいつぁいい、がんばれよ嬢ちゃん」
 マウ 「お、お嫁さん…」

結局、八百屋での買い物を済ませ、他の店を回り終え帰路に着くまで、マウはずっと真っ赤な顔で呟き続けていた。


  *

  *

  *


城へと戻り、買ってきた食材で作られた夕食を済まし、まったりモードの4人。
大テーブルの上の小テーブルの椅子に座り食後の談笑に花を咲かせてた。

 マウ 「お茶が入りましたよ」
 ダイン 「ありがとう」
 クラナ 「しかし先ほどのお嫁さん発言には楽しませてもらったな」
 マウ 「お…っ」

マウはまた顔を赤くしてしまった。

 マウ 「…」
 ダイン 「クラナ、もういいだろ」
 クラナ 「フフ、まぁ愛の一つの完成形ではある」
 エリーゼ 「お嫁さんってなぁに?」
 クラナ 「好きな男と一生をともにする女のことさ。つまりダインとずっと一緒にいるということだ」
 エリーゼ 「あっ、じゃああたしもお嫁さんになるー!」
 クラナ 「大人気だなダイン」
 ダイン 「大分偏った説明だった気がするけど…?」
 クラナ 「こいつに細かな説明をしても理解できんだろう。…しかし、お嫁さん…か」

頬杖を着き中空をぼんやりと見つめるクラナ。
それが、乙女としての憧れを表すものでは無いことに、ダインは気付いた。
クラナの瞳には、寂しさしか映っていなかったからだ。

 ダイン 「…クラナ?」
 クラナ 「なんだ…?」

見詰め合うダインとクラナ。
ダインはクラナの瞳の中のさみしさの正体を探ろうとしたがその前にクラナの笑顔がそれを覆い隠した。

 クラナ 「どうした私のことなど見て。もしかして私を嫁候補にしたいのか? くっく、生憎と私はそう安い女では…」
 ダイン 「…」

自分の冗談を聞き流し目を向けてくる、そのダインの真っ直ぐな瞳にクラナはふぅと苦笑した。

 クラナ 「…ま、ダイン相手に誤魔化せるものでもないか」
 ダイン 「何か、あるのか? その『お嫁さん』に…」

ダインの問いに口を閉ざすクラナ。
マウとエリーゼも二人のやり取りを見守っていた。
暫し間を置き、やや冷めた紅茶をひとすすりしたあと口を開いた。

 クラナ 「嫁になるのは問題ない。性交は出来ないが、それだけが夫婦というわけではないからな。幸せならそれが一番だ」

最初に核心をつかない言い方が、クラナの言おうとしていることの重大さを物語っている。
それを手がかりに、今までのクラナの発言から『嫁』にたどり着くキーワードを探す。
更にクラナの瞳に見えた寂しさは何を意味するのか。
これまでの生活の中で、未来に影を落としかねない言葉…。
それは一つしかない。

 ダイン 「『代償』…」
 クラナ 「…」

クラナが寂しそうに笑った。それが答えだった。

 クラナ 「マウに言った『代償』、その最たるものだ」
 マウ 「…」
 ダイン 「なんなんだ?」
 クラナ 「お前も気付いているはずだ。私やエリーゼが、これまで生きてきた時間を考えればすぐにわかる」

そう言葉を並べるたびにクラナの瞳に映る寂しさが大きくなるのがわかった。
クラナが負の感情をあらわにするときにはいつも『種族の差』がそこにある。
怒るときも悲しむときも。
そして今言った『時間』という言葉。
人間と魔族の時間の差。
つまり。

 ダイン 「寿命か…」

ダインの言葉が発せられたとき、周囲から音が消え去った。
皆が動かなくなった。
その中で唯一クラナが、ゆっくりと肯いた。

 クラナ 「そうだ。人間の寿命が100年ほどであるのに対し、私達は数万年以上の時を生きる。こうしてお前と話し笑い合っていられるのも、良くてあと100年足らず。その後私達は、お前の居ない数万年を過ごさねばならない」
 ダイン 「…」
 マウ 「そんな…」
 エリーゼ 「うそ!」

クラナの言葉に揺らいだのはマウとエリーゼであった。

 エリーゼ 「じゃ、じゃあダインとは、あとたった100年しか遊べないの!?」
 クラナ 「それでも十分すぎる程だ。その間に人間のダインは老いてゆく。だがその目の前に、姿形がまるで変わらぬ私達がいたらダインはとても苦しむだろう。それにあと50年もしたら、お前の指が触れるだけで潰れてしまうほど脆くなっているはずだ。そうなってしまったらもうダインと遊ぶことなど出来ん」
 マウ 「…!」
 エリーゼ 「やだぁ! そんなのやだぁ!!」

泣き出すエリーゼ。
そして立ち上がると横の椅子に座っていたダインにすがりついた。

 エリーゼ 「あ〜ん! ダインそんなのにならないで〜!」
 ダイン 「おいおいエリーゼ…」

ダインは苦笑しながら、泣きすがるエリーゼの頭を撫でた。
横ではマウが呆然としたまま座っていた。まるで魂が抜けてしまったように「うそ…」と繰り返している。
二人を見た後、ダインはクラナを見据えた。
クラナも、じっとダインを見つめていた。その赤い双眸に見える深い悲しみがその言葉の重さを表していた。

 ダイン 「…全部、本当なんだよな」
 クラナ 「こういう冗談が嫌いなのは知っているだろう?」
 ダイン 「くく、だな」
 クラナ 「私やエリーゼはもちろん、魔王となったマウも寿命は同じ様に永い。私達の一生と比べれば、人間の一生など閃きの如き一瞬だ。これは、どうしようもないのだ」
 
淡々と語るクラナ。
しかしその抑揚の無さこそが、それが変えようの無い事実であり不可避のものであること表す。
だがその胸のうちにある辛さは2人と同じなのだろう。
段々とクラナから覇気が失せてゆくのがわかった。

そんな中、マウがハッと顔を上げた。

 マウ 「そうだ! ダインさんも私の様に魔王になれば…!」

マウの言葉。
それは悩み考えた末に出てきた本当に思惑の無い答えだった。
その言葉を聞いたエリーゼもハッとして顔を上げたが、クラナは笑顔のままため息をつき、ダインは苦笑したまま首を横に振った。

 マウ 「あ…」

言った後で気付く。
先ほどの答えは、ただその事のみを考えたもので、その後のそれ以外の事はまるで考えていなかったことを。
エリーゼも一瞬顔を明るくしたが、クラナとダインの様を見てきょとんとしてしまった。
ダインはおだやかな口調で言う。

 ダイン 「それは出来ないよ。クラナが死ぬかも知れないんじゃあな」
 クラナ 「私のことなどいい。だが魔王化の過程でダインが魔物化する可能性もあり、最悪の場合、ダインを殺さねばならなくなるかもしれん。成功したとしてもダインには辛い思いをさせることとなるだろう。立場としては先ほどの私達と同じになるわけだ。自分が老いぬまま、友人達が老いて死に逝くのを見続けることになる。お前を蘇らせた私が言うことではないが、親しい者が自分を置いて死に逝く様を見続けるというのは生き地獄としか言いようが無い。私はダインをそんな目には遭わせたくないな…」

クラナのそれは本心だった。
『ダインと居たい』という想いと、『ダインを悲しい目に遭わせたくない』という想いは、天秤にすらかからないのだ。
すべての我が侭は押し殺し、ダインを想う。
マウは泣きそうな顔で謝った。

 マウ 「す、すみません! 私…」
 クラナ 「くくく、謝るな。今のはお前が後先考えないほどにダインを想っていたということだ。一途は悪いことじゃない。…だが、昨日も言ったな。蘇りの代償に耐えられるのか、と。そのダインへの一途な想いはやがてくる別れに際しお前の心を恐ろしく締め付けるだろう。それこそ心が壊れ、お前がお前で無くなるほどに強くだ。今一度訊くが、それでも後悔は無いんだな?」
 マウ 「…」

マウは問いに答えることが出来ず、やがて泣き出してしまった。
それを見たエリーゼも、またわんわんと涙を流し始めた。

 ダイン 「やれやれ、クラナもそんな言い方するなよ」
 クラナ 「どう言おうと、現実は変わらん。お前とこうしていられるのもあと50年か」
 ダイン 「あと50年も俺を拘束するつもりか」
 クラナ 「もちろん。お前は死ぬまで私のものだ」
 ダイン 「はぁ…。好きにしてくれ」

ダインは苦笑しながらヒラヒラと手を振った。


  *


暫くするとエリーゼも泣き叫ぶのをやめ、ただひたすらダインにすがりつき咽び泣いていた。
マウも顔を両手で覆い涙を流していた。
そしてダインの正面で、クラナが椅子に腰掛けたまま目を伏せる。
三者三様、しかしその気持ちは一心同体。
絶対的な別れが、心を押し潰す。

 ダイン 「なんかもう俺が死んだみたいな空気になってるぞ。はっきり言ってあと50年もあれば十分じゃないか」
 クラナ 「ダメだな。永遠にお前をこの手に掴んでいたいこの気持ち、わからんか?」
 ダイン 「ハハ、嬉しいけど限度があるよ。そうか…寿命なら俺が確実に最初に死ぬのか」
 クラナ 「お前が人間である限りな。いや待てよ…どうせなら死後転生してきたダインを私の手で育てるのもありだな」
 ダイン 「なんだそれ。根本からの光源氏じゃん」
 クラナ 「私好みのダインか…。それはいいな。いっそ今ここで潰してさっさと転生させてしまうのも…。それを繰り返せば寿命の心配もあるまい」
 ダイン 「あほか。来世くらい自由にさせろよ」
 クラナ 「確かに…。殺してから転生までの間はお前はいなくなるわけだし……お!」

しばし考えるような仕草をしていたクラナだが、突然ポンと手を打った。

 クラナ 「そうか! お前にこどもを作らせればいい!」
 ダイン 「な、なんだってぇえ!?」

これまでの冗談めかした雰囲気とは一点、クラナの目には自分の「いい案」に星が輝いていた。
そしてダインのこどもと聞いて、他の二人の耳がピクリと動く。

 クラナ 「うむ。私達とは無理だが、どこかの女にお前のこどもを産ませてそれを私達が育てるというのはどうだ!? これならばお前を失わずに新たなお前を育てることが出来る。さらにそいつ等の子孫を育て続ければ、やがては一族を作ることが出来るぞ」
 ダイン 「クラナ、冗談がバカの方向に向いてきたぞ」
 クラナ 「ああ…玉座に構える私。そしてその足元には無数のダインが隊を成し並んでいるのだ。私がスッと足を差し出せば奴等は喜んでその足を揉みに来るだろう。無数の従順なダインが…」
 ダイン 「お前は俺をどうしたいんだ! 戻って来いクラナ! そんなバカな話はしてなかったはずだ!」
 クラナ 「ベッドに裸になって寝そべれば、全身に無数のダインの愛撫を受けることが出来る。一から育てれば羞恥も無く抵抗もしない、私の思うがままのダインを生み出すことが出来るのだ!」
 ダイン 「そんなの俺じゃない! クラナ! いい加減にしろ!!」
 クラナ 「ま、冗談だ」

先ほどまで目をキラキラと輝かせていたのに一瞬でしれっとした態度に戻るクラナ。
ダインはため息をついた。
クラナも、クラナなりにこの沈んだ雰囲気をどうにかしようと思ってしてくれたことなのだろうが、もう少しどうにかならなかったのだろうか。
まったく…。
と、そのとき、二人の泣き声が聞こえなくなっているのに気づいた。

 エリーゼ 「ダインの…」
 マウ 「こども…」

もんもんと妄想を膨らませる二人。
無数のダインに身体を登らせる様を想像するエリーゼ。

 エリーゼ 「はい、登ってきて〜」

座るエリーゼの身体をよじよじと登ってくるダイン達の動きは実にこそばゆい。
くすぐったさに身をよじれば、胸の上に乗せていたダインが振り落とされ太ももに落ちてバウンドした。

 エリーゼ 「あ、ごめんね。じゃあ二人のダインには気持ちよくしてもらおうかな〜」

言うとエリーゼは胸の布を外し、乳房をぷるんと震わせあらわにした。
そして両手に一人ずつダインを摘むと、それぞれを左右の乳首にあてがった。

 エリーゼ 「あぅ…ダイン、これが気持ちいいってことなんだね…」

エリーゼはダインのかすかな動きを乳首に感じながら、その小さな身体を擦りつけ続ける。
のを、想像し「にへらぁ」と笑っていた。

数人のダインを掌に乗せた様を想像するマウ。
それぞれのダインの年齢は違い、大人から赤子まで様々なダインがそこにいる。
その内の一人、赤子のダインが泣き出した。

 マウ 「はい、ミルクですよー」

にっこりと笑いながらマウは、もう片方の手の指先に小さな小さな哺乳瓶を摘み、それを赤子のダインの口元まで持っていった。
大きさ数㎜の赤子のダインと比べれば凄く大きな指が迫ってくるが、赤子はその小さな哺乳瓶をあてがわれるとゴクゴクと音をたてミルクを飲み始める。
別のダイン、こどものダインが服を脱ぐのに手間取っていた。
 
 マウ 「じっとしててね」

マウは指先でそのこどものダインの服の首元を摘みひょいと持ち上げると服はスポッときれいに脱ぎ去られた。
さらに他の場所では別のこどものダインとこどものダインがケンカをしていた。

 マウ 「ケンカはだめですよ」

言うとマウは二人の間に人差し指を横にして置いた。
二人にとっては身長よりも高い指の壁が遮ってきたのに同意である。
ケンカはあっという間に仲裁された。
それらを見守る大人のダインと目が合うと二人はクスリと笑いあった。
まるで夫婦の様な仲だ。
を、想像しポッと赤くなった。

 エリーゼ 「えへへ…」
 マウ 「ふふ…」
 ダイン 「…。まぁ泣き止んだならいいや…」
 クラナ 「よかったよかった。ま、いつかは必ず来るものだが今じゃない。悩んだところでどうしようもないな」
 ダイン 「死ぬときは死ぬよ。天寿を全う出来たら最高だね」
 クラナ 「うむ。出会いがあれば別れがあるのも当然の事だ。ならば今この時、一分一秒をかみ締めながら生きるとしよう」

例え人間と人間であっても別れは来る。
それは生き物である限り仕方の無いことであり、どうすることができるものでもない。
別れが来ると知っているからこそ、みながその時を精一杯生きるのだ。

 クラナ 「…ところで、さっきのこどもの話は生きだからな」
 ダイン 「マジでか!?」


  *

  *

  *


それからまた暫く、やっと二人も落ち着きを取り戻し平穏な談笑をすることが出来ていた。
そしてクラナが「さてと…」とばかりに立ち上がる。

 クラナ 「そろそろ風呂に入るか」
 エリーゼ 「入る入る〜」
 マウ 「お風呂があるんですか?」
 ダイン 「ああ、滅茶苦茶広いぞ」

元の大きさに戻った三人だが、マウはクラナがさも当然の様にダインを連れて行くのを疑問に思った。

 マウ 「え? ダインさんと入るんですか?」
 クラナ 「当然だろう」
 ダイン 「あっ! いや決して俺は自分の意思で入ってるわけじゃ…!」
 クラナ 「言い訳などいらん。今まで一緒に入ってきたのは事実だろう」
 ダイン 「お前なぁ!」
 クラナ 「マウ、お前も来い」
 マウ 「だ、ダインさんと一緒に入るんですか!?」
 ダイン 「クラナ、無茶言うな! マウは普通の女の子なんだぞ!」
 クラナ 「私とエリーゼは違うのか?」
 ダイン 「少なくとも普通じゃないな」
 クラナ 「ふっ青いな。普通とは自分を基準にして測られ、また多数の中に置ける平均でしかない。だがそれが個人全てに当たるかといえばそういうわけでもなく…」
 ダイン 「誤魔化すな。でも本当にマウは勘弁してやれよ」
 クラナ 「本人が望んでもか?」
 ダイン 「え?」

覗き見たマウは頬を染め目を泳がしていた。
だが先ほどから手がしきりに動いているところを見ると葛藤の最中にあるようだ。
一緒に入りたいが恥ずかしい。
何かを言おうとしてはすぐにその言葉を飲み込んでしまう様な。
誰が見てもわかる狼狽だった。
そんなマウの手をぐいと引っ張って駆け出したエリーゼ。

 エリーゼ 「マウちゃんも一緒に入ろ〜」
 マウ 「あ、エリーゼちゃん! 待って!」

マウはエリーゼに連れて行かれてしまった。
残されたクラナとダイン。

 クラナ 「…さて、お前はどうする?」
 ダイン 「待ってるのは…だめなの?」
 クラナ 「折角エリーゼがマウの葛藤に決着を着けたのにお前がいなくては意味が無いではないか」

結局ダインも一緒に入ることになる。


  *


 カポーン。

あっという間にタオル一枚にされたダインは3人より早く浴場に放り出された。
背後にある巨大な戸の向こうではなにやらバタバタと騒がしい音がする。
きっとクラナの冗談を真に受けたエリーゼがマウに何かいたずらでもしているのだろう。
マウもかわいそうに。

 ダイン 「…だけど、俺ってそんなに良いのかな…」

エリーゼもマウも俺のために泣いてくれたし、マウとクラナは命までかけてくれた。
だが俺が彼女達にそれほど大きなことをしてやれたとは思えない。
確かに幾つかの問題を超えては来たが、思い返してみればそれはすべて自分のためであった。
エリーゼを助けたときも、マウを助けたときも、すべては自分の本心に従っただけ。
自分の指示に従い、自分の考えのために動いただけなのだ。
いや、それらが彼女等のためになったのは理解できるが、完全な善意かを問われると答えることが出来ない。
結局は、自分のためにした何かが結果彼女達のためになったために慕われているだけではないか。

 ダイン 「う〜ん…」

タオル一枚で腕を組み唸るダイン。
一人になると物事を重く考えるのはダインの癖だった。
ただ風呂に入るだけの葛藤が、いつの間にか自身の真理の追究に変わっていた。
そのときである。

  ガラリ

風呂の戸が開いた。
その音で考えを吹き飛ばされたダインは腕を解き戸の方を見た。
そこにはやはり一糸纏わぬクラナとエリーゼがいた。

 ダイン 「だからタオル巻けって…」
 クラナ 「隠す必要など無いからな。…何を隠れているか。出て来い」

言うとクラナは自分の後ろに隠れていた影を前に押し出した。
白い足がズズンと踏み降ろされその巨体が前に出てくる。

 マウ 「…」

マウであった。
だがマウはクラナ達の様に全裸ではなく、超巨大なタオルで胸から脚の付け根までを覆っている。
その上下の端を手でキュッと掴んだまま顔を真っ赤にしているマウ。
恥ずかしそうな顔をしているマウの顔を見てダインは自分の顔も赤らめてしまった。

 クラナ 「どうしてもタオルを巻くと言って聞かなかったのだ。すで2回も見られているのだから今更気にすることもなかろうにな」
 ダイン 「そういう問題じゃ無いだろ」

言いながらダインは改めてマウを見上げた。
透き通るように白いマウの脚はピッタリとくっつきそのままタオルの中へと伸びている。
タオルを巻いていてもその肢体のラインがくっきりと浮かび上がり胸のところは白い山が突き出ているようだった。
その上でマウは顔を赤らめうつむきながら視線を泳がせている。

 クラナ 「くくく、おいダイン、そこから覗いてもタオルの中は見えないだろう?」
 マウ 「えぇッ!?」
 ダイン 「ぶほぁ!! だ、誰も覗いてなんか…!」
 クラナ 「ならば何故マウの身体を舐める様に見ていたんだ? もしかしてお前は見えるよりも見えないほうが好みなのか?」

言いながらクラナがマウのタオルの引っ張り上げようとし、マウが必死に守る。

 ダイン 「違うわぁぁぁあああああああああ!! ただ…綺麗だなって思って…」
 クラナ 「お?」
 マウ 「…!」

顔を真っ赤にしながら言ったダイン。
クラナは「ほほう」と顎を撫でた。

 クラナ 「流石だなダイン。マウを落とす気満々じゃないか。…ところで綺麗なのはマウだけか? 私達は違うのか?」
 ダイン 「ち、違う! どれもそれも! そういう意味じゃ…!」
 クラナ 「わかってるさ。くくく、これ以上修羅場にしても仕方が無い。とりあえず身体を洗うとしようか」
 ダイン 「ああ…」

神経的に憔悴しているダインを手に乗せたクラナがシャワーの前に向かおうと振り返ったが、マウはまだそこに立ち尽くしたままだった。

 マウ 「…」
 ダイン 「マウ…?」
 クラナ 「ははぁ…」

心配そうに話しかけるダイン。
だがクラナは事に見当がつきマウの元まで近寄ると耳元で囁いた。

 クラナ 「ダインが『綺麗』だと言ってたな」
 マウ 「はぅ!」

ビクンと身体を震わせたあと顔をさらに赤くすると、マウはその場にペタリと座り込んでしまった。

  ずずぅぅぅううううううううううん!!

もしもダインが床にいたならば確実に宙に放り出されていただろう大振動。
そんな振動の中を涼やかに仁王立ちするクラナは手に乗せられているダインを見下ろした。

 クラナ 「やれやれ、女を喜ばせるのは上手いが、もう少し時と場合と限度を選べ」
 ダイン 「お、俺のせいか!? …いや、すまん…」

ダインはクラナの手からそこに座り込むマウを見下ろした。
自分は慕われている。
なら慕われているものとして、言動には気をつけなければならない。
軽い気持ちの軽口は慎むべきだった。
いや、もちろん軽い気持ちでも、軽口だったわけでもないが。
あれは、本当に純粋にそう思い口から出た言葉だった。
だがクラナの言うようにマウだけを特別視したつもりも無いのだが…。

  コツン

ダインは後ろからクラナに小突かれ掌から落ちそうになった。
クラナの爪にぶら下がるような格好なのだ

 ダイン 「ば、バカ野郎! 何するんだ!」
 クラナ 「悩みすぎだ。もっと楽観的に生きろ。限度を選べと言ったが煮詰まるほど考えたところでいい案が出るとでも思っているのか? お前のその性格はすでに変わりようの無い強固なものだ。でなければ私も、エリーゼも、そしてマウもお前のそばにはいない」

クラナはダインを掌の上に戻しその頭を撫でた。

 クラナ 「お前はお前のままで居ればいい。マウとて嫌がっているわけではないのはわかるだろう? ま、女の経験の無いお前には難しい話かも知れんがな」
 ダイン 「…」

ダインはもう一度マウを見下ろした。

 ダイン 「マウ…」
 マウ 「すみません…ただ、嬉しくて…」
 クラナ 「羞恥と歓喜に震えてる場合か。とっとと身体を洗って湯に浸からねば今度は風邪で身体を震わせることになるぞ。見ろ、エリーゼなどもう湯に浸かっているではないか。あいつめ、身体も洗わないうちに浸かりおってからに」
 マウ 「そうですね…すみません」

ゆっくりと立ち上がるマウ。
フン、それを見たクラナはシャワーに向かって歩き出した。


  *


  ザー…

ダインから見れば滝の如き激流であるシャワーが降り注ぐ。
暫しクラナはその豪雨を全身に浴びていた。
クラナの肌に当り流れ落ちる水はまさに滝だった。
その椅子に座るクラナの脚の上では、ダインがそこに敷かれたタオルの上で降り注ぐ大豪雨に耐えていた。

やがてシャワーは止められクラナはシャンプーの容器に手を伸ばすと一回分の溶液をその手に取った。
そしてそれを指でひと掬いすると脚の上にいるダインの元へと持っていった。
ダインはその指先についた大量の溶液から自分の一回分の量を掬い取りそれで頭を洗い始めた。
それを見届けたクラナも同じ様に自分の髪を洗い始める。

一方、横ではマウと、湯船から引きずり出されたエリーゼも身体を洗っていた。
マウはタオルを巻いたままであったが、椅子に座るということは脚を前に出すということであり、クラナの脚の上のダインからは、マウの脚の間、タオルの切れ目の薄暗い空間を見ることができてしまっていた。

 クラナ 「見るな見るな。また悩むことになるぞ」
 ダイン 「す、すまん…」

前に向き直り髪を洗うダイン。
健全な男子たるダインが未だに理性を保てているのは、ひとえに自らの決意故だろう。
間違いを起こしたくないと言うダインの思いが自らを律しているのだ。
ただやはりどうしても限界はあるもので、更にそれを材料にからかわれてしまうのだから多少ブレが生じるのも男である以上仕方の無いことだった。
クラナが洗う頭からシャンプーの泡が落ちる。
それはダインにとって等身大以上の大きな泡の塊だった。
ズボッと、その泡に包まれた。

 ダイン 「ペペッ!」

  ザザァァアアアアアア!!

クラナの手から人間サイズの風呂桶の容量を遙かに超える水が降り注ぎ、今降って来た泡と、それまでダインの髪を洗っていた泡は綺麗に流された。

 クラナ 「大丈夫か?」
 ダイン 「なんとか」

クラナは自分の頭から泡をひと掬いしそれをダインに分け与えた。
するとダインはまるで白いアフロを被ったかのようになっていた。
ダインはその泡を使ってまた頭を洗い始めた。
そんなとき、横で「あっ」という声が聞こえたかと思うとマウが話し掛けてきた。

 マウ 「すみません、クラナさん。お背中お流ししますね」
 クラナ 「ああいい、自分で洗えるさ。それよりもこっちの背中を流してやれ」

クラナはダインを摘み上げるとマウの前にぶら下げた。

 マウ 「えぇ!? ダインさんのですか!?」
 クラナ 「ふふ、まぁそう顔を赤らめるな。お前の羞恥心に文句をつけるつもりは無いが、お互いもう少し慣れなければ気が休まらんだろう。慣れるためのスキンシップだ。いいなダイン?」
 ダイン 「ああ、お願いできるかマウ?」
 マウ 「…はい! 喜んでやらせていただきます!」

ダインを掌に乗せたマウはその背中を指に巻いたタオルで洗う。
総面積は少なく、細かいダインの身体であるが、マウは戸惑うことなく手を動かす。

 ダイン 「へぇ上手いな。気持ちいいよ」
 マウ 「そうですか? ありがとうございます」

指先にも及ばないダインの身体をマウは丁寧に洗ってゆく。
ダインも、マウに身をゆだね楽にすることが出来ていた。
今この時は、二人にとって至福のときであった。

 クラナ 「股間は自分で洗わせてやれ」
 マウ 「こ…!」
 ダイン 「わかってるよ!」

まったく…。と、ふとダインが横を見たとき、そこではエリーゼがシャンプーハットを被って悪戦苦闘していた。
目に泡が入るのを嫌うエリーゼはいつもあれを被り頭を洗うが、毎度かなりの時間を要している。
目が見えない上にハットのせいで洗い難いというのもあるのだろうがどうにかならんものか。あれでは本当に風邪を引いてしまうぞ。
そんなことを考えながらエリーゼの方を見ていたことに気づいたのか、マウがニッコリと笑った。
するとマウはダインをクラナの元に戻しエリーゼのところへと行った。

 マウ 「エリーゼちゃん、髪洗ってあげる」

シャンプーハットを被った頭がこっくりと肯く。
マウはハットを取るとエリーゼの髪の間に指を滑り込ませた。
エリーゼの青い髪から白い泡が出てくる。
その様子をクラナの脚の上から見上げていたわけだが、その光景はまるでエリーゼという山に泡という雲が掛かったようにも見えた。
湯気は霞となり、青い髪の山肌にかかる雲はもくもくとその形を変える。
よほど気持ちが良いのだろう。山であるエリーゼの表情がとろんとしている。

 エリーゼ 「はぁ…」

 ダイン 「気持ち良さそうだな」
 クラナ 「あいつこのまま寝るんじゃないか?」

クラナはダインの泡を水で洗い流しながら。
ダインは泡を水で洗い流されながらその様子を見ていた。

そして最後、泡は洗い流され山から雲は無くなった。

 マウ 「はい、終わり」
 エリーゼ 「ありがと〜♪」

まるで犬の様にぷるぷると身体を震わせて水を払うエリーゼ。

 クラナ 「こらこら、水が掛かるではないか」
 ダイン 「そうだよ。…ってうわっ!」

ダインは瞬時にその場に伏せた。
その瞬間、ダインの顔があった高さをエリーゼの長い髪がなぎ払った。
もし伏せなかったならばあれに激突されていたことだろう。
森の木々をなぎ払い、山の峰を抉るだけの威力がある髪の毛にだ。

  ズビシ

クラナのチョップがエリーゼの額を打った。

 クラナ 「だからお前は周りよく見ろと言うんだ」
 エリーゼ 「あぅ…ごめんなさい」

エリーゼは自分の額を押さえて屈みこみ、その後ろでマウがおろおろしていた。


  *


身体も洗い終え湯船へと浸かる四人。
ダインもクラナもエリーゼも。マウはタオルを巻いたまま入ることを許可されていた。

 クラナ 「ふぅ…」

湯船の淵にもたれかかり大きく息を吐き出すクラナ。
今この瞬間の幸福の表れである。
その近くでおよそ胸まで浸かるマウは顔を赤らめながらクラナを見ていた。

 クラナ 「…どうした?」
 マウ 「その…、ダインさんは…いつもそこに?」

マウが指差す先にはクラナの巨大な乳房の肉球。
その間でちょこんと湯に浸かり胸に持たれかかっていたダインがビクリと震えた。

 ダイン 「こ、これは…!」
 クラナ 「ここが一番安全なのだ。外海へ放り出せばあっという間に流され見えなくなってしまい、この湯船の中からダインを探し出さなくてはいけなくなる。ん? もしかしてお前もこうしたいか?」
 マウ 「い、いえ! そういうわけではなく…」
 クラナ 「やれやれ、もう少し自分に素直になればいいものを。羞恥心とは面倒なものだ」

くっくと笑うクラナ。
そのせいで乳房が揺れ、谷間のダインが波に巻かれるのもいつものことだった。

 エリーゼ 「ねぇクラナちゃん、ダイン貸して〜」
 クラナ 「どうするんだ?」
 エリーゼ 「遊ぶのー」
 クラナ 「お前に預けるとロクな事が無いんだがな」
 ダイン 「あ、遊ぶって言っても泳いだりしたらすぐのぼせちゃうよ」
 エリーゼ 「えー遊びたい〜!」

駄々をこねるエリーゼがバチャバチャと波を立てるたび、ダインは押し寄せる大波に溺れかける。

 ダイン 「うぷっ…!」
 クラナ 「あーわかったわかった。その代わりちゃんと見てるんだぞ。それでいいかダイン?」
 ダイン 「…ぷはぁ! …このままでも溺れそうなのには同じみたいだし…まぁ死なない程度に付き合うよ」

エリーゼはダインを手のひらに受け取ると風呂の奥へと歩いていった。
残されたクラナはふぅとため息をついた。

 クラナ 「まったく…好きなのはわかるがもう少し気を遣ってやれないのか。ダインもやっかいな奴に好かれたものだ」
 マウ 「でも…ダインさんもそんなに嫌そうではありませんでしたよね?」
 クラナ 「くく、あいつの場合、嫌と言い出せないだけかもしれないがな。言っても無駄だとも思うが。まぁとにかくあいつもあいつで楽しんでいるということだ。お前もエリーゼ位に積極的にならないとあいつを自分のものには出来ないぞ」
 マウ 「そ、そんなつもりは…」
 クラナ 「ふむ、もっと独占欲に駆られたりはしないのか? 今のままでは他の女に取られても文句は言えんだろう」
 マウ 「それを仰るのならクラナさんこそ…」
 クラナ 「私はあいつが誰のものになろうと構わん。あいつが幸せで居られるのならな」
 マウ 「クラナさんは凄いですね」
 クラナ 「ははは、そう褒められるほどのものでもない。ただ私にとってはそれが一番というだけだ」
 
そう言ったクラナの笑顔が心の底からのものである事はマウでもわかった。
何故この人は本心からそう思えるのだろう。
例えば自分の好きな人が他の人に奪われたらそれは凄く悲しいはずなのに。
この人は、それを望んでいるの?

 クラナ 「そういうわけではないさ。ただあいつが他の女と共に居ることを望むなら私はそうさせようというだけだ。あいつの幸せは私の幸せなのだ」
 マウ 「それじゃあクラナさんが…」
 クラナ 「くくく、私はもういいのだ。あいつと出会えただけで満足している」
 マウ 「…」
 クラナ 「おいおい、何故お前がそんな顔をする?」

淵に持たれかかるクラナは大仰に手を振りながら、今にも泣き出しそうなマウに問いかけた。
マウの双眸に涙が溜まり瞳が悲しみに揺れている。

 マウ 「だって…、だってそれではクラナさんがあまりにもかわいそうではないですか…」
 クラナ 「かわいそう? 私が? くっくっく、はっはっはっはっは! 私がかわいそうか!」

そこが湯の中でなければ腹を抱えるのではないのかというほどに大笑いをするクラナ。
それは嘲笑ではない。

 クラナ 「ふふふ…ぷはぁ、お前は本当に優しいな。だがそれも度が過ぎると人生を損するぞ」
 マウ 「クラナさん…」
 クラナ 「私はな、本当に満足しているのだ。すでにやったことだが、あいつのためなら全てを投げ出してもいいと思っている。だがこれにあいつは関係無い、私の意思だ。だからダインがお前と結ばれて幸せになるのなら私は全力でそれを応援するぞ」
 マウ 「ダインさんはクラナさんが好きなのだと思いますけど」
 クラナ 「くく、どうかな。確認したことは無いし普段苛め抜いているからな。それでも一緒にいてくれるところを見るとそうなのかも知れないが、あいつはただ私の事を割り切れないで居るだけかもわからん」

とやや遠まわしに否定しているクラナだが、その笑顔が嬉しさに満ちてゆくのがマウにははっきりとわかった。

 マウ 「いいですね。お二人ならきっと幸せになれますよ」
 クラナ 「だからそうやって遠慮するなと言うに。それに例え付き合い結婚したとしても、あいつがいなくなったあとは数万年を未亡人として過ごさねばならんのだぞ。破壊の権化たる魔王の威厳は何処へやらってな」
 マウ 「そうでしたね…。ダインさんとはとても大きな寿命の差があるんでした…」
 クラナ 「そんな顔をするな。いつか別れるのはすべての運命だ。お前達人間だって早く死ぬ者が居れば遅く死ぬ者もいるだろう? 同じことだ。だが別れは終わりではなく新たな出会いの始まりでもある。出会いと別れを経てみな強くなってゆくのだ。いつかダインと別れることになろうとも、あいつは必ず、私達の中に何かを遺してくれるさ。別れを恐れることは無い。それでも恐れるなら、今のうちにめいっぱい触れ合っておくといい。そうすれば別れの後も多くの思い出が残り、お前を支えてくれるよ」
 マウ 「クラナさん…」

クラナが笑顔で肯くとマウの目から涙があふれ出た。
マウはまるで倒れ掛かるようにクラナの胸元に顔を寄せる。

 マウ 「クラナさん…!」
 クラナ 「女を抱く趣味はないんだがな。まったく…」

そう言い苦笑しながらもダインはマウの頭を優しく撫でた。
マウの目からこぼれた涙はマウの頬を伝い、やがてクラナの胸元を伝って湯船に溶けた。
量はバケツ1杯よりも多い大粒の涙がポロポロと零れ落ちていった。

と、そこへエリーゼたちが帰ってくる。

 エリーゼ 「ただいま〜♪」
 ダイン 「疲れた…。…あれ? マウ、何で泣いてるんだ? クラナお前また何かしたのか!?」

エリーゼの手の上から二人を見下ろすダインは抗議の声を上げる。
だがそれをマウは首を振って否定した。

 マウ 「違うんです…。ただ私は、クラナさんにお礼を言いたくて…」
 ダイン 「お礼?」
 クラナ 「礼を言われるようなことはしてないがな。ついでに言うと泣かせるようなことも言ってないが」
 マウ 「いえ、クラナさんのお陰で私は未来を見ていけます。…そうです。先ほどの質問の答えですが、私は生き返ったことをまったく後悔していません」

未だ泣いて赤い目をしながらも、その瞳には確固たる意思が宿っていた。
もう折れることの無い強い意思だ。
マウの答えに、クラナも笑顔になる。

 クラナ 「くくく、それはよかった」

泣きながらも笑うマウとそれを見て肯きながら笑うクラナ。
ダインとエリーゼはきょとんとしながらお互い顔を見合わせた。


  *


  ザパーン!

 ダイン 「おわっぷ!」

湯船に浮いていたダインにエリーゼが水をかけた。

 エリーゼ 「あはは、ダインおもしろーい」
 ダイン 「ぷはぁ! なぁエリーゼ、そろそろ疲れたよ…」

今ダインは向かい合う3人の間に浮いている。
どこを向いても自分を見下ろす巨人の姿が見える状況。
エリーゼは遊び、クラナは笑い、マウはおろおろとしていた。

 エリーゼ 「もう疲れたの?」
 ダイン 「こっちは命懸けだっての…」
 エリーゼ 「そっかー。じゃあ休んで」

言うとエリーゼはダインを摘み上げ、自分の身体を胸が見えるほどまでに浮かび上がらせると、そこから出てきた乳首の上にダインを跨らせた。
エリーゼの乳首に、へばりつくような格好で乗るダイン。

 ダイン 「うぇえッ!?」
 マウ 「えぇぇえッ!?」

ダインとマウが驚愕に叫ぶ。

 エリーゼ 「しばらくそこで休んでてね」
 ダイン 「え、エリーゼ! おま…!」
 マウ 「…」(赤面)

ダインもマウも顔が真っ赤になった。
マウはあまりの羞恥に俯いてしまった。

 クラナ 「くく、エリーゼ、いくらなんでもマウの前でそんなことをしてはダインがかわいそうだろう。プライドがズタズタでは無いか」
 エリーゼ 「そうかな? …ぷらいどってなぁに?」
 クラナ 「いやいい。お前には縁の無いものだった」

クラナも一応抗議したがすぐに諦めた。
エリーゼの乳首に乗せられたダインは、湯あたりとは別の意味でのぼせそうだった。

 エリーゼ 「ねぇクラナちゃん、気持ちよくなるにはどうしたらいいの?」
 クラナ 「前にも言ったが、お前には到底理解できんよ。あと2〜3万年したらわかるかもしれないが」
 エリーゼ 「えー今気持ちよくなりたい」
 クラナ 「やれやれ…。ダイン?」
 ダイン 「…なに?」

羞恥と体温上昇。湯に浸かるエリーゼの身体は暖かく、それにへばりつくダインは全身にそのぬくもりを感じていた。
今ダインは、そのぬくもりを心地よいとさえ思ってしまっていた。
…疲れているからな。
そんな風に諦めた言い訳も考えてしまう。

 クラナ 「少しでいい。そいつのそれを撫でてやれ」
 ダイン 「…」

ダインは片手を動かし、そのピンク色の表面を撫でた。
すべすべぷにぷにで、その感触は気持ちいい。
前にクラナに押し付けられたときはそんな感触を吟味する余裕はなかったからな。
今もそれほど余裕があるわけではないが。
だがあの時、エリーゼは行為の意味を理解できていなかった。
今自分が触ったところで結果は同じだろう。

 エリーゼ 「あははは、くすぐったいよ〜」

案の定。
くすぐったさに身体を振るわせたので、ぷるんと揺れる胸に必死にへばりつくこととなったダイン。

 ダイン 「わわっ! …クラナ、無理…」
 クラナ 「ま、エリーゼだからな。感じるを説明するにはどうしたらいいものか…」

ふぅとため息混じりに答えるクラナ。
それを理解させてやらないといつまでもダインをおもちゃにするだろう。…いや、理解させた後の方がよりおもちゃにしそうだが。
ひとしきりくすぐったさに耐えたエリーゼは乳首の上のダインを見下ろした。

 エリーゼ 「やっぱりダインかわいい〜」

言いながらエリーゼは指でダインの背中を撫でた。
すると当然ダインの身体はエリーゼの乳首に押し付けられることになる。

 ダイン 「むぎゅ…え、エリーゼ、やめてくれ…」
 エリーゼ 「なんで?」
 ダイン 「苦しい…疲れてるからそんなに力入らないんだよ…」
 エリーゼ 「えー残念ー」

ダインの背中から指を離したエリーゼはダインの頭を撫でることにした。
ダインは、乳首の上に乗せられこうも優しく頭を撫でられてどうにかなってしまいそうだった。
それも、マウに見られているのだから。
羞恥心でいっぱいである。

  ザバァァァアアアアアアアア

その時、エリーゼが立ち上がった。

 ダイン 「ど、どうした?」
 エリーゼ 「ダイン、のぼせちゃったみたいだから涼しいところに連れて行ってあげようと思って。どうかな?」

先ほどまでは水面から数mの高さにいたのだが、エリーゼが立ち上がったことで今は高さ数十mになっていた。
確かに、湯面から離れたことで多少の温度差はあるがそれでも暖かいことに変わりは無い。
そして何より、エリーゼの乳首から直に体温が伝わってくるのだから。
周囲の気温が下がったことで、それが一段と暖かく感じられる。意識せずにはいられないほどに。
自分が抱きつくように乗せられているピンク色の壁面その全てが、エリーゼの大きな乳房の一部である乳首の上であることを。
余計にのぼせ上がるというものだ。
ダインは更に顔を赤くした。

 エリーゼ 「ダインまだ顔が赤いよ。あたしが冷ましてあげようか」
 ダイン 「…え?」

ダインはエリーゼの顔を見上げた。まさかと思ったからだ。
すると案の定と言うのか、エリーゼが大きく息を吸い込んでいた。
周辺を漂う湯気すらも吸い込まれてゆく。
やがてその頬が膨れるほどに息を吸い込んだエリーゼの口がこちらを向いた。
その口が「う」の形になったかと思うと…。

 エリーゼ 「ふぅーーーーっ」

思い切り息を吹きつけられた。
それは、例えダインが疲労していなかったとしても、掴まるところのない乳首の上では到底抗う事の出来ない突風であった。
一瞬でそこから吹き飛ばされたダインは直後、エリーゼの「あっ!」という顔を見た。
その顔もあっという間に遠ざかり、伸ばされる手すらも届かぬうちに、ダインはそこへと叩きつけられた。

  ボン!

床でも水面でも無い場所だった。
が、それでも高さ数十mからの高速落下の衝撃は凄まじく激突の瞬間は意識が飛ぶかと思われた。
バウンドしたダインは改めて水面へポチャンと落ちた。

 ダイン 「ぷはぁ! …イテテテ、勘弁してくれよエリーゼ…」
 マウ 「だ、ダインさん…」
 ダイン 「え?」

痛みに耐えていたダインが声のした方を振り返るとそこにはマウがいた。
顔を赤くしておろおろしながらこちらを見下ろしている。
ダインは今、マウの胸の前にいた。
タオルに覆われているとはいえ、大き目の乳房は前方にせり出し、まるで白い山脈が横になっているかの様。
…待て。今、自分は何かに激突した後に湯船に落ちた。
何に激突した? 決まっている…。
ダインが顔を赤らめながらマウの胸を見ると、マウは指で、自分が激突したと思わしき場所に触れた。

 ダイン 「え、えぇぇぇええ!? す、すまん!!」

ダインはマウの胸の前で水面に顔がつくほどに頭を下げた。

 ダイン 「決してそんなつもりじゃ…」
 クラナ 「素直にそのつもりだったと言え」
 ダイン 「違わぁぁぁあああい!」

と、振り向きながら大声で否定したダインが見たものは迫り来る巨大な指だった。
クラナはダインを摘み上げるとマウの胸の上に降ろした。

 マウ 「えぇ…っ!?」
 ダイン 「く、クラナ!!」
 クラナ 「うむ、中々面白い絵だな」

湯船に浸かるマウは胸の半分ほどまで沈みその胸を覆うタオルの上にダインがちょこんと座っている。
位置としては谷間の上だろうか。
タオルが無ければそこにはまることになる。

 ダイン 「ああもう! すまんマウ、すぐに降りるから!」
 クラナ 「こらこら降りるな」
 ダイン 「降りるよ!」
 クラナ 「マウも嫌だとは一言も言っていないのだぞ」
 ダイン 「え?」

ダインはマウの顔を見上げた。
視線は逸らされ恥ずかしそうに頬を染めているが表情の中に嫌悪感を見ることはできなかった。

 クラナ 「のぼせたのなら暫くそこにいろ。タオルの上だから滑ることもあるまい。丁度いいではないか」
 ダイン 「…」

確かにすべすべの肌の上よりはタオルの上の方が安定感はいい。
湯を含んでいるが、それもマウの体温で暖められ続けるので冷たくはならないし、タオルが防波堤の様に波を吸収してくれるので攫われる心配も無いのだ。
この湯船の中では、湯に浸かっていないことを覗けば最高に安全な場所だった。

 ダイン 「…」
 マウ 「…」

恥ずかしさのあまり黙り込んでしまった二人。
ダインもマウも、お互いが別の方を向いて顔を赤らめていた。

 クラナ 「くく、やれやれ、初々しい奴等め」

と、笑うクラナの横でエリーゼが指を咥えながら二人を見ていた。
そして唐突に手を伸ばすとマウの胸をむぎゅっと掴んだ。

 マウ 「はぅ!?」(ビクン)
 ダイン 「うぉッ!!」

突然の事にマウはビクリと身体を震わせ、そのせいで寝転ばされるダイン。
エリーゼはふにふにと手を動かしながら言う。

 エリーゼ 「マウちゃんっておっぱい大きいよね〜」
 マウ 「そ、そんなことないよ…。エリーゼちゃんの方が大きいよ」
 エリーゼ 「そうかな?」

するとエリーゼは自分の胸をぷにぷにと揉み始めた。
ダインからすれば小山のような大きさの乳房が自在に変形させられているに等しい。

 エリーゼ 「やっぱりマウちゃんの方が大きいよ」
 マウ 「あぅ…やめてエリーゼちゃん、恥ずかしい…」

マウはエリーゼの手をどけると自分の胸を抱きかかえるように隠した。
その際、乳房の上に転がっていたダインがタオルと手の間に挟まれたがマウは気付かなかった。
暫く、じーっとマウの胸を見ていたエリーゼだが突然にこっと笑うとマウのタオルに手をかけ…。

 エリーゼ 「マウちゃんのおっぱいが見た〜い!」

思い切り引っ張った。
立ち上がりながら引っ張ったのでその勢いは凄まじい。
警戒していなかったマウはタオルを掴むことも出来ずあっという間に剥ぎ取られてしまった。
引っ張られるままに立ち上がったマウのあらわになった胸がぷるんと弾む。

 マウ 「きゃ、きゃーーーーーーーーっ!!」

マウは胸と下半身を手で隠し悲鳴を上げた。


  *
 

 ダイン 「ぷはぁ!」

ダインは水面から顔を出した。
一連の騒動の中でこの湯の中に放り出されていたのだ。
どんな状況だったのかはマウの手越しに聞こえていたエリーゼとの会話で大体把握している。

 ダイン 「まったく…。…で、どこに落ちたんだ?」

と、ダインが頭を振って水を飛ばしたあと、現在地を確認しようとしたそのときだった。
フッと周囲が薄暗くなった。
何かと思って見上げてみると上から巨大なお尻が降りてきていた。

 ダイン 「うぇえ!?」

巨大なお尻がぐんぐんと迫ってくる。
あの肌色の二つの肉球はまるで双子山が逆さになっているかの様。
その山の動きが作り出す空気の流動が周囲の湯気を吹き飛ばしながらそれが自分の方に向かって落下してくるのだ。
周囲が更に濃い影に包まれてゆく。
到底逃げることの出来ない速度だった。
ダインはただその迫り来るものを拒むように両手を前に突き出していた。
だがその山ほどもあるお尻の前には、当然無意味なものであった。

  ドパァァァァァァァァアアアアアアンン!!

ダインは巨大なお尻に押し潰された。


  *


  ちゃぽん

マウは局所を覆い隠したまま湯船の中に沈んだ。
さらけ出してしまった羞恥のために顔は真っ赤になっている。

 エリーゼ 「そんなに恥ずかしいことかな〜…」

手にマウの巻いていたタオルを持ったままエリーゼは首を傾げる。
マウは恥ずかしさに耐えるようにぎゅっと目を閉じていた。
その時だった。

 マウ 「ひゃぅッ!!」

突然自分のお尻にくすぐったさを感じたのだ。
あまりにも唐突に、それでいて鮮明な感触だった。
思わずお尻に力を入れていた。
すると更にそこに何かが動くのを感じた。

マウが突然声を上げたことにエリーゼはまた首を捻った。
マウ自身も何が起こっているのかわからずに湯船の中に蹲ったままだ。
それらを横から見ていたクラナだけが、今何が起きているのかを把握していた。
クラナは笑いを堪えながら言う。

 クラナ 「くっくっく、なぁマウ、ちょっと立ち上がって後ろを向け」
 マウ 「え…?」
 クラナ 「いいからほら。あまりもたもたしていると手遅れになるぞ。くく…」

言うことの意味はわからないがとりあえず立ち上がり後ろを向くマウ。
クラナの前にはマウのお尻が来ることになるわけだがクラナはそのお尻に顔を寄せるとその肉球をガシッと掴んだ。

 マウ 「えぇ!?」
 クラナ 「こらこら力を入れるな」

クラナはマウのお尻をグイっと開くと、その割れ目の間から小さな脚が飛び出しているのを見つけた。
当然ダインのものである。
だがクラナは、そのあまりに滑稽な光景に思わず噴き出していた。

 マウ 「ど、どうしたんですか…? 私のお尻がそんなにおかしいんですか…?」

羞恥と不安で恐る恐る振り返るマウ。

 クラナ 「いやすまん。なんでもない。少しくすぐったいが我慢しろよ」

言うとクラナはその小さな脚を摘みスルスルと引っ張り出した。

 マウ 「あぅっ!」

が、マウはそのくすぐったさにまたお尻に力を入れてしまう。
結果、ダインの上半身はそのお尻の間に凄まじい力で挟み込まれ抜けなくなってしまった。
いくら引っ張ってもびくともしない。
これ以上無理に引っ張れば千切れてしまうかも知れなかった。

 クラナ 「くくく、だから力を入れるなと言っただろう。お前の尻で潰すつもりか?」
 マウ 「え…?」

マウが問いの返答に意識を回し、一瞬お尻の力が緩くなったところを見計らってクラナはダインを引き抜いた。

 クラナ 「生きてるか?」
 ダイン 「なんとか…」

クラナの指に摘まれ宙吊りになって万歳状態のダインは疲労困憊していた。
再び湯船の中にしゃがみこんだマウ。

 マウ 「まさか…」
 クラナ 「くく、そうだ。たった今までお前の尻に挟まれていた男だよ」
 マウ 「えぇぇぇえええッ!?」

ほとんど悲鳴のように声を出したマウ。
自分の尻の間にダインを挟んでしまっていたとは。
しかもその結果、ダインはこうも憔悴してしまっている。
マウはあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にし俯いて湯船の中に半分ほど沈めぶくぶくと泡を立てた。

クラナは大笑いしながらぼろぼろになったダインを掌に寝かせた。

 エリーゼ 「?」

エリーゼはタオルを持ったままひとり立ち尽くしていた。


  *

  *

  *


脱衣所。
風呂から出た4人は寝巻きへと着替えていた。
今日はエリーゼも泊まることになったのだ。

 エリーゼ 「あたしこれからずっと泊まってもいい?」
 クラナ 「住みつく気か。お前にはお前の城があるだろ」
 エリーゼ 「だっていちいちここまで来るの面倒だもん。…あ、でも絵本取りに戻らないと」
 マウ 「エリーゼちゃんもお城を持ってるの? すごいね」
 エリーゼ 「えへへ、あんまり大きくないけどね」
 クラナ 「私達がその気になれば城などあっという間に建てられるからな」
 ダイン 「へぇエリーゼの城か。一度行ってみたいな」
 エリーゼ 「いつでも遊びに来て〜」
 クラナ 「やめておけ。あいつの城は生き物の住むところじゃない」

そんな他愛無い話をしながら着替えていたのだが…。

 ダイン 「…ところで、なんで俺はここなんだ?」

ダインは床で着替えさせられていた。
もちろん他の三人も床に立っていることにかわりは無いが世界が違う。
ダインは今、三方を巨大な脚で囲まれている状況だった。
真上からは3人の魔王が見下ろしている。

 クラナ 「マウの着替えを置く場所を取ったらお前を置く場所が無くなったのだ。そこで我慢しろ」
 ダイン 「うそつけ。この広い脱衣所でどうして場所に困るんだよ」

ダインは両手を広げて見せた。
その仕草の通り、脱衣所は四方数百mあり台はいくつも用意されている。
そうでありながらダインは床に降ろされていた。

 クラナ 「喧しい奴め。黙って着替えろ。さもないと…」

言いながらクラナは片足を持ち上げダインの上にかざした。
ダインの上空は、風呂から上がったばかりでまだほんのり赤い足の裏で覆われた。
クラナの行動にダインが抵抗しようとした矢先、足は下りてきてダインを捕らえた。
ダインは、クラナの親指の下に仰向けに潰された。

 ダイン 「むぐ…! く、クラナ!」
 クラナ 「ほらどうした? どけられるものならどけてみろ」
 ダイン 「こ、このやろ…」

にやにやと笑いながらクラナは足の指を動かした。
それだけでもダインにとっては全力で以て抗わなければならない強力な圧力であった。その表面にはまだ湯船の温かさの余韻を感じる。
マウはそれを見ておろおろとしていた。
その横でエリーゼが目を輝かせた。

 エリーゼ 「おもしろそ〜! あたしもやってい〜い?」
 クラナ・ダイン 「ダメだ!!」

クラナとダインの声がハモった。

 エリーゼ 「あれ?」
 クラナ 「お前なんかにやらせた日にはダインはあっという間に潰されているわ。もう少し自分の注意の無さを自覚したらどうだ?」
 エリーゼ 「そんなことないもーん! ねぇダイン、大丈夫だよね?」

言うとエリーゼは片足を上げダインに向かって降ろしていった。
形も大きさも、ほんのりと赤いのクラナのそれと変わらないがそこに感じる恐怖は桁が違う。
別にエリーゼが悪いとは思っていない。ただこれまでの経験上、エリーゼが何かをすると大抵の場合痛い目に合うので、それがある種のトラウマになりエリーゼの行動には安心することが出来ないのだった。
そうこうしている間にもエリーゼの足がぐんぐんと近づいてくる。
というかこの勢いだとただ触れるだけでは済まない気がしてならない。思い切り乗せるつもりだろうか。
そんなことをされたら一巻の終わりだ。
さきほどクラナの足で弄ばれてわかったように自分の大きさはあの指ほども無い。
その自分に足を思い切り乗せれば足はまるで抵抗無く床を踏みしめるだろう。そこに自分の終わりというおまけつきで。
などという考えている余裕などないことを今思い出した。が、すでに足裏は目の前だった。

ところが突然、横から何かが割り込んできてダインに覆いかぶさった。

  ズズン!

振動とともにそれはダインを床との間に挟み込んだ。
挟み込んだとは言うが正確にはそこには空間がありダインが潰されるようなことは無かった。
薄暗い空間。
反面はしっかりと床についているがもう反面は外が見える。
今や天井になっているそれはやや赤い肌色をしていた。
何の事は無い。これはクラナの足だ。
クラナが自分を土踏まずの下に捕らえ、エリーゼの足から守ってくれたのだ。
ふぅー…。ダインは盛大に安堵の息を漏らした。

外界。
クラナの足の外の世界では、クラナが同じ様に盛大に安堵の息を漏らしていた。

 クラナ 「ふぅー…、間に合ったか」

踏み降ろされたクラナの足。
その足の上にはエリーゼの足が乗せられていた。

 エリーゼ 「なんで邪魔するの!」
 クラナ 「踏み潰したらどうするんだ。言っておくがな、ダインは簡単には生き返らせられないんだぞ。魔王に男が生まれなくなった様に、魔王級の魔力を宿せるのは女だけなのだ」
 マウ 「えぇ!?」
 ダイン 「なんだって!?」

クラナの足の下からひょこひょこ出てくるダイン。

 ダイン 「どういうことだ?」
 クラナ 「言ったとおりだ。今の世界では魔王になれるのは女のみ。男を無理やり魔王化させようとすれば即座に魔物化するだろう。私はマウが女だったから蘇らせる決断をしたのだ」
 ダイン 「で、でも魔族には男だって…」
 クラナ 「魔族と魔王では有する魔力の桁が違う。仮に男の魔族が魔王級の魔力を得ようとしても、自分の能力以上の魔力はまるで掌から水がこぼれるが如く抜け落ち取り入れることは出来ない。もちろん女なら誰でも可能というわけではなく、内に入れた膨大な魔力の圧力に耐えられなければ命を落とすだろう。マウが成功したのは偶然だ」
 マウ 「…」
 ダイン 「そうだったのか…でも、なんで…」
 クラナ 「男には魔力を受け入れる器が無いからな」
 ダイン 「器?」
 クラナ 「子宮だ。女が子を成し育むこの空間に魔力は宿る。故に子宮を持たぬ男は過大な魔力を受け入れることは出来ないのだ。…昔はこうでは無かったのだがな。恐らくは魔力の絶対量が減ったため、過度に魔力を消費しないよう変化していったのだろう。魔王の魔力の消費量はただの魔族とは比較にならん。魔力が枯渇しないように、魔力を消費しないように、魔王は変化したのだと思う」
 ダイン 「で、でも、そのせいで魔王は…」
 クラナ 「くくく、まだ絶えたわけではないぞ。それにもしかしたら私達魔王よりもお前達人間が絶滅する方が早いかも知れないではないか。少なくとも魔王は、あと数万、数十万の時を生きてゆけるのだからな」
 ダイン 「…そう考えると、それもそうか」
 クラナ 「ふふ。わかったかエリーゼ。遊ぶのもからかうのも止めはしないが、無茶はするなよ」
 エリーゼ 「えぅー…残念」
 クラナ 「─さてとっとと着替えねば風邪を引く。ああダイン、私とエリーゼは構わないが、マウだけは覗くなよ」
 マウ 「え!?」
 ダイン 「誰も覗かないよ!」

ダインはぶつぶつと文句を言いながら下を向いて着替え始めた。
上を見上げれば全員が裸なのだ。
クラナに見つかれば何を言われるものか。
もそもそと着替える。

この脱衣所は床全体が絨毯のようなマットのような、そんな感じになっていて足に冷たさを感じない。
水気も吸い取れて一石二鳥とクラナは言うが、そんな水気の多い場所において衛生面は大丈夫なのか? と、問うたところ─

 クラナ 「熱消毒ならあっという間だ」

と、指先に小さな火の玉を作ったかと思うとそれをマットの上に落とした。
その瞬間マット全体が燃え上がり火の海の様になった。
驚愕するダインだがクラナは笑ったまま。
だが火は一瞬で消え、あとには何も変わらないマットが残されていた。
これで消毒されているのだ、と言っていたのを思い出していた。

 ダイン 「確かに生地はふさふさだけど」

手で触れてみるそれはふさふさふわふわでいい感触だ。
クラナたちからすれば繊維が逆立てられ少しふさふさしている程度かも知れないが、ダインからすればこれは繊維の草原であった。
長いところでは腰の高さまであるそれら。この上を歩くのはちょっと苦労する。

そんなことを考えながらマットの上を見渡したとき、その草原を踏みしめて立つ巨大な足が視界に入ってきた。
位置的にはマウのものか。
自分の腰ほどまでの高さがあるこの繊維は、あの指の高さの半分にも届かない。
こうして足元に立たされると大きさの違いがよくわかる。
つい先日まで、マウはこの両手に抱きかかえることが出来る少女だったが、今はあの指すら持ち上げることは出来ない。
あの巨大な指がもぞもぞと動くたびに、ダインは軽い振動を感じていた。
その時、マウの片足が持ち上げられた。流れ的には下着を履こうとしているのだろう。見るわけにはいかない。
ダインは視線を外し着替えを続行した。
やがて下着を通したマウの足が床へと戻ってきたのだが─

  ズシィィィィィィイイイイイイイン!!

巨大な足が踏み降ろされた振動で、ダインはひっくり返った。

 ダイン 「あイタ!」
 クラナ 「何をやってるんだお前は。マウが足を降ろしたくらいで」
 マウ 「えぇ!? そうなんですか!? す、すみませんダインさん!」
 ダイン 「いやいや大丈夫だから」
 エリーゼ 「え、ダインって足降ろしたくらいで倒れちゃうの?」

言うとエリーゼは足を振り上げ、思い切り踏み降ろした。

  ズシィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイインンッ!!!

床から跳ね飛ばされたダインは3mほど宙に舞い上がった。
用意していた着替えもばらばらに吹っ飛んだ。
その様子にエリーゼはパァッと顔を輝かせた。

 エリーゼ 「おもしろ〜い!」

そしてもう一度足を振り上げたのだが─

 クラナ 「やめろと言っただろ」

クラナに、残されていた足をすくわれて、エリーゼは床の上に倒れこんだ。

  ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンンンンンッ!!!!

ダインは5mほど宙に舞い上がった。
今までで一番の振動だった。


  *


ややあって着替え終えた4人。
ダインは緑、クラナは赤、エリーゼは青、マウは茶色を基調としたパジャマを着ていた。
3人のパジャマは以前買出しに行ったとき、マウのはクラナのクローゼットの中から発掘した。
ちなみにクラナはネグリジェをやめた。

 クラナ 「あまり挑発的でも困るだろう?」

もちろんパジャマの方が露出が少なくありがたい。
だがクラナはアンダーシャツを着ず下着を着けないので、パジャマの前面、ボタンが弾け飛びそうなほどに膨れ上がった胸部ではボタンとボタンの間がぱっくりと開き、その間に素肌が見えてしまうのが難点だった。
特に、寝ていて苦しいのか、クラナは寝ている間にボタンを外してしまう癖がありそれが今朝みたいな状況へと繋がる。

 ダイン 「…逆にやばくなった気がするよ」
 クラナ 「何をぶつぶつ言っている。さぁ行くぞ」

クラナはダインを摘み上げると胸ポケットへと放り込んだ。
これはクラナがパジャマを選択した理由のひとつでもある。
手に乗せなくても、ダインを安全な場所において移動できるというその点に惹かれたのだそうだ。
ただ、そうは言っても、ボタンが飛びそうなほど突き出した胸のポケットなのである。
ポケットの中はパジャマの生地とクラナの胸に挟まれ物凄い圧力が掛かる。
ポケットに入れられたダインは生地越しにクラナの胸に張り付くような格好になり、前後からのプレッシャーは息つく暇も与えてはくれない。
この生地一枚向こうにクラナの胸、恐らく乳首あると思うとダインは羞恥に真っ赤になってしまう。
散々生のそれに触ってきたと言われても、圧力で押し付けられるその向こうに胸があるのを想像すると恥ずかしい。
更に風呂上りなので、生地の向こうの乳房からほんのりと暖かい空気が漂ってくる。

クラナが歩くのに際しゆっさゆっさと揺れるポケットの中で、ダインは羞恥と圧迫の責め苦に耐えていた。


  *

  *

  *


その後は居間(?)に戻り談笑を始めた。
ダインをポケットから取り出したクラナがマウに話かける。

 クラナ 「今日はどうだった? 私達は大体こんな風に毎日を過ごしているわけだが」
 マウ 「とても楽しかったです。こんなに楽しく家事をしながら生活できたのは初めてですよ」
 ダイン 「まぁクラナも魔王だけど鬼じゃないから。そんな苦しいことをさせたりはしないはずだよ」
 クラナ 「ふふん。─さて、前に話した元の大きさに戻る方法だが…」
 マウ 「あ…!」
 ダイン 「そういえばあるって言ってたな」
 クラナ 「ああ、答えは簡単だ。縮小化したままでいればいいだけの話だからな。人間の街でも不自由なく暮らせるだろう。ただ寿命だけは魔王のままだから怪しまれる前に移住し続けなければならないが。どうする? 人間として生きたいか?」
 マウ 「いえ、私はこうしてダインさんと一緒にいられれば十分です」
 ダイン 「う…(赤面)」
 クラナ 「くくく、もてるなダイン。まぁ心が決まっているなら結構、これからもよろしく頼むぞ」
 マウ 「はい、こちらこそよろしくお願いします」

マウがぺこりと頭を下げた。

 ダイン 「さて、あと暫くお喋りしたら寝ようか。今日も滅茶苦茶疲れたよ…」
 エリーゼ 「あ、ダイン、絵本読んで〜」
 ダイン 「またかよ! 今日はもう喉が痛いくらいなんだけど」
 エリーゼ 「やだ〜! 読んで〜!!」

エリーゼが両手をぶんぶん振り回し駄々をこねるたび、青いパジャマの中の乳房がぷるんぷるん弾む。
ダインはため息をついて了承した。

 ダイン 「はぁ…わかったよ…。明日は喉かれてるなこれ…」

と、ダインがエリーゼの方に向かって歩き出そうとした時。

 マウ 「あ、待ってくださいダインさん。私が代わりましょう」
 ダイン 「へ?」
 クラナ 「そうだな。マウなら人間の文字も読めるから絵本も読んでやれるだろう。これはいい」
 エリーゼ 「わぁ! ありがとう!」

エリーゼはポンと縮小しテーブルの上へと立った。
マウもクラナの手を借りて縮小、二人はそこにある小さな椅子について絵本を読み始めた。
マウの縮小の際に一緒に縮んでいたクラナも元の大きさに戻り自分サイズの椅子につく。

 ダイン 「マウだけ小さくすることは出来ないのか?」
 クラナ 「出来ん。マウは、言わば身体の一部として共に縮小しているのだ。つまり手や足と一緒だ。これが手足だけ縮小したらおかしいだろう?」
 ダイン 「ああ、なるほどねぇ」

ダインは楽しそうに絵本を読む二人を見つめた。
まるで姉妹のように安らいでいる。

 ダイン 「二人が仲良くなって良かったよ」
 クラナ 「うむ。エリーゼにも同じ大きさの友達が増えたのはいいことだ。これで私も少しは楽が出来るというものだ」
 ダイン 「…エリーゼが他の魔王を嫌っている理由は聞いちゃダメなのか?」
 クラナ 「いずれわかる。それまでは今のあいつを受け止めてやれ」
 ダイン 「そうだな…」

クラナがすぐに教えてくれないところを見ると何か言い難い事なのだろうか。
もしかしたらエリーゼも、マウの様に辛い過去を持っているのかも知れない。
だとしたら、何か俺にしてやれることはないのか。

 クラナ 「傍にいてやれ。それが一番だ」
 ダイン 「…俺はそんなに期待されるほどの男か?」
 クラナ 「少なくとも今エリーゼがこの世界で唯一心を開いている男ではある」
 ダイン 「そっか…」
 クラナ 「自信を持て。気張る必要は無い。あいつも今のお前が好きなのだ」
 ダイン 「なんか照れるよ」

ダインは頭を掻きながらもう一度二人を見つめた。
二人は、もちろんクラナもだが、今の俺を好いてくれている。
でもだからこそ、もっと男に磨きをかけなくてはと思う。
がんばろう。
3人のために。

ダインは胸の内で改めて決意を固めた。


 クラナ 「…ところで、マウが眠ったらお前をマウの布団の中に放り込もうと思っているのだが」
 ダイン 「絶対にやめろ!!」


こうして、新たなメンバーを迎えたクラナの城の夜はいつもよりも賑やかに更けていった。



------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------

−−−−−−−−−−−

 〜 魔王クラナ 〜


第14話 「新しい一日」 終

−−−−−−−−−−−



  おまけ

翌朝。
あてがわれた部屋でこれまでに無い快適な睡眠から目覚めたマウ。
カーテンから漏れる朝陽の光がこんなにさわやかなものだと思ったことは無い。
昨日から始まった素晴らしい日常。それが今日も始まると思うと自然に笑顔になった。

 マウ 「ふふ、今日もいい天気。う〜ん!」

上体を起こし大きく伸びをした。
すると

 * 「ぎにゃーーーーーーーーーーーー!」
 マウ 「ふぇ!?」

突然自分のパジャマの中から悲鳴が聞こえた。
何かと思ってパジャマをパタパタ触ってみると胸ポケットの辺りに違和感を感じた。
ポケットを引っ張り中を覗いてみると、なんとそこにはダインが転がっていた。

 マウ 「だ、ダインさん!?」

なんでダインさんがここに!?
突然の出来事と羞恥にマウの顔が一瞬で真っ赤になった。


  *


 ダイン 「う、うーん…」

なんだろう、寝苦しい。
異様に暑いんだ。
うっすらと目を開けてみるとそこはクラナの寝室ではなく、やや薄暗い場所。
どこだ?
四方を布に囲まれてまるで袋のような感じだ。
閉鎖された空間、更に少し蒸し暑い気がする。
ふと、この見慣れない空間に思い当たった。
昨日風呂上りに入れられたパジャマのポケットの感覚だ。

 ダイン 「そうか。クラナの奴、寝てる間に…」

きっとクラナが寝ている間に自分を胸ポケットに入れたのだろう。
勘弁して欲しいものだ。
まったく…。
と、ダインがこの空間から抜け出そうとしていたときだった。
地鳴りのようなくぐもった声が轟いたかと思うとダインの居る世界全体が傾き始めたのだ。
そのせいでダインは、文字通り袋小路であるポケットの底に落とされた。
クラナが起きたのか。なら文句の一つも言ってやらねば…。
だがふと気付く。そういえば、このパジャマの生地が、クラナの着ていた赤色では無いことに。
薄暗く不鮮明だが、これは間違いなく茶色。
茶色のパジャマと言えば…。

 ダイン 「マウ!?」

ビクンと震えるダイン。
まさか!? なんでこんなことに!? どうする、どうすればいいんだ!
こんな状況を見つかったらそれこそ人生は終わりだ。
マウが起きる前に脱出できればよかったがもう遅い。
恐らくクラナが糸を引いているはずだがいったいどこにいるんだ。
ポケットの中、おろおろしながら脱出の方法を考えていたダインだったが、このポケットの中の壁の一方が突然迫ってきたかと思うと、ダインはその壁と壁の間に挟まれた。
それは先日のクラナの胸ポケットに入れられたときよりも遙かに強力な圧力だった。
布という壁と壁の間に、直訳すればマウの胸とパジャマの間に圧縮されるダイン。
ダインは自分の身体がメリメリと音を立てるのを聞いた気がした。
マウの胸に潰される。
これ以上圧力をかけられれば本当に潰されてしまう。
だが圧力は強まり続け、ダインは半ばその胸にめり込んでいた。
凄まじい重圧はダインの身体からの酸素という酸素を搾り出し、逆に吸い込むことを許さない。
あまりの圧力に、ダインは無意識のうちに、酸素が搾り出されるのを利用しながら悲鳴をあげていた。

 ダイン 「にぎゃぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」

その後更に圧力は強まり、ダインは気を失っていった。
気を失う直前、最後に見たのは、ポケットの入口をこじ開けて下りてくる巨大な指だった。


  *


摘み出したダインを手のひらに降ろしたマウはおろおろしていた。
ベッドの上に女の子座りになり、あわあわしながらダインを見下ろす。
触れようか、触れまいか。マウの手がダインに近づいたり離れたり。
ベッドの上でパジャマ姿で挙動不審全開である。

そんなマウを少し開いた扉の向こうから覗き込むクラナ。
すべての黒幕である。

 クラナ 「くくく、早起きして仕込んだ甲斐があったと言うものだ。今ならマウは一人。さぁお前の想いを思う存分ぶつけるがいい」

顔が扉に触れるほど近づけて内部を観察する。
誰も見ていなければマウも大胆な行動に移れるだろうと踏んでの演出だった。
クラナはマウが行動を起こすそのときを今か今かと待っていた。

そしてそんな扉の前の廊下で部屋の中を食い入るように覗きこむクラナを寝ぼけ眼でぼーっと見つめるのはトイレに起きたエリーゼ。
髪は寝癖だらけでパジャマは乱れ手には枕を抱え目を擦りあくびをしながらエリーゼは「…?」と首をかしげた。