※暴力的な表現が含まれていますのでそれらを望まれない方はまた次回お会いしましょう。

−−−−−−−−−−−

 〜 魔王クラナ 〜


第15話 「激動」

−−−−−−−−−−−


------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------



朝。
わずかに開いたカーテンから朝陽が射し込み顔を照らす。
光の眩しさを嫌がるように一度寝返りを打った後、ダインは身体を起こした。

 ダイン 「ふぁ…」

欠伸をしながら寝ぼけ眼で辺りを見てみるとそこにはいつもと違う光景。
小さな部屋、家具、そこは自分にピッタリの大きさの物々が置いてあった。

 ダイン 「そっか、昨日から街に泊まってるんだった」


  *
  *
  *


城。

 エリーゼ 「ダイン…」
 クラナ 「仕方ないだろう。街の祭りの準備に駆りだされたのだから」
 マウ 「でもダインさんがいなくなると急に静かになっちゃった気がしますね」
 クラナ 「主にエリーゼがな。まぁ男手はいくらあっても足りないと言うし、顔パスが効くくらい通っているし、魔力で身体能力も強化できるしで、重宝されるのも当然か」
 エリーゼ 「うぅ…」
 クラナ 「はぁ…しょうがない奴め。マウ、気分転換にエリーゼを連れて散歩にでも行って来い。祭りが始まるのは夕方からだと言っていたからそれまでには帰って来いよ」
 マウ 「そうですね。わかりました」

二人は散歩へと出かけた。
残ったクラナ。

 クラナ 「ふぅ…やれやれ、愛されているな。角言う私も、胸の空虚感は抑えられんが」

一人、玉座で苦笑した。


  *
  *
  *


街。
とんてんかん、とんてんかん。街中でとんかちの音や男達の威勢のいい声が響いている。

 店主 「いやぁ兄ちゃんに手伝ってもらって助かってるよ」
 ダイン 「普段お世話になってますからね。これくらいのことは」
 店主 「でもそのせいで嬢ちゃんたちのことはかまってやれないだろ。どうせなら呼んじまえばよかったのにな」
 ダイン 「はは、まぁ本番は夕方からですし、その頃には来るって言ってましたから。さぁ早くしないと間に合いませんよ。急ぎましょう」

年に一度の祭りとあって街の活気は凄まじい。今朝までは形も無かったやぐらが、もう家よりも高い。
周辺では出店の準備も始められ、夜にこの場が盛り上がるのは間違いない。
夜が楽しみだ。

そんなこんなで昼前である。

 店主 「兄ちゃん、休憩に行ってきたらどうだい?」
 ダイン 「いえ、まだまだ大丈夫ですよ」
 店主 「ははっ、そいつぁ頼もしいが、この先もっと忙しくなりそうなんでな。休めるのは今が最後だぜ」
 ダイン 「くす。わかりました。では失礼します」
 店主 「おう、ゆっくりな」

店主と別れダインはお気に入りのカフェへと入った。
中は街の喧騒とはうって変わって静かなものだ。マスターの選んだセンスのいい曲が店内に流れている。
カウンターへ着き、頼んだコーヒーをすするダイン。


すると突然…。

  ズシィン…  ズシィン…

聞き慣れた地響きが聞こえてきた。
店内の食器がカタカタと震える。
まさかあいつら来たのか。
しかも縮小しないで。
どういうつもりだ。

ダインはカップをコーナーの上において席を立ち、店の外に出た。
クラナかエリーゼかマウか。誰だか分からないが何をしに…。

と、音のする方を見上げたダインは一瞬思考が止まった。
この街に向かって歩いてくる巨大な人影に、見覚えが全く無かったからだ。

 ダイン 「…な…に……?」

巨人の格好はマウに似たメイド服。薄い紫色の髪を後ろで縛り眼鏡をかけていた。
陽光に照らされて光るそのレンズの向こうには鋭くキツめの目。その目の雰囲気は切れる刃、熱い氷の様だった。
クールを思わせる表情。鉄面皮を貼り付けた無表情の裏に何があるのかは図れなかった。
巨人…魔王か? いったい何故ここに…。

ダインがメイド服を纏った推定魔王の意図を測りかねている間に、魔王は街の淵まで来ていた。
そこから街の中を見下ろし見渡している。
祭りの準備をしていた人々は先ほどの喧騒が嘘の様に大口を開けてポカンとその巨人を見上げていた。
そして見渡し終えたのか魔王は街の中央を向き直った。すると…。

  ズシィイイン!

街の中に足を踏み入れてきた。
街の外周にあった家が踏み潰された。
その瞬間、唖然としていたダインや街の人々の硬直がとけた。人々は悲鳴をあげて逃げ始めた。
ダインも剣を手に走り出していた。
あの魔王が何者かは知らないが、決して友好的じゃない。
破壊が目的か? もしもエリーゼのした様に焼き尽くされてしまったら人間の俺達に成す術は無い。
クラナがここにいれば、何とか防げたかも知れないのに。

 ダイン 「…くそっ!」

舌打ちをしながら逃げる人波を逆走するダイン。
その間も魔王は街の中を蹂躙し続けている。次々と家が、あの巨大な靴に踏み潰され、蹴り壊されてゆく。
慣れ親しんだ街が壊されてゆくのは、我慢がならない。

やがてダインは広場へと出た。あのやぐらが立てられた場所だ。
同時に魔王もこの広場に踏み入っていた。その衝撃でやぐらが崩れる。周辺の出店もすでに踏み潰されるか、振動で倒壊していた。
祭りの準備をしていたこの広場は、もうそんな雰囲気ではなく、ただ瓦礫の散乱する廃墟と化してしまっていた。

人々が逃げ、人が少なくなったこの広場。
魔王に走り寄るダインは、その目前に一人の少女が蹲って泣いているのが見えた。騒ぎで、親と離れてしまったのか。
そしてなんと、魔王の次の一歩はその少女の上に踏み降ろされようとしていた。
見上げた魔王は依然キョロキョロと足元や辺りを見渡しているが、そこに少女がいるのが視界に入ったはずなのに、そこに足を踏み降ろすのを止めようとしない。
魔王にとって、人間など足の踏み降ろす場所をかえるに値しない。潰して当然であるということを、見せ付けられていた。
巨大な足の影が濃くなり、少女が、踏み潰される。
ダインの意識が一点に集中され、高められた身体能力は、その凄まじい脚力で石畳を蹴り、身体を前方へと跳ね飛ばした。


  ズシィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!


足が踏み降ろされ、石畳は踏み抜かれ、周囲に砂塵が舞い上がる。
そしてその砂塵が晴れたとき、地面にめり込む巨大な靴の横には、ダインとその腕に抱かれた少女が倒れていた。
足が踏み降ろされるまでの刹那の間に、ダインの身体は足の下に飛び込み少女を抱えて脱出していた。
魔力で強化される以前の問題。他者のために、死に飛び込む勇気が無ければ不可能なことだった。
だがまだ足の近くにいることにかわりは無い。すぐに離れなければ。
と、思ったとき、巨大な足がどけられた。見上げてみると、あの巨人がこちらを見下ろしていた。
眼鏡の向こうから、感情の読めない瞳が見下ろしてくる。
そして巨人は身をかがめ、手を伸ばしてきた。
クラナたちと過ごしていてこの行動の意味はすぐに理解できた。

 ダイン 「捕まえる気か…」

立ち上がったダインは少女を抱えたまま駆け出した。すると魔王も立ち上がりダインを追いかけ始めた。
圧倒的な速度の差があるが、今は逃げることしか出来ない。
逃げるダインの後ろ、家々が次々と踏み潰されてゆく。人が巻き込まれていないことを祈るばかりだ。
街の外に出られれば…。
そのときである。

 * 「ユリちゃん!」
 ダイン 「ッ!?」

通りを駆け抜けていたとき、横から声をかけられた。若い女性だった。格好を見ると主婦か。この子の母親か?
その一瞬、魔王から気を離してしまったときだった。真後ろに巨大な足が踏み降ろされた。

  ズシィイイイイイイイイイイイン!!

その衝撃で周辺の家は軒並み破壊され、ダインやその子の母親を含め、全員が地に投げ出された。
衝撃の中で体勢を立て直したダインは倒れた母親へと駆け寄った。多少ケガをしているが問題無い。意識もあった。

 ダイン 「この子は無事です。ここから離れて!」

ダインは魔王に向かって走った。自分の力が、魔王に通用しないことなどわかってる。
今はとにかく注意を完全にこちらに向かせ、街の外に誘導しなくては。
地面を蹴り、魔王のメイド服の裾を掴んで、自分の身体をさらに上に引っ張り上げる。
すると魔王は手を伸ばし自分を捕まえようとしてきた。
だが普段、クラナやエリーゼから逃げている経験もあって、そう簡単には掴まらない。
手をくぐりぬけ、揺れるスカートの生地を掴み、足がかりとして飛ぶ。
数秒間の攻防だが、これでこの魔王はもう俺を狙うしかない。
ダインは、魔王の前方に向かって大きく跳んだ。さぁ着いて来い。街の外まで行けば、自分も隠れ逃げることが出来る。

だが、魔王は跳んだダインを追っては来なかった。
自分の作戦に誤りがあったかを確認するダイン。
そして、魔王が冷ややかな目で自分を見下ろしながら呟くのを聞いた。

 * 「さすがはベリアル様の…」
 ダイン 「…なに?」

ベリアル。確か、クラナのことだ。クラナの知り合いか。
と、考えていたとき、魔王が自分を指差してきたのに気付いた。
何をするつもりか、と思った瞬間、指先から電光が放たれた。

 ダイン 「ッ!!」

空中で回避できるはずも無く、ダインはその太い電撃に撃たれた。

 ダイン 「ぐぁぁああああ!!」

魔力を帯び、魔力による電撃の効果を多少軽減出来るダインでも、魔王の放つ電撃を耐えることなど出来なかった。
文字通り痺れるようなダメージが身体を突きぬけ、ダインは身体を痙攣させながら地面へと落ちていった。
石畳に叩きつけられるダイン。
そのダインに向かって歩を進めてくる魔王。踏み潰すつもりか。
途切れ途切れになりつつある意識の中でダインはそう考えた。
だが魔王はダインの目の前で止まると腰を屈め手を伸ばしてきた。そして巨大な指でダインを摘みあげると目の前へと持っていった。
身体の周囲を観察し、大きな損傷が無い事を確認した魔王は、その小さな人間を手の中に握り、街の外へと出て何処かへと去っていった。

 ダイン 「初めから…俺が狙いだったのか…」

ぎゅうぎゅうと締め付けてくる手の中で、甚大なダメージを被ったダインは気を失った。


後には、先ほどまでのお祭り騒ぎから一転して絶望の底へ叩き込まれた街が残されていた。
半ば瓦礫となった家々の影でおびえていた人々は、恐ろしい巨人が去ったのを確認して外に出てきた。
美しかった街並みはもうどこにもない。ほとんど、瓦礫と巨大な足跡が散乱する廃墟と化してしまった。
あの巨人はいったい何が目的だったのか。彼等には知る由もなかった。


  *
  *
  *


暗黒。
その中に漂うダインの意識。
激痛に苛まれる度に世界がまるで稲妻が走るが如く明滅する。
ここは、自分の意識の中だ。気を失っている俺の中だ。
俺は、いったいどうなった。あの魔王は、何故俺を捕まえた。
わからない。すべてが突然だったから。
その暗黒の世界に話し声のようなものが轟く。
誰の? 知らない声だ。
意識が、その声の主を探ろうと覚醒しようとする。
世界の闇が取り払われ始めた。
目覚めようとしているのだ。
いったい誰の…。

ダインの意識が覚醒へと向かう。


 ダイン 「…ぐ!」

ズキン! 電撃の痛みがまだ残っている。痛む身体を無理やり起こし起き上がるダイン。
ぼやける焦点を無理やり合わせながら辺りを見回してみるとそこは知らない場所だった。
目の前にはなにやらガラス製の容器みたいなものが乱立している。巨大だ。これもあの魔王の? ハッ! そういえばあの魔王はどこに!?
ダインはキョロキョロと辺りを見回した。すると…。

 「くすくすくす…」

背後から笑い声が聞こえてきた。
振り向いてみると、そこには二つの巨大な人影が聳え、自分を見下ろしていた。

 ダイン 「な…!」

目の前には魔王と思わしき巨人と、その背後には先ほどの魔王が一歩引くようにして立っていた。
二人とも身体の下半身が見えないところを見ると、ここはテーブルの上か。
ダインは目の前の初めて見る魔王を見上げた。
するとその巨人も笑った。

 * 「わぁ! 見てみて、この人間、ボクを見てるよ」

キャッ♪ と手を叩く魔王。実に子どもっぽい仕草だ。
『ボク』…と自分を呼んだが、男では無いだろう。
今の魔王に男は存在しないという話だし、目の前の魔王の服に、小さいながら胸の膨らみを見て取れた。
顔を見上げてみると仕草相応に幼い印象を覚えた。瞳はキラキラと輝き、肩にかかるかどうかの短い緑色の髪は仕草に合わせてふわりと揺れる。
エリーゼとは違う、心身ともに子どもであった。
だが魔王には違いない。
いったい何故俺を…。

と、その時、後ろに控えていたメイド服の魔王が椅子に座る子どもっぽい魔王に話し掛けた。

 * 「しかし本当によろしかったのですか? ベリアル様がなんと仰るか…」
 * 「だいじょーぶ。クラナ姉はこんなことで怒らないよ。パーティで見てからずっと欲しかったんだ」

子どもっぽい魔王は笑いながら答えた。
どうやらこの二人は主従の関係にあるようだ。この目の前の魔王の方が主人なのか。
だが、クラナ姉とは。顔や髪の色を見る限り姉妹ではなさそうだが、ただの呼称か。
パーティとは恐らくシャルの…あの時に目を付けられたということか。
いや、そんなことよりも…。
ダインはよろよろと立ち上がった。

 ダイン 「お前等…いったい何を…」
 主 「話し掛けてきてる! すごーい! 人間ってみんな逃げるだけかと思ってたのに」
 ダイン 「…なに?」

どういう意味だ…。と、問いただす前に、ダインの視界に、この主の魔王の首に下げられているものが入ってきた。
ただのネックレスかと思ったが、よく見るとそれは、人間の骨で作られていた。

 ダイン 「な…っ!」

無数の骨と宝石が入り混じり規則的に並べられアートとなり、首に掻ける紐は無数のダイヤと頭蓋骨で作られていた。
何百という人間の骨が使われていた。

 ダイン 「なんだソレは!!」

ほとんど悲鳴のようなダインの叫び。
だが主はさらに笑顔を輝かせるばかりである。

 主 「あは! なんか叫んでる! 面白〜い!」

自分の話などまるで聞いていない魔王を前に、ダインの怒りもたまってゆく。
憤怒が声となって口から飛び出ていた。

 ダイン 「それは…どうしたのかと訊いているんだ!!」
 従者 「…人間如きが、お嬢様になんという無礼を…」

控えていた魔王・従者の瞳に怒りと黒い感情が宿る。
それらを無視して主はけらけらと笑いながら説明する。

 主 「コレ? 人間の骨で作ったんだよ。良く出来てるでしょ?」

主はネックレスを手に取るとぷらぷらと揺さぶった。
骨達がカシャカシャと音を立てる。
瞳に光の無い無数の頭骸骨がカタカタと揺れる様は、命を冒涜した狂気の光景だった。

 主 「これだけ骨集めるの大変だったんだから。人間ってすぐ潰れるし、骨はすぐ折れるし。フィアーにいい方法教えてもらうまでは何度も失敗してたね」

言いながら主が後ろに控える従者を見ると従者は微かに肯いた。

 フィアー 「触れて壊れるならば触れなければ良いのです。酸に入れておけば、人間は勝手に骨になります。酸が少しでも強いと骨も無くなってしまいますが、人間ではそれも仕方ないでしょう」

さも当然の様に言うフィアーと呼ばれた従者。

 主 「だよねー。ほっとくとすぐ腐って死ぬし」
 ダイン 「…!」

拳が震える。怒りが心を焦がす。こんなにも怒りを感じたのはアークシード以来だ。

ふと、自分の横にあるガラスのケースが目に入った。
先ほどは気付かなかった。まさかそうだとは思わなかった。
その中には人間達が捕らわれていたのだ。

 ダイン 「な…」

ガラスケースの壁を、こちらに向かって必死に叩いている。
服を剥かれ、全裸になった男女達だ。
見た目、若い人間だけのようだが…。
と、別のケースに目を向けるとそちらは老人ばかりが入っていた。
更に別のケースにはこどもばかり。あきらかに意図的に区分けされている。
そしてそういう風に人間の入ったケースがこのテーブルの上に散乱していた。
何百と言う人間が捕らわれていた。
標本のようなものまであった。身体に杭を打ち付けられ固定されている男女。年齢や髪の色ごとに。あんな小さな子どもまで…。

怒りだけではない。
この心の底から湧き上がる感情は…憎悪だ。
憎しみが、焼けるような熱さで身体を焦がす。血が沸騰していくようだ。
その時─。

 主 「あ。あれはもういらないや。捨てちゃって」
 フィアー 「かしこまりました」

従者が動いた。
テーブルのケースをひとつ手に取るとそれを持って部屋の隅へと歩いていった。
ここからでは見えないが、なにやら檻のようなものでもあるのか。
ガシャガシャという物音と鳴き声のようなものが聞こえる。
従者はその上にケースを持ってくると、それをひっくり返した。
ダインにも、そこから何十人もの人間が落ちていくのが見えていた。
そして何かが暴れる音が一段と強く騒がしくなり、やがて静かになった。
戻ってきた従者が抱えるケースには、一人も残っていなかった。

 主 「あれ? くすくす。フィアー、まだ一匹残ってるよ」

従者はケースを見下ろした。
するとガラスケースの角、手足を使い壁にくっついている男がいた。

 フィアー 「申し訳ございません。すぐに処理を…」
 主 「いいよ。せっかく残ったんだもん」

主は手を伸ばすとそのケースの隅の人間を摘み上げ目の前に持っていった。
男は悲鳴を上げていた。
手加減の無い巨大な指は、彼の身体の骨を粉々に潰していたのだ。
肉が裂け血が噴き出ている。
少女の綺麗な指が、流れ出る血で赤く染まる。

 主 「もう潰れてる。やっぱりいいや」

主は摘んでいた人間を檻に向かって投げ捨てた。

 フィアー 「お嬢様、お手が汚れてしまいましたね」

フィアーは主の手を取り、そこについていた血を舐め取った。
舌は艶かしく動き指に絡みついてゆく。
血はあっという間に無くなったが、それでもフィアーは舌を動かすのを止めない。
主の指が唾液で濡れて光る。
やがて唾の糸を引きながら舌を収めたフィアーはナプキンで主の指を拭いた。

 フィアー 「申し訳ございません。つい…」
 主 「ふふ、いいよ。フィアーも好きだよね」
 フィアー 「…」

フィアーは顔を赤らめて横を向き、それを見てまたクスリと笑う主。
ある種の異常な空間がそこに展開されていた。
─だが、それ以前にもっと異常なものがあった。
たった今、何十の人間があっという間に殺された。
それもまるで歯牙にもかけず、さも当然の様に。
久しく忘れていた…。これが魔王か!
ここにいる人間たちはみな捕らえられたもの達なのだろう。
ただ捕らわれ、弄ばれた果てに殺されて…。そうでなく、飽きた果てにも殺される。
そこに命を思う感情など欠片もない。
まるでゴミを捨てるように殺されてしまった。

怒りが、爆発した。

 ダイン 「………………この野郎ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッツ!!!
 主 「?」
 フィアー 「ッ!」

腰の剣を抜き放ったダインは魔王たちに向かって突進した。
力の差など最早意中に無かった。ただ、怒りと憎しみに駆られての特攻だった。
向かう先、主は笑顔で手を叩いた。人間の、予想していなかった行動を楽しんでいるようだ。
テーブルの大地を蹴って飛び上がったダインはその笑顔に向かって斬りかかった。だが…。

  バシン!!

突如横から襲い掛かってきたフィアーの巨大な手に叩き落とされ、テーブルに激突した。
バウンドしゴロゴロと転がるダイン。

 フィアー 「お嬢様に向かって…何という事を…!」
 主 「あはは。まぁまぁフィアー」

それを主は笑顔で諌める。
叩きつけられたダインは激痛に苛まれていた。口から大量の血を吐き出していた。
今ので内臓のどこかをやられたか。身体が軋むところを見ると骨も…。だけど…!
ダインはよろよろと起き上がった。
そんなダインに主が言う。

 主 「面白い人間。さすがあのクラナ姉が飼ってただけあるよ。…でも、ボクに剣を向けるなんて生意気だなー」

主が巨大な指を近づけてきた。
逃げようとしたが、よろける身体は思い通りに動かない。
数歩さがったところで指に追いつかれてしまった。
巨大な親指と人差し指は、その指先に、剣を持つダインの右手を摘んだ。そして…。

 主 「くすくす……えい」

  ぎゅ

力を込めた。

 ダイン 「うぁぁぁああああああああああああああああああああああッ!!」

ダインは絶叫した。
倒れこむダインを置いて、指が離れてゆく。
開かれた指の間には、小さな赤いシミがあった。

脂汗の滲む顔でダインがそこを見ると、右腕が無くなっていた。

 ダイン 「ぐ……うぅ……!!」

這い蹲り激痛を堪えるダイン。
そんなダインを見下ろしながら主は笑った。

 主 「生意気な右手は潰しちゃった」

見ると親指と人差し指の腹には小さな小さな赤いシミ。
剣もそこにあったはずだが、その凄まじい指の力で粉々にされてしまっていた。
鋼の剣が砕かれるのに、人間の肉の腕が堪えられるはずも無い。
ミンチなどではない。肉片すら残らずシミに変えられていた。
ダインの腕一本だったシミだ。

暫しそれを見ていた主は、やがてそこについていた赤いシミをペロッと舐め取った。

 主 「ふふ、おいしい」

主の顔が綻んだ。
そしてダインを見下ろすとその手を伸ばしてきた。



------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------

−−−−−−−−−−−

 〜 魔王クラナ 〜


第15話 「激動」 おわり

−−−−−−−−−−−






 ↓ おまけ ↓


−−−−−−−−−−−

 〜 魔王クラナ 〜


  「マッサージ」

−−−−−−−−−−−


------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------



昼。
クラナの部屋にて。

 クラナ 「う〜…腰が痛い…」
 ダイン 「そんなになるなら手伝わなけりゃ良かったじゃないか」
 クラナ 「お前にばかり働かせては申し訳ないだろう」
 ダイン 「気遣いはうれしいけど…そんな風になってまで手伝えとは言えないよ」

テーブルの上のダインは、ベッドの上にうつ伏せになり腰を押さえるクラナを見下ろしていた。
今日、畑を耕したのだがそれは小さくともちゃんとした畑。ダインひとりで耕すのは骨が折れる。
なのでクラナも縮小化してそれを手伝ったのだが普段しない肉体労働のせいで腰を痛めていた。

 クラナ 「うぅ〜…ダイン、悪いが腰を揉んでくれないか」
 ダイン 「…それは冗談で言ってるのか? できるわけないだろ」
 クラナ 「ちゃんと小さくなる。頼む、本気で言ってるのだ」

唸りながら腰を押さえるクラナ。
どうやら他意は無いらしい。
ダインはため息をつきながら立ち上がった。

 ダイン 「わかったよ。じゃあ俺を連れてってくれ」

クラナはダインをベッドの上に連れて来ると縮小化してうつ伏せた。
ダインはそのクラナの身体を跨ぎ膝立ちになるとクラナの腰に手を置いた。

 ダイン 「…なんか妙な背徳感を感じる」

ダインは手に力を込めた。
その瞬間、クラナが悲鳴の様な声を出し、まるで助けを求めるように手を前へと突き出した。

 ダイン 「ど、どうした!? 力が強すぎたか!?」
 クラナ 「い、いや…効く…。続けてくれ…」

あまりの反応に戸惑うもマッサージを続けることにした。
そしてこうして手で触れているとその身体が華奢である事がよく分かる。
普段の力強さや風呂場での裸など普段から見慣れている身体だがその実はただの女の子なのだと。
だがそう思ってしまうと馬乗りになってその身体に触れている自分がなんだが疚しく思えてきてしまう。

 クラナ 「今更そんな事を気にするな。そのまま肩も頼む」

言われるままに揉んでやる事にする。
が、そこまで全身が凝っているのだろうか。

 ダイン 「普段まともに運動しないから」
 クラナ 「何を言うか。お前を虐めるために身を粉にしているというに」
 ダイン 「やめるぞ」
 クラナ 「すまん。やめないでくれ」

冗談を交えつつ広大なベッドの上でもそもそとマッサージを続ける二人。
ただやはり、やっている内にクラナが漏らす吐息の色っぽさとうっとりとした表情の赤く染まる頬にドキドキしてしまうダインだった。

そうこうしている内に肩も腕の付け根も終わった。

 ダイン 「ふぅ…もういいか」
 クラナ 「次は腕だ」
 ダイン 「まだやらせるのかよ」
 クラナ 「自分でやるより効率が良いからな」
 ダイン 「まったく…」

クラナの腕を取り指で揉んで行くがその腕はあまりにも細かった。このまま力を入れたら折れてしまうのではないか、そんな心配をしてしまうほどに。

 クラナ 「まぁお前が本気でやろうと思えばあっという間だろう」
 ダイン 「…慎重にやらないと」
 クラナ 「怖がることは無い。理解しているのならそうはならん。意識するとはそういうものだ」

腕を揉み、何故か手のひらのツボ刺激までやらされて、ようやく終わった。

 ダイン 「これでいいな」
 クラナ 「じゃあ次は脚な」
 ダイン 「…」
 クラナ 「たーのーむー」

手足をパタパタと動かすクラナ。

 ダイン 「…こどもっぽい仕草してもダメだぞ」
 クラナ 「ちっ、いつもエリーゼで見慣れているせいか。それはそれとして本当に頼む」
 ダイン 「…ったく」

ダインはクラナの脚を取りぐいぐいと揉んでいく。
長いスカートの中にあるであろうその脚も腕や手などと同じくスジ張り凝り固まったりしていない。
本当に、全身女の子なのだ。

 ダイン 「その脚を揉んでる俺はなんなのよ…」
 クラナ 「私がやれと言っているのだ。お前のせいじゃない」
 ダイン 「俺のせいにされても困るけどさ…はぁ…」

太もも、ふくらはぎと揉んで最後は足のツボ。結局全身をマッサージさせられた。

 クラナ 「そうだ、次は胸でも揉んでみるか?」
 ダイン 「…。…この…」
 クラナ 「イタタタタタタ! そんな強くツボを押すな! 痛いわ!!」

ダインの指がクラナの足のツボをぐいと押し込み、クラナがじたばたと暴れる。

 ダイン 「はぁ…もうこれでいいだろ? 戻してくれ」
 クラナ 「ああ…ただ最後にもう一度だけ腰を頼む。まだ何か引っかかるような感じがするのだ」
 ダイン 「街で薬でも買ってきたほうが早いんじゃないか? まぁ今回だけな」

もう一度、馬乗りになってクラナの腰に手を当てるダイン。
クラナはまた艶かしく息を吐き出した。

 クラナ 「はぁ…気持ちいい…」
 ダイン 「だからそういう声出されるとやりづらいんだけど」
 クラナ 「実際気持ちいいのだから仕方あるまい。だが本当にお前は胸以外を揉むのもうまいな。なんか眠くなってきた…」
 ダイン 「人に働かせといてこいつ…」

ベッドにうつぶせたままとろんとした表情になるクラナ。
その身体の上でせっせと働くダインはため息をついた。
その時である。

  ピカッ

 ダイン 「!?」

一瞬の閃光。

気が付くとダインは、赤い大地の上に座り込んでいた。
元の大きさに戻ったクラナの背中である。

 ダイン 「突然元の大きさに戻るな!」
 クラナ 「すまん…。気持ちよくなってきたらつい…」

クラナの頭が動いた。欠伸をしているのがわかる。

 ダイン 「はぁ…元に戻ったんなら俺をテーブルに戻してくれよ。まだ剣を磨き終わってないんだよ」
 クラナ 「ふぁ〜…眠いからこのまま寝る…」
 ダイン 「おい」
 クラナ 「お前は好きにしろ…。胸の下に挟まってもスカートの中にもぐりこんでもいいぞ……くー…」

そこまで言ってクラナは力尽きたように眠りについた。

 ダイン 「こいつ…寝る直前までからかいやがって…」

再びため息をつき、座ったまま辺りを見回してみる。
広大な赤い平野だ。先ほどまではこの背中を揉んでいたのだが、今はとてもじゃないがそんな事は出来はしない。
見渡せる限りがクラナの身体だ。その上に立ってみるとその巨大さと自分の小ささが良くわかる。

とりあえずクラナから降りようと腰をわき腹の方に向かって進んでみたが飛び降りるのは躊躇われた。
クラナの腰の高さとはいえそれは10数mの高さがある。
そして下が柔らかいベッドというのは実は危うい。着地の際に満足な受身を取るのが難しく、下手をすると足を捻る。
はぁ…。とりあえず歩いて降りよう。
クラナの頭の方に向かっていって降りられるはずも無い。何よりそちらは髪の毛があって絡まり歩きにくいのだ。
結果お尻の方に向かって歩くことになる。
クラナという大地の、湾曲し盛り上がった小山。それがお尻である。真っ赤なスカートに包まれたそれは、腰の上に立つダインからは見上げるほどの高さがあった。
そのお尻の斜面を歩いて登ってゆく。
恥ずかしいが、最早今更としか言いようが無い。
お尻の頂上に立つと、周囲の全体を見ることが出来た。
お尻の斜面の向こうにはスカートに包まれた長い長い脚が続いている。つま先まで、結構な距離がある。
そこに向かって歩こうと一歩を踏み出したとき、大地がぶるんと震えた。

 ダイン 「うわ!」

その振動で足を取られ、お尻の斜面を滑り落ちて行くダイン。今のは、クラナがダインの動きをくすぐったがった故の身震いだったのだ。ダインはお尻の斜面を、その脚の間の谷間に向かって滑っていった。

 ダイン 「ああもう…」

谷間を脱出し脚の上へ。クラナの脚はダインが何の気兼ねも無く歩ける太さである。さっきは華奢だと思ったんだけどなぁ。

テクテクと歩く。
太ももを越えふくらはぎを越え、足首まで来た。丁度スカートの終わりだ。ここから先、クラナの足は黒いタイツに包まれている。
かかとを登って足の裏を見下ろしてみる。緩やかな20mほどの斜面だ。指まで行けば止まるだろう。

 ダイン 「滑って降りられそうだな」

かかとの上からつま先に向かって滑り出したときである。

 クラナ 「ぅ…ん」

ギュン。
クラナの脚が動いた。
ダインの動きにくすぐったさを覚えたクラナが無意識のうちに膝を折り曲げたのだ。それはすなわち、足の裏の上にいたダインを放り出すに他ならない。

 ダイン 「うぉあ!?」

あっという間に宙へと放られたダイン。高さ数十mを高速で飛行する。
やがてその飛行先に赤い山が見えてきた。
クラナの頭である。

  ゴン!

そこにぶつかってから顔の前に落ちるダイン。
クラナの頭とダインの頭が頭突きをし合って、ダインが勝てる道理は無い。
ダインは激痛に悶えていた。

 ダイン 「痛っつ〜……! クラナぁ!」

ダインは涙を堪えながら背後のクラナの顔を振り向いて怒鳴ろうとしたが、それはすぐに収められた。
見上げたクラナの寝顔が、とても穏やかなものだったからだ。

 ダイン 「…。…ったく」

ダインは苦笑した。
この寝顔を見ると何でも許せてしまう。そんな気がしたのだ。

 ダイン 「さて、クラナからは降りられたけどテーブルには行けないしどうしようか…。ふぁ〜…なんだが俺まで眠くなってきたよ…」

もうどこか適当なところで寝よう。
ダインは歩き出した。


  *


のちのち、マウが部屋の掃除のためにやってきた。

 マウ 「クラナさん、ダインさん、お部屋のお掃除を…」

だが部屋の中を見たマウはクスリと笑うとそっとドアを閉めて部屋を出て行った。


部屋の中にはうつぶせて眠るクラナと、その顔にもたれかかるようにして眠るダインの姿があった。



------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------

−−−−−−−−−−−

 〜 魔王クラナ 〜


  「マッサージ」 おわり

−−−−−−−−−−−