※性的な表現が含まれていますのでそれらを望まれない方はまたまたまた次回お会いしましょう。

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 ~ 魔王クラナ ~


第17話 「夜。そして夜明け」

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今日。
玉座ではいつもの光景が繰り広げられていた。

玉座に座るクラナ。
エリーゼに遊ばれるダイン。
ダインで遊ぶエリーゼ。
おろおろするマウ。

見慣れた光景。
いつものこと。
繰り返される日常の一片だった。

ただいつもと少し違ったのはクラナが静かであったこと。
あまり喋らず、ダインをからかおうともしない。
朝からずっと。
ふむ。

 ダイン 「クラナ? どうした?」

流石に気になったダインは、エリーゼに解放してもらってクラナに話し掛けた。
ところが返事が無い。
おや?
ダインが首をかしげたときだった。

  グラリ

玉座に座っていたクラナの身体が前のめりに倒れる。そして…。


  ズズゥゥウウウウウウウウウウウウウン!!


地響きを立てて床に倒れこんだ。
一瞬、何が起きたのかわからず呆ける3人。
最初に硬直を解き、クラナに駆け寄ったのはダインだった。

 ダイン 「く、クラナ!?」

それに次いでエリーゼとマウもクラナに駆け寄った。

 マウ 「クラナさんしっかり!」
 エリーゼ 「クラナちゃん!」

倒れるクラナの顔色は目に見えて悪い。
全身に汗をかき、物凄い熱だった。


いつもと同じ光景は、音を立てて崩れ去った。


  *
  *
  *


寝室。
ベッドの上に寝かされるクラナ。
そのベッドの横のテーブルからそれを見下ろすダインと、その脇に立つエリーゼとマウ。
クラナの意識は回復していた。

 クラナ 「くくく…私ともあろう者が情けないな…」
 ダイン 「クラナ…これはやっぱり…」
 クラナ 「ああ…過度に魔力を消費したせいだろう…」

魔力の大量消費による体調不良。
原因は、俺の治療だ。
ダインの顔に陰が差す。

 クラナ 「くく…そんな顔をするな…。死ぬかもしれなかったことに比べれば多少体調が崩れるくらいなんでもない…」
 ダイン 「それは、そうだが…」
 エリーゼ 「クラナちゃん大丈夫?」

エリーゼが心配そうにクラナの顔を覗きこむ。
クラナは笑った。

 クラナ 「はは…ちょっと疲れが出ただけさ…。一日休めばすぐによくなる…」
 エリーゼ 「そっか。よかった…」

エリーゼがほっと胸を撫で下ろす。
それはダインとマウも同じだった。



 「下手な嘘はおやめなさい」



突如、この寝室に声が響いた。
この城の住人はみなここにいる。誰の…。

部屋の扉が開き、一斉にそちらを見る。
そこには、金髪を煌かせ豪奢な服を身に纏った金色の魔王が立っていた。

ダインの身体がビクリと震え、その名を呟いていた。

 ダイン 「シャル…」

するとシャルはダインをギロリと睨みつけた。

 シャル 「あら、人間如きが馴れ馴れしく私(わたくし)の名を呼ばないでくださる?」
 ダイン 「う…」

ダインは気圧された。
先日、魔王のせいで死に掛けたばかりなのだ。
今はクラナ達以外の魔王と会いたくない。

シャルは部屋を一瞥し、自分を見て頬を膨らませ怒りを露にするエリーゼと怯えるマウを鼻で笑って一蹴すると、クラナの元まで歩いてきた。
ベッドの横に立ち、クラナを見下ろすシャル。

 シャル 「無様ですわね…」
 クラナ 「くくく…なんだ…? わざわざ笑いに来たのか…?」
 シャル 「そうであったなら、どれだけ楽だったことか…」

ふぅ…。
ため息をついた。

 シャル 「先日の件は伺っていますわ。ベルのことも、この人間のことも」

ジロリ。
シャルは横にあるテーブルの上のダインを見下ろした。
ダインは身構えた。
まさかシャルはベルの報復に来たのか!?

 シャル 「まぁこの際あの娘のことはどうでもよろしいのですけれど…」

シャルはぷいとダインから視線を外した。
ダインは視線の重圧から解放された。
そして少し深呼吸をしたあと、シャルは言った。

 シャル 「クラナ…このままだとあなた、確実に死にますわよ」
 ダイン 「な、なにぃ!?」
 エリーゼ 「え!?」
 マウ 「な…!?」

シャルの言葉に驚いたのはクラナ以外の3人。
クラナは自嘲気味に笑うだけだった。

 ダイン 「そんな…! クラナ!!」
 クラナ 「くく…まったく余計なことを…。そんなことを言ってはこいつらに心配されてしまうだろうが…。ダイン、私は覚悟していた…。お前が気に病む必要は無い…」
 ダイン 「クラナ…」
 シャル 「結構ですわね。それならとっととくたばって欲しいですわ。そうすれば私も余計な心配をしなくて済みます」
 エリーゼ 「な…!!」
 マウ 「ひどい…」

エリーゼとマウが憤慨する。
横になるクラナは鼻で笑った。

 クラナ 「ふ、やれやれ…今際の際だというに…わざわざ嫌味を言いに来たのか…? ならもう用は済んだだろう…とっとと帰れ…」
 シャル 「あら、随分と強引ですのね。もしかして、私の口からあのことが漏れるのを恐れてますの?」
 クラナ 「ッ…! シャル……お前まさか…!」

見開かれるクラナの目。
シャルは口元を扇で隠し、言った。

 シャル 「ええ、そうです。私、今日はあなたの治療法を教えに参りましたの」 
 ダイン 「な、治す方法があるのか!?」

ダインは立ち上がりシャルを見上げた。
エリーゼとマウも気持ちは同じである。
シャルはダインの方を見ずに言う。

 シャル 「ええ。簡単なことですわ。クラナの─」
 クラナ 「シャル…! …やめろ…言うな…!」

額に大量の汗を浮かべ、クラナがシャルに向かって手を伸ばす。
フン、シャルは鼻を鳴らした。

 シャル 「助かりたくありませんの?」
 クラナ 「お前…!」
 シャル 「あなたが考え無く人間二匹に魔力を分け与え、魔王二人を復活させ、それでも今生きていることがすでに僥倖ですわ。ええ、失われた魔力は時が経てば元に戻りましょう。あなた自身が気付いていらっしゃるように、原因は別のものですわよね?」

クラナが憎々気にシャルを見上げる。
シャルの横からダインが尋ねた。

 ダイン 「別のもの…? 魔力を消費しすぎて倒れたんじゃないのか?」
 シャル 「それだけでは無いということですわ。例え今クラナの魔力が一欠片ほどしか残っていないとしても、それでも上級魔族をはるかに凌ぐ量がありましょう。私達魔王の有する魔力は膨大ですから」

膨大…。
シャルはそう言った。
そしてそういう風に魔王の魔力の強さを説くときに必ず付いてくるものがある。
それは…。

 ダイン 「代償…」
 シャル 「あら、ご存知ですの?」

顔はこちらに向けず、目だけがダインを見下ろした。

 ダイン 「魔王は…その強すぎる魔力と引き換えに幾つもの代償を背負ってるって…」
 シャル 「その通りですわ。本来ならいくら魔力を消費し体調に異変を来たそうとも命には係わりありませんの。死にかけはしますが、死なないということですわ。…あなたにしたように、魔力を器ごと渡したりしなければ、ですが」

ジロリと見下すシャルの視線が痛い。
ダインは自責の念が大きくなるのを感じた。

 シャル 「こうなってしまうのも、すべて魔王の強い魔力故ですわ。……もっとも、ここまでひどいのはクラナだからでしょうけれど」
 ダイン 「なに…?」

  パチン

シャルは扇を閉じた。

 シャル 「クラナ…あなたいったいどれだけの期間、していないんですの?」
 クラナ 「やめろ…シャル…! やめてくれ…」

懇願するようなクラナの目。
だがシャルはそれを無視した。
ダインは、その「クラナだから」という言葉に引っかからせられていた。

 ダイン 「いったいクラナに何が…」
 シャル 「それが私達が背負う代償。そうですわね…」

シャルは部屋を見渡した。
そして視界に、マウの姿を捉える。
目を向けられたマウはビクリと震えた。

シャルは扇を突き出し、マウを指した。

 シャル 「あなた」
 マウ 「は、はい!」
 シャル 「元人間のあなたならご存知ですわよね」

シャルは、震え上がり今にも泣き出しそうなマウから視線を外し、クラナを見下ろした。
クラナは絶望のような表情をしていた。
クラナを一瞥した後、シャルは再びマウに視線を戻し、言った。

 シャル 「これは生理のようなものですわ」

う…。
言葉を聞いて赤くなるマウ。
それは男のダインも同じだった。
エリーゼだけがきょとんと首をかしげた。

 シャル 「まぁあなた方人間のそれとは大分異なりますけれど、定期的という点では同じですわね」

シャルは前髪を掻き上げて一息ついた。

 シャル 「私達魔王の魔力が子宮に集中しているというのはご存知?」
 ダイン 「あ、ああ…」
 シャル 「よろしいですわ。子宮は魔王にとって中心なのです。もちろんこの場合は部位的な意味ではありませんことよ。身体を巡る魔力の流れの中心にあると思ってくださいまし」
 ダイン 「中心…」
 シャル 「ええ。子宮には魔力が集中、渦巻くと言い換えてもいいですわ。そしてそんな強大な魔力が常に集中している子宮には、おおよそ一千年の周期で魔力が沈殿してしこりのようなものができてしまいますの。今クラナを苦しめているのもそれが原因。それを取り除けば命の危機は回避されますわ」
 ダイン 「そうなのか…。……何十万年と寿命があって、でも千年ごとに命の危機がやってくるのか…」
 シャル 「違いますわ」
 ダイン 「…なに?」

ダインはシャルを見上げた。

 シャル 「本当なら命の危険なんてありませんの。何かあったとしても、多少気だるくなる程度ですわ」
 クラナ 「だったら何でクラナは…!」
 シャル 「先送りにし続けたからですわ」

シャルがクラナを見下ろすと、クラナが歯を食いしばり自分を見上げていた。
身体が動かせるならば、力ずくで止めたいのだろう。
構わずシャルは続ける。

 シャル 「沈殿した魔力を更なる魔力で圧縮して先送りに。また次の機会も圧縮して先送りに…。それを繰り返した結果、圧縮され続けた魔力は命を脅かすまで強大になってしまったのですわ。恐らくはこれからもそれを続けるつもりだったのでしょう? いつかは破綻することでしょうけれども。でも、それが度重なる多量の魔力消費で、思っていたよりも早く来てしまった。圧縮していたものを抑えきれなくなってしまったのですわ」
 ダイン 「そんな…俺のせいなのか…。……取り除く方法は? あるんだよな!?」

テーブルの端まで駆け寄りシャルを見上げるダイン。
シャルはすまし顔で答える。

 シャル 「当然ですわ。あなたたち人間を…─」
 クラナ 「シャル!!」

起き上がったクラナがシャルの襟首を掴んだ。
とても動ける状態では無いのに。
すがり付くようにシャルを掴んで引っ張った。

 クラナ 「貴様…! 貴様ぁっ!!」
 ダイン 「クラナ!! お前、動いたら!!」

慌ててダインが仲裁するもクラナは手を放さない。
クラナをぶら下げたシャルは涼しげな顔のままだ。

 シャル 「…なんですの?」
 クラナ 「言うな! それ以上何も喋るんじゃない!!」
 シャル 「病人の戯言なんか聞いていられませんわ。おとなしく寝てらっしゃい」

シャルはクラナの手を離させると、そのままベッドへ押し倒した。

 クラナ 「ぐ…! た、頼む…言わないでくれ…」
 シャル 「…」

ベッドに倒され、無理をし息を切らしながら懇願した。
ダインはそのクラナの様を見下ろしていた。
なんだ? 何故、クラナはこんな無理をしてまでシャルを止めようとした?
解決する方法を、そんなに知られたくないのか?

 ダイン 「クラナ…」

息を切らすクラナの赤い目、そこには恐怖が映っていた。
知られることの恐怖。隠しておきたい真実。
…だが、それを知らねばクラナは死んでしまう。

 ダイン 「シャル…その方法は?」
 クラナ 「…! ダイン…やめろ…!」

クラナが止めようと手を伸ばしてくるが、ダインはシャルを見上げ続けた。
シャルも、ダインのその顔を暫し見下ろした後、口を開いた。

 シャル 「その方法は……あなたたち人間を使って自慰をすることですわ」

 ダイン 「……な………!」
 マウ 「……!」

ダインの目が見開かれる。
マウも同じだった。
シャルがばさりと髪をなびかせ言葉を噛み砕いた。

 シャル 「要するに、人間を使ってオナニーすればいいんですの。人間を性器の奥に突っ込み、子宮を刺激すれば魔力のしこりは解消されますわ」

すまし顔のまま言うシャル。
ダインも、マウも、呆然とすることしか出来なかった。
突然の、ただ知るには重過ぎる事実だった。

見下ろしたクラナは泣きそうな顔をしていた。
シャルは続ける。

 シャル 「人間の霊素を吸収し、子宮内の魔力に刺激を与えればいいのですわ。もちろん人間の一匹や二匹の霊素では足りませんし、途中で何匹も潰してしまうでしょうから、必然的に何十の人間を使う計算にはなりますわね。果てればそれが解消の合図ですわ」

淡々と言うシャルの横で、ダインは座り込んでしまった。
魔王が、人間を性の慰み物にしていたとは…。
ダインの中で、何かが崩れてゆく音がした。理性だろうか。
違う…これは、人間としての尊厳だ。
一個の知恵ある生物としての、プライドだった。
仲間と手を取り合い、文明を築き、日々を精一杯生きている人間。
魔王は、それを自慰の道具としていた。
ベルが人間を食い物にしているのを知ったときの恐怖とは違う。
虫けら以下の下である糧。それが底辺かと思ったら更に下があった。
尊厳など欠片どころか口にするのすらおこがましい、性の道具。
一時の愉悦を得るために、命が消費される。
なんという…。

あのクラナがそんなことを…。
クラナはダインから顔を背けていた。

マウは気を失っていた。
魔王、ということは自分も含まれるのだ。
いずれ自分も、自慰のために人間を使い潰さねばならないと知らされ、絶望に倒れてしまった。

エリーゼも、きっと理由はわからなくともそうしてきたのではないか。
そのエリーゼは倒れたマウの身体を起こし、部屋のソファーへと連れて行っていた。

いくら自分の命を繋ぐためとは言え、人間で自慰をするなんて…。
ダインの中にも憤りのようなものが芽生えていた。

 クラナ 「…ダイン……ダイン…」
 ダイン 「クラナ…」

クラナの瞳からひとすじの涙が流れていた。
知られたくなかった事実。そして過去。
何万年と生きているということは、その過程で無数の人間を使い潰してきたということだ。
このシャルも、そうなのだろう。
ベルも、フィアーも…。

魔王にとっての人間は、本当に虫けら以下だった。

 ダイン 「……。…じゃあ、クラナを助けるためには何十人もの人間を用意して殺させなきゃいけないのか…」
 シャル 「本来なら、それで済んだのでしょうけれど…」
 ダイン 「……え?」
 シャル 「度重なる圧縮で、沈殿した魔力は凄い密度になっていますわ。これを刺激するには何百匹でも足りないでしょう」
 ダイン 「な…っ」
 シャル 「更に今のクラナの中は数万年と何も入れられておらずモノに飢えていますわ。ほんのわずかな刺激でも過敏に反応して締め上げてしまうでしょう。それではいつまで経っても快感を得られませんわ。どれだけ霊素を吸収しても、果てることが出来なければ沈殿した魔力は排出されませんの」
 ダイン 「…」
 シャル 「生憎と私は今人間を飼ってはいませんでしたし、ここに来る途中で拾うことも出来なかったので持ち合わせはありませんの。……まったく、何故こんなになるまで放っておいたんですの?」

シャルに見下ろされたクラナは、その視線を避けるように横を向いた。

 クラナ 「……気付いた…のだ」
 ダイン 「…」
 シャル 「何にですの?」
 クラナ 「そんなことをしなくても…、生きていけるということにだ…」
 シャル 「今死に掛けてるじゃありませんの」
 クラナ 「ちゃんと…魔力を御していさえすれば…大丈夫だった……。わざわざ人間など使わなくとも…」
 シャル 「ふぅ…あなたの様子がおかしくなったのは5万年くらい前でしたわね。いったい何があったんですの?」
 クラナ 「言っ…ただろう…気付いただけだ…」

ぽつりぽつりと喋るクラナ。
それを見下ろすダインの気持ちは複雑だった。
前にエリーゼからも聞いたが、どうやらクラナは5万年前から人間の見方が変わったらしい。
見つけたら皆殺しにしていた昔から、今の、それなりに友好と言える関係に。
…いや、それは俺にだけか。だが少なくとも進んで手を出そうとはしていない。
魔王としての在り方を変えさせるほどの何かが、その5万年前にあったのか。
いったい何が……いや、それより今はクラナだ。
人間数百人を使ってもクラナは治せない。…使いたくは無いが。
どうしたら…どうしたらいい!
ダインの中に焦燥感が募る。
それはエリーゼたちも同じだった。

重く苦しい静寂が部屋を支配する。
聞こえるのは、クラナの苦しそうな呼吸の音のみ。

 シャル 「……ひとつだけ…可能性がありますわ」

沈黙を切り裂いたのはシャルの声。
そしてその内容は、今の闇に光を射した。
顔をあげ、その姿を見上げたダインは叫んだ。

 ダイン 「…ほ、本当か!」

シャルは手に持っていた扇を一度開き、そしてもう一度パチンと音を立てて閉じた後、ダインを指した。

 シャル 「あなたを使うことですわ」

 ダイン 「え…?」
 クラナ 「なんだと…ッ!?」

クラナの目が見開かれた。

 シャル 「あなたはただの人間よりはるかに高い能力を持っている。それだけの力があればクラナの子宮までたどり着けるかも…─」
 クラナ 「シャル!!」

クラナが怒鳴る。
絶望を、聞いたからだ。

 クラナ 「貴様…! ダインを殺す気か!」
 シャル 「怒鳴るとそれだけ寿命を縮めますわよ」
 クラナ 「シャル…ッ!! …ごほ…げほ…!」

起きかけた上半身がベッドに倒れこむ。

 シャル 「…もちろん可能性の問題でしてよ。この人間でも、あなたの膣の圧力には耐えられないかも知れませんし、たどり着くまでに霊素を吸い尽くされてしまうかも知れませんわ」
 クラナ 「げほ……絶対にやらせんからな…」
 シャル 「周囲に他の人間がいない以上、これしか方法はありませんの」
 クラナ 「やらせんと言ってるだろ…!」
 シャル 「たった一匹の人間であんたの命が助かるかもしれないのよ!!」
 クラナ 「ダインを殺すぐらいなら私が死ぬ!!」

感情的になったシャルの言動をすべて吹き飛ばすほどの声量と意志。
シャルはその威圧感に気圧された。
二つの輝く双眸が放つ覇気には恐怖すら覚えた。
…だが、引き下がるわけにはいかない。クラナの命が掛かっているのだ。
シャルは歯を食いしばり後ずさるのを堪えていた。
その時…。

 ダイン 「…やるよ」

ダインが呟いた。
赤と金の二人の魔王の目が向けられる。

 ダイン 「俺しかクラナを助けられないなら俺が…」
 シャル 「…やってくださいますの?」
 クラナ 「だ…ダメだ! ダイン…!」
 ダイン 「だけど…」
 クラナ 「こんな…もの…一時のものだ…! すぐによくなって…みせる!」
 シャル 「嘘はおやめなさいと言いましてよ。…やってくださいますのね」
 ダイン 「…ああ」

ダインの目には覚悟。
それはかつて、クラナがダインを助けるときに宿したものと同じ光だった。

 シャル 「…結構ですわ」

シャルはクラナの服のスカートに手を伸ばすと、それを引き裂いた。
ビリリ。赤い布が千切れ宙を舞う。
やがてそこには、タイツに包まれたクラナの脚が現れた。
宙を舞う赤い布と合わせて、幻想的な美しさだった。
シャルはダインを手に乗せると、クラナの脚の間に下ろした。
降ろされたダインの左右はクラナの巨大な脚が谷間を作り、そして正面にはクラナの黒い下着が壁の様に立ち塞がる。
それらを見て、更にこれからすることを思うと、性的興奮を抑えられないダインだった。
風呂で見慣れているはずなのに、感じる羞恥心はいつもより大きい。
左右の巨大な脚が震えている。クラナが怯えているのだ。

その時、クラナが上体を起こした。
黒い下着の丘の向こうからクラナの巨大な顔が現れた。
頬が赤く染まるのは体調の不調か、怒りか、それとも…羞恥心か。
つりあがった眉に涙の溜められた目。
怒り、哀しみ、焦り、恐怖、様々な感情の入り混じった表情だ。

 クラナ 「やめろ…ダイン…!」
 ダイン 「クラナ…」
 クラナ 「そんなこと…をすれば…お前は…!」
 ダイン 「…お前と同じだ。お前は俺のために何度も命を懸けてくれた。だから今度は、俺が懸ける」
 クラナ 「私が…勝手にやった…のだ。お前が気負う…必要は無い…!」
 ダイン 「…。なら俺も勝手にやる。俺はお前を助けたいんだ!」
 クラナ 「やめろと言っているだろ…!」
 ダイン 「聞こえない」
 クラナ 「ダイン! 私にお前を殺させる気か!?」

放つ怒声が物理的な衝撃となってダインに襲い掛かる。
クラナの放てる最後の抵抗の言葉だった。
これ以上、クラナに抵抗の術は無い。
クラナはダインをにらみつけた。
だが…。

 ダイン 「…」

見上げてくるダインの視線とクラナの視線が合う。
そこには確かな覚悟と意志があった。ダインのそれは絶対に曲げられない。クラナはそれを知っている。
目に宿る覚悟の光が、恐ろしかった。
クラナは逃げるように視線を逸らした。

  ズズゥウン…

クラナの上体が倒れこみ、ダインの視界からクラナの顔が消えた。

 シャル 「…限界ですわね。これ以上経てば命はありませんわ」
 ダイン 「…よし」

ダインが一歩踏み出したとき、

 エリーゼ 「ま、待ってダイン、あたしもいく!」
 マウ 「わ、私も行きます…」

エリーゼと目を覚ましたマウが上から覗き込んできた。
だがそれをシャルが制した。

 シャル 「ダメですわ」
 エリーゼ 「なんでよ!」

エリーゼが睨む。憎しみも乗って激しい怒気が放たれる。

 シャル 「もしも縮小化して行く、というのなら認められませんわ。お忘れでして? 縮小した際の私達はただの人間の娘と変わらなく、それでクラナの中に入ろうものならものの数秒で捻り潰されてしまいますことよ。そんなことをしてもクラナを傷つけるだけですわ」
 エリーゼ 「う…」
 マウ 「…」

黙り込んでしまうエリーゼとマウ。
そんな二人を見上げ、ダインは言う。

 ダイン 「いいんだ…。待っててくれ、クラナは俺が助ける」
 エリーゼ 「ダイン…」
 マウ 「ダインさん…」

二人の心配そうな瞳が見守る中、シャルはクラナの下着に手を伸ばすとそれを引き裂いた。
飛び散る黒い下着の中から、髪と同じ真紅の陰毛に守られたクラナの秘所が現れた。
ダインは、それを見上げた。
だが恥ずかしさは感じなかった。それを見て、自身にかけられた重さを悟る。
絶対の覚悟が心の揺れを許さず、逆に汗に濡れてキラキラと光るそれを美しいとさえ感じていた。
これから自分が、入るところである。

 クラナ 「やめろ…やめてくれ…」

倒れこんだクラナは涙を流し呟いていた。
だが最早、身体を動かすことすら出来なかった。

そしてシャルは、クラナの陰唇を左右に開いた。

 シャル 「この人間を潰したくなかったら、決して膣を締めないことですわ。…さぁ準備は出来ましてよ。中は暗く目が利かないでしょうけど真っ直ぐ進めば問題ないですわ」
 ダイン 「刺激ってのは直接叩いても良いんだよな…」
 シャル 「ええ、霊素を吸収するのはあくまで果て易くするため。子宮までたどり着いてその中の魔力を解放させれば十分に吸収していなくても果てさせることが可能ですわ。…もちろん、霊素を全く吸収していない分、そこにたどり着くまでのそれを吸収しようという動きは、凄まじいものになると思いますけれど」
 ダイン 「…。覚悟の上だ」

ベッドの上を飛び上がり、入口へと降り立つ。
すでに周辺はクラナの生々しい肉がビクビクと動く空間であり、その脈動する肉は生理的に恐怖を覚える。
そしていざそこに見える穴に進もうとしたらその穴が固く閉じられてしまった。

 シャル 「クラナ…」
 クラナ 「ダメだ…絶対にダメだ…!」

最後の力を振り絞り、中を締め入口を閉じるクラナ。
クラナの出来る、正真正銘最後の抵抗だった。

 ダイン 「クラナ…行かせてくれ」

赤い肉壁に触れた。
するとそれがビクンと震えた。
思わずそれを開けてしまいそうになるクラナ。
身体が、中に入るものを求めていた。

一呼吸を置いて穴が開いた。
今度はクラナが自分で締めをほどいたのだ。

 ダイン 「…ありがと」
 クラナ 「うぅ…ダイン、死ぬな! 死なないでくれ…!」
 ダイン 「ああ」

ダインは肉壁に手をやるとそれをぐいと押し広げ穴の中へと入っていった。
エリーゼ、マウ、シャルの3人はダインの姿が見えなくなるまでそこを見つめていた。

 クラナ 「う…うぅ…」

クラナの瞳から涙が流れ続ける。
シャルはそれから目を背けた。


  *
  *
  *


クラナの膣内。
暗くて見えないが肉壁はビクンビクンと動き手足を取ろうとする。
掴むのも踏みしめるのも難しい柔らかい表面。
体温で蒸し暑く表面のぬめりが進行を困難とさせた。
だが思っていたほどの閉鎖間は無く、またあの霊素の吸収も予想していたように一気に吸収されるものでは無いらしい。まだ身体に変調は来たしていない。

─しかし、それとは別に予想していなかったのは酸素が希薄であったこと。
少し、息が苦しくなってきた。
急がないと。
ダインはクラナの膣を突き進んでいった。

  *

 クラナ 「ぐぅ…っ!」

その間、クラナはその押し寄せる快感の波に必死に抗っていた。
数万年ぶりに感じる快感だ。
締め上げたい。
思い切り締め上げたい。
でも、そんなことをしたら…。
歯を食いしばり、手足を突っ張らせ、その衝動を押さえ込む。

 シャル 「あまり動かないことですわ。中の人間が苦しみますわよ」

平然と言うシャルをクラナは睨み上げた。
ギラつく眼光、吊り上げられた眉。しかしその目から涙が溢れ、口元からは涎が垂れている。
もしもダインが死んでしまっても、生き返らせる術は無い。
マウのときのようにはいかない。たった一度のチャンスなのだ。
拳を握り、シーツを掻き毟り、ひたすらに耐える。
だがそれだけの動きでも、中のダインは歩くことすらままならなかった。

  *

 ダイン 「うぁっ!」

柔らかい肉壁の中で襞に包まれたまま上下左右へと翻弄される。
右に動いたと思ったらすぐに左にとって返し、上に持ち上がったと思ったら下に落ちる。
膣壁に何度も顔を打ち付けて、気が付けば鼻血が出ていた。
また、再生したばかりの右腕や目の調子が悪く力の加減が出来ないのでまだ自身の思い通りに動かせない。
それらが前進を困難にしていた。
この揺れの中では歩くことはできず、熱い肉の上を這って進むしか無かった。
その時─。

  パシャン

 ダイン 「うぷ…っ」

液体が顔に降りかかった。
暗闇にジャブジャブと水の湧き出る音がする。
流石のダインでも、今何が起こっているかくらいわかる。

 ダイン 「感じているのか…俺で…」

湧き出てくる愛液の量は凄まじい。
気を抜くと足をすべらせ押し流されてしまいそうだ。
今クラナの中にいることを改めて感じさせられる。
…終わらせない、絶対に。
脈動し揺れ動く濡れた膣内を駆け抜ける。

  *

その動きがどんなに小さくかすかなものでも、クラナはそれを敏感に感じ取っていた。
ダインが一歩進むたびに、手を内壁に添えるたびに、クラナの中に、ポツンという感触が生まれる。
熱い。
その感触が少しずつ、自分の中を進んでくる。
中に近づいてくる。
お腹が熱い。
疼く。
そこがビクビクと震えているのが自分でも分かる。
その上を、ダインが歩いているのを感じる。
ダインから見たら自分の中はいったいどう見えるのだろう。
動く肉はどう見えるのだろう。
…はずかしい。クラナが、初めてはっきりと羞恥心を感じていた。
ダインが自分の中を見てる。
私の、愛しの、ダインが。
小さな存在が自分の中を歩いてくる。
…包みたい。包み込みたい。その小さな存在を、思い切り。だけど…。

快楽に圧される本能と、一縷につなぎ止められる理性。
クラナの身体の中でそれらがせめぎ合う。
頬は熱と羞恥と快感で赤く染まり、口からは熱く乱れた吐息が漏れる。

その様は、とても美しかった。

横に立つシャルも頬を染め、マウは顔を真っ赤にしていた。
あのエリーゼでさえ頬を紅く染めていた。

3人の少女が見守る中、クラナはひたすらに身を悶え押し寄せる快楽と衝動に耐えていた。

  *

息が苦しい。
酸素はもうほとんど無いのでないか。
まるで高い山に登ったときの様に胸が苦しい。
そして吸い込んで口に飛び込んでくるのは熱く熱された空気。
呼吸のたびに身体が熱くなってゆく。
身体中に浮かぶ汗は自分の身体からにじみ出たものか、それともこのクラナの液の染み込んだ空気が水滴となったのか。
ふぅ…。額に浮かぶ水滴を拭い、次の一歩のために、正面の襞壁を押し上げたときだった。

  ぎゅむっ

突然、周囲の肉が膨張しダインを包み込んだ。
それがダインの身体を、腕一本動かせないほどの圧力で締め付けてくる。
周囲の肉がムチムチと音を立てる。
残り少ない酸素さえも搾り出されるダイン。
だが、肉はすぐに元の脈動するだけの壁へと戻っていった。
咳き込みながら身体を起こした。

 ダイン 「げほっ…げほ…はぁ…はぁ、クラナ…限界なのか…」

暗くて何も無い天井を仰いだ。
先程よりも周囲の肉の動きが活発になっているのがわかる。
同時にその肉に耳を当てれば聞こえてくる心臓の鼓動も速くなっている。
急がないと…。

  *

 クラナ 「…ぐぅ…! ……っはぁっ! はぁ…っ…はぁ……!」

理性を総動員し、気力で欲求を押さえ込んだ。
今、締めかけてしまったのだ。
あまりに甘美な快感に耐え切れなくなった。
ほんの少し、ほんの少し締めただけでダインをより大きく感じ、その動きも良く感じられた。
ダインを包む肉壁がビクビクと動くのを感じた。
ダインの身体を、愛撫していたのだ。
そして、もう少しだけなら…と締めかけてしまったのだ。
意識が飛びそうだった。身体が、自分の言うことを聞かない。死が、近付いて来ている。
…いや、自分が死ぬだけならいい。
このまま意識が無くなり、快楽を求めてダインを締め上げてしまわなければ…。

 クラナ 「ダイン…早く…戻ってきてくれ…」

クラナは自分のお腹を見下ろした。

  *

朦朧とする意識でダインはその暗黒の鍾乳洞を歩いていた。
薄くじんわりと熱い空気。そして臭気が、ダインの体力を奪う。
その歩く姿に違和感があるのは、先ほどの締め付けで足を捻ったからだった。
この滑る足場を歩くにはキツイ。
何度も転倒しては身体を打ち付けている。
締め付けだけではない。
突然、肉がビクンと動くときがある。
すると身体は簡単に宙に放り出され柔らかい肉壁に叩きつけられるのだ。
いくら柔らかいといってもその張った肉の弾力はダインの剣でも貫けないだろう。
そして、そうやって変化が激しくなってきているということはクラナが自分を抑えられなくなっているということだ。
先ほどから肉は動くが、身体全体の動きが無い。
もう悶えることすらできないのか。
早く、早く奥へ…。

その時─正面の壁のようなものにぶつかった。
その瞬間、クラナの身体がビクンと大きく動いた。

 シャル 「…着いたようですわね」

暗い膣内にシャルのくぐもった声が聞こえた。
ということは、これが…クラナの子宮か。
暗闇の中を見上げた。
見えるわけではないが、ただなんとなく見上げていたのだ。
それはそこから感じる威圧感が巨大だったから。
体感する大きさに、思わず見上げたのだ。
そして同時に、凄まじい魔力が渦巻いているのを感じる。
間違いない。ここが子宮だ。

 ダイン 「ここが…」
 シャル 「無事に着いたのなら結構。あとはクラナをイかせるだけですわ。あなたがこれまで人間の女性にしてきたようになさい」
 ダイン 「な、なんだって!?」

思わず素っ頓狂な声を上げるダイン。

 シャル 「…あら? どうなさいまして?」
 クラナ 「はぁ…はぁ……くく……無駄だ…。あいつは…童貞だからな…」
 シャル 「あらそうでしたの。それは失礼致しましたわ」
 ダイン 「あいつら…こんなときにもふざけてからに…」

まったく…。ため息が出る。
…だが、らしいとも思う。
死を前にしても、何も変わらない。

─それでいい。何も変わらない。変わらせない。

 シャル 「難しいことはありませんわ。あなたの動きでクラナを愛撫すればいいんですの。あなたがそこに来るまでに、クラナも随分と我慢したみたいですし、一度大きく揺り動かせばそれでお仕舞いですわ」
 ダイン 「ああ……ぅぐっ…」

グラリ。膝を着く。

 ダイン 「はぁ…はぁ…息が……それとも…霊素の……とにかく…クラナを…」

震える脚で立ちそこに在るはずの子宮を見上げる。

 ダイン 「はぁ…ったく、初体験がこんなことになるとはね…」

ダインは苦笑した。
まさか女性の胎内とは…。

 ダイン 「だけど……クラナならいいか」

もう一度元気になってくれるなら。
早くいつもの元気で生意気なクラナ戻ってもらいたい。
あ、生意気は今もか。
一人、闇の中で笑いながらダインは拳を振り上げ、そして…


  コ――…………‥‥‥   ‥ … …─ ン─


  *
 
その瞬間、クラナの身体全体がビクンと大きく跳ねた。
目を見開くクラナ。
まるで、身体の中で何かが爆発したように。
これまでに感じたことの無い凄まじい快感が身体中を迸った。

  *

ノックを終えたダインはその動きに翻弄され膣内を跳ね回っていた。

 ダイン 「痛……よかった…」

壁面に叩きつけられながらもその効果があったことに安堵した。
凄まじい魔力が解き放たれた。
これでクラナが死ぬことは無い。
なんだ…やったら死ぬとか言われてたけど、案外楽だったじゃないか。

 ダイン 「ふふ……ははは…」

倒れ伏し笑うダイン。
疲労と酸欠、そして足の負傷と振動で満足に歩くことも出来ない。
そんなダインに周辺の肉壁が襲い掛かる。

  *

 クラナ 「ぐぅ…うぁあ…!」

渦巻く。
腹の中に渦巻く何か。
身体の中で蠢いているのだ。
そして求めている。それを。ダインを。
爆発する快楽に、理性が飛ぶ。

 シャル 「クラナ、まだあの人間が出てきていませんわ。今締めるとあの人間を巻き込みますわよ」
 エリーゼ 「く、クラナちゃん!」
 マウ 「クラナさん…!」

だがクラナには止められなかった。
快感を。
数万年ぶりの快感を。
止めようも無い快感を、クラナ自身が求めているからだ。
そして、思い切り締め上げていた。

   ぎゅぅぅぅぅううううううううう……っ!!

膣内の肉が膨張し、そこにあるすべてを押し潰す。
数万年分の締め付けだった。
肉の間は毛の一本入る隙間すら無い。
空気さえも潰されて圧縮された。

 クラナ 「んん…あああああああああああああああ!!」

クラナ喘ぎ声が城中に響く。
弓なりになるクラナの身体。そしてその割れ目からは、とても一度のものとは思えない量を噴き出していた。
下半身側のベッドはぐしょぐしょに濡れ、脈を打っていたクラナの肢体は、ズズンとベッドに落ちた。

 クラナ 「んはぁ! …はぁ……はぁ………」

クラナの息が乱れる。
だがその肌の血色は良く、目に見えて生気を取り戻していた。
閉じられていた目をうっすらと開き、3人を見渡す。

 クラナ 「はぁ…はぁ………ダインは…?」

シャルは目を閉じ、首を横に振った。
エリーゼとマウは、いまだに液の滴るクラナの性器を見つめていた。
すると、

 エリーゼ 「あ! これ!」

エリーゼが叫び、それを指差した。
横からマウが覗き込む。
エリーゼの指の先、クラナの愛液が水溜りとなっているそこに浮かぶものがあった。
指先ほどの小さなものだ。
マウはそれを指先に取りよく見た。
それは服の上着だった。緑色が基調の。
…ただし今は赤黒い色で染まっていたが。
マウが放心したように呟く。

 マウ 「ダインさんの…服……」

 クラナ 「ぁ…!」

身体を起こしたクラナはマウからそれを奪うと自分の手のひらに乗せた。
見紛うはずもない。そこにあるこれなどそれ以外に考えられないのだ。
何故これだけが残り、これがこうも赤い色をしているかなど、考えるまでも、いや考えたくも無かった。

 クラナ 「ダイン…」

手のひらの上の小さなそれを見下ろすクラナの目には涙がたまっていった。
それはエリーゼとマウも同じ。
シャルは目を伏せ、口元を閉じた扇で抑えた。

 クラナ 「そんな…」

それを握り締め、頬に当てるクラナ。
そのときである。

 クラナ 「あぅっ!」

  ビクン!

クラナの身体が跳ねた。
目を見張る3人。
クラナは、今しがた果てたはずの場所に、新たな快感が走るのを感じた。

 クラナ 「う…うぁ…!」

悶えるクラナ。
それは徐々に徐々に出口へと向かっている。
そして…。

 ダイン 「ぷはぁあああっ!!」

そこからダインが顔を出した。

 クラナ 「!?」
 エリーゼ 「ダイン!」
 マウ 「ダインさん!」

エリーゼとマウの顔がクラナの股間に近づけられる。
そこには割れ目を押し開き、上半身だけを出したダインがいた。

 ダイン 「あー…死ぬかと思った…」
 エリーゼ 「ダイン! 無事なの!?」
 マウ 「大丈夫ですか!?」
 ダイン 「なんとか…」

割れ目から顔を出すダインは頭を振って身体中につく液を払った。

 マウ 「でも…いったいどうやって…」
 ダイン 「肉が迫ってきて潰れるかもって思ったときにさ、足元の肉が動いてそのまま子宮の中に放り込まれたんだ」
 エリーゼ 「大丈夫だったの?」
 ダイン 「ああ、ちょっと窮屈だったけどなんとか…。足捻ってたから自分で動けなくてな…」

ダインは頭を掻いた。
するとその飛び出ているダインの上半身を上からやってきた巨大な指が摘んだ。
指はダインの身体をスルリと引っこ抜くとそのまま上へと上がっていった。
降ろされた先は、クラナの手のひらの上だった。
ダインの正面にはクラナの顔が広がっている。

 ダイン 「クラナ…」
 クラナ 「ぶ…無事……なんだな?」
 ダイン 「ふふ…ああ、おかげさまで」
 クラナ 「…よかった……よかったぁ…!」

手のひらを頬に押し付けダインに頬ずりをするクラナ。

 ダイン 「や、やめろクラナ。全身くたくたなんだよ…」
 クラナ 「だって…私は…」
 ダイン 「だから言ったろ。おかげさまで、俺は生きてるよ。霊素も吸い尽くされなかったみたいだしな」
 クラナ 「うぅ…うぁーん!」

クラナは泣き出してしまった。
エリーゼもマウも、クラナに釣られ泣いていた。
そんな4人を一歩引いて観察していたシャル。

 シャル 「(霊素を吸い尽くされないはずがない…。普通は一回果てるだけでも数十匹分の霊素が要るのに…この人間はそれ以上の霊素を持っているというの…?)」

ありえない。
そんな人間がいるはずがない。
正確には、それはもう人間ではない。
では、いったい何が…。

だがそんなシャルの思考もクラナの泣き声に散らされてしまった。

 クラナ 「うぁーん!」
 ダイン 「泣くなよ…鼓膜が破れる…。お前が生きてて良かった」
 クラナ 「それは私のセリフだ! もうこんな危険なことは二度とするな!」
 ダイン 「普段お前がやらせようとすることと何が違うんだよ。…それに思ったほど危険でも無かったしな。暖かくて、結構気持ちよかったよ」
 クラナ 「…本当か?」
 ダイン 「ああ。今回はコツがわからなかったけど、次やるときは身体を思い切り魔力で強化すれば多少ならもちそうだ」
 クラナ 「…。…それは、またしてくれるということか?」

クラナの目が見開かれる。

 ダイン 「え…? …あ、いや! そういうわけじゃ………まぁ、お前が望むならね」

照れくさそうに笑うダイン。
するとクラナの瞳にまた涙が溢れ、ダインはその頬に押し付けられた。

 ダイン 「ぎゃー」
 マウ 「でもダインさん…あの服と血は…」
 ダイン 「あ? あーあれは中で顔を打ち付けて出た鼻血が着いたんだよ。中は熱かったから、服は途中で脱いだんだ」
 エリーゼ 「そうだったんだー」
 クラナ (ぎゅ)
 ダイン 「だから苦しいって! 捻った足が痛い!」

クラナは手を頬から離した。

 ダイン 「はぁ…でも良かったよ。お前が生きてて」
 クラナ 「私のセリフだと言っただろう。足を出せ。すぐに治してやる」

言うとクラナが人差し指をずいと差し出してきた。

 ダイン 「病み上がりだろ。無理するなよ。傷は自然に治すからさ」
 クラナ 「そうはいかん、私のために負わせた傷だぞ。私はお前を大事に思っているのだ」
 エリーゼ 「あ。ならあたしもあたしも!」

するとエリーゼも指を差し出してきた。

 マウ 「で、でしたら私も…」

なんと魔力を扱えないマウまでも。
ダインの目の前には、3本の巨大な指が差し出されていた。

 ダイン「え、えーと…」
 クラナ 「どけ二人とも。これは私とダインの問題だ」
 エリーゼ 「あたしだってダインを大事に思ってるんだよ!」
 マウ 「私だって…」

おしあいへしあい。
三つの指がぐいぐいと互いを押しのけようとしている。
それを目の前で見つめるダインは恐怖を感じていた。
潰されるよこれ…。
思わず引きつった苦笑いを浮かべてしまうダインである。

するとそれら3本の指を押しのけて別の指がダインに差し出された。
シャルである。

 ダイン 「ッ…!?」

思わず怯むダイン。
何故シャルが!? あまりのことに黒い考えさえ過ぎってしまう。

指はダインの足にそっと触れた。
その時、一瞬痛みが走るが、そのあと指に魔力が込められると痛みは一瞬で無くなった。

 ダイン 「…あれ? もう痛くない…」

魔力で治療するにしてもここまで速くは無い。
驚きながら見上げたシャルの顔は得意そうに笑っていた。

 シャル 「あら、驚きまして? こう見えても魔力の扱いはクラナよりも得意ですのよ。たかが人間一人の傷を一瞬で、そして最低限の魔力で癒すくらい造作もないことですわ」
 ダイン 「なんで俺を…」
 シャル 「あなたはクラナを助けるために命を懸けてくださいましたわ。それに敬意を表したまでのこと。魔王魔族を代表して感謝を述べさせていただきますわ」
 ダイン 「い、いや…俺はただクラナを死なせたくなかっただけだから…」
 シャル 「ええ、私の親友の命を救っていただき本当にありがとうございます。思えばあのときも、見ず知らずの人間を助けるために闘技場に舞い降りたのでしたね。あなたのように優しく他を想う人間に出会えたことを光栄に思いますわ」

シャルの指がダインの足から離れ、今度は身体の前に持ってこられた。
それの意味するところは、ダインにも理解できた。

ダインは手を伸ばすと、その指先に触れた。
人間と魔王の、握手である。

 シャル 「クラナの相手をするのは大変でしょうけれど、どうかよろしくお願いいたしますわ。よければまた私の城に遊びに来てくださいな。最高の持て成しをさせていただきましてよ。それとクラナ、己の身はもっと案じなさい。でないとこの方の苦労が絶えなくてよ」

言うとシャルは指を離し、部屋の入口へと歩いていった。
そしてドアの前まで来るとくるりとスカートを靡かせて振り返り、全員を見渡して言った。

 シャル 「それではみなさん、御機嫌よう」

ぺこりと頭を下げると部屋を出て行った。

部屋に残された4人は、その背中を見送ったまま呆然としていた。

 ダイン 「…あ……」
 クラナ 「認められたな。シャルに」
 ダイン 「え…?」
 クラナ 「お前の想いは、魔王の心をも揺り動かすということだ」

認められた?
クラナたち以外には無理だと思っていたけど…。
でもそうだとしたら、気持ちのいいことだ。
顔も綻ぶ。

 クラナ 「まぁそんなことより…」
 ダイン 「ん?」

  ガシッ

再び顔に押し付けられるダイン。

 ダイン 「ぐえ」
 クラナ 「本当に良く生きててくれた!」
 エリーゼ 「クラナちゃんばっかりずるい! あたしもするー!」
 マウ 「わ、私も!」
 ダイン 「お前等…! というかどっちかって言うとクラナだろ。お前は大丈夫なのか?」
 クラナ 「ああ、漲って溢れそうだ。圧縮していた数万年分の魔力が解き放たれたからな」
 ダイン 「そっか…よかったよ…」
 クラナ 「もう二度とお前に無理はさせん」
 ダイン 「それを言うなら俺のほうだよ」
 クラナ 「いや私だ」
 ダイン 「俺だって」

見つめあう二人。
プッと吹き出した。

 ダイン 「あはは、お互い無事でよかったな」
 クラナ 「そうだな。さぁ今日は宴だ。無事を祝って盛大に騒ぐとしよう」

クラナの言葉にマウがパンと手を打って肯き、エリーゼが両手を挙げて喜んだ。
マウは準備をするために、エリーゼは席に着くために、そそくさと部屋を出て行った。
残った二人はいそいそと着替え始めた。特にクラナは下半身が全開なのだ。

 クラナ 「ところでダイン…さっき、またしてくれると言ったな?」
 ダイン 「えぇ? ……うん、言ったよ」
 クラナ 「…そうか」

着替えながら、クラナがにっこりと笑った。
ダインも恥ずかしそうにはにかんだ。
お互いが、お互いの気持ちに気付いた。

 クラナ 「ありがとうダイン」

クラナはダインを摘み上げその顔にキスをした。
ダインの顔全体がクラナの唇に触れられる。

 ダイン 「俺、まだ身体洗って無いんだけど…」
 クラナ 「気にするな。そういえばベッドも汚したままだ。あとでマウに頼んでおこう」
 ダイン 「災難だな、マウ…」

そしてクラナはダインを手に乗せ部屋を出ようと一歩踏み出したが、足に力が入らず、思わず片膝を着いてしまう。

 ダイン 「うぉあ! 大丈夫か!? まさかまだ治ってないんじゃ…!」
 クラナ 「くくく…違う。ただあまりにも久しぶりで腰が抜けただけだ。凄まじい快感だったのでな」

立ち上がり、歩き出したクラナ。
キッチンに向かって歩くその優雅で雄大な姿は、今まで死に掛けていたことなど微塵も感じさせない。
前髪を掻き揚げ、長い髪を靡かせて、風を切って歩くは魔王。
その手のひらに乗るは人間。
種族の違う二人がお互いのために命を懸け合い、その果てに得た繋がりは不可能を可能とし、禁忌を打ち破った。
歴史が姿を変える。
これが人間と魔王の夜明けとなるのか。

 クラナ 「一応身体を洗っておくか」
 ダイン 「そうだな」

二人は風呂へと向かった。



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 ~ 魔王クラナ ~


第17話 「夜。そして夜明け」 完

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