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 〜 魔王クラナ 〜


 『バカンスライフ』

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青空。
暑い太陽が照りつける白い砂浜。
幾人もの女達がきゃっきゃと笑い男達が水着ギャルを追いかける。

常夏の楽園、リゾート。
その砂浜の一角に、パラソルの下でカクテルを片手にビーチチェアーに横になるサングラスをかけた少女の姿があった。

 クラナ 「ふ…今日の太陽は格別だぜ

クラナである。

  バシャア

水がかけられた。

 ダイン 「なにやってんだお前
 クラナ 「お前こそなにをする。人が折角照りつける陽光に身を晒しているというに
 ダイン 「いいからとっとと帰ろうぜ。化け物退治してからもう一週間も経つぞ。その間、食費も宿代もみんなタダにしてもらってんだ。いい加減迷惑だろ
 リックス 「いやいや、そんなことねーよ

ダインの後ろから現れたのはリックス。

 ダイン 「リックス、甘やかすなよ
 リックス 「マジだって。廃れちまった街をここまで盛り返してもらったんだからな。ほら

と、リックスが指を指した先では一隻の大型観光船が停泊していた。
そしてその船体の横にでかでかと掲げられた幕には『魔王も来るリゾート観光ツアー』と掲げられていた。

 ダイン 「
 リックス 「というわけで今、この街はそいつらに助けられてるんだ。もう暫くいてくれていいんだぜ
 クラナ 「な、ダイン。私がここでこうしているのが街の連中の願いなのだ。だからもう少し遊ばせてもらうぞ
 ダイン 「遊んでないでもう少し街の復興に力を貸したらどうだ? マウみたいにさ

マウはヨキとともに海の家で働いていた。
ワンピースエプロンのマウと黒ビキニエプロンのヨキがウェイトレスをして接客をしている。
男性客が多いのも肯ける。

 クラナ 「マウにはマウの過ごし方というものがある。が、それが私にも当てはまると思うな
 ダイン 「はいはい、もう勝手にしてくれ…

と、ダインがクラナに背を向けて歩き出したときである。

 男1 「よ、お嬢ちゃん暇?
 男2 「俺達と遊ばない?

金髪と日焼けボディの二人組みの男がクラナへと話しかけていた。
明らかにナンパである。
また面倒な…。ダインはため息をついた。

 クラナ 「お嬢ちゃんとは私のことか?
 男1 「ヒューかわいいねぇ。ちょっとボートで沖に出ないか?
 クラナ 「そうだな…

考え込む仕草をするクラナはにやりと笑ってダインをチラ見した。
ダインは目の上に縦線が入っていた。

 ダイン 「こいつわざと…
 リックス 「ダイン、なんだったら俺が…
 ダイン 「いいよ、俺が言う

ダインは二人の男へと近づいた。

 ダイン 「あのー
 男 「なんだお前?
 ダイン 「彼女、俺の連れなので勘弁してもらえますか?
 クラナ 「彼女!? 彼女と言ったか今!?
 男 「あん? 嘘こけよ。こんなかわいい子がお前みたいな冴えない奴の連れなわけねーだろ。痛い目見る前に消えてくんねーか?
 ダイン 「いや…こいつにかかわった方が痛い目見る気がしますよ。やめた方が…
 男 「うるせー奴だな

ズイとダインの顔を覗きこむ男。
二人の方が身長が高いので必然、そうなるのだ。
もっとも、だからと言って動じるダインではないが。

そのダインの身体がドンと突き飛ばされ、ダインは砂浜に尻餅を着いた。

 ダイン 「あイテ
 男 「ハッハ、バーカ!
 リックス 「おいコラ、てめぇ…人のダチに何して—
 ダイン 「まぁまぁリックス

詰め寄ろうとするリックスを苦笑しながら制すダイン。
立って笑う男達の向こうではクラナがにやにや笑っていた。
やれやれ、楽しんでるな。

さて、どうやったら穏便に済ませられるかなー…。
と、考えながら立ち上がろうとしたそのときだった。

 エリーゼ 「あー! 何やってるの!

ビーチに轟く声。
それは海の方から発せられた。
見れば海の彼方にちゃぽんと顔を出すエリーゼの姿があった。
見える顔の眉は釣り上がり頬はぷくーっと膨れている。
怒っているのだった。

その顔が陸に近づくにつれ段々と首から下があらわになってくる。
肌色の首もとの下すぐに紺のスクミズが現れ海中から浮上した巨大な胸元には『エリーゼ』とでかでかと書かれていた。
紺の水着の表面はまるで船首の様に海を割っている。
この時、あらわになった手に何か持っているのがわかった。鯨だろうか。
ふとももがザバザバと海をかき混ぜそこに浮いていた船を転覆させた。
エリーゼの脚が作り出す波がビーチへと押し寄せる。
すでに深度は足首ほどでしかなく、次の一歩のために足が持ち上げられ降ろされるとき、その巨大な足の裏が自分達のいる場所に踏み降ろされると知った人々は慌ててその場から泳いで避難した。

  ズシィイン! ズシィイン!

エリーゼの両足がビーチを踏みしめた。
もう説明するまでも無くエリーゼは元の大きさに戻っている。
仁王立ちするエリーゼの巨体は時刻が時刻ならビーチに巨大な影を落としていただろう。
そのエリーゼは、足元の男達をギロリと見下ろした。
男達は震え上がり尻餅を着いていた。

 男1 「ま、ま、魔王…
 男2 「本物…

その横で立ち上がりため息をつくダイン。
だからかかわるなって言ったのに…。

身を屈めたエリーゼはその男達をつまみあげると目の前へと持ち上げた。
エリーゼの手のひらの上、男達は抱き合っていた。
その二人の乗っている手を握ったエリーゼは海に向き直るとその手を思い切り振りかぶり、

 エリーゼ 「ダインをいじめないで!!

  ブン!

投げた。
二人の男は超高速で放物線を描きながら飛んでゆき、やがて海の向こうに小さな水柱を立てた。

 エリーゼ 「もう!

フンと鼻を鳴らしたエリーゼ。
だがすぐに笑顔になるとダインを見下ろししゃがみこんだ。

 エリーゼ 「大丈夫だったダイン? はい、おみやげ

  ズシィン!

ダインの目の前に20mはある鯨がおろされた。

 ダイン 「…。まぁそれはそれとしてエリーゼ、ちょっとここに来い
 エリーゼ 「? なぁに?

ポン。縮小化してダインの前へと行くエリーゼ。
ん? ん? 目をキラキラと輝かせるエリーゼの頭に、ダインはゲンコツを振り下ろした。

 エリーゼ 「いた〜い…
 ダイン 「何やってんだお前は! 一歩間違えば大災害だったぞ!
 エリーゼ 「あたしはダインを助けてあげたんだよー
 ダイン 「…まぁあれは遠巻きにクラナを助けたということで許してやるが、ちょっと向こうを見てみろ
 エリーゼ 「

頭を押さえながら振り返った先には転覆した船。気絶し海に浮く人々。そして砂浜に残された巨大な足跡とその周囲でひっくり返る人々と壊れて逆に開いたパラソル。
先の2つはエリーゼが上陸するまでにその脚に蹴られたり起こされた波に呑まれた故に。最後のはエリーゼが足を踏み降ろしたときその振動と突風で引き起こされたものだった。

 エリーゼ 「あぅ…
 ダイン 「罰として今日のおやつは抜き
 エリーゼ 「がーん!

パタン。エリーゼはその場に倒れた。

 ダイン 「まったく…
 リックス 「死人もケガ人もいないんだからいいじゃねーか。これで看板どおり魔王の姿を見せることができたしな
 ダイン 「んなこと言ってる場合か! 元はといえばクラナ! お前が…!

と、横のビーチチェアーを見たとき、すでにそこにクラナの姿は無かった。

 ダイン 「…逃げたな

ダインはまたため息をついた。


  *


暫く、ダインはエリーゼとボールで遊んでいた。
ダインがボールを放るとエリーゼは凄い勢いで取りに行って凄い勢いで投げ返してくる。
よっぽど楽しいのだろうか。転びながらも笑顔でボールを追いかける。
…犬か、お前は。
苦笑しながらも自分も楽しんでいることに気付くダインだった。

そのダインの背後から突然の銃撃。

  プシュウッ!

だがダインはその銃弾がまるで見えているかのように身をそらすだけでさらりと避け、そして銃弾の飛んできたほうを見た。
そこには右手にライフル、腰に拳銃、背中に小さなタンクを背負ったクラナがいた。

 クラナ 「ちぃ…さすがはダインか

ぴゅー。銃口が水を噴く。

 ダイン 「お、水鉄砲か
 クラナ 「そこの店で借りてきた
 エリーゼ 「わぁー! おもしろそ〜!
 クラナ 「ほれ、お前はこれを使え

と、クラナが差し出したのはアサルトライフル型の大型水鉄砲と貯水タンク。
受け取ったエリーゼは目をキラキラしながらそれを装備し始めた。

 クラナ 「ダインはこれだ

差し出されたのはオーソドックスな拳銃タイプの水鉄砲。

 ダイン 「俺のもあるのか
 クラナ 「うむ。たまにはこういう方法で屈服させるのも面白かろう
 ダイン 「ってことは…
 クラナ 「さぁ、勝負だ!

チャキ。クラナは二丁拳銃を引き抜いた。

 ダイン 「ふふ、いいよ。ルールは?
 クラナ 「これまたオーソドックスに水に触れると変色する紙のついたバンドを用意している。これを頭につけ、変色したものはアウトだ
 ダイン 「おっけ。わかった
 クラナ 「私とエリーゼが組む。いくぞ!

ダッ! 砂浜を走り出したクラナとエリーゼ。
チャキ、クラナが武器を構え、シャコン、エリーゼが水をリロードする。
迫り来る二人を、ダインは笑顔で待ち受けた。

 エリーゼ 「いくよーダイン!

エリーゼの持つライフルの銃口がダインに向けられ強力な水弾が放たれる。が、ダインはそれをひらりと避けた。

 クラナ 「逃がすか!

クラナの両手の二丁の拳銃が無数の水弾を連射した。
ダインはその弾幕を横に走り抜けることで回避。
そしてすぐに二人に向かって走りこみ、それぞれの右足と左足をクンっと引っ張った。
クラナとエリーゼは盛大に砂浜に顔を叩き付けた。

 クラナ 「ブッ!
 エリーゼ 「わっ!

突っ伏した二人が顔の砂を払って上を見上げたとき、すでにそこには銃を突きつけているダインの姿があった。

 ダイン 「まずは1回俺の勝ちだな
 クラナ 「ぐぬぬ…! まだだ!

ザッと構えた銃から至近距離で弾を撃つクラナだがダインはまたさらりとそれを回避して距離を取った。
クラナもダインの笑顔を見ればわかる。遊んでいるのだ。いや、もともと遊びだが。

撃ちながら突貫するクラナ。
眼前で避け続けるダインが急に身を屈めた。

 クラナ 「足払いか! そう何度も食らうか!

と、軸足から重心を外しやや後退する姿勢をとったクラナのおでこにすでにダインが触れていた。

 ダイン 「それじゃバレバレだ

トン。軽く押す。
するとクラナの身体は簡単に倒れ砂浜に仰向けで寝そべってしまった。
後退しようと重心を後ろに向かって動かしていたところに後ろに向かって力を加えられてしまいコテンと倒れたのだった。

 クラナ 「ち! まだまだ…ブッ!

突如クラナの視界が暗くなる。
一瞬の間に焦点を合わせてみれば、それはエリーゼの足の裏だった。
クラナは顔を踏まれた。

 エリーゼ 「あ、ごめんね
 クラナ 「ペペッ(足の裏についていた砂が口に入る)、エリーゼ! もっと前を見て動け!
 エリーゼ 「えぇ〜、寝転がってるクラナちゃんが悪いんだよ
 クラナ 「なんだと!?

お互いがお互いに向かって銃を向ける。

 ダイン 「ほらほら、ケンカするな。…あ。じゃあ二人がちゃんと協力して勝ったなら何か一つ言うこと聞いてやる

ピクン。
二人の耳が動いた。

 クラナ 「…今の言葉、嘘じゃないな?
 エリーゼ 「嘘じゃないよね? 本当だよね?

武器を構えなおした二人がダインへと迫る。

気付けば周囲の人々もそれに見入っていた。
2対1。少女対男だが、男は打ち出される水をすべて避け切っている。
この足場の悪い砂浜で、いやそうでなくともあの弾幕を避けるのは至難だろう。
あの男は、それを軽々とやってのけている。

対する少女二人。
こちらの動きはあまりよくない。
言うなればただ子どもが闇雲に追いかけて撃っているようにしか見えなかった。
ただそれでもこれだけの観衆を引き付けたのはひとえにそのスタイルの良さに起因する。
彼女達が走り回るたびに大きな乳房がばいんばいんと跳ね回るのだ。
特に赤い髪の少女はビキニで、大きく動き回る乳房があの小さな布から今にも零れ落ちてしまいそうだった。
男達は目を皿の様にしてその瞬間を今か今かと待っている。

 ダイン 「うっ…!

ダインが体勢を崩した。
砂で足を滑らせたのだ。
チャンス! と思いつつもクラナは疑問を抱かずにはいられなかった。
あのダインがこんなところで足を滑らせるか?
だが実際足を滑らせているわけでこんなチャンスは二度と来ないだろう。
勝てば言うことを何でも一つ聞かせられる。これを逃す手は無い!
クラナとエリーゼはダインへと飛び掛った。
銃口をダインの額のターゲットへと合わせる。
すると、ダインの顔が苦笑するように笑った。
何かを仕掛ける気か!? だが、こちらの方が速い!
二人は引き金を引いた。

  プス…

水が出ない。
弾切れ!? と、クラナが驚愕に顔を歪ませたときだった。

 ダイン 「ちゃんと残弾には注意しとかないとな

  ピュー

ダインが囁いた後、二人のターゲットと顔に水がかけられた。
勝負は決した。

むくり。起き上がるダインとその上に覆い被さるようにして倒れるクラナとエリーゼ。
クラナが憎々気にダインを睨んだ。

 クラナ 「倒れたのは…やはりわざとか…
 ダイン 「二人を同じタイミングで攻撃させるにはこれがいいかなって。あと一回余計に撃たせると弾切れに気付いちゃうだろ
 クラナ 「ちぃ…さすがはダイン…か。…がく

クラナは落ちた。


  *


また暫く。
今はビーチにシートとパラソルを用意してそこに全員が集まっていた。

 ダイン 「お疲れ、マウ
 リックス 「ヨキもな
 マウ 「いえ、そんな
 ヨキ 「ふふ

広げられたお弁当にぱくつくクラナとエリーゼ。

 マウ 「お二人とも凄い食べっぷりですね
 ダイン 「はは。午後、もう1ラウンドやるって聞かないんだ
 マウ 「
 クラナ 「もぐもぐ…ダイン! さっきの約束は有効だろうな!?
 ダイン 「はいはい。わかってるよ

苦笑するダイン。
言うこと聞いてやるとは言ったが、普段から何でも聞かせてるようなもんじゃないか、と思うダインだった。
それでもこうもはしゃぐとは一体何を言われるんだろう。ちょっと不安になるダイン。

そんなこんなで昼食の時間を過ごしていたときだった。

 「きゃーー! 海賊船よーーー!!

観光客の一人が叫んだ。
ダイン達も海の方を見てみればそこにはたしかに帆にドクロのマークがついた船があった。
それも一隻や二隻ではない。海に浮かぶは何十ものドクロのマーク。
無数の海賊船団だった。
ビーチが阿鼻叫喚に包まれる。

 ダイン 「な、なんでこの街に!
 リックス 「もともと飛竜やら交易品やらと珍しいものには事欠かない。とくに飛竜は凄い戦力にもなるしな
 クラナ 「ふむ…大海賊ホワイトマスタッシュが敗れた影響か。そういえば少し前にコミックが発売されてたな。奴等もそれを読んだということか
 ダイン 「そういう発言やめてくれよマジで
 リックス 「とにかくすぐにここから避難しろ! 街の警備をつれて飛ぶ!
 クラナ 「いや、その必要は無い。私がやろう

爪楊枝を咥えたままクラナが立ち上がった。

 ダイン 「どうした? なんか積極的じゃないか
 クラナ 「丁度腹ごなしに運動したいと思っていたところだ。…そうだ、どうせなら3人で行くか。私達が圧倒的な力で蹴散らせば今後はこういうことが無くなるかもしれないぞ
 エリーゼ 「いいよ〜
 マウ 「わ、私もですか!?
 クラナ 「奴等の攻撃などお前にかすり傷一つつけることはできん。そういう意味では力になれておく良い機会になる
 ダイン 「クラナ、あんまり油断するなよ
 クラナ 「そう心配するな。奴等の攻撃で私達が傷を負うことなどありえんのだ。多少油断したところで…
 リックス 「!! 伏せろ!!

  ドガァァアン!

海賊船から放たれた砲弾がダイン達のすぐそばに着弾した。
まだ座っていたダインは即座に伏せ、爆発の衝撃を和らげる。
立っていたのはクラナである。

 ダイン 「く、クラナ! 大丈夫か!?

もくもくと煙が立ち込め、それらがなくなった後、そこには爆発のクレーター中央に地面からにょっきりと伸びる二本の脚があった。

 ダイン 「

その足をズボッと引き抜くダイン。
引き抜かれた足の主、クラナは眉間に青筋を浮かべていた。

 クラナ 「…なぁダイン
 ダイン 「…なんだ?
 クラナ 「多少は痛めつけてもいいよな?
 ダイン 「死人出さなきゃ好きにしていいよ…

ため息とともにクラナを解放した。
立ち上がったクラナは前に広がる海賊船団を睨みながら言った。

 クラナ 「さぁ、戦争の始まりだ…


  *


海賊船たちは意気揚々と前進してくる。
そう、彼等は学んだのだ。
一人じゃ動かぬ岩さえブッ飛ばす。忘れちゃいけない…そう大事なのは仲間の存在!
徒党を組めばどんな敵でも怖くは無い。
赤信号がなんぼのもんじゃい、と。
まずはこの街を落とし、拠点を確保して物資集めを…と思っての侵略だった。

そんな海賊船たちを見据えるクラナ。

 クラナ 「観光客は避難させておけ。注意はするつもりだが、向こうはわからん
 ダイン 「だな。どうする? 俺も行こうか?
 クラナ 「ふふ、それは嬉しいが、今回はいい。客を避難させたら海賊の動向に気を配っておいてくれ。周囲から上陸してくることも考えられる
 ダイン 「そっか、わかった。気をつけていけよ

言ってダインは慌てふためく観光客達の避難誘導へと向かった。

 クラナ 「さて、始めるか

  ピカッ!

ビーチを、鋭い閃光が包み込んだ。

突然の爆光に視界を奪われる海賊達。
そしてようやく光が収まり、眩む目を凝らして何が起こったのかとビーチを見てみると、そこにはなんと巨大な3人の人間が立っていたのだった。
巨大な人間の一人、クラナは居並ぶ船を見下ろして肯いた。

 クラナ 「ふむ…ざっと60隻くらいか
 エリーゼ 「わ〜! お船がいっぱ〜い!
 マウ 「は、恥ずかしいです…

クラナは腕を組んで満足そうに肯き、エリーゼはキラキラと目を輝かせ、マウはもじもじと脚を動かした。

 マウ 「きっと大砲とか撃ってきますよ…
 クラナ 「痛くも痒くも熱くも無い。ハエがぶつかったと思って諦めろ。それよりあまり脚を動かすなよ、ビーチが滅茶苦茶になる
 マウ 「え?

マウが自分の足元を見下ろしてみるとそこには砂浜に刺しっ放しだったり置きっ放しだったりするたくさんのパラソルやビーチチェアーがあったのだが、マウが脚をもじもじと動かした際、動いた足の下に巻き込まれてバキバキに壊されていた。
パラソルでさえ刺さっていれば2mも無いのだ。
親指の高さにも満たないそれらは踏んだところで気付けない。
マウは大慌てで弁明しながらあとずさる。

 マウ 「きゃあ! ち、違うんです! そんなつもりじゃ…!
 クラナ 「だから動くなと言うんだ。…ああ、遅かったな
 マウ 「え?

見れば今あとずさるために一歩踏み出した後ろ足がそこにあった海の家を踏み潰していた。
先ほどマウとヨキが働いていた海の家である。
マウの足によって完全に踏み砕かれたそれは最早木屑の山だった。
足の周辺にうっすらと砂煙が舞う。

 マウ 「あ…あぁ…
 クラナ 「ま、大事の前の小事だ。いくぞ。ひとり20ずつでいいだろう。エリーゼは右翼、マウは左翼な
 エリーゼ 「はーい!
 マウ 「私も…やらなくてはいけませんか…?
 クラナ 「まぁ無理にとは言わんが…くく、このままだとお前はただビーチを踏みにじり海の家をゴミにしただけだぞ
 マウ 「うぅ…が、がんばります…

海賊船達が大砲の準備を始めた。
このままビーチの上にいては流れ弾が街に当たると判断したクラナ達は海へと進行する。
大慌てで後退し始める海賊船達。
船が浮かぶほどの深度があるというのに、この巨人達はまだ膝を濡らす程度でしかない。
あっという間に追いつかれた。

 エリーゼ 「わぁい♪

先頭を行く船に手を伸ばしたエリーゼはその船体をむんずと掴んで持ち上げた。
掴まれた船はマストがへし折られ木造の横腹は指が食い込んでバキバキと破壊された。
太さ1m以上ある指が容易く船体にめり込む様を、その手の中に掴まれた海賊達は恐怖しながら見つめるしかなかった。
そして、

  ギュッ

手が握られ、海賊船は船の中央をぐしゃりと潰されて残った船首と船尾が海へと落ちていった。
瓦礫と一緒に海賊達も海に向かって長い長い時間を落下してゆく。
そしてその海賊達が海に落ち水柱を上げたころには、エリーゼはすでに次の船に手を伸ばしていた。
船首を掴み、そのまま吊り上げた。
海に対して垂直になった船から海賊やら物資やらがぽろぽろ落ちてゆく。
最後は船も海面に落下して砕け散った。
こうして、次々と海賊船を弄んでゆくエリーゼ。

  *

一方、マウは海賊達に交渉を持ちかけていた。

 マウ 「あ、あの…降伏してくださいませんか…?

だが海賊達からの返礼は砲弾を持って果たされた。
次々とマウの身体で爆発が起こりマウは怯えるも痛く無いことになんとか気を持ち直して再度説得をする。

 マウ 「お願いします。どうかやめてください

マウは海賊船に手を伸ばした。
持ち上げて目の前で説得しようと思ったからである。
海賊は、自分たち目掛けて馬鹿でかい手が下りてくるのを見て恐怖に叫びながら大砲やら鉄砲を乱射した。
それら弾丸をことごとく跳ね除けたマウの手は船を持ち上げるべくその船体を優しく掴んだ。
つもりだった。
マウの指は船体の外壁を容易く砕き一気に内部へと侵入した。
内部に隠れていた海賊は自分の身長ほどの太さのある巨大な指が船内の壁を次々と貫きながら進行してくる様を見た。
巨大な薄桃色の爪が木造や一部鉄製の壁に軽々と穴を開けていった。
簡単に言えば、指が船体に突き刺さってしまったのである。
マウにとっては誤算だった。船がここまでやわらかいとは思わなかったのだ。
指を引き抜こうと手を持ち上げると、軽く握られた手はそこに操舵室を包んだまま上空へと上っていった。
後には、操舵室の部分だけが貪るように抉り取られた船が残された。

 マウ 「あ!

それに気付いたマウは慌てて手を放した。
捕らわれていた操舵室は、内部の海賊もろとも海へと落ちていった。

  *

エリーゼ。
海賊達の抵抗空しく海賊船は次々と駆逐されていった。
無数の砲弾が命中するがその煌く肌には煤すら衝かず紺のスクミズはほつれもしない。
次なる海賊船が巨大な手によって上空に攫われるとき、周囲の海賊船の乗組員は同胞の悲鳴が空に消えてゆくのを聞いた。
船を逆さにして振るエリーゼ。
すべての海賊を振り落とした後、船を両手の間に挟んで持つと パン! と手のひらを合わせた。
手と手の間でくしゃりと潰された海賊船。
手のひらが開かれた後、粉々になった海賊船がパラパラと海に降り注いだ。
その手のひらに布が付いているのを見たエリーゼはそれを指で剥がし ふっ と息を吹きかけて飛ばした。
海賊船の象徴たるドクロのマークが入った帆はひらひらとどこかへ飛んでいった。

また次の海賊船に手を向ける。
四本の指をピンと立て、その先端を船の中央に向けて突き降ろした。
バスン! 巨大な四本の指によって、船は真っ二つに切断された。
中心からざっくりと分かれた船はそのままぶくぶくと沈んでゆく。

この頃になるとエリーゼサイドの海賊船達は抵抗するのをやめ、逃亡を図ろうとしていた。

 エリーゼ 「えへへ、逃がさないよ

エリーゼは笑顔で一歩追いかけた。

  *

マウ。
マウはまだ交渉をし易くするべく船を持ち上げようとしていた。
だがどうにもうまくいかない。
どんなに優しく手を差し伸べても船は壊れ沈んでしまうのである。
手で掴もうとすれば船はその手の中であっという間にくしゃりと潰れ粉々になってしまう。
離れてゆく船を留めさせるべく船首を掴もうとするとその部分だけをむしり取ってしまう。
残された海賊船は船首先端部分だけがごっそりとむしり取られ、そこからは内部で恐怖に怯える海賊達を見ることすらできた。
海賊船なのに何故かそこについていた女神像は、むしり取られたとき、マウの指の間で粉々にすり潰された。

 マウ 「な、なんで…!? …つ、次こそは…

そしてまた次の海賊船に手を伸ばすマウ。
海賊達はこの巨大な少女に凄まじい恐れを抱いていた。
この巨人は、向こうの青い髪の巨人の様に自分達を駆逐することに愉悦を見出してはいない。
逆に、困っている節すら見せる。
それが海賊達を恐れさせた。
我等海賊達の無力を嘲笑うのではない。見下すわけでも愉しむわけでもない。
本当に、我等の脆さに、心から困っているのだ。
それはどれほど屈辱的なことか。
敵を混乱させるのが強い故ではなく弱い故。それは仮にも海の上で戦士として生きる海賊にとってこの上ない屈辱だった。
また一隻、船が沈められた。
巨大で長い指が、甲板から船底まで貫通したのだ。
海賊達の目の前で巨大な指先と爪が甲板に易々と刺さったかと思うとそのままメリメリと内部へ沈み込み船底に直径1m以上の大穴を開けたのである。
指が引き抜かれると開けられた大穴から大量の海水が浸入し始め、そんな大穴を塞げるはずもなく、船はずぶずぶと海中へ沈んでいった。
その船の海賊達は沈んでゆく最中、大穴を開けた張本人が、眉を寄せ本当に申し訳無さそうにおろおろするのを見ていた。

  *

それらの光景を海岸から見ていたダイン。

 ダイン 「
 リックス 「なんだ、圧倒的じゃないか我が軍は
 ダイン 「そ、そうな…

ダインは複雑な笑みを返すことしかできなかった。

  *

エリーゼサイドはほぼ終了していた。
最後の一隻を持ち上げたところである。
船首と船尾を持ち、船を顔の前まで持ってきた。

 エリーゼ 「あんた達で最後だね。どうしよっかな〜

エリーゼは甲板の上をうろうろする海賊達を見下ろしながら考える。
するとその内の一組が大砲の準備をし、エリーゼの顔に向かって砲撃した。
ドォン! 至近距離で的を外すこともないそれはエリーゼの顔の中央に直撃して爆ぜた。
もくもくと吹き上がる黒煙。海賊達は仕留めたと確信し歓声を上げた。
だがすぐにその巨大な頭部がブンブンと振られその動きで煙が散らされるとそこにはあの巨大な顔が怪我一つつくらず現れた。

 エリーゼ 「あは! ビックリしたー

けらけらと笑うエリーゼ。
海賊達は絶望した。今のは持てる最高の攻撃だったはずだ。それを顔面に直撃させたのに…。

エリーゼは『ん〜』と何かを考えるような表情をしたあとにぱっと笑った。

 エリーゼ 「じゃ〜あ、ふーってしてあげる。掴まっててね

そしてエリーゼは息を思い切り吸い込んだ。
ゴゥッ! 周辺の空気がエリーゼの口の中に吸い込まれる。
この時、エリーゼ側の甲板にいた一人の海賊が淵から手を放し、周囲の空気もろとも吸い込まれてしまった。
はむ。
口の中に異物が飛び込んできたのを感じたエリーゼはもごもごと口を動かすとやがて ペッ と吐き出した。

 エリーゼ 「あはは、失敗失敗。じゃあもう一回いくよー

また息を吸い込エリーゼ。
海賊達は今度は手を放すものはいなかった。
そして限界まで息を吸い込んだエリーゼの口から凄まじい吐息が迸る。

 エリーゼ 「ふぅー!

薄紅色の唇の間から噴き出した突風は甲板にいた海賊達をまるで洗い流すかのように次々と吹き飛ばす。
ひとり、またひとりと飛ばされる中、先ほど準備された大砲も空の彼方へと消えていった。
海賊船の象徴たるドクロのマーク入りの帆もエリーゼの吐息を受けてパンと張られ、その風圧に耐え切れなくなったマストはメキメキと音を立てて折れた。
唇側の船の横腹もその突風で破壊され、船の内部さえキレイに荒らし尽くされた。
ふぅー…。エリーゼが息を吐き出し終わったとき、エリーゼの手の間には、乗員の海賊がひとりもいなくなり、また内部に詰め込まれていた財宝も散り散りになって海へと消され、象徴たるマストをへし折られ、そしてその船体がボロボロになった海賊船だけが残されていた。

 エリーゼ 「ふふ、お〜し〜まい♪

パッ。エリーゼは手を放した。
最後の海賊船は海へと激突して砕け散った。

  *

 マウ 「やっと持てた…

ふぅ。笑顔で安堵するマウ。
マウはついに、その手で海賊船を持ち上げることに成功していた。
方法は簡単。船をしたからすくい上げたのだ。
どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。
だがとにかく試みは成功した。これで真っ直ぐ、対等な視線で交渉できる。
マウは海賊船を目の前に持ち上げた。

だが実際はこの海賊船も無事ではなかった。
マウの手のひらが下方からぶつかり持ち上げられたとき、その衝撃の威力で船底方面は潰れてしまっていたのだ。
竜骨などは完全に粉砕され、竜骨を中心に流線型を描くはずの船体は船底方面が平らになっていた。
仮にこのまま海へ戻されれば間違いなく、そして瞬く間に海の中に沈んでいくだろう。
さらに例え交渉が成功したとしても、その恩恵にあずかることができるのはこの船を入れてもわずか3隻のみ。
それ以外の船はみなマウの船を持ち上げる練習として使用され、今は海の藻屑となってマウのふとももの周囲に浮いている。
目の前に持ち上げた船を見下ろしてみるとそこにはたくさんの海賊がいた。皆が自分を見上げている。
ちょっと恥ずかしかったが、マウは意を決して海賊達に交渉を持ちかけた。

 マウ 「みなさん、どうか侵略なんてやめてくださいませんか?

マウが声を発した瞬間、海賊達は耳を押さえてのたうち始めた。
凄まじいボリュームの声が、至近距離から彼等の鼓膜を攻撃する。
全く無警戒だった第一声には意識すら飛びかけた。

突然海賊達が悶え始めたのを見てマウは首をかしげた。

 マウ 「どうしました?

さらに悶える海賊達。

 マウ 「どこか具合が悪いんですか?

耳を押さえたままバタバタと暴れる海賊達。
あの薄紅色の唇に縁取られた巨大な口が開閉するたびにそこから発せられる声は物理的な衝撃となって彼等の耳を突き抜けた。
耳だけではない、身体もビリビリと震える。
恐ろしい声量。眩暈がしてきた。
そして苦しさを紛わすために暴れていた海賊の一人が、マウが少し手を動かしたときに傾いた甲板から転がり落ちてしまった。

 マウ 「あ!

マウは慌ててその海賊を目で追いかけた。
すると海賊は落ちた先の斜面を転がり、やがてその生地を掴んで身体を安定させ落下を免れた。
生地は白い斜面。マウのワンピースの胸元である。
海賊は、マウの左胸の上に乗っていたのだ。
一瞬にして赤くなるマウ。

 マウ 「きゃ…きゃーーーーーーーーーーーーーーー!!

そして悲鳴とともに手に持っていた船を投げ捨てていた。
胸に落ちた海賊のことで頭がいっぱいになったマウは投げ捨てた船が残っていた2隻のうちの1隻の上に墜落しその船もろとも沈没したことなど見てもいなかった。

 マウ 「や…いやぁ…

海賊に手で触れるのも嫌だった。
でも一秒でも早くそこからどいて欲しかった。
自分が何をしているかも気付かず、マウは上半身を揺り動かしてその海賊を振り落とそうとしていた。
マウの動きに伴って白いワンピースの水着に包まれたマウの大きな乳房はばいんばいんと跳ね回り、その上に乗り生地に掴まっている海賊は凄まじい揺れを体感していた。
超重量の乳房がゆっさゆっさと揺れるたびにその動きに合わせて海賊の身体も上下に跳ねる。
その内マウは胸を揺らすだけではなく身体を回転させ左右に大きく降り始めた。
ギュウン! ギュウン! 胸が高速で左右に動く。
海賊は痺れる両手で指が白くなるほどに力を入れて生地の繊維に掴まっていたが次にマウが大きく胸を振ったとき遂に力尽きて高速で動いていた胸からビュンと発射されるように飛びはるか彼方の海面にポチャンと小さな水柱を立てた。
自分の胸から海賊がいなくなったのを確認したマウは顔を真っ赤にしたまま胸を押さえた。

 マウ 「恥ずかしい…

だが恥ずかしがってばかりもいられない。
残る船に交渉するべくマウは足元の海面を見下ろした。

 マウ 「あれ…?

きょとんとするマウ。
見下ろした海面には海賊船は一隻も残っていなかったのだ。
たった今、マウが一人の海賊を振り落とそうと動いていたときに発生した波がその船を呑み込み転覆させていたのだった。
結局、マウの交渉は一度たりとも成功することは無く、海賊達は全滅した。

  *

そしてそれらの出来事を硬く見守っていた海賊船団。
クラナに割り振られた海賊達である。
海賊達はみな呆然と、恐怖に顔を引きつらせていた。
そんな彼等をにやりと笑いながら見下ろすクラナ。

 クラナ 「くくく、ちゃんと見ていたか? 今 降伏せねば奴等と同じ目に合うぞ

すると海賊船の表面にたくさんの白いものが翻り始めた。
白いシャツや白いタオル、白い下着など様々だが、それらが表す意味はただひとつ、降伏である。
全ての海賊船の全ての海賊がみな白旗を振っていた。
それを見たクラナは満足そうに肯いた。

 クラナ 「それでいい。二度とこの街に近づくな。他の海賊にも伝えろ。もしも近づいたら魔王が相手になる、とな

クラナは腰に手を当てて前かがみになり海賊船達を見下ろした。
そのときビキニに包まれたままぶら下がった左右の乳房同士がドンとぶつかったのだが、それは見上げていた海賊達にとって船を挟み潰せる威力であることは容易に予想できた。
海賊船達は大慌てで旋回し始める。

 クラナ 「待て

ビクン! すべての海賊が震え上がってまたあの巨大な魔王を見上げた。
魔王は屈んだまま海面へと手を下ろすとそこから何かを摘み上げ海賊達の前へぶら下げた。
それは海の上で気絶していた他の海賊だった。

 クラナ 「忘れ物だ。一人残らず連れて帰れ

残された20の海賊船は沈没した他の40の海賊船すべての海賊を拾い上げたあと、飛ぶような速度で水平線の彼方へと逃げていった。
それを見届けたクラナはフンと鼻を鳴らして笑った。

 クラナ 「これで一件落着だな


  *
  *
  *


3人は縮小化した後ビーチに立っていた。
マウはひたすら頭を下げ続けていた。

 マウ 「すみません! すみません! すみません! すみません!
 リックス 「い、いや…そこまで謝らなくても…

はは…と渇いた笑い声を発しながら苦笑するリックスは横にある瓦礫となった海の家を見た。
巨大な足跡の中、木造の家がぐしゃぐしゃに潰されている。
清々しいほど完膚無きに破壊されていた。
これにはダインも苦笑するばかりだった。

 クラナ 「まぁこの損失は海賊達が持っていた財宝で埋めればいいだろう。今ここいらの海には無数の宝が沈んでいるからな。海の家のひとつやふたつあっという間に建て直せる
 エリーゼ 「は〜、久しぶりにすっきりした

ほくほくツヤツヤという顔のエリーゼ。
その横で、さて…とダインを見るクラナ。

 クラナ 「さぁダイン、もう一度やるぞ。約束は守らせてやるからな
 エリーゼ 「あ! そうだった! あたしもあたしも! 今度は負けないからね!

意気込む二人。
その二人に、ダインは穏やかに笑って見せた。

 ダイン 「いや、もう約束は果たされたよ
 クラナ 「う?
 エリーゼ 「え?

きょとんとする二人の頭を撫でるダイン。

 ダイン 「街を守ってくれてありがとうな。本当に良くやってくれたよ。その頑張りのお礼に、約束どおり、ひとり一つずつなんでも言うこと聞いてあげるよ
 クラナ 「ほ、本当か!?
 エリーゼ 「やったー!!
 マウ 「ぇえ!? お二人はそんな約束をしてたんですか!?
 ダイン 「はは、安心して。ちゃんとマウの言うことも聞くから
 エリーゼ 「あのね! あのね! あたしはね! えーと、んーと…
 マウ 「お願い…お願い……えっと…

ダインの周りをくるくる回るエリーゼと願い事を考え込むマウ。
そんな二人を見てダインはくすっと笑った。

ふとダインは、はしゃぐエリーゼ達とは違い穏やかに微笑むクラナを見つけた。

 ダイン 「どうした?
 クラナ 「ふふ…なんだ、勝負に勝って無理難題をふっかけようと思っていたのに、そんな清々しい顔をされてはできんな。…ではダイン、私の願いを聞いてくれるか?
 ダイン 「おう、約束だからな
 クラナ 「うむ。ダイン、私と一緒に夕日を見てくれ

 ダイン 「お…?

今度はダインがきょとんとし、その前でクラナは顔を赤らめながら上目遣いにダインを見上げていた。
普段は見られないクラナである。
思わずダインも顔を赤らめてしまった。

 ダイン 「…ああ、いいよ
 クラナ 「そうか…ありがとう

クラナがポツリと言った。

 リックス 「ピュー
 ダイン 「く、口笛吹くな!(赤面)
 ヨキ 「はい、どうぞ
 ダイン 「花束渡さないで!(赤面)
 上役 「私からの餞別だ
 ダイン 「あんたどこから出てきました!?

そこに来ていた住民全員が二人をはやし立てる。
その中央でクラナは顔を赤らめたまま俯き、ダインは周囲の野次に手を振って抗議していた。
そんなダインに抱きつく二つの影。

 エリーゼ 「あー! クラナちゃんずるい! あたしもあたしも! ダインと夕日見るー!
 マウ 「わ、私も!

  ザザーン

混沌に混沌を重ね、気付けば夕方のビーチで4人は海の向こうに沈み行く夕日を眺めていた。

 クラナ 「きれいだな…
 ダイン 「…そうだな
 エリーゼ 「そうだね〜
 マウ 「そうですね
 ダイン 「でもさ、お前の願いに便乗する形でこうなっちゃったけど、これで良かったのか?
 クラナ 「構わん。私は、お前がいるならそれでいい…

夕日に照らされるクラナの横顔はいつもより神秘的でダインはドキッとしてしまった。
半目閉じられたクラナの目はまるで憂いを帯びているかのようで思わず抱きしめたくなった。
クラナの肩に回しかけた手を、ダインはなんとか引っ込める。
するとクラナがくすっと笑った。

 クラナ 「(ボソボソと)意気地無しが。そこで躊躇ってどうする
 ダイン 「(同じくボソボソと)う、うるさいな! エリーゼとマウだっているのにそんなことできるか!
 クラナ 「(ボソボソ)私は気にしないがな。それ

言うとクラナはダインの腕を抱き寄せた。
ダインの腕が、クラナのビキニに包まれた乳房の間に挟まれる。
腕を引っ込めようとするが、クラナはそれを許さなかった。

 クラナ 「くくく、そうしていろ
 ダイン 「お、お前なぁ…
 クラナ 「私の願いはこれだ。いつまでも、お前とこうしていたい…

ダインの腕に頬を寄せるクラナ。
終始顔を赤らめていたダインもクラナの幸せそうな顔を見てふっと息を漏らしたあと同じく穏やかな笑顔で夕日を見つめた。
今にも沈みそうな夕日が二人の顔を照らし出す。
二人の顔が赤く見えるのはそれは夕日のせいかあるいは…。
夕日が海の向こうに消え、あたりに静かな夜が訪れ始めても、二人は暫くそのまま海の向こうを見つめていた。



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 〜 魔王クラナ 〜


 『バカンスライフ』 完

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 エリーゼ 「あ! クラナちゃんとダイン、抱き合ってる!
 マウ 「え!?
 ダイン 「ち、違…ッ! これは…
 クラナ 「ふふっ♪