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 ~ 魔王クラナ ~


  『チェス』

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何故か突っ立っているエリーゼ。
その後ろからクラナがじりじりと近づき、そして背中越しにエリーゼの胸を鷲掴みにした。

 エリーゼ 「うしろだと!? おのれ魔王め!」
 クラナ 「フッ、確かめさせてもらおうか。お前の乳房の大きさとやらを」
 エリーゼ 「クラナ! (大きさを)測ったな、クラナ!」
 クラナ 「君はいい友人だったが、君のお乳がいけないのだよ」
 ダイン 「…なにやってんだ」
 クラナ 「いやエリーゼが絵本の真似事をしたいと言い出して」
 エリーゼ 「楽しいよ。ダインもやる?」
 ダイン 「ほんとに絵本か、それ…?」

玉座の間。
いつもと同じ。
どうでもいいような事。

 エリーゼ 「この回なんかどうかな? 敵の女将軍が実の兄に向かって乳殺しの男めって言うの」
 ダイン 「それ他の人のネタだから使っちゃだめ。ってか俺はやらんから」
 エリーゼ 「つまんな~い」
 ダイン 「あれ? そういえばマウは?」
 クラナ 「倉庫の整理に行っている。別にやらなくてもいいと言ったんだがな」

すると、

  ドンガラガッシャーーーーン!

何かが崩れるような音。
それは倉庫の方から聞こえた。

 クラナ 「ほら崩れた。だから手を出すなと言ったんだ」
 ダイン 「どんだけ溜め込んでたんだ…」

しばらくすると身体中ほこりまみれになったマウが現れた。
手にはなにやら箱のようなものを持って。

 マウ 「けほっけほっ。みなさん、面白いものが見つかりましたよ」
 クラナ 「ん?」
 ダイン 「面白いもの?」
 エリーゼ 「なーになーに!?」

ダインはテーブルからクラナの肩へと移り、マウは空いたテーブルの上に箱を下ろす。
そしてふたを開けてみるとそこには盤上遊戯の道具一式が入っていた。

 ダイン 「これは…チェス?」
 マウ 「はい。倉庫の棚の中でほこりをかぶっていました」
 クラナ 「ふむ。そう言えば昔 シャルから手作りのチェスをもらったことがあったな」
 ダイン 「人からもらったものを倉庫でほこりまみれにしておくなよ」
 クラナ 「相手もいないのに外に出しておいてどうする」
 マウ 「みんなでやりませんか?」
 クラナ 「それはいいが、お前らチェスできるのか?」
 ダイン 「一応」
 マウ 「はい。あまり強くありませんけど」
 エリーゼ 「できなーい」
 ダイン 「というか俺にしたら魔王にもチェスがあることの方が不思議だ」
 クラナ 「チェスは魔王から魔族、そして人間へと流れていったんだ」
 ダイン 「そうだったのか」
 クラナ 「うむ。今そういうことにした」
 ダイン 「でまかせかい」
 クラナ 「ではさっそくやるか」

玉座の間にテーブルと椅子がワンセット用意されその上に置かれるチェス盤。
そして並べられる32の駒。白と黒に別れ、いざ決戦である。
白をマウ、黒をクラナが操る。
その様をエリーゼは卓の横から。ダインはクラナの肩の上から見ていた。

マウの先手。2eのポーンを一歩進める。

 クラナ 「ふむ」

クラナはその対面にあるポーンを二歩進めた。
戦いは、静かな滑り出しだった。

コツ コツ

玉座の間に、小さな音が響くこと約10分。

 クラナ 「これで、チェックメイト、だ」
 マウ 「あぅ、負けてしまいました」
 ダイン 「おお、大したもんだ」
 エリーゼ 「え? なんで? なんで? なんでクラナちゃんが勝ったの?」
 クラナ 「さぁ、次は誰がやる?」
 ダイン 「誰が…って。チェスできるのはお前とマウだけだぞ」
 クラナ 「なに?」
 ダイン 「エリーゼはルール知らないし、俺は駒がでかすぎて持てないからな」
 クラナ 「そ、そうか。同じ相手としかできんのはつまらんな…」
 ダイン 「エリーゼに教えたらどうだ?」
 クラナ 「何万年かかると思ってる。ふむ…」

ポクポクポク。チーン。

 クラナ 「よし。エリーゼ、椅子に座れ」
 エリーゼ 「?」
 クラナ 「ダイン、やるぞ」
 ダイン 「いやだから」
 クラナ 「お前がエリーゼに指示して駒を動かさせろ。それなら大丈夫だろう」
 ダイン 「ああ、なるほど」
 エリーゼ 「なんかわかんないけど、遊べるんなら遊ぶー」

カツン。
駒を並べる。
クラナ白。ダイン+エリーゼ黒。
クラナはキングの前のポーンを2歩進めた。
ダインはその直線状のポーンを2歩進める。
互いのポーンが隣接。

 クラナ 「…ふふん」

小さく笑ったクラナはクイーンを手に取り、それをポーンの壁の前へと押し出した。

 ダイン 「…ふむ」

なるほど。それがクラナのやり方か。
なら…。
ダインが次の駒へ手を伸ばす。

 *

カツン。
カツン。

十数分が経ち、盤上の駒も若干少なくなってきた。
カツン。ダインがクイーンを動かす。

 クラナ 「…ぬ?」

ピクリと眉を動かすクラナ。
今、ダインはクイーンを駒を取るわけでもチェックメイトをかけるわけでもなく移動しただけ。
しかもその位置は自分のクイーンからリスク無く取れる。
失敗か?
ちらりと覗き見たエリーゼの肩の上のダインの顔は少し笑っていた。

 クラナ 「(作戦…。が、どこを見てもダインに利は無いが…)」

現状、次のダインの手番で自分のクイーンが奪われることは無い。
なら何故だ? わざとで無いなら気づいていないのか?
ダインの表情からはうかがうことは出来ない。エリーゼと会話している。
その内容も筒抜けだから戦略があったとしても明文化されることにより一発で理解できる。
ふむ。

 クラナ 「(まぁいい。取れるなら取らせてもらおう。さぁどういうつもりなのか答えを見せてくれ)」

クラナは自分のクイーンでダインのクイーンを取った。
ダインの手番。

 ダイン 「当然そう来るよな。なら ほいっと」

カツン。
ダインはナイトを前に出した。
移動したナイトの次の射程にはあのクイーンが入っている。が。

 クラナ 「ダイン、駒は取らねば意味無いぞ。そんなところに置いても逃げられるだけだ」
 ダイン 「くく、ああわかってるよ。でも俺は勝敗よりもこうやって場をかき乱す方が好きなんでね。ほら、俺のナイトの射程を良く見てみなよ」
 クラナ 「む?」

盤上の駒の配置を見てクラナの目が見開かれる。
先のダインのクイーンの手に意識を奪われて気づかなかった。
今、ダインのあのナイトは、クラナのキングとクイーンとルークとビショップとナイトとポーンをマークしていた。

 クラナ 「なんだと!?」
 ダイン 「面白いだろ? ナイト一手で全種類の駒を抑えたぞ」
 クラナ 「…。ふふ、確かにな。だが勝敗には関係無い。キングに迫ったことは褒めてやるが私のナイトで返り討ちにしてやる」

そしてクラナはナイトに手を伸ばしたのだが、

 ダイン 「んんー? いいのか? そのナイトが動くとチェックメイトだぞ」
 クラナ 「なに!?」

ナイトとキングを結ぶ斜線上。
ずっと向こうにはダインのビショップがいた。
このままナイトを動かせばビショップにキングを取られてしまう。

 クラナ 「ちっ。まぁこの程度は先を読んでいたということか」
 ダイン 「くくく、そりゃどうも」

ダインのナイトに対し下に1左に2の位置にいるキング。
クラナのナイトはDナイトの上2右1、この斜線の向こうにDビショップがいるため、Cナイトが動くわけにはいかないのだ。

 クラナ 「ふん。だがこんな奇抜な手、あとには続かんぞ。キングを逃がして茶番も終わりだ」

クラナはキングを左上に動かした。

 クラナ 「そら、他の駒はくれてやる。どうせクイーンを取るのだろう」
 ダイン 「いーや、俺は更にキングを追いかけるよ」

ダインは7列目まで攻め込んでいたポーンを一歩進めた。

 ダイン 「プロモーション。駒はクイーンね」
 クラナ 「ぐ…!」

プロモーションとはいわゆる将棋の成りのようなもの。
一番奥まで攻め込んだポーンはキングとポーン以外の駒に昇格することが出来るのである。

 ダイン 「これで斜線上にキングが来るからチェック、と」
 クラナ 「ぬぬ…! 更に逃げればいいだけのこと…」
 ダイン 「これだけ離せば大丈夫でしょ。まずはナイトでクイーンを取る」
 クラナ 「ち! ならそのナイトをルークで取る!」
 ダイン 「俺はあのビショップでナイトを取るよ」
 クラナ 「ビショップで貴様のルークを貰う!」
 ダイン 「俺もビショップでさっき俺のナイトを取ったルークを取る。これでお前のルークは全滅だな」
 クラナ 「まだだ、まだ終わらんよ! キングを一歩動かす。更に安全な場所に移動だ」
 ダイン 「あらら…それじゃだめだよ」
 クラナ 「なにぃ!?」
 エリーゼ 「え?」
 マウ 「そうなんですか?」
 ダイン 「俺のルークがまだひとつ生きてる。今クラナのキングは壁際に追い詰められてるからこれをルークとクイーンで攻めればもう逃げられない。他の駒で援護しようにも他の強い駒は皆反対側の盤上に集まっちゃってるからすぐには助けに来れないんだよ。逃げ始めたらあとはひたすら王を動かさないといけないし、俺のキングをチェックすることもできないから、詰んだかな」
 クラナ 「まだ終わったわけではない! 次の手がある!」
 ダイン 「最初にクイーンを前に出したのはいいけどそれに頼りすぎで他の駒を失いすぎたんだよ」
 クラナ 「だがお前の陣の横半分近い駒は奪ったぞ!」
 ダイン 「うん。で、こっちの陣がスカスカになったからキングを前に出してきたんだよな。でもそのせいでキングとクイーンは半ば孤立、他の駒がにらみ合ってるのを対岸から見つめる形になったんだ。クイーンを進めればそのにらみ合いは有利になるけど逆にキングの守りが減って、かといってにらみ合いから代わりの守りをつれてくればそこの戦局は俺の方に傾くし。俺は初手でポーンいくつかとナイトを取られたけどキャスリングも出来て右半面に戦力を集中できたから簡単には攻められなかっただろ」
 クラナ 「戦いは数だということか…」
 ダイン 「戦いは駆け引きだよ。一騎当千もいいけど、どんな駒にも限界はあるしね」
 クラナ 「ふん! なかなかやるな」
 ダイン 「そりゃ前は王宮警護の仲間と随分やったもの。こういうのは実践のイメージになるしね。頭の使い方も学べるし」
 クラナ 「ふぅ……そうだな、戦略でダインに戦いを挑んだ私が間違っていたのか」
 ダイン 「クイーン単騎ってのはいかにもクラナらしかったけど」
 エリーゼ 「これで終わりなの? 詰まんなーい」
 ダイン 「はは、まぁエリーゼにしたらそうかもね」
 クラナ 「ダイン、もう一戦だ!」
 ダイン 「よしきた」
 エリーゼ 「えー! 詰まんない詰まんないー!」
 ダイン 「ルールがわからないとそうだな。…じゃあどうする?」
 エリーゼ 「んっとね、んっとね」

ひょい。
肩のダインを盤上に下ろす。
ダインの周囲には5mを超える駒たちが立ち並び、それらの像はそれなりの威圧感を放っていた。

 エリーゼ 「それでー………えい」

コツン。
駒のひとつを小突いた。
ぐらりと倒れてきた巨大な駒からあわてて逃げるダイン。
ドカァァァアアアアン!
盤が揺れた。

 ダイン 「こらぁ!」
 エリーゼ 「あはは、おもしろーい」
 クラナ 「ま、エリーゼにはこっちの方が似合いだな」

しばらく、ダインは上空から降り注ぐ巨大な像を避け続けていた。
チェックメイトは即ちご愁傷様である。



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 ~ 魔王クラナ ~


『チェス』 FIN

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