-----------

 ~ 魔王クラナ ~


  『エリーゼと』

-----------


------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------



散歩。
ダインを頭の上に乗せ軽快に歩くエリーゼ。
山を踏み越え、木々を揺らし、地響きを立てながら歩く。
森からは動物や鳥が逃げ出し、山の斜面からは岩が転がり落ちる。
迷惑この上なかったが、当のエリーゼはダインとの散歩を心から楽しんでいた。

 エリーゼ 「楽しいねダイン♪」
 ダイン 「いやーこの惨状を見るにお前だけだと思うぞ…」

見晴らしの良いエリーゼの頭の上から周囲を見下ろせばわかるが、今まで歩いてきたところとこれから行くところでは景色が一変するのだ。

と、そのとき、突然エリーゼが鼻をスンスンと鳴らし、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
頭が動いたせいでダインは振り落とされそうになったが髪の毛を腕に巻き取って掴んだおかげでなんとか落下を免れる。

 ダイン 「うぉっ! …ふぅ、どうした?」
 エリーゼ 「おいしそうなにおいがする」

 ズズゥウウウウウウウウウウウウウン!!

膝を着き四つんばいになったエリーゼは再び地面を見回した。
天地がひっくり返るようなエリーゼの動きに翻弄されるダインはアホ毛にしがみついていた。

地面を探るエリーゼ。
やがて低い丘の上に、りんごのなった木を見つける。

 エリーゼ 「あ。りんごだ~!」

エリーゼはにぱっと笑ってその木を指で摘んで引っこ抜いた。
指の太さも長さも無い木は巨大な指によって地面から軽々と引っこ抜かれ、地面に伸びていた立派な根からは大量の土がぼろぼろと落ちていった。
四つん這いの状態からちょこんと座りなおしたエリーゼはそれを目の前に持ってきて赤い実がたくさん実っているのを確認した。

 エリーゼ 「わ~! いっぱいある~!」
 ダイン 「へ、へぇ。立派な木だな」

なんとか体を安定させたダインもそのりんごの木を見下ろして感嘆の声を漏らす。
もっとも地面から引っこ抜かれてしまったのでこれ以上の実はならないだろうが。

暫しその木を見つめていたエリーゼだがやがて「あ~ん」と口を開けると木の先端を口内に入れた。

  がぶり

木の大半が噛み千切られ消えた。
もぐもぐと動かされるエリーゼの口の中からパキパキという木の砕ける音がダインの耳にも届いた。

 ダイン 「木ごと食べるのか!?」
 エリーゼ 「おいし~」

エリーゼの手には半分ほどの長さになった木。
葉の生い茂る部分が歯形を残すように無くなっていた。
頑丈なエリーゼの歯はそれがどんな大木であろうと容易く噛み砕くことが出来るのだ。

口の中のりんごの木を呑み込んだエリーゼは手の中のりんごの木を見つめる。

 エリーゼ 「あ~あ、もうこれだけしか残ってないよ。ダインも食べる?」
 ダイン 「…」

頭の上のダインのもとに木が近づけられる。
本来ならその木には何十と言うりんごの実がなっていたのに、今はほとんど残っていなかった。
たった一口で食べられてしまったのだ。
ダインの目には縦線が入っていた。

 ダイン 「……。…あのさ、エリーゼ…」
 エリーゼ 「なぁに?」


   *


その低い丘の上に座るダインとその横にちょこんと座る人間サイズのエリーゼ。
その手にはりんごを一個持ちもぐもぐと頬張っている。
二人の後ろには横倒しになったりんごの木。

 エリーゼ 「もぐもぐ…。ダイン頭いいねー」
 ダイン 「…最初からこうすればよかったんだよ」

人間サイズなら相対的にりんごも大きくなりエリーゼを満足させられる。
木を引っこ抜き、その木ごとかぶりつく必要は無かったのだ。
おかげで立派なりんごの木が一本駄目になってしまったが、赤いりんごを両手で大事そうに抱えながらシャリシャリと音を立てて食べるエリーゼの笑顔を見ると、それさえも許せてしまうダインだった。
そうやってエリーゼの顔を眺めていたら ふとその顔がこちらを向いて新しいりんごを差し出してきた。

 エリーゼ 「はい。ダインにあげる」

笑顔で差し出されたりんご。
ダインも笑顔でそのりんごを受け取ろうとした。
だがその時、りんごはエリーゼの手からつるりと滑り落ち、丘の斜面をコロコロと転がっていった。

 エリーゼ 「あぁ! りんご~!」
 ダイン 「あっ! エリーゼ!」

慌てて立ち上がったエリーゼもりんごを追いかけて斜面を駆け下っていった。
やがて斜面を下り終えたりんごはそのふもとにある森の茂みの中へと突っ込みエリーゼもそれを追いかけるように茂みの中に突っ込んだ。
ガサガサ。
りんごを探して茂みの中を突き進む。
枝がエリーゼの素肌に傷をつけるもそんなことまるで気にせずりんごを探すエリーゼ。

そして茂みからズボッと顔を出したエリーゼは遂に追いかけていた赤いりんごの姿を発見する。そのりんごを掴む動物の姿も一緒に。

 「ウキ?」

サルだった。
茂みから顔を出した四つん這いのエリーゼと目線の合う大きさ。立ち上がったエリーゼの腰にも届かないだろう体長だった。およそ50cm。細長いスラッとした尾がくるくると動いている。
そして小さな両手の間にあのりんごを抱きかかえ今にもかじり付かんとしていた。

 エリーゼ 「あぁー! おサルさん!」

茂みから飛び出したエリーゼはサルに詰め寄った。

 エリーゼ 「それ、ダインにあげるりんご! 返して!」

指を突きつけるエリーゼを呆然と見ていたサルは鼻で笑うように歯を見せた。
りんごの返される気配が無いことに実力行使に出たエリーゼはサルに向かって飛び掛かったが、並の運動神経で野生のサルの機敏さにかなうはずも無く、エリーゼの手を難なく逃れたサルはそのまま木の上へと上っていった。
木の根元から見上げ手を振り回すエリーゼだった。

 エリーゼ 「返して~! ダインのりんご~!」

エリーゼは木に登れない。
サルは枝の上からエリーゼを見下ろしキャッキャと騒いでいた。エリーゼに尻を向けたたいて見せたり。
で、ひとしきり馬鹿にした後、手の中のりんごに目を向けるサル。
赤々としたりんごは実に美味そうだ。
それにかじりつくべく、大きく口を開けた。
同時に、エリーゼも悲鳴を上げる。

 エリーゼ 「だ、ダメーーーーーー!!」

だが、

  シャリ

りんごはサルにかじられた。
シャリシャリという気味の良い音が静かな森に聞こえる。
サルの口がりんごを頬張り膨れるのがわかった。やはりとても美味かったのだろう。

そんなサルの木の根元でエリーゼは落胆した。

 エリーゼ 「あぁー…」

折角のりんごを、サルに食べられてしまった。
ダインにあげるはずだったのに。

エリーゼの中に、怒りがふつふつと湧き上がってくる。

 エリーゼ 「もう! ならあたしがあんたを食べてやる!」

  ポンッ!

 サル 「ウキッ!」

突然の爆発。
舞い上がった砂煙に顔をかばうサル。
そして再び目を開けたとき、そこには巨大な肌色の柱が立っていた。
自分が今いる木など、比べ物にならない大きさだった。

元の大きさに戻ったエリーゼ。
巨大化の際、足は周辺の木を吹き飛ばし両足の脇にはへし折られた木が山積みになっていた。
エリーゼから見れば鉛筆のような木だ。
足首よりも少し高い程度の木々の森に仁王立ちしていた。

そのまま真下を見下ろす。
脚の間にある一本の木。生い茂る葉に遮られているが、エリーゼの目にはそのサルの姿がはっきりと見えていた。
つりあがった眉。青い相貌の向こうにメラメラと燃える赤い炎。
上半身を倒し、サルのいる木に手を伸ばした。

サルは突然の異変に大慌てで逃げ出した。
頭上からとんでもなく大きな手が迫ってくるのだから。
すぐさま枝を飛び移り別の木へと伝ってその場を離れようとした。

だがエリーゼの手はそんなサルの逃走をものともせず追いついた。
伸ばされる人差し指と親指。
木の幹よりも太い指は木と枝をへし折りながらサルを追跡し、その長い尻尾を爪の間に挟み捕まえた。
こうなってはただのサルに脱出する術は無い。サルがどんなに力を込めたところでこの指はびくともしないのだから。
サルは葉の間から引っ張り出され上空へとさらわれた。

上体を戻したエリーゼはサルを摘んだ指を目の前まで持ってくる。
親指と人差し指の爪の間。尻尾の先を摘まれぶら下げられたサルが確かにそこにいた。
サルは今のエリーゼから見れば体長数mm。米粒にも劣る大きさだった。
指の間に小さな小さな茶色い毛玉が暴れているのを、そんな毛玉よりも遥かに大きな青い瞳がにらみつける。

 エリーゼ 「食べ物の恨みは恐ろしいんだよ! 絵本で言ってたもん!」

エリーゼは顔を上に向けた。
そしてサルを摘んだ指を口の上に持ってきて口を大きく開ける。

 エリーゼ 「あ~ん」

その真上に吊るされたサルから見れば、それは火口が開いたにも等しいものだった。
大きく開いた口の中は差し込む光によって照らされ濡れた表面がキラキラと光っていた。
その表面は鍾乳洞のように艶かしい曲線を描き、また生物的に動いてもいた。
赤い内壁を唾液が滴り落ち、この大穴の中央ではピンク色の巨大な舌が落ちてくるものを待ち受けるように首を擡げている。
あんな舌に舐め取られたらこんな小さなサルなんてひとたまりも無い。
サルはそこに並ぶ白い歯の一本よりも遥かに小さな存在なのだから。

指が離された。
摘まれていた尻尾を開放され、重力に捕らわれたサルはゆっくりと落下を開始した。
どれだけ宙を泳ごうともその火口からは逃れられない。
サルは巨大なエリーゼの口の中に落ちていった。
悲鳴だけが、サルを追いかけるように口内に消えていった。


  シュン!

 エリーゼ 「あっ!」

突然、横から飛び込んできた影が口の中に落下中だったサルをさらい取った。
自分の前へと落ちてゆく影。
エリーゼはそれを受け止めるべく片手を前に差し出していた。
影は、その手のひらの上にスタンと降り立った。
影の正体はダインである。

 エリーゼ 「ダイン!」
 ダイン 「おいおい、そこまですることないだろ」

エリーゼの手のひらの上、サルを抱きながら苦笑するダイン。
エリーゼが巨大化したのを見てただ事じゃないと判断したダインは魔力で肉体を活性化させなんとかエリーゼの身体をよじ登ってきたのだった。

 ダイン 「別にりんごの一個くらい いいじゃないか」
 エリーゼ 「でもあれはダインにあげるつもりだったのに…。それをこいつは!」

ダインの手に抱かれたサルをジロリとにらむエリーゼ。
サルはビクンと身体を震わせた。

 ダイン 「りんごならまだたくさんあるよ。こいつだって腹が減ってたのさ。許してやれ」
 エリーゼ 「うぅ~…」

暫し、唸りながら何かを考えていたエリーゼだが、やがて膝を折ってしゃがみ込むと手のひらを森の木の上に下ろした。
ダインが開放すると、サルは大慌てで木々の枝を飛び移って逃げていった。
その手のひらの上でダインはうんうんと頷いた。

 ダイン 「よかったよかった」
 エリーゼ 「ごめんねダイン…。ダインのためのりんごだったのに…」
 ダイン 「その気持ちだけで嬉しいよ。さぁ、残りのりんごを持って帰ろう。マウに頼めばジュースにしてもらえるぞ」
 エリーゼ 「!? 飲みた~い!」

立ち上がったエリーゼは陸の上にあったりんごの木を掴むと城に向かって走り出した。
 


------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------

-----------

 ~ 魔王クラナ ~


『エリーゼと』 終わり

-----------