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 〜 魔王クラナ 〜


番外 「マウの一日」

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朝。
食事を終えた後の最初の仕事は城の掃除である。
恐ろしく広大な広さがありとても一人ですべてを掃除するのは不可能と思われる。
現にクラナはこれまでまともな掃除をせず、ほとんど魔力による瞬間熱消毒で済ませてきた。
それだけ城中の埃類は焼却できるからだ。だがそれでも部屋ごとに魔力を調節したり火の強さ広さを変えたりで結構な手間と時間が掛かっていたそうだ。
ところがマウは魔力が使えないにもかかわらず城中の掃除をあっという間に終わらせていた。
一度競争を持ちかけたクラナが一つの部屋を焼却清掃する間にマウは3つの部屋を掃除し終えていたほどだった。

もともとマウは家事全般が得意である。
実際は得意というよりそれだけの技量を会得せざるを得なかったのだが。
奴隷時代、広い屋敷を時間以内に掃除できなければ厳しい罰が与えられていた。
そのとき身を守るために手に入れたのがこの力である。
しかし今はもう時間制限も罰も無ければ家事をやる必要すらないにも関わらず率先して取り組みその仕上がりもかつて以上のものだった。
自分の好きな人達のためならば自発的、そしてより丁寧に作業が出来るものである。

そして城中の部屋と廊下をパタパタと掃除して歩くマウ。
通りかかった玉座の間を覗いてみるとそこではダインとクラナとエリーゼが騒いでいた。
大方いつものようにクラナとエリーゼがダインをからかっているのだろう。
マウはくすっと笑うと掃除を再開した。


  *


昼過ぎ。
マウは買出しのために街を訪れていた。

「こんにちは」
「おお、嬢ちゃん! らっしゃい、今日もいいのがそろってるよ!」

パンと手を叩き空を仰ぐ店主の視線の先には普段の大きさのままのマウ。
先日の一件で3人の正体が知れ、以降街にはこの大きさで来ているのだ。
同じ巨人の襲撃を受けたばかりの住民達だったが普段の3人を見ていることもあって正体が知れた後も受け入れてくれている。
3人だけでなくダインの治安活動などがあったのも理由の一つだろう。
それにクラナが今後二度とあのような事件は起きないと言っていた。
だがそれでも住民が受け入れてくれたのは奇跡的に死者が出ていなかったからだろう。
もしもそうであったならここまで寛大な考え方は出来なかったはずだ。

「あ、そうでした。こちら、クラナさんから」

言うとマウは買い物籠の中から金のインゴットを取り出し広場へと置いた。
店主は苦笑しながら言った。

「いやー嬢ちゃんもういいんだぜ? 街はこの通り復興したし、けが人の治療も終わってもう金を使うところがねぇんだよ」

見れば広場には3つのインゴットが並んでいる。
使い切れずあまってしまっている金だ。
家よりも大きな黄金の塊が居並ぶ姿はなかなか異様だった。

「ですがクラナさんはまだお詫びし足りないと…」
「くくく参ったね。こりゃこの街はこのまま黄金で埋め尽くされちまうかね」

今マウは彼女達用に作られた幅広く頑丈な石畳の道路の上に立っていた。
これも先の黄金の財力で作られたものである。
街の主要道路としても作られたそれはざっと幅100mほどだろうか。
マウ達が歩いてもびくともしない道路である。
その道路の上に立っているマウは足元の店主と会話しているのだった。

ふと、マウの視界に入っている無数の小さな民家。その路地裏で一人の少女が男達に絡まれているのを見つけた。

「何やってるんですか!」

マウはずいと身を乗り出すと家々の隙間のその狭い通路を見下ろした。
男達が慌てて空を見上げると、そこには視界を埋め尽くす巨大なマウの姿があった。

「やばい! 大女だ!」
「逃げろ!」

男達は逃げ出した。

「待ちなさい!」

マウは手を伸ばすと指を立て、その指を男達の進行方向の通路に突き立てた。
ズズン! その振動で男達は尻餅を着いた。
見上げる先には巨大な指。
家と家の間の狭い通路の幅をほとんど埋め尽くす大きさだ。
その指は持ち上がると今度は自分達を指先に捉えズイと指して来た。

「嫌がる女の子に乱暴を働いてはいけません! 次は許しませんよ!」
「は、はい…」
「すみませんでした…」

空から自分達に向けられる声と、突きつけられる指。
その迫力に男達は頭を下げることしかできなかった。
通路いっぱいの指先。
そこについている爪の大きさが自分達の身長に等しい。
つまり本気で指を突きつけられたら瞬く間に地面へと押し倒されてしまうのだ。
ガクガクと震えていた。
マウはと言うと通路に膝立ちになり家の間に指を突き入れもう片方の手を腰に当てていた。
「めっ」のポーズである。
男達はマウに頭を下げ、そして少女に頭を下げると一目散に逃げていった。

「ふぅ」

マウは額の汗を拭った。

「いやぁ流石だねぇ嬢ちゃん。嬢ちゃんのお陰で街の治安はどんどんよくなってるよ」
「そ、そんな…。今だってとってもドキドキして怖かったんですよ」
「さっきの連中はもっと怖かったろうさ。わっはっは」

大笑いする店主の前にズズンと座り込んだマウは顔を赤く染めた。

するとそこにやってきた住民がマウに話しかけてきた。

「もし、勇ましいお嬢さん。どうかこの婆の話を聞いて頂けませんか」
「え…?」
「実は、この街の北の街道の傍の山に山賊が住み着き通りかかる人から金品を奪っているのです」
「さ、山賊ですか!?」
「俺も聞いたことあるぜ。最近は大人しくしてたらしいがまた暴れだしたのかい」

店主も顎に手を当てて唸る。

「どうかその山賊を退治していただけませんか?」
「わ、私がですか!? そ、そんな、山賊なんて恐ろしくてとても…」
「なぁに、嬢ちゃんから見たら山賊なんてさっきのチンピラと大してかわらねぇよ。ちょちょいっと捻っちまえ」
「え、で、でも…」
「お願いします、お願いします」
「あ、あぅ…」

地に頭をつけようとする老婆を慌てて止める。
山賊…。どうしようダインさん達に相談しようか。
でもそんな事をしていたらその間にまた誰かが被害に…。

「…わかりました。私、やります!」
「おお、やるか嬢ちゃん!」
「あぁ、ありがとうございます、ありがとうございます」

立ち上がったマウは北の街道を目指し専用道路をズンズンと歩いていった。


  *


山賊アジト。
お頭の部屋。

「ぐふふ、今日もいい稼ぎができたぜ」

金品宝石などは根こそぎ奪い人間はそのまま放り出す。
金さえあればあとは用は無い。
仮に警察隊に連絡されようがこの堅牢なアジトは落とせない。
自信が行動に拍車をかけ、荒稼ぎは儲かった。
と、その部屋に部下が慌てて駆け込んできた。

「た、大変だお頭! ば、馬鹿でかい人間が!」
「はぁ?」

部下の意味不明な発言に窓から顔を出して外を眺めてみる。
すると山の向こうに、その山よりも大きな人間が立っているのが見えた。
顔つきや髪を見ると女だ。女中服のようなものを着ているが。
なんだ俺は眼が悪くなったのか?
目を擦りもう一度見てみても、その光景は変わらなかった。

「な、なんだありゃあ…」
「ど、どうしやす!?」
「と、とにかく全員たたき起こせ! 武器も持たせろ! 戦闘態勢だ!」

怒鳴りつけられた下っ端は大慌てで部屋を出て行った。


マウ。

「この辺りのはずなんだけど…」

山からひょっこりと顔を出し辺りを見渡してみるも、山賊の根城らしきものは見えない。
仕方なし、マウは山を迂回して山々の取り囲む山地へと踏み込んだ。
足元には深い森、周囲には山々。
見通しは悪いがこれも人々の平和のため。
折角自分をたよりにしてくれた人のためにも必ず成功させなければ!
意気込むマウは一歩一歩そっと森の中に足を降ろし進んでいった。
無闇に森を傷つけたくは無かったからだ。
生い茂る葉で根元は見えない。
その緑色の葉の茂みに沈み込むようにして消えてゆく足。

足が地面に着いた。
すると周囲から山賊が出現しマウの足に斬りかかった。
手に剣や槍、斧を手にし、マウの足へと攻撃を仕掛ける。
勇ましく立ち向かう山賊たちだが、内心恐ろしくてたまらなかった。
目の前にある足。黒い靴を履いたそれは家よりも大きいのだ。
この生い茂る葉の下に見えるのは精々足首まで。
木々の合間にズンと踏み降ろされているのは巨人のたった片足だけなのだ。
なんという大きさだ。
山賊たちは怯えながらその黒い靴を斬って突いて叩いた。
ガンガンガンガンと十数の山賊が靴を取り囲み攻撃する。
が、どれだけ力を振り絞り斬り付けても靴は傷一つつかなかった。
実際マウは、自分の足が攻撃されているとは気付かなかった。

「そーっと、そーっと…」

恐る恐る次の一歩を木々の合間に降ろしてもう片足を持ち上げた。

「うわぁぁぁぁあああ」

山賊は持ち上がった足に跳ね飛ばされ森の中を転がった。
正面にいた者は蹴り飛ばされこの森の中をまるで鞠の様に跳ねながら飛んでいった。
しこたま身体を打ち付けてその痛みで動くことが出来ない。
するとこの陽を遮られ暗い森の中が一段と暗くなった。
見れば上からあの化け物の様に巨大な靴が降りてくるところだった。
踏み潰される!
だが横にいた仲間が引っ張り出してくれたお陰で危機一髪脱出することができた。

  ズシィィイイイイイイイイイン!!

足が間近に踏み降ろされた。
その振動で山賊たちは宙に浮いた。
周囲の木々もザワザワと揺れている。
いったいどうなってしまうのか…。
山賊たちは途方にくれた。


「山賊は…よいしょ…どこかな…よいしょっと」

一歩一歩慎重に進むマウは、まさか今自分がすでに目的の山賊に壊滅的打撃を与えているなどと思いもしなかった。
もうそろそろ森も抜けようか、というときだった。

  ドォン!

「きゃっ!」

突然自分の身体で爆発が起き、驚いたマウは尻餅を着いてしまった。
そのせいで木々が何本か粉々になり森の一角にマウのお尻型に盆地ができてしまった。
周囲の山では落石が発生し、その間あの爆発も起きなくなった。
何かと思い辺りを見回してみると、山の中腹に斜面をくりぬくようにして建物が建てられているのを見つけた。
その屋上部や周囲の櫓の上には大砲のようなものが見える。今の爆発はあれが原因か。
パタパタとお尻をはたいて立ち上がったマウはそのアジトへと近づいてゆく。
するとあの砲台たちから次々と砲弾が発射され自分の身体の上で爆発した。
痛くは無いが、やはり怖い。
マウは無数の砲弾に晒されながらその場で立ち尽くしてしまった。

「よぉし効いているぞ! どんどん撃ちこめ!」

お頭は笑いながら指示をした。
弾幕はどんどん激しくなる。
マウの肌にも服にも傷は無いが、段々とすす汚れてきてしまった。
このままではだめだ。自分は彼等をとめなければいけないのだから。
頭を振り、意を決したマウはアジトに向かってズンズンと前進した。
弾幕を身体に浴びながら前進してくる巨人を前にして山賊たちは震え上がり更に弾幕を濃くした。
それでも巨人は悠々と迫ってくる。
弾を払うそぶりすら見せない。化け物だった。
やがてその巨人はアジトの目の前まで来た。
このアジトは山の中腹に建築されているというのに山賊たちは皆巨人に見下ろされていた。
アジトは巨人の腰ほどの高さでしかなかったのだ。
マウはアジトを見下ろしながら降伏勧告をした。

「大砲は効きません。もうやめてください」

だが大砲が火を吹くのをやめることはなかった。
未だに身体中に砲弾が命中しているし、新しい大砲まで準備されていた。

「やめてくださいと言ったんです!」

マウは櫓の上にあった大砲に向かって手を伸ばした。
山賊たちは向かってくる巨大な手に向かって砲弾を放ったが、命中し爆発したにも関わらず手は何事も無かったように迫ってくる。
すでに手は目の前だ。この櫓など簡単に握り潰されてしまう。
山賊たちは慌ててそこから逃げ出した。
マウは山賊たちがいなくなって取り残された大砲を摘み上げた。

「こ、これは没収です! さぁもう諦めてください。あなた達のせいで困ってる人がたくさんいるんですよ」

山賊たちの戦意はほとんど萎えていた。
虎の子の大砲が効かずその大砲をああも簡単に手に取られてしまっては。
山賊たちの動きが止まってゆく。
その中でただ一人、お頭だけが息巻いていた。

「何をしている! 撃て! 撃たんか!」
「あなたですね。一番偉い人は」

なに?
お頭は巨人を見上げた。
すると自分目掛けてあの巨大な手が迫ってきていた。
周辺にいた山賊たちはお頭を置いて逃げ去っていった。

「ま、待てお前達!」

駆け出そうとしたお頭を巨大な指がちょいと摘み上げた。
マウは拾い上げたお頭を顔の前まで持ってきた。

「もうやめて下さい。あなた達のやっている事はとても酷い事です。奪ったものを持ち主の人へ返して罪を償ってください」
「…」

お頭は歯を食いしばり憎憎しく自分の顔を見上げるばかりで答えない。
マウは更に続けた。

「罪を償って、もう一度やり直してください。こんな事をしなくても人は生きていけます」
「…」

お頭は頑なに首を振り続けた。
悲しそうな顔になるマウ。

「…何故そんな頑なに拒むんですか? 山賊なんてして人に嫌われなくてもこれだけの人から信頼されるあなたならもっと他に力を活かせるところが在るはずです…」
「………ガクッ…」

お頭は気を失った。
実はマウの問いかけを拒んでいたのではなく、挟む指がきつすぎて喋れなかっただけなのである。
マウはまだ人を摘みあげるのに慣れていない。
もっとも人というのもダインしかいないが、そのダインすらもまだうまく摘み上げられないのだ。
力の加減が難しく、マウが摘み上げるとときにダインですら苦痛に顔をゆがめてしまうときがある。
魔力で身体を強化できるダインがそうなのに、ただの人間がマウに摘まれたらそれはそれは大変な事になってしまうだろう。
本人としては全く力を込めていないつもりだがその指の力は岩を砕く事ができるほどなのだ。
それほどの圧力に摘まれて実際ケガをしていないお頭は大したものだと言える。
マウは突然気を失ったお頭を手におろおろとしていた。

  *

「もうこんな事はやめてくださいね」

立ってにっこりと笑いながら見下ろすマウの足元で山賊たちは頭を下げた。

「じゃあみなさんを街に連れて行かないと。でも歩いてたら日が暮れちゃうし…」

うーんと考えるマウの足元で何人かは脱出の計画を立てていた。
このまま歩いてくれるのなら好都合。これだけの人数、数人抜けたとしても気付かない。
森の中にでも潜伏できれば見つけられまい。
山賊たちはほくそ笑んだ。
だが…。

「あ、じゃあこうしましょう」

マウは買い物籠を横にした。

「はい。この中に入ってください」
「…」

山賊たちはその横にされた買い物籠を見上げた。
縦横数十mの入口と奥行き。確かにこの人数が楽に入ることが出来る。…が、こんなものに入れられては逃走のしようが無い。
何とか出来ないものか…。
山賊たちはザワザワと騒ぎ出した。
それを見たマウは言う。

「どうしました? もしかして淵が高すぎて入れませんか? なら私が手伝いますよ」

そして伸ばされてきた巨大な手を見て山賊たちは慌てて籠の中へと入っていった。
先ほどお頭はあの指で簡単に落とされてしまったのだ。
歯向かわない方がいい。これは自分達が犯してきた悪行を見かねた神が下した罰なのだ。
山賊たちは逃走を諦めた。

山賊たち全員が籠に入ったのを確認するとそれをそっと縦にして、腕を通しひょいと持ち上げた。
数十人の人間など、人間の大きさのときのリンゴ2・3個よりも軽いのだ。
アジトを後にし街へと向かうマウ。
その心は自分が人の役に立てたことによる充実感と幸福感で満たされていた。
私でも、役に立てる。嬉しかった。
山賊たちの入った籠を揺らし、鼻歌を歌いながら街へと戻っていった。


山賊を連れ帰り、一連の金品強奪事件は解決され、マウはその功績を称えられた。
恥ずかしかったがとても嬉しかった。
買い物を済ませ、城に戻ってその話をしたらクラナもダインも褒めてくれた。
エリーゼは目を輝かせてマウの話を聞いていた。
大切な人に褒めてもらうとまた一段と嬉しかった。


就寝。
風呂から出て談笑を済ませた後マウはベッドの中で今日あったことを思い出し、とても幸せな気分になった。
奴隷時代には感じられなかった感情、幸福。
今は毎日数え切れないほど感じられている。
あの日、ダインに会ってから。
好きは好きだが、マウはそれだけでいいと思っていた。
あの人にはクラナこそがお似合いだから。
そして自分は、あの人と、クラナと、エリーゼがいてみんなで楽しく過ごせるこの時があれば十分なのだ。
みんなが好きだった。

「明日もいいことがたくさんありますように」

ふふ。布団の中で明日への期待に思わず笑みを浮かべながらマウはゆっくりと眠りに落ちていった。

マウの幸せな一日が終わった。



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 〜 魔王クラナ 〜


番外 「マウの一日」 おわり

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