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 〜 魔王クラナ 〜


「祝・一周年記念」

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玉座の間。
そこでは小さなパーティが開かれていた。

 クラナ:「『祝・魔王クラナ一周年』を記念して乾杯」
 エリーゼ:「かんぱーい♪」
 ダイン:「まだたった14話なんだが…」
 マウ:「私まだ2回しか出てません…」
 クラナ:「気にするな。さぁ飲め」
 マウ:「あの私まだ…」
 クラナ:「この世界に未成年者飲酒厳禁などという法は無い。あったとしても、魔王には関係の無い事だ。それともなんだ? 私の酒が飲めないとでも言うのか?」
 マウ:「い、いえ! そういうわけでは…」
 ダイン:「飲む前から出来上がるなよ。まったく」
 クラナ:「くくく、さぁもう一度だ。乾杯」
 エリーゼ:「かんぱーい♪」

クラナとエリーゼがグラスを高々と掲げた。
ダインもため息を吐き、苦笑しながら。マウもおどおどと、しかしダインと視線が合いお互い苦笑しながらグラスを掲げた。
グラスを呷ったダインがふぅと息をつく。

 ダイン:「はぁ…、うまいなこれ」

街中の酒屋の酒を買い占めて来たのでこれがどこのなんという酒かはまるで分からないがとりあえずうまい。
良い酒は身体がぽかぽかしてきてとても気持ちがよくなる。
ああ、露天風呂に入りながらこれを飲めたらなぁ…。
きっととても楽しいものになるだろう。そんな事を考えていたときだった。

 エリーゼ:「きゃはははははは!」
 ダイン:「ブッ!?」

突然エリーゼが笑い出した。
何事かと思って見てみたエリーゼはグラスを片手に顔を真っ赤にして手を振り回していた。

 ダイン:「え、エリーゼ?」
 エリーゼ:「きゃはははは! きゃはははははは!」

グラスから酒がこぼれるのも気にせずに走り出した。
とにかく尋常ではないはっちゃけ具合。
もしかして…。

 ダイン:「…エリーゼって笑い上戸なのか」

酒のせいというのならこの異常も納得できるが、まだ一杯目だろうに…だとしたら滅茶苦茶に酒に弱い。
まぁエリーゼもこどもみたいなもんだし、こんなもんなのかもな。
エリーゼの新しい面を見て、それをつまみにともう一度グラスを呷ったときだった。

 マウ:「うわぁぁぁあん!」
 ダイン:「ブッ!?」

突然マウが泣き出した。
何事かと思って見てみたマウはグラスを両手で抱えまるでそこに溜めるのが目的かの様に涙を流していた。

 ダイン:「ま、マウ?」
 マウ:「うわぁぁあん! うわぁぁぁぁぁああん!」


酒の涙割り。グラスの酒にどんどん涙の塩気が混じってゆく。
いきなりの号泣。
まさか…。

 ダイン:「…マウは泣き上戸か」

これも…酒のせいだとしたらとんでもない速度で酔いが回っている。
自覚は無かったみたいだが、今まで酒を飲んだ事は無かったのだろうか。

2度に渡る噴き出しで量の減ったグラスを持ったままダインは唖然とした。
だが今こうして二人が酒に酔っていられるのも平和な証。悪く無い事だ。

と、ダインが最後の一口を飲もうとした時─

  ドカァァァァァァァァァァン!

 ダイン:「うわっ!!」

真横に巨大なグラスが思い切り振り下ろされダインは吹っ飛んだ。
グラスの中の酒は飛び散り、辺りに酒の臭いが充満する。

 ダイン:「いてて…なんなんだ?」

ぶつけた後頭部をさすりながらグラスの先を見てみるとそこにはクラナ。
無表情で自分の正面の虚空を見つめている。
何か気に入らない事でもあったのだろうか?

 ダイン:「クラナ?」
 クラナ:「…」

ダインの呼びかけに反応しクラナがダインを見下ろした。
その時、ダインはクラナが無表情に見えた理由がわかった。
目が据わっているのである。
半開きの赤い双眸がじっと自分を見下ろしている。
そして一回…

  ヒック

クラナが震えたのを見てダインは悟った。

 ダイン:「で、出来上がってる…」

焦点の合っていない目。赤みの差した頬。
そう、クラナは完全に酔っ払っていた。

 クラナ:「なんだダイン?」
 ダイン:「い、いや…もう酔っ払ってるのかと思って…」
 クラナ:「酔う? 私がこの程度の量で酔うわけがないだろう」
 ダイン:「いやいや、絶対酔っ払ってるって」
 クラナ:「酔ってなどいない。言うことのわからん奴はお仕置きだ」
 ダイン:「へ…?」

言うとクラナはダインの足を摘んで身体を持ち上げた。
突然宙吊りにされたダイン。

 ダイン:「うわ! な、何するんだよ!」
 クラナ:「まだ私が酔っていると思うか? ほれほれ」

ぶらぶらと揺さぶる。
がっくんがっくん揺さぶられながら見るクラナの顔はとても楽しそうだった。

 ダイン:「うぅ…酔ってるじゃないかよ…」
 クラナ:「ふふふ。…ん? どうした? びしょ濡れじゃないか」

宙吊りのまま目の前に持っていかれる。
そのダインの身体からは滴るほどの水気が出ていた。
水気の正体は先ほどクラナが振り下ろしたグラスに入っていた酒。
飛び散る酒を全身に浴びてしまっていたダインであった。

 ダイン:「お前のせいだろ…」
 クラナ:「待ってろ。すぐに吸い取ってやる」

吸い取る?
天地逆様になっているダインは上下逆に見えるクラナの顔を見た。
その顔がだんだん近づいてきて口が軽く開かれてゆく。
まさか…。
と、思っている間にすでにクラナの口は目の前だった。

  はむ

咥えられた。
温かくて柔らかいクラナの唇がダインを包む。
それだけでダインは身動きが取れなくなった。
そしてその唇に、力が込められたのがわかった。
ダインは暴れた。

 ダイン:「ま、待て! んな事したら身体が千切れる! 潰れる!!」

すると唇はすぐに解放した。

 クラナ:「それもそうだな」
 ダイン:「…酔ってもやる事は変わらんなこいつ…。いや悪化してるか…」
 クラナ:「だが…うまい」
 ダイン:「……は?」

いまだ宙吊りにされたままのダインはクラナの漏らした言葉の意味を探るようにその顔を見た。
目は据わり顔が赤くなった酔っ払いは、舌なめずりをしていた。

 ダイン:「…え?」
 クラナ:「お前の服に酒が染み込んでいる。じっくりと味わわせてもらおう」

言うとクラナはもう一度ダインを口元に持っていった。
今度は唇に挟まれず、かわりに開いた口から出てきた舌に舐められた。

 ダイン:「うぉっぷ…!」

ダインにとって布団よりも広いクラナの舌がダインの全身を舐めまわす。
唾液に濡れたそれは糸を引きながら小さな身体にちろちろと絡み付いてはその味を感じ取っていった。

 クラナ:「上等な酒とともにダインを味わうことが出来るとは…。最高だ」

クラナは宙吊りになったダインにキスをすると再びその身体を舐めまわし始めた。
この間、ダインがもっとも辛かったのは生き物の様に纏わり付く巨大な舌でも、ペロペロと舐められるたびに全身の穴から身体に侵入してくる唾液でもなく、臭いだった。

 ダイン:「酒くっさ! 息だけで酔いそう!」

舌に染み込んだ酒。唾液に溶け込んだ酒。気化して吐息に交じる酒。
酒は三つの形態に別れ方々からダインを攻め立てる。
鼻で息をすれば臭いが。口で息をすれば気化した酒が。溺れそうになって飲み込んでしまう唾液は最早酒と変わらなかった。

ダインが一切の抵抗が出来ないまま舌に翻弄されていると、突然脚を摘んでいた指が放された。

 ダイン:「ん?」

解放されたダインはそのままクラナの舌に乗り口の中へと連れて行かれた。
そして─。

  ぱくん

閉じられた。
生暖かく酒臭い洞窟は、一瞬にして暗黒に包まれた。

 クラナ:「ああ…ダインを舌の上に感じる。私の中に…ダインがいるのか」

恍惚の表情を浮かべながらヒックと身体を震わせるクラナ。
ちなみにダインは、クラナが喋ったときに動いた口の中で跳ね回っていた。

 ダイン:「…こいつは強烈だな」

口内に充満する酒を含んだ空気とじゃぶじゃぶと湧き出てくる唾液と言う名の酒。
酒の楽園といえば楽園なのかもしれない。

  ぽい

突然ダインは舌の上から放り投げられた。
そして息ついた先は奥歯の上。
その上に寝転がされると上にあった歯が降りてきた。

  ぎゅむ

ダインは奥歯の間に挟まれた。
小岩ほどの大きさがある歯である。それが上下からもぐもぐとダインを噛む。
噛み潰して食べるつもり? いやそうではない、これは甘噛みだ。
そうでなければ今ダインが生きていられるはずも無い。もっとも、今の状況も死ぬ事が楽と思える苦行ではある。
真っ白で虫歯など無いクラナの歯。あらゆるものを噛み砕く最強の臼だ。
その歯に甘噛みされればそりゃあ苦しいに決まってる。
そしてまた再び突然、ダインは位置を変えられた。再び舌の上に戻されていた。
とりあえずと呼吸を整えていると暗黒の空間に光が差し込んできた。
唇がかすかに開かれたのだ。
その隙間からは外界が見える。
巨大なグラスになみなみ注がれた酒。
…まだ飲むのか。
とか思っているうちに唇がそのグラスの淵に付けられ呷られた。
ダインの居る口内に、酒がまるで洪水の様に流れ込んでくる。
クラナの口の中で、がぼがぼとそのままの意味で酒に溺れるダイン。

 ダイン:「がぼがぼ…! ぷはぁ! …あいつ何がしたいんだ…」

やがて酒の進入は止まった。
口内の積半分ほどが水没ならぬ酒没している。
口は再びぴったりと閉じられ、半ば酒の溜まったこの空間でぷかぷかと立ち泳ぎをするダインが一人。
だがそのダインは突然水中から伸びてきた舌によって水中に引きずり込まれた。
そしてそのまま舌の下に押し込められた。舌は被さるようにダインにのしかかった。
その時─。

  ゴクン

口内の大半を占めていた酒が一気に飲み込まれた。
大量の水が喉を下ってゆく音を聞くことが出来た。
先ほどまでに様に酒に浮いたままだったら間違いなく一緒に飲み込まれていただろう。
つまりは、舌の下にかくまわれていたのだ。
酔っ払っていてもその辺には抜かりが無い。
三度舌の上。酒だか唾だがもうよくわからないくらいびしょびしょになって座る。
口が開き、舌が外へと伸びて、そしてやってきた掌の上に降りた。

 クラナ:「うまかったぞ。礼を言う」
 ダイン:「そりゃよござんした。お前は酒が入ってもあまりかわらんな」
 クラナ:「もっと我を忘れるほどに暴走する方がよかったか?」
 ダイン:「いやそういうわけじゃないけど」
 クラナ:「まぁ確かに我を忘れてお前を思い切り楽しみたいという思いもあるが…」

据わったクラナの目が鈍く光る。

 クラナ:「出来れば酒の無いときにそうしたいな。この思いを酒のせいにしたくはない」
 ダイン:「酔ってても冷静じゃないか」
 クラナ:「飲むことはあっても飲まれることはない。あっちの二人とは違うんだ」

クラナの指差した先ではエリーゼとマウが魔王サイズの一升瓶を抱え込み喇叭飲みしていた。

 エリーゼ:「きゃはは! おいしい〜!」
 マウ:「うぅ…おいしいです…」

上戸そのままに。

 ダイン:「…酷いな」
 クラナ:「ところで、お前は酔わないのか?」
 ダイン:「俺は酒に強いんだ。とは言ってもこうも全身酒まみれだとそのうち酔ってくると思うけど」
 クラナ:「理性を失うほどに酔ってくれれば楽しめたものを」
 ダイン:「その方が良かったか?」
 クラナ:「少しな」

そのときである。

 エリーゼ:「ダイン〜ダイン〜、一緒に飲も〜♪」
 マウ:「ダインさん、お酌しますよ」

完全に出来上がった二人がやってきた。
顔は真っ赤になり足取りさえもおぼつかずふらふらと歩いてきた。
そのエリーゼがすんすんと鼻を鳴らした。

 エリーゼ:「あ、ダインからお酒の匂いがするー」

エリーゼはダインを摘み上げるとぺろぺろと舐め始めた。

 エリーゼ:「おいしい〜」
 ダイン:「エリーゼ、お前も酒くさ」

ぺろぺろぺろぺろ。
器用にも襟首をつままれたダインはエリーゼの舌に舐められるたびにぶらぶらと揺さぶられた。

 マウ:「エリーゼちゃんばかりずるいです。私も…」
 ダイン:「マジでか」

顔を寄せてきたマウの口から舌が現れダインを舐め始める。
エリーゼとマウの巨大な舌の間でもみくちゃにされる。もはや舌のサンドバック状態。
そして二人とも思い切り酒臭い。

 ダイン:「酒って怖いな…」

前をエリーゼの舌に、後ろをマウの舌に位置取られ翻弄される。
やがてエリーゼの指が離された。
二人は舌の間にダインを挟んだままお互いの唇を付け合った。ディープキス風。
繋がった二人の口の中を動き回る舌が天地無用にダインを舐めまわす。
二人の舌にはその気になれば岩を潰せるほどの力があるのだ。
表面はぶよぶよだが逆にそれが包み込むようになって逃がしてくれない。
すると。

  はむ

ダインは上半身をマウに、下半身をエリーゼに咥えられた。
二人の柔らかい唇はその小さな身体をしっかり挟んで離さない。
唇の間でメリメリと軋むダインの身体。

 エリーゼ:「むむむむ、むっむむむむむむ?」(咥えているので喋れない。訳:「あたしは、こっちをもらうね?」)
 マウ:「むーむむむむむっむむ」(訳:「じゃあ私はこっちを」)

二人はそれぞれの部位を咥えたまま顔を離し始めた。

 ダイン:「イタタタタ! 千切れる! 千切れるって!」

それでもひっぱりのを止めない二人。
このままでは身体は腰から真っ二つに別れ上半身はマウの口の中に、下半身はエリーゼの口の中に消えることになる。

  ズビシ

その時。ダインはパッと解放された。
二人が同時に唇を解放し顔を離した。
宙に放り出されたダインを拾ったのはクラナの手だった。

 クラナ:「やれやれ、酒に飲まれおって」

  ズズゥゥゥゥウウウウウウンン!!

エリーゼとマウの身体が床に倒れこんだ。
二人の頭部にはまあるくコブが出来ていた。
つまりはクラナがチョップをかましたのだ。
すー…すー…。
そして倒れたまま寝息を立て始めた。

 ダイン:「助かったよ」
 クラナ:「気にするな」

玉座についたクラナはダインをテーブルの上に降ろした。

 ダイン:「いやぁあの二人は凄いな…」
 クラナ:「エリーゼは元々だが、マウは普段抑えている分の反発が大きいだろう」

ふぅ。一息。

 クラナ:「さて、騒がしい奴等はいなくなった。もう一度、今度は二人だけで乾杯といこう」
 ダイン:「最初からこれを狙ってただろ」

ダインは自分のグラスに酒をつぎ、テーブルに置かれたクラナのグラスにカチャンと当てた。

 ダイン:「今まで世話になったな」
 クラナ:「それはこちらのセリフというものだ。これからもよろしく頼む」

二人は自分のグラスをぐいと呷った。



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 〜 魔王クラナ 〜


「祝・一周年記念」 おわり

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