※小説の書き方を忘れてしまったので練習がてら燕世ものをひとつ
 しかし今日(12月25日)に間に合わせるための突貫工事だったので 内容がペライペライ。
 もっと濃い内容の小説はまたの機会に。
 ではメリークリスマス。
 
 なおクリスマスものでは無い。

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極めて平和だった街に、


  ズシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!


突如、全長250mにもなる超巨大なローファーが踏み下ろされた。
そのローファーが踏み下ろされた衝撃で周辺にあった普通の家々は軒並み崩れ落ちてしまう。
高層ビルですら、そのすさまじい揺れに耐え切れずガラガラと音を立てて瓦礫に変わってしまった。

一瞬にして町の一角が壊滅してしまった。
崩れ落ちた家の瓦礫の間、ひび割れ、アスファルトのめくれ上がった道路を、人々が悲鳴を上げながら逃げてゆく。
そんな阿鼻叫喚の町に仁王立ちする、その破壊のすべての元凶である燕世は両手を空に向かって伸ばし大きく伸びをした。

「ん~っ、久々の出番だ~!」

現在1000倍の大きさの燕世はその身長が1600mにもなる。
そこで腕を大きく上に伸ばし更につま先立ちになって体を伸ばすものだから一瞬だがその高さは2000mを超えた。
ワイシャツの中の割りと大きな胸がググッと突き出される。
そして、

「ふぅ」

体を伸ばすのをやめる。
同時に爪先立ちになっていた状態からかかとを地面に落としたので、


  ズシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!


再び街を大揺れが襲った。

「さって、どっから始めようかしら」

腰に手を当て足元の街をグルリと見渡した燕世だが、特にこれといってめぼしい物は見つからなかったのでとりあえず歩くことにする。
瓦礫となった街に踏み下ろされていた超巨大なローファーがグワッと勢い良く持ち上がり多くの瓦礫を蹴散らしながら前方に向かって飛ぶような速度で移動した。
今の燕世の歩幅は600m近いものになる。それほどの距離をコンマ数秒で移動したローファーは先の二度の衝撃ですでに瓦礫となっていた部分に勢い良く踏み降ろされた。
ズシィィィィィン!! 先ほどのものに比べれば小さな揺れだがそれでも震度計の針を振り切るほどのすさまじい揺れであることに違いはない。
そして今の一歩はただ歩き出すための一歩に過ぎず、地面を大きく揺らして踏み下ろされたローファーは家々だった瓦礫を完全に踏み潰して固定され、もう片方のローファーを持ち上げるための支えとなった。

街の上を歩き始めた燕世。
すでに最初の衝撃で瓦礫となった街の部分から出て、まだ被害の少なかった場所に足を踏み入れていた。
燕世の襲来に気づいた人々が悲鳴を上げ泣き叫びながら次々と建物の中から出てくる。
そんな街の上を平然と歩いている燕世である。
一般的な家など高さ10mにも満たない。それは今の燕世にとっては1cmに満たないということだ。
そんなものが敷き詰められている住宅街は、燕世にとっては地面のコケとなんらかわらないような存在だった。
ローファーで住宅街を踏みつけても、燕世はその感触を感じることもできない。あまりにも脆すぎる家々は、燕世のローファーの靴底が屋根に触れ、その靴底が屋根に接触したという感触をローファーの奥の燕世の足に伝える間も無く崩れ潰されてしまうのである。
燕世にとって家々の感触は霜柱ほどもないのだ。サクサクという感じすらもない。
もちろん燕世は自分が住宅地の上を歩いているのには気づいているが、それを気にするほどの感触は無く、ただ地面の上を歩いているだけのようなものだった。

燕世が歩いたあとには、とてつもなく巨大な足跡が残る。
ローファーの形にくっきりと鮮明な足跡だ。ひとつひとつの足跡が、この閑静な住宅地のどんな施設よりも広大である。
燕世の足のサイズは長さ24cm幅9cm。今は1000倍の全長240m幅90m。そしてそれを内包するのだからローファーは更に巨大だ。
今の燕世の体重は実に数千万tという途方も無い値になる。そんなすさまじい体重が歩行によって更に加重されたところの重量を受け止めたローファーが残した足跡は、そこにあったあらゆるものを圧縮して鋼鉄のように硬く踏み固めてしまっていた。
家や車、ビルの瓦礫など一つも残っていない。
あるのはローファーの靴底の奇妙な模様の形に残った、複雑な迷路だけだ。

「結構うじゃうじゃいるわね。まぁ別に気にしないけど」

燕世は、明らかに逃げ惑う人々がいた部分にも平然と足を踏み下ろして歩いていた。
1000倍もの大きさになった燕世からすれば人々などもはや粒である。アリよりも小さな存在なのだ。いちいち気にするには小さすぎるし数も多すぎる。
そもそも気にするような存在ではない。

燕世がただ歩きまわるだけで街は次々と壊滅していく。
足を踏み下ろすだけで数十の家々や車が周囲の人々ごと踏み潰され足跡へと変えられる。
下敷きになることを免れたとしても、こんなにも巨大でとてつもない重量をのせられた足が勢い良く踏み下ろされれば、その衝撃は周囲に壊滅的な打撃を与える。
近くに立っていたビルなどは揺れに耐え切れず崩れ落ち、辛くも耐えたものだけが傾く程度で済む。普通の家々などは崩れ落ちるどころか衝撃で消し飛んでしまうのだ。
その一歩一歩がすさまじい破壊力を持っていた。

このあたりはあまり大きくない街のようで、高層ビルなど大きな建築物はほとんど見当たらない。
大きくともせいぜい5階建、6階建の建物。それは燕世からすれば1.5cm、1.8cmの大きさである。
普通の2階建て家屋は1cmに満たず、正確には7~8mm程度の大きさだろう。
つまりこの町の建物は、そのローファーの中にある燕世の足の指ほどの高さもない。
燕世の足の親指の高さが2cm程度とすれば今は20mの高さとなり、それはこの町のどんな建物よりも高い位置となる。
親指の爪の上に立った人間は、町のすべてを見下ろせるだろう。すべてが燕世の足元にひれ伏していた。この町の全ては、まさに燕世の足元にも及ばない存在である。そしてそんなすべてを見下ろした人間も、燕世にとっては足元の街と同じく無価値だった。
ただの地面なのだ。

そんな地面の上をテクテクと歩く燕世は歩きながら足元をキョロキョロと見回していた。
なんでもいい、なんか目を引くものはないか。
一歩ごとにこの町の人口を1000人規模で減らしながら歩きまわる燕世。

そして視界に入ってきたのは住宅街の中にある、他よりも少しだけ広い空き地だった。
地面にびっしりと敷き詰められている豆粒サイズの家々の中にあって、そこだけ家が無くポッカリと土地が空いているのだ
空き地の横には他の家々よりは大きな建物。高さは無いが、横に広い。
つまりは学校である。

「ふむ…」

その学校の前で足を止めた燕世は、

  ズズゥン!

グラウンドに足を踏み下ろした。
そこにはまだ突然現れた大巨人である燕世の姿を見上げ呆けていた生徒たちが大勢いたはずだが、すでにそこは燕世の片足分のローファーが占領している。

「あーやっぱりこの大きさだと片足も入らないかー」

と言うのは、今しがた踏み下ろしたローファーがグラウンドの中に収まりきらず、学校の敷地の外にまで飛び出てしまっているからである。
トラックは完全にローファーの下に隠れてしまっている。体育の授業で外に出ていた生徒たちは、ひとりとして燕世のローファーから逃げることはできなかった。

が、外に出ておらず校舎の中にいたからといって安全だったわけではない。
ローファーが踏み下ろされた衝撃で敷地内のすべてのガラスが粉々に吹っ飛んだ。だけでなく、建物自体も激しく揺さぶられ崩れ落ちてしまっている棟もあった。
中にいた生徒や教師たちはその衝撃で教室の壁や床、天井にたたきつけられていた。そこに、同じくふっとばされた机や椅子、粉々になったガラスが襲いかかる。崩れ落ちた瓦礫の下敷きになった者もいた。特に燕世がローファーをおろしたグラウンド側に面していた建物は土台から激しく損傷し建物がほぼまるごと崩れ落ちている。
燕世が足を踏み下ろした際の衝撃に辛くも生き残った生徒たちも、崩れ落ちた校舎の瓦礫の下敷きとなり押しつぶされていった。

燕世は自分のローファーと学校のグラウンドの大きさの差を比べていた。
そしてそのローファーの横に、普通の家よりは大きな建物があるのに気づく。ここが学校のグラウンドなら校舎しかない。

「…」

そんな校舎を見下ろして数秒考えた燕世は、

「えい」

足を横にグリっと動かした。
横にあった学校施設のすべての建物が燕世の巨大なローファーに激突されて瓦礫となり、ローファーの下敷きになってすり潰された。
学校の敷地は一瞬で更地になった。
結局のところ、今この敷地内にいたすべての人間が燕世のローファーの下敷きにされてしまった。

自分のローファーの大きさとグラウンドの大きさを比べるという試みは、ただの思いつきでしか無い。意味は無い。
なら次は何をしようかと考えたところで、ブンブンと頭を振る。

「あーもうめんどくさい! とにかくやっちゃえ!」

考えるよりも動く。面倒を嫌う燕世の行動方針だった。
とりあえず足元を見ればまだ他の学校や町の運動場など大きな空き地がある。
それを見つけた燕世はピョンと飛び上がり、その空き地の一つに片足で降り立った。

  ずっどぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!

凄まじい揺れが一帯を襲う。踏み下ろしたローファーから半径300m以内の建物は一瞬で瓦礫に変わってしまった。

「け~ん」

燕世の明るい声が、今の一歩でほとんど壊滅してしまった町の上に轟く。
と同時に、今 町を壊滅させたばかりのローファーが宙にぶわっと浮き上がり、

「け~ん…」

その声とともに、今度は別の空き地の上に落下した。

  ずっどぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!

再び町を壊滅的なダメージが襲った。まるで隕石でも落下してきたかのような凄まじい衝撃なのだ。
再び落下地点から半径数百m以内の建物が消し飛ぶように崩れ落ち粉々になる。しかしその半径数百mとはあくまで一つの建物も残らず消し飛んだ範囲のこと。燕世の着地の衝撃による破壊は、実際のところ半径十数kmに及んだ。
町中で家やビルが崩れ落ち、水道管が破裂し、地面に亀裂が走った。
着地点から1km圏内には無事でいられる人間などいなかった。数km離れていても立っていられないほどの衝撃である。
衝撃波で車や人が塵のように宙を舞う。

町の住民の大半が、今の2回のジャンプで犠牲になっていた。
しかし燕世の巨体は、三度宙へと舞い上がった。
そして…、

「ぱっ!」

空中で脚を開いた燕世は右足と左足でそれぞれ別の学校を踏み潰しながら勢い良く地面に着地した。

  ずっっっっっどぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!

これまで以上の衝撃が町を襲った。町一つを壊滅させてしまうのに十分すぎる衝撃だった。
その凄まじすぎる衝撃はすでに周囲の別の町にも壊滅的な被害を出し、更には地殻そのものにもダメージを与えていた。
燕世の体重を支えきれず、地面が町ごと沈み始める。土地が歪み始めた。

着地後、走りだした燕世はほんの数秒で数十kmの距離を走りぬけ、そして走り幅跳びのように地面を蹴って跳び上がった。
およそ6kmもの距離を跳んだあと勢い良く着地する燕世。
まだ燕世の衝撃から無事だったその町は、巨大隕石の衝突痕のようなクレーターになって消滅してしまった。
燕世の着地の衝撃が関東中を揺るがす。

更に別の町へと移動した燕世は今度は足元の家々を虱潰しに踏み潰し始める。
住宅街などほとんどがローファーの一歩に収まってしまうので大した労力ではなかった。ときに踏み下ろしたローファーを横にすべらせることで一帯をまるごと更地にすることもできる。
そうでなくとも、その場でピョンピョンと軽く跳びはねるだけでも町を壊滅させることができるのだ。

更に更に移動した次の街もあっという間に壊滅させてしまう。
燕世が「けんけんぱ」を終えて走りだしてからここに至るまで、およそ1分弱。それだけの時間で、今 燕世が立っている場所を中心とした半径数十km圏内は完全に壊滅してしまった。
地面のいたるところから黒煙が立ち上っている。それらはすべて、町があった場所だ。しかし今は瓦礫とも廃墟とも言えぬ破壊され尽くした町並みが広がっていた。
その間、誰ひとりとして燕世から逃げることはできなかった。
1000倍の大きさの燕世はただ歩くだけでも時速4000kmにもなる。旅客機の飛行速度が頑張ってもおよそ時速1000km、戦闘機の速度がおよそ3000kmとすれば、燕世は歩くだけでそれらの航空機を追い抜くことができるのだ。
しかも燕世はこの一連の破壊の間 走り回っていた。となればその速度は時速2万kmを遥かに超える。
誰も燕世から逃げることなどできないのだ。
しかも地表は燕世が走り回るせいで揺れ幅20m近いとんでもない大揺れに見舞われている。逃げまわるどころか、立っているどころか、命を保つことすら難しい。

「ぎゃああああああ!」
「た、助けてくれ……誰か…」
「うわあああ!」

人々はまさに地獄のような世界に文字通り放り出されていた。家々は崩れ落ちて瓦礫となり、人々や車はゴミのように宙に放り出されては地面にたたきつけられる。
自分以外の人間が次々と死んでゆく中で不運にも生き残ってしまった者は、すでに動くことの出来ない体で地面に横たわりながら、自分の頭上に掲げられる空を覆うほどに巨大なローファーの靴裏を見上げていた。

  ズガガガガ!

ゴマ粒のような大きさの、虫の息すらも無い人々をジャリッと踏みにじった燕世は自分の足元に広がる壊滅した町並みを見渡して満足そうに息を吐きだした。

「ん~っスッキリ! やっぱり破壊系はスカッするわね」

取るに足らない家々を踏み潰す感触は枯葉を踏むのに似ている。
一瞬のクシャッという音と感触。気づいたときには終わっている。余韻すら感じられない儚い刺激。
その刺激が多くの家々を踏み潰した感触だと思うと優越感が湧き上がる。彼らの家と車と彼ら自身は、多くを踏み潰してようやく感じ取れる存在だ。たかが十数の家程度では踏み潰した際の刺激が足りず、気づくことができないかもしれない。それが彼ら自身ならば、たとえ何千人を踏み潰してもその感触を感じ取ることはできないだろうものを、彼らの家も一緒に踏むことでようやく感じ取ることができる。
あまりにもちっぽけで貧弱な町をただ歩き回るだけで破壊しつくせるというのは、実に心が躍るものだ。

再び歩き始めた燕世。
たった一歩で600mほども進むことのできる燕世は今しがた自分が破壊しつくした広大な範囲からあっという間に飛び出てまだ被害の出ていないエリアへと侵入できる。
身長1600mにもなる燕世は遠方からでもその姿が見え、人々は遠くの地からでも、燕世が街を踏み荒らしている様を見ることができていた。
恐れおののきながらも遠方の地のことだからとどこか楽観していた彼らだが、燕世はそんな彼らの目の前にあっという間に到達すると彼らの町にズシンと巨大な足跡を踏み残し通り過ぎていった。
燕世がただ通過しただけで町はめちゃくちゃになってしまったが、遠方の町のように完全に破壊しつくされるには至らなかった。
結局のところ燕世はその町を横断しただけであり、燕世にとってその町はただの地面で、わざわざ立ち止まって踏み潰してやるほどの価値はないのだ。
眼中になかった。
恐ろしい被害こそ被ったものの、全滅だけは辛くも避けた町だった。

そんな風に足元の街々をただの地面として踏みしめながら歩く燕世は次の獲物を探していた。

「さぁて、次は何を壊そうかな」

両手を後頭部に当てながらテクテクと歩いていく燕世。
1000倍という大きさは町を破壊するにはいいがそれ以下の大きさのものを相手にするには少し大きすぎる。
超高層ビルと呼ばれる建築物は、100m以上の大きさになってようやくその名で呼ばれるが、100mとは燕世にとって10cmでしかない。
くるぶしよりか少し高い程度の大きさだろうか。この平坦な地面の上ではそこそこ目立つ存在だが、壊して遊ぶとなると物足りない。
何もかもが足元に転がる石ころサイズとなってしまうこの大きさは、おもちゃを見つけるのには苦労する。
それに、そんなちっぽけな超高層ビルですらも、余程大きな町に行かなければ滅多に見つからないときている。
ほとんどの建物が10階建て以下の高さ3cmにも満たないこんな小さな町は、破壊することの爽快感は得られても達成感は無いのだ。

「しょーがない、今日も東京で我慢するかー」

やれやれとかぶりを振った燕世は進路を東京へと向ける。
そこにあった家々を踏み潰し地面に置かれていたローファーをグリッと踏みにじるように動かしてターンする。
なんとか燕世の進行方向に入っていなくてギリギリのラインで安堵していた人々が、自分が急に進路を変更したために断末魔のような悲鳴を上げたことなど気づきもしない。

だがそうやって進路を変えて歩き始めてすぐのところで、燕世は視界に小さな影を捉える。

「お?」

約数歩分先、丁度目線の高さくらいをふよふよと浮かぶものがあった。
比較対象の無い空中では距離感や物体の大きさを瞬時に把握するのは難しい。とはいえ、巨大化に慣れている燕世からすれば、今の自分の目線ほどの高さおよそ1500mを浮遊できる物体は限られてくるのでソレの正体を理解するのは苦ではない。

ぶっちゃけヘリコプターである。
全長およそ13mの白塗りのヘリコプターが、燕世に側面を向けて飛行していた。
しかしそれは燕世にとって1.3cmほどの大きさの物体が浮遊していたということになる。ハエのような大きさだ。仮に目線の高さよりももっと低い位置を飛んでいたらその存在に気づくことはできなかったかもしれない。そのまま直進して、ヘリに激突して墜落させてしまっていたかもしれない。歩く山のような存在の燕世に激突されれば、ヘリなどまさにハエのように叩き落されてしまっただろう。

パッと見で、それが軍用でないことはわかった。
気づけば他にも同じようなヘリがいくつか周囲を飛んでいた。

「もしかしてテレビのヘリコプター? わたし全国放送されちゃってる?」

自分の指の太さほども無いような小さなヘリコプターが周囲をゆっくりと飛びまわる中、燕世はそれらを見回して呟く。

「いやーあははなんか照れるなー。もしかしてお茶の間のテレビを独占しちゃった? あ、でもテレ東はアニメやってそう」

などと言いながら丁度正面を飛んでいたヘリコプターに手を伸ばす。
が、そのヘリコプターは燕世が手を近づけると急旋回して慌てて離れていった。
燕世の指は全長60m直径15mほどもある。手のひらも幅は70mほどはあろう。大型デパートなどをその上に建築できるほどの広さがある。
そんなものが、指をグワッと広げ、うねりを上げながら近づいてきたら逃げるのは当然だ。
ヘリが離れたことで燕世の巨大な手は空を掴んだ。しかしそれも、燕世に追いかける意思がなかったからである。

「あーらら、逃げられた」

ニシシと笑う燕世。言うほどに、悔しそうには見えない。

「あ。今の『報道ヘリのカメラに巨大な手が迫ってくるシーン』は中々迫力があったかも。しまったー、どうせなら録画セットしてから巨大化するべきだった」

思いつきで行動する燕世は先のことをあまり考えない。
巨大化した自分がテレビに映ることなど予想もしていなかった。
ただ、周りを見渡せば報道ヘリはまだ他にも飛んでいる。

「他のヘリも使ってたくさんそういうシーンを作ればあとで特番が組まれたりして。じゃあ後日それを録画する方向でー」

再びヘリに手を伸ばす燕世。巨大な手が再びヘリに襲い掛かり、そのヘリは慌てて退避した。
そのヘリを落すのが目的ではないので燕世もあえて逃げられるようにゆっくりと手を動かす。
ヘリに迫る巨大な手のひらによって視界が占領され、その巨大な指々が閉じて手が握られようとする中をギリギリで離脱するヘリ。という燕世の脳内シナリオを、そのヘリは見事に演じていた。
しかも指と指の間を通って離脱すると言う高等テクニックだ。これは後の特番が期待できる。

「次はこっちのヘリー」

別のヘリにも手を伸ばす。そのヘリも燕世の思惑通りに迫る巨大な手からギリギリで脱出してくれた。
あえて離脱できるようにゆっくりとした動作で追いかけているので、ハタから見た燕世の動きはとても緩慢なものだろう。
だが、追いかけられるヘリの乗員たちにとってはとんでもないことだった。命懸けの取材と大脱出だ。全員が悲鳴をあげ、誰もが「こんな仕事辞めてやる」と心の底から思っていた。

周囲を逃げ回るヘリを追い回す。
そのうちのいくつかは、報道を諦めて逃げてしまった。まぁあまりいじめるつもりは無いので逃げたものまで追いかけたりはしない。
残りの報道ヘリに頑張ってもらえばいい。

「ヘリ視点ばっかりじゃ面白くない? じゃあ今度はこの町を壊すところを撮って貰おうかしら」

燕世はヘリを追いかけるのを一時止め、足元の町を見下ろした。
ヘリを追い回す過程で歩き回ったせいですでに壊滅状態だったが、まだ無事な部分はありそうだ。
そして目を凝らして地面をよーく見れば、その無事な部分に、逃げてゆく集団を見つける。
ニヤリと笑った燕世はその集団を追いかけ片足を持ち上げた。

「ほらほら、踏み潰しちゃうぞー」

集団の上にローファーが翳された。そのローファーの靴底から、それまでに踏み潰してきた家々の瓦礫などが真下にパラパラと降り注ぎ、そこを逃げる人々に襲い掛かる。
燕世は、その片足を上げた状態から少し待った。
ちらりと周囲を見れば、報道ヘリたちが自分の足元へとカメラを向けているであろうことがわかった。
それが狙いである。
撮影の準備が整っていることを確認した燕世は、振り上げていたローファーをゆっくりと踏み下ろした。
ズシン! ローファーが逃げていた人々の集団を周囲の家ごと踏み潰す。
そこから押しのけられた突風と衝撃が周囲の家々を瓦礫にかえて吹き飛ばし、間一髪に踏み潰されることを免れた車や人々を塵のように吹っ飛ばした。
わずかな土煙が巻き上がる。燕世にとってはわずかだが、実際には高さ30mにまで届く猛烈なものだった。

良い絵が撮れただろうか。でももうちょっとやっておこう。
その場で足踏みをはじめた燕世は、あっという間に四方数百mを荒野にしてしまった。瓦礫なども残らぬほどに踏みつくされたそこは土がむき出しになり、いくつもの巨大な足跡だけが残される空き地となった。東京ドーム十数個分の面積である。
町の一角を土に変えた燕世は別の住宅地に踏み下ろしたローファーをグリグリと踏みにじって見せた。まだ大勢の人々が悲鳴を上げながら逃げていたが、燕世の巨大なローファーがゴリゴリと大地を削りながら暴れると住宅街もろとも消されてしまった。
高さ50mとちょっと大きめなビルをつま先でコツンとつついてみると、ビルは一瞬で粉々に砕け散り吹っ飛ばされる。頑強なローファーの中の燕世の足はビルを蹴っ飛ばした感触こそ感じれど、壁などを蹴ったような「足が止まる」感触はなかった。まるで砂細工を蹴飛ばしたかのように柔らかく儚い感触だ。
その後はいかにも「普通」な感じに歩いてみる。ちょっと体を伸ばしながら町の上を歩き回ってみる。
ヘリからは、ごくごく普通の女の子がただただ普通に歩いているだけのシーンが撮れただろう。だがその足元では、未だ多くの人々が逃げ惑う町が次々と踏み潰されているのだ。
あくびをかみ殺しながら散歩をする気だるげな燕世の様と、その足元で起きている大破。
そのギャップをうまいこと撮影してもらいたい。

住宅街の横に踏み下ろしたローファーを横に動かすことで家々を粉砕しながらその瓦礫を集める。
人々がその瓦礫の津波に呑み込まれたところを撮影できるよう、ヘリの位置を計算しながらだ。
そうやっていくつかの住宅地分の瓦礫を集め終えてみると、それは高さ100mを超える山になった。
いったい何百世帯の家がこの瓦礫の山を作るために犠牲になったのか。その瓦礫の山の周囲は、全てを燕世のローファーで削り取られた何も無い土地だけが広がっている。

ピョンと一回だけ飛び跳ねてやった。
それだけで半径500m以上の範囲が消し飛ぶようにして壊滅する。中央には燕世の膨大な体重を受け止めたローファーの巨大な靴跡が一足そろって綺麗に並んでいた。その靴跡を中心に隕石が落下したかのようなクレーターが広がる。
燕世の周囲を飛んでいたヘリからは、燕世の巨体がふわりと浮かび上がってそのままストンと着地したかと思うと、足元の町並みが放射状に消し飛んでゆく様が鮮明に撮影できた。燕世の穿くミニスカートが落下を開始する際ふわっと翻り、その中に見えた白いパンツが、燕世が一人の女の子であることを演出する。
翻ったスカートも、燕世が着地すると何事も無かったように元に戻った。

更にもういくつかの町を踏み均したところで、腰に手を当て周囲を見渡す。

「ふぅ…こんなもんでいいかしらね」

周辺の町は完全に壊滅していた。最早原型の残っている建物の方が少ない。
家という家はほとんど崩れ落ち、壊滅した町のいたるところに、その町のどんな敷地よりも広大な靴跡が残されていた。

「これだけネタも出したんだから特番も組めるでしょ、しっかりやりなさいよ」

燕世は、まだ周囲を飛んでいるヘリを見ながら言った。
だが、ふと思う。

「そう言えば、ヘリはいじめるだけで実際に撃墜するところを見せてないのよねー…」

周囲にはまだパタパタと数機のヘリが飛んでいる。
…ちょっとくらい減らしても大丈夫か。

燕世はたまたま近くを飛んでいたヘリの一機に手を近づけた。
折り曲げた中指を親指で押さえる形の手だ。
丁度ヘリが、中指の前に来るように位置を調節して手を伸ばす。
そして、そのヘリが差し出されてきた手に反応を示す間もなく、

  ペチ

指は放たれた。
つまりはデコピンである。しかもやられても痛いと感じることが難しいほど弱い威力のだ。
しかしそれを機体の真横から直撃させられたヘリは粉々になって吹っ飛んでしまった。
ヘリの破片が、壊滅した町にパラパラと降り注ぐ。

最初、燕世に追い掛け回されたときにそれらを避けていたヘリは燕世のちからを見誤っていた。
燕世がとても手加減してくれていたのだと気づけなかった。
燕世が、別に急いだわけでもなく「す…っ」と伸ばした手も彼らには避けられなかった。

軽いデコピンでヘリを一機撃墜した燕世。
またすぐに、横を飛んでいた別のヘリもペチッと叩き落す。
虫を落とすよりも容易い行動だった。


これまで燕世を撮影しながらも生き残っていたヘリたちは、どこか、自分たちは撃墜されないと思っていたのかもしれない。
もしくは、逃げ切れると思っていたのかもしれない。
それは大きな過ちだった。
自分たちのヘリを落とすことなど、この大巨人がその気になれば簡単にできてしまうことだった。
あまりにも簡単だったから、別に落とす必要は無かったから、落とさなかっただけ。
落とそうと思ってしまえば、すぐに落とせてしまうのだ。

今度こそすべてのヘリが現場からの逃走を図った。
しかしその判断を下すにはあまりにも遅すぎた。先に離脱したほかのヘリのように、燕世の気がそれているうちに離脱してしまうべきだったのに。
ヘリコプターが全速力を出したところで、それは燕世にとってはハエが飛ぶよりも遅い。10秒間、彼らを追いかけるのを待ったとしても、数歩で追いついてしまう。
だから燕世は、ことさらゆっくりとヘリたちを追いかけた。
ゆっくりゆっくり歩いて、そっと後ろから手を伸ばし、キュッと握り潰す。
下からすくい上げるようにして手のひらに乗せたヘリを、手のひらの中で握り潰す。
わざわざ握り潰さなくとも、逃げるヘリの機体を指先でチョンとつついてやるだけで簡単にバランスを崩しコントロール不能になって落ちてゆく。
逃走するヘリを、上からほんの少し指を乗せてやるだけでも、下からクイッと持ち上げてやるだけでも、墜落していってしまった。後尾のローターに指先をチョイと引っ掛けたら、そのヘリはくるくると回転しながら落ちていった。

  ミシッ

そんなヘリの一機を右手の親指と人差し指の間に捕まえる。
慎重に摘んだつもりだが、機体の半分ほどは潰れてしまった。

「うわっ、思ったよりやわっ」

燕世は指先に摘んだヘリを目の前まで持ってきてみる。
目を凝らせば、潰れて狭くなったヘリの中に、ゴマ粒のような大きさの人間が何人か乗っているのがわかった。
やはり報道クルーのようだ。しかし今は状況を実況する余裕などないようで悲鳴を上げてばかりいる。

「まぁ当然よね。今のわたしはあんたたちの乗ってるヘリなんか指先に乗せられるくらい大きいんだし」

その通り。そして今 実際に、そのヘリを乗せられるほどに大きな指と指の間につままれて半壊したヘリの中に囚われているクルーにとって、今はまさに絶体絶命の状況だった。
今までこの大巨人が町を滅茶苦茶に破壊するところを、ありありと見せ付けられてきたのだから。
しかも今はヘリを狙って動いている。
このままでは殺される! 死にたくない!
極限状態に追い込まれているクルーたちは、ただただ悲鳴を上げるばかりで命乞いをすることすら思い浮かばなかった。
そしてそんな彼らの悲鳴も、燕世が指先に込める力加減をうっかり間違えヘリをプチっと潰してしまったせいでピタッと途切れた。

「あ」

思わず呟く燕世。
結局、命乞いをしてもしなくても、彼らの運命は変わらなかったのだ。

「まいっか。どうせ潰すつもりだったんだし」

燕世は指先をすり合わせ、今しがた捻り潰したヘリの残骸をこすり落とした。

「あっ、どうせなら『やだ、ちょーきゃわゆい』とかやっておけばよかった」

すでに残骸すら残っていない指先を見て、ポツリとこぼす。
が、そんな指先をフッと吹いて燕世は歩き出した。

「いいやもう、これ以上小さなヘリ狙うのも面倒だし、さっさと東京いこ」

残りのヘリが全速力で逃亡していく様を一瞥した燕世はプイと視線を切ると東京を目指して歩き出した。


  *
  *
  *


東京へと着いた燕世は早速周囲のビルを蹴り壊し始めた。
東京都心は超高層ビルが乱立し、これまでの小さな町と比べれば足の踏み場が無いほどにゴチャゴチャしている。
しかしだからこそ、壊しがいがある。
足元の超高層ビル群を、その巨大なローファーを履いた足で思い切り蹴飛ばす。するとビル群は一瞬で粉々になって東京の街に降り注ぐ。
また別のビルを思い切り踏み潰す。これまでのに無い大きさのビルは踏み潰した際にサクッという感触がはっきりとあり、それを潰すことに爽快感を覚えた。

「んーやっぱりこのくらい大きいとちゃんと踏んだ感があっていいなー」

高さ200mほどもある超高層ビルをズシンと踏み潰す。周囲を見下ろせるほどに高かった摩天楼は、一瞬で燕世の足跡と言う-10mの深みにまで沈められた。
更に別のビル群を蹴り壊し始める燕世。どんな巨大なビルも、燕世の履く白のハイソックスの高さにも届かない。蹴飛ばされたビルは粉々になるか、原形を保ったまま何百mも吹っ飛ばされる。

  どごおおおおおおおおおおおん!

   ずどおおおおおおおおおおおおん!

どんな解体用ハンマーよりも強力な燕世のローファーは、人々が長い月日をかけて建てたビルをコンマ1秒で瓦礫に変えてしまう。
当然、中には大勢の人がいたであろうが、ビルをも蹴飛ばせるローファーの直撃を受けて、無事で済むはずがない。
そしてそうやってビルを蹴飛ばして回っている燕世の足元の町では、大勢の人々が逃げ惑っていた。
サラリーマンやOL、たまたま遊びに来ていた観光客。目的や事情が全く違うはずのその人々は、みな同じように悲鳴を上げて逃げていく。
蹴り壊したビル群からモクモクと立ち上る黒煙。ところどころで発生する火災が人々の逃げ道を奪う。

「あはは、助かりたかったらしっかりと逃げなさい」

瓦礫となりつつある足元の街を逃げ惑う人々を見下ろして燕世は言った。
そんな人々を無視して、燕世は再びビル群を蹴り壊し始める。無数に乱立するビル群だが、燕世が足を動かすたびに確実に数が減っていく。燕世が通過した後には高さ50m以上の建物は残らず、ただただ黒煙を巻き上げる瓦礫の山だけが広がっていた。

自分から逃げる人々をひょいと跨いで、運悪くそこにいた人々を踏み潰し、次のビルを蹴り飛ばす。

  ゴオオオオオオ!

燕世の巨大な足がビルを蹴飛ばすために振り抜かれると、周囲に凄まじい突風が吹き荒れる。周囲にいた数千の人々や車が上空数百mにまで巻き上げられてしまう。燕世の足の直撃を受けていないビルたちは、その突風を受けてビリビリと震えた。
ビル程度ではない、山ですら蹴り壊せる破壊力がある足だ。今のこの東京に…いや、この日本に、世界に、燕世の蹴りを受けて無傷で済むものは存在しない。
燕世の健康的な脚が振り抜かれるたびに、東京の空がゴゴゴゴゴ…! と重々しく轟いた。

東京は横長の形をしている。最東端から最西端までの水平距離は90km弱、最北端から最南端までの距離は50km弱。極端な話、横90km縦50kmの箱の中にすっぽりと納まるというわけだ。
しかし1000倍の大きさの今の燕世からすればその大きさは横90m幅50mとなんとも手ごろな大きさになってしまう。端から端を、優に見渡せる大きさだ。歩いて横断するのに1分とかからないだろう。走れば10秒少々で通過できてしまう。それが、今の燕世にとっての東京の大きさだった。
そしてそれは東京都全体の大きさ。東京都心に限ってしまえば範囲は更に狭くなる。すべてを踏み潰すのに、大した苦の無い大きさだ。
ボッ! またひとつ、ビル群をまとめて蹴り飛ばした。

「ん~気持ちー!」

日本の首都。日本でもっとも発展している町を好き放題に滅茶苦茶にする。
圧倒的な征服感と優越感に、燕世はゾクゾクとするほどの快感を感じていた。


  *


作戦司令室。
その壁の大型モニターには、燕世が東京の街を蹂躙している様が映し出されていた。
それを見つめる十数人のうちのひとり、スーツを着込む、頭のハゲた大柄の男がプルプルと震わせながら握り締めていた拳をテーブルにドンとたたきつけた。

「忌々しい小娘め! 性懲りも無く町を破壊しおって!」
「対策はどうなっているのだ?」

眼鏡をかけた別の男が周囲に問い、また別の男が答える。

「すでに基地からは戦闘機を飛ばしている。米軍への協力も要請した。しかし……」
「……効果は薄い、と言いたいのですね」

言いよどんだその男の言葉を赤いスーツに身を包んだ女が継いだ。

「我々は、これまでに何度も奴に対し抵抗してきました。しかしいずれも、失敗に終わっています」
「詰めが甘いのだ! 世間や他の国の目など気にしてないで、もっと強力な兵器を使えばいい!」
「それでかつてどうなった? 奴自身には効果なく、大勢の人々を犠牲にした」
「それが甘いというのだ貴様らは! 今更少数の犠牲など気にする必要は無い! 見ろ! こうしている間にも奴は大勢の人間を殺しているんだぞ!」

大男が指したモニターの中では、確かに燕世が足元のビル群を蹴飛ばして踏みにじっている様子が映っている。
その行為に、人間が巻き込まれていないわけがない。
それを見て、その場にいた人間のほとんどが黙ってしまった。

「……奴は巨大化する力を持っていて、その力で巨大になっているらしい。なら、巨大化していないときに攻撃しては…?」
「…残念だが、それも難しい。すでにいくつかの組織が行動しているが、奴と、奴の仲間に阻まれ、成功したためしは無い」
「ちぃ! 腰抜けどもめ!」

大男は唾とともに言葉を吐き捨てた。

「とにかくだ! 奴をこれ以上好きにさせたら日本は終わりだ! ありったけの兵力をもって倒すしかない! オペレーター! 出撃した軍はどうなっている!」
「ほ、本隊から先行したA隊が間もなく東京上空に到達します!」
「見た目が小娘だからと躊躇するなと伝えろ! 全武装を叩き込め!」


  *


「~♪」

ご機嫌な燕世は鼻歌を歌いながらビル郡を蹴り壊していた。

が、ふと、自分に向かって近づいてくる存在を感じ取る。

振り返ってみれば、燕世の手も届かないような上空、遠方の空に、小さな小さな物体が幾つも飛んでくるのが燕世の目には見えた。
それが編隊を組んだ戦闘機の大隊であることは容易に想像できた。

「あ~あ、無駄だってわかってるくせに」

やれやれ、といった感じで、燕世は足元のビルひとつをコツンと蹴飛ばした。
もちろんビルは粉々である。

「ま、そんなに遊んで欲しいなら付き合ってあげるけどさ」

言うと燕世は、右足のローファーからかかとをするりと引き抜いた。
ローファーを、つま先だけで履いている。
そして、その右足を後ろにふりかぶり…、

「あーした天気に……なーあー…れっ!」

思い切り前に振り抜いた。
燕世の右足から、脱ぎかけだったローファーが勢い良く振り飛ばされる。

  ブォンッ!!

時速数万kmの速度で飛び出したローファーはそのまま戦闘機の大隊に直撃。
戦闘機は全滅した。

「……あら?」

ローファーを振り飛ばした体勢のまま固まる燕世。

「あらー、まずはちょっとからかってやろうと思っただけなのに当たっちゃったし…」

流石の燕世も、そうやって振り飛ばしたローファーが命中するとは思っていなかった。
ちょっと、飛んでくる連中を脅かしてやろうと思っただけなのだが、まさかそれが見事命中し、そしてその編隊の戦闘機を一機残らず叩き落してしまうとは。

これには燕世も思わず苦笑い。


  *


「…」

作戦室では、たった今起きた出来事を前に、皆が口を開いて呆然としていた。
およそ10秒にもなる沈黙ののち、ソロソロと口を開いたのはオペレーターだった。

「A、A隊……ぜ、全滅……しました……」

しかし声を返すものはいない。
息巻いていたあの大柄の男ですら、目を見開いて画面を見つめていた。

燕世が放ったローファーはおよそ30の戦闘機から編成されていた大隊を一瞬で壊滅させてしまった。
あの燕世の全長240mにもなる足を内包するほどに巨大なローファーだ。町の一区画を丸ごと踏みしめることができる。
そんな巨大なものが音速の数十倍もの速度で、しかも複雑にキリモミ回転しながら飛び込んできては避け様がない。燕世がローファーを振りぬいたかと思いきや、それはすでに視界を埋め尽くすほどに接近していたのだ。
計器が物体の接近を警告する間も、パイロットが悲鳴を上げる間も無かった。
まさに一蹴である。
凄まじい速度で突っ込んできた全長240mを超えるローファーは全長20mほどの戦闘機たちを瞬く間に跳ね飛ばして通過していった。
自身の20倍以上の大きさの、とてつもなく巨大でビルさえ潰してしまえるような質量の物体が、音よりもはるかに速く飛んできたのだから、そんなものにぶつかられては彼らの戦闘機などひとたまりも無い。
ローファーに直撃された20機ほどは一瞬で砕け散っていた。その砕け散った破片すらも一緒に跳ね飛ばされてはるか彼方に飛んで行ってしまった。
残りの10機弱は直撃こそ免れたが、あんなにも巨大なものが複雑に回転しながら超音速で通過して行ったら凄まじい衝撃波が発生する。
その戦闘機たちは、巨大ローファーが通過した際の突風でコントロールを失い墜落するのではなく、ローファーが横を通過した際の衝撃波によって粉々にされていた。

大隊を全滅させたローファーはまるで勢いを落とすことなく、上空にあった大きな雲に突っ込みそこにボフッと大穴を開けて、空の彼方に消えていった。



「………………お……おおぉぉぉのぉぉれぇぇええええ化け物め!!」

ドン! ひときわ強く拳を叩きつける大男。
それによって、固まっていた男たちが動き出す。

「全軍に攻撃指示を出せ! 空軍の本隊はどうした!! まだ到着しないのか!!」
「え…!? あ…、す、すでに敵を取り囲んでいる模様! 攻撃が開始されています!」
「他の基地の出撃可能なすべての戦闘機を出撃させなさい。国連にも救援要請を」
「地上部隊には民間人の避難を優先させよう。空軍が時間を稼いでいる間に一人でも多く救出するんだ」
「米軍への支援要請はどうなっているか! すでに戦闘が始まっているんだぞ!」

作戦司令室が慌しく動き始めた。


  *


戦闘機の一団をローファーで全滅させたあと、苦笑しながら頭をかいていた燕世は、四方から無数の戦闘機がやってくるのに気づいた。

「うじゃうじゃ集まってきて…。こんだけボコボコにされてまだわかんないわけ?」

周囲を飛び交う戦闘機たちをグルリと見渡して言う燕世。
そしてその燕世の言葉に対する返答は無数のミサイルで以って行われた。
いくつものミサイルが東京の街に佇む巨大な燕世の体に命中する。燕世はそれらを払うそぶりも見せない。

「ホントあんたたちってバカよね~。だったらあんたたちなんか虫以下だって事、わたしがたっぷり教えてあげるわ」

ニヤリと笑った燕世は左足に履いていたローファーを足を振って脱ぎ捨てた。
ローファーは数百mを飛行したのち、そこに落下しゴロンゴロンと転がって家々を押し潰したあと横倒しになって止まる。

両方のローファーを脱ぎ捨てた燕世は白いソックスで東京の街を踏みしめていたが、不意にソックスがフッ…と消え去った。
燕世は素足で街の上に立っていた。

「うん、やっぱり裸足の方が感触が気持ちいいわね。それに、走るなら裸足の方が得意だし!」

  ズズン!!

素足となった足で家々を踏み潰し大きく一歩を踏み出した燕世は前方を飛んでいた戦闘機数機を片手で叩き落とした。
地面を蹴って飛び出した燕世の瞬間的な速度は、先ほどのローファーと同じように時速数万kmになる。
つまり超・超音速だ。歩いている燕世からも逃げられない速度しか出せない戦闘機たちに、走る燕世の手から逃げることはできない。

燕世は地面を蹴って飛び出して、ほんの数歩の距離を進んで、右手で、そこを飛んでいた戦闘機5機を叩き落とした。
が、そこで落とされたのはその5機だけではない。燕世が狙った5機以外に、飛び出した燕世の巨体に激突されて砕け散った戦闘機が8機。山ほどに巨大な燕世が恐ろしい速度で動いたために起きたすさまじい乱気流に巻き込まれ空中で爆散した戦闘機が36機。ついでに燕世の足元で救助活動をしていた陸軍の戦車13輌と、民間人数千人が燕世の素足で踏み潰された。
たったひとつの行動で、大量の兵器を殲滅して見せた。


燕世の攻撃を受け大きく編隊が乱れた戦闘機たちであったが即座に体勢を立て直し燕世に向かってミサイルを発射する。
豆粒よりも小さな戦闘機から砂粒のように小さいミサイルが、煙の尾を引きながら燕世目掛けて無数に迫る。

痛くもかゆくも無い。制服やスカートに当たっても焦げたりほつれたりする心配も無い。命中したところで鬱陶しい以上の効果を与えられないミサイルなど避けるにも値しない。
が、燕世はあえてそのミサイルたちを避けた。

 ひょい

燕世が横に割けるとミサイルはコンマ遅れてそれを追いかける。
再び迫ってきたミサイルを、またひょいと避ける。
するとミサイルたちはまた向きを変えて追いかける。

しかしミサイルは燕世に追いつけない。
ミサイルの飛行速度をマッハ3と仮定した場合その時速はおよそ3700kmとなる。これは燕世の歩行速度にも追いつけない値だった。
今の燕世はただ歩くだけで時速4000km。今みたいに軽く身を翻せばその瞬間は時速5000km、6000kmを超えて動いていることになる。
ちょっと走ればミサイルの何倍もの速度で動くことができるのだ。

「ほらほら、鬼さんこちら~ってね」

後ろ向きに歩く燕世の前には無数のミサイルが迫ってきていた。
しかしそれらはいつまでも燕世に追いつくことができず、やがて燃料が切れてひとつふたつと落下していった。

「えー? もう終わりなの? くくく、しょうがないなー」

燕世は歩くのをやめ立ち止まった。
佇む燕世の体に追いかけていた無数のミサイルが命中する。
パチパチパチパチ! 小さな小さな無数の火花が燕世の体のいたるところで炸裂した。
それもすぐ止んでしまう。
全身にミサイルを受けた燕世は、体中から立ち上る煙と、制服についたススをパタパタと払い落とした。

「全然痛くないし。せいぜい服が汚れるくらいかしら」

周囲を飛び交う戦闘機を見回して、燕世はせせら笑った。
すると燕世の体に降り注ぐミサイルの数が更に多くなった。
服に、スカートに、手に、脚に、髪に、顔に、あらゆるところにミサイルが雨の如く降り注ぐ。
今度はそれを避けようともしない燕世。
だが体をモジモジと動かした。

「あははは! くすぐったいってば。もうちょっと強い攻撃してよ」

燕世は目に涙をためながら笑っていた。
あんがいくすぐりに弱かったりする。

すでにわかっていたことだが、これほどに大量のミサイルを受けて傷つくどころかダメージすらないことに、戦闘機のパイロットたちは戦慄した。
これほどのミサイルを命中させられたなら、どんな頑強な建築物でも瓦礫に変えてしまうことができるだろうに。
兵器であるミサイルを使っても、巨大とは言え、女の子の肌に傷一つつけられないという事実は、彼らの戦意を大きく揺るがした。
自分たちの非力さを、これ以上なくわかりやすく理解させられた。

「じゃあ今度はまたこっちの番ね」

燕世が不敵に笑ったのを見て、接近していた戦闘機たちは慌てて退避行動に移る。
が、そんな戦闘機たちの前に巨大な手のひらが現れ進路をふさいだ。指の長さまで含めれば、東京ドームのグラウンドよりも大きな手のひらである。
マッハ2・5という音速の倍以上もの速度で飛行する戦闘機なのだから、突然目の前に壁が現れても避けられるはずも無い。
戦闘機たちは燕世の手のひらに激突して砕け散った。

右手を振ってそこを飛んでいた戦闘機数機をペチッと叩き落とす。
超音速で振りぬかれる巨大な手に衝突された戦闘機は粉々になってしまい町に落下しても無害なほどに細かくなっていた。

「それ」

逃げる戦闘機を真後ろから手を伸ばして握り潰す。
敵戦闘機やミサイルよりもずっと速い速度で迫る燕世の手から逃げることはできない。
戦闘機の背後から巨大な手のひらがせまり、一つ一つがビルのように巨大な指がグワッと開かれ、その前を飛ぶ戦闘機を覆いかぶさるように包み込む。
一瞬の出来事ではあるが、その戦闘機のパイロットは自分の周囲がその巨大な手のひらや指によって暗くなったのを感知した。背後から巨大な手のひらに追いつかれたのだと理解した。
超音速で飛行する自分の戦闘機に容易く追いついたそれは、自分の乗る戦闘機にかぶさるように迫ってきた。巨大な指たちが折り曲げられ、それらの中央にいる自分の戦闘機を包み込んでくる。
そしてそれら巨大な指がギュッと握られたとき、自分と自分の乗る戦闘機はクシャッと握り潰された。

彼と同じような最後を迎えたパイロットは大勢いた。
燕世からすれば彼らは歩行速度よりも遅く飛ぶ虫だ。
ハエよりもとろい。
そして虫と違って、彼らは鋭角的に曲がることができない。急旋回といっても大きな円を描いてぐるりと回らなければならない。
その緩慢で予測しやすい動きは、実に捉えやすかった。
3機編成で飛んでいた戦闘機をまとめて握り潰す。手のひらを開いてみれば、そこには確かに三つ分のゴミがついていた。
別に握り潰さなくても叩き落とすだけで戦闘機は撃墜できる。別に叩き落さなくても触るだけで戦闘機は撃墜できる。
彼らにとって戦闘機とは非常にデリケートな乗り物だ。しかもマッハという超極限の状態はほんの少しの接触が命取りとなる。
指先でチョンと触れるだけで、戦闘機は粉々になって町に降り注いだ。

「えい!」

ゴオオオオ! そうやって燕世が腕を振り回すだけでも周辺の戦闘機にとっては脅威となる。
先に証明されていることだが、燕世がただ歩き回るだけでも凄まじい乱気流が発生して彼らに襲い掛かるのだ。
燕世が一歩進めば、その一歩進んだ分、燕世の巨体によって凄まじい量の空気が押しのけられ周囲の空に暴風を巻き起こす。
同時に、それまで燕世の体があった部分に大量の空気が流れ込み、周囲の空気を複雑に掻き混ぜる。
これが乱気流の正体だった。
燕世はただ動き回るだけで、自然災害のような突風を巻き起こせるのだ。

次の一歩は力強く地面を踏みしめていた。
ズシン! 燕世の大きな左足がそこにあったビルなどを踏み潰し地面に沈み込んでいる。
その左足を軸足に、燕世は大きく体をひねって、持ち上げた右足を思い切り振り抜いた。

「てやぁ! 回し蹴りぃ!」

ミニスカートから伸びる長さ700mほどもある燕世の超巨大な生脚が、前方を飛んでいた戦闘機の一団をなぎ払う。

  ブォォォオオオン!!

直撃を受けた戦闘機たちはひとたまりもなくその素足の表面でペチペチと砕け散った。
だけにとどまらず、巨大な脚が凄まじい勢いで振り抜かれたことでとんでもない規模の乱気流が発生し、周囲を飛んでいたほかの戦闘機たちも大勢巻き込んだ。
これまでの ビルを蹴飛ばしたときやローファーを振り飛ばしたときとは違い、今回は脚を横向きに振り抜いた。結果、脚を振り抜いた位置を境に空側と地面側で風が逆向きに渦を巻き、同時に体をひねり 回転しながら蹴りを放ったので、燕世自身を中心とした巨大な竜巻にも似た複雑な乱気流が巻き起こる。
そのせいで燕世の周囲を飛んでいたすべての戦闘機がその乱気流に巻かれ中心にいる燕世に引き寄せられるとその場に渦巻く更に強力な突風の中で爆発し砕け散った。
つまりは燕世が蹴りを放ったせいで燕世を中心とした半径およそ3km圏内を飛んでいた戦闘機は乱気流に巻き込まれて墜落したと言うことだ。
ついでに、地表からも無数の人々や車が悲鳴を上げながら巻き上げられたが、燕世はそれには気づかなかった。

それまで鬱陶しいほどに飛び交っていた戦闘機たちが一気に少なくなる。
残ったのは、その乱気流の圏内にいなかった、燕世から離れた位置を飛行していた戦闘機だけだった。

燕世が放った蹴りの凄まじい威力に、空がゴゴゴゴ…と鳴動する。

「あーらら、随分と少なくなっちゃったわね」

腰に手を当てた燕世は、上空を飛ぶ戦闘機たちを見上げた。
みな燕世の手の届かない高さまで移動したのだ。
そこからミサイルを雨のように撃ってくる。

「ふーん、もしかしてその高さなら安全だと思ってる?」

ニヤーリと笑った燕世は足元にあった住宅地に手を突っ込み家々を鷲づかみにした。
手が持ち上げられていく途中、指の間からは家や人がポロポロと零れ落ちていた。

そうやって住宅街の一区画分の家々を丸ごと手に持った燕世はそれを振りかぶり、

「ていっ!!」

上空を飛ぶ戦闘機たちに向かって投げつけた。
ぶわっ! まるで細かい石つぶての散弾ように散らばるそのつぶての一つ一つは本物の家だ。中に住民が残っているものもあった。
住宅街を丸ごと投げつけられて、それに当たってしまった戦闘機は次々と砕け散る。家がぶつかってくるなど予想もしていなかった。しかもそれが時速数万キロの速度でぶつかってくるのだ。
燕世が家々を戦闘機の集団に投げつけるとそこかしこで小さく炎が爆ぜ戦闘機に命中したことがわかった。

「あまり落とせないわね。ていうか腕が痛くなりそう」

全ての戦闘機を落とすためにいちいち家を拾って投げていたら疲れそうだ。
的である戦闘機も投げる家も小さすぎて当てるのも難しい。
面倒はキライだった。
どうしよう。

「ふむ………………………………あ、いいこと思いついた♪」

燕世は攻撃する意思を解いた。


上空を飛んでいた戦闘機たちは東京の街の上に立ち尽くす巨人からの攻撃が止んだことに気づいた。
見下ろしてみれば、腰に手を当て、こちらをニヤニヤと笑いながら見上げている。
気味が悪い…。
しかし上空へ攻撃する手段が無いのならこちらから一方的に攻撃できると言うことだ。
たしかに巨人に対して自分たちの所持する兵器はほとんど無力だが、奴とて人間だ。非力なミサイルでも、目などの急所に当てられれば効果があるかも知れない。
戦闘機たちは巨人の射程範囲に入らないよう、巨人の反撃にすぐ対応できるよう、高高度からミサイルを撃った。

生き残っている戦闘機たちからミサイルが発射された。
それらは真下の東京の街に立つ燕世に向かって急降下していく。
しかし、それが命中するかというところでミサイルは突如向きを変えてしまった。

「な、何!?」

驚愕するパイロットたち。
そして向きを変えたミサイルは今しがた急降下した距離を逆に急上昇し、そのまま味方の戦闘機に突っ込んだ。
ドン! 戦闘機が撃墜される。
自分たちが放ったミサイルが、次々と味方に命中した。

「な、何がどうなってる!?」

パイロットたちは味方のミサイルから逃げ回る羽目になった。



「ニッシッシ、ほらほら、もっと速く飛ばないと味方のミサイルで落とされるわよ」

燕世はニヤニヤ笑いながら味方のミサイルから逃げ惑う戦闘機たちを見上げていた。
彼らが発射するミサイルはひとつも燕世のもとには届かず、彼らの味方に直撃する。
ミサイルの飛行速度は戦闘機のそれを上回る。ミサイルから逃げることは難しい。しかもそれは今 燕世がコントロールしているのだから。

同士討ちによって次々と数が減っていく。
あわててパイロットは攻撃を中止した。
敵に命中するどころか味方を撃墜してしまっては、まるで意味が無い。
攻撃をやめ、ただ上空を旋回する戦闘機たち。

「さぁ、どうするのかなー?」

そんな戦闘機たちを見上げて笑う燕世。


戦闘機乗りたちは窮地に立たされていた。
そもそも攻撃するための手段であるミサイルが敵に効かないばかりか味方を撃墜してしまう。こんなバカな話は無い。
攻撃する手段が封じられてしまったら、これ以上、この危険な空域にとどまる意味が無かった。

「ぐ……クソッ! コントロール! これ以上の戦闘の継続は不可能! 航空部隊は離脱する!」

戦闘機たちは燕世に背を向け、空域から撤退を開始した。

が、

「あらー? 逃げていいなんて言ってないけど?」

燕世が逃げる戦闘機たちを見上げながらクスクスと笑うと、遠ざかっていっていた戦闘機たちが急遽旋回して戻ってきた。

「な、なんだ!?」
「コントロールが効かない…!!」

機体が操縦を受け付けない。
パイロットたちはパニックに陥った。
操縦桿を折れるほど動かしても、計器を手が痛くなるほどに叩いても、機体は言うことを聞かなかった。

戦闘機たちは、あっという間に燕世の上空に戻らされてしまった。
上空5000mくらいのところをグルグルと旋回させられている。


とは言え、この高度なら奴も簡単には手を出せないのでは…?
奴のコントロール下にあるとはいえ、まだ機体の装備は生きている。

……違う、そうじゃない。
奴は俺たちの機体を自由に操れるはずのに、何故こんな手も届かないような高度にとどまらせるのか。
わざわざ、連れ戻したのは何故だ…。
パイロットは疑問だった。

そんなパイロットの疑問に答えるように言う燕世。

「ん? 別に大したことじゃないわよ。ただあんたたちが、その高さにいれば安全だと思ってるみたいだからちょっといい事教えてあげようと思って」

軽く膝を曲げた燕世は、

「よっと」

トン と地面を蹴って飛び上がった。
そのまま上空5000mを旋回する戦闘機たちのところまで行く。

「!?」

パイロットたちは驚愕した。
地上にいた巨人が地面を蹴って飛び跳ねたかと思うと、そのまま自分たちのいる高さまでやってきたからだ。

グルグルと旋回する戦闘機たちの輪の中心にふわりとやってくる。

「くくく、その感じだとやっぱりわたしが飛べないって思ってたわね。飛べないなんて一言も言ってないでしょ?」

5000mの高さを旋回する戦闘機たちを見下ろしてクスクスと笑う燕世。
パイロットたちは更に驚愕した。
もとより巨大化やミサイルや戦闘機のコントロールなどありえないことをやって見せている巨人だが、まさか空まで飛ぼうとは…。
これでは、我々がこの巨人に対して何一つアドバンテージを持っていないということではないか。

上空を飛んでいれば大丈夫。
それは、この巨人が戦闘機を自在に操作できることと、巨人自身が空を飛べるということで完全に無意味となった。
攻撃は無意味。地上を逃げることも出来ない。空を逃げることも出来ない。
それはつまり、人類は絶対にこの巨人から逃げられないということか…。

パイロットたちは、自分たちが何一つ抵抗できないことを悟り戦意が萎えた。

「じゃあ飛行機を動かせるようにしてあげる。せいぜい頑張って逃げなさい」


ニッコリと、燕世が笑った。



同時に、戦闘機が操縦できるようになる。


  ……。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」


パイロットたちは悲鳴を上げながら桿を握った。
無数にいた戦闘機も、今や残っているのは20機あまり。そのすべてが、燕世から逃げるべく蜘蛛の子を散らしたように動き出した。
滅茶苦茶な起動を描くもの。一直線に突き進むもの。とにかくすべての戦闘機が燕世から離れていく。

しばしそんな戦闘機たちの様を見ながら笑っていた燕世だが、

「んじゃ、そろそろ追いかけるとしますか」

ふわり。宙に浮く1600m巨体が動き出した。


戦闘機はマッハ3を超えていた。機体の限界以上の速度だ。パイロットの心身にさえ凄まじい負担がかかる。
しかしパイロットは、そんな機体や自分の体など気遣っている余裕はなかった。
逃げたい。とにかく遠くに逃げたい。
その一心で戦闘機を飛ばしていた。

そんな彼は、突如周囲が暗くなったのに気づく。
太陽が雲に隠れたのか。
…いや、違う。

「まずはあんたね」

彼が真実を直感すると同時に凄まじい大きさの声が彼の機体を揺さぶった。
風貌の外を見上げてみれば、頭上にはあの巨人の上半身があった。つまりは一緒に飛行して、自分の機体を追い越しかけているのだろう。
特殊強化ガラスの向こうでは、太陽を背負い後光の差す巨大な顔が不敵に笑っていた。
そんな顔も、この機体の上部から迫ってきた巨大な手によって隠されて見えなくなる。
周囲が更に暗くなった。
5本の巨大な指が、機体の周囲に降りてきた。
それが、ゆっくりと閉じられて来る。

「う、うわあああああああああああああああああああああああa」

彼の絶叫は、その巨大な手が握られると同時に途切れた。
しかしその絶叫は無線を通して仲間たちにも伝わっていた。
壮絶な絶望を乗せた断末魔。すでに恐慌状態に近い彼らに、仲間の絶叫はとどめをさした。
全員が狂ったように速度を上げたのだ。
少しでも遠くに逃げ出したい一心で。
そうやって無茶をした結果、エンジンに異常をきたし墜落していく戦闘機が続出する。
次々と落ちていく。

「ちょっと、何 勝手に落ちてるのよー」

別の機体を握り潰していた燕世は戦闘機たちのザマに文句を言った。
ここまでお膳立てしておいて、勝手に落ちられては仕込み損である。

「あーもういいわ。落ちる前にみんな潰してあげる」

ヒュン と加速した燕世はそこにいた戦闘機たちを数機まとめて片手で払いのけた。
別の戦闘機たちも、その 宙に浮いた不安定な体勢から繰り出した蹴りで一気になぎ払う。
超音速で逃げる戦闘機たちを、背後から虱潰しに落としていく燕世。

集団を後続から落としていくと、残るのは先頭を飛行していた3機だけとなった。
燕世は、そんな3機の戦闘機の進行方向に、ヒュンと飛んで先回りした。
3機の前に、燕世の巨大な体が立ちふさがる。
しかしエンジンの限界を超えて戦闘機を飛行させていたパイロットたちには、眼前に割り込んできた燕世を避けるほどの余裕はなかった。

 ペシッ ペシッ ペシッ

3機の戦闘機は、燕世の ワイシャツと制服に包まれる 大きく膨らんだ胸元に激突して砕け散った。
彼らが激突したところからはうっすらと黒い煙が立ち上る。

「はいお疲れ様。女の子の胸に激突して砕け散る最期はどうだったかしら?」

くくく、と笑いながら、燕世は今しがた3機がぶつかった部分をパタパタとはたいた。
ワイシャツにくっついていた彼らの戦闘機の残骸はあっという間に払い落とされてワイシャツはキレイになった。まだ多少くすんでいるが、この程度なら気にならない。



東京の街に戻ってきた燕世はふわりとその上に降り立った。
巨大な素足が、まだ無事だった町並みをズシンと踏み潰す。

「さーって、わたしはあんたたちがいることもちゃんと覚えてるわよ」

燕世は自分の足元を見下ろしながら言う。
そこにいるのは、何輌かの戦車。陸上部隊である。

まだ住民の避難は終わっていない。
終わる前に、航空部隊は全滅してしまった。
なら、人々を守れるのは自分たちしかいない。

陸上部隊、戦車隊は、燕世に砲口を向けた。



足元に転がる豆粒のような大きさの戦車たち。
その戦車たちがチマチマと動いて自分に対して砲口を向ける様はなんとも慎ましくてかわいらしいものだった。

「それじゃあ始めるわよー」

言いながら燕世は片足を持ち上げた。
戦車隊の頭上に、全長240m幅90mにもなる巨大な足の裏が覆いかぶさった。
その巨大な足の裏はこれまでに踏み潰してきた家の瓦礫や土で汚れていた。よく見れば、いくつかの場所には車がペッチャンコに潰れてへばりついている。プレス機にかけられるよりもキレイに潰されていた。今、あの車の厚みはいったい何mmなのだろう。

などと思っている間に、足は降下をしてきた。
周囲が一気に暗くなる。
戦車隊は慌てて攻撃しようとしたが、彼らの戦車砲は真上から迫る足裏に対して全くの無意味だった。


  ずしぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!


足がおろされ、3輌の戦車がその下敷きとなって踏み潰された。

「あらら、あっさり。張り合いがないんだけど」

言いながら燕世はもう片方の足を別の戦車たちの上に踏み下ろす。
足の下で、強固な装甲を持つ戦車がプチプチと潰れるのがわかった。

「ん、これはちょっと気持ちいいかも。家とかよりもプチって感じがハッキリと伝わってくる」

もう一歩踏み出すとまた戦車たちがその下敷きになった。

あっという間に10輌を超える戦車が踏み潰された。戦車の周囲に展開していた歩兵たちも一緒にだ。しかし彼らはあまりにも小さく弱すぎて、彼らも一緒に踏み潰していることに燕世は気づいていなかった。
話にならない戦闘力の差がある。大きさが違いすぎる。そもそも、空を飛べる航空部隊があっさりと全滅させられてしまったのだ。地を走ることしかできない戦車が、ビルをもまたいで通るような大巨人を相手に、敵うはずがない。

しかしこれも命令だ。航空部隊がやられた以上、陸上部隊の自分たちが戦うしかない。
戦車隊の隊員たちは、無駄と理解しつつも燕世への攻撃を続けた。



戦車たちからの攻撃は実に粗末なものだった。
豆粒のような大きさの戦車がシャーペンの芯ほど太さの砲身から砂粒のような大きさの砲弾を放ち命中させてくる。
数も少なく、攻撃の速度も遅い。散発的に繰り返される小さな小さな攻撃が、唯一燕世の素足に命中し、その肌の表面に小さな小さな爆発を起こす。
しかしそれは、まさしく砂粒が当たった程度の感触でしかない。かゆみにすらならない。
あの、くすぐったい程度には感じられた戦闘機たちのミサイルの雨と比べても、なんとも貧弱な攻撃だ。

「ほらほら、もっと頑張って」

燕世は丁度右足の前にいる数機の戦車たちを見下ろしながら言った。
一応彼らも攻撃してきてはいるのだが、彼らの攻撃が命中する右足のつま先にはほとんど感触がないのだ。
あまりにも弱すぎる彼らの攻撃は、足の皮膚を通し、その内側の神経をほんの少し刺激するのが精一杯らしい。
その刺激も、よーく注意していないと感じられないほど小さなものだ。
ほとんど無いに等しかった。
彼らの精一杯の攻撃は、女の子に気づいてもらうことすらも難しい程度のものなのだ。

それでも彼らは攻撃を続けた。
眼前で町の一角を踏みしめる恐ろしく巨大な足を前に 今にも逃げ出したい恐怖に駆られながらも 使命感だけでその場にとどまっていた。

彼らの目の前には巨大な足の指が居並んでいた。
ひとつひとつが直径15mにもなろう。戦車の乗組員たちは、その巨大な足の指を見上げねばならなかった。
高さ10mのその指は3階建てビルの高さに匹敵する。親指は指先だけで、ガスタンクほどの大きさがある。
その巨大な指の上からやや飛び出ている爪の厚さは1mくらいはあるのではないか。その爪ですら、彼らにとっては見上げなければならない存在だ。

隊員たちは当然様々な過酷な訓練を経験している。
岩壁の登攀訓練ももちろん経験した。
しかし、今 目の前にあるあの巨大な足の指を登れるかと訊かれれば、答えられなかった。
丸みを帯びた指はねずみ返しのように組み付く人間の大半を振り落とすだろう。あまりにも巨大すぎる足の指だ。横幅15m高さ10mの指は普通の家の屋根よりも高い。そして高さ10mとは隊員たちの身長の5倍以上の値である。こんなにも巨大で丸みのある指先になんの道具も使わず素手だけで登るのは地球上のほとんどの人間が不可能だ。ほんの一握り、プロのロッククライマーなどなら、その巨大な指の肌に組み付いて登ることができるかも知れない。
そして登ったところでなんの意味があろう。足指に登れなかろうと苦労して登ろうと、この巨人にとっては大して変わらないことだ。
指はいずれも数十mの長さがある。一番短い小指でさえ30mはあった。中指などは40mにもなる。これらは10~13階建てビルに匹敵する大きさだ。巨人の足の指は、5つのビルが横倒しになっているのと同じと言うことだ。
体の一部の足、その足の一部である足の指が、人々が出入りできる建築物ほどに大きい。
とんでもない大きさだ。とんでもない巨大さだ。
大きさのギャップを理解するほどに、この巨人が如何に大きいかが理解できてくる。理解できてしまった。
目の前に居並ぶ、横倒しになった5つの肌色の柱は、巨人の足の指。
自分たちは、その足の指を見上げている。
自分の足を見て、巨人の足の指を見て、そのあまりの大きさの違いにすべての意思が萎えてくる。
巨人に比べ、自分はなんてちっぽけなのかと。
いったいどこまでちっぽけなのかと。
足の指を見上げるなんてのは虫けらのやることだ。地面を這うアリのように小さな虫のすることだ。
じゃあ…自分は虫なのか…? 巨人の足の指を見上げビビッている俺は虫なのか? しかしアリは人間の足に登ることができる。それすらできない俺たちは虫けら以下なのか?

隊員たちは、自分たちがどんどん小さくなっていく気がした。
でもすでにただでさえ比べ物にならないほどの大きさがあるが、その差が更にひらいたと言うわけではない。
理解してしまったから。
巨人を前に、自分たちがあまりにもちっぽけな存在だと理解してしまったから、築き上げてきた自尊心が崩れ落ちたから、無価値な存在だと理解させられてしまったから、自分と言う存在がどんどん小さくなってしまっているような錯覚に陥ってしまったのだ。

勝てるわけが無い。
それは兵器を用いても傷つけられないとか、足の指に登ることもできないとか、そういうことではない。
存在が違うのだ。
この巨人が人間なら、俺は砂粒だ。
俺が人間なら、この巨人は神だ。女神だ。
戦うことも抗うこともおこがましい存在なのだ。
神の前には、何もかもが無意味で無価値だ。俺たちは、存在そのものが無意味だ。



突如、彼らの眼前にあった巨大な足の指たちがグワッと持ち上がった。
全長数十mある指たちが、指先を持ち上げたのだ。指先は30mほども高く持ち上がった。その指の腹などは土や瓦礫で汚れていた。パラパラと落下する瓦礫などが地面に落下し音を立てている。
ただ足指が持ち上がる。それだけのことなのに凄まじい光景だった。

そして指を持ち上げたまま、その巨大な足が動き出した。
前方に向かって、展開する戦車たちに向かって進み始めた。
幅90mにもなるつま先が、指を持ち上げたまま迫ってくる。それはまるで津波に襲われているかのような感覚だった。
つま先が前進してくる過程で、そこに巻き込まれた瓦礫たちは、指の付け根の下に巻き込まれゴリゴリと押し潰されて一瞬でつま先の下に呑み込まれて行った。家さえも一瞬だった。未だ無事に原形を保っていた家も、前進してきたつま先に巻き込まれると一瞬で粉々になり足の下に消えていく。
足指の津波だった。すべてをすり潰す肉の津波だった。

巨大なつま先が街をゴリゴリとすり潰しながら迫ってくるのを見て、戦車たちは慌てて後退した。
全速力であった。
しかし瓦礫で埋め尽くされ足場の悪い道を後退する戦車より、迫り来るつま先の方がはるかに速い。

他の戦車たちが後退していく中で、ひとつ動かない戦車があった。
まるですべてを諦めてしまったかのように、そこから動かなかった。
その戦車はそのままつま先の津波に呑み込まれ消えてしまった。

つま先はそのまま別の戦車も捕らえていく。
ひとつ、またひとつと、追いつかれた戦車は足の下ですり潰された。
戦車たちは後退しながらそのつま先にむかって攻撃を仕掛けていたが、つま先はまるで気にせず突き進んでくる。

眼前に迫る恐ろしい光景に戦車に乗る隊員たちは悲鳴を上げていた。
肌色の津波が、すべてを呑みこみすり潰しながら追いかけてくる。
とてつもない恐怖だった。
車体の外にも聞こえるのではないかと言うほどに大きな悲鳴が、その小さな戦車の中に響く。
しかしそんな乗組員の悲鳴も、巨大なつま先が地面をすり潰すゴリゴリという音にかき消されて誰かの耳に届くことは無かった。

10秒ちょっとの逃走劇は、簡単に幕を閉じた。
逃げていた戦車の最後の2輌は、同時につま先の下に捕らえられた。
その2輌の戦車が持ち上げていた足の指の下に来たところで指が戦車たちにガバッと覆いかぶさった。2両の戦車は、それぞれ人差し指と薬指の下敷きになって押し潰された。
丸っこい指先は戦車よりも大きく、指が地面へと着くと、その戦車は完全に指の下敷きになっていて外からは見えなかった。

戦車隊は全滅した。

「悪いわね、あまりにも詰まらなかったから終わらせることにしたわ。弱いものいじめは好きだけど、弱すぎて逆に萎えちゃうわよ」

燕世はたった今 戦車2輌を押し潰したつま先を立て、グリグリと踏みにじる。
これでもここにいた全てのちっぽけな戦車たち原型すらも残らず粉々になった。

「でも、まだ他のところにもいるみたいね」

町を見渡した燕世がスッと手を伸ばす。
すると町中から何かが飛び上がりヒュンヒュンと飛んできた。戦車である。
燕世が手の平を上に向けると飛んできた戦車がその上に集まってくる。
がシャンガシャンガシャンガシャン! 次々と積み上げられていく戦車たち。燕世からすれば戦車など1cm程度の大きさの小粒だ。手のひらの上にいくらでも乗せることができる。

あっという間に、燕世の右手の上には戦車が山と積み上げられた。
数十? 数百? 数えるのが億劫なほどだ。

「くくく、こんなにいたんだ。これがまとまってくれてれば踏んだときの感触も面白そうだったのに」

燕世は手のひらに乗せた戦車の山を見下ろしてクスクスと笑った。
その戦車の山。それを形成する戦車一つ一つにはまだ乗組員が取り残されたままだった。逃げる間もなく、宙に攫われたのだから。今は上下も何も無く乱暴に積み重ねられたせいでハッチを開けることができず、中から出ることすらできなかった。
巨人の笑い声が、彼らの乗る小さな戦車の狭い車内で響く。

「さーて、このまま手を傾けてあんたたちをこぼれさせちゃってもいいんだけど…」

手の上からこぼされる。
それは1000m以上の高さから落とされると言うことだ。流石の戦車も、粉々になるか潰れてしまう。中に乗る人間など、耐えられるはずも無い。
巨人の言葉に、乗組員たちは脱出することのできない車内でパニックになって悲鳴を上げた。

「…だけど…、ちょっといいこと考えたわ」

燕世がニヤリと笑ったのは、車内にいる乗組員たちにはわからなかった。

燕世は右手に乗せている戦車の山の上に左手を持ってくると、その山を上からギュッと押さえつけた。
グシャグシャグシャプギュ! 戦車が潰れ、金属が拉げる音が町に響き渡った。
山を押さえつけた手には、小さな戦車たちが潰れていくプチプチという心地よい感触を感じられた。
戦車の山は、燕世に押さえつけられたせいで半分ほどの大きさになった。何輌かの戦車が手の上から零れ落ちて地面に落下した。

半分ほどになった戦車の山を、更に強く押さえつける。
メキメキメキ…! 更に角度を変え、もう一度押さえ込む。
バキバキバキ…! 両手を使ってギュウギュウと丸め込む。
メキョメキョメキョ…! ぎゅっ…ぎゅっ…。おにぎりを握るように両手を重ねて丸めていく。
手を押し付けるほどに、高く積み上げられていた山はどんどん小さくなる。

そしてその後 何度も手で押さえつけた後、手のひらを開くとそこには綺麗な金属の球ができていた。
光沢を放つほどに綺麗な表面をしている。硬く硬く握り込まれた証拠だ。
戦車数百輌分の鉄の塊である。それが、直径50mほどの大きさの球に圧縮されていた。
凄まじい圧力がかかったことであろう。最早その球体の表面は、どんな強力な重機ですら傷つけることのできない最強の硬度となってしまった。
装甲以外にも様々な部品で構成されている戦車だが、その表面にはどこにもそれら個々の部品の面影を見ることはできない。
完全に、ひとつの鉄の球にされてしまった。

「うんうん、いい感じ」

今しがた作った球をポイッポイッと上に投げていた燕世は、その球を持ってどこかに向かって歩き始めた。


  *


作戦司令室は完全に沈黙していた。

そこいいた誰もが言葉を失っていた。
何人かはへなへなと座り込んでしまっている。


軍は全滅した。
航空部隊も、陸上部隊も。あの巨大娘に弄ばれて。
戦いになるならぬのレベルではない。どちらの軍も、巨大娘を楽しませる以上の成果を上げることはできなかった。
まったくの無意味だった。

両軍は全滅。東京の町も巨大娘が軍を相手に動き回ったせいで更に酷く破壊されてしまった。
国連などの援護を受けての抵抗作戦だったが、それは隊員が皆殺しにされるという形で幕を閉じた。


「……我々の負け…ですか…」

ふぅ…。誰かがため息とともに小さく言葉を吐き出した。

「結局我々は、総力を以ってしても、一人の少女にかなわぬ…ということか…」

椅子に深く腰掛けた男がうな垂れながら言った。

「……初めから、我々がかなうような相手ではなかったのかもしれないな…」
「常識を超えた存在には、常識に縛られる人間は勝てないと言うことでしょうか…」
「そもそもあれは次元が違う。兵力がどうの、常識がどうのと言うのが間違っていたのだろう…」

小さく吐き出されたため息は、すべてを諦めたことによるものだった。
みなが、顔を俯かせ黙り込んだ。
完全なる敗北を喫したのだ。

再び、司令室が沈黙に包まれる。




「………ククク…」

誰かが、笑った。
顔を俯かせていた全員が顔を挙げ、声のしたほうを見る。

そこには、立ち尽くしたまま肩を振るわせる大男の姿があった。

「ククク…ハハハハハハハハハハハハハハ!! これで大義名分はできた! すべての兵器が通用せず、すべての兵器が役に立たぬなら、核を使うしかない!!」

「なんだと!?」

男たちが立ち上がる。

「普通の兵器が役に立たんのだ! なら普通じゃない兵器を使えばいい話だろう!」
「何を言っている! まだ東京には多くの住民が取り残されているんだぞ!」
「それがどうした! それであの化け物を殺せるかもしれないんだぞ! そのためなら役立たずのゴミどもが何人死のうと知ったことか!」
「日本が核兵器を使う…。その意味がわかっているのですか?」
「もちろんだとも! 奴を殺す! それがすべてだ!!」

大男は血走った両目を見開いた。
異常なほど口角を上げて笑う口元からは唾液がダラダラと滴り落ちている。
明らかに、正常な状態ではない。

「貴様…! 狂ったか!」

眼鏡を掛けた男が懐から銃を抜いた。
が、

  パン

背後から放たれた弾丸が、男の頭を貫いた。

頭に開いた穴から血を流しながら男の体が倒れると、そこには銃を構えた別の男が立っていた。
皆がそちらを振り向く。

「な、何をする!」
「私は彼の意見に賛成です。核を使うしかないのなら核を使うべきでしょう」
「バカな…! 我々の常識が通用しない相手だぞ! 核が通用するかもわからんのに…」
「ですから試すのです。幸いここ日本は核兵器を否定している国。核を打ち込んでも核で反撃される心配も無い。それに破壊の限りを尽くす巨人を倒すためならば、核を使うのも止む無し…と世論も認めてくれるでしょう」
「何だと…!? 貴様……まさか…!」
「データは十分に集まりました。同時に日本の持つ兵力のほとんどを潰すこともできた。残るはひとつ、核兵器が通用するかどうかと言う情報を本国に持ち帰って、私の任務は終了です」
「日本をデータ収集に利用したのか!」
「はい。それにもうすでに日本の首都である東京は彼女が滅茶苦茶にしてくれました。このあと彼女が更に暴れようと核で消し飛ぼうと同じことでしょう。そうそう、すでに核を搭載したミサイルは本国から発射済みです。対巨大娘用にとびきりの規模のものを用意いたしましたので、東京程度なら本当に消し飛んでしまうかもしれませんね」
「……ッ!! き、貴様ッ!!」

全員が銃を抜きその男に向かって撃とうとした。
が、

  ドンドンドンドンドンドン!

男の早撃ちで、全員が頭部に穴を開けて倒れた。
残っているのはこの男と、向こうで壊れたように笑う大男だけだ。

「さて、では私はいくとしましょう。あなたもお早く逃げたほうがいいですよ。…もっとも、もう自分が誰かもわからなくなってしまっているとは思いますがね」

立ち尽くしただただ笑い続ける大男を残して、男は作戦司令室を去ろうとした。

その時、


  ずううううううううううううううん!


  ずううううううううううううううううううううん!!


  ずううううううううううううううううううううううううううううん!!!


突如 凄まじい揺れが発生して男は立っていられなくなった。
いったい何が…と思っていると、

  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

今度は建物全体が激しく揺れ始めた。
天井からパラパラと破片が落下してくる。
男は頭部をかばいながら床にうつ伏せた。

そうしていると、

  メキメキメキメキ…!

鈍い音が聞こえてきた。まるで何かを引きちぎるかのような音だ。
同時に、窓の無いこの作戦司令室に、光が差し込んできた。天井が持ち上がり始めたのだ。

そして開けた天井からは空と、あの巨大娘の姿を見上げることができた。

「やっほー」

燕世の声が、狭い作戦司令室の中に響き渡る。

燕世は作戦司令室のある建物の上にしゃがみこみ、その上層階の部分を引っぺがしたのだ。
天井が無くなって青空教室状態になった作戦司令室からは、空と、ここ司令室の上にしゃがみこむ燕世の巨大な姿を見上げることができた。
ついでにミニスカートの中の白いぱんつも。

「な、な……!」

男は顔面蒼白になっていた。
東京にいたはずの巨大娘が、なぜこの作戦司令室に!

「あんたたちの話は聞かせてもらったわ。あんたが日本を利用したスパイだってこともね」
「…ッ!」

巨大娘の声は、その声量以外にも男を震わせるものがあった。
明らかな、怒りが込められている。

「わたしはわたしが楽しむために軍隊の相手をしたのよ。それをどっかの誰かに利用されるなんて納得いかないわ」

燕世の言葉が物理的な衝撃となって男の小さな体に襲い掛かる。
狭い作戦室の中で反響した声が、殴られるような激痛を与えていた。
作戦室の床をゴロゴロとのた打ち回っている。


そんな男を見下ろしながら、燕世はソレを取り出した。
床に這い蹲る男にもソレがなんであるかわかった。さきほどこの巨大娘が作り上げた、巨大な鉄球だ。

「あんたの詰まらない作戦に利用されたかわいそうな戦車たちよ。まぁ潰したのはわたしなんだけど。とにかく、彼らのカタキは彼ら自身に取ってもらうわ」

燕世は鉄球を持った手を、前に突き出した。
丁度、天井の開いた作戦室の真上だ。

「……え?」

男は思考が停止した。
頭上に、直径50mほどもある球が現れた。
明らかにこの作戦室よりも大きい。

「あの世でみんなに土下座することね」

パッ。燕世は鉄球を摘んでいた指を離した。
鉄球は支えを失い真下に自由落下を開始した。

  ひゅ~…

まっすぐに落ちていく。

床に這いつくばっていた男の視界が、落下してくる巨大な鉄球で埋め尽くされた。

「う、うわああああああああああああああああああああ!!」


  ドスウウウウウウウウウウウウウウウン!!


50mの鉄球が、作戦司令室のあった建物を押し潰して瓦礫に変えた。
作戦司令室があった階は完全に潰れてしまっており、生き残ることはできないだろう。

建物は今や、完全に鉄球の下敷きである。



「バーカ、余計なことをするからよ」

そう吐き捨てて立ち上がった燕世はスカートをパタパタとはたいてシワを伸ばし制服を整えた。

「さーて、それで? 核ミサイルが飛んでくるんだったわね」

燕世は空の彼方をにらみつけた。


暫くすると、青空の彼方から白煙の尾を引きながら大型のミサイルが飛んできた。
それはまっすぐに、燕世 目掛けて突き進んでくる。
すでに日本の対空防御は機能しておらず、ミサイルは何にも邪魔されることなく突っ込んできた。

「…」

凄まじい速度で飛び込んでくるミサイル。
その速度を以ってすれば、着弾まで数秒と言うところだろう。
直撃させるつもりのようだ。

そうやって猛スピードで飛んできたミサイルは、


  パシッ


燕世の手によって受け止められた。

「へー、これが核ミサイルなの」

燕世は自分が指で摘んだ、燕世からすれば短い鉛筆のような大きさのミサイルをしげしげと観察する。

燕世にとっては鉛筆のような大きさのミサイル。
つまりそれは、全長100m近い大きさの超大型ミサイルと言うことだ。

ミサイルは大きくなるほど金がかかり準備に時間がかかり飛ばすのも難しくなり迎撃もされやすくなる。
しかし今は日本の防衛機能が動いておらず撃墜はされないであろうということと、対巨大娘用として細かい操作を必要とせず とにかく飛ばして近くに着弾させて爆発させればいいという発想からこの超大型を撃ち込んできたのだろう。
それは、この件が最初から予定されていたと言うことだ。日本の防衛機能を潰し巨大娘への核兵器の運用実験。初めから仕組まれていた。

まったくカンに触る。


そうやって燕世の指に摘まれているミサイルは今も後尾から推進剤を噴射しているが、それを摘む燕世の指はビクともしない。
この超大型ミサイルを飛ばすほどの推進力も、燕世の指の力の前にはかなわなかった。

さて、どうしよう…。
このまま手の中で握り潰してしまえば爆発は外には漏れないだろう。
今更、核如きでやられるわけがない。
結月は核爆弾を口の中で爆発させられてもピンピンしているのだから。

しかしそれでは面白くない。
やられっぱなしは我慢できない。
どう仕返ししてやろうか。

まるで花火のように推進剤をふかし続けるミサイルを見つめながら燕世は考える。
その間、およそ5秒。

不意に燕世はニヤリと笑った。
そして右手の指に摘んでいたミサイルを、ポイと上に放り投げる。
クルクルと回りながら上にのぼっていったミサイルは、


  ボン!


という音とともに巨大化して落下してきた。
バシッ! それを上に突き上げた右手で受け止める燕世。

今のミサイルはもとの大きさの100倍である。
つまり全長は10km近い大きさと言うことになる。とんでもない大きさのミサイルだ。
それを支える1000倍の大きさの燕世ですら身長1600mなのだから、そのミサイルは大巨人の燕世よりも5倍以上大きいのだ。
その超・超巨大ミサイルを、燕世は片手で支えている。

大巨人である自分の頭上に更に巨大なミサイルを支える燕世はミサイルが飛んできたほうを確認すると、その超・超巨大ミサイルを思い切り振りかぶり、


「そぉいっ!!」


槍投げのヤリのように投げた。
超巨大ミサイルは、時速十数万kmの速度で空の彼方に消えていった。


  *


某国。

その国の幹部たちは、日本に打ち込んだ核ミサイルの動向を窺っていた。
そろそろ着弾する頃だろう。今の日本にミサイルを防ぐ術が無いのは承知。幹部たちはミサイルが巨大娘と東京を消し飛ばしてくれることを信じて疑わなかった。
作戦室の中では幹部たちが華やかな雰囲気の中で談笑をしていた。

「間もなくミサイルが着弾します!」

オペレーターが言うと、幹部たちは「おぉ!」と声を上げた。

「いやいやうまくいきましたな」
「なに、平和ボケした国などこの程度のものでしょう。それより着弾と同時に祝杯といきませんか?」
「おお、いいですな」

幹部たちは酒を用意するとそれぞれのグラスに注いだ。

「では我々の勝利を祝って…」

そう言葉を紡いだ幹部たちはモニターへと目を向ける。
乾杯のチャンスを逃さないためだ。
モニターには衛星で撮影された日本の地表が映し出されていた。燕世の周囲の映像だ。
それを見ながら、オペレーターがカウントする。

「3……2……1……着弾!」

「「「 かんぱ~い!! 」」」

幹部たちはグラスを合わせた。

  カチャン

グラスをあわせた音が作戦室に響いた。


しかし、モニターにはミサイルが着弾した様子は無い。


? 幹部たちが顔を見合わせる。

「どうしたというのかね?」
「え? あれ…? おかしいな…着弾したはずなのに爆発が起きない…」
「不発ということか?」
「いえ…ミサイルからはまだ信号が送られ続けてきています…。……ということはまだ着弾してない…?」

オペレーターの女性も困惑した様子だ。
幹部たちにもわけがわからない。

「いったい何が起きているというのだ?」
「み、ミサイルの信号は確かにあの巨大娘と同じ座標から送られてきています。つまりミサイルは爆発も着弾もせず、その場所にとどまっていることになります」
「ミサイルが止まったというのか?」
「バカな。そんなこと有り得ん。それはミサイルが空中にとどまっていると言うことだぞ」
「しかし実際にミサイルは生きたままその場所にとどまっている。爆発なり着弾なりしたら信号が途絶えるはずだ」
「???」

幹部たちは首をひねった。

その時、

「ひ…っ!」

モニターを見ていたオペレーターが小さく悲鳴を上げた。

「どうした?」
「み、ミサイルが巨大化しました!」
「なにぃ?」

オペレーターの言葉に、幹部たちは疑うような声を出しながらモニターを覗き込む。
しかしそこには、確かに巨大化したミサイルの姿が映し出されていた。
そのミサイルの様は、見紛うことなく自分たちが発射したミサイルのそれだった。

「どういうことだ?」
「なぜあの巨大娘がわが国のミサイルを持っている? いや、それよりなぜ巨大化を…」

などと幹部たちが疑問を口にしていると、モニターの中の燕世は巨大ミサイルを思い切り投げ飛ばしていた。
と同時に、

  ピーーーー!

計器が警告を発する。

「な、何事だ!」
「……た、大変です! 巨大化させられた我が軍のミサイルが我が国に向かってきています! …は……速い!」
「なんだと!? す、すぐにミサイルをコントロールして進路を変えさせろ!!」
「…………! ……、…ダメです! コントロールを受け付けません!」
「ぐ…! ならば迎撃だ! 迎撃しろ!」
「無理です! ミサイルが速すぎます!」
「で、ではどうすればいいというのだ!!」
「シェ、シェルターだ! シェルターへ避難するんだ!」

パタッ…
幹部たちが慌てふためく中で、オペレーターがうなだれた。

「どうした! 速く避難するぞ!」

幹部はオペレーターの肩を揺さぶる。
しかしオペレーターは首を振って、涙を流しながら答えた。

「………間に合いません……。…間もなく…着弾します…」
「な………」

幹部が言葉を発しようとしたとき、



  ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!



凄まじい光が彼らを消し去った。


  *


ミサイルを投げた燕世。

そのミサイルが空の彼方に消えてから数秒後、



  ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!



水平線の彼方が光に包まれた。

元々あの核ミサイルは凄まじい破壊力を持っていた。
それが100倍の大きさに巨大化させられたことで、本来の100万倍の威力になってしまった。
地球を丸ごと吹っ飛ばせるような破壊力である。

「たーまやー」

凄まじい衝撃波の中で髪やスカートをバタバタとはためかせる燕世は、爆発の起きたほうを見ながらおでこに手を当ててのんきに言った。
燕世自身こそ衝撃波に晒されているが、それ以外の海や陸地はなんとも穏やかなものだ。
燕世は、日本全体をバリアで包み、核ミサイルの衝撃から守っていた。

「いやー悪を葬るにはちょっと豪華すぎたかな」

太陽の光よりも強烈な閃光が地球全土を真昼よりも明るくした。
太陽系全土を照らし出す巨大な花火である。


そうやって世界を包み込んでいた閃光もやがては収まり、あとにはユーラシア大陸がすっぽりとおさまるほどの大きな穴があいていた。

「あちゃー…………まいっか、後で何とかすれば。あーすっきりしたー」

んーっと伸びをした燕世は両手を後頭部に当て、家に向かって歩き出した。
当然、途中にあった町などをその巨大な素足の下に踏み潰しながらだ。
ズシン! ズシン! 再び多くの人々が、燕世の足元で逃げ惑い始める。

しかしそんなことは、悪を爆発オチで葬ってスカッとした燕世にとってはどうでもいいことだった。
悲鳴をあげ泣き叫ぶ人々を踏み潰しながら、燕世は去っていった。





 おわり































































 じゃなーい



そうやって家へ帰る途中、東京を通過した。
巨人が去って安堵してた人々は、再びその巨人が現れたことで大パニックになった。
ほとんど瓦礫と化していた東京都心部だが、まだ大勢の人がそこに残っていた。

しかし燕世は、そんな人々を周囲のビルごと踏み潰しながら歩いている。

「ったく足の踏み場も無いんだから。踏まれたくなかったらわたしの通り道くらい用意しときなさいよ」

自分の足の下敷きになる人々に文句を言う燕世。


が、そんな燕世の前に立ちふさがる姿があった。

宇宙全土の平和を守る銀河警備隊。光の巨人である。
身長は40mにもなり 大怪獣すらも退治する彼らはまさに宇宙の警察だった。

ズズン! その姿は燕世が次の一歩を踏み出したとき、その足の下に消えた。

「あれ? なんかヘンなの踏んだ?」

ビルとは違うものを踏み潰した感触。
足を持ち上げてみてみれば、自分の残した足跡の中で白い人型のものがペチャンコに潰れていた。

身長40mの巨人と言えど、今の燕世から見れば4cm程度の大きさでしかない。
足元に乱立する超高層ビルほどの大きさも無い彼らは、燕世にとっていないも同然だった。

「なにこれ」

燕世は首をかしげる。

不意に、燕世は視界の端に光るものが横切ったのを見た。
顔を上げてみれば、そこにはたくさんの光るものが浮いていた。
よくよく見てみれば、人型をしているように見える。

「ほぇ? あーもしかしてウルなんとかマンって奴?」

テレビで見たなーと昔を思い出す燕世だった。

などと思っていると自分を取り囲むその巨人たちは攻撃を仕掛けてきた。
パンチを、キックを、光線技を。怪獣を必殺できるほどの威力を持った攻撃を次々と繰り出してくる。

もっとも、それらは燕世にとってはハエがぶつかった程度の感触しかなかったが。

「これってアレ? わたしを退治しようとしてる? ふふん、そっちがその気なら遊んであげるわ」

全身に攻撃を受けながら不敵に笑った燕世はとりあえず目の前にいた巨人を捕まえようと手を伸ばした。
しかしその巨人は燕世の手の下をするりと潜り抜けて回避した。

「へー、流石にこの程度は避けるのね。まぁでも…」

 パシッ

燕世が手をヒュンと振ると、その手には巨人を一人捕まえていた。

「!?」
「全然余裕なんだけど」

光の巨人は燕世の手の中に握り込まれてしまった。
唯一頭だけが手の中から出ている。

「ふふ、わたしって弱いものいじめ好きだけど、強いものいじめも好きなのよねー。無敵のヒーローをいたぶるなんて楽しそうじゃない。楽しませてもらうわよ」

燕世がニヤリと笑うのを見て、手に握り込まれた巨人はゾクッと寒気がした。
その瞬間、

  ぎゅっ

巨人を掴む燕世の手に更にちからが込められた。
ボキボキボキボキ…! 燕世は、握っている巨人の体の中で無数の骨が砕けるのを感じた。

「…!!」

巨人が苦悶の声を漏らす。
指を開くと、体中がぐにゃぐにゃに柔らかくなった巨人が落ちていった。

「まずはいっぴき~」

燕世の言葉に驚愕する巨人たち。
宇宙の警察と呼ばれる自分たちの仲間の一人が、一人の地球人の手によってあっという間に握り潰されてしまった。
一瞬の出来事だった。
どんな凶悪な怪獣が相手でもここまで一方的なことはなかった。

そうやって驚く巨人たちを見渡して燕世は鼻を鳴らす。

「銀河警備隊って言っても大したこと無いのね。それとも宇宙の警察ってのは地球の女の子一人に負けちゃうほど弱いのかしら」

言いながら燕世は、今しがた握り潰して落とした巨人の体をズシンと踏みつけた。
巨人たちが顔を強張らせる。

燕世が足をどけると、最初の不運な巨人と同じように、足跡の中でペチャンコになっている巨人の姿があった。


仲間をあっさりと踏み潰されて巨人たちが本気になる。
次々と燕世に攻撃を仕掛けた。

しかし、なにも変わらない。

別の巨人を掴んだ燕世は今度は握り潰さずにそのまま地面へとたたきつけた。
ベシッ! 巨人の体が地面に叩きつけられると、その下敷きになった住宅街が衝撃で吹っ飛んだ。多くの住民がその巨人の下敷きになって押し潰されたことだろう。
凄まじい勢いで地面に叩きつけらあまりの激痛にうめき声をもらす巨人。
なんとか痛みをこらえて見据えた先にあったのは、自身の6倍もの大きさの巨大な足裏だった。

  ずしいいいいいいいいいいいいいいん!!

またひとり巨人を踏み潰した燕世。
宇宙の警備隊の隊員が、戦いが始まって1分と立たぬうちに二人もやられた。恐ろしいことだった。

そんな事実に巨人たちが驚愕している間にまた一人落とされた。
考えている暇など無い。こいつは、とてつもなく危険だ。


周囲を飛び回る巨人を捕まえては地面に叩きつけ踏み潰す。
それだけで簡単に倒せてしまう。
あまりにも、弱い。

ヒュン! 飛び込んできた巨人をサッと避ける。
巨人は、燕世が恐ろしく巨大でありながらありえないほど機敏に動くのでその動きを捉えられないでいた。
どんな角度から攻撃してもあっさりと避けられてしまう。
そして、少しでもこちらがバランスを崩し隙をつくろうものなら、

  ガシッ!

あの、巨人さえも握り締めることのできる巨大な手がすぐにやってきてこちらを捕まえてくる。
その後は一瞬だ。
地面に叩きつけて、踏みつける。それの一連の動作の恐ろしいまでの素早さは巨人に脱出の余裕などカケラも与えてくれなかった。

地面に無数に残されている足跡。ひとつひとつが町の一区画ほどの大きさがあり、それらの足跡のいくつかには、潰れた巨人たちの姿があった。
すでに10人以上の巨人が足跡の中に埋まっている。そして次々と数が増えている。
あまりにも、圧倒的だった。

「あはははは! ほらほら、わたしを退治するんじゃないの? このままじゃ全滅しちゃうわよー」

ガシッ! ガシッ!
両手に一人ずつ巨人を捕まえた燕世。
それを、

  ギュッ

握り締めた。

ボキボキボキボキ! ブチブチブチブチ!
巨人たちの体が燕世の手の中で潰される音が東京の街に響き渡った。

そして燕世が手を開くと、それぞれの手から巨人だったものが落下していった。

ズズン! ズズン!
二人の巨人の体が地面に落下して周囲を揺るがした。

別の巨人が燕世に向かって光線技を放つ。
巨人の必殺技だ。
それを燕世はひょいっと避けてみせる。

巨人の放った光線は狙いをはずれ住宅街を直撃した。
大爆発が起きて、周辺の家々と近くにいた人々を吹き飛ばす。

「あらら、ダメじゃん ちゃんと狙わなきゃ。正義の味方が一般人攻撃しちゃダメよ」

ニヤニヤと笑いながら言う燕世だった。


巨人たちは激昂し、周囲から燕世を取り囲む。
包囲してから次々と攻撃を仕掛けた。

そんな巨人の猛攻撃をヒラリヒラリと避けて回る。まるでマタドールのように挑発しながら。
攻撃を避けながらも 飛び込んできた巨人を捕まえては地面に叩きつけて踏んでいる。
まるで背中に目がついているかのようにあらゆる方向からの攻撃を自在にかわし反撃していた。

燕世の背後にまわり背中を攻撃しようとした巨人がいた。
しかしそれは、燕世が突然振り返りながら放った蹴りによって防がれる。
背後を飛んでいた巨人の体を、振り向きながら蹴りを放った燕世の足がクリーンヒットしたのだ。
巨人の体は、突然振り抜かれた燕世の足の甲に激突されそのまま彼方へ飛んでいった。
40mある自身の体の、倍以上の幅のある足の甲だったのだ。その硬い足の甲を使った鋭い一撃は、蹴飛ばした巨人の体中の骨を一瞬で粉々に粉砕した。

燕世が蹴りを放つなど激しい動きをするとミニスカートが翻りぱんつが見えてしまう。
だがそれは、燕世にとっては気にするポイントではないようだ。

「飛んでっちゃった。ちょっと強く蹴り過ぎちゃった?」

瞬間的に台風を発生させられるような威力の蹴りである。
それを、たとえ屈強な銀河警備隊の隊員の宇宙人といえど、生身で受けて無事で済むはずがない。

そんな風に蹴飛ばした巨人の飛んでいった方を見ていた燕世の横から、

  ビーーーー!

光線が放たれた。
それを燕世は、体をひょいと下げることで回避する。

「そんな遅い攻撃なんか当たんない当たんない。ていうか当たったところで別に痛くないし。なんだったらここに攻撃してもいいのよ?」

言いながら燕世は右手の人差し指で、自分の右目を指差した。
眼球。確かに急所には違いない。
しかし突然 目を攻撃しろと言われて、巨人は躊躇してしまった。

が、そんな燕世の人差し指は右目の下まぶたをグイと引っ張って伸ばした。
同時に口から「べーっ」と舌を出す。
「あっかんべー」であった。

バカにされたことに腹を立てた巨人は燕世の顔目掛けて光線を放った。
巨人が腕をクロスさせると、そこにエネルギーが収束し光線となったのだ。

そんな自分の顔目掛けて放たれた光線に対し、燕世は右手の人差し指を向けた。
するとその指先から巨人のそれと同じような光線が発射された。

  ピーーーー!

巨人の放った光線と燕世の放った光線が衝突する。
ビビビビビビ! 二つのエネルギーは拮抗していた。両者の間でバチバチとせめぎ会う。

「ふふ、光線くらいわたしだって出せるのよ? 残念だったわね、おチビさん」

燕世はクスクスと笑いながら言った。
それに更に腹を立てた巨人は光線を強くした。
エネルギーのせめぎ合う場所が、二人の中間から燕世側のほうに押し込まれる。

「あら、まだ強くできたのね。じゃあわたしも」

ズオ! 燕世の指先から放たれる光線もまた威力を増し、エネルギーの衝突する地点は一瞬で二人の中間に戻された。
再び拮抗状態が始まる。

しかし、燕世のほうはニコニコと笑ってなんとも余裕な様子だったが、対し巨人の方は目に見えて疲労していた。巨人にとって光線とはエネルギーの大半を消耗する大技だ。本来ならば怪獣に止めを刺すときに使用するもので、こんなに長時間放ち続けるものではない。
時間が長引けば、明らかに巨人の方が不利だった。
その胸に輝くカラータイマーが、早くも点滅し始める。

「えー? もうエネルギー切れなの? わたしはまだまだ強くできるんだけどなー」

言うと燕世の指先から放たれている光線が更に強力になった。
エネルギーのせめぎ合うポイントが、二人の中間から巨人側のほうに押し込まれ始める。
ジリジリと、ジリジリと、燕世の光線が巨人の光線を押し込んでいった。

「ほらほら、もっと頑張って」

クスクスと笑う燕世は光線を強くしてもなんとも余裕の表情だ。
しかし巨人は、すでに限界までエネルギーを搾り出し光線を放っている。これ以上光線を強化するどころか、光線を維持し続けることすら難しかった。それでも地球人の少女にバカにされたままではいられないと、命を振り絞って光線を放ち続けている。
だがそんな命懸けの光線も、すでに巨人の目の前まで押し込まれていた。


とそこへ、その巨人を援護しようと別の巨人が駆けつけて燕世の顔目掛けて光線を放った。
光線は、燕世の鼻先あたりに命中した。

「ふぇっ!?」

思わぬところへの命中。
しかも まるでこよりでくすぐるかのような威力の光線技は、燕世の鼻先をこちょこちょと刺激した。

「…は……ふぁ………ハックシュン!!」

鼻先を刺激された燕世は思わずくしゃみが出てしまった。
そのくしゃみで、今 顔目掛けて光線を撃った巨人は吹っ飛ばされる。

また、くしゃみというのはつい体に力が入ってしまうもので、くしゃみをしたとき、燕世は指先から放っている光線の力加減を間違えた。

  ハックシュン!!

  ズォオオ!!

燕世がくしゃみをした瞬間、これまで太さ1cm程度の威力だった光線が、一気に直径20cmほどにまで太くなってしまった。
桁違いの威力だ。
ギリギリ耐えていた巨人の光線など軽く消し飛ばして、燕世の太い光線は 巨人の小さな体をボッと呑み込んでしまった。
凄まじい威力の光線の中に呑み込まれ、見えなくなる巨人の姿。

「あ」

燕世はすぐに光線をとめたが、光線が消えても、その巨人の姿はどこにも見つからなかった。
あまりに強すぎるエネルギーに呑み込まれて、完全に消滅してしまったようだ。
塵一つの痕跡も残っていなかった。

「あー…ゴメン」

燕世は、すでに影も残っていないその巨人に対し手を合わせた。


巨人たちは、今しがた燕世が放った光線の恐ろしい威力に唖然としていた。
星ですら消し飛ばしてしまえそうな威力だった。
そもそも、光線まで使えるとは…。

この地球人は危険すぎる…。
なんとしても、ここで退治しておかなければならない。
巨人たちは、決死の覚悟で燕世に飛び掛った。

燕世の背後から一人の巨人が攻撃を仕掛ける。
すでに攻撃は命中寸前だ。ここまで近づいてしまえばどう動いても避けることはできない。
巨人は、突き出した拳に全エネルギーを集中させて燕世の背中を殴った。

だが巨人の拳は空を切った。
たった今までそこにあった、あの地球人の巨大な体がなくなっていた。
驚愕する巨人たち。
たしかに今の今まで巨人はそこにいた。しかし次の瞬間には消えていた。
移動したわけではない。そんな時間は無かったのだから。
突き出した拳が命中する寸前まではそこにいた。それから命中するまでのコンマ1秒以下の間に消えたのだ。

いったい何が起きた!?
奴はどこに行った!?

「あんたの後ろ」

!? 急ぎ振り返った巨人が見たのは、自分を見下ろしてニヤニヤと笑う巨大な顔だった。
しかし彼がその顔を捉えた瞬間には、彼の体は、左右から迫ってきていた燕世の両手の間に消えていた。

  パン!!

燕世が手のひらを合わせた音が、世界に響き渡った。

「うわぁ、バッチィ…」

燕世は手をブンブン振って、手のひらについた巨人のミンチを振り落とした。
ピッタリと合わさった燕世の手のひらの間で、巨人の体は縦向きにピシャンと叩き潰されてしまった。
燕世の手のひらには、まるでエジプトの壁画のような 真横から見た図の巨人の体がへばりついていた。

そんな燕世を、目を見開きながら見つめる巨人たち。
奴は、いつの間に我らの背後へ…。

その巨人たちの視線に気づいたのか、燕世は潰れた巨人のへばりつく手のひらを見せながら言った。

「へへっ、瞬間移動って奴さ(CV:悟空)」

シュン 手のひらについていた巨人の体が消えた。


巨人たちは、ニヤニヤと笑う燕世を見て息を呑んだ。
光線だけでなく瞬間移動まで…。
危険極まりない。いざとなったら星ごと滅ぼしてしまわなければならないかもしれない。

銀河警備隊隊長はちらりと背後を振り返り、そこに残っている20名ほどの仲間を見た。
仲間の残りは少ない。しかしこの地球人はここで確実にしとめておかなければ。
でなければこの地球だけではなく…宇宙全体が滅んでしまう。


「うぉおおおおおおおおお!!」


隊長は雄たけびを上げながら燕世に向かって突進した。
その隊長の様に、この戦いがどれほど重要なものなのかを悟った仲間の隊員たちもすべてのエネルギーを解放しながら突撃する。
例え命が尽きても、銀河警備隊がなくなることになっても、倒さなければならない存在。
巨人たちは、決死の覚悟で突進して行った。


凄まじい気迫で飛び掛ってくる巨人たちを見て燕世は笑った。

「ふふーん、じゃあ鬼ごっこでもしてあげましょうか」

ニヤニヤと笑う燕世。
その燕世に、一人目の巨人が飛び掛った。

  シュン 

だがその攻撃が当たる直前で、またその巨体が消えてしまう。
どこだ。どこに移動した!

隊長は周囲を見渡した。

「うしろー」

「!?」

声が聞こえると同時に、隊長は体を超高速で移動させた。
直後、隊長がいた場所を巨大な手が空振りした。

「お。良く避けたわね」

そう言う燕世の顔に、隊長は拳を叩き込もうとする。
しかしまたしても、攻撃が当たる直前で消えてしまった。

次は…!

と思っていると

「もーらい!」
「!」

別の巨人の背後に現れた燕世が、その巨人を手に捕まえていた。
ブチュ! 巨人を握った手から嫌な音が聞こえた。

そんな燕世に巨人が攻撃を仕掛けると、ニシシと笑った燕世は握り潰した巨人を投げ捨てて再び瞬間移動した。
消える燕世の巨体。

それは、今度は集団から一番離れたところにいた巨人の背後に現れた。
隊長がその巨人に逃げろと言う前に、その巨人の体は巨大な手によって地面に叩きつけられ潰れていた。

再び消えた燕世は今度は二人の巨人の目の前に現れた。
突然 目の前にあの地球人の巨大な体が立ちふさがったことに動転し二人は反応が遅れ、その隙に二人は燕世の両手に掴まれた。
隊長の真後ろでのこと。
気づいた隊長が手を伸ばし飛び込む先で、ニヤリと笑った燕世は二人を手に持ったままシュンと消えた。

直後、巨人の片方だけが握り潰された姿で現れた。

ついで燕世も現れる。
しかし、もう一人の巨人の姿ははどこにも無い。
隊長は燕世から目を離さないようにしながらも周囲に意識を向けもう一人を探した。


「くく、もうひとりの居場所が知りたい?」

ほくそ笑む燕世を睨みつける隊長。

「……ここよ」

ニヤニヤと笑う燕世は、自分のお腹をポンポンと叩いて見せた。
隊長以外の巨人たちも目を見開いた。

「丸呑みするにはちょっと大きかったから、瞬間移動で直接 胃に放り込んでやったわ。今頃わたしの胃液で溺れてるかもね」

  ビーーーーー!!

  シュン

隊長が速攻で放った光線を、瞬間移動で横に避ける燕世。
その燕世に隊長は飛び掛るも、直前でまたしても瞬間移動で逃げられてしまう。

燕世は、隊長の背後に立った。

「ほらほら、早くわたしを倒さないとあなたの仲間が消化されちゃうわよ。あんたたちって結構貧弱だから、何分ももたないんじゃない? もう体が溶け出してるかも」

燕世が笑いながら言うと再び隊長が燕世に飛び掛った。

それを瞬間移動で避ける燕世。追いかける巨人たち。避ける燕世。

  シュン

     シュン

   シュン

瞬間移動を連発し巨人たちを翻弄する。

「あはは、おーにさんこちら♪」

  シュン

たった今まで燕世がいた場所を、幾つもの光線が通過した。

「てーのなるほーおへ♪」

  シュン

燕世が消えた後、拳を突き出したり飛び蹴りの体勢で飛び込んだ巨人たちが通過した。

燕世の瞬間移動が速すぎて、とても追いつけない。

「ほらこっちこっち」

  シュン

「こっちだって」

  シュン

「あ、やっぱりこっちかも」

背後に、正面に、側面に、縦横無尽にテレポートしまくる燕世は、巨人十数人がかりで追いかけても捕まえられない。
全員が息を切らしていた。

「ふふ、じゃあ次はどこかな?」

  シュン

燕世の姿が消えた。
しかし今度は、周辺のどこにもその巨大な姿が無い。
どこに消えた!?
全員が、辺りを見渡した。

不意に、周囲が暗くなり、それに最初に気づいた隊長は、空を見上げた。
すると上空から、空を埋めつくすほどに巨大なお尻が迫ってきていた。

「ッ…!」

隊長が緊急退避の指示を出す前に、それは地上に落下してきた。



   ズッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!



日本中が揺れ動くほどの凄まじい衝撃だった。
その揺れは世界中で観測できた。

もうもうと立ち込める土煙が晴れた後、そこに現れたのは東京都心を丸ごと押し潰す超巨大なお尻。しかし落下の際の凄まじい衝撃は周辺の県を消し飛ばしてしまうほどに凄まじかった。
燕世は、東京の上に尻餅を着いていた。投げ出されている太ももは、右脚は神奈川県の上に、左脚は千葉県の上に乗せられている。

それまでの100倍。10万倍もの大きさになっていた。

「次はあんたたちの真上、でした」

先ほどまで巨人たちと戯れていた東京都心は燕世の尻の下に消えてしまっている。燕世から見れば4cmほどの大きさだった巨人たちも、10万倍の大きさになった今の燕世からすれば0.4mmというシャーペンの芯の太さほどもない大きさの小人になる。
そんな彼らが、燕世の尻の下敷きになって無事でいられるはずもない。巨人たちは全員、東京の街とともに燕世の尻に押し潰されてしまった。宇宙警備隊のすべての隊員が、燕世の穿くぱんつの下敷きになって消えていた。

今や身長160kmとなった燕世のその尻の幅は30kmほどもある。そしてその体重も数百億tというとんでも無い値だ。そんなにも巨大で重いものが落下してきた衝撃は、隕石の衝突にも勝る凄まじいものだった。
燕世が東京の上に尻餅を着いた衝撃で、首都圏は消し飛んでいた。燕世の尻は周辺の県も吹き飛ばしてそこに巨大なクレーターを穿った。
東京湾の北部が丸くなってしまった。燕世の尻餅で穿たれたクレーターのせいである。

日本地図を書き換えた燕世は立ち上がるとお尻をパタパタとはたいた。
スカートについていたビルほどの大きさの岩や土が、関東に雨のように降り注ぐ。

今となっては雲さえも燕世のくるぶし程度の高さを飛ぶ存在だ。蹴散らすことも、吹いて散らすことも、吸い込むことさえできてしまう。

立ち上がって足元の東京を見下ろしてみると、自分が尻餅を着いてできたクレーターに東京湾から大量の水が流れ込んでいくのが見えた。
丸いクレーターに徐々に水が溜まっていく。

自分のちょっとした行為で世界規模の変動が起きる様を見下ろすのは、とても気持ちがいい。

「んー楽しかった。やっぱ巨大娘は暴れないとね」

超大型ミサイルが爆発したり10万倍でヒップドロップしたりで壊滅した地球を見渡して、燕世は満足そうに頷いた。



 おわる