ある日。

  ピンポーン

呼び鈴が鳴る。

 ハル 「はーい」

ハルが玄関のドアを開けると

 アスカ 「おいすー」

アスカが手を開けて立っていた。

 ハル 「あ。アスカさんいらっしゃい。どうしたんですか?」
 アスカ 「ふっふっふ、実はまた新しいアプリを作りましてね…」

にやりと笑うアスカに「う…」とやや顔を引きつらせるハル。

 アスカ 「おや、浮かない顔だね」
 ハル 「…流石に前回のはちょっと…」

前回、というのは、サイズチェンジャーによってうっかりと巨大化してしまったときのことだった。
1000倍の時には小さな家々をお尻の下で押し潰してしまい、100万倍のときには関東地方を丸ごとお尻の下敷きにしてしまい、10億倍の時には危うく地球をパンツ越しに割れ目の中に咥えてしまうところだったのだ。

その時の事を思い出し、思わずお尻を押さえるハル。

 アスカ 「やーめんごめんご。ま、今回作ったのは大丈夫。自分達に影響の出るものじゃないから」
 ハル 「…ほんとですか?」(ジト目)
 アスカ 「ホントホント。まぁ見るだけ見てよ。きっと気に入ってもらえるから」
 ハル 「…」

ニコニコと笑いながら薦めてくるアスカに、根負けしたハルはため息をついてアスカを招き入れた。

 ハル 「はぁ…どうぞ」
 アスカ 「おじゃましまーす」

アスカの元気な声に、またため息をつくハルだった。


  *
  *
  *


ハルの部屋。
座布団の上に座り、低めのテーブルの上に置かれたジュースを手に取りストローに口をつけるアスカ。

その前に座るハルも、ジュースを一口飲んですぐにコップを戻した。
 
 アスカ 「そういえばシュウは?」
 ハル 「今日はちょっと東京まで出かけてます。欲しいものがあるとかで」
 アスカ 「ふーん」

あまり興味がなさそうに返事をしながらアスカはジュースをすすった。

 ハル 「…それで? 今日は何を作ってきたんですか?」
 アスカ 「そんな警戒しなさんな。今日はハルちゃんの為に作ってきたんだからさ」
 ハル 「…わたしのために?」
 アスカ 「そそ。………前回は随分と愉しそうにシュウをイジメてたじゃないの」
 ハル 「…っ!」

アスカが声を潜めて言ったその言葉に、ハルはビクッと震えた。

 ハル 「あ、あれはアスカさんの作った精強剤のせいでああなってたわけで…!」
 アスカ 「ふふーん?」
 
ハルは慌てて弁解するが、アスカのニヤリと笑う顔は変わらなかった。


 ハル 「な、なんですか…?」
 アスカ 「いやいや、あのときのハルちゃんはホントに愉しそうにシュウをいじめるために色々やってたなーと思って。 ……………本当は『元気君』の効果なんてとっくに切れてたんでしょ?」
 ハル 「う…っ!」

…。思わず言葉に詰まるハル。

 アスカ 「まだ開発途中だったから効果時間にも個人差はあるだろうしね。シュウは一週間くらい続いたけど、ハルちゃんはすぐに効果切れてもおかしくないし。 …『元気君』を使って欲望が暴走してるにしては随分としっかりとした意思があるなーって思ってたのよ」

にやにやと笑いながら言うアスカの言葉に、ハルは顔を赤くした。

 アスカ 「ハルちゃん、自分の意思でシュウのこといじめてたんだよね」

んー? と顔を寄せるアスカ。
根負けしたハルが顔を真っ赤にし両手を振り回して慌てて言い訳をし始めた。

 ハル 「あ、あれはですね! ただちょっとお兄ちゃんが小さくなってとてもかわいくてそしたらなんだかいじめたくなっちゃっただけでして…!!」

語るうちにポロポロと出てくる本音。
ハルは落ちまくっていた。

 アスカ 「まぁまぁそう赤くならないで。思えばハルちゃんて昔から小さい生き物いじめるの好きだったわよねー」
 ハル 「えぇ!? そうでした!?」
 アスカ 「うんうん。小さい頃なんかありの巣におしっこかけてアリ達がパニックになるのをクスクス笑いながら見下ろして……」
 ハル 「わ、わーーわーーわーー!! そんなこと思い出さなくていいですから!」

慌ててアスカの口をふさぐハル。

 アスカ 「おうふ。……ま、今回はそんなハルちゃんの性癖に答えるアプリを作ってきたわけですよ」
 ハル 「せ、性癖って言わないでください…」

ハルは顔を赤くして正座している太ももをモジモジとすり合わせた。
そんなハルの前でアプリの準備を始めるアスカ。

 アスカ 「ではいきますよー。ポチッとな」

アスカがスマホの画面に触れる。
すると、ジュースとかを置いている低めのテーブルの上に、1000分の1サイズの10階建てのビルがひとつ現れた。

 ハル 「え!? これって…」
 アスカ 「ふっふっふ、これぞ今回あたくしが新しく発明いたしました『ミニチュア製造機~(ダミ声)』であります!」
 ハル 「み、ミニチュア製造機?」
 アスカ 「そうそう本物そっくりのミニチュアを作るの。形、素材、何から何まで本物と同じよ」
 ハル 「へー…」

ハルはテーブルの上に現れた10階建てビルを見下ろして感嘆の息を漏らした。
1000分の1サイズということでそんなビルも高さ3cmほどと指の半分の大きさも無いが、その精巧さはまさに本物と呼べるものだった。

 ハル 「凄いですねー」
 アスカ 「しかもアプリで何度でも簡単に作れるから…」

言いながら手を伸ばしたアスカは、テーブルの上の10階建てビルを指先でクシャッと押し潰した。

 ハル 「あっ!」
 アスカ 「こんな風に壊しちゃっても大丈夫」

アスカが指をどけると、たった今までビルがあった場所には砂粒のように細かい瓦礫が広がっていた。

アスカの指先でビルが簡単に押し潰されてしまったその光景は、ハルの胸をキュンと高鳴らせた。

 アスカ 「ふふふ、これを使って町を再現すれば、いつでも巨人になった気分で町を滅茶苦茶に破壊することもできるのだ。小さいものを嬲るのが好きなハルちゃんにはピッタリだと思うよ」
 ハル 「そ、そうですか…?」

やや疑問系の形になったが、実際ハルの心はそのミニチュア製造機に惹かれていた。

 アスカ 「まぁ、まずは試してみ」
 ハル 「は、はい…」

手渡されたスマホを見るハル。
画面にはシンプルに『作成』と文字が表示されていた。
これなら前回のように操作ミスしてしまうことは無いだろう。

立ち上がったハルは、その『作成』の部分にポチッと触れた。
すると足元に、1000分の1サイズの町並みが広がった。
高さ1cmの小さな家が密集した住宅街。ちょっと高いビルが集まった町の中心部。
そして、駐車場に停められている米粒のような大きさの車たち。
それらが、自分の足元を埋め尽くして広がった。

まるで本物の町みたいである。

 ハル 「す、凄い…!」
 
思わず口にしていた。

 アスカ 「にひひ、でしょ~」

アスカがドヤ顔でハルを見ていた。

 ハル 「ほ、本当に凄いですね。まるでまた巨人になったみたい…あれ? それに空も…?」

見上げれば、天井があるはずの上には青空が広がっていた。

 アスカ 「ああ、雰囲気を出すために演出してるの。でも雰囲気を出すための工夫はそれだけじゃないよー」
 ハル 「え…?」
 アスカ 「んふふ、足元をよーく見てごらん」

ニヤニヤと笑うアスカに首をかしげるハル。
言われたとおり自分の足元をよーく見てみる。
すると、幅1cm無い細い道の上を、たくさんの点が動いているのが見えた。

 ハル 「?」

何かと思いしゃがみこんで目を近づけてみれば、それらは、1000分の1サイズとゴマ粒のような大きさの人間達だった。

 ハル 「ひ、人っ!?」

思わず立ち上がり一歩後ずさるハル。
するとそこにあった住宅たちが、黒い靴下を穿く足によってズシンと踏み潰された。
そこでハルは、そこにも逃げ惑う人々がいたであろうことに思い当たった。

 ハル 「あっ!」

思わず足を持ち上げてみてみる。

足を持ち上げてみると、そこには自分の足跡がくっきりと残され、その周囲はまるで大地震にでも見舞われたかのように瓦礫に変わっていた。
足跡の中は完全に押し潰され、人どころか、建物すら原形をとどめていなかった。

 ハル 「ど、どうしよう…」

人々を踏み潰してしまい、困惑するハル。
だが、

 アスカ 「あは、心配しないで。それもアプリで作った演出だから」
 ハル 「そ、そうなんですか!?」
 アスカ 「うん。本物の人間じゃないから安心して」
 ハル 「…よ、よかった~」

ふぅ~っと安堵の息を吐き出したハルは体の力が抜けたのかその場にへたり込んでしまった。


  ズズゥゥウウウウウウウン!!!


そこにあった住宅街がハルの巨大なお尻によって押し潰された。

 ハル 「あ…」
 アスカ 「ニシシシ、ま、そういうわけよ。どう? わくわくしない?」
 ハル 「そ、そうですね…。……わくわくっていうより、ゾクゾクしてきちゃいます」

住宅街にへたりこんだまま横の地面を見下ろしたハルは、そこに逃げる人々を見つけにやりと笑うと、右手をその上にそっと押し付けた。

 クシャ

手のひらの下で、脆い家々が潰れる感触がした。
手を持ち上げてみれば、そこは手の形に家々が潰れていた。
その間の道を逃げていた人々の姿は、どこにもなかった。

 アスカ 「流石ハルちゃん、もう順応したみたいね」
 ハル 「ふふ、だってこんな小さな人々をいじめても誰にも文句言われないなんて最高じゃないですか」

言いながら足を伸ばしたハルは、そこにあった住宅街の上にズシンと踏み下ろすと、そのまま横にズズズ…と引っ張った。
何百の家々がハルの足によって瓦礫を伴った土砂へと変えられ、人々はその瓦礫の津波に呑み込まれた。
一瞬で、東京ドーム数個分の面積の住宅街が更地に変わった。
ハルが、少し足を動かしただけでである。

 ハル 「ん…でも、なんかこの前のときよりはちょっと物足りないかも…」
 アスカ 「なるほどー。つまりハルちゃんは、小さくなったシュウをいたぶるのが好き、と」
 ハル 「え!? そ、そうなんでしょうか…」
 アスカ 「んふふー、小さくなったお兄ちゃんを指先でこねくり回したり足の指に挟んで弄んだり、ぴーぴー泣き叫ぶお兄ちゃんをズンと踏みつけて屈服させるのが好き、と」
 ハル 「…はぅ……っ」

アスカがにやにや笑いながら言う具体的な例に、ハルは股間がキュンときてしまった。

 アスカ 「いやーハルちゃんは生粋のドSだねー。シュウも大変だこりゃ」
 ハル 「うぅ…」

ハルは顔を真っ赤にした。

 アスカ 「ま、シュウには及ばないけど、こんなミニチュアでも欲求不満の解消にはなるでしょ。しっかり楽しんで」
 ハル 「あはは、そうですね。……たっぷり愉しませてもらいます」

ハルは自分の周囲の住宅街をにやりと笑いながら見渡した。


  *
  *
  *


数分後、町は完全に壊滅していた。
すべての建物が瓦礫にかわるか、巨大な足跡の中に消えていた。
いたるところから黒煙が巻き上がり、まるで爆撃でも受けたかのような惨劇。
生存者は皆無だった。

ハルがただ歩き回るだけで町は壊滅した。
黒いソックスを履いたハルの足は全長240mもある。
それはおよそ東京ドームの直径とほぼ同じ大きさだった。
そんな巨大なものが体重を乗せて遠慮なくズシンと踏み下ろされれば、その一歩だけで住宅街は壊滅してしまう。
数十の家が足の下敷きになり踏み潰され、直撃を免れた家も、足の起こした振動によってガラガラと崩れ落ちてしまう。
ハルが一歩歩くだけで、住宅街ひとつが壊滅した。
3歩歩けば3つの区画が壊滅する。
歩き回れば、それだけで町は瓦礫に変わってしまうのだ。
意図的に攻撃する必要も無い。わざわざ狙って足を下ろす必要も無い。
ハルは、ただ歩くだけで町を瓦礫に変えてしまうことができるのだ。

 ハル 「ふぅ…ま、こんなものですね」

自分の足元に広がる壊滅した町を見渡してハルはくすくすと笑った。

 ハル 「でも靴下が汚れちゃった、洗わないと…。それに床も片付けないとだし」

持ち上げてみた靴下を履いた足の裏は、土と瓦礫で汚れていた。
しかしそこに踏み潰された何千人という住民の痕跡はどこにも見つけられなかった。

そうやって足の裏を見て言うハルに、

 アスカ 「ノープロブレム」

アスカは言った。

 アスカ 「これはミニチュア製造機で作った架空の町だから、町を消去すれば…」

言いながらスマホの画面に映る『消去』の文字をポチッする。
すると、ハルの足元に広がっていた瓦礫の町はパッと消えてもとの床に戻っていた。
同時に、ハルの足の裏についていた汚れも消えていた。

 ハル 「あっ!」
 アスカ 「このとおり全部消せるのです。あとしまつも簡単♪」
 ハル 「すごい、画期的ですね♪」
 アスカ 「ニシシシ、そうでしょそうでしょ」

笑いあう二人だった。

 ハル 「そっか。後片付けの心配がいらないなら、もっと大きな町を壊したほうが面白そうですね」
 アスカ 「おお~いいね~。んじゃ、どっか理想の町とかある? 実在する町でもいいよ」
 ハル 「えーと、そうですね…。あ、じゃあ丁度今お兄ちゃんの行ってる『東京』で」
 アスカ 「おお、王道だね。そいじゃせっかくなんで『ダイナミックモード』にしてあげよう」
 ハル 「ダイナミックモード…ですか?」
 アスカ 「そうそう。ミニチュア都市をよりリアルに感じられるようになるの。ま、百聞は一見に如かず、試して見た方が早いーね」

ポチッ アスカがアプリを起動する。
すると再び足元に町が作られた。
しかしそれは先ほどお試しで作った町のように足元にだけ広がる小さなものではなく、見渡す限り一面に広がる広大なミニチュアの世界だった。
部屋の壁も消え、どこまでも続いているかのような無限の世界。
上には青空が広がり、まるでミニチュアの世界に来たのではなく、本当に巨大になってしまったかのような感覚。

 ハル 「すごい…!」

ハルは感嘆の言葉を口にしていた。
どこを見ても小さな町並み、小さな世界が広がっている。
自分より高いものが存在しない。ていうかほとんどの建築物が、自分の膝の高さにも届かなかった。

 アスカ 「これが『ダイナミックモード』よ。本物みたいでしょ?」

笑いながら言うアスカ。
当然、アスカの足元にもミニチュアの東京の街は広がっている。
アスカの履く白のハイソックスですら、周囲の超高層ビルの高さを超えている。
1000分の1サイズの東京が、二人の足元にあった。

肌に感じる風も。空に流れる雲も。
見渡す限りの小さな町も。そして、その合間に蠢く小さな車や人も。
なにもかも、みんな本物のようだった。

 ハル 「本当に本物みたいですね」
 アスカ 「でも本物じゃないから何をしてもオッケー。全部壊しちゃってもいいよー」
 ハル 「あはは、いいんですかー?」

と言いつつも早速片足を持ち上げ、足元にあった低層ビルが密集していた地区に踏み下ろす。
ぐしゃ。ビル群は簡単に潰れ去った。さきほどの小さな住宅街と違って大きさと頑丈さがある分 多少っ感触がある。
だが靴下越しに感じる感触は実に儚く、まるで砂で作った箱を壊しているようだ。
これが立派な建築物なんて信じられないような貧弱さだ。
自分の足の下であっさりと潰れてしまうビルたちの貧弱さといくつものビルを簡単に潰してしまう自分の圧倒的な巨大さのギャップにゾクゾクとする。
テンションが上がってくる。
見れば自分が踏み下ろした足の近くの道路にも無数の点が動いている。
小さな小さな人間だ。自分の足と比較しても比べ物にならないくらいに小さい。
しかしそれが、自分と同じ人間であると思うと心が疼く。

 ハル 「ふふ、たっぷりいじめてあげるからね」

ハルは完全にスイッチが入っていた。


  *
  *
  *


「はぁーやっと着いた…」

電車に揺られてなまった体を伸ばす俺。
とりあえず駅を出て、地図を見て、目的の店へ。

と思った矢先、


  ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!


とてつもない大揺れが発生し、俺は丁度いたロータリーの地面へ転がった。

 シュウ 「い…っ!」

転んだ際に体を打ち付けてしまった。腕が痛む。
顔を上げてみれば周囲にいた他の人たちも同じように地面に投げ出されていた。
皆が打ちつけた箇所をさすっている。中にはそのまま泣いてしまった子供などもいた。

しかもそれだけではない。
幸いにも駅は無事だったが、周囲にあったいくつかの建物は、今の衝撃を受けてガラガラと崩れ落ちてしまった。
まるで映画のワンシーンのような光景。しかしその迫力は映画館のそれすら超えた凄まじさだった。
現実に、目の前で高層ビルが崩れ落ちる瞬間。
思考が止まっている間に、ビルは完全に崩れ落ちて瓦礫になっていた。
ビルが崩れ落ち終わって、ようやく我に返る。

 シュウ 「な、何が起きたんだ!? 地震!? 爆発!?」

慌てて辺りを見渡した。
すでに大勢のけが人が出ているらしい。建物が崩れた瓦礫の山に向かって叫んでいる人もいる。
とにかくもう、日常ではないことが起きているんだ。
地震!? ガス爆発!? タンクローリーの大爆発か!?
も、もしくは犯罪組織のテロ!? ミサイル攻撃!?

などと恐ろしげな予想に血の気が引くのを感じながら背後を振り返ったときだった。
そこに、壮絶な違和感を発するものがあった。
周辺の高層ビルなどよりもはるか上空にまで届くとてつもなく高く巨大な、黒い柱。
窓の一つもないそれは絶妙な流線型をしていて建造物というには妙な素材で出来ているようだった。

と、視線をその黒い塔の頂を望むべく上に向けていけば、どんどんと太くなる黒い塔は途中で途切れ、そこからは肌色へと変わっていた。
ここで、俺の中に一つの可能性の火が灯る。

 シュウ 「…は?」

まさか。という程度の印象。しかし次の1秒後にはほとんど確信に変わっていた。
肌色の部分の上には、オーロラのようにはためく巨大なミニスカート。
肌色の塔はその中に消え、よくよく見てみればそこからはもうひとつ同じような塔が生えていた。

あらゆる情報をすっ飛ばし、俺は一気にその存在の頂点を見ることにした。
そして見た、その1600m弱の高さの値にあるものを確認して、名を呟く。

 シュウ 「ハル…」

それは妹の名。
そして間違いなくそこにいるのは妹である。
1000倍の大きさに巨大化したハルが、俺とは駅を挟んで向かいのビル群に、その黒いニーソックスを履く足を踏み下ろしている。

いったい何が、などという疑問はわいてこない。
元凶はアスカしかありえないからだ。
問題はこんな大事を引き起こしていったいどうするつも……

などと思っていたときだった。


  ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ……!!!


地面が再び揺れ始め俺は再び地面に転がされた。
先ほどのように凄まじい衝撃による大揺れではなく、先と比べれば小さな揺れがいつまでも続いている。
小さいと言ってもあくまで比較の上であって、俺にとっては立っていられないほどの大揺れであることには違いない。

何かと思えばあの黒く巨大な塔にも見える、ニーソックスを履いた右脚が動いていた。
その動きに伴うようにしてこの揺れと轟音は発せられているように思える。
あの動きからして、ハルは足を踏みにじらせている。
巨大な足で地面をグリグリ踏みにじっているのだ。
たったそれだけのことでこんな立っていられないほどの大揺れが周囲に発生するのか。
あいつがちょっと足を動かすだけで、俺を含む周辺の人々は地面の上に転がされ這い蹲らされた。

 シュウ 「うわああああ! あのバカども! こんなことしてどうするつもりだよ!」

ほとんど悲鳴に近い叫び声だった。
とそのとき、近くにあった建物が揺れに耐え切れなくなって崩れ落ちた。
その建物の周囲で地面に倒れていた人たちが、崩れ落ちたビルの瓦礫に呑まれて下敷きになった。
俺は頭が真っ白になった。
妹の引き起こした災害で、人が死んだのだ。

 シュウ 「う…」

だがそれに動揺している暇も無い。
引き起こされている揺れに、俺の周囲の建物も崩れかけ始めていたからだ。
俺は何度も転がりながら、その場から逃げ出した。


  *
  *
  *


右足を小さなビルの密集する部分に下ろしてグリグリと動かすハル。
すると足の下敷きになったビルだけではなく、足の触れていない周辺のビルもガラガラと崩れ落ちていった。
自分がちょっと足を動かしただけで触れてもいないのに崩れ落ちるビルの脆さと自分の力の強さに快感を覚える。

そしてここにはそんな快感を与えてくれるものがそれこそ足の踏み場もないほどにある。
そしてそれらの根元にはその何百倍何千倍もの人がいる。
もっともっと楽しめそうだ。

ハルは東京の街を歩き始めた。
足を下ろすたびに小さなビルたちが足の下でくしゃっと潰れるのを感じる。
霜柱を踏むよりも儚い感触。まるで枯葉を踏んでいるかのようなあっさりとした感触だ。
きっとたくさんの人も踏んじゃってるはず。
でも全然わからなかった。

 ハル 「あはは、脆すぎますよみなさんの町。ほらほら、踏まれたくなかったら早く逃げてくださいね」

などと言いながら町の上をテクテクと歩くハル。
ハルが足を下ろしたところには全長240mにもなる巨大な足跡が残されていた。
そこにあった建物や人々の痕跡など一切残らないほどに圧縮された地面だ。
町の中に、ぽっかりと足型の穴があいていた。
それはハルが歩くたびに新たにひとつ形成される。
すでにいくつもの足跡がこの東京の街に残され、その部分は完全な更地に、そしてその周囲のビルなどは衝撃によって瓦礫となって崩れ落ちていた。
ハルの足跡の周囲はグラウンドゼロだった。しかもそれは今も1秒に1個以上のペースで作られている。
東京都心が次々と破壊されていった。
ハルが足を下ろした場所を起点に始まる破壊。そしてハルが歩くほどに移動してゆく破壊。
未曾有の大災害が、ハルがただ歩くだけで引き起こされている。
もちろんハルとしても自分が引き起こしている破壊の規模は認識している。
巻き込まれているであろう人々の数も、テキトーではあるが予想している。
だが、罪の意識は全く感じていなかった。
所詮は、アプリで作った架空の町。
ゲームみたいなものなのだから。

ミニチュアの町をぶらついていたハルは、ふと足を止め、なんとなくしゃがみこんで自分の足元を見下ろしてみた。
足元には高さ数cmの小さな箱がそこかしこに散りばめられていて、その隙間を縫うようにたくさんの道路が交差している。
そして、その狭い道路の上を無数の点が動いているのが分かった。
うごうごと無数の点が蠢くのは気持ち悪くもあったが、それら点のひとつひとつが人間だと思えばその考えは逆転する。
数え切れないほどの数の人間が自分の足元で動いている。走っているのか、歩いているのか、はたまた留まっているのかすらも、小さすぎてわからない。
存在価値を疑ってしまうほどに小さいのだ。

ハルはしゃがみこんだ状態から膝を着いた。
幾つものビルと車と人々が、ハルのニーソックスに包まれた膝の下敷きになって視界から消えた。
町全体がズズン! と縦に揺れた。
更に両手を着き四つんばいの格好になる。広大な範囲がハルの巨大な手の下敷きになって押し潰された。手の下で柔らかなビスケットたちが砕けるような感触だった。
その状態から更に上半身を伏せさせるハル。そこにあった小さなビル群の隙間の道路を逃げる人々を、もっとよく見るためだった。
ビル群に顔を寄せ、真上から覗き込む。
周囲は、降下してきたハルの巨大な顔の作り出す影につつまれ暗くなった。車などはライトを点けねば走れまい。
人々は、はるか上空にあった巨人の顔が、あっという間に自分達の頭上に現れたことで悲鳴を更に大きくした。
左右に聳え立つビルのその谷間からは、その巨大な顔の全景を望むことは出来ない。ビルの隙間に、顔の一部が見えるだけだった。

ハルが顔を地面のビル群に近づけたとき、当然その長いツインテールは地表面に触れていた。
まるで巨大な大蛇のように町の上に無造作に投げ出される二本の髪の束はその重みだけでビル群を押し潰し、またハルが顔を動かすたびに僅かに引っ張られるそれはビル群をゾリっと削っていた。

ハルは鼻先が真下のビルに触れてしまいそうになるほどにまで顔を寄せていた。
ぷるんと柔らかそうな唇がビルの屋上にキスをしてしまいそうだった。
そうまで顔を近づけても、直下のビルの谷間を逃げる人々は、相変わらず点のように小さかった。
多少 手足が見えるようになったような気もするが、それでも彼らが点であることにかわりはない。
どんなに顔を近づけてよく見ても、彼らは点以上にはなれなかった。

 ハル 「うわぁ、小さすぎてひとりひとりの顔なんか全然わからないですね」

顔下のビル群の谷間を逃げる無数の人々を見下ろしてハルは笑った。
そしてハルが言葉を発すると、そのとてつもない爆音に周囲数百m圏内のガラスが1枚残らず吹っ飛んだ。
一瞬だった。ガラスたちはコンマ1秒も耐えることが出来ず、一瞬で塵に変えられてしまった。
まだその圏内にいた人々全員が聴覚を失った。爆弾の音ですら軽がるとかき消してしまうほどの凄まじい声のボリュームはおよそ1万人の鼓膜を破り血を吹き出させるのに十分すぎる威力を持っていた。
口の直下にあったビルなどは、ハルが喋るとその衝撃に耐えられずガラガラと倒壊してしまった。小さな家屋などは何十mと離れていたのに耐え切れずに崩れ落ちていた。
更にハルの声の凄まじい衝撃は道路に亀裂を走らせアスファルトをめくり上げ、その声によって地面に投げ出され悲鳴を上げながら蹲っていた人々もろとも吹き飛ばしていた。
顔を寄せたハルがちょっと喋っただけで周囲にいた人々はみなが聴力を失い、より口の近くにいた人々はハルが喋っただけで絶命していた。
ハルがちょっと喋っただけで、ハルの口の周囲の町は破壊されてしまった。
声だけではない。ハルの吐息は地表を逃げていた人々や車をまとめて吹き飛ばし道路を無人に変え、ハルの鼻息は崩れ落ちたビルの瓦礫などを人々ともどもどこかへ吹っ飛ばしてしまった。
ハルが何をしても人々にとっては大災害だった。

 ハル 「あらら、声だけで飛んでっちゃった…」

自分が少し喋っただけで直下の道路にいた人々がみんな吹っ飛んでしまった。
そのあまりの貧弱さに流石のハルも苦笑してしまう。

 アスカ 「にゅふふ、ハルちゃん楽しそうね」

離れたところから見ていたアスカが微笑ましく笑う。

 ハル 「はい、まるで町全体がおもちゃになったみたいです」

伏せていた状態から上半身を起こしたハルが答える。

 アスカ 「そうでしょそうでしょ。ま、実際におもちゃみたいなものだけど。でもハルちゃんてホントに楽しそうに壊すわよねー。怪獣だってビックリするよ」
 ハル 「えぇ!? 流石に怪獣には負けるんじゃないかと…」

座った状態から立ち上がったハルがアスカの方に歩いてくる。
その過程で、足元の町で悲鳴上げながら逃げていた人々が次々と踏み潰されていった。

 アスカ 「いやいや、本物(?)の怪獣はここまで大規模な破壊はできませんから。見せたげよっか」

アスカはスマホをポチッと操作した。
するとハルの目の前に巨大怪獣がボンと出現する。


『ぎゃおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


出現した怪獣は大きく咆哮を上げた。

 ハル 「…え?」

その咆哮に初めて怪獣が出現したことに気づいたハルは、その咆哮の聞こえた場所、自分の足元を見下ろしてきょとんとした。
黒いソックスを履いていくつものビルを踏み潰している自分の両足の前に、身長5cmほどの小さな動物がいた。
周辺の低層ビルよりは大きかった。

 ハル 「こ、これが怪獣ですか…?」
 アスカ 「そだよー。これが有名なウルトラシリーズに登場する怪獣の一般的な大きさです。身長およそ50m。尻尾までいれるともうちょっと大きいかな」

アスカがニヒヒと笑う。
その足元では怪獣が咆哮を上げながら周囲のビルを破壊していた。

人々にとっては大巨人たちの襲来に加えて怪獣まで出現して最早理解不能な状況であった。
しかし、

 ハル 「わぁかわいいですね♪」

もともと小さい物好きのハルは、自分の足元でちまちまと暴れるそんな怪獣をかわいくも思っていた。
周辺のビルを破壊し、逃げ惑う人々に火炎の息を吹きつける怪獣の愛くるしさに目を輝かせる。

 アスカ 「ふふ、ハルちゃんハルちゃん、みんなが困ってるからちゃんと退治してあげないと」
 ハル 「え? 退治…ですか?」
 アスカ 「そうそう、みんなを困らせる悪い怪獣は退治されるのが常識だよ。ここにはヒーローはいないから、ハルちゃんがやってあげないと」
 ハル 「は、はい…」

とは言ったものの怪獣の退治なんてしたことのないハル。
とりあえずしゃがんで、怪獣のしっぽを摘んで持ち上げてみる。
すると怪獣はあっさりと捕まった。

立ち上がったハルの右手の指にしっぽの先を摘まれ、逆さ釣りにされる怪獣はピーピー叫びながら暴れていた。
人々にとっては軍隊を出動させなければならないような巨大怪獣も、ハルにとっては小動物みたいなものである。

そしてつまみあげてみたはいいものの次にどうしたらいいのか考えていないハル。
眉を寄せ「うーん…」とハルが考えていると、

  ゴオオオオオ!!

怪獣がハルに向かって火を噴き、

 ハル 「わっ!」

それに驚いたハルは指を放してしまった。
開放された怪獣はおよそ1000mほどを落下して町に激突した。
一瞬で虫の息である。

 ハル 「あ、落としちゃった…」

ビル群を押し潰し落下の衝撃で周辺を壊滅させクレーターの中で横たわる怪獣を見下ろしてハルが呟く。

 アスカ 「まーまーどうせ架空の生き物なんだから気にしなさんな。それに悪い怪獣だしね」
 ハル 「………それもそうですね」

言うとハルは片足を振り上げ、地面に横たわる怪獣の上に翳した。
身長50mの怪獣の上に、全長240mにもなる巨大な足が被さった。
およそ、怪獣の五倍もの大きさのある足である。

ハルは足を振り下ろし、そんな怪獣をズシンと踏み潰した。
ぶちゅっ。怪獣の潰れる感触がソックス越しに感じられた。
人々が兵器をもってしても抗えない怪獣が、ハルが足を下ろしただけで退治された。

 ハル 「うわっ…やな感触ー…」

ハルはそーっと足を持ち上げた。
町の中に残された巨大な足跡の中央には怪獣だったものらしきミンチがあった。
ソックスの裏が、怪獣の体液を吸って濡れていた。

 アスカ 「ほい、お疲れ様。ハルちゃんがいれば怪獣が来ても大丈夫だね♪」
 ハル 「うぅ…でもこの感触は好きになれないかも……。靴下も汚れちゃったし…」

言いながらハルは怪獣の体液を吸ってべとべとになってしまった靴下を指先に摘んでそーっと脱いで投げ捨てた。
全長600mにもなる超巨大なニーソックスが町の上にズシャっとのしかかる。
両足の靴下を脱ぎ捨てたハルは素足になった。

 ハル 「あ。このほうが足の下で潰れる建物の感触とかが分かっていいかも」

素足となったハルの足に踏み潰されていくつもの建物が瓦礫に変わる。
その感触を楽しむように足をグリグリと動かしたり足の指をもじもじと動かすハル。
足の裏の下で砕け散るビル群の瓦礫や指の間でひねり潰される小さなビルの感触を楽しんだ。

 アスカ 「じゃあついでにヒーローも出してみよっか」

アスカがスマホを操作するとまたハルの足元に小さな生き物が現れた。
銀色を基調としたボディに赤色のラインが走っている。

 ハル 「あ…これって昔お兄ちゃんが好きだった…」
 アスカ 「そう、あの有名な巨大ヒーローです」

と言う二人の足元に立つ巨大ヒーロー。
しかし身長40mとビルのように巨大なヒーローも、身長1600mの二人からすればかわいいものだ。
二人から見ればヒーローは身長4cmしかない。
手の小指ほどの大きさも無かった。

ヒーローは驚愕していた。
これまで無数の怪獣宇宙人と戦ってきた彼だが、こんなにも巨大な宇宙人と相対するのは初めてだったからだ。
宇宙的には巨人に属するはずの自分が、あまりにも小さく惨めに感じられた。
ヒーローは目の前の巨人たちのあまりの巨大さに臆し、思わず後ずさっていた。
その時、守るべきはずの人々を踏み潰したことにも気づかないほどに動揺していた。

 ハル 「そうだ。これ写真に撮ってお兄ちゃんに送ってもいいですか? 自分が好きだった巨大ヒーローが手のひらに乗せられてる写真を送られたら、きっと悔しいと思うんですよ」
 アスカ 「おおーさすがハルちゃん、シュウをいじめることには天才的ね」
 ハル 「そ、そんなんじゃないですよ! ただ、普段生意気なお兄ちゃんにちょっとした仕返しをですね…!」

アスカの言葉に顔を赤くしながら反論するハル。
同時にしゃがみこんで足元のヒーローに手を伸ばすだが…。

このときヒーローは大巨人の片方がしゃがみこみ、自分に向かってとてつもなく巨大な手を伸ばしてくるのに恐怖した。
ぐわっと開かれた指のその一本一本が自分の身長よりも長いのだ。
小型人類を手に乗せたことのある彼も、巨大な手が迫ってくると言う行為がここまで恐ろしいものだとは考えたことが無かった。
しかもその手の動きは繊細と言うよりはあまりにも無造作で、その動きは、これから触れようとしている自分の存在を明らかに軽く扱っていると言う証だった。
もしあの巨大な手に囚われたら何をされるかわかったものではない。

ヒーローは、そんな明確な思考からではなく、恐ろしく巨大な手が自分目掛けて迫ってくると言う恐怖から、その手に攻撃をしていた。

 ハル 「熱…っ!」

手に灼熱感を感じて思わず手を引っ込め立ち上がるハル。
灼熱感の原因は明白である。
足元のヒーローが光線を放つポーズをとっていた。昔お兄ちゃんがよくやっていたポーズだ。
このヒーローが自分に向かって光線を放ったのだ。

 ハル 「な、何するんですか! ちょっと手を伸ばしただけなのに…!」

ハルは憤慨して足元のヒーローをにらみつけた。
ヒーローはハルの世界を震わせるような怒声にビクリと体を震わせるが、気丈にもハルに向かって抵抗する構えを見せる。

そのヒーローの反抗的な姿勢に、

 ハル 「…ふん、あなたみたいなおチビさんに何ができるんですか?」

右足を持ち上げたハルはヒーローの目の前に踏み下ろして見せた。
ズシン! 巨大な足が思い切り踏み下ろされたせいで周辺の建物は軒並み倒壊した。
ハルとヒーローの足元で辛くも生き残っていた人々はその際に発生した衝撃によってみな消し飛んでしまった。

眼前にとてつもなく巨大な足を踏み下ろされた衝撃にヒーローは思わず吹っ飛ばされ町の上に倒されていた。
しかし体を起こそうとする前に、彼の頭上は巨大な足の裏で埋め尽くされていた。
ハルはヒーローの上に右足を掲げていた。小さな巨大ヒーローなど、自分の足の影にすっぽりと隠れてしまっている。
ヒーローはハルの足の影となり薄暗くなったその空間からハルの足の裏を見上げていた。とてつもなく広大な足の裏だ。長さ240mは自身の身長の6倍であり、幅80mは自身の身長の2倍である。
土で薄く汚れているその足の裏からは、ビルの瓦礫がパラパラと降り注いでいた。そして足の裏を良く見てみれば、いくつかの場所には、アルミ箔のようにぺちゃんこに潰れ足の裏に張り付いている車があった。同時に、土に混じって判別しづらいが、無数の赤いシミも。

そしてハルは、町の上に横たわるヒーローの上に足を踏み下ろした。
ズム! 足の裏にヒーローの小さな体を感じる。
体重はかけていなかった。

 ハル 「ほら、早く出てこないと潰しちゃいますよ」

足の下にヒーローを捉えたまま、ハルが言う。
しかしヒーローとしては、ハルがただ乗せているだけのその足の重量だけでも潰れそうなほどの重圧がかかっていた。
大の字になって押し潰されるヒーロー。どれだけ両手を広げてもハルの足の幅にはとどかない。
全身が、完全にハルの足の下敷きになっていた。
抵抗の仕様の無いほどの重圧が小さく巨大なヒーローの体にのしかかる。
あっという間に、タイマーが点滅し始めた。

兄の好きだった巨大ヒーローを足の下敷きにして踏みつけているという奇妙な優越感にハルは体をゾクゾクと感じさせていた。
体重をかけてはいないのだが、彼はそこから這い出てくることもできないようだ。
昔お兄ちゃんと見ていたテレビでは、ヒーローはどんな苦境に立たされても最後には確実に勝利を手にしていたものだが。
どうやらそのヒーローは、自分の足にも勝てないらしい。
その事実が、ハルの心をときめかせる。
そっと、ぐりぐりと踏みにじった。


  *
  *
  *


妹と幼馴染の引き起こしている大災害の中 辛くも生き残っていた俺はビルの陰に身を潜めていた。
が、それが全く意味の無いことであることを思い知らされていた。
二人にとってビルとは頑丈な建物でも障害物でもなく、ただ地面にちらばっている箱なのだ。足を踏み下ろす場所を考えさせるものでもない。踏みつけたところで気にもしない。地面の盛り土となんら変わらない存在だった。
そして実際に、ビルは二人の前には完全に無力だった。踏みつけられれば何の抵抗も無く潰れてしまう。
真横に足を踏み下ろされるだけで崩れ落ちてしまう。ほんの少し足の指でつっつかれるだけで、粉々に砕け散ってしまうだろう。
そんなものの陰に隠れたところで意味が無いことを重々思い知らされていた。しかしそこから動くことも出来なかった。巨大すぎる妹と幼馴染のあまりの恐ろしさに、無力と知りつつも何かの陰に隠れずにはいられなかった。
二人は、特にハルは足元の事など微塵も気にしていないようだった。むしろ逆に、逃げ惑う人々をいたぶって愉しんでいるような感じである。前回のアレであいつにそういう気があるのはわかったが、まさかここまで大事になるとは…。

俺が陰に隠れているこのビルの周辺はまだ大きな被害は出ていなかった。
同じように隠れている人々もたくさんいた。
ときおり、このビルの陰から見える向こうのビル群にハルの姿が垣間見える。
足元のビル群を楽しそうに破壊している。ビル群が、まるで積み木か何かのように簡単に蹴散らされていた。
俺が隠れているビルよりも大きなビルが密集していた。それがああも簡単に蹴散らされてしまうと言うことは、今 俺が隠れているビルなど更に簡単に破壊されてしまうだろう。それどころか、踏み潰されたとて気づかれもしないかもしれない。
あいつがテクテクと町の上を歩いているその足元であっさりと踏み潰されたり崩れ落ちたりしているビルたちを見ていると、十分にあり得ることだった。

とにかく、早く逃げなければ。
何度電話しても、二人には通じなかった。大きさに差がありすぎて電波が届かないのか? それとももっと根本的に何かが違っているのか? それは分からない。
しかしいつまでもここにいてはいづれ二人に踏み潰されてしまう。
少しでもここから離れなくては。

だが、巨大すぎる二人の圧倒的な破壊力を前に、怖気づいてしまった俺はビルの陰から出ることが出来なかった。
ただ震えながらに、二人がこちらに来ないことを祈るしかなかった。

しかしその直後、


  ズッシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!


凄まじい振動と衝撃と爆音が襲ってきた。
俺はビルの陰から何十mも吹っ飛ばされていた。一瞬の事に動転しながら見た視界では、俺の隠れていたビルが周囲のビルもろとも粉々に吹き飛んでいるところだった。
刹那の瞬間、思考が加速するその一瞬、一瞬が永遠とも感じられるほどに長くなったその空間で、何が…とめぐらせた視界の中には、俺の隠れていたビルよりもいくつかビルを挟んだ向こう側に、白く巨大なものが飛び込んできた。
崩れ落ちてゆく高層ビルたちよりも巨大な白い塔のようなもの。視界を上へとずらせばその白い塔は300mほどの高みから肌色へと変じ、更にその肌色の塔が上空700m弱にまで続いたところで、オーロラのようにはためく巨大なミニスカートの中へと消えていた。

あの白く巨大な塔は、白いハイソックスを履いたアスカの左足である。
俺が隠れていたビルの50mほど横に踏み下ろされたらしい。
50mと言えばそれなりの距離であるが、それでも今のアスカの足には、そんな離れたところにあったビルを足を踏み下ろしたときの衝撃だけで吹き飛ばしてしまうだけの破壊力があった。
足はすぐに瓦礫を巻き上げながら持ち上がり、また別の場所を踏み潰していた。
つまりは歩いているのである。
アスカはただ歩いていただけだ。
まさか俺がそこにいるとは思いもせず、平然と、足を踏み下ろしただけなのだ。
アスカがまるで意識することも無く歩くためにただ平然と踏み下ろした足の衝撃で俺はビルごと吹っ飛ばされたのだ。
巨大なアスカはその白いソックスを履いた巨大な足で更に多くのビルを蹴散らしながら去ってゆく。

その光景を俺は、瓦礫と化したビル群の一角から見上げていた。
まるで爆弾が爆発したかのような凄まじい衝撃からも、奇跡的に生き残っていた。
だが体中がバラバラになったかのような激しい痛みにその場から動くことが出来なかった。
苦悶の声が知らずうちに漏れていた。歯を、歯茎から血が出るほどに食いしばっていた。
ただひたすらに、痛みに抗っていた。
一秒でも早く、この痛みが去ってくれることを願いながら。



などと思っていると再び凄まじい衝撃が襲ってきた。
地面が激しく揺れる。同時に、遠くからビルの瓦礫が無数に飛んできた。
衝撃で更に痛む体に鞭打ち、何とかビルの瓦礫が飛んでくるほうに首を向けてみれば、今度はとんでもないものが飛来した。


  ズズウウウウウウウウウウウウウウウン!!


それが落下した瞬間、さきほどに比べれば小さな衝撃が周囲を襲った。
周辺の瓦礫が地面の上を跳ね回る。俺の体も一緒に宙に浮いた。
俺の這い蹲る場所から数ブロック離れた場所に落下したもの。
それは、昔見ていたテレビの巨大ヒーローだった。
なぜそれが実在するのか。などということを考えている余裕はなかった。
横たわるヒーローに向かって、ハルが歩いてきたからだ。


  ズシイイイイイイイイイイイイイン!


    ズシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!



   ズシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!!!



一歩近づいてくるたびに凄まじい揺れが襲ってくる。
俺はハルの一歩ごとに地面の上を跳ね回り転げまわった。

やがて足を止めたハルは腰に手を当てて見下ろしてきた。

 俺を

ハルからすれば、俺も数ブロック離れたところに横たわるヒーローも同じ足元なのだ。
足元から見上げるハル。
素足となったその脚は今や高さ数百mの肌色の塔であった。この東京のあらゆる建物があの脚に及ばない。
顔などははるか上空にあり、やや霞んで見えた。それほどに遠い場所にあった。
今のハルの巨大さと、相対的な俺の小ささに絶望する俺。
ハルは、足元に俺がいることになど、全く気づいているまい。
俺はハルの左足の前に、ヒーローは右足の前に横たわっているようだ。

足元を見下ろしてニヤニヤと笑っていたハルは右足を持ち上げた。
俺の視界に、ハルの広大な足の裏が飛び込んでくる。
とんでもない範囲だった。住宅地の一角ほどの広さがあった。
ハルはその右足を、横たわるヒーローの上に下ろしていた。
ばふぅっ!! 足が踏み下ろされたとき、押しのけられた空気が突風となってこの瓦礫と化したブロックにふき付けてきた。
ハルはヒーローを踏みつけて愉しそうに笑っている。
足をグリグリと動かしてヒーローを踏みにじっている。

 シュウ 「…」

俺は思わず眼を背けていた。
かつて無敵と信じていたヒーローが、今は妹の足に踏みにじられている。すると地面がグラグラと揺れた。
自分の中にあった無敵のヒーローの像が、ガラガラと崩れ落ちてゆくのがわかった。

ヒーローの上から足をどけたハル。
だが今度は、その巨大な足の親指と人差し指の間に巨大ヒーローの小さな胴体を挟み込んで持ち上げていた。
ヒーローの体が、妹の足の指だけで持ち上げられていた。ハルが足の指を動かすと、その間に挟まれるヒーローの体がガックンガックンと簡単に翻弄される。ヒーローの苦しそうな声が俺には聞こえた。ハルは、自分の足の指に挟まれプラプラと振り回されるヒーローを見下ろしてクスクスと笑っている。

足の指を開いてヒーローをポイと捨てるハル。
ヒーローの巨大な体が落下したとき、地面が揺れた。
地面に落下したヒーローに再び足を近づけたハルは、今度はその頭部を足の指の間に摘んで持ち上げた。
ハルからすれば5mm程度の大きさしかないヒーローの頭部が、俺からすれば太さ15mほどもある巨大なハルの足の指に挟みこまれている。
頭部を挟まれて持ち上げられたヒーローはジタバタと暴れていた。尋常ではない暴れ方だ。ハルの足の指のとてつもない力に挟まれ、頭部を今にも潰されてしまいそうなのだろう。同時に、頭部を摘まれて持ち上げられているということは、首だけで体の重さを支えなければいけないということであり、その苦痛も彼が暴れる要因となっているはずだ。
妹の足の指に頭を摘まれ持ち上げられ、その下でジタバタと暴れるヒーローの姿は俺から見ても滑稽に映ってしまった。
今のハルの足の指はそれぞれが3~40mほどもある。つまり足の指一本でヒーローほどの大きさがあった。
しかしヒーローの細い体は、ハルの逞しい足の指と比べるととても儚いものだった。ほとんどの指が、ヒーローよりもずっと質量があるだろう。
ハルは足の指だけでヒーローよりも巨大なのだ。

そしてハルは、ヒーローの頭部を足の指に挟んだまま足を左右に僅かに動かした。
するとヒーローの体が足の動きに合わせてプランプランと左右に振り回された。珍妙な光景である。
ヒーローからすればブゥンブゥンと凄まじい勢いで振り回されているわけだ。

しかしそうやって暴れていたヒーローの体は、いつしかだらんと垂れ下がって動かなくなってしまった。
振り回してもなんの反応も示さない。
それに気づいたハルは指を離し、再びヒーローの体をポイと捨てた。
ズズゥン! 地面に落下したヒーロー。その目からは光が失われ、タイマーは砕け散っていた。
俺は、ヒーローが力尽きたことを悟った。

そんなヒーローの上に、再びハルが右足を翳した。
しかし今度はこれまでよりも高くだ。膝が腿よりも高く上がるまで振り上げていた。
そして…


  ズッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


振り下ろしていた。
凄まじい衝撃が再び周囲に襲い掛かった。
無事だった建物が軒並み崩れ落ちてゆく。
俺の周辺のビルはすでに倒壊していたが、崩れ落ちていたビルの瓦礫などが衝撃によって吹き飛ばされていた。
土煙が巻き上がる。

今の衝撃で吹っ飛ばされていた俺は先ほどよりも少しはなれた場所からそれを見ていた。
瓦礫と化したビル群だった場所に踏み下ろされているハルの巨大な足。
先ほどまでヒーローが倒れていた場所だ。
地面が、ハルが足を踏み下ろした衝撃にゴゴゴゴゴと激しく唸っている。

ハルがゆっくりと足を持ち上げた。
俺はそのハルの足の裏に、ぺちゃんこになって張り付いているヒーローの姿を見た。


  *
  *
  *


 ハル 「あらら、ぺっちゃんこになっちゃった…」

持ち上げた右足の裏に張り付いているヒーローを見て呟くハル。
右手で足を持ち、左手で張り付いたヒーローをペリペリとはがしていく。
はがされたヒーローはヒラヒラと風に舞うほどに薄っぺらくなっていた。

正義のヒーローがなんとも儚いものだ。
そしてそんな正義のヒーローを簡単に踏み潰してしまえる自分のなんと強いことか。
指先に摘んでヒラヒラと揺れているヒーローを見てクスクスと笑うハル。

 ハル 「ふっ」

息を吹き付けると同時に摘んでいた指を放す。
するとペラペラになったヒーローはヒラヒラと飛んでいってしまった。

 ハル 「ふふ、あんなちっちゃなヒーローなんか目じゃないですね」
 アスカ 「まぁ今のハルちゃんが相手じゃね。なんとかレンジャーもハルちゃんから見ればみんな2mmも無い粒々なわけだし、足の指を乗せるだけで全滅させられちゃうよ」
 ハル 「あ。それも面白そうですね♪」

二人はくすくすと笑った。
なんとかレンジャーも、大きさはただの人間とかわらないわけで、ハルからすれば顔も分からない砂粒のような大きさのヒーローだ。
せいぜい、色の違いをなんとか認識できる程度だろう。
そんなたった5粒のヒーローなんてなんの障害にもならない。
踏みつけたところで気づきもしない。そこにいたなんて気づきもしない。
むしろそこにいると気づいていたとしても、彼らに攻撃されていること自体をわたしは気づいて上げられるだろうか。
ゴマ粒よりも小さな彼らから見ればわたしの足の指は太さ15mくらいの大きさだ。およそ5階建てのビルと同じ大きさ。彼らの身長の7倍以上の太さのある足の指だ。
そんな足の指が5本も居並んでいる前に彼らはいる。まるで五つの高層ビルが横倒しになったように並んでいるわたしの足の指の前に。
彼らは必死にわたしの足の指を攻撃している。指の一本の、その下のほうを必死に。
でも彼らの攻撃は弱すぎて、わたしの足の指の皮膚を貫通してその先の神経に刺激を与えることすら出来ないかも。
彼らがどんなに頑張って攻撃しても、わたしはそれに気づかない。かゆいとすら思わない。なんの感触もしないのだ。
逆に感じないほうが彼らにとってはいいかも知れない。
もしもかゆいと感じれはわたしは足の指をもじもじと動かすだろう。でもそれは足の指の目の前にいる彼らからすれば一本一本が宇宙怪獣ほどの大きさのある足の指が目の前で暴れると言うことだ。5本の指が地面をむさぼる怪獣のように暴れ狂うはずだ。
彼らにとってはたまったものではない。目の前で5匹の怪獣が暴れまわるんだから。それは彼らの担当ではなく、どちらかと言えば先に潰してしまった巨大ヒーローの担当だろう。
わたしが足の指をもじもじと動かすだけで彼らは立っていることも出来なくなるかもしれない。
それでうっかり足の指の方に転がってしまえばその指の動きに巻き込まれてしまうかもしれない。
そうなれば粒みたいな彼らなんてひとたまりもない。ぷちゅっと潰れてしまうだろう。強化スーツが役に立つとは思えなかった。
そしてわたしは、ただくすぐったくてもじもじ動かしただけの足の指に、彼らを巻き込んですり潰してしまったことになんて気づかないはずだ。
だって彼らは小さいから。目で見ても気づかないくらいに小さいから。

彼らがロボットに乗ったらどうだろう。
流石に10数mもあるロボに乗ればわたしだって簡単に見つけられるはずだ。
でもそれだったら勝てるかっていうと別なわけで。
合体前の彼らのロボはまだ小さい。足の指の間に挟んでしまうこともできるだろう。
そしてちょっと足の指を動かせばロボはくしゃっと潰れてしまうはずだった。彼らのロボは貧弱だから。
5体のロボのうちリーダーを残した4体を足の指に挟む。それをリーダーの目の前に翳す。仲間のロボたちが足の指に挟まれてる様を見せ付けてあげる。きっとリーダーは悔しそうな顔をしながら攻撃してくるだろう。流石にロボの攻撃となればわたしも感じてあげられるはずだけど、そうやって足の裏をくすぐられちゃったらわたしは思わず足の指をもじもじ動かして、指の間に挟んでいる4体の仲間のロボたちをことごとくひねり潰してしまうだろう。
自分の攻撃が原因で仲間を失ってしまったリーダーは何を考えるのだろう。
そしてそんなリーダーの上でわたしが足の指を動かすと、指の間に挟まっていたロボの残骸がパラパラとリーダーに降り注ぐはずだ。

うん、面白そう。
ハルは自分の妄想にゾクゾクした。
思わず、股間に手を伸ばしてしまう。

 アスカ 「お? もうソロプレイ始めちゃう?」
 ハル 「え!? ち、違います! 違いますから!」
 アスカ 「照れなくてもいいじゃない。この間は散々見せてくれたじゃん」
 ハル 「あ、あの時はアスカさんのつくったジュースのせいでおかしくなってただけです!」
 アスカ 「いーからいーから。ほら、あそこに東京名物『東京タワー』があるわよ。あれでやっちゃえば?」

と、アスカが指差した先には真っ赤な尖塔が立っている。
高さ333mに達するその塔は周辺の低層ビルなど比べ物にならない巨大な建造物だ。
近年は超高層ビルも増えてきて抜きん出て高いというわけではないが、それでも天に向かって聳え立つその赤い姿は人々にとっては天を衝くほどに巨大だった。

と言っても、今の二人からすれば膝にも届かない小さな突起だが。

 アスカ 「あれでオナニーすると凄いよー。もう東京中の人間がハルちゃんのことを見上げて恐々とするんだから。東京のシンボルをオナニーの道具にしちゃうんだからもう東京そのものがハルちゃんのものになったも同然よね」
 ハル 「と、東京がわたしのもの…?」

日本の首都、東京が自分のものになる。
それは若干、甘美な響きだった。
たしかに人々にとってはとてつもなく巨大な建造物である東京タワーをわたしの自慰のためだけのおもちゃにしてしまえば、それはこの東京タワーをシンボルとしている東京の街をわたしのおもちゃ以下にしてしまえるということだろう。
東京の街がわたしのおもちゃになる。それも、玩具に。無数の人々が住む玩具の街に。
無数の人々がわたしのオナニーを見上げる。
彼らの町の誇りである東京タワーを玩具にするということは、彼らの誇りなどその程度だと見せ付けると言うことだ。
彼らの誇りを陰部に挿入し愛液に染めていく。それを人々は悔しそうに見上げることしか出来ない。無数の人々が、悔しそうにわたしを見上げてくるもどうすることもできない。そんな視線は、とても気持ちよさそうだ。

ハルは、ごくりと喉を鳴らして東京タワーに一歩近寄ろうとした。

 アスカ 「…そして今度はJUNKMANさんのネタをパクることで古参のファンの獲得を狙う!」

ズシン! ハルは一歩踏み出したが、それで終わった。

 ハル 「…あの、やっぱりあからさまなパクリはよくないじゃないですか…?」
 アスカ 「気に入ったネタは全力でパクるのが十六夜のスタンスだから!」
 シュウ 「おいっ!」

思わずツッコミを入れる俺。

などとやっている場合ではない。
俺は未だに二人の足元にいた。すでに体はボロボロで満足に立って歩くことも出来ない。しかも地面は二人が踏み荒らしたせいで滅茶苦茶で前の進むことすら困難だった。
周囲はもう瓦礫だけだ。空襲でも受けたかのように瓦礫のみが散乱する。生き残っている人もわずかにはいたが、物言わぬ姿となって横たわっている人もいた。
飛び散る瓦礫をその身に受けて。または崩れ落ちたビルに巻き込まれて。または激しく揺れ動く地面の上を跳ね飛ばされているうちに打ち所が悪く…。などと要因は様々だ。
しかし原因は分かりきっている。あの二人だ。あの二人の仕業なんだ。
俺は、俺や生き残っている人々のいる瓦礫を挟んで立つ、二人の大巨人っである妹と幼馴染を見上げた。
東京の街に聳え立つ東京タワーですら及ばないほどとてつもない大巨人の二人が、俺たちのいる瓦礫を挟むようにして立っている。
この位置からだと二人のスカートの中が丸見えだが、最早そんなことを気にする人は一人もいなかった。
今や東京の街のいたるところから黒煙が巻き上がり中には火の手が上がっていたりする。この瓦礫も例外ではない。ハルやアスカに踏みにじられ瓦礫と足跡が入り混じる地獄絵図だ。そこかしこから悲鳴と泣き声が聞こえてくる。友を探す男性の声。子を探す母親の声。親を探す子の声など悲痛なものまである。
それらの原因は、すべて、俺の妹と幼馴染によるものだ。
二人は、そんな阿鼻叫喚の地獄の中に超巨大な2本の脚で聳え立ちながら呑気に笑いながらおしゃべりをしている。
足元の地獄のような光景とはまるで違う。自分達が作り出した地獄に、まるで興味がなさそうだった。

二人の楽しそうな笑い声が、地表には轟音となって轟く。
二人が声を発するたびに、人々はその爆音に悲鳴を上げながら耳をふさぐ。
その声の振動だけで瓦礫の山がガラガラと崩れた。地表にヒビが入った。二人のほんの些細な行動が、二人の足元の、俺たちのいる小さな東京の町にダメージを与えてきた。
ただ笑うだけで。一歩歩くだけで。足の位置をずらすだけで。それだけで確実に死者が出た。
二人はその事実に気づいていない。気にしていない。
自分達がもう何十万と言う人々を虐殺したことに全くの無関心だった。
二人の足元の瓦礫の街で、瓦礫にもたれかかりながら二人を見上げる俺。とてつもなく巨大になってしまった二人にはもう俺の言葉など届かない。動かなくなった俺の体では二人から逃げることも出来ない。ただただ恐れながら、二人を見上げることしか出来なかった。
いったいアスカは何を作ったんだ。こんなことをして世間が、政府が、国が、世界が許すはずが無い。それともこの東京の街を世界から切り取ったとでも言うのか。……あり得る。あいつのつくるものの突拍子の無さは限界が無い。あいつが気分でつくるものに不可能は無い。あり得ないはあり得ない。あいつに常識は通用しないのだ。
とにかく電話でも拡声器でも発炎筒でもなんでもいい。あいつらに俺の存在を教えられるものを見つけなければ。
電話は…ダメだ。いくら壊滅したと言え東京の真ん中にいるのに圏外だ。電波のひとつも拾ってない。あり得ない。まだ残っているアンテナだってあるはずなのに。
それでも何か無いかとスマホの中を探す。電波に関係なく飛ばせるメールとか、凄まじい音が出るアプリとか、ロケットのように発射される機能とか、今までアスカから渡された奇妙な発明品をあさる。なにか、何か役に立ちそうなものはないかと。
そして見つける。

 シュウ 「………。…ッ…!? こ、これは…!!」

俺は画面に映る大量のアプリのアイコンの中にひとつ、目を引くアイコンを見つける。


 【SC2.1】


それは『さいずちぇんじゃー2.1』だった。
先日散々な目にあったアプリだ。写メに撮った対象の大きさを自在に変えることのできるアプリ。

…しかし、何故これが俺のスマホに…。

と思うと、どうやらそのアプリはあのあとメールに添付されてアスカから送られていたらしい。
しかし機密保持だとかなんやらでメール自体は勝手に削除され添付していたデータは勝手にダウンロードされていたとか。どんだけ勝手にひとのケータイをいじくりまわしているのか。

…ともかく! 今はこれに頼るしかなかった。
俺自身をデカくするか、あいつらを小さくするかして事態の収拾を図ろう。
アプリを起動した。するとすぐ画面に倍率を指定できる項目とシャッターを切るウィンドウが現れる。
倍率を指定してウィンドウに触れれば効果が出ると言うことか。あのとき混乱したハルが滅茶苦茶に項目をいじってしまったことを踏まえてシンプルにしたのだろう。

まずは倍率だ。俺自身を巨大化させるかあの二人を縮小化させるかで倍率が変わる。
……しかし俺自身を巨大化させる方法は簡単だが巨大化の際に周辺の人々を巻き込みそうだ。これは無しだ。
ならあの二人を縮小化させるしかない。倍率を……『1/1000』に指定。そして二人を画面に収めてシャッターを切る……。
というところで、


 ハル 「じゃあちょっと休憩しましょう。お茶淹れなおしてきますね」


  ズズウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!


地面が激しく揺れた。ハルが歩いたのだ。
その揺れの中で激しく揺さぶられた俺は思わずスマホを手放してしまう。

 シュウ 「しまった…!!」

慌てて追いかけようとするが地面は激しく揺れ俺は痛めつけられた体では這いずることも出来ない。
しかもスマホは揺れ動く地面の上を転がってどんどん遠くへ行ってしまう。
そして恐ろしいことに、ハルがこちらに向かって歩き出した。


  ズズウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!


再び地面が激しく波打ち、俺の体はトランポリンに乗せられたように跳ね回った。
スマホが更に遠くになる。
早く…早くあれを取らないと…!
俺は揺れ動く地面の上をゴミのように何度も跳ね飛ばされながらスマホを目指した。
痛烈に打ち付けた体はすでに何箇所も切り傷や骨折に苛まれ激痛を訴えてくる。
顔面を強打したときは鼻の骨と歯を折り、鼻の穴と口から血を吹き出した。
それでも俺は、死に物狂いでスマホを目指して転がるように這いよった。

しかし突如周囲が暗くなる。
ハルの巨大な足の裏が、俺の上空に掲げられたのだ。
とてつもなく強大な足の裏に遮られ、空が見えなくなった。

スマホは最早見えないくらい遠くに転がっていってしまった。
周辺のまだ息のある人々も、同じようにハルの足の裏を見上げ悲鳴を上げていた。
永遠の刹那。また時が遅くなるのを感じていた。しかし今度は、先ほどよりもはるかに鮮明に。

視界を埋め尽くす巨大なハルの足の裏。
薄汚れたその足の裏に汚れひとつひとつがビルなどの建築物や車、そして人だったものの痕跡だ。
それが、自分に向かって凄い速度で迫ってくる。
すでに足の裏の指紋が見えるほどにまで迫ってきている。ハルの足の裏の、ほんの一部であるという証拠だ。
これはハルの足の裏なのだ。
妹の、ハルのだ。
兄である俺は、妹に踏み潰されようとしている。



 シュウ 「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



俺は、ついに叫んでいた。


  ズズウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!


  *
  *
  *


 アスカ 「ふぅ…しかしちょっと疲れたかね」
 ハル 「あれ、珍しいですね? いつもお兄ちゃんやわたしがへばっても元気なアスカさんが」
 アスカ 「いやー実は昨日これを完成させるために徹夜してさー。寝不足なのよー」
 ハル 「くすっ、じゃあちょっと休憩しましょう。お茶淹れなおしてきますね」

そう言ってハルは歩き始めた。
今は『ダイナミックモード』の効果で壁も天井も無いリアルな世界が広がっているが、アプリを操作すれば、それらリアルなミニチュア世界に部屋のドアを出現させることも簡単だ。
ハルがポチッとアプリを操作すると東京の街に巨大なドアが現れた。まるでどこでもドアだ。

そんなドアに向かってテクテクと数歩歩いたハルはそのうちの一歩が瓦礫の山を踏み潰したことには気づいていなかった。
悲鳴を上げる兄を、周囲の人々もろとも踏み潰したことには気づいていなかった。
町に巨大な足跡を残して持ち上がった足の裏に付いていたいくつかの赤いシミのうちのひとつが、兄のものであるとは気づいていなかった。
そんな兄の痕跡も、ハルがまた次の一歩を町の上に踏み下ろしたときには擦り取られてなくなっていた。

兄を踏み潰したハルはドアを開け、そのままの足で廊下をズシンズシンと踏み鳴らしながら去っていった。


東京の街に残されたアスカ。

 アスカ 「そんじゃアプリはいったん停止しますかね」

ポチ。
アプリ『ミニチュア製造機』を終了させた。
『ダイナミックモード』で見渡す限りに広がっていた東京の町が、パッともとのハルの部屋に戻る。
薄汚れていたアスカの白いソックスも元のきれいな白色に戻っていた。


  *
  *
  *


 シュウ 「……ハッ!」

俺はふと我に返った。
東京駅のロータリーで立ちつくしていた。

 シュウ 「…………え…? あれ?」

キョロキョロと辺りを見渡す。
何も変わったところは無い。いや、たった今東京に着いたばかりで変わったところもなにも無いのだが。

?? なんか大変なことになっていたような気が…。なんだろう…凄い焦燥感だけが胸に残ってる。
つい今しがた東京に着いたばかりでこれから目的のものを買うべく東京の町に出張ろうところなのだが…。

 シュウ 「…なんだ…? ボーっとしてたのか?」

見渡しても町の様子に変化はないし人々も普通に生活しているように見える。
久々の電車で疲れたのかもしれない。
と思って そんなことよりとバスの時刻表を確認しに出向く。
が、

 シュウ 「あれ? もうこんな時間? たった今東京に着いたばかりなのに?」

俺は腕時計を確認して首をひねる。周囲の人々も同じような感じだ。
なんか時計が1時間くらい進んでる。俺は1時間もロータリーに立ち尽くしていたのか? それになんだろう…。この1時間の間に凄い大変なことがあったような……。

などと胸のもやもやに頭を悩ませているとピロリンとケータイが鳴った。
見ればメッセージが届いているようで、送り主はアスカだった。

『おみやげよろしくー♪』

シンプルな内容だ。どうやらウチに遊びに来て、そこでハルから俺の行き先を聞いたのだろう。
やれやれ、と俺は苦笑した。

この胸のもやもや感も、悩んでも分からないのであれば仕方ない。
とりあえず目的のものを買って、あとはアスカの喜びそうなものを買っていくとしよう。

俺は、予定とはかなりずれてやってきたバスに乗った。



   おわり