宇宙。
いくつもの星から成る星系。その星系が無数に連なる銀河。その銀河が無数に連なる銀河団。その銀河団が更に連なって形成される超銀河団。
星の数と例えられるほど無限に存在する星は、更に無限に存在する星の集合体の一部でしかない。
宇宙に輝く無数の光は、それこそが無数の輝きの集合体でもあるのだ。

銀河フィラメント。
銀河団や超銀河団が糸のように細く連なって集まる状態。
まるでスポンジのような構造。
宇宙は、この銀河フィラメントによって形成されている。



そんな宇宙のとある超銀河団の集まる場所。
グニュリ…と時空がゆがんだあと、ボッ! と飛び出てくるものがあった。
右足である。
その右足は自身が飛び出てくるところにあった銀河フィラメントを散らしながら全体像を露わにしていき、やがて足首ほどまで現れたところで止まった。

宇宙最大の構造物集合体である銀河フィラメントの中にドンと飛び出ている巨大な右足の存在は果てしなく異様だった。


  *


 ハル 「…こんな感じでいいですか?」

ベッドに腰掛けるハルは正面に座るアスカの方を見ずに言った。
ハルの視線は、床に置かれた箱の中に消えていっている自分の右足に向けられている。

 アスカ 「うん、オーケーだよ。モニターも好調だね」

アスカが視線を向けた先のモニターには、銀河フィラメントの中から飛び出ているハルの右足が映し出されている。

 アスカ 「『拡縮自在テレポーター』実験大成功~♪ 変な感じとかない?」
 ハル 「そうですね…ちょっと涼しいかも」

言いながらハルは箱の中に突っ込んでいる右足を動かした。
箱の中には不思議な色の水のようなものが入っていて、その中に入れている足の姿は見えない。
しかしハルの足がハルの意志通りに動かされているのは、モニターの向こうにはっきりと見ることができた。
銀河フィラメントから飛び出ている右足だけのハルの足が前後左右に動かされ、銀河フィラメントをさらに蹴散らしていく。
とは言えハルはその銀河フィラメントが何かということは説明されていなかったのだが。
アスカは、そんなハルが自身の足の存在を確認するように箱の中を掻き混ぜるように足を動かすことで、宇宙最大の構成要素である銀河フィラメントが塵のように散らされ消滅していく様をゲラゲラ笑いながら見ていた。

 アスカ 「あははは! ハルちゃんってば最高! あ、最強? いや、最大かも」
 ハル 「?? ……それであの足のまわりの光のモヤみたいなのはなんなんですか?」
 アスカ 「ん? ああ、あれは銀河フィラメントって言って、一言で言えば銀河の超集合体だよ」
 ハル 「ぎ、銀河…? 銀河ってまさかあの…」
 アスカ 「そ。その銀河」

ハル、ここに来て銀河フィラメントの意味を知る。

 ハル 「ま、まさかこの光のモヤみたいなものの、その光の一粒一粒が銀河なんですか!?」
 アスカ 「うんにゃ、それは超銀河団。銀河の集合体である銀河団の集合体。銀河はもっとちっちゃい」
 ハル 「もっと!?」

驚くハル。あのツインテールも一緒に跳ねる。

 アスカ 「1光年が9.46兆km…めんどくさいから10兆kmとして、銀河の直径が10万光年(1,000,000,000,000,000,000(100京)km)。その銀河の集まりの銀河団が大体500万光年(50,000,000,000,000,000,000(5000京)km)。その銀河団の集まりの超銀河団が5億光年(5,000,000,000,000,000,000,000(50垓)km)。でもハルちゃんから見たら0.5mm。つまりハルちゃんにとっての1mmは10億光年で10,000,000,000,000,000,000,000(100垓)kmってわけね」
 ハル 「………(´・ω・`)……?」

ハルは理解できなかった。

 アスカ 「てことはハルちゃんの足の指の直径が15mmとしてこのテレポーターの中では150億光年。親指は200億光年を超えてるね。指の長さだけでも400億光年くらいあるし、足の長さも2400億光年、幅900億光年ってとこかな。逆にハルちゃんから見た超銀河団が0.5mmなら銀河団は0.005mm。髪の毛の太さの10分の1以下。銀河は0.0001mm。ちなみに地球は0.0000000000000000013mmかな」
 ハル 「……全然わからないです…」
 アスカ 「あはは。まぁ大きすぎるからね。ほらほらハルちゃん、あんまり足動かすと爪の間とかに銀河が詰まっちゃうよ? 今のハルちゃんは爪の厚さだけでも5億光年とかあるんだから。指紋の溝の深さだけでも1億光年だよ。指紋の溝に銀河が無限に詰まっちゃう大きさなんだよ」
 ハル 「一億光年!? 指紋の深さだけで一億光年もあるんですか?」

ハルは思わず自分の手を見ていた。
手の指。目を凝らせばようやく見える、指紋。

 アスカ 「そそ。目を凝らしてやっと見える指紋の溝の深さ、光はそこを通過するのに1億年もかかっちゃうわけ。ハルちゃんの身長分の距離を通過しようとしたら1兆6千億年かかるわけよ」
 ハル 「1兆6千億年…」
 アスカ 「1mmが10億光年ってことは5mmが50億光年。光がハルちゃんにとっての5mmを通過するには、地球が生まれてからこれまでの時間よりもずっと長い時間が必要ってことだね」

5mm。
たった5mmを通過するのに46億年でも足りないとか…。
もうどれだけ大きいのか…。

ハルはこの宇宙に空間を超えて出現しているのは右足だけだが、その右足だけで宇宙最大の存在になっていた。
いや、足どころか足の指だけでも、その一本だけでも宇宙最強である。

ハルの足の周囲にたちこめる光のモヤ。そのモヤを形成する光の一粒一粒が大きさ5億光年の超銀河団。
ハルからすれば目を凝らしてようやく見分けることができるかどうかと言う大きさのそれが、星の集合である星系の集合である銀河の集合である銀河団の集合である超銀河団なのだ。
集合の集合の集合の集合が砂粒みたいな大きさなのだから、それらを構成する星など見えるはずもない。

そんな超銀河団すら視認できない大きさのハルは、足の指をピクリと動かすだけでも、超銀河団を数百と消滅させることができてしまう。
ハルにとってはピクリ、でも、宇宙的には足の指は数十億光年も動くのだ。
足の指は光でも数十億年かかる距離を一瞬で動いてしまうのである。それはそれは、とんでもない速度だろう。
今や宇宙の次に巨大な存在となっているハルのその超巨大な足の指が、光が止まって見えるほどの速度でぶつかってきたら、砂粒ほどの大きさの超銀河団を構成する途方もなく小さな星たちはひとたまりもない。

ハルが足の周囲に漂う光のモヤの感触を確かめるように足の指をもじもじと動かす。
それだけで数千もの超銀河団が散らされ消滅させられてしまう。それはつまり、無限大ほどの数の星が消え去ったということだ。
銀河ひとつ、銀河団ひとつ、超銀河団ひとつだけでもまさに星の数の星が存在するのだ。その超銀河団が数千とあるのだから、それらを構成する星の数など考えようもない。

一瞬で無数の星を消滅させてしまったハル。それらの星の中には、地球と同じように知的生命体の存在する星もあっただろう。超銀河団数千個分ともなればかなりの数があったはずだ。
しかしそれらはハルが足の指をほんの少し動かしただけで消されてしまった。無限ほどの数の、自分たちと同じ知的生命体が、指の動きに巻き込まれて消滅してしまった。
彼らは自分たちが死んでしまったことにも気づけなかっただろう。あまりにも巨大で強大で速すぎるそれはあらゆる宇宙文明の感知できるレベルを超えていた。
ハル自身にも気づきようもないほど儚い戯れの刹那の出来事だった。まさか自分が今足の指を動かしただけで宇宙史上最大の大虐殺をしでかしてしまったとは夢にも思わないだろう。

そしてこの間もハルは足を動かし続けていた。足の周囲にモヤがなくなれば場所を変えてモヤに足を突っ込みかき混ぜるように蹴散らした。
足の指をもじもじ動かせば指が通った後の場所からはモヤが消えていた。そこだけ現れている右足をパタパタ動かせば周囲からモヤは無くなった。
ハルが足を動かすだけで周囲数千億光年の範囲から星が消えるのだ。宇宙的な大空間の誕生である。

 ハル 「でもなんていうか、手ごたえがなさ過ぎてあまり面白くないですね…」
 アスカ 「まぁ、ここまで大きさに違いができちゃうとねー。今、宇宙的にはとんでもない大破壊が起きてるんだけど、それをやってる張本人としては物足りないってか」
 ハル 「へ? これがそんなにすごいことなんですか?」
 アスカ 「んー多分ビッグバン以来の超現象なんじゃない? ちなみに、地球から観測可能な宇宙は地球を中心として半径465億光年、直径930億光年くらい。つまり今のハルちゃんの足幅は、地球の技術を結集してようやく観測できる大きさなのね。逆に言うとこんだけがんばってもハルちゃんの足幅程度しか観測できないってことなんだけど。足の全長は無理ね。足の中心部から見たら、つま先と踵は射程外になっちゃうよ」
 ハル 「ち、地球の技術を結集してもわたしの足の全体も見ることができないんですか…!?」

ハルはテレポーターに入れていない左足を見た。
普遍的な自分の足だ。しかしそれが、人類が技術の粋を結集しても把握しきれない存在だとは…。

 アスカ 「実際の宇宙がどのくらいの大きさなのかはわからないけど、仮にこの観測できる大きさ直径930億光年の大きさだとしたら、ハルちゃんの足のほとんどは宇宙からはみ出ちゃうね。ハルちゃんから見たらそんな宇宙は直径9.3cmの存在でしかないだから」
 ハル 「宇宙が9cmくらいの大きさになっちゃうんですか!?」

それにはさすがのハルも驚く。
宇宙と言えば無限大に広がる存在だ。未だ人知の及ばぬ途方もない空間なのだ。
それが、手のひらにすっぽりと納まる存在になってしまうのだから。

 アスカ 「ハルちゃんなら宇宙まるごと踏み潰せちゃうね。踏み潰された宇宙はどうなっちゃうんだろう。空間は消滅しちゃうのかな? そしてハルちゃんの足裏には宇宙にあったすべての星がゴミみたいに張り付くことになるだね。それにさっきもモヤの中で足の指を動かしてたけど、自身の直径と同じくらいの大きさのつま先を突っ込まれたら宇宙だって大変だよね。それで足の指なんか動かされたら宇宙に浮いてるほとんどの星が消滅しちゃうよ。もじもじと動く足指たちの動きに巻き込まれて消滅していく星たち。ハルちゃんから見たら砂粒以下の大きさの超銀河団には、きっとたくさんの知的生命体の住む星があるよね。そんな超銀河団を、ハルちゃんは一瞬で数百って潰せちゃうんだよ」
 ハル 「何か…話の規模が大きすぎてついていけないです」

足の指を動かしただけで宇宙が壊滅してしまう。
どんだけ大きいのかと。

 アスカ 「まぁ別にわざわざ指を動かさなくても壊滅させられちゃうんだけどね。この季節なんかやっぱり汗かいて臭っちゃったりするから、つま先を突っ込んだら宇宙の中に臭いが籠っちゃうね。足幅程度の大きさしかない小さな宇宙はあっという間にハルちゃんの足の臭いで満たされちゃうね。宇宙全部の星の住人がハルちゃんの足の臭いの中に取り込まれちゃうね。きっとツンとする刺激臭で目が痛いよね。鼻も痛いよね。息をするのも苦痛だよね。そうやって全宇宙人類がハルちゃんひとりの右足だけの臭いでもがいちゃうのね。で、宇宙はハルちゃんの足の臭いで満たされたわけだけど、これっぽっちの空間で足の臭いを許容しきれるはずないよね。でも宇宙の大きさはこれが限界だよね。でもでも足の臭いは指の間からゴウゴウあふれ出てくるよね。つまり宇宙空間にあふれるハルちゃんの足の臭いはどんどん密度が高くなっていって、より凶悪になっていくよね。臭いがさらに強烈になって、温度と湿度もハルちゃんの群れた足と同じレベルにまで引き上げられて、足指に近い星から順に草木が枯れ、大地は荒れて、海は干上がって、星自体が腐っちゃうのね。それが超銀河団レベルで拡散していって、足指の周囲の超銀河団はあっという間に腐って崩れて消滅しちゃうね。やがてそれは宇宙全体にまで広がって宇宙すべての星がハルちゃんの足の臭いの中で腐っちゃうね。それで宇宙のすべての星が消滅した後も臭いはあふれ続けて、やがて真空の空間である宇宙はハルちゃんの濃密な足の臭いで満たされました。めでたしめでたし」
 ハル 「ぜ、全然めでたくないですから! ていうかわたしの足そんなに臭くないですから! なんで星が壊れちゃうんですか!」
 アスカ 「いやいやハルちゃん、今のハルちゃんは穣倍巨大娘なんだからたかが足の臭いでもそのくらいの破壊力になってしまうわけよ」
 ハル 「なんですか穣倍巨大娘って…」
 アスカ 「単純に単位。一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、秭、穰の穣。数字にすると10,000,000,000,000,000,000,000,000,000倍娘。十六夜の好きな1000倍は

1000

こう。
日本と同じくらいの大きさの百万倍は

1000000

こう。
みんな大好き地球も摘まめる10億倍は

1000000000

こう。
ならべると

1000   
1000000  
1000000000  
10000000000000000000000000000  1穣倍

こうなる。
人間がゴマ粒に見える1000倍娘がゴマ粒に見える100万倍娘がゴマ粒に見える10億倍娘が全ッ然見えないのが穣倍娘です。このくらいの大きさになれば臭いだけで宇宙壊滅とか余裕ですよ。逆にハルちゃんがこの宇宙の中に顔を突っ込んで息を吸い込めば宇宙すべての星を吸い込むことも出来ちゃいますよ。超銀河団すら余裕で入る超巨大な鼻の穴に宇宙中の星が一瞬で吸い込まれちゃうわけです。すべてを吸い込むブラックホールも残さず吸い込んじゃうわけですよ。星の塵一つ残さず吸い込まれた宇宙は、本当の意味で真空になっちゃうわけですね。吸い込まれる星はきっと鼻の中を通過する途中で直径1億光年くらいある鼻毛たちに次々とぶつかって砕け散っていくよね。銀河団の直径の20倍くらいの大きさ。つまりハルちゃんは鼻毛だけで銀河より余裕で大きい! どころかそんな鼻毛を指先に摘まんでつついてやるだけで、超銀河団(直径5億光年)すら滅ぼすことができちゃう! そんな鼻毛を一本宇宙に漂わせておくだけで次々と超銀河団にぶつかり消滅させていく宇宙最悪のデブリになる! ハルちゃんは鼻毛だけで宇宙最強最悪なのです!!」
 ハル 「は、鼻毛で最強とか言われてもうれしくありませんから!」

アスカがハルの顔をビシィと指さすと、ハルは慌てて鼻を隠した。


などとやっていると、ハルが右足を入れている『拡縮自在テレポーター』がピーっと音を鳴らした。

 アスカ 「あ。終わったみたい。足抜いていいよ」

言われたハルは床に置かれた箱から足を引き抜く。
何もかわらない、自分の足が戻ってきた。

 ハル 「これで大丈夫なんですよね…?」
 アスカ 「大丈夫大丈夫。臭い嗅いでみて」
 ハル 「…」

促されたハルは自分の右足を手繰り寄せ、鼻を近づけてスンスンと臭いを嗅いでみる。
するとこの季節、ローファーとニーソの中で長時間熟成されたあの自分でも顔をしかめてしまう臭いがまったくしなかった。

 ハル 「すごい! 全然臭いませんよ!」
 アスカ 「いえーい! 『拡縮自在テレポーター』改め『消臭宇宙』大成功~♪」

アスカが、今度はVサインをビシィと突きだしてきた。
それはハルも今度はクスッと笑顔を返した。

 アスカ 「さて、でもとりあえずひとつの宇宙で一回が限界かな。もうこの次元の宇宙は使えないや」

アスカがモニターに目をやると、そこには完全に荒廃した宇宙が映し出されていた。
無限を超える数のある星のそのひとつすら残らず壊滅し、巨大すぎるつま先が突っ込まれ足指たちが暴れまわったせいで時空すら歪み、その広大な空間にたっぷりと満ち溢れている凶悪な足の臭いであらゆる物質が腐り始めていた。
宇宙と言う存在そのものが飽和崩壊し消滅しかけていた。

モニターの向こうに写る宇宙の惨状を自分の右足と足の臭いで引き起こしたことを改めて認識してハルは顔を赤らめる。

 アスカ 「まぁでも宇宙なんてこの時空にいくらでもあるしね」

言いながらアスカが『消臭宇宙』のわきについていたボタンをポチッと押すと、箱の中はそれまでとはまた違う宇宙に接続された。

 アスカ 「んじゃハルちゃん。まだ時間もあるし、左足もやっとく?」

アスカは『消臭宇宙』を差し出した。
モニターには、あの壊滅した宇宙ではなく、また別の新しい宇宙が映し出されている。
なんの異変も無い平和な宇宙だ。

 ハル 「……そうですね。やっちゃいます♪」

少し考えたあと、ハルはクスッと笑って左足を振り上げた。
全長24cm幅9cmの一糸まとわぬ素足。
本当にただの、普通の足。
しかしそれは、この箱の中に入ると宇宙最凶の存在にかわる。
宇宙よりも巨大で凶悪な存在。

間もなく宇宙そのものの運命が決めつけられる。
ハルの足は『消臭宇宙』の中の空間ゲートに暗黒の影を落としながらゆっくりと近づいていき、

やがて、トプンと進入した。