部屋で椅子に座るハル。
ニーソを脱いだ足は床におろされている。

その床には無数の人間が立っていた。
大きさ1/1000サイズの極小人間が床の至る所にいる。
しかもただの小人ではない。完璧な武装をした軍隊だった。

いったい何故かと言えば、

 アスカ 「というわけで作ってみました『極小軍隊展開アプリ』。1000分の1サイズの仮想の軍隊を作ってくれるアプリです」
 ハル 「はぁ…」

床に座るアスカが見せてきたスマホの画面の文字を見て、ため息ともとれる気の無い返事をするハル。

 ハル 「…それで、それがなんなんですか?」
 アスカ 「いやそれがなんにもないのよ」
 ハル 「……はい?」
 アスカ 「筆者は思いました。部屋の中でハルと1/1000サイズの軍隊を戯れさせたいと。でもわざわざモノホンの軍隊を連れてくる理由が無い。ハルのドSで無理矢理連れてきて無理矢理遊んでもいいけど、それだとわけもわからず突然連れてこられた軍隊が突然ハルと戦うことになって……というよりその突然連れてこられた軍隊の描写をするのが面倒くさい!! いちいち連れてこられたことに驚いて! 巨大な部屋に驚いて! ハルに驚いて! ていうのが面倒くさい!! 描写に飽きた! 軍隊と戯れるシーンだけ書きたい! 導入シーンとかやりたくない! 起承転結の『起』に飽きた! 『承』(巨大娘が暴れるシーン)だけ書きたい!! じゃあもうモノホンの軍隊連れてくると描写が面倒くさいから、最初から驚かず、ビビらずに攻撃し、いざとなったらビビらせる方向に移行するのも簡単な、コントロールできるNPC軍隊でやろう!!!!! ということで今回この『極小軍隊展開アプリ』ていうご都合アイテムが登場いたしました」
 ハル 「えぇーー……」

げんなりしたハル。

 ハル 「……でも、こう、最初からそうやってアプリで作ったNPC(本物の人間でない。=現実に干渉しない)ってわかってると、なんか緊張感無くなって萎えちゃう読者さん多いんじゃないですか?」
 アスカ 「うん。でもやる。だって余計なシーン書きたくないんだもん! そういうシーンも必要だってわかるけど書きたくないんだもん! 今の十六夜の執筆が遅れる理由の8割が『余計なシーン書きたくない』だからね。でもそういうシーンも書かないと物語として固まらないし、ああもう!! ていう畜生な考え方で今回の作品をお送りいたします」
 ハル 「はぁ…」

ため息をつくハル。


  *


で。

 アスカ 「というわけであたしが軍隊を操作するからテキトーに蹴散らしちゃって」
 ハル 「はぁ…わかりました…」

ため息をつくハル。
スイッチの入ってないときのハルは割と淡泊。

で、見下ろした床にはアリよりも小さな点が無数に点在している。動いている。
普通言うアリの大きさとは前から後ろ・奥行・全長・Z軸の方向の値のことだが、人間を言うときの大きさは高さ・身長・Y軸の大きさだ。大きさの方向が違う。
つまり見下ろす際のアリの大きさと人間の大きさは違う。上から見るアリの体長は2~3mmほどだが、上から見る今の小人は0.4mmもあればおさまってしまうだろう。
この小人を縦に5人から7人並べて、ようやくアリの体長と釣り合う。
てことは上から見下ろす小人はアリの1/5から1/7の大きさしかないわけだ。まさに点。砂粒である。

そんな砂粒たちが自分の方に移動してくるのがハルにはわかった。
が、遅い。本当に遅い。
以前にアスカが教えてくれたところによると、1/1000小人の走る速度は時速20kmくらいらしい。秒速にしておよそ5mm。1秒間に5mmを移動する。小人たちと自分の足との間にはまだ10cmほどの距離があり、つまり彼らが足に到着するまでにはあと20秒もの時間がかかるということだ。
あくびが出てしまうほどの長い時間をハルは待ってやった。

 アスカ 「それ、攻撃ー」

言いながらアスカがスマホを操作した。
するとある程度近寄ってきていた小人たちが足を止めた。
止めたまま、じっと動かない。

 ハル 「…?」

ハルは少し身を乗り出して、自分の足の指の周囲を取り囲んでいる点たちを見下ろした。
どんどん数が集まってきているが、ある程度近づくとやはり足を止めて動かなくなる。
どういうことなのか。

とハルが首をかしげていると、アスカが笑った。

 アスカ 「おおー、さすがハルちゃん。全然効いてないねー」
 ハル 「……? 何がですか?」
 アスカ 「これこれ、兵隊たちの攻撃」

アスカがスマホを見せてきた。画面には、その小人の兵隊たちの視点に立った時の映像が映されていた。
完全な武装をした屈強な兵隊たちが怒号を上げ、鬨の声をあげ、手に持った銃火器に火を噴かせている。
あちこちで爆発が起き、まるで映画とかで見る戦闘のシーンの一部みたいだ。
しかし彼らが見る先には、これまでどんな映画でも見ることのなかったものが存在していた。
とてつもなく巨大な、足の指だ。

兵隊たちは本当にアプリで作り出されたNPCなのか? と疑問に思うくらい本物っぽく、また本当の戦闘っぽく動いている
彼らが必死の形相で叫びながら攻撃をする先には、大地に鎮座する巨大な足の指たち。ズズンと重々しく、地面を踏みしめている。
これが、自分の足の指なのか…? 小人視点に立って見ると身震いしてしまうほどに恐ろしく巨大だ。

ん? 攻撃している…?

スマホの画面から視線を外し再び足元に向けてみると、つま先の周囲には小人たちが集まっていた。
そしてさらによく見れば、足の指の表面に小さな小さな光がチラチラと光っているのが見えた。
もしかして…。

 アスカ 「そ。小人たちの攻撃」
 ハル 「や、やっぱりそうなんですか? でも何も感じないっていうか…」
 アスカ 「んーやっぱりこの大きさになっちゃうと銃器を使ってもハルちゃんに刺激を与えるのが難しいってことかな。小人から見たらハルちゃんの足の指は太さ15mくらいあって、皮膚もとても分厚いはずだしね」
 ハル 「ぶ、分厚いって言われるとちょっと…。あ、でも、意識してたら、何かが当たってるような感触がするような気がします。ちょっと細かすぎてくすぐったいかも」

ハルは足の指をもじもじ動かした。
するとアスカのスマホから大量の悲鳴が聞こえてきた。

 ハル 「え!? なんですか!?」
 アスカ 「あーハルちゃんが指動かしたら小人たちがびっくりしちゃったみたいだね」

ほい。と、アスカが今起こったことをスマホで見せてくれた。
彼らが怒号とともに攻撃する超巨大な足の指たち。岩のように鎮座してビクともしない。
それが突然、

  グバッ!

となんの前触れもなく動き出した。
動かないと思っていた相手が突如、当然のように持ち上がったのだ。直径15m長さ40mほどの大きさもある指たちが動き出し、互いの体をゴリゴリとこすり合わせ始めた。
そのときに自分がくすぐったさに足の指を動かしたのだとハルにはすぐわかった。
しかし自分にとってはただそれだけのことでも、彼らにとっては、横たわっていた巨大な怪物たちが突如暴れだしたようなものだと、彼ら視点のスマホを見て感じられた。
足の指をもじもじ動かした。それだけで地面がグラグラとゆれ、近場にいた小人たちは地面に投げ出されてしまっていた。みなが悲鳴を上げて距離を取ろうとする。
自分がくすぐったさに足の指を動かしただけで大混乱になってしまったことがわかる。

 ハル 「……」
 アスカ 「ニシシ。ときめいたでしょ」
 ハル 「え! そんなこと…!」
 アスカ 「ダメダメ嘘ついちゃ(カシャ)。ほら、愉しそうな顔してるよー」

スマホでとった写真を見せてくるアスカ。
そこに写るハルの顔は、とても活き活きしていた。

 ハル 「あぅ…」
 アスカ 「いいんだよ気にしないで。たっぷり遊んじゃいな」
 ハル 「……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ…」
 アスカ 「そうそう、ちょっとだけ」

「ニシシ」と笑いあう二人。


  *


改めて床を見下ろすハル。
つま先の周囲に集まっていた小人たちは隊列を崩しながらやや後退していく。
しかしそれは、全力疾走をしているわけでもない よろよろと歩いての後退は、とてつもなく遅い。
止まっているように見えるほど。

 ハル 「ほらほらー、逃げるならもっと早くしてくださいよー」

言いながらハルは両脚のつま先を少しだけパタパタと上下させた。
それだけで、散りばめられた点は更に更に細かく散っていく。
全員が必死に、隊列を乱して逃げ惑い始めたのだ。

 ハル 「あはは、まるで蜘蛛の子を散らしたみたいですね。でも無駄なんですよー。わかってますか?」

わさーっと散っていく点を見下ろしながらハルは笑う。
今ハルは両膝の上に両肘を起て、両手で顔を支えて足元を見下ろしている。
本当に、ただ前のめりに椅子に座って足元を見下ろしているだけのような恰好。足元で千人以上の兵隊を相手にしてるとはとても思えない。

散り散りになっていくと小人ひとりひとりを認識するのが難しくなっていく。
止まっているならまだしも、動いている、それもボールペンの芯の太さほども無いような相手だ。ほとんど見えない。

 ハル 「うーんあんまり散らばっちゃうとどこにいるのかわかりづらいですね。この辺ですか?」

言って、ハルは右足を一歩だけ前に出した。
ペタン。素足はフローリングの踏んだ感触だけを感じていた。
確かに無数の点が見えていたが、その存在を足の裏に感じることはできなかった。

しかし足を持ち上げてその裏を見てみると、そこには無数の赤い点がついていた。
数えるのも億劫なほど多くの点が、足の裏の至る所についている。

 ハル 「あ、こんなにいたんですね。全然わかりませんでしたよ」

足の裏の赤いシミを見下ろしてケラケラと笑うハル。

 アスカ 「流石ハルちゃん、いい感じに外道だね~」
 ハル 「えへへ~そうですか?」
 アスカ 「うんうん。実際今そこにいた小人たちは死に物狂いで逃げてたんだけどね、ハルちゃんが足を乗せただけで全滅しちゃったよ。2000人くらいいたんじゃないかな?」
 ハル 「へーそんなにいたんですか。でも何かを踏んだ感触なんて全然しませんでしたけどね」

言いながら今度は左足を動かすハル。
右足と同じようにペタンと床につく。で、持ち上げてみてみると、やっぱり足の裏に無数の赤いシミがつく。

 ハル 「潰れてようやく見えるようになるなんて、みなさんちょっと小さすぎじゃありませんか?」

足元にいるであろう無数の兵隊を見下ろして、ハルはせせら笑った。

  *

ハルの巨大な足によるスタンプは、あまりにも小さな小人たちにとっては防ぎようもない威力だった。
いくら攻撃してもビクともしない。銃弾を当てても砲弾をぶつけても、足はまるでひるむことなく落下してきて彼らを押し潰した。
分厚すぎるハルの足の裏の皮膚は、どれだけ攻撃を叩き込まれようと、どれほど多くの小人を踏み潰そうと、それらの感触を奥の神経に届けようとはしなかった。

ハルが足を踏み下ろした場所は一瞬で無人となる。長さ240m幅90mもの範囲が、多くの兵隊たちがいたはずの範囲が、一瞬で何もない真っ平らな場所になる。
残るのはそんな広大な範囲の至る所にできた無数の赤いシミと、鉄臭い血の臭いのみである。
地面に広く広く展開していた兵隊たちの中に、ぽっかりと足形に空白地帯ができるのだ。
それが、ハルが足をおろすという事だった。

あまりにも一方的、あまりにも圧倒的な戦闘力の差。勝負にならない。話にならない。
今すぐにでも武器を放り出して逃げ出したいのに、体が言うことをきかない。武器を手に、あの超巨大な椅子に座る大巨人に向かって走り出してしまう。
脳の命令が体に届いていないかのような。まるで別の何かから指示を受けて動いているような。
兵隊たちは絶望に駆られながら、望みもしない前線に向かって悲鳴を上げながら駆け出していく。


片方だけでひとつの丘みたいな大きさのある巨大な足。
こちらを向いて居並ぶ巨大な足たちも、ひとつひとつが横倒しになったビルのような巨大さだ。
とんでもない大きさだ。とんでもなく巨大な人間だ。
あまりにも違いすぎる大きさは、見るだけで事のすべてを理解できる。
勝てるはずがない。勝てるわけがない。こんな兵装と兵器であんな巨大な人間を相手に勝つなんて不可能だ。
地面をズシリと踏みしめるあの巨大な足の指、その直径だけでも15mほどもある。太さだけで、5階建てビルほどの大きさがある。武器の質と、敵の大きさとに、明らかな格差があった。

その巨大さも、ただ図体がデカいだけでないことは、あっさりと証明された。
あの巨大な足が持ち上がり、前へと動いた。それだけで、無数の仲間が下敷きとなって押し潰された。千余の仲間が、一瞬でいなくなったのだ。
それは攻撃というにはあまりにもありふれた動作だっただろう。しかしその何気ない仕草だけで、我々を2000人弱も同時に殲滅するだけの力をこの巨人は持っている。
あまりにも、あまりにも違う戦闘力。人間対アリ以上の分の悪さ。
これは戦いでも何でもない、犬死にも劣る、無意味な行動だった。


再び、あの巨大な足がぐわっと持ち上がった。
これほど巨大な足が持ち上がると今までその足があった部分に向かって大量の空気が勢いよく渦を巻いて飛び込むので、その足の周囲にいた兵隊たちはその空間に引きずり込まれるようにして飛び込んでいった。
巨足は再び、展開している隊の一部へと踏み下ろされた。凄まじい振動が仲間たちの悲鳴をかき消す。
立ち上がった兵士たちは、一瞬で遠方へと移動してしまった足に向かって駆け出していった。それはやはり、体が勝手に動いての事だった。

大勢の仲間を押し潰した巨足はまるで山か何かのような悠然さでその場に鎮座している。
この真っ平らで障害物の何もない大地の中で、唯一にして最大の存在だ。
走って近づいて行っているのにまるで近づいているように感じない。平坦な世界で比較するものがなく、またよく知る本来のものの大きさとのギャップで、距離感が狂っていた。
見た感じではもの凄く近く、まさに足元にいるかのような感覚なのに、走ってみるとどれだけ息を切らしてもまだ遠い。
すべてが非常識だった。
こんな巨大な人間も、体が勝手に動くことも、距離感も、考え方も、頭も体もすべてが非常識に染まりつつあった。
常識なんて通用しない。自分たちの知る常識に、あんなにも巨大な足は存在しない。


などと思っているとまた巨足が動いた。
しかし今度は飛び上がったわけではない。
地面に着いたまま、地面を踏みしめたまま、滑るようにして横に動いたのだ。
足の動いた方に展開していた兵隊たちは、そうやって移動してきた巨足に轢かれ、その凄まじい重量と地面との間で消し飛ぶようにして一瞬のうちにミンチにされてしまった。
また、1000人以上の仲間が殺された…。

 ハル 「あははは、すみません。ちょっと足を横にずらしただけなんですけどねー」

上空から楽し気な爆音が轟いた。
この巨足の持ち主である大巨人だ。
何千人という人間を殺しているのに、まったく悪びれた様子が無い。

 ハル 「でもみなさんも悪いんですよ? 見えないくらい小さいくせに、そんなにうじゃうじゃと床の上にいられて足の踏み場がないんです」

と突然、あの巨大な二つの足が同時に持ち上がった。
そして空中で二つ並び、その巨大なつま先を戦場の真ん中にズドンと突き立てた。
足はこれまでのように全体をペタンとつけるのではなく、つま先だけを地面に触れさせていた。

 ハル 「ほら、つま先だけをつけてみても絶対に何人か踏んじゃってますよね?」

巨人の言うことは正しかった。
確かにそれまでの足全体をつけた状態に比べれば地面に接している部分ははるかに少ないが、それでも片足で数百人ずつ巻き込まれ踏み潰されていた。

ついでに、巨人が足をつま先立ちにしてみせたことで、普段は地面を踏みしめているあの広大な足の裏も見ることができた。
その足の裏の至る所に、無数の赤いシミがついていた。それは今までこの巨人が踏み潰した仲間の数だ。そのひとつひとつが一人の人間がそこにいたことの証であり、墓標だった。
仲間だったものが、まるでゴミのように無造作にこびりついている様は、生き残っている仲間たちに怒りをこみあげさせた。
まさに足の裏の汚れだ。巨人にとって、自分たちの存在は自分の足の裏を少し汚す汚れ程度の存在でしかないという証明だった。
兵隊たちは雄たけびを上げながらそのつま先立ちしている巨足に向かって駆け出していく。

 ハル 「でもつま先立ちって結構疲れちゃうんですよねー」

ハルが、持ち上げていた踵をペタンと着けた。
足に向かって駆け出していた兵隊たちは、突然降りてきた足裏の下敷きになって全滅した。

まさに弄ぶようにして潰されていく仲間たち。
生きるか死ぬかではない。死ぬのは絶対。死に方はあの巨大な足の裏で踏み潰されることのみ。そこまでは全員共通。違うのは、その広大な足の裏のいったいどこで踏み潰されるかということだけだ。


  *


 ハル 「ん…なんというか、楽しいは楽しいんですけど、小さすぎて物足りないですね…」

足元を見下ろしながら言うハル。
床の上に見える無数の点。その点の多いところを狙って足をペタンとおろす。それだけで数千匹を踏み潰すことができる。
また別のところを踏みつける。それで数千人。足を横に滑らせればそれだけで数千人。右足のつま先だけを床につけ、そのつま先を手前に向かって引っ張て見せたりした。きっと迫ってきたつま先でまた数千人をミンチにすることができただろう。もしかしたら何人かは足の指の間を抜けて生き残っているかもしれないが、たかが数匹どうでもいい。
つまらなそうにため息をつきながら両足を交互に動かして足踏みをするハル。
それだけでハルの足の周囲に展開していた兵隊は全滅した。
あっという間に、数万もの人がハルの足によって踏み潰されたのだ。

 アスカ 「にゃはは。まぁ1000倍の体格差があればそんなもんだよ。ハルちゃんは何の感触も感じてないかもしれないけど、床の上は結構な地獄絵図だよ」

アスカはスマホの画面を見ながら言った。
実際、ハルの足の周囲は無数の血肉のシミが地面を埋め尽くすほどに点在し、肉片すら残らぬほど究極的なまでの重圧で押し潰された人間の血風の臭いが渦巻く地獄だった。

 ハル 「でももうちょっと反応が無いとただ足を動かしてるだけって感じですし。せめてもっと目で見える大きさならいいんですけど」
 アスカ 「ふむふむ。なるほど。なら次のステージに移行しますか」
 ハル 「次のステージ?」

ハルが、やはり両膝の上に両手で頬杖をついたままの状態で首をかしげると、アスカがスマホを操作した。
すると床の上にポンポンポンポンと小さな黒っぽいものが現れる。

 ハル 「これはー…」
 アスカ 「そ。戦車。これならハルちゃんの目にも見えるでしょ?」

確かに、床の上にポツンとある戦車たちは1cmくらいの大きさはある。
本来なら10mくらいの大きさがあるのだろう。流石にこのくらいの大きさのものなら1/1000という単位がひとつもふたつも変わるサイズ差でも目でちゃんと見える程度の大きさを保持することはできるようだ。


  *


戦車隊の出撃だった。
突然出現させられた彼らたち。自分たちが戦車兵で、敵を倒すために駆り出されたことは理解している。
ただ、その敵がこんなにも巨大だとは思っていなかった。

見上げるほどに巨大。山のように巨大。
巨大な椅子に座っているようで、こちらから見えるのは膝から下の、天から地面まで届く巨大な足と、その膝の向こうから見下ろしてくる巨大な顔。それ以外の巨人の体は、巨大すぎる巨人の体に遮られてみることができなかった。

しかし戦車兵たちは驚く間もなく自らの駆る戦車を走らせ始めた。
自分の意志ではない。そしてそれは他の戦車も同じようだった。
すべての戦車が、まるで何か一つの意志に操られているように完全に統率された動きで敵に向かって前進する。
そして、巨人に向かって攻撃を開始した。

  *

 ハル 「…」

ハルは足元に新たに出現した戦車たちの動向を見守っていた。
そして当然、彼らは攻撃を仕掛けてくる。
砲口が光ったかと思うとその前方にある自分の足の表面でも小さく光った。
戦車の放った砲弾が、自分の足の表面で爆ぜたのだとすぐに理解できる。
戦車たちは次々と攻撃を仕掛けてくる。次々と自分の足の表面で爆発が起きる。
ハルは思った。

 ハル 「く、くすぐったい…」

もじもじと指を動かし、右足で左足の甲をさすったりした。
さすがに歩兵の持つ銃器とはものが違う、陸戦の機動兵器、戦車の砲弾なのだから。
一発一発が自分の足に確かな感触を与えてくる。確かな感触を感じられる。それは感じることすら難しかった携行銃器の威力とはまさに桁が違った。
一発一発が、自分の足をくすぐるだけの威力があった。強い威力は儚い感触として、自分の足に次々と撃ち込まれてくる。
足の甲、足首、指の間。彼らに相対する足の至る所で光が爆ぜた。

 ハル 「くくく……もう、みなさんくすぐったいですよ~」

ひとつひとつが丘くらいの大きさのある足が軽く地団太を踏むように足踏みする。
それだけで床の上の戦車隊は大変な目に遭ってしまった。
あの恐ろしく巨大な足が地面を打つたびに戦車が3mほども飛び上るのだ。まるでトントン相撲のコマのように、足踏みのたびに床の上をコロコロと転がっていく。
なお戦車とともに歩兵たちも再び出現していたが、それはハルの足の起こした大地震で全滅した。

 ハル 「ふぅ…じゃあ次はこっちの番ってことでいいですね。えい」

ハルは足を滑らせるようにして動かして自分の右足の前で転がっていた戦車をコツンと小突いた。
つま先で小突かれた戦車は床の上をすべるようにぽーんと勢いよくふっとび、そのあと数回ごろんごろんと転がったあと静止した。
その後、二度と動かなかった。

 ハル 「あれ? もう壊れちゃった? それとも中の人が動けなくなっちゃったかな?」

ハルの呑気な声が轟くが、戦車にとってはそんな呑気な話ではない。
戦車から見ればハルの足はとてつもなく巨大だ。体積も質量も半端なものではない。
そんなものが勢いよくぶつかってきて、戦車の感覚では300mほども吹っ飛ばされたのだ。自動車の衝突などではありえない勢いだ。
重厚な装甲を持つ戦車も衝突の衝撃で半ば潰れかけていたし、乗組員たちはハルの足がぶつかった瞬間に即死していた。


次に狙われた戦車はハルの足によってそのまま踏み潰された。
頭上に迫ったハルの巨大な足。真下の戦車の周囲がフッと暗くなった。不自然な暗さ。まるで自分の頭上にだけ雨雲があるような。
戦車は全速力で後退してハルの足の下から脱出しようとしたが足はあまりにも大きく、自分はあまりにも遅かった。
ズシンと足が踏み下ろされた瞬間には、戦車の姿などもうどこにも見ることはできなかった。ずっしりと踏み下ろされた足の重圧感は、すべてをぺちゃんこに押し潰せるのだと見る者に刷り込む。

ゆっくりと足が持ち上げると、やはり戦車の姿はどこにもなかった。
かわりに、持ち上げられた足の裏にぺちゃんこになって張り付く小さなゴミがあった。

 ハル 「やっぱり足元がやわらかい地面じゃなくて硬い床だと、戦車の潰れる感触とかもはっきりと感じられますね。今、プチッていいましたもん」

言いながらハルはまた別の戦車を踏みつけた。
足の裏に張り付くゴミが一つ増えた。


そうやって足元にいた戦車たちを次々と踏みつけて潰れる感触を楽しんでいると、足の周囲には戦車はいなくなった。
これまでにハルの巨足に踏み潰されるのを免れた戦車たちは、辛くもハルの足の届く範囲から脱出していたのだ。

 ハル 「さすがに乗り物だと動くのが早いですねー。まぁでも…」

ハルは椅子から立ち上がって一歩歩いた。
それだけで、たった今まで逃げおおせていたはずの戦車が2輌ほど踏み潰された。

 ハル 「立ち上がっちゃえば意味ないんですけどね」

床に立ったハルは腰に手を当て逃げ出せていた周囲の戦車たちを見渡した。
一度は緩められた戦車の速度が急加速する。
再び、ハルから距離を取ろうと走り出す戦車たち。

自分を中心に広がっていく豆粒サイズの戦車たちを見下ろしてハルはクスクスと笑った。

 ハル 「ふふふ、鬼ごっこがしたいんですか? いいですよーしっかりと逃げてくださいねー」

言ってハルは一歩進んだ。
それだけで、早速1輌の戦車が踏み潰される。
もう一歩進んだ。また1輌踏み潰される。

 アスカ 「うっわハルちゃんひどーい」
 ハル 「えへへ~」

はにかみながら、また戦車を踏み潰す。

次々と踏み潰されていく戦車たち。
巨大すぎるハルの足に狙われたら絶対に逃げることはできない。どれだけ泣き叫ぼうと、どれだけ悲鳴を上げようと、狙われたなら次の瞬間には頭上にあの巨大な足があるのだ。


逃走する戦車のハッチから顔を出している兵士がいた。
彼は自分の遥か後方で地面を踏みしめていた巨大な足が一瞬で自分の頭上に来たのを見た。
突如天井ができた。周囲が薄暗くなった。
頭上に掲げられた巨大な足の裏には、これまでに踏み潰された仲間の戦車が何両かぺちゃんこになって張り付いていた。
これから自分も、あのひとつに加えられるということだ。

そこまで考えて彼の思考は止まった。
その時にはもう足は床を踏みしめていた。


次の戦車はそれまでの戦車に比べれば賢かったかもしれない。
この戦車の兵士たちは、ここが巨大な部屋であることを理解し、一直線に物陰へと向かっていた。
ここが床の上ならば遮蔽物も何もない真っ平らな平野ということだ。まともに逃げ回って逃げ切れるはずがない。
ならまず物陰に隠れ巨人の目から逃れることが第一だ。そうでなくとも狭い場所に入ればあの巨体では追ってこれまい。
だからその戦車は、二つの巨大な壁、おそらくは棚であろうその二つの間にできたわずかな隙間を目指して突っ走った。

しかしもう少しでその隙間に飛び込めるというところで、眼前をあの巨大な足が遮ったのだ。
慌てて急ブレーキをかける戦車。

 ハル 「残念でしたー。みなさんの動きなんて丸見えなんですよ。どこに逃げようとかどこに隠れようとか、考えてること単純すぎて簡単に予想できちゃうんですよね」

ハッチから顔を出した兵士は頭上に巨人の体を見上げることができた。
巨人は右足を戦車の後ろにつき左足で戦車の行く手を遮っている。完全に跨がれていた。
腰に手を当てやや前かがみになった巨人が見下ろしてきている。足だけではない、巨人の巨大な体の作る影にすっぽりと収められている。最早完全に逃げ場がなかった。

不意にその巨人が手を伸ばしてきた。
頭上から巨大な手が凄い勢いで近づいてくる。
逃げようと戦車を動かす間もなく、彼らの乗る戦車は、巨大な親指と人差し指に摘ままれ、持ち上げられてしまった。
凄まじいGが体にかかる。戦車の中の兵士たちは床に押し付けられて潰されてしまいそうだった。


足元の戦車をつまみ上げ、左の手のひらに乗せるハル。
摘まんだ戦車は指の太さもない大きさだ。あまりにも小さくてそのまま指の間で潰してしまいそうである。
足元を見渡してほかの戦車を探すと必死に逃げる彼らにあっさりと追いついてちょいっと摘まみ上げていく。
それを繰り返すと、あっという間に手のひらに7輌の戦車が集まった。

戦車を集めたハルは椅子に戻った。
そして戦車を乗せた左手を顔の前に寄せ、集めた戦車たちを観察する。

 ハル 「んー小さくてもちゃんと戦車なんですね。結構しっかりしてそう…」

と言いながらハルは右手の人差し指で集めた戦車たちのひとつに触れてみた。
すると指先は戦車をあっさりと押し潰してしまった。

 ハル 「あれ、うそ! やわらかすぎ!」

ハル自身も予想していない柔らかさだった。
指を離してみると、そこにはもう押し潰された残骸があるばかりだった。

突如、手のひらの戦車たちが砲撃してきた。
砲弾はハルの顔に次々と命中し小さな爆発を起こした。

 ハル 「うわっ! ちょっと…!」

突然の砲撃にさすがのハルも驚いたが、それらの感触が先に足に感じたくすぐったさと大して変わらないことを悟るとホッと息を吐き出していた。

 ハル 「ふぅ……もー驚かさないでくださいよー。お仕置きですよ」

未だに口の周りなどに砲弾を浴びながらニヤリと笑ったハルは右手を戦車たちの乗る左手に近づけると、

 ハル 「えい」

デコピンを放った。
ペチ。ハルの指は一番端にいた戦車を打ち、弾かれた戦車は一瞬ではるか遠くまで飛んでいき、部屋の壁にぶつかって砕け散った。

戦車たちからは、突然目の前にぬぅっと現れた巨大な手から放たれた超巨大な指によるデコピンは、目でとらえることもできなかった。
あまりにも指の動きが速すぎた。彼らにとっては、あの巨大な手の中で押さえられていたはずの指が次の瞬間には消え、すでに前方に突き出ていたのだ。
同時に、端にいた戦車の姿も一瞬で消えていた。そして、指が消えたと思った直後、凄まじい突風がこの巨大な手のひらの上に吹き荒れた。
もしも今この戦車の外に出ていたら、デコピンが放たれた瞬間、その突風に巻かれて一瞬で吹き飛ばされてしまっていただろう。
この突風の凄まじさが、デコピンの威力を物語っている。消え失せた戦車が無事でないことは明らかだった。

 ハル 「次はー」

別の戦車をつまみ上げたハルは口をあーんと開け、その中に戦車を放り込んだ。
パクっと閉じた口をもぐもぐと動かした後、唾液とともにゴクンと呑み込む。

 ハル 「ふふ、アスカさんのアプリのおかげで戦車みたいに油まみれの機械を食べても平気なんですよ。こうなったらもうみなさんなんておやつみたいなもんですよね」

手のひらの上の戦車たちを見下ろして舌なめずりして見せるハル。
戦車たちが明らかに動揺した。

 ハル 「まぁだからって食べたいってわけじゃないんですけど。さて、みなさんはどうしちゃいましょうか」

手のひらの上で暴走する戦車たちを見下ろして考えるハル。

 アスカ 「おっ。じゃあハルちゃん、ちょっとその戦車たちをさ……」
 ハル 「え?」

突然のアスカの指示にきょとんとするハルだったが、内容を聞くと頷いて了承する。

 ハル 「……はい、はい、わかりました」

そして左手に乗せた戦車たちに手を伸ばした。


  *


 ハル 「これでいいですか?」
 アスカ 「うん、おっけーおっけー」

アスカは親指を立てて見せた。
戦車たちはもうハルの手には乗っていなかった。
かわりに今は、ハルの右足の指の間に挟まっている。

ハルは不思議そうに自分の右足を見下ろした。
見れば確かに、ハルの足の指の間にそれぞれ1輌ずつ戦車が押し込まれている。
小さな小さな黒い戦車たちが、自分の足の指の間に挟まれて身動きが取れなくなっているのだ。

 アスカ 「潰しちゃだめだよー」
 ハル 「で、でも、みなさん逃げようとして動くからくすぐったくて…」

ハルは喘ぐような声を出しながら指の間のくすぐったさに耐えていた。
戦車たちは自分たちの置かれた状況から脱出しようとキャタピラを動かそうとしたり砲身を旋回させようとしたりしていた。
それがハルの足を刺激しているのである。
指の間に捕らえた虫のように小さな戦車たちの儚い抵抗は、ハルの足の指だけではなく嗜虐欲までくすぐった。
うっかりと指をもじもじ動かしてしまう。するとその間に挟まれる彼らの戦車はメキメキと音を立て今にも潰されてしまいそうだ。
彼らの乗る戦車よりも太い指たちが彼らを間に挟んだまま擦り動かされる。手の指でですらあっさりと潰してしまったのだ。足の指ならばほんの少しでも加減を間違えばあっという間に全員捻り潰してしまうだろう。

 アスカ 「じゃあ次にその右足を顔の側まで持ち上げてみて」
 ハル 「か、顔の側までですか…」

椅子にもたれかかるハルは、言われた通り足を顔の高さまで持ち上げた。
必然的に、足の裏が正面に座るアスカの方を向く。

 アスカ 「おっけー、んじゃいくよー。………はいピース!! はいチーズ!!」
 ハル 「え? えっ!?」

突然カメラを構えるアスカにハルは慌ててピースして笑った。
パシャ。写真が撮られる。

 アスカ 「よーしおっけー。お疲れ様ー」
 ハル 「……っていきなりなんですか! びっくりしましたよ…」
 アスカ 「いやー、ヤマトに今度の会報の表紙で使う絵を用意しておいてくれって言われててね。せっかくだからハルちゃんに手伝ってもらおうと思って」
 ハル 「そ、それならそうとあらかじめ言っててくれれば…」
 アスカ 「にゃはは、なんとなくサプライズにしたかったのだよ。……うん、うまく取れてるかな。ホイ」

アスカがカメラの画面を見せてきたので見てみるハル。
そこには右足の裏を見せながらピースして笑う自分の姿が映っていた。アップなので映っているのは顔とピースと足の裏のみ。しかもその足の指の間には戦車が挟まり、足の裏もそれまでに踏み潰した戦車がぺちゃんこになって張り付いていたり、踏み潰した無数の歩兵のシミがうっすらと残っていた。
笑顔とピースと足の裏の凄惨さのギャップが凄い。

 ハル 「あ、あの……すごい恥ずかしいんですけど…」
 アスカ 「画像はこのままにしとこうか? それとも足以外の顔やピースには霞かけて遠近感だそうか?」
 ハル 「いや、いやいやいや、そういうことじゃなくてですね…」
 アスカ 「んー椅子に座ってこっちに足の裏向けながら笑う女の子ってのもなかなか斬新だけど、やっぱりローアングルから足を振りかざしてるところを見上げる方がサイズフェチにはウケるかな。じゃあハルちゃん、次はこのスマホの上で足上げて笑ってください」
 ハル 「いや、いやいやいやいやいやいや、待って、待ってください!」
 アスカ 「えーダメー?」
 ハル 「………お兄ちゃんに許可を取ります…」
 アスカ 「いえーい、ハルちゃんありがとー」

はしゃぐアスカを前にため息をつくハル。

 ハル 「はぁ……、そういえば今日のアスカさんはなんかあまりしゃべりませんでしたね。何か悩みでも?」
 アスカ 「んーん。G研のサイトに載せる動画撮影してたからそっちに集中してただけだよ」
 ハル 「ああ、そうなんですか。……サイトに載せる動画?」
 アスカ 「そうそう、コレ」

再びアスカがカメラの画面を見せてきたので再び見てみるハル。
そこには展開した無数の歩兵たちや戦車たちを笑いながら踏み潰して回る自分の動画が映されていた。
しかも小人目線の撮影なので臨場感が凄い。自分の巨足に踏み潰される兵士たちの絶望感や悲壮感が凄い。
必死に攻撃する兵士。泣き叫び逃げ惑う兵士。そんな彼らの周囲がふと暗くなったかと思うと自分の巨大な足が降ってくる。

 ハル 「あ、あの……ものすんごい恥ずかしいんですけど…」
 アスカ 「大丈夫大丈夫。内輪のサイトだから。公開されるわけじゃないよ」
 ハル 「そ、それでも結構恥ずかしいですけど……まぁG研の中だけっていうなら、いいです…」
 アスカ 「ありがとーハルちゃん。あ、内輪のサイトだけど、全国のGTS研究部で共有してるからそこでは広がっちゃうけど」
 ハル 「やっぱりやめてくださーーーーーーい!!」

ハルが涙目で叫んだ。




ちなみに指に挟んでいた戦車や床に残っていた他の戦車は、あとでハルがおいしく踏み潰しました。