「ふんふ~ん♪」

そこに腰掛け、膝の上に肘を着き、両手を頬に添え、鼻歌を歌いながら悪戯的な笑みを浮かべる少女。
身に纏う薄手の白い布の服は絵画に現される神のそれに似て、その様を思い描かされるのは少女があまりにも幻想的な雰囲気に包まれているから。
豊かな大地を思わせる茶色のショートヘアーが少女が頭を左右にゆっくり動かすのに連れてふわりと揺れ、服から出た肩から先は天に煌めく陽光に照らされ健康的な輝きを見せる。
ミニスカートのような服から伸びる二本の脚は地面へと続き、少女はその動きを楽しんでいるようだ。素足の指先を使い、地面に絵を描いている。
少女の耳には届かなかったが、彼女の足元では無数の悲鳴が響き渡っていた。

女神。それが少女という存在である。
彼女は今 地面に絵を描いて遊んでいた。
しかしその女神の悪戯には無数の人々が巻き込まれているのだ。
女神の体は人間の100万倍の大きさであり、彼女が指を走らせている地面はいくつもの人間の街が存在する大陸なのである。
今 地面に下されている足だけでもその全長は240kmにもなる。それは日本の四国の長さとほぼ同意で、つまり四国は彼女の片足の下にそのほとんどを収められてしまうのだ。
そしてその身長も1600km。これは日本の本州の全長を超え、もしも彼女が日本の上に寝転がれば日本のほとんどがその巨体の下に押し潰されてしまう。
北海道を枕にすれば足は九州まで届く。寝転がったまま僅かに身悶えするだけで、日本は完全に潰されてしまうだろう。

それほどに巨大な女神である少女は今、天界から地上に足を下し、陸地の上に足を滑らせて遊んでいるのだ。
足の親指だけで線を引いている。だがその親指だけでも幅は20kmにもなり、それは小さな街の幅よりも広い。その親指をぺたんと下すだけで街ひとつを丸々潰せてしまうという事だ。
その場にいる人には訳が分からなかった。
空が突然夜になる。
空を覆っているのは巨大な足の裏、ではなく巨大な足の指、でもなく、指先のほんの、ほんの一部分なのだ。
指紋ですら人々にとっては小さな山脈ほどの大きさがある。
そんな巨大な指が地面を引っ掻きながら大地の上を走り回る。
ガリガリと大地を削る音が世界に響き渡る。
地殻を削る音だ。
この巨大な指の前には街などカビ以下の存在で、指が地面を削るのになんの障害にもならない。
街は指が通過するその中に消え、後には幅20km深さ数千mもの深い溝が残された。
巨大な指から見る1mmですら人々にとっての1kmであり、そんなものが地面を削りながら迫ってきたとしても人々には逃げる事が出来なかった。
街だけではない。湖も、山も、その指の下に削り潰されていった。
あの富士山ですら、少女から見れば3mmちょっとの高さの山でしかないのだ。
その横にこの指をズンと置いたら、その威厳はどこかに行ってしまうだろう。

これは女神の暇つぶしだった。
ちょっと暇だったから下界の人間をからかってやろうと思ったに過ぎない。
だがそんな女神の悪戯も、人々にとってはかつてない大災害であった。
空を埋め尽くさんばかりに巨大な足が現れたかと思えば、それが地面を踏みしめたのだ。
それだけで数百万という人が犠牲になった。ただ女神が足を下しただけでである。

女神は最初にその周囲を親指でぐるりと線を引いた。
これでもう、ちっぽけな人間は逃げる事が出来ないからだ。
自分が鼻歌交じりに動かしているこの足の指から、人間たちは必死に逃げているのだろう。
そう思うと楽しかった。どんどんイジメたくなってしまう。

親指の幅は20km。高さは15km。
他の指も太さ10km以上ある。それは雲ですら指の太さの高さを浮かぶ大きさだ。雲ですら踏み潰せるのだ。
例えば台風が発生したとしたらその中で何度も足踏みすればそれはやがて踏み散らされてしまうだろう。
いや、台風に顔を寄せて「ふっ」と息を吹き付けるだけで消してしまえるかもしれない。
女神に取って大嵐を吹き飛ばすことは、ロウソクの火を吹き消すより簡単な事だった。
ただ、それをすれば地表のものもすべて一緒に吹き飛んでしまうだろう。
日本でなら、県の2つや3つは吹き飛ばされてしまうだろうか。
逆に息を吸い込めば周囲の街や人々と一緒に雲さえもその口の中に吸い込まれてしまうだろう。
大自然さえも女神にとっては取るに足らないものだった。

5本の指で地面を引っ掻けばそこには5本の溝ができる。
それらの溝の幅の合計は約90kmに達し、それは東京都の幅に匹敵する。
つまり少女がその気になれば東京などあっという間に磨り潰されてしまうのだ。
東京タワーもスカイツリーも1mmにも満たない大きさなのだ。東京を引っ掻いた後、指の間にゴミとして挟まってしまうかもしれない。
そしてその後、指を擦り合わせればそれらの塔は粉々に潰されてしまうだろう。

やがて女神は地面に線を描くのを止め足を止めた。
そこには花を連想させるいびつな落書きがあった。足でやったので不細工なのは仕方がない。
ただこの落書きを掻くために犠牲になった人々は数知れない。
今も、あの巨大な指が線を引く過程の凄まじい振動と押し寄せてきた土砂と街の瓦礫の中で生き埋めになった人々やそれを助ける人々が必死になってもがいているのだ。

暫くにんまりとした笑みでその落書きを見下ろしていた女神だが、不意にそれを足で踏み消した。
落書きの上に足を下しぐりぐりと踏みにじる。痕跡が残らぬようまんべんなく踏みしめていく。
それは、そこにいた人々を皆殺しするに同意だった。
ぐりぐり。ぺたんぺたん。その度に数百万の人々が踏み潰される。
やがて女神の落書きは無くなり、最初に描いた円の中はきれいに踏み鳴らされた。
この直径400kmにもなる円の中は、たった数分で生きる者のいない荒野になったのだ。
その荒れ果てた大地の上に満足そうに置かれていた巨大な足は次の瞬間ドシンと強く踏み下ろされた。地球全体を揺るがす勢いだった。
足を上げてみるとそこには足跡がくっきりと残った。
それを見てくすくす笑った女神は足を天界と下界を繋ぐ穴から引き抜いた。
するとその穴もすーっと閉じて、穴の向こうに下界は見えなくなった。
周辺の人々からすれば巨大な足が空の彼方に消えていったということである。
後に残されたのは視界を埋め尽くす広大な荒野と、中に入って周囲を見れば地平線が見えてしまう巨大な足跡だけだった。





 *


「まっ、こんなもんかな~」

言いながら少女は足の裏に着いた土はパタパタと払い落とす。
そのひとつひとつが街だったもので、少女から見れば砂粒よりも小さなビルの瓦礫などがパラパラと落ちて行った。
同時に、物言わぬ体となった無数の人々も。

するとそこに、

「あーまたそんなことして! 人間が絶滅しちゃったらどーするんですかー!」

別の女神の少女がやってきた。
最初の少女がショートヘアーなのに対しこちらの少女はロングヘアーだ。
服装も似たようなものである。

ショートの女神は足をはたき終えすっくと立ち上がった。

「まだまだいっぱいいるんだからちょっとくらい減ったって大丈夫よ。それにあんただって用事で下界に降りることはあるでしょ?」
「私は人間を踏まないようなるべく海を歩くようにしてます! 陸を歩くときだってちゃんと人間の少なそうなところに足を下してますよー!」

ロングの女神は頬をふくらまして抗議した。
が、その講義の内容は彼女の意に反した結果をもたらしている事に気づいていない。

彼女たちの足はとてつもなく巨大で凄まじい体積を誇る。
海の深さは平均しても4000m以下、最大でも約11000mであり、それは平均の海の深さは彼女たちの足の指の半分ほど高さにしか届かず、世界最深のところでも指全体が水に浸かる事は無いという事だ。
指の腹が最深の海底に着いても、爪は海面の遥か上空で陽光に照らされて輝いているだろう。
それほどに巨大な足が海に浸かれば、それだけ水かさが増えるというもの。
海のどこでも、女神がその両足を下しただけで海面は1.2mほど上昇する。これは水没する国が出てくる値である。
女神がただそこに降りただけで国が亡びるのである。その際、突然上昇した海面にいったいどれほどの数の人間が呑み込まれるのかは想像できない。
それだけにとどまらない。女神は歩くのだ。島も踏み潰せる巨大な足が海から持ち上がり遥か彼方の海面に下される。
その時の振動は地球を揺るがす。更に、その凄まじい体積と勢いで跳ね除けられた海水は雲さえ呑み込む大津波となって広がってゆく。
この一度の津波だけでも、先のショートの女神の悪戯で被害になった人々の十倍以上の被害が出るだろう。
それは女神が歩くために足を海に下すたびに何度も発生する。
女神にとっては指を濡らす程度の深さの水たまりをちゃぷちゃぷ歩いている位の感覚だが、それだけで人類滅亡の危機なのである。
ズシンズシンと海底を踏みしめ、海を吹き飛ばしながら歩く女神。
その歩幅は500kmを遙かに超え、それは普通に歩いていても日本を跨ぎ太平洋と日本海を行き来することができるレベルだ。
肩幅で立つだけでも可能だろう。日本は簡単に女神たちの股下に収められてしまうのだ。

そしてもう一つ、人間の少なそうなところに足を下すと言っても彼女たちの足は全長240km幅90km。
日本の県をいくつもその下に収めてしまえる大きさだ。
そんなに巨大な足を、例えどれほど吟味して陸地に下そうと夥しい数の犠牲者が出る事に変わりは無い。国を踏み潰せる足を一人の犠牲者も出すことなく下せる場所など今の地球には存在しない。
結局彼女たち女神はこの地球上ではただいるだけで無数の人々を犠牲にしなければならないのだ。
彼女たちの一歩の振動は国を吹き飛ばす威力があり足の直撃を免れようと助かるものではない。その足の爪の上に街を建造することもできてしまう大きさなのだから。

かつて神は世界を創造した。
しかし同じ神の一族である彼女たちが訪れると世界は破壊される。
神にとっては創造も破壊も容易なことだった。
人類は、女神たちの気まぐれに、ただ振り回されるしかないのだ。