女神族・エルルは散歩をしていた。
今日はあの無数の世界が浮かぶ『無限の空』では無く、隣の次元である『宇宙』へと遊びに来ていた。
『宇宙』に浮かぶ世界は『空』とは違い総じて球体をし、また天の上に太陽が無いために暗い。
『空』はその無限の果てに太陽があり、全世界を照らしまた夜はその光を収める。
しかしこの『宇宙』では無数の極小の太陽が散りばめられておりそれを中心として世界が集まっているのだ。
さらにそれらを集めたものが『銀河』であると。
『宇宙』は『空』よりも複雑な構想をしているのだ。
だからこそ面白い。


  *


「う…っ」

遊泳をしていたエルルの身体が止まり、両手が腹を押さえた。
お腹がゴロゴロとなっているのがわかる。
催してしまったのだ。
しかも小ではなく、大の方である。

「どうしよう…。ライノだっているのに…」

胸元を見下ろせばそこにはあの青い球のネックレス。
普段だったらどこでしようと気にはしないが、自分の好きな人間の前でそれをするというのは気が引けた。
おろおろと辺りを見回す。同時に頭の髪の毛が一本クルクルと回りだし、やがてそれはピコンと一方向を指し示した。
そちらに向かって飛んでゆくエルル。

やがて見えてきたのは…否、見えないそれはブラックホール。
光さえ飲み込む圧縮重力の坩堝である。
女神族のエルルをしてもそれと比べるとはるかに小さい。
星の死後、まるで霊のようにそこに現れ周囲の星々を飲み込んでゆく。宇宙の墓場。
すでにその重力圏に侵入しているにも関わらずエルルは涼しげな表情だった。
星もぺろりと平らげるその暗黒の重力場の引力でさえ、束ねられた髪をわずかに揺らす程度。
女神族であるエルルに、宇宙の法則など通用しない。

ブラックホールの目の前で暫し考える。
この黒い穴に飛び込んで、光も音も無い世界でそっと済ましてしまおうか。
だが暗い穴の中は飛び込んだ後出てくるのが面倒だし、万が一ペンダントを失くしてしまったら探すのは一苦労だ。
どうしよう、と考えるも、お腹の限界も近く残り時間は少ない。
穴に入らず、用を足す…。
うーん…。

 ピコーン

と髪が一本立った。

「そうだ!」

ポンと手を叩き、その手をブラックホールに向けた。
すると、あの巨大な黒い空間がしゅるしゅると縮んでゆく。
消滅してゆくのではない。縮小してゆくのだ。
ブラックホールが。光さえも捕らえて離さない重力の牢獄が。すべてを貪る最強の黒い王が、笑顔の少女の手が向けられるだけでその巨体を失っていった。
そしてやがて、そこには大きさ50,000㎞(エルル換算50㎝)にまで縮められたブラックホールが現れた。

「これでよしっと」

ふぅと息を吐き出したエルルはくるりと後ろを向いた。
ぷりんとしたかわいらしいお尻がブラックホールに向けられる。
このお尻の肉だけでも一個の小惑星をはるかに凌駕する質量を持っているのだ。

エルルはお尻をブラックホールに突っ込んだ。
ボフ。
お尻が黒いモヤの中に消えた。
お尻だけがモヤに包まれ残りの身体は外に出ている。
今のエルルはブラックホールに入りきることすら出来ないのだ。
ブラックホールはエルルのお尻を許容するだけで精一杯だった。
息を整えた後、下腹部に力を込めるエルル。

「ん〜…!」

全身を震わせ頬を赤らめ唸るような声を出す。
この間、エルルのお尻からは排泄物が搾り出されていた。
それはブラックホールの中へと消えてゆく。
ムリムリムリムリ…!
音も無ければ見えもしない。
暗黒の穴の中の出来事だが、エルルには確かに今自分が用を足しているのだという実感があった。
恐らくは直径2〜3千㎞のそれが出て…。
とそこまで考えて頭をブンブンと振って思いを散らす。
そんな事考える必要ない。汚らしい。

「はぁ…折角ライノとピクニックに来てるのに…」

ため息をついた。
ソレは元々は『空』の世界であったもの。
無数の大陸だったのだ。
遊泳中、エルルは目に付いた大陸を貪る事がよくある。
貪るとは聞こえが悪いが、要は菓子のようなもの。
長さ1万㎞幅4千㎞の大陸をひょいと手に取り「あーん」と開けられて口元にそこに乗っている人動物家街国ごと運ぶ。
厚さ1千㎞を超える薄紅色の唇の間にぽっかりと開いたわずか3千㎞ほどの穴を通り抜けた大陸の端は薄暗くやがて暗黒に成り行く口腔への侵入を果たした後上下から迫る高さ1千㎞の歯によって食い千切られ海さえ溢れ返させる唾に包まれそして臼歯によってすり潰される。
もぐもぐ、と咀嚼された大陸はやがて世界を押し流せる量の唾液とともに長い長い喉を下り世界がそのまま入ることすら出来る広大な胃へと落とされ酸の海で無へと帰す。
そして長い時間をかけた後、今の様に身体から排泄されるのだ。
全てはエルルの無意識と言ってもいい些事の一欠片に過ぎない。
ひょい、ぱく。
それだけのことだった。
その過程で何十億の人間と無数の生命がついでに消費されただけだ。
エルルは大陸の上の生命の存在を気にもしていなかった。
ちらっと視界に入った大陸を手にとって食べる。
一口二口でその大陸を平らげ次の大陸へ手を伸ばす。
腹が空いたわけではなく、口に何かを入れたいがため。
味が悪いと見られれば口に含まれた分はぺっと吐き出され食べられずに残っていた分は放り捨てられる。
歯形のついた大陸はくるくると飛んでいった。
それが、間食の実態である。

無数の大陸を腹に収め、時が経てばそれを出したくなる。今がその瞬間だった。
大陸だったソレは消化され吸収され不要物だけが押し固められて排泄されていた。

「ふぅ〜」

大陸の成れの果てを排泄し終えたエルルは深く息を吐き出し、お尻をブラックホールから抜いた。
ふき取っていないのに肛門周りは綺麗だった。
ブラックホールの引力は周りに付いたソレも剥ぎ取ってくれるのだ。
振り返りブラックホールを確認するエルル。

「見えない…よね?」

自分のソレがブラックホールからはみ出ていたりしたら恥ずかしくてたまらない。
だがどこにもそれは見られずエルルはほっと安堵した。

「さぁ今日は何しよう。海にでも行こうかな。砂浜に横になった私の身体の上をライノに歩いてもらうの。あ、でもライノにはちょっと大きすぎるかな。10万分の1くらいまで小さくなればライノにオイル塗って貰えたりして…。えへへ」

頬を赤らめて「きゃー」と頭を振るエルル。
尽きぬ期待に胸を躍らせてエルルは再び遊泳を開始した。

後に残された縮められたままのブラックホール。
その中にはブラックホールの超重力を持ってしても圧縮されずに原型を留めるエルルのソレがあった。