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 〜 女神族 〜

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そこには無数の世界が浮いていた。

世界。

それは球体ではなく、この無限の空に浮かぶ大陸。
海あり山あり森あり砂漠あり。
動物あり植物あり人間あり。

それぞれの世界にはそれぞれの種族が。
それぞれの世界にはそれぞれの文明が。
それぞれの世界にはそれぞれの「世界」があった。

上にも下にも果て無き空。

そこには雲と同じ数だけ大陸が浮いていた。

ある世界では化学が発達したり。
またある世界では魔法を使える種族が住んでいたり。
またまたある世界では人にあらざる者が君臨していた。

その大陸間の行き来を出来る力を持つ世界もあり、それらの世界は別の世界と交易をしたり、または戦争を仕掛けていた。
しかしその戦争さえもこの無限に広がる大空に浮かぶ無数の世界にとっては些細な事。
それらもすべて自然の一部として、この大空は雄大に広がっている。

鋼の翼を手に入れ空を飛ぶ者。
大怪鳥の背に乗り空へと舞い上がる者。
万物の王、竜と共に空を旅する者。

この果ての無い世界には自由がありふれていた。


しかし、この世界にも脅威は存在する。
女神族。
巨大な身体を持ち、この大空のどこからか突然現れてはいくつもの世界を滅ぼして去ってゆく。
あらゆる文明の世界が対策をと唱えたが、それはいかなる文明の力を持ってしても敵わぬ、まさに神の存在だった。



ある世界の若者がせっせと畑を耕していた。
桑で土を耕し、作物をつくるために。
若者は流れる汗を拭い一息ついた。
世界には雨も降る。雪も降る。
その大陸ごとに気候は違えど、みな同じだった。

「今年はいい作物が出来そうだ…」

若者は耕された広大な畑を見て笑った。

その時、空に何かが飛んでいるのが見えた。
他所の大陸ではない。
それはどんどん大きくなる。近づいてくるのか。
若者は、近づいてくる影が人型をしているのに気付いた。

「ま、まさか…」

そう、それは世界が束になっても敵わない、女神族の姿だった。


 ***


女神族、エルルはたくさんの世界が集まっている、通称「銀河」へと遊びに来た。

「わぁ、たくさん浮いてるー。ここは当たりかな〜」

屈託の無い笑顔を浮かべ、その銀河の手前で前進をやめる。
エルルはゆっくりと辺りを見渡した。

「クスクス…、さぁて、最初はどれにしようかな〜」

エルルは目の前に浮かんでいた大陸に目をとめ、それに顔を近づけていった。
大陸の人々は悲鳴を上げた。
何十億と言う人間が暮らすこの大陸よりも、はるかに巨大な顔が近づいてきたのだから。

女神族。
その大きさは計り知れず、大空に浮かぶ巨大大陸をその手に持つ事が出来るほどだ。
服を纏ったりもしない。
そんな巨大な服は無いのだから。
その女神族、エルルは、まだ大人では無い様だ。
あどけなさの残る笑顔、その膨らみかけた肢体には若さが満ち満ちている。
すらりと伸びた手足。
そしてその栗色の髪の毛は二つの束にされ、まるで天使の翼の様だ。
要はツインテールである。

エルルは、彼女の感覚で、その世界の人々の単位を使うと、およそ7㎝ほどの大きさの大陸の目の前まで顔を近づけた。
大陸が浮いているのは彼女の鼻よりも少し低いところ。
大陸の人々からは世界の空が、彼女の顔の上半分で満たされたことになる。
その大陸にある直径100kmの巨大湖よりも100倍以上大きな瞳がギョロリと動く。
あの巨大な瞳だけで、この大陸の空をどれほど覆ってしまえるだろう。
パチパチとするただのまばたきが、空の色が変わるにも匹敵する。
あの瞳の広さの中に、この大陸の主要都市が全ておさまってしまう。

「まずはこれね」

エルルから見るその大陸。
どんな文明が発達しているのかは分からない。
街なんて小さ過ぎて見えないのだ。
もしかしたらこの、恐らく森か草原かであろう緑の地面にポツンとある白い点が街なのだろうか。
エルルは吹き出した。

「やだぁ小さ過ぎ。これが街なの? こんな小さなところにいったい何万人も暮らしてるの? 全然わかんないよ。だってあたしから見たら点だよ点。白い点がポツンとあるだけ。こんなところで暮らしてるの? あたしの指の方がずっと大きいよ」

言いながらエルルはその街の上に小指の指先を持ってくる。

「ほらね。あんたたちの街なんかもうあたしの指の影に隠れちゃって見えないよ」

エルルはケラケラと笑った。
だがその指の下の街は阿鼻叫喚であった。
この街ひとつよりも、比べ物にならないほど大きな指先が上空を覆ったのだ。
夜が訪れていた。
街一つを暗黒におとしめているのは、ただの指先。
少女の、1本の小指の指先だけなのだ。

女神族の大きさは、普通の人間の1億倍。
この指先も、太さは1000km以上あるのだ。

「もしかしてみんなあたしの指先を見上げてるのかなー。どう? かわいいと思うんだけどな」

エルルは指を動かしたり回したりした。
人々にとってそれは空が動いているようなものだった。

「ふふふ、じゃあ特別サービス。この街の人にはあたしの指にさわらせてあげるよ。よかったね」

そしてエルルは、そっと指を下ろした。
押し付けたつもりはない。
ただ、小指の腹をその街の上に降ろしただけ。
地面に触ったと言う感触だけがあった。
指をどけてみると、そこには街のあった痕跡などどこにもなく、ただ少し、指の形にくぼんでいるだけだった。

「もう潰れちゃったの? ちょっと下ろしただけなのにね」

エルルのは押し付けた指の腹を見た。
そこにはかすかに汚れがついていた。

「ふっ」

それを息で吹き飛ばす。
ただし、同時にその島の上にあったものもみなすべて吹き飛ばされてしまったが。
街さえもが、地面から引き剥がされ飛んでいった。
残ったのは、生き物一匹いない、丸裸となった大陸だけだった。

「あらら、もうちょっと遊ぶつもりだったのに…」

エルルはその大陸を片手で握り潰すと次の大陸へと向かっていった。


 ***


遊泳。
女神族は、大空を自由に飛び回ることが出来る。
エルルはきょろきょろとあたりを見回しながらその無数の大陸の浮かぶ空をゆっくりと進んでいた。

「次はどれにしようかな」

きょろきょろ。
エルルが頭を動かすたびに、その、人間にとっては世界何十周分の距離よりも長い長さをもつツインテールがゆらゆらと揺れ、周辺に浮かぶ大陸に襲い掛かる。
そのひと房がぶつかれば、大陸の一つなど粉々である。
それでなくとも、泳ぐように動かされる手足にぶつかって次々と大陸が消えているというのに。
本来、女神族はこの様な動作がなくとも進む事はできる。
エルルは大陸を巻き込むためにわざと動かしているのだ。
ある大陸は、エルルの子どもながらにそれなりに大きな乳房にぼよんと弾かれて砕けた。
何十億と人が住んでいるはずの大陸が、自分の何気ない動作であっけなく崩れていくのをながめてエルルはにこやかに笑った。

そんなエルルの目が大陸をひとつ捉えた。
別に何か目をひくものがあったわけではない。
ただ焦点が合った。それだけだ。

その大陸の目の前までくる。
覗き込んでみると先程と同じ、自然と繁栄を半ば両立した文明が発達しているようだ。
自然がたくさん残っている。
その周囲には街らしき点も点在していた。

「なんであんたたちってそんなに小さいのかな。戦争を起こすくらいだから軍隊とかだってあるんでしょ? でもそんな大きさじゃあたしの指1本にも勝てないよ」

エルルは街のひとつをその周辺の大地もろとも爪でカリっとひっかいた。
それでその街は消滅。
大陸には深さ500kmはあろうかという巨大な溝が残された。

「ほら、こんな簡単に無くなっちゃう。戦争なんかしかける意味がわかんないな」

エルルは爪の間に挟まった大地と街を、今度は大陸全体を吹き飛ばしてしまわないよう注意しながら吹き飛ばした。
そして今度はより顔を近づけてその大陸を覗き込む。

「ふ〜ん、この1mmくらいの白いのが街かぁ。あたしから見たらちびっちゃいけど、これって大きな街なんでしょ? まわりの点よりもはっきり見えるから」

エルルはその街の横に指を突き立てた。
その振動で大陸全体が揺れた。

「あたしの指先と比べても全然小さい。あんたたち本当にそんなとこで生きていけるの?」

しかしその街にはもうその声を聞ける人間はいなかった。
指がつきたてられたとき、その衝撃で街はほとんど吹き飛んでいたからだ。

「そうだ、ちょっと指に乗せてあげようか」

言うとエルルは別の街の横に指を突き立てた。
その指は地面に深く潜る。
そしてエルルは、街が爪の上に来るように調節しながら地面に突っ込んだ指をそっと持ち上げた。
やく1000平方kmという空間がその爪の上に捕らわれ大地から離れていった。
エルルはその指をピンと伸ばし、手も伸ばし、できるだけ遠くから人間が自分の姿を見られるようにした。

「どう、いい眺めでしょ? あたしの姿見えるかな」

土砂は落ち、その1000平方kmの人差し指の爪上にポツンと残された直径100kmもの大都市。
ほとんどの人間が振動などで息絶えていたが、辛くも生き残っていた人たちは、自分達の街が薄いピンク色の何も無い平野の上に置かれている事がわかった。
それ以外はほとんど空しか見えなかった。
逃げられない。
これが女神族の爪の上だと分かっているから。
我々人間は、女神族の指の爪のから脱出するだけでも、何日もの旅をしなければならないのだ。
水も草も動物も何も無い地平を。
地平線の向こうからはこの指の持ち主である女神族が笑顔でこちらを見つめていた。

「こんなに離れちゃうともう全然見えないね。爪の上に何かが乗ってるって感じもしないな」

街の乗っている指をそっと自分の方に戻した。
その指を顔の前に持ってきて、その爪の上の小さな街を覗き込む。

「これでやっと見えるよ。ふふ、あたしの指の上にポツンと白いのが乗ってる。これが街なんだよね? 可愛い♪」

街の人々の空はくすくす笑う女神族の顔で埋め尽くされていた。

「可愛いなぁ。この指をちょっと動かすだけでもあんたたちには大災害なんだよね。まだ生きてる人いるのかな? …でもごめんね、こんな小さい街を元通り大陸に戻す事は出来ないの。だからせめて一思いにね」

エルルは街の乗っている自分の指を口の前に持ってきた。
生き残っていた人々は突然現れた巨大なピンク色の唇に唖然としていた。
その唇がゆっくりと開かれ、そして少しすぼめられた。
え…? 街の人間がそう呟いたとき、その口から凄まじいほどの突風が吹きつけてきたのだ。
街も人間も、その突風に全てをすり潰されていた。

「ふっ」

エルルは息を吹きつけた。
その瞬間、爪の上の街は消えていた。


 ***


次の大陸。

「いくよー」

エルルは大陸の端を掴むと、その大陸をクルンとひっくり返した。
その大陸の上に乗っていた全てが、無限の空の果てへと落ちていった。


 ***


そのまた次の大陸。

 ぐうううううううううううう〜〜〜〜。

エルルのお腹がなった。
その時、お腹の前を浮いていた大陸では、その轟音に大陸中の人々が耳を劈かれ血を噴いた。建物は振動で崩れた。

「おなかすいちゃったなー…」

そう言うエルルは目の前に大陸が流れてきたのに気付いた。
ニヤリ。
その大陸の両端を支える。

「いっただきま〜す」

あーん、と開けられるエルルの口。
大陸の人々は空を覆うその口を見上げた。
その大穴の大きさは何千kmだ?
ピンク色の唇。あれの厚さも1000kmは下るまい。
その奥に並ぶ歯。あれもそう言うレベルの大きさだ。
街のひとつなど簡単に噛み砕ける。
というより、街ひとつが歯にはさまってしまえる。
その大陸よりも大きな大洞窟の天井からは、大陸の海ほどの量の唾液が滴っていた。
大陸の端がその口の中へと入っていく。
陽光が陰り、暗くなる。
むぁっとした熱気と湿気を帯びた空気が立ち込めている。
大陸のある程度が、口内に入ったときだった。
その巨大な白い歯の門がギロチンの様に閉じたのだ。

 ガブリ

大陸は噛み千切られた。
口の外に出ていた部分は一時、口元から離された。
大陸にはくっきりと歯型がついていた。
巨大な歯形とその断面だ。
口の中に残された部分にいた人々については最早語る必要もない。
外の大陸に残された人々が見上げる、もぐもぐと元気よく動く口を見れば結果など。
大陸は唾液と混ざり、大陸の上にいた人々は唾液の波に飲み込まれ一瞬で溶けた。
それより前に、大半の人がこの巨大な口、巨大な歯、巨大な舌、巨大なアゴが動き始めた瞬間に死んでいたが。

 ゴクン

と、大陸の一部を飲み込むと残っている人たちに話しかけた。

「やっぱりあんまりおいしくないね。でも大丈夫、女神族のお腹は丈夫だから、ちゃんと残さず食べてあげるよ」

人々は、最早狂う事しか出来なかった。

 ガブリ

 パクリ

 もぐもぐ…

エルルがぱくつくたびにどんどん大陸は小さくなり、やがてすべてその口の中に消えてしまった。
エルルはお腹を撫でながら呟く。

「う〜ん…まだたりないなぁ」

そして近くにあった大陸を手に取り口元に引き寄せる。
その大陸を、今度は舌でなめ取り始めた。

 ぺ〜ろ ぺ〜ろ

今回の大陸の幅の半分くらいの幅がある舌が大陸の上を滑る。
街も大地も森も山も関係なく、根こそぎなめ取られてゆく。
舌が通った後は土がむき出しの荒地となっていた。
時には舌先をちろちろと動かし、街を優しくなめ取った。

「なんかたまに何かがベロに触ったときジュッてなってとてもおいしいの。これが街の味なのかな」

エルルはまだ残っていた街に狙いを定め、舌先を押し付けた。
その瞬間、求めていた味と快感が訪れた。

「おいし〜い! 人間なんて小さすぎて何十億集まっても味なんてしないと思ってたけど、舌先だとそんな数でもちゃんと味が感じられるんだね」

大陸の上にあった街はあっという間になめ取られてしまった。
手の中に残ったのは、舌が作った溝でボコボコになった大陸。
山脈さえも、その形を変えている。

「もうおいしいそうなとこは残ってないね」

 クシャ

食べ残された大陸は、その拝むように合わせられた手の間で潰された。
その手が開かれると、大陸だった土がポロポロと下へと落ちてった。

ふむ、お腹はもういっぱい。
でももうちょとあの味を味わいたい。
エルルはまた大陸を手に取ると、大きく開けられた口の上でそれをひっくり返した。
エルルの口の中に人間と人間の文明がぽろぽろと落ちてくる。
一回の量は大したことが無いので、周辺に浮いている大陸をとっかえひっかえ何度も口の上でひっくり返した。

開けられた口。
今か今かと待ちわびているその中にはすでに唾液の海が出来ていた。
口の中に落とされた人間達は、次々とその海の中に飛び込まされ、そして次の瞬間には骨も残らない。

何百億という人間の溶け込んだ唾液。
それを口の中でじっくりと味わったあと飲み込んだ。

「ぷはぁ、あーおいしかった」

 グシャリ

最後に食べた大陸を手の中で握り潰す。
そして手についたカスはふぅっと息で吹き飛ばされた。

「さぁて、どんどん遊ぶぞー!」

お腹いっぱい。
エルルは移動を開始した。


 ***


次の大陸。
エルルは自分のツインテールの一房を手に取ると、その先端で、大陸をブラシかけるように撫でた。
大陸は無数の髪の毛に撫でられ、その表面にあった森や街はあっという間になくなってしまった。

「くすくす、髪の毛にもやられちゃうの? 弱いね」

残った大陸に、その一房を巻きつけ、キュッと縛り上げた。
クシャ。大陸は絞め潰されてしまった。
髪についたゴミを払うとエルルは次の場所へと向かった。


 ***


「あっ…!」

キョロキョロとあたりを見渡す。
ちょっと恥ずかしい事をするので、木陰でもあればと思ったのだが、この空にそんな場所など無い。

「どうしよう…」

と、エルルは自分の腰のところを大陸がひとつ浮いていることに気付いた。

「…。まいっか。周りはちびっちゃい人間しかいないしね」

エルルはくるりと身体の向きを変えると、その大陸の前に自分のお尻を持ってきた。
大陸の人間から見れば、突然空をこの大陸よりも何倍も巨大なお尻が覆ったのだ。
更にそのお尻の割れ目はパックリと開かれ、例え閉じていても街なんかすっぽり入ってしまいそうな巨大な肛門が見える。
それが迫ってくる。
街の人からは最早その肛門しか見えなかった。
まさか尻で大陸を押し潰そうというのか。
いや、そうではなさそうだ。
尻の降下は止まった。
が、以前空はあの肛門に支配されたまま。
何をしようというのか。
するとあの肛門がピクリと動いた。
おや? と思ったときには街は吹き飛んでいた。

 ぷぅ〜

エルルの耳に届いたのはそんな音だった。

「あ〜もう、恥ずかしい〜…」

とか言いながらその顔は楽しそうだ。
そしてエルルは振り返ると、今しがたおならをぶつけた大陸を覗き込んだ。
大陸はほとんど原型をとどめておらず吹き飛んできた。
爆発のようなおならの爆風を受けて粉砕されたという方が正しい。
落下せず、まだなんとか宙にとどまっている大陸の成れの果て。
どうなっているのか見るためにより顔を近づけた。
すると鼻が異臭を感知する。

「やだぁ、くさ〜い!」

エルル片手で鼻を押さえ、もう片方の手でその大陸をなぎ払った。
凄まじい速度でぶつかってきた手に、大陸は爆砕された。


ちなみにこのあと、エルルは別の大陸にすかしっぺをお見舞いしたのだが、直撃を受けた大陸の表面は勢いよく放出されたガスの直撃を食らって全てが吹き飛ばされていた。


 ***


次の大陸は今までの大陸とは少し違っていた。
火山が活発に活動し、もうもうと煙を噴いている。
大地もなんだか荒れた感じだ。
といってもエルルにとってはギリギリ目に見える程度の違いだったが。

「ここにはどんな生き物がすんでるんだろ?」

顔を近づけて大陸を覗き込む。

「今だ!」

この時、それを待っていたかの様に大陸から無数のドラゴンが飛び立った。
それぞれの背には何十もの竜騎士を乗せて。
女神族に刃を突き立てんとする勇者達は、その大陸を軽く覆ってしまう巨大な顔目掛けて飛んでいった。

だが突然、凄まじい気流の乱れが彼等を襲う。
それはエルルの鼻息だった。
万物の王、ドラゴンさえも抗えぬほどの強風。

「うわぁぁぁぁああああああ!!」

哀れ無数の勇者達は、エルルの鼻の穴という暗黒の入り口へと吸い込まれていった。
エルルは自分の鼻の穴に無数の竜と勇者が吸い込まれたことなど気付きもしなかった。
くしゃみをしたくなりもせず、むずがゆさを感じもしない。
人間を何十とその背に乗せられるドラゴンの巨体を持ってしても、エルルの鼻毛の太さより小さい。
そんなものに引っかかりもせず、彼等は一直線に気管を飛んでいった。
何匹かの竜と勇者は、無数に生えた、直径数千m長さ数百kmの鼻毛にぶつかって砕け散った。
また別のグループは鼻の穴の壁面にぶつかって同じ様に砕けた。
今、エルルの鼻毛の何本かと鼻の内壁には赤いシミがこびりついている事だろう。
もっとも、1本の毛の表面についた小さな赤いシミなど、ついたところでどうと言う事はないが。
そしてたくさんドラゴンが鼻毛にぶつかったり内壁にぶつかったりしたが、やっぱりエルルは気付かなかった。


 ***


エルルは大陸の上に覆いかぶさるように顔を持ってくると、ジーっとその表面を見つめた。
やがて目の前がかすんでくる。
乾いてきた目を潤そうと涙が出てきたのだ。
そこでパチッと瞬きをする。
すると一滴の涙が大陸に向かって落ちていくのが見えた。

 バシャアアアアアアアアアアアアアアアアン!!

その涙の直径は300kmを超えていた。
地表に墜落した涙は山を砕き、押し流した。
街などあっという間に涙の海のそこである。
墜落の衝撃に耐えた人々も、塩辛い涙の海でおぼれていった。



 ***


 ズズウウウウウウウン!!

大陸よりも巨大な足の裏がその大陸を砕いて踏み抜いた。
そのままくるりと身体を回転させたエルルは、別の大陸をかかとで粉砕する。
続けざまに三つの大陸が、降りぬかれた足に巻き込まれて壊れた。
そして次にぴょんと飛び上がり片足のつま先で大陸に飛び乗る。
無論、乗って大陸が無事で澄むはずがないが、そこは浮遊できる女神族にとってすれば問題ない。
潰れない程度に加重をかけ、また別の大陸へぴょんと飛び乗る。
まるで飛び石の上を飛ぶように、ケンケンパのケンケンだけで遊ぶように、大陸の上をぴょんぴょん飛んでいく。
踏み台にされた大陸には巨大なつま先部分だけの足跡が残されていたり、半ば半壊していたりした。
ある大陸は、1本の指の足跡の中に二つの街が潰されていた。
足の幅は8000kmである。
大陸には、別の大陸から見てもはっきり見えるようなつま先の足跡がくっきり残されていた。
例えば人間が、あの親指の足跡だけを横断するのに、いったいどれだけの年月を必要とするか。
少なくとも2000kmはある。
人間の歩行速度を時速4kmとして、その距離を移動するのに必要な時間は500時間。
約20日もの間、全く休まずに歩いて、やっとその親指の足跡を横断できるのだ。
ならばさらに次の人差し指も越えようとするならば?
その次の中指も越えようとするならば?
単純計算で足幅全てを横切るのにかかる日数は80日。
二月と半月もの間、不眠不休で歩いてようやく横断できる。
が、これが足跡を縦断する場合だとどうなる?
足の長さたるや24000km。
そして再び単純計算で縦の長さは横の長さの3倍だ。
かかる日数も三倍の240日超。
それは約八ヶ月。
八ヶ月もの間、歩いて歩いて歩き続けて、やっと足跡を縦断できる。
気の遠くなるような時間だ。
八ヶ月間、見ることが出来るのは、その巨大な足に押し潰されてくぼんだ、足跡という荒野のみ。
全方位が地平線。
いや、地平線ではあるがそれは少し高い位置に見える。
なぜなら、足が地面を踏んでくぼんだ分、足跡の部分は低くなるのだ。
足跡から見える地平線は、くぼんだ分だけ高く見える。
我々が八ヶ月かけて歩く距離を、女神族は足を降ろすだけで突破できる。
我々が2年かけて歩く距離を、女神族は1歩進むだけで到達できる。
この世界の人間の平均寿命は80。
例えばの話、生まれてから80歳になるまで時速4kmで歩き続けたとしても、それは女神族にとっては40数歩分の距離でしかない。
人間は死ぬまでの全ての時間を歩行に使っても、彼女達にとってたったそれだけの距離しか歩く事ができないのだ。
果てしなく、大きさが違う。

あの指の前に、山など無いに等しい。
10000mの山脈など、相対的に見て、エルルにとっては0.1mmなのだ。
指で踏み潰したところで、そこに山があった事など感じることもできないだろう。
あの指がクイと動くだけでも、その山脈以上に大きな砂山などあっという間に出来るのだ。
10000mの山で0.1mmという事は100mのビルなどは0.001mmという事になる。
人間が2m弱として0.00002mm。
あの足の指の前に、なんと小さい事か。
指がピクリと動くだけで何千万という人が死ぬ。

次々と大陸を飛び歩いていたエルル。
ところが次の大陸を踏んだとき、その大陸が前方に向かって大きく滑ったのだ。
力の加減を間違ったのだろう。
足をとられたエルルは尻餅を着くように落下していった。

「あーーーーーーーーーーーーーーー!」

途中、いくつもの大陸を跳ね飛ばし、突き飛ばし、その巨大なお尻の下でたくさんの大陸が砕かれていった。

「も…もう!」

グイと身体を起こし、浮力を取り戻す。

「ああもう、酷い目にあった」

パンパンとお尻をはたくエルル。
大陸の成れの果てがこびりついていたエルルのお尻から離れ落ちていった。

「…」

エルルは拳を固め、近くにあった大陸を叩き壊した。
八つ当たりである。


 ***


「あ〜あ、次はなにしよっかな〜」

エルルは背泳ぎのような格好で浮いていた。
と、そこへひとつの大陸が流れてきた。
それはエルルの胸にぶつかった。

 ぽよん

柔らかい乳房に弾かれ流れの向きを変える。
エルルは身体を起こすとその大陸を捉えた。

「なによ、たかが島のくせにあたしの胸にさわるなんて」

大陸の端を掴み、ぶらぶらと揺さぶる。

「そんなにあたしの胸に触りたかったの? いいよ、さわらしてあげる」

エルルは、その大陸と呼ぶには少し小さな島を胸に押し付けた。
そして手をどける。
島は粉々になっていた。

「フン、チビ島のくせに」

手と胸についたゴミをはらってまた横になる。
で、ふと思う。

「あ、でも今のはちょっと気持ちよかったな」

むくりと身体を起こしたエルルは大陸を掴むとそれを胸の前に持ってきた。
乳房は片方でも大陸より大きかった。

「今度はじっくり…」

エルルは大陸を乳首の前に持ってくる。
乳首は、その大陸にあるあらゆるものよりも大きかった。
大陸には個別に雲がかかっているのだが、乳頭はその雲の高さよりも大きかったのだ。
大陸の端を乳首に押し当てる。

「ん…っ」

これは気持ちいい。
大陸は乳首に触れると少し欠けてしまった。
もちろんそんな事はどうでもいい。
更に大陸を押し当てる。

「あ…あ…っ」

 ガリガリガリ!

かたくなる乳首に大陸がどんどん削られていく。
手も押し当てる力を強くするので、削られる速度は増していった。
やがて手と胸の間で大陸は潰されてしまった。
そして胸に触れた手でそのまま愛撫をする。
ぐりぐりと胸を揉む。
その手と胸の間で、大陸はもう完全に粉砕されていた。

次の大陸を手に取る。
が、すぐに押し付けはしない。
遊ぶのだ。
目の前に浮かぶ大陸。
それを胸をブンッと動かし、乳首の先端ではたく。

 ガリン!

乳首が大陸をはたいた瞬間すばらしい快感が身体を巡った。
はたかれた大陸は乳頭の形に抉れている。

次の大陸は上から覆いかぶさった。
ゆらゆらと揺れる胸の下にある大陸。
街があるのは確認した。
エルルはその街めがけて、乳首を下ろした。

胸を上げた。
その大陸には乳首型にくぼんだ穴が出来ていた。
街はどこにのなくなっていた。
もしかして乳首の先端にこびりついている?
それをイメージすると笑いがこみ上げてくる。

「あははは!」

エルルが笑うと、それにあわせて胸も弾んだ。
その胸に弾かれた大陸が落ちていった。

よし次だ。
エルルは再び横になった。
そして近くに浮いている大陸を持ってくると、それを胸の上でひっくり返した。
つまりは人間達に愛撫をさせようと言うのである。
が、エルルの胸は高さ10000km。ツンとたった乳頭でさえ1000kmほどあるのだ。
たかだか2mの人間にどうこうできるものではない。
3000mの山でさえ、乳頭の300分の1以下の大きさだ。
その山に登るのに苦労する人間が、エルルの乳頭に上れるはずが無い。
まして愛撫するなどと。
エルルはいくつもの大陸を胸の上でひっくり返した。
一回で人間は何十億と補充される。
つまり今、数百億人という人間がエルルの胸の上にいるのだ。
何故か彼らはこの超々高度から落とされても無事でいられたが、そこは形良くはりのある胸。
墜落したとき、その表面でバウンドした者もいた。
運がいいものは谷間の方に、10000kmの転落を。
運が悪いものは腕の方に落ちて空へと消えていった。
今や、乳首内だけでも無数の人間がうじゃうじゃとひしめき合っている。
そんな彼らにエルルは告げた。

「言いたい事はわかるでしょ? 気持ちよくしてよね」

断れば何をされるか分からない。
胸に取り付いていた人々は全員が足下の山に向かってアプローチを仕掛け始めた。
数十億の人間が、数百億の人間が、エルルの片方の乳房を、愛撫し始めたのだ。

「…」

数百億といっても所詮は小さな人間。
何をしたところでエルルは感じることが出来なかった。
少しは期待してやったのに。
というより、何百億といるはずなのに、乳房の上にはどこにも人間のあつまりらしきものは見えない。
人間なんてその程度のものだったのだ。
この程度の存在だったのだ。

「全然気持ちよくない…。くすぐったくもないよ」

エルルは身を起こし、そして胸をブルンとゆすった。
それだけで胸の上にいた数百億の人間は一人残らず空へと落ちていった。


 ***


「はぁ…」

ため息をつきながらエルルは流されていた。
不完全燃焼。
そんなエルルの視界を一つの大陸がよぎる。
その大陸にも街があった。

「街があるってわかっててもなぁ…。住んでる人間は見えないし、小さすぎて役に立たないし…。はぁ…価値ないよ…」

はぁ。
ため息。
それでその大陸の街は吹き飛ばされた。

だが、待てよ。
と、エルルは思った。
そうだ、見えないからつまらないのだ。
だったら見えるようになればいい。
エルルは人間のいる街を探す。
それはすぐ見つかった。

「あったー。よ〜し…」

エルルは念じ始めた。


 ***


夕暮れ時の街。
この無限の空にも夜はある。
そこは女神族の襲来で大混乱に陥っていた。
ひとり、大柄な男が声を荒げる。

「なに!? 女神族が消えた!?」

その声に、やや怯えたような村人が答える。

「あ、ああ。ちゃんと言われたとおり、奴の動向は見張っていた。だが突然消えたんだ」
「消えた…。あんな馬鹿でかい奴を見失うわけがないのは分かってる。いったい…」
「どうする…?」

暫く腕を組んでいた大柄の男は顔をあげて言った。

「またいつ姿を見せるとも限らん。このまま見張りを続けろ。奴等は夜目が利く。街の明かりを出来る限り消すよう、世界中の街に通達してくれ」
「わかった」

村人は数人と共に走り去っていった。
大柄の男は街で一番大きな見張り塔へと向かった。

その途中、大柄の男は畑道具を持った若者とぶつかった。

「あいた!」

体格で劣る若者は転んでしまった。
担いでいた道具が散らばる。
大柄の男が怒鳴った。

「気をつけろ! どこを見て歩いている! …ん?」

男は散らばった畑道具に目が行く。

「貴様…! この非常事態に畑など耕していたのか…!」
「だ、だって作物を作って売らないと生活が出来なくなるから…」
「黙れ! 今、この銀河が女神族に襲われているのは知っておろう。すでに何十という世界が滅ぼされている。次はこの世界やも知れんのだ! 畑など耕す暇があったら見張りのひとつでもやれ!!」

男は足元の道具を蹴飛ばした。
鉄製の道具が甲高い音を立てて転がる。

「ああ…」
「ふん…!」

男は鼻息荒く、見張り塔へと歩き出した。
ひとりその場に取り残された若者。
すでに日が暮れかけていることもあり、周囲に人の姿は無い。

若者はゆっくり立ち上がると蹴飛ばされた道具のところへ行った。
しゃがみこみそれを拾い上げると、どこも壊れていないか確認する。

そうしていると突然後ろから声がした。

「あー…、ひどいことするね、あのおじさん」

若者は声のした方は見ず、道具を見ながら答える。

「あの人はこの街の警備を任された人だから、事件が起きて少し気が昂ってるんだ…」
「そうなんだ。その道具は大丈夫? 壊れてない?」
「ああうん…」

若者はその道具をくまなくチェックする。

「うん、どこも壊れてなさそうだ」
「そう、よかった…」

ほうっと息を吐く音が聞こえる。
その声は女の子のもののようだ。

若者は道具のほこりを払うと立ち上がりながら振り返った。

「ありがとう、心配してくれ…て…—」

と、言葉が詰まる。

「ううん、気にしないで」

そこに立っていた女の子は笑顔で言った。
とても綺麗な女の子だ。
くりくりっとした瞳に綺麗な肌。
さらさらの髪は縛られて二房に纏められている。
今までに会った事がないほどの美少女だった。

問題はその女の子が何も身に纏っていなかった事。

「…ッ!」

若者は顔を真っ赤にしながら大慌てで背中を向けた。
女の子はその若者の突然の行動に首を傾げる。

「どうしたの?」
「ど、ど、どうしたのはこっちだよ! なんて格好してるのさ!!」
「え? どこか辺かな?」

女の子は身体の各所を見る。

「服だよ! なんで服着てないの!?」
「服? 服なんて別に着なくても平気だよ?」
「そ、そういう問題じゃないよ。いいから早く着て」
「着てって言われても…あたし服なんて持ってないもん」
「な、なんで!?」
「着る必要ないでしょ? 服なんて邪魔なだけだよ」
「何を言って……そうだ!」

若者は女の子の方を見ないように荷物の方に寄る。
そしてそこから一着のローブを取り出し、それを女の子に手渡した。

「はい、これ…」
「?」

手渡されたローブを見て、女の子は首を傾げた。

「これは?」
「それを羽織って。そんな格好で歩いちゃまずいよ」
「そうなの?」
「うん。さぁ早く、僕は人が来ないように見てるから」

若者は通りに目を配った。
幸いにももう陽が落ちているので人はいない。
それに今は緊急事態なので、昼でも家の外にいる人の方がめずらしい。
その間に女の子は渡されたローブを纏った。

「着たよ。これでいいの?」
「うん。これでもう大丈夫。ああびっくりした…」

ふぅ、男はため息をつく。

「そんなに変だったかな…」

ちょっとショック。

「服を着ないなんて…君はどこの世界から来たの?」
「え? えーとねー……わかんないや」
「わ、わかんない!? え? 自分の世界だよ?」
「うん。あたしはずぅーっと向こうから来たの」

言いながら女の子は空を指差した。

「へ、へぇ…自分の世界の名前も分からないのに、よく別世界に来ようと思ったね…」
「ちゃんと帰れるよ。心配しないで」

えへへ、と女の子は笑う。
若者は感心した、というか呆れてしまった。
服を着る習慣が無い世界から、自分の世界の名前も分からないで渡航してくるとは。
帰れるとは言うが、どうやって?

「君は今この世界に着たのかい? 良く無事に渡ってこれたね。今この銀河は大変なんだよ」
「そうなの?」
「うん。だから事件がおさまるまではこの大陸でおとなしくしてたほうがいいと思うよ。今、世界を渡るのは危険だからね」
「そっかー」
「もう宿に帰るといいよ。暗くなるし、店もやってないしね」
「宿? とってないよ。ちょっと遊んだらすぐ帰るつもりだったし」
「えぇ!?」
「でも今は帰れないんでしょ? どうしよっかな〜…」

ぶかぶかで質素なローブを着た美少女が唇に人差し指を当てて首を傾げる。
すごいんだかすごくないんだか。

「はぁ…。じゃあうちに来るかい? 貧乏で何も無いけど、夕飯くらいは出せるよ」
「いいの!? ありがとう」

にっこりと笑う少女。
若者も頬を赤らめながら笑った。


 ***


街のはずれの農家。
小さく質素だが暖炉に揺らめく火とテーブルの上に乗せられたスープはとても温かかった。
スープを飲んでふぅと息を漏らす。

「おいし〜…」
「それはよかった」

若者は少女の対面の椅子へとついた。

「自己紹介がまだだったね。僕はライノ。この街で農家をやってるよ」
「あたしエルル。よろしくね」

言いながら少女エルルは部屋の中を見渡した。
家具はあり部屋も綺麗に整理されている。
けどふと気になった。

「ひとりで住んでるの?」
「うん、家族はいないよ。みんな世界間移動中に事故でね」

カップのコーヒーをすすりながら言う若者ライノのその言葉の区切り方にハッとしてうつむくエルル。

「ごめんなさい…」
「あはは、気にしなくていいよ。もうずっと昔の話さ」
「じゃあ今あたしが着てる服って…」

エルルは自分の着てる服を見下ろした。

「妹のだ。タンスの奥に仕舞われっぱなしより誰かに着てもらった方が服も喜ぶよ」
「…ありがとう」
「それより君はどこから来たんだい?」
「あたし? 空の果てからだよ」
「空の果て…。もしかしてこの銀河の外から?」
「うん。この銀河から何個も何個もな〜んこも銀河を越えたところから来たんだ」

笑いながら話すエルル。
しかしライノは度肝を抜かれていた。

「す、凄いな…。この銀河の世界はまだ銀河をひとつ渡ることも出来ないのに君はそんな遠くから来たのか…」
「そんなに凄いの?」
「うん。誰にも出来ないことだよ」
「えへへ。エヘン!」

胸を張るエルルとその仕草に笑いをこぼすライノ。
ライノはなんだか久しぶりに笑った気がした。

「ふぅ…。楽しいのは何年ぶりかな。君に会えてよかったよ」
「あたしもあんなおいしいスープ初めてだよ」
「そっか。ありがとう」

あははは。
二人は顔を見合わせて笑った。
その時である。

 ドンドン!

「ライノ! いるのか?」

小屋のドアが強く叩かれた。
ライノは立ち上がりドアを開けた。
そこにいたのは警備隊の一人。

「なんです? こんな遅くに」
「奴が完全に姿を消した。大事のため、今街中の人間が見張りに駆り出されてる。お前も来い」
「いえ、今はお客さんが来てるので遠慮したいと…」
「この世界の一大事だぞ!? 客なんかにかまってる暇なんかあるか!」
「どうしたんですか?」

ライノと警備隊の会話にエルルが口を挟む。
警備隊はジロリとエルルに視線を向けて、ふと首をひねる。

「…ん? お前…どこかで見たことがあるような…」
「え? あたしがこの街に来たのは今日ですよ?」
「んん…。……ん!?」

突然、警備隊は跳ね飛ばされるような勢いで後ずさった。
驚いたライノが駆け寄る。

「ど、どうしたんですか?」
「い、いや…なんでもない。そうか、客か。それは仕方が無いな。隊長にはそう伝えておこう。お前はその客人の相手をしておけ!」
「へ? あ、はい…」
「で、ではな…」

立ち上がった警備隊は一目散にかけていった。
あとに残されたライノは呆然としていた。

「…どうしたんだろ」
「行かなくていいの?」

いつの間にか横に来ていたエルルが尋ねる。

「…いいよ。僕が行っても大して役に立たないしね。さぁ家に入ろう。スープだけじゃなく夕飯もご馳走するよ。自家製の野菜料理だけどね」


 ***


夕食後暫く。
二人は談笑に花を咲かせていた。

「しかし君は不思議な子だな」
「そうかな〜」
「僕は料理を食べたことがないって人は初めて見たよ」
「うん。いつもは島とか大陸ばかりだもん」
「え…?」

ライノは耳を疑った。

「島…大陸…?」
「そうだよ。でも小さくて何個も食べないとお腹いっぱいにならないんだよね。あんまりおいしくないし」
「…。な…何を言ってるのか良く分からないんだけど…」
「だってあたし女神族だもん」
「女神族!?」

ガタン!
驚きのあまり椅子から転げ落ちる。

「だ、大丈夫!?」
「イタタ……め、女神族って…本当なの? でも人間と変わらない大きさじゃないか。女神族は世界よりも大きいんだよ」
「今は小さくなってるんだ。人間の街とか見てみたかったの。こんなにおいしいもの食べてるなんて知らなかったよ」
「…」

あっさりと話すエルルにライノは真意を測りかねた。
今の話は本当なのだろうか。
うむむ…。
黙り込み考えてしまったライノが気になったのだろう。
エルルが話しかけてきた。

「どうしたの?」
「え!? え、えっと…なんでもないよ…」
「寒いの? 震えてるよ?」

ライノの身体はブルブル震えていた。
当然だ。
この数時間の間に何十もの世界を壊し何百億もの人間を殺した女神族が目の前にいるのだ。
いつこの世界も自分も同じ様な目に合うのか分からない。

「…」
「大丈夫…?」

立ち上がって自分の傍に膝を着き眉を寄せて心配そうに覗き込んでくる女神族の顔。
その表情にはどこにも自分を殺そうなどという思いは見えなかった。

「…いやゴメン…。ちょっと怖くなっちゃって…」
「怖い?」
「…君が僕たちも消してしまおうと考えているんじゃないかと思ってさ…」
「そ、そんなつもりはないけど…」
「でも…」

ライノの視線はエルルからそれた。
エルルにはそれが何を意味しているのか分かった。

「そっか…。あたしいっぱい大陸壊したし…この大陸もそうされると思うのは当然だよね…」
「…」
「…」
「…でも、それは女神族が生きるためには仕方のないことなんだよな…」
「え…」
「食べなきゃ生きていけないから世界を食べるのも仕方の無いことなんだよな…。しょうがないと思うよ。でも、やっぱり怖いよ…」

世界よりも大きな女神族。
彼女達はまるでパンでもかじるように世界をかじる。
世界の地の底から天の果てまでよりも大きくア〜ンと開けられた口に挿入され雲の高さよりも遙かに大きい歯によって噛み千切られる。
雲の高さを10000m(10km)としたら歯の高さは800000m(800km)だ。雲さえも寸断される。
食いちぎられた部分は世界の大半をおさめてしまえるほどに広大な口の中で何度も何度も咀嚼され、やがて海の水よりも大量の唾液と共に暗黒の胃へと落とされるのだ。
海も雲も山も大地も等しく少女の胃へと滑り落ち、ジュッという音を立て一瞬で消化される。
この時点では街など既に存在しない。
あの巨大な歯に噛み千切られる衝撃で潰れるか、あの世界を軽々と噛み砕く巨大な奥歯による咀嚼で粉々になる。
人間なんて口に入った時点で全滅している。
たとえば恐ろしく頑丈な都市なら、彼女達の歯に挟まることくらいはできるかもしれない。
人間の知る女神族の次に強大な種族はドラゴン。
だがそのドラゴンが何千集まって編隊をなしたところで、開いた口から現れたピンク色の舌にぺろりとなめ取られれば、その瞬間に溶けて消えてしまうだろう。
その超巨大な身体を使うまでも無い。
顔だけで、口だけで、銀河中の世界を滅ぼすことが出来るのだ。
細長い大陸の前でニッと笑ってみせる。
世界中の人々が見ることが出来るのは大陸の幅よりも広く広げられた口とその向こうに広がる巨大な歯だ。
その歯が上下へと動き中から巨大な舌が現れる。その舌は大陸の端の底に触れるとその大陸を口の方へと引き寄せる。
舌の力だけでグイと引っ張られた大陸は口の中へと入れられ、そしてあの大陸よりも大きな白い歯のギロチンで切断されるのだ。
小さく開いた口から優しく息を吹きかければ世界の上のものはすべて吹き飛び、吸い込めば全てが口の中へと消える。
なめ取ればすべては大地ごとこそぎとられ、よだれが垂れればその大津波に飲み込まれたものは溶けてなくなる。
その唇が近づけられ小さな小さな声でささやかれれば世界中の人間が耳から血を噴き出して倒れる。大声を出せば世界そのものが粉砕される。

ライノは必死に逃げる自分の背後から、自分が走っている世界よりも大きく開けられたエルルの口が迫ってくるところを想像した。

「…」

事実、すでにこの少女はこの銀河の大陸をいくつも壊している。
その上で暮らしていた数百億の人間がどうなったかは火を見るよりあきらかだ。
普段は農家だが、たまに山の中に狩りに出るライノにはそれが自然の摂理である事は理解できた。
強者が弱者を糧にするのは当然の事だ。
だがそれでも、捕食されるというのは怖い。
胃に落ちていくというのはどんな感じなのだろうか。

せっかく落ち着いてきた身体がまた震えだした。

絶望的な恐怖だった。


「えぐ…っ…うぅ…っ」

だがそんな彼の横で嗚咽が聞こえる。
見ればエルルが大粒の涙を流して泣いていた。

「ごめんね…ごめんね……そんなに怖い思いをさせて…」
「…」

頬を幾つもの涙が伝っている。
それを見たときライノの震えは止まった。

「…ごめんね」
「ぐすっ……え…?」
「君を泣かせてさ…」

ライノはハンカチを取り出して差し出した。

「女の子の前で震えて…そして泣かせて…なさけない男だよ…」
「…」

手渡されたハンカチを見つめたあと、エルルはライノに話しかけた。

「…なんであたしに…」
「……妹を亡くしてからね…」
「え…—?」

エルルはライノを見た。
ライノは遠くを見るような目で天井を見上げていた。

「もっと優しくしておけばよかったってずっと思ってるんだ。兄らしいことなんか何一つしなくてね、いつもからかってるだけだった。そうやって何もしてやらないうちにしたくても出来なくなっちゃって…」
「…」
「でね、君がそのワンピースを着てるとまるで妹が居るみたいでさ。なんていうのかな、今まで何も出来なかった分、何かしてあげたくなるんだよ」
「でも…あたしは女神族で…」
「今はそんなの関係ないよ。今の君は僕の妹で僕は妹のためならなんだって犠牲にしても良いと思える。…結構シスコンだったんだね、今初めて気付いたよ」
「…」
「…恥ずかしい話をしちゃったな。もう晩いし、ここに泊まっていきなよ」

とライノが立ち上がろうとしたときだった。
突然エルルが抱きついてきた。
その行動を問いかけるより先に、飛びついてきたエルルを引き剥がすより先に、ライノの唇にエルルの唇が重ねられた。

「ッ…!?」

目を丸くするライノ。
予想できなかった展開に身体が金縛りにあったように動かない。
見開かれたライノの視線の先には目を閉じたエルルの顔。

時間が止まった。


やがて離されたエルルの唇。
ゆっくりと開かれたエルルの瞳。
その顔は笑顔だった。

「な…」

顔を真っ赤にしたライノはただそう呟くしか出来なかった。
エルルは立ち上がってくるりと回った。動きに合わせて服がひらりとなびく。

「あたし、あなたが気に入っちゃった。あたしと一緒に空の果てに行こうよ」
「え…う……そ、空の果て…?」
「きっと気に入るよ。いろんなものがいっぱいいーっぱいあるんだ。ね? 一緒に行こうよ」
「…」

屈みこんで自分の瞳を覗き込んでくるエルル。
ライノは答えることが出来なかった。
というより先程のキスで思考がぶっ飛んでいたという方が正しい。
すべてが突然すぎた。

その時である。


 ドォオン!!


轟音と共に扉が破られた。
それには気の抜けていたライノも何事かと起き上がりドアの方を見た。
そこには夕刻ライノの畑用具を蹴った警備隊隊長と街中の男達。
いずれも手にライフル等の銃器。それが無いものは畑の桑などを持ってライノの家の前に押し寄せていた。
ライノはエルルをかばうように前に出た。

「た、隊長さん…これはいったい何事ですか!?」

隊長と呼ばれた男はジロリとエルルを見たあとライノに視線を移した。

「なるほど…。たしかにその娘、消えたあの女神族に良く似ている」
「う…!」
「女神族は魔法を使うという。小さくなることも、あるいは出来るのやもしれん」
「か、彼女は女神族ではありません! 言いがかりは…」
「街でその娘を見たという者からの報告だと、その娘がこの街に現れたのはあの女神族が消えた直後らしい。偶然ではなかろう」
「…!」

エルルを背に後ろへ下がるライノ。
隊長は言う。

「例え間違いであるにせよ、可能性があるのなら始末しておくに限る。でなくばこの世界は終わりだ」

 ガチャ カチャ

男達が銃を構える。
標的はエルル。
ライノはその射線に割って入るように立つ。
エルルは自分を背に立つライノを見つめながら呟く。

「ライノ…」
「邪魔をするな小僧! 貴様はこの世界が滅ぼされても良いというのか!」
「それはいやだけど…。でもだからって目の前で女の子が殺されようとしてるのに」
「そいつは人間ではない! 女神族だぞ!」
「でも…」
「ええい! 世界を守るためだ! 構わん! 撃てぇ!!」

隊長の号令。
男達の指がトリガーを引く。
エルルがライノの身体を横に突き飛ばしたのはそれと同時だった。

「…ッ!! エル…———!」

 ドン! ドンドン! ズギューン! ズキューン!

無数の弾丸がエルルの身体を射抜く。
妹の形見のワンピースが破れ、真っ赤な鮮血が飛び散る。
エルルの身体は立ったままだった。
弾丸が打ち込まれるたびにビクリと痙攣するように震える。
そして未だに弾は打ち込まれ続けていた。

「やめろ…やめてくれ!!」

ライノは叫んだ。
しかしその声も無数の銃声にかき消され誰の耳にも届かなかった。


やがてひとり、またひとり銃を撃つのをやめた。
感情からではない。弾が切れたからだ。
全員が弾を撃ちつくしたとき、そこには血まみれになって横たわるエルルの姿があった。

「そ…んな……」

絶望。
心の奥に仕舞いこんだ暗黒の感情がまたこみ上げてくる。
また。まただ。また失った。
目の前で。何も出来ずに。

ライノはエルルを見つめたまま動けなかった。


隊長は暫くそのエルルを見据えていた。

「……どうやら死んだようだな」
「これで世界が女神族に滅ぼされることもありませんね!」

周辺にいた男のひとりが嬉々とした表情で話しかける。
だが隊長は首を横に振った。

「いや、まだこの娘が女神族だったという確証は無い。あと数日は警備を続けろ」

男達はぞろぞろと引き上げ始めた。
未だに動き出さないのはライノとエルルの身体だけ。
ライノは自失してしまっていた。

その部屋に声が響く。

「心配しないで…」

「え…?」

ライノは顔を上げた。
引き上げようとしていた隊長や他の男達もその声に振り返る。
するとたった今無数の弾丸を打ち込まれ血まみれになったエルルの身体がムクリと起き上がったのだ。
男達は悲鳴を上げた。
ライノも驚愕の表情だった。
起き上がったエルルは血まみれの手でライノの頬を撫ぜる。

「ごめんね…。妹さんの服…ボロボロにしちゃった…」

確かに服はすでに無いも同然だった。
千切れ布切れになってしまっている。
血に染まったエルルの顔が申し訳なさそうに眉を寄せる。
ライノは喉から声を絞り出した。

「エル…ル…?」
「うん」
「でも…君…なんで…」
「女神族は神様なんだよ。こんなことされても死なないの」

エルルは笑いながら答えた。

「おのれ女神族!」

隊長が剣を手に走り出した。
そんな隊長をよそに、エルルはライノに話しかける。

「ねぇ、どうかな? さっきの話、あたしと一緒に空の果てに来ない?」
「…」

走りこんでくる隊長。
その剣を高く振り上げる。
その短い間思考したあと、ライノは答えた。

「…そうだね、だれも見たことの無い世界、見に行きたいな」
「えへへ、決まりだね」

ライノとエルルが顔を見合わせて笑った。
そのエルルの首が隊長の剣で跳ね飛ばされた。

かに見えた瞬間エルルの姿は消えていた。

「ええい! どこに行った女神族!」

隊長は家の中を見渡す。
が、どこにもエルルの姿はない。
その時、外の男達が騒ぎ出した。

「た、た、た、た、た…隊長ーー!!」
「!?」

家を飛び出て男の刺した方向を見る隊長。
そこには超巨大な指があった。
世界の果ての断崖。その向こうだ。
こちらに腹を向けた指が4本。離れた場所に1本。間違いない、女神族の指だ。
また誰かが悲鳴を上げた。
そちらを見ると、なんと世界の反対側からも同じ様に指が現れたのだ。
ライノも家を出てその様を見ていた。

大体指の第二関節まで見えたところで指の上昇が止まった。
断崖の前には巨大山脈があるのだが、それがまるで山に見えない。
その超巨大な指が曲げられ始めた。
この大陸の内側に向かって降りてきたのだ。
大きすぎる…。
指先一つの腹だけでも、この世界の大首都の何十倍もある。恐らくはその爪の厚みだけでもこの世界一の山の標高よりあるだろう。
とんでもない。とんでもなく桁外れな大きさだ。
やがて折り曲げられた指々がそっと、そーっと大地に触れた。

 ズズウウゥゥウウウゥウウウウウウゥゥウウウウウウウウウンンンン!!

それでも世界全体が崩壊しかねないほどの大地震に見舞われた。
その揺れだけでなくとも、指の下敷きになり未曾有の大災害が訪れていた。
小指の腹の下だけでも1000を超える町や村が犠牲になった。
無数の森も無数の山も無数の平野も全てが指の下に消えていった。
この時の大揺れでライノの家に集まっていた男達は何十メートルも跳ね飛ばされたりして、絶命するほども現れた。
その中で、ライノだけがまるで無傷だった。
ライノの家のある町は、この巨大な、恐らく左右の手の指であろう、指の間にポツンと存在していた。
左右には指であろう肌色の巨大な物体が見える。
そして前方、絶壁の下からその指よりも巨大なものがゆっくりと上昇してきた。

「あ、ああ、ああああああああああああああああああ!!」

叫んだのは隊長だった。
現実を目に、気が狂い掛けていた。
現れたのは巨大な頭。
巨大な眉。巨大な目。巨大な鼻。巨大な口。
全景を望むことすら難しいこの世界全土よりも大きな巨大な頭部だった。
隊長はその顔に見覚えがあった。
ついさっき自分が殺そうとした娘の顔だ。
あの娘は本当に女神族だったのだ。
小さな大陸ならぺろりと飲み込んでしまえそうな巨大な口が開いた。

「おまたせライノ。さ、空の果てに行こうよ」

その絶大な音量に大陸の顔側にいた人々はみな身体を炸裂させた。
ライノの家の男達もみな耳を押さえてのたうっていた。
しかしライノはその声を普通に受け止めていた。

「うん。…でもなんでみんな苦しんでるの?」
「ライノ、さっきあたしとキスしたでしょ? あの時ライノに魔法をかけたの。ライノは女神族のあたしが何をしても大丈夫にようになったんだよ」
「そうなんだ」

クスクスと笑いながら話すエルル。
だがその声に次々と犠牲者が現れた。
ライノは苦しんでいる男達を見た。だがそれに同情したりはしない。
大切な者を奪おうとした者たちに情けなんかいらない。

「でもどうやっていく? 一応僕には家があるわけだし、家族の形見も畑もあるから置いていきたくはないんだけど…」
「大丈夫。この大陸ごと持っていくから」
「そう? それならOKだよ」
「えへへ。でもこのままだとちょっと大きいね。小さくするから待ってて」

言うとエルルは指で大陸を削り始めた。
長さ1000km以上ある爪を大地につきたて、大陸を割る。
割られた方の大陸は、そこに人がいようがいまいが関係なくポイと空に捨てられた。
1本1本が空を埋め尽くすほどに巨大な指が有機的に動きドンドン世界を小さくしていく。
あっという間に世界はライノの町を中心とした2000kmほどの大きさの小さな島に変えられた。

「これでよしっと」
「僕から見たらまだ広大な土地が広がってるんだけどな」
「でも本当は凄い小さくなっちゃってるんだよ。あたしの指先に乗っちゃうもん」

ケラケラ笑うエルル。
ふと、それに気付いた。

「あ、まだ生きてるんだ」

エルルの視線の先には1mmの十分の1にも満たない小さなライノの町。
そのライノの家の傍で蹲る隊長他男達。

「エルル、見えるの?」
「魔法のお陰でライノの周りの事は見えるんだ。その人たちは連れてくつもりないから」

男達の身体が光りだし、エルルの顔に向かって飛んでいく。
男達は悲鳴を上げながら空に消えていった。
ライノから見えたのは、男達が光に包まれてエルルの口の方に飛んでいきやがて見えなくなったあと暫く、エルルの口がゆっくりと開いたことだった。
そしてその口が閉じられ、ゴクンと飲み干す音が轟く。

「小さ過ぎて味も分からないや」
「それじゃあ行こうか」
「あ、待って。このままだとライノは大丈夫でも大陸の方がもたないよ。だから…」

島が膜に包まれた。
その中の半分を大地が、のこりの半分を空がうめるような形でこの島は球体の膜に包まれたのだ。

「これでもう大丈夫。風が吹いても他の大陸にぶつかってもどんなに揺れても中は何も感じないよ」

エルルは透明な球の中のライノを見つめながら言った。

「じゃあ今この空を埋め尽くしているのはエルルの指かい? 大きいな。真っ暗だ。夜が来たみたいだよ」
「えへ、あたしから見たら2cmくらいのビー玉だよ。なくさないように…」

幕の頂点から光が伸びた。
やがてそれは1本の紐になった。

「こうやって紐をつけてネックレスにすればなくさないね。さぁいこうよ」

そしてエルルは空の果てへと向かった。
ライノのいる町のある島を包んだ透明な球のネックレスは、エルルが身体を動かすたびにその巨大な胸に弾かれて翻弄されていた。
それでも球の中にはなんの影響もない。

女神族エルルは途中無数の大陸を弾き飛ばしていることなど気付かずに、空の果てに向かって飛び去っていった。



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 〜 女神族 〜


    完
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