※【ぼの】とはちょっと違うかも知れない。【やや嬲り】これもハッピーエンドなのだろうか。



  『 生意気小人と少女 』



「ぐは…っ」

吹っ飛び地面を転がる少年。

そんな少年を、机に頬杖を着きながら見下ろす少女。

「ほーら、ちゃんと言う事聞きなさい」

少女が頬杖を着く机。その上を転がる少年はすぐに立ち上がる。

「うるせぇ! このバケモノ!」
「…もう」

少女は頬杖を着いていない右手を少年に向けて伸ばす。
少年の目の前に、その幅は少年の身長ほどもある手が現れる。
少年の体を、簡単に掴むことのできる巨大な手だ。

「う…」

少年がたじろぐ。
そんな少年の前で軽く握られていた手から、中指が軽く弾かれ飛び出した。

  ドゴッ

「ぐ…っ!」

少女にとっては軽いデコピンでも少年にとってそれは直径30cmにもなる巨大な指で勢いよく腹を弾かれたということだ。
再び背後に吹っ飛び、机の上をゴロゴロと転がる。

「ぐ…っ、げほ…っ」

机の上にうずくまる少年は口から苦悶の声を吐き出した。

「ふふっ、もうわかったでしょ? キミたち地球人は、私たちデケーナ星人のペットになったの。そして私は君の飼い主様。ペットが飼い主に逆らっちゃダメだよ」
「げほ…っ…ふざけるな…、誰がお前らみたいな化け物のペットに… 」

うずくまりながらも地球人の少年はデケーナ星人の少女を睨みつけた。
そんな少年に、少女は笑顔で再び手を伸ばす。

  

地球人とデケーナ星人。
ほんの一か月ほど前、地球はデケーナ星人に侵略された。地球人の20倍の大きさを持つ彼らに地球人は必死に抵抗したが、その圧倒的な巨体と凄まじい科学力の前にすべての戦闘力が無力化され、侵略開始からたった1日ですべての国の主要都市が制圧された。
戦車、航空機、戦艦、そして核。電子的な兵器はすべて無力化され地球人は銃火器を持った歩兵のみでの戦闘を余儀なくされるが、そんな装備で巨人族の圧倒的な兵器を前に勝てるはずも無く、戦争は3日で終結。地球人60億人が犠牲になった一方、デケーナ星人の被害は0であった。

小さな地球人を物珍しがったデケーナ星人は地球人をペットにすることを決定し、そして今に至る。


 
少女はうずくまる少年の首根っこを指で摘まむと顔の前に持ってくる。
ぶらんとぶら下げられた少年の目の前に、巨大な顔が現れた。

「そんな言葉遣いしちゃダメだってば。はい、『ご主人様』って言ってみて」
「だ、誰が言うか…!」

少女の顔を前にしても少年の態度は変わらない。
しかし少女は気づかなかったが、少女の巨大な顔を前にして少年は震えている。
地球人の20倍の大きさのデケーナ星人はその顔だけで地球人の何倍も大きい。少年の身長は、少女のあごの高さから目にも届かない大きさだった。
単純に考えてこの少女の大きさは身長32mほど。手の指だけで長さ1.6mほどもある。指の一本一本が地球人一人分に近い値の大きさだった。
逆に考えればデケーナ星人である少女から見れば身長170cmの少年は身長8.5cm。自分の指一本分の大きさしかない小さな人間だった。

「んー生意気だなー」

指先に摘ままれているにも関わらず反抗的な小さな小さな小人。憤りなどまるで感じず逆に愛おしくすら思えてくる。
ちょっとぶらぶらと揺さぶってみれば小人は悲鳴を上げた。こんな簡単に悲鳴を上げるのにそれでも反抗してくるのか。
少女はくすくす笑いながら指に首根っこを摘まんだ少年を揺さぶり続けた。

「や、やめろ!」
「ほーら、ご主人様への言葉遣い」
「ぐ…」

ぶらんぶらんと左右に振り回される少年。
しかも頬杖を着く少女の顔の前の高さということは地面である机は5m以上も下にあるのだ。もしも服の襟を掴む巨人の女の指が離されればこの揺さぶられる勢いのまま地面に叩きつけられることになる。落ちれば無事では済まないかもしれない。

これだけ振り回してもこの小人は従うつもりはないらしい。
こんなに小さいくせに。ふふ、強情だなー♪

(でもホントに生意気。もしかして私が怖くないのかな? 私だったら自分を掌に乗せられちゃうような巨人にこんな事されたら怖くて死んじゃうかもしれないのに)

小人を揺らすのを止めた少女は、しかし少年の首根っこを摘まんだまま自分の顔の前に吊るして観察する。
本当にデケーナ星人そっくりだ。違うのは大きさだけ。小さな体、小さな手、小さな足、小さな顔。全部デケーナ星人を小さくしたようなつくり。
うん、本当にデケーナ星人が小さくなったみたいで他の宇宙人より親近感が湧く。

そしてその小人はやっぱり吊るされながらも暴れている。
元気なのはいいけどペットとしての自覚が足りないみたいだし、もうちょっと脅かしておこうかな。

椅子から立ち上がった少女は少年を床へと下ろし自身はその前に仁王立ちになった。

「さ、おチビちゃん。これで君がどんなに小さいかわかったでしょ?」

腰に手を当てて少年を見下ろす少女。
対して少年は、これまで上半身しか見えなかった少女のその全身像を足元から見上げる形になりその大きさに畏怖し言葉を失っていた。
少女の恰好はと言えばブラウスにミニスカ素足となんとも軽装で、この星のやや暖かい気候にマッチしているとも言える。地球でもさして珍しくない普通の恰好であろう。
逆にその普通さが、少年に少女の大きさのギャップを見せつける形になった。

少女たちデケーナ星人の身長が地球人の20倍もの値であることは少年も知っていた。
事実、目の前に立つこの少女の身長は32mにもなるであろう。それは10階建てビルにも匹敵する大きさであった。メジャーなヒーロー・ウルトラマンたちとタメを張れる値だ。
先ほどまで少年の目の前にあった少女の顔や少年を摘まんでいた手は遙か高いところに行ってしまって今 少年と同じ高さにあるのは床を踏みしめている少女の足くらいのものだった。
その少女の足は全長4.8m。普通自動車と同じサイズがあった。地球では誰もがごく当たり前に乗っていた車が、この少女の足のサイズしかない。普段身近に接しているものと比べる事で、その少女の巨大さを改めて実感した。

不意に意識の視界が広くなり、周囲を見る余裕のようなものが生まれた。
ゆっくりと周囲を見渡してみればそこにあるのは机・椅子・棚。いずれもなんの変哲もないそれに見える。
大きさだけが、少年の知るそれとは比べ物にならないものだった。すべてがビルのように巨大な建造物だった。

もう一度少年は少女を見上げた。少女は変わらず笑顔で少年の事を見下ろしていた。その笑顔のある高さも相変わらずだ。
少女は巨大だった。少年は巨人の少女の部屋の中にいた。
現実を認識し始めていた。これまでこの光景が夢か幻かというなんの根拠もない希望に囚われていた少年の心に亀裂が走る。現実から逸らしていた意識が事を受け入れ始める。
虚勢を張っていた少年の心が崩れ始めた。
目の前に立つ巨大な少女は間違いなく存在し、自分はその少女の部屋の中にいる。
見慣れたはずの家具はすべてが巨大な大きさで自分が使えるようなものは一つもない。
自分の世界じゃない。自分の知っている世界じゃない。
自分の部屋とはすべてを自分の思い通りにできる部屋だが、この部屋にあるものはどれ一つをとっても、少年の思い通りには動かせない。
何一つ少年の支配の及ばない世界。
この部屋の主はこの巨大な少女で、この巨大な少女の支配する世界にいて、その部屋のモノを何一つ動かすことのできない自分は支配される存在でしかない。
自分は少女の支配される存在。

先ほど少女の言ったペットという言葉が少年の脳裏を過る。

そしてそれが頭を過ぎ去った後に視界に飛び込んできたのはあの巨人の少女の笑顔だった。
ん? 笑顔のまま首を傾げるような仕草。それは確認の意図。
わかった? とでも言うような確認したことを確認する仕草。




「あ……ああああああああああああああああ!!!」

少年は駆け出していた。少女とは反対の方向へ。
ここが少女の部屋でどこにも逃げ場が無い事などまったく頭に無かった。

「え? あ、ちょっと!」

たった今まで大人しくしていて、これは服従させるのがうまくいったと思っていた矢先、その少年が突如走り出したのを見て少女は慌てた。

「もう! 逃げちゃダメ」

ものの数歩で少年の前に回り込む少女。
たった今まで少年の背後にいた少女はあっという間に少年の前方に聳え立っていた。
だけでなく、少年は少女の巨大な足が踏みしめたときに激しく揺れた床から跳ね飛ばされ前に向かって転がってしまった。
くるんと一回転して転倒し床の上に大の字になる少年。
そこは、丁度少女の足元だった。

転んだ少年が丁度足元にやってきて、少女は偶然にも大の字になった少年の体の体を横にあった自分の足と比べることができた。
少年は自分の足の半分の大きさも無く、大の字になっていても足の幅よりも小さいように見えた。
実際に確かめてみたくなり、ついでにこの地球人の少年を屈服させられると思った少女はくすっと笑って右足を少年の上に持ち上げた。

「逃げたペット君にはお仕置き」

少女は足を下ろしていった。

突如頭上に巨大な足の裏が翳され少年はその全身が暗い影に包まれた。
先ほどまで自分を見下ろしていた少女の顔も見えなくなり、見えるのは影で薄暗くなった少女の巨大な脚の裏だけだった。
それが、自分目掛けて降りてきた。
少年は悲鳴を上げ慌てて立ち上がろうとしたが転倒による痛みとその足のあまりの速さにそのまま捉えられることとなる。
ズシン。
少女の、全長4.8mにもなる巨大な足が少年の上に踏み下された。

少女は少年の上にそっと足を下ろしてみた。
期待していた通り少年の体は自分の足の下にすっぽりと収まってしまった。もうどこにも少年の姿は見えない。
ただ敏感な足の裏に少年の存在だけは感じるのでそこにいることは確かだった。

「あはは、完全に見えなくなっちゃった。ペット君聞こえる? キミは私の足の下にいるんだぞー」

少女は足の裏に小さな感触を楽しんだ。

少年はそれどころではない。
全身を恐ろしく巨大な肉の塊に押さえつけられ身動きが取れなくなっていた。
硬い床に、やや柔らかい肉によってぐいと押し付けられている。
流石に少女も少年が潰れないように気を使っているが、それでも少女の足は少年には息もできないような重圧でのしかかっていた。
冷たい床と温かい足の裏との間で指一本動かすことできなかった。
足の裏の指紋のような細かなシワが踏みつけられている少年の顔に押し付けられる。顔の皮が突っ張った。
バランスを取るためか力の加減をするためか押さえつける足が細かく動く。全身を床に押し付けられたまま手足を引っ張られる。皮膚がミチミチと悲鳴を上げ今にも引き裂かれそうだった。

少年は苦痛の極みにあった。
突然の侵略。拉致。巨人によって拉致された少年は彼らの星に連れ去られペットにされた。
そしてこの巨人の少女に購入され、いたぶられ、足の下に踏みつけられ嬲られている。
家族や友人たちが、町と共に蹂躙されるのを見た。今頃彼らも、自分と同じように巨人のペットとして嬲られているのだろうか。

踏み付けてくる巨大な足を押し返そうとする意思すら湧き立たないほど圧倒的な重圧で踏みつけられている。
抗う気持ちさえもなくなっていた。
何をしようと意味はない。
されるがままになるしかないのだ。



足の裏に感じる小さな感触。
大の字になっているのがわかる。
でも少年の手も足も、少女の足の下からは出ていなかった。
少年のすべてが少女の足の下にすっぽりと隠れてしまっている。それがとても滑稽だった。

ただ少し気がかりなのが、少年が全く抵抗しない事だった。
こうやって足を乗せてからずっと少年は全く動かない。

「?」

怪訝に思った少女は足をどけてみた。
どければ少年の小さな体は確かにそこにある。
しかしやはり動かない。

「う…もしかして死んじゃった?」

まさか自分の足で圧死させてしまったかと重いちょっと気が重くなる少女。
膝を着いて身をかがめ、床に横たわる少年に顔を近づけてみる。
すると微かではあるが少年が動いているのがわかった。
殺してしまったわけではないらしい。
少女は「ほっ」と息を吐き出した。

ただそれでも少年の様子は変だ。
小刻みに震えている。耳を澄ませば何か音も聞こえる。
少女はハッとした。

「あ…」

それは嗚咽だった。
少年は泣いていた。
体を大の字にしたまま咽び泣いていた。

「ご、ごめん! 痛かった!?」

少女は慌てて少年の体を持ち上げ掌に乗せた。
地球人の少年の小さな体は掌の上にすっぽりと収まってしまうほど小さく弱弱しいものだった。
顔を寄せ少年の体をくまなくチェックする少女。どこも怪我していないように見えるが、もしかしたら骨でも折れてしまったのだろうか。

その考えに至って青ざめた少女は慌てて地球人用のメディカルキットを起動しようとした。
が、ふと、その少年が泣きながら何かを呟いているのがわかった。
耳を寄せてみると、その内容を聞き取ることが出来た。

「うぅ……父さん…母さん…」

「…」

少年の呟きを聞いて少女は黙する。
考えてみれば地球人は自分の星から連れてこられて家族や友達とも離れ離れにされてしまったのだ。
見知らぬ星で訳も分からぬままにペットにされて、とても心細かったに違いない。
さっきまでの少年の反抗的な態度も、理不尽な現実に抗うための強がりだったと分かった。

「うぅ…」

これは少女の呟きだ。
少年は恐怖に震えながら必死に強がって見せていたのだ。
怖くないわけがなかった。さびしくないわけがなかった。
彼らだって文明を持っていたヒューマノイドだ。自分というものがあり、感情がある。
デケーナ星人である自分と何も変わらないのだ。

(なのに私は…小人をペットに出来たのが嬉しくて舞い上がっちゃって…)

思い返せば随分と酷い事をしてしまった。
限界だった少年の心にとどめをさしてしまったのだ。

少年は今も自分の掌の中で泣いている。
両手で顔を覆い嗚咽と涙を流している。
自分がそうさせてしまったのだ。

胸の奥が、ズキンと痛んだ。

どうしたらいいだろう。
とうしたらこの少年は泣き止んでくれるだろう。
どうしたら、私は許してもらえるだろう。

少女は考えた。
そして、ひとつの答えにたどり着く。

「…そうだ!」

少女は少年をそっと机の上に下ろした。
下ろしても少年は先ほどのように動こうとも逃げようともしなかった。

そんな少年を見てまた心が痛みながらも、少女は携帯端末を取り出した。
それを操作すると、空中に半透明なウィンドウが現れる。

(えっと…、この子の識別番号は3759412684だから、その前後を探せば…………あ、あった!)

少女はウィンドウの中に目的のものを見つけた。
そして逡巡する。

「う~…今月苦しいんだけど……でも迷ってる暇ないよね! でもよかった、まだ売れてなくて…」

ウィンドウのある場所に触れると画面に「ご注文ありがとうございます」の文字が現れた。
それを見て「ふぅ」と息を吐き出す少女。力なくベッドにボフッと腰掛ける。
とりあえず、やれることはやった。
あとは待つだけだ。

そう思いながら、少女はもう一度 机の上に横たわる少年を見た。


  *


暫く。
少年は泣き止んだが、今は力無くボーっと座っている。
まるで覇気がなかった。うつろな瞳には光が無い。
そんな少年の様子を心配しながら、少女はベッドに座って雑誌を読んでいた。

ピンポーン。
ドアの呼び鈴が鳴った。

「あ、来た!」

音を聞いた少女は雑誌を放り出し立ち上がって玄関に駆け出した。
そして暫くの間を置いて部屋に戻ってくる。その手にはケーキの箱のようなものが持たれていた。

「お待たせコビト君」

少女は言うが、少年からの反応は無い。
それにめげず、少女は続ける。

「これはコビト君へのプレゼントだよ」

手に持っていた箱を持ち上げて見せた。
若干、少年が反応する。しかし目はうつろなままだ。

少女はその箱を机の上の少年の前に置いて、開封口に手を掛けると、まるでケーキの箱を開くようにパカッと開けた。
少年のうつろな目が、箱の中を見る。


箱の中には、少年の父と母がいた。


「!?」

思わず目を見開く少年。
箱の中には、怯えて抱き合う自分の両親がいた。

箱の中にいた両親も、箱の外に、自分の子供がいることに気づいた。
少年も両親も思わず駆け出し、そして3人は体を抱き合って再会を喜び泣き出していた。
今度は喜びの涙だ。

そんな3人を見下ろして少女は「ほっ…」と安堵の息を吐き出しながら笑顔になっていた。


少女は小人ショップのサイトを覗いて少年の両親を購入したのだ。
少年の両親なら、少年の識別番号の近くを探せば見つかると思っての行動だった。
父母ともにまだ購入されておらずリストに載っていたから助かった。もしもすでに購入されてしまっていたら、少年の家族は2度と再会できなかっただろう。
少女の財布には手痛いダメージとなってしまったが、それでも、この嬉しそうな家族を見ることが出来たなら安いものだ。

「よかったねコビト君、お父さんとお母さんと会えて」

少女の言葉に、3人が少女を見上げる。
その表情は複雑そうに見えたが、少なくとも少年は、最初よりは友好的な顔をしていた。

そんな少年を見て、少女はクスッと笑う。


「これからはみんなお世話してあげるから、よろしくね」


少女は見上げてくる地球人の家族に笑顔で言った。