※大量蹂躙系。もちろんのこと、過激な表現があります。



 赤道に近いどこかの海沿いの国。
 大陸の末端に近いこの国で、今連合国と独裁国家による戦争が繰り広げられていた。

 連合国軍の当初の目論みでは、諸外国との国交を拒絶している閉鎖的なこの国に長期間戦争を続けるだけの力は無いだろうとされ、投入される戦力は予想された敵戦力に対しては十分なものだったが余剰投入とまではいかなかった。
 しかしその連合国の予想ははずれ、独裁国家は最初に投入された連合国軍を迎撃。慌てた連合国軍が再度戦力を投入したときには独立国家は勢いづき、連合国軍は後れを取った。
 もともと独裁国家にこれだけの戦力が隠されていたのか、はたまた第三国の介入があったのかは最早定かではない。
 独裁国家の投入する膨大な戦力と非人道的な兵器は後手に回り勢いを失った連合国軍を劣勢に追い込んでゆく。
 が、どれほど劣勢に立たされても、敵が非人道的な兵器を使用しようとも、目には目をとはいかないのが現在の世界情勢。
 公然には正義を掲げる連合国軍が非人道的な兵器を使用すれば、それは後ろ盾でもある世界の多くの国々を敵に回すことになる。
 だがしかし、このまま何も手を打たないでいては連合国軍は戦争に敗れ、それは戦争の火種が世界に飛散することを意味する。
 窮地に立たされた連合国軍総司令官は、ある苦渋の決断を下すと同時にあらゆる情報をシャットアウトするよう命じた。
 隔離された独裁国家で実行される最後の手段。
 その作戦名は…。



 『 Operation: Goddess 』



 沿岸の荒野では辛くも展開し継戦していた連合国軍が大急ぎで撤退していた。
 独裁国家の兵士戦車が迫る中、最低限の攻撃だけで抵抗し、戦闘機は戦闘空域外へ、兵士たちは船舶に乗り込んで次々と撤退してゆく。
 無論、敵もそれをみすみす見過ごしたりはせず、撤退する連合国軍に次々と攻撃を仕掛け殲滅を図る。

『ぐ…っ! クリスタルがやられた! 沈むぞ!』
『かまうな! 撤退を優先しろ!』

 爆発し飛沫を上げながら海中に沈みゆく味方の船舶をしり目に連合国軍兵士たちは無事な船で奥へと脱出する。
 連合国軍の撤退に勢いづいた独裁国家群はそのまま連合軍が展開していた沿岸にまでなだれ込み、なおも撤退する連合軍に攻撃を続けた。
 急な転進で敵の意表をついたこともあって、連合国軍はその大半が戦域外に撤退できたがそれでも2割ほどの兵が敵の射程内に取り残されていた。
 それら残った連合国軍を駆逐しながら、独裁国家軍は自軍の勝利を確信し勝鬨を上げた。

 その連合国軍が去った方向の海中に巨大な影が現れたことに誰かが気づいた。
 荒野の沿岸にまでたどり着いていた独裁国家軍の前には青い海が広がっているが、その沖が異様に濃い影に染まったのだ。

 直後、その影のあった海面が爆発し巨大な水飛沫を上げた。
 独裁国家軍はこれは連合国軍の残した兵器であると考え勝鬨で緩んだ気を引き締め海岸方面へと意識を集中した。
 魚雷か、または水中より発射されるミサイルの類かは不明だが、爆発の規模は尋常ではなかった。独裁国家軍は水軍を持っていないが、あの爆発の規模は空母でさえ撃沈できる破壊力だと予想できた。
 残された機雷、沖より発射された魚雷、潜水艦のミサイル。いずれかは不明だがこれは敵がまだ戦意を失っていないものと判断してもいいだろう。逆に撤退の為の作戦だとしても関係ない。まだ保有する戦力は戦闘を更に継続するのに十分であり、このまま戦闘機部隊が撤退した船舶へと追撃をかける。

 というこの先の戦闘展望は、その打ちあがった水しぶきの中から現れた巨大な腕を視界に捉えたことによって消滅する。
 その腕が見えた者は全員が思考停止したのだ。
 連合の新兵器、というにはあまりにも見慣れた物だった。

 腕の全長は、見えている肘の部分までだけでも300mを優に超えていた。
 飛沫から飛び出た腕は前の海中に突き刺さった。まるで体を支えるように。
 そしてその飛沫を突き破り、その巨大な腕に相応しい巨大な体が兵士たちの目の前に現れた。
 巨大な人間…としか形容のしようが無い。まさに人間の容姿だ。ただの人間だ。だがその大きさはあり得ないほど巨大だ。先ほどまでそこに展開していた連合の戦艦を片手で持ち上げてしまえるような大きさである。
 この巨大な人間は女の様だ。巨大な頭部から繋がる黒く長い髪。巨大な体を覆うのは巨大な黒いビキニ。前髪をバサリとかきあげながら、その巨人は海に立ちあがった。
 兵士たちは唖然として巨人を見上げていた。沿岸に立っていた者はほとんど真上を向くような感覚だ。この恐ろしく巨大な大女は、身長1600mを超えていた。

「ふぅ~、やっと着いたわ」

 巨大女が声を発した。まるで雷鳴のように大気をゴロゴロと震わせ沿岸に展開する兵士たちに耳を塞がせた。
 兵士たちの頭にまだ交戦という考えは湧き上がらない。それ以上に衝撃的な非現実的な光景が目の前にあるからだ。
 巨大な足は膝下ほどまでが海中に沈んでいるが、その頭頂部は低めの雲よりも高い位置にあった。
 連合の新兵器…なのか? いやそれ以前に、こんな巨大な人間が存在するのか…? 誰もが答えを持ち得ない最大にしてどうでもいい問題にぶち当たっていた。解明したところでどうすることもできないのに、だ。

 巨大女は腰に手を当て、目の前に広がる沿岸の荒野地帯を見渡した。

「ふんふん、数は多いけど兵器の質そのものはどうってことないレベルね」

 そしてビキニのボトムに手を突っ込むとそこからなにやら端末らしきものを取り出した。

 この間に、兵士たちは勝機を取り戻し、抗戦の準備を始めていた。
 巨人が何者であるにせよ、許可なくこの国に侵入した罪は死で償うしかない。連合に組する者であったらなおさらだ。
 独裁国家軍はミサイル、ロケット砲などの大型兵器を導入し始めた。 

 が、そうやって兵士たちが動き始めると、あの巨大女の背後で再びあの巨大な水飛沫の爆発が起こった。それも、複数だ。
 1,2,3,4…5。全部で五つ。
 まさかと思って見ていると…先ほどと同じようにその飛沫の中からあの巨大女と同じくらいに巨大な人間が現れた。

「ぷはぁっ!」

 飛沫から顔を出し、ぜーはーぜーはーと深呼吸している。
 巨大だが、先に現れた大女と比べるとやや小さい。体型を見ると子供のそれのようだ。
 しかし問題はそんな事ではない。
 身長1000mを遙かに超えるとんでもなく巨大な人間が、更に5体も増えたことだ。

 先に現れた黒い長髪の大女が背後の5人の小さい巨人を振り返る。

「ほらほら、30秒の遅刻よ。早く定位置に着きなさい」
「す、少しは休ませてくださ~い…」
「基地からここまでずっと泳いで来たんですよ~…」

 5人の小さな巨人たちが口ぐちに文句を言う。
 見た目は子供だ。年は10くらいに見える。それぞれワンピースだったりスクール水着だったり自由な水着を着ている。
 対する目の前の黒髪のビキニの巨人は20代。そのぱっつんぱっつんのボディを巨大な黒いビキニで申し訳程度に包んでいるが、そのボディと見比べると巨大であるはずのビキニも小さく見える。ビキニは巨大な肉体の内側からの圧力で今にも千切れてしまいそうな儚いものだった。

 全6人の、海に立ちながら山よりも巨大な人間たち。全員が女に見えた。後ろ5人は女と評するのもまだ早い子供だが、生物学的に女であることに違いない。
 髪を頭の左右で縛っていたり、一房にまとめていたり、5人が5人特徴がある。
 長い距離の水泳を経て息を切らしていた5人だが、目の前の大地に展開する無数の兵士戦車を認めると途端に顔を輝かせた。

「わぁ! ちっちゃな兵隊さんや戦車さんがいっぱいいます!」
「ホントだホントだ! あっちにもこっちにもいるよ!」

 5人は大陸を指さしてキャーキャーと騒ぎ始めた。
 その際、巨大な足が海をザブザブとかき混ぜ、沿岸には小さな津波が発生していた。

「ほーら、はしゃがないの。それじゃあもう一度任務内容を確認するわよ」

 端末をいじりながら大人の巨人が言う。

「1.独裁国家軍の殲滅。2.独裁国家の崩壊。ま、いつも通りね」
「「「はーい」」」

 すると5人の子供の巨人の一人が手を上げた。

「先生ー。兵隊さんたちが「ごめんなさい」って言ったらどうしましょー?」

 先生と呼ばれた大人の巨人は首を横に振る。

「そこもいつも通りよ。降伏は認めないわ、一人残らず殲滅すること」
「「「はーい」」」
「準備はいい? それじゃあミッションスタートよ」

 大人の巨人の声と共に走り出した子供の巨人たち。
 その膨大な質量の巨大な足が海底を踏み砕き地面が揺れたのは一瞬のこと。
 沖合にいたはずの巨人たちは瞬く間に接近し、独裁国家軍の展開していた沿岸部に上陸を果たした。
 そこにいた兵士たちの上に、長さ200mを超える恐ろしく巨大な足が10と踏み下ろされたのだ。

「えへへ、あたしがいっちば~ん!」
「ちがうよ! あたしだよ!」
「じゃあわたしは兵士さんをいっぱいやっつけて先生に褒めてもらおっ」
「……まけない…」

 5人が上陸し、展開していた兵士戦車はあっという間に踏み潰され瞬く間に全滅した。


  *


 大地にズシンと踏み下ろされた足はその足の指だけでも10m近い太さがあり、展開していた兵士たちの身長の5倍以上の太さがある。足の指だけでも見上げるほどの巨大さなのだ。
 そしてその下される足の範囲。それはドーム球場をくしゃっと踏み潰して有り余る範囲があり、展開していた兵士たちは、巨人たちの片足だけで数百人が下敷きになった。
 それが、10。
 巨人たちは競い合うように足踏みをし、突然の速攻に逃げるタイミングを失い悲鳴を上げる兵士たちを次々と踏み潰し、巨大な足跡の中にうずめてゆく。
 連合軍が残した防御陣地も重装甲の戦車もあの巨大な足の前には意味をなさない。次々とまとめて駆逐されている。
 巨大な足が地面に落ちるたびに大地が波打つように揺れ足の直撃を免れた兵士や戦車を宙に放り飛ばす。まるで石ころかゴミが転がるようにコロコロと転がるそれ。
 足を失い動けなくなった兵士、すでに物言わぬ亡骸、横転し走れなくなった戦車も、次の一歩でまとめて踏み潰される。
 巨大なつま先が逃げる兵士数十人を巻き込んで前進し彼らを土砂の津波に巻き込んだかと思えば、別の巨人が戦車を足の指の下で捻り潰していた。ぐりぐりと動かされる足の下で、戦車の分厚い装甲はアルミ箔に勝る薄さにまで引き伸ばされていた。

 あの巨人たちが上陸してからわずか1分足らずで沿岸は再制圧されそこにいた兵士戦車は全滅した。
 しかし巨人たちは止まることなく、内陸に向け進撃を続けた。
 ずしん! ずしん!
 ひとつひとつが湖ができるほど巨大な足跡を残しながら歩いてくる巨人たち。すでに兵士のほとんどが戦意を失い逃亡を開始している。
 だが逃げる戦車の一輌、兵士の一人さえ見逃されなかった。巨大な足は、踏み下ろされれば最低でも数十の兵士を下敷きにしていた。

『ば、化け物だ…』
『う、撃て撃て撃て!! 逃げるな! 戦え!!』

 交戦を続ける中隊も巨人たちのひと踏みで簡単に消える。
 兵士たちを踏み潰した後には巨人たちの意識はすでに別の兵士たちに向いていた。
 まさに虱潰し。慈悲も何もない。

 土と同胞の血肉、潰れた戦車が張り付いていたりして汚れている巨大な足の裏がゆっくりと迫ってくる。悲鳴を上げながら走り逃げる兵士たち。高速で後退しながらその足の裏に向かって砲撃を続ける戦車。しかし足の裏はまったく揺るぐ事無く逃げる彼らの上にそっとのしかかりそのまま地面へと埋没させた。
 プチプチプチ。小さな戦車の潰れる感触だけがその足の裏に伝わり、子供の巨人はその感触を楽しむように足をぐりぐりと動かす。
 再び足が持ち上げられたときには、そこにはシミも鉄屑も何も残っていなかった。

「やっぱり戦車を踏むのって楽しいね」
「そう? あたしは人間を踏む方が好きだわ。ちびな人間がとろとろ逃げていくのをゆっくりと踏み潰すのが楽しいじゃない」

 5人の巨人たちは各々好きな方法で兵士を殲滅してゆく。すでに巨人たちは沿岸から内陸に大きく侵攻している。沿岸は巨人たちが兵士たちを踏み潰すために歩き回ったためにボコボコに踏み均されていた。そこには一人の兵士も生き残ってはいなかった。例えたったひとりで行動していて逃亡しようとしていても、

「あら、こんなとこにもいたわ」

 あっさりと見つかって潰されてしまうのである。
 逃げるにしても巨人たちが歩く際の地響きは彼らを地面に転がし、更に巨人たちの足跡は超えるには大きすぎる起伏なのだ。
 ズシンと力強く踏み下ろされた足によって深い足跡が形成される。その中に入ってしまった兵士や戦車は簡単には外に出ることができないのだ。そうやって自分の足跡の中から出られないで右往左往する兵士たちをにやにや見下ろしていた巨人は暫くしてからもう一度足跡の中に足を踏み入れる。自分の足跡なのだから形は足にフィットし、足を持ち上げて見ればもうそこに動く者はいない。

 なんとか体勢を立て直そうと残存する兵力を集めつつある一団がいた。だがそうやって数を集めるとすぐに見つかってしまい優先的に駆逐されてしまうのだ。
 巨人の一人がこちらに気付き、にっこりと笑いながら歩み寄ってきた。ほんの数歩。それだけで接近を許し、一団はあっという間に巨人の足元の位置になってしまう。今一団は巨人の左右の足に挟まれるような格好だ。左右に200mを超える肌色の巨大な丘のような足が鎮座している。地面はその途方も無い重量を受け沈下し、周囲には無数の亀裂が走っていた。
 一団は逃亡を図ろうとしたが、巨人がくるりと背後を剥くためにその場で足踏みをしたために巻き起こされた振動によって地を跳ねるばかりで動く事が出来なかった。その地響きに生き残った兵士たちが見たものは、自分たちに向かって落下してくる、かわいらしい子供の水着に包まれた巨大なお尻だった。
 ずぅぅぅうううううううん!!!
 これまでで一番凄まじい振動。巨人はわざと尻餅を着き、その下に兵士たちの一団を押し潰した。勢いよく落下した巨大な尻は地面を大きく埋没させそこに尻の形のクレーターを穿つ。いつか湖ができる大きさだ。

 兵士や戦車だけではない、上空には戦闘機も無数に飛び交っていた。ミサイルが雨のように巨人たちに降り注ぎ命中していた。だが巨人たちはそれを気にしたそぶりも見せない。顔に命中するミサイルを払おうともしていなかった。降り注ぐミサイルを完全に無視して足元の兵士たちを潰し続けている。
 しかしだからと言ってより至近距離から攻撃を仕掛けようとすれば巨人たちの大きな目が瞬く間に彼らを捉え、その巨大な手で以てまるで蚊のようにパチンと潰されてしまうのだ。
 潰さなくとも、片手をひらひら動かすだけで近くを飛んでいた戦闘機はみな払い落とされてしまう。勢いよく手を動かせば、そこに生じた凄まじい空気の流れが周囲を飛ぶ戦闘機のコントロールを奪い墜落させる。今まさに、振り抜かれた巨大な腕が巻き起こした突風によってまるで枯葉のようにくるくると宙を舞ってしまった戦闘機がいた。今のパイロットは上も下も分からないだろう。叩かれたハエのように落下してゆく。

「うわぁあああああああ!!」

 やがて戦闘機は、彼を墜落させた張本人である巨人の、スクール水着に包まれたその慎ましい胸に激突して砕け散った。小さな爆発が巨人の右胸の辺りで起きていた。だが巨人は、自分の胸に戦闘機がぶつかり砕け散ったことなど気づいてもいなかった。

 他にも巨人の顔に激突したりふわふわと動き髪に巻き取られたりして動けなくなる戦闘機が続出していた。それらを警戒して高高度から降りてこない戦闘機もいたが、巨人の一人がその巨大な手で土団子を作り彼らに投げつけ始めた。時速数万kmで迫る重さ数百tの直径数十mもの土団子は上空を高速で飛行する戦闘機に命中することはほとんどなかったが、そんなものがそんな速度で至近距離を通過すれば大気は大きく渦を巻き、彼らの自由を奪うのは容易だった。コントロールを失い落下し始める戦闘機からパイロットが脱出する。機体は遥か彼方に落下していったが、パイロットはパラシュートのおかげで同じく墜落することは免れた。
 だが、ふと横を見れば、そこには視界を埋め尽くすほど巨大な顔がにやりと笑っていた。
 パイロットは怯えた。正常な思考を失い、早く落下が終わってくれればと思っていた。地面までたどり着ければ助かると、何故かそう思っていた。
 そしてすぐに彼は落下が終わった。地面に着くにしては早すぎる。そう、そこは巨人の手のひらの上だった。巨大な巨大な、手のひらの上だ。この上には競技場を建設することもできるだろう。そんな巨大な手のひらに、今パイロットは一人だった。彼を見下ろす巨大な目は、彼一人を捉えていた。巨人のもう片方の手が現れ、伸ばされた指が彼に迫る。直径10m以上もある巨大な指だ。指の一本が下手なビルほどの大きさがある。すでに指は彼に触れられる距離にまで近づき、パイロットは悲鳴を上げながら頭を抱えた。

 巨人は指を手のひらに押し付け、そしてきゅっと横に引っ張った。指の下に、小さな赤いスジが残った。これが彼のすべてである。満足そうににんまりと笑った巨人はまだ残っている高高度の戦闘機を見上げ、そして再び土団子を投げつけ始めた。何機かは「運悪く」直撃させてしまったが、残りは思い通りにパイロットが脱出してきた。それらゆっくりと降下してくるパイロットたちに、巨人は下で口を開けて出迎えたり、息を吹き付けたり、逆に吸い込んだりした。
 パイロットのひとりは、下で「あーん」と待ち受ける巨大な口に恐怖し泣き叫んだ。まるで地獄の底に通じる穴だ。薄紅色の唇に縁取られ、ぽっかりと開いた口の中は赤く濡れ、家よりも大きな真白い歯が並び、巨大なモンスターの様な舌が落下している自分を今か今かと待ち受けている。落下は止められず、移動することもできない。パイロットはひたすら泣き叫びジタバタと暴れながらゆっくりと巨人の口の中に落ちて行った。別のパイロットはその「う」の字型にすぼめられた唇から発せられた凄まじい息によってバラバラに吹っ飛んでしまった。彼の肉体が巨人の吐息に耐えられなかったのだ。それは空気の大砲がぶつかってきたようなもの。彼の体は粉々に砕け散っていた。同じく、吸い込まれたパイロットも、その巨大な口の中に吸い込まれた後、口内を渦巻く風の中で四肢を千切れさせ、更に歯や口の内壁に激突しまくって潰れていった。他にも脱出したパイロットはいたが、皆が同じように呑み込まれたり時にデコピンを食らったりと、一人も生きて地面に到達することは出来なかった。

 巨人たちはみな個性的だ。活発な子もいれば大人しい子もいる。だが彼女たちはみな自分が任務で来ていることを承知しているので兵士たちを駆逐するのをためらったり見逃したりはしない。

「ごめんね兵士さん…」

 巨人は申し訳なさそうに謝りながらも足元を逃げてゆく兵士たちの上に片足をかざした。兵士たちは巨大な影に包まれ、上空には土と血肉で汚れた巨大な足裏が迫っていた。
 そのまま足は兵士たちの上にそっと乗せられた。これだけでほとんどの兵士が潰れたことだろう。
 だが土踏まずや足の指の間に、わずかに何かが動く感じがする。生き残りがいるのだ。
 巨人はギュッと目を閉じ意を決して足をぐりぐりと動かした。これでもうここには生き残りはいない。
 ため息をついて、再び次の兵士を駆逐するために歩き出す。すでにその足の下には数千人と踏み潰されているのだが。

 ある巨人が逃げる戦車の真後ろにズシンと足を下し足の指を戦車の上にズムッと乗せた。それだけで戦車はぐしゃっと潰れかけ、拉げたキャタピラは上からかかる凄まじい重量に地面をゴリゴリ削って空転していた。
 足の指を乗せた巨人はくすくすと笑いながらその足の指の裏に小さな戦車の微抵抗を感じていた。自分はほんのちょっと足の指を乗せただけなのにそれだけで潰れかけそして逃げ出そうとキャタピラを動かしても抜け出すことができない。そのままゆっくりと足の指を押し付ける力を強めてゆく。小さな小さな戦車の車体がメキメキと音を立てて潰れ始めた。中に乗っている兵士の恐怖は大変なものだろう。すでに出入り口は足の指で潰して塞いでしまったからもうそこからは出られない。足の指の下の小さな戦車の中で泣き叫びながら必死に戦車を動かす兵士の姿を想像して巨人はまたくすっと笑った。
 その後10秒も待たずして戦車は潰れた。たった十秒でも兵士には永遠に感じられるくらい長かったに違いない。人生を振り返らせてあげるためにたくさん時間を上げたつもりだ。でも、やっぱりすぐに捻り潰した方が苦しくなくて幸せかな。
 ふと見れば、今しがた戦車を潰した足のつま先の前には数人の兵士がいた。足の指で押し付けていた戦車をなんとか助け出そうとしていたのかもしれない。愕然としている様子がうかがえる。うん、この人たちは苦しくないようにしてあげよう。
 巨人は足元の数人に向かってにっこりとほほ笑むと片足を振り上げた。

 四つん這いになりぺしぺしと地面をたたいている巨人がいた。巨人たちから見れば兵士など2mmも無い小人であり、確かに立っていては目視は難しいのかもしれない。巨人はまだ子供だがその手のひらは全長100mを優に超える巨大なものであり、そんなものが叩きつけられて逃げられるはずが無かった。逃げる兵士たちはまさに蟻でも潰すようにぴしゃりと叩き潰されてゆき、また巨大な手が地面をたたいた時の振動で周辺の兵士たちは足を取られ、次に振り下ろされる巨大な手に対し逃げると言う行為を準備する事すら許されなかった。戦車すらも同じ。兵士が蟻であるなら戦車はてんとう虫だ。生身の人間がたどった運命とまったく同じ道を歩んで行った。
 どうやら巨人はゴマ粒サイズの兵士よりも豆粒サイズの戦車がお気に召した様で、先ほどから戦車をおはじきのように指で弾き飛ばして遊んでいる。巨人の指によって戦車がぺしっと弾かれ転がってゆく様はシュールなものだが戦車に乗っている兵士にとってはたまったものではなく指に弾かれた瞬間半壊した戦車の中で彼らの体は衝撃によって潰れていた。大きさ10m近い巨大な爪の付いた指ではじかれる衝撃は重さ数トンの戦車を小石のように軽く吹っ飛ばし数百mもの距離を飛行させる。
 小さな戦車がコロコロと転がってゆく様に巨人は笑顔になり次々と戦車をその手で弄び始めた。指に摘まみ上げてしまえば本当に虫の様な小ささだ。摘まむ指に、戦車の小さな動きを感じる。そっと手のひらに降ろすと戦車は勢いよく走りだし、手のひらの上で走る小さな戦車の姿はとてもかわいく、巨人の顔を綻ばせる。だがそれは巨人に恐怖した兵士の暴走の結果であり、そこが巨人の手のひらの上である事を忘れた兵士はそのまま手のひらの上から戦車を飛び出させてしまった。巨人が「あっ」と悲鳴を上げ戦車を受け止めようとする前に、戦車は数百m下の地面に激突し爆発炎上した。
 次の戦車も摘まみ上げ、今度はそのまま指の間でコロコロと転がした。そうやって転がしていると戦車の車体は丸みを帯び始め、やがて一つの鉄球に変えられてしまった。当然、戦車の内部など周囲からかかる巨大な指の凄まじい圧力によって圧縮されみっちりと埋め固められてしまっている。そこにいた兵士がどうなったかなど考えるまでも無い。巨人はそうやって手近な戦車を次々と捻り潰し遊んだ。もちろん、戦車の周囲で右往左往する兵士たちを駆逐するのも忘れない。戦車を摘まむついでに手のひらをぺしっと叩きつけたり息をふぅーっと吹き付けるだけでそこにいた兵士は跡形も無く消え去ってしまう。遊びの横の片手間に、兵士は片付けることができるのだ。


  *


 すでにこの荒野に展開し連合軍と戦っていた独裁国家軍は壊滅状態である。僅かに生き残っている兵士たちも、巨人たちがズシンズシンと歩くたびにその数を減らしているのが確認できる。この戦場からはあと1分と立たずして兵士の姿は消えるだろう。
 そうやって敵兵を蹂躙する5人の巨人を沖から観察する大人の巨人。海上に聳え立つ魅力的な肉体は雲にも届かんばかりに巨大である。黒いビキニに包まれた豊満な肢体は熱い太陽に照らされてキラキラと輝いているが、巨人は日焼けなどを気にした様子は無い。

「うんうん、順調順調。待ってるこっちが暇になっちゃうわ」

 大人の巨人は苦笑しながら呟いた。すると手に持っていた端末に反応があった。見てみれば連合軍総司令官からの通信だった。巨人は端末を操作し、通信を繋げる。

『…順調なようだな…』

 端末の向こうで総司令官の沈んだ声が聞こえた。それに巨人は明るい声で答える。

「ええもちろんです。すでに沿岸部は制圧完了。独裁国家は間もなく壊滅しますよ」
『…そうか、それはよかった…』

 言葉の内容と伝わってくる雰囲気は真逆のものだった。総司令官の沈痛な表情が目に浮かぶ。

「あんまり気にしちゃダメですよ司令。普通の戦争よりも味方の損害が軽くなるし、いいじゃないですか」
『普通の戦争で失う両国の兵士の数よりも、この作戦で亡くなる敵国の国民の数の方が遙かに多い。できればこの作戦だけは避けたかったのだが…』

 端末越しに総司令官が重々しくため息をつくのが分かった。

『…とにかく、この作戦は極秘事項だ。私とお前たち『Goddess』だけのな』
「はい、承知しています。目撃者はひとりも残しません」

 くすくすと笑う巨人の声は本当に楽しそうだった。総司令官の記憶にも古くから残る笑い声だ。

『…お前は変わらないな。それが救いかどうかは別の話だが…』
「『先生』は昔からいろいろ気にしすぎですよ。あ、帰ったらどこか飲みに行きましょうか」
『…考えておこう。だがまずは任務を完了させてくれ。もう一度言うが、この作戦は極秘だ。世間に知られれば我々は世界を敵に回すことになる。いいか、『ひとり』も逃すなよ』
「任せてください、せ・ん・せ・い♪」
『…』

 プツン。通信は切れ、かつての上司と部下の会話は終わった。

「ふふ、司令も心配性なんだから。まぁ世界と戦ってみるのも面白いんだけど」

 世界中の軍隊と戦う自分たちの姿を想像して巨人は噴き出した。これまで敵がどんな非人道的な兵器を用いてきても瞬く間に捻り潰してきた私たちだ。実際、一人で一国を相手取ることもできるだろう。蟻みたいな人間がいくらあつまったところで私たちには勝てないのだ。もしも世界を敵に回すことになったら、返り討ちにして世界征服に乗り出してみるのもいいかも。

 世界中の連合の軍隊を踏みにじる自分の姿を想像していた巨人だが、ふと端末が反応を示し我に返った。見ればこの沿岸部左手にある高い岩山の陰に戦艦が顔を出しているのが見えた。独裁国家軍の船は最初の連合国軍との戦闘ですべて撃沈しておりもう残っていないはずだった。そして見覚えのある形。あれは連合国軍の船であった。負傷者の収容に手間取り戦場離脱の機を逃してしまったのだ。

 そんな連合国軍の船を見て、巨人はにっこりと笑った。

「わかってますよ司令。目撃者は『ひとり』も残しません」

 ズシン! ズシン! 巨大で長い脚で海をザブザブかき混ぜながら巨人はその船に歩み寄ってゆく。

 連合の船としては恐怖だった。離脱に遅れこの岩山の陰に船を隠していたら海中から大巨人が現れ独裁国家軍を踏みにじり始めたからだ。恐ろしいまでに速く、圧倒的に、展開していた独裁国家軍は殲滅された。重火器を用いるよりも残酷な方法に見えた。独裁国家軍を駆逐しているのだから連合側なのでは、という考えもあったが、実際は連合側であっても味方では無いことが明らかになった。先ほどの大巨人の通信。会話の内容から恐らく相手は総司令官だろう。その会話の中に目撃者の殲滅を示唆するような内容があり、船の乗員は震え上がった。味方に救援を求めるべく信号を飛ばしたが、いずれも応答がない。すべての通信機器が機能しなかった。

 そうしているとあの大巨人がこちらに歩み寄ってきたのだ。海上に立った大巨人はまだ数km遠くにいるのに、すでに見上げるような巨大さであった。巨大な足が一歩進むたびにその巨大さは加速度的に大きなる様な錯覚。船は動き始めていたが、巨人の歩く速度と比較してあまりに遅かった。

 巨人は我々の船が隠れていた岩山の上に右手を乗せ、それを支えにしながらその岩山の上から覗き込むように船を見下ろしてきた。黒いビキニに包まれた名実ともに巨大な乳房が胸板からぶら下がる。その二つの乳房だけでも山の様な巨大さを持っている。

「やっぱり連合の船かー」

 予想通り船はやはり連合軍のものだった。全長300mほどの戦艦だ。もっとも巨人から見れば30cmほどでしかないわけだが。
 巨人はそのまま山の向こうから身を屈め、今まさに動き始めた船に手を伸ばした。船の後部の海面に手を入れ、船底部に添えると、そのまま上に持ち上げてしまった。こうなっては船のスクリューなど意味は無い。船員数百人が悲鳴を上げる中、船は海面から飛び上がり山よりも高く昇りやがて1500mもの上空まで持ち上げられた。およそ、巨人の顔の高さだ。
 甲板に出ていた連合の兵はみな飛び上がる際の凄まじい速度の中で船から放り出され数百m下の海面に向かって落下していった。船内に残っていた兵士たちは、窓の外に見える恐ろしく巨大な女性の顔に恐怖していた。

「すみません、私たちの存在は極秘なので、それを知ってしまった人は処理しなくてはいけないのです」

 薄紅色の艶めかしい唇が動きそこから言葉が紡がれたが、その声は衝撃波となって船に襲い掛かり、巨人の手の上の小さな船の船体をビリビリと震わせた。声とは空気の振動。船体にぶつかった声は内部にまで浸透し、中にいる人間さえも吹っ飛ばし壁などに叩きつけた。鼓膜が破れ耳から血を噴き出したものや、なんと絶命してしまったものさえ現れた。巨人がただ一言しゃべっただけで、船内はさながら地獄絵図となってしまった。生き残っている人々は、今にも頭の破裂しそうな凄まじい大音量の声が発せられているあの巨大な口を呪った。窓の外を埋め尽くすほどに巨大なそれは、まるで映画のスクリーンでアップにされたような超至近距離からの映像の様だ。ぷるんとした唇は、それがただの映画の映像なら、男として一度は口づけして見たいと思うだろうか。妖艶で愛らしく、魅惑的で魅力的だった。唇は笑っているように見える。実際に、巨人は笑顔で話しかけてきていた。それだけで、船内の至る所で赤い飛沫が上がる。巨人の声の振動に耐えきれない人間の肉体が弾け飛んでいるのだ。船のガラスがいくつか吹き飛んだ。巨人がくすくすと笑うとまた船内各所で息絶えるものが現れた。

「ごめんなさいね」

 にっこりと笑いながら、やさしくそう言った巨人は船首を左手の手のひらで、船尾を右手の手のひらで押さえ、ゆっくりと合わせ始めた。
 メキメキメキ! 船体が前後方向に潰れ始める。手のひらの間で押し潰され始めたのだ。まだ生き残っている兵士たちは泣き叫び、なんとかそれを止めようと試みた。残っている砲台から巨人の顔に向かって攻撃する者まで現れた。だが巨人は砲弾が顔に命中しようとも変わらず笑顔のまま両手を合わせて行った。
 ぐしゃぐしゃとまるで紙でできてるように潰れてゆく戦艦。内部では部屋や通路が圧縮され潰れ、中にいた兵士たちも一緒に押し潰してゆく。恐ろしい破壊と揺れに襲われる船体から希望を求めて飛び降りるものもいたが、彼らは1500mもの高さから落下して生き残れるのであろうか。
 全長300mもあった戦艦は、気づけば100m無くなっていた。前後から巨大な手のひらによって押し潰されてしまったのだ。まるで聖母の様な優しい笑みと美しく抱擁してくれるその御手の間で、船はどんどん潰されていった。破壊され尽くした船体の内部から大きな亀裂を通して見た外には、巨人がにっこりとほほ笑むのが見えた。

  くしゃり

 左右の手のひらはぴったりとくっついた。まるで祈りを捧げるように綺麗な形だ。その手のひらの間からは船の破片がパラパラと零れ落ちていた。手のひらを開いてみるとそこにはアルミ箔を潰したようにしか見えない金属のゴミが張り付いていた。全長300mの船は厚さ数mにまで圧縮されてしまったのだ。

 手のひらをパンパンと叩いて手についていた船の残骸を落とす。最早ゴミとなった船は粉々になって海に降り注ぎドボドボと音を立て沈んで行った。

「ふふふ、この感触はクセになるわね。独裁国家の船が残ってたらいくつか持って帰って夜のお供にしようと思ってたんだけど、残念」

 大して残念そうでも無く、巨人は呟いた。

「あら?」

 と、気づけば、自分のその豊満にして巨大な乳房の上に、何人かの兵士が乗っかっていた。船を潰す過程で落下し、胸の上に落ちてしまったのだろうか。
 彼らにしてみれば彼女の乳房はまさに山だ。凄まじい存在感と威圧感を持ってそこにある。彼らも、自分たちが落下した先が巨人の胸の上だとは思わなかっただろう。

「ダメよ。そんなところに乗ったら。そこに触っていいのは先生だけなんだから」

 言うと巨人は一度、胸を大きく上下に揺らした。それだけでそこに乗っていた数人の兵士はいなくなってしまった。胸が揺さぶられたことで宙に放り出されてたのだ。

「と言っても先生は触ってくれないけど。今日あたりお酒飲みながら本気で誘っちゃおうかしら」

 巨人はくすっと笑った。自分がこうやって胸を強調しながら迫ればきっと先生はおろおろとするのだろう。今までそうだったように。ちょっと誘惑するとすぐ逃げてしまうのだ。

「そんな先生を見るのも楽しいのよね。ま、とにかく今は任務を終わらせましょ」

 そして巨人は端末を手に歩き始めた。確認して見ればまだ数隻の連合の船が残っているのがわかった。それらの船を一人の生存者も残すことなく沈めてゆく。
 240mもある巨大な足を海中からガバッと持ち上げ、そのまま船の上に勢いよく踏み下ろした。足の直撃で粉砕されるのは当然、足はそのまま海底まで踏み下ろされ、船は海底の土の中にまでうずめられた。足が船に直撃した瞬間に船はほぼ潰れており、艦橋他船上部にいた船員たちは皆その時潰されていた。船内下部に残っていた船員も、足が船を海底まで押し付けて潰されたとき運命を共にした。
 持ち上げた船を紙屑のようにくしゃくしゃに丸めそのまま放り投げたり、拳を思い切りたたきつけたりした。下手をすれば隕石の衝突にも匹敵するその巨大な拳の一撃を受けて船が無事でいられるはずも無く、乗っていた船員もその凄まじい衝撃の中で消し飛んでいた。
 結局残っていた連合の船は最初のひとつを含めてこの4つだけ。実にあっさりと終わってしまった。それは同時に、実にあっさりと同胞を手にかけたということでもある。だがこの極秘の作戦が味方から外部に漏れないようにするためには仕方の無いことだと、司令は苦渋の決断を下しているのである。
 もっとも、巨人たちはそんなこと気にしていなかった。潰すのが敵であろうと味方であろうと関係ない。大した感情は無かった。

「さて、あの子たちはもう終わったかしら」

 陸を振り返った大人の巨人は遂にその巨大な足で上陸を果たし、自分の部下である子どもの巨人たちの取りこぼしが無いか確認しながら内陸へと地響きを立てながら歩き出した。


  *


 この独裁国家は阿鼻叫喚の地獄と化していた。軍隊の全滅させた巨人たちが、今度は街を襲撃し始めたからである。軍とは無関係の、ただの一般市民が暮らす街にその巨大な足で踏み入ってきたのだ。家や車、そして無数の人々がその足の下敷きになって踏み潰された。ただの家は巨人たちの足の指の太さほどでしかない。住宅街ともなると、その足の下に何十もの家が同時に踏み潰されてしまった。

 これらはすべて予定通りのこと。巨人たちの暴走ではない。

 任務その2『独裁国家の崩壊』

 巨人たちを運用するにあたって最大の問題が世に知られてしまうことである。戦争ではない、一方的な虐殺がそこにあるからだ。しかもそれを行っているのがまだ幼い少女たちであるとすれば世論がどう動くかなど火を見るより明らかだ。
 もともとこういう運用をすることは予定されていない巨人の存在であったが、可及的速やかに、そして最大の戦力を、との事態に追い込まれたときに、総司令官の元部下でありこの巨人たちの教官であるあの大人の巨人から立案されたのだ。
 巨人(巨大化)の兵器転用。
 圧倒的戦闘力によって敵を瞬時殲滅。巨大化にはそれが可能であった。だがこんなことが世に知られればそれは世界を敵に回すと同意。そこで出た案が、『巨人運用時は、対象国家の全国民の殲滅と、作戦を知った者の消去』なのだ。軍部や上層部だけでなく一般市民にまで、その国にいたすべての人間を消し去ることで作戦の隠蔽を図るのである。味方に目撃者がいればそれも消し、もし第三国が巨人の存在を知ってしまった場合、その国も巨人によって消されてしまうのだった。恐ろしいまでの徹底した隠匿。最初、その案を聞いたとき総司令官は震え上がったが、元部下の笑顔と、当時の危機的状況を背景に、司令はそれを承認してしまったのだ。結果、現在の『巨人による敵国家の徹底殲滅』という極秘の任務が生まれた。

 当初は元部下が巨人となるだけで足りていた。頭がよく機転の利く彼女が一人送り込まれるだけでその国は瞬く間に消されてしまった。敵軍のあらゆる知略を看破し、その圧倒的巨体を以て蹂躙する。まさにすべてが彼女の手のひらの上での出来事のように、すべてを思惑通りに処理していた。
 しかし近年、巨人を必要とする戦争が数を増し彼女一人では対応するのが難しくなってきたので、現在後継を育てているところだった。それがこの5人の幼い巨人たちである。まだ幼く機転も利かないとはいえ、その巨体だけで一国家の軍事力を遙かに凌ぐ。大きい。それだけで戦闘力としては十分すぎるのだ。
 やがて訓練が終了しこの幼い巨人たちが一人前となった暁には、彼女たちは個々で一つの戦闘に投入され、世界中の戦争に同時に対応できるようになるだろう。
 今回は、まずはこれら実践を積んで、巨人としての自覚を持たせようとしての作戦だった。

 5人の巨人は今国中に散っている。さして大きくも無い国、彼女たちの巨体ならば国全体を制圧するのに20分とかからないであろう。大きな街ならともかく、小さな村などは彼女たちがひと踏みするだけで消えてしまうのである。
 ズシンズシン。国中を闊歩する巨人たちのその足元で悲鳴を上げながら逃げ惑う独裁国家の国民たち。実際、彼らに大きな罪は無いだろう。国を動かしていたのは上層部の少数の人間だ。だがそれでも、彼らがその国の国民であり、国の崩壊が任務である以上、彼らは消すべき対象である。巨人たちは足元を逃げる数十人の人の塊を躊躇なく踏みつけた。それだけで、そこにいた人々は消されてしまった。そのことに、巨人が憂いを覚えることは無く、また次の人間を踏み潰すべく歩き始める。冷静な子、勝気な子、大人しい子など様々だが、彼女たちが人々を踏み潰していることは変わらない。ゴマ粒のような人間を豆粒の様な家共々ぐしゃりと踏みつけた。

 巨人たちは巨大すぎた。人々が逃亡を図るには不可能な要素が多すぎるのだ。巨人の足の、その小指ですら太さ10m近い。それは人間の身長が2mあったとしても、5倍もの大きさだということだ。それが、ただの足の指。なら足全体なら、体全体なら。巨人は一歩歩くだけで400m近くも進んでしまう。そんな巨人から逃げるためには、どんな速度で走ればいいのだろうか。

 命乞いをする人々の上にそっとかざされた巨大な足の裏は土に汚れていた。そこには家の瓦礫や潰れた車が張り付き、その周囲には無数の赤黒いシミがこびりついていた。それらが、命乞いをする意味が無いことを、その巨大な足の裏があまりにも無慈悲である事を如実に表していた。足はそっと彼らの上に踏み下ろされ、彼らもその足の裏にこびりつくシミに仲間入りさせた。人々にとって巨人はどうする事も出来ない存在だった。

「あはは! 巨人って楽しい!」

 巨人の一人が笑うと周辺にいた人々は地にうずくまって悶えた。気が触れそうなほどに巨大な声が大気を震わせ鳴動させる。ただの笑い声だけで天変地異のような破壊力があった。その巨人は楽しそうに足元の人々を踏みつけている。巨人となった自分の力に心を躍らせているのだ。自分が地面に降ろした足のその指をちょっと動かすだけで人々がゴミのように捻り潰される事実が心を満たす。むくむくと優越感が溢れる。更なる一歩を踏み出していた。
 足の指だけを地面に降ろし引っ掻いてやった。街の中に5本の線が引かれた。それは人々にとっては凄まじく巨大な亀裂であろう。幼い巨人の足の指が引いたその線を、人々は超えることすらできないのだ。親指でぐるりと円を描けばその中に囚われた人々は外に出られなくなる。閉じ込められ右往左往している人々の上に足をかざし、あえてゆっくりゆっくりと下してゆく。ゴマ粒のように小さな人間が目に見えて慌て始めた。それを見てにやにや笑いながらも巨人は緩い速度のまま足を下してゆき、そして踏み下ろした。足を持ち上げて見れば先ほど描いた円はもう見えず、代わりに自分の足跡がくっきりと残されていた。そこにいた彼らは今自分の足跡の中に埋まっているのか、それとも足の裏にこびりついているのか。どちらにせよ、たくさんの人々を一瞬にして消してしまえる自分の力が愛おしい。人間を潰すのはとても心地よかった。

「ふぅ、ちょっと休憩~」

 別の巨人がふぅと息を吐き出してその場にぺたんと座り込んだ。女の子座りだ。彼女がそこに座った時、その白いワンピースに包まれたお尻が、偶然足の間にあった一つの学校の上に降ろされた。巨人の襲撃を受け多くの人が避難していた学校だった。ぺたんと下されたお尻は直下の学校を完全に押し潰し粉砕した。ズゥゥゥンンンという凄まじい轟音と震動の後、土煙が晴れればそこには幼くも肉付きのよいお尻が鎮座するのみで、学校など影も形も無かった。すべてがお尻の下にうずめられてしまった。やがて彼女が立ち上がればそこにはくっきりとお尻型のクレーターが出来上がっている事だろう。その中に、学校の瓦礫が見つけられるかどうかはわからない。巨人の全体重を乗せられてしまった学校はぐしゃぐしゃに押し潰されていた。更に巨人が落ち着ける位置を探すためにもじもじとお尻を動かしたせいですでに粉々だった学校はより細かく磨り潰されてい閉まった。これは巨人の意思とは別の出来事だった。まさか今、自分のお尻で学校ごと数百人の人々を磨り潰してしまったとは彼女も気づいていなかった。ふたつのむっちりとしたお尻の肉は校舎と体育館を完全に下敷きにし、今、巨人の背後から見えるのはお尻の直撃を僅かに逸れた校庭くらいのものだ。白線を引かれたグラウンドだけがお尻の前にポツンと残っている。巨人の尻という山のふもとにあっては、なんとも小さなものだった。

「ハァ…」

 巨人はため息をつきながら歩いていた。足元の、必死に逃げる人々を追いかけながら。追いかけると言っても逃げる彼らには一歩で追いつき、また別の集団にも一歩で追いつける。巨人となった自分の前では、人々はあまりにも小さかった。彼らの走る速度はまるで止まっているようなものだ。足を持ち上げ、ゆっくりと踏み下ろしても、その集団の人は誰一人足の下から逃げることは出来ない。無論、逃げしてはいけないことはわかっているが、それでも、逃げ出してくれればと思っている巨人だった。やはり気が乗らない。彼らも生きている。かわいそうだ。だが、これは任務である。一人も残してはいけない。残せばきっと大変なことになる。それはわかっている。だから巨人はため息をつきながらも足元の人々を一人残さず踏みつけて行った。目のいい彼女はひとりも逃しはしない。たったひとりが家の中に隠れていても、小さな窓の向こうに動く影を捉え家ごとズシンと踏み潰す、家など1cmも無い小さな箱だ。彼女の足と比べれば悲しいほどに小さい。足の小指でちょんとつつくだけで倒壊しバラバラになってしまうだろう。親指をズシンと乗せればそれだけで踏み潰せてしまう。人々の家などその程度の存在だ。ましてその中に隠れている人間など虫以下だ。例え潰そうと思わなくても、その小指をちょっと乗せるだけで潰してしまう。小指が、何かに乗った、と感じたときには人は潰れているのだ。あまりにも小さすぎてあまりにも弱すぎる。それは救いでもあった。あまりにも弱すぎるから踏みつけてもなんの感触も無く、だからこそ罪悪感もこの程度で済んでいる。たくさんの人間を踏み潰しているのは事実だが、それを感じられない事が、彼女が唯一安心できることだった。

「…」

 この巨人は物静かだった。無表情と言うか眠そうというか、顔に感情が見られない。そしてその行動も同様で、人々を踏みつける動きに動揺や感情など全くないのだ。淡々と、淡々と逃げる人々を踏みつけてゆく。まるで躊躇する事無く人々の集団を踏みつけ、また別の集団も同じように踏みつける。楽しいと思っているわけではない。悲しいと思っているわけでもない。ただ淡々と、無機質にそれをやってのけている。それが人々をより一層恐怖させていた。感情の読めない表情。自分たちという存在を全く見ていないその目が、自分たちをじっと見下ろしているその様が恐ろしかった。我々を人と見ていない。まるで機械のように淡々と、人々を踏み潰しているのだ。踏み潰すのが最も効率が良いと知っているのか、足を動かすばかりで手などを使ったりはしない。効率的に、人間を処理している。感情の読めないぼんやりとした瞳に捉えられたが最後、次の瞬間には目の前にその巨大な足が迫ってきている事だろう。殺されるのではなく処理される。我々が人間である事など、自分が無数の人間の命を奪っている事など、まったく興味がなさそうだ。あの虚ろな瞳は足元の我々のことをしっかりと捉えているのに、命乞いをする人々の上に降ろされる足には、躊躇はかけらも見られなかった。

「ん~…っと、こんなもんかな」

 大きく伸びをする巨人の周囲は廃墟と化していた。恐らくはビル群であったのだろう周囲に原形をとどめているビルは無く、すべてのビルが粉々に粉砕され倒壊したまさ瓦礫都市になっている。そこら中からは黒煙が巻き合上がり火災が発生している。幾度もの空爆を受けたような荒廃した都市。だがこれは、この巨人がたった一人でやったことだ。すべては数分の出来事。巨人が大きく飛びあがり強く着地するだけで周辺のビルは軒並み崩れ落ちそして衝撃波ですべてを吹き飛ばした。思い切り走りまわれば地面を蹴る足の衝撃で周囲を粉砕し、更にその速度は時速数千kmに達することもあって巻き起こされた凄まじい突風と衝撃波は周辺のビルさえも粉々に粉砕し巻き上がらせるほどの破壊力を持っていた。巨人が走り抜けただけで街は壊滅し人々は衝撃波に晒され弾け飛び磨り潰された。巨人たちの歩行速度は音速の倍以上ある。なら、それが走ったら何倍になるというのか。更には地面を蹴る足の力強さも増し、巨人が走り一歩進むたびに周辺は未曽有の大災害になる。たった一歩で1km近い距離を進み、その際地面に着地する足の衝撃は周囲数百m、下手をすれば数千mの範囲を一瞬でグラウンドゼロに変えてしまう。運動好きの彼女は走るのが好きだ。巨大化すれば地面は柔らかくなり足を痛める心配も無くなる。そしてこうも何もない平野は走っていてとても気持ちがいい。ぐしゃぐしゃに崩壊した周囲街並みを見渡して、額の汗を拭った。だが、まだまだ走り足りない。ここなら誰にも邪魔されず走る事が出来る。巨人は再び走り出した。周囲を壊滅させながら。

 巨人たちが暴れている間、国を脱出しようとした人も少なくは無い。だが飛び立った飛行機は目ざとく見つけられ、空に飛びあがってゆく途中でその巨大な手によってガシッとわしづかみにされてしまった。機体は凄い揺れに見舞われ乗客全員がむちうちのように体を痛めた。
 巨人はその手に掴んだ大型の旅客機を観察していた。全長およそ70m。それは巨人にとって7cmとなり、手に掴んだそれはまさにおもちゃのような大きさである。窓は小さすぎて覗く事も出来ない。機体をまるで鉛筆でも持つように指で持ち、コックピット部から中を覗きこんだ。
 パイロットたちは視界を埋め尽すほど巨大な顔が窓の向こうを占領したことに恐怖し、なんとか飛行機を動かそうとしたが、そもそもエンジンが動いているのに巨人の指に摘ままれている状態ではどうしようもなかった。機体としては、すでに飛行している状態なのだ。
 バキン! 凄い音と共に機体が大きく動いた。何が起きたのか、パイロットたちにはわからなかったが、飛行機左翼を覗ける機体左側の席に座っていた乗客にはその揺れの正体がわかった。巨人がもう片方の手を使い飛行機の左翼をポキリと折ってしまったのだ。摘まみとられた左翼はポイと捨てられ、同じように右翼もむしり取られた。飛行機は翼を失い、まるでただの鉛筆のように細長いだけの機体になってしまった。巨人の巨大な指よりもちょっとだけ長い存在だ。再び飛行機は巨人の顔の方を向けさせられた。前方を見えるパイロットたちからは、自分たちの機体を掴んでいるその巨人がにっこりとほほ笑むのが見えた。するとその顔が近づいてきた。飛行機を持った手が近づいて行っているのだ。視界を埋め尽くしていた巨人の笑顔が、今はもう顔の一部しか視野におさめることができない。目の前には、ぷるんとした唇の口しか見えなかった。更に飛行機は近づいてゆき、そしてなんと、その唇の間に突っ込んでしまった。巨人は、飛行機を咥えたのだ。機内は一瞬で真っ暗になった。乗客はパニックを起こしていた。そして機体は前後に、そしてぐるぐると回転した。乗客たちはベルトをしていたが、まるでジェットコースターに乗っているような複雑な動きだった。巨人が、咥えた飛行機を、まるでスティック状の飴を舐めるように、尾翼を摘まんで口から出し入れし始めたのである。ちゅぱちゅぱと、唾液を絡んだある種淫らな音が機内に響き渡った。口内の暗さと外の明るさが交互に入れ替わり機内の明かりは明滅した。
 だがそれはすぐにやめられた。唾液に塗れた機体が口から引き出され再び顔の前に持って行かれた。パイロットたちは、唾でべちょべちょになった窓の向こうに、不満そうに眉を吊り上げる巨人の顔を見た。味がお気に召さなかったらしい。それはそうだ。飛行機と言えば機械。油やその他様々な化学薬品の塊である。口に含んでよいものではなかった。そもそも、飛行機を口に含む事態など想定していないのだから。
 巨人は翼を失った飛行機を、その手にそっと握りしめた。小さな機体は、巨人の手の中にすっぽり収まってしまう。僅かに機首と尾翼が覗く程度か。しばらく、そうやって飛行機を持っていた巨人だが、やがてちょっとだけ手に力を込めた。すると手の中にあったものがくしゃりと潰れる感触がし、手を開いてみると飛行機の残骸がパラパラと落ちて行った。自分の唾のせいでいくらか手にくっついてしまったが、それは水着でふき取ってしまえば問題ない。巨人は足元にあった空港をぐちゃぐちゃに踏み荒らし、脱出を試みていた人々を一人残らず踏み潰した。巨人が地響きを立てて歩き去った時、そこには無数の足跡しか残っていなかった。

 巨人が通過した後には何も残らない。生き残りを防ぐため街などは家の一件まで残さず踏みつけられ大きな足跡に変えられる。大きな街などは手間取るが、巨人が二人集まればそれだけで十分であった。人々は逃げる方向を見失い家々を蹂躙しながら歩く巨人のその振動によって地面の上を転がされているうちにその足の下敷きにされてしまっていた。直撃を受けなくとも、足が近くに落下すればその衝撃だけで人々の柔らかい体は消し飛んでしまうのだ。それだけの威力を、巨人たちのただの歩行は持っていた。足が大地を沈み込ませるその衝撃と、足が着地する際に押し出された空気が目に見えない壁となって周辺を塵に変える。巨人の足が落下した周囲数百mに入ったら終わりなのだ。巨人たちが歩けば接地した足を起点に大地がぶるんと脈打ちその衝撃は人々を粉々に粉砕してしまうのに十分な破壊力を持っている。巨人が歩いた後には生存者はほぼ皆無だった。仮にいたとしても巨人はすぐにそれに気づき、踵を返して足を振り上げてくるだろう。彼女たちの感覚は人知の及ぶところではなくなっていた。2mmもない人間のその表情の微細な変化さえも見えるのではないか。小さな人間の鼓動を聞き分けられるのではないか。そう思うほど、巨人たちは正確に人々を見つけ、そして見逃しはしなかった。この国の数千万といた人口はすでに数万人にまで減っていた。


  *


 残るは首都だけである。すでに国中の惨劇の情報は伝わっており人々は大パニックに陥っていた。脱出しようにも現在街の5方向から国中に散っていた巨人たちがこの首都に集結しようとしており、街は完全に包囲されつつあったのだ。空港が破壊された今、海外へ脱出するすべは船しかないが、首都は内陸に位置しておりここから海まで巨人たちの包囲網を抜けられるとは到底思えなかった。先に脱出を図った者たちはやがて巨人たちにはちあい一人残らず踏み潰されたという。脱出するすべが全くないこの都市の中で、人々は迫りくる巨人とやがて訪れる絶対的な死に心臓を握りしめられる思いだった。

 いつしか人々にも地平の向こう、山の向こうに巨人の姿が見えるようになっていた。青い空の向こうに霞んで見える。地平線の上をこちらに向かって歩いてくる。山の向こうから山よりも大きな姿が迫ってくる。それは、街の5方向に見えた。この都市は包囲されていた。袋の鼠だ。いや、虫かごの中の蟻である。水着姿の子供っぽい巨人たちの体が動くたびにずぅぅ…ん! ずぅぅ…ん! と重々しい音が聞こえ地面がグラグラと震えるのだ。家の窓ガラスがカタカタと音を立て始めた。木々の葉が揺れ始めた。段々とその揺れは立っているのも辛いほど大きくなってきた。今となっては霞も薄くなりその恐ろしく巨大な体が青空にはっきりと浮かび上がっている。地平の上に大地を重々しく踏みつける巨大な足が動いているのが見えた。巨人の一人は山を跨いでやってきた。湖をザブザブわたってきた巨人もいた。人々にとっては自然の雄大な地形も、巨人たちにとっては越えるのになんの支障も無いのだ。山は小さな砂山で、湖はただの水たまりで、荒野はまさにただの地面だ。深い森も巨人の巨大な足にとっては草原のようなもの。下手をすれば苔だ。豊かな森を踏み尽くしぐしゃぐしゃに踏み荒らしながら迫ってくる。都市の外の郊外に小さな家や村がぽつぽつとあったのだが、それらは巨大な足が歩くために地面を踏みつける過程でその下敷きになって視界から消え、足が持ち上がった後もそこには確認できなかった。そして同じく、今尚その巨人たちの包囲を抜けて脱出しようとする車などもその巨大な足の下敷きになって踏みにじられた。

 ズシンズシン! 巨人たちが都市の外輪に到着した。街の5方向どこを見ても、巨大な人間が見下ろしてきている。高いビル群も、巨人の姿を遮ることは出来なかった。街のどこからでも巨人の姿を見上げる事ができていた。この都市最大の建築物でも巨人たちの膝にも及ばず、それはこの都市のどんな高いところから見ても、巨人を見上げなければならないということである。巨大だった。巨大に過ぎた。雲にも届かん巨人たちが、5方から見下ろしていた。しばし巨人たちはお互い顔を見合わせながら雷鳴のような声で話し合っていた。あまりに大きな声は街中の人々を地面にうずくまらせる。5人の巨人が喋っているのだ。街中のガラスが吹き飛んでいた。声の巨大さはもとより、自分たちと違う言語で喋る巨人たちの会話は人々には理解できなかったが、その内容が自分たちにとって絶望にしかならないことは十分に理解できた。

 そうしていると巨人の一人が都市の中に一歩踏み入ってきた。巨大な足の裏がその場にいた人々の上空を埋め尽くした。


  *


 都市は壊滅した。巨人たちがその場に到着してから5分も経たぬ内のことだった。5人もの巨人に攻められては仕方のないことである。都市だった場所は瓦礫すらも残らぬほどしっかりと踏み尽くされ、もうそこに街があったのだと理解できる者はいないだろう。これでこの独裁国家の有する街はすべて消滅し、全人口が踏み尽くされた。この作戦がスタートしてからわずか数十分の内に数千万もの人間が消えてしまったのだ。

「これでもう終わりだよね?」

巨人の一人が、足元の原形をとどめていた小さな家を踏み潰しながら言った。

「うん、多分。あとは生き残りがいないか先生に調べて貰わないと」

 荒廃した大地の上に聳え立つ5人の巨人の態度はなんともお気楽なものだった。たった今、自分たちが世界の総人口の1%近い数の人間を消し去った事などまるで気にしていない。任務を終えて緊張が解けたのだろう。雷鳴のように轟く声でお喋りを始めていた。

 そんな風に気を抜いてしまった巨人たちは、その都市からずっと離れた山の斜面から一機のヘリが飛び立ったことに気づかなかった。都市にあった大統領府の地下にはその山へと続く脱出路があり、政府首脳達はその脱出路を使って都市を脱出していたのだ。そして山の内部に作られた緊急時離脱用の秘密格納庫のヘリを使い空へと脱出を果たした。この山はすでに巨人が通過した場所にあり、巨人たちの意識もこちらには向いていない。ヘリは無事に飛び上がり、搭乗している政府首脳陣は喜び合った。今回の連合軍の作戦が如何に非道なものであったか、大々的に公表するつもりだった。数千万もの罪の無い民の虐殺。更にそれを行ったのがまだ幼い子供であると。人間の巨大化と兵器としての運用。自分たちを非人道的と非難し戦争を仕掛けてきた連合軍の方が遙かに非人道的ではないかということを。そうすれば連合は瞬く間に崩壊し、自分たちこそが正義であったと証明できるだろう。国の重鎮たちは自らの傀儡となる新たな国を作るため、国外へと脱出していった。

 ボッ!

 しかしそれはすぐに防がれた。上昇し行くヘリを、横から巨大な指が叩き落としたのだ。デコピンであった。硬く巨大な爪によるデコピンの直撃を受けたヘリは粉々に砕け散り地表へと落ちて行った。乗っていた人間の生死など確認するまでも無かった。

「やれやれ、あの子たちもまだまだ甘いわね」

 大人の巨人は、バラバラになり煙を噴きながら落ちてゆくヘリの残骸を見ながら呟いた。薄くマニキュアの塗られた爪にいくらかのヘリの残骸がくっついていたが「ふっ」と息を吹き付ければそれらは一瞬で消えてしまった。爪には傷一つついていなかった。

「ま、何はともあれこれで任務終了っと。いつまでも情報をシャットアウトしてはいられないし、あの子たち連れて帰るとしましょ」

 大人の巨人は地響きを立てながら5人のいる首都があった場所に向かって歩き始めた。ヘリが落とされたことで、この国の住民はただの一人を残すことなく殲滅された。目撃してしまった味方も消し、これでもうここで何があったのか知るのは6人の巨人と司令だけである。すべてが、世界から隠匿された。


  *


 数日の後に、連合軍は独裁国家の崩壊を発表した。しかし詳細は公表されず、世界的には多くの疑問を残したままだった。これまでも、連合軍が戦争の終結を発表するもその詳細を明かさずということは多々あった。事実を公表すべきだという意見が民間や軍内部からも出ていた。何人かが処分を覚悟で司令に直接問いただしたことがあった。その時司令は顔を伏せ、一言「女神たちの仕業さ…」と呟いただけだったという。