※よく分からんくなった。



戦争は世界中に飛び火していた。
同盟国の裏切りも起き、すでに連合国軍も解体されバラバラになった。
かつての友好国が今は敵となる。隣国なら尚更だった。
国境には砲弾の雨が降り注ぎ爆風の嵐が巻き起こる。
野原には動物ではなく戦車が駆け回り、空には鳥ではなく戦闘機が飛び回る。
水平線場を埋め尽くす戦艦と空を覆いつくす爆撃機たち。
誰もが恐れ、一部が望んだ世界大戦の幕開けだった。

かつて国連に加盟していた大国は周辺国家の一番の標的となり、四面楚歌の中、無数の小国に攻め込まれ、蝕まれ、蹂躙されていった。
これまで他国を力で圧倒してきた大国が、今は数という名の力に押しつぶされる。
連合を成していた大国はひとつも残っていなかった。

ほとんどの大国が食いつぶされた後は小国同士の戦争が世界中で勃発した。
軍隊と呼ぶにはお粗末な兵力同士が規律も統率も取れていない動きで殺しあう。敵を倒し、敵に倒され、時に敵と間違い味方まで殺しながら。

戦争は泥沼を極めた。
じわじわと減る兵。枯渇してゆく資源。
すべての人間が死ぬかすべての資源が枯渇すれば戦争は終わるだろう。しかしそれは、滅亡の一歩手前まで進むことを意味する。残りの一歩は、何もなくなった地球の上でただその時を待つのみである。

故に人々は力を欲した。
かつて強国、大国が手にしていた『核』のように強大な力を。
滅亡を迎える前に、自分達以外を滅ぼせる力を。
人々はそれを求めた。

そしていつしか人々の耳に入ったのは、かつて連合軍には強大な軍備があったというもの。
国一つを簡単に消し去れる力が存在したというものだった。

人々はそれを求めた。
しかし噂以外に何一つ情報は出てこなかった。
連合軍の中でも最高機密。それを知るのは軍高官の中でも数人だったとか。
すでに連合軍が解体されてしまっている現在、それら人物の居所を知る術はない。

唯一、人々が知る事が出来たのはその強大な力を使用する作戦名だけだった。
その作戦名は…。



 『 Operation: Goddess 』



オーストラリアの一端。
荒野に展開した歩兵軍達によって戦闘が繰り広げられていた。
二ヶ国以上の国の軍が集まっての戦争。敵も味方も分からぬ死の渦巻く空間だった。
無数の銃声、砲撃音、軍歌が泥沼を蹴る音と戦車のキャタピラが地を駆ける音がすべてを支配する。
一瞬の閃光とともに迸る爆炎が周囲の兵士を土くれと一緒に宙に舞い上げる。
黒光りする銃身が花火のように火花を散らすたびに無数の兵士が血飛沫を噴出す。
現在の世界においてはまったく珍しくもない光景が当たり前のように広がっていた。
……先刻までは。


  *


「どういうことだ! なぜ繋がらん!」

狭く薄汚い仮建ての司令室で、その戦場を指揮していた司令官は通信機を投げ捨てた。

「敵の攻撃を受けたのでは…」
「50もの部隊が同時に潰されたとでも言うのか!」

口を出してきた部下に唾と共に言葉をぶつける司令官。
実際に、司令官の言うことは正しかった。
無造作に展開していたとは言え、敵兵力に対して自軍のそれは倍近い値だった。
それが、ものの数分で押し返されるなど考えられなかった。
今や核ほどの強力な兵器を保有している国は少ない。戦っていた敵国は核を持っていなかった。大荒野に展開する万余の兵を一瞬で駆逐するなど不可能な話だった。

「偵察はどうした! 戦場を監視させていただろう!」
「応答ありません! …ただ、通信の途絶える瞬間の情報からしますと、どうやら被害が出ているのはわが軍だけではないようです」
「敵にも被害が出ているというのか!?」
「詳細は分かりませんが、情報だけならそう読み取れます」
「敵の兵器ではないのか…それともまた別の国が参戦してきたか!?」

ドン!
司令官は机を殴りつける。周囲の兵は体を震わせた。

「とにかく偵察を出せ! それから部隊の再編だ! 敵も被害を受けているなら先に立った者が勝つ!」

指示を受け、兵たちが慌てて部屋を出てゆく。
戦場に起きた異常事態。それら不測の事態は、対応が遅れれば即座に自分の死に繋がることを彼らは理解しているのだ。
しかし、逆に慌ててこの司令室に入ってくる兵士もいた。

「し、し、指令! あ、ば、ばば、化け物ッ!! 外ッ! ばッ…!!」
「化け物?」

半恐慌状態の部下の台詞は要領を得なかったが大部隊が一瞬で音信不通となる異常事態を前にすべての異常事態は信ずるに値する情報だった。

司令室という名の仮小屋を飛び出した司令官は自身の視界の中に広がる光景を見て思考が止まりかけた。
本来司令室の前方には山岳地帯が広がりその向こうに例の戦場である荒野が広がっていてその山岳地帯の向こうの空にはいつも黒煙が立ち上っていた。
しかし今はそれらの光景の中に、強烈な違和感を発するものが加えられていた。

「に、人間…!?」

目を見開き一言呟いた司令官の視線の先には、確かに一人の人間が立っていた。
しかしそれは前方に広がる山岳地帯のさらに向こうの出来事。その人間の足元は山岳地帯の向こうに隠れ司令官からは見えない。
だがそれは足元は山岳地帯に隠れているがそれより上は山岳の上にはっきりと見えているということだった。
ありえない事である。現実や常識が崩壊した世界でなければ起こりえない現象だ。距離感が消滅している。脳が理解できない現象だった。
恐ろしく巨大な人間が山岳地帯の向こうに立っている。
目の前で起きている現象を整理するならばそう結論付けられる状況を、司令官は理解することが出来なかった。

その巨人が一歩前に踏み出し、足元の山岳を跨いで通過してくるのを見て、司令官達はようやく金縛りから開放された。
すぐに司令官は部下達に指示を飛ばそうとした。
しかし部下は誰一人として彼の指示には従わず、ただただ呆然と こちらに歩いてくる巨人を見つめているか、悲鳴を上げ逃げ出していた。
同様の思いは司令官にもあった。部下を叱責する暇もなかった。

次の巨人の一歩で大地が大きく揺らぎ司令官達は地面に立っていられなくなった。
転がり這い蹲る司令官と部下達。
司令官は泥まみれになりながらもその雲を衝くほど巨大な人間を見上げ、そしてその刹那にあの噂に出てきた作戦名を思い出していた。

「お、『Operation…Goddess』……」

次の瞬間、司令官と部下達の周囲が薄暗くなり、彼らは、その巨人が踏み下ろした足の下に消え去った。


  *


「ふぅ…、この辺りはこんなもんかしらね」

少女は最後の一歩を踏み出した足をぐりぐりと動かした。
足をどけてみればそこには大きな穴が開いている。そこに、何かが存在した痕跡は何にもない。
つまり、完全に無力化したということである。

「そっちはどう?」

振り返ればたった今 跨いできた山脈の向こうに二人の少女が立っていた。

「…問題ない。すでに完了している…」
「う…ここにもいっぱいいましたね」

一人は淡々と、一人は申し訳なさそうな表情をしながら周囲の地面を見渡していた。


  3人は巨人だった。
  その身長は1600mほどはあるだろう。
  周囲の、あらゆる存在から抜きん出た巨大さだった。


一人目の巨人が跨いだ山脈はそれぞれの尾根が200~300mの標高のあるレッキとした山である。
しかし彼女達から見れば20~30cm程度の砂山でしかなく、跨いで通るのに何の問題もない。

「こんなの大した数じゃないでしょ。合衆国を潰したときはもっとウジャウジャいたじゃない」

一人目の少女は再び山脈を跨いで二人の少女の下に歩いていった。
その時、尾根の一つが彼女の足によって踏み潰されたが彼女は気にしたそぶりも見せなかった。


  一人目の少女は肩ほどまで届く黒髪だった。彼女の軽快な動きに合わせてふわりと翻っている。
  二人目の、周囲を感情のない無表情な瞳で一瞥した少女はアルビノの長髪だった。その視線同様、色の無い髪は戦場に立ちながらまるで無関心にただサラサラと靡いている。
  三人目の少女は茶色の短髪だった。ただ左右の髪が小さなリボンで結ってポイントにされている。それが、少女の些細な動きにも過敏に反応しピコピコと動く。


「そ、それはそうですけど…」
「…そう、規模など大した意味を持たない…。所詮は有象無象に過ぎない…」

いいながらアルビノの少女は足元に転がっていたすでに半壊している戦車の上に足を踏み下ろした。
足を持ち上げてみれば、全長240mの足跡の中に、潰れた戦車が埋まっていた。


  3人は水着だった。
  黒髪の少女はその髪の色と同じ黒いビキニを。
  アルビノの少女もビキニ。しかし色は藍色で黒髪の少女のそれに比べると布の面積がやや広い。
  茶髪の少女は薄いピンク色のレオタードにスカートの付いたものだった。


「じゃ、ここの戦場も終わりね。次の場所に行きましょ」

そう言って黒髪の少女が歩き出すと二人の少女もその後を追って歩き出した。
ズシンズシン!! 六つの240m足が次々と地面に踏み下ろされた。


  *


連合軍が解体されたとき、『Operation: Goddess』の実態とそのすべてはある国に回収された。
作戦の立案者と指導者がその国の出身だったからである。
連合の解体のドサクサに紛れ、すべてを持ち帰ったのだ。
内乱状態にあった連合にそれを察知する術は無く、また仮に察知し食い止めたとしても、それを入手し使用することは出来なかっただろう。
連合の作戦とは言え、元々『Operation: Goddess』はその国の単独主導で進められていたオペレーションである。作戦内容こそ知れど、実際に如何なるシステムでその作戦が動いているのか、連合の各国は理解できていなかった。

そして連合が解体され、世界最大の戦力が崩壊した直後、強者という抑止を失った小国たちは一斉に戦争の火蓋を切った。
例の『Operation: Goddess』を所持する国も同じである。


『Operation: Goddess』。つまり『巨人』による敵対勢力の駆逐。
人間を1000倍の大きさにまで巨大化させ無敵の兵士として運用する作戦である。
1000倍という途方も無い大きさに巨大化した人間は最早人知の及ぶ存在ではなくなる。あらゆる兵器、あらゆる軍隊をたった一人で蹂躙できる兵士を生み出すことができる。
もちろん、本来は簡単に実行できる作戦ではなかった。
人間の改造とも言える作戦の実態。そして運用されればあらゆる軍隊を駆逐できる無敵の兵士を投入できるということは、逆に言えば敵を強大に過ぎる力で一方的に蹂躙するということである。
大量虐殺。その事実が確実に付いて来る。
故に作戦は慎重に慎重を重ね、最後の手段として行使された。
他に打つ手の無い場合。そして運用する際はそれを悟られないようその作戦を知ったあらゆる人間を抹消すること。
敵兵の一人も残してはならない。
事実を知った味方の兵も残してはならない。
そして、その作戦で軍隊がやられたことを知るその国の国民も残してはならない。
ありとあらゆる場面で完全に隠蔽されなければならない非人道的な作戦だった。

しかし状況は変わった。
国連は崩壊。
自国以外はすべて敵。
味方のいなくなった世界に、最早非難を気にしなければならない他国もいない。
制約は取り払われた。
『Operation: Goddess』はその国の正式な軍事力として公に投入された。

以降、世界中のあらゆる戦場が一変した。
次々と戦場に投入される巨人達。いずれの国の軍隊を以ってしても止めることの出来ない巨人達によって次々と制圧されていく国々。
それまで小国同士が争っていた戦場が1時間もしないうちに制圧される。
無敵と謳われ進撃していた某国の軍隊が次の日には国ごと消滅している。
西も、東も、あらゆる強国も巨人達の前には無力だった。
作戦が始動してより僅か数日で数十の国が巨人達に蹂躙され消え去っていた。


圧倒的な力を誇る巨人を兵とするその国を前に、それまで争っていたいくつかの国々がこの大戦争の中に同盟を結ぶこともあった。
彼らは巨人を倒すことが出来ないと見るや、その国の本国を直接攻撃した。

しかし、その作戦は失敗に終わった。

爆弾を搭載した戦闘機で本国に向かったパイロット達は、その本国国土を取り囲むように立つ無数の巨人達を見た。
雲を衝くような巨人が、視界内に何十人何百人と立ち本国周辺を警戒し警護していたのだ。
恐怖、という感情すら浮かんでこなかった。
たった一人で国すら相手取ることのできる巨人が、何百と居て国の周りを巡回している。
あまりにも想像を超えた光景だった。
巨大な足で海面をザブザブと波立てながら、時に顔の周囲を浮かぶ低空の雲を手で払いのけ、きょろきょろと周囲を見回している少女達。
全員がかわいかったり質素だったり魅惑的だったりする水着を身に着けていた。発育のよい子はその山のように巨大な乳房の間に深い谷間まで形成していた。
真面目に周囲を警戒する巨人。警戒など必要ないと周囲の巨人達とぺちゃくちゃおしゃべりをする巨人。水を掛け合って遊ぶ巨人達もいた。
言ってしまえば浜辺の波打ち際ならよくある光景だろう。
しかし今、それが列島を囲う海洋上での出来事で、しかもそれらを行っている少女達の一人一人が山のように巨大な人間となれば恐ろしく異様な光景であった。
海洋上に、そんな巨人が数百といる。それは、それだけでパイロット達の戦意を挫くには十分すぎる情報だった。
戦闘機達は慌てて反転した。
あの無数の巨人達の作る包囲壁はたかが数個の国が集まってどうこう出来るようなものではなかった。むしろあれを突破するよりも世界中の他のすべての国を敵に回すほうがはるかに楽であろう。実際にあの国はすべての国を敵に回している。それが可能だからだ。
戦闘機達は一目散に撤退していった。
それはこの情報を自国に持ち帰る為と、信じられないほどの恐怖に駆られ今すぐにこの場から逃げ出したかったからである。

だが反転した戦闘機たちの前に突如肌色の壁が現れた。
巨人の掌である。
巡回する数百の巨人を前にした衝撃で、半ば呆然としていたパイロット達は機体を巨人の手の届く高度にまで落としてしまっていたのだ。
前方からぐわっと広げられた手が撤退しつつあった戦闘機達に正面から襲い掛かった。
大半の戦闘機が手になぎ払われ一瞬で砕け散ってしまった。
生き残った戦闘機達は慌てて高度を上昇させる。
巨人の手の届かないところまで上るために。
その間も戦闘機を見つけた巨人の一人の手がぶんぶんと戦闘機達を追い立てる。巨人の仕草はまるでハエか蚊を叩き落すかのようなそれだったが、実際に戦闘機達はその全長百数十mにもなる巨大な手が暴れまわる中で次々と叩き落とされていった。
巨大な手が、指が、大気を轟々かき混ぜながら振り回される。巨大な指と指の間を辛くも通り抜けた戦闘機はその凄まじい空気の渦に巻かれコントロールを失い海に落下してしまった。

なんとか数機がその巨人の手を逃れ上空に上がることが出来た。
振り返れば巨人が海上で手を振り回しながら文句を言っているのが見える。
飛び跳ねながら手を動かしその手に雲を掴み握りつぶしていた。
恐ろしい光景である。
航空機とは、陸戦兵器にとって天敵とも言える存在であったが、その戦闘機が、たった今 生身の人間によって虫けらのように叩き落とされたのだ。
勝負になるならぬの話ではなかった。
高度を上げ距離をとる中、そんな巨人の姿も、漂う雲間に見えなくなって、パイロット達は心底安堵した。

命からがら帰還を果たしたパイロット達が見たのは、彼らの帰る場所である空母をおもちゃにして遊ぶ二人の巨人の姿だった。


  *


「合衆国はほぼ壊滅状態。オーストラリア方面も順調に制圧中。アジアは広いので更に50人ほど増援を送る予定です」

薄暗い作戦司令室。
中央の円卓の上に置かれた世界地図は机から発せられる光で書き込まれた文字や地図がはっきりと映し出されている。
その世界地図の上に身を乗り出す女性は細く美しい指で地図のいたるところを差しその地域の戦況を説明した。
薄い赤色に彩られた爪が円卓の光を受けて光沢を放つ。

「まぁ、それでも多少の『踏み残し』は出てしまうと思いますが、見られてはいけないという制約も無くなった今、大した問題ではないでしょう。最終的にはちゃんと始末しますので。……いかがですか?」

そこで女性は指を止め、その円卓を一段高いところから見下ろす軍司令官を見上げにっこりと微笑んだ。
司令はその笑顔から視線をそらすように俯き、帽子を深くかぶった。

「…現在までに降伏、もしくは停戦を申し出てきている国は?」
「1時間前までの時点で87の国が降伏を申し出てきています。ですがその内13の国はこの1時間のうちに制圧しました」
「……」

司令は深くかぶった帽子を更に深くかぶりなおした。

「…中止することは出来ないのか?」
「残念ですが、すでに戦争は後戻りの出来ぬところまで来ています。我が国もすでに多数の国を制圧しており、もしもここで作戦を中止すればそれらの国は報復に出るでしょう。先ほど某国が我が国に向けて核ミサイルが発射したとの情報も入りました。それはその国の制圧に当たっていた子がしっかりと破壊してくれたので大事には至りませんでしたが、他の国々もこちらの作戦に対抗して本国や前線拠点を討つための様々な手段を講じてきています。最早我が国を、そして国民を守るためには敵国を徹底的に叩くしかないのです」

女性の言葉を受けても司令は動かなかった。

「………私は…地獄に落ちるべきだな…」
「ふふ、何をおっしゃいますか『先生』。あなたは国を救った英雄ですよ」

くすっと笑った女性はハイヒールをコツコツと鳴らしながら司令の座る一段高い場所へと上る。

「すぐにあの子達、『女神』達が世界中の国々を消してくれます。そうすれば国々が覇権を奪い合うこともなくなるし、増えすぎた人間を減らすことで食糧難、土地難、環境破壊、そして愚かな民族闘争もなくなるでしょう。世界は、ようやく平和になります。『女神』達による救済なのです」

女性が横に立ったことで、司令はゆっくりと顔を上げ女性の顔を見上げた。

「これこそが、本当の『 Operation: Goddess 』ですよ」

そこには今も、昔も、そしてこれからも変わることの無いであろう笑顔があった。