※【バカ】【破壊】  (アイドルという言葉を使いたかっただけ



 『 大型アイドル 』



『えへへ~。見てくださいプロデューサーさん!』
「なにやってんだ…」

俺は呆れた顔で空を仰いだ。
そこには今俺が担当する新人アイドルの少女が立っているのだが…。

『前にプロデューサーさん、『世界を股にかけるデカいアイドルになれ!』って言いましたよね? だからなってみました!!』
「…」

大きな胸がぐいと張られ余計に大きく見える。
運動系元気っ娘で売り出している彼女の今の恰好は明るい色のタンクトップにデニムのショートパンツ。
子どもっぽいところもあるが根はしっかりしておりちゃんと自分を持っている。
まぁちょっと的外れでドジだが、それら愛嬌がある方が人も感情移入しやすい。
頑張ればアイドルとしてその地位を十分に確立し、世間の注目を一身に集める存在になるだろう。

そして今まさにその注目を集めていた。
世間どころか、世界中の注目をだ。

『これで私も世界アイドルですね!』

ヒラヒラと手を振ってくる少女を、俺はため息をつきながら見上げた。


少女は現在、身長1万6千kmという地球よりも巨大な大きさになって地球の上に立っていた。
地球の直径が約1万3kmとして地球よりも地球の上に立っている少女の方がバランスを持っていく。ちなみに少女から見る地球は1m30cm。だいたい肩くらいの高さだろうか。
右足をユーラシア大陸の上に、左足を太平洋に下している。
日本を足の間に挟んで立ち、そこから足元の日本を見下ろして手を振っているのだ。
サンダルを履いた少女の足は全長2400kmと、全長約3000kmの日本と比べてもほとんど変わらない。
ユーラシア大陸の上に置かれた右足は山も大地もゴリゴリ削りながら地面を踏みしめている。
高高度を浮かぶ雲ですら少女の履くサンダルの厚みすらも越えられない。
サンダルの先に覗く少女の足指も、そのユーラシア大陸に住む人々にとってはもう成層圏の外くらいに彼方のものなのだ。
同じように左足も太平洋のど真ん中に下されているのだが、海はサンダルの底を濡らす程度の深さしかなく、足はちっとも海水に濡れていなかった。

『それにしてもー…地球って結構小っちゃいんですね』

おでこに手を当て足元の地球を見渡す少女。
少女からは地球のほぼ半分を見渡す事が出来た。
というよりもそれらはすべて足元だった。
残りの半球は影になってしまって見えない。
そして少女はそんな地球の事よりも、目の前に広がる大宇宙の美しさに目を輝かせていた。


『プロデューサーさん! 宇宙ってすっごい綺麗ですよ! プロデューサーさんにも見せてあげますね!』

そう言った少女は日本の上にしゃがみこみ手を伸ばしてきた。
小惑星サイズの巨大な尻が降下してきたかと思うと今度は隕石の様な勢いで巨大な指先が近づいてきた。
俺がギクリと体を震わせている間には、視界が肌色に染まっていった。少女の指先に視界が埋め尽くされたのだ。
少女の指は今や100kmを超える太さだ。東京都を、指先だけで覆ってしまえる大きさである。
少女は笑顔のまま足元の日本に指を伸ばすとその親指と人差し指の指先の間に俺を器用に摘まみ上げた。
直径100kmを超える超巨大な親指と人差し指の間に挟まれる俺。
ちなみに俺を摘まむために伸ばされた指が触れたせいで俺の前後には直径100kmほどの大穴が残された。
俺はあっという間に数千km地点にまで持ち上げられていた。少女は俺を人差し指の腹の上にのせている。
俺からは巨大な肌色の大地の上だ。直径100kmもあれば転がり落ちる心配など無い。世界が肌色の大地と地平線、そして宇宙に分けられた。少女の指先は地平線が出来るほどに巨大で、その一方は惑星サイズの巨大な顔の笑顔が占領していた。

『えへへ。どうですか? 綺麗ですよね~』

真空状態でも聞こえてくる惑星サイズの少女の声。
確かに宇宙は綺麗だ。大気などに遮られないから本物の宇宙が見える。

突如指が動き出した。
同時に、景色こそ変わらないが、超高速で移動しているのが感じられた。
しゃがんでいる事に疲れたのか少女が立ち上がろうとしているのだ。
しゃがむために折り曲げていた脚を伸ばし、俺を乗せた手などを頭の上に向かって思い切り伸ばし体全体で「うーん!」と伸びをしている。
一瞬にして俺は地球から地球の直径以上の距離を離されてしまった。
この巨大な指先の上からではもともとだが、もう地球の姿を見る事も出来ない。
地球は遥か彼方に行ってしまった。それでも少女にとっては背伸びした程度の距離なのだが。
伸びをすることであの小惑星サイズの胸もグイと大きく突き出され宇宙に自身の存在をアピールしている。
不意に、俺を乗せた指全体が、不安感に襲われる動き方をした。

『ふぇ!? うわぁ!』

直後、少女の短い悲鳴が聞こえそれが異常事態だと確信する。
結論から言えば急に立ち上がった少女がバランスを崩したのだ。
元来のドジッ娘属性の本領発揮か、なんでも無い事で転びだす。

『うわっ! あっ! あーーー!!』

崩れたバランスをなんとか修正しようとした少女だがそれは叶わず、少女は後方に転び尻餅を着いてしまった。

  ズドォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!

落下した尻はそこにあった北極を押し潰し、更にその凄まじい体重の落下は地球全土に壊滅的な衝撃を与えた。
まず尻が落下した瞬間、その衝撃で地上の全人類が消し飛んだ。
次に大陸が崩壊し跳ね除けられた海の水が宇宙に飛び出した。
地球を一周するような凄まじい亀裂が入り、ある大陸を真っ二つにする。
大地を覆っていた緑色が赤茶色く染まってゆく様を、俺は少女の指の上からただ呆然と見下ろしていた。


  *


『えへへ…やっちゃいました』

地球の上にペタンと女の子座りした少女は舌をペロッと出して指先に乗せた俺に謝った。
俺は唖然としながらも遥か下の地球を見下ろした。
かつての青い星など面影は無く、今は荒廃し茶色く染まりつつあった。
少女のあの凄まじい尻餅の衝撃を受けて人類が生きていられるとも思えない。
人類は俺と少女だけになってしまった。

『うーん、これじゃもう世界を股に掛けるアイドルは無理ですね~』

たった今全人類を滅亡させた少女は荒廃した地表を見下ろしながら呑気にそう言った。
そして俺に向き直ると小惑星サイズの拳をぎゅっと握って見せる。

『でもまだ諦めませんよ! 世界がダメなら宇宙があるんです! 次は宇宙を股に掛けるアイドルを目指せばいいんですよ!』

自身満々といった顔で言う少女は地球の上に立ちあがった。
逞しい両脚が少女の体を支え上げる。

『プロデューサーさん、これからもよろしくお願いしますね。私、プロデューサーさんとならどこまででもいけます。きっと宇宙一のアイドルになって見せますよ!』

少女は笑顔で力強く言い切るとドン!と地球を蹴って宇宙に飛び上がった。
すでに崩壊しかけていた地球は少女が蹴った時の衝撃でぐしゃりと潰れ粉々になってしまった。
そんな地球の事など見もせずに、少女は宇宙の彼方へと消えて行った。