『 鳳家の妹達 』



休日。
我が家。
長男である俺・タカヒトはリビングにてソファに腰掛けテレビを見ていたのだが、突如首根っこを掴まれぐわっと持ち上げられた。

「ほらお兄ちゃん、掃除の邪魔だよ」

目の前には妹のツバメの顔。
しっかり者で我が家の家事を一手に引き受けている出来た奴である。
半袖の白いブラウスの胸元は大きく盛り上がり、赤いチェックのミニスカートからは靴下もはかないむっちり生脚が飛び出している。
…問題は、俺は襟を掴まれてツバメと目の合う高さにブランとぶら下げられているので、足が床に全く着いていないということだ。
床は俺の足よりも、更に1m以上も下にある。ちょっと怖い高さだ。

「あ、あぁ、すまん…」

俺は僅かに顔を強張らせながら言った。
ツバメは「もう」と口をとがらせながらも申し訳なさそうな表情になる。

「すぐに終わらせちゃうからそれまで自分の部屋にでも行ってて」

言いながらツバメは俺を床に降ろした。
床に降ろされた俺の目の前にはツバメのミニスカートの裾がある。つまりは腰よりも低い位置。見上げれば盛り上がったブラウスの胸元の向こうから見下ろしてくるツバメの顔が見えた。
ツバメの身長は320cm。俺の172cmの倍近い値だ。
今、まさに目の前にツバメのミニスカートがあり、そこから地面まで伸びる健康的な脚が床にまで伸び俺と同じ床に立っている。俺の身長はツバメの脚の長さほどでしかない。
目の前に聳え立つ妹の迫力に圧され、俺はいそいそとリビングをあとにしたのだった。

家の中の物は全て妹たちの大きさに合わせて作られている。何もかもが2倍の大きさなのだ。廊下は俺が横に寝られるくらい広いし、天井はジャンプしたって届かない。というか天井の高さは5m近いのでそんなん届くわけが無かった。

廊下に出た俺は2階にある自分の部屋に向かうため階段に来たのだが、ここは俺にとって最大の難所なのだ。
実際、なんの変哲もないただの階段だ。しかし妹たちの規格に合わせて作られているそれは一段の高さが40cmを超えている。これは俺の膝の高さに匹敵する高さだ。階段を一段抜かしで登り続けなければならないようなものである。我が家の階段が恨めしかった。
そうやって意を決して階段を上ろうとしていた時だった。

「アニキ、いつまでも突っ立ってないでよ」

後ろから(正確には上から)声がかかった。
振り返り見上げればそこにはチドリの顔。
長いツインテールが印象的。成績優秀で学年ではトップ3に入る優等生。
そしてミニスカートから伸びる長い脚にはかれた太ももまで届くニーソックスは俺の首の高さまで届いていた。
身長は322cmとツバメより僅かに高いが、俺からすれば二人とも途方も無い大巨人である。
そんなチドリが腰に手を当てて俺を見下ろしながら言う。

「上らないならどいてくれる? 邪魔なんだけど」

チドリのややイライラした様子にたじろぎ俺は道を譲った。
するとチドリは「ふん!」と鼻を鳴らして階段を上っていった。黒いニーソックスに包まれた足で階段を上るたびにズシンズシンと重々しい音が聞こえたが、これを口にすると酷い目に遭うのでやめておく。

なんとか階段を上りきって僅かに切れた息を整える俺。
階段を上り切った先には廊下があり、右手にはトイレ、左には廊下が伸び、その廊下に面していくつもの扉がある。それらの扉の一番奥、廊下の突き当たりにあるのが俺の部屋だった。
俺は自分の部屋に向かって歩き始める。
途中、いくつもの扉の前を通過するが扉は4mほどの高さがあり目の前に立つと壁の様な威圧感に襲われる。
ドアノブは俺の頭よりも高い位置にあり、ノブを捻って扉を開けるのも一苦労である。
そんな風にドアの一つを見上げていた時だった。

 ガチャ  ドゴン!

「あだッ!」

突然そのドアが開き、前に立っていた俺は開いたドアに激突して吹っ飛ばされる。
まるでタックルを食らったかのような凄い衝撃に俺の体は数mほど吹っ飛んで廊下を滑っていった。
目の前が真っ白になった。お星さまが見える。

「はぅ! あ、あんちゃん大丈夫!?」

空に上りかけていた俺の魂を地上に戻したのは、開いた扉から出てきたスズメの声だった。
ショートカットヘアーで頭の上の大きなリボンが特徴。白いワンピースがよく似合う。ドジッ娘。兄妹の中では年下の方でまだいろいろと幼く本人もそれを気にしていて、早く体を成長させようと日々牛乳を欠かさぬ涙ぐましい努力を続けている。
他の妹に比べて身長が低い…というが、それでも296cm、俺からすれば他の妹たちと同じく見上げる存在である。
そんなスズメは廊下に倒れこむ俺を認め、涙目になりながらその足首くらいまでの白い靴下をはいた足でドスドスと小走りになって俺に駆け寄ってきた。

「ごめんね…! ごめんねあんちゃん!」
「だ…、大丈ブッ!?」

ピクピクと体を悶えさせながらなんとか起き上がろうとした瞬間 倒れた俺の横にあったドアが開き中から出てきた何かが俺の体を踏みつけた。

「なになに!? なんかトラブルの気配!?」

瞳をキラキラ輝かせて出てきたのはスズメと同い年の妹・ヒバリ。
トラブルメーカー。そしてトラブルを嗅ぎつける能力に優れ、首を突っ込んで更に大事にする天才である。
髪形は、日本のチャイナ娘に対するイメージの強いシニヨン(お団子)が二つ。それに白いカバーをつけている。(前にヒバリにその名称を訪ねたとき「ドアノブのカバー」と答えられて以来、俺はコイツにものを尋ねるのをやめた)
流石に服までは中国ではなく、Tシャツ短パンとラフな格好。
身長は低めの298cm。

そして何より、今こいつの何もはいていない足は俺の顔を踏みつけている。

「お? おにい、そんなところに寝転がって何やってんの? 新しい性癖に目覚めた?」

俺の顔面を真上から踏みつける足をどけぬままに言うヒバリ。俺の顔はヒバリの足の下敷きになり完全に押さえ込まれていた。長さ44cmにもなる大きな素足の裏が俺の顔をぴったりと踏みつける。

「んん! んーんん んっんん んんんんんんー!!」(バカ! いーから とっとと 足をどけろー!!)

口も塞がれて満足に喋る事も出来ない。くぐもった抗議の声だけが僅かに漏れる。
すると、

「あははは! おにい、そのまま喋るとくすぐったいよ」

ヒバリはくすぐったさに足をもじもじと動かしたが、それは俺の顔を踏みにじる行為に他ならない。
汗でややべたついた足の裏が俺の顔の皮をぐりぐりと突っ張らせる。
つーか息できないんだけど。
俺は俺の顔を踏みつけるヒバリの足を掴んでどかそうとしたが叶わず、ただそこで息苦しさにバタバタと暴れることしかできなかった。

「あぁ! ヒバリちゃん! あんちゃんが死んじゃうよ!」

横からスズメが手を伸ばしヒバリの足をどけてくれたおかげで俺は再び空気を吸う事が出来た。空気うめぇー。

「げほっ! げほっ! 死ぬかと思った…」
「あんちゃん大丈夫…?」

俺の体を起こしながらスズメが声を掛けてくる。
そして横に聳え立つヒバリはぽりぽりと頭を掻いた。

「いったい何のプレイかと思ったよ。結局なに? 廊下が冷たくて気持ちいいって話?」
「違う! つーかお前さっさと足どけろよ!」
「いやーなんて言うか、おにいを踏みつけてる優越感が気持ちよくて、ゾクゾク来るんだよね~。も一回やってもいい?」

言いながらヒバリは片足を持ち上げ俺の顔の前に掲げた。長さ44cm幅16cmの素足。44cmとは俺の手の中指の先から肘までの長さほどだ。ちなみに今使ってるテンキーの付いたキーボードの幅も約44cmである。

「だ、ダメだダメだ!」

俺はヒバリのいる方とは逆に向かって跳ね起き、そこにあったドアを開けて部屋に飛び込んだ。

バタンと閉まるドアを背にふぅ…と息を吐く俺。

「まったくヒバリの奴め…」

妹に悪態をつきながら心を落ち着かせ、改めて部屋の中を見る。咄嗟に飛び込んだので誰の部屋か考えなかった。ここは誰の部屋だったか。
置かれている家具は女の子らしさが見られる。かなりファンシー。ぬいぐるみも数が多い。俺的にかなり大きなぬいぐるみもあるが、この部屋の中に置かれているととても小さく見える。
この手の部屋は確かスズメともうひとり…。

「……ッ!」

不意に背後に気配が湧いた。後ろはドアだったはずなのに。
慌てて前に飛びのいて後ろを振り返るとそこには少女が佇んでいた。

「か、カラス…!」

俺は目の前に立つ妹の姿を見上げた。
黒いショートヘアー。長い前髪に瞳が隠れやすく、元来の無表情と相まって感情を読みにくい。無口。白いワイシャツに丈の短いスカート。足には黒いストッキングをはいている。
特技・気配が消せる。まるで影のように誰にも気づかれず行動できる。正直、夜に出会うと心臓に悪い。
身長は312cm。この大きな体で存在を消せるのだから凄いものだ。

で、そのカラスは俺の前に立ったままじっと俺の事を見下ろしている。その無表情と前髪に僅かに隠れる瞳に感情を覗くことはできないが、きっと怒っているのだろう。そりゃ兄とはいえ男が勝手に自分の部屋に入ったら腹も立つ。だが一応弁解しておかねば。

「ち、違うんだ! これには訳が…」

と、俺が口を開くと同時にカラスはしゃがみこみ、俺に向かって両手を伸ばしてきた。
ギクッ! 体が震えた。
はっきり言って俺は力では妹の誰にもかなわない。もしもケンカで手が出ることになろうものなら一方的にボコボコにされてしまう。これからまさにそうなるのだろうが…。
後ずさることもできない。俺は伸ばされるカラスの手から顔を反らし目を閉じた。

 ひょい

「?」

持ち上げられた。目を開けてみるとカラスの手は俺の両脇の下に差し入れられ、俺の体は持ち上げられていた。
俺を持ち上げたまま立ち上がったカラスは、そのまま自分のベッドまで歩くと腰をおろし、俺を膝の上に乗せた。
俺はベッドに座ったカラスの太ももの上に座っている状態だが、俺の頭は後ろからそっと抱きしめてくるカラスのその顎にも及ばない。カラスはまるで枕かぬいぐるみを抱いているような格好だ。

「お、おい…?」

抱きしめられても圧迫感は無いが、そこが妹の膝の上だと思うと気恥ずかしくてたまらない。背中に押し付けられるふくらみも気になるし…。

「…」

何も喋らず、息遣いだけが聞こえる。
他の人間にはわからないだろうが、兄の俺には分かる。今、こいつは笑っている。表情と呼ぶにはあまりに儚いものだが、俺たち兄妹にははっきりと感じ取れる。

と言ってもこの状況がこっ恥ずかしいことに変わりは無いが。

「…放してくれないか?」

俺を後ろから抱きしめるカラスの腕は俺の太ももほどに太い。力尽くで動かすのは難しい。カラスは俺の頭に口を押し付けもふもふしている。きっとこんな顔をしているのだろう→ (*´-`*)
できるかどうかは別にして、無理矢理放させるのもなんか気が咎める。放してくれるのを待つしかないか…。
はぁ…俺はため息をついた。

その時である。

「うふふふ、見ちゃいましたよ~」

ギクッ! として周りを見れば、ドアの隙間からこちらを見ている顔があるのに気付いた。その顔の主はドアを開けるとニコニコ笑みを浮かべながら部屋に入ってきた。

「お兄さんを独り占めなんて大胆ですね~カラスちゃん」

俺たちの前にズシンズシンと歩いてくる長女・カモメ。
ふんわりとしたロングヘアー。柔和な笑みにはすべてを包み込む母性を感じさせる。妹たちの面倒見もいいお姉さんである。
身長も妹の中でトップの330cm。もともと規格外の体躯に加えて、規格外のダイナマイトボディの持ち主。特に胸囲は196cmと俺の身長よりもデカい。

カモメは大きな体でしゃがみこんでベッドに座る俺たちに目線を合わせてきた。

「お兄さんもまんざらじゃなさそうですねー。もしかしてお兄さんの本命はカラスちゃん?」
「な、何言ってるんだお前は!」

カラスの腕に抱かれたままバタバタ抗議する俺。俺を抱くカラスが僅かに頬を染めた気がしたが気のせいにしておこう。

「うーむ…6人の妹の中からなんでカラスちゃんを選んだのでしょう。いったい何がお兄さんの心を射止めたのか、それを是非詳しく伺いたいです」
「違うって言ってるだろ! これは、俺がカラスの部屋に飛び込んだらカラスが俺を持ち上げて勝手にだな…」
「な、なんと! 夜這いならぬ昼這い!? 大胆だったのはカラスちゃんではなくお兄さんだったんですね」
「だから違うっての!!」

俺が必死に抗議する前でカモメはくすくすと笑っている。からかわれてるなー…。兄の威厳なんてどこにもない。もっとも、妹たちはみな俺をはるか下に見下ろせるのだから威厳も何もあったものではないが。

「まったく……ん? そう言えばお前はなんでカラスの部屋に来たんだ?」
「あ、そうでした」

ポンと手を叩くような仕草。

「アイスを買ってきたのでみんなで食べようと思って声を掛けてたんですよ。それでカラスちゃんにも声を掛けようと思ったらドアの隙間からカラスちゃんとお兄さんの姿が見えてですね…」
「覗き見してたと」

俺がジト目で睨むとカモメはニッコリ笑った。

「いいえ~。仲睦まじい兄と妹の大切な時間を邪魔してはいけないと思ってこっそり観察していたのです」
「おなじだろ! …まぁいいや。みんなで…ってことはもう下の掃除は終わったのか」
「はい。今はツバメちゃんがテーブルをセットしてくれてますよ」
「そうか。じゃあ俺たちも行こうか」

と、カラスを振り返るとカラスは微かにコクンと頷いて了承し、抱いていた腕を解いてくれた。
俺はカラスの太ももから床へと飛び降りたが、床の上に立っても、床に膝を着いて座っているカモメとベッドに腰掛けているカラスより目線が下である。

「それでは行きましょう」

と立ち上がったカモメとカラスに挟まれながら俺は部屋を出る。妹たちと一緒に歩くと床がグラグラ揺れるので若干歩きにくかったりする。

そんなこんなで階段まで来たのだが、下りの階段は上り以上に恐ろしい壁(崖)となって俺の前に立ちふさがる。一段40cmをそろりそろりと降りてゆかねばならないのだ。急なのはもちろん、2階から1階までの高さは6mほどで、もしもこの1段40cmの階段を転げ落ちようものなら転落死の可能性さえ出て来る。…すでにそのぎりぎりを経験済みだった。そういうこともあって下り階段は俺にとってのトラウマだ。

そうやって階段の前で二の足を踏んでいた俺だが、突如としてふわりと体が持ち上がった。カモメに持ち上げられたのだ。

「ふふ。お兄さん、階段を下りるときは私たちに言ってください、っていつも言ってるじゃないですか」

子どもを抱えるように俺を抱えるカモメ。それもそう、妹たちは世間一般の2倍の大きさなので、そんな妹たちから見る俺は自分たちの感覚の半分の大きさなのだ。172cmの俺は86cmの感覚となり、これはなんと2~3歳児の子供の値なのである。もちろん頭身は違うが抱き上げる際の身長に変わりは無く、俺の体は見事に抱き上げられてしまっていた。抱えるように抱かれた俺はその大きく盛り上がった服の膨らみに押し付けられるような格好になる。一個がスイカのように大きなカモメの胸だ。目の前で見る威圧感は凄まじく、そしてそれ以上に妹に抱き上げられている恥ずかしさが凄い。だが俺が抗議しようと暴れようと、かもめは微笑みながら俺を見下ろすばかりだ。

「まるで小さな子供みたいですよ。いつかこんなかわいい子供がほしいですね」

言いながらカモメが俺の顔に頬ずりをしてきた。俺よりも一回りか二回りも大きな顔だ。それは体躯の大きさに従ってしっかりと等倍に大きくなっている。頭身はそのままに体の大きさが2倍なのだ。そのカモメの後ろでは、カラスが無表情ながら羨ましそうにカモメを見つめていた。

そうやってカモメに抱きかかえられたまま階段を下りた俺だが階段を下りた後も床に降ろされずそのままリビングへと連れて行かれた。

「おまたせしました」

カモメの声にそこにいたみんなが振り返る。もうすでに他の妹たちは集まっていたようだ。そして席に着いて俺たちの到着を待っていたスズメと到着を待ちきれずアイスに手を出していたヒバリが、俺たちの姿を認めるとガタッと反応し走り寄ってきた。

「あー! カモメ姉! なに羨ましいことやってんの!?」
「スズメもスズメも! あんちゃん抱っこする!」

正直言ってカモメに抱かれているというこの動けない状態のときに妹たちに駆け寄られると恐怖を覚える。牛や馬が突進してくるような威圧感だ。自転車やバイクでも可。そうして怯えた俺が半ば反射的にカモメの大きな胸に抱きついたのを見てツバメとチドリが冷めた目で俺を見る。

「お兄ちゃんのエッチ…」
「ヘンタイアニキ」
「ちが…っ! これは…!」

カモメの腕の中から二人に抗議しようとする俺を横に、俺を目の前で見ていたスズメとヒバリが自分の胸を見下ろしていた。

「むぅ~…やっぱりおにいはおっきい方が好みなのか…」
「スズメももっと大きくならないかな…」

そしてカラスは、気づけばすでに自分の椅子に座り、残りのみんなが椅子に座るのを影のようにじっと待っていた。


  *
  *
  *


これが我が家、鳳(おおとり)家の日常である。俺の妹たちは何故か常人の2倍の体躯を誇り、その妹たちに合わせて作られたこの家はすべてが2倍の大きさだった。それらに囲まれて生活していると、普通であるはずの俺の方が縮んだような感覚に陥る。こんなデカい妹たちを生んだ両親は現在仕事の都合で海外に赴任しており、今この家には俺とこの6人の妹だけが暮らしている。
内訳は
 俺こと長男・タカヒト
 長女・カモメ 特徴:ロングヘアーにぱっつんぱっつんボディ
 次女・ツバメ 特徴:セミロングヘアーのしっかり者
 三女・チドリ 特徴:ツインテールの優等生 ツン
 四女・カラス 特徴:黒髪ショート 無口
 五女・ヒバリ 特徴:お団子ショート トラブルメーカー
 六女・スズメ 特徴:リボンショート ドジッ娘
となる
生年月日的にはこう並ぶが、俺と長女のカモメは年子で同い年、次女のツバメと三女のチドリも同じで、五女のヒバリと六女のスズメは双子だったりする。ウチの親もよくもまぁ頑張ったものだ。おかげで今俺はその6人の妹たちに振り回されながら生活しているわけだが。

今は皆でテーブルを囲んで椅子に座っている。カモメの買って来てくれたアイスをどれを選ぶかでわいわいと話し合っているのだ。…早くしないととけるぞ。そしてやはりこの家の家具はみな妹たちに合わせて作られているのでテーブルや椅子は従来の2倍の大きさであり俺が使うには大きすぎる。なので俺はファミレスとかにある小さい子供用の様なちょっと高い椅子に座っていた。かなり違和感。

「スズメはモナカがいいな~」
「ハイパーカップはあたしのだからねー」
「あんたはもう食べてるでしょ」

めいめい自分の好きなアイスを選んでゆく。ちゃんとそれぞれの好みに合ったアイスが用意されているのもカモメならではだな。スズメはモナカを小さく千切りながら食べ、カラスはチューピットの端を咥えてちゅーと吸っている。中々でてこないんだよな、あれ。そしてヒバリはバニラアイスの詰まったカップをスプーンではぐはぐとかっ込んでいる。…あいつが持つと普通のなのにミニサイズに見える。

「はい、お兄ちゃんの」
「お。サンキュ」

ツバメが俺の分のアイスをよこしてくれた。ジャイアンテスコーン。硬めのコーンの中にバニラアイス、その上をチョコで覆いアーモンド?をトッピングしている。コーンの歯ごたえとバニラ・チョコの甘さ、アーモンドの粒粒感が好きだった。
そうやって俺がアイスにぱくつくのを見てくすっと笑いながらツバメが言う。

「お兄ちゃん、今日の午後 予定あるかな?」
「ん? いや、何もないしウチでゴロゴロしてようかと…」
「不健康なヤツ…」(ぼそ)

俺がジロリと睨んだ先で、チドリが素知らぬ顔でイチゴバーを咥えていた。
チドリを無視し、俺はツバメへと向き直る。

「何かあるのか? もちろん勉強を見るのは無理だぞ」
「あははは。それは大丈夫だよ」

自分で言っててちょっと悲しくなるが、これまでの成績の平均は俺よりもツバメの方がいい。
兄妹で順位をつけるなら
 1・チドリ
 2・カモメ
 3・ツバメ
 4・俺
 5・カラス
 6・スズメ
 7・ヒバリ
となる。チドリ・カモメ・ツバメの3人は優等生。俺とカラスとスズメが平均。そしてヒバリがぶっちぎりの最下位である。まぁヒバリはその代わりスポーツ万能で兄妹で一番運動ができるのだ。だがその身長が規格外過ぎて部活などには入れないとのことで、そう考えると持ち前の運動神経を生かせないこいつも少しかわいそうだった。

「買い物に付き合ってもらいたいの。最近暑くて冷蔵庫の中のものの消費が激しくて」

お盆を抱きかかえながら俺を見下ろしているツバメが言う。

「そういうことか。別にかまわんぞ。荷物持ちくらいしかできないけど」

とは言ったものの実際は荷物持ちすらできるかどうか…。
俺を連れてゆくより他の妹を連れて行った方が倍以上の量の荷物を持てるのだから。

ところが俺がそうやって了承した直後、

「ちょーっとまったーーーーーー!」

何者かの声が会話を遮った。
向こうでスプーンを咥えたヒバリである。

「おにい! 今日はあたしとゲームをする約束でしょ!」
「へ? そんな約束してたか?」
「してたよ! 1年前のあの日あのとき!」
「いつだよ!! 実は約束してないだろ!」
「したのー! 今日はおにいとゲームするのー!」

じたばたと手足を動かして駄々をこね始めるヒバリ。
て言うかお前が地団駄踏むと床がグラグラ揺れるから止めろ。

「ふふ、そっか。約束してたんじゃしょうがないよね」

俺の横に立って椅子を支えててくれていたツバメが言う。
俺はそんなツバメを振り返り尋ねた。

「いいのか? っていうか俺はそんな約束した覚えこれっぽっちも無いんだが」
「ヒバリちゃんはお兄ちゃんと遊びたいんだよ。買い物は私ひとりでもできるからお兄ちゃんはヒバリちゃんと遊んだげて」

苦笑しながら言うツバメ。
お前はお姉ちゃんしてるな…。俺はそう思った。
こうやってヒバリを甘やかしているのも、その為に姉のツバメが苦労しているのも全部俺のせいなのに。
ほんと良くできた妹だよ。

「悪いな…、ツバメ」
「ううん、気にしないで」

首を振るツバメのその笑顔が逆に切ない。

「そーそー、どうせアニキが着いて行ったって大して役に立たないんだから」

妹を想ってセンチメンタルになっていた俺の心は妹のとげのある言葉によって粉々に打ち砕かれた。
振り返って睨み見ればチドリが食べ終わったイチゴバーの棒をゴミ箱に捨てているところだった。

「お前はいちいちうるさいんだよ、チドリ!」
「ホントのことでしょ。それに男のアニキが着いて行ったら買いたくなっても買えないものだってあるんだから…」

言うとチドリはツバメの肩をポンと叩き、

「私が一緒に行くわ。丁度新しいコスメ欲しかったし」

ツバメの横を通り過ぎてリビングを出て、

「部屋にいるから準備ができたら声かけて」

二階に上がっていった。
チドリがいなくなったあとでツバメが笑いながら言う。

「チドリちゃんはやさしいよね」
「俺以外にはな。まったく…」
「ふふ、そんなことないよ」

ツバメは今度は俺を見下ろしながら微笑んだ。
だが兄妹仲という点では俺とチドリが一番悪い気がするのだが。実際、一番とっつきにくいのがチドリだ。どうもお互いケンカ腰になってしまう。

「あ。では私もご一緒しましょう」

と、ツバメと二人、チドリの出て行った部屋の入り口を見ていた俺たちの背後から声がかかった。
振り返れば小豆のかき氷を食べていたカモメがこちらを見てにっこりと笑った。

「ん? お前今帰ってきたばかりじゃ…」
「妹二人だけに買い物に行かせるのも申し訳ないじゃないですか」

カモメは食べていたかき氷の容器に蓋をして冷凍庫にしまうとこちらにやってきた。

「まぁ…お前がいいならいいんだけどさ」
「いいの? お姉ちゃん」
「はい。お兄さんはウチでのんびりしててくださいね」
「そうか。すまんな」

俺はカモメに軽く手を上げて礼を言った。
が、ふと気づく。

「…ん? ちょっと待て、お前まで出ていったら残るのは下3人じゃないか!」

下3人、とは、カラス、ヒバリ、スズメのことである。
ウチの姉妹は下3人がとにかく手がかかる。これの中に残されたらせっかくの休みに疲れまくることうけあいである。
俺が抗議すると視線の先でカモメが胸の前で手をパンと合わせにっこりと笑った。

「まぁ、本当ですね」

…。
…こいつ、わかってて言ったな。
俺はジト目でカモメを睨んだが、カモメは変わらず笑みを返してきた。
しまった。
確かに下3人は手がかかるが、一番の問題児は長女だった。


  *
  *
  *


そして上の3人は出かけてしまい、家には俺と下3人の妹が残された。

「…で、何するって?」
「ゲームゲーム! 今日こそおにいに勝つよ!」

目の前でバタバタと暴れビッとVサインを突き出してくるヒバリ。
そう激しく動かれると床がグラグラ揺れて立ってるのがキツイんだけど。

ゲームがあるのはリビングでそちらに移動した俺たちはいざゲームを開始した。

「…あのさ」
「なに?」

上から聞こえてくるヒバリの声。

「なんで俺ここに座らせられてんの?」
「え? ダメ?」

ヒバリは「なんで?」といった感じで首をかしげた。
ヒバリは今 胡坐をかいて座っていて、俺はそんなヒバリの胡坐をかいた脚の上に座り、ヒバリの体にもたれかかって座っている。
両腕を俺の前に回しそこでコントローラを手に持っている。俺は完全に抱きかかえられて座っていた。
俺たちの身長差ならそれができてしまうのだ。

「…まぁいいけど…」
「ふふーん! それじゃ始めるよー!」

ヒバリは意気揚々とゲームのスイッチを入れた。

ヒバリが選んだのはレースゲームだ。
ジャンルとしては昔からあるし勝負事としては非常にわかりやすく勝敗を決めやすい。
ゲームはスタートし俺とヒバリ以外にもコンピューターの操作するカートたちが一斉にコースを走ってゆく。
俺はスタートダッシュから1位に飛び出し、出遅れたヒバリは12台中の5位といったところだった。

「あぁ! おにいズルイ!」
「別にズルくないだろ。俺に勝ちたいならまず他のカートを追い抜いてくるんだな」

うー…。と、ヒバリが唸るのが上から聞こえてきたが、俺は余裕だった。このゲームはそれなりにやりこんでいるし、ヒバリの実力は知っているから展開も読める。このままいけばヒバリは上位には食い込んでくるだろうが、その時には俺との差は大きく広がってちょっとやそっとじゃ埋められないものになっているはずだ。ヒバリはライン取りが甘いからそういうところでじりじりと離れされていく。そこに気づかない限り俺の負けは無いな。
私、タカヒトはタカをくくっておりました。

が、あまりに開いた差に余裕になりすぎた俺は失念していた。
ヒバリのタイプだ。世の中にはゲームに熱中すると体も一緒に動いてしまう人がいる。ヒバリはそのタイプだった。

「あっ! このぉ!」

グイ! ヒバリがハンドルを切るように腕と上半身をぐいっと動かした。
ヒバリに座っている俺はその動きに大きく翻弄された。

「うわっ! こ、コラ動くなよ!」
「あ、ゴメン。あぁ! 次こっち!」

ヒバリが今度は反対にハンドルを切り、その動きで俺はまた翻弄される。こうもガックンガックン動かれては操作どころではない。
俺はたちまちコースアウトし大きなロスをしてしまった。

「あぁもう! 俺下りるぞ!」
「えぇダメー! おにいはそこにいてよ!」

俺はヒバリの上から立ち上がろうとするがヒバリは俺を抱く腕を放そうとしない。
最年少のヒバリといるはずなのに、その様子はまるで俺の方ががヒバリにあやされている子どものようだ。
そしてヒバリが俺の前に回す腕をちょっと締めてしまえば、俺はまるでジェットコースターのベルトに絞められたようにガッチリと固定され動けなくなってしまう。

「ぐ…コラ…!」
「えへへ~、おにい動けないでしょ~。あ、折角だしこのままプロレスごっこやろうか」

俺をぎゅっと抱きしめたままカラカラと笑うヒバリ。
ジタバタともがく俺を、ヒバリは最初と変わらず胡坐をかいたまま俺を抱くだけだ。
俺の全力と尊厳など、妹にとってはこの程度。
軽く俺を抑え込みながらヒバリは俺の頭に頬ずりをしてきた。

「んふ~、おにいの匂いだー」

ゲームそっちのけでヒバリは俺に顔を摺り寄せてくる。
抱いてくる腕は窮屈で俺はヒバリと言う檻に囚われてしまった獲物だ。
どんなに力を振り絞っても、抱きしめてくるヒバリの腕を解くことは出来ない。
俺の全力を、平然と笑顔で流している。

と、そこに俺の悲鳴を聞きつけたらしいスズメが駆け込んできた。

「あー! ヒバリちゃんまたあんちゃんいじめてるー!」
「いじめてないよ~。遊んでるだけ~」

言いながらよりぎゅっと抱きしめてくるヒバリ。
く、首が絞まる…。

が、すぐにその腕は解かれ、俺はヒバリの腕の中から引きずり出されるようにして救出された。

「もー。あんちゃんがかわいそうでしょ!」

俺はスズメに抱っこされていた。
二人にとって俺の身長は赤子程度であり、最年少のスズメでも簡単に抱き上げることができる。
その扱いは赤子というよりぬいぐるみのそれに近い。
スズメに抱きかかえられた俺は床に足が着いていなかった。

俺をスズメに取り上げられたヒバリは顔を手で覆った。

「あーん、スズメにおにい取られちゃったよー」
「えぇ!? そ、それはヒバリちゃんがあんちゃんをいじめるから…」

目をこすり嗚咽を堪えるような声を漏らすヒバリにスズメがたじろぎ、不安になって無意識からか俺を抱く腕に力を込めていた。
メキメキメキ。ちょ…締まる…!

「おにい返してくれないと涙が止まらないよーべそべそ」

ぐすっと鼻を鳴らすヒバリ。スズメの顔がどんどん申し訳なさそうな表情になってゆく。
て言うかどー見ても嘘泣きだろ。

だがスズメは抱きしめていた俺を解放し、俺の腋の下に手を入れて持ち上げるとヒバリの方に差し出した。ぬいぐるみの様な扱いだ。

「ゴメンねヒバリちゃん…。あんちゃんは返すね…」

スズメの手は俺を持ったままべそをかくヒバリの前に差し出された。
俺はスズメにヒバリのそれは嘘泣きだと教えようとしたのだが、それよりも速く、顔を覆う手の下でにやりと笑ったヒバリがスズメから俺を奪い取り再び腕の中で抱きしめ始める。

「えへー! おかえりーおにい!」

  ぎゅぅぅうううう…!

俺からすればヒバリの太い腕が俺の体を思い切り抱きしめてくる。
ぐあああああ…! 口から声が絞り出された。

俺を取られて呆然としていたスズメは俺が悲鳴を上げたのを見てハッと意識を取り戻すとヒバリに詰め寄ってきた。

「あぁー! ヒバリちゃん、あんちゃんいじめちゃダメって言ってるのにー!」

スズメは俺の上半身を掴むとヒバリから引き離そうと引っ張った。

「あはは! ダーメ。おにいはあたしと遊ぶのー!」

ヒバリはスズメに持って行かれそうになる俺の体の下半身を抱きしめて取られるのを防ごうとする。
俺の体を二人の妹が取り合った。
俺は今にも分離しそうだった。

「ぐぐ……し…死ぬ…」

体そのものが別れそうなのもヤバイがこいつらが持つ部分がかなりヤバイ。
こいつらの握力は150kgを超えそんな馬鹿力で俺の腕やら腰やらを掴み全力で引っ張っているのだ。血が止まる! 指が食い込んでるよ!
俺の腕なんて妹たちにとっちゃ細い枯れ枝のようなものだ。力加減を誤ればいつなんときポキリといくかわかったもんじゃない。

俺が下半身と腕に感覚を感じなくなったときだった。

ふわり。

突然体が持ち上がるような感じがした。
まるで風か雲がすくい上げてきたかのような優しく自然な動きだった。

「か、カラス…」

俺を抱き上げていたのはカラスだった。
カラスの気配を消す特技は他人にも伝染する。カラスが俺を抱き上げた瞬間、スズメとヒバリは俺を見失っていた。
俺は幼子でも抱えるかのようにカラスに抱かれていた。

「あれ? おにいは…? …あ! カラス姉!」
「カラスお姉ちゃん!」

二人はようやく横に立っていたカラスとその腕に抱かれる俺に気付いたようだ。

「カラス姉! 今はあたしがおにいと遊んでたんだよ!」
「違うよ! スズメが遊んでたんだよ!」

あれ? そうだっけ?
ってより、助かった…。妹に引き千切られるとかシャレにならんわ。
俺はカラスの顔を見上げた。

「サンキュ、助かったよ」

カラスは視線だけ俺に落とし僅かに頷いてみせた。
同時に俺を抱く腕がほんのちょっとキツクなったが。
俺を抱く力に嬉しさが加味されたということか。

そんな俺を取り戻そうと、立ち上がったスズメとヒバリがカラスに詰め寄ってきた。

「ねぇおにい~。あたしと遊びたいよね~♪」
「スズメと遊ぶの~!」

俺は一方をカラスの体に、残りを二人の妹の上半身に占領されるという驚異的な精神的圧迫を受ける状況に立たされていた。
三人の妹が上から覗き込み周囲を埋め尽くすことにより電灯を遮られ影に包まれる。
妹達が逆光で顔に影を差しながら覗き込んでくる。
ひぃ。
赤ん坊のように抱えられる俺は子猫のように震えていた。
はっきり言ってこの3人と共に過ごすのはライオンの檻に放り込まれたウサギのような気分なのだ。

ふと、カラスが俺を片手で抱え、もう片方の手で先ほどまで俺とヒバリでやっていたゲーム機を指さした。

「へ? ゲーム? ゲームで決着付けるの? んふふいーよ! カラス姉が相手でも手加減しないから!」
「あぅ…スズメ、ゲーム得意じゃないのに…」

と言いながらも五女と六女の双子はゲームの準備を始めた。
なんだかんだ、二人のケンカは収まった。
流石は姉だ。下の妹のコントロールは心得ている。

「ありがとうな、カラス」

見上げお礼を言うと俺を見下ろすカラスは嬉しそうに笑った(と俺は感じ取った)。


  *
  *
  *


夜。
俺は自分の部屋でくたばっていた。

その後、下3人とゲームをして遊んだのだが、不意にヒバリが言った「ゲームで勝った人は次のゲームの間おにいを好きにできる」というルールのせいで戦いは熾烈を極めた。
格闘・レース・基本的にゲーム全般に強いヒバリが勝つと俺は最初のレースゲームと同じように抱きあげられ、パズル・推理に強いカラスが勝つとヒバリと同じように抱きしめられる+頭に口を押し付けられもふもふされた。
俺も兄のおとな気をかなぐり捨て全力を出して妹達を負かし、「勝った人は俺を自由にできる」のルールのもと平和を勝ち取った。
ただ、そうするとどーしてもゲームの苦手なスズメが勝てず、どんどん目に涙をためてゆくので、勝った俺は自由にできるルールに則ってスズメの好きにさせたりした。

ゲームが終わったのがついさっき。
夕食を食べた後もゲームは続き、3人の間をたらいまわしにされ(特にヒバリは何度か俺とプロレスがしたいとか言い出した)俺は精も根も尽き果てていた。
このまま眠ってしまい。
俺はベッドの上に寝転がっていた。

そのとき、

  コン コン

部屋のドアがノックされた。

「お兄ちゃん、お風呂空いたよ」

ツバメの声だ。
どうやら風呂が空いたのを知らせに来てくれたらしい。

「ああ、入る」

俺は着替えを準備して風呂へと向かった。


  *


ガチャリ。
ドアを開けて脱衣所に入る。
妹たちサイズの脱衣所は俺には結構広い。
洗濯物を入れるかごも高く入れるのも大変だが、そこは我が家の家事を取り仕切るツバメの配慮で俺用に別の洗濯籠が用意されている。
6人の妹たちの衣服に混ざると俺の衣服は見つけにくくなるらしい。以前、チドリに「パンツの中から兄貴の服が出てきた」ってブチ切れられたからな。

服を脱いだ俺はデカいガラス戸をガラリと開け風呂場に入った。
我が家の風呂場は広い。かなり広い。俺の部屋くらいの広さがある。
が、それはあくまで俺の感覚で、であって、妹達にとってはそうでもないようだ。
俺が立ったまま全身入れるような広さの浴槽だが、妹たちにとっては精々脚が伸ばせる程度らしい。
肩まで沈むためには膝を曲げなければならないとか。
俺ならそんなことしなくても肩まで沈むんだが。

と、俺は俺の感覚ではかなり高い浴槽の淵を見ながら思った。
普通は膝下くらいの高さだろうが、俺にとっては胸ほどの高さまである風呂の淵だ。
風呂場で、つるつる滑る浴槽の淵をよじ登るのは非常に危険だ。
なので浴槽の横には俺用の階段が用意されている。
滑り止めもついているので上り下りも安心だ。
さっさと体を洗って湯船に浸かるとしよう。

そうやって俺がデカいシャワーの方に向かって歩き始めた瞬間、

 ザバアアアアアアアアアアアア!!!

「ぬおっ!?」

そのデカい浴槽の水面が爆発するように盛り上がった。

「お待ちしておりましたー!」

ザバー。大量の水を滴らせながらその爆発した水の中から現れたのはカモメだった。
俺は慌てて股間を隠して後ずさる。

「な、なんでお前がいるんだよ!」
「3人の妹の面倒を見ていただいたお礼にお背中をお流ししようと思いまして」
「い、いらねーよ! いいから早く出てけ!」

俺は風呂場の入り口を指さして叫んだ。
浴槽の中に立ち俺を見下ろすカモメはそのぱっつんぱっつんボディにビキニの水着を着ていた。
そのダイナマイトボディの破壊力は凄まじい。特に胸を覆う布はカモメが体を動かすたびに揺れる胸のせいで今にも千切れそうだ。
俺はヤバかった。
つーか俺が来るまでそこに隠れてたのか。何分間潜水してんだ。

俺は風呂場から出ようとしたが、カモメは浴槽からズシンと踏み出てきた。
俺の身長よりも長い脚が目の前に立ち、俺の退路を塞ぐ。

「まぁまぁそう仰らずに。これも兄妹のスキンシップですよ」

そう言ったカモメは俺の腋の下に手を入れ抱え上げると風呂場に置かれている椅子に腰かけた。
俺は太ももの上に乗せられ股間を押さえたまま抗議を続けていた。
そんな俺の後頭部と肩に、あの爆弾のような巨大な胸がズンののしかかってくる。
やわらかくもずっしりと重たいそれ。
やべー。やっべーぞ俺。
水着という事でほとんど裸に近いカモメは俺を脚の上に乗せたまま準備をしているがそうやってお肌とお肌の接触が増えると俺はもう爆発しそうだった。

「ではまず頭を洗いますね」

カモメが言った。


  *
  *
  *


風呂から出た俺は亡者のように足を引きずりながら廊下を歩いていた。
男の危険水域はさけることができた。理性が煩悩をボコボコにした。
しかしおかげで俺は風呂に入って疲れをとるどころか憔悴しきっていた。
もう寝よう。
それがいい。

そうやって2階の廊下を歩いていてあるドアの前を通りかかった時、

 ガチャリ

そのドアが開いた。

「あ。アニキ。丁度良かった、今呼びに行こうと思ってたのよ」

ドアの奥からチドリが現れた。
青色のパジャマに身を包み、特徴的なツインテールも風呂に入った後の今は解かれおろされている。

「なんだよ…。何か用か?」
「姉さんから明日アニキたちの学年は小テストがあるって聞いたのよ。どうせアニキの事だから勉強なんてしてないんでしょ? 教えてあげるからちょっと来て」
「は、はぁ!? なんで妹に勉強教えてもらわなきゃならないんだよ! いいよ別に。なんとかなるし今日はもう疲れたから寝るわ」

言って自分の部屋に向かって歩き出した俺だが、突如体が浮き上がった。
チドリが俺のパジャマの首根っこ掴んで持ち上げたのだ。

「アニキが変な点数取ると妹の私が恥ずかしいの! いいから来る!」

俺はそうやって首根っこを掴まれぶら下げられたままチドリの部屋に連れて行かれた。


  *


「なんでこんなことに…」

俺は呟いていた。
今俺は、自分の勉強机に向かって椅子に座るチドリの膝の上に乗せられていた。
親が子を抱えて椅子に座るような恰好とも言える。
自分の勉強机に向かうチドリの膝の上、同じように机に向かう格好の俺。

「なんでこんなことに…」

もう一度呟いていた。
今度はチドリから返答があった。

「仕方ないでしょ。アニキの背じゃ椅子に座っても机の上見れないんだから」

丁度俺の真上からチドリの声が聞こえてきた。
確かに。妹達サイズの家具は通常規格の倍の大きさだ。
本来の机の高さが70cmほどとして、こいつらのそれは倍の140cmはある。
俺の肩くらいの高さだ。
立って覗き込むのがやっとの高さなのに、椅子になんて座ったらもう見る事は出来ないだろう。
だからって膝の上とか…。

椅子に座るチドリの脚の上に乗せられると丁度良い高さになる。
俺の左右からはチドリの長い腕が伸ばされ机の上に置かれている。
腹はくくったが、全方向に妹一人の体の一部が見えるとか。
しかも相手は折り合いの悪いチドリ。
これは昼間のカラスやヒバリ以上の恥ずかしさがある。

「……で、ここの数式はこう説くわけ。わかった?」

カリカリと鉛筆を走らせるチドリ。
そのノートは俺の手前に置かれた俺用のノートの先に置かれている。
チドリの左手はノートを支え、右手は鉛筆を走らせている。
その両腕の間で俺は自分のノートを左手で支え右手でシャーペンを持っている。
目の前に参考となるノートがあるのはありがたいが、かなりおちつかない場所だ。

「…よくわからん」

実際チドリの説明は丁寧だし字もきれいで読みやすい。
が、置かれている状況と、もともと頭が良いわけではないので、理解するのには時間と反復を要する。
というか、チドリの脚の上に抱かれるようにして座っている俺としては俺の頭のうしろに若干押し当てられてくるパジャマ越しのふくらみが非常に気になるわけで。
それが俺の集中力の低下に一役も二役も買っているわけで。

「はぁ…。こんなのもわからないなんて…」
「…うるさい。というかお前はよくわかるな。お前の学年じゃまだ習わないだろ?」
「こんなのどうせ今まで習った事の応用なんだから基本がわかれば大したことないわよ」

事も無げに言うチドリ。
凄いな。流石は学年トップクラスの実力ということか。

「えー、アニキに理解させるにはどうしたらいいのよ。参考書とかあったかな」

言いながらチドリは机の奥に設置されている小さな棚に手を伸ばした。

そしてそれは机の奥の棚に手を伸ばすために前のめりになるという事で、チドリの脚の上に乗せられている俺は、前のめりになったチドリの上半身に押され机に押し付けられる格好になった。

「んぐ…!」

背後からのしかかってくるチドリの上半身。そして丁度俺の頭の後ろに位置していたチドリの大きな胸が俺の頭の後ろからのしかかり机へと押し付ける。
姉妹の中でカモメに続く№2の大きさを誇るその胸はパジャマ越しに俺の頭にずっしりとのしかかってきた。
やわらかなふくらみが俺の頭を包み込むように挟みのしかかってくる。
パジャマのときはブラしないのな。

「あれ? 確かこの辺に…」

チドリは自分の胸で俺を机に押し付けている事など気づかずまだ参考書を探している。
お、重い…。苦しい…。

「ないわね…。もう一個奥の棚だったかしら」

そしてより奥の棚に手を伸ばそうと更に前かがみになったことで、俺の体は更に強く机に押し付けられた。
硬い机とやわらかい胸との間でプレスされる。
上半身の体重と圧力でぐりぐりと押し付けられてくる胸。
なんか頭がメリメリと音を立て始めた。
……死ぬ…。

「ぷぎゅぅぅぅ……」

完全に動きを封じ込められ手足を動かせず呼吸すらも出来ないような圧力の中、俺にできたのはそんななんとも情けない悲鳴を上げる事だけだった。

「へ? うわ! ゴメンアニキ! 大丈夫!?」

ようやく自分の体が俺を押し潰している事に気が付いたチドリは慌てて上半身を浮かせた。
圧力から解放されてもまだ机に突っ伏したままの俺。あまりのダメージに体が動かない。
こ、殺される…。妹の胸に殺される…。
俺は必死に空気を吸い込み肺の中を満たした。


  *
  *
  *


俺の部屋。
ここは家の中で唯一俺サイズの家具で満たされている部屋だ。
天井の高さも、普通の人間サイズ。
この部屋だけが、俺が普通サイズの人間であると認識させてくれる。

そしてその部屋のベッドの上で、俺は死んでいた。
下3人と遊んでもみくちゃにされ、カモメには精神的に疲労させられ、チドリには肉体的に疲労させられ、俺はもう完全に疲労困憊していた。
ベッドの上に大の字になっている俺。
もう疲れた。今日はこのまま眠ってしまおう。

と、俺の意識が眠りの中に落ちてゆこうとしたとき、

 コンコン

部屋のドアがノックされた。

「お兄ちゃん…まだ起きてる…?」

小さな声がドアの向こうから聞こえてきた。
ツバメの声だ。

流石に無視するのは躊躇われたので、俺はなんとか体を奮い立たせベッドの上に腰掛けた。

「起きてるぞ」
「…そっか。入ってもいい?」
「ああ」

俺が答えると部屋のドアがガチャリと開けられた。
ドアの向こうから入り口の前に座ったツバメの姿が現れた。
俺の部屋のドアは俺サイズなので、妹達が覗き込むためには床に座らなければならない。

ドアを開けたツバメは四つん這いになって入り口を通り抜けてきた。
入り口の高さは約2m。これは立ったツバメのお腹くらいの高さである。
ドアを通り抜けたツバメは一度後ろを向きドアを閉めると俺のいるベッドの方へ進んできた。

こうして見るとやはり大きい。
俺の部屋には俺サイズの家具しかないのでツバメの大きさがより際立つ。
四つん這いのままなのは俺の部屋の天井の高さではツバメは立つ事ができないからだ。
この部屋の高さはおよそ2m40cm。ツバメの胸の高さよりもやや低いくらいだ。

ツバメは四つん這いのままズシンズシンと近づいてきて俺のいるベッドの前まで来るとペタンとお尻を着いて座った。
女の子座りだ。
ベッドの上に座る俺よりも床の上に座るツバメの方が高い位置に頭があった。

パジャマを着ているツバメ。
セミロングの髪はすでにしっかりと乾かされていて、その髪が揺れると、部屋の中にシャンプーの香りが満たされた。
パジャマの胸元はカモメやチドリほどではないがふくらみ盛り上がっている。
が、今はその部位にいい思い出は無いのであえて見ないようにした。

「えへへ、おじゃまします」
「おう。どうした? 何かあったのか?」
「ううん。ただ、今日はあまりお兄ちゃんとお話しできなかったから」

ツバメは苦笑しながらポリポリと頬を掻いた。

確かに。家事をほぼ一手に引き受けるツバメは他の妹に比べると自由な時間が少ない。
その分だけ他の妹よりも俺と接する時間が少なくなる。
しかもツバメは他の妹に遠慮して譲るからただでさえ少ない時間がより少なくなってしまう。
その少なくなった分を、補給しに来たというところか。

「そうか…。お前にはいつも迷惑かけるな」
「迷惑だなんて思ってないよ。私が好きでやってることだし他のみんなだってお兄ちゃんと遊びたいから」

屈託無く笑うツバメ。
その笑顔が偽りのない本当の笑顔だから、俺も同じように笑顔になった。
ただ、その、他の妹の遊びのせいで俺は完全に疲れ切っているわけだが。

「他の奴もお前みたいに良い子だったら俺もお前も楽できるのにな」
「あはは、それはひどいよお兄ちゃん」

ツバメは笑った。

「しっかしホントお前には苦労させるよ。そうだ、肩でも揉んでやるよ」
「えぇ!? いいよ、お兄ちゃんの方がずっと疲れてるんだから」
「お前に比べたら大したことないよ。よっと」

俺はベッドから立ち上がった。
立ち上がっても、床の上に座っているツバメと目線が同じ。
ツバメは床にペタンと座っていても身長170cmちょっとの俺と同じくらいの高さがあった。
俺はツバメの背後に回ると、その清流のようにサラサラなセミロングヘアの流れ落ちる背中を見た。
一見、華奢な女の子の背中だが、実際は俺よりも広く大きく逞しい背中だ。
髪の毛をかき分け、肩に手をかける。
パジャマ越しに感じられる柔らかさと温かさは女の子のものだった。

肩に置いた手にそっと力を入れてゆく。
ぐいぐいと親指を押し付ける。
ツボとかコリとかはよくわからないが、なんとなくソコだろうと当たりを付ける。

「んん…お兄ちゃん、くすぐったい…」

座ったツバメの後ろ姿が小さくよじられる。
パジャマの先から覗くツバメの両足の足の裏とその間に下ろされたお尻がもぞもぞと動いた。
一応それなりに力入れてるんだが、こいつら相手だと俺は全力を出さねば及第点には届かない。
というわけで…。

「じゃあもうちょっと力入れるぞ」

俺は渾身の力を親指に込めた。

「はぅっ! 痛いよお兄ちゃん!」
「ははっ。悪い悪い」

軽く後ろを振り向いて「もう」と頬を膨らませるツバメ。
俺は謝りながらも手を動かした。

暫く続けているとツバメがため息を吐き出した。

「はぁ…お兄ちゃん上手だね」
「そうか? 自分じゃよくわからん」
「なんか、気持ちよすぎてとろけちゃいそうだよ」

あははと笑いながら言うツバメ。
ふむ。

「なら横になれ。腰も揉んでやるから」

俺が肩から手を離すと今度は素直に横になるツバメ。
座っていても同じ高さだったツバメの体は、横になると倍の長さになった。
俺の部屋は天井こそ普通サイズだが部屋の広さは他の妹たちの部屋と同じサイズなのでツバメが寝転がるのになんの問題も無い。
だが、横になった全長3mを超えるツバメの姿は見下ろしていても圧巻だった。俺のベッドよりも長い。

横になったツバメは両腕を重ね頭を置く支えにしていた。
最初は膝立ちにでもなってツバメの体を跨ごうかと思ったが、俺の膝の幅ではツバメの大きな体は跨げなかった。

「乗っちゃってもいいか?」
「うん、いいよ」

ツバメの許可を得て、俺はツバメの背中を跨いだ後そこに腰を下ろした。
ツバメの腰を揉むために座るので座る位置は若干後ろになる。
俺はツバメのお尻の上に腰を下ろしていた。
俺のよりも大きなツバメのお尻は腰を下ろしてみるとすごい柔らかかった。
それでいて弾力もあり、俺が座るとその重さでへこみながらも俺を押し返してくる。
上質なクッションにでも座っているようだ。

「…」

あまりの心地よさに俺はツバメのお尻に座ったまま止まってしまった。
パジャマの向こうにあるお尻の二つの肉球の包み込むような柔らかさとぬくもりを感じた気がした。
手で触れてみたくもあったが、そこは必死に抑え込んだ。
ただ僅かに体を上下させて、その弾力と心地よさをほんの少し堪能してみた。
マズい…。この心地よさはくせになりそうだ。

「どうしたのお兄ちゃん?」
「い、いや! なんでもない!」

ハッと我に返ればこの長い体の先、肩の向こうからツバメの顔がこちらを見ていた。
俺は慌ててツバメの腰に手をやった。
背中も肩と同じく華奢な見た目と裏腹にとても逞しかった。
こいつらの大きさを考えれば当然だが、頭の良さでも力の強さでも、俺はツバメに敵わない。
今俺は、自分の倍近い身長のツバメのお尻に座り、腰を揉んでいるのだ。
妹に何一つ敵わないとあっては兄の威厳も何もない。
やれやれ。俺は自嘲気味に笑いながら手を動かした。


  *


「ありがとうお兄ちゃん。大分楽になったよ」

再び床に座る格好になったツバメが笑顔で言った。
実際効果があったかどうかなんてわからないが、そう言ってもらえると俺も嬉しい。

「お前には苦労させてるからな。このくらいのことはするよ」
「えへへ。あ。じゃあ今度は私がお兄ちゃんのマッサージしてあげる」
「へ? いや俺はお前を労いたくて揉んだわけで、そのお前にマッサージさせたら意味無いだろ」
「ううん、私はいつもお兄ちゃんに助けてもらってるよ。そのお礼がしたいの」

にっこりと笑いながら言うツバメ。
そんな笑顔で言われてしまっては、断る事はできない。

「んー……じゃあ頼むよ」
「うん」

俺はツバメに背中を向けて座った。
後ろからツバメが大きな手を伸ばしてきて俺の肩をそっと掴んだ。
指が絶妙な力加減で動き出す。
肩が凝っているつもりはなかったが、この心地よさは、このまま全身をとろけさせてしまいそうだ。
一瞬で、俺は骨抜き(?)にされてしまった。

「お兄ちゃん、気持ちいい?」
「ああ、凄い気持ちいい」

まるで春の温かさに包まれたまま空を飛んでいるような穏やかな心地よさ。
全身がじんわりと温まりツバメのぬくもりに包まれてゆくような。

「あーヤバイ……これはくせになりそうだ……」
「あはは」

ツバメは笑いながら肩を揉み続けた。

座った俺の高さは、座ったツバメの胸の高さくらいだ。
決して兄と妹には見えないだろう。それこそ、母と小さな子供くらいの背の違いがある。
実際背後に感じるその大きな存在と母性は母のそれのようであった。
ツバメの手はまるで俺の事などすべてお見通しだというように、俺が求めるポイントへ的確に動いていく。
俺なんかよりもずっと逞しく力強い手が、妹達と比べて小さく弱々しい俺の背中から肩を揉んでくれている。
包み込むような優しさと慈愛を感じた。
以前、ヒバリが「肩たたきしてあげるー」とか言って俺の肩に思い切り拳を叩き下ろしたときは肩が破壊したかと思った。
あれとは全く比べ物にならない気持ちよさだ。

「ありがとさん。もういいよ」
「へ? もういいの?」

手を止めるように言うとツバメは首を傾げた。

「ああ、もう十分。これ以上は本当にくせになっちゃいそうだ」

ツバメが手を引くと俺はツバメの方を向いて座り直した。
目の前には同じように床に座っているのに倍近い高さにあるツバメの顔。
きょとんとした表情で俺を見下ろしている。

「どうしたのお兄ちゃん?」

首を傾げるツバメ。
そんなツバメの顔を「見上げる」俺のなんと小さく非力な事か。

「いや、俺ってお前たちになんにもしてやれてないなー…と思って」
「そんなことないよ。みんなお兄ちゃんのこと頼りにしてるよ」
「でもほら、家事ならお前ができるし、勉強ならチドリが見てやれるし、カモメは面倒見がいいし、カラスもスズメもヒバリもお前たちがいれば安心して生活できるだろ。俺は頭もそんなに良くないし、力だってお前達と比べたら弱いし、精々ヒバリのおもちゃくらいにしか―――」

と、そこまで言ったところで、伸ばされたツバメの手が俺の腋の下に入れられ、俺は体を持ち上げられた。
ツバメは持ち上げた俺を、そのままそっと抱きしめた。

「お兄ちゃんがいてくれるから、私たちは頑張れるんだよ。お兄ちゃんがいなかったらきっと、私たちは私たちじゃなくなっちゃう」

きゅ…。
俺を抱くツバメの腕が、ほんの少しだけ強く締められた。
抱きしめられた俺の胸に、パジャマの向こうにあるツバメの大きな胸が押し付けられる。
確かな弾力が俺の胸に感じられた。

しかし、決して苦しくは無かった。

「だからそんなこと言わないで。私たちはみんな、お兄ちゃんのことが大好きなんだから」

俺を優しく抱きしめたまま、優しく言葉を紡ぐツバメ。
全身をツバメに包まれる俺の体と心は、ツバメのぬくもりに満たされてゆく。

「…そっか。悪いな、変なこと言う兄で」
「そんなお兄ちゃんでいいんだよ」

俺たちはくすっと笑った。

それからしばらく、ツバメは俺を抱きしめ続けた。
俺も、もう少しの間だけ、ツバメのぬくもりに体を預けていたかった。



そして、鳳家の夜は更けてゆく。