広大にして豪奢な屋敷の一室でテーブルの横の椅子に腰掛ける令嬢。
すらりとした姿態にドレスを思わせる衣服、金色に輝く髪は朝日に照らされまばゆく光る。
そしてその細く美しい指でテーブルの上にあったベルを取るとそれをチリチリンと鳴らした。
その後、暫しの静寂が過ぎ去ったのち…。

  スタタタタタ… カチャ

部屋の扉が開く音。だが部屋に備えられた扉に変化は無い。…と、良く見ると、その扉の横に小さな小さな扉あり、それが開いていた。
その向こうから小さな小さな黒い人影が走ってくる。燕尾服を着込んだ執事である。広い部屋の絨毯の上を息を切らしながら走りぬけテーブルの傍まで来た。
彼は横にあるそのテーブルと比べてもとても小さい。が、決して彼が小さいわけではなく、この令嬢を含め、部屋の、屋敷の、敷地のすべてが大きいのだ。相対的に100倍の大きさがあるのだ。
執事は息も整わぬうちに姿勢を正し令嬢へと向き直る。
その執事を見下ろしながら、椅子に座りテーブルで頬杖をつく令嬢は言った。

「遅いわよ。私がベルを鳴らしたらすぐに来るようにといつも言ってるでしょう」
「もっ…申し訳っ…ありません…」

息を切らし切らし頭を下げる執事。
まだ若く体力もあるが、ここに来るまで数㎞を全力疾走している。
それでも仕事を優先させるのは彼がプロだからである。

「してどの様なご用件で…」
「ああそう」

令嬢は履いている靴を足を振って脱ぎ捨てた。


  ドスウウウウウウウウウウウウウウウウン!!


     ドスウウウウウウウウウウウウウウウウン!!


執事の横に23mサイズの靴が落下してきた。
倒れ横たわるそれは、どう見ても執事よりも大きかった。
令嬢の足のサイズは車4台分以上あるのだ。靴も相応に大きい。

「その靴は飽きたわ、別のを用意して」
「か、かしこまりました…」

執事はたった今走ってきた広大なカーペットの上をとんぼ返りして扉へと走って消えて行った。
そして数分後。

  ガラガラガラ…

先ほど執事が使用した扉の横、執事の扉よりも二周り三周り大きい扉が開かれ、そこから十数頭の馬が現れた。パカパカパカパカ。何かを引きながら部屋へと入ってくる。全ての馬に繋がれて引かれているのは大きな荷馬車であった。そしてその上には令嬢の靴が乗せられていた。100倍の大きさの靴である。前を行く馬と比べてみてもはるかに大きい。そんな巨大な靴が乗せられた荷馬車を、馬達は力を振り絞って引いてくる。その先頭で手綱を引く執事。やがて令嬢の足元まで来ると最初の様にその頭を下げた。

「こちらなどいかがでしょうか?」
「そうね…」

令嬢は腰をかがめると、馬達が必死に運んできた靴の片方をひょいと持ち上げた。
それをしげしげと見つめたのち…。

「…いいわ。これにしましょう」
「ありがとうございます」


  ズズウウウウウウウウウウウウン!!


再び頭を下げた執事の前に令嬢の巨大な足が降ろされた。

「その靴を履かせなさい」
「かしこまりました…」

足の前にそろえられた靴。令嬢がその靴に足を滑り込ませた後、執事は靴と足のわずかなズレを整えてゆく。靴の上に登るだけでもかなりの苦労だ。それを何度も何度も繰り返しようやく終了した。

「お、お待たせいたしました」
「ありがとう、もう行っていいわ」
「は。それでは失礼いたします…」

令嬢に向かって頭を下げた後、執事は数頭の馬を使い、令嬢が脱ぎ捨てた靴を荷馬車の上に乗せた。これだけの馬の力を借りてやっとである。疲れ果てた馬達をなだめながら執事は部屋を出て行った。
令嬢はそれを見下ろしていた。


  *


執事。
彼はこの巨大な屋敷のすべてをたった一人で担っている。
この広大な敷地の管理。4階建てから成る幅十数万m高さ千数百mの屋敷の掃除。朝昼晩の食卓の準備と必要に応じてのデザートの準備。令嬢の着替えの手伝いから湯浴みの手伝いまで身の回りの世話。更に外部との取次ぎや馬などの家畜の世話など、すべてである。彼以外に召使はいないので必然とそうなってしまうのだ。令嬢は、今みたいに小さな用事でも事あるごとに呼びつけるので彼に休まるときなど無い。


  チリンチリン


再びベルの音が屋敷に響き渡る。
この超広大な部屋の掃除をしていた執事は慌てて服を整え令嬢の元へと走っていった。
パタンと扉を開け部屋の絨毯の上を走りぬけ令嬢の足元まで行く。

「お、お呼びでしょうか…?」

見上げた令嬢は姿見の前に立っていた。

「服を着替えたいわ」
「かしこまりました」

執事は姿見の横に設置された超長螺旋階段を駆け上がり始めた。
各所に突き出た横道はそれぞれの高さに対応し着付けの手助けとなる。令嬢がその螺旋階段の設置された通路によって囲まれた場所へと入る。その様はまるで建築中の像の周囲に鉄枠の足組みが組まれているよう。そう、これは令嬢の着替え室。令嬢の周囲を執事用の足場が取り囲んでいる状況である。
やっと令嬢の首元にまで駆け上がってきた執事。令嬢の身長は160mであり首の高さも相当のものである。作業の効率を重視し足場の手すりは低層部分と変わらない腰ほどの高さのものしかない。つまり乗り出せば簡単に足場の外に出る事が出来るのである。令嬢の周囲を取り囲む足場から内側に向かって少し飛び出た足場。それを進んでゆく。首元の高さであるという事はほぼ顔の前であり上からは令嬢が彼を見下ろしていた。執事は令嬢の顎の下へと向かい、首の喉元で結ばれた紐を目指した。令嬢の喉元に向かって伸びる通路の下では、服に包まれた豊満な乳房が前に向かって突き出ていた。その丸っこい乳房は張りがあり、例えるならガスタンクが二つ並んでいるような感じであった。彼女の呼吸に合わせてわずかに上下している。無論執事はその間近を通るからと言って淫らな想像をしたりはしない。それが執事としてのプライドだと彼は理解しているからだ。想像する暇も無い。高さ100数十mの狭い通路の上を走りぬける執事。そして通路の先端、手すりの向こうに蝶結びにされた紐があり、執事はそこから身体を乗り出し服の紐をぐいと引っ張った。もちろん、そんな簡単に解けはしない。ぐい…ぐい…と、まるで綱引きをしているよう紐を引っ張る。ぎゅ…ぎゅ…。結び目は少しずつ解けてゆく。そして─。

  ハラリ

紐は解けた。その服はその結び目が服全体の形容を保つ要となっており、それを解かれた服は令嬢の身体からスルリスルリと落ちていった。ふぅ、執事も安堵する。が、まだその手に紐を掴んでいたので、服と共に紐が落ちていったとき、執事も一緒に引っ張られてしまった。当然、令嬢の着ていた服の重さは彼一人で支えられるものではなく、引っ張られた執事の身体は手すりを乗り越え、高さ100数十mの空中に放り出されてしまった。だがすぐに足場となるものが現れ、残り100数十mの落下は免れた。ごろごろと転落し、何かに挟まってようやく動きを止めた。痛…! それでも10mほどの落下で打ち付けた身体が痛んだ。頭を振って痛みを堪える。すると─。

「何をしているの?」

痛みに目を瞬かせながら声のした上を見上げると、令嬢の顔が彼を見下ろしていた。通路の上からでないにしろかなりの至近距離である。が、通路から落ちたというのに何故この高さで見上げることができるのか。それは彼が令嬢の胸の谷間に挟まっていたからである。紐を解かれた服は令嬢の身体を滑り落ちたので、その下に包まれていた下着を身に纏った令嬢があらわとなっていたのだ。下着に包まれた巨大な乳房の間に挟まれる執事。

「も、申し訳ございません! すぐに…!」

と、ジタバタしてみるが体勢も悪くすぐには抜けられなかった。すると横から巨大な指が近付いて来て執事を摘み上げると顔の前に降ろした。降ろされた執事はその場に土下座をした。

「申し訳ございません!! 私、お嬢様に大変なご無礼を…!」

令嬢から見たら小さい身体をますます縮こまらせて頭を下げる執事。令嬢はため息をついたあと、身体の周囲に設置された通路に当たらないように髪を掻き揚げた。

「いいわ。それよりも早く着替えを続けなさい。風邪をひいてしまうわ」
「申し訳ございません! ただいま!」

慌てて立ち上がり駆け出した執事は転がるように通路脇の階段を下っていった。
令嬢は、彼が視界から消えるまでその姿を追っていた。


  *


着替えを終えた令嬢が言った。

「いい天気ね。庭の散歩でもしようかしら」
「かしこまりました。すぐに準備いたしますので少々お待ちください」

そして二人は庭に出た。
屋敷の周りは一面花畑になっていて暖かいこの季節は花壇ごとに統一された色が素晴らしいコントラストを奏でる。
その花畑の間に拓かれた道を歩く令嬢。長い金髪を風に靡かせながら照らす太陽を眩しそうに見上げる。
その後ろを、大型のトレーラーが追走する。この可憐な花畑の中に異色を放つそれだが、環境への対策は完璧であり草花に害をなすことは無い。令嬢のための道なので、トレーラーから見ても広すぎる幅があり運転には困らない。運転するのはもちろん執事。トレーラーは安全と積荷の無事を優先しても出せる限りの速度を出し走っているが、令嬢との距離は開くばかりである。令嬢が多少ゆっくりと歩いたところでその速度は時速200㎞を軽く超える。重い積荷を積んでいるトレーラーが追いつく事は出来ない。令嬢の姿はあっという間に花畑の向こうに消えてしまった。

ある小さな丘の上の草原にて腰を下ろす令嬢。彼女がそこに着いてから十数分後、トレーラーが到着する。トレーラーは、脚を曲げて草の上に座っている令嬢の横に停止した。トレーラーは令嬢の脚よりも小さかった。

「遅れて申し訳ございません。すぐに…」

コンテナ状だったトレーラーの荷台が天井から左右に分かれ、中から令嬢用のティーセットが現れた。執事はトレーラーに搭載されたリフト機能を使ってカップに熱い紅茶を注ぐ。力を込め、1m以上ある甘い正方形、角砂糖を持ち上げカップの中に入れる。普通の家と同じくらいの大きさのカップから湯気が立ち上った。令嬢はそのカップを手に取ると口元へと持っていった。

「おいしい…」
「ありがとうございます」

荷台の上で頭を下げる執事。
その後暫く、二人は小高い丘の山の上で素敵なティータイムを過ごしていた。


  *


午後。
先日から予定されていた執事・メイド志願者のテスト。若い男女数人がそこに並ばされていた。
その横には、これで自分の仕事が少しは楽になるかも知れないと顔をほころばせる執事。
彼の見る限り、この若者達は皆スジが良さそうだ。高貴な方に仕える喜びと充実さをよく知っている。きっとよい執事になってくれるだろう。
そんな若者達。もちろん彼等も気合十分であった。一部は執事服やメイド服を着られることの方に喜びを見出していたが。
だが今、そんな若者達の顔は青ざめ身体はガタガタと震えていた。
彼等の目の前では、巨大なお嬢様が椅子に座ってテーブルに肘をつきスカートの中で脚を組み詰まらなそうな顔でこちらを見下ろしていた。
想像していた貴族の娘の華々しさは十分に醸し出されていたが、その大きさは全くもって予想外だった。

「…以上、12名がお嬢様にお仕えしたいと」
「ふーん…」

令嬢の目が彼等をジロリと見渡し、若者達は青ざめた顔を更に青くした。
その時、令嬢が足を振って靴を脱ぎそれを彼等の前に放った。


  ドスウウウウウウウウウウウウウウウウン!!


それだけで彼等は阿鼻叫喚、何mも走り逃げ出してしまっていた。倒れ呆けている者もいる。20数mの靴とは約8階建てのビルの高さに等しいのだ。それが飛んでくれば平静など保ってはいられない。靴が地響きを立てて落下し若者達はみな床に倒れこんだ。立っていたのは執事ひとりである。
令嬢はずいと足を突き出して言う。

「その靴を履かせなさい。30秒以内よ」

それだけであった。
一瞬で火蓋は切って落とされ、その数秒後、呆けていた若者達がやっと動き出した。倒れていた靴の壁面へと近寄りそれに手をつける。その時彼等は改めてこの靴の大きさを思い知らされた。12人の男女が一斉に力を込めるも、靴はびくともしない。先ほどまで青ざめていた顔を真っ赤にして全力を振り絞っているのに。

「時間よ。全然ダメね」

令嬢は倒れた靴に足を滑り込ませた。そのせいで靴に取り付いていた若者達は跳ね飛ばされ絨毯の上に這い蹲った。

「お嬢様、いくらなんでも30秒は…」
「あなたは黙ってなさい」

一瞥して執事を黙らせた令嬢はため息をついた。

「次は屋敷の掃除でもしてもらおうかしら。1時間以内よ。私は部屋で寝てくるからあとはよろしくね」
「かしこまりました」


  ズシイイイイイイイイイイイイイイイイン!!


     ズシイイイイイイイイイイイイイイイイン!!


令嬢は部屋を出て行った。その時の彼女の一歩ごとの振動で若者達は床の上を跳ね回っていた。


─1時間後。
心地よい昼寝ですっきりとした令嬢が部屋を出て廊下を見渡してみるとそこは1時間前と何も変わっていなかった。令嬢はため息をついて最初若者達を集めた部屋へと向かっていった。

若者達は必死になって掃除をしていた。だが廊下の幅だけでも300m以上あり長さなんてとても測りきれない。廊下の向こうはかすんで見えるのだ。そんな広大な廊下だけでも1時間でなんて無理なのに言われたのは屋敷全体の掃除。不可能にもほどがある。しかし憧れの給仕になるためにはなんとしてもこのテストをクリアしなければ。夢を追う若者は廊下を雑巾で磨いていた。バケツに水を汲み、それを持ち移動しながら。学校の教室の床を雑巾掛けするのとはわけが違う。持ち歩かなければ最大300mの距離を雑巾を濯ぐためだけに走らなければならないのだ。と、その時。


  ズシイイイイイイイイイイイイイイイイン!!


     ズシイイイイイイイイイイイイイイイイン!!


あの巨大な足音が聞こえてきた。最初の彼女を見たときはとても美しいと思ったが、今は美しさよりも大きさに驚いていた。振り向いてみると廊下の向こうからあの令嬢が歩いてきていた。長い髪を靡かせフリルつきの服を揺らしながら。見とれてしまう美しさだが、だんだんと大きくなる振動が彼を現実に引き戻し、ふと気付く。若者は今、廊下のほぼ真ん中にいた。そして令嬢はこの廊下を真っ直ぐに歩いてくる。見える姿が大きくなってゆく。見上げた令嬢は欠伸をあの巨大な手で覆っていた。足元など見ていない。若者はすぐさまその場所を離れた。


  ズシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンン!!


令嬢の巨大な靴が、たった今若者がいた場所へと降ろされた。振動と風圧で吹っ飛ばされる若者。令嬢は地響きを立てながら去っていった。たった今自分が踏み潰されそうになったことになどまるで気付いていない。若者はよろよろと立ち上がると、先ほどまで立っていた場所に妙な模様ができていることに気付いた。灰色の丸い模様。何だろうと思って半秒、そこに置いてあったバケツがなくなっているのを思い出した。踏み潰されたバケツは圧倒的な重量によって完全に床の一部と化してしまっていた。そしてそれは、もしかしたら自分だったかも知れないという事実に、若者はその場にへたり込んでしまった。


再び集められた若者達の前で、最初と同じ様に脚を組み頬杖をつく令嬢。

「掃除もまともに出来ないなんて、それでよく仕えようと思ったものね」

令嬢のトゲを刺すような言葉だが彼等はガタガタ震える以外何も出来なかった。

「しかしお嬢様、1時間では私でも…」
「あなたは黙ってなさい。彼等は12人もいるのよ。あなた一人より早く出来て当然だわ」

フンと鼻を鳴らした令嬢はそっぽを向いて言った。

「不合格ね。私の屋敷には必要ないわ。帰りなさい」

若者達はとぼとぼと部屋を後にした。が、実は内心ホっとしていたのだ。こんな大きな令嬢の無理難題に付き合っていては命がいくつあっても足りない。うん、これは試練だったんだ。この先誰に仕えたとしても、この令嬢以上に予想外な主人はいないだろう。今日の事を思い出せばこれからさきどんな苦難にぶつかっても乗り越えてゆける。若者達は明るい未来を切り開ける自分の力を確信し部屋を出て行った。

残された執事はがっかりしていた。せっかく仕事が楽になるかと思ったのに…。

「喉が渇いたわ。紅茶を淹れて」
「は、はい。ただいま」

執事は走り出した。


  *
  *
  *


夜。
執事は自室で眠っていた。自室とは言うが、実際はこの屋敷の中に常人サイズの大豪邸が備えられているのだ。一人住まいなので中は質素。彼は令嬢の屋敷とは別に自分の豪邸も管理しなければならないのだ。普段の激務のせいで眠った彼は絶対に目覚めない。
そんな彼の寝顔を、令嬢の屋敷の窓から入り、執事の豪邸の窓から入った月明かりが照らす。
が、それが遮られた。
豪邸の前に立つ巨大な人影。それは腰を屈めると窓からその中を覗き込んだ。豪邸の中からは窓の外を碧い瞳が埋め尽くしたのが見えた。令嬢は部屋の中に執事の姿を見つめるとにっこりと笑った。これまでのクールな顔ではない。

「ごめんね、今日も無理させちゃった」

指先でその小さな窓を開くと、中に指を差し入れた。この窓の大きさでは指一本を入れるのが限界なのである。窓は指が入るとほとんど隙間がなくなってしまった。それでも十分すぎる大きさだが。部屋の中に進入した巨大な指はベッドの上で寝ている執事に優しく触れた。

「あなたが胸の間に落ちたときは本当にドキドキしたんだから」

布団の上から彼を撫でる。彼は小さい。だが昔からずっと自分と一緒にいてくれる人でもある。二人がもっと幼い時からずっと。昔はよく彼を泣かしてしまった。彼を指先に抱きつかせたまま立ち上がり手を前へ伸ばしたり。子どもの頃でも身長は100mを超えていた。その高さに、自分の腕の力だけで指につかまっているのだ。とても怖かっただろう。散歩のときは、彼を手に持ったまま腕を振って歩いていた。一緒にお風呂に入って、彼が椅子の上にいるのに気付かずにお尻を下ろしてしまったり、誤って踏んづけてしまったり。足の指の間で幼い彼が目を回していたときは本当に冷や汗を掻いた。そんなずっと昔から自分と一緒にいてくれる彼。そしていつしか二人は自分達の身分の違いに気づき親しく接する事ができなくなってしまった。それでも彼が一緒にいてくれるのはとても嬉しかった。

「せっかく新しい給仕を集めてくれたみたいだけどごめんね。この屋敷にはあなたと二人っきりでいたいの」

令嬢は指を口元に持ってくるとそこにキスをし、そしてまた指を豪邸の中に入れ、彼の横顔に触れた。
普段は絶対にする事が出来ない二人の、遠まわしなキスである。

「おやすみなさい」

そして令嬢は寝室へと戻っていった。



 ─ おわり ─