★ 昔 書きかけだったものを無理矢理完成させるシリーズ。

※『破壊』



  『 世界創造から破壊まで 』



「んーやっとできたぁ~」

真白い執務室の中、一人の女性が大きく体を伸ばす。

「我ながら中々の出来ね」

女性は腰に手を当て自身の足元を見下ろした。
彼女の足元に広がるのは奇妙な模様。単に敷き詰められた絨毯の模様かと思えば、その模様はゆっくりとであるが動いていることがわかる。

言うなればそれは非常に高高度から映した衛星写真のようなもの。まるで地図。
しかもリアルタイムで動いている。
つまりこれは地図ではない。

彼女の足元に広がるこれは本物の『世界』であった。
ただの大地ではない。すでにそこには様々な命を振りまいてある。
動物、植物、それは犬猫から人間に至るまで。
特に人間はいい。彼らにはある程度の知能を与えてあるから様々な動きを見せてくれる。
今度はどんな動きを見せてくれるだろうか。

「はぁ~神様も楽じゃないわ。世界を創って創ってまた創って。神経使うからしんどいのよね~」

神の称号を持つ女性は首をコキコキ鳴らしながら息を吐き出した。

「んじゃやることやったわけだし、仮眠でもとるとしますか」

そう言うと神様の姿は光になって消え失せた。
神の執務室には書類や備品、床の結界の中に作られた『世界』を残して誰もいなくなった。


  *


そんな無人(無神?)となった執務室の扉がノックされる。

「失礼しま~す。神様ー、次の世界の創世書持ってきましたよー」

扉を開けて入ってきたのは一人の少女。金色の髪。白い布の服。頭の上には光り輝く環を冠し、その背には純白の翼を携えている。
まさに天使。神の使いたる天使の少女は、神が仕事で使う書類を持って部屋を訪れた。

「あれ? 神様ー? いないんですか?」

部屋の中をパッと見渡した限り、目的の髪の姿は無い。とは言え執務室の中には書棚などが立ち並び見える範囲は限られるのだが。
首をひねる天使は中を探してみるべく部屋に踏み入ってきた。
流石に神の執務室と言えど、天使が翼を広げて飛べるほどの広さはない。

部屋の奥の机に書類を置いた天使はそこから再び部屋の中を見渡してみるも神の姿は見つからない。
棚の裏を見に行っても、隣の部屋を見に行ってもいない。
部屋の中をぐるぐると歩き回って神を探す天使。

そうこうしているうちに部屋の一角にある『世界』の在る結界の中に踏み入っていた。



『世界』は今しがた創造されたばかりだが住人たちはそれを知らない。
与えられた知識によって、自分たちと自分たちの世界ははるか古代からあるものと思っていた。
山も海も森も、自分たちの国も町も、先祖代々続く自分たちの家系も、それらは遠い過去から現在へ続くものだと認識していた。
昔から変わらない平和な世界。それが彼らの住む『世界』だった。

彼らに与えられた『過去』はあまりにも平和だったものだから、突然現れたソレは彼らにはまるで理解できないものだった。

突如、空の彼方より現れたソレは一瞬にして陽光を遮り直下に夜のように暗い影を落とした。
しかし人々がその突然の影に驚く間も無く、ソレは自身の作り出した影の上に落下する。
直後、世界中が大地震に見舞われた。一瞬にして世界中が大災害を被り、すべての人々が悲鳴を上げた。
彼らの知る平和が、一瞬にして崩れ落ちた瞬間であった。

平和を壊したものがいったい何であるか。その原因は彼らには知る由も無ければ知ろうとする余裕もなかった。
一度目の大災害から半秒を待たずして次の大災害が世界を襲ったからだ。
今度は世界の別の場所だった。先の衝撃の時とは遠く離れた地での同じ規模の衝撃。先の地より離れていたからこそ被害が軽微で済んでいた地も、今度の衝撃で完全に壊滅してしまっていた。
そしてまた半秒も待たずして同じような衝撃が全く別の地で発生し世界中を揺るがす。
息もつかせぬほど絶え間なく続く世界各地での凄まじい衝撃。その衝撃の正体は何かが地表に落下してきているからだとか、その物体がとてつもなく大きなものだとか、そんなこと考えていられる余裕のある人間は、この世界には一人もいなかった。


この時、天使は結界に踏み入り『世界』を横断していた。
天使自身は神を探すことに夢中で自分が何の上を歩いているのか気づいていなかった。
しかしたった今まで部屋の床をペタペタと歩いていたその足は確実にその世界の上に踏み下ろされていた。


天使の大きさは、その世界の人々の、なんと1億倍もの大きさということになる。
世界にとって、天使の足は全長2万1千kmというとんでもない大きさだ。

そんな巨大な足が、世界の上に無頓着に踏み下ろされている。
大陸よりも大きな巨足はその一歩で数十の国を踏みしめ、数十億もの人々を踏み潰した。
天使からすればその世界最大の山や海溝も0.1mmに満たない高さだった。踏みつけたところで段差を感じられるほどのものでもない。
天使にとって、世界は『真っ平ら』なのだ。
なのでそれらを踏みつけたところで、なんの違和感も感じていなかった。

世界の上を横断し世界を壊滅させて去っていったかと思えば、また戻ってきては世界を踏みつけていく。
天使が部屋の中を歩き回るので、世界は何度も何度も踏みつけられた。この天使は平均よりいくらか小柄であったが、その一歩一歩は巨大隕石の衝突以上の破壊をもたらしていた。

「神様~」

困ったような顔で主の名を呼びながら部屋を歩き回る天使。
その足元では、すでに一千億を超える人々が踏み潰されていた。

「おかしいなー。この時間は執務室にいるはずなのに…」

立ち止まって部屋を見渡す天使。
その立ち止まった場所はちょうど世界の上で、いま世界には途方もなく巨大な足が二つも乗ったまま静止していた。
全長2万1千km。幅7千km。足の指の太さだけでも1千km。長さは3千km弱。
あまりにも巨大すぎる二つの足が、世界のすべてを押し潰しながら鎮座していた。

「……しょうがない、またあとでこよう」

天使は執務室を出ていくことにした。
そうやって床をぺたぺたと踏む足の裏が、来た時よりも随分汚れていることに本人は気づいていない。
広大な世界の一つを、完全に壊滅させた証だった。


  *


「あーよく寝た」

再び光と共に現れた神。

「さーて、あとは仕上げに『世界』を宇宙に放つだけ…」

頭をぽりぽり掻きながら世界の前までやってきた神は、その体勢のまま固まった。
眠る前までは青く美しかったはずの世界が、今は無数の足跡で踏みにじられマントルのむき出しになった壊滅した世界になっていたからだ。