※ただ天使が書きたくなっただけなんだ

***


「神様~。もう天界に戻ってきてくださいよ~」

大空に轟くかわいらしくも大地を揺るがすような声。
福音というにはあまりにも現実的で凄まじい轟音だった。

それは街の上空に、真っ白い翼をパタパタと羽ばたかせ滞空する一人の少女の口から発せられたものだ。
頭から垂れ下がる長い金髪は陽光に煌めきまるで黄金の虹。
瞳はその青空よりも澄んだ透き通るような青。
白鳥のそれのように穢れの無い真白い翼。
身に纏言う薄手の布は古代ギリシャのヒマティオンを彷彿とさせるが、少女が身に纏うそれは更に面積が少なく、むしろ天女の羽衣を首からかけ胸と腰を覆っているに過ぎない程度。つまりはほとんど裸に近い。
緩やかに巻かれふわふわと漂う布はその垣間に隠れている部分が見えてしまう。
そして極めつけは頭の上に輝く金色の環。

これらに連想されるものは一つ、天使。

本物の天使が、この下界に降り立っていた。
しかしそれは空想上に描かれる人々の想像よりも、1000倍も大きかったのだ。

 *

そんな巨大な天使の直下の街の一角の家の窓から一人の少年が顔を出す。

「うるせー! 俺は神様なんかじゃないって何度言わせるんだ!」
「そんなことないです! ほらほら、この絵に描かれた神様とそっくりじゃないですか!」

天使は閃光と共に取り出した紙の上下を持ってバッと、それを直下の街から見えるように下に向けた。
おかげで街中からその似顔絵を見られた。

「だからあなたは神様ですよ!」
「違うっつってんだろ! いい加減迷惑なんだよ!」

数日前、突然押し掛けてきた天使に、少年はそれはそれは狼狽驚愕したが、最早今となっては慣れたものである。
というか連日この調子で、身に覚えの欠片も無いのに「あなたは神様です」などと言われ続けてはうんざりを通り越して腹が立ってくる。

「似顔絵に似てるからってなんだってんだよ! 俺は人間で神様なんかに関わりを持った覚えはない! つーかそんなへたくそな似顔絵で俺が神様なんて決めるなよ!」
「ガーン! ひどーい! 頑張って描いたんですよーこれー!」

空の彼方、頬を膨らませて怒る天使。
お前が描いたのかよ。
少年は舌打ちをしながら頭をボリボリと掻いた。
最早NASAもビックリのこの超常現象も見飽きてしまった。

不意に天使の姿が大きくなったように見えた。降りてきているのか。
天使は、その腰を僅かに覆う布から飛び出た、そこから先を一糸纏わぬ生脚を下にゆっくり降りてくる。
そして、

 ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!

巨大な素足で地表に降り立った。
着地の瞬間、凄まじい土煙が巻き起こり、周辺の建物は軒並み崩壊、吹き飛ばされてしまった。
そんなこと気にもせず、天使は肩幅まで開かれた足でしっかり地面を踏みしめ、両手を腰に当て、少年の家を見下ろした。

「もう! どうして信じてくれないんですかー! あなたは神様ったら神様なんです!」

プンプン! と言った風に頬を膨らませ、同時にあの巨大な翼がパタパタを羽ばたかせた。
そのせいで地上では竜巻が起きたりしていたが。

「ちーがーうっての! とっとと帰れよ!」
「む~! どうしても認めてくれないんですね~!」

ゴゴゴゴゴ…!
大気が鳴動する。天使の感情に呼応しているのか。
天空の雲が天使の頭上を中心に渦を巻き始める。
天使がちょっと起こるとそれだけで大自然に影響を及ぼすというのか。

それでなくともすでに踏み下ろされた天使の両足だけで地上の街は大きく破壊されているのに。
一帯は都心ではないので高層ビルなどは無く、低層のビルや住宅街が多い。他にはスーパーなどだろうか。
そこに降ろされた素足はその色も相まって他に比類する巨大な建築物が無い事から非常に目立つ。
左足は住宅街の一端の上に降ろされ、足の下敷きになった家々は当然踏み潰され粉々になり、足周辺の家も足の着地の衝撃で粉々に吹き飛ばされてしまった。
舞い上がる砂煙の中、人々が逃げてくるのが垣間見える。家々が瓦礫となり、道路がひび割れ、まさに大災害を被った街並みを必死に逃げてくる。
そんな彼らの背後には、彼らの家々を踏み潰して鎮座する巨大な足の指が並ぶ。それぞれが、まるで横倒しになったビルのような大きさがあり、ただの家ではその指の太さの半分ににも満たない。
指の下から家の瓦礫や家具などが飛び出ている。崩れた屋根などと比べてもこの指はとてつもなく巨大だった。

が、天使は自分の引き起こした破壊に気付かないのか、踏み潰した家々も逃げる人々も無視して少年を説得している。
少年とのやり取りの間に飛び跳ねるようにして抗議したりして、足元の街を更に破壊しつくしてゆく。

と、そんな天使の体で小さな爆発が起きた。
「?」何かと思って辺りを見渡してみると、周辺に小さなものが飛んで集まってきている。更によく見れば足元にも黒っぽい何かがたくさん動いていた

「なんですかコレ?」
「あーあ、とうとう軍隊が出てきちまった。知らねーぞ、お前のせいだからな」
「えー! あたしが何したって言うんですかー!」

天使が抗議する。
その為の軽い動作で足元の街に更なる追い討ちをかけているなど気づきもしない。

天使は周囲の軍隊に向き直った。

「じゃましないでくださいよ~。今あたしは神様を説得するのに忙しいんです」

だが、すでに街を破壊しつくしている巨大なモンスターを相手に、遠慮などするはずがなかった。
周囲を飛ぶ戦闘機はその体に次々とミサイルを、地上に集まる戦車たちからはその足に砲撃を撃ち込んだ。
天使の巨大な体のあちこちで小さな爆発が起こる。
天使はそれを防ぐような動きをしながらも、体のどこにも傷ついていない。

「もーやめてください! あたしは皆さんの敵じゃありません!」

天使の声が大気を震わし、周囲を飛ぶ戦闘機に襲い掛かる。
声の衝撃波に当てられて僅かに機体が飛ばされる。が、すぐに持ち直し再び攻撃を仕掛ける。
天使に撃ち込まれる攻撃は依然数が減らなかった。

体中でパチパチと爆発が起き続ける。
いい加減に鬱陶しい。
天使が体をぷるぷる震わせるのを余所に、体の各所では小さな爆発が起こる。
それぞれの爆発は天使から見れば1cmにも満たない小さなものでそれらが体にあたる感触は飛んできた虫がぶつかるのにも及ばない。

逆に、軍たちからすれば街を襲う怪獣の正体は異様であった。
まさに天使と言うにふさわしい出で立ち。しかし伝説に謳われるより薄手の衣服は魅惑に富み、そしてそのあどけない笑顔にふさわしくない足元の大破壊。魅力的な肢体を誇る天使のその足元は地獄であった。
倒壊し瓦礫になったビル。柱が折れぺしゃんこに崩れた家。ひび割れめくれ上がった道路にねじれて地面から浮きあがった線路。
轟轟と黒煙を巻き上げ、煉獄の火炎が渦巻き、それら瓦礫の間を人々が悲鳴を上げ逃げ惑う様は地獄絵図。
天使の体を天界、足元を地獄とすればある意味納得のいく光景。が、その地獄を作るのが天よりの使者である天使とはなんという皮肉か。
足元の地獄を見下ろす天使のきょとんとした表情は天使のそれなのだが、地獄を作り地獄に立つ天使の姿は世界の終焉を意味するかのようであった。
軍はこの地獄を脱するため、そこに立つ身長1600mという、如何な伝説にも無い巨大な天使に弓引くことを決意した。
雲さえ貫かん、神のような天使に。

そんな軍の攻撃に拳を震わせていた天使だが、突然その両手を振り上げて叫んだ。

「むー! 天使を怒らせると怖いんですよー!」

表情こそ(>△<)だが発せられるオーラは爆発のような凄まじさを持っていた。
そしてズン! と一歩踏み出し、正面から来る戦闘機の一団に振りかぶった拳を撃ち放つ。
直径100mを超える大きさの拳が音速の3倍近い速度で進行方向から迫ってくれば人間の反応速度では避けられない。
戦闘機は脱出の警告が出る間も無く、繰り出された拳の中に消えていった。
爆発が起こることも周囲に破片が飛び散ることも無く、拳は戦闘機を粉々に粉砕し、まさに消し去ったのだった。
天使は手をブンブン振り回して戦闘機を追いかける。戦闘機の飛行速度は秒速1m弱で天使がただ歩くのより遅く、旋回するにしても動きは緩慢で飛ぶ虫を追いかけるよりも簡単なのだ。
急旋回する戦闘機をパシッとあっさり叩き落としてしまう。たかが1cm強の戦闘機は紙のようにやわらかくて軽く、天使の手に叩かれれば一瞬でバラバラである。
ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ。手のひらで叩かれて、手の甲で払われて、次の戦闘機は軽いデコピンで落とされた。
太さ15m。指先に輝く爪はそこに戦闘機が乗れるほどの広さがある。
爪は硬く、指はしなやかに戦闘機にデコピンをした。それは戦闘機にとって、目の前に現れた塔のように巨大な指がボッ! と音を立てて突っ込んでくるに等しい。
人々から見ても分からないほどの粉々に粉砕された戦闘機は1000mもの上空からパラパラと地表に降り注いだ。

そうやって戦闘機を追いかけまわしながら歩く天使の足元では街が更に壊滅的な打撃を被っていた。
足元を見ずに戦闘機を追いかける天使の歩調は不規則で、人々は巨大な足がどこに落ちてくるかわからない恐怖にさらされる。
更に天使が歩き回るせいで地上の戦車隊も砲撃の狙いを定められず、その上足を真上に踏み下ろされることもあった。
たかが10m強の戦車など天使にとって豆粒のようなものである。足の小指の先以下の大きさなのだ。そんなものを、戦闘機を追いかける最中に踏み潰したとしても気づきもしない。
後退し始めていた戦車たちは空から無意識のうちに振り下ろされる巨大な足にズズンと踏み潰され、その足が持ち上げられたあと瓦礫の街に残る巨大な足跡の中でペチャンコになっていた。
当然、逃げ惑う人々もそれに巻き込まれていった。

周辺の戦闘機はあらかた落とし終えた天使。
握られた両手の拳の中には十数機の戦闘機が握り潰されていた。
残りの戦闘機は天使の手の届かない上空へと退避、敵の射程外からの反撃を開始した。

「まだやるんですか~!?」

戦闘機たちがぷ~んと音を立てて上に登ってゆくさまを、手のひらに付いた潰れた戦闘機をパンパン叩き落としながら見上げる天使。
その手をはたき合わせる音は甲高い衝撃波となって周囲に轟き、生き残っている人々に耳を塞がせた。
上空、見上げた先からまた次々と攻撃が繰り出されてくる。
なんでこうも無駄なことをするのか天使には理解できなかった。

「懲りないならお仕置きです!」

バサッ! 天使は背中の真白い翼を大きく広げた。
人々の視線の先で、もともと巨大である天使が更に大きくなったような気がした。
その翼を大きく羽ばたかせると同時に天使は地を蹴って宙へと飛び上がった。
翼をはためかせ、あの巨体が飛ぶ。
だが天使が飛び上がるためにその巨大な足で地を蹴ると地上は一瞬ズンと沈みこみ、それが元に戻る反動で地表はまた壊滅した。
更に巨大な翼がはためいたとき凄まじい突風が巻き起こり、地上のものはみな吹き飛ばされ人々は宙へと舞い上がった。
真白い翼が羽ばたき、その時抜け落ちた天使の羽が、壊滅し瓦礫のみが転がる街にひらひらと落ちてきた。
そのひとつの羽だけでも全長は100mを超えていた。

上空へと移動していた戦闘機たちは天使が空へ舞いあがってきたことに驚愕した。
もともと天使が空を飛んでいたことを考えればその行動は予測できたが、その巨体故空を飛べるはずがないと思い込んでしまっていた。
周囲には低い雲さえ浮かぶ高度。その高さにいた戦闘機たちは、あの巨大な天使が雲を突き破って目の前にやってきて大混乱に陥った。

「それで離れたつもりだったんですか? なんならもっと高く昇ってもいいんですよ」

あっという間に目の前に来た天使に戦闘機たちは攻撃を止め距離を取る事とした。
近距離の戦闘が危険なのは先に証明された。距離を取らなくては勝機は無いと。
戦闘機は雲と雲の間を超高速で飛行しながら天使から離れていった。
だが、

「追いついちゃいますよ。もっと速く飛べないんですか?」

大気を震わせ嫌でも耳に飛び込んでくる妙なる巨大な声に振り返ればそこには巨大な天使の姿。
超音速で飛んでいる戦闘機のあとを、のほほんとした様子で追いかけてくる。
戦闘機は速度を更に上げ旋回を繰り返して天使を振り切ろうとしたが、天使は全く離れずついて来る。
パイロットは体にかかる凄まじいGに気を失いそうになっているのに、天使は今にもあくびをしそうな表情だ。

そんな天使が戦闘機の後ろに顔を持ってきた。
背後を巨大な顔が迫ってくるというのはあり得ない恐怖だった。
今速度を落とせたば間違いなくあの顔に激突してしまう。この戦闘機と比べあの天使の顔は巨大すぎる。
あの形のいい鼻に追突されて砕け散るのか、あの巨大な鼻の穴に吸い込まれてしまうのか、それともあのかわいらしい口にぱくりと食べられてしまうのか。
実際に今、あの口は戦闘機の背後にある。食べられる可能性が高くなったことに、パイロットは取り見出し悲鳴を上げていた。
限界の限界、危険域にまで速度を上げたが、それでも巨大な口は近づいてくるばかりだ。
薄紅色のぷるんとした唇。こんな戦闘機などあの唇の間にはむっと咥えられてしまうだろう。
ただ咥えられるだけなら機体に大事は無いかも知れない。唇の間に捕えられて、あとは天使の気分次第だ。
その咥える唇に少し力を込めれば、戦闘機は柔らかい唇の間でプチッと潰れるだろう。
唇の檻がゆるみ口の中に放り込まれれば巨大な舌の上で弄ばれるだろう。
じゃぶじゃぶとあふれ出てくる唾液の海に油臭い戦闘機は水没してしまうだろう。
奥に連れ込まれれば戦闘機は機体よりも巨大な真白い奥歯の間でクシャッと噛み潰されてしまうだろう。
いずれも可だ。実際にできてしまうのだ。
それらすべてを可能とする口が今まさに真後ろにあるのだ。
すでに唇は戦闘機の尾翼に触れるのではないかというところまで近づけられている。戦闘機の背面は唇によって埋め尽くされた。
その唇が僅かに突き出された。あの紅色の唇の形が変わり「う」の形になる。
天使は、小さく「ふっ」と息を吐き出した。
唇の前にいた戦闘機は凄まじい突風をぶつけられ前方に向かって粉々になりながら吹っ飛んだ。
超音速で飛びながら、背後から突風を受けるという未知の体験だった。

空に舞い上がった後も、天使の圧倒は変わらなかった。
手を振れば戦闘機は叩き落とされ、足を思い切り振れば数機の戦闘機が一度に蹴り落とされる。
目の前を飛んでいた戦闘機は両手でパチンと挟みつぶし、その場でくるりとターンすれば翻った長い金髪が周囲の戦闘機を薙ぎ払った。
全長数百m、その数数万本の金髪の鞭に当てられ、戦闘機はバラバラにされてしまった。

「ふふん、こんなものですか。天使はすごいんですよ」

ぐいと胸を張って勝ち誇る天使。
そのせいで薄手の布に覆われた大きな胸が大きく盛り上がる。
もともと余裕のある布で覆われた胸は天使の軽い動作でも自己を主張するように大きく揺れる。
戦闘機を追いかける天使の胸元では胸が常に揺れ弾んでいた。

と、そこに生き残っていた戦闘機が突っ込んできた。
しかし挙動が不安定なところを見るとこの戦闘中に故障してしまったのだろうか。
とにかく戦闘機はパイロットの悲鳴を尾にしながら、天使のその豊かな胸元の乳房と布の間にスポンと飛び込んでしまった。

「ひぅっ!?」

突然の感触に天使はびくんと体を震わせた。
右の乳房、それも乳首に何か小さなものが飛び込んできたのだ。
このとき戦闘機は乳首の表面、ちょうど乳頭の上に乗っかる形で止まっていた。
大きな乳房、それを押さえつける布との間に囚われてしまったのだ。

「やぁぁぁ!! なんですか!? なんですかっ!?」

天使は叫びながら身を捻る。
まるで普通の少女が服に入った虫を嫌がるように。
その動作で胸はゆっさゆっさと暴れまわるが、それでも戦闘機はそこに囚われ続けていた。ただそこに乗るパイロットはあまりに凄まじい動きの中で気絶してしまったが。

「あ~ん神様ー取ってくださいよー!」

涙目で訴える天使だが、仮にあの少年が神様だったとしても高度一万m上空で全長20m弱の戦闘機が胸元に飛び込んだせいで暴れる身長1600mの天使を助ける事が出来ただろうか。
天使が胸を左右に振る。
大きな乳房がぶるんぶるんと振り回され、乳房にかかる遠心力は凄まじいものだった。
その巨大な乳房が振り回されると大気が大きくうねりを上げ、その音は地上にも轟いた。
ぶぅうん! ぶぅうん! 振り回される乳房の先端、捕らわれた戦闘機は布と胸の間の圧力でメキメキと潰れ始めていた。
戦闘機を下から支える、その機体と同じくらいに巨大な乳頭が布を押し上げて隙間を作っていなければ、戦闘機は布と胸の間の圧力でとうに潰れてしまっていただろう。

いつまでもそこに居座り続ける小さな感触に意を決した天使は右の乳房を覆う布を掴み横にグイと引っ張った。
布が勢いよくどけられ胸がぷるんと躍り出てきた。
その揺れで、乳頭の上に乗っていた戦闘機は空へと放り出され、そのまま地上に向かって1万mを落下していった。
だがその途中で、天使の巨大な手のひらに拾われる。

「て、天使のおっぱいに飛び込むなんて…! エッチなあなたには天罰ですっ!」

天使は手のひらの上の戦闘機を指先で押さえつけるとそのままプチリと押し潰した。
粉々になる戦闘機。だがそのあとも何度も何度もぐりぐりと指を押し付ける天使。

「この! このっ!」

目には涙を浮かべていた。相当怒っているらしい。
やっとのことで天使が指をどけたときには、戦闘機は粉々の粉々になり砂のような粒になっていた。
その戦闘機だった粒粒も天使が「ふっ」と息を吹き付ければひとかけらも残ることなく散らされてしまった。

「まったく~…」

天使は胸をしまいながらプンスカ怒っていた。
が、すぐににっこり笑うと地上に向かって急降下していった。
これで邪魔者はいなくなり神様を説得できる。

ギューン………ズドォォオオオオオオオオオオオンン!!
超高速で落下してきた天使はその勢いのまま街の上に着地した。
巨大な両足が巨大な体重と速度を乗せて着地した瞬間、その凄まじい衝撃によって、すでに瓦礫となっていた街は完全に吹っ飛びただのクレーターになってしまった。
そんなクレーターの中、唯一形を残す少年の家に地響きを立てながら近寄ってゆく天使。

「神様~終わりましたよー」

声を掛ける。
が、少年からの返事は無い。

「あれ?」

きょとんとした表情で首をかしげた天使は少年の家の前に膝を着き四つん這いになり、更に上半身を伏せるようにして少年の家に顔を近づける。
目の前にある、7㎜ほどの少年の家。その屋根を人差し指の爪の先でツンツンとつついてみる。

「神様ー?」

顔を横に向け、地面に顔を着けながら、片目で小さな家の中を覗きこむ。
するとその小さな二階の窓の向こうで、座り込んで震える少年の姿があった。

「どうしたんですかー?」
「ど、どーしたもこーしたもあるか! お前、なんてことを…!!」
「ダメだったんですか?」

天使は顔を上げ周囲を見渡した。
確かにもうそこには街は無い。
天使の力で守った少年の家以外、すべてが茶色のクレーターに変わっている。
ペタンと女の子すわりで座り込んでいる天使の視線からはそのすべてが見る事が出来た。
少年からは、今は街は見えない。
僅かに開かれ下されている天使の太もものせいで視界が遮られているのだ。直径100数十mの肌色のふとももだ。
家はその開かれた太ももの正面に建っており、少年からはその足の付け根の間の部分が丸見えだったが、天使はそれを隠そうともしていなかった。

「どーしてくれんだよ…」

少年は絶望した。
自分の街が、自分を除いて消えてしまった。
学校も店も友達も、知っているものが何一つ残っていない。
みんなみんな吹き飛んでしまったのだ。

「…」

天使は神様である少年が酷く落胆している様子を見て考えた。
頬に人差し指を当てて「んー」と考えた。
そして答えを出す。

「じゃあ元に戻しましょう」
「……へ?」

窓の向こう、うつむいていた少年の顔がぽかんとした表情で自分を見上げたのを見て、天使はにっこりと笑い返した。
そしてゆっくりと立ち上がり、軽やかな動作で飛び上がるとパチンと指を鳴らした。
その音がまるでエコーのようにゆっくりと木霊すると周囲が光に包まれ始め、光の粒子があるものを形作ってゆく。
それから数秒後、街は元のありさまを取り戻していた。
ビルも家も道も車も、そして人も、何もかもが元通りになっていた。

何一つ変わらぬ街並みを二階の窓から見下ろした少年は唖然としていた。
そんな少年に天使の声が降り注ぐ。

「どうですか神様? 全部元通りですよ」

声を追って見上げれば街の上空でパタパタと羽ばたいて滞空する天使の姿。

「本当に…本当に元通りなのか…」
「はい♪ 家の一軒から花の一本までみーんな元通りです」
「……すごい…」

少年は呆然としたまま、にっこりと笑う天使を見上げていた。
街のいたるところで街上空の巨大な天使を見つけた人々の悲鳴が聞こえ始める。

「また邪魔が入ると嫌ですし、今日はこれで帰ります。でもでも、神様が神様だってこと、絶対に諦めませんからね!」

地上の少年に向かってペコリと頭を下げた天使はその翼で羽ばたくとそのまま急上昇し空の彼方へ消えていった。
その姿が見えなくなったあとも喧騒に包まれる街の中、呆然と窓から空を見上げ続ける少年の心にひとつの感情が芽生えた。