※いちおー【ぼの】+【破壊】【嬲り?】



 『 父と娘 』



部屋でくつろいでいると突然部屋が大きく揺れ始めた。
正確には揺れたというよりも動いたという方が正しいだろう。ぐわっと斜めに傾いたかと思うと急上昇したのだ。
二階で椅子に座っていた俺だがその揺れの中で椅子から転げ落ち床に転がってしまった。
尻をさすりながら窓の外を見ると、そこから巨大な目が覗き込んできているのが見えた。

「だたいま、お父さん」

窓ガラスがビリビリと震えるような大きな声。

「…おかえり」

俺は答えていた。

俺は今、俺のいる家ごと現在中学2年になる娘に持ち上げられている。
娘が大きいのではなく俺が小さいのだ。
縦横の幅30cmくらいの板の上に取り付けられた大きさ10cmくらいの2階建ての家。そこに俺はいる。
すべてが100分の1の大きさだ。俺はおもちゃの家で暮らしているのだ。
娘は今、その土台の板ごと家を持ち上げ窓から中を覗きこんでいる。ぱちくりとまばたきをする円らな瞳はこの家の窓よりも大きい。
俺が答えたのを確認した娘はにっこりと笑い、そして俺の家を持ったまま2階にある自分の部屋へと上っていった。


  *


部屋に着いた娘は俺のいる家をベッドの上に降ろした。

「ちょっと待ってて、着替えちゃうから」

言うと娘は着ていた制服に手をかけバサバサと脱ぎ捨てあっという間に下着姿になる。
靴下もポイポイと脱ぎ捨て、今身に着けているのはブラとパンツだけだ。
父親と言え男の俺の目の前で何故こうも明け透けでいられるのか。
問いただしてもきょとんとするばかりで質問の意味すらできていない様子。どうやら父親である俺は完全に異性として見られていないらしかった。
注意はしたが、その効果はまだ現れていない。
そしてあっという間に私服に着替えた娘は再び家を持ち上げると、今度は机の下に置いた。
壁際の、壁にぴったりとくっつけられた机の下の空間は薄暗い。
そんな暗い場所にある家の窓から見上げる俺を見下ろして娘は微笑んだ。
俺はため息をついた。
娘の困った趣味だった。

娘は宿題をするために机の前の椅子に座り、そして当然、両足をこの机の下の空間に差し入れる。
俺のいる家の左右に、俺から見たら長さ23mにもなる巨大な素足が踏み下ろされた。
この家よりも大きな足だ。2階の窓からはその大きさがよくわかる。
こんな小さな家など娘の片足を乗せられるだけで上を覆われてしまうだろう。
そして娘の困った趣味とは、まさにそれだった。
娘が宿題を始めてしばらくしたころ、家の左右に降ろされた娘の巨大な足がぐわっと持ち上がり、俺のいる家の屋根にズシンと踏み下ろされた。
凄まじい轟音と揺れに俺は床の上に転がってしまった。その後も、ぐわんぐわんと揺れ続ける家の床の上をゴロゴロと転がる俺。
娘の困った趣味とは、俺のいる家を踏みつけることだった。
別に俺に対しての嫌悪や攻撃の意味があるわけではなく、単純に、このおもちゃの家の形が踏みつけていて気持ちいいそうだ。
屋根の角や角度が踏みつけたときいい感じにツボに入るらしい。
娘は今右足で俺の家の屋根を踏みつけぐいぐいと足を押し付けている。
その巨大な足からかかる途方も無い重圧に家がメリメリと音を立てているのがその中にいる俺にはそこら中から聞こえてくるのだ。
家の土台事体が床にくっついているわけではないので娘の足の力加減によっては土台が床の上を滑り、その度に俺は家の中で吹っ飛ばされる。
なるべくそうならないように、娘は左足で家を横から押さえつけているのだが、それもまた重圧となって家に悲鳴を上げさせていた。
外からは、きっと俺の家は見えないだろう。娘の足の下にすっぽりと隠れてしまっているはずだ。
左右の足で10cmとない家をぐいぐいと踏みつけているのだ。
どうもこの家の屋根の右側の角がお気に入りらしくそこを重点的に攻めてくる。
メキメキ! パキパキパキ!
家の中にいる俺にはこの家の屋根付近の壁にひびが入っているのが見えるのだ。
たまに破片がパラパラ降り注いでくる。
この家もそろそろ限界だ。娘にも新しい家にしてくれるよう頼んだのだがどうやらこの家が気に入っているようでもう少し使いたいそうだ。
しかも中に俺がいないと効果が無いらしい。

宿題をしている娘の足元でぐにぐにと踏みつけられている俺の家だが、もともとは家以外にも設置物があった。
最初はミニカーや庭の木、ポストなども設置されていた。いわゆるセット販売のおもちゃだったのだ。
だがそれらはみな娘のこの趣味のおかげで壊れてしまった。
木はあの巨大な足の親指と人差し指の間に挟まれ地面から引っこ抜かれた。
ポストは踵の下に押し潰され粉々になった。
ミニカーは俺の見ている目の前で巨大な足の下敷きになって踏み潰された。
足が持ち上がった時、その足の裏から粉々になったミニカーの破片がパラパラと剥がれ落ちてくるのを見て俺は震え上がった。
ミニカーと言っても俺にとっては普通の車と変わらない。その車があっさりとゴミにされてしまったのだ。
唯一残っているこの家も、この状況を見るに長くは無いだろう。
なんとか娘に聞き入れてもらって、新しい家を買ってもらわなくては。

突然、家が斜めに傾いた。俺は突然傾斜30度くらいになった床の上をゴロゴロと転がり壁へとぶつかった。
今更だがこの家の中には大した家具なんかなく、何かが倒れたり転がったりする心配はない。
俺は部屋の壁と床の境目の底にハマって打った尻をさすっていたが今度は突如、一瞬の浮遊感と共に家が爆発したように激しく揺れた。
狭い部屋の中を跳ねるようにして転がりまわる。
いささか体を痛めたが、大したことではない。
そう、大したことではないのだ。これは娘にとって、ほんの些細なこと。
これまでの経験から察するに、おそらくは足の指で屋根の端を摘まみそのまま家を持ち上げたのだろう。
家のある台が片方だけ浮き上がり、そしてある程度の高さまで持ち上げたら屋根が指の間から滑り落ちたかしたのだ。
娘にとってはそれだけのこと。宿題をする間の足の無意識な動きのひとつだ。
だが俺の体はもちろんのこと、この家も大きな被害を被っていた。
再び家は先ほどまでの足の踏み付けを再開されメキメキと音を立て始めた。
俺は一刻も早く娘の宿題が終わるよう部屋の隅で祈った。


  *


やがて家が悲鳴を上げるのを止め、同時にあの凄まじい揺れも収まった。
俺がじっと動かないでいるとまた家がぐらりと揺れ、しかし先ほどまでよりは静かな動きでどこかに移動しているようだった。
窓の外を見てみるとそこには上半身しか見えない娘の姿が視界を埋め尽くしている。どうやら宿題が終わったようだ。俺は窓を開けて顔を出した。

「終わったよお父さん。大丈夫?」

娘が首をかしげながら見下ろしてくる。一応、俺のことは気にしてくれている。だがそれでもやめられないようだ。
正直な話、俺は疲労と傷みで立っているのも辛かったが、娘の前で弱気なところは見せたくなく、俺は何気ない様子を装った。父親としての不器用な意地だった。
娘は俺の家を机の上に降ろし、俺が家から出て来るとその家を再び机の下に置き、両腕で頬杖を着いて俺を見下ろし始めた。
何をするわけでもない。ただにこにことほほ笑みながら俺を見下ろしている。だがその足は今も俺の家を踏みつけている事だろう。
親バカと言われようとも、俺を見下ろしてくる娘の巨大な笑顔は天使のようにかわいらしかった。
例えその足が、悪魔のように俺の家を破壊しているとしても。