※【破壊】(ウォシュレットしたかっただけなのでストーリーは迷子)



 『 うぉしゅれっと 』



高さ80mほどのビルの上にて。

「うぅ…っ」
「オラ泣いてんじゃねぇ新入り! さっさと動きやがれ!」
「ぼ…ぼくは…、ぼくはこんなことをするために今日まで生きてきたんじゃない!」
「ガタガタ抜かすな! とっととホース取って来いってんだよ!」

屈強な男の大声にも、まだ若い少年は涙を流し立ち尽くすままだった。
まだ20にもならない少年は悔しそうに歯噛みしながら涙を流している。
男は少年を一瞥し舌打ちをするとその少年に近寄って胸ぐらを掴んだ。

「いい加減にしやがれ! いつまで泣いてるつもりだ!」
「だってこんなことやりたくないもの! なんでこんなことしなくちゃいけないんだよ!」
「黙れ! んなこと考える暇があるなら動きやがれ! 早くしないと…!」

『ねー、まだなのー?』

突如、空気がビリビリと震えるほどに巨大な声が轟き、男は少年から手を離し自分の耳を押さえ、少年も自分の耳を押さえて悲鳴を上げながらうずくまった。

歯を食いしばって声に耐えた男はすぐにその声に返事をする。

「す、すいません! すぐに始めますんで…!」
『そう? 座ってるのも疲れてきちゃったから早くしてね』

ゴゴゴゴゴ…!
大気が鳴動する重々しい音が聞こえる。
巨大な声に震わされた空気の音だ。

男はもう少年を無視し自分でホースを取りに行きそれを持って走り始めた。

残された少年はまだ泣きながらうずくまっていた。
蹲る前から、少年は頑として空を仰ごうとはしなかった。
空を視界に入れたくなかったのだ。

何故ならそこにあるのは空などではなく、巨大な肛門だったからだ。

男と少年のいるビルの屋上の真上に、直径にして2~30mにもなる巨大な肛門が展開されていた。
左右にはずっしりとした尻の肉が盛り上がり、まるで肌色の二つの山が天から地に向かって聳え立っているようだった。
このビルの屋上から見える空すべてが、巨大なお尻の一部に占領されてしまっているのだ。

このお尻の持ち主は身長1600mという、人類の1000倍もの体躯を持った巨人族の少女であった。
少女は今、二人のいるビルの上にしゃがみこんでいるのである。
ここは巨人族の少女の部屋の中で、二人のいるビルは周囲にある家具からすればとても小さなものであった。

男と少年は、この少女の世話をするために連れてこられた者たちである。
世話をするものは政府によってランダムに選ばれ、選ばれた者に拒否権は与えられない。
少年はいよいよ社会に飛び出そうかというところでその世話人に選ばれ強制的にここに連れてこられてしまったのだ。
男はすでに世話人を任せられて数年のベテランであるが、少年はまだ数日である。
明るい未来を夢見ていたはずなのに、気付いたら巨人の少女の尻の穴に見下される人生を強制されていた。
絶望しないはずがない。涙を流さないはずがない。
男も、そんな少年の境遇を心痛く思ってはいるが、それでも動かさなければならないのだ。

男は屋上のフェンスの傍まで来ると上に展開する巨大な肛門に向かって放水を開始した。
つまりはウォシュレットである。
二人に与えられている仕事とは、少女の尻の穴を綺麗にすることなのだ。

別に汚れているからというわけではない。
ただ、巨人族に誠意を示すために、どんな屈辱的なことでもさせようという政府の思惑である。
行為の意味そのものに意味は無かった。

『ん…っ』

少女の押し殺したような声が轟くと共に、ビルの上空を覆う巨大な肛門がキュッと締まった。
男の放水をくすぐったく思ったのだろう。
無数のシワが放射状に広がる肛門がぐもぉっと動いた。

男は手慣れた動きで巨大な肛門を洗ってゆく横で、背後でうずくまる少年へと視線を向けた。
まだ少年はうずくまり耳を押さえて泣き叫んでいる。
男はまた舌打ちをした。
だがそれは少年への侮蔑ではなく同情、そして政府への嫌悪を吐き出したものだった。
結局政府が自分たちの保身の為に国民を売ったのである。
現在、その巨人の国の庇護下にある代償が、この巨人の世話をすることなのだ。
そしてその為に選ばれる人間は老若男女関係なく、無作為に選択される。
今回のように夢多い若者が選ばれることもある。
政府の保身のための、無意味な世話の為に生涯を費やさねばならなくなる。
無論、政府の保身の為なのだから政府関係者がこれに選ばれることはない。
時世の犠牲になるのはいつも民草である。

このビルは高さ100mほどのビルで床にしゃがみこんでいる巨人族の少女の尻の高さに丁度良い値だった。
上空を埋め尽くす少女の巨大な尻による圧迫感は凄まじい。
その巨大な山は今にも落下してきそうな危なげな雰囲気を漂わせていた。
しゃがみこんだ少女の体を支える床を踏みしめる巨大な足がもじもじと動かされているのだ。
少女がしゃがんでいる事に疲れた合図である。
もしも、少女がバランスを崩し尻餅を着いてしまうような事になれば、尻の下にあるこのビルなどあっという間に潰されてしまう。
当然、そのビルにいる男と少年もだ。
この巨大な尻は、そこにあるビルをまるで紙か砂でできているようにくしゃっと潰してしまうだろう。
もちろん少女自身にデメリットは無い。
もともと必要のない行為。うっかり潰してしまっても尻がちょっと汚れる程度の存在だ。
人々は無意味な行為に命を賭けさせられているのだ。

不意に、その洗っていた尻の穴が奇妙な収縮をしたのに男は気づいた。
同時にその意味にも気づいた男は慌てて屋上のフェンスにしがみ付き、背後にいる少年にも声をかける。

「新入り! 掴まれーーーッ!!」

だが未だ泣き叫びながらうずくまる少年は、男の言葉などまるで聞いていなかった。
直後、

 ブォォオオオオオオオオッツ!!!

あの巨大な肛門が大きく開き、そこから凄まじい勢いの突風が吹きつけてきた。
巨人の少女のおならである。
恐ろしい激しさと灼熱感を持った爆風は直下にあるビルに叩きつけられるようにぶつかってきた。

「ぐぅ…!」

手すりに?まる男は腕が千切れそうなほどの威力を感じていた。
その爆風によってビルの一部が崩れ外壁にはヒビが入っていた。
ビル全体がギシギシと音を立て今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
しかしその爆風はすぐにおさまり、あの巨大な肛門も元の状態に戻った。

『ごめんね、くすぐったくておなら出ちゃった』

少女の言葉が轟くも男は答えることができなかった。
全身が爆風によって痛めつけられ立ち上がることすら難しい。
手すりを掴んでいた腕は動かすだけでも激痛が走った。筋が切れたか骨が外れたかしたのだろう。
異臭に満ちた空気を吸い込んで、体全体で息をしていた。

「はぁ…はぁ……、…そうだ! 新入りッ!!」

男は体が痛むのも忘れ勢いよく振り返り、激痛に顔をしかめた。
何とか開いた目で見た先にはそこに居たはずの新入りの姿は無かった。
男は駆け出し反対側の手すりまで来ると身を乗り出して辺りを見渡した。
すると遥か彼方の床にポツンと何かが落ちているのが見えた。
少女の部屋は綺麗にされているので床の上にゴミが落ちていたりすることは無いのだ。
男は屋上から駆け下りていた。
エレベーターは先ほどのおならのせいで使えなくなっていたので階段を転がるような速度で降りて行った。
そして一階まで下りてきた男はビルから飛び出て先ほど見つけたものに近づいて行った。
駆け寄ってみたそれは少年だった。
ただし手足はありえない方向に折れ曲がり全身がズタズタになっていた。
体は半分ほど潰れ飛び散っている。
男は落胆し跪いた。
若い命が目の前で散ったのだ。

突然周囲が薄暗くなる。
見れば少女がこちらを向いてしゃがみこんできていたのだ。
しゃがみこんでも山のように巨大な体が電灯の光を遮っている。

『どうしたの?』

きょとんとした少女の口からかけられるのほほんとした口調の言葉。
それは、目の前で無残な姿になった少年と比べて酷いギャップを感じさせた。
少女にとってはもともと意味の無い行為の上での放屁。
それは、行為を強要されている人間の命を簡単に奪う。
無意味な死。
それが、少女の様子に現れていた。
だが、実際に少年を死なせたのは少女だが、決して少女が悪いわけではない。
男もそれはわかっていた。
全ては政府のせいなのだ。
政府の保身の為に、若い命が無意味に散る。
巨人の少女が?と首をかしげるその先で、男は怒りを込めて拳を床に叩きつけていた。


  *
  *
  *


それから数ヶ月後。
政府は滅びる事となった。
世話人を強要された人々の境遇に同情した巨人族達が政府官邸を襲撃したのだ。
その中には、あの、少年をおならで殺してしまった少女の姿もあった。
少女はあの後 男から事の次第を聞かされ、彼らが政府の理不尽な命令で働かされている事と、自分が一人の少年を殺してしまった事を知った。
少女は泣いて男に謝った。もちろん、謝ったところで少年が生き返るはずも無いが。
男も少女を責めるつもりは無かった。

政府官邸は襲撃した少女達巨人族によってぐしゃぐしゃに踏み均された。
倉庫の一つ、車の一台残さずにだ。
数人の巨人族が家や車などを虱潰しに踏み潰して回る様は恐怖であると同時に圧巻でもあった。
特に少女のそれは、自分が少年を殺してしまった事による自責の念やそうなるように仕向けた政府への怒りもあって凄まじいものだった。
泣き叫び逃げ惑う政府関係者の上に勢いよく足を踏み下しそしてぐりぐりと踏みにじる。
ただでさえ跡形も残らなそうなものを完全に抹殺していた。
家も、車も、そして人も、その巨大な足の下に次々と消えて行った。

当然、無駄と分かっていたが軍も出動した。
しかし戦闘機はまるで虫のように叩き落とされ、戦車は一つ残らず踏み潰された。
軍隊も何も全滅したとき、そこは黒煙の立ち上るだけの廃墟と化していた。

政府が崩壊したことで人類は完全に巨人族の支配下に入る事となった。
しかしかつての様な人道を無視した扱いがされる事はなかった。
男は今も少女の下で暮らしている。

あの後、少女は少年の亡骸を弔い墓を建てた。
庭の小さな木の根元にだ。
彼にはまだまだ無限の未来があった。
その未来は自分が奪ってしまったが、せめて彼が紡ぐはずだった未來をこの木の生長が描いてくれるように。
偽善。少女はそれが自分が楽になりたいだけの行為だとわかっていた。
だが決して男は少女を責めなかった。
少年の存在があったからこそ少女は政府打倒の為に立ち上がり、結果、他の何十億の人類が救われたのだと。
もしも今回の事が無ければ、未だ政府による保身のためだけの犠牲者は出続けていただろう。
少年は、命懸けで政府の蛮行を止めたのだと、男は少女に言った。

人類と巨人族は政府があった頃よりも良い関係を築きつつある。
互いに出来る事出来ない事がある。助け合う事の出来る関係だった。
少女の着く机の上から、男は少女と共に窓の外に広がる青空を見上げた。