※ 破壊系。



   「 ウラシマ効果EX 」



「あー楽しかったね!」
「うん、また行こうね」

宇宙船の中、二人の少女が笑い合った。
折角の休日。ちょっとした旅行に出かけ、今はその帰り道だった。

「特にさ、あの温泉! 気持ちよかったー」
「でもあの星を出発したあとブラックホールに入っちゃったときはどうしようかと思ったよ。ほんと、ホワイトホールから出てこれてよかった。出なきゃ救助待たなきゃいけなかったよ」

今は宇宙開拓時代。
すでに民間まで下りてきた宇宙技術は若い少女たちにも安全な宇宙旅行を提供していた。
かつては宇宙の落とし穴とさえ言われ恐怖の存在だったブラックホールも、今ではそこから脱出する方法、脱出できなくても救助してもらう方法などが確立させ、宇宙はどんどん安全な場所になって行った。
宇宙服も、遥か大昔の、全身を覆う鎧の様なつくりではなく、肌を事由に晒せる、普通な服となんら変わらない作りになってきた。
二人の少女も、片やへそ出しキャミソールにショートパンツ。片やワンピースと、そこらのお店でショッピングするようなものだった。
しかしその安全性は確実で宇宙線や真空、高重力、超高温、超低温などをはじめ様々な害悪から着用者を守ってくれる。

「地球に帰ったら『COCOコーヒー』行こうよ。やっぱりあの味は地球にしかないね」
「そうね。私も飲みたい」

二人はくすくす笑った。
宇宙線は自動操縦。
現在はワープ中で、そろそろ地球に着くはずである。

 ピー!

宇宙船内に音が響く。

「あ、着いたみたい」

やがて宇宙船はワープ空間を抜け、通常の宇宙へと飛び出した。

「あれ?」
「え?」

二人は首をかしげた。
そこに、目的の星である地球が無かったからだ。

「ねえユーキ、場所が違うんじゃないの?」

そう言ったのは白いワンピースを着た少女だ。
腰ほどまで届く黒く長い髪が電灯の明かりに煌めいている。

「んーん、ちゃんと場所はあってるんだけど。メグはなんかいじった?」

応えたのはキャミソールとショートパンツを着た少女だ。
ショートヘアーにヘアバンドを着け、軽い動作でもその髪が揺れる。

二人は考える。

「あ、もしかして、あのブラックホールがいけなかったんじゃないの?」
「え、あのとき壊れちゃったってこと?」
「うん。だって表示されてる座標と場所が全然違うよ。地球なんてどこにもないし」

窓から周りを見ると確かに小さな惑星をはあるが、いずれも地球ではない。
というか地球は視界を埋め尽くすほどに大きいのだ。そこにあって目につかないはずがない。

ショートヘアーの少女ユーキはコンパネと格闘していた。

「むむむむ…! 仕方ない。このまま航行するのは危険だし、自己診断プログラム使うわ」
「ついでに外装の自己修復をさせておこうよ。もしかしたらどこか壊れちゃってるかもしれないし」
「でもそれやると船の中にはいられなくなるわよ?」
「んーでも1時間くらいでしょ? それくらいなら宇宙船の外でお喋りでもしてればすぐよ」

ロングヘアーの少女メグの提案にユーキは「それもそうね」と賛同した。

そしてそれらのプログラムを起動させたあと、二人は宇宙空間に飛び出した。

 メグ 「うう…。言いだしといてなんだけど、私スカートなのよね…」
 ユーキ 「あはは、スカートヒラヒラ。ぱんつ見えるよ」
 メグ 「やだ…もう」

メグがどれだけスカートを押さえても無重力空間でスカートが大人しくなるはずもなく常にひらひらしていた。
そのまま二人は近くにあった小惑星に降り立った。
小惑星と言っても、本当に小さなものだ。

 ユーキ 「よっと」

無重力空間でありながら、ユーキは器用に体勢を修正して、素足に履いたスニーカーの両足で地面に降りた。
メグも白いサンダルを履いた足でそろそろと降りる。
ユーキは腰に手を当て辺りを見渡してみた。

 ユーキ 「んー…こんな小さな石ころの上に…喫茶店なんかないわよね」

ユーキのぼやきにメグはくすくす笑った。
この星は直径10mくらいの大きさだ。彼女たちが乗っていた宇宙船の方が大きいくらいだ。
僅かだが重力が発生していて、星に降りれば二人は体を安定させられた。

 メグ 「良かった…。スカートも元通り」

メグのワンピースの短いスカートも重力に引かれ安定して、先ほどまでの縦横無尽な動きをやめていた。

 ユーキ 「ていうか喫茶店どころか何もないわね」
 メグ 「あはは、それは仕方ないよ。こんなに小さな星だもん」
 ユーキ 「まぁいいけど。それより座れる場所見つけよ。この辺水たまりばっかり」

二人は地面の上に立っているが、その二人のいる地面を囲うように辺りには水たまりができていた。
水たまりを踏まないように移動する二人。
小さなものは跨いで通れるが、大きいものは飛び越えなければならない。

 メグ 「えいっ」

メグは水たまりをぴょんと飛び越えた。
サンダルを履いた右足で地面を蹴り、左足で対岸に着地する。
白いワンピースのスカートがふわりと揺れた。

 ユーキ 「サンダル履いててよくそんなことできるわね」
 メグ 「別にハイヒールってわけじゃないよ」

実際メグのサンダルはヒールの高さ3cmくらい。だがつま先も1cmあり、その差2cmはそれほど大きなものではない。
いくつかの水たまりを越えて二人は広い地面を見つけた。

 メグ 「ここなら落ち着いて座れるね」
 ユーキ 「ったく小さい星のくせに水が豊富ね。水たまりの方が広いんじゃないの? 歩きにくいったらありゃしないわ」
 メグ 「でも私はその方が好きだな。水が豊富な星って宇宙から見ると青いじゃない? あの青さは心を落ちつけてくれるの」
 ユーキ 「ロマンチックね、メグは。まぁわからなくもないけど」

二人はそこに腰を下ろした。
服が多少汚れてしまうが、小一時間も立ち話をするよりは、あとで服を洗う方が楽だからだ。


  *


地球全土が大混乱に陥った。地球よりも巨大な物体が、突如として目の前に出現したからだ。
まるでワープ現象の様だが、ただの隕石がそんな機能を備えているはずもなく、防衛軍はすぐさま行動を開始した。
それが何かわからない。わからないからこそなんとかしなければならない。周辺の宇宙基地から戦闘機が飛び出した。
暫く動きが無い。
あまりにも巨大なそれは隕石などの天然物ではなく、人口の素材出てきているようにも見えるが…。

が、そうこうしているとその巨大な物体から何か小さなものが現れ地球に向かって降下し始めた。
展開していた戦闘機はすぐさま攻撃を開始したが、それを破壊することは出来ず、その二つの巨大な物体は地表に降下してしまった。

地球人たちにはその降下してきたものの正体はわからなかった。
だからこそ人々はそれを天災と思うしかなかった。
とある島国が、宇宙から落下してきた巨大な四本の足の着地の衝撃でほとんど壊滅してしまった。
白いサンダルを履いた足が2つとスニーカーを履いた足が2つ。それぞれが長さ240km幅90kmの足に履かれるものであり、恐ろしい範囲がその足の下で踏み潰された。

メグとユーキの途方も無い重量を受けて二人の足は大地に沈み込んだ。
二人の足跡はくっきりと地面に残る。メグのサンダルのつま先は厚さ1cmほど。地球人のそれに換算して10kmほどだが、その半分以上が地面に沈み込んでいる。
つまりは深さ数kmも沈下しているのだ。
そしてメグのつま先の前にいる人々にとって目の前の光景はわけがわからぬほどに圧巻だった。
人々には理解できていなかったが、目の前を、メグの巨大な足の指が埋め尽くしているのだ。
目の前にある中指一本ですら幅は15kmほど、高さも10kmを超えている。
視界の右から左まで、地平線の右から左までを、メグの中指の指先が埋め尽くし、空も遥か上空まで肌色に染め上げた。
雲よりも高いところにうっすらと爪が見える。
彼らの視界を埋め尽くすのは、たった一本の指先なのだ。
そんな指は5本とあり、それは足のたった一部であり、足は二人の合計で4本。恐ろしいまでに巨大だった。
煌めく爪の一つ一つが街ひとつほどの大きさがある。
そして足は、非常に無機質・無関心に地表を壊滅させた。
メグとユーキにとっては一言二言言葉を交わしながら辺りを見渡した程度だが、地球人にとっては巨大な足が持ち上がって降ろされる、それだけで凄まじい大破壊なのだ。
ふたりがちょっと横を見るために足を滑らせる。それはその足の下に山さえもゴリゴリと磨り潰しながら街をいくつも呑み込み足を動かすという事だ。
世界最高の山ですら、あのあらわになっているメグの足の小指の高さにも届かない。小指と並べば山の方が低いのだ。
そんな山を素足で踏みつけたところで、メグはその存在に気づきもしないだろう。
まったく気づきも感じる事も無いままメグは足を下し、世界最高の山は巨大な足跡の中に消え、どこにあったかもわからなくなる。
ユーキの穿くスニーカーも同じだった。
強靭なゴム底は何を踏んでも彼女に違和感を感じさせることは無いだろう。
山を踏み潰そうと、街を踏み潰そうと、国を踏み潰そうと、ユーキにとってはやわらかい地面を踏んだ程度の感触だ。
彼らの文明が作り出したこのスニーカーは、彼らのあらゆる兵器を以てしても傷つけることは出来ず、また彼らのあらゆるものを踏み潰すことができる。
どちらかと言うと大雑把な性格のユーキ。何を踏んでいるかなど気にはしない。いくつもの街を、そのスニーカーのゴム底の複雑な刻印の中に踏み潰そうとも、まったく無関心だった。
彼女たちは大きすぎるのだ。このユーキのスニーカーの中に街はいくつも入ってしまう。比較的小さな国などはまるごと収まってしまう。
健康的で運動好きなユーキが履き潰したスニーカーの中は色々とくたびれており汚れやほつれも目立つ。
が、そんな古びれたスニーカーも、人々の最強の兵器を以てしても傷つけることは出来ない。
中に収められてしまった街は、出入り口がひとつしかない空間に閉じ込められてしまうのだ。
あの足の出入りする空間こそ、この靴の中でただ一つ空を拝める場所である。
と、言うのは正しくない。何故なら、空さえこの靴の中に入るからだ。
雲は、彼女たちの指の高さよりも低いところを浮かんでいる。
ならその指や足が入るこの靴の中の底辺を、雲は漂うという事だ。
靴のかかとの部分にある足の出入りするための穴、あの部分の高さは地上50~60kmもの場所にあり、簡単に飛び出せる高さで無い。
いくら宇宙開拓技術が進んだとはいえ、大した設備も無く超高高度まで到達するのは無理だ。
つまり人々は空さえも収めてしまえるこのスニーカーの中に入れられたら最後、自力で脱出するのは不可能に近い。
そしてスニーカーの中に閉じ込められたいくつもの街は、やがてその唯一の出入り口から入ってくる超巨大な足によって完全に踏み潰されるだろう。
ビルですら砂粒以下の大きさなのだ。街ひとつを足の指の下に踏み潰し、こびりつくゴミに変えても、ユーキは気づかない。

そんな二人が歩いて地表は更に崩壊した。
一歩一歩体重を移動させながら下される足は隕石の様な破壊力がある。
足が下されたときの衝撃と圧縮された空気の織り成す突風は、街も山もフッとかき消してしまう。
下された足はやがて次の一歩の為に500kmもの距離を時速400万kmもの速度で移動するが、その際、足が地面から持ち上げられるとき、周囲の空気はその巨大な足が動くのに引きずられ突風を巻き起こす。
家や車や町や無数の人々が高さ100kmもの上空に巻き上げられ、足を追いかけて300kmもの距離を飛行する。
無論それらは、その凄まじい速度や高度の気圧の変化に耐え切れず飛び始めた瞬間には粉々に砕け散ってしまうが。

やがて二人は歩いていた島の端にたどり着き、メグは対岸の大陸までの距離400kmほどの海をぴょんと飛び越えた。
片足で地面を蹴り、もう片方の足で先に着地する。
全体重を乗せた片足で地面を蹴った時、地殻が悲鳴を上げた。
恐ろしい重量がその片足にかかった。
特に、蹴り上げる瞬間はつま先だけに力がかかり、メグが地面を蹴って飛び上がった瞬間、凄まじい重圧が大地にかかり、島の半島は水没してしまった。大地が、メグの体重に耐え切れなかったのだ。
そして今度は、ジャンプし、加重のかかった片足で対岸の大陸に降り立った。
その衝撃は大陸全土に亀裂を入れ、背後にあった海を吹っ飛ばすほどの衝撃波を発生させた。
雲は吹き飛び、周辺の山が火山と化し噴火した。恐ろしい衝撃は地球の裏にまで突き抜けた。
白いサンダルを履いた足は巨大隕石が落下したようなクレーターを穿ち、その大陸に深さ100kmにもなる大穴を開けた。
メグの一歩は地球に大ダメージを与えた、微細なところで地球が狂った。地軸の向き、公転方向や速度を狂わせた。
世界中の半数の建物を倒壊させ、人口の半分を地面に投げ出させた。
だが自分が起こした大破壊に気付きもせず、メグは黒く長い髪とワンピースのスカートを翻し、ユーキに向かって微笑んだ。

二人は大陸の中央まで歩いて行った。途中にいくつもの国や町を踏み潰しながらだ。
そして大陸の中ほどにまで来たところで、二人はそこに腰を下ろした。
メグはスカートのお尻の部分を押さえ、下着が地面に触れないようにしながらそっと座り込んだ。
白いワンピースに包まれた自分の尻の下で国を丸ごと押し潰したことなど当然気づかない。お尻に感じるやわらかい地面の感触を気持ちいいとさえ思っていた。
ユーキは立った状態から尻餅を着くようにズンと座った。
その衝撃は、半径3000kmもの範囲を衝撃波で吹っ飛ばし、更地にするのに十分な破壊力を持っていた。

地球に降り立ってからここに移動してくるまでの間に地球人口の4割近くを滅ぼした二人は、その後の1時間をお喋りしながら過ごしていた。


  *


1時間後。
地表でメグが待つかたわら、船に戻って計器を確認したユーキが再び降りてきた。

 ユーキ 「ダメね、直ってないわ。さっきと示してる座標がかわらない」
 メグ 「じゃあ地球には帰れないってこと?」
 ユーキ 「一回別の星に行って宇宙船を直しましょ。それしかないわ」
 メグ 「はぁ…お金がかかるね」
 ユーキ 「まったくよ! 余計な出費だわ!」

ぷんすか怒るユーキは地団太を踏んだ。

 ユーキ 「とにかくいきましょ。ここにいても仕方ないわ」
 メグ 「うん、そうだね」

二人は地表を蹴って宇宙に飛び出し、そのまま宇宙線に乗り込んだ。

 ユーキ 「宇宙船修理できる星ってどこにあったっけ?」
 メグ 「あ。あの温泉があった星、あそこなんかいいんじゃないかな?」

二人を乗せた宇宙船はワープ航行に移り、光と共にその場から姿を消した。

あとには、例の小惑星を残して。
表面には二人の残したいくつもの足跡や亀裂などが刻まれていた。
が、二人にとっては宇宙に無数に浮かぶ石ころの一つであり、そんな傷が残ったところで別にどうも思わなかった。

ブラックホールの中で何があったかはわからない。
だがそこから出てきたとき、二人と二人を乗せた宇宙船は100万倍もの大きさに巨大化していたのだ。
宇宙船は壊れてはいなかった。巨大化してしまった以外にはなんの異常も無かったのだ。
計器が示した地球の場所は間違っていなかった。ふたりはちゃんと地球にたどり着いていたのだ。
しかし自分たちに巨大化の実感が無いのだから、そこに浮かぶ星が地球だと気づけないのも無理は無かった。
本来直径1万3000kmもの星であるはずの地球は、彼女たちの目には13mほどの星でしかなかったのだ。
地球と判断するには小さすぎた。だから気づけなかった。
結果、二人は地球に壊滅的なダメージを与えてしまった。
身長1600km。体重5万ペタトン(50,000,000,000,000,000,000kg)という大巨人になってしまった二人は、発展した地球文明のすべてを以てしても抗えないほど強力な存在となり、世界中を壊滅させた。
二人が歩くだけで世界は次々と隕石が衝突してきているような凄まじい大揺れに見舞われ、周辺の街や国は揺れを感じる前に衝撃波で吹き飛ばされていた。
地球は壊滅してしまった。二人がちょっと歩き回っただけで。星としてベストの位置を保っていた公転軌道などもずれ、地球はこれから瞬く間に破滅し生物の住めない星になるだろう。
しかし地球人類は、その地球から満足に脱出するにはダメージを受けすぎてしまった。被害が比較的少なかった国から、ほんのわずかな人々だけが地球を脱出することができ、あとはそこに取り残されてしまう。
文明が滅んでしまったのだ。つい先刻まで、他の惑星にショッピングに出かけるほどの科学技術があったのにだ。
その発達した文明の力で小旅行に出かけた二人の少女のせいで、地球の文明は崩壊した。
二人は、それと気づかぬうちに、母なる星を滅ぼしたのだ。
そして今二人は、別の星に向かっている。二人がそこでのんびり過ごしたのは巨大化する前のこと。
今その星に戻れば、その星も地球と同じ道をたどるだろう。再び二人の足が地表を踏み尽くして回るのだ。

自分たちが星を壊滅させたとも気づかず二人はその温泉の星に向かう宇宙船の中で楽しそうにお喋りをしている。
この宇宙に、今の彼女たちに見合った大きさの星は無い。
彼女たちが 自分たちが大きくなっている事に気付くまでに、いったいどれほどの星が滅ぼされてしまうのだろうか。


  おわり


※ ほら「ウラシマ効果」ってあったじゃん? 宇宙に出ると年を取るのが遅くなるっていうか体感時間が変わるっていうか。(ぶっちゃけうろ覚え。ググってもいない)それを大きさに例えて、本当なら『宇宙に出て数年間過ごした少女が地球に戻ってきたら巨大になっていた』的な話を作ろうとしたんだけど、気づいたらブラックホールパワーで巨大化してたよ。あれ? ウラシマ効果関係ないじゃん。