※ぼの系。



 『 勇者ちゃんと魔王君 』



 今日も世界は平和である。

 そんな平和な世界の一角、とある家の中で魔王がひとり頭を抱えていた。

「なんでこんなことになったんだ…」

 黒衣と漆黒のマントを羽織った魔王の俺はため息をつきながら自分の欲深さを呪った。余計な欲さえ出さなければこんなことにはならなかったはずだ。だが、それを望むは必然だった。すべては手に入れた。残りはあと一つ、というところだったのだ。ため息と後悔が渦を巻く。

「魔王く~ん、ちょっと来てー」

 大気を震わすような巨大な声。忌々しい仇敵の声が耳を劈き体をビリビリと震わせる。俺は苦虫を噛み潰したような顔になりながら声のした方に向かって飛んで行った。


  *


「な、なに用ですか、勇者様…」

その傍らに降り立ち、俺を呼んだ仇敵に話しかける俺。

「うん」

 俺の目に前にはソファに腰掛けるショートヘアーの少女。我が軍勢を壊滅させ魔王である俺を下僕にまで貶めた憎んでも憎み足らない敵、勇者である。その少女・勇者は現在上半身はタンクトップ一枚、下半身はぱんつ一枚と、運命に選ばれし者にあるまじき恰好でソファに腰掛け、両足をソファの前の低いテーブルの上に投げ出した品の無い姿勢だ。お腹の上に雑誌を置き、それをお菓子をポリポリ食べながらパラパラとめくっている。だらしのない格好だ。こんな奴に俺は負けたのか。タンクトップに覆われた胸元は大きく盛り上がり間に深い谷間を形成し、白い下着から飛び出る張りのあるむっちり生脚は交差しテーブルに乗せられている。花も恥じらううら若い乙女の実態などこういうものなのだろうか。横に男である俺が、というより魔王がいるのにまったく警戒する素振りを見せない。

 それもそう、勇者は俺の100倍もの巨大な体を持っているのだ。俺は今、テーブルの上に降り立ったが、ソファに腰掛けそこから伸ばされるこの脚は肌色の山脈のような威圧感を放っている。両脚がつま先を上にして下されているがその高さは24mにも達する。俺は、横のこの巨大な足のその小指ほどの身の丈も無いのだ。

 すべてが甘かった。俺が浅はかだった。すべては一週間前、俺が軍勢を率いて人間界に侵攻しようとしたことが発端である。


  *


 魔界。薄暗い空が不毛の大地を包み込む暗黒と漆黒の世界。瘴気に覆われた世界はまさに魔の闊歩する地。俺はこの魔界を征服し、いよいよ人間界へと侵攻せんがためにこの大地を埋め尽くすほどの魔物を引きつれていた。そして人間界に渡るために魔法で光で作られたゲートを開いたのだ。ゲートを開き、いざゆかんと進軍の指示を出したとき、突然、俺が開いたはずのゲートから何かが飛び出してきた。…手? 巨大な手であった。片手だけがゲートから現れパタパタと動いていた。呆気に取られ進軍を忘れた俺の前でそれは何かを探すように動いている。やがてそれは僅かに引っ込み、その指をゲートの端に引っ掻けた。するともう片方の手のものと思われる指も現れて同じくゲートに引掛けられた。そして、「ぐい~っ」と横に思い切り押し広げられ、広くなったゲートから今度は巨大な上半身が現れた。

「ふぃ~、やっと着いた~」

 兜をかぶり、軽装鎧に身を包んだ巨大な上半身の主はそう言った。話に聞く、人間の顔をしていた。これが、人間なのか…? 唖然とする俺など気にもせず、ゲートから出てきた巨人は両手を大地にズシンと押し付け、まだゲートから出てきていない下半身をぐいと引っこ抜いた。

「よいしょっと」

  ズゥウン!! ズゥウン!!

 巨大な靴が大地に踏み下ろされ、その凄まじい地振るいに地上の魔物たちはみんな地にひっくり返った。俺も同じである。今、ゲートから出てきて俺の前に立ち「ん~っ」と伸びをする巨人は俺の城よりも巨大だった。軽装ながらも重厚な鎧に身を包み、真っ赤なマントを風に翻している。

「全く魔法使いも人使いが荒いよ。「そのうち魔王が人間界へのゲートを開くはずだからそれまで亜空間で待機」とか。あーお腹すいた」

 遙か上空で巨人の顔が苦笑しているのが見上げられた。巨大な声が大地と大気をビリビリと震わせ、俺はその振動に頭が痛くなった。しかしそのおかげでようやく我に返る事ができた。よくわからないが、とにかく目の前の巨人は敵だ。邪魔な敵は打たねばならない。全軍に攻撃指示を出そうとしたときだった。巨人が「さてと」と呟きながら俺たちを見下ろしたのだ。

「これが魔王の軍勢かー。けっこうかわいいかも」

 軍勢をぐるりと見渡した巨人がふと足もと見て、そこにいた俺と目が合うとにっこりと笑ってしゃがみこみながら手を伸ばしてきた。俺は慌てて後退し、全軍にそれを援護するよう指示を出そうとしたが、この時荒野を埋め尽くしていた魔物たちはみな恐怖に駆られ勝手に逃げ出し始めていて誰も俺の指示を聞いてはいなかった。俺が落胆していると周囲が暗い影に包まれ、見上げればそこには巨大な手が迫っていた。俺の抵抗もむなしく、巨大な指は俺を摘まみ、そのまま巨人の目の前まで持って行った。

「君が魔王だね。もう人間界侵攻なんて考えたらだめだよ」

 巨人は笑顔でそう言い、俺は頷くしかなかった。


  *


 巨人は勇者だった。なんと人間は、というより人間界は俺たちの魔界よりもすべてが100倍大きな世界だったのだ。その情報をつかみ損ねていたのだ。軍団は勇者が現れただけでクモの子を散らすように散り散りになりみな逃げ去ってしまった。攻撃されたわけではないのに。結局俺は何もしないうちに敗れたのだ。

 その後、勇者に捕らわれた俺は人間界に連れ去られ、まるで下僕か使い魔の様な扱いを受けている。魔王が使い魔とは世も末である。俺が苦労して魔界を統一したのはいったいなんだったのか。

「して…要件は…?」

 尋ねる俺に、勇者はこちらを見もせずいう。

「なんかちょっとそこが痒いんだ。掻いてくれる?」

 そう言いながら勇者は組んで交差し上に来ている右足の親指と人差し指の間を指さした。つまりは、俺に足の指の間を掻けと言っているのだ。

「………承知しました…」

 俺は歯を食いしばりながら渋々承知した。そんなことでわざわざ俺を呼びつけたのか。怠慢にもほどがある。だが逆らって勝てるものでもないので了解するしかないのだ。
 魔法によってふわりと飛び上がった俺は勇者の巨大な足の上へとやってくる。上に来て見てもその巨大さは変わらない。足の指の一本一本が俺の身長の倍以上の長さがありそれらが有機的に動いているのだ。指先にある窓のように大きな爪はちゃんと手入れされているのか形よく整えられキラキラと光沢を放つほど磨かれている。その辺は年頃の女の子といったところか。勇者とてそれは変わらないようだ。しかしこの面倒くさがりはどうにかならないものか。
 飛行の魔法は解除しないままその巨大な指の間に降り立つ。普段勇者は動物の皮で作られた蒸れる靴を履いているが、臭いはそれほどひどいものではなかった。むしろせっけんの香りがただよい嗅ぐとなんとなく心地よささえ覚える。自分の身を綺麗にしようという辺りはやはり女の子ということだ。だがだからと言ってこの屈辱的な行為を快く承知できるわけではない。こんなことのために使われる俺は、まるで床に跪き相手の足を舐めさせられるほどの屈辱を覚えていた。指の間へと入り込み、その間に爪を立て掻き毟った。
 すると直後、この巨大な足がぐらりと動き、左右に肌色の柱のように聳える巨大な足の指が俺の体をズムっと挟み込んだ。

「あは、魔王くんくすぐったいよ」

 勇者はくすくす笑っていたが、俺的にはそんな軽いものではなかった。巨大な指と指の挟み込む力はゴーレムのそれを軽く上回る。今にもこの指の間で潰れてしまいそうだ。全身を指と指の間に挟まれ、その指が俺の体をメリメリと押し潰そうとし迫ってくる。捻り潰される。俺の脳裏に死が過った。

「あ」

 それに気づいた勇者はすぐに指を開いた。おかげで俺の体は指の間から解放されたが、集中が乱れたせいで飛行の魔法が解け、そのまま足を転げ落ちテーブルの上へと転落した。転落など大したダメージにはならない。あの勇者の足の指の檻に比べれば。俺は大ダメージを受けていた。勇者がちょっと足の指を閉じただけでだ。あまりのダメージにテーブルに落ちたまま動けなくなっていた俺を、今度は巨大な手の指が摘まみ上げてきた。指は長い距離を移動した後、俺をもう片方の手のひらの上に降ろし去っていった。手のひらの上に倒れ転がる俺の前に、巨大な勇者の顔が迫ってきた。

「ごめんね勇者くん。大丈夫?」

 なんとも呑気な声だが大丈夫なわけがない。指に挟まれただけで瀕死の手前まで追い込まれたのだ。魔界制圧の為に蓄えた俺の魔力はなんだったのか。俺は勇者の足の指にすら勝てなかった。というか勇者の怠慢で魔王が瀕死になるのは納得できない。
 と、再び俺は摘まみ上げられ、今度は胸の上に降ろされた。左胸の上だ。ギリギリタンクトップの生地に覆われていない生乳の上に俺は下され、動く事の出来ない俺はその場に大の字になるしかなかった。やや体を起こしている勇者の胸板から大きく盛り上がった豊かな胸は俺をそこに寝転がしても落としはしない。俺と言う存在をその場に置いておけるほど、胸の起伏は大きいということか。てか年頃の娘が男を胸の上になんて…と突っ込みたいが、既に魔王のHPは黄色で表示されるレベルなので文句を言う気力さえ残っていなかった。
 魔王が胸の上から落ちない事を確認した勇者は再びソファにもたれかかり雑誌を読みながらお菓子を摘まみ始めた。足の指のかゆみはもう片方の足を使っててきとーに掻いて解消した。最初からそうしろよ。魔王は思った。
 

  *


 そうやって勇者はダラダラと過ごし、俺は未だ体力が回復せず勇者の胸の上でくたばっていると、部屋のドアがノックされ、ドア越しに声が聞こえてきた。

「勇者ちゃん、入りますよ」

 ガチャリ。巨大なドアを開けて現れたのはやはり巨大な人間。もともとこの世界が俺の方が小さいのだからこの表現は正しくないのかもしれないが。
 入ってきた巨人は質素ながら高貴な服装で長い金髪。柔和な笑みを浮かべ、首からは聖十字のペンダントを下げていた。

「あ、僧侶。いらっしゃ~い」

 勇者はお菓子を口に咥えたままひらひらと手を振った。巨人は勇者のパーティの僧侶だった。本来はそれなりに高貴な身分らしいが人の為になりたいと僧侶になったそうだ。前に勇者が言っていた。無地のワンピースの様な服だがシルクで織り込まれたそれは見た目以上に高価なものだった。
 そんな僧侶が笑みを浮かべながら近づいてくる。この笑みはいつものこと。だがやはりその巨体が歩くことによる振動は凄まじく、俺は勇者の胸の上に居ながらもその重々しい揺れをビリビリと感じていた。

「またそんな格好して。女の子なんだから家でもちゃんとオシャレしないとだめですよ」
「いーのいーの。どうせ誰も見てないって」
「もう。…あら?」

 ソファに腰掛ける勇者の横にまで歩いてきた僧侶が「?」という顔をした。どうやら勇者の胸の上にいた俺に気付いたようだ。

「こんにちは、魔王さん」

 僧侶は身を屈めて俺に顔を近づけ、その聖母の様な笑みで俺に挨拶をした。身を屈めたことで首から下がる聖十字のペンダントがぶら下がって揺れた。同時に、そのシルクの服に包まれた途方も無く巨大な胸も。パーティ最強のその胸は比較的大きな方である勇者のそれよりも遙かに大きく、魔法使いの見立てではすでに3ケタに突入しているとか。はっきり言って、俺から見たらそれは山だ。胸板から二つの山がぶら下がっているようにしか見えない。服に包まれているはずなのに、圧倒的な質量のそれはぶるんぶるんと揺れている。こうやって僧侶が顔を近づけるために屈んだ時、降下してきた胸の迫力は凄まじく、俺は恐怖を覚えた。

「ほら勇者ちゃん、魔王さんだって男の人なんだからちゃんとした格好しないと困っちゃいますよ」
「いーの。この子は特別」
「もう。あ、魔王さん怪我してますね。すぐに治しますね」

 僧侶はその巨大な手を俺の上にかざしてきた。俺の上空を巨大な手のひらが埋め尽くし、周囲は薄暗くなった。そしてそこに淡い光がともり、俺の体を癒してゆく。
 先ほど勇者の足の指に挟まれて被ったダメージが瞬く間に回復してゆく。つーか回復し過ぎである。最大HPの100万倍もの回復量だった。回復しすぎて逆に吹っ飛んでしまいそうだ。人間たちは破壊力でも回復力でもとんでもない力を持っている。

「これでもう大丈夫です。そう言えば勇者ちゃん、魔法使いちゃんから研究が終わったって連絡がありましたよ」
「あ、そうなの? じゃあちょっと言ってみましょうか」

 言うと勇者は俺を僧侶に預け、部屋のクローゼットから服を出して着始めた。その間、俺は巨大な僧侶の手のひらの上で、あの眩しいほどの笑顔に見下ろされていた。


  *


 ゲートを通り抜けて魔界へ。勇者僧侶ともに私服で、普段の鎧や僧侶の服は着ていない。靴を履いた勇者の足とサンダルを履いた僧侶の足が地面に着いたとき、大地が重々しく揺れた。ここ魔界では、二人は100倍の大きさの大巨人なのだ。
 俺は勇者の手のひらに乗せられて連れてこられた。一週間ぶりに見る魔界はなんだか懐かしかった。帰ってきた気がした。
 二人は歩き出していた。二人が一歩歩くたびに大地がズシンズシンと揺れ動き足が下された場所には巨大な足跡が残される。一応気を使って何もない平野に足を下してくれているらしい。森や山などは避けていた。

 暫くすると巨大な城が見えてきた。かつての魔王たる俺の城だ。巨大というのは俺にとってであって、この二人の巨人、勇者と僧侶にとって一番高いところでも1mにも届かないミニチュアの城だ。
 だが俺は、そんな城のありさまを見て悲しくなってきた。城の一番高い高い塔には洗濯物が被せられ、2番目に高い塔にはブラジャーが引っかかっていた。塀の上には巨大な薬品のビンが並び、中庭には大量の研究器具が置かれている。完全に棚か物置のような扱いだ。
 そんな城の横に、しゃがんでもその城ほどに巨大な巨人がペタンと座っていた。勇者のパーティの魔法使いだ。ローブを着て三角帽子をかぶっている。紫色の髪は短く揃えられ、感情の掴めない無表情な顔でこちらを見上げていた。

「……よく来た…」

 抑揚のない小さな声が、この魔界の空に轟いた。

「やっほ。もう研究はいいの?」
「…うん。…先日、すべての魔族を調査し終えた…」

 言いながら魔法使いは座った自分の前の地面を見下ろした。気づけばそこには無数の魔族が集まっている。みな魔法使いの意思に従っていた。あの巨体に何かを言われればそれは抗えないだろう。俺とて同じだ。
 魔法使いはその中から魔族をひとり摘まみ上げ手のひらに乗せると、その前に指を差し出した。すると摘まみ上げられた魔族は、当たり前のように慣れた動作で目の前の巨大な指に火の玉をぶつけた。
 火の玉は魔法使いの指先に命中し大きく爆ぜた。だが魔法使いの指は火傷すら覆っていない。

「…この通り、魔族たちの如何なる攻撃でも…わたしたちはダメージを受け得ない…。…つまり、魔族たちは人間にとって全くの『無害』ということだ…」
「でもやはり弱いところを攻撃されてしまっては怪我してしまうのではないですか?」

 僧侶がかくんと首をかしげながら尋ねた。そんな小さな動作でも胸は大きく揺れた。そんな僧侶の質問に、魔法使いは首を振って答えた。

「…それも問題ない…。先日…数匹の魔族に腹の中から攻撃してもらったがなんの問題もなかった…。…他にも様々な方法で試したが、やはり問題はなかった…」

 淡々と言う魔法使いの言葉に、俺はぎょっとした。腹の中から攻撃ということは魔族を食ったということだ。すでにその支配権は無くなっているとはいえ、かつての部下たちを食われたとあっては流石に従順になった俺の頭にも血が上る。たった今、目の前で見せられたように、俺たちの攻撃は人間にはなんの意味もなさないのだろうが、それでもこの怒りをぶつけなくては気が済まなかった。勇者の手のひらの上で、俺は魔力をみなぎらせた。
 だが、そんな俺の様子に気づいたのか、眠たそうにも見えるやや半目開けられた目でこちらを見た魔法使いは首を左右に振りながら言った。

「…安心していい…。腹に入れた魔族たちはすぐにテレポートで取り出した…。消化はしていない…」

 やはり淡々と言う魔法使い。その言葉に根拠はないが、それでもこれまでの勇者たちの言動を見るに、多少は信じる価値があった。俺は魔力を収めた。

「で、どうすんの? 無害ってわかったんなら、もう大々的に人間界と魔界を繋げちゃう?」

 勇者の言葉に、俺は驚き振り返った。人間界とこの魔界を常に繋げられてしまったら、人間が無数に魔界にやってきてしまう。かつて、勇者が一人で来た時ですら抗えなかったものを、今度は無数に、しかも配慮無くやってこられては、魔界などあっという間に滅茶苦茶に踏みにじられてしまう。今、そうなっていないのは、この勇者のパーティが俺たちに配慮してくれているからだ。そうでなくなったら、魔界は瞬く間に滅びてしまう。

 だが勇者の言葉に、魔法使いはやはり首を振って答えた。

「…それはダメだ…。魔界には魔界の秩序がある…。これ以上…人間の都合でそれを侵すことはできない…」
「そっか。そうだよね」

 勇者はさして気にした風も無い。もともとそのつもりはなかったのだろう。そして魔法使いも、そんな勇者の言葉を真面目に否定してくれた。この勇者のパーティが良心的で助かった。魔王は心から安堵していた。

「…無害とわかったのだから放っておくのがいいだろう…。…魔界も、もう人間界に手を出そうとは思うまい…」
「そうですね。彼らも、もう他世界を侵略しようとは思わないと思います。それにこんな素敵な世界があるなら、他の世界を侵略する必要なんてないんですから」
「ほんと、いいところだよねー。人間界以上じゃない? わたしこっちに住もうかなー」
「…お前のいつものだらしない恰好は魔族の若い男に悪影響を与える…。やめておけ…。そして先ほど…、大々的に繋げるのはやめろと言ったが…たまにわたしたちだけで遊びに来るくらいならいいだろう…。この世界にはまだ未知のものが多い…。興味をそそる…」
「わたしも。わたしの癒し手としての力がお役にたてるのであれば是非そうしたいですね」
「そうだね。じゃあ今日のところはとりあえず帰ろうか」

 勇者の言葉に、仲間の二人が頷いた。俺としては勝手に話が進んで行ったように思えるが、それでも、今は魔界に平和を取り戻せた喜びの方が大きかった。色々とあったが、これで魔界の安寧は保たれる。そういう意味ではこの世界に現れた巨大な勇者に感謝しなくては。人間界に攫われてからはいいように使われるだけの毎日だったが、こうやって魔界を支配下に置かず解放してくれたのはありがたいことだ。

「魔法使いもお疲れ様。あ、今日僧侶んちのお風呂行ってもいい? あのお風呂おっきいから好きなんだ」
「くす、いいですよ。魔法使いちゃんもどうですか?」
「…そうだな、そう言えばこの一週間は研究で魔界にいたから風呂にも入っていなかったか…」
「折角だからみんなで入ろうよ。洗いっこしよ」

 3人は帰り支度を始めている。なんとも楽しげな会話だ。俺の役目はこの3人が次に現れたとき気持ちよく迎えられるよう魔界をよりよく変えてゆくことだ。それこそが魔王としての俺の使命だ。俺は勇者の手のひらからふわりと飛び上がり、自分の城を目指し飛んで行った。

 が、すぐにその飛び上がったばかりの手のひらによって捕まえられた。

「魔王くん、どこいくの?」
「へ…? い、いや、自分の城に帰ろうかと…」
「え? ダメだよ、魔王君はわたしと一緒に帰るの」
「えぇ!? だ、だってさっき魔界からは手を引くって…!」

 そう言った魔王は自分を摘まんで捕まえている勇者のその巨大な頬がほんのりと紅くなっているのに気付いた。

「う…」
「えへへ。わたし、君のことが気に入っちゃった。もう少し一緒にいたいな」
「し、しかし…」
「いーの。一緒にお風呂入ろ。背中流してあげるよ」

 言うと勇者は魔王を手に持ったまま歩き出した。魔王の、悲鳴ともとれる声が周囲に聞こえていたが、当の勇者は鼻歌を歌ってスキップをせんばかりである。
 そんな勇者の背中を、二人の仲間はくすくすと笑いながら見守っていた。
 
 そして3人の巨人からなる勇者のパーティは地響きを立てながら人間界へと帰っていった。