※ 衝動書きなので世界観とか設定とかは てけとーです。
  てか良く考えたら十六夜の作品はほとんど衝動書きなのでわざわざ注意する必要も無かったですね。





「あれ?」
 
気がつけば少女は見知らぬ場所に立っていた。
一面緑色の大地。そして青い空。
ぐるりと見渡しても地平線が見えるのみ。
なぜか制服姿に素足で。
 
夢?
 
そんな事を考えていたら頭の中に声が響いた。
 
「おお勇者よ! 死んでしまうとは情けない!」
「勇者? 私のこと? え!? 私 死んじゃったの!?」
「あ、間違えた。こっちは蘇生したときのだった。…コホン、良くぞ来た勇者よ!」
「またまたご冗談を」
「おお、ノリが良いな」
「でなに? これ夢なの?」
「まぁ夢と言ってしまえばみもふたも無いが概ねその通りだ。我が国を守って貰いたく、貴公をお呼びした」
「ふーん、懐かしいゲームみたいね。まぁいいわ、どうせ夢なんでしょ。ちょちょいっと終わらせてあげる。ところで、あんた王様?」
「いかにも。このヨーイの国を統括する王である」
「なんか声だけ聞こえるって落ち着かないのよね。国を守るって言うならもっとちゃんと話がしたいし、顔見せてくれない?」
「済まないがそれは叶わぬ。大きすぎる貴公とは面と向かう事が出来んのだ」
「へ? 大きすぎる?」
「左様。貴公の足元を見られよ」
 
言われたとおり足元を見る少女。
自分の素足が踏みしめるのは緑色の大地。
多少の模様はあるがそれが大半を占める。
その自分の両足の間に灰色の模様がポツンとあった。
 
「それが我が王国の王都だ」
「え…? えぇぇええええッ!?」
 
少女は足の間の灰色を改めて見下ろした。
それは本当にポツンとある。
直径は…1cmがいいとこだ。
こんな小さなものが国一番の都・王都だと言うのか。
 
「…ま、またまたご冗談を」
「冗談ではないぞ。貴公はこの世界では凄まじく大きいのだ。王都は直径で10kmはあるが、貴公から見ればとても小さいだろう」
「10km!? …えーっと、私からは1cmに見えるのに本当は10kmって事は……ひーふーみーよーいつー………………100万倍ッ!?」
 
指を折りながら倍率を計算した少女が叫ぶ。
そしてしゃがみこみ更に間近でそれを見下ろしてみる。
 
「うそー…。いくら夢だからってこれが街だなんて…」
「というわけで勇者よ。どうか我が国を守ってくれ」
「うん…まー…それはいいけど…。……って、私スカートじゃん!! もしかして街中の人から丸見え!?」
「安心するが良い。貴公は大きすぎて我々の目には風景にしか見えん。貴公の下着を見て邪な事を考えている者はひとりもおらん」
「そ、それはそれで納得いかないものが…」
 
街全体を覆って余りある巨大な影を落としながら少女は複雑な表情をした。
実際に、王都の上空は青い空ではなく少女の白いパンティによって埋め尽くされている。
が、それは最早 空一面を埋め尽くす勢いで広がっており、人々はそれを見上げても少女のパンティだとは思えなかった。
王都の両脇に下ろされた足(と言ってもそれぞれ王都から100km近く離れているのだが)は、そこにあった山脈さえも押し潰して鎮座していた。
足指でさえ高さ20kmもあるのだ。雲さえ指の半分の高さを漂う。
 
「で、守るってどうすればいいの?」
「ここ以外の国は、すでに魔族たちの手に落ちているのだ。奴らはすべての国を支配せんと企み、残るこの国を落とすために軍を編成していると聞く。貴公には奴らが動く前に、先んじて奴らの手に落ちた国を再び攻め落としてもらいたい」
「ふーん、つまり取られた国を取り戻せって言うのね」
「うむ。だが魔族は執念深く狡猾だ。大人しく国を渡すとも思えんし、取られてもまたしつこく攻めてくるだろう。奪還が難しければ実力で陥落させてもかまわん」
「ふむふむ、なるほど。おっけ、だいたいわかったわ。じゃあ出発するけど、何かあったら知らせてね」
 
言うと少女は立ち上がり、地響きを立てながら地平線の彼方へ向かって歩き始めた。
 
 
   *
   *
   *
 
 
だが、何歩も歩く前に隣の国へ到着する。
…というか恐らくこれが隣の国の王都なのだろう。
目を凝らさねば見逃してしまう大きさだ。
 
「ったく。小さすぎて見逃すどころか踏んだって気づけないわよ」
 
少女は腰に手を当てて足元の国を見下ろした。
 
このとき、その王都では占領した魔族たちが突然の地震に慌てふためいていた。
空が突然薄暗くなった。
だが彼らには何が起こっているのかわからなかった。
先ほどはヨーイの王都の上空を埋め尽くした白いパンティも、今は数百kmの上空へ上っており、彼らの目では青い空に溶け込み見る事が出来なかった。
 
「さてと…」
 
少女は考えた。
取り戻すと言ってもどうすればいいのだろうか。
魔族が占領していると言っていたがその魔族の姿を目に捉えるのは無理だろう。見えないものをどうやって追い払えばいいのか。
降伏勧告すべきか。でも魔族とやらに言葉が通じるのだろうか。
通じたところで聞き入れるだろうか。
 
「……あーもう面倒ね。王様も奪還が難しければ落としてもいいって言ってたし」
 
少女は思考にあっさりとけりをつけ、魔族に乗っ取られた隣国の王都を陥落させる事にした。
もっとも簡単な方法で。
 
少女は片足を王都の上にかざした。
全長240kmの超巨大な足裏が、たかだか10kmほどの街の上空を占領した。
魔族は、空が先ほどまでよりも更に濃い影で覆われた事に首をひねっていた。
空が肌色に染まった?
意味がわからなかった。
 
少女からは街は足の影に入ってしまい完全に見えなくなった。
見るまでもなく、街よりも自分の足の方が遥かに大きいのだから。
 
「こんな小さな街なんかこれで十分でしょ。えい」
 
少女は足を下ろした。
王都を含む広大な面積が足の下敷きになった。

足を持ち上げると、足跡の中に灰色の模様が出来ていた。ここに王都があったのだろう。
数十万といた魔族も、起きている事を理解する前に、勇者少女の一撃で全滅していた。
 
自分の足跡の中にある灰色の模様を見てまずひとつの目的を達した事を悟る。
だが、達成感は無い。
少女にしてみればただ足を下ろしただけなのだ。
 
「いまいち盛り上がりに欠けるわね…。これで終わりなの?」
 
落とすべき国はこれ一つではない。まだたくさんの国を落とさねばならないが、そのひとつがこうもあっさり終わっては、すべてを終えるまで大して時間は掛からないだろう。
 
詰まらなそうな表情で足跡の中につま先を伸ばし、足の親指の下で灰色の模様をぐりぐりと踏みにじる。
 
「ま、仕方ないか。頼まれたからには最後までやらなきゃね」
 
勇者と呼ばれた少女は次の国を目指した。
 
 
   *
   *
   *


魔族たちはようやく世界に異変が訪れた事に気がついた。
遥か遠くに聞こえるずしぃんという重々しい音と、音の通りの揺れが絶え間なく繰り返されている。
そして遠方、青い空から伸びる肌色の巨大な柱。
天を支えるかのような荘厳さと大きさを兼ね備えた、まさに神の創造せし御柱であった。
しかし彼らにこの異変の対策を練る時間は与えられなかった。
遥か彼方にあったはずの柱は、次の一瞬には目の前へと移動してきており、彼らが対策をと慌て始めたときには、すでに上空は肌色の空に埋め尽くされているのだ。


   *
   *
   *

 
「じゅーきゅうっ…」
 
  ずしん
 
「にーじゅうっ…」
 
  ずしん
 
数を数えながら国の要である王都を踏んで歩く少女。
踏み残しが無いようじっくり狙いを定めて足を下ろす。
 
「結構いっぱいあるわね…。小さいから目を凝らさないと見つけられないし、思ったよりも面倒だわ…」
 
上空1400km付近でため息をつく少女だった。
せめて全部でいくつあるのかさえ聞いてくればもうちょっと気分は楽だったかもしれないのに。
 
最初は趣向を凝らし色々な潰し方をしていた。
基本の、拇指球の下で潰す方法から、足の親指だけを王都の上に乗せるやり方まで様々に。
親指だけでも王都全体を覆って余りあるのでそこにいる魔族を逃す事は無い。
かかとでぐいと押し込めば、王都のあったところは綺麗にまるく沈み込む。
足の下に王都が来るようにつま先だけを着け、そのままガリガリと大地を引っかき王都を巻き込んだりもした。
他にもしゃがみこんで手の指で撫で付けたり手のひらをバンと叩きつけたり。
王都の上に座り込んだりもした。
だが流石に同じ事を繰り返すと飽きるもので、後半はその上に歩いてただ通過するだけになっていた。
 
「はぁ…ちょっと休憩」
 
細かい王都を見つけたり踏み方に気を配ったりで少し疲れた。
少女はそのまま後ろに倒れこみ尻餅をついた。地面は柔らかかったので尻は痛くなかった。
膨大な土地を押し潰して鎮座する巨大な尻。
脚は軽くM字に開かれ、後ろに倒れ掛かる体を後ろに伸ばした両腕で支える。
この所作の中で多くの山脈や樹海がそれらの下敷きになり大地に沈み込んだ。
標高1000mの山々でも、少女にとっては1mmの起伏でしかない。
目で見ても他の地面との違いはわからないし、言われても気づけないだろう。触ったところで感触もわからないはずだ。
森もそう。深い深い森も、その違いを見分けるのは地面としての色の違いしかない。緑が若干濃いところに森があるのだと辛うじて考える事が出来る程度。
実際これらは、少女がここまで来る間にいくつも踏まれてきたが、少女はそこにそれらがあるなんて気づいていなかった。
そして同様に、小さな村なども。
それぞれの国一番の都・王都ですら少女の指の爪一枚に劣る大きさなのだから、それより遥かに小さな村なんか見えるはずが無い。
無数の村がこの巨大な足の下敷きになっていた。
少女から見れば村など1mmも無い大きさなのだ。砂粒のような大きさの村。そんなものを、いったいどうやって見つけて歩けばいいというのか。
密集しているところならば、少女が足を下ろすだけで数百という村が巻き込まれるだろう。
魔族に支配されていたとは言え、被害は甚大だった。
 
一息つきながら改めて辺りを見渡してみると、本当に地平線以外に何も無い事がわかった。
山も森も湖も海も、みんな眼下の地面の模様に過ぎない。雲さえも目線の下なのだ。
青い空と緑の大地。これだけがすべてだった。
豊かな土地であるのはわかった。
足の裏に感じる地面のぬくもりや照りつける太陽の暖かさは安らぎさえ覚え眠気を感じてくるほどである。
夢の中で眠気を感じるのも変な話だ。
 
少女は体を支えていた手足を投げ出し大地の上に寝そべった。
そのままゴロンと半回転。うつ伏せになる。
夢ならば服の汚れも気にしなくていい。
大地の暖かさが服越しに伝わってきた。
 
広大な土地が少女の下敷きとなった。
実に身長1600kmもの人間が寝そべったのだからその範囲の広大さは最早この世界の住人の理解を超える。
巨大な山々も深い森林も少女にとっては無いも当然。
制服の生地の厚みにすら遠く及ばない天然の象徴たちは、その屈強な衣服に包まれた年頃の女の子の重さに耐え切れず大地に沈み込んでいった。
特に制服の胸元にあったふくらみは、その下になった大地を他所よりも深く沈みこませた。
この世界一番の山が2万mの高さを誇ったとしても、それは少女の胸板から飛び出す二つの小山の前には比べる価値も無い。
万全の準備を整え数々の苦境を乗り越え命懸けで踏破した 雲さえ見下ろせる大山脈の頂上から、更に更に大きな肌色の山を見上げる事になる。
この世界の住人が彼女の胸の山に登るとしたら、いったいどんな大冒険になるのだろうか。
その山は今、寝そべりリラックスするように体を伸ばし動かす少女によって大地にグリグリと押し付けられていた。
 
つま先から頭の先まで1600km。高さも場所によっては200kmを超える。
そんな少女という名の超山脈が大地の上に転がっていた。
頭の下に両手を重ね、その上に頬を下にして頭をおいて全身の力を抜く。
寝転がっているのに、視界にはまるで衛星写真のように細かな光景が広がっていた。
砂粒にも満たない大きさの小さな小さな白い粒が無数に動いている。
恐らくは雲だろう。
「ふぅっ」と息を吹きかけて見たら顔の前にあった白い粒はみんな消えてしまった。
顔の正面数百kmは雲ひとつ無い晴天となった。
大豪雨が降り注ぐ場所もあったのだが、一瞬後には太陽が照りつけるという不思議な現象を生み出していた。
それが雲だったという実感は沸かなかったが息を吹きつけただけで地面の模様が変わるのは面白かった。
 
「およ?」
 
そうやって地面を見下ろしていたら、ちょっと横を向いたところに街があるのに気づいた。
王都のひとつだろうか。やはり、あまりにも小さすぎて見逃していたようだ。
街が顔の正面に来るように向きを調節する。
格好は同じ。両手を重ね合わせその上に頭を置いている。そこから街を見下ろした。
緑色の地面。粒のような雲の下にある1cmほどの灰色の模様。
これが街だと言うのだからおかしな話だった。せっかくだからじっくりと見てみよう。
 
もう少しだけ顔を近づけ乗り出すようにして覗き込む。
街に少女の頭が作る影が差す。
街の魔族たちは突然の夜に驚いていた。だが空には青空が広がる。なぜ陰るのか。
魔族たちには待ちの彼方に肌色の壁が現れているのを確認するのが精一杯なのだ。
それが、街の手前に置かれた 重ねた手の小指だけであるなど想像もつかない。
大きすぎる少女の地面に置かれた指だけでも雲の高さに届く太さである。
指より上は空の青さに吸い込まれ伺えず、自分たちの街が少女の目の前にポツンと置かれている事になどどうやっても気づけなかった。
 
少女は更に更に顔を近づけた。
なんとか、その街の街たる証拠をその目に見てみたかった。
顔を街の上に持ってきて、片目を町に向かって下ろしていった。
少女にとっては超至近距離。街に睫毛が触れてしまうのではないかと言う距離まで近づいた。
そのため少女の鼻は地面に着き山を押し潰して地面にめり込んでいた。
 
じーっと街を見つめる少女。
ぱちくりと瞬きをしたらそこを漂っていた雲が睫毛で散らされたりした。
だがすぐに顔は離される。
近すぎて、光を遮ってしまい、真っ暗で何も見えなかったのだ。
焦点も合わせられず、街らしい証拠は見つけられなかった。
 
「やれやれ。まぁ仕方ないわね。小さすぎるのよ」
 
少女は苦笑しながら言った。
 
少女が顔を近づけたとき、街の上空は恐ろしく巨大な眼によって埋め尽くされ、魔族たちは悲鳴を上げた。
だがそれは、眼が近づいてきたからではなく、何か巨大なものが街に向かって降りてきたからである。
少女の眼は街よりも大きかった。その黒い瞳だけで街を囲む外壁までのすべてよりも広大な面積を持っている。
街のどこから見上げても、空には黒い瞳が合った。
雲よりも高い位置で停止したそれは暫くそのまま動かなかった。
時折、それは何かに覆われ、その瞬間、空を漂っていたはずの雲が恐ろしく長く太い黒い何かによって散らされる。
大気の切り裂かれる音がした。
その横並びの黒い柱が、少女の睫毛であるなど想像も出来ない。一本一本が長さ10km弱、太さ数百mもあるのだから。
この一本が抜け落ちて街の上に落ちれば、街はそれを境にして真二つに分けられてしまうだろう。一本の毛を境に綺麗に二等分されてしまう。
当然こんな極太の毛が置けるスペースなど無く、幅数百mに渡ってその睫毛の下に押し潰される事になる。巨大な城でさえ、その睫毛の毛先の下でぐしゃりと潰れてしまう。
睫毛一本にそれだけの破壊力と重量と大きさがあった。
そしてまぶたにはその毛がいくつも生えていて、瞬きの度それを自在にしならせる。
国中の魔族が集まっても動かせないような超巨大な睫毛を、少女は何十本も無意識に動かしているのだった。
そんな睫毛が街の上で振り回されれば、かき混ぜられた大気は竜巻を起こし街を襲う。
睫毛が街の上空を通り過ぎたときの突風は城さえも地面から引っぺがし竜巻はそれを空高く舞い上げる。
少女が瞬きを数回しただけで、街は壊滅的な被害を受けていた。
 
少女が顔を近づけたために山を押し潰して大地に突き刺さっていた鼻。
その鼻腔方向は、呼吸のたびにとてつもない突風が吹き荒れ、山も森も一瞬にして更地にされていた。
息を吐き出したときがそう。吸い込むときは逆に、山も森も地面から根こそぎ吸い上げられ、その凄まじい気流の中で粉々に砕かれながら、少女の 直径数千mという暗黒洞のような鼻の穴に消えていった。
もしも街の上で呼吸をした場合、その灰色の街は一瞬でその穴の中に吸い込まれてなくなってしまうだろう。
そして砕かれた一つの街は少女の鼻をくすぐって、くしゃみとなって帰ってくる。
少女のくしゃみは、100kmくらいの小さな島なら容易く吹き飛ばしてしまう威力がある。
海上に叩きつけられたくしゃみは海を吹き飛ばし海底を露呈させる。
飛ばされた海水は津波となって世界に広がってゆく。
爆発した空気は衝撃波となって世界を駆け抜け、一帯のものを粉々に粉砕するだろう。
本来のくしゃみでさえ時速300km近い速度である。では100万倍の少女が放ったらどうなるか。
実に、時速3億kmとなる。
光の時速がおよそ10億8千万kmであり、つまり少女のくしゃみは光の3分の1の速度で迸るのである。
その飛距離は3000kmであり、少女がくしゃみを放つ事になったら、大陸のどこにいても逃げ場は無いのだ。
 
だが今回はそういった事にならず、少女の顔は安全に街から離された。
どうやっても、小さすぎる街を街と断ずるのは不可能であった。
例えば街に巨大な城がありそれが幅1000mという凄まじい大きさだったとしても、少女にしてみれば1mmの小粒であり、城として見るのは無理だろう。
城でそうなのだからただの家などどうあがいたって見えない。
10mの大きさがあったとしても、少女にとってそれは0.01mmである。そこに出入りする者は約0.002mmとなる。彼らなど、少女の爪の上に1億人と乗れてしまうのだ。
この街に、少女と大きさを比べられるものは何も無い。
 
「じゃ、これも王様との約束だから」
 
寝そべったままの少女は頭を乗せていた手の一つを自由にすると人差し指を伸ばし街の上に持っていった。
そして指先の腹を、街にそっと押し付ける。
力を込めたつもりはなかったが、指の腹は街を下敷きにしながらも地面に沈み込んだ。
地面は柔らかいのですぐにへこんでしまう。
指の腹にはむにっという感触だけがした。
 
指をどけて見ると、もう街の跡はなにも残っていなかった。
緑の大地に茶色の土がむき出しになっていた。
街を潰した証拠でもある。
 
「これでよしっと。はぁ~暖かくて気持ちいい~…。夢の中だけど寝ちゃおっかな~…」
 
大地の上に寝そべる少女は目を閉じ、まどろみの中に意識を投じようとしていた。
 
そのときである。
 
「大変だ勇者よ!」
「うわぁああ! な、なによ! ビックリしたじゃない!」
「生き残った魔族の軍勢が我がヨーイの国を落とさんと国都を包囲してきた!」
「え!? ホント!?」
「このままではヨーイは攻め落とされ、世界が魔族によって統一されてしまう。一刻も早く戻ってきてくれ!」
「わかった! すぐ行くから!」
 
慌てて立ち上がった少女はヨーイの国の方角を向いた。
向こうとした。
 
「……どこだっけ」
 
見渡す限りの地平線。
ヨーイの目印になるものなんて無い。
少女の頬を汗が流れた。
 
「……そうよ、足跡! 足跡を辿ればいいのよ!」
 
大地に刻まれた自分の足跡。
少女は自分の足跡を辿って行った。
緑色の大地に、茶色い足跡は鮮明に映える。
更に足跡よりも大きな他の色の模様も無いので、大地の上に足跡を見つけるのは簡単だった。
少女の感覚で何十m離れていても見つける事が出来る。
長さ240kmの少女の足跡。少女の体重を乗せて大地に沈み込み10km以上も沈下し土をむき出しにしたそれが、それを穿った本人を導いていた。
そしてまた新たな足跡を残しながら、少女は駆け足で来た道を戻って行った。
 
ヨーイの王都前へと到着する。
王都に際立った変化は無いが、それは自分には見極められない事はわかってる。
 
「大丈夫!?」
「おお勇者よ! 敵は王都の北西、東南東、南南西に展開している! 更に援軍が北北東、西、南東微南、北微東、東北東、南西、西微北、そして北方より接近しているとの報告もあった! 頼むぞ!」
「え? え? ちょ、ちょっと待って…! どこにいてどっちから援軍が来てるって!?」
「うむ。敵は王都の北西、東南東、南南西に……」
「北西…東南東……ああもうッ! 要するに囲まれてるって事でしょ! ならこうすればいいのよ!」

王都の前に立っていた少女はおもむろに足を高く高く持ち上げた。
平原に下ろされていたはずの足は、あっという間に空に消え、地上の何者の目にも映らなくなる。
そして少女は、振り上げた足を王都の真横に踏み下ろした。
ずしぃん という重々しい音が大地に響き渡る。もう片方の足も同じように踏み下ろされた。
それは何度も繰り返され大地は規則的な大揺れに晒された。
少女は王都の周囲を余すところ無く踏み固めてゆく。
その全容を見る事の出来る者がいれば、それは一人の少女が足踏みしているだけのように見えただろう。
しかし、その足の間にポツンとある灰色の模様は、この国で一番大きい都・王都であり、それでさえ少女の足の親指の下に隠れてしまう事を思えば、少女の大きさを想像するのは容易であり、また逆に容易では無かった。
山脈など比較にならない大きさ。むしろその少女の指紋ですら山脈に匹敵する。
長さ240kmの超巨大な足が、王都の周辺をしっかりと踏みしめながら歩き回っていた。
ただの歩行で、隕石にも勝る威力があるのだ。
ずしぃん、ずしぃん、世界を揺るがす巨大な振動。
展開していた魔族も、援軍の魔族も、王都周辺の 住民が避難し捨てられた村も、すべてがその足の下に消えて行った。

「ふぅ…こんなもんかな」

ぺたぺたと踏み固めた跡を見下ろして、少女は大きく息を吐いた。
王都の周辺は、王都を中心とした円形に半径1000kmに渡って隙間無く踏み均された。
土のむき出しになった大地が広がり、その中央には灰色の点がポツンと残っていた。

「こんな感じでいい?」
「流石勇者よ! これならば忌まわしい魔族どもは一匹とて残ってはいまい。しかし、奴らの王、魔王を討たねば、奴らは何度でも襲い掛かって来よう」
「魔王? そんなのがいるの?」
「左様。遥か遥か彼方、いくつもの山と海を越えた世界の終焉に居を構えると聞くが、あまりにも遠方故、それを確かめた者はおらぬのだ」
「ふーん。いいわ、ちょっと見てきてあげる」

言うと少女は王都に背を向けて歩き出した。


  *
  *
  *


すたすたと歩く少女。
その足の下に世界を踏みしめながら。
少女にとってのあらゆる地形は、地面の模様に他ならない。
大地は森の緑と土の茶色と砂漠の白。そして海は青。
それらが入り混じる迷彩が、世界の全てだった。
海の上を歩いていた。
だが、足指の爪を濡らす事はほとんど無かった。
水深はほとんど1000mから2000m。深いところに来てようやく1万mになる。
2000mでは少女の指が沈むことは無い。海底に足を着きながら、指の爪は雲よりも高い位置にあった。
深いところに来てやっと指全体が沈むのである。
そんなところはあっという間に過ぎ行くので、歩いている間、少女の足の指の爪はほとんど海上に飛び出ていた。
水溜りにも満たない水深の海。ちゃぷちゃぷという音すら鳴らない。
足が踏み下ろされた瞬間、そこにあった海水は跳ね除けられ、足が持ち上げられた跡の一瞬は、そこには足跡の形に水が無く、海底が露出していた。

また再び陸に上がっては同じように踏みしめながら歩く。少女にとって陸も海も関係は無かった。時に、陸から陸へ、海を跨いで通る事もあった。また逆に、島をその足の下に踏み潰し、海に変えてしまう事もあった。
直径30kmほどの島は、その上空を幅90kmの足の裏に占領され、一瞬にして島全体が夜にされる。
海水に濡れた足が現れたかと思った瞬間、それは島全体を覆ってあまりある範囲を押し潰し、そして通過してゆく。
足が持ち上げられると、そこに島があったという痕跡は無く、やがて流れ込んだ海水によって、完全にただの海になった。
少女がただ歩くだけで、世界から陸が少なくなってゆく。
本当に小さな島などは、その指先だけで押し潰される事があった。
陸と海の境目に足が踏み下ろされれば、そこには足の形にくぼみが出来、海水が流れ込む事によって、陸地に少女のつま先の跡がくっきりと残される。五指の形の海が陸に刻まれる。その一本一本の跡でも、十分に生物が生息できる広さを持っていた。

この程度の水位なら水が跳ねる事も無くスカートが濡れる事は無い。
少女は気兼ね無く 鼻歌を歌いながら歩いて行った。


  *
  *
  *


世界の果て。
暗雲立ち込めた天上には稲光が明滅し、雷の轟音は聞く者の魂を恐怖させる。
切り立った山々に生物の住む気配は無く、瘴気の立ち込めた大気は生きるものを寄せ付けない。
負のオーラに満ちたこの大地に存在するのは魔族のみ。
そして山々の間に聳え立つ漆黒の城こそ、魔族の軍勢を操りし魔王の住処である。

そんな禍々しい城の暗黒に包まれた玉座に腰掛ける魔王。

「くくく。世界征服もあと一歩。人間どもは一人残らず奴隷にしてやろう」

邪悪に笑う魔王は口元を歪ませながら低い声で言った。

「…さて、そろそろ前線の指揮官から連絡が来るはず。残る国はあと一つだが、先の報告ではその国の人間どもが何やら秘策を準備しているとか。くくく、勇者、か。絵空事に頼るとは難儀な連中だ。そのような者、我が前には塵も同然よ。ハッハッハッハ―――」


 ずしぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!


玉座の間が崩落した。


  *
  *
  *


「まだ着かないのかしら…」

新たな大陸に到着した少女は上陸したそこに立ち止まり遥か先の地平線を眺めていた。
その右足の下に、砂粒よりも小さな魔王の居城が巻き込まれた事など気づいていなかった。
周囲の山々も、暗雲に閉ざされた空も、巨大な足の下に埋められた。

「まいったわ…。もうちょっと具体的に話 訊いておけばよかった…」

ため息をつく少女。
どこまでも続く地平線にうんざりしていた。
世界を征服せんとする魔王は、いったいどこにいるのだろうか。

と、その少女の耳に王様の声が届く。

「おお勇者よ! ついにやってくれたな!」
「へ? なにが?」
「世界から魔の気配が消えたぞ! 貴公が魔王を討ち取ってくれた証拠に他ならない! よくぞ、よくぞやってくれた!」
「う、うそ。だって私まだ魔王のところに着いてさえいないのよ!?」
「はっはっは、何を言う。こうして大地に聖なる気が満ちているではないか。貴公が諸悪の根源たる魔王を倒したからであろう」
「えー…?」

王様の笑い声を耳にしながら少女は足を持ち上げてそこを見てみた。
だがそこには自分の足跡が残るのみで他には何も見つけられなかった。

「……。…まぁ、平和になったんならいいわ」

言うと少女は踵を返し、来た道を戻って行った。
魔王は、勇者と相対する事無く討ち滅ぼされた。


  *
  *
  *


王都は平和を喜ぶ民によってお祭りのような騒ぎになっていた。
王都全体が賑やかな歓声に包まれている。

そんな王都を、しゃがみこみ見下ろしている少女。

「これで世界が平和になったわけね」
「うむ。貴公には、本当に感謝の言葉も無い。望むがままの褒美も出せるぞ」
「あーいいわ。どうせ私の夢なんだし」
「そうか。またこの先、世界に危機が訪れたときは貴公を頼るとしよう」
「う…。結構退屈だったから、出来れば遠慮したいわね…」
「わっはっは! それは頼もしいな!」

豪快に笑う王様のいる王都を見下ろし苦笑する少女だった。
ふと、その体が光に包まれる。

「あれ?」
「うむ。どうやら貴公の世界に返るときが来たようだな」
「ああ、目が覚めるって事ね」
「勇者よ。貴公の働きには感謝のしようも無い。この国民全員も、今は亡き他の国の者たちも、貴公に感謝している事だろう。真にご苦労であった」
「別に大した事してないわ。ただ歩き回っただけよ」
「貴公の旅に幸多からん事を祈っておるぞ」
「うふふ、ありがと」

光に包まれる少女は笑顔で足元の王都に手を振った。
やがて少女の体は光の玉となり、空の彼方へ消えて行った。


  *
  *
  *


目が覚めた少女。

「…あ、なんか急にRPGやりたくなってきた」

いそいそと押入れに顔を突っ込み、ソフトとハードを引っ張り出し準備した。