「あら…?」

 朝靄の中、女は日課としている果樹園の手入れを
していた。
そこで、女は珍しいものを発見した。

果物の影に、手の平サイズのミニチュア都市が
浮いていたのだ。

(コビトの浮遊都市だわ…珍しい)

 ときおり、乱暴な女のもとから逃げ
出したコビトが、このように集団で行く
あてもない旅をしていることがある。

 彼女がしばらく都市を眺めていると、
都市の道路という道路に点のような人々
が出てくるのが見え、みるみるうちに増え
ていった。
微かに悲鳴のような声が聞こえ
た気がする。
やがて、都市はゆっくりと女
から離れていった。

「あ…待って、私が保護してあげるから…」

彼女は右手を伸ばし、そのしなやかな指で都市の
岩盤部分をそっと掴んだ。


 都市の人々が窓を揺らす強風に驚いて外を
みると、そこには途方もなく大きな女の顔が、
都市を見下ろしていた。
整った鼻から、
空気が轟音とともに出入りしている。

 さらに、都市に巨大な手が迫り、
超高層ビルよりも遥かに
長く大きい指が都市の外
縁部を掴んだ。
その圧力に
よって、岩盤が不気味な音
を立てて軋む。
女の手から
発せられる体温が都市
を包み、微かな鼓動が
大地に伝わっていく。

 行政府はパニックに
陥り、都市の総面積
よりも遥かに大き
い女の顔に向かっ
て攻撃を命じた。

極小の火花が女の
顔の上で炸裂する
と、女は一瞬怪訝な
表情を浮かべたが、
すぐに笑顔に戻っ
た。

 都市は女の口元に
持っていかれた。鮮や
かな桃色の唇がゆっ
くりと都市の外縁に
触れる。
そこにはこの巨
大な女を見物していた
数百もの人々がひしめい
ていたが、そのことごとく
が唇が触れたことによって
できた岩や土の隆起に巻き
込まれるか、地面と唇との間
でミンチにされた。
運よく生き
残った者たちも、薄く塗られた
口紅に貼り付いてしまった。
実際、
この女は友好を示すためにキス
をしただけであったが、もともとこの
都市は女性から逃げ出した者達の集まり
である。
都市の住民は女の行動を反撃と理解し、
攻撃を強めた。
女は首を傾げて思案顔になったあと、
今度は悪戯っぽい笑みを浮かべながら控えめに舌を
出して唇を湿らせた。
先ほどのキスによって唇に貼りついて
いた数十人の人々が口内に入り込んだことに、女はこの時気付いた。

 そして何かいいことを思いついたような顔をしたあと、都市の
半分が軽々と入るであろう巨大な口を開いた。
女は浮遊都市のの端にある出島のような部分を見つけると、わざと
ゆっくりとした動作で出島を口の中に入れた。

その出島の上には民間の空港やオフィスビル群があ
り、空港では脱出する人々を満載した数機の大旅客
機が発進しようとしていた。

 女は、早朝なので空港周辺にはあまり人がいない
だろうと判断し、見せしめにこの出島を食べてしま
おうと考えていた。
しかし、空港にはすでに数千人
の人々が集まっていた。

空港に向かうために出島の入口に殺到していた住
民は、圧倒的な大きさの上唇と、ぬらりと光る、大理
石でできた高層ビルのような白い歯が頭上に現れ
たのを見て息を呑んだ。
さらに、一帯が巨大女性の口
内特有の甘ったるい臭気に満たされ、熱気と湿気と
で出島全体が湿っぽくなると、住民は騒然となって
引き返し始めた。







 天上からゆっくりと白い歯が降りてきて、逃げ惑
う住民の中に容赦なく突き立てられ、真下にいた住
民は潰れながら歯とともに地面に埋葬されていっ
た。
辛くも出島から脱出できたわずかな人々は、歯
に続いて降りてきた上唇によって容赦なく押し潰
された。

 口内に残された人々は、臭気と熱気とで眩暈を起
こしながら、巨大な歯が出島を切り離す凄まじい
光景を見た。
出島は浮遊動力を失って舌の上に倒れ
こむ。人々は車両やビル、旅客機とともに唾液のう
ねる口内に投げ出された。

 やがて、舌や歯の動きによって、それぞれが原形を
留めない程に粉砕され、喉の奥に消えていった。