箱庭の街の中にアリンコを入れておしっこ



 少女はある不思議なミニチュアの街に魅入られていた。
 部屋まで抱え込んだダンボールを開け、中を覗くとさらにもう一つ箱が入っている。彼女がその箱の蓋を開くと、航空地図のような小さな町並みが広がっているのが見えた。
 ビル群が針のような小ささでとてももろい。触ったら簡単に壊れてしまう。

 ――今日もおもちゃになってもらおっと。

 夜の自室。
 天井の豆電灯と箱庭の中の街灯のみが、ほのかな明かりとなって部屋を照らしている。
 箱庭の中では確かに文明が栄え、間違いなく人間たちが生活していた。彼女にその人間たちの顔や表情などをうかがい知ることはできないが、そんなものこれから始まる出来事には関係がない。

 ニュースをすぐに確認できるようにテレビをつけた。
 ちょうど今も、特別枠のニュースが放送されているところだった。ここ最近至るところの都市が謎の物体によって破壊されるという怪事件が連続して発生している、といった旨の内容の書かれた原稿をキャスターが読み上げている。
 その見出しは『突如として現れた「巨大な肌色の柱」』。

「今日はアリンコを捕まえたの!」

 そのニュースに満足そうに笑みを深めた少女が意気揚々と箱庭に向かって口にする。
 彼女は自分のランドセルから虫かごを取り出す。中にはどこにでもいるごく普通のクロアリが1匹入っていた。

 心の底からぞくぞくする。少女は気がついているのだ。
 この箱庭は現実の世界とリンクしていて、この中で起きた惨事が現実でも起きるのだと。
 しかしテレビの中で起きている出来事は、現実だと頭の中でわかっていても現実味がない。それは誰だって同じだ。まだランドセルを背負っているような年端のいかない少女であればなおさらである。

 無邪気で純粋な好奇心から、彼女は様々な破壊行為をおこなってきた。足を入れて足踏みしてみたり、ついこの間は指先だけでビルの立ち並ぶ街をかき混ぜたりした。
 市民を守るため、以前から自衛隊などが出動しているが、そのサイズ差は圧倒的すぎる。戦車の砲撃を指の腹で食らっても、少女の皮膚はまったく傷つかなかった。

 そこで自衛隊との遊びをもっと楽しめるように、虫を入れて観察してみようと考えたのだ。
 アリのほうではなく、現実世界にいるはずの人間たちがあどけない少女の観察対象になるという滑稽な事態が起こっていた。

 少女は息を呑み込んで虫かごの蓋を開き、クロアリを潰さないように優しく指でつまんだ。そして小さな町並みの広がる箱庭の上まで持ってきて、指を離した。
 アリが落下、なんでもないように着地して歩き回る。それだけでビルがいくつも崩れ去っていく。
 人々が逃げ惑う様子を、彼女はドキドキしながら虫眼鏡で観察していた。たかがアリ一匹にさえ、箱庭の中の人間たちは悲鳴をあげることしかできない。

 やがてお待ちかねの自衛隊がやってくる。だが今回ばかりは自衛隊のほうも勝機が見えている様子で士気が高い。なにせ、今までは巨大な壁のような相手だったのだ。
 彼女はこれは観察しがいがありそうだと思った。

 虫眼鏡の向こう側で、小さな生存競争が始まる。ビルよりも巨大な肢体を誇るアリ型怪物に、戦車が一斉に砲撃。航空自衛隊も応援に駆けつけ、ミサイルなどが何発も打ち込まれた。
 しかしアリのほうはびくともしない。

 ――ちぇっ。つまんないの。

 子どもの飽きは早い段階でやってくるものだ。
 自衛隊がアリにさえ為す術もなく蹂躙されてしまう矮小な存在だとわかって、少女はつまらなそうにため息を吐き出す。呼気が箱庭の中に入り込み、突風となって吹き荒れた。航空自衛隊の戦闘機が次々と墜落していく。

 一通りやりたいことを済ませて、少女は立ち上がった。実は少し前から尿意を感じていたのだ。慌てて駆け出したので箱庭を蹴飛ばしてしまったが、少女はおしっこのことで頭がいっぱいになっていて気にも留めていない。
 アリを箱庭の中に残したまま一旦部屋を出る。廊下からすぐの角を曲がってトイレに一直線に向かった。しかし、鍵がかかっている。
 声をかけてみると、母が入っているようだった。

「おかーさん、漏れちゃうー」
「ゴメン、あともう少し……」

 しばらくトイレの前で我慢して待っていたが、便秘の母はいつまでたっても出てこない。
 やがて膀胱の限界が近くなってきて、無意識のうちにトイレ前の廊下で足踏みをし始めた。

 もう無理だ。頬を紅潮させながらそんなことを思い、廊下を行ったり来たりする。
 ふと、半開きになったドアが目にとまる。その先につながっているのは少女の自室だった。

 ――あの中って、何を入れてもどっか行っちゃうし……おしっこしてもこぼれないかな?

 駆け足で自室に戻る。つけっぱなしのテレビからは緊急速報として巨大アリと自衛隊が戦闘している映像が映っていたが、チラ見しただけで意識を箱庭に移した。今はそんなことを気にしている余裕がない。
 もう我慢の限界だ。彼女は上着、スカート、そしてパンツを脱ぐ。それからちょうど股下に収まる大きさの箱庭にまたがった。股間の下の箱庭世界は、さながら和式トイレのようである。

 箱庭にリンクした現実の世界で、街に影が落ち、星が消えた。街の住民たちには、巨大アリが破壊して火の手が上がっているところがやけに明るく見えた。
 箱庭世界の彼らにとって、空を覆うのはただの暗黒。あまりにも巨大すぎて、それが幼い女性器だと気がつけというほうが無理な話だ。

 素早く走り回るアリが自分の股間の下にいる。それだけで興奮してしまい、嗜虐感が湧き上がった。両足を少しずらし、アリと戦車がちょうど交戦しているところに自らの尿道を向ける。んっ、と小さく声を出して、下腹部に力を入れた。
 破裂しそうになっていた膀胱からおしっこがあふれだす。少女の尿道口が黄色い水分に押し開かれ、生暖かい滝が箱庭世界に注がれ始めた。とてつもない勢いを持った、合わせて半径だけでビル一つの太さをも超えるそれに、アリは木っ端微塵に粉砕される。今まで自衛隊が防戦一方だった強大な存在が、少女のおしっこという排泄行為だけでこの世から消えた。

 しかしそれはこの街そのものにもこの災害級のおしっこが襲いかかっていることを意味している。
 テレビから悲鳴が聞こえる。自分が今注ぎ込んでいるおしっこがその画面には映っていた。突然空から降り注ぎ始めた滝は、津波となって街を侵食し、高波を巻き起こしながら街を押し流していく。人も自動車もビルも住宅も、何もかもを平等に飲み込んで、黄金一色に染め上げていった。

「す、すごい……」

 それきり声は出なかった。しかしそれはやってはいけないことをしてしまった恐怖からではなくて、やってはいけないことをしてしまった背徳感からくるたちの悪い興奮によるものだ。
 一匹のアリどころか、数千もの人間たちを街ごと自分の体内から放出された排泄物だけで押し流したという現実離れした現実に、少女は酔いしれる。
 おしっこの勢いが弱まり、やがて止まる。夜の世界が静かになって、緊急ニュースの内容だけが部屋の中を反響していた。

 これは楽しい。また今度やろう。そう心に決めた少女は箱庭を片付けて未だにおしっこの海が放映されているテレビを消し、パジャマを着て寝床に入った。
 いくら街が崩壊しようと、無邪気な彼女はなんとも思わなかった。少女は何事もなかったかのように眠りに落ちていく。