縮小都市の上でお着替え



 突如、彼らの世界は暗転した。
 通勤中のサラリーマンを詰め込んだ電車は緊急停車し、信号が機能しなくなった交差点では衝突事故が多発。この数分だけで多くの死者が出た。



「縮小転送が完了しました。復元スイッチはこちらになります」
「えへへ、ありがとうございます~」

 カンナは目当てのものを購入し、店員に料金を支払う。頑張ってためたお小遣いを手放すのは惜しかったが、これからは毎日が楽しくなる。そう思えば安い出費だった。
 彼女は今しがた購入した小人の街の中をながめて、これからしようと考えていることを思う。いたずらな笑みを浮かべながら帰路についた。

 玄関で靴を脱ぐ。一度はそのまま自室へ向かおうとした。しかし、立ち止まって振り返り、うさぎ跳びの要領で自分の靴の前まで戻ってきた。自分の靴の中の汚れを見つめ、唾を呑み込む。
 彼女は22.5cmの文字が入ったの自分の靴に、自身の鼻を近づける。汗と繁殖した菌が放つものすごい悪臭で鼻が曲がりそうになった。これも遊びに使えるかもしれない。そう思い至ったカンナは玄関で脱ぎちらした靴を揃えて空いた手に持ち、小人の街と一緒に部屋まで運んでくる。
 箱庭に幽閉された小人の街を床に置き、サイズを少し大きくした。

「こんにちは、虫けらさん! 私は今とってもストレスが溜まっています! なので~、私のストレス解消に付き合ってもらいますね」

 購入した街に潜んでいる小人たちを虫けら呼ばわりする。この街はストレスを解消するために開発された玩具で、自在に大きさを変えたり、復元することができるようになっていた。少々値が張るものだったが、子どもでも何ヶ月か小遣いを貯めれば最小規模の街くらいなら購入することができる価格設定になっている。
 口をつり上げて、上着のボタンを外し始める。控えめな胸がブラジャーに包まれた状態で大気に晒された。胸元と脇から汗臭い水蒸気が立ちのぼり、小人たちには新たな雲が形成されていくように見えた。

 上着を放り投げる。電柱が折れ、住宅が潰れ、命が潰えた。スカートを脱ぐときに片足ずつ持ち上げてまた降ろすだけで地震が起き、街が崩壊していった。
 カンナは楽しそうに小人に話しかける。

「私がお着替えするだけで街が壊れちゃうなんて、哀れですね~」

 返事は返ってこなかった。彼らはただ逃げ回ることに必死で、怒号さえもあげる余裕がない。30年のローンが残っていた新築の家をスカートの下敷きにされた家族も、収穫間近だった果実の果樹園を踏み荒らされたその持ち主も、怒りよりも恐怖が勝っていた。
 下着姿になったカンナは、腕を背中に回してブラのホックを外す。途端、控えめな胸がその存在を主張するように揺れ、大気を震わせた。

「ふふ、私の汗をたくさん吸ったブラジャーです。ここに置いちゃいますよ~、逃げなくていいんですか?」

 今度は返事を聞く気もなかったし、聞く必要はなかった。なぜなら街の中のどこにブラジャーを置いても、誰かが死ぬ。カンナにとって小人の命は悪い意味で平等だ。どの小人が命を失っても関係がない。
 ブラジャーで頭上を覆われた小人たちはパニックに陥る。一直線にブラジャーの影の外に逃げ出そうと、自動車やバイクを猛スピードで走らせて仲間をひき逃げする人などがいて、いくらかカンナが直接的な原因となっていない犠牲も出た。

 ぱさり。カンナがブラジャーから手を離す。今の今まで自分のおっぱいを包み込んでいた下着が、街を包み込み、人々を押しつぶしていく。彼女は嗜虐心が大いにくすぐられた。

「んふふ、何人死んじゃったのかな。まだ私はお着替えの途中なんですけどね」

 言いながら靴下に覆われた片足を上げて、パンツに手をかけた。カンナが片足を持ち上げただけで今まで足の下にしていた瓦礫が巻き上がる。その瓦礫は、少女の汗と細菌の臭いが染み付いていた。
 今度は少女の恥部を包んでいた物体が落ちてくると考えた小人たちは、心が絶望に染められていく。ただのパンツで、恥ずかしいところを隠すための布で、自分たちの命は失われるのだと。

「やっぱやめた……パンツ脱ぐのはちょっと恥ずかしいし」

 パンツを見上げられるのは構わない。しかし彼女は一度、自分の女性器を確認してそのグロテスクさに失神しそうになったことがある。ストレス発散のために小人を玩具にしてしまうカンナも、その心の隅にはしっかり乙女チックな部分があるのだ。自分の股の間にあんなグロテスクな部分がついていることを、相手が小人であっても知られたくはない……そんな気持ちがわずかながらあった。
 パンツを脱ぐのを辞めたカンナは片足を上げたまま、自分の足の臭いを嗅ごうとする。バランスがくずれて何度か片足ジャンプをしてしまう。いくつもの住宅を踏み潰したが、今更街の様子なんて気にもしない。

「くんくん。くさっ!」

 先ほど嗅いだばかりなので本当は声を上げるほどにも思わなかったのだが、あえてその事実を小人に伝えるために声をあげた。小人が怯えている。
 自分を見上げる小人の視線に興奮を覚えながら、彼女は自分の靴下に手をかける。ゆっくりと素足に貼り付いた布を引き剥がし、持ち上げ続けて疲れていた足を元の位置に戻す。今度は足の指の形までくっきりと瓦礫に刻まれた。
 街を見渡し、少し離れたところに高めのタワーがあるのを認める。片足素足、片足靴下の状態のままタワーに向かい、家々を蹴散らす。
 彼女の足が通ったあとには、酸っぱい臭いに小人がもだえていた。

「かわいいタワーがありますね~、包んじゃいま~す!」

 指で器用に逆さまにした靴下の口を開き、徐々にタワーに向かって降ろしていく。展望台部分には慌てて下層階に逃げ出そうとしている小人が見えて、その様子にカンナはぞくぞくした。やがてその展望台部分の窓は靴下の内側に入ってしまう。
 中の様子はカンナからは見ることができなくなったものの、この強烈な臭いに人々がもだえ苦しむ姿は想像にたやすい。
 タワーを内側に内包したまま、靴下の口が大地に接する。タワーの高さよりも靴下のほうが深さがあったようで、天辺はふにゃりと柔らかく曲がっていた。

「私の靴下よりも小さいなんて……んふふ」

 カンナは突然、靴下でタワーを包み込んだまま靴下の口を握りしめた。タワーが建っている敷地のコンクリートをめくり上げながら彼女の両手の指が靴下の中に内包されたタワーの根本に迫る。
 次の瞬間タワーは根本を粉砕され、大地から持ち上がってしまう。もちろん、靴下の中に収まったままである。カンナは中身を粉砕してしまわないようにひっくり返していた靴下を元に戻し靴下の中を覗き込んだ。暗闇の中、細長いコンクリートの塊が自分の靴下の中に見えて、彼女はおかしくて笑ってしまう。

「このまま履いちゃおっと」

 カンナは街なんてもはや眼中にない。その場に当たり前のようにお尻を着いて座り込んだ。数百メートルに渡る渋滞をお尻の下にしてすり潰す。小人はもちろんお尻にへばりつくシミになり、自動車も鉄板に成り果てる。
 靴下に足の先を入れる。冷たいものに当たって指先がひんやりした。しばらく指先でつついていたがそれにも飽きた頃、中にあるタワーを粉砕しながら自分の足を押し込んでいく。
 そして彼女の22.5cmの足は、小人たちが数年費やして建設したタワーを巻き込みながら元の位置に戻ったのであった。

 続いてカンナは一旦街の外へ。真下の小人からはパンツが丸見えになっていた。
 彼女は粉々の瓦礫になったタワーの残りカスが靴下の中でかき混ぜられる感触を楽しみながら外へ出る。わざわざ部屋の中まで持ち込んだ自分の靴に手を伸ばした。
 次に街をどんどん小さく縮めていく。小人たちにはカンナがさらに巨大化したように見えた。もはやカンナにとって、この街は自分の足のサイズ以下の存在に過ぎなかった。しかし、ただ足の下に踏み潰すだけでは芸がない。
 彼女は膝立ちになって手に取った靴を横倒しにして街の縁に当てる。街の端から端までカンナの靴が届いていた。ちょうど今この街から逃げ出そうとしていた人々が、突然目の前に現れた巨大な靴の内側に恐怖して、また中心部へと走り出していった。

「逃しませんよぉ……ッ」

 彼女がお尻を上げる。雑巾がけの要領で自分の臭い靴を街に向かって押し進め始めた。超巨大なブルドーザーのように、あるいは大口を開けた怪物のように靴は住宅や自動車、そして小人たちを粉砕していく。残骸は靴の中に収まっていった。
 ただの一人の少女の靴が、コンクリート道路や住宅を基盤ごとめくり上げて街を破壊する。横向きに表記された22.5cmの文字が異臭を放ちながら小人たちに向かってくる。どんどん街を汚染していく。
 先ほど街の外に逃げ出そうとしていた人々は、とっくに瓦礫と混じり合って靴の中だ。
 少女の靴の片っぽ。ただそれだけの存在に蹂躙される街の人々は、屈辱を心の底に秘めながら一人残らず死んでいった。

 こうして、どこからか転送されてきた小人の街は、一人の少女のストレス発散のために消失してしまった。しかし、これだけでは終わらない。街はまたいつかカンナのストレスが溜まったときに復元され、おもちゃとなるのだから。