万倍でオーソドックスな街オナニー


 ユヅキは変態だ。
 普通に中学を卒業し、普通に女子高へ進学。特別頭がいいわけでも悪いわけでもない、目立たない女の子だった。どちらかというと引っ込み思案な性格で、人前に姿を表すことが苦手だった。
 そんなシャイな彼女が好きなこと。それはある特殊能力を使ったえっちな遊びだった。

 ユヅキがその能力に目覚めたのは物心ついた頃の話である。なにか心に願うだけで、物理法則を無視したすべての事象を引き起こすことができた。
 しかし、おとなしい子どもだった彼女はそれの使いみちをほとんど見出すことなく、反抗期、思春期を終えて今に至る。

 女子高というものに慣れ始めた今日この頃。校舎の外ではヒグラシが鳴いていた。
 夏の夕焼けを背に下校し、帰宅したユヅキが鍵を開けてドアノブをひねる。父とは別居、母は残業でいつも夜までは一人だった。これは中学のときから変わらないことで、だからこれからすることを知っているのは自分だけだ。
 リビングのテレビの電源を入れてチャンネルを回す。

 画面には上空から撮影されたと思しき廃墟と化した街が映し出され、作業員が重機を用いて何やら白い粘液のまとわりついたコンクリートブロックの瓦礫を撤去する作業をおこなっている。
 いつもと変わらぬニュース内容にほくそ笑んだ。
 映像が切り替わり、マイクを持った女性キャスターが、鼻をつまむ仕草を見せている。嫌そうな表情が隠せていなかった。

「依然としてあたりは異臭に包まれています。私が立っている場所は事件の発生した街から約50km離れた別の町ですが、先日消失した○○市跡地から漂ってくる異臭による悪臭被害に多くの住民が悩まされていおり、一週間たったいまでも復旧の目処はたっておりません」

 ココ最近、世界各国の都市の一部が消失する怪奇事件が多発している。

「私のえっちな臭い……みんなに嗅がれてるんだ……」

 実はこの怪事件を引き起こしている人物こそ、ユヅキなのであった。
 ちょうど一週間前に、彼女は能力を使ってある都市群を住んでいる住民ごと自室に縮小テレポートさせ、その上でオナニーをした。
 液体とは思えない膨大な質量をもって街を覆い尽くすあの白濁色の粘液は、ユヅキの愛液なのだ。街の住人たちが自分の愛液の放つ悪臭に頭を悩ませていると思うと、興奮が収まらなかった。

 早々にテレビを消し、自室へと向かう。
 初めはこのシャイな性格を治すため、そうとしか考えていなかった。
 自分と対等な人間の前に出ることを彼女はいつも恐れている。何か怖いことをされるのではないか、そんなふうにいつもビクビクして暮らしていた。
 しかしそれでは社会で生きていけない。そこでユヅキは自分と対等でない人間という存在を用意する考えに至った。その上でえっちな行為を他の人に見せつけることを繰り返せば、少しは羞恥心が薄くなると思ったのだ。1/1000のサイズまで縮小された人間ならば彼女もさすがに恐怖を抱かないので一石二鳥である。
 それが都市の縮小テレポートが繰り返されるようになった発端だ。

「今日もいっぱいひどいことしちゃお……」

 しかしシャイな性格を治すために始まったその行為は、いつの間にか彼女の性癖を捻じ曲げる要因になった。現にユヅキは当初の目的を忘れ、縮小された人間たちとその文明を、恥辱を尽くすことで肉体的にも精神的にも蹂躙することを目的としている。
 引っ込み思案で人と関わることが苦手な自分が、ニュースに取り上げられるような出来事を引き起こせるという征服感に溺れている。都市という人類の住居の集合体をオナニーのためだけに消費して性的快楽に変換しているという残酷で淫ら、そして非現実的な現実に、彼女は酔っていた。

「今日はいつもより小さくなって来てもらおうかな……」

 念じると、部屋の一点に光が集合する。その小さな光は徐々に大きくなっていって、やがて自室の床の一部を覆った。
 光が消える。今まで謎の光に覆われていた床の上に現れたのは、今現在人間が暮らしている街が縮小されたものだった。
 その範囲は約4畳と若干広め。いつもと違うサイズで縮小転送したためか、力の加減を間違えてしまったのかもしれない。中にはちょっとした天然湖があった。

「うわぁ……これ1/10000だよね? ゼロ一個付け足すだけでこんなにちっちゃくなっちゃうんだ……」

 いつもより小さなその世界に感嘆の声を漏らす。いつもより小さくしたのに、いつもより広い。不思議な感覚だった。
 家具などが置かれていない部分をほとんど覆い尽くすように転送された縮小都市によって、ユヅキは足の踏み場がなくなっている。彼女がただそこにいるだけで、足元は壊滅状態にあった。
 ユヅキはなまめかしく足指をくねらせ、汗の染み付いた靴下に覆われた足でその街の一部を無意識に踏みにじる。繁華街と住宅街が壊れた。ほんの一瞬のことである。
 女子高生一人が足の指を動かしたというだけでビルが倒壊するさまを見せつけられている人間たちのことを、ユヅキはまだ知らなかった。

「あっ」

 局所的に消失した箇所を見て、少し小さくしすぎたかなと後悔する。住宅街はもはやコケのようで、高層ビルさえ使い終わりかけの鉛筆より小さな存在。
 ここに本当に人間が暮らしているのだろうかとさえ疑ってしまう。しかしそれはミニカー以下の自動車が走り回っていることによってすぐに否定される。

 ――こんな小さなもので気持ちよくなれるかな……?

 そんなミニカー以下の自動車は、渋滞を起こして彼女の靴下に包まれた足から逃れようとしていた。それは突如出現した女の子の足という怪物への恐怖からか、あるいはただ単純に臭くてたまらないのかもしれなかった。

「えっと……見えてますか? 今あなたたちは虫みたいな……じゃなくてホコリみたいに小さくなって私のお部屋にいます」

 ユヅキは服を脱ぎ捨てながら、状況を説明してあげる。
 これは彼女なりの気配りだ。到底人間が迎えるとは思えない「女の子のオナニーに巻き込まれて死ぬ」という人生の終わり。
 せめてそれを知った上で使わせてもらうというのは、ユヅキとって食事の際に「いただきます」と敬意と感謝を込めて言う感覚とよく似ている。

「街ごと転移してるんですよ……信じられないですよね……えへへ、ごめんなさい。私はただえっちなところをみなさんに見てもらいたいだけなので、今のうちに離れてくださいね……っ!」

 その歪んだ敬意と感謝の表現は、その縮小された街に暮らす人々にとってはかえって不安を煽る要因になっていた。
 しかし、ユヅキによって選ばれてしまった彼らはもはやアリよりも小さな存在であり、彼女ですら表情を読み解くことは不可能。自分の厚意が余計な混乱を招いているとは微塵も思っていない。

 下着姿になった彼女の足元には、脱ぎ捨てられた服にビル群や渋滞している車両が押しつぶされていた。

 さて。どうしようか。
 いつもなら高層ビルを引っこ抜いて股間に押し付け、その快楽に浸るのだが、思った以上に小さすぎる。一番高いビルでも彼女の小指にさえ届いていない。
 ブラジャーを取り外し、パンツから足を引き抜きながら考える。そうしている間にも街は着々と壊滅し、人々はわけもわからないまま命を落とす。彼らにとってこの少女の足は数百万トンはくだらない質量を持っているのだから当然だ。

「床オナがいいかな……」

 全裸になったユヅキは誰に言うわけでもなくつぶやいて、その場にうつ伏せになる。
 ユヅキがうつ伏せになった街では災害が起きる。至るところで電柱が折れ、停電が発生した。大地がひび割れていく。

 天然湖のほうはまだ被害が少なく、水面が波打つ程度だった。ボート乗り場のスタッフが戻るよう呼びかけているが、不安げにしつつも未だボートを楽しんでいるカップルたちが何組か残っている。
 実際問題、この縮尺ではユヅキのいる場所があまりにも遠くに、霞んでいてほとんど見えていない。地震になれてしまっている日本人にとって、危険を感じるほうが難しいのだった。

 そして、天然湖のほうを気にしていないのはユヅキも同じ。彼女も湖でボートを楽しむカップルの存在なんて知る由もなく、ビルや住宅の密集した大地に股間をこすりつけようとする。

「これじゃ床オナというより街オナですね……あぁん……うんっ」


 夏の暑さに艷やかな肢体には汗が滲んでいた。お腹や肘、膝、太ももといったあらゆる箇所の皮膚が縮小都市に接地するたび、汗ばんだそれにこびりついていく。ビルも住宅も車も人間も、等しくゴミのように、あるいは微生物のように彼女の肌に貼り付いてしまう。

「すごい……1/1000のときはこんなことなかったから……興奮しちゃう……っ! みんなが私の身体にくっついて……私の汗の臭いを直接嗅いでる……っ! 嗅がせちゃってるっ!」

 自分の同じ尊厳ある人間という知的生命とそれらが作り出した文明と英知の結晶が、身体にへばりついている。そう思うと興奮が高まった。さらけ出した股間をずりっ、ずりっ、とこすりつける速度が無意識に加速していく。
 すぐに股間が湿り始め、その湿り気によって同じく何もかもがユヅキの股間にへばりつき、へばりついたそれらと一緒に前後する股間と床との間で住宅や車がすり潰されていく。

「あぁ……いい!! もう……気持ちよすぎて、ダメなのぉ!! 砂粒みたいな街の残骸が……っ!! あああぁあ!!」

 街が性器にほどよい刺激を継続的にもたらし、彼女は絶頂に達した。普段の物静かなユヅキからは想像もできない嬌声が口からあふれるようだった。

「あっ……はぁ……気持ちよかった……ありがとうございます……この御恩は三日は忘れません」

 オナニーを始める前と同じように、潰されて死んでくれた人間たちに敬意と感謝を表現した。
 下の口からあふれる愛液が、女性器ですりつぶした街の残りカスを飲み込みながらあたりに広がっていく。これがまたニュースで報じられると思うと、イッたばかりだというのに股間のうずきが止まらなくなって知らず知らずのうちに股間を前後させていた。

「えへへ……どうしようかな。まだ残ってる」

 うつ伏せになったままのユヅキがぼやく。
 今日は1/10000という縮小率で部屋いっぱいに転送したために、破壊されたのは縮小転送した範囲のごく一部でしかなかった。

 ユヅキがおもむろに立ち上がる。その巨体からはボロボロとコンクリート片や屋根瓦といった街の残骸がこぼれ落ち、新たな被害を引き起こす。
 このミニチュア世界の中には、まだまだ生きた人間がたくさん残っている。

「水たまりを見てたらおしっこしたくなっちゃった……」

 うつろな視線の先にあるのは件の天然湖だった。ユヅキが一歩、また一歩と足を踏み出し、その下に数十棟という住居、数千という命がその素足の下に消えていく。
 縮小された彼らにとってそれは到底人間が歩いて移動できる距離ではなかったが、ユヅキにとっては自分の部屋の中を少し移動するだけだ。ものの数秒で水たまりのような湖をまたぐようにユヅキは君臨していた。

「なんかゴミが漂ってますね……まぁ、今から私が出すものもゴミみたいな汚いものですから、混ぜちゃっても大丈夫でしょう……」

 ユヅキにとっては自動車さえミニカーにも劣る大きさなのだ。湖を漂うボートがゴミにしか見えないのは必然だった。
 しかし、彼女はそれが人が乗って懸命に漕いでいるボートなのだと知っている。

 先ほどのこすりつけオナニーのようにあらかじめ避難をうながした人々を生かしたまま、自分の行為を見ていてもらうのも心地よい。だが人がいるとわかった上で行為に巻き込み、その存在価値を貶めるのは、また別の言い表せない快感があった。

「では我慢できないので出しますね……ん……っ」

 湖の上に影を落としている少女の尿道口。それがピクピクと震えて、小さな穴から深部体温に熱せられた暖かな黄金水が排泄された。

 ビル数本分かそれ以上にも相当する太さのおしっこの直撃を受けたボートは漕いでいたカップルごと粉微塵にはじけ飛び、中空に吹き飛んだ。
 湖が一気にかさを増す。湖に薄められたおしっこ、あるいはおしっこ色に染まった湖があふれ、近隣の森や山を越えて近くの村を水没させた。

 用を足し終え、しばらくの間極上の快楽に浸る。立ち昇るアンモニア臭がほのかに彼女の鼻をつついていた。やがてそれを満喫したユヅキが、もう一度念じ始めた。
 ふと、足元に広がっていた世界が消える。蹂躙しつくされた彼らが、元のサイズで、元の場所に、転送されたのだ。
 そのときだった。

「臭っ!! なにこのニオイ!?」

 突如窓から侵入してきた悪臭に、素っ裸のまま立ち上がって部屋を締め切る。そういえば今回はいつもより広く、それでいて小さい世界でオナニーした。あることが脳裏によぎる。
 上着を適当に羽織り、リビングに降りてテレビをつける。画面の中では緊急速報と題したニュースがやっていた。いつも以上に破壊しつくされた街に、巨大すぎるユヅキのオナニー痕が災害レベルで残っている。

 驚くべきはニュースで報じられている街からユヅキの自宅までの距離だ。ゆうに100キロは離れている。それはつまり、半径100キロ圏内にユヅキの淫乱な臭いが撒き散らされているということだった。
 横に数えて東京から山梨まで、縦に数えて地表から宇宙空間までが約100キロメートル。
 この街が放つユヅキの臭いから逃れるには、それほどにまで離れなければならない。

「やばいです……とんでもない範囲の人たちに私の臭い嗅がれちゃって……うぅん……っ!」

 まどろみの中、自分の臭いに包まれながら無意識にオナニーを再開していた。
 臭い。臭すぎてたまらない。今まで自分はこんな臭いをたくさんの人たちに強制的に嗅がせていたのかと思うと、体中に力が入って筋がピンと張ってしまう。

「あぁ……っ! ああぁあ!! あっ……はぁはぁ……ふぅ」

 ユヅキはこうして本日二度目の絶頂を迎える。
 静寂が訪れ、やがてそれを破ったのはもはや倫理観の崩壊したユヅキのある言葉だった。

「ホントひどい臭い……元のサイズに戻して転送なんてするんじゃなかった……縮めておこう」

 100キロメートル離れた先の街を正確に捉え、そしてその対象に向かって念じる。
 するとニュース内にあった現場の中継映像は突然途絶え、困惑に満ちたスタジオだけが映し出された。再度縮小されたことで電波の周波数が合わなくなったのである。

 今までユヅキは生き残った街の住民たちがちゃんと生きていけるよう、いつも元のサイズにしてお繰り返していた。
 しかし、このような悪臭被害が毎日続くようではたまったものではない。

 ――あの街に暮らしていた人たちには悪いけど……微生物になったままでいてもらおう。ごめんね。

 こうして一人の少女の気まぐれにより、とある街に暮らしていた住民たちは人間としての生き方を永遠に奪われてしまったのであった。
 直接ユヅキが手をくださずとも、街ごと誰かに踏み潰されて消えてしまうのは時間の問題である。