ワームホールをつないだ先におしっこ


 授業中、やけに時計の針を気にしている女生徒がいた。
 難解な数学の公式を聞き流す彼女の頭のなかには、チョークと時計の針が立てる音だけが鳴り響き、焦燥を煽っている。

 ――うう……そろそろ我慢も限界だよぉ……。

 彼女の膀胱は限界状態にあった。
 人が尿意を覚える質量をとっくに越し、いつ決壊してもおかしくない状態だ。立ち上がるだけで、小水が漏れ出してしまうかもしれなかった。

 我慢の原因の一つはやはり、恥ずかしいから。学校のトイレを使うだけでどこか後ろめたさを感じる。しかし、我慢の限界を超えて漏らしてしまうほうがよっぽど恥ずかしい。
 もう一つの別の理由としては、興奮を得られるからというものがある。彼女にはとっておきの秘策があるのだ。

 ――そろそろ出しちゃおっと……。

 彼女の表情には焦りがありつつも、同時に隠しきれていない安堵が垣間見える。
 女生徒は自分のパンツの中のにおさまった股間に意識を集中させた。すると、彼女の尿道口を丁寧に覆う形で、空間の歪みが出現したのだ。俗に言うワームホールである。
 これは彼女の持つ特異能力だ。

 彼女は下腹部をゆるめていくと同時、表情をおだやかなものへと変化させていく。放尿を開始したのだ。
 ワームホールはおしっこの出る口をぴったり覆っているので、おしっこはすべてこの時空の歪みの先に注ぎ込まれていく。
 授業中、みなが一生懸命に授業内容に耳を傾けてノートを取っている。その中で一人、誰にも気づかれることなく極限まで我慢していたおしっこを解き放つ快感を、染み入るように味わう。
 女生徒は我ながら自分が変態だと思った。



 地球より何光年も離れた惑星。
 そこには人類と大差ない文明が繁栄していた。

 繁華街では何百という人間たちが自動車や電車などの乗り物を使って行き来し、大きなにぎわいを見せている。
 しかしそのにぎわいは、瞬時に無に帰すこととなる。

 遙か上空を飛行機のレーダーが、突然乱れ始めた。

「なんだ……?」

 初めに気が付いた副操縦士が首をかしげる。機長に状況の確認を依頼すると、彼は管制塔へ連絡を入れ始めた。会話からして、天候の乱れがないかなどの確認を取っている様子だった。

「突然レーダーが乱れはじめて……はい、全く使い物に――なっ……!」
「どうしました? 45XX便、応答願います。――45XX便、応答――」

 次の瞬間、飛行機の進行方向にとんでもない物体が現れた。彼らはまるで宙に浮かぶ洞窟のような、巨大な空間を目にしたのである。
 機長と副操縦士が言葉を失う。管制塔からの応答を願う音声のみが、ヘッドセットから漏れていた。
 その洞窟のような空間は、中が非常に柔らかそうだった。ピンク色の壁が波打つようにひだになっている。

「大変だ! 目の前に巨大な洞窟のような物体が……いや、なんというか浮遊していて――」

 詳細説明を許すこと間もなく、洞窟のような物体は大きなうなり声を上げ始める。瞬間、飛行機の視界は真っ黄色一色に染まり上がった。
 巨大な空間から液体が放たれたのである。しかもそれは滝はおろか、ダムの放水さえもまったく比較対象にならない膨大な量で、とてつもない勢いと水圧を持っていた。巨大なジャンボ機を一瞬で飲み込むそれは、人肌に温められていた。
 ほとんどの場合、飛行機は水面着陸を試みただけでも粉微塵に粉砕する。それが強烈な勢いのある膨大な量の放水と正面衝突事故を引き起こしたのだ。当然ながら、空を悠々と飛行していた鉄の塊は水圧によって轢き潰され、乗員乗客は全員が死亡した。

 しかし、これは序章に過ぎない。本当の災害が始まるのはこれからである。
 飛行機が飛んでいた下の街では大変なことが起きている。人肌の膨大な質量を持った黄金水が、高度一万メートルから降り注いできたのだ。
 飲み込んだ飛行機の頑強なパーツさえすりつぶしてしまう大洪水が太い柱のように落ちてきて、ビルや住宅が木っ端微塵になった。パニックが起こる間もなく一瞬で街が壊滅してしまう。

 運よく直撃を逃れた街の一角でも、人々は異変に気がついて悲鳴を上げた途端に絶命。この間にも黄金水の柱は街を直撃し続け、命を何百何千と奪い去っていく。
 天空から注ぎ込まれる黄金水は、しばらくの間止むことがなかった。

 勢いが収まり、やがて空から降り注ぐものが何もなくなったときには、そこには廃墟どころか文明の痕跡すら残らない。
 あるのはただ一つ。アンモニア臭を放つ巨大な湖だけ。それはまるで温泉のように湯気をもくもくとのぼらせている。

 天から注ぎ込まれた謎の液体が、一瞬で人々が築き上げた文明を蹂躙し尽し、歴史から消失させてしまった。



 放尿を終えた女生徒は、再度意識を集中させてワームホールを閉じる。
 さしずめ彼女のおしっこを出す穴が、彼女たちと似たような文明を持つコビトの惑星に一時期出現し、破壊の限りを尽くしていた。それだけのことである。
 彼女は何も知らないし、それに気づくはずもない。

 ――あぁ……気持ちよかった。さて、授業授業っと。